でんこの元ネタ
■No.58 妹尾まりか(Senoo Marika)

 ■タイプ:トリックスター
 ■誕生日:4月27日

■出身駅: JR西日本宇野線(瀬戸大橋線) 妹尾駅(岡山)
まりか01

妹尾駅は1910年(明治43年)に国鉄宇野線の開通と同時に開業した駅です。

宇野線はかつては鉄道連絡線である宇高連絡船へとつながる、
本州と四国を連絡する為の重要な幹線交通路でした。

しかし1988年(昭和63年)に瀬戸大橋が開通すると宇高連絡線も廃止となり、
本州と四国の鉄道連絡は本四備讃線(瀬戸大橋線)へとシフト。
かつては全線が本四連絡幹線であった宇野線は
瀬戸大橋へと連絡をする本四備讃線のアプローチ線としての岡山駅━茶屋町駅間と、
地方ローカル線としての茶屋町駅━宇野駅に役割を分ける事となりました。

妹尾駅はこのうち、現在も幹線交通路の役割を果たす岡山駅━茶屋町駅にある駅です。
ですので駅の所属はJR西日本の宇野線となります。


妹尾駅のある区間では「瀬戸大橋線」の名称も使われていますが、
瀬戸大橋線は愛称であり、実際には宇野線(岡山━茶屋町)、本四備讃線(茶屋町━多度津)、
そして予讃線(多度津━高松)と3路線を跨いでいる路線です。

またこの妹尾駅の区間では「宇野みなと線」という名称も使われていますが、
こちらも2016年(平成28年)3月より宇野線の岡山駅━宇野駅間で使われている愛称となります。
まりか02
こちらは妹尾駅の北口駅前の光景です。
地方のローカル駅によくある、こじんまりとした駅前広場スペースがあります。
広場の西側には自転車と歩行者の潜れる地下道があり
南口へと線路を潜って往来ができます。
まりか04
駅舎を背にした駅前からの光景です。
北側は江戸時代からの古い集落であり、
現在でも住宅の集まったご覧の光景となっています。
駅正面の道は県道175号妹尾停車場線であり、
写真の突き当たりまでおよそ200mが県道となっています。
駅前の県道がこの状態なのでバスは駅前広場までは乗り入れていません
まりか03
北側から見た妹尾駅の駅舎です。
1991年(平成3年)にご覧の橋上駅舎へと建て替えられています。
まりか05
北口の西側線路沿いにはご覧の三角屋根のテントが並んでいます。
これは駅前に設けられた駐輪場の屋根です。

まりか06
そしてこちらは妹尾駅の南口の光景です。
こちらの駅前広場は広く整備されています。
初めてこの駅に来た人はこちらがメインの入口だと思うことでしょう。

これは干拓地で荒れ地の広がっていた駅南側が
「せのおニューシティ」として両備ホールディングスによる
住宅団地としての大規模宅地開発が行われた事によるもので、
橋上駅舎への建て替え費用もこの開発デベロッパーが全額負担したそうです。
まりか07
駅前広場に接する道はご覧の通りで、
二車線の道ではあるもののさほど広くはありません。

元々妹尾は児島湾に面する漁港だったそうで、
駅の南側の東畦地区一体はかつては湾の遠浅の干潟だったそうです。
江戸時代後半から徐々に干拓が行われていたものの、
宇野線開通時の明治末には線路は海岸線に沿って走っていたそうです。
駅以南の土地が大々的に干拓されたのは昭和に入ってからだそうで、
北口の住宅密集地とはうってかわり干拓地らしく平坦な光景が続いています。
まりか08
南口からの駅舎の外観です。

まりか09
こちらは橋上駅舎の跨線橋コンコースの中の様子です。
まりか10
コンコースにある改札口。
まりか12
こちらは跨線橋から見た東側の岡山方の光景。
まりか11
同じく跨線橋からの西側の宇野方の光景です。
この妹尾駅付近は駅の前後あたりから岡山方面へ数キロが複線区間となっています。
元々宇野線が単線の路線である為妹尾駅に交換設備が設けられていたのですが、
これを駅に停車しての列車交換ではなく、列車が走行しながらすれ違える様に
交換設備の線路有効長を数キロに渡って延伸
したという訳です。
ですので妹尾駅近辺の複線区間は数キロに渡って駅構内の扱いだそうです。
まりか13
こちらが1番線の上り線岡山方面のホームです。
駅の北側ホームが1番線となっています。
これは旧駅舎が北側にあったことによるものです。
まりか14
この1番ホームの東側に進むと、
かつての貨物ヤードであったと思われる引き上げ線が
ホームを切り欠いてあります。
まりか15
引き上げ線の全景です。

まりか16
跨線橋を渡って2番線へ。
まりか17
こちらが2番線ホームです。
児島・宇野方面行きの下り線となります。



■モデル車両: JR四国5000系電車マリンライナー
まりか18
【上写真・JR四国5000系電車】

マリンライナーはJR西日本とJR四国が
岡山駅━高松駅間で共同運行している快速列車です。
基本的にJR四国5000系(3両)とJR西日本223系5000番台(2両)の
計5両による編成で運行されています。

