2016年12月

三江線a97
JR三江線の続きです。

その1(三次駅━口羽駅)はこちら
その2(口羽駅━浜原駅)はこちら



さて、浜原駅から先は三江線の中でも歴史の古い
三江北線の区間に入ります。
浜原駅以南の高規格近代路線とはうってかわって
歴史ある風情の駅舎が並ぶ区間でもあります。
三江線a99
それではご覧の浜原駅から、先の区間に進みます。



三江線a96
粕淵駅
1937年(昭和12年)に開業した駅で
駅自体は単式1面1線の棒線駅となっています。
三江線a98
元々は島式1面2線のホームだったそうですが、
現在は単式1面となっており、
潰された線路の土地は新しい駅舎や駅前の駐車場などに転用されています。
三江線b01
こちらが駅舎の外観。
建物の大部分は美郷町商工会館となっており、
右脇の一部分がJR粕淵駅として合築となっています。
三江線b02
駅待合部分の内部はこんな感じで。
美郷町商工会が受託をしている簡易委託駅となっています。
三江線b04
待合を出るとご覧の通りタイルの通路があり、
単式ホームの端へと通路が続いています。
三江線b05
待合室の壁には、粕淵駅のある美郷町のゆるキャラが。
この駅の丸い植え込みにもこのキャラがふんだんにあしらわれていました。
三江線b06
この駅の神楽愛称は「神武」です。



三江線b07
明塚駅
1967年(昭和42年)開業の駅で単式1面1線の棒線無人駅です。
鉄道マニアには「秘境駅」に数えられている駅の一つでもあります。
三江線b08
駅前の光景。
県道は江の川の対岸を走っており、駅へと至る道は生活道路のみです。
三江線b12
ホーム側から見るとこんな感じで。
三江線b09
駅前は民家も数少いもののあって道も広めですが、
ここに至るまでの道はご覧の感じで車の離合(すれ違い)もままならない感じです。
三江線b10
こちらが駅の外観。
三江線b11
列車内から駅を見るとご覧の様な光景です。
三江線b13
駅の神楽愛称は「黒塚」



三江線b14
石見簗瀬駅
1935年(昭和10年)に三江線が石見川本駅から延伸した際の
終着駅として開業した駅です。
現在は単式1面1線の駅ですが、
見れば分かる様に元々は島式1面2線のホームの駅で
現在でその施設をほぼそのまま転用して使っています。
三江線b15
こちらはホーム側から見た駅舎。
三江線b16
駅舎の目の前にはかつて線路のあった場所がバラスト(砂利)敷きで残っており、
その向こう正面にはホームがあります。
三江線b17
かつて線路があった名残として、バラストの中に所々枕木がご覧の通り残っています。
この部分の線路が撤去されたのは国鉄時代の1999年(平成11年)だそうです。
三江線b18
駅の東端にはかつての構内踏切であった
ホームと駅舎との連絡路があります。
駅舎からホームへと渡る道はここだけですので
大きく迂回をしないと駅舎からホームへは行けません。
三江線b20
構内踏切とは反対側のホーム西端の先を見ると
かつて交換設備としてあった線路が断片的に残っていました。
三江線b19
こちらが駅舎の外観。
開業当時の駅舎がそのまま残っています。
三江線b21
待合スペースの様子。
三江線b22
待合室の隣の駅舎内が窓から見えたので
つい覗いた一枚がこちら。
かつての駅務スペースでしょう。
三江線b23
こちらの駅の神楽愛称は「岩戸」でした。



三江線b24
乙原駅
1935年(昭和10年)開業の単式1面1線の棒線無人駅です。
三江線b25
こちらは駅に至る町道。
江の川沿いに走る三江線ですが、
この駅付近だけはやや内陸部へとルートを取っています。
三江線b26
駅の外観。
ホームは築堤上にあり階段を上ります。
三江線b27
ホーム上から見た駅前の光景。
三江線b28
広場には待合室と同じブロック造りの駐輪場がありました。
三江線b29
待合室の中です。
三江線b30
駅の神楽愛称は「帯舞」とありました。



三江線b31
竹駅
1958年(昭和33年)開業の単式1面1線の棒線無人駅です。
三江線b32
駅の前を走る県道40号線。
県道ながら竹駅近辺は道幅が狭い狭隘区間となっています。
三江線b33
駅の南の目の前には湊橋という青い橋梁が江の川に架かっています。
三江線b34
橋の袂には竹駅前のバス停が。
三江線b35
県道から見た駅の外観です。
駅の背後は斜面になっており民家が一軒あります。
三江線b36
背後の民家は道に出るには竹駅ホーム南端のご覧の道を通るしかないのですが、
通り道の線路にはJR西日本のご覧の立て看板が。
…いやあ、ここしか出入口無いですから。
ここを通って線路跨がなきゃ家に入るのは絶対無理ですって。
三江線b37
ホームから道を挟んだ反対側の目の前には江の川が。 三江線b38
駅に駅舎は無くホームにご覧の待合室があるのみです。
三江線b39
そしてここは竹駅なので、ホームの柵には竹人形や竹の箕(み)、竹箒、すだれなど
様々な竹製品がくくりつけてありました。
三江線b40
こちらの駅の神楽愛称は「鹿島(国譲り)」です。



