2016年05月

弥彦線00
次は新潟県の弥彦線です。

元々は私鉄によって彌彦神社への参詣鉄道として開業した路線です。
全線が単線で、電化されていますが「直接吊架式」という
JRでも数が少ない低コストの方法でトロリー線が張られています。



弥彦線01
こちらは東三条駅
名前は東三条駅ですが、三条市の中心駅として発展してきた駅です。
信越本線の駅で、弥彦線としては昔は途中駅だったそうですが
現在は終点駅となっています。
弥彦線02
改札からホームに入ると
ご覧の通り弥彦線0番線の案内表示があります。
弥彦線03
こちらが0番線ホーム。



弥彦線04
北三条駅
弥彦線は燕三条━東三条間で1996年に高架化されており、
この北三条駅も1面1線の高架駅となっています。



弥彦線05
弥彦線の橋梁上から見た信濃川。


弥彦線06
燕三条駅
1982年の上越新幹線開通に合わせて
上越新幹線と弥彦線の交差する地点に新設された駅です。
政治的な理由から燕市と三条市の市境に作られました。

燕三条駅自体は駅長配置の直営駅で周辺の駅の管理まで行っていますが、
弥彦線の燕三条駅自体は無人駅扱い
列車のドアも運転席後ろに一箇所しか開きません。



弥彦線07
燕駅



弥彦線08
西燕駅



弥彦線09
吉田駅
越後線と弥彦線が交差する乗換駅で、
弥彦線の列車も直通で越後線に乗り入れています。



弥彦線15
吉田駅を出て、次の矢作駅に到着する少し前になると
車窓から弥彦神社の大鳥居を見ることができます。


弥彦線10
矢作駅
1面1線の無人駅で、駅名標はこの駅には見当たりませんでした。



弥彦線11
そしてこちらが終点の弥彦駅のホーム。
弥彦線14
弥彦線の終端です。
弥彦線12
駅舎は彌彦神社の本殿を模した入母屋造りとなっています。
弥彦線13
弥彦駅前の光景。




弥彦線16
ご覧の通り、au 4G LTEでは弥彦線の全線が電波サービスエリア内です。
GPSでの位置情報取得には申し分ありませんので困る事はありません。


全長が17.4kmというさほど長くは無い路線でもあり、
東三条駅から弥彦駅まで全線を乗車すると
所要時間はおよそ30分となります。

ただ東三条駅━吉田駅間と、吉田駅━弥彦駅で
列車の運行がほぼ分かれていますので
途中の吉田駅での乗り換え時間が発生すると思います。

また、弥彦駅から乗車した場合は吉田駅で越後線に乗り入れて
新潟駅方面へと向かう場合があります
ので
東三条方面へ向かいたい場合は注意が必要です。
まあ私が一回乗り間違えただけですが…



弥彦線自体の攻略はさほど難しくはありませんが、
路線自体が一時間に1本ペースの路線である上に、
周囲の路線も本数がふんだんな訳ではないので
攻略するには多少の工夫が必要だと思います。

東三条駅を通る信越本線や、吉田駅を通る越後線などから
レーダーを飛ばした場合、一回で弥彦線の全ての駅を取るのは無理でしょう。
ただ吉田駅からは弥彦駅━燕三条駅あたりまでは届きますし、
信越本線からも西燕駅あたりまでは届くので
近隣路線乗車の際にレーダーで攻略する事自体は可能です。



まあ個人的には鉄道のゲームで列車に乗らないのはもったいないと思うのですが…

では。

大糸線a80
さて。大糸線の続きです。

その1(松本駅━海ノ口駅)はこちら



路線運行的には松本駅━信濃大町駅、信濃大町駅━南小谷駅、
そして南小谷駅━糸魚川駅という形で分かれているのですが
今回はあえて海ノ口駅で大糸線を分けさせていただきました。

ヤナバスキー場前駅と南神城駅の間には
佐野坂峠という峠があり、
ここが信濃川水系高瀬川と姫川水系姫川の分水嶺となっています。
日本海側気候と中央高地式気候の境界線もここで区切られるそうです。

大糸線78
海ノ口駅の前にある木崎湖など
仁科三湖のあたりがこの分水嶺に近いということ、
情報の分量的にちょうど海ノ口駅あたりで区切ると
大糸線を分けやすかったのが海ノ口駅で区切った理由となります。



