長良川鉄道00
さて、次は長良川鉄道に行きたいと思います。


元々は国鉄が建設していた路線であり、
岐阜県(美濃)と福井県(越前)を繋ぐ「越美線」として計画されました。
そして当時は長大な路線を建設するときは
起点と終点の両側から建設を進めるのが恒例でした。

北の福井県側から作られた路線は越美北線、
南の岐阜県側の路線は越美南線として建設が進められました。
このうちの越美南線が現在の長良川鉄道の前身となります。

まず1923年(大正12年)に美濃太田駅━美濃町駅(現・美濃市駅)間が開通。
現在の長良川鉄道の終点の北濃駅まで延伸開業したのは
1934年(昭和9年)のことでした。
長良川鉄道81
その後ご存知の通り国鉄の赤字が膨らんだことで
赤字路線の整理が行われ、
国鉄越美南線も1984年(昭和59年)に
第2次特定地方交通線として廃止が承認されました。

そして岐阜県や地元自治体が集まり
越美南線を存続する為に第3セクターとして長良川鉄道が設立。
1986年(昭和61年)12月に長良川鉄道・越美南線として開業しました。



長良川鉄道01
こちらはJR美濃太田駅の駅舎の北口外観です。
長良川鉄道03
南口の外観。
長良川鉄道02
駅舎はご覧の通り橋上駅舎となっており、
跨線橋のコンコースに改札口が設けられています。
長良川鉄道04
そしてJRの改札と北口階段との間に
長良川鉄道のホームへと連絡する階段があります。
長良川鉄道05
ホームへと降りる階段の様子。
長良川鉄道06
階段前にはご覧の券売窓口のある改札があります。
長良川鉄道07
こちらがホームの様子です。
長良川鉄道の美濃太田駅は単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
長良川鉄道08
券売窓口の裏手には待合の椅子が並び、
その先のホームの西端には長良川鉄道の線路の終端の車止めがあります。
長良川鉄道10
振り返ってみると2016年(平成28年)より長良川鉄道を走る
観光列車「ながら」の垂れ幕なバナー(のぼり)が。
長良川鉄道09
ちなみにこちらが長良川鉄道の0キロポストです。
階段下あたりのホームにペイントされているだけのなんとも地味なものです。

美濃太田駅は1921年(大正10年)に
高山線(現・高山本線)の延伸によって開業した駅で、
越美南線としては1923年(大正12年)に乗り入れとなっています。
JR時代には越美南線は4番線発着でしたが、
1986年(昭和61年)の長良川鉄道転換時に5番線が新設されたのが
現在使用されているホームとなります。



長良川鉄道11
前平公園駅
1986年(昭和61年)に 国鉄越美南線の長良川鉄道への転換の際に
新設されて開業した駅です。
長良川鉄道12
駅はご覧の通り単式1面1線の棒線駅となっています。
長良川鉄道13
西側には縣主神社の参道入口があり、その奥には
駅名の由来の前平公園が広がります。
長良川鉄道19
無人駅にかなり大きな観光列車「ながら」の看板。



長良川鉄道14
加茂野駅
1952年(昭和27年)に国鉄越美南線の加茂野口駅として開業した駅です。
長良川鉄道への転換となった1986年(昭和61年)に現在の加茂野駅に改称しています。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
長良川鉄道15
こちらは駅前を走る県道346号線。
長良川鉄道16
駅への道です。
長良川鉄道17
駅入口の外観。
長良川鉄道18
この駅にも観光列車「ながら」の看板が設置されていました。



長良川鉄道20
富加駅
1923年(大正12年)に
国鉄越美南線が美濃太田駅━美濃町駅(現・美濃市駅)で開業した際に
設置がされた駅で、国鉄時代の駅名は加茂野駅でした。
1986年(昭和61年)の長良川鉄道への転換時に現在の駅名に改称されています。
相対式ホーム2面2線の駅で、上は下り北濃方面の2番線です。
長良川鉄道22
ホーム同士はご覧の構内踏切で連絡。
長良川鉄道23
こちらは上り美濃太田方面のホームです。
長良川鉄道24
上りホームの待合の脇には出入口が設けられており、
駅舎を通らずに駅構内へと入る事が可能となっています。
長良川鉄道21
またこの駅は美濃加茂市と富加町の境界線にあり、
ご覧の通り駅構内を境界線が走っています。
長良川鉄道25
こちらが駅舎の外観。
長良川鉄道26
駅舎の右にはテナントとして会計事務所が併設されており、
この会計事務所が発券などの駅業務を委託されている簡易委託駅となっています。
長良川鉄道27
駅前のスペースはかなり広く、駐車場のほかに公園も整備されていました。