このうち、駅メモのでんこ「妹尾まりか」の
デザインモチーフとなっているのはJR四国5000系の方であり、
服の配色やパンタグラフの形状から5000系が元ネタであることが分かります。


元々岡山と四国の高松を連絡していたのは
JR宇野線と、宇野━高松間を運行する宇高連絡線でした。
そして1988年(昭和63年)4月に瀬戸大橋の開通によって
茶屋町━宇多津間の本四備讃線が開業したことによって
宇高連絡線ルートの代替としてデビューをしたのがこの快速マリンライナーです。

まりか19
こちらは現在宇野線を走っているJR西日本213系0番台です。
この電車は1987年(昭和62年)に瀬戸大橋線用車両の先行投入として
宇野線宇高航路連絡快速「備讃ライナー」に投入され、、
1988年(昭和63年)より瀬戸大橋線で快速マリンライナーとして
運行を開始した車両です。


そして213系は15年にわたって瀬戸大橋線でマリンライナーとして活躍をしてきました。
このマリンライナーで使用していた213系は3両編成13編成39両でしたが、
全ての車両がJR西日本の所有車両であり、共同運航のJR四国は走行実績に準じて
JR西日本に年間数億円の車両使用量を支払っていました


瀬戸大橋線はJR西日本にとっては広い管内の在来線の一つでしかありません。
しかし経営の厳しいJR四国にとっては瀬戸大橋線は旅客の見込める「最重要路線」でした。

瀬戸大橋線に関しては岡山と四国の温度差から複線化が進まないという背景もありました。
ですから「車両は鉄道会社の看板商品」と考えていたJR四国にとって、
「ほっていたら、(マリンライナーは)二十年先も同じ車両のままかもしれない。」
という危惧を持つには十分な状況だったのです。

こうしてJR四国側が「導入経費を全て(四国が)持つ」という姿勢で
交渉を行った結果、2003年(平成15年)10月に新型マリンライナーが投入されたのです。


マリンライナーをモチーフとするでんこ「妹尾まりか」の誕生日は4月10日に設定されています。
これは快速マリンライナーの営業運転開始日である1988年(昭和63年)4月10日が元ネタです。
しかしこの時にまりかのモチーフのJR四国5000系はまだ誕生しておらず、
走っていたのは上で述べたJR西日本213系0番台でした。

まりかのモチーフのJR四国5000系のデビューは2003年(平成15年)10月1日ですので、
誕生日は車両ではなく「マリンライナー」として設定されたという事でしょう。

まりか20
こちらがJR四国5000系の5100形の外観です。
マリンライナーの児島方(四国側)の先頭車両となる電車です。
編成略記号で表わすとTswcとなり、
S(グリーン車)、W(トイレ)、C(運転台)のある動力の無い付随車(T)となります。
まりか22
一番の特徴はダブルデッカー(二階建て車)であることですが、
ご覧の通り車体の横のラインは赤基調と青基調の2系統があります。
余談ですが「妹尾まりか」の服のデザインには赤が使われていませんので
モチーフは青基調の方の車体だと推測
ができます。
まりか21
そして車体の後端部には、岡山の桃太郎に因んだロゴマークが描かれています。
種類は犬、猿、キジの3種類があります。
JR四国の5000系は6編成ありますので、この先頭車両の5100形も6両あります。
サイドラインの赤、青、ロゴの犬、猿、キジで2×3=6となり、
ちょうど6両それぞれが違うデザインで区別できるという訳です。
まりか23
こちらは車両の先端部にある乗降口です。
まりか24
中に入ると運転台(編成略記号はControlのC)があり、
その後ろには前面展望の楽しめる「パノラマシート」が4席設置されています。
グリーン席扱いの席なのですが、乗降デッキとの間に仕切り扉が無く吹き抜けの為か、
パノラマシートには座席後部に毛布が常備されています。
まりか25
階段を降りたダブルデッカーの1階の客席の様子です。
普通車指定席となっています。
まりか26
1階席の客室後方の階段を上がると、車両後方(岡山方)のデッキとなり、
車椅子対応座席が2席と多機能トイレ、そして男性用トイレがあります。
まりか29
車椅子対応座席のあるデッキを車両外から見た光景です。
まりか27
そしてこちらが2階のグリーン席の様子です。
1階の普通席には無いシート背面のテーブルがあり
リクライニングの深さも普通席よりも深いなど
細い差別化がされています。
まりか28
グリーン席後方(岡山方)にある荷物置き場。


まりか31
こちらの車両はマリンライナーでは無い、
JR西日本の神戸線などで新快速として走っている223系2000番台の車両です。
ダブルデッカーの車両以外のマリンライナーの開発ベースとなっている列車ですので
この車両を参考として以下をご覧ください。

