会津鉄道会津線c30
さて、会津鉄道の続きです。


その1(会津高原尾瀬口━会津田島)はこちら
その2(会津田島━湯野上温泉)はこちら



会津鉄道会津線b06
湯野上温泉郷を後にした会津鉄道は大川ダムのダム湖である若郷湖の南で
これまで併走してきた国道121号線と別れます。

これまでほとんどトンネルの無かった会津鉄道ですが、
ダム湖の東岸を北上するこの区間に入ってトンネルの連続となります。

これは1986年(昭和61年)に阿賀川に大川ダムが完成した為で、
ダム湖の底に線路が沈む事となった国鉄会津線は
1980年(昭和55年)に現在のルートへと付け替えが行われます。

昭和初期に敷設された会津線は
地上を出来るだけ少ない勾配で走るルートが選択されましたが、
付け替えられた新線は土木技術を駆使してそのほとんどがトンネルとなりました。
比較的電波状況の良い会津鉄道でこの区間だけ電波が悪くアクセスしづらい理由はここに有りました。

通常の旅客にとっては最短ルートを走るので非常に好ましいのですが、
駅メモでGPSを使う身としては電波が入らないトンネル区間は鬼門となります。
駅間の区間はほぼトンネルである以上電波は入りにくいのですから
列車が駅に停車している時に確実にアクセスをする事が求められるでしょう。


会津鉄道会津線b07
こちらは若郷湖の東岸にある桑原集落の市道です。
かつて国鉄会津線があった時代の1932年(昭和7年)に桑原駅が開業していますが、
その桑原駅こそが旧桑原集落に作られた駅でした。

ダム湖の湖底に桑原集落が沈む事となり、
1977年(昭和52年)に集落が移転した場所が写真の付近の現・桑原集落となります。
湯野上温泉駅からは北に4kmほどに位置しています。
会津鉄道会津線b08
こちらが駅前の市道と、駅舎の前に広がる駅前広場です。
集落の中心部付近に駅は置かれています。
会津鉄道会津線b09
芦ノ牧温泉南駅の駅舎の様子です。
この場所に駅が移転したのは新線へと付け替えられた1980年(昭和55年)のことで、
国鉄会津線の桑原駅として移転設置されました。
その後第三セクター転換された1987年(昭和62年)に現在の駅名へと変更されています。
会津鉄道会津線b13
駅前広場はかなり広めのスペースが取られていますが、
実は駅舎の目の前を東西に市道がもう一本走っていて
道路に広場が挟まれた状態となっています。
会津鉄道会津線b10
駅舎側から駅前広場の方向を見ると、市道の向かいに建物が見えます。
会津鉄道会津線b11
駅の向かいに見えた建物は大川集会所とあり
この集落の集会場でした。
会津鉄道会津線b12
その集会場の前の敷地には
かつての旧駅の駅名標が移設されていました。
会津鉄道会津線b22
集会場の敷地の南は公園となっており、その一角にご覧の看板があります。
駅の北東には会津若松市最高峰の大戸岳があり、桑原からは桑原口登山道があって
登山客の登山ルートでしたが2010年(平成22年)に廃道となっています。
会津鉄道会津線b15
駅舎の入口の左手にはご覧の待合室があります。
二畳ほどの狭い待合室ですが扉があって風雪をしのぐ事ができます。
会津鉄道会津線b14
入口の右手を見るとホームへと下る階段があります。
国鉄時代の土盛りされたホームの地上駅が多い会津鉄道の中で
この駅は無骨なコンクリートが、同時期に作られた野岩鉄道の駅と雰囲気が似ています。
会津鉄道会津線b16
階段を下りきったホーム入口付近です。
上り口のスペースにはベンチが置かれています。
会津鉄道会津線b17
壁に掛けられた駅周辺の案内図。
会津鉄道会津線b18
ホーム側を見ると目の前に大川ダムの若郷湖が見えますが、
ちょうどこのあたり(実際にはやや左手)がかつての旧・桑原駅の沈んでいる場所となります。
会津鉄道会津線b19
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線となります。
ホーム南端からトンネル入口までは500mほどの距離となります。
会津鉄道会津線b20
駅舎からは一段低い位置にホームが作られていますが、
ホーム上には桜の木が植えられており春には見事な光景が見られる駅でもあります。
会津鉄道会津線b21
駅の横断幕には「眼下に広がる若郷湖」とありました。



会津鉄道会津線b23
芦ノ牧温泉南駅を出た会津鉄道は200mほどで再び向山トンネルへと入ります。
ご覧の通り駅間のほとんどがトンネル区間で占めており、
当然ながらトンネル内では電波が届かないので駅へのアクセスができません


会津鉄道会津線b24
駅間の市道から見た大川ダム。
ダム湖の対岸に走る国道118号線とは隔てられた
湖畔の東側に沿って走る山中の道路から見た光景です。
会津鉄道会津線b25
ダムの見える場所から北へ少し進むとご覧のソーラーパネルの発電施設が現れます。
写真の奥中央付近にかすかに見えるのが次の駅となります。
かつての国鉄会津線の旧線もソーラーパネルの奥の方を走っていました。
会津鉄道会津線b26
ダム湖畔を通る道路から分岐しているこちらの道は、
会津鉄道の向山トンネルの北端出口の真上付近にあたりますが
駅前へと通じる道路となっています。
会津鉄道会津線b27
立て看板の立っているこちらの階段が駅への入口となります。
会津鉄道会津線b28
ホーム側から見た駅入口の階段。
会津鉄道会津線b29
階段脇にあるこちらが大川ダム公園駅の駅舎となります。

この駅のルーツは旧線上にあった舟子信号場となります。
付近の舟子集落に交通アクセスが無かったことから
1968年(昭和43年)に信号上に舟子仮乗降場を設置。
これがこの駅の旅客扱いの始まりです。

国鉄時代の駅は、国鉄本社の認可に基づき設置されるものでした。
そして臨時に設置される駅が臨時乗降場(臨時駅)であり、当然国鉄本社に認可されています。
これに対して国鉄時代には、駅を設けるほどではないが利用者の利便性などがあって
地方の鉄道管理局の判断によって設置される「仮乗降場」というものがありました。

正式な駅を作るには費用が掛かる為、簡素な設備で乗降ができる場所を作ったものであり、
国鉄本社には認可されておらず把握もされていなかったといいます。
本社が把握していないので全国版の時刻表にも駅が載っておらず、
それでいて列車は停車して客扱いをするという存在でしたので
鉄道ファンには「幽霊駅」「ヤミ駅」などと呼ばれていました
会津鉄道会津線b30
そして大川ダムの建設によって国鉄会津線は1980年(昭和55年)に新線へと移設。
舟子仮乗降場も仮のまま新線へと移設されました。
現在の駅舎やホームはこの移設時に作られたもので、
正式駅では無いのにこれだけの設備を作ったということになります。

その後1987年(昭和62年)4月の国鉄分割民営化で
JR東日本へと受け継がれると正式に舟子駅として駅に昇格。
3ヶ月後の7月に第三セクター転換されると現在の大川ダム公園駅に改称されています。
ちなみに新しい駅名は移転した舟子集落の住民で決めたそうです。
会津鉄道会津線b35
駅舎の中の様子です。
こじんまりとした建物の中に木製のベンチが置かれた待合室となっています。
会津鉄道会津線b34
駅舎のドアの上には八重桜の記念植樹の銘板が。
ダム建設で駅と一緒に移転した舟子集落の住民が開業時に桜を植えたことが分かります。
会津鉄道会津線b31
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
会津鉄道会津線b32
ご覧の通り山の中にある駅で周辺も一面の山林となっています。
会津鉄道会津線b33
ホームの目の前の反対側に広がる一面のソーラーパネル。
大川ダム建設の際に出た残土を捨ててできた平地を有効活用したものだそうで
2016年(平成28年)に建設され2.3メガワットの発電量があるそうです。
会津鉄道会津線b36
駅の横断幕にも「山間の太陽光発電所」の文字が。
会津鉄道会津線b37
ホームの階段を登って駅の前の道へと戻ります。
会津鉄道会津線b38
駅の目の前にあるご覧の広場とログハウス風の小屋。
会津鉄道会津線b39
小屋の方は駅の前後に広がるソーラーパネルの関連施設でした。
会津鉄道会津線b40
そして広場の片隅にある看板。
汚れていますが見てみると駅周辺の案内図でした。
しかしこの広場がタクシー乗り場だったとは。
近くに移転した舟子の集落があることも分かります。
会津鉄道会津線b41
こちらは再び大川ダム公園駅近辺のトンネルの配置図です。
南側の目の前に向山トンネルの出口があるのは先に述べた通りですが、
北側も1kmほどで舟子トンネルがあります。
ですので鉄道で駅を取る場合、走行中はほぼトンネル内なので
アクセスできる場所がほとんど無い
という事になります。
列車が駅に停車している時には問題無く取れますので取り忘れに注意をして下さい。



