埼玉新都市交通伊奈線a00
さて、次は埼玉新都市交通伊奈線です。


大宮駅から新幹線の高架脇を走って伊奈町の内宿駅までを走る
全長12.7kmの路線です。
レールを鉄輪で走るいわゆる鉄道ではなく、
タイヤで軌道を走る案内軌条式鉄道(AGT)の路線となります。


埼玉県南部での新幹線建設では多くの反対運動が起きました。
そして新幹線建設の見返りとして、大宮駅以南では埼京線が作られた訳ですが
大宮駅から北の区間では見返り路線として
通常の鉄道では過多と判断され、いわゆる新都市交通の建設がされました。
これがこの通称ニューシャトルです。

新幹線建設に関する反対運動に始まり、
ニューシャトル建設にあたっても計画地での
多くの反対運動や土地収用の抵抗に遭うなど
その可愛い車体とは裏腹に多くの苦難に遭った路線でもあります。



埼玉新都市交通伊奈線07
こちらはJRの大宮駅の西口の外観です。
東北・上越新幹線をはじめとして、高崎線、京浜東北線などのJR各線や
東武野田線などの起点駅である一大ターミナル駅です。
埼玉新都市交通伊奈線08
この大宮駅の西口の、中央通路から外デッキへの出口手前の屋内右手には、
「てっぱく通り」と命名されたご覧の連絡通路が設けられています。
埼玉新都市交通伊奈線09
このてっぱく通りを進んだ先に
ニューシャトルの大宮駅の改札があります。
埼玉新都市交通伊奈線03
ちなみに去年(2016年)に見た時にはこんな感じでしたので、
いつのまにやら若干おしゃれにマイナーチェンジされてました。
埼玉新都市交通伊奈線10
改めて現在の改札。
埼玉新都市交通伊奈線11
ホーム側から改札を見るとご覧の通りで、
改札前にはコンビニも設置されています。
埼玉新都市交通伊奈線12
ホームは改札の目の前にありますが、
見ての通り一段高い位置にあります。
埼玉新都市交通伊奈線13
こちらが大宮駅のホーム。
単式ホーム1面1線となっています。
1983年(昭和58年)のニューシャトル開業時に出来た駅です。
埼玉新都市交通伊奈線14
ニューシャトルの大宮駅付近はループ線となっており、
終点の大宮駅に到着の列車は、東西に伸びるホームの東側から入線します。
埼玉新都市交通伊奈線15
そして大宮始発の列車となり、今度は西へと出発していきます。
こうすることで運転士が大宮駅で折り返しの為に
いちいち反対の運転席へと移動する手間が無くなります。


埼玉新都市交通伊奈線16
大宮駅を出発したニューシャトルは、
まずご覧の場所で外へと出ます。
埼玉新都市交通伊奈線17
大宮駅の北端の西側にはJACK大宮というご覧のビルがあります。
ニューシャトルの駅はこのビルに隣接するようにあるのです。
埼玉新都市交通伊奈線18
このJACK大宮ビルを迂回して回りこみ、
ニューシャトルは出発をして行きます。
埼玉新都市交通伊奈線19
JACK大宮ビルの北側は県道が走り、
大栄橋というJRの線路を大きく跨ぐ跨線橋が架かっています。
ニューシャトルはこの大栄橋の上を大きく曲がって
新幹線の高架脇を沿って北上していきます。
埼玉新都市交通伊奈線20
大栄橋の北の、新幹線高架の西側には
JR東日本大宮総合車両センターの広大な敷地が広がっています。
ニューシャトルはその敷地の東端をJRの線路とに挟まれて進みます。



埼玉新都市交通伊奈線21
鉄道博物館駅
1983年(昭和58年)の路線開通時に大成駅として開業した駅です。
鉄道博物館の開業した2007年(平成19年)に現在の鉄道博物館駅に改名されています。
相対式ホーム2面2線の駅で、ホームの間に新幹線の高架線路を挟んでいます。