まりか30
児島方(四国側)2両目となる5200形です。
完全な中間付随車(編成略記号T)であり、動力などは搭載されていません。
形状としては窓の形が若干違う(223系にはある換気用の内開き窓が廃止)以外は
ほぼ223系2000番台と同じ仕様です。
まりか32
車内の様子です。
223系2000番台と全く同じタイプの転換クロスシートとなっています。

まりか33
児島方(四国側)3両目の5000形です。
運転台とモーターを搭載している制御電動車(編成略記号Mc)となります。
まりか34
屋根の上にはご覧のパンタグラフがあります。
JR四国5000系でパンタグラフのあるのはこの5000形のみで、
駅メモの「妹尾まりか」の背中のパンタグラフのモチーフはこれです。
まりか35
車内はご覧の通りです。
基本的に座席の仕様は223系2000番台と同様です。
運転台部分が幌で常時貫通しており
乗客が隣の車両へと行き来が可能となっています。
まりか36
こちらは連結している5000形の先端の様子です。


さて、このマリンライナーは基本的にはJR四国とJR西日本の共同運行の列車です。
JR四国の3両に、JR西日本の2両を連結した5両が通常編成となっています。
まりか37
こちらがマリンライナーの岡山方の先頭車両である
JR西日本223系5000番台のクモハ223です。
名前の通りク(運転台のある制御車)、モ(モーター)、ハ(普通車)の車両です。
マリンライナーでは7編成が走っており、5000番台ということで
クモハ223-5001~5007までの7両があります。

JR四国側のマリンライナーと同じく223系2000番台をベースとしており、
排障器(スカート)の形状が違うといった程度の差異しか
JR四国5000形や5200形とは無いので
ほぼ同じ車両と言って差し支え無い
のではないでしょうか。
まりか38
こちらが車内の様子です。
223系2000番台そのままといった内装です。

まりか39
そして岡山方の2両目であるクハ222です。
名前の通り運転台のある普通車ですがモーターはありません。
まりか40
こちらが車内の様子です。
この車両も223系2000番台と同様の内装仕様となっています。
まりか41
車両の岡山方には車椅子対応のトイレが。
まりか42
反対の児島方(四国側)はご覧の通り運転席があり、
中央の貫通扉で隣の車両と行き来ができる様になっています。


以上が「妹尾まりか」のモチーフとなったマリンライナーの紹介となります。
そしてこのでんこのデザインには、本体の他に
左手に持つアタッシュケースについても
その元ネタとなった列車が存在
しています。
まりか43
こちらがそのアタッシュケースの元ネタである
ジョイフルトレイン「La Malle de Bois(ラ・マル・ド・ボァ)」です。
名前の「La Malle de Bois」はフランス語で「旅の道具箱(トランク)」の意味となります。
ですから「妹尾まりか」はかばんを手に持っているという訳です。

この列車はJR西日本岡山支社が「おかやまデスティネーションキャンペーン」と、
同時期に予定されている「瀬戸内国際芸術祭2016」などに合わせて
導入をした観光列車です。
2016年(平成28年)4月9日に岡山駅━宇野駅間で「ラ・マルせとうち」として運転開始し、
岡山駅━尾道駅間の「ラ・マル しまなみ」、岡山駅━琴平駅間の「ラ・マル ことひら」と併せて
7月以降の毎週に定期運行をしています。
まりか44
岡山駅では5番線がこのラ・マルド・ボアの発着ホームなのですが、
構内には5番線への案内表示がご覧の様にほうぼうに設置されています。
まりか45
ホームの電光掲示板にもラ・マルせとうちの文字が。
まりか46
こちらが岡山駅5番線ホームです。
まりか49
ホームのゴミ箱もラ・マルド・ボア仕様に。
まりか47
ホームにあるラ・マルド・ボア利用者用の自転車組み立て場です。
横には宇高連絡船が出港するときに鳴らされたという八点鐘が。
まりか48
本来は船で時刻を知らせるシップベル(船鈴)ですが、
ここでは発車ベルとして使われています。
まりか50
そしてこちらが「La Malle de Bois(ラ・マル・ド・ボァ)」列車です。
上はクモロ213-7004
ク(運転台のある制御車)、モ(モーター)、ロ(グリーン車)となります。
岡山方に連結されている車両で2号車となり、
元はマリンライナー開業時走っていたクモハ213-4が種車です。
まりか52
こちらは宇野駅で並ぶ、初代マリンライナーの213系とラ・マルド・ボアです。
こうして並べてみると元は同じ種類の車両であることが良く分かります
まりか62
車内の宇野方(四国側)端部にはご覧のサービスコーナーがあり、
ドリンク類やスイーツ、オリジナルグッズなどが購入できます。
まりか64
サービスコーナーの先は通常の座席スペースで、
2列シートとカウンター席があります。
この列車の座席は全席グリーン指定席となります。
まりか63
そしてこの列車には「旅の道具の旅シリーズ」と題された現代アートが4点展示されています。
こちらの作品は水筒、パンを焼く型、弁当箱、
カトラリ(食卓用のナイフ、フォーク、スプーンなどの総称)とケースの載った
「旅の弁当号」です。
まりか65
蛇腹カメラ、レンズケース、三脚、真空管、フィルムの載った「旅の写真号」。

