でんこの元ネタ
■No.34 碇ヶ関ひいる(Ikarigaseki Hiiru)
 ■タイプ:サポーター
 ■誕生日:12月1日

■出身駅: JR東日本 奥羽本線 碇ヶ関駅(青森)
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こちらは国道7号線で
江戸時代には羽州街道と呼ばれた脇往還(五街道に準じる主要道)でした。
国道には駅への案内標識がありますが、
標識の真横の道は県道202号碇ケ関大鰐停車場線という県道となります。

その奥30mほどの信号が碇ヶ関駅入口交差点であり、
信号から西へと分岐している県道237号碇ケ関停車場線が駅への連絡道路となります。
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国道から駅までの140mほどの連絡道路が県道237号線で、
停車場線特有の短い県道となっています。
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こちらが碇ヶ関駅の駅舎の外観となります。
駅は1895年(明治28年)に当時の官営鉄道の奥羽北線が
弘前駅からこちらの碇ヶ関駅まで延伸した際に設置されました。
4年後の1899年(明治32年)には奥羽北線がさらに延伸されて途中駅となっています。
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駅舎の中の様子です。
広めの待合室にはベンチが置かれています。
平川市への簡易委託駅となっており
券売窓口ではPOSによる指定席の発券も行っています。
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待合室のホーム側改札脇に掲示されていた駅名の由来の看板です。
駅で補足した張り紙もありましたので併せて。
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同じく改札脇にあった碇ヶ関の温泉の由来です。
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ホーム側から見た改札付近。
関所を模した軒と提灯が下がっています。
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提灯はご覧の様に夜には実際に灯りがともります。
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駅は単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線のいわゆる国鉄型と言われる形式で、
こちらは駅舎のある1番線ホームとなります。
奥羽本線の上り秋田方面行きの列車が使用しています。
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1番線ホームにある碇ヶ関駅の観光案内看板。
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2つのホームはご覧の跨線橋で連絡されています。
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跨線橋から見た駅構内の様子です。
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こちらは島式の2、3番線ホームです。
基本的に3番線が下り線の青森方面行き列車のホームとなります。
駅舎側の2番線は上下共用の待避線で一部の列車が上下線ともに停まります。

【上の埋め込み動画は試聴ができます。】
JR東日本では2010年(平成22年)に東北新幹線新青森開業キャンペーンを行って行っており、
「MY FIRST AOMORI」として9月よりドラマ仕立てで計7本のCMが放映されました。
その中で碇ヶ関駅のホームが、劇中駅員の旧所属駅のホームとして使われています。

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そして碇ヶ関駅の北側には、国道7号線沿いに隣接するように
道の駅いかりがせきがあります。
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「津軽『関の庄』」という愛称がつけられている様に
江戸時代に津軽藩が設置した碇ヶ関の関所にちなんでおり、
敷地内には碇ヶ関御関所という関所の資料館が設置されています。
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また同じく道の駅の敷地内には関の庄温泉という温泉が併設されており
かけ流しの温泉に入浴することができます。
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敷地内にある、駅メモラーには欠かせない足湯です。

【写真撮影:2016年7月】
※写真等は後日追加して加筆の予定です。



■モデル車両: JR東日本 E751系電車 特急「つがる」
ひいる05

盛岡━青森間を運行していた特急「はつかり」は
485系電車が20年を経過したことから老朽化が進んでいました。

交直流電車である485系の後継としてはE653系電車がすでに開発されていましたので、
485系を取り替えるのであれば本来はE653系を投入すれば車両交代は可能でした。

しかしながらJR東日本ではコストを考慮した結果、
将来の直流区間への乗り入れを考慮しない交流専用電車を
E653系をベースとした別形式として開発

1999年(平成11年)から2000年(平成12年)かけて6両編成3本がE751系として製造されました。

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(写真上:特急いなほ、下:特急つがる)
駅メモ的な余談で言えば、E653系というのは常磐線のスーパーひたちとして開発され、
後に羽越本線に投入された特急いなほの車両です。

そのE653系をベースに開発されたのがE751系ということですから、
碇ヶ関ひいる(E751系)は豊栄なほ(E653系)を元にして作られたということになります
残念ながらその経緯を設定として生かす話は駅メモにはありませんが、
元ネタの車両を並べてみるとなるほど似ているのが分かります。
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2000年(平成12年)3月11日に盛岡━青森間の特急「スーパーはつかり」として走ったのが
E751系としての営業運転デビューとなりますが、
2002年(平成14年)12月1日に東北新幹線の盛岡━八戸間の開業に併せて
E751系は八戸━青森間の特急「つがる」として営業運転を開始
しました。

