2017年09月

でんこの元ネタ
■No.55: 本宿ひまり(Motojuku Himari)
 ■タイプ:サポーター
 ■誕生日:12月27日

■出身駅: 名古屋鉄道名古屋本線 本宿駅(愛知)
ひまり01


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こちらは国道1号線の本宿町広畑交差点から東側を見た光景です。
この先に名鉄の本宿駅があります。
ひまり03
駅の外観です。
1926年(大正15年)に愛知電気鉄道の駅として開業したこの駅は、
その後名鉄の地上駅としてながらくこの地にありました。
しかし周辺にある国道473号の開かずの踏切解消や
並走する国道1号の拡張などが持ちあがり
平成4年(1992年)に高架化事業によって現在の高架駅となっています。
ひまり21
こちらが駅の入口付近。
ひまり22
駅の入口に向かって左側にはご覧の額田王のレリーフがあります。
本宿駅は2006年(平成18年)に岡崎市に編入された額田郡額田町の最寄駅であり、
額田町が万葉集で有名な額田王推しであることから設置された様です。
ちなみに額田王と額田町の関連資料は無いみたいです。
ひまり23
こちらは駅の入口に向かって右側にある、一里塚を模した木と石碑です。
本宿駅正面の国道1号線から一本奥の道が旧東海道であり、
駅の近くには本宿の一里塚がありました。
本宿は東海道の藤川宿と赤坂宿の中間の村として
「助郷」という準宿場町として栄えたそうです。
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本宿について説明の書かれた案内板です。
(画像クリックで拡大します。)
ひまり25
そして一里塚を模した木と駅の入口との間にあるのが
こちらのミニチュアの建物です。
ひまり26
こちらがミニチュアの脇にある石版で、
これを読むとこのミニチュアの建物が旧本宿駅の駅舎であることが分かります。
近代的に作り変えられた駅舎は全国各地にありますが、
駅前に旧駅舎のミニチュアがあるのは初めて見ました。
これを見る為だけでもこの駅を下車する価値はあると思います。
ひまり32
そしてこちらは本宿駅の東側の「本宿駅東」交差点付近のガード下です。
右の木々が茂っているのは並走する東名高速です。
ひまり33
地図を見ると分かりますが、この本宿駅は
国道1号線と東名高速に挟まれた場所に位置している駅なのです。
ですので名古屋発着の関東への高速バスなどでは本宿駅は非常に取り易い駅となります。
ひまり34
こちらは名鉄の高架と東名高速の間を東から西へと抜けたものです。
高架下が名鉄協商の貸し駐車場となっているのが分かります。
ひまり27
そしてこちらは駅の改札付近の光景です。
高架駅ですので地上の改札から階段を登ってホームへと上がります。
ひまり28
こちらは島式ホームの1、2番線です。
名古屋・岐阜方面の下り線ホームとなり
外側の1番線が待避線、内側の2番線が本線となります。
ひまり30
この駅は島式ホームが2面あり計4線のホームとなっています。
お互いのホームは、改札から一段上がった踊り場のコンコースで連絡しています。
ひまり29
島式ホームの3、4番線。こちらは豊橋方面の上り線となっています。
こちらも内側の3番線が本線、外側の4番線が待避線となっており、
さながら一線スルー方式のホームが上下線それぞれにあるような形です。
ひまり31
4番線にある43と1/2キロの距離標です。
名鉄名古屋本線のゼロキロポストは神宮前駅にあり、
本宿駅は神宮前駅からちょうど43.5kmの場所にあります。



■モデル車両: 名古屋鉄道1700系電車
ひまり00
こちらが駅メモのでんこ「本宿ひまり」のモデルとなった車両となります。
ボディーカラーの「ホワイトを基調としてレッドとグレーのラインを施されたカラーリング」
ひまりのコスチュームのデザインと共通しているのが分かると思います。

名鉄の公式サイトの1700系の紹介ページを見ると
「1700系2両の特別車と2300系4両の一般車で構成された6両組成の総称を1700系と呼ぶ。」
と記載されています。


名鉄では特別車両券「ミューチケット」というものがあり、
特急列車の「特別車」に乗る場合にはこのミューチケットが必要となっています。
この特別車は全席指定となっており、JRのグリーン券と考えれば分かり易いと思います。

そして元々名鉄では、全車特別車の特急である1600系が21世紀に入って運用されていました。
しかし2008年(平成20年)のダイヤ改正によって全車特別車の特急は
中部国際空港に乗り入れる空港特急の「ミュースカイ」のみに変更。
名古屋本線などの特急は、特別車(全席指定)に
一般車(乗車券のみで乗車可)を繋いだ編成となりました。

これによって3両編成で製造された1600系は活躍の場を失ない、
1999年(平成11年)の登場以来わずか9年で1600系としての運用を終えることとなった
のです。

1編成が3両だった1600系は4編成が運用されていましたが、
豊橋方先頭車(ク1600形)は余剰車となり譲渡先も無かったことから廃車となりました。
そして3両編成のうちの残りの岐阜方2両が改造されて1700系となりました
この改造された2両、モ1700形とサ1650形が、
現行の名鉄1700系の「一部特別車」の2両として
現在も特急列車として運行をされているという事になります。


駅メモのでんこである本宿ひまりの誕生日は12月27日に設定されています。
そして上で述べた通り、1600系の列車が改造されて1700系として生まれ変わり、
名鉄の本線上で運用が開始されたのが、
ダイヤ改正のあった2008年(平成20年)12月27日
となります。
この誕生日の日付の設定や、ひまりのコスチュームのデザインなどから
元ネタの車両が名鉄1700系だと分かる訳です。


それでは名鉄1700系電車について、
個別の車両ごとに追っていきたいと思います。
ひまり04
こちらが1700系の編成で豊橋方の先頭車両となるモ1700形となります。
ひまりのデザインの実質的な元と考えて良い車両でしょう。
1号車として運転台のある制御電動車となっています。
元が特別車の車両ですので現在も特別車として使用されています。

元々のベースである1600系の車両からは大きな外観上の改造はされておらず、
変更点は自動幌装置と自動解結連結器が撤去され、
排障器(スカート)が一体型になった程度となっています。
むしろ一番大きな変更は、一般車として連結される2300系とイメージを統一する為に
新塗装が施されて外観上のカラーリングが変わった点でしょう。
ひまり05
側面の外観です。
電動車ですのでシングルアームのパンタグラフが搭載されています。
車両の前方にパンタグラフがあるのは名鉄の特急ではこの1700系のみだそうです。
ひまり06
車内の運転台付近の様子です。
ひまり07
座席のある車内の様子。
1700系への改造時に中部国際空港への乗り入れを見越して
車端部の座席が荷物置き場へと改装されています。


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こちらが1700系の2号車となるサ1650形です。
1600系時代の車番から改番されずそのまま1650番台で運用されています。
中間付随車であり、全席指定の特別車として使用されています。
そして1600系時代には屋根にパンタグラフがありましたが
1700系への改造によって現在はパンタグラフが撤去されています。
側面には「Series1700」のエンブレムが。
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こちらの車両にはご覧の洋式トイレが設置されています。
洋式トイレの設置は名鉄では初の車両だそうです。
ひまり10
客室内はご覧の通りです。
ひまり12
トイレのある方と反対側の扉脇には
中部国際空港乗り入れに向けて新設された
大型スーツケース対応の荷物棚があります。

以上の1号車(1700系1700番台)と2号車(1700系1650番台)が
元々1600系だったものを改造した車両となります。
そして3号車以降はダイヤ改正によって1700系を6両編成とする為に、
新たに2200系をベースに新造された2300系車両となります。


ひまり11
こちらが3号車となるサ2400形です。
2300系中間付随車であり、車両番号は2430番台となっています。
特急用普通車であり、両端がクロスシート、中央部がロングシートとなっています。


