男山ケーブル01
続いては京阪男山ケーブルです。


京阪電気鉄道鋼索線が正式な名称ですが、
一般的には「男山ケーブル」で定着しています。

京阪本線の八幡市駅から男山山上駅までの0.4kmを連絡している鉄道であり、
鋼索線、つまりケーブルカーを運行している路線です。

開業は1926年(大正15年)に男山索道によってであり、
京阪の子会社となった後、戦時の休止を経て戦後は京阪直営で運行をしています。
男山ケーブル02
八幡市駅の目の前にある男山の山上には
日本三大八幡宮の一社である石清水八幡宮の上院(本宮)があり、
ふもとから山上の本院へと参拝する参拝客の足として作られました

石清水八幡宮は旧社格が官幣大社であり、
現在は神社本庁の別表神社という大きな神社でもあります。
神社のある京都府八幡市の市名の由来でもあるということからも
その格がうかがい知れるでしょう。


男山ケーブル03
こちらは京阪本線の八幡市駅の駅舎です。
男山ケーブル04
改札の目の前の観光案内所には石清水八幡宮の大きな看板が。
男山ケーブル05
駅を背に左手すぐには駅前広場とロータリーがあり、
その一角にはエジソンの胸像がありました。
男山ケーブル06
発明家トーマス・エジソンの最大の発明と言えば電球ですが、
その電球のフィラメントに京都・男山の真竹が使われたのは有名な話です。
そういった縁から駅前に胸像が置かれたのでしょう。
男山ケーブル07
そして駅前ロータリーとは反対側へと進むと
男山ケーブルの駅が見えてきます。
男山ケーブル08
こちらが京阪鋼索線(男山ケーブル)八幡市駅となります。
駅メモ上では京阪本線・八幡市駅と鋼索線の八幡市駅は同一駅扱いとなっていますが
駅舎はご覧の通り別々となっています。
男山ケーブル09
こちらが駅舎の中の改札です。
男山ケーブル10
中に入るとご覧のケーブルカーの乗り場が。
下から見て左側が乗車ホームとなります。
男山ケーブル11
乗り場の先を見るとこれから進むケーブルの軌道が見えます。
男山ケーブル35
ケーブルカーの車内の様子です。
現在の車両は2001年(平成13年)に更新された車両だそうです。

男山ケーブル14
下からこうして駅構内を見てみると
「のりば」と「おりば」の表示があるので
乗車ホームと降車ホームが分けられているのが分かります。

男山ケーブル12
こちらが降車ホームです。
駅名標は京阪電車の形式のものが降車ホームにのみあります。
男山ケーブル13
構内側から見た改札です。
降車ホームでケーブルカーを降りるとすぐにこの改札へ至る訳ですが、
改札機の並ぶ左側に切符の券売機が置かれています。
なぜ出口に券売機があるのかというと、
山頂の男山山上駅では切符が販売されていない為で、
男山山上駅で乗車した乗客はこの券売機で切符を買って精算することとなる為です。


男山ケーブル15
ふもとの八幡市駅を出て坂を登っていくケーブルカー。
左にカーブをしながら登るとトンネルが見えてきます。
男山ケーブル16
トンネルの入口で軌道が分かれており、
複線となって対抗の列車が見えてきます。
男山ケーブル17
列車交換。ケーブルカーという特性上どちら側が登りかは固定されておらず、
右側通行の列車と左側通行の列車がお互い交互に上下をしています。
男山ケーブル18
トンネルを出るとすぐに、全長108.7 mの男山橋梁に差し掛かります。
橋梁の途中まで複線が続いており、橋梁が終わるとすぐに次のトンネルとなります。
男山ケーブル19
再びトンネルに入り、トンネルを抜けたところに
山頂の駅が設けられています。
男山ケーブル20
駅構内へと入線。


男山ケーブル21
こちらが山頂にある男山山上駅の降車ホームとなります。
男山ケーブル24
山頂の駅に停車しているケーブルカー。
男山ケーブル25
軌道の終端です。
男山ケーブル22
降車ホームからまっすぐ進むとご覧の駅舎の出口に。
途中に改札や係員などはいません。
男山ケーブル23
駅舎の外観です。
男山ケーブル26
駅舎の入口に戻ると、左手は先ほど出てきた降車ホーム側ですが
入って右手はご覧の通り乗車ホームへの改札口となっています。
男山ケーブル27
この駅は改札はあるものの改札駅員はいない駅となっています。
(券売や改札の駅員はいないものの、運転扱いの係員は常駐)
ですのでこの駅から乗車する場合は切符は買わずにそのまま乗車となり、
ふもとの八幡市駅で出場の際に精算
となります。
男山ケーブル28
改札を抜けるとご覧の乗車ホームへ。