このE751系をモチーフとしている駅メモのでんこ「碇ヶ関ひいる」の誕生日は
12月1日に設定されていますが、これはE751系が特急つがるとしてデビューした日と同じです。
岩手県の盛岡駅始発ではなく、青森県内の八戸から青森までの運行開始日であり
「つがる」の名称での運用開始日を誕生日に設定したのは青森色を強める為なのでしょうか。


以下が特急つがるの各車両についてとなります。
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まずは秋田方の先頭車両である1号車のクロハE750形です。
ク(制御車)ロ(グリーン車)ハ(普通車)となりますので
運転台があり、グリーン車と普通車が半室づつある車両という意味となります。
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反対側から見た1号車の全景。
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車体横の列車形式番号です。
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1号車のグリーン席は運転室の真後ろである秋田方にあります。
この車両の乗降扉は反対の青森方にのみとなっていますので、
グリーン車のマークはご覧の様に先頭側につけられていました。
写真左の扉は運転席の扉ですので当然乗客は使用できません。
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青森方の乗降扉付近です。
こちらにはグリーン席のマークはありませんが
これは半室グリーン車なので乗客が間違えない様にする配慮なのでしょう。
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乗降デッキの中の様子です。
1号車にはサニタリースペースが設けられており、
車椅子対応様式トイレ、男性トイレ、洗面台、そして多目的室があります。
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青森方の連結部手前にある洗面台。
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洗面台の向かい側には洋室トイレ、男性用トイレが並んでいます。
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こちらは洗面台の並びにある多目的室です。
中には椅子と折りたたみのテーブルがありました。
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1号車の青森方の半室となる普通車自由席の様子です。
2+2席のシートが5列と、車椅子対応座席が2席あり合計22席となります。
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青森方の車端に設けられた車椅子対応座席。
車椅子対応トイレのあるデッキからすぐの場所にあります。
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そしてこちらが秋田方の奥にあるグリーン席の様子となります。
2+2席が4列で計16席のグリーン席が設置されています。
座席の幅やシートピッチが普通席より広いのはもちろん、
普通席には無いヘッドレストがあり、床もじゅうたん敷きとなっていました。

また、車両の一番奥にグリーン席を設けた事により
通路を普通車の乗客が通ることはありません。
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奥には運転席への扉が。


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秋田方の2両目のモハE751形100番台です。
モ(電動車)ハ(普通車)ですのでモーターの搭載された普通車両となります。
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この車両の屋根の上にはパンタグラフが搭載されており、
主変換装置も搭載している中間電動車となります。
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乗降デッキの様子です。
2号車も青森方にのみ乗降扉があり、通路の両側には
車掌などが詰める業務洋室が設けられています。
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客室内の様子です。
普通車自由席のシートが2+2席が18列で計72席となります。


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秋田方からは3両目、青森方から2両目となる3号車のモハE750形100番台です。
モ(電動車)ハ(普通車)でモーターを搭載している中間電動車です。
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乗降デッキの様子です。
この車両も青森方にのみ乗降扉が設けられています。
デッキには共用洋式トイレ、男性用トイレ、洗面所があります。
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洗面所は1号車のものに比べるとやや小さめとなっています。
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3号車の客室内です。
普通車自由席の車両で2+2席が18列で72席となります。


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そして青森方の先頭車両であるクハE751形です。
ク(制御車)ハ(普通車)ですので運転台のある車両ということになります。
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車体の横の列車形式番号。
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乗降扉はこの車両も青森方にのみあります。
運転席のすぐ後ろに位置していますので、乗降スペースのみとなっています。
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客室内の様子です。
この車両は2+2席が17列で計68席となっています。


このE751系は新造されて盛岡━青森間を「スーパーはつかり」として
走り始めた時には6両編成の特急でした。
ですのでモハE750形基本番台モハE751形基本番台という2両が
編成の間に挟まれて運行を行っていました。

2010年(平成22年)12月の東北新幹線の八戸━新青森間延伸によって
E751系は一旦運用を離れ、2011年(平成23年)4月より秋田━青森間で運用復帰しますが
その際に4両編成に短縮されており、離脱した2両(3編成で合計で6両)はその後廃車となっています。
ひいる32
E751系の先頭車両前面には「Tsugaru」のロゴが入っています。
これは特急つがるとなった2002年(平成14年)以降のことで、
それ以前にはスーパーはつかりとして「Hatsukari」と書かれていたそうです。