三江線b41
木路原駅
1962年(昭和37年)に新設された駅で、
こちらも単式1面1線の棒線無人駅となっています。
三江線b42
駅前の道路の様子です。
県道40号線から集落の中に一本入った道で、
ご覧の通りの生活道路です。
三江線b43
こちらが集落の中で駅へと至る道で、
斜面の一段高い場所を通る三江線へは階段で上がる事となります。
三江線b44
こちらが駅の入口の外観です。
三江線b45
駅入口から見た集落方向。
三江線b46
そしてこちらが駅の南東100mほどのところにある
木路原天満宮です。
三江線b47
天満宮のムクノキ。高さ25m、周囲8.3mで、
平成元年度の第4回自然環境保全基礎調査において環境庁より
「全国巨木ベストテン」樹木のムクの木の部第9位(島根県では1位)に選ばれているそうです。
三江線b48
駅の神楽愛称は「天神」でした。




三江線b49
石見川本駅
1934年(昭和9年)開業の駅で相対式ホーム2面2線を持つ
列車交換の可能な駅です。
川本町の中心駅であり、三江線の駅としても運行上の中核となる駅です。
この駅を最後に上り方向は終点の江津駅まで列車交換の出来る駅はありません
また業務委託駅として駅務員が配置されているのも
起点終点ではない三江線の途中駅としてはこの駅だけです。
三江線b50
ホームを連絡している跨線橋。
三江線b51
こちらは駅舎から遠い方の下り線ホームです。
三江線b52
駅舎の外観。
三江線b55
待合室はご覧の感じで、
一角には硬貨が戻るコインロッカーもあります。
三江線b53
駅前広場から左手にはご覧の商店街が続き、
すぐ目の前には三江線目当ての乗客には有名な新栄寿司があります。
三江線b54
そして広場右手には普通の理容店がありますが、
建物の裏側に回って見るとご覧の通りメーテルが。
石見川本駅で知る人ぞ知るローカルスポットです。
三江線b56
この石見川本駅では、昼の上り列車が
下り列車の待ち合わせの為に正午近くにおよそ1時間半停車します。
正確には石見川本終点の車両が一時間半後に江津行きとして出発するのですが。
同じ車両なのですが、停車の間車両のドアは閉められてて施錠され、
乗客は一旦降りなければなりません。
三江線b57
その昼の一時間半を利用して、
マスコットキャラクター「石見みえ」の立て看板が写真撮影用に出されたりもします。
三江線b58
看板はお手製感満載ではありますが。
三江線b59
この昼停車の列車では、川本町の商工会が法被を着て
ランチの案内を配ったりするなど観光客を出迎えていて、
再度江津行きとして列車が出発する際にはご覧の通り見送りまでありました。
三江線b60
駅の神楽愛称は「八幡」です。



三江線b61
因原駅
1934年(昭和9年)開業の駅で
現在は単式1面1線の棒線無人駅となっています。
三江線b64
こちらは駅舎の外観。
かつては木炭や米などの貨物で賑わった駅だそうです。
ですので駅舎右手の倉庫が駅前広場と違和感無く一体化しているのですが。
三江線b65
駅入口の右を見ると、
かつての駅務室が運送会社の事務所に転用されて使われていました。
扉を見るとその名も「三江線運輸」と。
駅舎右手の倉庫もこの会社の倉庫の様です。
三江線b69
駅舎の待合スペース。
三江線の写真の展示スペースがあったり。
三江線b70
駅舎からホームはご覧の通り一段低くなっていて
階段が設けられています。
三江線b71
ホームから見た駅舎。
昭和9年の開業当時からの駅舎はいい味出しすぎです。

元々はこの因原駅は相対式2面2線の駅で列車交換が可能でしたが、
1999年(平成11年)に三江線の他の数駅と一緒に交換設備が撤去されて
単式の棒線駅となりました。
三江線b62
こちらが相対式だった時の下り線ホーム。
現在は使われず線路も撤去されているので
ご覧の通り草が覆い茂る状態となっています。
三江線b63
2面だった時にはホームの江津側に跨線橋もあったそうですが、
現在は撤去されたその残存の基礎部分が残るのみです。
三江線b66
こちらは廃ホームの裏手にある道の駅インフォメーションセンターかわもと。
駅裏手を走る国道261号線に面しています。
三江線b67
この道の駅の駐車場の一角には
因原駅の廃ホームへと通じる通路がありました。
三江線b68
無人駅ですので廃ホームもご覧の通り出入りが可能です。
三江線b72
駅の神楽愛称は「剣舞」です。
なぜか廃止の廃ホームに設置されていた神楽看板。
なんでそこに付けたの…




