でんこの元ネタ
■EX No.14 汐留いちご(Shiodome Ichigo)
 ■タイプ:サポーター
 ■誕生日:4月1日

■出身駅: 東京都営地下鉄 大江戸線 汐留駅(東京)
いちご01

汐留駅は都営大江戸線とゆりかもめの駅ですが、
駅が開業したのは両方共に2002年(平成14年)11月2日でした。



かつて汐留の地には汐留貨物駅がありました。
現在の新橋駅から浜松町駅付近までの一帯約30.7haには
東海道・山陽方面への貨物を扱う広大な貨物ターミナルが置かれていました。

そしてモータリゼーションによって貨物輸送は鉄道からトラックへとシフト。
鉄道による荷物輸送が廃止された1986年(昭和61年)に汐留貨物駅も同時に廃止となりました。

廃止の翌年の1987年(昭和62年)には国鉄分割民営化によってJR各社が発足。
旧国鉄汐留駅跡地は国鉄清算事業団へと移管されます。
折りしもバブル景気(1986年~1991年頃)が起こり都心の地価は軒並み高騰。
「地価高騰が更に過熱する」という理由から空き地のまま塩漬けとなり放置される事となりました。


そしてバブル崩壊(1991年~1993年頃)によってようやく再開発計画が始動。
1990年(平成2年)には東京新都市交通(ゆりかもめ)及び道路の都市計画が、
続いて1991年(平成3年)に地下鉄12号線(都営大江戸線)の都市計画が決定されます。

1995年(平成7年)にはゆりかもめの新橋駅(仮駅)━有明駅間が開業。
この時に汐留駅の駅構造物も建設されていますが、旧汐留駅跡地の再開発は手付かずの状態の為
駅へのアクセス道路もできていなかった為開業は保留となります。

ゆりかもめ開業の2年後の1997年(平成9年)にようやく国鉄清算事業団が
旧跡地の公開入札を実施。複数のデベロッパーに跡地は分割されて売却される事となりました。


2000年(平成12年)に地下鉄12号線の環状部の残りである国立競技場駅━都庁前間が延伸開業。
全線開通となり名称も都営大江戸線と改められます。
この時に大江戸線の汐留駅の駅構造物も建築されたものの、
依然として旧跡地は再開発途上の為に汐留信号場として開業し、
旅客駅としての開業は見送られました。

ゆりかもめの汐留駅については都営大江戸線の汐留駅開業に合わせる予定でした。
しかし大江戸線が開通した後も汐留地区の再開発は進んでおらず、
2002年(平成14年)11月にようやく汐留駅が都営大江戸線、ゆりかもめ共に開業となりました。


いちご53
こちらはJR新橋駅の汐留口の外観です。
地上の汐留口は正面目の前にご覧の地下へと下る階段があります。
いちご54
階段を下るとこちらの地下道へ。
京急グループ直営の地下ショッピング街のウィング新橋を通りぬけます。
いちご55
地下街を進むとすぐに都営浅草線の新橋駅の駅名標がある階段に。
下に降りると通路はT字に分岐しています。
いちご56
こちらは地下道の構内図です。
いちご57
右手を見ると都営浅草線の新橋駅の改札が見えます。
JR新橋駅の汐留口階段からここまででおよそ90mほどです。
いちご58
都営地下鉄の管轄の「汐留連絡通路」を通り抜け
床のタイルの色が変わると汐留シオサイトのエリアへと入ります。

いちご59
シオサイトの地下コンコース部分へと入ってすぐに右手には
日本テレビタワーとその前の広場があります。
いちご60
こちらが日テレタワー前のゼロスタ広場です。一般的には毎日、
朝夕の天気予報などで中継を行う場所としてお馴染みの場所となります。
いちご61
このゼロスタ広場の一角の柱には、ここがかつて新橋停車場であったことを示す
掲示板がベンチの上に取り付けられています。
いちご62
新橋停車場のホームはご覧の位置にありました。
ゼロスタ広場の地面にはホームと線路の場所を示すLED灯が埋め込まれています
いちご63
こちらが新橋停車場の位置を地図に書き込んだものです。
初代新橋駅のホームは全長およそ150mほどだったそうです。
いちご64
こちらは昭和通り(都道316号線)に面する旧新橋停車場駅舎です。
開業当時と同じ場所に2003年(平成15年)に再現された建物で、
国指定史跡となっており、現在は駅舎は鉄道歴史展示室となっています。
いちご65
裏手へと回り込むと駅舎建物の一部はビヤホールに。
いちご66
そして建物の南側には開業当時と同じ場所に
ホームが25mほど復元されています。
いちご67
開業時と同じ場所に復元されたゼロキロポスト。
線路も開業時に使われたものを使用して復元されています。
いちご68
そしてホーム北端にあたる復元駅舎から南を見ると
目の前には超高層ビルの汐留シティータワーが建っています。
いちご69
旧新橋停車場駅舎と一緒に2003年(平成15年)に立てられたビルは
ちょうど旧ホームの真上に建っています。
いちご70
おおよその旧ホーム跡を南に進むと
ご覧の通り汐留シオサイトの地下コンコースに出て、
ホーム南端跡であるゼロスタ広場へと抜けることができます。