男山ケーブル29
男山山上駅の駅前広場には石清水八幡宮の案内図の看板が設置されており、
駅と八幡宮を連絡する歩道の地図となっています。
男山ケーブル30
八幡宮の本社へと至る歩道です。
男山ケーブル31
駅からおよそ5分、歩道を歩くとご覧の境内の茶店へとつきあたります。
男山ケーブル32
茶店の脇の階段を上がると八幡宮の参道へと通じていました。
男山ケーブル33
参道の奥にある南総門。
良く見ると参拝の帰りに社殿に背を向けないように
若干軸をずらして建っているのが分かります。
男山ケーブル34
そしてこちらが御本殿です。
この八幡様への参拝の為に男山ケーブルは作られました


男山ケーブル36
こちらは男山ケーブルの路線付近における
au 4G LTEでの電波エリアマップです。
さすがに京都市街が近いこともあり全線が電波圏内となっています。
GPSのアクセスに困る事は無いでしょう。


男山ケーブルは2駅しかありませんが、八幡市駅は京阪本線の駅と同一扱いですので
京阪電車に乗っていれば普通に取れるでしょう。

一方終点の男山山上駅は京阪本線からは直接アクセスできる場所はありません
アイテムを使わないチェックインをするにはケーブルに乗るか、
石清水八幡宮付近まで出向くしかありません。

しかしレーダーを使用するのであれば京阪本線からは取るのは容易ですし、
近辺を走るJR京都線(東海道本線)、東海道新幹線、阪急京都線などからも届きます。
レーダー使用であれば取るのは非常に容易だと思います。



駅メモでは日本全国の全ての鋼索線(ケーブルカー)が収録されている訳ではありません。
そんな中でこの京阪鋼索線(男山ケーブル)は収録された路線の一つとなっています。
せっかくの通常の列車ではないケーブルカーですから
アイテムでは無く直接乗ってみるのも一興かと。

では。

でんこの元ネタ
■No.08 天下サヤ(Tenga Saya)
 ■タイプ:アタッカー
 ■誕生日:9月4日

■出身駅: 南海本線 天下茶屋駅(大阪)
さや01

さや21
こちらは国道26号線の天下茶屋駅筋交差点です。
国道が南海と並走するように南北に走っていますので
天下茶屋駅の入り口の筋(南北に走る道路)ということになります。
さや22
交差点を東に入って進むとご覧の光景が。
100mほどで南海の高架線が見えてきます。
さや23
道の上には駅の北端部がご覧の様に。
さや25
駅に沿って西側を南下すると駅前となります。
駅前にはショッピングモールがあり広い駐車場が広がっています。
さや24
こちらが天下茶屋駅の西口の外観となります。

この駅は南海でも一番古い駅の一つであり、
駅の開業は前身の阪堺鉄道によって1885年(明治18年)となっています。
1944年(昭和19年)に一旦近鉄となったものの
路線の譲渡によって1947年(昭和22年)に南海の駅になっています。

そして1984年(昭和59年)に天下茶屋駅から出ていた南海天王寺支線が廃止され、
その代替として地下鉄堺筋線が1993年(平成5年)にこの駅まで延伸します。
さや52
地下鉄延伸に際して駅舎も1995年(平成7年)には南海の駅の高架化が完成。
各駅停車のみが止まる下町のマイナーな地上駅は
地下鉄との連絡によって乗客数が3倍強に膨れ上がります

これによって2003年(平成15年)のダイヤ改正では
特急を含め南海の全列車が停車する駅へと昇格。
それれまで南海本線と高野線の乗り換え駅は新今宮駅が指定されていたのも
ダイヤ改正以降は天下茶屋駅が相互乗換駅に指定されています。