三江線b73
こちらは浜原駅━因原駅間の
au 4G LTEでの電波エリアマップです。
この区間はほぼ江の川の川べりに沿って線路が走っているので
トンネル区間もほぼありません。
地上では電波が入らない場所もありませんので
基本的に駅へのチェックインについては問題無いでしょう。



三江線も南の三次駅から北への登ってきましたが
残すは江津市内を走る区間のみとなりました。
続きはその4でまとめたいと思います。


では。

三江線a11
さて、JR三江線の続きです。

その1(三次駅━口羽駅)はこちら



口羽駅から北は浜原駅までの29.6kmの区間が
日本鉄道建設公団によって「AB線(地方開発線・地方幹線)」として建設されました。
1966年(昭和41年)に着工し1975年(昭和50年)8月に開業。
この延伸開業を以て三江線が一本の路線としてつながった訳です。

具体的に言うと鉄建公団によって建設されたこの区間は
極力直線的に、高速運行が可能な高規格な路床で作られています。




三江線a95
こちらは口羽駅━伊賀和志駅間のトンネル状況です。
江の川を挟んで口羽駅側と伊賀和志駅側にトンネルがあります。
地上の区間もそれなりの長さがあり列車の速度もまださほどではありませんので
ゆっくりと落ち着いてチェックインをすれば駅は取れると思います。
ですのでトンネル内で電波が入らなくても慌てなくて大丈夫です。


三江線a12
伊賀和志駅
まるで人名のような駅名ですが「いかわし」と読みます。
1975年(昭和50年)8月に開業した駅です。
単式1面1線の棒線無人駅であり、
駅の前後をトンネルに挟まれているのが分かるかと思います。
三江線a13
隣の口羽駅、宇都井駅が島根県内の駅であるのに対して
この伊賀和志駅は広島県にあるという、
路線で県を出戻るめずらしい形となっています。

これは鉄建公団が作った区間の駅であり、
高速走行を主眼に置いて直線的に線路を敷いた結果、
川筋や国道から離れた場所に駅が出来たと思われます。
三江線a20
駅舎は無く、ブロック造りの待合室がホームに。
三江線a14
こちらが駅の前の道の光景。
道が幹線などでは無い生活道路であることが分かると思います。 三江線a15
駅の外観はこんな感じです。
三江線a16
駅名の看板はどこにあるのかと思いきや、
ホームのフェンスにありました。
三江線a17
ホームから駅前を望むとこんなかんじで。
三江線a18
ホーム入口の階段の脇には
ブッポウソウの案内の看板がありました。
三江線a19
駅近くのトンネルから出て、駅へと入線していく列車。
三江線a21
この駅の神楽愛称は「鈴合せ」となっています。



三江線a92
伊賀和志駅から次の宇都井駅間には柳原トンネルをはじめとして
ご覧の通り路線の大部分がトンネル区間となっています。
三江線のトンネル内は電波は全く入りませんので
列車内からの駅間でのチェックインは基本的に難しいと思って下さい。


三江線a22
宇都井駅
見ての通りの単式1面1線の無人駅ですが、
ある意味この駅が三江線で最も有名な駅と言っても決して過言では無い駅です。
三江線a23
こちらが駅の外観。
ご覧の通り高さ20mの高架の上にホームを持つこの駅は
「天空の駅」と呼ばれて鉄道ファンには知らない者のいない駅となっています。
(写真はクリックで拡大します)
三江線a24
この駅はご覧の通り、山と山の谷間に作られています。
三江線a25
ですのでホームの両端からもトンネルの入口がご覧の通り至近にあります。
三江線a36
反対側の集落から見た宇都井駅。
三江線a26
駅前、というか駅の袂の光景です。
いわゆる高架下なのですが、高架が高いので上に屋根のある感じがしません。
三江線a27
とりあえず見上げてみました。
三江線a28
ホームへと上がる階段タワーを縦で。
三江線a33
この階段タワー、ご覧の通り高架線とは一体化している建物ではなく、
階段塔部分だけが独立して建てられていました。
三江線a30
駅入口の脇の地上にはトイレがあります。
ホームにはトイレは無いので用を足せるのはここだけです。
三江線a29
タワーの入り口にはなぜか電動カートが止めてありました。
話には聞いた事があったのですが、
この天空の駅を日常で利用している老人がいるんだとか。
日中の三江線で、私も降りたおばあちゃんを実際に見ましたが
(列車の乗客にニコニコ手を振って見送ってくれてました)
あのおばあちゃんがこの駅の階段を使うのかと…
三江線a31
こちらが階段の様子。
全部で上まで116段だそうです。
参考までに、団地5階で通常56段程度なので
宇都井駅は団地で考えるとおよそ8階半程度となります。
三江線a32
そして階段塔の最上階がご覧の通り待合室を兼ねています。
三江線a34
階段からホームへと出るとご覧の通り
眼下に宇都井の集落を見下ろす事ができます。
(画像クリックで拡大します。)
三江線a37
見下ろした集落を地上で見るとこんな感じで。
三江線a35
反対側はご覧の通り。
三江線a38
この駅の神楽愛称は「塵倫」でした。
三江線a93
こちらは宇都井駅を中心とした周囲の路線図で、
赤はトンネル区間を示しています。
ご覧の通り三江線の路線上では宇都井駅のエリアは
そのほとんどがトンネル内
となっています。
つまり列車の走行中に宇都井駅をチェックインするのは難しいという事です。
基本的に宇都井駅停車中に取るべき駅だと思って下さい。