【写真撮影:2019年7月】

でんこの元ネタ
■No.79 唐津シズ(Karatsu Shizu)
 ■タイプ:サポーター
 ■誕生日:2月5日

■出身駅: JR九州 筑肥線 唐津駅(佐賀)
シズ01


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こちらは唐津駅の北口の駅舎外観です。
唐津駅は1898年(明治31年)に唐津興業鉄道の駅として開業し、
九州鉄道を経て1907年(明治40年)に国有化され国鉄唐津線の駅となります。

1983年(昭和58年)に国鉄筑肥線の虹ノ松原駅━山本駅間が廃止され
代わりに虹ノ松原駅━唐津駅間に新線が敷設。
唐津駅は付け替えられ電化された筑肥線の東区間の終点駅となります。
この時に筑肥線は高架化されており、唐津駅も高架駅として改築されています。
シズ04
北口の駅前には2013年(平成25年)に整備されたロータリーがあります。
シズ03
ロータリーの他に駅前には歩行者の駅前広場、駐車場が設けられています。
シズ05
広場にある唐津の観光マップ。
シズ06
その後ろには唐津曳山の像がありました。
唐津曳山とは、唐津神社の秋季例大祭である唐津くんちで使われる山車であり、
その巡航はユネスコ世界遺産にも登録されている唐津くんちのメインイベントとも言えます。
シズ07
曳山の像の横にはこちらの鶴の像があります。
この像は唐津の鉄道敷設の顕彰碑で
1983年(昭和58年)の電化と高架化の際に作られました。
台座には唐津の鉄道敷設に尽力をした4人の顔のレリーフが埋め込まれています。
シズ08
ロータリーから北へは県道236号唐津停車場線が延びており、
270mほどで唐津市役所につきあたり唐津街道と駅を連絡しています。
シズ09
北口の駅舎入口付近。
シズ10
入口の横には唐津観光協会がありました。
唐津駅はいくつものアニメの舞台となっている為、
キャラの立て看板や聖地の案内などもありました。
シズ11
駅舎の中の様子です。
高架駅となっており、改札のある1階は高架下を通り抜けられる
コンコースとなっていました。
みどりの窓口や改札、売店などもコンコースに配置されています。
シズ14
改札の向かいにある商業施設であるえきマチ1丁目の入口。
えきマチ1丁目はJR九州が駅構内で展開する構内商業施設であり、
唐津駅でも高架下を利用して飲食を中心とした店舗街が構成されています。
シズ12
こちらは改札前を抜けて反対側の南口付近の様子です。
南口は両脇にとんこつラーメン店とコンビニが入居しています。
シズ15
こちらが南口脇にあるラーメンきあげ。
駅構内にあるこの店は佐賀県でも有名なとんこつラーメン店なのだそうです。
シズ16
南口側の駅舎の外観です。
駅前駐車場を中心としたロータリーがあります。
元々は住居の並ぶ市街地だったそうですが
1980年(昭和55年)の区画整理事業でご覧の通り綺麗に整備がされています。
シズ18
南口の目の前に建っているこちらは唐津市近代図書館です。
1992年(平成4年)にこの場所に移転新築された建物で、
唐津市出身の建築家の辰野金吾氏にちなんで近代建築の建物となっています。
シズ19
駅前広場から南の正面への道路は「シンボルロード」として
1980年(昭和55年)の区画整理事業の際に幅30mの都市計画道路として整備されました。
町田川に架かる町田大橋の前後、駅から300mほどの区間がシンボルロードとなっており、
車道の他にインターロッキング舗装がされた歩道などが設けられています。
シズ21
橋上駅舎から俯瞰で見た南口駅前の様子です。
シズ20
駅舎の中へと戻り、改札口を入るとすぐに数段の階段があります。
その上は構内コンコースとなっており二つの島式ホームへと階段で連絡しています。
またコンコースにはガラス張りの待合室が設けられており、
その横には1993年(平成5年)に建てられた「いい日旅たちの碑」があります。
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こちらが駅の南側にある島式の1、2番線ホームです。
唐津駅は島式ホーム2面4線の駅となっており、
1番線から3番線までは唐津線の上り(山本・佐賀方面)、下り(西唐津方面)と
筑肥線の西区間(山本・伊万里方面)行きの列車が使用しています。
シズ23
ですのでこちらの島式の1、2番線には唐津線の上下線と
筑肥線の西区間行き列車が停まります。
シズ24
現在筑肥線となっている虹ノ松原駅━唐津駅間は
そもそもは国鉄呼子線として鉄道建設公団によって建設が進められていたものでした。
唐津市内の一部を除いてほぼ全線での工事が終わっていましたが、
国鉄の経営が悪化したことにより国鉄再建法で工事が凍結。
需要の見込まれる虹ノ松原駅━西唐津駅間が筑肥線の電化に伴う付け替えの新線となりました。
その為、現在の唐津駅も当時全国で作られた鉄建公団の高架駅の趣きを感じる造りとなっています。
シズ25
こちらは駅の北側にある島式の3、4番線ホームです。
3番線には、1、2番と同じく唐津線の上下線列車が停まります。
シズ26
そしてこの島式ホームには筑肥線の東区間(姪浜・博多方面)行きも停車する為、
3番線には唐津駅を使う筑肥線と唐津線の上下線両方が、
4番線は筑肥線の東区間の列車のみが停車しています。
シズ27
こちらのホームも鉄骨の屋根が作られた
国鉄時代の高架駅といった外観です。