会津鉄道会津線b42
大川ダム公園駅から北へ、国道118号線と阿賀川と併走するように
会津鉄道の線路も北上をします。
山間部を主に通り抜ける為、次の駅までは5.7kmの距離が置かれています。
写真は国道118号線の上三寄郵便局付近で、
ご覧の西への道路で駅と国道が連絡されています。
会津鉄道会津線b43
国道から駅への道は県道213号芦ノ牧温泉停車場線という県道なのですが、
入ってすぐの国道寄りにご覧の牛乳屋食堂があります。
会津のローカル店ながら、全国丼グランプリ金賞のソースカツ丼やラーメンなどで
愛好家には有名な店なのだそうです。
会津鉄道会津線b44
120mほどの停車場線を西へと進むとつきあたりに駅があります。
会津鉄道会津線b45
こちらが芦ノ牧温泉駅の駅舎の外観です。
1927年(昭和2年)に国鉄会津線が最初に開業した際の終着駅で、
開業当初は上三寄駅という名前でした。
入口付近が白く塗られているなどしてはいますが
開業当初の駅舎が現在までそのまま使用されています。
会津鉄道会津線b46
駅舎の前にある上三寄駅時代の駅名標です。
隣駅が桑原駅となっていますが、小さく括弧で(ふなこ)と書かれています。
会津鉄道会津線b47
駅前の広場は駅舎や線路に沿って広がっており
奥は駅の駐車場となっています。
会津鉄道会津線b48
駅舎の南側の広場にあるこちらは会津鉄道神社です。
会津鉄道が企業内神社として2012年(平成24年)に設けた神社で
乗客の安全を祈願して近隣三社のご神体が祭られているそうです。
会津鉄道会津線b57
神社のさらに奥には会津鉄道のAT-301が静態保存されています。
この列車は元々は国鉄のキハ30-18という車両で川越線や八高線で走っていたものです。
1999年(平成11年)より会津鉄道の自走トロッコ列車「会津浪漫号」となり
観光列車として走り2009年(平成21年)に引退。
現在はこの駅の留置線で静態保存されています。
会津鉄道会津線b58
留置線はご覧の通り本線と現在もつながっています。
また列車の前にはベンチが置かれています。
会津鉄道会津線b49
駅舎の入口に戻ると扉の上には「ねこが働く駅」の表記があります。
そして扉の脇にはこの駅で名誉駅長を務める猫たちの写真が飾られていました。
会津鉄道会津線b50
駅舎の中の様子です。
簡易委託駅として有人で駅務が行われていますが、
猫の駅長も勤務している為、待合室はご覧の通り一面の猫グッズが並んでいます。
会津鉄道会津線b51
待合室の一角の丸テーブルの奥には
この駅の初代名誉駅長「ばす」のコーナーがありました。
会津鉄道会津線b56
またこの芦ノ牧温泉駅は、同じ猫駅長が勤めるという縁から
2012年(平成24年)にひたちなか海浜鉄道の那珂湊駅と姉妹駅提携をしています。
(写真上:芦ノ牧温泉駅、下:那珂湊駅)
会津鉄道会津線b52
こちらがホームの様子です。
相対式ホーム2面2線の駅であり列車交換のできる駅となります。
また芦ノ牧温泉駅は簡易委託駅で人間の駅長も勤務しており、
また猫駅長が構内を散歩することなどから列車別改札となっています。
会津鉄道会津線b53
駅舎のあるこちらが下り線の会津田島方面行きホームです。
北側にもホームが延びていますが、駅舎より北側は使用されていません。
会津鉄道会津線b54
ホーム同士は駅の北側にある構内踏切で連絡しています。
会津鉄道会津線b55
こちらが上り線の会津若松方面行きのホームです。
待合の上屋があるのみとなっています。



会津鉄道会津線b59
引き続き国道118号線とほぼ併走する形で北上する会津鉄道。
2.8km進んだご覧の付近が次の駅の駅前付近となります。
会津鉄道会津線b60
反対の北側から見た国道の駅入口付近。
会津バスの宮内バス停があり、入口の道の脇には
単管パイプに下げられた駅入口の案内看板があります。
会津鉄道会津線b61
国道から駅まではすぐで、距離にして90mほどに位置しています。
会津鉄道会津線b66
すぐに目の前に現れる会津鉄道の宮内踏切。
会津鉄道会津線b62
その脇にあるこちらがあまや駅の駅舎となります。
プレハブ作りの簡素な駅舎となっています。
駅は1999年(平成11年)の開業で、路線に後から作られた新駅となります。

元々両隣の駅から3kmほど離れたこの地域では国鉄会津線の時代から
駅設置の請願がたびたびだされていました。
この付近では1990年代に田んぼの区画整理である圃場整備事業が行われており、
その整備によって生じた土地を利用して新駅が設置されました。
会津鉄道会津線b63
西側から見た駅の全景です。
会津鉄道会津線b64
圃場整備がされて設置された駅だけに
目の前は一面の田んぼが広がっています。
会津鉄道会津線b65
駅舎の中の様子です。
小さな駅舎の中はベンチの置かれた待合室のみとなります。
会津鉄道会津線b67
駅舎の目の前にあるホームへの入口。
階段の他にバリアフリーのスロープも設置されています。
会津鉄道会津線b68
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の駅で交換設備はありません。
会津鉄道会津線b69
駅名標は会津鉄道のキャッチフレーズの入った形式の物ではなく
旧国鉄のものに近いシンプルなものだけが設置されていました。
会津鉄道会津線b70
横断幕には「大戸古窯跡群、古きを訪ねて」とあります。
駅周辺の地区には「大戸古窯跡群」(おおとこようせきぐん)と呼ばる
古代から中世にかけて操業した窯跡の史跡があり、東日本最大規模の窯跡群となっています。