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4号車のモ2450形です。
2300系の電動車であり、制御装置や補助電源装置などを搭載しています。
車両番号としては2480番台が充てられています。
ひまり15
屋根の上にはご覧のパンタグラフが。
ひまり14
車内はご覧の様にクロスシートとロングシートの併用の仕様です。
クロスシート部は1+2列となっています。


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5号車のサ2350形です。
2300系の中間付随車で、車体番号は2380番台が用いられています。
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車内は他の2300系車両同様にロングシートとクロスシートの併用です。


ひまり18
そして6号車となるモ2300形です。
岐阜方先頭車であり、運転台のある制御電動車となります。
車体番号としては2330番台が充てられています。
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屋根にはパンタグラフが設置されていますが、
豊橋方の前にパンタグラフのある1700系とは違い、
こちらは名鉄電車のスタンダードである車両後方にパンタグラフがあります。
ひまり20
車内の様子です。
この車両も1+2列クロスシートとロングシートの併用となります。



以上が名鉄1700系の車両についての基本的な紹介です。
そして2011年(平成23年)以降、4編成あるこの1700系は
12編成ある2200系と一緒に一つのグループとして運用
されています。

これはどういうことか、といいますと、
ひまりのモデルである1700系を見たいと思って
1700系が走るであろう時間に見に行ったとしても
実際に1700系がやってくる確率は「4/4(1700系)+12(2200系)」、
つまり四分の一(4/16)だということ
です。

私は鉄(道マニア)では無いのですが、ひまりのモデル列車を見るために
1700系が来る時間を調べて名鉄に見に行ったものの
なかなか目当ての1700系が来ず、
2200系ばかりがやってきたので結構な時間を待ちました。

こうして体験してみると、鉄の人たちっていうのはこんな苦労をしてるんだな、
と少しは体感できた次第です。


では。
【写真撮影:2017年7月】

越美北線_九頭竜線a78
さて、越美北線(九頭竜線)の続きです。

前半は福井市内の駅を紹介しましたが、
こちらの後半は大野市内の駅を巡りたいと思います。


その1(福井駅━計石駅)はこちら



越美北線_九頭竜線85
福井市内を走ってきた九頭竜線はしばらく川と国道に沿って進んできましたが
大野市に入るとそれぞれが逸れていき、
九頭竜線は田んぼの広がる中を直進する事となります。
こちらは国道158号線から300mほど北に、
駅との連絡路となる市道です。
越美北線_九頭竜線87
踏切の手前の道路脇に設けられた
駅の駐車スペースと駐輪場。
この先が牛ケ原駅となります。
駅は1960年(昭和35年)の九頭竜線の開通に伴って設置されたものです。
越美北線_九頭竜線88
その先の踏切の脇に、駅への入口となる通路があります。
越美北線_九頭竜線89
踏切脇のホームへの連絡通路。
越美北線_九頭竜線90
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となります。
越美北線_九頭竜線91
ホーム上の待合室の様子です。
越美北線_九頭竜線92
駅周辺はご覧の通りの水田地帯で、
ホーム前の看板を見るとどうやら農業もモデル開発地区のようです。
越美北線_九頭竜線93
駅の出口側の光景です。



越美北線_九頭竜線94
こちらは牛ヶ原駅から九頭竜線が2kmほど直進したところにある
駅利用者の為に設置された大野市の無料市営駐車場です。
越美北線_九頭竜線95
駐車場の目の前が駅前の広場となっており
ご覧の北大野駅があります。
この駅は九頭竜線の開通時にはありませんでしたが、
大野市の中心市街地の端にあたるこの地に
1968年(昭和43年)に新しく作られました。
越美北線_九頭竜線96
駅から見た市街地から駅への、駅前の通りです。
越美北線_九頭竜線97
ホームの様子です。
この駅も単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
越美北線_九頭竜線98
ホーム上の待合室は大きめでした。
越美北線_九頭竜線99
駅前の広場の様子です。



越美北線_九頭竜線a01
北大野駅を出ると九頭竜線は南に向かってカーブを描き、
大野市の市街地の中心部へと向かいます。
2kmほど南下したこちらが越前大野駅となります。
越美北線_九頭竜線a03
駅の眼前には国道476号線が走っており、
駅前ロータリーと接しています。
越美北線_九頭竜線a04
ロータリーは2011年(平成23年)に改修され整備されました。
中央部には駐車スペースも設けられ雪んこの石造も設置されています。
越美北線_九頭竜線a07
広場の一角にある「清水(しょうず)」。
越前大野は名水の町の至るところに湧水の井があるそうです。
越美北線_九頭竜線a08
そして清水の後ろを見ると、
駅構内のフェンス際に腕木式信号が残されていました。
越美北線_九頭竜線a02
こちらが越前大野駅の駅舎です。
1960年(昭和35年)の九頭竜線開業時に開設された駅で、
九頭竜線では唯一の社員設置の有人駅となっています。
駅舎はコンクリート造りですが、2003年(平成15年)に木質化工事が行われて
内装と外装に地元の木材が用いられた現在の姿となっています。
越美北線_九頭竜線a05
駅舎外側の軒内の様子。
越美北線_九頭竜線a06
駅車内の待ち合わせや改札付近の様子です。
越美北線_九頭竜線a09
駅構内側から見た駅舎。
内側から見ると昔ながらのコンクリート造りであることが分かります。
越美北線_九頭竜線a10
駅舎とホームは構内踏切で連絡しているのですが、
踏切のホーム側にご覧の「安全の鐘」があります。
これは「列車の安全運行と利用者の安全を祈願」して
2002年(平成14年)に設けられたものだそうです。
鐘の傍らには古い柱用の駅名標が。
越美北線_九頭竜線a11
ホームの様子です。
島式ホーム1面2線があり、他にホームの無い側線がある駅です。
1番のりばが上り本線、2番のりばが下り本線」となっていますが、
実際の列車運行ではそのほとんどが2番線で発着をしています。
越美北線_九頭竜線a12
1番線で発着をする列車は19時台の1本のみとなっているらしく、
こちらはその貴重な1番線停車中の九頭竜線列車です。

九頭竜線で列車交換の出来る駅は現在では美山駅と
この越前大野駅だけであり、この駅を出た列車は終点の九頭竜湖駅まで
1閉塞なので行って帰ってくるしかありません




越美北線_九頭竜線a13
越前大野駅から3kmほど離れたこの場所は、
田んぼの中を九頭竜線が直進で進み県道170号線と交わった場所です。
越美北線_九頭竜線a14
このまるで農道のような県道と九頭竜線の交わった踏切の脇にあるのが
越前田野駅となります。
九頭竜線開通の4年後の1964年(昭和39年)に新たに新設された駅となります。
駅名の元の田野の集落は駅から少し離れた南に位置しています。
越美北線_九頭竜線a15
こちらがホームの様子です。
単式1面1線の棒線無人駅です。
越美北線_九頭竜線a16
そして周辺が田んぼのみで何も無いこの駅の目の前に、
唯一ある施設がこちらの墓地です。
恐らくはこの集落の共同墓地だと思われます。

地図で線形などを見ても、この駅前後の九頭竜線は直線となっています。
恐らくは土地収用の障害とならない、郊外の何も無い田んぼのど真ん中を
鉄道を通した、ということが容易に推測できます。



越美北線_九頭竜線a17
こちらは県道26号線から県道171号線が分岐する付近で、
越前田野駅からは1.5kmほどの場所です。
越美北線_九頭竜線a18
ご覧の市道の並びには、富田公民館、そして富田小学校が並んでいます。
越美北線_九頭竜線a19
そして市道の公民館や小学校と反対方向の、ご覧の路地を入ると
その奥は県道171号線の高架下となっています。
越美北線_九頭竜線a20
道の奥の高架下はご覧の様に橋脚にペイントが施されています。
越美北線_九頭竜線a21
実は高架下は駅前広場であり、
高架を抜けた奥が越前富田駅の入口となっています。
越美北線_九頭竜線a22
ホームの様子。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
1960年(昭和35年)の九頭竜線開業で開設されています。
越美北線_九頭竜線a23
ホーム上の待合室の様子です。