【写真撮影:2018年10月】



■モデル車両: JR九州 305系電車
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JR九州305系電車は2015年(平成27年)に導入された電車であり、
JR筑肥線の電化区間である姪浜駅━西唐津駅間と、福岡市交通局空港線の
相互直通運転に使用されている車両です。

JR筑肥線は1983年(昭和58年)の電化開業および地下鉄乗り入れから
103系1500番台という車両を使用してきました。
しかしながら車両の老朽化によって故障などが多発してきた為、
103系の置き換えを目的として開発導入されたのが305系となります。

車両のデザインはJR九州で数多くの観光列車のデザインを手がけている
ドーンデザイン研究所の水戸岡鋭治氏の手によるもの
で、
特に車内のデザインはひと目で水戸岡氏の手によるものと分かる部分が数多くあります。



では以下に編成の全6両の各車両について見ていきたいと思います。

シズ30
西唐津方の先頭車両である1号車のクハ305形です。
ク(制御車)ハ(普通車)であり、運転台があってモーターの無い車両となります。
編成略記号はTcでT(付随車)c(制御車)ですから同様の意味を表わします。

車端部の運転席側はほぼ壁となっていて前面展望が望めませんが、
これはこの305系が福岡市営地下鉄へ乗り入れている為、
運転席のガラスに客室内の照明が映りこんで視界を遮るのを防ぐ為だと思われます。
シズ31
305系ではこの1号車のみ、床が茶色いフローリングとなっています。
これは南米産クルパウ材のフローリングを使用しているもので、
「ダイヤモンドウッド」とも呼ばれ非常に硬い表面硬度をもつ材料です。
クルパウ材の床材はJR九州のななつ星でも使用されているものであり、
同じ水戸岡デザインの車両であることを感じさせる素材でもあります。
シズ32
乗降扉の前の部分は通勤車両では乗客がひしめく場所でもありますが、
上と見るとご覧の様につり革が円形のポールに配置されていました。
デザイン性という観点でも円形の配置はめずらしいですが、
多くのつり革を配置できるという点で通勤車両向けとも言えるデザインです。
シズ33
通勤車両ですので座席はロングシートとなっています。
背もたれが合板木製なのは水戸岡デザインではもはや一般的とも言えるものです。
座席のモケットは色違いのボーダーが折り重なるデザインで
車両ごとにいくつかのバージョンがある様子でした。
シズ34
そして優先席のレインボーチックなモケットは、
305系をモチーフとした駅メモのでんこ唐津シズの
胸のあたりのデザインとして使われています。
シズ35
1号車の姪浜方の車端部にはトイレが設置されており、
その向かい側の窓には木製のカウンターが置かれていました。
水戸岡デザインでは一般的であるカウンターも
通勤車両ではなかなか珍しいと思います。

シズ36
また乗降扉には各扉に様々なポーズをした「くろちゃん」が描かれています。
シズ37
「くろちゃん」は元々は、水戸岡氏がデザインした
観光特急「あそぼーい!」の為に作られたキャラクターでした。
その為、JR豊肥本線の阿蘇駅にはご覧のくろ駅長室も設けられています。
シズ38
しかし熊本県を走っていないJR筑肥線の305系の扉にもくろちゃんが描かれるなど
現在ではこのキャラクターはJR九州全体のマスコットキャラクターとなっています。
そして筑肥線の筑前前原駅の駅構内にもご覧のくろ駅長室が設置されています。
シズ39
その為か305系をモチーフとしている唐津シズの衣装の胸のあたりには
くろちゃんを元にしたと思われる犬のマークが描かれています。


