2016年07月

次は十和田観光電鉄についてです。


青森県の三沢駅から十和田市駅までの14.7kmを繋いでいた路線で
1922年(大正11年)開業という歴史ある路線でしたが
2010年の東北新幹線の七戸十和田駅開業、
そして2011年の東日本大震災の影響などを受けて赤字ローカル路線は力尽き、
沿線自治体への資金援助要請を断られ
2012年3月31日を以って廃止された路線です。



十和田観光電鉄01
こちらは十和田観光電鉄の三沢駅です。
青い森鉄道の三沢駅の目の前にあり、駅前ロータリーを共有しています。
十和田観光電鉄02
かつての国鉄、JRから第三セクターの青い森鉄道の駅となった三沢駅。
その駅舎を出て左に進むと十和田観光電鉄の駅舎の入口があります。
中へ進むと、かつては売店であった自販機コーナーがあり、
その奥へと進むと駅構内の駅そばがあります。
十和田観光電鉄03
そしてその奥に進むとかつての駅の券売窓口のある
待合室のスペースとなります。
現在は鉄道は走っていませんが、
十和田観光電鉄バスの停留所の待合室として利用されています。
そしてその奥がホームへと出るかつての改札となります。
十和田観光電鉄04
こちらがその、かつての改札をホーム側から見た光景です。
鉄道は廃線となっているので表示などは取り払われています。
十和田観光電鉄05
三沢駅のホームの全景です。
頭端式2線のホームの駅で、手前側が通常発着に使われていたホームだそうです。
十和田観光電鉄06
線路も既に撤去されており、草が覆い茂り
水が溜まってしまっている状態となっていました。
十和田観光電鉄07
線路部分はご覧の通りです。
ホームの右には旧東北本線の青い森鉄道の現役路線が見え、
奥には青い森鉄道三沢駅の跨線橋が見えます。
十和田観光電鉄08
ホームのすぐ先にある、かつての十和田観光電鉄の最初の踏切です。
奥は十和田市駅方面ですが、廃線跡はすでに草むらと化していました。




十和田観光電鉄10
大曲駅
駅名から秋田の大曲などを連想しますが無関係で、
ここの駅は単に線路が大きく曲がっているのが由来だそうです。
十和田観光電鉄09
県道10号三沢十和田線から県道20号八戸三沢線が分岐するあたりが
かつて大曲駅のあった所です。
写真だと左が県道10号線、手前の横の道が県道20号線です。
駅はご覧の通りにあったそうで、ホームに簡素な待合のついた棒線無人駅でした。
十和田観光電鉄11
県道10号線にはかつて踏切がありました。
こちらは踏切跡から駅を背に十和田市方面を望んだ光景。
田んぼの真っ只中です。



十和田観光電鉄12
柳沢駅
十和田観光電鉄13
ご覧の様にホームのみの棒線駅がここにありました。
県道10号線に沿うように十和田電鉄がかつて走っており、
真横には江戸時代の用水である稲生川が流れています。
この先の十和田電鉄は基本的にこの稲生川の築堤の上を走ります。
十和田観光電鉄14
ですので駅跡から三沢方面を見てもご覧の通り廃線跡の築堤が続きます。



十和田観光電鉄15
七百駅です。
県道10号線と県道211号線の交わる交差点から少し南へ下ると駅跡があります。
十和田観光電鉄16
県道211号線のかつて踏切のあった場所から三沢方面を。
ご覧の通り七百駅の一連の施設の建物がまだ残っているのが見えます。
敷地内には線路もまだ敷かれたままです。
十和田観光電鉄18
これだけ綺麗に線路が残っていると、何かテンションが上がります。
十和田観光電鉄17
手前の屋根の下にはトランスが山積みに。
十和田観光電鉄19
その先には機関庫と駅舎が見えます。
十和田観光電鉄20
こちらが七百駅の駅舎です。
駅舎は残っているものの、トラロープが掛けられて中には入れません。
十和田観光電鉄21
駅舎の左から中の様子が覗けたのでホームの様子を。
これだけの遺構が残っていたのは私としては幸いでした。




十和田観光電鉄30
古里駅
十和田観光電鉄32
かつて駅のあった場所は県道と用水に挟まれた更地となっており、
そのまま「古里」バス停となっていました。
十和田観光電鉄31
かつての駅はこのような感じでありました。
この駅も1面1線の棒線無人駅でした。



十和田観光電鉄26
三農高前駅
名前の通り、青森県立三本木農業高校の正門の前に作られた駅でした。
十和田観光電鉄28
こちらが三本木農業の正門です。
十和田観光電鉄29
県道を挟んで正門の反対側にはご覧の通り「三農高前」のバス停留所があります。
十和田観光電鉄27
かつてここを十和田観光鉄道が走っており、
駅もご覧のような感じでありました。
1面1線の無人棒線駅ながら、
三沢駅、十和田市駅に次いで乗降客が多かった駅だったそうです。



十和田観光電鉄22
高清水駅
十和田観光電鉄24
写真の左に見えるコンビニのような店舗が
オレンジハート高清水店です。
地図でも分かる通り、この店から県道10号線の交差点のはす向かいに
かつての高清水駅がありました。
十和田観光電鉄25
店舗側から見た交差点。
向こう側の水門の横あたりがかつての駅の跡です。
十和田観光電鉄23
ホームと待合室のみの棒線駅が
かつてはご覧の様にありました。



十和田観光電鉄33
北里大学前駅
十和田観光電鉄35
この駅もかつての駅跡が現在はバス停となっています。
十和田観光電鉄36
駅跡から南方を見ると
十和田自動車学校、十和田市立東中が見え、その向こう側に
駅名の由来となった北里大学の獣医学部があります。
十和田観光電鉄34
駅のホームはご覧の通り、用水を背に県道に向かってありました。



十和田観光電鉄37
工業高校前駅
十和田観光電鉄39
こちらが駅名の由来となった十和田工業高校の正門前です。
十和田観光電鉄41
正門はこんな感じですが。
十和田観光電鉄40
この十和田工の体育館のちょうど向かいあたり、
県道10号線と用水の間にかつての駅がありました。
十和田観光電鉄38
ホームはこんな感じで設置されていました。



十和田観光電鉄42
ひがしの団地駅
十和田観光電鉄44
こちらが十和田観光電鉄バスのひがしの団地停留所ですが、
この先にひがしの団地駅がありました。
十和田観光電鉄43
これまでの駅と同じように用水と県道の間に
1面1線の待合室のみの無人駅がありました。




十和田観光電鉄45
そして終点である十和田市駅です。
十和田観光電鉄46
かつてこの場所に「ダイエーとうてつ駅ビル店」が建っており、
この商業ビルの2階が改札となっている駅ビルが立っていました。
用水と公道の間の1面1線のホームからは
跨道橋で道路南側の駅ビルへと連絡していてなかなかの景色だったようです。

ですが2007年に駅ビルのスーパーが閉店。
駅と銀行、郵便局以外のショッピングセンター全てが閉店してしまい、
2012年の廃線まで5年近くは十和田市駅関連の施設だけが開いている状態だった様です。
十和田観光電鉄48
2016年の私の訪問時には駅ビルは綺麗に解体された後で
ご覧の通り駅関連の施設はほぼ何も残って以内状態でした。
かつて駅ビルのあった場所では何度も再開発がペンディングとなっていた様子ですが
やっと再開発の計画が進んだみたいで、
ご覧の通り仮囲いで工事が始められていました。
十和田観光電鉄47
ホーム付近に寄ってみると、左手に踏切の遺構が残っています。
廃止となった2012年当時にはすでにこの踏切は無くなっていて
写真の立て札付近で線路は終わっていました。
十和田観光電鉄49
駅ホーム付近を切り返して西に向かった写真です。
右の電柱付近が踏み切りの遺構ですが、
かつてはここから線路がさらに伸びており、
車両基地や移設前の十和田市駅などがあったそうです。