越美北線_九頭竜線a24
越前富田駅を出た九頭竜線は、
その名の由来でもある九頭竜川の手前で右に大きくカーブを描きます。
以後九頭竜線は九頭竜川と並走して進むのですが、
こちらは県道239号線が九頭竜川を渡った付近の光景です。
越美北線_九頭竜線a25
この県道が九頭竜線と交わったところに踏切があるのですが、
踏切脇に下唯野駅の入口があります。
この駅も1960年(昭和35年)の九頭竜線開業に併せて開設されました。
越美北線_九頭竜線a26
こちらが駅のホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
越美北線_九頭竜線a267
ホームの全景。



越美北線_九頭竜線a29
そして下唯野駅から国道158号線と九頭竜線が並走するも、
九頭竜線はすぐに九頭竜川を渡って国道とは対岸へと移ります。
その川を渡ったすぐの場所にあるのがご覧の柿ヶ島駅となります。
越美北線_九頭竜線a28
こちらは九頭竜川沿いの市道ですが、
この道が県道から駅へと通じる道となります。
越美北線_九頭竜線a30
ほとんど農道とも言えるこの道を南東に進むと
九頭竜線に突き当たりますが、線路に沿って右手へと道を入ると
駅への連絡路となっています。
越美北線_九頭竜線a31
坂を登り切った突き当たりが駅の入口となります。
越美北線_九頭竜線a32
こちらが駅のホームです。
単式1面1線の棒線無人駅となっています。
この駅も1960年(昭和35年)の九頭竜線開業時にできた駅です。
越美北線_九頭竜線a33
ホームの待合室の様子。
越美北線_九頭竜線a34
この駅はホームの西側すぐに九頭竜川が流れており、
川に架かる第一九頭竜川橋梁がご覧のとおり眼前に見えます。



越美北線_九頭竜線a35
こちらは柿ヶ島駅━勝原駅間のトンネルの配置図です。
山間のイメージの強い九頭竜線ですが、
実質的に駅間でトンネルらしいトンネルを通るのは
この区間がはじめてと言っても良いでしょう。
勝原駅寄りの区間はほぼトンネルなので勝原駅へのアクセスはできませんが、
鈍行の気動車の路線ですので勝原駅停車時を狙えば十分にアクセスはできます。


越美北線_九頭竜線a36
こちらは県道173号線の勝原駅付近です。
国道158号線から勝原駅付近で分岐し、
福井県最高峰の三ノ峰(白山南方山域)の登山口へとつながる道路です。
越美北線_九頭竜線a37
駅舎の外観です。
1960年(昭和35年)に国鉄越美北線(九頭竜線)が開通した際に
その終着駅として開業をした駅です。
この駅から先が開通したのは1972年(昭和47年)であり
それまで12年間はこの駅が終点でした。
越美北線_九頭竜線a47
駅前の観光看板です。
かつては目の前のカドハラスキー場の最寄り駅としてスキー客で賑わったそうです。
現在はスキー客は減ったものの、日本百名山の荒島岳の登山口がこの駅が最寄なので
登山客の利用が一定量あるそうです。
越美北線_九頭竜線a38
こちらは駅舎の中の様子です。
越美北線_九頭竜線a39
上下一日5本づつの時刻表。
越美北線_九頭竜線a43
ホーム側から見た駅舎です。
越美北線_九頭竜線a40
そしてこちらがホームの様子です。
単式1面1線の無人駅となっています。
越美北線_九頭竜線a44
ホーム上の名所案内。
越美北線_九頭竜線a41
こちらはホーム前の本線の向こう側にある引込み線の跡です。
かつて近年までこの線路の途切れた先には除雪車の車庫がありました。
少し前の勝原駅の写真で確認ができますが、見ての通り現在は撤去されています。
越美北線_九頭竜線a42
ホームの福井側を見ると上の引込み線のポイント跡があります。
車両庫のあった時代からこのポイントは外されており、
現在でもその姿を見ることができます。
越美北線_九頭竜線a45
勝原駅の駅舎の隣には、駅舎よりも数段立派な
ログハウス風の五箇公民館が建っています。
かつてSLの走っていた終着駅時代にはこの場所に転車台があったそうです。



越美北線_九頭竜線a74
さて。勝原駅までの越美北線(九頭竜線)は1960年(昭和35年)に国鉄が建設した路線です。
そしてこの駅から先は日本鉄道建設公団(鉄建公団)の手による建設となります。
公団建設線の特徴として線形の良さ、線路の高規格さがありますが、
勝原駅から先の九頭竜線もその例に漏れていないのは
越前下山駅までの駅間がほぼ一直線のトンネルになっている事からも
容易にうかがい知る事ができます。


越美北線_九頭竜線a46
勝原駅━越前下山駅間のトンネルの配置図です。
この区間はそのほぼ全てがトンネル内となっています。
当然非電化のローカル線ですからトンネル内では電波は入りません。
つまり次の駅に着くまでアクセスはできないという事です。


越美北線_九頭竜線a48
こちらは九頭竜川に沿って走る国道158号線と
九頭竜線が交差する付近にある越前下山駅です。
越美北線_九頭竜線a49
駅は国道から九頭竜川を渡ってすぐの場所に駅はあります。
こちらは振り返って見た九頭竜川の橋で、
その向こうに見えるスノーシェッドのある道が国道158号線です。
越美北線_九頭竜線a57
上から見るとご覧の感じとなっています。
越美北線_九頭竜線a50
橋を渡るとすぐに、駅の横の跨道橋があり
潜ると駅入口と駐車場スペースがあります。
越美北線_九頭竜線a51
跨道橋の表示。
越美北線_九頭竜線a52
そしてこちらが駅の入口となります。
駅は1972年(昭和47年)に九頭竜線が延伸した際に設置されています。
越美北線_九頭竜線a54
この駅からも荒島岳の登山口がある様で
入口の坂の脇に案内表示板があります。
越美北線_九頭竜線a53
ホームへと登る坂道。
越美北線_九頭竜線a55
入口には駅の外向けの駅名標がありますが、
ご覧の通り錆でほとんど見えなくなっています。
越美北線_九頭竜線a56
ホームの様子です。
単式1面1線の棒線無人駅であり、築堤上にホームが作られています。
越美北線_九頭竜線a58
ホームはトンネルとトンネルの出口の間に設けられており、
両端はすぐにトンネルが見えます。
こちらは福井方の荒島トンネル。
越美北線_九頭竜線a59
こちらは九頭竜湖方の下山トンネルです。
ホームとは九頭竜川を挟んだ対岸にあります。
越美北線_九頭竜線a60
待合の前には九頭竜温泉を案内する、駅名標を模した看板が。
越美北線_九頭竜線a61
横には温泉への送迎の案内がありました。
越美北線_九頭竜線a62
駅の名所案内。



越美北線_九頭竜線a64
こちらは越前下山駅━九頭竜湖駅間のトンネル配置図です。
この区間も大部分がトンネル内となっています。


越美北線_九頭竜線a63
こちらは九頭竜湖に到達する手前の国道158号線付近。
道の駅九頭竜のある付近です。
越美北線_九頭竜線a65
この道の駅の敷地の一角に九頭竜駅の駅舎があります。
ご覧の通りログハウス風の駅舎となっていて
中部の駅百選に選出されています。
越美北線_九頭竜線a66
駅舎の前の光景。
越美北線_九頭竜線a67
駅舎の中もログハウスの造りとなっていました。
JRの駅員はいませんが、道の駅の指定管理業者へ駅業務を委託する
簡易委託駅となっており、POS端末による発券が可能となっています。
越美北線_九頭竜線a68
ホーム側の駅舎の入口です。
越美北線_九頭竜線a69
こちらがホームの光景です。
単式ホーム1面1線のみとなっています。
駅は1972年(昭和47年)の開業で
九頭竜線の延伸によって終着駅として設置されました。
越美北線_九頭竜線a70
ホームの東端を見るとポイントがあり、
線路が少し延びていてその先に車止めがあります。
これは越美北線である九頭竜線が
延伸して越美南線と接続する計画だったものの名残です。
国鉄時代の経営悪化などで計画は実現しませんでしたが、
現在も車両の退避スペースとして活用されています。
越美北線_九頭竜線a72
こちらは九頭竜駅の駅舎の並びにある生産物直売所の光景です。
「道の駅九頭竜」は駅舎西隣のふれあい会館(観光案内所)、
JR九頭竜湖駅、生産物直売所の3施設が一体となった施設です。
越美北線_九頭竜線a73
そして道の駅九頭竜といえばこの恐竜。
1996年(平成8年)にこの付近の旧和泉村で
ティラノサウルス科恐竜の歯の化石が出たことから、
2000年(平成12年)にこちらに設置されました。