三江線a39
石見都賀駅
1975年(昭和50年)8月開業の駅であり、
無人駅ですが島式ホーム1面2線のホームを持っている駅です。
三江線a40
こちらは江の川沿いの国道375号線から一本下った道の交差点です。
写真奥の築堤上に三江線が走っています。
三江線a41
築堤に向かって道を進むと跨道橋をくぐっており、
上には駅のホームが見えます。
三江線a42
左手を見ると坂の上が駅前広場となっており、
この地区の集会場もありました。
三江線a47
ホームから見下ろした駅前の広場の光景です。
三江線a43
広場奥のこちらが駅の入口。
三江線a44
待合室前の幅広の階段の奥にあるこの通路がホームへの入口となっており
築堤上のホームにはここからしか上がれません。
三江線a45
通路の奥には時刻表などが掲示されており、
ホームへの階段が続いています。
三江線a46
階段を上がるとホーム北端の江津側の端へと出ることができます。
三江線a48
駅を列車が走る光景。
三江線a64
列車内から見た駅の全景です。
三江線a49
駅の神楽愛称は「髪掛けの松」です。



三江線a90
石見都賀駅から石見松原駅間もご覧の通りトンネルが大部分を占めます。
南方の石見都賀駅寄りしばらくは地上なので電波を受信できますが、
石見松原駅寄りはその大部分がトンネル内なので
地上区間で電波受信をするのはなかなか大変でしょう。
素直に石見松原駅停車中を狙ってチェックインをした方が簡単だと思います。


三江線a50
石見松原駅
こちらも1975年(昭和50年)8月開業の駅であり、
単式1面1線の棒線無人駅です。
三江線a51
こちらはご覧の通りの国道375線。
石見松原駅への案内板が見えます。
三江線a52
案内に従って道を入り進むとご覧の通り。
線路が見えなかったら道を間違えたと思ってしまうところです。
三江線a53
三江線の跨道橋をくぐって坂を上りきると何やら道が分岐しています。
ほぼ林道というか、山道そのものなのですが。
三江線a54
分岐を左に進むと駅が見えてきます。
三江線a55
こちらが駅を外からみた全景です。
見ての通り国道からは駅まで2、3分はかかります。
三江線a56
ホームから江の川方向を見た光景。
駅周辺には民家はまばらで、集落は江の川の対岸に見える状態です。
三江線a57
駅前の広場の、入ってきた道とは反対側に
なにやら下へと下る道があるのが見えます。
三江線a58
行ってみると、なにやら人一人分の幅の道に手すりが設けられて
下へと下っています。
せっかくですから降りてみますが、雨上がりで苔生している為
確実に滑りそうな気がします。
(※註 すべりました)
三江線a59
道の先にはホーム下を潜る通路が。
三江線a60
トンネル状の通路を進んでみます。
三江線a61
通路を抜けるとご覧の通り国道へと出ることが出来ます。
駅の駐輪場が設けられていました。
三江線a62
駅の神楽愛称は「戻り橋」



三江線a94
石見松原駅━潮駅間は三江線は江の川沿いを走っていますので
トンネル区間はありません。
ですので電波受信をトンネルに遮られることは無いでしょう。


三江線a63
潮駅
この駅も1975年(昭和50年)8月開業の駅で
単式1面1線の棒線無人駅となっています。
三江線a65
ホーム上にはブロック造りの待合室があるのみの駅です。
三江線a66
この駅の特徴はなんといってもホームの目の前に江の川を望む
そのリバービューのロケーションでしょう。
三江線でも有数の絶景駅として名高い駅です。
三江線a67
駅のあたりは国道375号線、築堤上の三江線、そして江の川が並走している区間であり
駅へは国道からゆるやかな坂が連絡をしています。
三江線a75
ゆるやかとは言っても国道から真横から見ると
ご覧の通り結構な高さはあります。
三江線a68
こちらが潮駅の外観。