シズ40
西唐津方2両目のモハ305形です。
モ(動力車)ハ(普通車)でモーターを搭載した普通車車両となります。
編成略記号はM(動力車)ですのでこちらも意味は同様です。

シート端部の仕切りはポリカーボネイト製の透明なもので、
連結部の扉はガラス製でこちらも透明となっているのは各車両共通です。
シズ41
2号車のモケットの柄です。
305系では通勤車両ながら各車両でモケットが様々な別デザインとなっています。
ですがボーダーのレインボー調も花柄のモケットも
水戸岡デザインの他の観光列車でも使われているもので、
ある意味共通デザインと言えるでしょう。
シズ42
そして305系では2号車から6号車の床が
ご覧の様なQRコード調の柄を並べたデザインとなっています。
厳密にはQRコードでは無いのでスマホをかざしても読み取れません
シズ43
駅メモのでんこである唐津シズのハイソックスの柄がQRコード風になっていますが、
これはこの305系の床のデザインがモチーフと見て間違い無いでしょう。


シズ44
西唐津方3両目の3号車、モハ304形です。
モ(動力車)ハ(普通車)ですのでこちらもモーター搭載の車両となります。
編成略記号はMpでM(動力車)p(パンタグラフ)となり
屋根にパンタグラフが搭載されている車両となります。


シズ45
西唐津方4両目、姪浜方の3両目となる4号車のモハ305形100番台です。
モ(動力車)ハ(普通車)なのは他の車両と同様です。
編成略記号はM1で、動力車としてモーター搭載の意味なのは仮名の車両番号と同様です。


シズ46
姪浜方の2両目、5号車のモハ304形100番台です。
モ(動力車)ハ(普通車)なのでこの車両にも動力モーターが搭載されています。
編成略記号はM1pでM(動力車)p(パンタグラフ搭載)となります。
シズ47
この車両の姪浜方の車端部にはご覧の車椅子・ベビーカー用の
フリースペースが設けられています。
黄色で囲われたスペースの部分の床には滑り止めが施されています。
また窓にはカウンターも設置されていました。


シズ48
そして姪浜方の先頭車両である6号車のクハ304形です。
ク(制御車)ハ(普通車)ですので運転台のある車両となります。
編成略記号もT'cで制御車となり意味は同様です。

1号車と違う点は床がフローリングでは無くQR柄である事、
車端部にトイレが設置されていないという点です。
西唐津方の車端部にはトイレの代わりに車椅子用のフリースペースがあります。


(車両の外観などは後日に写真を撮り次第追加する予定です。)
【写真撮影:2019年8月】

南阿蘇鉄道a97
南阿蘇鉄道高森線の続きです。


その1(立野駅━中松駅)はこちら



南阿蘇鉄道94
こちらは国道325号線の旧道と熊本県道39号矢部阿蘇公園線が交わる交差点で、
すぐ近くの東側には熊本名水百選のひとつでもある池の川水源があります。
南阿蘇鉄道93
その交差点から250mほど南の旧道沿いにある「熊本より十里」の石標。
南阿蘇鉄道95
石標からさらに80mほど南に下ると
スズキの看板の立った自動車整備工場があり、
その脇にインターロッキングで舗装された横道があります。
南阿蘇鉄道96
この、整備工場の敷地の真ん中を横切る横道の奥に
南阿蘇鉄道の駅が設けられていました。
南阿蘇鉄道97
こちらが中松駅の駅舎の外観です。
1928年(昭和3年)の路線開業時に開設された駅で、
第三セクター転換後の1987年(昭和62年)に現在の駅舎へと改築されています。
駅舎は熊本大学工学部准教授の桂英昭氏の設計によるもので
モダンな外観となっています。
南阿蘇鉄道98
駅前広場の様子です。
整備工場の敷地の奥の駅舎前に横に広がっています。
南阿蘇鉄道99
広場の東側にある駅周辺の案内地図です。
南阿蘇鉄道a01
こちらは駅舎の入口付近の光景。
南阿蘇鉄道a02
入口の脇には終戦間際に駅が機銃掃射された歴史が記されていました。
南阿蘇鉄道a03
駅舎の中の様子です。
南阿蘇鉄道a05
この駅舎の中には「ひみつ基地ゴン」というカフェが入居していました。
以前は蕎麦屋さんが入っていたそうですが、
2016年(平成28年)7月の南阿蘇鉄道部分復旧と同日にカフェがオープンしています。

