2017年10月

嵯峨野観光鉄道00
さて次は嵯峨野観光鉄道についてです。


1989年(平成元年)にJR山陰本線(嵯峨野線)が
複線電化の為に路線の付け替えが行われ、
嵯峨駅(現在の嵯峨嵐山駅)━馬堀駅間が保津峡に沿った旧線から
トンネルを抜ける新線へと切り替えが行われました。

この様に旧線から新線へと切り替えが行われた例は
日本全国のいたる所にありますが、そのほとんどのケースで
旧線は廃線となって鉄道施設は跡形も無くなっています


しかしこの山陰本線の旧線には、当時の京都府より
「京都の新しい観光資源として山陰線の廃線を活用できないか」という打診がありました。
これを受けてJR西日本の車内で検討が加えられた結果、
旧線を観光路線としてトロッコ列車を走らせるという案が採られて
1990年(平成2年)に嵯峨野観光鉄道がJR西日本の完全子会社として設立されました。
嵯峨野観光鉄道10
一旦廃線となった線路は錆だらけで雑草も人の背丈まで覆い茂っていたそうですが、
嵯峨野観光鉄道の社長以下社員が一丸となって保線を行い、
1991年(平成3年)4月に嵯峨野観光線として
トロッコ嵯峨駅━トロッコ亀岡駅間の7.3kmが開業しました。

開業から現在まで、嵯峨野観光線の全線の線路施設はJR西日本が所有しており、
旧線にあたる区間の線籍は現在でも全区間が山陰本線のままだそうです。
嵯峨野観光鉄道は線路を借りて旅客営業と列車の運行を行う
第二種鉄道事業者
となっています。


設立当時の需要予測が年間乗車予測16万人、収支の黒字転換は6年後と見積もられ、
廃線後3年間放置された路線は当初は「3年で潰れる」と噂されたそうです。
しかしJR西日本から出向してきた初代社長自ら保線や雑務を行うなどした結果、
営業初年度から計画の3倍の69万人もの乗客数で単年度黒字を達成。
現在では京都嵐山の観光の目玉にまで成長しています。



嵯峨野観光鉄道01
こちらはJR嵯峨嵐山駅の南口ロータリーです。
2008年(平成20年)に駅舎がご覧の橋上駅舎に改築され、
翌年にこちらの南口ロータリーも整備されました。
嵯峨野観光鉄道02
その嵯峨嵐山駅の南西に隣接しているこちらが
嵯峨野観光鉄道のトロッコ嵯峨駅です。
路線の開業した1991年(平成3年)には木造駅舎でしたが、
1997年(平成9年)にご覧の洋風レンガ造りの新駅舎に建て替えられています。
嵯峨野観光鉄道13
JR嵯峨嵐山駅の跨線橋から見るトロッコ嵯峨駅。
嵯峨野観光鉄道03
駅舎入口脇の駅名標です。
嵯峨野観光鉄道04
入口前の庭には君が代で歌われている「さざれ石」のモデルとなった石が。
嵯峨野観光鉄道05
駅舎の中はご覧の様に、まるで体育館のように
天井が高い造りで中も広くなっています。
嵯峨野観光鉄道06
駅舎入口には観光鉄道らしいタペストリーが。
嵯峨野観光鉄道07
乗車券売り場です。
観光鉄道として団体客も捌く必要からか
ご覧の通り複数名の窓口係員が対応をしていました。
嵯峨野観光鉄道08
窓口のすぐ隣にあるこちらがホームへと出る改札口です。
嵯峨野観光鉄道09
改札口の真上には、
比叡山延暦寺を開いた伝教大師最澄の有名な言葉である
「一燈照隅 萬燈照国」の額が。
嵯峨野観光鉄道の初代社長の座右の銘だそうですが、
この路線の設立経緯を聞いてから見ると深すぎます・・・
嵯峨野観光鉄道11
そして駅舎の改札前を通り過ぎて奥へと進むと、
隣接するジオラマ京都JAPANの入口があります。
嵯峨野観光鉄道12
こちらは嵯峨野観光鉄道が開業20周年を記念して
2011年(平成23年)駅に隣接して建てた鉄道模型ジオラマのテーマパークです。
建物の奥の巨大なジオラマの他、売店があり食事や休憩もできる場所となっています。
嵯峨野観光鉄道14
そして駅舎の外に戻り、
入口前を左手に進むとD51が静態保存されており、
その目の前に19世紀ホールの入口があります。
嵯峨野観光鉄道15
2003年(平成15年)に開設されたこちらのホールは
「19世紀の科学技術や芸術を展示」するホールで
中にはSLなどが展示されていますが、
洋風のバースペースといった趣きでした。
嵯峨野観光鉄道16
再び駅舎内に戻って改札口へ。
嵯峨野観光鉄道では列車別改札が行われており、
列車到着の直前までホームに入る事はできません。
また、こちらの改札口はホームへの入場専用となっています。
嵯峨野観光鉄道17
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線となっています。
このホームは嵯峨野観光鉄道の嵯峨野観光線ホームですが、
線路の線籍がJR山陰本線ですので
運転取り扱い上はJR嵯峨嵐山駅と同一扱いだそうで、
ホームもJR嵯峨嵐山駅の5番線として扱われるそうです。
駅名標のすぐ横には嵯峨野観光線のゼロキロポストが。
嵯峨野観光鉄道20
入場の改札口はホームの東端にありますが、
そこからさらに東を見るとご覧の嵯峨野観光線の車止めがあります。
その奥に見えるのは、隣の嵯峨嵐山駅に停車するJR山陰本線の列車です。
嵯峨野観光鉄道18
ホームの中ほどにある降車口。
到着した列車の乗客はこちらに誘導されてホームから出ます。
出た先は駅舎に隣接するジオラマ京都JAPANの中となります。
嵯峨野観光鉄道19
ジオラマ京都JAPAN側から見た降車口。
嵯峨野観光鉄道21
そしてこちらはホームの西端です。
こちらが亀山方面となります。
嵯峨野観光鉄道22
右側の線路はJR山陰本線ですが、
嵯峨野観光線はこの山陰本線の下り線にのみ合流をしています。
これはどういう事かといいますと、
トロッコ嵯峨駅へと到着する列車は
隣のトロッコ嵐山駅からトロッコ嵯峨駅までの区間で
JR山陰本線の下り線を逆走して運行しているという事
です。