十和田観光電鉄50
さて、こちらは青い森鉄道の三沢駅、
すなわち十和田観光電鉄線の起点の三沢駅からのレーダーの様子です。
ご覧の通りレーダー射程12駅では十和田観光電鉄線に限って言えば
北里大学前駅までは届く事が分かります。
すると三沢駅からレーダーで届かない廃駅は
工業高校前駅、ひがしの団地駅、十和田市駅の三駅
となります。

結論から言うと、三沢駅から届かない十和田観光電鉄の上記3駅については
現役の鉄道路線からレーダーで取る事はできません
。届きませんので。
ですので何らかの方法で十和田観光電鉄線の末端に向かって近づく事が必要となります。
でないと十和田観光電鉄線のコンプはもちろん、
マスターオブ青森を取る事もできない
のです。



すると一番取り易い方法は、
十和田観光電鉄が廃止した鉄道の代替として運行しているバス路線、
「十和田~三沢線(電車代替バス)」への乗車となるでしょう。
以下はバス路線の停留所とと鉄道の廃駅との対比です。
参考
十和田観光電鉄「十和田~三沢線(電車代替バス)時刻表」
http://www.toutetsu.co.jp/jikoku/towada-misawa.htm


三沢駅 ━ 三沢駅停留所
大曲駅 ━ 大曲試験場停留所
柳沢駅 ━ 柳沢停留所
七百駅 ━ 七百停留所
古里駅 ━ 古里停留所
三農高前駅 ━ 三農高前停留所
高清水駅 ━ 高清水停留所
北里大学前駅 ━ 北里大学通停留所
工業高校前駅 ━ 工業高校停留所
ひがしの団地駅 ━ ひがしの団地停留所
十和田市駅 ━ 元町東停留所

名称に「鉄道代替バス」と付いている路線なだけに
ほぼ十和田観光電鉄線の路線に沿って走っているバス路線となります。
駅名と紐つけた停留所は旧駅跡のほぼ近くにありますので
取りづらさは感じないと思います。
本数も1時間に一本ペースで運行されていますので
ローカル路線としては比較的アクセスはしやすいと言って良いのではないでしょうか。




2016年6月現在で十和田観光電鉄の遺構として残っていたのは
三沢駅と七百駅の駅舎のみでした。
他の駅は軒並み撤去されてしまっており、
知らなければ鉄道が走っていたと分からない状態です。

バスの待合所として機能している三沢駅の駅舎も
再開発の計画が進んでいる様子で遠くない将来に解体されてしまうでしょう。
末端の駅はレーダーでは届かない様子ですし、
せっかくなのですから攻略のついでに
十和田観光電鉄線の遺構を目にしてはいかがでしょうか。


では。

南部縦貫鉄道線00
さて。次は廃線である南部縦貫鉄道線です。


この路線は青森県上北郡野辺地町の野辺地駅から
上北郡七戸町の七戸駅を結んでいた路線で
旧型レールバスの運行が行われていました。

1997年に運行が休止され、2002年には正式に廃止となっています。
ですので現在は列車の運行は無く、鉄道で路線を辿る事のできない廃線です。




南部縦貫鉄道線18
南部縦貫鉄道線01
こちらは南部縦貫鉄道の七戸駅の跡です。
かつて南部縦貫鉄道が運行していた時の終点の駅です。
営業当時から南部縦貫鉄道の本社が駅舎に入っていました。
ご覧の通り、現在(2016年7月)でも駅舎は当時のまま残されています。
南部縦貫鉄道線04
駅舎の中にはかつての南部縦貫鉄道のアイテムが展示されていました。
南部縦貫鉄道線05
かつてのホーム側から見た駅舎。
南部縦貫鉄道線02
そしてこちらが現在残っている七戸駅のホーム跡です。
南部縦貫鉄道線06
駅舎に一番近いこちらがかつての1番線。
南部縦貫鉄道線07
そしてその隣のこちらが2番線ホーム。
後ろの建物は南部縦貫鉄道の機関庫です。
南部縦貫鉄道線03
機関庫の入口にはかつての駅の構内図がありました。
南部縦貫鉄道線08
機関庫の中にはかつての南部縦貫鉄道の車両が。
南部縦貫鉄道線09
機関庫内に保管されているレールバスは
内部に入って見学ができました。
南部縦貫鉄道線10
機関庫の片隅にはかつてのヘッドマークが。
すでに廃線になった南部縦貫鉄道の鉄道むすめのヘッドマークが
なんとも言えません。




南部縦貫鉄道線12
七戸駅を出たかつての南部縦貫鉄道は
牧場の脇を通り抜けて国道394号線と交差する場所にあった
盛田牧場前駅に停車しました。
南部縦貫鉄道線11
現在の盛田牧場前駅付近。
写真の道が国道394号線です。
駅があったのは写真中央に見える看板のうしろあたりで。
南部縦貫鉄道線13
営業当時の写真などを見ると、
赤線で描いたような感じで駅があった様です。
南部縦貫鉄道線14
駅跡前に残された南部縦貫鉄道を説明する看板。
南部縦貫鉄道線15
駅跡と国道を挟んだ向かい側には、野辺地方面へと向かって
かつて列車が走ったであろう線路跡が道の様に伸びていました。
南部縦貫鉄道線16
駅跡から東へ200mほど行くと、
国道と東北新幹線が交差する地点となります。



南部縦貫鉄道線17
レールバスの次の駅は営農大学校前駅となります。
南部縦貫鉄道線19
こちらが駅名の由来となった青森県営農大学校です。
南部縦貫鉄道線20
この営農大学校の正門の右手前の広い更地のあたりに
ご覧の様な感じでかつての駅があった様子です。
南部縦貫鉄道線21
ホームがあったであろう付近から七戸方面を望んだ光景。
営農大学校の敷地、かつての線路に沿って桜並木が続きます。
鉄道の営業当時の春はさぞ綺麗な光景だったのでしょう。
南部縦貫鉄道線22
営農大学校の正門前には国道4号線が通っており、
門前には「奥州街道」の石碑も建てられています。
南部縦貫鉄道線23
ここから50mほど南に進むと
国道には「七戸十和田駅」と「道の駅しちのへ」の案内標識があります。
実際に営農大学校駅の跡から七戸十和田駅までは直線でおよそ300mほどの距離で、
もし南部縦貫鉄道が営業していたならば乗り換え駅となっていたでしょう。



南部縦貫鉄道線24
そして次の駅は中野駅となります。
国道4号線(奥州街道)の中野三差路交差点のすぐ近くに
コンビニのサンクス七戸中野店があるのですが、
その真裏あたりの現在は砂利敷きの駐車場のあたりが中野駅の跡地となります。
南部縦貫鉄道線25
ご覧のように駅があったそうで、
路線のあった場所は現在は農道として舗装されていました。
現在では駅の痕跡は全く残っていない状態でした。



南部縦貫鉄道線26
そして次は天間林駅です。
南部縦貫鉄道線28
国道4号(奥州街道)から七戸町役場へT字路を曲がると、
なにやら道路を埋めたような跡があります。
南部縦貫鉄道線29
こちらは上の写真を切り返して撮った写真。
この跡はかつて南部縦貫鉄道の踏切があった場所で、
踏切の北側、この写真だと右側にかつて天間林駅がありました。
南部縦貫鉄道線27
踏切すぐの辺りに駅舎があったそうで、
その北側奥に島式1面2線のホームがありました。
南部縦貫鉄道線37
更地となった駅跡の傍らには
コンクリートの枕木が詰まれていて
かつてここが駅であった事を微かに教えてくれます。
南部縦貫鉄道線30
航空写真で見るとご覧の感じで駅があった様です。
南部縦貫鉄道線31
こちらが駅のすぐ東側にある七戸町役場。



