でんこの元ネタ
■No.49: 勿来メイ(Nakoso Mei)
 ■タイプ:ディフェンダー
 ■誕生日:現在不明

■出身駅: JR常磐線 勿来駅(福島)
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1897年(明治30年)2月25日に開業した駅で、
常磐線の下り列車で福島県内に入って最初の駅です。
単式ホーム2面2線の駅で、業務委託駅として駅務員が常駐しています。
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こちらは東京方面行きの上り1番線ホーム。
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2番線ホームとはご覧の跨線橋で連絡しており、
またホームには「勿来の関」の最寄りである事を示す立看板が設置されています。
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こちらがその看板のアップ。
平安時代に奥州平定などで活躍をした、源頼朝や足利尊氏の祖でもある
「八幡太郎」こと源義家の読んだ和歌、
「吹く風を勿来の関と思へども道もせに散る山桜かな」(千載和歌集)
が記されています。
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こちらは2番線ホーム。
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2番線ホームの外側には、かつて貨物線として使われていた
何本もの留置線が残っていますが、
2006年(平成18年)にこの駅での貨物扱いが終了して以来不要となっており
ご覧の通り撤去作業が進められていました。
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駅舎の外観です。
2013年(平成25年)3月18日にリニューアル工事が竣工し、
勿来の関所をイメージしたゲートが入口に立てられるなどしています。
また東北の駅百選に選出されている駅でもあります。
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駅前広場にも源義家の銅像と関所をイメージしたオブジェがあります。

この勿来駅から南に2kmほどのところに「勿来の関」の跡があって
勿来の関公園として整備されているそうです。
「勿来」という言葉は漢文として読むと「来る勿れ」、
つまり「来るんじゃないぞ」という意味
となります。

平安時代より和歌の歌枕(定番の題材)の一つとされて
数多くの和歌で勿来の関が詠まれています。

いわきの勿来の関については江戸時代に藩が整備したのが始まりの観光地ですが、
考古学的な発掘調査を根拠とした所在地の推定は勿来の関所については現在確定しておらず、
つまり、実は今を以てどこにあったか、現存したのかも分かりません
【※以上写真撮影:2016年12月】


■モデル車両: JR東日本E657系
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こちらは勝田駅に停車するE657系列車。
いわゆる常磐線の特急「スーパーひたち」「フレッシュひたち」として運用されている車両です。


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E657系は2012年(平成24年)3月3日に臨時特急「復興いわきフラガール号」として
上野━いわき間を運行したのが営業運転デビューとなります。

そして直後の2012年(平成24年)3月17日実施のダイヤ改正によって
それまでの651系やE653系の置き換えとして常磐線に投入され、
特急「スーパーひたち」「フレッシュひたち」となって運用を開始しました。

その後2015年(平成27年)3月14日のダイヤ改正では
上野東京ラインの開業に伴って常磐線特急が品川駅まで乗り入れを開始。
これに伴って特急「スーパーひたち」「フレッシュひたち」の名称は
速達タイプの列車が「ひたち」、停車タイプの列車が「ときわ」に改称されました。

勿来メイの誕生日が3月14日と発表されていますが、
E657系で3月14日に関係するのは2015年のこの出来事くらいですので
誕生日の由来はこの特急ひたちの品川乗り入れによる改称が由縁と思われます



車両のカラーリングは赤みを帯びた白をベースに窓部分に黒を、
窓下に紅梅色の帯を配して「白梅・赤梅」を表現しているそうです。

ちなみにこの時置き換えられたE657系は改造が加えられて秋田へ転属。
羽越本線特急「いなほ」として転用されています。
この特急「いなほ」は2016年11月に追加されたでんこ「豊栄なほ」のモデルの車両です。
つまり駅メモ的に現うと、元々常磐線を走っていた「豊栄なほ」が「勿来メイ」と交代。
「豊栄なほ」は常磐線から羽越本線へと転属になった、ということ
です。


また追加の情報があれば書き加えます。
では。