決められた時間になるとうめき声を上げて動くので
この道の駅のシンボルとなっています。



以上で越美北線(九頭竜線)の駅は全てとなります。
全線を乗り通せる列車は一日4本、交換設備は2ヶ所のみ、
駅員配置駅は1駅という非電化ローカル線でした。
越美北線_九頭竜線a75
列車はレールバス形式の気動車が走っており、
基本的にワンマン運転となっています。


越美北線_九頭竜線a76
こちらはau 4G LTEでの電波エリアマップです。
基本的に九頭竜線の区間では電波の入らない駅はありません。
駅へのアクセスに困る事はまず無いでしょう。

勝原駅━越前下山駅間と、越前下山駅━九頭竜湖駅間では
電波の入らない空白区間となっていますが、
この区間は荒島岳をトンネルで貫いている区間ですので
仮に地上が電波圏内でも列車からはアクセスができません。

優等列車も無く速度の遅い気動車の路線ですので、
基本的に駅停車中にアクセスを心がければ
取り逃す事はまず無い路線と考えて良いと思います。


越美北線_九頭竜線a77
こちらに参考として、終点の一つ手前の越前下山駅からの
レーダーの範囲を載せておきます。
このあたりまで来ると「越美南線」の終着駅の北濃駅が
レーダーで届く事が分かります。
・・・まあ終点一個だけ届いてもあまり意味はありませんが。


この九頭竜線は列車本数の少ない盲腸線ですし、
福井県の攻略には必要な路線ですから基本的に乗らねばならない路線です。
ですので攻略の際の参考になれば幸いです。

では。

越美北線_九頭竜線00
さて。お次は越美北線です。


元々は福井県の福井駅から岐阜県の美濃太田駅までの間を結ぶ
「越美線」として建設をされた鉄道となります。

このうち美濃太田駅から建設された「越美南線」は
1934年(昭和9年)に北濃駅まで開通したものの、
その後延伸される事なく1986年(昭和61年)に長良川鉄道へと
第三セクター転換が成されました。

そして福井県側の「越美北線」も越美南線同様に計画が成されたものの
1937年(昭和12年)の日中戦争の勃発など様々なあおりを受けて着工が遅れてしまい、
実質的に工事が始まったのは1956年(昭和31年)のことでした。

そして1960年(昭和35年)に南福井駅━越前花堂駅━勝原駅間 (43.1km) が開業。
1972年(昭和47年)に勝原駅━九頭竜湖駅間 (10.2km) が延伸開業し
現在の越美北線が全通しました。

この路線は正式名称は「越美北線」ですが
「九頭竜線」の愛称が付けられており、
旅客案内上はこの愛称が用いられ一般にもこちらが定着している状況です。


越美北線_九頭竜線01
こちらは九頭竜線のほぼ全ての列車が出発をする福井駅の駅舎内ですが、
ご覧の通り九頭竜線の案内表示があります。
越美北線_九頭竜線02
階段を上がったこちらが北陸本線の下り線ホーム。
島式ホームとなっていますが、表示を見ると1番線と3番線となっています。
越美北線_九頭竜線03
そして越前花堂方面へホームを南下すると
3番ホームの先が切り欠きホームになっているのが分かります。
越美北線_九頭竜線04
こちらが切り欠きホームの2番線。
九頭竜線の専用ホームとなっており、この2番線のみが非電化となっています。
2番線の外側には3番線(北陸本線下り線)の線路が並走しており、
またホームの反対側は特急の使用する1番線(北陸本線下り線)が伸びています。



越美北線_九頭竜線05
こちらは越前花堂駅の駅舎の外観です。
駅前はパークアンドライド用の無料駐車場スペースとなっています。

駅は1960年(昭和35年)に越美北線(九頭竜線)の開業によって設置されました。
1896年(明治29年)にはこの場所に北陸本線が開通していましたが
開設当初は越美北線のホームしか作られず北陸本線のホームはありませんでした。
ですので現在でも、この駅は北陸本線では無く九頭竜線所属の駅となっています。
越美北線_九頭竜線06
駅舎の中の様子。
1984年(昭和59年)に無人化されて以来無人駅となっています。
越美北線_九頭竜線07
こちらは駅舎側の1番線ホーム。
北陸本線の福井・金沢方面行き下り線となっています。
越美北線_九頭竜線08
こちらは1番線ホームと2番線ホームを繋ぐ跨線橋。
越美北線_九頭竜線09
こちらが2番線ホームです。
北陸本線の敦賀方面行き上り線となります。
越美北線_九頭竜線15
跨線橋から見た北陸本線上下線ホームの俯瞰。
越美北線_九頭竜線10
そして2番線の跨線橋の階段下には
ご覧の九頭竜線への案内表示があります。
越美北線_九頭竜線11
その案内表示に従って進むと、
跨線橋の裏手にご覧の連絡通路があります。
越美北線_九頭竜線16
引いて見た連絡通路の全景。
越美北線_九頭竜線12
連絡通路の先にある九頭竜線のホームの入口です。
駅舎からは跨線橋で2番線を渡りこの連絡通路を進まないと入れません。
越美北線_九頭竜線13
こちらが越前花堂駅の九頭竜線ホームです。
単式ホームで待合室が設けられています。
北陸本線ホームには番線が設定されていますが、
こちらの九頭竜線ホームには番号がありません。

1960年(昭和35年)に越美北線(九頭竜線)開通で開業した際には
ここから0.8kmほど福井寄りにある南福井駅が九頭竜線の起点でした。
越美北線_九頭竜線14
南福井駅は貨物駅でこれまで旅客の取り扱いはありません。
この南福井駅構内で北陸本線と九頭竜線が分岐しており、
国鉄時代は南福井駅━越前花堂駅間は北陸本線との重複区間という扱いでした。

そして1987年(昭和62年)に国鉄がJRに転換された際に
九頭竜線の起点が越前花堂駅に改められました。
現在でも駅にゼロキロポストは設置されていません。
越美北線_九頭竜線18
ホームにある待合室の様子です。
越美北線_九頭竜線17
待合室の時刻表はご覧の通り。



越美北線_九頭竜線19
こちらは九頭竜線が北陸本線から分岐して2km少々進んだあたりの
福井市の郊外の光景です。
越美北線_九頭竜線20
ご覧の場所の横道を入って進むと、
奥に九頭竜線の線路があって突き当たりとなります。
越美北線_九頭竜線21
道の奥が六条駅の駅前となります。
砂利の鉄道用地の広場があるだけで、電柱にかろうじて駅名標があるのみです。
越美北線_九頭竜線22
広場からホームへは、ホーム東端のスロープから直接入ります。
越美北線_九頭竜線23
ホームの光景です。
1960年(昭和35年)の越美北線(九頭竜線)開業で設置された駅であり、
単式ホーム1面1線のみの棒線駅でホーム上に待合があるのみです。
越美北線_九頭竜線24
待合室の様子。
越美北線_九頭竜線25
駅の東すぐには踏み切りがあり、
目の前で北陸自動車道が九頭竜線を跨いでいます。