いちご71
ゼロスタ広場から東側を見ると
隣接する汐留タワーの地上部が見えます。
いちご72
広場の前付近のシオサイト地下コンコース。
タワーレコードの店舗があります。
いちご73
広場前からコンコースを東側へと進むとまもなく通路はT字の交差点となり
都営大江戸線の汐留駅への階段が現れます。
ゼロスタ広場前からは100m、JR新橋駅汐留口からは300mほどの距離となります。
いちご04
コンコースの交差している付近の見取図です。
いちごa06
大江戸線汐留駅への階段前を過ぎて更に東側へと進むと
すぐ目の前が中庭となって天井が吹き抜けています。
いちごa07
こちらはカレッタ広場という名前の広場で
電通本社ビル前の地下階の中庭となっています。
いちごa08
広場にある亀の甲羅は噴水となっており、
掲示板によると中国人アーティストの作だそうです。
いちごa09
広場の北側には電通四季劇場が。
いちごa10
北側から見た広場の様子です。

いちごa11
こちらはゆりかもめが新橋駅を出てすぐにカーブを描く
都道481号新橋日の出ふ頭線の汐留北交差点です。
ゆりかもめの軌道と同じルートで都道も交差点を曲がっていますが、
この交差点の東側にC号エレベーターがあり地下コンコースと連絡をしています。
いちごa12
エレベーターはご覧の通り電通本社ビル入口の目の前にあります。
いちごa13
そして汐留北交差点から更に北側を見ると
こちらの4番出口があるのが見えます。
いちごa14
4番出口の北側には3番出口が。
いちごa15
3番出口の目の前にはパナソニック東京汐留ビル(東京本社)の入口があります。
大江戸線汐留駅の地上出口は基本的にはシオサイトの地上出口の為、
駅表記はあるものの距離は新橋駅の方が近かったりします。

いちご05
再びシオサイトの地下コンコースへと戻り、
大江戸線汐留駅の改札階への連絡階段まで戻ります。

シオサイトの地下コンコースに設けられたこちらの階段入口は
大江戸線汐留駅の入口としては一番大きく目立っているので
ここを汐留駅と認識する人は多いと思われます。
いちご06
階段前の光景です。
コンコースが交わる付近は周辺のビルの広場と併せて
大きな地下広場となっています。

いちご07
地下コンコースの階段へ戻り、下って改札階へと向かいます。
いちご08
こちらが汐留駅の新橋駅方面改札口の改札前の光景です。
いちご10
改札脇にある自動券売機。
いちご18
券売機の奥の東側には、南側改札へと通じるご覧の連絡通路があります。
これは北側改札前までエレベーターで降りてきた車椅子等の乗客が
南側にのみあるホーム階へ下りるエレベーターへと向かう動線通路として機能しています。
いちご09
自動改札の並ぶ改札口には有人窓口も設置されています。

いちご11
改札内の光景です。
入ると正面向かい側にホームへ下る階段があります。
いちご12
ホーム北端と北側の改札を連絡する階段。
いちご13
こちら側のホームは端の線路際がルーバー状の仕切りで仕切られており
電車の停車場所まで数十メートルが通路状となっています。
いちご14
ホームの様子です。島式ホーム1面2線となっており
1番線がA線(内回り)、2番線がB線(外回り)となっています。
いちご15
こちらはホームの南側階段付近の光景です。
位置的には環二通りの真下付近でゆりかもめの汐留駅へ連絡する階段となります。
いちご74
階段の間にはホーム上のエレベーター乗降口があります
改札階とホームとを連絡するエレベーターはこの一基のみです。
いちご75
ホーム南端。
このあたりはゆりかもめの駅舎のちょうど真下付近となります。
いちご16
汐留駅のホームはホームドアが設置されていますが、
これは2011年(平成23年)10月に置かれたものです。
いちご52
ご覧の通りホームドアには電車接近のLED表示板がついています。
大江戸線では2013年(平成25年)に全ての駅でホームドア設置が完了しています。
いちご17
最近はホーム上ではあまり見かけなくなった飲み水用の給水栓が
消火栓の裏側に設置されていました。

