さて、大船渡線のBRT区間の続きです。
陸前高田駅から盛駅までの区間について書きたいと思います。
JR大船渡線〔BRT区間〕(気仙沼~陸前高田)はこちら。
陸前高田駅を出た大船渡線BRTは、
かつての陸前高田市内を抜けて走る事となります。
まちなか陸前高田駅。
こちらは大船渡線の鉄道運用時には存在しなかった駅であり、
陸前高田市の請願駅として2017年(平成29年)4月に開業した新駅です。
正式な扱いではJRの臨時駅となります。
上り線下り線ともに同一の乗降場を使用しています。
駅の作られた場所は陸前高田市の津波で壊滅した旧市街の中心地付近にあたります。
乗降場の目の前には「アバッセたかた」という大型商業施設が開業しています。
地図を見ると分かる通り
付近にはかつての市役所や陸前高田駅があった場所ですが、
現在は津波でほぼ更地となっており、
やっと再開発が始まった地域となっています。
BRT乗降場からショッピングモールの反対側を見ると
ご覧の通り一面の平地を造成中でした。
高田高校前駅。
この駅は2013年(平成25年)の大船渡線BRTの仮復旧時には無かった駅ですが、
2015年(平成27年)3月にこの地に県立高田高校の新校舎が移転したことに併せて
新駅として開業した駅です。
当然ながらBRTでの新駅であり、鉄道時代に大船渡線には存在しない駅でした。
こちらの駅も正式にはJRの臨時駅となります。
こちらは県道141号線(高田街道)から県立高田高校へと向かう道です。
この分岐の前後にBRTの乗降場が設置されています。
岩手県交通バスが「高田高校前」バス停として使用している場所に
BRTの駅も併設される形となっています。
上り気仙沼方面行きの乗降場。
駅の南側すぐには、高校の新校舎へとつながる通路が設けられており
通学の学生の姿を見ることができます。
こちらが駅の座標の位置です。
Googleで示されている高田高校前駅の位置に
駅メモの駅座標も設定されています。
このあたりは道が付け替えられており、
実際の乗降場所とはご覧の通りずれてはいますが
駅へのアクセスには大きな影響は無いでしょう。
高田病院駅。
鉄道時代の大船渡線には無かった駅ですが、
2013年(平成25年)の大船渡線BRTの仮復旧時に新設された駅です。
BRTでの仮復旧時に地元自治体の陸前高田市が
JR東日本へと出した運行ルート案を元に新設されました。
こちらは下り盛方面行き乗降場で、待合スペースが設けられています。
反対側の上り気仙沼方面行き乗降場。
こちらが駅乗降場の南にある、
駅名の由来である岩手県立高田病院です。
元々は陸前高田市の中心街にありましたが
現在こちらにあるのは仮説の診療所と病棟であり、
2017年(平成29年)度開院を目指して
2.5kmほど西の高台に新しい病院が新築中です。
駅メモでの駅の座標はご覧の通り乗降場の場所に設定されていますので
アクセスに関しては問題が無いでしょう。
脇ノ沢駅。
1933年(昭和8年)に大船渡線の駅として開業した駅です。
東日本大震災で駅施設が壊滅的な打撃を受け、
2013年(平成25年)の大船渡線BRT仮復旧の際には
1.7kmほど北東の県道38号線(アップルロード)上に移設されています。
こちらは下り盛方面行き乗降場。
上り気仙沼行き方面乗り場。
こちらは駅名のポールのみが立っています。
駅メモでの駅座標はBRT乗降場に設定されていますので
アクセスには特段の問題は無いでしょう。
そしてこちらが鉄道時代の大船渡線の脇ノ沢駅の旧駅跡です。
先ほども書きましたが、
BRT脇ノ沢駅からは1.7kmほど南西の沿岸部に旧駅跡はあります。
敷地の一角の境界杭が、ここが鉄道用地であることを知らせています。
旧駅の駅前付近の様子。
コンクリートの基礎部分のみが残っています。
ホームの様子。
単式1面のホームの遺構が残っていますが
雑草が覆い茂ってしまっています。
駅から海岸方向を見るとご覧の通り、目の前が港になっています。
この駅は2011年(平成23年)の東日本大震災で壊滅していますが
1960年(昭和36年)のチリ地震でも6m級の津波を浴びて冠水しているそうです。