まりか51
こちらはクロ212-7004
二両編成のラ・マルド・ボアのモーターの無い方の車両です。
番号としてはこちらが1号車であり、
元マリンライナーのクハ212-4が元車両となります。
まりか59
運転席の後ろはサイクルスペースとなっており
指定席券を持つ乗客は無料で利用できます(要予約)。
まりか53
こちらが車内の様子。
まりか54
ご覧のの2列シートとカウンター席となっています。
まりか55
カウンター脇の荷物スペースもご覧のデザインに。
まりか56
そしてカウンターの上には、
アーティストの作品集や島の情報を得られる書籍の収められた書棚があります。
まりか57
こちらのカウンターには
宇高連絡船をモチーフとしたというオリジナルのトランク型絵本の
「連絡船の物語」と題されたアートがあります。
まりか58
そのカウンターの向かいには車椅子対応のトイレが。
まりか60
この車両にも現代アートの展示がされており、
m 運転席後方のこちらは測量器、方位磁針、地球儀の載った「旅の計画号」。
まりか61
こちらは車両後方側のランタンとトランク3つが載った「旅の鞄号」です。

まりか66
またこのラ・マルド・ボアは車内にコンダクターが乗務していて
乗客へのサービスを行っています。
まりか67
この観光列車の為に途中の駅もご覧の様に
現代アート風に塗装が為されていました。
まりか68
かつての宇高連絡線への連絡口の宇野駅も
ご覧のラ・マルド・ボア仕様に。

【写真撮影:2017年10月】

でんこの元ネタ
■No.59: 嵯峨野もみじ(Sagano Momiji)

 ■タイプ:アタッカー
 ■誕生日:4月27日

■出身駅: 嵯峨野観光鉄道嵯峨野観光線(駅としての指定は無し)
もみじ01

嵯峨野観光鉄道はJR西日本が100%出資している子会社です。

明治時代に開通した山陰本線の線路を電化複線化する為、
1989年(平成元年)に嵯峨駅(現在の嵯峨嵐山駅)━馬堀駅間で
旧線から新線へと路線の付け替えが行われました。

この時に旧線は一旦廃線となるも、京都府の要請などにより
「観光鉄道として再利用する」として設立したのが嵯峨野観光鉄道でした。

1991年(平成3年)4月に嵯峨野観光線として
トロッコ嵯峨駅━トロッコ亀岡駅間の7.3kmが開業したものの、
当初の予測では先行きは厳しいものでした。

しかしJR西日本から出向した社長以下の奮闘により、
嵯峨野観光鉄道は初年度から予想を大きく上回る利益を計上し、
京都嵐山の観光の目玉スポットとされるまでに成長しました。


この嵯峨野観光鉄道の「嵯峨野」が、
駅メモのでんこである「嵯峨野もみじ」の苗字の由来
だと言われています。
ほとんどのでんこが実在駅を苗字の由来としている中で
路線名が由来となるこちらのケースはレアケースと言えるでしょう。

路線については以下の記事で紹介していますので
そちらをご参照ください。

参考
「【攻略】嵯峨野観光鉄道」
http://stationmemories.blog.jp/archives/26650542.html




■モデル車両: 嵯峨野観光鉄道DE10形ディーゼル機関車1104号機
もみじ02
【上写真・嵯峨野観光鉄道DE10形ディーゼル機関車】
もみじ03
【上写真・嵯峨野観光鉄道SK200形】


もみじ04
DE10形は国鉄が開発した中型ディーゼル機関車です。
上の写真は「国鉄色」と呼ばれるDE10の基本とも言える塗装の車両となります。

旅客列車や貨物列車の牽引と、スイッチャーと呼ばれる
ヤードなどでの列車の入れ替えを目的として開発された機関車であり、
電化、非電化区間に関わらず日本各地で活躍を続ける機関車です。

1966年(昭和41年)から1978年(昭和53年)まで700両余りが生産され、
その形式名から「デーテン」と呼ばれ親しまれています。


もみじ06
そしてこちらがDE10形1104号機です。
嵯峨野観光鉄道が所有している唯一の機関車となります。

国鉄の開発したDE10形機関車の1104号機は
1971年(昭和46年)6月25日に落成し、
京都の福知山機関区に配置されました。
その後機関区が運転所となり、国鉄からJR西日本へと会社が変わっても
この1104号機は一貫して福知山運転所の所属機関車として現役を過ごしました。

そして1991年(平成3年)1月31日に廃車となって
JR西日本から嵯峨野観光鉄道へと転籍。
車体が現在の専用塗色に塗り替えられ、
4月27日の嵯峨野観光鉄道の営業開始より専用車として
トロッコ列車を牽引して現在に至っています。