三江線a70
こちらは国道375号線沿いに潮駅から徒歩3分にある
「潮温泉 大和荘」です。
宿泊の出来る旅館ですが日帰り入浴も受け付けています。
三江線a71
温泉の脱衣所には潮温泉の由来が掲示してありました。
(写真クリックで拡大します)
三江線a72
そしてこちらは駅の南すぐにある大利商店。
この駅で唯一の買い物ができる店です。

三江線a73
そして こちらが駅の前の国道沿いの風景です。
潮駅は確かにホームから望む江の川が絶景ですが、
実は国道沿いのこの並木も見逃せないポイントなのです。
それはこの沿道の木は全て桜の木で、
春のシーズンには桜並木が満開になりとんでもない光景となるのです。
三江線a74
こちらの駅の神楽愛称は「潮払い」となっています。



三江線a88
こちらは潮駅━沢谷駅間のトンネルの状況。
区間の中央を登矢ヶ丸山を抜ける登矢丸トンネルを通過します。
トンネルの前後は地上部であり、列車の速度も比較的早くないので
地上にいる内にチェックインを済ませるべきでしょう。


三江線a76
沢谷駅
1975年(昭和50年)8月開業の単式1面1線の無人駅です。
三江線の他の駅が江の川沿いにあるのに対して
この駅は川から離れた内陸部にあります。
三江線a79
駅舎は無く、ホーム上にブロック造りの待合が。
三江線a80
駅周辺はご覧の通り田畑が広がり民家も多少はあるという感じです。
三江線a77
こちらは県道166号線の沢谷駅付近の光景。
タイミング悪く、ちょうど駅前の県道が舗装工事の最中でしたが…
三江線a78
こちらが駅舎の外観。
三江線a81
駅の神楽愛称は「猿丸太夫」です。



三江線a89
こちらは沢谷駅━浜原駅間のトンネル状況。
浜原駅寄りに浜原トンネルがあるものの、
半分以上は列車は地上を走っています。
列車の速度を考えれば、落ち着いてチェックインをすれば
基本的に駅を取る事は可能だと思います。


三江線a82
浜原駅
1937年(昭和12年)10月開業のこの駅は国鉄三江線の終点として開業し、
三江線の全通までは三江北線の終着駅として営業をしてきました。
三江線a85
相対式ホーム2面2線の駅で構内は跨線橋で連絡しており、
千鳥式の様にホームが配置されています。
三江線a86
かつての終着駅らしく、構内は引込み線もあり広くなっています。
島根県側の列車の多くはこの駅で折り返して運行されており
三江線の列車運行の要衝となっています。
三江線a83
こちらが駅舎の外観。
駅舎は開業時のものがそのまま残っています。
三江線a84
入口脇に設置されている三江線全通記念の石碑。
三江線b03
この駅の神楽愛称は「大蛇」となっています。




さて、この口羽駅━浜原駅間が
1975年(昭和50年)8月開業の日本鉄道建設公団の建設区間です。
この区間は高規格の路線が作られている一方で
日中の列車本数が上下ともに4本程度という閑散区間でもあります。
三江線a87
こちらがau 4G LTEによる電波エリアのマップです。
基本的に全ての駅が電波エリア圏内となっているので
駅停車中のチェックインではさほど苦労はしないでしょう。

宇都井駅の前後と、潮駅━沢谷駅間で路線が電波エリア外の区間がありますが、
両区間共にほとんどがトンネル区間が圏外となっているので
基本的に地上では電波状態は心配しなくて良いと思って大丈夫です。



浜原駅以北の旧三江北線区間についてはその3に続きたいと思います。

では。

三江線00
つづいてはJR三江線です。


広島県の三次駅から島根県の江津駅までを繋ぐ全長108.1kmの路線であり、
全線が単線非電化となっている路線です。

1930年(昭和5年)に島根県側の江津駅━川戸駅間が開業したのを皮切りに
山陰地方と山陽地方を結ぶ連絡路線を目指して建設された路線ですが、
島根県側の1937年(昭和12年)につながった
江津駅━浜原駅間を三江北線、
広島県側の1963年(昭和38年)につながった
三次駅━口羽駅間を三江南線として運行し、
未通だった浜原駅━口羽駅間がつながって
三江線として全通したのは実に1978年(昭和53年)でした。

1968年の国鉄諮問委員会では既に廃止すべき路線として
三江北線と三江南線がリストアップされるなど
度重なる廃止の話を「代替交通手段が無い」としてしのいできました。