さや26
そしてその高架駅となった南海の駅の真下を東西に繋ぐコンコース。
さや27
反対側の東口に抜けると、駅前には大きめのロータリーが作られています。
さや29
東口の南側の商店街から駅への光景。
さや28
天下茶屋駅の東口の外観です。
駅前ロータリーのあるこちらが正面といった感じでしょうか。
さや30
駅前広場の北側に一角にはご覧のアーケードの入口があります。
さや31
アーケード商店街の中の様子です。
さや32
ロータリーに面して駅舎の1階にある
大阪府警西成警察署の天下茶屋交番。

さや33
駅舎の下のコンコースに戻り、
こちらの階段のある方が南海の駅の入口となります。
さや34
階段を上ると南海の改札口が。
さや35
改札内に入ると各ホームへと連絡する
階段のある構内のコンコースがあります。
さや36
この駅は相対式ホーム2面の間に島式ホーム1面が挟まれた
3面4線の駅となっていますが、
こちらは一番東側にある単式の1番線ホームとなります。
南海高野線の下り高野山方面行きとなります。

さや37
こちらは駅の中央部にある島式の2、3番線ホームとなります。
1番線(高野線下り)と向き合っている2番線
南海高野線上り新今宮・なんば方面行き、
3番線は南海本線下り和歌山市方面行きのホームで
関西空港方面もこの3番線からとなります。
さや39
ですので2番線側の駅名標は高野線の緑色のものに。
さや38
3番線側の駅名標は南海本線の青色となっています。

さや40
そしてこちらが4番線ホーム。
駅の一番西側の単式ホームとなります。
南海本線の上りなんば行きホームとなります。
さや41
3番線と4番線の南海本線は南海空港線と連絡しているので
ご覧の通りラピートが運行しています。


さや42
そして南海の改札を出て駅1階のコンコースへと一旦戻ります。
さや43
コンコースを挟んだ南海の入口の向かい側には
ご覧のOsaka Metro(旧・大阪市営地下鉄)の
堺筋線の天下茶屋駅の改札があります。
さや44
改札内の光景です。
さや45
地下鉄駅の構内図。
南海の駅が地上の高架駅なのに対して
地下鉄の駅の方は島式1面2線と単式1面1線のホームを持つ
2面3線の地下駅となっています。

さや46
こちらは1番線ホームへと降りる階段です。
さや47
1番線ホーム。
天下茶屋駅は堺筋線の終点駅ですので全てのホームが
天神橋筋六丁目駅方面行きとなっています。
この1番線はいわば予備ホームで
ここから発車する列車は1日1本のみとなっています。

さや48
そしてこちらは島式の2、3番線ホームへと下る階段。
さや49
こちらの島式の2線のホームが
通常の発着に使用されているホームとなります。

さや50
1番線ホームの南端から南側を見た光景です。
この駅は終点駅ですが、駅に到着した列車は一旦ホームを離れて
奥にある留置線へと退避した上で、再度ホームに戻って出発をします。
さや51
入線してくる堺筋線の列車。

【写真撮影:2018年4月】



■モデル車両: 南海50000系 ラピート
さや02
南海50000系は南海電鉄の特急形車両です。

関西空港の開港に際し、関空と大阪なんばを繋ぐ様に走る南海本線が
空港アクセス鉄道としての役割を担う事となり、
1994年(平成6年)9月4日の空港開業に合わせて
この南海50000系ラピートも運行を開始
しています。

このラピートをモチーフとしている駅メモのでんこ
「天下さや」の誕生日も9月4日に設定されていますが、
これはこのラピートの運行開始日が元と見て間違い無いでしょう。
さや16
「ラピート」という名称は一般公募で選ばれた
「速い」という意味のドイツ語「rapid」に由来しているそうで、
列車には「rapi:t」と表記されています。
さや05
南海電鉄の企業イメージを担うとされた空港特急のデザインには
建築家の若林広幸氏に車両デザインを依頼。
車両全体のデザインコンセプトは「ダンディ&エレガンス」だそうです。
さや17
車両の外装のデザインには「ダンディ・粋・端正・信頼感・躍動感」を具現化。
航空機の流線型のイメージが全体的に用いられています。
さや18
先頭車両の先頭部の側壁にはフィン(突起)が設けられて
その中に前照灯、標識灯、尾灯が埋め込まれています。
そしてライトから側壁には砲弾型の飾りがデザインとして作られています。
さや20
乗降の扉は開閉は空気式の開閉のプラグドアとなっており
遮音性と気密性の向上を目指しています。
さや19
内装デザインには「エレガンス・洗練・美的・華やか・豊かさ・ゆとり」を設定しており
ゆとりのあるなかなか快適な空間に仕上がっています。