南部縦貫鉄道線32
その次は道ノ上駅です。
南部縦貫鉄道線34
こちらは国道4号線(奥州街道)の森ヶ沢付近。
町立天間館中のあたりの信号です。
この交差点の、右手に見える美容室の真裏あたりに
かつて道ノ上駅がありました。
南部縦貫鉄道線35
交差点から20mほど南の国道の反対側には
「天間林土地改良区」の大きな木製の碑があります。
この碑の向かいあたりの道を入るとかつての駅のあった場所へ行けます。
南部縦貫鉄道線36
駅のあったあたりから望んだ七戸方面。
ここを写真奥に向かって線路が通っていました。
南部縦貫鉄道線33
振り返って北側方向。
ご覧の感じでここに道ノ上駅がありました。
現在では駅の痕跡はほぼ残っていません。



南部縦貫鉄道線38
坪川駅です。
天間館前川原付近で国道4号から右手に入ったあたりにかつてあった駅です。
国道からまっすぐではない道を進んで行くと、
民家の集まるT字路に差し掛かります。
ここから右手へ進むと坪川駅の跡地となります。
南部縦貫鉄道線40
右手に道を進んでいくとご覧の光景が。
川に沿って道を進むと何やら橋梁の跡らしきものが見えてきます。
南部縦貫鉄道線41
木の向こう側に見える築堤と、その先にある橋梁の橋脚。
ここが坪川駅のあった場所です。
南部縦貫鉄道線42
かつてホームはご覧の様にあったそうです。
築堤上に片側1面のホームのこじんまりした駅だったそうです。
南部縦貫鉄道線43
駅の七戸側には坪川が流れており、かつてはすぐに橋梁となっていました。
こちらは駅跡の真横に残っている橋脚の跡です。
南部縦貫鉄道線44
坪川の対岸側にも橋脚の跡が。
橋脚の先は七戸駅方面となります。
南部縦貫鉄道線46
こちらは駅舎のあった駅跡から野辺地方面を望んだ写真です。
線路のあった築堤が続いています。



南部縦貫鉄道線45
坪駅
国道4号線の坪交差点から横に入ってすぐの場所に駅がありました。
南部縦貫鉄道線47
坪交差点から60~70mほどでご覧の農協倉庫が見えてきます。
手前の道路に横に側溝が走っているあたりが
かつての南部縦貫鉄道の踏切の跡で
踏切の右手にかつての坪駅がありました。
南部縦貫鉄道線48
駅とホームはご覧のような感じであったそうです。
南部縦貫鉄道線49
あたりはは更地になっているものの、
ホームのあった場所の盛り土はまだ残っていました。
南部縦貫鉄道線50
踏切から野辺地方向はこんな感じです。



南部縦貫鉄道線51
後平駅
国道4号線のみちのく有料道路入口交差点より北に一つとなりのT字路を入って
田んぼの中の道を進むとかつての駅の後があります。
南部縦貫鉄道線52
こちらが駅跡…ではなく、この場所から40mほど右手が駅跡となります。
現地で細長く直線の道があったので廃線跡と勘違いをして撮影してしまいました。
南部縦貫鉄道線53
こちらが駅跡前付近から国道方向を見た写真です。
中央付近の白い建物が上の写真のガレージで、
手前右が後平駅のホーム跡、
道の左の電柱の間あたりには自主運行バスのバス停がありました。
南部縦貫鉄道線54
こちらが後平駅のホーム跡。
周囲は田んぼが一面に広がって遮るものがありません。
かつてのホームは道にほぼ隣接するようにあった様子です。



南部縦貫鉄道線55
西千曳駅

南部縦貫鉄道が1962年に国鉄東北本線の千曳駅を終点として開業しましたが
1968年に東北本線の電化に伴って千曳駅付近の線路が東に移設され、
千曳駅も南東の、現在の青い森鉄道の千曳駅の場所へと移りました。

移設によって廃止された旧東北本線区間のうち
南部縦貫鉄道では元々の東北本線との合流地点から
移設された新東北本線との合流部分までを借り受けて営業をする事とし、
旧国鉄千曳駅を西千曳駅として使用、
終点を国鉄野辺地駅まで延伸する事となりました。

そして18年後の1986年に駅を七戸寄りに移設。
廃線時まで使用していたのが今回訪れた西千曳駅跡となります。
南部縦貫鉄道線58
こちらが西千曳駅のあった場所となります。
南部縦貫鉄道線56
当時のホームはご覧の場所にありました。
片側1線の棒線ホームに大きな待合室が乗った駅だったそうです。
南部縦貫鉄道線59
駅のすぐ東には道があり踏切がありました。
現在はバスのバス停となっています。
南部縦貫鉄道線60
手前のコンクリートの部分をよく見てみると、
かつてレールを柱に転用して構造物があったであろう遺構がありました。
南部縦貫鉄道線57
東の方向を見ると細長く轍のような道のようなものが伸びています。
直線でまっすぐ、黄色で示したのが旧東北本線の廃線跡です。
赤で右にカーブして示したのがかつての南部縦貫鉄道の線路跡。
1986年に移設された西千曳駅が合流地点付近に作られた事が分かります。



南部縦貫鉄道線61
そして終点の野辺地駅です。
南部縦貫鉄道はJRの野辺地駅を終点としていましたから
現在の青い森鉄道の駅である野辺地駅が当然かつての駅の場所な訳です。
南部縦貫鉄道線62
こちらはJR大湊線の野辺地駅ホームから見た青い森鉄道のホームです。
ホームの向こう側には日本で最初の鉄道防雪林があります。
この鉄道防雪林と青い森鉄道のホームの間に
かつての南部縦貫鉄道の野辺地駅がありました。
南部縦貫鉄道線63
現存する野辺地駅の跨線橋がかつては防雪林の手前まで伸びており
南部縦貫鉄道のホームまで繋がっていたそうです。
そして跨線橋の向こう側には駅舎がありました。
南部縦貫鉄道線64
反対側から見るとこのような感じで駅があった様子です。
南部縦貫鉄道線65
かつて駅があったあたりの光景です。
青い森鉄道の野辺地駅ホームから防雪林を見た時には
まさか自分がこの場所に立つとは微塵も考えていませんでしたが…
南部縦貫鉄道線66
防雪林を野辺地駅と反対側から見た光景。
ご覧の道が林を抜けて南部縦貫鉄道の野辺地駅跡へと続いています。
防雪林の中の道の両脇には鉄道の境界杭が続いており
一応公道として通れる様子でした。
まあ、駅があったら道が無いとたどり着けませんし。




そして当然の事ながら、
南部縦貫鉄道はすでに廃線ですので列車が走っていません。
ですので別の手段で現地に向かわないとなりません。

南部縦貫鉄道の廃線跡については
十和田観光電鉄の路線バスの野辺地線「三本木~馬門温泉」が
おおよそ路線に沿って走っています

以下、南部縦貫鉄道の駅(左)とバス停留所(右)を
対比紐つけしますので参考にして下さい。

野辺地駅 ━ 野辺地駅前停留所
西千曳駅 ━ 千曳停留所
後平駅  ━ 後平停留所
坪駅   ━ 上坪停留所
坪川駅  ━ 坪停留所
道ノ上駅 ━ 道ノ上停留所
天間林駅 ━ 七戸町役場前停留所
中野駅  ━ 中野停留所
営農大学校前駅 ━ 営農大学前停留所
盛田牧場前駅 ━ 変電所前(七戸町)
七戸駅  ━ 笊田川久保停留所

この中で注意が必要なのは
盛田牧場前駅についてです。
南部縦貫鉄道線69
盛田牧場前駅については
十和田観光電鉄バスの変電所前停留所が最寄となります。
確かにこの停留所から盛田牧場前駅はGPSで取れますが、
実はかなりエリア的にタイトなので取り逃しの危険性が大きいのです。