特撮にフィーチャーしたカフェの様でガラスケースには特撮のおもちゃが多数展示されています。
「秘密戦隊ゴレンジャー」では「スナックゴン」という店が登場していますが、
どうやら店名はここからのモチーフの様子です。
ゴレンジャーのゴンではキレンジャーがいつもカレーを食べていましたが、
こちらのカフェもカレーが看板メニュー(要予約)となっています。
南阿蘇鉄道a04
ホーム側から見た駅舎の改札付近の光景です。
南阿蘇鉄道a06
駅舎の前に立つ「星獣戦隊ギンガマン」の巨大ロボのギンガイオー。
カフェが開店する日曜日に看板ロボとしてホームに立っている様です。
南阿蘇鉄道a07
ホームの様子です。
相対式ホーム2面2線の駅となっており、列車交換が可能な駅となっています。
駅舎のあるこちらは下り高森方面行きの1番線ホームとなります。
南阿蘇鉄道a08
1番線の西側に立てられた戦時の列車空襲を記した立て看板です。
南阿蘇鉄道a09
この駅も駅前とホームの間にフェンスなどは無いので
自由に出入りすることが可能となっています。
南阿蘇鉄道a10
ホーム西側の駅舎前、カフェスペースの前あたりに置かれた木製の長いすです。
この駅にもカップルが座る椅子が置かれていました。
南阿蘇鉄道a11
西端にはホーム同士を連絡する構内踏み切りが。
南阿蘇鉄道a12
駅の南側には2番線ホームがありました。
本来は上り線の立野方面行きのホームなのですが、
熊本地震以降は当駅より立野方面は復旧しておらず、
2016年(平成28年)の部分復旧以降もホームはパイロンで封鎖され
使用されていませんでした。



南阿蘇鉄道a13
国道325号線の旧道と併走しつつ阿蘇のカルデラを東進する南阿蘇鉄道。
3kmほど進むと次の駅への入口となります。
南阿蘇鉄道a14
反対の東側から見た駅への入口となる交差点付近。
駅への入り口であることを示す案内標識が立っています。
南阿蘇鉄道a15
南へと道路を進むと、右手には農業倉庫があります。
南阿蘇鉄道a16
倉庫脇の道沿いにはこの地域の農協を率いた人物の胸像が。
南阿蘇鉄道a17
胸像からさらに南に進むと、
旧道から140mほどで駅舎があるのが見えてきます。
南阿蘇鉄道a178
阿蘇白川駅の駅舎の外観です。
1928年(昭和3年)の路線開業時に設置された駅であり、
第三セクター転換後の1988年(昭和63年)に現在の教会風の駅舎へと改築されました。
南阿蘇鉄道a19
駅舎の前はインターロッキングでタイル舗装されており、
駐車場や駐輪場が設置されていました。
南阿蘇鉄道a20
駅舎の北西側の向かいにあるトイレの建屋です。
コンクリート作りにタイル貼りの立派な建物で、
二つのトイレの間の壁にはかつては滝のように水が流れていたそうです。
南阿蘇鉄道a27
トイレの向かいのホーム沿いにある北朝鮮への集団帰国事業の記念碑。
1960年(昭和35年)と刻まれているのが歴史を感じさせます。
南阿蘇鉄道a21
駅舎の東側にある駅の駐車場。
南阿蘇鉄道a22
一角にある南阿蘇村の観光案内マップです。
南阿蘇鉄道a23
こちらが駅舎の中の様子です。
壁沿いに木製の長いすが造り付けられています。
この駅の駅舎には「Cafe 75th St.」というカフェが
2013年(平成25年)より入居しています。
南阿蘇鉄道a24
ホーム側から見た駅舎の出入口です。
南阿蘇鉄道a28
窓にはカフェの店名が書かれており、
軒下には他の駅にもあったカップルチェアーが置かれていました。
南阿蘇鉄道a25
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
南阿蘇鉄道a26
旧国道沿いには近くに集落などもあるのですが、
駅のホームからはご覧の通り阿蘇のカルデラの平地が広がって見えます。
南阿蘇鉄道a29
カルデラの向こうに綺麗に形が見える阿蘇山の外輪山。
南阿蘇鉄道a30
ホームの西端には駅構外と出入りができる入口がありました。