駅名の改称は鉄道博物館を作ったJR東日本からの打診だそうですが、
地元住民などからは反対があり、「大成」の駅名を残す要望が強かったそうです。
その為現在も駅名標などには「(大成)」と副名称がついています。
埼玉新都市交通伊奈線22
こちらは内宿方面行きの下り線ホーム。
埼玉新都市交通伊奈線23
大宮方面行きの上りホームです。
埼玉新都市交通伊奈線24
ホームの間の新幹線高架の下に見える駅舎建物。
埼玉新都市交通伊奈線25
改札付近の様子。
埼玉新都市交通伊奈線26
改札内のすぐ脇には、ニューシャトルのタイヤや
お召し列車のヘッドマークが展示されていました。
埼玉新都市交通伊奈線27
改札前から新幹線の高架下は、
鉄道博物館へと向かうコンコースとなっています。
埼玉新都市交通伊奈線28
通路の床のタイルには時刻表になっている部分が。
埼玉新都市交通伊奈線29
博物館の外の通路ですら展示物が沢山置いてありました。
埼玉新都市交通伊奈線30
そして通路の置くを曲がると鉄道博物館の入口です。
埼玉新都市交通伊奈線31
こちらが駅名の由来なっている鉄道博物館の内部。



埼玉新都市交通伊奈線32
加茂宮駅
1983年(昭和58年)の路線開業時の駅です。
相対式ホーム2面2線の高架駅となっています。
こちらは上り線ホーム。
埼玉新都市交通伊奈線33
上りホームと下りホームの間には
ご覧の通り新幹線が走っています。
埼玉新都市交通伊奈線34
こちらは下り線ホーム。
埼玉新都市交通伊奈線35
駅舎の外観です。
西側は国道17号線に面しています。
埼玉新都市交通伊奈線36
東側から見た駅舎。
埼玉新都市交通伊奈線37
駅の改札付近です。



埼玉新都市交通伊奈線38
東宮原駅
こちらも1983年(昭和58年)の路線開業時に開設された駅です。
相対式ホーム2面2線となっています。
上は上り線ホーム。
埼玉新都市交通伊奈線39
下り線ホームです。
埼玉新都市交通伊奈線40
駅舎の外観。
この写真の奥、駅の東にはかつて市民病院がありましたが
現在は移転して公園となっています。
埼玉新都市交通伊奈線42
駅の改札の光景です。
埼玉新都市交通伊奈線43
内側から見た改札。
埼玉新都市交通伊奈線44
ホームは新幹線の効果の東西脇にあるので
改札前で通路がT字に分かれています。
埼玉新都市交通伊奈線41
駅は県道に面しており、ちょうど改札前の高架下には
ラーメン店があります。
この県道は春になると桜並木で満開になります。



埼玉新都市交通伊奈線45
今羽駅
1983年(昭和58年)の路線開業時にこちらの駅もできています。
この駅も相対式ホーム2面2線です。
上は下り線ホーム。
埼玉新都市交通伊奈線46
こちらは上り大宮方面ホームです。
埼玉新都市交通伊奈線47
駅舎の外観。
こちらの駅も新幹線高架に併設の高架駅となっています。
埼玉新都市交通伊奈線48
駅自体は至近に産業道路が走っているものの、
駅周辺はご覧の通り住宅街となっています。
埼玉新都市交通伊奈線49
反対側の駅の東側はこんな光景です。
埼玉新都市交通伊奈線50
高架下の駅の入口への通路。
埼玉新都市交通伊奈線51
駅の改札です。
埼玉新都市交通伊奈線52
改札内の様子。



埼玉新都市交通伊奈線53
吉野原駅
1983年(昭和58年)の路線開業時の駅です。
相対式ホーム2面2線の駅です。
こちらは上り線ホーム。
埼玉新都市交通伊奈線54
下り線ホームです。
埼玉新都市交通伊奈線55
駅舎の外観です。
埼玉新都市交通伊奈線56
駅は新幹線と国道16号線の交点にあり、
真下を6車線の国道が走るという駅です。
周囲は大きな物流倉庫や工場が集まる工業地帯となっています。
埼玉新都市交通伊奈線57
他のニューシャトルの駅が改札が地上にあるのに対して、
この駅はその立地から改札は跨道橋の上に設置されています。
埼玉新都市交通伊奈線58
改札内の様子。



埼玉新都市交通伊奈線59
原市駅
この駅も1983年(昭和58年)の開業時にできました。
相対式ホーム2面2線の高架駅です。
こちらは下り線ホーム。
埼玉新都市交通伊奈線60
上り線ホームです。
埼玉新都市交通伊奈線61
駅舎の西側からの外観。
埼玉新都市交通伊奈線62
この駅から上尾市へと入りますが、
駅の改札前が駅らしくインターロッキングで舗装されています。
埼玉新都市交通伊奈線63
駅の改札の光景です。
埼玉新都市交通伊奈線64
改札を入ると左右にホームへの通路が伸び、
正面にはエレベーターへの通路が延びています。