駅跡のすぐ東には踏切の遺構が残っており
確かにここに鉄道が走っていたことを示しています。
小友駅。
大船渡線の鉄道時代の1933年(昭和8年)に開業をした駅です。
こちらは上り気仙沼方面行き乗降場。
この駅も東日本大震災では津波で駅が流出しており、
2013年(平成25年)3月の大船渡線BRT仮復旧によって
駅跡付近の市道に乗降場が設置され営業が再開されました。
そして一ヵ月後の4月には小友駅付近の線路や駅舎跡の鉄道用地が
BRT専用道として整備され、旧駅舎のあった場所に乗降場が移設されています。
こちらは下り盛方面行き乗降場。
上りと下りの乗降場は相対式に設置されています。
こちらが現在のBRT乗降場の南側からの光景。
かつての旧駅の駅前広場でもある場所です。
写真で見える建物はBRTの上り線の乗降場ですが、
鉄道時代の小友駅の駅舎もほぼ同じ場所に建っていました。
鉄道運行時の小友駅は相対式2面2線の駅だったそうですが、
BRT専用道の南側を見ると乗降場の左右には
ご覧の通りかつての上りホームと思しき遺構が残っていました。
そしてBRT専用道の北側にも土の盛りが確認できます。
こうして見るとBRTの下り乗降場も
かつてのホームの場所に設置された事が分かります。
BRTの乗降場は旧駅舎の場所に設置されているので、
駅の座標も乗降場と同じ場所に置かれています。
碁石海岸口駅。
この駅は鉄道時代の大船渡線には存在しなかった駅です。
2013年(平成25年)3月の大船渡線BRT仮復旧時にもこの駅はありませんでしたが、
地元の要望による大船渡市からの請願によって
2013年9月の小友駅━大船渡駅間BRT専用道開通に併せて
駅が専用道上に設置されました。
こちらは下り盛方面行き乗降場。
駅は上下線の乗り場が専用道の両脇に
相対式2面1線の形で設置されています。
上り気仙沼方面行き乗降場です。
駅は踏切の脇に設置されています。
BRT専用道なので遮断機はバスの側に。
駅前のスペースには駐車禁止の文字がペイントされていました。
こちらが駅メモによる駅座標の位置です。
旧鉄路を再利用したBRT専用道にある駅乗降場からは、
座標の位置は150mほど北西にずれています。
これはなぜかGoogleの駅マークがずれており、
そのまま同じ場所に座標を設定した為だと思われます。
駅へのアクセスには大きな影響は無いでしょう。
細浦駅。
1933年(昭和8年)に大船渡線の延伸によって開業した駅です。
東日本大震災によって港に近い駅は流出の被害を受け、
2013年(平成25年)3月の大船渡線BRT仮復旧時に近くの県道上に仮復旧。
そして9月にBRT専用道が開通すると旧駅付近に移設されて現在に至ります。
こちらは上り気仙沼方面行き乗降場。
下り盛方面の乗降場です。
相対式に設置された乗降場は
専用道上に設けられた緑の通行帯で連絡しています。
駅の外観。
東側から駅を見てみると、手前になにやら
コンクリートの構造物か見えると思います。
BRT乗降場の北側を見てみると
なにやら「細浦」と書かれた構造物が。
こちらが鉄道時代の細浦駅の旧駅の遺構です。
近くの市道にある岩手県交通バスの細浦駅前停留場。
バス停の先に、駅へと至る道があります。
かつての駅前広場。
駅舎のあった付近の様子です。
築堤上に残るホームの遺構。
すぐ横にはBRT専用道が走ります。
ホームから駅前広場を見下ろすと
港がすぐ目の前にあることが良く分かります。
下船渡駅。
1934年(昭和9年)9月の細浦駅━大船渡駅間延伸によって開業した駅です。
こちらは気仙沼方面行きの上り乗降場。
東日本大震災で高台にあったこの駅は流出は免れたものの、
大船渡線自体が全線で不通となって休止しました。
2013年(平成25年)3月の大船渡線BRT仮復旧によって
国道側の西側駅前に駅を仮復旧。
9月に小友駅━大船渡駅間のBRT専用道が供用開始されたことによって
この駅も旧駅のあった場所に移設されました。
こちらは下り盛方面行き乗降場。
駅はご覧の通り相対式に設置されています。
手前の出入口はBRT専用道の延伸の際に
一時期この駅の横からBRTが一般道に出入りしていた時のものです。