この列車をモデルとする駅メモのでんこ「嵯峨野もみじ」は
誕生日が4月27日と設定されています。
これは嵯峨野観光鉄道の開業日が由来と見て間違い無いでしょう。


嵯峨野観光鉄道ではトロッコ列車と呼ばれる「嵯峨野号」は1編成のみであり、
基本的にDE10形1104号が唯一の機関車として編成を牽引しています。
そして機関車は東側のトロッコ嵯峨駅方に連結されています。
これは嵯峨野観光線のトロッコ嵯峨駅━トロッコ嵐山駅間が
JR山陰本線の下り線使用している事が理由です。

その路線の形式から、トロッコ嵐山駅からトロッコ嵯峨駅へと向かう列車は
JR山陰本線の下り線を逆走する事となります。
その為、万が一にJRの列車とトロッコ列車が正面衝突をした時に
機関車がクッションの役目を果たし客車を守る為、
トロッコ嵯峨駅方へと機関車が連結されている
のです。

もみじ05
こちらは京都鉄道博物館に留置されているDE10形1156号機です。
1972年(昭和47年)に製造されて姫路第一機関区配置され、
梅小路運転区に1992年(平成4年)に転属、現在に至っています。
もみじ08
こちらが梅小路運転区の写真ですが、
ご覧の通り京都鉄道博物館の敷地内に運転区が併設されています。
この運転区には数多くのSLが在籍しており、
DE10形1156号機は運転区内でスイッチャー(列車の入れ替え)を担当しています。

この1156号機はJR西日本所属の機関車ですが、
車体のカラーリングが嵯峨野観光鉄道の1104号機と同じ色に塗られています。
これは、この1156号機が嵯峨野観光鉄道の予備機となっているからで、
1104号機の整備や検査などの時には嵯峨野観光線を代走で走っています。

もみじ07
そしてこちらが編成の西側、トロッコ亀山駅方に連結されている
嵯峨野観光鉄道のSK200形です。

この車両自体に動力は無く基本的には客車なのですが、
先頭車両として運転台が設けられています。
この運転台から機関車を遠隔制御する事で
推進運転(後方から列車を押して走る事)を行います。
日本の法令では鉄道は進行方向最前部の車両の前頭で操縦する事が義務だそうですので
その為にこのSK200形が運転台のある制御車となっているという事です。
もみじ10
こちらが車内の様子です。
木製の椅子の客車である事が分かります。

駅メモのでんこ「嵯峨野もみじ」のデザインでは
ブレスレットがこちらのSK200形のフロントガラスの形をしていますので
キャラクターのデザインモチーフの一部である事が分かります。

もみじ09
こちらは機関車の真後ろに連結されるSK300形です。
機関車を入れるとトロッコ嵯峨駅方の2両目となり、
客車としては5号車の番号が振られています。

トロッコ列車の他の車両は密閉式の通常の車両なのですが、
この5号車の壁と床は格子となっており風雨が素通しとなります。
これは嵯峨野観光鉄道の初代社長の
「美しい自然・環境を身体全体で感じ
四季の移り変わりを実感できる最もリッチな車両」

というコンセプトによるもので、
この車両は「ザ・リッチ」と名づけられています。
1998年(平成10年)に嵯峨野観光鉄道に増備された車両となります。

この車両は当然ながら、風雨の強い日など悪天候時には乗車ができません。
ですから嵯峨野観光鉄道の他の客車は事前に座席予約ができますが、
当日の天候コンディションの見極めの必要な「ザ・リッチ」のみは
座席は当日券しかありません
乗車手配の際にはご注意ください。



ところで嵯峨野観光鉄道の客車についてですが、
5両全ての車両が「トキ25000形無蓋車」という貨車を転用改造したものとなっています。
もみじ14 もみじ15
【上画像:トキ25000形無蓋車
 貨車画像:伊勢崎軌道様 http://www.sea.sannet.ne.jp/isesakikidou/index.html


全国にいくつかの路線でトロッコ列車が運行されていますが、
ほとんどと言っても良いくらい、どのトロッコ列車もこの貨車を種車として
乗客の乗れる客車へと改造が施されたものです。
そして嵯峨野観光鉄道の客車もその例に漏れず、
SK200形はトキ27541、SK300形はトキ25833(いずれも車番)が元の貨車となっています。

トキ25000形無蓋車は1966年(昭和41年)より新しく設計された
36トンの貨物を積める貨車であり、
昭和41年(1966年)から昭和50年(1975年)までの間に
何度かの改良が施されながら4500両余が作られました。

石炭輸送や材木、砂利、土砂、機械などの物資輸送で活躍をしたトキ25000形ですが、
貨物ヤード経由の輸送廃止や貨物のコンテナ化などによって
現在ではそのほとんどが役目を終えて廃車となっているそうです。