埼玉新都市交通伊奈線65
沼南駅
1983年(昭和58年)の路線開業時に開設された駅です。
相対式ホーム2面2線の駅となっています。
こちらは下り線ホーム。
埼玉新都市交通伊奈線66
上り線ホームです。
埼玉新都市交通伊奈線67
駅の東側の外観。
埼玉新都市交通伊奈線68
東側にはご覧の通りロータリーが設けられています。
埼玉新都市交通伊奈線69
そしてこちらは駅の西側。
西側は道路に駅が直接面しています。
埼玉新都市交通伊奈線70
駅の改札付近です。
こちらの駅も改札前の高架下はインターロッキングで舗装されています。
埼玉新都市交通伊奈線71
改札を入ると階段があり、その上で左右に
ホームへの通路が延びています。
埼玉新都市交通伊奈線72
この駅の北西すぐ隣には、ご覧の変電所があります。
埼玉新都市交通伊奈線73
この変電所はJR東日本の新大宮変電所で、新幹線の変電施設です。
埼玉新都市交通伊奈線74
新幹線の高架を見ると、この区間だけ門形の鉄塔が密集していますので
遠くから見てもここに変電所があると分かります。
埼玉新都市交通伊奈線75
そしてこちらは下り線ホームにある原市沼の案内板。
駅名の「沼南」の由来となっている沼の案内です。
埼玉新都市交通伊奈線76
駅の北東隣の変電所の、すのすぐ北にこの原市沼があります。
沼は新幹線高架の東から高架下へと続いており、
新幹線やニューシャトルは原市沼を跨ぐ形となっています。
埼玉新都市交通伊奈線77
沼の端にある案内版。



埼玉新都市交通伊奈線78
丸山駅
1983年(昭和58年)の開業時に出来た駅です。
この駅は2面3線のホームを持つ駅となっています。
上は下り線1番ホーム。
埼玉新都市交通伊奈線79
1番線ホームも形状としては島式のホームなのですが、
2番線側は柵が設けられて乗車ができなくなっていますので
下り列車のみ乗降の可能な単式ホームとなっています。
埼玉新都市交通伊奈線80
こちらは島式の2、3番線ホームです。
ともに大宮方面行きの上りホームとなっていますが
通常は3番線ホームを使用し、2番線は丸山駅折り返しの始発列車が使用します。
埼玉新都市交通伊奈線81
駅の入口は県道323号線と新幹線高架の交点にあります。
埼玉新都市交通伊奈線82
こちらが駅の外観。
埼玉新都市交通伊奈線83
駅の改札の様子です。
埼玉新都市交通伊奈線84
改札を入ると左に螺旋状に通路が続いていて
ホームへと上がる仕組みとなっています。
埼玉新都市交通伊奈線85
そしてこの駅は駅名標に
「埼玉新都市交通本社前」と副駅名が書いてあります。
埼玉新都市交通伊奈線86
改札の左手にあるこちらがその埼玉新都市交通の本社となります。
埼玉新都市交通伊奈線87
その本社建物の裏手を見ると
ニューシャトルの丸山車両基地があります。
埼玉新都市交通伊奈線88
丸山車両基地は
東北新幹線と上越新幹線が分岐する谷間の部分に設けられており、
その一角に駅や本社が置かれています。
埼玉新都市交通伊奈線89
また丸山駅の駅前には「伊奈氏陣屋敷跡」の掲示があります。
埼玉新都市交通伊奈線90
そして車両基地の東側にはご覧の通り、
伊奈氏屋敷跡の遺構があって史跡に指定されています。
埼玉新都市交通伊奈線91
伊奈氏はこの伊奈町の地名の由来となった
徳川家の譜代大名であり、
関東代官頭の伊奈屋敷跡は埼玉県の史跡に指定されています。