南阿蘇鉄道a31
阿蘇白川駅からつぎの駅は東に800mほどにありますが、
こちらは並走する国道325号線の旧道の駅入口付近の交差点です。
カーブミラーに駅への案内標識があります。
南阿蘇鉄道a32
反対の東側から見た、駅入口の交差点付近。
南阿蘇鉄道a33
旧道からゆるやかな坂を下って南へと150mほど進むと駅があります。
南阿蘇鉄道a34
こちらが南阿蘇白川水源駅の駅舎となります。
2012年(平成24年)に新しく設置された駅であり、
地元自治体の南阿蘇村の請願駅として全額自治体負担により開設されました。
3月に駅が開業し、3ヶ月遅れの7月にご覧の駅舎が作られています。
南阿蘇鉄道a35
駅舎の目の前の道路沿いに設けられた駅前広場。
舗装されており駐車場として利用されています。
南阿蘇鉄道a36
旧道から駅への道は、駅前広場の横を抜けて
駅舎の東側で白川水源踏切という踏切となります。
南阿蘇鉄道a37
踏切の南側には農耕用の道路が伸びており
あたり一面が田んぼとなっています。
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道が農耕用道路であることを示す看板。
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線路の南側のカルデラに広がる広大な田んぼ。
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南側から見た駅の全景です。
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駅舎へと戻って中の様子です。
村の作った駅舎はコミュニティ施設を兼ねた造りとなっており、
中はさながらラウンジのようになっています。
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駅舎の中に入居している「駅cafe´倶梨伽羅」。
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ホームへの出入口は自動ドアとなっていて
脇のガラスには路線図が貼られていました。
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こちらがホーム側の駅舎の出入口です。
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ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
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駅周辺はご覧の通りの田んぼが広がる光景です。
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ホーム東端には駅舎を通らず直接外に出られる階段があります。

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駅前の道から旧道へと戻ると
交差点の東側すぐに水加工場があります。
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こちらの水加工場はくすいでは白川水源の水をボトリングしています。
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加工場から旧道をさらに東へ200mほど進むと
物産店がありその脇に鳥居があります。
こちらが南阿蘇で一番有名な水源である白川水源への入口となります。
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白川吉見神社の参道がそのまま白川水源へのルートとなっており、
旧道から鳥居をくぐって北へと進みます。
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川のほとりの参道を400mほど進むと
水源の入場料を徴収する受付が。
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受付を過ぎると目の前に鳥居があり、
白川吉見神社の社殿があります。
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そして鳥居の脇に白川水源の池が。
駅名の由来となっている水源はこちらとなります。
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こちらが白川水源の澄んだ水をたたえる池です。
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池の脇には水汲み場が設けられており、
入場者は水をボトルへと詰めることができます。



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南阿蘇鉄道は引き続き国道325号線の旧道と並走し東進。
こちらは白川水源駅から1.8kmほど東に進んだ付近の光景で、
次の駅への入口となる交差点の光景です。
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反対側から見た交差点付近。
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旧道から南へと150mほど進むと南阿蘇鉄道の踏切があり、
その脇に駅が設置されています。
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こちらが南阿蘇鉄道の豆塚踏切です。
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踏切のすぐ南には駅前広場への入口が。
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こちらは駅の南側から踏切までの道の光景です。
踏切手前で駅前広場への入口があるのがよく分かります。
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見晴台駅の駅舎外観です。
第三セクター転換後の1986年(昭和61年)に開設された駅です。
現在の駅舎は二代目の駅舎で、初代駅舎の老朽化により建て直されたものです。
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こちらは南阿蘇鉄道が作ったテレホンカードの画像ですが、
写っているのが初代の見晴台駅の駅舎です。
ご覧の通り屋上が展望台となっている駅舎でまさしく見晴台として建てられた駅舎でした。
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駅舎の前の広場の様子です。
舗装された駅前広場で数台の車を停めることができます。
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駅舎の中の様子です。
ベンチの置かれた待合室としての機能のみのこじんまりとした駅舎です。
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ホーム側から見た駅舎付近。
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こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
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南阿蘇町と高森町の境界に近い駅ですが、
周辺はカルデラの平地に広がる田畑の光景です。
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駅から見えるカルデラの風景。
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駅舎の中へと戻ると、一角に午後の紅茶に関する掲示があります。

(上動画はクリックすると再生可能です。)
この見晴台駅は2016年(平成28年)冬よりキリン午後の紅茶のCMの舞台となっており、
2018年冬の第四弾までシーズンごとにストーリー性のある映像の舞台となりました。
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駅舎の横にあるこちらのキリンの自販機は
CMのセットとして置かれたもので元々は無かったものです。
撮影後も地元の要望により自販機は残されて稼動していますが、
中の商品は全て午後の紅茶のみととなっていました。