そして以下は嵯峨野観光鉄道のトロッコ列車の、
編成の中間に連結されるSK100形の客車です。
もみじ11
こちらが4号車となるSK100-1
トロッコ亀山駅方(西側)の二両目となります。
もみじ12
編成のちょうど真ん中となる3号車のSK100-11
もみじ13
そして2号車のSK100-2です。
それぞれがガラス窓のついた密閉式の客車となっており、
赤がベースの車体には黄色と黒の模様が描かれています。
「嵯峨野もみじ」のキャラクターを見れば
これらの客車のデザインがモチーフとなっているのは容易に分かると思います。
もみじ16
車内の様子です。
座席は木製のものがボックス状に配置されています。
元がトキ25000形の貨車(トキ28370、トキ28266、トキ28360)なので
車両の足回りも貨車の板バネで少々固い感じはします。
ですがこれはトロッコ列車という観光列車ですから
居住性よりもイベントとしての楽しさの方が重要だと思います。
ですから乗り心地は問題無いでしょう。
もみじ17
京都市外からも近く、ごらんの保津峡の景勝を楽しめるこの鉄道は
一度は乗って損の無い鉄道だと思います。

山陰本線でアクセスやレーダーでのコンプができますけど、
乗った方が楽しいですよ。

では。
【写真撮影:2017年10月】

嵯峨野観光鉄道00
さて次は嵯峨野観光鉄道についてです。


1989年(平成元年)にJR山陰本線(嵯峨野線)が
複線電化の為に路線の付け替えが行われ、
嵯峨駅(現在の嵯峨嵐山駅)━馬堀駅間が保津峡に沿った旧線から
トンネルを抜ける新線へと切り替えが行われました。

この様に旧線から新線へと切り替えが行われた例は
日本全国のいたる所にありますが、そのほとんどのケースで
旧線は廃線となって鉄道施設は跡形も無くなっています


しかしこの山陰本線の旧線には、当時の京都府より
「京都の新しい観光資源として山陰線の廃線を活用できないか」という打診がありました。
これを受けてJR西日本の車内で検討が加えられた結果、
旧線を観光路線としてトロッコ列車を走らせるという案が採られて
1990年(平成2年)に嵯峨野観光鉄道がJR西日本の完全子会社として設立されました。
嵯峨野観光鉄道10
一旦廃線となった線路は錆だらけで雑草も人の背丈まで覆い茂っていたそうですが、
嵯峨野観光鉄道の社長以下社員が一丸となって保線を行い、
1991年(平成3年)4月に嵯峨野観光線として
トロッコ嵯峨駅━トロッコ亀岡駅間の7.3kmが開業しました。

開業から現在まで、嵯峨野観光線の全線の線路施設はJR西日本が所有しており、
旧線にあたる区間の線籍は現在でも全区間が山陰本線のままだそうです。
嵯峨野観光鉄道は線路を借りて旅客営業と列車の運行を行う
第二種鉄道事業者
となっています。


設立当時の需要予測が年間乗車予測16万人、収支の黒字転換は6年後と見積もられ、
廃線後3年間放置された路線は当初は「3年で潰れる」と噂されたそうです。
しかしJR西日本から出向してきた初代社長自ら保線や雑務を行うなどした結果、
営業初年度から計画の3倍の69万人もの乗客数で単年度黒字を達成。
現在では京都嵐山の観光の目玉にまで成長しています。