会津鉄道会津線b71
こちらは県道212号門田停車場線で、
国道118号線から駅までの700mあまりを連絡している県道です。
会津鉄道会津線b72
切り替えして国道の方向を見ると県道である事を示す標識が。
会津鉄道会津線b73
県道の西端に進むと駅前広場と駅舎が置かれています。
会津鉄道会津線b74
こちらが門田駅の駅舎となります。
1927年(昭和2年)の国鉄会津線開業時に設置された駅で、
国鉄時代には大きな木造駅舎のある駅でした。
第三セクター転換後もしばらくは木造駅舎は残っていた様ですが
解体されて現在のプレハブの待合室に建て替えられました。
駅舎の表側には駅名標は無く、まるで空き地の物置の様です。
会津鉄道会津線b75
駅舎の中の様子です。
待合室のみのこじんまりとした中にベンチが設置されています。
会津鉄道会津線b76
ホーム側から見た駅舎です。
駅名標が壁にあるのでこちら側から見ると駅らしく見えます。
会津鉄道会津線b77
こちらがホームの様子で、元が木造駅舎の駅だけに相対式2面2線となっています。
駅舎のあるこちらが下り線の会津田島方面行きホームとなります。
会津鉄道会津線b78
駅近くには集落があるものの、駅の西側は阿賀川の河川敷なので
田んぼが広がっている景色となっています。
会津鉄道会津線b82
ホームに残る国鉄時代の縦長の駅名標。
非常に味があります。
会津鉄道会津線b79
ホームの南端にある構内踏切。
両方のホームを連絡する通路はここのみです。
会津鉄道会津線b80
上り線の会津若松方面行きホームです。
この駅は1線スルー方式の線形となっています。
会津鉄道会津線b81
こちら側のホームには上屋などは無く、
黄色いベンチが置かれているのみとなっています。
会津鉄道会津線b83
駅の横断幕は下り線の駅舎脇にありますが
「献上身不知柿の里」と書かれています。
門田駅周辺は「身不知柿」(みしらずかき)の名産地で知られ、
漆器や紙器が盛んな会津地方で必要や柿渋(下塗りの塗料として使う)を生みだし
盛んに栽培されるようになったそうです。
多くの実を付けることから「身のほどを知らず」と名がつけられた柿は
現在でも皇室へ献上をしている由緒ある柿なのだそうです。



会津鉄道会津線b85
こちらは県道128号会津若松会津高田線という県道で、
会津鉄道の上下口踏切付近の光景となります。
鉄道と併走してきた国道118号線からは西へ650mほどに位置しています。
会津鉄道会津線b84
会津若松市内から伸びている県道は中央分離帯のある道路で
踏切も上下線の道路それぞれに分かれています。
会津鉄道会津線b86
その踏切の南西の脇に公園があるのですが、
この公園が県道と駅とを連絡する通路の役割となっています。
会津鉄道会津線b87
中央部がインターロッキングで舗装されているこの公園は
会津若松市が管理している一ノ堰2号という緑地でした。
会津鉄道会津線b88
その緑地の南側の出口の前に会津鉄道の駅が置かれています。
会津鉄道会津線b89
こちらが南若松駅の駅舎の外観となります。
国鉄会津線の時代には無かった駅で、
1995年(平成7年)に新しく設置された駅となります。
会津鉄道会津線b90
駅前の線路沿いの道は二車線で広く、
線路脇の鉄道用地が駅の駐車場として利用されていました。
会津鉄道会津線b91
そして駅の目の前にある大きなため池です。
会津鉄道会津線b92
60m×80mの大きさのため池は駅からもよく見える位置にあり、
周辺に用水路が伸びていました。
会津鉄道会津線b93
ため池とつながっている緑地脇の用水路。
会津鉄道会津線b94
駅舎へと戻って中の様子です。
大きめの駅舎の中は待合室のスペースの奥にトイレが設置されていました。
会津鉄道会津線b95
ホームへの入口は駅舎の目の前で、
北側の端からホーム上へと上る様になっています。
会津鉄道会津線b96
この駅のホームは単式1面1線となっています。
路線に後から新設された駅なので交換設備などはありません。
会津鉄道会津線b97
90年代に作られたホームは鉄骨組みで幅も狭めとなっています。
上屋としては屋根のみが設けられていてベンチなどは置かれていません。
会津鉄道会津線b98
駅の横断幕には「会津美里町へようこそ」とあります。
北側を走る県道128号線は西へ800mほどで阿賀川に架かる本郷大橋に差し掛かります。
橋を渡った東側は会津美里町であり、会津若松市の中心部から会津美里町へとつながる県道の
端の西詰に位置する駅はまさしく会津美里町への入口と言えるでしょう。



会津鉄道会津線c01
こちらはスーパーのヨークベニマル城西町店です。
県道211号西若松停車場南町線に位置しており、
駅の東口広場の隣に位置しています。
会津鉄道会津線b99
スーパーの南側を西へと入る道路です。
こちらが駅前広場へと続く道となります。
会津鉄道会津線c02
120mほどでスーパーの裏手へと回りこみ駅前広場へ。
会津鉄道会津線c03
こちらが東口の駅前広場となります。
ご覧の通りバスの待機場、タクシープール、そして駅前駐車場のあるロータリーと
広めの駅前広場が設けられています。
会津鉄道会津線c04
西若松駅の東口の外観です。
駅は1926年(大正15年)に国鉄会津線の会津若松駅━会津坂下駅間、
現在のJR只見線の開通で設置されました。
翌年の1927年(昭和2年)には西若松駅━上三寄駅(現・芦ノ牧温泉駅)が
国鉄会津線の支線として開業しており、これが現在の会津鉄道の路線にあたります。
会津鉄道の列車は会津若松駅まで運行していますが、
起点はこの西若松駅
となっています。

現在の駅舎は2005年(平成17年)に改築されたもので橋上駅舎となっており、
JRと会津鉄道の共同使用駅となっています。
会津鉄道会津線c05
駅舎の北側には県道の跨線橋があり、
先ほどの駅前スーパーの脇から駅を跨いでいます。
会津鉄道会津線c06
東口の駅舎の中の様子です。
会津鉄道会津線c07
階段を上った跨線橋上の自由通路。
会津鉄道会津線c08
こちらが西若松駅の改札付近の光景となります。
JRと会津鉄道の共同使用駅ですが、改札業務は会津鉄道が行っています。
会津鉄道会津線c09
駅構内側から見た改札の光景。
会津鉄道会津線c10
改札を入ると左手に階段が一つだけあり、
一本道でホームへ降りる様になっていました。
会津鉄道会津線c11
こちらがホームの様子です。
駅には単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線の計2面3線となっています。
しかし通常時には島式ホームのみ使用をしていますので
実質的には島式ホームの駅の様に運用されています。
会津鉄道会津線c12
島式ホームは2、3番線となっており、
西側の2番線が只見線ホーム、東側の3番線が会津鉄道ホームで
それぞれのホームに上下線ともに停車をします。
会津鉄道会津線c13
駅の上には2本の跨線橋が架かっていますが、
自由通路の跨線橋は駅の改築された2005年(平成17年)、
県道の西若松跨線橋は2000年(平成12年)に架けられました。
会津鉄道会津線c14
ごらんの様に3番線には会津鉄道の番線表示がありますが、
駅名標はJRの仕様のものだけで会津鉄道仕様のものはありません。
会津鉄道会津線c15
こちらは西若松駅のホーム南端から会津田島方面を見た様子です。
地図を見ると西若松駅の南でJR只見線と会津鉄道は線路が合流しているように見えますが、
実際にはご覧の通り、駅南側では併走しているのみで合流はしていません。
会津鉄道会津線c16
ホーム北端から会津若松方面を見ると
駅の北側すぐでJR只見線と会津鉄道の線路が合流しているのが見えます。
ですので只見線は駅で列車交換ができますが、
会津鉄道は西若松駅構内では列車交換はできません。
会津鉄道会津線c17
そして島式ホームの対面に見えるこちらの単式ホームが1番線です。
只見線のホームであるこちらは夕方の会津若松方面行きの1本のみしか使用しない為、
日中はホームへ立ち入ることができません。
また橋上の改札口と1番線はつながっておらず、西口の専用の入口からしか入れません
会津鉄道会津線c18
こちらは西口の駅舎の外観です。
会津鉄道会津線c19
西口の駅前にも、東口よりは小規模ですが広場とロータリー、
そして駅前駐車場が設けられています。
会津鉄道会津線c20
西口の駅舎内の様子です。
会津鉄道会津線c21
先ほどの1番線ホームへの入口はここに設けられています。
会津鉄道会津線c22
西口駅前の広場から北側を見ると
砂利敷きの駐車場があり、駅利用者が駐車をする事ができます。
そして入口にはご覧の会津鉄道本社への案内看板が立っています。
会津鉄道会津線c23
駐車場の中を進むと左手に建物が。
会津鉄道会津線c24
こちらが会津鉄道の本社の建物です。
会津鉄道会津線c25
本社建物の目の前には会津鉄道のラッセル車が留置されていました。