それでは以下で各車両について見て行きたいと思います。

さや03
ラピートは関西空港駅側が1号車となっていますが、
こちらはその関空側1両目の1号車のクハ50701形となります。
ク(制御車)ハ(普通車)ですのでご覧の通り運転台のある先頭車両となっています。
形式記号ではTc2となりこちらも制御車であることを現しています。

前面非貫通型となっており、「レトロフューチャー」をデザインコンセプトとした
独特の形状から非公式ながら「深海潜水艇」や「鉄人28号」といった愛称がついています。
鉄道の重量感と航空機の流線型によって力強さと速さを融合させているそうです。
外壁の結合部にリベットの様に露になっているボルトが
そのレトロ感と無骨さを増しています。

内部の座席については1号車~4号車まではレギュラーシートとなっており
JRで言えば普通車にあたる、4列シートとなっています。


さや04
こちらは関空側2両目となる2号車のモハ50201形です。
モ(中間電動車)ハ(普通車)であり、
形式記号はM3(主制御器搭載の中間電動車)となります。
ご覧の通り難波側の屋根には下枠交差式のパンタグラフが搭載されています。


さや06
関空側3両目のサハ50601形です。
サ(付随車)ハ(普通車)で、形式記号でもT(付随車)です。
さや11
3号車車内の様子です。
レギュラーシートの2+2の4席となっており、
座席のもけっとは豹柄が採用されています。
窓はご覧の通り全て楕円形という特徴ある窓になっています。
さや12
座席の下にはペダルが付いていて
回転式リクライニングシートとなっています。
さや13
扉の上には液晶ディスプレイ式の車内表示機が。
空港特急ですので日本語、英語・韓国語・中国語の4ヶ国語で表示がされます。
さや14
3号車はなんば寄りの車端に乗降口がありますが、
乗降デッキには自動販売機が設置されています。
またこの車両の反対側の関空寄りにはトイレや洗面所が設けられています。


さや07
そして関空側4両目の4号車であるモハ50101形
モ(中間電動車)ハ(普通車)であり、M2(中間電動車)となります。


さや08
関空側5両目、なんば側からは2両目となるモハ50001形です。
この車両もモ(中間電動車)ハ(普通車)で、
車両の形式記号はM1(中間電動車)になります。

ラピートの5号車と6号車は「スーパーシート」となっており
JRで言えばグリーン車にあたる車両です。
普通車にあたるレギュラーシートが4列座席なのに対して
スーパーシートは3列座席となってシートピッチやサイズも大きく
ゆったりとしています。

この5号車にも関空寄りのデッキにトイレと洗面所があります。


さや09
そしてこちらがなんば側の先頭車両である6号車のクハ50501形です。
ク(制御車)ハ(普通車)ですので運転台があります。
形式記号もTc1(制御車)となります。
さや10
車内の様子です。
奥がなんば側の先頭側であり、手前が関空側となります。
この車両もスーパーシートの車両ですので座席は1+2の3列であり、
関空側の一番手前が車椅子対応席となっていて1+1席となっています。


さや15
そしてこちらは関西空港のロビーに設置してあった
「関空戦士ラピートルジャー」です。
見れば分かりますが南海がラピートをモチーフに作り上げたヒーローです。
なんでも海外から大阪なんばへ来る観光客へのアピールの為に誕生したのだとか。
『世界征服を企む「怪人ゴキブラー」と戦うために
大阪秘密警察が開発した、対怪人用サイボーグ』
だそうです。
2015年度(平成27年度)に活動をしたラピートルジャーですが
ご覧の通りまだ関空にいました。


【写真撮影:2017年6月】
 ※特に車内については追加で撮影をしてくる予定です。

信楽高原鉄道00
さて、次は信楽高原鉄道についてです。


正式には「信楽高原鐵道」と表記するこの鉄道は、
元々は1933年(昭和8年)に開業した国鉄信楽線という国鉄の路線でした。
路線は旅客営業も行っていましたが、
その大きな役割は信楽で焼かれた信楽焼きの陶器の貨物輸送でした。