バスは奥州街道を通っていますが、
上のボロノイ図を見ると分かる通り、
十和田観光電鉄バスが盛田牧場前駅のエリアを通る区間はほんの僅かだけです。
この駅についてはバスの場合でもレーダー使用を想定しておいて下さい。

そしてこちらが十和田観光電鉄バス野辺地線の時刻表です。
参考
十和田観光電鉄バス「野辺地線時刻表」
http://www.toutetsu.co.jp/jikoku/towada-noheji-makado.html

見ると分かりますがバスの本数は一日7本前後です。
本数が少ないので乗車と攻略には事前の計画が必要となるでしょう。
南部縦貫鉄道の区間の乗車であれば所要時間はおよそ40分弱です。




南部縦貫鉄道線67
また、こちらは青い森鉄道の野辺地駅からレーダーを飛ばした時の到達範囲です。
12駅射程ですと南部縦貫鉄道の駅に限って見てみると
天間林駅までは届く
事が分かります。
逆に言えば中野駅~七戸駅までの4駅は届かないという事です。
南部縦貫鉄道線68
こちらは東北新幹線の七戸十和田駅からのレーダー。
同じく南部縦貫鉄道に限って見ると
後平駅までレーダーが到達しています。
南部縦貫鉄道で取れないのは西千曳駅のみ(野辺地駅をのぞく)です。

ご覧の通り、現役の路線上からレーダーを飛ばす事で
南部縦貫鉄道は全駅を取る事が可能
です。
ゲームとして駅メモを楽しむ方はこれで十分でしょう。
ただ、私個人はそれでは満足感がありませんので
廃駅跡を巡ってきましたが、それは人それぞれですので
情報としてレーダーの到達範囲も記しておきます。




以上が南部縦貫鉄道の攻略についての情報です。
レーダーだけでもこの廃線は攻略可能ですが、
現役当時の列車の姿も見れるなどしますので
是非一度現地を訪れてみてはいかがでしょうか。


では。

釜石線00
さて次はJR釜石線です。


釜石線で普通列車で見かけるのは
冒頭の写真のキハ100形となります。
東北の非電化のローカル線では頻繁に目にする形の車両ですね。




釜石線09
こちらは花巻駅
東北本線と釜石線が繋がる乗り換え駅で
新幹線の開業で比重は下がったもののこの地区のターミナル駅です。
そして釜石線に関してはこの駅が起点となっています。
釜石線10
入口には「東北の駅百選」の表示が。
釜石線11
釜石線は1番線ホームの発着ですので
改札口の目の前の片側ホームとなります。
釜石線13
この釜石線には「銀河ドリームライン釜石線」という愛称がつけられており、
SL銀河の運行がされています。
※銀河鉄道の写真のみ釜石駅にて。
釜石線12
その為、各駅に銀河鉄道をイメージした様々な装飾がされています。
宮沢賢治が作品でエスペラントの単語をしばしば使った事を由来に
各駅にはエスペラントの愛称がつけられており、
釜石駅は「Cielarko(チェールアルコ:虹)」となっています。




釜石線14
似内駅。島式1面2線の無人駅です。
エスペランントの愛称は「La Marbordo(ラ・マールボルド:海岸)」となっています。



釜石線15
新花巻駅
単式ホーム1面1線の駅で、
東北新幹線の駅の設置に伴って新しく整備された駅です。
エスペラントの愛称は「Stelaro(ステラーロ:星座)」です。



釜石線16
小山田駅
単式1面1線の駅でエスペラント愛称は
「Luna Nokto(ルーナ・ノクト:月夜)」となっています。



釜石線17
土沢駅
相対式2面2線のホームを持つ駅で、構内踏切でホームがつながれています。
エスペラントの愛称は「Brila Rivero(ブリーラ・リヴェーロ:光る川)」です。
釜石線18
またこの駅は、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の
始発駅のモデルとなった駅とされています。



釜石線19
晴山駅
単式ホーム1面1線の無人駅です。
エスペラントの愛称は「Ceriz-arboj(チェリーズ・アルボイ:桜並木)」


釜石線08
さて、これまで平坦な田園地帯を走ってきた釜石線ですが、
この区間からトンネルが出現し始めます。
このあたりではまだまだトンネルも短く
あまり電波受信の邪魔にはならないかと思われます。



釜石線20
岩根橋駅
単式ホーム1面1線の無人駅です。
エスペラントの愛称は「Fervojponto(フェルヴォイポント:鉄道橋)」となっています。


釜石線07
駅間のちょうど中間点あたりにトンネルがあります。
釜石線は非電化の気動車で速度も速くなく、駅での停車時間も長いですから
駅を取るのに特にネックになるようなトンネルとはならないでしょう。



釜石線21
宮守駅
島式ホーム1面2線を持つ駅で列車交換が可能な駅です。
エスペラント愛称は「Galaksia Kajo(ガラクシーア・カーヨ:銀河のプラットホーム)」


釜石線06
この区間にも駅間の柏木平駅寄りにトンネルがあります。
トンネル自体は短かいのですが。
釜石線63
こちらは宮守駅━柏木平駅間のau 4G LTEでの電波状況。
柏木平駅寄りの笠通山のふもとの区間が一部電波圏外となっています。
トンネルと電波圏外を併せると、宮守駅━柏木平駅間では
柏木平駅のエリアではほぼ電波が入らない状況
ということになります。
ホームに到着してしまえば柏木平駅は電波が入りますが
駅間のこの状況は頭に入れておいた方が安全でしょう。



釜石線22
柏木平駅
単式1面1線の棒線駅です。
エスペラント愛称は「Glanoj(グラーノイ:どんぐり)」となっています。



釜石線23
鱒沢駅
島式ホーム1面2線の無人駅です。
ホーム上に待合室はあるものの駅舎はありません。
エスペラントの愛称は「Lakta Vojo(ラクタ・ヴォーヨ:天の川)」です。



釜石線24
荒谷前駅
単式ホーム1面1線の無人駅です。
エスペラントの愛称は「Akvorado(アクヴォラード:水車)」



釜石線25
岩手二日町駅
単式1面1線の無人駅ですが、かつては交換可能な駅長配置駅だったようです。
エスペラント愛称は「Farmista Domo(ファルミスタ・ドーモ:農家)」



釜石線26
綾織駅
単式ホーム1面1線の無人駅です。
エスペラント愛称は「Teksilo(テクシーロ:機織り機)」
この駅が最寄の寺に伝わる天女の羽衣が由来の様です。



釜石線27
遠野駅
遠野市の中心駅であり市街地の中心に位置する駅です。
エスペラントでの愛称は「Folkloro(フォルクローロ:民話)」
遠野は「遠野物語」をはじめとして民話で全国的に有名な土地ですから
愛称の由来についてはいわずもがなでしょう。
釜石線28
こちらが遠野駅の駅舎。
釜石線29
駅前はこんな感じの光景です。



釜石線30
青笹駅
単式1面1線の無人駅です。
エスペラント愛称は「Kapao(カパーオ:カッパ)」
河童伝説の残る遠野郷の最寄でカッパ淵があるなどカッパ伝承の地でもあります。

この駅が珍しいのは、ホームと駅の待合室の間に公道が走っている点です。
釜石線31
ですからご覧の通り、普通に車が間を抜けて行きます。
まるで駅構内を車が走っているかの様です。