しかしながらJR西日本が2018年4月1日とする廃止届を
国土交通省中国運輸局に提出した為、
2018年3月いっぱいでの路線廃止が決定しています。




三江線01
こちらが三江線の広島県側の始発駅である三次駅
現在の駅舎は駅周辺の整備事業に合わせて
2015年2月より供用開始をした新しい建物です。
三江線02
こちらが改札前の様子。
三江線03
窓口前の券売機の上には路線運賃図がありますが、
ここに三江線の運賃が書かれているのも2018年3月いっぱいです…
三江線04
こちらが1番線ホーム。
駅舎に一番近いホームで単式ホームとなっています。
三江線05
この1番線ホームの西側の端にはかつて0番線ホームという
三江線の専用ホームが切り欠き式ホームとしてありました。
写真の白い柵の先の、信号の先が0番線の終端があった場所で
その右手にホームが延びていたそうです。
現在はご覧の通り0番線の部分は撤去されてしまっています。
三江線06
江津駅の跨線橋の階段に、三次駅0番線ホームの写真が掲示されており、
当時の様子が残っていました。
三江線08
三次駅にはご覧の跨線橋があり、
島式ホームの2番線、3番線へとつながっています。
三江線09
跨線橋の階段を降りるとご覧の通りに。
左の3番線が現在の三江線の発着しているホームとなります。
三江線07
ホームの様子。
三江線10
三江線のホームには全ての駅に三江線活性化協議会の設置した
駅愛称としての神楽の演目を記した駅名標が設置されています。
こちらの三次駅は「土蜘蛛」




三江線11
尾関山駅
1955年(昭和30年)3月設置のこの駅は
単式1面1線の棒線無人駅となっています。
三江線12
この駅のホーム北で線路は左にカーブしており
カーブの先は尾関山トンネルとなります。
トンネルの上の小高い山一帯が尾関山公園で、
春は桜、秋は紅葉の美しい公園で駅からもその様子が良く見えます。
三江線13
こちらが駅舎の外観。
三江線14
駅舎の中は待合スペースのみで、
かつて有人駅だった時の窓口は板で塞がれています。
三江線15
駅舎とホームの間には池の跡がありました。
三江線16
駅の神楽愛称は「紅葉狩」



三江線17
粟屋駅
この駅も1955年(昭和30年)3月開業の駅で、
同じく単式1面1線の棒線無人駅です。
三江線18
駅舎は無く、ホーム上にご覧の待合があるのみです。
三江線19
こちらは三次市内から三江線に沿って江の川沿いを走る
県道112号線ですが、ご覧の通り道の脇に粟屋駅の表示が設置されています。
三江線20
表示のある横道に入って進むと。
三江線21
駅へとたどり着きます。
三江線22
駅の神楽愛称は「曽我兄弟」



三江線23
長谷駅
1969年(昭和44年)に仮乗降場として開設され、
国鉄分割民営化の1987年に正式な駅に昇格した駅です。
単式1面1線の無人駅で待合室があるのみの駅であり、
一日に上下5本づつしか列車の通らないこの駅を
上り2本と下り3本の計5本、つまり半数の普通列車が通過する駅となっています。
ちなみに三江線で列車が通過するのはこの駅だけです。
三江線24
こちらは待合室の中に掲示されてある長谷駅の時刻表ですが、
ご覧頂ければこの駅が「秘境駅」として有名な理由が分かると思います。

下りの三次方面は2本のみで終電は午前9時台、
上り方面は3本停車しますが始発が14時半という変則的な時刻表となっています。
これはこの駅のそもそもの開設の理由が
長谷駅の周辺集落の小学校が廃校になったが故であり、
子供達が5.5km離れた尾関山駅の小学校に通学することとなった結果
長谷に仮乗降場を開設して通学の便宜を図ったという経緯からだそうです。
三江線25
ホームから待合室と地上へと降りる階段。
三江線26
駅の前を走る県道112号線の様子です。
三江線27
県道から見た駅の外観。
三江線28
駅は江の川沿いの急斜面にるのですが
こちらを見ると川と県道、そして駅の位置関係が分かるかと思います。
三江線29
こちらは階段の中腹にある待合室です。
JRの表示がされていますが
これは駅開設当時の教育委員会が建てたものだそうです。
三江線30
待合室の中の様子。
三江線32
長谷駅の神楽愛称は「鍾馗」です。
三江線31
おまけとして、長谷駅を出てすぐの跨道橋を渡る
9時06分発の三次行き(長谷駅下り最終列車)を載せておきます。
(画像クリックで拡大します)