現在の駅舎ができるまではここに停留場が設置されていました。
こちらは駅を東の県道側から見た光景。
駅舎は東側にあったのでこちら側が駅の出入口となっていました。
ご覧のスロープ状の坂と階段は鉄道時代から使用されているものです。
高台の上に上がると駅前の広場が。
駅舎の外観です。
震災前から使っていた駅舎ですが、震災で浸水こそしたものの
津波による流出は逃れたことからリニューアルされて
そのままBRTの待合室として使用されています。
そして駅の南側には駅の敷地であった鉄道用地が広がっています。
こちらが駅メモでの駅の座標の位置です。
現在の駅舎を利用した乗降場が出来る前の、
仮復旧時に乗り場が設置されたかつての裏口に座標が置かれています。
Googleの駅マークがこの位置ですので単純に合わせたものと思われますが、
現用の駅の位置とは数mのズレですので問題は全くありません。
大船渡魚市場前駅。
鉄道時代の大船渡線には無かった駅であり、
気仙沼市の新駅設置の申し入れに基づいて
(仮称)唐桑大沢駅として整備が進められて
2015年(平成27年)12月に開業したBRTの新駅です。
本設置の常設駅ですが、正式には臨時駅の扱いとなります。
こちらは下り盛方面行き乗降場。
気仙沼方面行き上り乗降場です。
上り乗降場から海側を見ると、
駅名の由来となっている大船渡魚市場が見えます。
こちらが大船渡魚市場。
セリなどを行う市場の他に、展望デッキや飲食施設を併設した
観光施設としての一面も持っています。
市場側から見た駅の外観。
駅へと向かうには、横の跨道橋をくぐって
専用道沿いに坂を上がる必要があります。
駅の入口。
駅メモでの駅の座標はほぼ新駅の場所に設定されています。
大船渡駅。
1934年(昭和9年)開業の駅で、
鉄道時代には単式ホーム1面1線のホームを持つ駅だったそうです。
東日本大震災では津波で駅施設のほぼ全てが流出。
2013年(平成25年)3月の大船渡線BRT仮復旧では
当初から盛駅━大船渡駅間は旧鉄路の敷地を使ったBRT専用道での開業でした。
その後大船渡駅周辺の土地区画整理事業により
2014年(平成26年)8月に一旦駅を県道上に移設。
そして2016年(平成28年)3月には再度BRT専用道上に駅が移設されています。
こちらは下り盛方面行き乗降場。
待合施設が設置されています。
こちらは駅東側に新設された駅前ロータリー。
これを見るとBRTはもはや仮復旧では無く恒常施設とする意向が分かります。
駅前ロータリーから見た駅の外観。
こちらはBRT大船渡駅の北すぐにある踏切。
市道の茶屋前線という道路で、震災前は大船渡駅前線という名前でした。
その踏切の南東角のご覧の場所が、
かつて鉄道時代の大船渡線・大船渡駅のあった場所となります。
このあたりは津波でほぼ全てが流出した上に
復興事業で土地区画整理が行われているため、
遺構は全く残っておらず、
道路やBRT専用道でその場所を推測するしかありません。
こちらが駅メモでの駅座標の位置です。
座標は旧大船渡駅跡に設定されており、
これはGoogleでの駅マークと同じ場所です。
実際の大船渡駅とは80mほどずれていますが、
駅へのアクセスには影響はほぼ無いでしょう。
盛駅。
1935年(昭和10年)に大船渡駅━盛駅間が延伸されて設けられた駅です。
大船渡線の終点駅であり、三陸鉄道や貨物の岩手開発鉄道などが乗り入れています。
島式1面2線と単式1面1線の計3線のホームがあります。
上の写真は1番線ホーム。現在では大船渡線BRTの降車専用ホームとなっています。
かつては大船渡線の鉄道が発着していた1番線と2番線ですが、
東日本大震災によって大船渡線がBRT転換したことにより
2013年(平成25年)4月には線路が撤去されて嵩上げされ
BRT専用道となり、BRTが駅構内から発着するようになりました。
跨線橋は鉄道時代のものがそのまま残って利用されていますが、
BRT専用道上に新たに緑の通行帯が設けられており
駅舎からバリアフリーで直接専用道を横断できる様になっています。
こちらは島式ホームの駅舎側の2番線ホーム。