江戸時代には宇治茶を入れる茶壷が有名で
童謡「ずいずいずっころばし」はこの信楽焼きの茶壷の運搬を唄った歌です。
戦後には火鉢がメインの産物となり、
陶器の運搬の効率化が信楽の課題となります。
その為に鉄道敷設の陳情が繰り返されて出来たのが国鉄信楽線であり、
「信楽焼きの火鉢を運ぶ貨物路線」として繁栄したのです。


戦中の1943年(昭和18年)には不要不急線に指定され、
またモータリゼーションによって陶器の運搬もトラックへと転換。
貨物の輸送量の落ちた信楽線は赤字ローカル線へと転落していきます。

1980年(昭和55年)には国鉄再建法による「特定地方交通線」に指定され
実際に1981年(昭和56年)には特定地方交通線第1次廃止対象として廃止が決定。
1987年(昭和62年)に一旦JR西日本の路線となった後、
三ヶ月を経て信楽高原鐵道へと第三セクター転換が成されました。


信楽高原鉄道01
こちらは貴生川駅の南口の駅前の光景です。
JR草津線の駅であり、近江鉄道の終点と信楽高原鐵道の起点でもある
この地域のターミナルともいう駅です。
信楽高原鉄道03
南口ロータリーの出口付近にあるJA甲賀の建物です。
1階に売店がありますが、開店時間が朝9時半ですので注意が必要です。
信楽高原鉄道02
こちらが南口の駅舎の外観です。
1986年(昭和61年)に改築されて橋上駅舎となりました。
改築前の駅舎はこちらの南口側にあったそうです。
信楽高原鉄道04
階段を見ると両壁にはこの地域ならではのタヌキと忍者の絵が。
信楽高原鉄道05
上から階段を見ると「ようこそ甲賀流忍者のふるさとへ」と書かれていました。
信楽高原鉄道06
跨線橋上の駅のコンコースです。
信楽高原鉄道07
こちらは反対側の北口の駅前ロータリーの光景です。
信楽高原鉄道08
北口から見た駅舎の外観。
信楽高原鉄道09
階段の袂には水口地区の観光案内板があります。
信楽高原鉄道10
その右手後方には近江鉄道の島式ホームが見えます。
信楽高原鉄道11
北口の階段は側壁では無く階段の蹴込みに
リアルな忍者の絵が描かれていました。
信楽高原鉄道13
上から見下ろした北口ロータリーの俯瞰。
信楽高原鉄道12
北口方面から見た橋上のコンコースの光景です。
信楽高原鉄道14
コンコース北寄りにある近江鉄道の入口。
信楽高原鉄道15
橋上から見下ろした近江鉄道ホームの様子です。
信楽高原鉄道23
コインロッカーも忍者仕様。
信楽高原鉄道22
その並びの、改札の向かい側には
ご覧の乗車証明書発行機があります。
信楽高原鐵道に乗る乗客はこちらで発券を受ける必要があります
信楽高原鉄道16
こちらが南寄りにあるJRと信楽高原鐵道の改札口です。
共同使用駅となっていてJR西日本の直営駅であり、
駅構内もJRが管理を行っています。

ですが券売機や窓口、そして改札機ではJRの切符しか扱っておらず
委託されていない信楽高原鐵道の切符は発券販売をしていません
信楽高原鐵道を利用する乗客は乗車証明書を見せて改札を通過し
料金は列車内での精算となります。
信楽高原鉄道17
改札内に入ると左手に信楽高原鐵道の案内表示のある通路が。
信楽高原鉄道18
突き当たりには当然のようにタヌキが方向を案内。
信楽高原鉄道19
階段を下ると信楽線のホームへと辿りつきます。
JR草津線の下り3番線ホームの反対側に切り欠きホームとして
信楽線ホームが設けられています。
信楽高原鉄道21
信楽線ホームの終端の車止め。
ゼロキロポストは見当たりません。
信楽高原鉄道20
こちらがホームの様子となります。
隣のJR草津線は電化されているので架線がありますが、
信楽線は非電化なので架線がありません。
信楽高原鉄道24
JRの3番線ホームと信楽線ホームの中間には
ご覧のICカード用の自動改札機が2台設けられています。
草津線は全線がICOCAのサービスエリアに含まれていますので
乗り換え客用に設置された様です。
信楽高原鉄道25
ホームに設置されている時刻表です。
左が信楽高原鐵道のものですが列車数は一日15本となっていました。
右のJR草津線の時刻表と比べると本数の違いが分かると思います。
信楽高原鉄道26
ホーム南端から先を見ると線路は右にカーブを描いています。
国道の跨線橋をくぐると左手がJR草津線、右手が信楽高原鐵道と
並走する線路が分かれていきます。