三江線33
船佐駅
こちらも1955年(昭和30年)3月開業の駅であり、
単式1面1線のホームを持つ無人駅で
カーブ上に駅があり、ホーム上には建物等はありません。
三江線38
駅自体は敷地が広く、ホームも島式の様に作られているのですが
過去にこの駅に交換設備が設置された事は無いそうです。
三江線34
こちらは船佐駅付近の県道112号線。
三江線35
県道のすぐ脇に、ほぼロータリー状となっている
広い駅前広場があり、広場を挟んで駅待合室とホームが設置されています。
三江線36
広場の中央にある自転車置き場とおぼしき屋根だけの建物と、
その前にあるポールだけのバス停。
三江線37
どんなバスが走っているのかと思いきや、
目にしたのはワンボックスカーに「バス」と書かれた車でした。
三江線40
広場の奥にあるのが駅のホーム。
右手の江津方面側がスロープとなっていてホームへの入口となっています。
三江線39
広場のホーム反対側にあるのが駅の待合室。
屋根は三江線沿線で頻繁に見る石州瓦が使われています。
三江線41
待合室の中は椅子がある他はほぼがらんどうでした。
三江線42
待合室の片隅には駅ノートが置かれていました。
三江線の駅ではしばしばこの駅ノートを見かけたのですが。
三江線43
列車到着まで20分ほどあったので、ついつい備え付けのボールペンで
駅ノートに駅メモの置きでんこをしてきてしまった
のはご愛嬌ということで。
三江線44
船佐駅の神楽愛称は「悪狐伝」でした。



三江線45
所木駅
1956年(昭和31年)7月開業の駅であり、
ご覧の通り単式1面1線の棒線無人駅となっています。
三江線46
こちらは所木駅付近の県道112号線。
横道へと入っていくと駅があります。
三江線47
こちらがその横道。駅はもう見えています。
三江線48
横道を進みます。駅は見えています。
三江線49
さらに進み、もう駅は目の前なのですが…
三江線50
中央のスレートの建屋に「所木駅」と書かれているのが分かりますでしょうか。
この駅、手前の建設屋さんと完全に同化してしまっていて
知らないとここに駅があることが非常に分かりづらいのです。
三江線51
こちらが駅の全景。
横道が踏切となったその脇に駅があります。
三江線52
踏切の先には江の川に架かる唐香橋という真っ赤な鉄橋があります。
三江線56
鉄橋からの眺めはなかなか悪くない感じで。
三江線53
踏切脇の駅ホームへの進入口。
三江線54
反対側を見ると踏切の向こう側に97kmのキロポストがありました。
三江線55
県道から駅への横道の途中をよく見ると
所木地区の集会所が。
三江線57
駅の神楽愛称は「玉藻の前」です。



三江線58
信木駅
こちらも1956年(昭和31年)7月開業の駅で
単式1面1線の棒線無人駅です。
三江線59
県道112号線から駅への入口。
江の川へ向かって下ったところに駅があります。
三江線60
道を下るとご覧の通り駅が。
三江線61
駅舎は無く、ホーム上にスレート板が貼られて作られた待合室に
駅名が外から見えるように書かれています。
三江線62
ホーム側から見た県道への連絡道。
三江線63
駅前の県道沿いには消防団の倉庫と信木地区集会場がありました。
三江線64
駅の神楽愛称は「子持山姥」でした。



三江線65
式敷駅
1955年(昭和30年)3月に開業した駅で、
その後の1963年(昭和38年)6月に口羽駅まで延伸するまでは
国鉄三江南線の終着駅だった駅です。
島式1面2線のホームを持つ列車交換の可能な駅です。
三江線66
駅舎とホームは構内踏切で連絡しています。
下りの2番線が駅舎側でその先の駅舎横には
側線と貨物用ホームがありますが、貨物で使われた事は無い様です。
三江線67
ホーム側から見た駅舎と構内踏切。
三江線68
こちらは江の川沿いに三江線と並走してきた県道112号線が国道433号線と交わり、
川と並走する道が県道4号線に変わってすぐの駅前付近です 三江線69
しかし駅前のデイリーストアと酒屋も平日の日中だというのに
営業している様子も人の気配もありませんし。
三江線70
ガソリンスタンドは完全に廃墟となっているのがアレですが。
三江線71
そのガソリンスタンドのすぐ横が駅前広場であり、
駅舎もご覧の通り建っています。
三江線74
広場には「地域の宝 乗って繋ごう 三江線」の横断幕がありました。
この横断幕は三江線沿線で何度も目にしたものです。
三江線72
駅舎の中の様子。
三江線73
この駅の神楽愛称は「滝夜叉姫」です。



三江線75
香淀駅
1963年(昭和38年)6月開業の駅で
単式1面1線の棒線無人駅です。
三江線76
ホーム側から見た駅舎。
無人駅ながらご覧の様に立派な駅舎が設置されています。
三江線77
こちらは外側から見た駅舎の外観です。
三江線78
駅舎の壁にはブッポウソウについての掲示がありました。
三江線79
駅舎の中の様子。
三江線80
駅舎から見たホーム方向。
三江線81
駅の神楽愛称は「羅生門」で、
この駅から南側が広島県となる入口であることに因んでいるようです。