長良川鉄道28
関富岡駅
この駅は1986年(昭和61年)に国鉄越美南線が長良川鉄道へ転換された際に
新しく設けられた駅です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
長良川鉄道29
こちらが駅の全景。
長良川鉄道30
近くに路線と並走する国道418号があるものの、駅付近は完全に住宅地の中であり、
少し離れるとあたりは一面の田んぼが広がっています。



長良川鉄道31
関口駅
1952年(昭和27年)に国鉄越美南線の駅として開業した駅です。
ホームは単式1面1線の棒線駅となっています。
長良川鉄道32
こちらの駅で一番特筆すべきは、なんといってもこの駅舎でしょう。
はっきりと言えば駅舎がローソンです。
長良川鉄道33
駅前の市道から駅の敷地へと入った様子がこちらの写真ですが、
どう見ても普通に踏切前のローソンに入った画像です。
長良川鉄道34
なんでも旧来の木造駅舎がコンビニの場所に建っていたそうですが、
老朽化によって建て替えが必要となり、
2013年(平成25年)に現在の駅舎に建て替えたそうです。
その際に長良川鉄道が店舗建物を建ててローソンが賃貸借で入居する事となり、
現在のコンビニ駅舎となったそうです。
長良川鉄道35
なので建物は長良川鉄道の持ち物であり、
建物の外壁には開業当時の車両のナガラ1号の絵が描かれています。
駐車場は市営駐車場だったものが貸与されているそうで。
長良川鉄道36
コンビニ内の、通常ならイートインスペースの場所は
この店では駅の待合室を兼ねています。
長良川鉄道37
駅ホームへの入口。
この駅自体は無人駅であり、
コンビニが駅務を簡易委託されている事は特に無い様です。



長良川鉄道38
刃物会館前駅
1986年(昭和61年)に国鉄越美南線が長良川鉄道に転換した際に
新設された駅のひとつです。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
長良川鉄道40
こちらは駅の北側にある踏切。
長良川鉄道41
踏切脇から線路沿いに駅への通路が設けられています。
長良川鉄道39
こちらがホーム南端側の入口。
長良川鉄道42
南側には国道418号線が走っています。
国道の向こう側には駅名の由来となっている岐阜県刃物会館が。
長良川鉄道43
駅側の北から見た刃物会館です。
長良川鉄道44
南側から見た刃物会館。
関の刃物についての展示や刃物直売所などがある会館です。
長良川鉄道45
また刃物会館の斜向かいにはフェザー安全剃刀日ノ出工場があり、
フェザーミュージアムというカミソリ専門の企業博物館があります。
さすが「刃物の町・関」といったところでしょう。



長良川鉄道46
関駅
1923年(大正12年)に越美南線の開通時に美濃関駅として開業した駅です。
長良川鉄道へ変換した1986年(昭和61年)に関駅に改称しています。
相対式ホーム2面2線の駅となっています。
こちらは駅舎のある美濃太田方面の上り1番線。
長良川鉄道49
駅舎の外観です。
恐らく開業以来使用していると思われる木造の建屋となっています。
長良川鉄道50
そして駅舎の左手を見ると。
長良川鉄道51
長良川鉄道の本社と車両基地となる車庫があります。
長良川鉄道52
駅車内の待合室の様子です。
長良川鉄道47
再びホームへと戻ると、
相対式のホーム同士は構内踏切で連絡しています。
長良川鉄道53
反対」側ホームからみた駅舎の様子。
長良川鉄道54
下り北濃方面行きの2番線ホームの様子です。
ホーム中ほどに、外へと出られるスロープが設置されており
駅舎を通らずに出入りが可能となっています。
長良川鉄道55
駅の外側から見た2番線ホームの出入口。
長良川鉄道56
北側を見ると近代的に整備された
駅前のロータリーがありました。
長良川鉄道57
2番線ホームの南端はご覧のスロープ状となっていて、
長良川鉄道の車両庫が良く見えます。
こちらはかつて1999年(平成11年)から2005年(平成17年)までの
わずかな期間だけ設置されていた名鉄美濃町線の関駅ホームへと
連絡をする通路であり、写真の位置を振り返ったところが
かつての駅があった場所だそうです。



長良川鉄道58
関市役所前駅
1999年(平成11年)に並行して走っていた名鉄美濃町線の廃止により、
下有知駅の代替として作られた駅となります。
ご覧の通り単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
長良川鉄道61
駅の全景。
長良川鉄道59
こちらが駅前の道からみた駅周辺の様子ですが、
田んぼ以外見事なくらいに何もありません。
長良川鉄道60
ホーム南端から見ると、遠くに駅名の由来となった
関市役所の建物を見ることができます。
駅から市役所までは800mの距離だそうです。
長良川鉄道62
ホームの北端脇には13キロの距離標が。