釜石線32
岩手上郷駅
ご覧の通り島式ホーム1面2線の無人駅です。
エスペラントの愛称は「Cervodanco(ツェルヴォダンツォ:鹿踊り)」



釜石線33
平倉駅
1面1線のホームの棒線駅です。
エスペラントの愛称は「Monta Dio(モンタ・ディーオ:山の神)」


さて、この平倉駅を過ぎたあたりから
駅メモ的には釜石線の一番の難所に差し掛かる事となります。
かつて釜石線の開通でも一番のネックとなった仙人峠の周辺の駅についてです。
釜石線34
こちらはau 4G LTEでの電波サービスエリアのマップです。
平倉駅自体が電波エリアの境界にあり、
その先は陸中大橋駅━洞泉駅間まで電波が入らない状態となっています。


釜石線35
足ヶ瀬駅
この駅の標高は473mで釜石線では一番高い駅だそうです。
エスペラントの愛称は「Montopasejo(モントパセーヨ:峠)」
釜石線36
ホーム側から見た足ヶ瀬駅の駅舎。
釜石線37
電波エリアのマップでは完全に圏外となっているこの駅。
何とか直接GPSでアクセスできないか、と頑張ってみましたが
花巻方面からはご覧の通りの場所でGPSの電波をロスト。
釜石線38
釜石方面からの挑戦ではご覧の位置以上は足ヶ瀬駅に近づけませんでした。
この足ヶ瀬駅を取るには、なくともauではレーダー必須となる様です。



釜石線39
上有住駅
1面1線の棒線無人駅です。
エスペラントの愛称は「Kaverno(カヴェルノ:洞窟)」
これは駅の至近に滝観洞という観光名所の鍾乳洞があることからでしょう。

この上有住駅は、au 4G LTEのマップでは完全に圏外となっているのですが、
実際に駅で端末を見るとしっかりとアンテナが3本立っていて
GPSの応答も可能
でした。
釜石線40
こちらは足ヶ瀬駅側からの
釜石方面行きの下り列車からのGPS。
釜石線41
こちらは陸中大橋駅側からの
花巻方面行き上り列車から。
ご覧の通りどちら側からの列車からも
上有住駅ホーム停車中にしっかりと携帯電波が届いており
GPSでの駅の取得も普通に可能でした。
結論としては上有住駅は普通にGPSで取れます
釜石線42
こちらはau 4G LTEサービスエリアマップを
上有住駅付近を拡大したものです。
やはり上有住駅自体は圏外となっていますが、
近くを走る国道283号バイパスの仙人峠道路の部分だけ
携帯電波が圏内となっているのが分かるかと思います。

このあたりは新仙人トンネル(釜石側)と滝観洞トンネル(花巻側)の
ちょうど切れ目の部分がある場所で、滝観洞ICが作られて
県道へと降りることができます。

この滝観洞ICは上有住駅からおよそ800m。
トンネル開口部はもっと駅に近い場所にあります。
新仙人トンネルなどの車道の検証はしていないので推論となりますが
この新仙人道路の携帯電波を釜石線の列車内から拾えることで
上有住駅からのGPSアクセスが可能なのだと思われます




釜石線04
上有住駅を出ると、仙人峠道路の新仙人トンネルとほぼ並行して
釜石線の土倉トンネルがあります。
その後もご覧の通りトンネルが続いており、
次の駅までの駅間はほぼトンネル内となっています。
この区間は地上でも携帯電波圏外の場所ですが、
もし電波が届く地域だったとしても
ほぼトンネル内のこの区間には意味が無かったでしょう。
二重にこの区間では電波圏外でありGPS取得は無理です。

この区間、釜石線では有名なオメガ(Ω)ループと呼ばれる場所で
線路がまるでヘアピンのような特徴的な線形をしています。
ただ、列車内からだとトンネル内でのカーブなのであまり実感はありません。




釜石線43
陸中大橋駅
島式ホーム1面2線を持つ無人駅です。
エスペラント愛称は「Minajo(ミナージョ:鉱石)」です。

この駅はかつての釜石鉱山の最寄り駅であり、
この地には日鉄鉱業釜石鉱業所がって鉄鉱石などの採掘で栄えた場所でした。
なんでもこのあたりではかつては釜石に次ぐ大きな街だったのだそうです。
当時の写真をみると駅周辺には鉱山住宅などの建物が並び、
駅構内にも何本もの引込み線があり栄えていました。
釜石線48
そしてこの陸中大橋駅のホームの北側にはご覧の構造物があります。
釜石線44
これはかつての日鉄鉱業のホッパーの遺構
現在はコンクリートの骨組みだけが残っています。
かつてはこのホッパーから貨車へ鉄鉱石が注がれていた様です。
釜石線45
駅南側を見ると、一番目立つ建物は駅前にある釜石大橋郵便局です。
現在では他には民家が数件あるのみだそうです。

そしてこの陸中大橋駅もau 4G LTEでは携帯電波圏外となっています。
釜石線46
こちらは上有住駅側から釜石方面への下り列車のGPS。
陸中大橋駅を出てご覧の場所に来るまで電波は圏外のままでした。
釜石線47
洞泉駅側から花巻方面への上り列車からも
ほぼ同様の場所を最後に電波圏外となりました。
ですので結論から言うと
少なくともauではこの駅はレーダー必須の駅となります。



釜石線03
陸中大橋駅を出ると、次の駅までの間には
峠近くの山中にもかかわらずほとんどトンネルはありません。
ですが駅間の中間点より陸中大橋駅寄りは
auでは電波圏外となっている為この区間では取る事はできません。



釜石線49
洞泉駅
1面1線のホームの棒線無人駅です。
エスペラントの愛称は「Cervoj(ツェルヴォイ:鹿)」
仙人峠付近の電波圏外の区間は終わっており、
この洞泉駅は普通にGPSの受信が可能です。



釜石線50
松倉駅
単式1面1線ホームの無人駅です。
エスペラント愛称は「La Suda Kruco(ラ・スーダ・クルーツォ:南十字星)」


釜石線02
松倉駅から次の駅までの駅間にはトンネルがありますが
長さも短GPS取得の妨げにはさほどならないと思われます。



釜石線51
小佐野駅
島式1面2線の駅で、日中は駅務員のいる業務委託駅となっています。
エスペラントの愛称は「Verda Vento(ヴェルダ・ヴェント:緑の風)」


釜石線01
小佐野駅から終点の釜石駅までの間には
短いトンネルがありますがGPS電波への影響はほぼ考えなくて良いでしょう。




釜石線52
そして終点の釜石駅です。
かつての新日鉄釜石のラグビーなどで全国的な知名度を持ち
「鉄の町」として日本中に知られる都市の駅です。
釜石線の他、JR山田線、三陸鉄道南リアス線が乗り入れています。
釜石線53
釜石駅はホームから駅舎へは地下通路で繋がっていますが
地下通路への階段を見ると。
釜石線54
ありました。銀河鉄道仕様の駅名標が。
エスペラント愛称は「La Oceano(ラ・オツェアーノ:大洋)」となっていました。
釜石線56
こちらがホームを繋ぐ地下通路。
釜石線55
通路にはSL銀河の掲示がありました。
釜石線57
こちらが釜石駅の駅舎の外観。
2012年に三陸復興を目的として駅舎リニューアルが行われて
現在の外観へとなったそうです。
なんでもデザインは製鉄所の溶鉱炉をイメージしているそうで。
釜石線58
駅前広場の並びには物産館であるシープラザ釜石や、
釜石線59
海産物を扱うサンフィッシュ釜石などがあります。
釜石線60
しかしこの釜石駅前で一番特筆すべきは、
なんと言っても駅の目の前に鎮座する新日鐵住金釜石製鐵所でしょう。
「鉄の町」釜石を象徴する日本最古の製鉄所を前身とする製鉄所です。




釜石線61
こちらは釜石線の路線周辺の
au 4G LTEでの電波サービスエリアのマップのうち
オメガループの仙人峠付近以西の区間についてです。
柏木平駅付近に一部電波圏外の箇所がありますが、
全線ほぼ全てでGPSの電波送受信が可能となっています。
釜石線62
こちらは仙人峠付近以東の区間での電波エリアマップです。
洞泉駅以東は全ての場所で電波が入ります。