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こちらは県道177号高森停車場線の起点付近です。
県道28号線と駅とを連絡する県道でいわゆる停車場線となります。
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駅前の県道は高森町の中心街を通っており
周辺には町の公共施設や役所などが集まっています。
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こちらが高森駅の駅舎の外観となります。
1928年(昭和3年)の路線開業時に設置された駅で、
国鉄時代そして第三セクター転換後もずっと終着駅として営業をしてきた駅となります。
現在の駅舎は第三セクター転換後の1987年(昭和62年)に建て替えられたものです。
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駅舎の前の様子です。
ロータリー状にはなっておらず、交差点が広くなっている様な形状となっています。
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駅舎の目の前に建つ「野の花と風薫る郷」の碑。
これは駅のある高森町が町のキャッチフレーズとして使っているフレーズです。
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碑の南側にはご覧のSLが静態保存されています。
この車両はC12 241で、1940年(昭和15年)に仙台に新製配置。
新潟、秋田、福岡、鹿児島などを経て1973年(昭和48年)に熊本機関区へと配置。
実際に国鉄高森線を走った後に1974年(昭和49年)に廃車となって
こちらの高森駅前に保存されています。
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SLから南側の一帯はご覧の通り駅の駐車場となっています。
道の駅と言っても差し支えが無いほどの広さと駐車台数のある駐車場です。
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駅舎に戻って中へ。
入口には風除室があり両脇にベンチが置かれていました。
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中の様子です。
駅の駅舎ですので券売の窓口ありますが、
地元の物産などがご覧の様に並べられて販売されており、
さながら観光物産館となっています。
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ホーム側の駅舎の出入口付近の様子です。
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こちらが駅のホームとなります。
単式ホーム1線1面となっており、
併走する留置線が複数敷かれています。
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終着駅でホームの奥には車両基地があります。
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駅北側の車庫や車両基地の様子。
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駅舎の前まで戻ると、ホームから外へと直接出られる入口があります。
木が植えられてインターロッキングで舗装された公園のような広場が
駅舎の北側、ホームの東側に設けられています。
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駅北側の広場には屋外ステージやベンチなどもあり、
まさしく公園そのもののスペースとなっています。
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広場から駅舎の東側をまわって進むと駅前へ。


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こちらは2019年(令和元年)8月に高森駅に掲示されていた時刻表。
一日4往復で、朝の1往復のみ普通列車、後の3往復がトロッコ列車となっています。
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こちらは普通列車として走っていたMT-3000形気動車です。
写真の3001は1993年(平成5年)に作られた、いわゆるレールバスと言われる
ワンマン運転用の気動車です。
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そしてこちらがDB16形ディーゼル機関車によって牽引されている
観光列車のトロッコ列車「ゆうすげ号」です。
南阿蘇鉄道は将来的な乗客減少を見越して開業以来観光列車として
トロッコ列車を走らせての乗客誘致を行ってきました。
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こちらがトロッコ列車の客車の様子です。
熊本地震以前は普通列車13往復、トロッコ列車2往復(運行日のみ)が走っていましたが、
被災後は中松駅━高森駅間の限定運行となっていますので
ほぼ観光客用にトロッコ列車を走らせるのみの状態となっています。



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こちらはau 4G LTEでの電波エリアマップです。
ご覧の通り運転の再開している中松駅━高森駅の区間は全線が電波圏内であり
駅へのアクセスに困る事はありません。


南阿蘇鉄道は現在、立野駅━中松駅間が不通となっており、
全線復旧は2022年(令和4年)を見込んでいます。
その為現在は鉄道を使っては南阿蘇鉄道へは行けない状態です。

起点の立野駅の前後区間を走るJR豊肥本線も復旧は2020年(令和2年)予定ですので
もう暫くの間は南阿蘇鉄道に乗るにはバスや車での移動が必要となります。
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こちらは路線復旧の2022年(令和4年)に完成予定の
高森駅の駅舎および周辺の再開発の計画書です。
全線復旧に併せて南阿蘇鉄道の周辺ではいくつかの再開発計画が進んでいる様でした。


熊本地震さえ無ければ、熊本駅から東へ30kmほどの
南阿蘇鉄道へのアクセスはさほど悪くはありませんでした。
しかし路線の根元の立野駅周辺が不通の今、
南阿蘇鉄道へたどり着くこと自体に手間が掛かる状態となっています。

駅メモでレジェンドマスター(9100駅)を取るのは南阿蘇鉄道に乗らなくとも可能ですし、
攻略の優先順位は恐らく大多数のプレイヤーにとっては低いものとなるでしょう。
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しかしながら阿蘇のカルデラの景色、そして水と空気はかなりのものでした。
恐らく行って後悔はしないと思いますので、是非一度は。

では。

【写真撮影:2019年8月】

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