長良川鉄道63
関下有知駅
1986年(昭和61年)に国鉄越美南線の長良川鉄道への転換時に新設された駅です。
駅は単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
長良川鉄道64
駅の目の前にはご覧の関有知高校があります。
元々は中濃西高校であったこの学校の前に駅が新設された為、
開業当初は駅名も「中濃西高前駅」だったそうです。
しかし2004年(平成16年)に高校が学校の統廃合で関有知高校と名前が変わった為、
駅名も二年後の2006年(平成18年)に現在の関下有知駅へと改称されました。
長良川鉄道65
駅前の様子。高校の敷地の東縁にあり、
反対側には田んぼが一面に広がっています。
長良川鉄道66
線路を挟んだホームの反対側には
ご覧の通り植木が手入れされてかなり豪華に植えられていました。
ただ駅からこちら側へは大きく回りこまないと来れません。



長良川鉄道67
松森駅
1999年(平成11年)に、廃止された名鉄美濃町線の松森駅の代替駅として
並走していた長良川鉄道に新設された駅です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
長良川鉄道68
駅の南すぐにある踏切。
長良川鉄道69
ご覧の通り踏切の脇が駅の入口となっています。
長良川鉄道70
反対側から見た駅の全景。



長良川鉄道71
美濃市駅
1923年(大正12年)に国鉄越美南線の開通によって
美濃町駅の名前で最初の終着駅として開業しています。
長良川鉄道72
島式ホーム1面2線の駅で、ホームは駅舎よりも小高い場所にあり、
地下道で駅舎とホームが連絡しています。
長良川鉄道73
ホームの北側には、かつて貨物用として使われたであろう側線が
二本分岐して保線車両が留置されており、
使われていないホームも残っていました。
長良川鉄道74
側線に留置されていたナガラ1形の10号車。
第三セクター転換時導入されたレールバス車両の最後の1台です。
長良川鉄道75
ホームと駅舎を連絡する地下道を進むと。
長良川鉄道76
すぐに駅舎の前へと出ます。
長良川鉄道77
駅舎の中の様子。
長良川鉄道78
駅舎の外に出て駅前の様子です。
長良川鉄道79
こちらが駅舎の外観。
開業当時からの駅舎が残っています。
長良川鉄道80
この駅舎は文化庁によって駅舎が国指定の登録有形文化財となっています。
参考
文化財オンライン「長良川鉄道美濃市駅本屋」
http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/270816



長良川鉄道82
そして長良川鉄道の美濃市駅から駅前の道を
北西に200mほど離れたところにあるのが、
こちらの旧名鉄美濃町線の美濃駅跡です。
長良川鉄道83
1911年(明治44年)に開業したこの駅は
名鉄の美濃町線の駅となるも1999年(平成11年)に廃止となりました。
地元の有志などで保存されているこの駅跡は
2005年(平成17年)に文化庁の国指定登録文化財となっています。
参考
文化財オンライン「旧名鉄美濃町線美濃駅プラットホーム及び線路」
http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/140318

長良川鉄道84
こちらは文化財の一部に指定されている頭端式のプラットホーム。
長良川鉄道85
駅舎内もご覧の通り保存されています。
長良川鉄道86
そして鉄道むすめ的な旧美濃駅のキャラクターまでいました。




長良川鉄道87
こちらはau 4G LTEによる長良川鉄道の美濃太田駅━美濃市駅間の
電波サービスエリアのマップです。
中京の比較的都市部を走る区間ですので
ご覧の通り全線が電波エリア圏内となっています。
駅へのアクセスに困る事はまず無いでしょう。


美濃市駅より奥の長良川鉄道についてはその2へと続きます。


では。

でんこの元ネタ
■No.40: 白鳥ハル(Sirotori Haru)
 ■タイプ:アタッカー
 ■誕生日:8月20日

■出身駅: 長良川鉄道越美南線 美濃白鳥駅(岐阜)
ハル01
こちらの駅は1933年(昭和8年)7月に、
当時の国鉄の越美南線が美濃弥富駅(現・郡上大和駅)からこの駅まで
延伸した際に開業しました。

翌年の1934年(昭和9年)8月にはこの駅から現在の終点である北濃駅まで
越美南線がさらに延伸開業していますので、
およそ一年間は終着駅となっています。

現在は平成の大合併によって郡上市となっていますが
元々は旧白鳥町の代表駅であり、
駅前からは白鳥町の中心市街地が広がっています。
ハル02
美濃白鳥駅の駅舎の外観。
国鉄時代からの駅舎であり、かつては入口の軒の上に
毛筆体の駅名標があったそうです。

入口左手の自販機のあたりはかつて売店が入居していましたが
現在は撤退しており、
代わりに木製の駅名標が掲げられていました。
ハル03
駅前の光景。
無人駅の多い長良川鉄道でこれだけの街のある駅は少なく
ここが鉄道の駅としても運行上重要な位置づけであることが良く分かります。
ハル04
駅前広場にある「白鳥おどり」の石像。
「白鳥の拝殿踊」が国の選択無形民俗文化財ともなっているこの踊りは
いわゆる盆踊りですが、「世界一スピードが早くなる盆踊り」とも言われ
見ていてもなかなか見ごたえのある踊りです。
参考
【岐阜県郡上市】白鳥おどり 徹夜おどり 橋本町 2015年8月15日 ♪世栄