というわけで海ノ口駅を出て、次の駅へと進みたいと思います。



大糸線79
こちらは簗場駅の駅前の光景です。
駅の前の道はT字路となっており、駅から北側は県道324号線となっています。
大糸線80
T字路の駅正面側は中網湖に架かる中湖橋が目の前にあり、
橋からは中網湖が見渡せます。
この道を進むとロッジ街があり鹿島槍スポーツヴィレッジ(鹿島槍スキー場)があります。
大糸線81
こちらが駅舎の外観です。
1929年(昭和4年)に国鉄大糸南線の駅として開業し、
旧駅舎は2004年(平成16年)に解体されて現在の待合室が作られました。
大糸線82
待合室の中の様子です。
大糸線85
ホーム側から見た駅舎の入口。
大糸線84
駅舎のある1番線ホームの様子です。
下りの白馬・南小谷方面行きホームとなっています。
大糸線86
こちらは跨線橋から見下ろした駅の様子ですが、
見ての通り相対式2面2線の駅となっています。
大糸線87
反対側の2番線です。
上りの松本方面行きとなっています。
大糸線88
2番線ホームの裏手にはごらんの引き上げ線があり
除雪車の車庫へとつながっています。



大糸線89
こちらはヤナバスキー場前駅です。
スキーシーズンのみ列車が停車する臨時駅であり、
12月~翌年3月に限ってのみ営業するという駅
です。

1985年(昭和60年)にスキー場会社が駅施設を作って
当時の国鉄へと譲渡寄付をして開設された駅なのですが、
スキー場自体が経営不振に陥るなどして2013年度を最後に営業がされていません
大糸線90
駅はご覧の踏切の脇にあります。
線路と並行する奥の高架は国道148号線です。 大糸線91
踏切脇からみた駅の様子です。
大糸線92
反対側から俯瞰で見た踏切付近の様子。
写真奥の何も無いあたりには青木湖があります。
大糸線93
こちらが駅舎です。
大糸線94
駅舎付近の様子。
大糸線99
駅の前の国道148号線の高架下をくぐって進むと
ご覧の階段が現れます。
大糸線a01
階段を上がると目の前にはヤナバスキー場のふもとの基地となる
スキーセンターの建物がありました。
大糸線a02
そしてスキーセンターの目の前には
ヤナバスキー場のゲレンデとなる斜面がひろがっています。
まさに駅前がすぐにゲレンデでした。
大糸線a03
中腹付近のヤナバスキー場の光景です。
大糸線95
そしてこちらが駅舎の中の様子です。
営業期間外の為、入口はベンチで封鎖されています。
この駅は2013年度を最後に営業を行っていない為、
一説にはこのまま無くなる可能性もあると言われています

大糸線96
こちらがホームにある駅名標です。
鉄道用地には無断で侵入しない方針ですので
スマホのカメラではこれが限界でした。
大糸線97
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
大糸線98
踏切から見るとご覧の通りです。
大糸線43
こちらは列車内から撮った時のヤナバスキー場前駅ホーム。
隣の簗場駅からは1.6kmの位置にあります。
駅メモでは大糸線の駅に含まれていますが
通常時は列車が素通りする為うっかり取り逃す危険性の高い駅です。
この区間を通る際は油断をしない様に注意をして下さい。



大糸線a04
こちらは南神城駅の駅の全景です。
ご覧の通り築堤上にホームが設けられています。
大糸線a09
駅は林の中にありますが、
駅前には広い駅前広場があります。
大糸線a05
ホームには待合室があるのみで、
待合の横には「JR東日本最西端の駅」の表示があります。
大糸線a07
こちらがホームの様子です。
1942年(昭和17年)に国鉄の駅として開業しましたが、
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
大糸線a06
2016年(平成28年)5月には写真の「JR東日本最西端の駅」の標柱がありましたが、
先日2017年(平成29年)9月に再訪した際には撤去され無くなっていました
大糸線a08
待合室の様子です。



大糸線a10
こちらは国道148号線の神城駅付近です。
大糸線a11
標識に従って横道へと入ると、ご覧の通り駅へと通じています。
交差点には白馬五竜の観光案内所の看板があり、
「JR神城駅」と併記されています。
大糸線a12
駅舎の外観です。
1930年(昭和5年)に国鉄大糸南線の駅として開業しましたが
ご覧の鉄筋造りの駅舎は1997年(平成9年)に地元の出資で建て替えられたものです。
大糸線a13
駅舎の中の様子です。
大糸線a14
こちらは駅舎のある1番線で、単式ホームとなっています。
信濃大町・松本方面の上り線として使用されています。
大糸線a15
ホーム側の駅舎の入口。
大糸線a16
入口の脇には、大糸線で2006年(平成18年)に登場した風景写真背景の駅名標が。
こちらの駅名標のバックの写真はは五竜岳です。
大糸線a17
反対側のホームとは跨線橋で連絡をしています。
大糸線a18
跨線橋から見た駅構内の様子です。
大糸線a19
こちらは2番線ホームです。
白馬・南小谷方面への下り線となっています。
大糸線a21
2番線にも風景写真背景の駅名標があり、
こちらはこの駅が最寄となる白馬五竜スキー場の写真となっています。
大糸線a20
そして2番線ホームを南小谷方の北へと進むと
2番線ホームの反対側に3番線の線路があるのが分かります。
ですのでこちらのホームは単式では無く島式ホームであるということです。