以上で会津鉄道の駅としては全てとなります。
ただ列車自体は西若松駅からJR只見線へと乗り入れており、
運行上の終点駅は会津若松駅となっています。
会津鉄道会津線c26
こちらは西若松駅の北隣のJR只見線の七日町駅

会津鉄道会津線c27
そして運行上の終点である会津若松駅です。
会津鉄道の列車は5番線へと入線(一部4番線)となります。



会津鉄道会津線c28
こちらは会津鉄道の湯野上温泉駅━西若松駅(━会津若松駅)の区間の
au 4G LTEでの電波エリアマップです。
基本的にほぼ全ての区間が電波エリア圏内となっていますので
駅へのアクセスに困る事はまずありません

会津鉄道会津線c29
ただ、会津鉄道の区間で大川ダム建設による新線付け替えの行われた
大川ダム公園駅周辺のみは若干電波の弱い区間があります。
以前は大川ダム公園駅が電波エリア圏外だったのですが、
auでも電波エリアの改善が行われてご覧の様に駅に電波が入る様になりました
(docomoでは以前から大川ダム公園駅にも電波が届いていた様です)

元々トンネル内は電波が届きませんので、
大川ダム公園駅に関しては駅停車時にアクセスをする、と考えれば
問題なく駅を取る事が可能でしょう。



以上で会津鉄道の記事は全てです。
青春18きっぷが使えない第三セクター路線ということで
運賃も高くなりがちで足が遠のく路線ではありますが、
観光地も多く雪の無い季節はむしろ快適な地域だと思います。

もちろん豪雪地帯なので冬場こそが本領の土地ですので
雪の会津に出向くのも乙なものかと。

では。

会津鉄道会津線a19
会津鉄道の記事の続きです。


その1(会津高原尾瀬口━会津田島)はこちら



会津鉄道会津線a07
会津鉄道の各駅に掲示されている横断幕ですが、
こちらの会津田島駅のものには「会津、南の中心地、日本三大祇園祭」とあります。
これは駅の北400mほどにある田島鎮守の田出宇賀神社で
毎年7月22日~24日の3日間開催される会津田島祇園祭についてのキャッチフレーズです。
祭りは国指定の重要無形民俗文化財に指定されており、
京都市八坂神社の祇園祭、福岡市櫛田神社の博多祇園山笠と並ぶ
日本三大祇園祭の一つとされています。
会津鉄道会津線a08
会津田島駅から北は運行系統が南側とは別となっており
気動車のみが走れる非電化区間となっています。
引き続き会津鉄道の線路を辿って北へと進みたいと思います。



会津鉄道会津線a09
会津田島駅まで会津鉄道と併走し北上してきた国道121号線ですが、
会津西街道(日光街道)としては会津田島駅の南西付近で分岐して
県道347号高陦田島線となります。
国道と県道が分岐してから2kmほど西に進むと
ご覧の県立田島高校への案内標識のある交差点となります。
会津鉄道会津線a10
県道からガソリンスタンドのある交差点を南へ
100mほど下ると会津鉄道の踏切となります。
会津鉄道会津線a11
この踏切の南側の会津田島方に次の駅である
田島高校前駅の入口とホームがあります。
駅は1951年(昭和26年)に、既に開通していた国鉄会津線に田部原駅として新設設置されたもので、
第三セクター転換された1987年(昭和62年)に現在の駅名となっています。
会津鉄道会津線a12
踏切の南側から見た駅への入口付近。
会津鉄道会津線a13
駅前の道路から線路沿いにホームへと連絡する舗装が伸びており、
ホーム入口にはご覧の木造の建屋がゲートの様に建っています。
会津鉄道会津線a14
こちらがホームの様子となります。
単式ホーム1面1線の棒線駅で、駅舎は無くホーム上に待合室の建屋が置かれています。
会津鉄道会津線a16
ホーム上にはごらんの待合室の建屋があります。
木造の建物で中は木製ベンチのある倉庫のような作りとなっています。
会津鉄道会津線a15
無人駅ではありますがホームの幅は広く取られていました。
会津鉄道会津線a17
そして駅前の道路へと戻り南側へと進むと
240mほどで高校の校門があります。
会津鉄道会津線a18
こちらが駅名の由来となっている県立田島高校です。



会津鉄道会津線a20
県道347号線(日光街道)と併走して東へと進む会津鉄道は
2.2kmほどで次の駅となります。
会津鉄道会津線a21
こちらが会津長野駅の駅舎となります。
1934年(昭和9年)に国鉄会津線が延伸した際に設置された駅で
現在の駅舎はログハウス風のものが建てられています。
会津鉄道会津線a22
駅舎の前には砂利敷きの駅前広場が。
会津鉄道会津線a23
駅舎の正面の道は150mほどで県道347号線と連絡しています。
この道路自体も県道349号向山会津長野停車場線という県道なのですが
ごらんの通りの生活道路となっています。
会津鉄道会津線a24
駅舎の中の様子です。
無人駅ですので待合スペースのみとなっています。
会津鉄道会津線a25
ホーム側から見た駅舎の様子。
会津鉄道会津線a26
駅の横断幕には「美味、リンゴの里」とありました。
福島県はリンゴ生産量全国5位(2018年度)という土地であり、
南会津産のリンゴは寒冷高地の特性を生かして蜜が多いという特徴があります。
会津長野駅周辺にはリンゴ園がいくつもあることかこのキャッチフレーズとなったと思われます。
会津鉄道会津線a27
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
会津鉄道会津線a28
土製のホームはかつては島式ホームだったものを
そのまま片面だけの使用にしたもので、
作りなどに島式の面影が残っています。
会津鉄道会津線a29
ホーム端の先の線路の湾曲具合などを見ると、
現在の駅舎のある場所や隣の工場の建物はかつての線路用地であったことが分かります。



会津鉄道会津線a30
会津長野駅付近を通過した県道347号線は1km半ほど進むと
大きく湾曲してカーブを描きます。
このカーブの付近から日光街道は国道121号線へと戻って行き、
県道347号線は東へと進んで会津鉄道を踏み切りで超えます。
ご覧の場所は踏み切りのすぐ東側にあるT字路の交差点ですが、
この交差点の前に次の駅が設置されています。
会津鉄道会津線a31
養鱒公園駅の駅舎の外観です。
1947年(昭和22年)にすでに通っていた国鉄会津線の線路上に
会津落合駅として新設開業しました。
会津鉄道会津線a32
第三セクター転換時の1987年(昭和62年)に現在の駅名となっていますが、
元となった養鱒公園は駅の南へと2kmほど先にあり
徒歩ではおよそ30分程度かかります。
会津鉄道会津線a37
駅の南の隣には消防団の倉庫があります。
目の前の県道の南の方向を見ると踏み切りが見えます。
会津鉄道会津線a33
駅舎の中の様子です。
この駅も無人駅ですのでログハウス駅舎の中は待合室のみとなっています。
会津鉄道会津線a34
ホーム側からの駅舎の様子です。
スロープ状の連絡通路で駅舎からホームへと上る仕組みとなっています。
会津鉄道会津線a35
ホームは単式ホーム1面1線となります。
線路の途中に新設された駅だけに交換設備などはありません。
会津鉄道会津線a36
目の前は畑となっており、まばらな人家の間を木々が囲んでいます。
会津鉄道会津線a45
この駅の横断幕には「幻想的、猿楽台地、観音沼」とあります。
「猿楽台地」というのは昭和40年代に国営農地開発事業で整備されたそば畑で、
「観音沼」というのは観音沼森林公園の事でかつては秘境と呼ばれた沼のほとりの景勝です。
どちらも最寄り駅は養鱒公園駅となります。