新幹線のルート策定の際にはこの伊奈氏屋敷の史跡を避けたと言われています。
新幹線やニューシャトルの開業に合わせてこの伊奈氏屋敷一帯を都市森林として
整備する計画が県などであったのですが、
屋敷跡の土地の多くは地元の私有地であり開発は頓挫しています。
埼玉新都市交通伊奈線92
そしてこの丸山駅から大宮側は上下線の別れた複線区間ですが、
丸山駅以北の区間は単線区間となっています。
埼玉新都市交通伊奈線98
丸山駅━志久駅間のニューシャトルの軌道。
この区間はほぼ鉄道用地内を軌道の高架が通っています。



埼玉新都市交通伊奈線93
志久駅
1983年(昭和58年)の路線開業時に出来た駅です。
埼玉新都市交通伊奈線94
島式ホーム1面2線の駅となっており、
列車交換時には右側通行での交換となっています。
埼玉新都市交通伊奈線95
こちらが駅の外観です。
新幹線高架の西側を走るニューシャトルですが、
この志久駅付近から完全に上越新幹線の側道上に鉄道施設が作られています。
これは沿線住民の反対運動などに遭い土地収用に難航をした結果、
建設に遅れの出たニューシャトルを予定工期内に完成させる為に
新幹線高架脇の公道上に張り出して作られた為です。
埼玉新都市交通伊奈線96
こちらは東側から見た駅の外観。
新幹線の高架下に駅の入口が作られているのが分かります。
埼玉新都市交通伊奈線97
駅の改札の光景です。


埼玉新都市交通伊奈線99
志久駅━伊奈中央駅間の軌道。
ご覧の通り完全に公道の上に張り出して作られているのが分かります。



埼玉新都市交通伊奈線a01
伊奈中央駅
同じく1983年(昭和58年)の路線開業時に作られました。
島式1面2線の駅となります。
埼玉新都市交通伊奈線a02
こちらは駅の東側の外観。
駅前にロータリーが整備されています。
埼玉新都市交通伊奈線a03
駅の西側。
埼玉新都市交通伊奈線a04
こちら側に軌道が走っており、公道の真上にホームが作られています。
埼玉新都市交通伊奈線a05
少し離れた西側から見た駅の様子。
埼玉新都市交通伊奈線a06
改札付近の様子です。



埼玉新都市交通伊奈線a07
羽貫駅
1983年(昭和58年)の路線開業時に終着駅として開業した駅です。
その後1990年(平成2年)に当初の計画通り内宿駅まで延伸されて途中駅となりました。
島式ホーム1面2線の駅です。
埼玉新都市交通伊奈線a08
こちらが駅の西側からの外観です。
駅前にロータリーが作られています。
埼玉新都市交通伊奈線a09
東側の駅外観。
こちら側にも2009年(平成21年)にロータリーが作られました。
埼玉新都市交通伊奈線a10
改札前の光景です。
埼玉新都市交通伊奈線a11
駅の北を走る県道87号線沿道は「学園地区」と呼ばれ、
自治体主導で戦略的に土地区画整理事業が行われ
マンモス校である県立伊奈学園総合高校が開設されていますが、
ご覧の通り地区には未だに空き地が目立っています。


埼玉新都市交通伊奈線a12
羽貫駅から北もご覧の通りニューシャトルの軌道は
公道の上に張り出して作られています。
埼玉新都市交通伊奈線a13
そしてこの場所、羽貫駅から北におよそ300mほどのここが
ニューシャトル建設の歴史を語る上で外せない場所となっています。
埼玉新都市交通伊奈線a14
上の道路とは反対側に、北側から見た光景です。
ニューシャトルの軌道下になにやら木の囲いがあります。
埼玉新都市交通伊奈線a15
囲いの中には何やら二階建ての掘っ立て小屋があります。
これが羽貫の地元では通称「団結小屋」と呼ばれる小屋です。

ニューシャトルの大宮駅━羽貫駅間の開業は1983年(昭和58年)12月でした。
そして羽貫駅からわずか1.1kmの終点の内宿駅までの区間は
建設におよそ8年の月日を要し開業は1990年(平成2年)8月でした。

路線の計画前から新幹線建設の反対や、ニューシャトルの軌道予定地での
土地買収で数々の反対や抵抗に遭ったこの路線でしたが、
特に羽貫駅━内宿駅間では2件の地権者が頑強に土地買収を拒否。
そのうちの1件とは1988年(昭和63年)3月に交渉が成立したものの
最後まで同意をしなかった地権者の土地がこの場所でした。
埼玉新都市交通伊奈線a16
頑強に土地収容を拒否する地権者に
当時成田空港で闘争中だった極左勢力が加担したことから話は混迷。
1990年(平成2年)2月17日に埼玉県は
埼玉県は土地収用法に基づく行政代執行を実施しました。
その時に地権者と活動家が作って立て籠もったのがこの団結小屋です。