越美北線_九頭竜線26
こちらは六条駅から1.5kmほど東に進んだ田んぼの中。
ここに田んぼの真ん中に踏切があります。
越美北線_九頭竜線27
踏切の目の前にある福井市立足羽第一中学校。
越美北線_九頭竜線28
中学校の前から踏み切りを見ると、
線路と田んぼの間にあぜ道のような道が伸びているのが分かります。
越美北線_九頭竜線29
あぜ道を200mほど進むと駅が。
この農道が駅へと通じる道となっていました。
越美北線_九頭竜線30
こちらが足羽駅の外観です。
九頭竜線の開業の4年後の1964年(昭和39年)に新設された駅で、
駅舎は無く、ホームに待合室があるのみの駅となっています。
越美北線_九頭竜線31
ホーム上の様子です。
単式ホーム1面1線のみの棒線駅で、
周辺は田んぼのみの光景が広がっています。
越美北線_九頭竜線32
ホーム西端からはさきほどの中学校が
田んぼの向こう側に見えます。



越美北線_九頭竜線33
足羽駅から2kmほど離れた、次の越前東郷駅の外観です。
1960年(昭和35年)の九頭竜線開業時に開設されました。
越美北線_九頭竜線34
集落の中心に駅があり、ご覧の通り駅前にはJAや商店などが集まっています。
越美北線_九頭竜線35
駅舎の中の様子です。
現在は無人駅ですが、元々は駅員が終日いる有人駅だったそうです。
越美北線_九頭竜線36
駅構内に入ると構内踏切で駅舎とホームが連絡しています。
越美北線_九頭竜線37
こちらがホームの様子です。
ご覧の通り島式ホームなのですが、駅舎に近い番線側は柵で封鎖されており、
現在は反対側の番線のみを使用する1面1線の駅となっています。
越美北線_九頭竜線38
駅を出る列車。



越美北線_九頭竜線39
こちらは県道31号線。
越前東郷駅を出た九頭竜線は足羽川にぶつかって右にカーブを描き
この付近では足羽川、県道31号線、九頭竜線が並走しています。
越美北線_九頭竜線40
県道から田んぼに挟まれた横道に入ると
突き当たりに駅があります。
越美北線_九頭竜線41
こちらが一乗谷駅の外観です。
1960年(昭和35年)の九頭竜線開業時に開設されました。
一本道の突き当たりにあるので駅前広場などはありません。
越美北線_九頭竜線42
ホームはご覧の通りの1面1線の棒線駅であり、
待合室があるのみとなっています。
越美北線_九頭竜線44
ホームの眼前には田んぼがひろがっており、
その向こう側には山があります。
駅前におそらく農家がある以外は田んぼの中に駅があります。
越美北線_九頭竜線43
離れて駅の全景を見ると、
手前の駅や田んぼと奥の山が空気遠近法で綺麗に分かれた光景を
リアルに肉眼で見ることができてなんとも幻想的でした。
越美北線_九頭竜線45
駅へと入る道から県道を100mほど北にいったところにある
福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館。
駅名からも分かる通り一乗谷城跡の近いこちらには
戦国時代の朝倉氏関連の資料が集められ展示されています。



越美北線_九頭竜線46
こちらは国道364号線で、国道158号線から分岐してすぐの
足羽川を渡った先にある、九頭竜線の踏切です。
越美北線_九頭竜線47
この踏切の手前を左手に入って進みます。
越美北線_九頭竜線48
川を渡ってすぐのT字路を右に曲がると
踏切が見えてきます。
越美北線_九頭竜線49
その踏切の横にホームへの通路があり、
奥に越前高田駅があります。
こちらの駅は九頭竜線開業4年後の1964年(昭和39年)に
新たに追加開業した駅となります。
越美北線_九頭竜線50
こちらがホームの様子です。
単式1面1線のみの棒線駅となっています。
越美北線_九頭竜線51
そしてホームの西端には
旧タイプの駅名標が残っていました。
越美北線_九頭竜線52
その後ろを見てみると、
ホーム裏の農家が鉄道境界杭の中(鉄道用地)まで耕して
畑になっている光景が見れて、なんともおおらかです。



越美北線_九頭竜線53
越前高田駅から1kmほど、国道158号線を東に下ると
市波の集落に差し掛かります。
越美北線_九頭竜線54
写真の場所で国道から北へと横道に入ると
突き当たりに九頭竜線の線路が見えてきます。
越美北線_九頭竜線55
線路まで来て左手を見ると駅前の広場があり
その前が市波駅となります。
1960年(昭和35年)の九頭竜線開設時に作られた駅となります。
越美北線_九頭竜線56
こちらが駅の入口で、
ホームの東端から駅構内へと入ります。
越美北線_九頭竜線57
ホームの様子です。
この駅も単式1面1線の棒線駅となっており、
列車交換はできません。



越美北線_九頭竜線58
市波駅から2kmほど国道158号線を東進した
こちらは福井市の小和清水町付近です。
越美北線_九頭竜線59
この国道沿いに九頭竜線の小和清水駅はあります。
駅は1960年(昭和35年)の九頭竜線開業時に開設されたものです。
越美北線_九頭竜線60
ホームと国道の間が駅の駐車場となっており、
その一角の横断歩道付近が駅構内への通路動線となっています。
越美北線_九頭竜線61
駐車場奥のホーム入口。
越美北線_九頭竜線62
こちらがホームの光景となります。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅で、ホーム上に待合室があるのみとなります。



越美北線_九頭竜線63
こちらは小和清水駅から引き続き国道158号線を3kmほど進み、
足羽川の対岸に渡った美山地区の中心部近くの光景です。
越美北線_九頭竜線64
こちらの美山駅も国道沿いに駅施設が設けられています。
広い駐車場の一角にあるこちらの建物は
「美山観光ターミナル」と合築となっている駅舎です。
駅自体は1960年(昭和35年)の九頭竜線開設時の開業ですが、
現在の駅舎は2003年(平成15年)に改築されたものです。
越美北線_九頭竜線65
駅舎の1階待合室の様子です。
越美北線_九頭竜線66
待合前にホームへの通路があり、
構内踏切を渡ってホームと連絡をしています。
越美北線_九頭竜線67
ホーム側から見た通路付近の光景です。
越美北線_九頭竜線68
こちらがホームの様子。
島式ホーム1面2線の駅で列車交換が可能となっています。
九頭竜線では福井駅を出た列車はこの美山駅まで列車交換のポイントはありません



越美北線_九頭竜線69
美山駅からも引き続き、足羽川と国道158号線、九頭竜線が並走して東進。
途中で足羽川は右カーブで逸れ、
九頭竜線と国道に並走する川は上流の羽生川と名前を変えます。
こちらは2kmほど進んだ越前薬師駅付近の国道です。
越美北線_九頭竜線70
国道から見た、川の対岸の越前薬師駅の全景。
この駅も1960年(昭和35年)に九頭竜線の開業で設置された駅です。
越美北線_九頭竜線71
駅の目の前には、国道から羽生川を渡る橋が架かっており
対岸と連絡をしています。
越美北線_九頭竜線72
遮断機の無い踏切の手前左側が駅ホームへの入口となっています。
越美北線_九頭竜線73
ホームの様子です。
九頭竜線の他の駅同様に単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
越美北線_九頭竜線74
駅の対岸の国道には、車が停まれるスペースが設けられており、
バスの停留場としても使われています。



越美北線_九頭竜線75
引き続き羽生川と九頭竜線と並走する国道158号線を東進し、
こちらは福井市大宮町付近です。
越美北線_九頭竜線76
この信号のある横道を奥に入ると越前大宮駅があります。
越美北線_九頭竜線77
駅ホームの入口。
越美北線_九頭竜線78
こちらがホームとなります。
単式ホーム1面1線のみの棒線駅となります。



越美北線_九頭竜線79
越前大宮駅からさらに2kmほど進んだ国道158号線。
国道に沿った川は計石川と名前を変えています。
1960年(昭和35年)の九頭竜線開業時に設置された駅となります。
越美北線_九頭竜線80
国道からこちらの踏切を渡ると計石駅の入口となります。
越美北線_九頭竜線81
ホームへの入口付近。
越美北線_九頭竜線82
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
越美北線_九頭竜線83
駅前の国道沿いにある雑貨屋。