いちご49
そしてホーム北端の1番線側(西側)を見ると
ご覧の様に留置線があるのが見えます。
いちご76
階段の裏側にも引き上げ線が。
いちご50
本線から分岐した線路は1番線の壁の向こう側へと延びているのが見えます。
分岐した線路には大江戸線リニア用のリアクションプレートはありません。
いちご51
この分岐した線路は全長450mの汐留連絡線という線路で、
大江戸線と浅草線を連絡している単線の線路です。
浅草線の馬込車両基地で大江戸線の車両は検査を受ける為、
こうして連絡の線路が設けられています。


いちご77
シオサイトの地下コンコースに面する階段まで戻り、
階段脇のコンコース通路を南側へと向かいます。
いちご78
階段の裏手(南側)にあるコンビニ。
いちご79
コンビニの反対側(西側)もコンコースの一部で通り抜けができ
電通本社ビルへの出入口が通じています。
いちご23
南側には改札階へと下る階段があり
下ると改札階のB2Fフロアとなります。
いちご20
こちらは階段付近の構内図です。
「地下部B2F」と書かれているのが降りた先の改札階です。
いちご21
この改札階フロアはご覧の通り広場の様になっています。
ちょうど汐留駅ホームの中央部付近の真上にあたるこの広場からは
北側南側の両方の改札口へと連絡しています。

いちご24
広場の南側の階段の両脇には階段裏手へと抜ける通路があります。
いちご25
通路入口には汐留駅の案内表示があり、進むと改札前へと通じています。
こちらは階段の左(東側)の通路の様子です。
いちご81
同じく右側(西)の通路。
こちらの改札前とB2F連絡通路とは時計回りの一方通行となっており
出札の降車客と入場の乗車客との動線が分けられています。
いちご80
汐留駅方面改札口の改札前の様子です。
改札階の階段裏手にご覧の改札前スペースがあります。
いちご27
こちらが汐留駅方面改札口。自動改札と有人カウンターが置かれており、
精算機の横には駅事務室の入口があります。
いちご28
改札内の様子です。
正面奥へと通路が延びておりホームへの階段と連絡しています。
いちご29
通路の途中にあるパブリックアート。
大江戸線では各駅にこうしてパブリックアートが展示されています。
汐留駅には漆芸家の高橋節郎氏による陶壁レリーフ「日月星花」が。
いちご30
アートの先に進むとトイレに突き当たり、
横にホームへの階段とエスカレーターがあります。
いちご31
階段はホーム南端へと連絡。


いちご82
汐留駅方面改札口からB2Fの連絡広場へと戻り、
広場の南側の階段を上がります。
いちご83
ちょうど汐留駅方面改札口の真上付近となるこちらは
ゆりかもめの汐留駅へと連絡する南側の地下広場となります。
いちご84
広場は環二通りの汐留交差点の南側付近にあり、
真上にゆりかもめの汐留駅駅舎がある場所となります。
いちご85
広場の南東角にある9番10番出口への地上連絡階段。
いちご86
こちらは南西角にある7番8番出口への連絡階段です。
いちご87
広場東側の階段前にある汐留メディアタワーへの連絡出入口。
「こもれび広場」と題された中庭からビルへと入る事ができます。
いちご88
中庭にはコンビニが設置されており、
広場の反対側からも駅の地下広場へと入る事ができます。

いちご32
こちらは地上の汐留交差点の光景です。
いちご89
ゆりかもめの軌道が中央に走る道路が都道481号新橋日の出ふ頭線、
東西に交わっている道路が環二通りとなります。
いちご33
その汐留交差点のすぐ南にあるのがこちらのゆりかもめの汐留駅です。
ご覧の通り道路を跨いだ橋上駅舎となっています。
いちご90
駅舎の西側の都道の歩道にはこちらの大江戸線汐留駅8番出口があります。
いちご91
そして8番出口の北側にはもう一つの出入口があります。
いちご92
こちらは大江戸線汐留駅7番出口
ゆりかもめ汐留駅への階段の西側出入り口となります。
いちご93
こちらが7番出口。
下ると7番出口の階段と合流して地下の連絡広場へと通じています。
いちご94
その7番出口の正面に屋根続きであるのが
ゆりかもめ汐留駅へと連絡している西側の2A階段です。
いちご95
階段の裏手の北側にはベデストリアンデッキへと上がるエレベーターが。
いちご96
2A階段を上がった上は汐留駅の西側とペデストリアンデッキとが
ご覧のように接続しています。