農地しかなかったこの場所に県警の機動隊が投入され、
地権者や活動家は小屋から糞便を落とすなどして抵抗。
最終的に地権者及び活動家は公務執行妨害罪で検挙され
この土地の空中権が強制収用されました。
こうして最後の工事が進められ、
1990年(平成2年)8月2日に羽貫駅━内宿駅間が開業に至ったのです。
埼玉新都市交通伊奈線a17
ご覧の通り小屋には
「空中権強制収用 断固反対」と書かれたアジ看板が
当時からそのままで残っています。
埼玉新都市交通伊奈線a18
この団結小屋の真上のニューシャトルの軌道には
金網で作られたシェルターが設置されています。
埼玉新都市交通伊奈線a22
これはこの場所の空中権を収用した事を示す為と言われており、
また開業後に列車や軌道への投石などの妨害行為があった為
それを防ぐ為ともされています。

埼玉新都市交通伊奈線a19
小屋から北はご覧の通り、新幹線の側道が作られて
ニューシャトルの軌道が上を走っています。
埼玉新都市交通伊奈線a20
側道の沿道には、明らかに土地収用によったと思われる
不自然に一角が切り取られた家屋が今でも残っていたりします。



埼玉新都市交通伊奈線a21
内宿駅
1990年(平成2年)に開業した終着駅です。
島式ホーム1面2線の駅となっています。
基本的に列車は2番線の入線して折り返す運行となっています。
埼玉新都市交通伊奈線a23
路線の終端の様子。
埼玉新都市交通伊奈線a27
ホームの大宮側に階段があり
改札へと通じています。
埼玉新都市交通伊奈線a24
駅舎の外観です。
こちらは西側から見た光景。
埼玉新都市交通伊奈線a25
東側の駅前の様子です。
埼玉新都市交通伊奈線a28
駅の改札付近。
埼玉新都市交通伊奈線a26
ニューシャトルの終端を地上から見た様子です。




埼玉新都市交通伊奈線a29
こちらはニューシャトルの路線の区域の
au 4G LTEによる電波エリアマップです。
首都圏の新幹線沿線であるだけに
全線がエリア圏内でアクセスに問題はありません

この路線は上越新幹線の高架横を走る路線ですので
当然上越新幹線が同じルートを通っています。
なので上越新幹線からも通常アクセスで取る事は可能です。
が、しかし、当然新幹線は高速で走っているので
駅間が1km弱のニューシャトルを
新幹線から通常アクセスで取ろうとしても
端末の反応が追いつきません

新幹線の場合はレーダー併用などになると思います。

またJRの高崎線と東北本線(宇都宮線)のちょうど間を走っているので
両方の路線からレーダー併用で取る事は十分に可能です。



このニューシャトル、建設時には「何も無いところを走る路線」というイメージしか
無かったのですが、時代が進んで徐々に沿線の開発が進み始めています。

新幹線も含めて建設時にはさんざん揉めた経緯を見た身としては
今の新幹線やニューシャトルを見ていると、
普通に地元民の利便に供している現在を見ると
「反対運動って何の意味があったの?」としか思えません。
そんなニューシャトル、一度乗ってみて下さい。

では。

でんこの元ネタ
■No.05 黄陽レイカ(Koyo Reika)
 ■タイプ:サポーター
 ■誕生日:4月26日

■出身駅: 無し
現在や過去に日本の鉄道で「黄陽」という駅は存在しません
レイカ18
新幹線の路線の検測車両という業務用車両ですので
JR東日本の全ての新幹線車両が所属をする
宮城県利府町にある新幹線総合車両センターが所属と思われますが、
車両センターは駅ではありませんので由来駅は存在しないようです。

レイカ01
黄陽(こよう)とは
「太陽が海に沈む時に海面上に出来る一本の光の道筋」
という意味があるそうです。


設定上では黄陽レイカは黄陽セリアの妹となっています。
姉のセリアがドクターイエロー922形が原型であり、
その妹であるレイカはJR東日本 E926形East-iが原型と
共に新幹線の電気・軌道総合試験車両がモチーフとなっています。