(クリックで動画が試聴できます)
ハル05
駅舎の中の様子。
ハル06
こちらが駅の構内、1番線ホームの様子です。
相対式ホーム2面2線を持つ駅であり、列車交換が可能となっていますが
行き違いが無ければ基本的にこちらの1番線ホームで
上下線ともに発着を行っています。
ハル09
ホームの南側の美濃太田方面側に進むと線路の反対側に
大きな検車庫があるのが見えます。
ハル10
美濃太田方の線路。
ハル07
そしてこちらは1番ホームの駅舎北端付近にある構内踏切。
2番線との連絡をしています。
ハル08
こちらが2番ホーム。
交換の際にしか使われないということはほぼ使用されていないという事になります。
かつてはログハウス風待合室があったそうですが
現在は撤去されその基礎が残るのみです。
ハル11
北の北濃方面の光景。
ハル12
この美濃白鳥駅から北の、終点の北濃駅までの区間では
スタフ閉塞式での列車運行が行われています。
その為この駅で、運転士と駅員がスタフ(通票)の交換を行う様子が見られます。



ハル13
ちなみにこちらは白鳥高原駅です。
美濃白鳥駅の隣の駅であり、長良川鉄道で「白鳥」を駅名に冠するのは
この白鳥高原駅と美濃白鳥駅の二つのみです。
その為、駅メモの「白鳥ハル」の苗字由来駅の候補として
美濃白鳥駅と共に挙げられている駅となります。
ハル14
ただ、こちらの駅はこの通り、駅周辺には何もありません。
そもそもこの駅は美濃白鳥駅より遅れること1年後に開業した駅であり、
美濃白鳥駅━北濃駅間の延伸に際して二日町駅として開業した駅です。
ハル16
駅前には二日町地区の防災拠点のと、あとは田畑ばかりで
付近の県道まで民家が散在する散村の光景が広がります。

1996年(平成8年)にそれまでの二日町駅から白鳥高原駅へと改称したそうですが、
これは白鳥で有名なスノーウェーブパーク白鳥高原(白鳥高原スキー場)に因み、
「スキー場の最寄駅」として改名が行われた様子です。
ハル15
しかしご覧の通り、白鳥高原スキー場までは12.1km離れている上に、
県道314号しかアクセスが無いので北濃駅の方が近い
のです。
実際に改名当初はスキー場への送迎バスが出ていた様子ですが、
現在では北濃駅や美濃白鳥駅での送迎を行うという至極もっともな状況です。


こうした現状を考えると、美濃白鳥駅は「白鳥駅」であり、
白鳥高原駅は「二日町駅」であるのが現状だと思います。
すると、やはり思惑で無理やり「白鳥」を関した白鳥高原駅では無く
美濃白鳥駅こそが白鳥ハルの名前由来駅と考えるのが自然だと思われます。

…スキー場に因んだからこそ、キャラがファーのついた防寒衣装を着ている
という意見もあり、実際には分かりませんが。



■モデル車両: 長良川鉄道 ナガラ300形 303号・304号

ハル17
こちらが現在の長良川鉄道で主力列車として走っているナガラ300形です。
上の写真の303号車と304号車が駅メモの白鳥ハルのモデル車両となります。

ハル18
ナガラ300形は301号車から307号車までの7両の気動車ですが、
観光列車「ながら」として301号車と302号車は改装されています。
ハル19
ですので普通列車として日常の運行をしている300形は
303号車以降ということになります。

1986年(昭和61年)に国鉄越美南線が長良川鉄道へと
第三セクター転換をした訳ですが、
そのときに導入されたナガラ1形という車両が老朽化した為、
1998年(平成10年)よりナガラ300形が車両置き換えとして投入をされました。
最初の300形として301号車と302号車の2両が
1998年(平成10年)10月に新造されています。

ハル20
こちらはナガラ300形の303号車。
前述の通り301号車と302号車が観光列車「ながら」に転換をされた為、
この303号車と304号車が300形普通列車で一番車番の若い車両となります。
ハル21
こちらはナガラ300形304号車。
303号車と共に1999年(平成11年)8月20日に富士重工で新造されました。
駅メモの長良川鉄道モデルのでんこ、
白鳥ハルの誕生日が8月20日に設定されていますが、
これはこの303号車、304号車の新造日が由来
と思われます。