いちご97
反対側である駅舎の東側です。
こちらも都道の歩道に地下連絡広場への階段があります。
まずこちらは南の大江戸線汐留駅10番出口
いちご98
そのすぐ北側には地下への入り口と上へ上る階段が見えます。
いちご99
こちらが大江戸線汐留駅9番出口です。
10番出口と9番出口の階段は途中で合流しています。
いちごa01
9番出口と向かい合わせのゆりかもめ汐留駅1A階段です。
こちらも9番出口と屋根続きとなっています。
いちごa02
更にその北側の、汐留交差点に面する角にエレベーターが。
いちごa03
エレベーターを上がるとこちらのペデストリアンデッキへと出る事ができます。
向かい側に見える階段は先ほどの1A階段です。
いちごa05
1A階段上はちょうど駅東側の駅舎コンコースと
ペデストリアンデッキの連絡口となります。
デッキ側から見るとご覧の通り駅舎の東側の入口に。
いちご35
中に進むとコンコースの中央南側に改札口があり
その脇には自動券売機が設置されています。
いちご36
反対の西側から見たコンコースの光景。
いちご37
改札はこのコンコースに面した1箇所のみで、
自動改札が並び有人窓口が設けられています。
いちご38
こちらは改札内の様子です。
橋上駅舎の2階部分が改札内の通路となっており、
3階のホーム階への階段に連絡しています。
いちご39
俯瞰で見た改札前。
いちご40
改札前の階段の脇には、奥への通路が延びており
エスカレーターへと通じています。
いちご41
こちらが駅のホームの様子です。島式ホーム1面2線となっています。
1番線が下り線豊洲方面行き、2番線が上り新橋方面行きホームとなります。
いちご42
ホーム南端から見た南側の光景。正面に見えるのがウインズ汐留で、
その奥の高層ビル群は浜松町駅から大門駅付近ものです。
いちご43
両側のホームともにフルスクリーンのホームドアとなっています。
ホームの真ん中にベンチが置かれていますが駅名標は無く、
駅名が書かれているのはホームドアにのみとなっています。
いちご44
中央部付近は階段もあり乗降客もあつまる場所なのでベンチはありません。
エレベーターはホームの北端に設置されています。
いちご46
ホーム上のエレベーター乗降口。
ちょうど改札の正面へと通じています。
いちご45
北端から見た駅の北側の光景です。
軌道の右手に見えるのが電通本社の入るカレッタ汐留、
左には資生堂の入る汐留タワーが見えます。
汐留タワーのすぐ後ろの日テレタワーにはジブリの大時計が。
いちご47
階段は2つありますが一つは上り専用のエスカレーターであり、
改札前へと下る階段とで乗車客と降車客の動線が分けられています。


いちごa29
こちらはゆりかもめ汐留駅から南に150mほどの距離にある、
JRの線路の反対側にあるウィンズ汐留の建物です。
いちごa30
このウインズの西側に汐留西公園というご覧の広場があるのですが
こちらに新橋停車場の転車台跡の敷石が移設されています。
いちごa31
ビル街の狭間の広場はご覧の通りタイルで舗装されています。
いちごa32
その広場の中央付近に円形に敷石が埋め込まれており、
円の中央には説明板がはめ込まれていました。
いちごa33
説明版の記述によると転車台があったのは、
ゆりかもめが90度のカーブを描く新橋駅━汐留駅間の
電通本社ビル前の汐留北交差点付近だった様です。



■モデル車両: 東京都交通局E5000形電気機関車
いちご02



いちごa16
こちらは都営大江戸線を走る12-000形電車です。
大江戸線が都営12号線として開業した1991年(平成3年)から走る電車で
鉄輪式リニアモーター駆動方式で走る車両です。
いちごa17
大江戸線の車両は車体の下にご覧の誘導機があり、
線路側のリアクションプレートとの磁力によって推進力を生み出しています。
いちごa18
こちらの線路中央にあるのがリアクションプレートです。
リニアモーター駆動方式は前年の1990年(平成2年)に
大阪市営地下鉄(現:Osaka Metro)の長堀鶴見緑地線で採用されていますが
関東では大江戸線が初となります。

いちごa20
大江戸線の列車が所属する車両基地は木場車両検修場でであり、
当初は車両検査も木場で行う予定でした。
しかしコストの問題などから大江戸線車両の検査に関しては
都営浅草線の馬込車両検修場で行うこととなっています。
いちごa19
しかしながら都営浅草線は通常のモーター駆動方式の路線ですので
軌道にリニアのリアクションプレートは設置されておらず、
リニア推進の大江戸線の車両が浅草線の線路を自走する事はできません
いちごa23
またこちらは左が浅草線5300系、右が大江戸線12-000系の車両ですが
並べて見ると浅草線の車両が大きく大江戸線の車両が小さいのが分かります。
リニアで小型化した為大江戸線の列車は小さいので
浅草線の大きな車両は建築限界が理由で大江戸線を走れません