姉のセリアはJR西日本所属の車両であった為、
新幹線としては山陽新幹線がホームとなります。
ですのでドクターイエロー(黄)で山新幹線所属ということから
「黄陽」という苗字が当てはめられたものと推測されます。

黄陽レイカはJR東日本所属の車両ですし車両のペイントも赤ベースなので
本来は「イエロー(黄)」も「陽(山陽)」は関係ありませんが、
セリアの妹という設定の為、姉の苗字が流用されたと思われます。


■モデル車両: JR東日本 E926形East-i(S51編成)
レイカ02
E926形は正式名称は「新幹線電気・軌道総合試験車」と言います。

車両の走行安全性、性能に直接影響する設備を点検するためには
地上からの点検以外に実際 の営業運転と同じ速度、条件で
車両を走らせて行う検査が必要となります。
その為に定期的に路線を走行して検査を行っているのが検測車両となります。
新幹線では「ドクターイエロー」が有名です。

東北・上越新幹線では新幹線の高速化によって
従来の検測車両では営業列車の速度での検測が難しくなりました。

また、新幹線車両は在来列車よりもひとまわり大きい為、
在来線を使ったミニ新幹線区間ではトンネルや駅に通過できない箇所があります。
その為建築限界をクリアした車両でないと通行ができないのです。
山形新幹線や秋田新幹線の開業によってこういった新在直通の必要性が生まれた結果、
2001年にE926形がE3系新幹線直行特急(ミニ新幹線)用新幹線車両をベースに開発されました。
レイカ03
(写真:E926系の開発ベースとなったE3系)
こうして見比べてみると、確かにEast-iにはE3系新幹線の面影があります。


通常のフル規格の新幹線は車幅が3380mmなのに対して、
山形新幹線や秋田新幹線など在来線の改軌による
ミニ新幹線を走る車両は車幅が2945mmとなっています。
その為、ミニ新幹線の車両がフル規格の新幹線区間の駅に停車すると
乗降口とホームとの間隔が開いてしまう
事になります。
レイカ10
こちらの写真は秋田新幹線E6系こまちですが、
ミニ規格の車両の為、フル規格の駅ではご覧の通り
折り畳み式のステップを車両の乗降ドアの下部に備えています。
レイカ11
ですのでご覧の通り、ミニ新幹線車両をベースとしているEast-iも
車幅が2945mmなので乗降ドアの下部にステップが開閉します。



それではEast-iの編成車両を見てみましょう。
レイカ04
1号車 (E926-1)
通信・電力(架線離隔)・信号(ATC用)を検査する車両です。
編成では一番東京寄りに連結される車両であり、
上りでの検測では一番前の車両となります。
レイカ05
2号車 (E926-2)
通信・測定用電源を担当する車両です。
検測機器用電源を搭載しています。
レイカ06
3号車 (E926-3)
軌道の変位の検測を行う車両です。
補機類の補助電源装置を2基搭載しています。
レイカ07
4号車 (E926-4)
電力(架線変位)の検測を担当する車両で、
集電・検測兼用のパンタグラフを搭載しています。
レイカ08
5号車 (E926-5)
電力・信号を担当する車両です。
レイカ09
6号車 (E926-6)
電力(架線間隔測定)・信号(ATC用)の検測を担当する車両です。
下り線での検測では先頭車両となる車両です。


そしてこのEast-iで重要なのは
「業務用の車両なのでダイヤが公開されておらず、
いつどこで走っているかわからない」
列車であるという事です。
基本的に検測の為の列車ですので時刻表には載っておらず
JR東日本でも運行の日時は原則非公開
としています。

レイカ12
こちらはある日のJR大宮駅の
新幹線13番線ホームの電光掲示板です。
回送列車が表示されているのが分かると思います。
レイカ13
14:03発のMaxときが停車中のホームで、次発が回送の表示。
その次のはくたかは14:27分発となっています。
レイカ14
そして14:15ごろ、ホームの案内放送で
「次の列車は回送列車ですのでお客様のご乗車はできません」
とアナウンス。
そして「回送列車」であるEast-iが入線してきました。
レイカ15
この日はその後、17番線にも再び15:56分ごろEast-iが
再び「回送列車」として入線してきました。