長良川鉄道のナガラ300形には、
車体の横に花のシールラッピングが施されています。
これは沿線自治体のシンボル花をあしらったとされています。
ハル22
こちらは304号車の車体にあしらわれている花のラッピング。
この花はコブシであり、郡上市に吸収された高鷲村の村花にあたります。
旧高鷲村は北濃駅のさらに北なんで鉄道届いてないんですけどね。
白鳥ハルの髪飾りをみるとコブシになっていますので、
おそらくモデル車両の304号車の、
このコブシのラッピングが髪飾りの元ネタと思われます

ちなみに303号車には美濃加茂市のアジサイがラッピングされていたそうですが、
恐らくは車両自体が何度もラッピングされた結果か
現在では花のラッピングは無くなってしまっています。
ハル25
こちらはナガラ300形の車内の様子。
中央部にクロスシートが置かれている形式で
いわゆるレールバスに用いられている座席配置となります。



余禄として、長良川鉄道を走る他の車両も載せておきます。
ハル24
こちらはナガラ200形。
1994年(平成6年)に増備された車両で、200形はこの一両のみとなっています。
ハル23
こちらはナガラ500形。写真は上から501号車、502号車、503号車となります。
2007年(平成19年)から2009年(平成21年)にかけて増備された車両で、
長良川鉄道を走る500形はこの3両で全てです。
【※以上写真等撮影:2017年5月】

大船渡線a42
さて、大船渡線のBRT区間の続きです。
陸前高田駅から盛駅までの区間について書きたいと思います。


JR大船渡線〔BRT区間〕(気仙沼~陸前高田)はこちら



陸前高田駅を出た大船渡線BRTは、
かつての陸前高田市内を抜けて走る事となります。


大船渡線43
まちなか陸前高田駅
こちらは大船渡線の鉄道運用時には存在しなかった駅であり、
陸前高田市の請願駅として2017年(平成29年)4月に開業した新駅です。
正式な扱いではJRの臨時駅となります。
上り線下り線ともに同一の乗降場を使用しています。
大船渡線44
駅の作られた場所は陸前高田市の津波で壊滅した旧市街の中心地付近にあたります。
乗降場の目の前には「アバッセたかた」という大型商業施設が開業しています。
大船渡線42
地図を見ると分かる通り
付近にはかつての市役所や陸前高田駅があった場所ですが、
現在は津波でほぼ更地となっており、
やっと再開発が始まった地域となっています。
大船渡線66
BRT乗降場からショッピングモールの反対側を見ると
ご覧の通り一面の平地を造成中でした。



大船渡線67
高田高校前駅
この駅は2013年(平成25年)の大船渡線BRTの仮復旧時には無かった駅ですが、
2015年(平成27年)3月にこの地に県立高田高校の新校舎が移転したことに併せて
新駅として開業した駅です。
当然ながらBRTでの新駅であり、鉄道時代に大船渡線には存在しない駅でした。
こちらの駅も正式にはJRの臨時駅となります。
大船渡線68
こちらは県道141号線(高田街道)から県立高田高校へと向かう道です。
この分岐の前後にBRTの乗降場が設置されています。
岩手県交通バスが「高田高校前」バス停として使用している場所に
BRTの駅も併設される形となっています。
大船渡線69
上り気仙沼方面行きの乗降場。
大船渡線70
駅の南側すぐには、高校の新校舎へとつながる通路が設けられており
通学の学生の姿を見ることができます。
大船渡線71
こちらが駅の座標の位置です。
Googleで示されている高田高校前駅の位置に
駅メモの駅座標も設定されています。
このあたりは道が付け替えられており、
実際の乗降場所とはご覧の通りずれてはいますが
駅へのアクセスには大きな影響は無いでしょう。



大船渡線72
高田病院駅
鉄道時代の大船渡線には無かった駅ですが、
2013年(平成25年)の大船渡線BRTの仮復旧時に新設された駅です。
BRTでの仮復旧時に地元自治体の陸前高田市が
JR東日本へと出した運行ルート案を元に新設されました。
こちらは下り盛方面行き乗降場で、待合スペースが設けられています。
大船渡線73
反対側の上り気仙沼方面行き乗降場。
大船渡線74
こちらが駅乗降場の南にある、
駅名の由来である岩手県立高田病院です。
元々は陸前高田市の中心街にありましたが
現在こちらにあるのは仮説の診療所と病棟であり、
2017年(平成29年)度開院を目指して
2.5kmほど西の高台に新しい病院が新築中
です。
大船渡線75
駅メモでの駅の座標はご覧の通り乗降場の場所に設定されていますので
アクセスに関しては問題が無いでしょう。