以上をまとめると、
基本的には釜石線の駅は普通に列車に乗ってGPSで取れるという事です。
釜石線の路線上でauで携帯電波が入らないのは仙人峠のオメガループ付近一帯だけで、
実際にGPSアクセスができないのは足ヶ瀬駅、陸中大橋駅の二駅だけです。
この二駅もdocomoであればアクセスが可能だという情報もありますので併記しておきます。



全線が非電化単線のローカル線ですので
列車のスピードは遅く、駅での停車時間も長めの傾向にありますので
基本的には駅を取りやすい路線だと思います。
仙人峠の足ヶ瀬駅、陸中大橋駅と、片側だけ電波の入らない柏木平駅。
注意が必要なのはこのあたりの駅だけ
だと思います。

各駅停車に乗車して全線で所要時間はほぼ二時間というこの路線。
一日の列車本数が10本前後というローカル路線ですので
釜石線に乗車前と乗車後のアクセスの方がむしろ注意が必要なのではないでしょうか。



では。

三陸鉄道南リアス線00
さて。次は三陸鉄道南リアス線です。


元々は国鉄盛線として開業した路線で、
盛駅━吉浜駅間での運行でしたが
1984年の第三セクター移管時に吉浜駅━釜石駅間が繋がって
現在の区間での営業となっています。


2011年3月の東日本大震災では駅や線路が津波によって
大きな被害を受けましたが、
国などの復興支援を受けて2013年4月に盛駅━吉浜駅間が復旧し、
2014年4月に全線復旧となっています。
三陸鉄道南リアス線53
特にクゥエートからの支援では12億円が三陸鉄道の復興に充てられて
新しい車両も導入する事ができました。
その為駅や車両にはところどころに感謝のメッセージが書かれています。




三陸鉄道南リアス線10
こちらはJRの盛駅。
三陸鉄道南リアス線11
その並びに建っているのが、
三陸鉄道南リアス線の盛駅となります。
三陸鉄道南リアス線12
駅舎の中はご覧の通り。
待合室と書かれていながらグッズ他が所せましと並べられていて
券売の窓口が埋もれ気味です。
三陸鉄道南リアス線13
ホーム側から見た待合室の入口。
三陸鉄道南リアス線14
このホーム側出口を出ると、すぐ左には跨線橋の階段があります。
盛駅の駅舎に一番近い1番線は大船渡線BRTの降車ホームとなっているので
目の前すぐはご覧の通りBRTの専用道路となっています。
三陸鉄道南リアス線15
跨線橋を渡ると2、3番線のある島式ホームに。
駅舎に近い側の2番線は大船渡線BRTの乗車ホームで、
線路を走る三陸鉄道は、写真で跨線橋の向こう側となる
一番外側の3番線を使用しています。
三陸鉄道南リアス線16
跨線橋を降りてホームの奥へ。
三陸鉄道南リアス線17
三陸鉄道盛駅のホームです。



三陸鉄道南リアス線18
盛駅を出て左にカーブをするとまず盛川を渡る橋梁があります。
三陸鉄道南リアス線19
貨物のみを扱う岩手開発鉄道の赤崎線の線路を跨いて越える三陸鉄道。
この線路を越えるとすぐに列車はトンネルに入ります。
三陸鉄道南リアス線01
ご覧の通りトンネルは次の駅の手前まで続いています。
トンネル内では当然電波は入りませんので、
次の陸前赤崎駅を取るには駅到着まで無理という事になります。
三陸鉄道南リアス線20
トンネルを出ると次の駅が。



三陸鉄道南リアス線21
陸前赤崎駅
現在のホームは震災後に釜石寄りに移設されたものだそうです。

三陸鉄道南リアス線02
陸前赤崎駅を出るとすぐに列車は綾里トンネルに入ります。
ですから陸前赤崎駅はその前後をトンネルに挟まれており、
列車乗車の場合は駅間でGPSでアクセスして取る事はできません
ですので陸前赤崎駅はホーム停車時に確実に取って下さい。
三陸鉄道南リアス線23
トンネルを抜けると次の駅が。


三陸鉄道南リアス線22
綾里駅
この駅は三陸鉄道ではめずらしく相対式ホームの駅で
線路を跨ぐ跨線橋があります。


三陸鉄道南リアス線03
綾里駅からしばらくは地上の山中を走りますが、
次の駅までの中間地点付近から長いトンネルに入ります。
綾里駅は駅間で取れると思いますが、
次の恋し浜駅を駅間でGPSで取るのはなかなか厳しいと思います。


三陸鉄道南リアス線24
恋し浜駅
この駅は南リアス線では有名なスポットであり、
普通列車が観光シーズンには大抵
2、3分停車をして撮影タイムを作ってくれます
三陸鉄道南リアス線28
元々はこの地区の地名を取って駅名は小石浜駅でしたが、
2009年7月に地元のホタテのブランド名を元に恋し浜駅に改名。
恋愛祈願を行うカップルなどが来訪する場所となりました。
三陸鉄道南リアス線27
他の駅では観光案内が掲示されているスペースを利用して
ご覧の「愛の鐘」が設置。
三陸鉄道南リアス線25
また駅の待合室にはご覧の通りで。
三陸鉄道南リアス線26
祈願の書かれたホタテの貝殻の絵馬が奉納されて
待合室いっぱいに吊るされています。
三陸鉄道南リアス線29
また2014年に新設されたスロープにも
ご覧の通り奉納のホタテ絵馬が。
三陸鉄道南リアス線30
こちらが駅の外観です。
ご覧の通りに、ホームからは階段が一本のみ。
三陸鉄道南リアス線31
ホーム南側に新設の、先ほどのスロープは
裏手の公民館前へと通じています。
三陸鉄道南リアス線32
駅周辺の光景。
三陸鉄道南リアス線33
駅から徒歩5分ほどで小石浜漁港があります。

三陸鉄道南リアス線04
この恋し浜駅は写真でも分かる通り、
駅の前後をトンネルで囲まれている駅です。
下車するのでなければ、この駅を取るには駅停車中しか無いでしょう。
幸いに停車時間の比較的長い駅ですのでその時間を利用して下さい。
発車してからではアイテムが必要になる可能性が高いので注意が必要です。

また、この駅は駅メモでは主人公的なでんこである
「恋浜みろく」の名前由来駅となっており、
三陸鉄道南リアス線34
キャラクターはこちらの三陸鉄道36形がモチーフとなっています。
三陸鉄道南リアス線35
車両の36形を読み替えて「ミ(3)・ロク(6)」としたのが
名前の由来では、と言われています。


三陸鉄道南リアス線36
恋し浜駅を出た列車はすぐに小石浜トンネルに入ります。
トンネルを出るとご覧の鬼沢漁港が見え、すぐに次の駅へと到着します。



三陸鉄道南リアス線37
甫嶺駅


三陸鉄道南リアス線05
この甫嶺駅の北側の宮古寄りはすぐにトンネルとなっています。
北側の駅間で甫嶺駅をGPSで取る事はまず無理でしょう。
この駅を取るには、
小石浜トンネルを出た甫嶺駅側から甫嶺駅停車中まで、となります。
三陸鉄道南リアス線43
こちらは小石浜トンネルを出てすぐにある
改修中の泊漁港。



三陸鉄道南リアス線38
三陸駅
旧三陸町(現大船渡市)の代表駅でした。


三陸鉄道南リアス線06
三陸駅を出ると、リアス式海岸の半島付け根を通過するために
トンネルへと入ります。
三陸駅から次の吉浜駅までの間には長いトンネルがあり、
地上区間でも細かくトンネルがあることから
この駅間でGPSで位置情報を取るのはかなり至難と言えます。