繰り返しますが、時刻表にはEast-iの運行は載っていませんので
自分で情報を集めて見に行くしかありません。
およそ10日に1回のペースで東北新幹線、上越新幹線、北陸新幹線、北海道新幹線、
そしてミニ規格の秋田新幹線、山形新幹線を走行しています。
JR東日本の全ての新幹線を走って検測しているので
偶然に出会うのはかなり至難
と言えるでしょう。

レイカ17
走り去るEast-iを思わず流し撮り。
レイカ16
East-iのパンタグラフはピンク色をしていました。
【※以上写真撮影:2017年3月】

東急世田谷線00
さて次は東急世田谷線です。


この路線は元々は玉川電気鉄道という路線で、
1925年(大正14年)に玉電の支線として三軒茶屋駅━世田谷駅間が開業したのが
現在の東急世田谷線の原型となります。

1938年(昭和13年)に玉電は東京横浜電鉄(現・東急)に
合併して玉川線となりましたが、
1969年(昭和44年)に玉川線の本線(渋谷駅━二子玉川園駅間)が廃止。
残った支線が世田谷線となりました。
東急世田谷線49
路面電車タイプの車両が走る軌道線ですが、
全線が専用軌道ですので自動車が軌道上を走る区間はありません。



東急世田谷線01
こちらが世田谷線の三軒茶屋駅の駅舎。
…都合で夜の写真になったので後日撮り直してきます。
この駅は関東の駅百選にも選出されている駅舎となります。
東急世田谷線46
1925年(大正14年)に玉川電気鉄道の開業によって開設された駅で、
世田谷区域の再開発事業によって1996年(平成8年)に
現在のキャロットタワー1階へと駅が移設されています。
東急世田谷線02
頭端式ホーム2面1線の駅で、
1線の線路の両側に乗車ホームと降車ホームが設けられています。



東急世田谷線03
西太子堂駅
1925年(大正14年)に西山駅として開業し、
現在の西太子堂駅という名前には1939年(昭和14年)に改称されています。
相対式ホーム2面2線の駅となっています。
東急世田谷線04
駅全体の外観です。
東急世田谷線05
駅の西は踏切となっていてホームへの入口がありますが、
踏切脇には1/2kmの距離標があります。



東急世田谷線07
こちらは東急世田谷線と環七の交差する若林踏切です。
交通量の多い環七では唯一の踏切となっています。
東急世田谷線08
この踏切は警報機や遮断機が無い第4種踏切であり、
電車は車と同じように信号機が変わるまで停車して待つ仕組みとなっています。
東急世田谷線09
踏切の線路脇に表示された「電車専用」の標識。
東急世田谷線10
歩道にも踏切の警告がペイントされています。



東急世田谷線06
若林駅
1925年(大正14年)の路線開業時に開設された駅です。
一旦1939年(昭和14年)に玉電若林駅に改称されましたが、
1969年(昭和44年)に元の若林駅に戻されています。
相対式ホーム2面2線の駅です。
東急世田谷線11
駅の外観。
東急世田谷線12
若林踏切から30mほど東に入った一方通行道路の踏切に駅の入口があり、
ホームへはスロープが延びて連絡しています。
東急世田谷線13
駅の東側にも踏切が隣接しており、
下り下高井戸方面行きのホームにのみ出入口が設けられています。



東急世田谷線14
松陰神社前駅
この駅も1925年(大正14年)の路線開業時に開設されました。
相対式ホーム2面2線の駅となっています。
東急世田谷線15
駅の外観。
東急世田谷線17
こちらは駅の東側の目の前にある踏切です。
東急世田谷線16
この踏切から北に250mほど進むと、
駅名の由来となっている松陰神社があります。



東急世田谷線18
世田谷駅
同じく1925年(大正14年)の路線開業時の駅です。
相対式ホーム2面2線の駅となります。
東急世田谷線19
駅の西側、三軒茶屋方面側には50mほど離れて踏切がありますが、
その踏切から下り線ホームまで、線路沿いに連絡通路があります。
この通路は駅構内となっています。
東急世田谷線20
東側の踏切から見た駅の外観です。