信楽高原鉄道27
JR草津線と分かれた信楽高原鐵道は
杣川に架かる杣川橋梁を渡った後、
田んぼの中を一直線に走る築堤を上って行きます。

全長が14.7kmの信楽高原鐵道ですが
起点の貴生川駅から次の駅までは9.6kmあり、
最初の駅間が路線の大半を占めるというなかなか珍しい路線となっています。

信楽高原鉄道28
飯道山の山ろくを山中を進み
線路と並走する国道307号線が新名神高速道路とも並走する付近、
貴生川駅からは6.5kmの場所にあたるこちらに小野谷信号場があります。
信楽高原鉄道29
こちらは貴生川駅へと向かう列車の中からみた信号場の様子です。
ご覧の通り1線スルーの単純な列車交換用の信号場であることが分かります。
信楽高原鉄道30
この信号場の信号を見ると、線路に対して真横を向いています。
これは1991年(平成3年)3月に作られたこの小野谷信号場が
同年12月以降使用を停止している
が故で、
以降現在に至るまでこの信号場の設備は使用されていません。
ちなみに信号場自体は現在でも廃止はされていません。


信楽高原鉄道31
そして信号場からおよそ2kmを進んだこちらは
新名神高速道路の信楽ICの入口付近です。
信楽高原鉄道32
そのインターチェンジの反対側の国道脇には
ご覧の石碑が建っているのが見えます。
信楽高原鉄道33
石碑には
「信楽高原鐵道列車 JR西日本直通乗り入れ列車 正面衝突事故現場」
と刻まれていました。
1991年(平成3年)5月14日に42名の死者を出した
列車事故の現場がこの場所となります。
信楽高原鉄道34
石碑の横を見ると事故犠牲者の慰霊塔が建っていました。
先ほどの小野谷信号場が完成3ヶ月で使われなくなったのも
この事故が原因となっており、、
また信楽高原鐵道の歴史を語る上でも欠かすことのできない事故でした。



信楽高原鉄道35
そして信楽ICの入口から国道304号(近江グリーンロード)を
さらに400mほど南下するとご覧の光景となります。
信楽高原鉄道36
こちらが次の紫香楽宮跡駅の駅への入口となります。
信楽高原鉄道37
国道から駅へと至る駅前の広場です。
信楽高原鉄道38
広場の奥には踏切と案内板があり、
その脇のスロープが駅への入口となっています。
信楽高原鉄道39
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっていて駅舎はありません。
路線が第三セクター転換をした1987年(昭和62年)に
JR時代には無かった新駅として開業した駅となります。
信楽高原鉄道40
ホームに置かれる信楽焼のたぬき。
信楽高原鉄道41
待合室は屋根とベンチのみの簡素なものとなります。
信楽高原鉄道42
ホーム北端に隣接するこの踏み切りは「療養所踏切」という名前であり、
東海自然歩道の一部となっています。
信楽高原鉄道43
ホームから見た国道側の駅前スペースの様子。
信楽高原鉄道44
駅から南東に200mほどの、国道を挟んだ駅の斜向かいとも言うべき場所には
ご覧の紫香楽病院があります。
現在は独立行政法人の所属となっていますが元々の国立病院にあたります。
信楽高原鉄道45
そして病院の裏手にあたる、駅西に500mほどの住宅街の中のこちらに
駅名の由来となっている史跡があります。
信楽高原鉄道46
「宮跡」と書かれたバス停。
信楽高原鉄道47
石の標柱に「紫香楽宮跡」とあるので分かる通り、
こちらが国の史跡に指定されている紫香楽宮跡の入口となります。
信楽高原鉄道49
史跡の砂利道を進むと案内板のある広場にたどり着きます。
信楽高原鉄道48
広場から伸びる参道のような坂を上ると史跡があります。
信楽高原鉄道50
史跡の様子。こちらの内裏野地区の遺跡がが
1926年(大正15年)に「紫香楽宮跡」として国の指定を受けましたが、
現在では調査によって聖武天皇が紫香楽宮で大仏造立をはじめた甲賀寺跡とされています。