こうした理由から、大江戸線の車両が馬込車両検修場に検査行くには
他の車両に牽引していもらう必要があります
いちごa21
その為に作られたのがこちらのE5000形電気機関車となります。
車両は大江戸線と浅草線の両線を直通できる牽引用の電気機関車として
2005年(平成17年)3月に2編成4両が川崎重工で作られました。

東京都交通局へと搬入された電車は大江戸線や浅草線で試運転や訓練を繰り返した後に
2006年(平成18年)4月1日に車籍を取得。都営浅草線馬込車両検修場所属となり、
日本の地下鉄では唯一の車籍を持つ機関車となっています。
いちごa24
駅メモのエクストラでんこの汐留いちごの誕生日が4月1日に設定されていますが
これはE5000系の車籍の入籍日が元ネタ
であると思われます。
いちごa25
また大江戸線と浅草線を連絡する
汐留連絡線が完成し使用を開始したのも2006年(平成18年)4月1日
なのですが、
こちらも汐留いちごの誕生日設定由来と関係があると思われます。
E5000系機関車の特性を考えると苗字の「汐留」の由来は汐留連絡線かもしれません

いちごa22
こちらが東京都交通局E5000系電気機関車の外観です。
車体の塗色にはストロベリーレッド(    が使用されていますが、
これはE5000系が走る浅草線ののローズ(    と大江戸線のルビー(    
二つの路線のラインカラー中間の色を採用したのだそうです。
汐留いちごの名前の「いちご」の由来は車体塗色のストロベリーからと考えられています。

E5000系は2両編成でお互いの車両は永久連結で連結されています。
いちごa26
こちらは西馬込方のE50-MC1です。
E5001とE5003の二両がこちらに該当します。
一番の特徴は屋根にパンタグラフが2基搭載されている点で、
どちらも浅草線用のシングルアーム形となっています。
いちごa27
汐留方のE50-MC2です。
こちらの車両はパンタグラフは大江戸線用の1基のみの搭載となります。

いちごa28
連結器は高さが可変式となっており、
大江戸線用(550mm)から浅草線用(880mm)へと調整する事ができます。
他にも保安装置(浅草線用:C-ATS、大江戸線用:新CS-ATC)、
列車無線(浅草線用:誘導無線 (IR) 、大江戸線用:空間波無線 (SR) )など
様々な機器や装置が異なる二つの路線に対応できるよう両方の機器が搭載されています。
E5000系モチーフの汐留いちごの設定が中二病の二重人格となっているのは
こうした二面性が反映されたもの
と言えるでしょう。

【写真撮影:2019年11月】

でんこの元ネタ
■EX No.26 ジン・ティエン(金 天:Jin Tian)
 ■タイプ:トリックスター
 ■誕生日:5月10日

■出身駅: なし(路線としては浜海快速 天津開発区導軌電車1号線 )
ティエン01


天津経済技術開発区は1984年(昭和59年)に
国務院(行政の最高府で日本の内閣に相当)の認可を経て設立された
中国最初の国家級開発区の一つです。
ティエン02
【上写真:鄧小平揮毫の「開発区には大きな希望がある」と書かれた石板】
当時の中国の最高指導者である鄧小平は「四つの近代化」を掲げた
市場経済体制への移行を進める政策を採りました。
こうしたいわゆる「改革開放」路線の中で、
先進国や華僑の資本を取り入れる為に沿岸部都市に設けられたのが
外資に経済特区並みの優遇措置が取られた経済技術開発区です。

国を挙げてインフラを整え外資を招いた結果、天津の開発区には3000以上の外国企業が入り
主に電気電子、化学、食品、医薬などの産業が立地する区域へと発展しました。
現在でも中国有数の工業地帯となっています。


「天津経済技術開発区」を英語で書くと
「Tianjin Economic-Technological Development Area」となり
頭文字で略すと「TEDA」となります。これに漢字を充てたのが「泰達」です。
この「TEDA」と「泰達」は天津経済技術開発区を示す地名としても使われています


天津経済技術開発区の建設が開始されたのは1984年(昭和59年)12月6日のことで、
中国共産党天津市委員会の決議と中央政治局の計画批准に拠ります。


そして開発区が発展すると、居住者の生活の質と利便性の改善の必要が生じ
公共交通システムの設置の必要性が高まりました。
その為2004年(平成16年)には設置に関するヒアリングが行われます。

候補にはバス、トロリーバス、トラム(路面電車)などが挙がったものの
ほとんどの住民や識者は路面電車案を支持。
これを受けてフランスロールインダストリー(Lohr Industrie)
2001年(平成13年)に開発したトランスロール(translohr)という
ゴムタイヤ式LRTが選定されました。

ティエン03
2005年(平成17年)9月より建設工事が始められ、
開発区の設立22周年記念日にあたる
2006年(平成18年)12月6日に天津開発区導軌電車1号線が開通
浜海新区での鉄道建設のパイロットプロジェクトとして
総投資額1億9000万元をかけて建設された路線の開通式典が行われ、
トランスロール車両が実際に街での走行を開始しています。