跨線橋の奥で転回してきたBRTが始発として発車するホームです。
ちなみにこちらは島式ホームの反対側の3番線。
三陸鉄道の南リアス線のホームとなっています。
JR盛駅の駅舎の外観。
元からの駅舎に震災後の2012年(平成24年)12月に
リニューアル工事が行われて改装されています。
駅舎の中の様子。
建物内もリニューアル工事によって新しい内装となっています。
こちらは大船渡線BRTの陸前高田駅━盛駅間の
au 4G LTEによる電波エリアマップです。
ご覧の通りBRTの走行する区間はほぼ全てが電波圏内となっています。
BRT専用道区間などで一部トンネルを走行する場所はありますが
基本的には屋外を走行しているのでアクセスに困る事はほぼ無いと思います。
JR大船渡線のBRT区間である気仙沼駅━盛駅間は
営業キロ数で43.7kmであり、片道の所要時間はおよそ1時間30分前後となっています。
他路線と接続しているのは起点の気仙沼駅と終点の盛駅のみですが、
接続路線のいずれも地方ローカル線やBRTなので本数もさほど多くはなく、
また長大で途中駅はほぼ無人駅が続くという路線ばかりです。
ですから大船渡線BRTのみ単独ではなく、前後のアクセスまで考慮する必要があるので
攻略には事前の計画がかなり肝要となるでしょう。
また、JR東日本がBRT(バス・ラピッド・トランジット)を導入するにあたっては
震災で寸断された大船渡線や気仙沼線に対して
「早期に安全で利便性の高い輸送サービスを提供し地域の復興に貢献」を目指し
「BRTによる仮復旧」を沿線自治体に対して提案しました。
実際にBRTの運行ルートや駅の設置に関しては
地元自治体にその窓口を一元化して要望に柔軟に対応をしています。
結果として既存の鉄道駅の他に、
これまで鉄道が走っていなかった地域にもBRTが通ることで
幾つもの新駅が誕生しています。
これは復興や地域の事を考えれば誠に結構な事なのですが、
視点を「駅メモ」にだけ絞った場合には別の問題が出てきます。
それは「新駅や廃駅、駅の移設が頻繁に行われる」という事です。
例えば高田病院駅を例に挙げると、
この駅は仮設で再開した県立高田病院への被災者の利便を考えて設置された駅です。
当然大船渡線の鉄道時代には駅はありませんでした。
そして県立高田病院は現在も仮設の建物なのですが、
平成29年度(2017年度)中に陸前高田市の高台への移転が決まっています。
参考
岩手県「県立高田病院の新築整備について」
http://www.pref.iwate.jp/iryoukyoku/oshirase/052319.html
新病院は陸前高田市「氷上山麓地区」に建設との事で、
これは現在の大船渡線BRTの「高田高校前」駅の北方で、
現在の仮設病院からは2.5kmほど離れています。
高田病院駅の開設の経緯を考えると、
新病院の最寄にBRT新駅が作られる可能性、
現行の「高田病院駅」が廃止される可能性などは十分に考えられるでしょう。
もちろん現実の地域の生活が最優先なのですが、
こうした事例を元に、単にゲームのみの視点で考えた場合、
頻繁に駅の座標が移動したり駅が出現消滅するという事になり、
これはなかなかに大きな問題と言えるでしょう。
これまで駅メモではBRTでの新駅はポータルとしては対応していませんでした。
しかし2017年3月末の駅情報の更新で
BRT新駅をポータルとして対応する事が発表され
実際にゲーム上での反映が行われました。
ということは、今後BRT新駅が出来れば反映されるという事であり、
また実際のBRT駅は今後いくつも新設が検討されている事、
新設や移設のコストが安く容易であることなどから
大船渡線と気仙沼線に関してはゲーム上でも頻繁に駅の増減があるという事です。
ですのでこれらのBRT路線では今後、
「一旦コンプした路線が未コンプ状態に戻る」という事が頻繁に起こるという事です。
攻略に関してはこの事を十分に考慮する必要があるでしょう。
私は肉親の実家が福島なので
震災の復興を心より願う人間ではありますが、
駅メモ視点ではなかなかに面倒な状況になった、と考えている次第です。
では。