3番線ホームは本線とは北側でのみつながっており、
旅客営業では使用されず保線車両や除雪車両の留置などに使われています。



大糸線a22
こちらは飯森駅の駅前を走る
白馬村の村道です。
写真奥の高架は国道148号線です。
大糸線a23
道を進むとご覧の通り駅前の広場があります。
大糸線a30
広場には案内看板があるも、
ちょっと壊れたままになっている所が寂れ具合を物語っています。
大糸線a24
こちらが駅の様子です。
この駅は1960年(昭和35年)に国鉄の駅として開業しています。
大糸線a25
こちらが駅の入口。
駅舎は無くホーム上に待合室があるのみとなっています。
大糸線a26
こちらが駅のホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
大糸線a27
ホームの両端付近には上りと下りそれぞれの乗車位置を示す看板が。
大糸線a28
待合室の様子です。



大糸線a31
飯森駅から3kmほど、大糸線と並走する国道148号線を進むと
白馬駅の駅前となります。
大糸線a32
こちらが白馬駅の駅舎の外観です。
1932年(昭和7年)に国鉄大糸南線の信濃四ツ谷駅として開業したこの駅は
白馬駅へと1968年(昭和43年)に改称され、
2年後の1970年(昭和45年)には鉄筋造りの箱型の駅舎に改築されました。

そして長野オリンピックが契機となって
1996年(平成8年)に再び駅舎が改築され、現在のロッジ風の駅舎となりました。
大糸線a37
駅前広場の様子です。
大糸線a33
こちらは駅舎の中の様子。
駅員配置の直営駅となっています。
大糸線47
白馬駅の構内の様子です。
単式ホームの1番線と島式ホーム2、3番線の2面3線となっています。

・・・この駅は発車前改札となっており、
ぶっちゃけるとホーム撮ってくるのを忘れましたよ。
ですので前回列車内から撮ったものを代用で。
今度撮ってきます。
大糸線a34
そして駅舎の中から駅前広場へと出る入口の案内表示には
「足湯」の文字が。
大糸線a35
表示に従って駅舎を出て左手へと進むと
ご覧の足湯がありました。
大糸線a36
「足湯 白馬八方温泉」と看板が出ており、
中にはこじんまりとしたご覧の足湯に無料で入る事ができました。



大糸線a48
信濃森上駅の駅前付近の様子です。
大糸線と並走する国道148号線はこの駅付近では200mほど離れた場所を走っており、
駅前付近は村道となっています。
大糸線a38
こちらは駅舎の外観です。
1932年(昭和7年)に国鉄大糸南線が神城駅から延伸した際に開業した駅で、
中土駅までの延伸開業がされた1935年(昭和10年)まで3年の間は終点の駅でした。
こちらの駅舎は無人駅となった翌年の2007年(平成19年)に改築されたものです。
大糸線a39
こちらが駅舎の中です。
かつての木造駅舎には大きな待合スペースがあったそうですが、
現在はご覧の通り、駅舎というよりは階段のみの通路と化していました。
駅舎内にある駅名標はかつての木造駅舎時代に入口にあったものです。
大糸線a40
ホーム側から見た駅舎出口。
大糸線a41
こちらが駅舎側の1番線上り白馬方面ホーム。
大糸線a42
ホームには白馬岩岳スキー場の案内看板があります。
このスキー場は信濃森上駅が最寄り駅となり学生スキーのメッカだそうです。
かつては東急グループだったそうですが、
経営不振を理由に2012年(平成24年)に売却されて離脱しています。
名称も現在は白馬岩岳スノーフィールドとなっているのですが、
ホーム看板が旧名称のまま放置状態なのが現状を物語っています
大糸線a43
この駅は相対式2面2線となっており、
二つのホームは跨線橋で連絡されています。
大糸線a44
跨線橋からみた駅の様子です。
大糸線a45
2番線の下り南小谷方面ホーム。
1980年代中頃まではこの駅は急行アルプス(現在の特急あずさの前身)の
終着駅としてスキー客で賑わっていたそうです。



大糸線a46
国道148号線の白馬大池駅付近の様子です。
大糸線a47
ご覧の通り国道沿いに駅前の広場が直接隣接しています。
大糸線a56
駅前広場のすぐ南側にはご覧の姫川が流れています。
大糸線a49
駅舎はご覧のコンクリートの立派な造りで、
雪の対策の為か高床になっています。

駅は1947年(昭和22年)に仮乗降場としてスタートしたものであり、
翌年の1948年(昭和23年)に正式な駅へと昇格をしています。
大糸線a50
駅舎の前の広場の様子です。
大糸線a51
建屋の中はご覧の感じです。
大糸線a52
ホーム側の駅舎の出口。
大糸線a53
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
大糸線a54
この駅にも風景写真を背景にした駅名標があり、
栂池自然園の光景の写真がバックとなっています。