三陸鉄道南リアス線39
吉浜駅
かつて国鉄線として開業していた時には
この駅が終点の駅でした。
三陸鉄道南リアス線40
駅の外観。
三陸鉄道南リアス線42
見ての通り、この駅の建物は公民館の一部を使用する形となっています。
三陸鉄道南リアス線41
駅舎右側には、夜間の建物閉鎖時用のホーム直通の通路。


三陸鉄道南リアス線07
吉浜駅の北側は次の駅までほぼ全てがトンネルとなっています。
当然この区間でGPSの電波など受信できません。
駅南側の釜石寄り区間も細いトンネルが散在していますので
電波の受信状況は決して良くはありません。
駅での停車時に取らないとリカバーが必要となります。



三陸鉄道南リアス線44
唐丹駅
列車乗車時には駅ホームでしかGPSのアクセスができない駅ですので
停車時に忘れずに駅と奪取して下さい。


三陸鉄道南リアス線08
唐丹駅の北側の区間も次の駅までほぼトンネルです。
つまり唐丹駅は隣の駅までのほぼ全てがトンネルという駅だという事です。



三陸鉄道南リアス線45
平田駅
三陸鉄道南リアス線46
駅から海側を見ると釜石大観音が見えるのがお分かりでしょうか。


三陸鉄道南リアス線09
平田駅を出るとやはりすぐにトンネルとなります。
釜石駅方向は甲子川の手前までずっとトンネルであり、
この駅も前後はほぼ全てトンネルの駅となります。
繰り返しですが駅ホーム停車時でないとGPSアクセスができませんので
駅を取るのを忘れない様に注意をして下さい。

ちなみに余談ですが、私が乗車した時には
トンネルを釜石側に抜ける時に、出口付近に鹿が侵入していました。
列車が警笛を鳴らすと山の斜面へと逃げて行きましたが
実際に線路に入る鹿を見たのは初めてでした。



三陸鉄道南リアス線47
釜石駅
三陸鉄道南リアス線の北の終点の駅です。
三陸鉄道南リアス線48
三陸鉄道の釜石駅の駅舎とホームは
JRの線路を挟んだちょうど反対側にありますので
ホームまではご覧の地下通路を通って行きます。
三陸鉄道南リアス線49
こちらが改札の待合のある駅舎部分。
三陸鉄道南リアス線50
駅舎の外観です。
並んだ隣にはJR釜石駅の駅舎があります。



三陸鉄道南リアス線51
三陸鉄道南リアス線52
こちらはau 4G LTEでの電波サービスエリアのマップです。
駅間で若干、リアス式海岸の山を抜ける部分で圏外の場所はありますが
基本的には全ての駅が電波の圏内となっています。
ですのでどの駅も駅ホームでの停車中であればGPSのアクセスは可能でしょう。

そもそもその路線の大多数がトンネルである南リアス線。
総延長36.6kmに対してトンネル総延長は実に22.3km。
路線のおよそ61%がトンネルという事になります。
はっきり言えば「駅が地上にある地下鉄」と思ってもらって良いと思います。
ですから駅の場所以外での電波状況についてはさほど気にする必要はありません。
どうせトンネル内ではどこでも電波が届かないのですから。

トンネルとトンネルの隙間にある駅も多いだけに
GPSの反応の遅い端末を使用している場合
停車時にGPSの応答をしきれず発車してしまうケースもある
と思われます。
いざという時の為にレーダーとオモイダース(飴)の準備は忘れない方が良いでしょう。



南リアス線はおちついて着実にやれば
GPSだけで攻略の可能な路線
です。
見た目の印象ほど攻略の難易度は高くはありません
岩手県の沿岸部の路線はどの路線も本数が少ないので
取り逃しの無い様に計画が必要でしょう。



では。

東京メトロ銀座線00
お次は東京メトロの銀座線に行きたいと思います。

銀座線は1927年(昭和2年)に浅草駅━上野駅間で開通した
日本で最初の地下鉄路線です。

線路の幅は新幹線と同じ標準軌となっており、
第三軌条集電方式を採用している為屋根上にパンタグラフがありません。
ですので多くが狭軌である他の鉄道路線との相互乗り入れは基本的にはありません。

初期の地下鉄である為、車両の大きさが小さい(定員が少ない)上に
6両編成という現在の都心の路線では短かい編成の路線の為輸送力が低いのを
列車運行本数でカバーしている為、
銀座線の列車はすぐにやってきて待つ事がありません



東京メトロ銀座線01 東京メトロ銀座線14
こちらが北の起点駅となる浅草駅です。

銀座線の浅草駅ホームの発車メロディは「花」が採用されており、
1番線と2番線で違う部分が使われています。
(上の埋め込み動画で試聴できます)

以前はホームからなかなかGPS位置情報を取得してくれなくて
やきもきしたものですが、2016年6月時点で確認したところ
銀座線の浅草駅ホームにもauのWi-Fiスポットが導入されていました

ですのでご覧の通り浅草駅をピンポイントで取る事が可能です。
東京メトロ銀座線21
浅草駅の地上出口。
東武の浅草駅の建物の目の前に入口があります。

なんでも1927年(昭和2年)にこの浅草駅と上野駅の間に開通したのが
日本で最初の地下鉄路線だそうで。




東京メトロ銀座線08 東京メトロ銀座線10
田原町駅
銀座線は駒形橋の前から浅草通りの地下を進み、
この田原町駅も浅草通りの下に相対式2面2線のホームを持つ駅です。
改札外では地下通路で上り改札と下り改札が連絡していますが、
駅構内へ改札を入ってしまうと上りホームと下りホームの行き来はできません

駅ホームではauではWi-Fiスポットが設置してあり
ご覧の位置でGPS位置情報を拾います。
田原町駅は非常にホームが浅い為、
Wi-Fiが無くてもGPSの電波は十分に拾えるでしょう。
東京メトロ銀座線09
こちらが浅草通りの寿四丁目交差点にある地上出口です。



東京メトロ銀座線11 東京メトロ銀座線12
稲荷町駅
この駅も浅草通りの地下の稲荷町交差点付近にあり
相対式ホーム2面を持つ駅となっています。
Wi-Fiスポットが設置されており
GPS位置情報もご覧の通り稲荷町交差点付近を取得しています。
田原町駅同様にホームの深度は浅いので
通常の電波でもGPSは受信できるでしょう。
東京メトロ銀座線13
こちらが稲荷町交差点にある駅の地上出口。
浅草通りを挟んで上りと下りの出口が設置されています。
双方のホームは地下では連絡しておらず、
反対ホームへ行くには地上で浅草通りを渡るしかありません。



東京メトロ銀座線53 東京メトロ銀座線17
上野駅

銀座線の上野駅ホームの発車メロディは森山尚太郎の「さくら(独唱)」となっています。
(上の埋め込み動画で試聴できます)
東京メトロ銀座線54
こちらは銀座線改札から近い7番出口。
JR上野駅の南の中央通りに面してあります。
東京メトロ銀座線55
出口の真上にはJR京浜東北線が走っており、
裏側には「ああ上野駅」の歌碑が建っていました。




東京メトロ銀座線56 東京メトロ銀座線18
上野広小路駅
この駅には「松坂屋前」の併称がついています。
これは「三越前駅」を三越が全額負担で作られる事を知った松坂屋が
対抗して同様に全額費用負担で駅を作ったが故です。
その為この駅は上野駅から500mという至近にあります。
東京メトロ銀座線57]
こちらがその上野松坂屋。
東京メトロ銀座線58
その目の前に設置された2番出口です。
東京メトロ銀座線59
また渋谷方面行き側の改札前にはご覧の出口があり
地下で松坂屋と直結しています。