三江線82
作木口駅
三次駅から上り線で来るとこの駅からが島根県内となります。
1963年(昭和38年)6月開業の単式1面1線の棒線無人駅です。
三江線83
こちらが駅の全景です。
ご覧の通りホームとベンチの待合のみで駅舎はありません。
三江線89
江の川の方から見た駅の外観。
三江線88
駅のすぐ南が踏切で、踏切脇に駅ホームへの入口があります。
三江線84
この駅がここにある理由はなんといってもこの橋梁に拠るでしょう。
江の川を境に広島県と島根県の県境が走るこの一帯で、
駅の前に架かっている赤い橋が三国橋です。
三江線85
駅の正面の道がすぐに橋となっていて、
対岸には国道375号線が走っています。
三江線86
橋を渡った対岸は広島県三次市作木町となっていて、
川沿いに300mほど北に行くと作木の集落となっています。
対岸の作木町の入口として設置されたことが「作木口」という駅名の由来です。
三江線87
橋から見た作木口駅の様子です。
三江線90
駅の神楽愛称は「胴の口」



三江線91
江平駅
1963年(昭和38年)6月開業の棒線無人駅です。
三江線92
江の川に架かる丹渡橋の袂にある駅で、集落からは離れており
周囲に家はまばらです。
三江線94
こちらが駅の目の前に架かる丹渡橋。
三江線93
駅の神楽愛称は「五龍王」



三江線95
口羽駅
1963年(昭和38年)6月に三江南線が延伸した際に開業した駅で、
その後の1975年(昭和50年)に三江線が全線開業するまでの間
三江南線の終着駅だった駅です。
島式1面2線のホームを持ち列車交換が行われる駅です。
三江線96
特に2016年12月現在のダイヤでは
上り始発列車がこの駅で列車交換の都合上30分近く停車します。
三江線98
ホームと駅舎は構内踏切で連絡しています。
三江線97
こちらは駅舎の外観。
この駅も石州瓦で屋根が葺かれています。
三江線99
駅舎の上を通る高架道は
県道7号葉浜田作木線の宮尾山トンネルとその出口です。
2008年10月に開通し、国道375号線と口羽の旧市街をバイパスする為
7年の月日を掛けて作られたそうです。
三江線a01
この宮尾山トンネルを出て最初の交差点がこちらですが、
ここには何やら石碑が立っています。
三江線a02
見ると「三江線全通記念碑」とあります。
三江線a03
「昭和五十年八月三十一日全通」
「運輸大臣 勲一等 大橋武夫書」と刻まれていました。
裏の碑銘を見ると、この地にかつてあった羽須美村の片岡金六村長の尽力によって
三江線の全通があった旨が記されています。
三江線a05
この碑のある交差点から下っていくと
ご覧の通り口羽駅へとつながっています。
三江線a04
私が行った時には口羽駅の駅前広場の右手では
ちょうどトイレの建屋を作っていました。
そしてその脇に石碑があり、これが「片岡金六君頒徳碑」と書いてあって
三江線全通記念碑の村長と同一人物だと知ったのは帰京してからでした。
三江線a06
駅の神楽愛称は「神降し」




さて、この三次駅から口羽駅までが「三江南線」という国鉄の路線として
1975年(昭和50年)まで単独の路線だった区間
です。
この口羽駅から浜原駅までが1975年に延伸開通した事によって
「三江線」という一つの路線になる訳です。
三江線a07
旧三江南線区間の、au 4G LTEでの電波エリアマップです。
こちらを見ると、旧三江南線区間についてはどの駅も電波圏内であり、
マップを見る限り問題は無いように見えます。

ただ、実際に現地で全駅をチェックインしてみて、
私の端末(au 4G LTE)ではアクセスが非常にしにくい駅がありました。
三江線a08
それがこちらの長谷駅です。
三江線a09
こちらは長谷駅でチェックインを試みた時の
Google Mapでの位置情報です。
三江線の列車内から私は上り、下りと
3回ほど長谷駅付近でチェックインを試みましたが
三度とも長谷駅からは離れた県道54号線のご覧の位置を取得してしまいました。

それでは長谷駅はチェックインでの取得は無理なのでしょうか。
結論から書くと可能です。
三江線a10
こちらは江の川を挟んで三江線と対岸を並走している
国道345号線から長谷駅近くでチェックインを試みた時のマップです。
位置情報の青丸がギリギリ長谷駅のエリア内を取得しているのが分かります。
実際にこの時私は長谷駅をチェックインできました

この通り長谷駅をチェックインする事自体は可能です。
ただ、三江線の列車内からは何度もGPSの気まぐれに遭ってしまい、
結果数回のチャレンジを要しました。
端末のキャリアなどにもよるとは思いますが
長谷駅を一度だけ通過する場合などは
チェックインに失敗する可能も十分にあると思った方が良い
でしょう。


基本的に長谷駅以外の各駅は、三江線の列車内から難なく取る事ができました。
山間部を抜ける路線ながら電波状況は悪くは無い路線だと思います。




長くなりますので口羽駅以北についての続きは
その2にて書きたいと思います。


では。

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