会津鉄道会津線a38
引き続き県道347号線と併走しながら北へと進む会津鉄道。
2.6kmほど進むと大川ふるさと公園への案内標識があり、
踏切の先へと道が伸びています。
会津鉄道会津線a39
この踏切の100mほど南の県道沿いに次の駅のホームが見えます。
会津鉄道会津線a40
県道と反対側の、線路西側の道を南下すると
駅舎と駅前の広場が見えてきます。
会津鉄道会津線a41
こちらがふるさと公園駅の駅舎となります。
国鉄会津線の時代にはこの駅は無く、会津鉄道となった後の
2002年(平成14年)に新設された駅です。
会津鉄道会津線a42
駅舎の前に設置されている駅の見取図です。
会津鉄道会津線a43
待合室となっている駅舎の中の様子です。
会津鉄道会津線a44
駅舎脇にあるホームへと上る階段。
会津鉄道会津線a46
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
会津鉄道会津線a47
平成に作られた駅だけに鉄骨作りの現代的な作りとなっています。
会津鉄道会津線a48
横断幕には「心躍る、下郷ふるさと祭り」とあります。
駅名の元となっているふるさと公園では毎年夏に「下郷ふるさと祭り」が行われており
ステージイベントやよさこい踊りなどが開催されていて
こちらが駅のキャッチフレーズとなった様です。
会津鉄道会津線a49
駅の北側の県道からの踏切に戻り、
ふるさと公園への案内標識に従って西への道を進みます。
するとおよそ90mほどで公園の入口が現れます。
会津鉄道会津線a50
こちらが公園の中の様子です。
下郷町の公共施設である園内には広大な広場があり、
また公園のコミュニティセンターはいわゆるステージのある体育館で
様々なスポーツやイベントの開催が可能となっています。



会津鉄道会津線a51
こちらは会津下郷駅の駅舎の外観です。
国鉄会津線が会津田島駅まで延伸した1934年(昭和9年)に楢原駅として設置された駅です。
駅舎は国鉄会津線の時代ものを引き続き使用しています。

会津鉄道の線路は会津西街道(日光街道)と併走をしてきましたが、
下郷町内で会津西街道の旧道が北西へと反れて行き、
国道121号線と会津鉄道は真北へと進路を取ります。
会津鉄道会津線a52
駅前には奥に広いスペースが広場として使われており、
利用者の駐輪場や駐車場としての役割の他に
下郷地区の会津バスのターミナルとしての役割を果たしています。
会津鉄道会津線a53
駅舎の中の様子です。
下郷町観光公社が受託している簡易委託駅であり
8:30~17:00は窓口が開いて駅務が行われています。
会津鉄道会津線a54
ホーム側から見た改札付近の様子です。
会津鉄道会津線a55
改札前に構内踏切があり、線路を渡ってホームと連絡しています。
会津鉄道会津線a56
構内は島式ホーム1面2線となっており
列車交換の可能な駅となっています。
会津鉄道会津線a57
また駅舎側に側線が1本あってラッセル車が留置されていました。
会津鉄道会津線a58
駅舎側が下り線の会津田島方面行きで、
反対の一番外側が上り線の会津若松方面行きとなっています。
構内踏切の目の前のスロープは国鉄時代のホームを削り取って
作られていました。
会津鉄道会津線a59
駅の横断幕は駅舎のホーム側に掲げられており、
「名勝、戸赤の山桜」とあります。
会津下郷駅の北で国道121号線から分岐している県道131号線(日光街道の旧道)を西へ進み、
2kmほどで県道346号線に入って西進すると下郷町に戸赤という集落があります。
こちらの山桜は明治時代から留め木として残されたもので
毎年春先に山桜まつりが行われる名勝となっています。
しかし戸赤の最寄は会津下郷駅ですが距離で8kmほどあり
車でも20分の距離となります。



会津鉄道会津線a60
真北へと進路を取った国道121号線と併走し北上する会津鉄道。
国道を3kmほど進むと次の駅への道の入口があります。
会津鉄道会津線a61
この国道から駅への120mほどの道は生活道路の様な道路ですが
県道216号弥五島停車場線という県道に指定されています。
そして停車場線の南のつきあたりに次の駅が置かれていました。
会津鉄道会津線a62
弥五島駅の駅舎の外観です。
1934年(昭和9年)の国鉄会津線延伸で設置された駅で
第三セクター転換後の2008年(平成20年)に現在の駅舎の改築されています。
会津鉄道会津線a65
駅前の様子です。
停車場線のつきあたりの駅舎前は広くなっており
車などが転回するには十分な広さがあります。
会津鉄道会津線a63
駅舎からホームへの通路です。
まるで貨車駅舎を思わせるような作りとなっています。
会津鉄道会津線a64
ホーム側から見た駅舎前の様子。
ご覧の通りホームの幅が狭くなっており
真正面からはご覧の角度が精一杯となります。
会津鉄道会津線a66
駅舎の中はご覧の通りの待合室となっています。
会津鉄道会津線a67
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
会津鉄道会津線a68
国道の方向には建物があるものの、
ホーム前はご覧の通り田んぼや山の風景が広がっています。
会津鉄道会津線a69
この駅の横断幕には「和太鼓体験」とあります。
元々は会津鉄道の開業記念事業の一つとして
1987年(昭和62年)に結成された「大川渓流太鼓」は
下郷町を代表する郷土芸能団体に発展しており、
弥五島駅近くには廃校を利用した太鼓練習場や太鼓工房などがあります。



会津鉄道会津線a70
弥五島駅から引き続き国道121号線と併走し北上する会津鉄道。
勾配を避ける為か若干国道から離れて阿賀川寄りに進路をとった
1.5kmほど先に次の駅があります。
写真は国道から駅方面へと連絡している道路で
つづら折りの道を下るとご覧の踏切があります。
会津鉄道会津線a72
踏切から西側を見ると駅のホームと駅舎の建屋が。
会津鉄道会津線a71
そして踏切の南側の脇に木製の門があり、
屋根の軒に塔のへつり駅と書かれた駅名標が下がっています。
会津鉄道会津線a81
門の脇には塔のへつりが天然記念物であることを示す石標がありました。
会津鉄道会津線a73
山中の遊歩道のような砂利道が
門からホームへと連絡しています。
会津鉄道会津線a74
こちらが駅舎の外観です。
駅は国鉄会津線の時代の1960年(昭和35年)に仮乗降場として設置。
1969年(昭和44年)に一旦廃止となったものの、
第三セクター転換されたすぐ後の1988年(昭和63年)に正式な駅として再設置されました。
会津鉄道会津線a75
駅舎の中の様子です。
待合室の他、トイレも中に設置されています。
会津鉄道会津線a76
駅舎の目の前にホームへの入口があり、
ホーム東端から入る事ができます。
会津鉄道会津線a77
中に入ってホームの様子です。
単式ホーム1面1線で交換設備は無く、カーブに駅が設置されています。
会津鉄道会津線a78
東側のホームは幅が広くなっており、
中ほどから西側は若干ホーム幅が狭い構造となっています。
会津鉄道会津線a79
またホームにはご覧の通りカタカナでマーキングがされています。
これは列車種別ごとの乗降口の位置を示したもので、
●テ:展望車両、●ト:トロッコ車両、●ザ:お座敷車両、○:快速・普通車両
となっています。
会津鉄道会津線a80
こちらの駅の横断幕は「百万年の芸術」となっており、
川岸が浸食と風化によって削られて出来た最寄りの景勝である塔のへつりを指しています。

会津鉄道会津線a82
駅から駅前の道路へと戻って南へと進むと
坂を下って300mほどで塔のへつりへの入口の広場があります。
ロータリー状の広場には茶店やみやげ物店が並んでいます。
会津鉄道会津線a83
広場から塔のへつりへと下る入口。
会津鉄道会津線a84
こちらが塔のへつりです。
「へつり」とは方言で川に迫った断崖や急斜面の意味だそうで、
長い年月で河岸が侵食風化されてできた奇観は国の天然記念物に指定されています。