駅の西方には白馬乗鞍岳があり、山頂付近の池の名が駅名の由来となっています。
スキー場やロープウェイもある栂池高原の最寄駅ですが
一日の乗降客数は一桁の無人駅となっています。



大糸線a57
こちらはJR東日本千国変電所。
大糸線a55
国道148号線から姫川の河原側に一本入った村道沿いにある、
変電所の南側にご覧の千国駅への入口があります。
大糸線a58
こちらが駅舎の外観です。
かつては木造の待合のみの駅舎がありましたが、
平成28年(2016年)末にご覧のコンクリート製の駅舎へと改築がされました。
大糸線a59
駅舎の目の前にあるホームへの入口です。
大糸線a60
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
大糸線a66
ホームの北端へと行くと脇には先ほどの変電所が見えます。
大糸線a61
そして現在使われているホームから
線路を挟んだ反対側に使われていないホームがあるのが見えます。
これは1989年(平成元年)に列車の増加に対応する為に
この駅に交換設備が設けられ相対式2面の駅となった時に増設されたホームです。
2005年(平成17年)には交換設備が撤去されて
再び単式1面の駅へと戻っていますが、ホームはその時の名残となります。
大糸線a62
駅舎の前のホーム入口まで戻ると、
入口を挟んで駅舎の反対側にも何やら建物があります。
大糸線a63
こちらがその建物。
坂道を下るように細長く造られているのが分かります。
大糸線a64
建物の中はご覧の通りスロープになっており、
左に曲がって線路をくぐって反対側へと続いています。
大糸線a65
こちらがその出口。
駅舎側が西口とすればこちらはいわば東口でしょうか。
1989年(平成元年)に相対式ホーム2面2線の駅となったことは先ほど述べましたが、
こちらの「東口」は駅舎と反対側のホームへと連絡する通路の出口でした。
跨道橋の出口前には、写真に赤で描き込んだ様に
ホーム南端へと昇る階段が設けられていました。



大糸線a67
こちらは国道148号線の柳瀬橋のすぐ南の南小谷駅前信号です。
大糸線a68
信号は駅前広場へと入る為のものであり、
ご覧の通り側道脇に駅前広場が隣接しています。
大糸線a69
駅舎の外観です。
1935年(昭和10年)に開業したこの駅は、
一度1989年(平成元年)に三角屋根を設置するなど駅舎の改装が行われていますが
その後2010年(平成22年)に信州デスティネーションキャンペーンの一環として
蔵造り建築をモチーフとしたなまこ壁へと改装が行われました。
現在の駅舎はこの二回目の改装によるものです。
大糸線a78
駅舎内の様子です。
JR東日本管轄の駅員配置の直営駅となっています。
大糸線a71
ホーム側から見た駅舎の改札付近です。
改札脇には駅の案内を兼ねた木製の駅名標がありました。
大糸線a70
こちらが駅舎のある1番線ホーム。単式ホームとなっています。
JR東日本の特急列車はこの駅までの運行であり、
1番線に停車をして折り返し運転をしています。
大糸線a72
この駅には単式1面1線と島式1面2線の計3線のホームがあり、
ご覧の跨線橋で連絡をしています。
大糸線a73
跨線橋から見た駅構内の様子です。
大糸線a74
こちらは島式の2、3番線ホームとなります。
この駅から南側がJR東日本、そして北がJR西日本の管轄路線となります。
上下線ともにこちらのホームから発着していますが、
糸魚川方面の列車はこちらの島式ホームからのみの発車となります。
大糸線a75
こちらのホームにある風景写真駅名標。
小谷村にある、日本百名山の一つに選ばれた雨飾山がバックとなっています。
大糸線a76
こちらは1番線ホームから見た、2、3番線ホームの北端です。
線路がホームの先で集約しているのが分かります。
大糸線a77
そして1番線ホームの北端から糸魚川方面へと見返すと、
1番線の先は車止めがあって行き止まりとなっており、
その横には糸魚川方面への線路が伸びています。
JR東日本の1番線は電化線なので架線がありますが、
隣のJR西日本となる糸魚川方面の線路は非電化で架線が無いのが分かると思います。


以上で大糸線のJR東日本の管轄区間は全てとなります。
ここから糸魚川までの区間はその3にて続きとして一旦区切りたいと思います。




大糸線a79
こちらはau 4G LTEでの電波サービスエリアのマップです。
海ノ口駅から南小谷駅までの区間では
大糸線の全線区域が電波サービスエリア内となっています。
どの場所でもGPSの電波位置情報取得は問題が無いでしょう。

特急での電波アクセスについては確認をしていませんが、
トンネルも無く基本的に単線であるこの区間については
落ち着いて取れば問題が無さそうだと思われます。
もちろん普通列車であれば尚更問題は無いでしょう。