この計石駅までが福井市内の区間で、
次の牛ケ原駅からは大野市内へと入ります。




越美北線_九頭竜線84
こちらは福井駅から計石駅までの九頭竜線の区間の、
au 4G LTEによる電波エリアマップです。
鉄道の走っている場所は全て電波エリア内である事が分かります。
小和清水駅━美山駅間に短いトンネルがあるくらいで
この区間にほかにトンネルも見当たりませんので
駅へのアクセスに困る事はまず無いでしょう。



ちなみに豆知識となりますが、
この九頭竜線の一乗谷駅付近~計石駅あたりの区間で、
北を並走するように走るえちぜん鉄道永平寺勝山線が、
追分口駅から終点の勝山駅までレーダーで順次取る事が可能
です。
これで盲腸線のえちぜん鉄道の奥の18駅をレーダーで済まし、
およそ1時間半から2時間程度の時間を稼げるでしょう。

ただ代わりにえちぜん鉄道は駅間が短いので
九頭竜線でせわしなくレーダーをばら撒く必要がありますし、
なによりレーダーをそれだけ消費します。
私は乗った方が楽と考えますが、そこはどちらにメリットを感じるかでしか無いでしょう。



越美北線(九頭竜線)の福井県大野市内を走る残りの区間については
その2にて書きたいと思います。


では。

福井鉄道鯖浦線67
さてさて。
お次は福井鉄道鯖浦線についてです。


鯖浦線は福井県鯖江市の鯖江駅と丹生郡織田町(現越前町)の織田駅を結んでいた
全長19.5kmの路線でした。

1923年(大正12年)に鯖浦電気鉄道の路線として
東鯖江駅━佐々生駅間が開業したのが始まりで、
翌年には佐々生駅━織田駅間が開業。
1929年(昭和4年)には鯖江駅━東鯖江駅間が延伸開業しています。

織田駅から越前海岸の四ヶ浦まで延伸する計画でしたが
計画は難航し、織田駅から先はバス路線として定着します。


しかしいわゆるモータリゼーションによって経営は悪化。
国鉄北陸本線の拡張によって鯖江駅━水落駅間が廃止され
起点が新・水落駅となったことで路線へのアクセスが悪化。
これを皮切りとして路線の乗客減少は止まらず
1973年(昭和48年)に全線が廃止となっています。



福井鉄道鯖浦線01
こちらはJR西日本の北陸本線の鯖江駅です。
福井鉄道鯖浦線02
単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線の計2面3線の駅であり、
特急列車は「しらさぎ」全列車と「サンダーバード」の一部が停車するという駅です。
1896年(明治29年)に開業した駅で、
鯖浦線としては1926年(大正15年)に鯖浦電気鉄道線として開業。
1962年(昭和37年)の鯖浦線廃止まで起点駅となっていました。

鯖浦線は現在のJR鯖浦駅の1番線ホームの反対側を使っていた、
とも言われており、この西側にある駅舎出口の北側付近が
かつての鯖浦線の鯖江駅だった様子です。



福井鉄道鯖浦線03
こちらは鯖江駅から北に0.4kmほど北陸本線に沿って進んだ場所で、
国道417号線が北陸本線をオメガループの跨線橋で越えている地点です。
この付近がかつての鯖浦線の東鯖江駅の跡地となります。
福井鉄道鯖浦線04
写真は国道のオメガループの内側ですが、
実際の東鯖江駅は過去の資料などから推測すると
どうやらオメガループの北側、写真の奥のあたりにあった様です。
駅メモでの東鯖江駅の座標もここに設定されています。

1962年(昭和37年)に当時の国鉄の北陸本線が
複線化と電化の為に拡張をする事となり、
その結果鯖浦線の用地がいわば侵食を受ける形となって廃止になりました。
ですので鯖浦線の跡地も現在は全く原型を留めていません。



福井鉄道鯖浦線06
こちらは国道4174号線の鯖江郵便局口交差点付近の陸橋の光景です。
1926年(大正15年)に鯖浦線の前身の鯖浦電気鉄道が開業し、
北陸本線の拡張計画に伴って1959年(昭和34年)に移設されるまで
この陸橋の写真右側付近に鯖浦線の神明駅と福武線の水落駅がありました。
営業していた当時は、今も残る福武線の線路を
鯖浦線が立体交差で直角に潜っていたそうです。
福井鉄道鯖浦線05
こちらは陸橋と並行して走る福武線の線路脇に残る、
移設前の福武線水落駅の構内複線跡の遺構です。

福井鉄道鯖浦線07
そしてこちらが移設された後の水落駅。
現在も福井鉄道福武線の駅として使用されている駅です。 福井鉄道鯖浦線08
駅が移設された1959年(昭和34年)は、
この現・水落駅から鯖浦線の水落信号所までの連絡線が作られた年でもあります。
それまで鯖浦駅━織田駅間だった鯖浦線が、国鉄北陸本線の拡張によって
水落駅━織田駅間となったのがこの年です。

上の写真は水落駅のホーム南端の光景で、
右手に見えるのが国道417号の陸橋であり
線路沿いに国道を潜っている道がかつての連絡線跡だそうです。
国道417号の制定は1982年(昭和57年)ですから
鯖浦線の連絡線のできた1959年(昭和34年)には陸橋は無かったことでしょう。
陸橋の向こう側がかつての水落信号所で、連絡線は信号所から鯖浦線に合流します。

以上が鯖浦線の水落駅についてですが、
駅メモの廃線「福井鉄道鯖浦線」にはこの水落駅は登録されておらず、
現役の福井鉄道福武線の駅として登録
されています。


水落信号所跡地からは鯖浦線は東に一直線に伸びていました。
現在も廃線跡の道路が同様に一直線に伸びており、
500mほど進むと廃線跡はサイクリングロードに姿を変えます。
福井鉄道鯖浦線09
こちらはそのサイクリングロードが日野川を渡河する地点に架かっている
その名も平成橋という名の歩道橋です。
かつて鯖浦線がはしっていた時の鉄道橋から、
現在の自転車も渡れる歩行者橋に架け替えられていました。
福井鉄道鯖浦線10
川を渡った後も東に伸びるサイクリングロード。
福井鉄道鯖浦線11
橋から500mほど進むとサイクリングロードの脇が公園の様に
整備されている場所へとたどり着きます。


福井鉄道鯖浦線12
ここがかつての鯖浦線の越前平井駅の跡地となります。
駅の読み仮名は「えちぜんへいい」でしたが、
この場所の地名は「ひらい」ですので、駅跡の公園の駅名標も「ひらい」となっています。

越前平井駅は1926年(大正15年)の鯖浦電気鉄道の開業によって設置された駅で、
福井鉄道鯖浦線の駅となった後に1973年(昭和48年)の鯖浦線廃止に伴って駅も廃止されました。
福井鉄道鯖浦線13
営業当時の駅は相対式2面2線の駅だったそうです。
現在サイクリングロードの片側に残っているのは当時のホームの遺構であり、
ホーム上の樹木も営業当時の写真と比べるとそのまま残されている様です。

ホームと道を挟んだ反対側には平井児童センターがあって遊具などが置かれていますが
センターのある場所がかつての駅舎ともう1線のホームのあった場所です。
福井鉄道鯖浦線14
(画像をクリックすると拡大します)
こちらは広場の駅名標の下に書かれた鯖浦線の由来について。


福井鉄道鯖浦線15
鯖浦線跡地を転用したサイクリングロードはまだまだ続きます。
元々が線路用地だっただけに、途中では道路の横に道路が並走するという
なかなか奇妙な区間があったりします。
福井鉄道鯖浦線16
そして越前平井駅跡からおよそ1.7kmほど東にサイクリングロードを進むと
県道189号線と合流する手前付近の道の傍らに
三角形の小さな公園が見えてきます。