今後のトランスロール導入の試験を兼ねる意味合いもあったことから
開通後もしばらくは試験線として乗客を乗せない無負荷試験運転を重ね、
実際に旅客運転を開始したのは2007年(平成19年)5月10日のことでした。

駅メモのエクストラでんこのジン・ティエンの誕生日が5月10日に設定されていますが
これは導軌電車1号線の旅客営業開始日が元であると考えて良いでしょう。


ティエン04
トランスロールは同時期に欧州でも先行して導入が進められており、
クレルモン=フェラン(仏・2006年10月開業)、パドバ(伊・2007年3月開業)などで
同時期に営業運転が開始されています。
その後も上海(中国)、ヴェネツィア(伊)、サンドニ-ガルジェレゴネス(仏)など
欧州を中心に複数の都市で導入されています。
ティエン05
また日本でも大阪の堺市でトランスロールの導入計画がかつてはありました。
堺市では沿岸部の工業地帯である堺浜と中心市街地を東西に結ぶ通称「東西鉄軌道」を計画し、
三井物産の主導によって新日鐵堺製鉄所の敷地内に「堺浜試験線」を作り
一般非公開でトランスロールの実車を使った技術試験を行っていました。

ご覧の通り、天津と同じ金色の車両が大阪で実際に走行をしていましたが、
2009年(平成21年)の堺市市長選でLRT導入反対派の市長が当選。
計画は白紙となり堺浜試験線の設備も撤去されました。


ティエン08
こちらは天津開発区導軌電車1号線(トランスロール)の路線図です。
泰達站からほぼ一直線に7.86kmの距離を走り14駅が設けられています。
ティエン15
起点となる津浜軽軌洞庭路站(泰達站)です。
名前の通り天津地鉄9号線と呼ばれる津浜軽軌の泰達站の駅舎があり、
その横にトランスロールの電停が設けられています。
相対式・島式ホーム2面2線の電停となっており、駅舎側が乗車ホーム、
反対の島式ホームが降車ホームとなります。
ティエン16
泰達站の駅名標。

ティエン17
導軌電車1号線はそのほとんどを、天津経済技術開発区を南北に走る
洞庭路という道路の中央を走っています。

ティエン18
そして導軌電車1号線の北端にあたる終点の学院区北站です。
こちらは島式1面2線のホームとなっています。
ティエン19
導軌電車1号線の走る洞庭路は天津科技大学泰達キャンパスの敷地中央部を通っており、
終点の学院区北站もご覧の通り大学の敷地に囲まれた中にあります。



■モデル車両: 浜海快速 天津開発区導軌電車(トランスロール)STE3形
ティエン06


トランスロール(Translohr)はフランスのロールインダストリー(Lohr Industrie)が
2001年(平成13年)に開発したゴムタイヤ式の超低床式路面交通システムです。
中国語では「有軌電車」と訳されています。
ティエン07
車両は軌道の中央に敷設される1本のレールを案内軌条としており、
床下にあるガイド輪が案内軌条を挟み込むことで車両を導いています。
ティエン09
車両の外観です。
LOHR Translohr STE3の車体は欧州で走るトランスロールと同じ形であり、
車体は金色(    に塗られています。

トランスロールをモチーフとしているでんこのジン・ティエンの
苗字のジンが漢字では「金」ですが、これは車体色が由来
ではないかと考えられています。
ティエン(天)の方は恐らくは「天津」の天でしょうか。
ティエン10
車内の様子です。1人掛けと2人掛けのシートが配置されており、
3両編成ヴァージョンでは167名の定員となっています。
ゆったり幅広に作られたシートは壁で固定されており座席下の床には何もありません。
ティエン11
編成の両端と中央部に乗降扉が設けられており、
天津では中央部が乗り口、両端が降り口となります。
中央の乗り口には料金箱があって乗車時に2元を支払います。
ティエン12
乗降扉のボタンです。
扉は半自動となっており、降りる乗客がボタンを押すと扉が開きます。
ティエン14
乗降口の上にある路線図。
ティエン13
こちらは運転席の様子です。
車両のコントロールは目の前にあるキーボード形の制御版で行い、
盤の前にあるのが中央モニターで速度などが表示されます。
基本的に案内軌条に導かれて走行するのでハンドルはありません。