それでは続きへ。
では。

大糸線00
さて。次は大糸線です。

長野県の松本市から新潟県の糸魚川市までおよそ100kmを走る路線です。
一本の路線ですが、1987年の分割民営化によって
松本駅━南小谷駅までがJR東日本、
南小谷駅━糸魚川駅がJR西日本の管轄となりました。
全線が単線の路線で、
電化がされているのはJR東日本管轄の南小谷駅以南だけで
JR西日本管轄区域は非電化区間となっています。
管轄会社が違うという事ももちろんあり、
南小谷駅を境に列車の運行も分かれています。




大糸線01
こちらは長野の松本駅
8時ちょうどのあずさに乗ると来れるあそこです。
大糸線07
こちらは松本駅に停まるスーパーあずさですが…
この駅が大糸線の起点駅となっています。
大糸線02
ご覧の通り、大糸線のホームは
アルピコ交通(松本電鉄)と同じ島式ホームの向かいにあります。
左手前の7番線がアルピコ交通の列車、
右手の奥に停まっているのが大糸線の車両となります。
大糸線03
こちらが大糸線の松本駅の終端。
東京方面から特急あずさが直通で乗り入れたりもしていますので
ご覧の通り完全な行き止まりではありません。
大糸線04
こちらが大糸線ホーム。
大糸線05
大糸線ホームには旨そうな本場信州そばの駅そば店がありましたよ…
大糸線06
という訳でご覧の通り、大糸線の列車が入線してきましたので
先に進みたいと思います。



大糸線08
北松本駅
松本駅からわずか700mの距離にある大糸線最初の駅であり、
橋上駅舎の駅となっています。松本城までは直線でおよそ500mで、
松本駅からよりも松本城にはこの北松本駅のほうが近いです。

写真の左側が篠ノ井線、右側が大糸線の線路ですが
この北松本駅でホームがあるのは大糸線のみとなっています。



大糸線09
島内駅



大糸線10
島高松駅



大糸線11
梓橋駅
この駅から松本市を出て安曇野市へと入ります。



大糸線12
一日市場駅



大糸線13
中萱駅



大糸線14
南豊科駅



大糸線15
豊科駅
松本駅を出てから最初の直営駅となり、
市役所をはじめとする安曇野市の中心地区にある中心駅となります。



大糸線16
柏矢町駅



大糸線17
そして穂高駅です。
駅員配置の直営駅であり、
9両編成である特急「あずさ」の停車駅である為
ホームが長めに作られています。
大糸線18
こちらが駅舎。
駅名の由来でもある近くの穂高神社を模した形となっています。
大糸線19
駅前の通りの様子はご覧の通り。
大糸線の近隣の駅が田舎の無人駅ばかりの中、
この穂高駅は観光地としても著名なだけあって
人通りもあり賑わっていました。
大糸線20
駅から徒歩2分の穂高神社。
信濃国三宮で日本アルプスの総鎮守とも呼ばれています。



大糸線21
有明駅



大糸線22
安曇追分駅
開業時は「アルプス追分駅」という名前だったそうです。
大糸線23



大糸線24
細野駅
大糸線25
こちらが駅前から見た光景です。
大糸線26
ホームの階段前には駅前ガーデンなるものまで。
どう見ても単なるたんぼと畑ですが。
周囲に民家はほぼ見当たりません。



大糸線27
北細野駅



大糸線28
信濃松川駅
大糸線29
こちらが駅舎の外観。
大糸線30
駅の入口にはご覧の駅名の看板がありました。
大糸線31
駅前やホームにはご覧の掲示で村のアピールが。



大糸線32
安曇沓掛駅



大糸線33
信濃常盤駅



大糸線34
南大町駅



大糸線35
信濃大町駅
この駅も駅員を配置している直営駅となります。
大糸線の列車運行はこの駅を境に区切られています。

また、「大糸線」の「糸」は糸魚川駅の糸ですが、
「大」はこの信濃大町駅の「大」となります。

また観光ルートとして有名な立山黒部アルペンルートの
東端であるトロリーバスの扇沢駅へは
この信濃大町駅からバスで接続がされており、
場合によっては信濃大町駅自体も
立山黒部アルペンルートに含むこともあります。



大糸線36
北大町駅



大糸線37
信濃木崎駅



大糸線38
稲尾駅



大糸線39
海ノ口駅
大糸線40
無人駅ですがホームからはご覧の通り木崎湖が一望できます。
JR東日本でもっとも西にある駅との事です。




大糸線48
松本駅からこの海ノ口駅までは営業キロで42.9kmですが、
ここまでの大糸線は全線がau 4G LTEでは電波サービスエリア内となっています。
GPSで駅が取れない場所はこの海ノ口駅まででは有りませんでした。