福井鉄道鯖浦線17
この公園こそがかつての川去駅の跡地です。
この案内板の横に、かつては駅名標を模した「かわさり」の看板があったそうですが
現在は撤去されて無くなってしまっています

公園の前の歩道の部分がかつての線路のあった場所だそうです。

川去駅も1926年(大正15年)の鯖浦線開業でできた駅で、
1973年(昭和48年)の鯖浦線廃止と共に消えた駅です。
福井鉄道鯖浦線18
この屋根のある付近前後がかつての駅ホームのあたりです。
営業時は相対式2面2線の駅だったそうですから
歩道を挟んだ反対側の、現在の車道のあたりにもホームがあったと思われます。
福井鉄道鯖浦線19
公園の北側に回りこんだ光景。
この公園の正面から北に伸びる道がかつての駅前通りだった様です。
公園のベンチの上は藤棚になっており、シーズンには紫色の美しい光景だそうです。



川去駅跡から、廃線跡である県道脇のサイクリングロードを西に進むと
すぐに遊歩道は北西へとカーブを描いて県道から離れていきます。
遊歩道は川までで途切れていますが、
かつての鯖浦線は川を渡ってさらにまっすぐ伸びていました。

福井鉄道鯖浦線20
こちらは越前町役場から南東に150mほどの場所にある
福井鉄道の西田中バスターミナル付近の光景です。
福井鉄道鯖浦線201
福井鉄道バスの他に京福バス、
越前町コミュニティバスが発着をするバスターミナルですが、
ここがかつての鯖浦線の西田中駅の跡地となります。

他の駅同様に鯖浦線開通の1926年(大正15年)に開設されて
路線廃止の1973年(昭和48年)に廃駅となった駅ですが、
営業当時は相対式2面2線のホームの駅だったそうです。
福井鉄道鯖浦線22
ターミナルの前の道は南北に走っていますが、
鯖浦線の線路はこのターミナルの場所を東西に走っていたそうなので
ちょうど道路とは直角に線路が通っていたことになります。
福井鉄道鯖浦線23
こちらがバスターミナルの待合の建物。
建物横にある桜の木は、かつてホームにあった木がそのまま残されているそうです。
この西田中駅跡近辺は、路線廃止後に区画整理が行われていて
鯖浦線の跡や遺構はほとんど残っていない状態
です。
ですのでターミナルの桜の木は貴重な遺構と言えるでしょう。
福井鉄道鯖浦線24
待合の南側のバスの転回場。
待合の南側にあるバスの転回場。


西田中駅後を過ぎると、かつての鯖浦線は南へと大きくカーブを描きます。
そして線路は県道187号線を合流するように沿って南下します。
福井鉄道鯖浦線25
2kmほど県道を南下すると、ご覧の県道が山を削った地点に差し掛かります。
県道ひ左を並行して走っている道が鯖浦線の廃線跡となります。
福井鉄道鯖浦線26
廃線跡の道が県道からY字に分離してすぐに、
正面に家があって道はクランク状に左に逸れます。
鯖浦線の廃線跡は左に逸れた道ではなく、
正面の家のある場所が線路の場所でした。
福井鉄道鯖浦線27
鯖浦線の廃線跡を進みます。
廃線跡は道路では無く、道路の右の家の場所や草むらとなります。
福井鉄道鯖浦線28
そして道を進むと、廃線跡とおぼしき場所が
だんだんと築堤状に小高くなり、
木の付近にはなにやらコンクリートの構造物が現れます。
福井鉄道鯖浦線29
木の場所を登ってみると、
ご覧の通り相対式2面のホームがほぼそのまま残っていました。
この場所がかつての鯖浦線の佐々生駅の跡地となります。
1926年(大正15年)に鯖浦線開業時に開設された駅で、
およそ2年にわたって鯖浦線の終着駅でした。
また鯖浦線は1973年(昭和48年)の廃止でしたが
先駆けて1972年(昭和47年)に西田中駅━織田駅間が廃止となっており、
佐々生駅も全線廃止の前年の1972年に廃駅となっています。

廃線から50年近くたった現在では、
他の駅が跡形もなくなっている状態でしたので
まさかほぼ原型を留めた駅があるとは思いませんでした。



そして佐々生駅からは鯖浦線跡は
県道187号線とほぼ同じルートを辿って南下します。
2kmほど南下すると県道189号線と交わる岩開交差点がありますが、
この交差点の近くに次の駅がありました。
福井鉄道鯖浦線30
岩開交差点近くの県道187号線から見える
陶の谷駅跡付近の様子。
福井鉄道鯖浦線31
こちらは寺交差点から県道104号線を東に曲がってすぐの場所にある
福鉄バスの陶の谷バス停です。
福井鉄道鯖浦線32
バス停と寺交差点との間にある、こちらの横道が
陶の谷駅跡へと通じる道となっており、
消防団の倉庫の向こう側に線路とホームが残されています。
福井鉄道鯖浦線33
こちらが陶の谷駅の駅跡となります。
1928年(昭和3年)に鯖浦電気鉄道が佐々生駅━織田駅間が延伸した際に開業した駅で、
1972年(昭和47年)の西田中駅━織田駅間廃止に伴って廃駅となりました。
福井鉄道鯖浦線34
こちらは保存されている駅跡に立っている、
旧宮崎村の教育委員会の説明の看板です。
宮崎村は現在は越前町となっています。
福井鉄道鯖浦線37
そして廃駅跡に敷かれた石畳を良く見てみると。
福井鉄道鯖浦線36
見ての通り、鯖浦線の駅名のタイルが埋め込まれていました。
福井鉄道鯖浦線35
こちらは整備された駅跡の横の廃線跡に建てられた
越前町宮崎農村改善サブセンターの建物です。



陶の谷駅跡からは県道104号線に沿って鯖浦線は進みます。
福井鉄道鯖浦線38
こちらは駅間の県道の中央にある「長谷千足杉」で、
写真左側が廃線跡となるそうです。


福井鉄道鯖浦線39
こちらは陶の谷駅跡からおよそ2.5kmほど県道104号線を西に進んだ付近にある、
福鉄バスの新樫津バス停です。
このバス停のすぐ東で国道365号線が県道と合流しており、
バス停前は国道となっています。
福井鉄道鯖浦線40
バス停の目の前の、製材所の前を通り国道を進むと。
福井鉄道鯖浦線41
国道と製材所の敷地が不自然に離れ始め、
細長い空き地が姿を現します。
福井鉄道鯖浦線42
さらに進むと右手に消防団の倉庫があります。
駅の遺構は全く残っておらず諸説あるのですが
どうやらこの消防団の倉庫は樫津駅の跡地に建てられた様です。
福井鉄道鯖浦線43
反対方向からみた消防団倉庫付近。
三角地となっている敷地や、目の前の細い空き地、町の施設があるなど
廃駅跡としての雰囲気は十分にあると思います。
営業当時の写真や資料を見ても概ねこの付近で間違いはなさそうです。

駅は1928年(昭和3年)に開設された相対式2面2線ホームを持っていたそうで
1972年(昭和47年)にこの区間が廃止されたのに伴って廃駅となっています。
福井鉄道鯖浦線44
駅跡と思われる場所の向かいには
町営の物産館があります。



福井鉄道鯖浦線45
そして鯖浦線の廃線跡は国道365号線と並走するように進みます。


福井鉄道鯖浦線47
樫津駅跡から1km少々国道を進んだ、
宮崎総合事務所前交差点の手前付近の光景。
ここに福鉄バスの下江波バス停があります。
福井鉄道鯖浦線48
国道の北側の、バス停の目の前には駐在所がありますが、
駐在所から交差点にかけてご覧の通り細長くスペースが空いているのが分かります。
遺構らしきものは全く残っていないので諸説あるのですが
このあたりがかつての鯖浦線の下江波駅の跡地の様です。