大船渡線76
脇ノ沢駅
1933年(昭和8年)に大船渡線の駅として開業した駅です。
東日本大震災で駅施設が壊滅的な打撃を受け、
2013年(平成25年)の大船渡線BRT仮復旧の際には
1.7kmほど北東の県道38号線(アップルロード)上に移設
されています。
こちらは下り盛方面行き乗降場。
大船渡線77
上り気仙沼行き方面乗り場。
こちらは駅名のポールのみが立っています。
大船渡線78
駅メモでの駅座標はBRT乗降場に設定されていますので
アクセスには特段の問題は無いでしょう。
大船渡線79
そしてこちらが鉄道時代の大船渡線の脇ノ沢駅の旧駅跡です。
大船渡線80
先ほども書きましたが、
BRT脇ノ沢駅からは1.7kmほど南西の沿岸部に旧駅跡はあります。
大船渡線83
敷地の一角の境界杭が、ここが鉄道用地であることを知らせています。
大船渡線81
旧駅の駅前付近の様子。
コンクリートの基礎部分のみが残っています。
大船渡線82
ホームの様子。
単式1面のホームの遺構が残っていますが
雑草が覆い茂ってしまっています。
大船渡線84
駅から海岸方向を見るとご覧の通り、目の前が港になっています。
この駅は2011年(平成23年)の東日本大震災で壊滅していますが
1960年(昭和36年)のチリ地震でも6m級の津波を浴びて冠水しているそうです。
大船渡線85
駅跡のすぐ東には踏切の遺構が残っており
確かにここに鉄道が走っていたことを示しています。



大船渡線86
小友駅
大船渡線の鉄道時代の1933年(昭和8年)に開業をした駅です。
こちらは上り気仙沼方面行き乗降場。

この駅も東日本大震災では津波で駅が流出しており、
2013年(平成25年)3月の大船渡線BRT仮復旧によって
駅跡付近の市道に乗降場が設置され営業が再開されました。

そして一ヵ月後の4月には小友駅付近の線路や駅舎跡の鉄道用地が
BRT専用道として整備され、旧駅舎のあった場所に乗降場が移設されています。
大船渡線87
こちらは下り盛方面行き乗降場。
上りと下りの乗降場は相対式に設置されています。
大船渡線88
こちらが現在のBRT乗降場の南側からの光景。
かつての旧駅の駅前広場でもある場所です。
写真で見える建物はBRTの上り線の乗降場ですが、
鉄道時代の小友駅の駅舎もほぼ同じ場所に建っていました。
大船渡線89
鉄道運行時の小友駅は相対式2面2線の駅だったそうですが、
BRT専用道の南側を見ると乗降場の左右には
ご覧の通りかつての上りホームと思しき遺構が残っていました。
大船渡線90
そしてBRT専用道の北側にも土の盛りが確認できます。
こうして見るとBRTの下り乗降場も
かつてのホームの場所に設置された事が分かります。
大船渡線91
BRTの乗降場は旧駅舎の場所に設置されているので、
駅の座標も乗降場と同じ場所に置かれています。



大船渡線92
碁石海岸口駅
この駅は鉄道時代の大船渡線には存在しなかった駅です。
2013年(平成25年)3月の大船渡線BRT仮復旧時にもこの駅はありませんでしたが、
地元の要望による大船渡市からの請願によって
2013年9月の小友駅━大船渡駅間BRT専用道開通に併せて
駅が専用道上に設置されました。
こちらは下り盛方面行き乗降場。
大船渡線93
駅は上下線の乗り場が専用道の両脇に
相対式2面1線の形で設置されています。
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上り気仙沼方面行き乗降場です。
大船渡線95
駅は踏切の脇に設置されています。
BRT専用道なので遮断機はバスの側に。
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駅前のスペースには駐車禁止の文字がペイントされていました。
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こちらが駅メモによる駅座標の位置です。
旧鉄路を再利用したBRT専用道にある駅乗降場からは、
座標の位置は150mほど北西にずれています
これはなぜかGoogleの駅マークがずれており、
そのまま同じ場所に座標を設定した為だと思われます。
駅へのアクセスには大きな影響は無いでしょう。



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細浦駅
1933年(昭和8年)に大船渡線の延伸によって開業した駅です。
東日本大震災によって港に近い駅は流出の被害を受け、
2013年(平成25年)3月の大船渡線BRT仮復旧時に近くの県道上に仮復旧。
そして9月にBRT専用道が開通すると旧駅付近に移設されて現在に至ります。
こちらは上り気仙沼方面行き乗降場。
大船渡線99
下り盛方面の乗降場です。
大船渡線a01
相対式に設置された乗降場は
専用道上に設けられた緑の通行帯で連絡しています。
大船渡線a02
駅の外観。
大船渡線a03
東側から駅を見てみると、手前になにやら
コンクリートの構造物か見えると思います。
大船渡線a04
BRT乗降場の北側を見てみると
なにやら「細浦」と書かれた構造物が。
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こちらが鉄道時代の細浦駅の旧駅の遺構です。
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近くの市道にある岩手県交通バスの細浦駅前停留場。
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バス停の先に、駅へと至る道があります。
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かつての駅前広場。
大船渡線a09
駅舎のあった付近の様子です。
大船渡線a10
築堤上に残るホームの遺構。
すぐ横にはBRT専用道が走ります。
大船渡線a11
ホームから駅前広場を見下ろすと
港がすぐ目の前にあることが良く分かります。