東京メトロ銀座線15 東京メトロ銀座線16
末広町駅
東京メトロ銀座線28
こちらは駅の出口のある外神田五丁目交差点。
中央通りと蔵前橋通りが交わる交差点です。
有名な秋葉原の歩行者天国は
秋葉原駅前からこの外神田五丁目交差点までの区間であり、
実はこの末広町駅が秋葉原の北の玄関口であることが分かります。



東京メトロ銀座線19 東京メトロ銀座線20
神田駅

この駅の発車メロディは美空ひばりの「お祭りマンボ」となります。
(上の埋め込み動画で試聴できます)
東京メトロ銀座線22
ご覧の通りJR神田駅のガード下改札前に
銀座線への入口が設けられています。



東京メトロ銀座線05 東京メトロ銀座線23
三越前駅
東京メトロ銀座線34
こちらは銀座線の改札。
東京メトロ銀座線60
改札を出て渋谷方面へ50mほど通路を進むとA5出口の表示があります。
東京メトロ銀座線61
こちらがA5出口ですが、ご覧の通り三越本店の地下と直結をしています。
東京メトロ銀座線62
A5出口の真上に上がると、三越のシンボルとも言えるライオン像の置かれた
ライオン口があります。
東京メトロ銀座線63
ご覧の通り三越本店の建物のド真ん中です。

この駅は名前を見ても分かる通り三越が全額費用負担をして作られた駅であり、
駅の建設にも様々な三越側の意向が反映されています。
東京メトロ銀座線64
例えばホームの壁面は三越の「三」をイメージした赤い三本線があしらわれ、
駅名標も銀座線使用ではなくこの駅独自のデザインで設置されています。




東京メトロ銀座線65 東京メトロ銀座線25
日本橋駅
東京メトロ銀座線66
こちらの駅は日本橋高島屋の目の前にあり
「高島屋前」という駅名の併称があります。
この駅も高島屋と白木屋デパートの資金提供で作られた駅だからです。
ちなみに白木屋日本橋店は東急百貨店に名前を変えた後に1999年に閉店している為
以前は「東急百貨店・高島屋前」の併称でした。




東京メトロ銀座線24 東京メトロ銀座線26
京橋駅
1932年(昭和7年)開業のこの駅は7番出口が明治屋と直結しており、
車内案内放送では「次は京橋・明治屋前」とアナウンスされます。
これは駅建設費用の一部を明治屋が負担した事が理由となります。
東京メトロ銀座線29
こちらが駅の出口。
中央通りと鍛冶屋橋通りの京橋交差点にあります。
写真の出口後方に見えるのは東京駅八重洲南口のビル街で、
京橋駅からは200mという距離にあります。

また駅メモではこの駅は「京橋リオナ」というキャラクターの
名前由来駅
となっています。
東京メトロ銀座線30
こちらはリオナのモチーフとなっている銀座線の地下鉄1000系の車両。
銀座線は「第三軌条給電方式」と取っており、
電気を取る為の第三のレールが敷設され、
車両の台車についた「集電靴」で電気を取り込んでいます。
東京メトロ銀座線31
こちらが銀座線の線路。
二本のレールの上に見える白と赤の軌条が「第三軌条」で
電気が流れており列車はこの軌条から電気を取り入れます。




東京メトロ銀座線32 東京メトロ銀座線27
銀座駅
いわずと知れた銀座の最寄り駅で説明は不要でしょう。
銀座線銀座駅は昭和9年開業で、
松屋と三越の資金提供によって駅が作られたそうです。

銀座線の銀座駅ホームの発車メロディは「銀座カンカン娘」が流れます。
(上の埋め込み動画で試聴できます)
東京メトロ銀座線33
地上出口の前には銀座三越が。




東京メトロ銀座線07
新橋駅
サラリーマンの街として有名ですが、
JRで京浜東北線と山手線、そして都営浅草線、
ゆりかもめに乗り換えができます。
東京メトロ銀座線35
こちらが駅の地上出入口の外観です。
東京メトロ銀座線08
JR新橋駅の烏森口と連絡をしている6番出口。
やはりなかなかの人の多さです。



東京メトロ銀座線36 東京メトロ銀座線38
虎ノ門駅
東京メトロ銀座線37
こちらが駅の地上出入口の外観です。
目の前には文部科学省がある様に官庁街の周辺部にある駅です。



東京メトロ銀座線39 東京メトロ銀座線41
溜池山王駅
首相官邸や国会議事堂などが目前にある駅で、
1997年の南北線開業に伴って銀座線にも新設された駅です。
東京メトロ銀座線40
こちらは地上出入口のある外堀通りの溜池交差点。



東京メトロ銀座線42 東京メトロ丸の内線56
赤坂見附駅
この駅では銀座線は丸ノ内線と一緒の島式ホームを共用しており、
B1Fには1番線(銀座線渋谷方面)と2番線(丸ノ内線荻窪方面)が、
そしてB2Fには3番線(銀座線浅草方面)と4番線(丸ノ内線池袋方面)が
それぞれ停車しています。

またこの赤坂見附駅は東京メトロでは永田町駅と同一駅扱いとなっており、
併せると合計5路線が集まる駅となっています。
東京メトロ銀座線71
銀座線改札から出るとご覧の10番出口から出ることになりますが
地上はご覧の通りビッグカメラの店舗建屋となっています。




東京メトロ銀座線51 東京メトロ銀座線52
青山一丁目駅
東宮御所のある赤坂御用地の南西角にある、青山通りの交差点にある駅です。
駅南方は青山や赤坂といった都内有数の高級地が広がります。
東京メトロ銀座線44



東京メトロ銀座線46 東京メトロ銀座線67
外苑前駅
名前の通り神宮外苑の北縁に近い駅で、神宮球場や秩父宮ラグビー場などがあります。
青山という土地柄で駅周辺には大企業の本社や在外公館が集まっています。
東京メトロ銀座線47



東京メトロ銀座線48
表参道駅
東京メトロ銀座線49
この駅は千代田線の項でも触れましたが
銀座線のホームからもやはりGPSを受信する事はできません
東京メトロ銀座線68
ホームでは前の駅のGPSをそのまま引きずった状態で位置が更新されません。
地上近くまで出ることでご覧の通り
表参道駅付近の位置情報を取得することが可能となります





東京メトロ銀座線50
そして終点の渋谷駅です。
ホームはご覧の通り相対式2面2線で、
終点である事から1番線が降車専用ホーム、
2番線が浅草方面への発車ホームとなっています。
1番線と2番線は駅構内では行き来ができず、
移動するには一旦改札外に出る必要があります

東京メトロ銀座線69
ですから降車ホーム側の改札はご覧の通りで
入る事は基本的にはできません。
東京メトロ銀座線70
渋谷という土地が渋谷川を底とした谷である為土地が低く、
その為渋谷駅は駅手前で地上に出ており
渋谷駅は銀座線唯一の高架駅となっています。
ですのでホームがあるのは東急百貨店東横店西館の地上3階部分であり、
ご覧の通り渋谷ヒカリエの横で地上に出てきた銀座線が
高架橋で明治通りを跨ぎ、東急百貨店の建物へと吸い込まれていきます。




銀座線は初期の地下鉄であるだけに
基本的には浅い深度の地下を運行している路線です。
ですから電波は比較的入りやすく、基本的には駅の奪取には困らない路線です。

ただ唯一、表参道駅だけはホームや車両から駅の位置情報を取る事が困難な駅です。
この駅を取る事だけ注意をすれば、後は基本的には非常に攻略し易い路線だと思います。



建築的にも貴重な数々の歴史ある構造物と
そしてラッシュ時2分、日中3分間隔という過密ダイヤという
近代的な運行が同居する銀座線。
数々の駅が昭和のテーマパークであるデパート目的で建設されていたなど
いろいろ興味深い路線だと思いますので
機会があれば散策するのも面白いと思います。


では。

↑このページのトップヘ