東急世田谷線21
上町駅
1925年(大正14年)の開業後、
世田谷駅から下高井戸駅が延伸した際に設けられた駅です。
かつては他の駅同様の相対式の駅だったそうですが、
1969年(昭和44年)に上町に車両区を設けた際に
現在の千鳥式2面2線ホームの駅となっています。
上の写真は下り線下高井戸方面行きホーム。
東急世田谷線23
こちらは下りホームの入口です。
東急世田谷線22
駅は世田谷通り付近でカーブしており
ご覧の踏切を中心に対称にホームが設けられています。
東急世田谷線24
こちらが上り線ホームへの入り口。
上りホーム側には駅舎があるので、駅舎の入口がホームへの入口となります。
東急世田谷線25
駅舎内の上りホーム改札。
この駅はこちらの上りホームのみ改札が設けられており
駅員も常駐しています。
東急世田谷線26
上り三軒茶屋方面行きホームです。
東急世田谷線27
ホームの向かいには車両基地(雪が谷検車区上町班)の建物があります。
東急世田谷線28
駅舎と検車区の建物は駅員専用の跨線橋で連絡しています。



東急世田谷線29
宮の坂駅
1945年(昭和20年)に、付近にあった豪徳寺前駅と旧・宮之坂駅を統合して
新しく現在地に作られた駅です。
相対式ホーム2面2線の駅となっています。
東急世田谷線30
駅の外観。
ホームの北側が踏切となっていて
そちらに駅の出入口があります。
東急世田谷線31
下り線ホームのすぐ脇、駅の西側に隣接して
世田谷区の宮坂区民センターがあるのですが、
その敷地内にホームに並ぶようにして
東急デハ80系電車が静態保存されています。
これは世田谷線の前身の玉電でかつて走り、
その後江ノ島電鉄に譲渡され走った車両だそうです。



東急世田谷線32
山下駅
1925年(大正14年)の路線開業時の駅です。
相対式ホーム2面2線の駅です。
東急世田谷線33
こちらは駅の南側から見た外観です。
目の前に踏切があります。
東急世田谷線34
踏切の、ホームと反対側を見ると鉄道の高架線が見えます。
これは小田急小田原線であり、窓が見えるのは駅のホームです。
東急世田谷線35
山下駅を出て左手に高架に沿って進むと
駅の入口が見えてきます。
東急世田谷線36
小田急小田原線の豪徳寺駅です。
東急世田谷線の山下駅は乗り換え駅となっています。



東急世田谷線37
松原駅
1949年(昭和24年)に付近の駅を移設・統合する形で
現在の場所に玉電松原駅として設置されました。
1969年(昭和44年)に玉川線の廃止に伴って駅名から「玉電」が外されて
現在の駅名となっています。
東急世田谷線38
駅の外観です。



東急世田谷線39
下高井戸駅
1925年(大正14年)に玉川電気鉄道の支線の終着駅として開業した駅です。
ホームは線路の両側にある頭端式ホーム2面2線の構造となっています。
上は乗車ホーム。
東急世田谷線40
こちらが駅の中の様子。
右が乗車ホーム、左が降車ホームとなっています。
東急世田谷線41
降車ホームの様子です。
東急世田谷線42
降車ホームの西側を見ると
京王線との連絡通路の階段となっています。
東急世田谷線43
ホームの東端を見ると車止めの先が改札となっており、
乗車ホームに入る乗客は改札を通過する仕組みとなっています。
降車ホームは改札外となっており、
京王線への連絡通路の役割も果たしています。
東急世田谷線44
こちらが駅舎の外観です。
右手が京王線の下高井戸駅への跨線橋の階段です。
東急世田谷線45
左手を奥に進むと東急世田谷線の乗り場となります。



東急世田谷線47
こちらは世田谷線のau 4G LTEによる電波エリアマップです。
当然23区内、しかも世田谷区内の路線ですので全線が電波圏内となります。
トンネルなどもありませんので路線上でアクセスに不都合は無いでしょう。


東急世田谷線48
またこちらは小田急小田原線の豪徳寺駅からレーダーを飛ばした際の
射程距離についてのマップです。
三軒茶屋駅、西太子堂駅以外の世田谷線の駅は全て射程12で圏内となります。

起点の三軒茶屋駅は東急田園都市線の駅ですし、
終点の下高井戸駅は京王線の駅です。
山下駅で接続する豪徳寺駅の小田急線を合わせて
大手私鉄の路線と交わっていますので、
これらの路線からレーダーを使えば世田谷線は乗らずにコンプリート可能です。


ただ、東京では都電荒川線とこの世田谷線だけが
路面電車タイプの軌道線
です。
東急に一日フリーパスでも乗れますので、
是非一度乗ってみて下さい。


では。

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