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下船渡駅
1934年(昭和9年)9月の細浦駅━大船渡駅間延伸によって開業した駅です。
こちらは気仙沼方面行きの上り乗降場。

東日本大震災で高台にあったこの駅は流出は免れたものの、
大船渡線自体が全線で不通となって休止しました。
2013年(平成25年)3月の大船渡線BRT仮復旧によって
国道側の西側駅前に駅を仮復旧。
9月に小友駅━大船渡駅間のBRT専用道が供用開始されたことによって
この駅も旧駅のあった場所に移設されました。
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こちらは下り盛方面行き乗降場。
大船渡線a14
駅はご覧の通り相対式に設置されています。
手前の出入口はBRT専用道の延伸の際に
一時期この駅の横からBRTが一般道に出入りしていた時のものです。
現在の駅舎ができるまではここに停留場が設置されていました。
大船渡線a15
こちらは駅を東の県道側から見た光景。
駅舎は東側にあったのでこちら側が駅の出入口となっていました。
ご覧のスロープ状の坂と階段は鉄道時代から使用されているものです。
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高台の上に上がると駅前の広場が。
大船渡線a17
駅舎の外観です。
震災前から使っていた駅舎ですが、震災で浸水こそしたものの
津波による流出は逃れたことからリニューアルされて
そのままBRTの待合室として使用されています。
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そして駅の南側には駅の敷地であった鉄道用地が広がっています。
大船渡線a19
こちらが駅メモでの駅の座標の位置です。
現在の駅舎を利用した乗降場が出来る前の、
仮復旧時に乗り場が設置されたかつての裏口に座標が置かれています。
Googleの駅マークがこの位置ですので単純に合わせたものと思われますが、
現用の駅の位置とは数mのズレですので問題は全くありません。



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大船渡魚市場前駅
鉄道時代の大船渡線には無かった駅であり、
気仙沼市の新駅設置の申し入れに基づいて
(仮称)唐桑大沢駅として整備が進められて
2015年(平成27年)12月に開業したBRTの新駅です。
本設置の常設駅ですが、正式には臨時駅の扱いとなります。
こちらは下り盛方面行き乗降場。
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気仙沼方面行き上り乗降場です。
大船渡線a24
上り乗降場から海側を見ると、
駅名の由来となっている大船渡魚市場が見えます。
大船渡線a25
こちらが大船渡魚市場。
セリなどを行う市場の他に、展望デッキや飲食施設を併設した
観光施設としての一面も持っています。
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市場側から見た駅の外観。
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駅へと向かうには、横の跨道橋をくぐって
専用道沿いに坂を上がる必要があります。
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駅の入口。
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駅メモでの駅の座標はほぼ新駅の場所に設定されています。



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大船渡駅
1934年(昭和9年)開業の駅で、
鉄道時代には単式ホーム1面1線のホームを持つ駅だったそうです。
東日本大震災では津波で駅施設のほぼ全てが流出。
2013年(平成25年)3月の大船渡線BRT仮復旧では
当初から盛駅━大船渡駅間は旧鉄路の敷地を使ったBRT専用道での開業でした。

その後大船渡駅周辺の土地区画整理事業により
2014年(平成26年)8月に一旦駅を県道上に移設。
そして2016年(平成28年)3月には再度BRT専用道上に駅が移設されています。
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こちらは下り盛方面行き乗降場。
待合施設が設置されています。
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こちらは駅東側に新設された駅前ロータリー。
これを見るとBRTはもはや仮復旧では無く恒常施設とする意向が分かります。
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駅前ロータリーから見た駅の外観。
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こちらはBRT大船渡駅の北すぐにある踏切。
市道の茶屋前線という道路で、震災前は大船渡駅前線という名前でした。
大船渡線a32
その踏切の南東角のご覧の場所が、
かつて鉄道時代の大船渡線・大船渡駅のあった場所となります。
このあたりは津波でほぼ全てが流出した上に
復興事業で土地区画整理が行われているため、
遺構は全く残っておらず、
道路やBRT専用道でその場所を推測するしかありません。
大船渡線a34
こちらが駅メモでの駅座標の位置です。
座標は旧大船渡駅跡に設定されており、
これはGoogleでの駅マークと同じ場所です。
実際の大船渡駅とは80mほどずれていますが、
駅へのアクセスには影響はほぼ無いでしょう。