でんこの元ネタ
■EX No.27 ツー・スイラン(紫 翠蘭:Zi Suiran)
 ■タイプ:サポーター
 ■誕生日:9月9日

■出身駅: なし(路線としては秦皇島山海観光鉄道)
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秦皇島の名前は秦の始皇帝が紀元前215年にこの地を巡察し駐屯した事が由来であり、
地名に皇帝の名を頂いた中国唯一の都市となります。
戦国時代には燕国、漢の時代には幽州に属していた地域であり、
現在は河北省の東端の秦皇島市となっています。


京奉鉄道(京奉鉄路)は北京から山海関を経て奉天 (瀋陽) に至る
全長847kmの鉄道で、1911年(明治44年)に全線が開通した
中国で実質的に最古の鉄道です。

1898年(明治31年)に秦皇島港が開港すると石炭輸送の需要が高まり、
これを受けて1915年(大正4年)に京奉鉄道から南に鉄路が延伸されました。
これが柳江鉄道という軌間762mmのナローゲージ路線で
以後延長や改修が行われ、秦皇島港から秦皇島市街地までの
およそ23kmあまりの鉄道路線となります。

また1923年(大正12年)には同じくナローゲージの長城鉄道
長城炭鉱の石炭輸送鉄道として建設され、
この二つの地方鉄道路線が山海観光鉄道の前身となります。


1943年(昭和18年)には太平洋戦争によって柳江鉄道の線路はゲリラに破壊され停止。
その後1948年(昭和23年)に秦皇島が解放されると
残った長城鉄道は河北省で運営されている唯一の地方鉄道となります。

しかし頼みの長城炭鉱の資源が枯渇したことから1950年(昭和25年)に炭鉱は移転。
貨物や人員の輸送需要が無くなった長城鉄道は発展する港湾の需要を見込んで
1952年(昭和27年)に路線の南側を海沿いの旧柳江鉄道の路盤へと移転。
併せて中国国鉄に合わせた軌間1435mmの標準軌へ改軌を行っています。
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道路の発達していなかった時代には秦皇島地方鉄道となったローカル鉄道は
都市部と農村部の間を移動する人や物資の主要な選択枝となりました。
しかしモータリゼーションが進んだ上に、秦皇島市の急速な経済発展で市街地が拡大し
街のメインストリートを鉄道が横切るという状況が発生。
街の発展に貢献した鉄道は次第に開発や交通の障害へと成り下がったのです。


断続的に小型鉄道の撤去の要求が上がる中で秦皇島市の委員会と市政府は
2016年(平成28年)に地方鉄道移転プロジェクトを発足。
既存の鉄道を利用して秦皇島の観光産業の発展を目指すという
山海観光鉄道プロジェクトが行われる事となったのです。
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こうして生まれたのが中国初の観光鉄道である山海観光鉄道です。
観光鉄道の建設にあたっては、既存の鉄道施設の改修リニューアルや新設の他に
3万7千本の樹木、60万本の灌木(低木の植え込み)、
556,000平方メートルにわたる花壇の整備などを行い
沿線の違法建築物やごみの撤去など非常に中国らしい大規模な工事が行われました。
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【上写真:9月9日に試運転を行う秦旅山海号】
山海観光鉄道が開業したのは2017年(平成29年)9月9日となります。
初日には機関車に引かれた秦旅山海号の客車が路線を走って試運転を行っています。
秦皇島市民対象の無料の試乗会を行って「秦旅山海号」は本線上で試運転を重ね、
実際に旅客営業を開始したのは9月23日からでした。

駅メモのエクストラでんこのツー・スイラン(紫翠蘭)の誕生日が9月9日であるのは
山海観光鉄道の開業日が元
であると考えて良いでしょう。


余談ですがツー・スイランは漢字で書くと紫翠蘭ですが
中国で使われる簡体字ではスイラン28となります。
読み方はピンインでは「Zi Cuilan」となり
カタカナ読みでは「ツー・ツゥイラン」といったところでしょう。
しかしゲーム内では「スイラン(Suiran)」と何故か日本語読みで表記が成されています。
確かに翠蘭を「スイラン」と日本語読みした方が馴染み易いと思いますが
一人だけ日本語読みと不統一であるのは気にかかる点ではあります。


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上の図は山海観光鉄道の路線図です。
秦皇島の沿岸部と山間部を繋ぐ路線で沿線の数多い名勝や観光地を連絡しています。
以下で主な駅について見てみたいと思います。

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こちらが山海観光鉄道の起点となる秦皇島港老碼頭站(開埠地站)で、
日本語で書くと「秦皇島旧ターミナル駅(開放港駅)」となります。
元々は秦皇島港の発祥の地であり石炭埠頭の鉄道管制室だった場所でしたが
2013年(平成25年)に埠頭は閉鎖されており、
跡地を歴史的文化的遺産として整備したものです。
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この観光鉄道駅は海から55mという距離にあり、
目の前の古い桟橋はファッショナブルなオープンポートアベニューとなり
海はエンジェルベイと名付けるなど古い桟橋全体が観光資源へと作り変えられています。