こちらの駅も1928年(昭和3年)開業、1972年(昭和47年)廃駅となっています。
福井鉄道鯖浦線49
こちらは駅跡から国道を挟んだ斜向かいにある、
交差点名の由来でもある越前町宮崎コミュニティセンター。



福井鉄道鯖浦線50
鯖浦線の廃線跡は引き続き国道に沿って進みます。
こちらはその途中にある福鉄バスの江波バス停。
鯖浦線には下江波、江波の駅がありましたが
こちらのバス停は特にどちらの駅跡でもありません。


福井鉄道鯖浦線51
そしてこちらは国道365号線が右に大きくカーブを描くあたりで
左手には越前陶芸村があります。
福井鉄道鯖浦線52
和菓子屋の前を通過すると。
福井鉄道鯖浦線53
福鉄バスの陶芸村口バス停があります。
すでに駅の痕跡は全く残っていない状態なのですが
位置的にはこのバス停付近が江波駅の跡となるそうです。

1928年(昭和3年)開業、1972年(昭和47年)廃業のこの駅は
相対式2面2線の駅だったそうですが痕跡は見当たりません。



江波駅跡から国道365号線をさらに進み北上し、
1.5kmほど進むと下河原交差点に差し掛かります。
福井鉄道鯖浦線54
こちらは下河原交差点の南側の光景。
「織田信長一族発祥の地 織田へ」の看板が立っています。
福井鉄道鯖浦線55
看板から交差点にかけては、
田んぼと国道の間に空き地があり、営業をやめた飲食店の跡があります。
この付近が鯖浦線の矢倉駅跡らしく、どうやらこの空き地のあたりが駅跡の様です。

矢倉駅は1948年(昭和23年)に鯖浦線の新設駅として開業したものの、
1972年(昭和47年)の西田中駅━織田駅間の廃止に伴って廃駅となっています。
単式ホーム1面1線の棒線駅だったようです。
福井鉄道鯖浦線56
切り返して見た矢倉駅跡と思われる付近。
駅や廃線跡の痕跡は全く残されていません。
福井鉄道鯖浦線57
駅跡に近い下河原交差点付近の光景。



福井鉄道鯖浦線58
矢倉駅跡から廃線跡は引き続き国道365号線を北上しますが、
駅跡からすぐに川を渡ります。
こちらはその川に架かる国道365号線の「くにと橋」。


福井鉄道鯖浦線59
下河原交差点から国道365号線を1km少々北上すると
劔神社東交差点となります。
この付近がかつての鯖浦線の終点であった織田駅の跡地となります。
福井鉄道鯖浦線60
ご覧の通りこの付近の国道365号線には「信長通り」の名前がついています。
信長通りは旧矢倉駅跡の下河原交差点から旧織田駅跡を通過し、
国道417号線と合流する織田北交差点までの範囲となっています。
福井鉄道鯖浦線61
こちらは交差点の一角にある織田バスターミナルです。
鳥居を模した建物は元々観光物産館でしたが
2004年(平成16年)以降は営業をしていません。
以後は1階部分のバスターミナルのみが使用されています。
福井鉄道鯖浦線62
バスターミナルの前の交差点を見据える織田信長像。
・・・写真が見切れてしまいましたが。
福井鉄道鯖浦線63
営業当時の写真などを見ると、
どうやら鳥居のバスターミナルの建物辺りが駅舎だった様子で、
ちょうど信長通りに直角に道を塞ぐように建っていた様です。
そしてその奥の交差点の方へホームがあった様です。
福井鉄道鯖浦線64
1928年(昭和3年)に鯖浦電気鉄道の鯖浦線の終着駅として開業した織田駅は、
西田中駅━織田駅間の廃止に伴ない1972年(昭和47年)に廃駅になっています。
頭端式ホーム2面3線の駅だったそうですが、
廃止直前のホームの写真を見ると相対式2面2線に見えます。

ところで鯖浦線の「鯖」は起点の鯖江駅が由来ですが、
「浦」はいったいどこから取ったのでしょうか。
構想としては織田駅から西へ向かって越前海岸の四ヶ浦まで
鯖浦線を敷設する計画だった
そうで、「浦」は四ヶ浦の事だと言われています。

また、終点の織田とは信長通りや旧駅前の信長像からも分かる通り
織田信長の織田が由来であり、この地は織田一族の発祥の地だそうです。



福井鉄道鯖浦線65
こちらは鯖浦線の駅跡の、au 4G LTEにおける電波エリアマップです。
山間部を通る路線ではありますが、
かつて路線のあった区域はほぼ全線が電波エリア圏内となっています。
ですので駅へのアクセスに問題は出ないでしょう。



そして鯖浦線をレーダーなどのアイテムで取る方法ですが、
結論から先に言うとありません

鯖浦線の起点である鯖江駅から旧東鯖江駅、水落駅までは
JR北陸本線や福井鉄道福武線と鯖浦線は並走しています。
ですがその先は鯖浦線は海岸へ向かって垂直に西へと伸びる
盲腸線の形となっており、付近に他の路線はありません。

ですので既存の北陸本線や福井鉄道福武線などからは
なつめのスキルを使ってレーダーを飛ばしても旧川去駅あたりまで届くのがせいぜいであり、
西田中駅より奥の8駅には届かないのです。

鯖浦線の路線でいうと、旧陶の谷駅まで来てやっと旧織田駅が射程12で届きます。
レーダーで取る場合は別に廃線跡を通る必要はありませんが、
少なくとも旧陶の谷駅の座標よりは西に出るくらいでないと
終点の旧織田駅までは届かない
でしょう。


すると鯖浦線をコンプリートするには鉄道以外の方法で、
少なくとも旧陶の谷駅までは近づく必要があるということになります。

鯖浦線を運営していた福井鉄道では、
廃止後も「鯖浦線」という路線バスを運行
しています。
名前の通り鉄道の鯖浦線の代替バス路線なのですが、
バスの起点は鯖江駅ではなく福井鉄道福武線の神明駅となっています。

ですので旧西田中駅━旧織田駅間はほぼ鯖浦線の廃線跡をバスが走っており、
また旧越前平井駅、旧川去駅に関しても駅のエリアを通りますので
代替バスで直接のチェックインが可能となっています。
(旧東鯖江駅に関してはバスは通らないので注意。
ほぼJR北陸本線上に駅跡はあるので別の方法での取得は容易です。)

福井鉄道鯖浦線66
(クリックで画像が拡大します)
しかし上は代替バスの鯖浦線の下り織田方面の時刻表ですが、
ご覧の通り平日5本、休日10本という運行本数となっています。
基本的に織田周辺の住民が鯖江方面へと出るための路線なので、
鯖江側から乗る我々はかなりの時間ロスとなります。
バス利用の場合は一日が潰れる覚悟が必要と思われます。


他に鉄道以外の方法としてはレンタサイクルという手段があります。
鯖江市では、鯖江駅前の観光案内所と道の駅西山公園(福井鉄道の西鯖江駅の目の前)で
電動アシスト自転車を各5台用意してあります。
一日500円という安価で借りれるので、
こちらを使って旧陶の谷駅までの往復であれば
体力などにもよりますが1~2時間程度で戻れる
でしょう。
その場合は旧陶の谷駅跡からレーダーを飛ばす事になりますが。

注意点としては、まず鯖浦線は旧西田中駅あたりまでが平坦で、
その先は山間の登坂となります。
またレンタサイクルの貸し出しは9時(鯖江駅では10時)~16時までとなっていること、
悪天候の場合貸し出しを見合わせることがあること、
そして安全のため冬期(12月~2月末)の貸し出しは中止している点でしょう。



今回の福井鉄道鯖浦線は、既存営業路線からのレーダーでの取得が出来ない事から
駅メモの廃線の中では取りづらく難易度の高い路線です。
雪の北陸地方ですから冬季の取得はさらに難易度が上がり、
県外の人間の取得は実質的に困難だと思います。
ですので攻略には計画が必要だと思いので
その点にご留意ください。


では。

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