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盛駅
1935年(昭和10年)に大船渡駅━盛駅間が延伸されて設けられた駅です。
大船渡線の終点駅であり、三陸鉄道や貨物の岩手開発鉄道などが乗り入れています。
島式1面2線と単式1面1線の計3線のホームがあります。
上の写真は1番線ホーム。現在では大船渡線BRTの降車専用ホームとなっています。
大船渡線a36
かつては大船渡線の鉄道が発着していた1番線と2番線ですが、
東日本大震災によって大船渡線がBRT転換したことにより
2013年(平成25年)4月には線路が撤去されて嵩上げされ
BRT専用道となり、BRTが駅構内から発着するようになりました。
大船渡線a37
跨線橋は鉄道時代のものがそのまま残って利用されていますが、
BRT専用道上に新たに緑の通行帯が設けられており
駅舎からバリアフリーで直接専用道を横断できる様になっています。
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こちらは島式ホームの駅舎側の2番線ホーム。
跨線橋の奥で転回してきたBRTが始発として発車するホームです。
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ちなみにこちらは島式ホームの反対側の3番線。
三陸鉄道の南リアス線のホームとなっています。
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JR盛駅の駅舎の外観。
元からの駅舎に震災後の2012年(平成24年)12月に
リニューアル工事が行われて改装されています。
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駅舎の中の様子。
建物内もリニューアル工事によって新しい内装となっています。



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こちらは大船渡線BRTの陸前高田駅━盛駅間の
au 4G LTEによる電波エリアマップです。
ご覧の通りBRTの走行する区間はほぼ全てが電波圏内となっています。
BRT専用道区間などで一部トンネルを走行する場所はありますが
基本的には屋外を走行しているのでアクセスに困る事はほぼ無いと思います。


JR大船渡線のBRT区間である気仙沼駅━盛駅間は
営業キロ数で43.7kmであり、片道の所要時間はおよそ1時間30分前後となっています。
他路線と接続しているのは起点の気仙沼駅と終点の盛駅のみですが、
接続路線のいずれも地方ローカル線やBRTなので本数もさほど多くはなく、
また長大で途中駅はほぼ無人駅が続くという路線ばかり
です。
ですから大船渡線BRTのみ単独ではなく、前後のアクセスまで考慮する必要があるので
攻略には事前の計画がかなり肝要となるでしょう。



また、JR東日本がBRT(バス・ラピッド・トランジット)を導入するにあたっては
震災で寸断された大船渡線や気仙沼線に対して
「早期に安全で利便性の高い輸送サービスを提供し地域の復興に貢献」を目指し
「BRTによる仮復旧」を沿線自治体に対して提案しました。
実際にBRTの運行ルートや駅の設置に関しては
地元自治体にその窓口を一元化して要望に柔軟に対応をしています。

結果として既存の鉄道駅の他に、
これまで鉄道が走っていなかった地域にもBRTが通ることで
幾つもの新駅が誕生しています。

これは復興や地域の事を考えれば誠に結構な事なのですが、
視点を「駅メモ」にだけ絞った場合には別の問題が出てきます。
それは「新駅や廃駅、駅の移設が頻繁に行われる」という事です。


例えば高田病院駅を例に挙げると、
この駅は仮設で再開した県立高田病院への被災者の利便を考えて設置された駅です。
当然大船渡線の鉄道時代には駅はありませんでした。
そして県立高田病院は現在も仮設の建物なのですが、
平成29年度(2017年度)中に陸前高田市の高台への移転が決まっています。
参考
岩手県「県立高田病院の新築整備について」
http://www.pref.iwate.jp/iryoukyoku/oshirase/052319.html


新病院は陸前高田市「氷上山麓地区」に建設との事で、
これは現在の大船渡線BRTの「高田高校前」駅の北方で、
現在の仮設病院からは2.5kmほど離れています。

高田病院駅の開設の経緯を考えると、
新病院の最寄にBRT新駅が作られる可能性、
現行の「高田病院駅」が廃止される可能性などは十分に考えられるでしょう。

もちろん現実の地域の生活が最優先なのですが、
こうした事例を元に、単にゲームのみの視点で考えた場合、
頻繁に駅の座標が移動したり駅が出現消滅するという事になり、
これはなかなかに大きな問題と言えるでしょう。


これまで駅メモではBRTでの新駅はポータルとしては対応していませんでした。
しかし2017年3月末の駅情報の更新で
BRT新駅をポータルとして対応する事が発表され
実際にゲーム上での反映が行われました。

ということは、今後BRT新駅が出来れば反映されるという事であり、
また実際のBRT駅は今後いくつも新設が検討されている事、
新設や移設のコストが安く容易であることなどから
大船渡線と気仙沼線に関してはゲーム上でも頻繁に駅の増減があるという事です。

ですのでこれらのBRT路線では今後、
「一旦コンプした路線が未コンプ状態に戻る」という事が頻繁に起こるという事です。
攻略に関してはこの事を十分に考慮する必要があるでしょう。



私は肉親の実家が福島なので
震災の復興を心より願う人間ではありますが、
駅メモ視点ではなかなかに面倒な状況になった、と考えている次第です。

では。

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