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中間駅となる東徐莊站です。
山海観光鉄道で新設された3つの駅のうちの一つとなります。
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この駅は観光鉄道敷設にあたって駅周辺に32ヘクタールの広大な花畑を造成しており、
ご覧の通りの大規模総合観光体験パークとなっています。

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そしてこちらが終点となる板廠峪站です。
南端の秦皇島港からはおよそ41kmの距離にあり、
万里の長城の東端のある山間に駅はあります。
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こちらは板廠峪站の横にあるチケットセンターで
駅の発券業務もこちらで行われています。



■モデル車両: 秦皇島山海観光鉄道 東風4D(DF4D)4000系-4406「秦旅山海号」
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秦皇島山海観光鉄道の機関車である東風4D形(DF4D)ディーゼル機関車
元々は中華人民共和国鉄道部(中国国鉄)の開発した気動車です。

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【上写真:東風4D(DF4D)ディーゼル機関車】
中国鉄道省は鉄道輸送の競争力を向上を目指して5ヵ年計画を実施。
大規模な高速化を実施する為に中国中車の大連機関車で
1996年(平成8年)に開発されたのが東風4D旅客機関車となります。
最高速度145km/hの車両は2003年(平成15年)に製造を終了するまでに
計575台が量産されており、現在も各地で見かける中国の代表的な機関車です。

そして大連機関車では東風4D旅客機関車をベースとして東風4D貨物機関車を開発。
1998年(平成10年)より量産を開始しています。
この貨物用機関車は4000系として付番されており、
いわば東風4D(DF4D)4000系となります。
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秦旅山海号の車両番号を見るとDF4D-4408と付番されており、
4000番台であることから元は貨物用の機関車であったことが分かります。

元々は中国国鉄の丹東で稼動していた機関車を山海観光鉄道で購入した様で、
外装を塗り直すなど観光用にリニューアルされて現在の姿となっています。

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5両ある客車は車体のベース色として
中国伝統文化の中でも高貴な色とされる紫(    を用いています。
そしてその紫色の車両側面には沿線に数多い観光名所の中から
12の風景が選ばれて描かれています。

また列車のメインテーマが「愛」となっており、
各車両ごとに個別にテーマが設けられて天井に油絵が描かれています。
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「一見鍾情」
一目惚れ。多くの野鳥を見ることができる北戴河区の国家湿地公園がモチーフです。
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「比翼雙飛」
二羽の翼(仲が良い夫婦)。青を基調に空を舞う双子のカモメが描かれています。
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「花好月圓」
花と月(夫婦円満)。万里の長城の山海関をモチーフに花と満月を描いています。
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「海誓山盟」
海の誓い(お互いに永久に変わらぬ愛)。渤海に突き出る万里の長城の東の端である
老龍頭をモチーフとしており、秦皇島の北部山岳地帯を望む海の光景を描いています。
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「百年好合」
何百年もの調和(生涯一緒)。渤海に面する高級リゾート地である
北戴河の変わらぬ夕景がモチーフとなっています。

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座席の背もたれには折りたたみのテーブルがあり、
テーブルの裏には秦皇島の観光地の写真が貼られています。
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また車両の妻面の壁や通路などには昔の秦皇島の写真が掲示されているなど
観光列車として秦皇島をアピールする姿勢がうかがえます。
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そして観光列車である秦旅山海号の車内では
四川の川劇やさまざまなアトラクションが行われ乗客を楽しませています。


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また2018年(平成30年)には秦旅山海号にご覧の緑色の車両が追加されており、
座席や内装に木を使ったアンティーク調の車両となっています。
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革張りのソファが置かれたVIPルームの車両も。


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【上写真:嵯峨野観光鉄道トロッコ列車、門司港レトロ線トロッコ列車】
廃線の鉄道路線を観光路線へと転用する事例といえば
日本では嵯峨野観光鉄道(1991年(平成3年)開業:JR山陰本線の付け替え廃止旧線を利用)や
門司港レトロ観光線(2009年(平成21年)開業:港湾の貨物線廃線を利用)などがあります。
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また2000年代初頭から日本では観光列車が次々と誕生して
「列車に乗ること自体が目的」というコンセプトを生み出します。

今回の山海観光鉄道の誕生からの経緯を調べてみると、
「時代の波に押されて衰退した鉄道に新たな付加価値を与えて観光資源化する」
という手法が日本の各地の観光列車と同じ発想であることが分かりました。
時期を考えても秦旅山海号が日本の事例を参考にした事は明らかだと思います。


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秦皇島山海観光鉄道の秦旅山海号については以上となります。
追加の情報などがあれば追って追記したいと思います。

では。

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