嵯峨野観光鉄道01
こちらはJR嵯峨嵐山駅の南口ロータリーです。
2008年(平成20年)に駅舎がご覧の橋上駅舎に改築され、
翌年にこちらの南口ロータリーも整備されました。
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その嵯峨嵐山駅の南西に隣接しているこちらが
嵯峨野観光鉄道のトロッコ嵯峨駅です。
路線の開業した1991年(平成3年)には木造駅舎でしたが、
1997年(平成9年)にご覧の洋風レンガ造りの新駅舎に建て替えられています。
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JR嵯峨嵐山駅の跨線橋から見るトロッコ嵯峨駅。
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駅舎入口脇の駅名標です。
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入口前の庭には君が代で歌われている「さざれ石」のモデルとなった石が。
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駅舎の中はご覧の様に、まるで体育館のように
天井が高い造りで中も広くなっています。
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駅舎入口には観光鉄道らしいタペストリーが。
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乗車券売り場です。
観光鉄道として団体客も捌く必要からか
ご覧の通り複数名の窓口係員が対応をしていました。
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窓口のすぐ隣にあるこちらがホームへと出る改札口です。
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改札口の真上には、
比叡山延暦寺を開いた伝教大師最澄の有名な言葉である
「一燈照隅 萬燈照国」の額が。
嵯峨野観光鉄道の初代社長の座右の銘だそうですが、
この路線の設立経緯を聞いてから見ると深すぎます・・・
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そして駅舎の改札前を通り過ぎて奥へと進むと、
隣接するジオラマ京都JAPANの入口があります。
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こちらは嵯峨野観光鉄道が開業20周年を記念して
2011年(平成23年)駅に隣接して建てた鉄道模型ジオラマのテーマパークです。
建物の奥の巨大なジオラマの他、売店があり食事や休憩もできる場所となっています。
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そして駅舎の外に戻り、
入口前を左手に進むとD51が静態保存されており、
その目の前に19世紀ホールの入口があります。
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2003年(平成15年)に開設されたこちらのホールは
「19世紀の科学技術や芸術を展示」するホールで
中にはSLなどが展示されていますが、
洋風のバースペースといった趣きでした。
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再び駅舎内に戻って改札口へ。
嵯峨野観光鉄道では列車別改札が行われており、
列車到着の直前までホームに入る事はできません。
また、こちらの改札口はホームへの入場専用となっています。
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ホームの様子です。
単式ホーム1面1線となっています。
このホームは嵯峨野観光鉄道の嵯峨野観光線ホームですが、
線路の線籍がJR山陰本線ですので
運転取り扱い上はJR嵯峨嵐山駅と同一扱いだそうで、
ホームもJR嵯峨嵐山駅の5番線として扱われるそうです。
駅名標のすぐ横には嵯峨野観光線のゼロキロポストが。
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入場の改札口はホームの東端にありますが、
そこからさらに東を見るとご覧の嵯峨野観光線の車止めがあります。
その奥に見えるのは、隣の嵯峨嵐山駅に停車するJR山陰本線の列車です。
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ホームの中ほどにある降車口。
到着した列車の乗客はこちらに誘導されてホームから出ます。
出た先は駅舎に隣接するジオラマ京都JAPANの中となります。
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ジオラマ京都JAPAN側から見た降車口。
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そしてこちらはホームの西端です。
こちらが亀山方面となります。
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右側の線路はJR山陰本線ですが、
嵯峨野観光線はこの山陰本線の下り線にのみ合流をしています。
これはどういう事かといいますと、
トロッコ嵯峨駅へと到着する列車は
隣のトロッコ嵐山駅からトロッコ嵯峨駅までの区間で
JR山陰本線の下り線を逆走して運行しているという事
です。

嵯峨野観光鉄道の機関車はトロッコ嵯峨駅方に連結していますが、
その理由はこの山陰本線逆走区間で万が一、JRの列車と正面衝突した際に
機関車をクッションとして客車の被害を和らげる為なのだそうです。



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こちらはトロッコ嵐山駅の駅前の光景です。
起点のトロッコ嵯峨駅からは1.0kmの地点にある駅で、
京都の観光名所である嵯峨野の竹林や名所旧跡に囲まれた場所にあります。
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駅から5分ほどにある、和歌で有名な小倉山の山腹にある
日蓮宗の常寂光寺。
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松尾芭蕉の弟子の向井去来の草庵である落柿舎。
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こちらは野宮神社、
とこれらは駅メモで行われたイベントの対象スポットですが、
こういった名跡が駅周辺に数多く存在しています。
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駅の敷地に入るとご覧のこじんまりした駅前スペースが。
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進むとこちらが駅舎となります。
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駅舎の中の様子です。
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改札を抜けるとご覧の通路があり、
Uターンする様に設けられた階段を降りてホームへと連絡しています。
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こちらがホーム上の階段のふもとです。
隣に見えるのはJR山陰本線の小倉山トンネルで、
トロッコ嵐山駅がこのトンネルの真上にあることが分かります。
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駅のホームの様子です。
単式ホーム1面1線となっています。
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ホームの東端からトロッコ嵯峨駅方面を見ると
線路が分岐しているのが分かります。
左の複線が現行のJR山陰本線(嵯峨野線)であり、
この駅の東すぐで嵯峨野観光線(山陰本線旧線)が分岐しているのです。
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そして反対側の、ホームの西端は亀山トンネルとなっています。
元々旧山陰本線のトンネルだったこのトンネルは
フランス積み(煉瓦の長手と小口を交互に積む方式)で築かれています。
通常はイギリス積みが一般的だそうで、フランス積みのトンネルは珍しいそうです。
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この駅のホームは2.5両分の有効長しかありません。
トロッコ列車は客車5両と機関車1両の6両編成ですので
ホームには停まりきらないこととなります。
ですのでご覧の通り、1両目と2両目、そして3両目の半分は
トンネルの中で停車する事となり、駅停車時はドアカットで扉が開きません。
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駅に停車中のトロッコ列車の1両目の車内です。
この駅で下車する1両目と2両目の乗客は、3両目まで移動する事となります。