信楽高原鉄道95
こちらは国道304号の牧交差点の光景です。
この交差点から東へ500mほど伸びているのが
県道136号雲井停車場線です。
信楽高原鉄道51
県道を東に300mほど入った雲井小学校の前付近です。
この小学校前の道が国道と駅を連絡する道路となっています。
信楽高原鉄道52
左にカーブしながら進むと見えてくる駅前広場と駅舎。
信楽高原鉄道53
こちらが雲井駅の駅舎の外観となります。
1933年(昭和8年)に国鉄信楽線が開通した際に設けられた駅で、
国鉄時代は信楽線唯一の中間駅でした。
後に新設された紫香楽宮跡駅とは南に600mしか離れていません。

また「雲井」という言葉には「宮中・禁中」という意味や「皇居のある場所」という意味があり、
紫香楽宮に所以のある地名である事が分かります。
信楽高原鉄道62
駅前には舗装されている駅前広場が。
信楽高原鉄道63
広場には観光案内の看板や表示があります。
信楽高原鉄道61
駅舎の南側にある、駅舎より立派なトイレの建屋。
信楽高原鉄道64
トイレの奥は駅の駐輪場となっていました。
信楽高原鉄道54
駅舎の中の待合室の様子です。
信楽高原鉄道55
構内に入るとすぐにホームへ上る階段があります。
信楽高原鉄道57
ホーム側から見た駅舎。
信楽高原鉄道56
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
信楽高原鉄道58
ホーム前の線路の反対側を見ると
何やら花壇のようなスペースが残っているのが見えます。
これはかつてこの駅が列車交換可能だった時の
反対側の線路とホームの名残りの様です。
信楽高原鉄道59
ホーム南端の先の線路見ると、交換設備が撤去された駅で見られる
不自然にレールが曲がっている様子が見えます。
信楽高原鉄道60
逆にホーム北端側を見ると線路の西側には
かつての貨物用の引込み線のあった砂利道があります。
1962年(昭和37年)に無人化されるまではこの駅でも貨物の取り扱いがありました。



信楽高原鉄道65
国道304号線をさらに2kmほど南に下ると
こちらの勅旨西恩寺橋交差点に差し掛かります。
信楽高原鉄道66
交差点の橋を渡るとご覧の駅へと至る道が伸びています。
信楽高原鉄道67
道の脇には勅旨西恩寺の広大な駐車場があり
その奥には寺が見えます。
信楽高原鉄道68
さらに道を進むと踏切が見え、
その横に駅が現れます。
信楽高原鉄道69
踏切の南側にある勅旨駅の遠景です。
勅旨とは「天皇の命令書である勅書の一種である公文書」のことであり、
紫香楽宮や天皇陛下に関連する地名であることは明らかでしょう。
信楽高原鉄道70
ご覧の駅前のスペースと入口のスロープが踏切脇に。
スロープ脇に見えるのは駅舎では無くトイレの建物です。
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上までスロープを上がると駐輪場があり、
抜けて進むとホームへの入口となります。
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ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅で、駅舎は無く
ホーム上に待合の為の屋根とベンチがあるのみです。
駅は国鉄信楽線時代の後期にあたる1963年(昭和38年)に開業しています。
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駅の裏側には田んぼが広がっており、
ホームと田んぼの間にあぜ道のような通路が設けられています。
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信楽焼きの狸とキロポスト。
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ホーム南端の前にはご覧の田中踏切があります。
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南側から見た駅の様子。



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国道304号線の勅旨西園寺橋交差点(勅旨駅最寄り)から1kmほど南に下ると
ご覧の玉桂寺の案内看板が見えてきます。
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こちらが国道から玉桂寺、そして玉桂寺前駅へと至る道路となります。
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駅への横道を300mほど進むと橋が見えてきます。
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橋の袂の前にはご覧の玉桂寺へと誘導する小坊主の看板が。
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小坊主から200mほど進むと信楽高原鐵道の線路に突き当たり、
線路に沿って右に進みます。
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そして線路沿いにさらに200mほど進むと駅が見えてきます。
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こちらが駅前の様子です。
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駅側から見た駅前の様子。
周辺に何も無いのが分かります。
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駐輪場の向かいの藪へと通じる道。
藪ごと柵で囲われています。
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駅前のスペースの奥には
ホームへと上がる入口の階段が。
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こちらがホームの様子となります。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となります。
国鉄信楽線時代には無かった駅で、
1987年(昭和62年)の第三セクター転換時に新設された駅となります。
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ホームの中ほどにはご覧の通路が。
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駅入口の脇のスロープと、ホーム中ほどからの通路は
ご覧の様に合流していました。
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合流した通路には網の扉がありますが、
扉を入って坂を上ると吊り橋が見えてきます。
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この吊り橋は「保良の宮橋」という橋で、
信楽高原鐵道と大戸川を跨いでいます。
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橋から見た駅の対岸には
駅名の由来となっている高野山真言宗の玉桂寺が見えます。
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吊り橋の北側を見ると駅が俯瞰で望めます。