会津鉄道会津線a85
山間の渓谷を抜ける国道121号線と、併走する会津鉄道。
次の集落までは4km弱あり駅間が離れています。
こちら次の駅近くの国道121号線脇の第2日光街道踏切付近の光景です。
この踏切から北へと向かって県道215号湯野上温泉停車場線という県道が延びています。
会津鉄道会津線a86
踏切から200mほど進むとこちらの三差路となり、
西に曲がってすぐに駅舎があります。
会津鉄道会津線a87
こちらが湯野上温泉駅の駅舎となります。
1932年(昭和7年)に上三寄駅(現・芦ノ牧温泉駅)から国鉄会津線が延伸した際に
当時の終着駅として湯野上駅として開業しました。

第三セクター転換をした1987年(昭和62年)に駅舎を改築。
この駅が最寄りとなる大内宿を模して茅葺き屋根の駅舎が建てられました。
2010年(平成22年)に豊後中村駅が茅葺きとなるまでは全国唯一の茅葺き駅舎でした。
会津鉄道会津線a88
駅前の三差路をさらに北へと下ると
すぐに左手に駅の駐車場があります。
会津鉄道会津線a89
駐車場の奥にはご覧のスロープがあり、
駅北側の駐車場と駅舎とを連絡してます。
会津鉄道会津線a90
駅舎の中の様子です。
茅葺きの建物に合った待合室には下郷町観光公社のみやげ物店が入っています。
この観光公社が簡易委託で駅業務を受託しており
8:30~17:00には有人で駅務が行われています。
会津鉄道会津線a91
17時を過ぎると売店側にはご覧の通りシャッターが閉まります。
また茅葺き屋根の維持に必要な囲炉裏があり、
有人時間帯には実際に使われています。
会津鉄道会津線a92
ホーム側から見た駅舎の改札付近です。
会津鉄道会津線a93
こちらがホームの様子です。
千鳥式に配置された相対式ホーム2面2線の駅で
列車交換が可能な駅となっています。
会津鉄道会津線a94
駅舎のあるこちらは下り線ホームで
会津田島方面行きの列車が停まります。
会津鉄道会津線a95
ホーム同士を連絡する構内踏切。
会津鉄道会津線a96
踏切の先にはスロープがあって反対側ホームへと上ります。
会津鉄道会津線a97
西側にある上り線ホームです。
会津若松方面行きとなります。
会津鉄道会津線a98
駅舎が無いこちらのホームには小さな待合の建屋がありました。
会津鉄道会津線a99
そして待合室の中の様子です。
壁に描かれているのは会津若松市出身のアーティストMHAKの壁画で
「曲線で構築し反復する」という現代アートの壁画が描かれています。
会津鉄道会津線b01
駅舎の前へと戻り南側を見ると時計台があり、
その南側には足湯のある建物が建っています。
会津鉄道会津線b02
この足湯は「親子地蔵尊の湯」という名前で、
旅行客の安全と近隣住民の健康と発展を祈願して
2012年(平成24年)に建てられました。
会津鉄道会津線b03
つかりながら会津鉄道の列車を眺められるこの足湯は
下り線ホームからも直接入れる通路が設けられていました。
会津鉄道会津線b04
駅の横断幕には「大内宿直近の温泉郷」とありました。



会津鉄道会津線b05
こちらは会津鉄道の会津田島駅━湯野上温泉駅間における
au 4G LTEでの電波エリアマップです。
渓谷などを通っている区間ですが全線が電波エリア圏内となっています。
この区間で駅へのアクセスに困ることはまず無いと思って良いでしょう。


湯野上温泉駅を通過した会津鉄道の列車は
いよいよ会津若松市内へと入って行きます。
つづきはその3にて書きたいと思います。

では。

会津鉄道会津線01
続いては会津鉄道についてです。


元々は1927年(昭和2年)に西若松駅━上三寄駅(現・芦ノ牧温泉駅)間で開業した
国鉄会津線が元の路線で、南へと延伸を続け1934年(昭和9年)には会津田島駅まで、
1953年(昭和28年)に会津滝ノ原駅(現・会津高原尾瀬口駅)までが開通しています。

長らく会津地方の盲腸線であった会津線は
1980年(昭和55年)の国鉄再建法によって第2次特定地方交通線に指定。
JR東日本への移管の翌年の1987年(昭和62年)に第三セクター転換されて会津鉄道となりました。


第三セクター転換の前年の1986年(昭和61年)には
野岩鉄道が新藤原駅━会津高原駅(現・会津高原尾瀬口)間で開業。
東武鬼怒川線から野岩鉄道、そして会津鉄道によって
首都圏から会津への短絡路線を形成することとなりました。

その為1990年(平成2年)には会津高原(現・会津高原尾瀬口)━会津田島駅間を電化。
東武鉄道からの直通運転が開始されています。



会津鉄道会津線06
こちらは「会津高原駅プラザ 憩の家」という観光物産館です。
駅前は駐車場となっており、尾瀬高原へと向かう会津バスの発着場も設けられています。
会津鉄道会津線25
この観光物産館の前の駐車場の南側の道を
阿賀川を渡って100mほど西に進むと国道352号線(会津西街道)が走っており
実質的な駅への連絡道となっています。
会津鉄道会津線07
建物の中の様子です。
入るとご覧の通路となっています。
会津鉄道会津線10
通路の右手には観光物産館と食堂が設けられています。
鉄道の切符は販売していませんが、バスのチケットを購入することができます。
会津鉄道会津線08
その物産館の前を抜けると階段があり、
連絡通路となっています。
会津鉄道会津線09
外側から見た連絡通路の様子と
通路から見下ろした光景です。
会津鉄道会津線11
そして連絡通路を抜けると、通路出口の向かいの
軒下に駅の入口があります。
会津鉄道会津線12
こちらが会津高原尾瀬口駅の駅舎の入口です。
会津鉄道会津線16
駅舎の前から見た駅前の様子。
会津鉄道会津線13
北側の駅への道から見た駅舎の様子です。
駅は1953年(昭和28年)に国鉄会津線の延伸によって会津滝ノ原駅として開業しました。
長らく会津線の南端の終着駅としての存在で、
この駅より南に鉄道が開業したのは1986年(昭和61年)の野岩鉄道開業まで
実に30年以上を待つ事となります。
会津鉄道会津線14
駅舎の中の様子です。
有人の券売窓口のある待合室となっており、
改札は鉄製のラッチが設置されていました。
会津鉄道会津線15
冬場は雪が積もる地域だけに
改札のホーム側にも扉が設けられていて雪が吹き込まないようになっています。
会津鉄道会津線17
ホーム側からの駅舎の前の様子です。
駅舎とホームは離れており、構内踏切を渡った後にスロープでホームへと上がります。
会津鉄道会津線22
駅の外側から見たスロープ付近の様子です。
会津鉄道会津線18
構内踏切の南側すぐにある転車台。
これは国鉄会津線でSLが走っていた時代に実際に使用していたものです。
会津線の終端だった会津滝ノ原駅ではSLが転換する施設が必要でした。
会津鉄道会津線19
そしてスロープ脇にあるゼロキロポスト。
こちらは会津鉄道のものではなく、1986年(昭和61年)開業のの野岩鉄道のものです。
会津鉄道会津線24
ホームは島式ホーム1面2線となります。
西側の1番線が野岩鉄道の新藤原方面行き、
2番線が会津鉄道の会津田島方面となります。

会津鉄道は会津若松駅が起点ですので
東京へと近づく会津高原尾瀬口駅方面への南行が下り線、
反対に北へと向かう列車が上り線となります。
会津鉄道会津線20
駅名標は1番線側が会津鉄道の様式、
2番線側が野岩鉄道の様式のデザインとなっています。
会津鉄道会津線21
上屋の屋根からぶらさがっている駅名標は野岩鉄道様式のもの。
会津鉄道会津線23
ホームの様子です。
上屋の屋根がありベンチが置かれています。



