でんこの元ネタ
■No.11: 粟生津しいら(Aozu Siira)
 ■タイプ:ディフェンダー
 ■誕生日:10月26日

■出身駅: JR越後線 粟生津駅(新潟)
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この駅の開業は1914年(大正3年)7月20日で、
元々は越後鉄道の停留場として開設された駅です。
1927年(昭和2年)10月1日に越後鉄道が国有化されて国鉄越後線となり、
民営化でJR東日本の駅となって現在へと至っています。
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こちらがホームの様子。
単式ホーム1面1線のみのいわゆる停留場と呼ばれるタイプの駅です。

元々は島式ホーム1面2線の駅で列車交換も可能だったそうですが、
国鉄時代に赤字による合理化が全国で進められた1980年代あたりで
この駅の交換設備も撤去されて棒線駅となった様です。
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ホーム側からの駅舎の入口。
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こちらが駅舎の外観です。
この駅舎は1970年に改築されたものだそうです。
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こちらが駅舎の中の様子。
待合室として椅子が置いてあるほかは基本的にガランとしています。
ホームへの出入口の脇には、かつて駅務の窓口であった場所が
板張りで塞がれていました。
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塞いだ板は掲示板代わりに使われており、
ご覧の通りこの駅ではSuicaが使えない旨の掲示が為されていました。
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そしてその脇には、2016年1月26日を以て自動券売機が撤去される旨の掲示が。
この駅のホーム入口脇には、ローカル線でよく見る食券販売機のような
縦長の自動券売機が設置されていたのですが、
撤去されてオレンジ色の乗車証明書発券機へと交換されていました。
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駅の北側の裏手にも広めに駐車スペースがあり、
その一角に美容院が。駅前の民間の店は
ホームからも見えるこの美容院くらいでした。
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駅前の市道を美容院と反対方向へと進むと
すぐ隣にあるのがご覧のJA越後中央粟生津です。
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農協の脇にはご覧の越後線の農協踏切が。
駅のホームの南端の目の前が踏切なのが分かるかと思います。
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踏切を東に進むとすぐにあるのがご覧のコンビニ。
駅からは直線で70~80mほどですが、
駅入口からはぐるっと回らないと行けないので
だいだい2、300mは歩いた場所にあります。
粟生津駅近辺で食料品などが買える唯一の場所と言って良いと思います。
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コンビニの目の前にはご覧の国道116号線が走っており、
その向こう側には地平線が見えるほどの田んぼが一面に広がっています。
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駅の西方には住宅地が広がっていたので、
「粟生津」と名前のつく施設をしばし散策してみると
駅から西に徒歩3分の所にあった粟生津郵便局です。
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南西に駅から徒歩5分の粟生津小学校。
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小学校の向かいにあった粟生津保育園。
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駅のホームにはご覧の名所案内が設置されていたんですが…

【※以上写真撮影:2016年5月】


■モデル車両: JR東日本新潟支社485系「NO. DO. KA」
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2001年10月に登場したカーペット車のジョイフルトレインで、
JR東日本新潟支社の保有車両であり、新潟車両センターに所属しています。


元々は国鉄末期の1980年台以降にいわゆる「お座敷列車」などで
ジョイフルトレインが登場し、団体専用列車や臨時列車などで活躍をしてきました。
しかしその多くは客車か気動車(ディーゼル車)であったため、
交直流電車をベースとしたジョイフルトレインとして作られたのが
シルフィードと呼ばれる列車でした。
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こちらは3号車の車体のものですが、
JR新津車両所で1990年改造となっています。
下の日本車両の昭和50年(1975年)というのは
改造のベースの種車とされるサロ189形のものでしょうが、
実際には車体は新製されて一部の部品を流用したにすぎない、とされています。
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新造された車両には、485系1000番台の予備品が
主に制御装置やモーター、台車などに使用された事から485系の形式番号が付与され、
上沼垂運転区(現・新潟車両センター)に配置されて
1990年9月1日よりシルフィードとして営業運行を開始しています。
「粟生津しいら」の「しいら」のネーミングは、
モデル車両の前身であった「シルフィード」を訛らせた物
とされています。

そして2001年(平成13年)10月に内部設備をカーペット車両に改装するなどされて
愛称を「NO.DO.KA」(のどか)に変更。カラーリングも現在のものに塗装し直されました。
改造後に「NO.DO.KA」として初めて団体列車として運行された日が
2001年10月26日
であり、この日が「NO.DO.KA」をモデルとしている
「粟生津しいら」の誕生日となっています。
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こちらが車両の中の座席。
車体に「CARPET TRAIN」と書いてあるだけあって
中はカーペット式のいわゆるお座敷列車となっています。
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座席はご覧のテーブルが置かれて一台に4人掛けとなっており、
テーブル角にご覧の通り座席番号が振られていました。
みどりの窓口などでの座席指定の際には
このテーブル1台を「ボックス席」として扱っている様です。
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こちらは先頭車両の先端に設置されている展望席。
写真は1号車のものですが、3号車にも同様の展望席が設けられています。
誰でも座れる展望席ですが大抵は家族連れか子供の集団に占拠されており、
展望席入口付近に入りたそうにしている無言のお兄さんが2、3人佇んでいるのが
毎回のお決まりの光景のようですね…

この展望席の後ろに運転席へと上るステップがあり、
運転士は扉を開けて中のステップから展望室真上の運転席に入ります。
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こちらは「NO.DO.KA」のパンタグラフ。
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列車の全体像が分かるので、
走り去る「NO.DO.KA」を連続で撮ってみました。


この「NO.DO.KA」はジョイフルトレインの中でも
「きらきらうえつ」などの様に定期運行されている列車ではなく
季節の臨時列車などで時折見かけるのみなので
乗車するチャンスとタイミングがなかなか難しい列車でした。
「粟生津しいら」の元ネタ車両ということで
一度は乗ってみたかったので、やっと念願叶った次第です。


では。

【※以上写真撮影:2017年1月】