列車の運行としては松本駅~信濃大町駅までの区間と、
信濃大町駅~南小谷駅の区間で分けられている形
となっています。
海ノ口駅は信濃大町駅と南小谷駅の中間点ですので
運行的には途中駅となります。
松本駅から海ノ口駅までの所要はおおよそ1時間30分程度です。



まだまだ大糸線は半分にも達していない地点ではありますが
長くなりますのでこの海ノ口駅で一旦切って、
海ノ口駅以北はその2としたいと思います。


では。

東武小泉線00
さて。次は東武小泉線です。


群馬県の館林市から邑楽郡へと横に抜け、
途中で分岐した支線は太田駅まで伸びて
東武伊勢崎線、東武桐生線と連絡をしています。

全線が単線であり、基本的にワンマン運転で運行のされている路線です。




東武小泉線25
東武伊勢崎線の館林駅
この駅が東武小泉線の起点駅となっています。
東武小泉線26
改札脇には「関東の駅百選認定駅」の掲示が。
東武小泉線27
駅前ロータリーには「ぶんぶく茶釜」の狸の像が。
東武小泉線01
そしてこちらは館林駅のホームです。
東武小泉線02
5番線の伊勢崎線のホームを先に進むと
なにやら前方右手に「4番線 西小泉方面」という表示が見えます。
東武小泉線03
こちらが東武小泉線の館林駅ホームとなります。
小泉線専用の館林駅の駅名標は見当たりませんでした。




東武小泉線04
成島駅



東武小泉線05
本中野駅



東武小泉線06
篠塚駅



東武小泉線07
東小泉駅
この駅で館林駅━西小泉駅間の本線と太田方面との支線が分岐しています。



東武小泉線08
小泉町駅
東小泉駅からは900mの位置にある駅です。




東武小泉線09
そして小泉線の本線の終点である西小泉駅
東武小泉線11
こちらが駅舎の外観。
東武小泉線12
駅前はこんな感じになっています。

1941年開業のこの駅ですが、
現在小泉線が分岐した先の大泉町駅からこの西小泉駅、
そしてその先にもまだ線路が利根川の岸まで延びていたそうです。
これはこの小泉町に
「中島飛行機」というゼロ戦を作った事で有名な
飛行機メーカー
の小泉製作所があり、
「仙石河岸線」という貨物線が延びていたからです。
この西小泉駅は中島飛行機の玄関口の駅だったとの事です。
東武小泉線13
ですので立派な島式ホーム2線の隣には
現在は使われていない相対式ホームの跡が残っており。
東武小泉線14
そのホーム跡から駅舎の裏を町道まで、
明らかに線路があったであろう敷地が延びています。
東武小泉線15
ホーム側から見ると当時の線路もまだ一部残っていますし。
かつての線路跡は今は「いずみ緑道」として転用されていて
貨物線の終点まで現在も残っているそうです。

中島飛行機は戦後に富士重工業、つまりスバルとなりました。
ほかにも味の素や三洋電機などの工場が立ち並び工業の盛んな町となっています。
1980年代~90年代には工場の人手不足を理由に
日系外国人を労働者として受け入れた結果、
大泉町の人口の14%が日系人となっているそうです。
東武小泉線16
ですので現在も大泉町では至る所でポルトガル語の表示が溢れており
街中でもちらほら日系人の姿を見ることができます。
東武小泉線17
西小泉駅の駅の観光案内所もご覧の通り。




東武小泉線20
さて、小泉線にはこの他に支線がありますので、
西小泉駅から二駅戻って東小泉駅へと戻る事にします。
東武小泉線19
東小泉駅到着直前の本線から見た小泉線の支線です。



東武小泉線18
こちらが竜舞駅です。
東小泉駅から分岐した最初の駅となります。



東武小泉線21
そして太田駅
東武小泉線としてはこの駅が終点となります。
実際は5番線が小泉線、6番線が桐生線なのですが
双方の路線の普通列車がほとんど直通運転を行っているため
実際には途中駅と大差ありません。
東武小泉線22
こちらが駅舎と駅前の様子。
東武小泉線23
北口前には新田義貞公と弟の脇屋義助の像がありました。




なぜ群馬のこんなところに、
こんな中途半端な形の路線が走っているのかと思いましたが
戦争前の1941年(昭和16年)に中島飛行機との連絡輸送の為に作られたと聞いて
なるほどと思いました。
確かに太田市といえばスバルの町ですし
群馬県内にはスバルのディーラーだらけですが。



東武小泉線24
au 4G LTEでの電波エリアマップでは
東武小泉線の全線区域がサービスエリア圏内となっています。
駅の位置情報を奪取するのに困る事はまず無いでしょう。


館林駅から西小泉駅までの本線の所要時間は20分前後です。
途中の分岐のある東小泉駅で長時間の停車がある場合があるので
その場合は所要時間が延びますが、それでも全線で25分程度です。
また、支線の東小泉駅~太田駅までは二駅ですので所要時間は9分です。