会津鉄道会津線26
国道352号線を北上すると国道121号線と合流し、国道の重複区間となります。
国道が合流すると会津鉄道の線路も併走するようになり、
会津高原尾瀬口駅から4kmと少々進むと次の駅付近となります。
会津鉄道会津線27
特に駅への標識や案内表示はありませんが、
国道脇のこちらの側道の坂道を登っていくと次の駅があります。
会津鉄道会津線31
駅への坂道と国道の位置関係はご覧の通り。
会津鉄道会津線28
坂の上にある駅付近の光景です。
会津鉄道会津線29
こちらが七ヶ岳登山口駅の駅舎の外観です。
国鉄会津線が延伸した1953年(昭和28年)に糸沢駅として開設され、
第三セクターに転換した後の1987年(昭和62年)に現在の駅名となっています。
会津鉄道会津線30
駅前には倉庫のような建物が一軒あるのみで
砂利の広場があるだけとなっています。
会津鉄道会津線32
広場からは北側へも、国道へと下る道が伸びていました。
会津鉄道会津線33
駅舎の入口から中の様子です。
無人駅の駅舎ですので中は完全に待合室となっています。
会津鉄道会津線34
ホーム側から見た駅舎前の光景です。
会津鉄道では各駅にキャッチフレーズを書いた横断幕を設置しており、
この駅は「勇壮、連なる七つの峰」となっています。
会津鉄道会津線35
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線となっています。
会津鉄道会津線36
駅の周辺はほぼ山中で人家はまばらです。
駅名の由来となっている七ヶ岳の羽塩登山口までは6km弱ほどで、
登山口へと至る林道の入口も駅の南900mほどとなります。
会津鉄道会津線38
ホーム南端の目の前にある会津鉄道の変電所です。
会津鉄道会津線37
また駅の北西にはかつての貨物ホームの跡が残っています。
1963年(昭和38年)に当時の糸沢駅の貨物扱いが荒海駅(現・会津荒海駅)に統合されたそうですから
使われていたのは60年ほど前ということでしょうか。

駅の旧名である糸沢の集落は駅から700mほど北にあり、
江戸時代には会津西街道の大きな宿場があったそうです。
ですので今でこそ秘境駅のようなさびれ具合の駅も
かつては有人駅で貨物扱いもしていたことが分かります。



会津鉄道会津線39
七ヶ岳登山口駅から国道121号線(会津西街道)を3km北上すると
ほぼ国道と同じルートを併走している会津鉄道の次の駅付近となります。
会津鉄道会津線40
交差点の角には天然木で作られた大きな「奥会津博物館」の案内看板があり、
こちらが駅の場所の格好の目印となります。
会津鉄道会津線41
西側から見た交差点付近です。
国道を挟んだ反対の東側が駅となります。
会津鉄道会津線42
駅と国道を結ぶ道路。
駅前の広場を兼ねている状態です。
会津鉄道会津線43
こちらが会津山村道場駅の駅舎の外観です。
駅の設置は2001年(平成13年)となりますので
会津線が第三セクター転換された1987年(昭和62年)よりもかなり後の新設駅となります。

駅名の由来となった会津山村道場とは1937年(昭和12年)に作られた
山村地域の農業技術を伝習する為の地元自治体の施設であり、
駅の場所から西へ1kmほどの場所にあります。
会津鉄道会津線44
この会津山村道場は2001年(平成13年)に大幅なリニューアルが行われており、
「南会津町野外活動センター」としてコテージやオートキャンプ場、
そして体育館や大広間のある森の交流館などが設置されて
農業施設から観光施設へと大幅に作り変えられています。
第三セクターである会津鉄道には南会津町も出資をしていますので、
会津山村道場のリニューアルに際して新駅を作ったということだと思われます。
会津鉄道会津線45
駅舎の中の様子です。
木造ではありますが、無人駅ですので待合室のみの簡素な作りとなっています。
会津鉄道会津線46
駅舎の前にあるホームへの入口の階段です。
昭和のホームは土が盛られて作られた物が多いですが、
平成に作られたこちらのホームは鉄骨作りなのが分かります。
会津鉄道会津線47
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線となっています。
会津鉄道会津線48
上屋などはホーム上には無く、ベンチが置かれているのみとなっています。
また駅名標は会津鉄道仕様の絵の入ったものでは無くシンプルなものが設置されています。
会津鉄道会津線49
この駅の横断幕には「昔の暮らし体験」と書かれていました。



会津鉄道会津線50
引き続き会津鉄道は国道121号線(会津西街道)と併走して北上しますが
国道の東側から西側へと併走の位置を変えて走ります。
会津山村道場駅から900Mほど北に進んだ国道のご覧の付近が駅への入口となります。
会津鉄道会津線53
入口の斜向かいには荒海小学校の敷地が。
会津鉄道会津線51
国道から駅舎まではおよそ70Mほどとなります。
会津鉄道会津線52
こちらが会津荒海駅の駅舎の外観です。
1947年(昭和22年)に会津田島駅からこの駅まで延伸した際に設置され、
その後1953年(昭和28年)に国鉄会津線が全通するまで終点だった駅です。
会津鉄道会津線54
駅舎の前の様子です。
T字路の前に駅の敷地が面しており、道路と敷地を合わせると
広い駅前広場の様になっています。
会津鉄道会津線66
南側を見ると除雪車の車庫が。
会津鉄道会津線55
駅舎はかつては農協の施設が同居していて
第三セクター転換後はその農協施設に駅務を委託していました。
しかしほどなく農協の支店が廃止となって委託先な無くなり無人駅となっています。
駅舎には農産物直売所の跡が残っており、
また南側にはJAバンクのATMが現在も設置されています。
会津鉄道会津線56
駅舎の中の様子です。
待合室のスペースは広く、かつて委託で使われていたであろう
窓口の窓も残っていました。
会津鉄道会津線65
待合室に残っていた、駅舎が農協と会津鉄道の合築であったことを記した看板です。
会津鉄道会津線57
ホーム側から見た駅舎の改札付近です。
鉄製のラッチが改札に設置されており
かつて改札業務が行われていた名残りが残っていました。
会津鉄道会津線58
ホームの様子です。
この駅は相対式ホーム2面2線となっており列車交換の可能駅となっています。
駅舎のあるこちらの東側は下り線の会津高原尾瀬口方面行きホームとなります。
会津鉄道会津線59
駅は開設時には荒海駅という名前でしたが、会津鉄道へ第三セクター転換した際に
現在の会津荒海駅へと改称がされています。
会津鉄道会津線60
駅の横断幕には「素朴、田島万古焼」とあります。
これは江戸時代後期に発祥した田島万古焼を焼く窯元、
勝三窯が駅のすぐ近くにあるのが由来なのでしょう。
会津鉄道会津線61
また駅名標には「御蔵入り天領の詩」とあります。
これは南会津が江戸時代に入ってしばらくすると幕府に召し上げられ、
南山御蔵入領という天領(幕府直轄領)となったことからだと思われます。
会津鉄道会津線62
ホームの北側、会津若松方面にはご覧の構内踏切があります。
この踏み切りで二つのホームを連絡しています。
会津鉄道会津線63
西側の上り線会津若松方面行きホームです。
会津鉄道会津線64
会津荒海駅で列車交換をする会津鉄道の普通列車と
東武鉄道の特急リバティ。