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信楽高原鐵道が終点へと近づくと信楽の市街地へと光景は変化し、
いたるところに陶器が並ぶ信楽焼き一色となります。
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こちらは国道304号線の信楽駅口交差点。
駅からは300mほど離れているものの、国道からは駅に一番近い交差点です。
この交差点から駅までは県道137号信楽停車場線となっています。
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駅方向へと向かう県道の光景。
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甲賀市役所の信楽支所の前を通過します。
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さらに東へと進むと大戸川と信楽川を渡る旭橋に。
二つの川はこの橋の下流すぐで合流しています。
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そして旭橋を渡って100mほどで駅が見えてきます。
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こちらが信楽駅の駅舎の外観となります。
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駅舎の前にはご覧の巨大な高さ5mの信楽焼の狸が。
良く見るとこの狸は公衆電話となっています。
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狸の後ろには観光案内の看板が。
この看板、近づいて触れてみるとさすが信楽だけあって陶製でした。
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看板脇の、狸の背後には広場があって椅子とテーブルが置かれていますが
こちらも当然信楽ですので陶器製です。
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駅前広場の北側はロータリーとなっており、
その奥には車両基地が設けられています。
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駅舎の中の様子です。
信楽高原鐵道では唯一の有人駅として駅員が常駐しています。
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券売窓口の前にはご覧の駅長が。
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改札脇にはこの駅が近畿の駅100選に選出されたことが掲示されていました。
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こちらがホームの様子です。
相対式2面2線のホームを持つ駅ですが、
乗客の乗降はご覧の駅舎側のホームのみで行われています。
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ホーム上にある巨大な土瓶と抹茶茶碗、そして茶筅(せん)です。
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駅構内の駅舎前からホームを望む光景です。
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南側を見ると信楽線の終端が見えますが、
その手前に構内踏切があり反対側のホームへと連絡しているのが分かります。
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こちらが信楽駅の相対式のもう一つのホームとなります。
ホーム上にはご覧の様に無数の信楽焼の狸が置かれています。
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駅の南側の信楽高原鐵道の終端。


これで信楽高原鐵道は全駅の紹介となります。
あとはこの路線の車両についてご紹介を。

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こちらはSKR310形の311号車です。
2001年(平成13年)に導入された車両となります。
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ご覧の通り車体には忍者がラッピングされています。
「SHINOBI-TRAIN」としてJR草津線と信楽高原鐵道で同じコンセプトで
忍びと狸のコラボレーションラッピングが施されて
2017年(平成29年)から運行されているものです。
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ちなみにこちらはJR草津線の「SHINOBI-TRAIN」と、
貴生川駅で並んだ両路線のラッピング車両です。
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車内の座席はご覧の通りで
忍者と狸のあしらわれたカバーがかけられています。
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列車のいたるところに忍者がこれでもかと潜んでいました。


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こちらはau 4G LTEでの電波エリアマップです。
信楽高原鐵道はその全線が電波エリア圏内となっているのが分かります。
ですからアクセスに関しては何も問題はありません


そしてレーダーの射程についてですが、
盲腸線である信楽高原鐵道はその根元の起点である貴生川駅からですと
近くの近江鉄道の駅が干渉してしまう為、
2駅目の雲井駅までしかレーダーは届きません

周辺を走るJR草津線やJR関西本線からも
概ね雲井駅までしかレーダーは届かず、
僅かに草津線の三雲駅━甲西駅間で勅旨駅に射程12となる場所がある程度です。

ただ鉄道から離れた場合、
信楽高原鐵道のそばを新名神高速道路が走っていますので
この高速道路からですと余裕で全駅がレーダー射程内となります。


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まあ、狸と忍者はいっぱい見れますから
できれば列車に乗って攻略してあげて下さい。

では。

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