はっきりと言ってしまえば、近隣の東武伊勢崎線で
館林駅━太田駅間を通過する際にレーダーを飛ばせば
乗らなくても全駅を取る事が可能な路線
です。


まあ、乗ってみて感じるメリットは…
ブラジル人がいっぱい見れる…では無いか。


で、では。

秩父鉄道34
さて秩父鉄道の続きです。


その1(三峰口駅━寄居駅間)はこちら




寄居駅よりも西の秩父鉄道には
長瀞のライン下りや桜、秩父の八十八番札所めぐりをはじめとして
埼玉県内の観光地が路線沿線に集約しています。


対して寄居駅から東に路線が進むと
うって変わって近郊都市のローカル線といった趣きになっていきます。



秩父鉄道74
こちらは寄居駅の次の桜沢駅
島式ホーム1面2線を持つ駅で業務委託駅となっています。
駅の目の前にあるのは寄居町立寄居中学校であり、
1989年(平成元年)の中学校の開設に沿って駅が新設されたそうです。

またこの駅は秩父鉄道の鉄道むすめの「桜沢みなの」の名前の由来駅でもあります。
秩父鉄道75
ホーム西端の屋根の下の光景。
駅の出入口はこちらの西端一箇所です。
秩父鉄道76
ホーム側から見た改札への通路。
秩父鉄道77
外側から見た改札の光景です。
秩父鉄道78
改札を出るとご覧の階段を上がって
跨線橋へと登ります。
秩父鉄道79
駅の出入口となる跨線橋。
秩父鉄道80
駅舎付近の外観です。




そして桜沢駅を出てしばらく列車が進むと、
一部では有名なあるネタに遭遇します。
秩父鉄道36
車掌の車内アナウンスでも
「次はおまえだ~ 次はおまえだ~」
と謎のアナウンスが流れます。


秩父鉄道37
小前田駅に到着です。
1901年(明治34年)開業の駅で単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線の
合計3線のホームを持つ駅となります。
駅務員のいる業務委託駅となっています。
秩父鉄道81
こちらは秩父方面行きの1番線ホーム。
秩父鉄道82
1番線ホームには駅舎があり
改札口付近はご覧の通りです。
秩父鉄道83
改札前にはホームを連絡する構内踏切が。
秩父鉄道84
こちらは構内踏切を渡った島式ホーム。
旅客用としては2番線のみが下り熊谷・羽生方面行きとして使用されています。
秩父鉄道85
こちらが駅舎の外観。
秩父鉄道86
駅舎内の券売窓口付近です。
秩父鉄道87
改札の光景。



秩父鉄道39
永田駅
1913年(大正2年)開業の駅です。



秩父鉄道88
武川駅
1901年(明治34年)に田中駅として開業した駅です。
島式ホーム1面2線の駅となっています。
秩父鉄道89
ホーム西方の端にある、ホームと駅舎を繋ぐ構内踏切。
秩父鉄道96
こちらが駅舎の外観です。

秩父鉄道90
この武川駅からは三ヶ尻線という貨物線が分岐しており、JRへと繋がっています。
写真は武川駅ホームから秩父方を見たもので、
踏切の先に秩父本線と三ヶ尻線の分岐があります。
秩父鉄道91
武川駅構内付近の線路の配置です。
秩父鉄道92
駅の当方の様子。
一番右の合流している線路がが秩父本線です。
秩父鉄道93
武川駅の西方600mほどにある踏切脇の7キロポスト。
この踏切の先に車止めがあります。

三ヶ尻線は武川駅起点のはずなのですが、
この位置は熊谷貨物ターミナル駅からちょうど7kmの地点であり、
どうやらこのキロポストは三ヶ尻線の物の様です。
ここから武川駅までは0.6kmで、三ヶ尻線も全長7.6kmだそうですし。
秩父鉄道94
7キロポストから200mほど西へ進むと
今度は9キロポストがあり、その先で三ヶ尻線が左へと逸れていきます。
この場所は熊谷駅からちょうど9kmの位置ですので
9キロの距離標は秩父本線の距離標で間違い無いでしょう。
(※秩父本線は羽生起点ですが、別の路線が合併してできたので
ゼロキロポストは羽生駅と熊谷駅の二つあります)




秩父鉄道95
明戸駅
1985年(昭和60年)開業と秩父本線では比較的新しい駅です。
島式ホーム1面2線の駅で駅務員のいる業務委託駅となっています。
秩父鉄道97
秩父方から見た駅ホームの様子。
秩父鉄道98
こちらが駅舎の外観です。
秩父鉄道99
駅舎の中の様子。
秩父鉄道a01
この駅も駅舎とホームは構内踏切で繋がっています。
秩父鉄道a02
ホーム側から見た駅舎付近。
駅舎の前には熊谷起点の8キロポストがあります。