会津鉄道会津線67
引き続き国道121号線(会津西街道)と併走を続ける会津鉄道。
3.4km北上した先のご覧の付近が次の駅の入口となります。
会津鉄道会津線68
国道から西へ、駅前に連絡する道が伸びており
90mほどで駅舎が置かれています。
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こちらが中荒井駅の駅舎の外観です。
駅は1947年(昭和22年)の国鉄会津線の延伸時に開設されました。
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駅前の広場の様子です。
半分が砂利敷きながらなかなかの広さがあります。
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駐輪場の脇には史跡を案内する立て看板が。
如活禅師とは「会津の良寛さま」と呼ばれた黄蘗宗の禅僧で
医術にも通じ、中荒井の地に庵を結んだという人物です。
中新井では毎年10月には「如活禅師祭」が行われています。
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駅舎の中の様子です。
ログハウス風の駅舎の中は無人駅なので待合室のみとなっています。
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ホーム側から見た駅舎の外観。
会津鉄道会津線74
この駅の横断幕には「景観重要樹木 百年桜」とあります。
駅から南東に200mほどの場所に荒海小学校中荒井分校の廃校跡があるのですが、
この校庭にあるしだれ桜が百年桜と名付けられて大事にされているのが
駅のキャッチフレーズの由来でしょう。
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こちらがホームの様子となります。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となります。
会津鉄道会津線76
国道沿いに集落が形成されているため
線路の反対側の駅周辺は農地が広がる光景で建物はまばらです。
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駅舎に掲示された駅の説明板です。
この説明によると駅舎は1987年(昭和62年)に現在のログハウス駅舎となった様です。



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こちらの道路は県道218号会津田島停車場線です。
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駅と国道121号線(会津西街道)との間の110mを連絡する県道で
いわゆる停車場線と呼ばれる道路となります。
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この停車場線の北端の先に駅と駅前広場が広がっています。
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こちらが会津田島駅の駅舎の外観となります。
1934年(昭和9年)に国鉄会津線が延伸した際に終点として開業した駅で、
新たに南へと延伸するまで13年に渡って終着駅でした。

現在の立派な駅舎は1990年(平成2年)に竣工されたもので、
会津鉄道の会津高原駅(現会津高原尾瀬口駅)━会津田島駅間が電化されたことに
合わせて駅舎および駅構内が整備されたものです。
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駅舎は半分以上が南会津町の施設である
「会津田島ふれあいステーションプラザ」となっており、
駅として使用されているのは駅舎の北側の一部分となります。
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駅舎の中の様子です。
鉄道の待合室として使われているスペースも結構な広さがあり、
複数の駅務員のいるオープンカウンターの券売窓口や
ベンチの置かれた待合所、そして売店や土産物の物販コーナーも置かれています。
会津鉄道会津線84
待合室の入口に脇には日本酒の蔵元を示す酒林と呼ばれる杉玉が吊るされており、
その脇には地酒の自動販売機が置かれていました。
会津鉄道会津線85
こちらがホームへの改札口となります。
会津田島駅では列車別改札を採用しており、
乗降の無い時間は鍵が掛けられています。
会津鉄道会津線86
ホーム側から見た改札付近。
雪国の駅らしく風除室が設けられており、
広めのコンコースの様になっていました。
中央には列車到着時に使われる放送設備まである改札ボックスが。
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ホームの様子です。
会津田島駅は島式ホーム2面4線となっており、
こちらは駅舎のある1、2番線ホームとなります。
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駅舎に一番近い1番線は改札の手前に車止めが設けられており
頭端式ホームのようになっています。
また南側の会津高原尾瀬口方には車両検修ピットが設置されていました。
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この駅は会津鉄道の電化区間の北限であり、
1番線は東武鉄道や野岩鉄道から乗り入れてくる電車が入線するホームとなります。
会津鉄道の運行はこの会津田島駅を境に北と南で分けられており、
この駅止まりの気動車も1番線に入線をします。

2番線は東武鉄道から会津若松駅までを直通する
「AIZUマウントエクスプレス」の使用するホームとなります。
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ホームにはご覧の跨線橋が設置されているものの、
階段にはロープが張られており何年も使用不可の状態の様子です。
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二つの島式ホームの連絡には
ホーム北端にあるこちらの構内踏切が使用されています。
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こちらは島式の3、4番線ホームとなります。
会津田島駅より北は非電化区間となりますが、
こちらの島式ホームの番線は電化されておらず架線がありません。
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非電化ホームは会津若松方面行きの上り線ホームとなり、
駅舎側の3番線に快速、4番線が普通列車の停まるホームだそうです。
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そして3、4番線ホームのさらに西側には引き上げ線があり、
南側には会津鉄道の車両基地が置かれています。
会津鉄道会津線95
駅の外に戻り、駅舎の中央部付近を見ると
入口に「会津田島ステーションプラザ」と書かれています。
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駅待合室と隣接しているステーションプラザの物販店。
会津地方の農産物や土産物を販売しています。
また物販店の真上の二階部分には食堂があり食事と取る事ができます。
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ステーションプラザの入口のすぐ隣の並びには
観光案内所があります。
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さらに駅舎前を南へと進むと「SL展示場」の表示が見えてきます。
会津鉄道会津線99
ご覧の様に駅舎の南側には、国鉄会津線で活躍をしていた
蒸気機関車のC11-254が静態保存されていました。
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駅舎の建物南側の階段前にも機関車の説明板があり、
階段踊り場からC11を見下ろして見ることができます。
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機関車の前には藤棚の休憩所があり、
その目の前に会津田島子安観音堂があります。
「子安観音」とは安産や幼児の成長を守護するという観世音菩薩様ですが、
隠れキリシタンが聖母に見立てて崇拝したものも数多くあります。
会津はキリシタン大名の蒲生氏郷が治めた地ですから、
付近に案内板などはありませんでしたが何らかの関係があるのかもしれません。
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駅舎の前の駅前広場はかなり広大で、
北側がバスの停留所やタクシーの車寄せなどがあるロータリー、
南側が隣接する郵便局の目の前の駅前駐車場となっています。
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広場の大きな黄色いモニュメントは
会津鉄道が会津田島駅まで電化した際に記念で立てられたそうです。
会津鉄道会津線a05
そのモニュメントのすぐ裏の市道沿いには
見事な両足タックルからのリフトをおこなっている銅像が。
レスリング経験者には見慣れた姿のこの像は
ふくしま国体でレスリング競技がこの地で行われた事を記念したものの様です。



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こちらは会津鉄道の会津高原尾瀬口駅━会津田島駅間の
au 4G LTEでの電波エリアマップです。
ご覧の通り全線が電波エリア圏内となっていますので
トンネル内などでなければ駅へのアクセスに困る事は無いでしょう。


会津鉄道自体は会津高原尾瀬口駅━西若松駅間で57.4kmという路線です。
しかし実質的には東武鉄道鬼怒川線(16.2km)、野岩鉄道(30.7 km)と合わせて
下今市駅からJRの会津若松駅までを結ぶ107.4kmの一本の路線と言って良い状況です。

大内峠や山王峠などを越えた、会津と日光を結んだ会津西街道に併走して敷設された鉄道は
近くを走る別路線も無く、100kmを走る抜ける一本の路線と思って良いでしょう。
ですから会津鉄道に乗らずにアイテムでコンプするという考えは現実的ではありません
素直に鉄道に乗って駅を埋めていくのが一番楽な方法だと思います。

また、国道121号線や352号線の会津西街道を走って車を使って取る方法もありますが
鉄道とほぼ同じルートを通りますのでどちらを選択するかは好みの問題でしょう。
またこの区間は豪雪地帯ですので冬季は車の利用はお勧めできません

そして会津バスで会津若松駅から会津高原尾瀬口駅を経由して
尾瀬へと至るバス路線もありますが、鉄道でも同じルートを通るので
わざわざバスを使って取るというメリットは感じられません。


やはり結局のところは会津鉄道は鉄道に乗って攻略する路線だと思います。
フリー切符を使う場合はJRの週末パスでは会津田島駅━西若松駅の北半分しか使えませんし、
三連休パスでは会津鉄道自体がフリー区間の対象外です。

会津鉄道の攻略のみを考えた場合は、東武鉄道で発売している
「ゆったり会津 東武フリーパス」が使い勝手が良いと思われます。
4日間有効で浅草駅━下今市駅までの往復切符、下今市駅以北がフリー区間ですので
攻略の際には一考してみてはいかがでしょうか。


会津田島駅より北についてはその2に続きます。
では。

【写真撮影:2019年5月】

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