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さて、こちらは保津峡付近の保津川の北岸に沿って走る
府道50号京都日吉美山線です。
ご覧の通り名ばかりの府道で車1台分の幅しかありません。
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この府道から、保津川を挟んだ対岸にあるのが
ご覧のトロッコ保津峡駅となります。
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こちらが府道50号線から駅へと連絡する道の分岐点です。
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道の入口には駅を示す案内板があります。
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坂道のふもとにはかつて茶店だった小屋の跡が。
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その小屋から保津川に架かるつり橋が鵜飼橋で、
乗客が駅へと向かう唯一のルートとなります。
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鵜飼橋の下を下る保津川下りの船。
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こちらがトロッコ保津峡駅の外観です。
元々はこの駅は、1936年(昭和11年)に信号場が昇格してできた
国鉄山陰本線の保津峡駅
でした。
1989年(平成元年)の山陰本線複線化による路線付け替えで
保津峡駅は現在の場所に移転。
こちらの駅施設は一旦廃駅となりました。
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そして1991年(平成3年)に旧山陰本線の線路を使って
嵯峨野観光鉄道が開業すると、旧保津峡駅の施設を使って
トロッコ保津峡駅が開業。これが現在まで使われています。
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こちらが駅の待合所です。
JR時代にも簡素な小屋が建っていましたが、
嵯峨野観光鉄道として再オープンにあたって
現在の風情のあるデザインに造り替えられています。
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待合所の中の様子です。
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壁には「近畿の駅百選」の認定証が。
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こちらがホームの様子です。
単式1面1線の棒線無人駅となっています。
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ホームには「かねのなる木」と題するモニュメントがあります。
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同じくご覧の通り信楽のタヌキが。
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その横にはもみじの形の花壇がありました。
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ホームの東端のトロッコ嵯峨駅側を見ると
ご覧の跨線橋があります。
この跨線橋はJR時代に使用されていたものですが、
嵯峨野観光鉄道になってからは使用されていません。
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その跨線橋から見た駅の全景がこちらです。
現在使用されているホームの反対側にもホームがあって
かつては相対式2面2線の駅だった事が分かると思います。
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ホームの端に近づいてみると分かりますが、
JR時代の狭いホームに追加でホームが継ぎ足されて拡張されているのが見て取れます。
これは駅施設のリニューアルにあたって
旧保津峡駅時代に2線あった線路の下り線側を撤去し、
その場所にホームを拡張設置して1面1線ホームとしたものです。
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こちらはJR時代には使用していた旧上り線ホームです。



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こちらはJR山陰本線沿いの側道です。
この先で山陰本線は鵜ノ川を渡りますが、
その手前にトロッコ亀岡駅があります。
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こちらが駅舎です。
1991年(平成3年)の嵯峨野観光線の開業時に建てられたものです。
線路が築堤上にあるので駅舎もそれに合わせた構造となっています。
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案内表示に従って駅舎の外の階段を上ると、
そば店の脇の通路を通り、みやげ物店の店内を抜けた先に
ホーム階へと上る階段があります。
案内表示が無ければ駅へと向かえているのかが非常に不安になる造りです。
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階段を上がるとホーム階となります。
広めの駅舎内には券売窓口と改札口はもちろん、
みやげ物を売る売店もありました。
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こちらがホームです。
単式ホーム1面1線となっています。
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改札の正面にはご覧の信楽のタヌキが大勢鎮座しています。
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ホームの西端には鵜ノ川に架かる橋梁が、
嵯峨野観光線と山陰本線のものが並んでいるのが見られます。
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橋梁を渡るトロッコ列車。
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トロッコ亀岡駅の眼前を通過するJR山陰本線の列車です。
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反対側のホーム東端には車止めが設置されていました。


以上で嵯峨野観光鉄道の全駅となります。
全長7.3kmの純粋な観光鉄道であり、
日本の観光客のみならず海外の団体客も非常に多く目にすることができる路線です。

水曜日(休日・行楽期を除く)ならびに冬期(12月30日から2月末日)は
この路線の列車は運休していますので、事前に運行の確認には注意をして下さい。



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こちらは嵯峨野観光鉄道の区間における
au 4G LTEでの電波エリアマップです。
山間の保津峡を通るトロッコ保津峡駅前後は電波圏外の区間が続いています。
またこの保津峡付近の区間はトンネルが続く区間でもあります。

しかし今回はトンネルの配置図はつけませんでした。
というのは嵯峨野観光鉄道の列車の平均時速はおよそ25km/hであり、
少し速い自転車程度の速度だからです。
ですのでトンネル外の駅前後でアクセスを狙っていれば
さほどストレス無く駅を取る事が可能
となっています。
トンネルも携帯電波のエリアも気にする必要はあまり無いでしょう。


またこの路線は旧山陰本線ですので
現在のJR山陰本線とさほど離れずに並走をしています。
保津峡駅の前後には大倉山トンネルや第二保津トンネルなどがあって
JRの列車も電波圏外となってしまいますが、
嵯峨嵐山駅━馬堀駅間あたりでチェックインやレーダー使用をすれば
嵯峨野観光鉄道は4駅しかありませんので取るのは容易
でしょう。
ですから乗らずにこの路線をコンプする方は正直多いと思います。

しかしながら京都嵐山では目玉の観光スポットに成長したこの鉄道は
沿線に見所も多く乗って楽しい列車であることは間違いありません。
是非とも一度は実際に乗ってのコンプをお勧めします。

では。

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