秩父鉄道42
大麻生駅



秩父鉄道43
ひろせ野鳥の森駅
2003年開業の比較的新しい駅です。



秩父鉄道a30
石原駅
1901年(明治34年)開業という駅で
島式ホーム1面2線を持つ駅です。
秩父鉄道a31
ホームの眼前に見える地上の線路は4線全てが秩父鉄道の留置線です。
そしてその向こう側に見える高架線は上越新幹線であり、
この駅近辺から熊谷駅まで併走するように路線が走ります。
秩父鉄道a32
ホームと駅舎とを連絡している地下道。
秩父鉄道a33
階段を登って通路を進むと改札があります。
秩父鉄道a34
こちらが駅舎の外観。
駅は住宅地の中にあり、近くを走る国道17号線までは
連絡する県道を600mほど進まないとたどり着きません。



秩父鉄道45
上熊谷駅



秩父鉄道46
そして熊谷駅です。
いわずと知れた上越新幹線の止まるターミナル駅で、
JR高崎線、上野東京ライン、湘南新宿ラインなどが乗り入れています。

秩父鉄道の熊谷駅自体は島式ホームの駅で、
列車の多くがこの熊谷駅を起点に発着しています。



秩父鉄道a27
ソシオ流通センター駅
2017年(平成29年)4月に開設された新駅です。
地元自治体の要望と負担によってできた請願駅となります。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
秩父鉄道a28
こちらは駅舎の外観。
秩父鉄道a29
新設された駅前ロータリーから南に50mほどに
国道125号線が走っています。
名前の由来となった熊谷流通センターまでは
国道を越えて直進しおよそ300mの距離です。



秩父鉄道47
持田駅



秩父鉄道a03
行田市駅
1921年(大正10年)に行田駅として開業した駅です。
その後1966年(昭和41年)の国鉄高崎線の行田駅開業に併せて
名前を譲り現在の行田市駅に改称しています。
島式ホーム1面2線の業務委託駅です。
秩父鉄道a05
こちらはホームにある待合室。
秩父鉄道a04
ホームの上をご覧の跨線橋が渡っており、
橋上駅舎となっています。
秩父鉄道a06
跨線橋へと上がる階段。
秩父鉄道a07
橋上の改札付近の様子です。
秩父鉄道a08
跨線橋の中の様子。
改札脇は待合スペースになっています。
秩父鉄道a09
跨線橋の掲示板。
映画「のぼうの城」で有名となった忍城の城跡はこの駅が最寄です。
秩父鉄道a10
駅舎の外観。
1980年(昭和55年)に橋上駅として改築されたものです。
こちらは行田の市街地に近い南口。
秩父鉄道a11
駅前には鐘楼を模した時計台があったり、
交番が城を模した形をしているなど忍城を意識した造りになっていました。
秩父鉄道a12
こちらは橋上駅になって新設された北口です。



秩父鉄道a13
東行田駅
1932年(昭和7年)開業の駅で、
単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
業務委託駅となっており、利用者数は秩父線35駅中5位(2015年度)という駅です。
秩父鉄道a14
こちらはホームの改札付近。
この駅は改札からホームへはダイレクトに入る事ができます。
秩父鉄道a15
駅舎の外観です。



秩父鉄道50
武州荒木駅



秩父鉄道51
新郷駅



秩父鉄道a16
西羽生駅
1981年(昭和56年)に開設された駅で単式1面1線の棒線駅となっています。
秩父鉄道a17
1番線ホームの反対側はフェンスで仕切られていますが、
ご覧の通り用地が確保されており将来的に島式ホームとしての使用が
可能な状態となっています。
秩父鉄道a18
ホームの階段を上がるとすぐに改札があります。
秩父鉄道a19
ご覧の通り跨線橋上の橋上駅となっています。
秩父鉄道a20
駅舎の外観です。



秩父鉄道53
そして終点の羽生駅です。
東武伊勢崎線との接続駅となっていて乗り換えが可能です。
秩父鉄道54
こちらが駅舎の外観。橋上駅舎となっています。
秩父鉄道55
改札は東武と秩父鉄道で分けられており、
こちらは秩父鉄道の改札。




秩父鉄道56
au 4G LTEでの電波のサービスエリアマップがこちらです。
寄居駅から熊谷駅、羽生駅まで秩父鉄道は全線が電波エリア圏内です。


羽生駅━熊谷駅間に関しては通学の乗客を中心に需要がある様子で
およそ15分間隔程度で列車が運行しています。
熊谷駅━寄居駅間は40分~1時間に1本程度の運行間隔なので
こちらのイメージが強いですが、意外と列車の本数はありました。



特に駅の奪取については取りにくいと感じた事はありませんので
安心をして攻略をして結構だと思います。


では。

↑このページのトップヘ