嵯峨野観光鉄道の機関車はトロッコ嵯峨駅方に連結していますが、
その理由はこの山陰本線逆走区間で万が一、JRの列車と正面衝突した際に
機関車をクッションとして客車の被害を和らげる為なのだそうです。



嵯峨野観光鉄道23
こちらはトロッコ嵐山駅の駅前の光景です。
起点のトロッコ嵯峨駅からは1.0kmの地点にある駅で、
京都の観光名所である嵯峨野の竹林や名所旧跡に囲まれた場所にあります。
嵯峨野観光鉄道24
駅から5分ほどにある、和歌で有名な小倉山の山腹にある
日蓮宗の常寂光寺。
嵯峨野観光鉄道25
松尾芭蕉の弟子の向井去来の草庵である落柿舎。
嵯峨野観光鉄道26
こちらは野宮神社、
とこれらは駅メモで行われたイベントの対象スポットですが、
こういった名跡が駅周辺に数多く存在しています。
嵯峨野観光鉄道28
駅の敷地に入るとご覧のこじんまりした駅前スペースが。
嵯峨野観光鉄道27
進むとこちらが駅舎となります。
嵯峨野観光鉄道29
駅舎の中の様子です。
嵯峨野観光鉄道30
改札を抜けるとご覧の通路があり、
Uターンする様に設けられた階段を降りてホームへと連絡しています。
嵯峨野観光鉄道31
こちらがホーム上の階段のふもとです。
隣に見えるのはJR山陰本線の小倉山トンネルで、
トロッコ嵐山駅がこのトンネルの真上にあることが分かります。
嵯峨野観光鉄道32
駅のホームの様子です。
単式ホーム1面1線となっています。
嵯峨野観光鉄道35
ホームの東端からトロッコ嵯峨駅方面を見ると
線路が分岐しているのが分かります。
左の複線が現行のJR山陰本線(嵯峨野線)であり、
この駅の東すぐで嵯峨野観光線(山陰本線旧線)が分岐しているのです。
嵯峨野観光鉄道33
そして反対側の、ホームの西端は亀山トンネルとなっています。
元々旧山陰本線のトンネルだったこのトンネルは
フランス積み(煉瓦の長手と小口を交互に積む方式)で築かれています。
通常はイギリス積みが一般的だそうで、フランス積みのトンネルは珍しいそうです。
嵯峨野観光鉄道34
この駅のホームは2.5両分の有効長しかありません。
トロッコ列車は客車5両と機関車1両の6両編成ですので
ホームには停まりきらないこととなります。
ですのでご覧の通り、1両目と2両目、そして3両目の半分は
トンネルの中で停車する事となり、駅停車時はドアカットで扉が開きません。
嵯峨野観光鉄道36
駅に停車中のトロッコ列車の1両目の車内です。
この駅で下車する1両目と2両目の乗客は、3両目まで移動する事となります。



嵯峨野観光鉄道38
さて、こちらは保津峡付近の保津川の北岸に沿って走る
府道50号京都日吉美山線です。
ご覧の通り名ばかりの府道で車1台分の幅しかありません。
嵯峨野観光鉄道39
この府道から、保津川を挟んだ対岸にあるのが
ご覧のトロッコ保津峡駅となります。
嵯峨野観光鉄道37
こちらが府道50号線から駅へと連絡する道の分岐点です。
嵯峨野観光鉄道40
道の入口には駅を示す案内板があります。
嵯峨野観光鉄道41
坂道のふもとにはかつて茶店だった小屋の跡が。
嵯峨野観光鉄道42
その小屋から保津川に架かるつり橋が鵜飼橋で、
乗客が駅へと向かう唯一のルートとなります。
嵯峨野観光鉄道55
鵜飼橋の下を下る保津川下りの船。
嵯峨野観光鉄道43
こちらがトロッコ保津峡駅の外観です。
元々はこの駅は、1936年(昭和11年)に信号場が昇格してできた
国鉄山陰本線の保津峡駅
でした。
1989年(平成元年)の山陰本線複線化による路線付け替えで
保津峡駅は現在の場所に移転。
こちらの駅施設は一旦廃駅となりました。
嵯峨野観光鉄道44
そして1991年(平成3年)に旧山陰本線の線路を使って
嵯峨野観光鉄道が開業すると、旧保津峡駅の施設を使って
トロッコ保津峡駅が開業。これが現在まで使われています。
嵯峨野観光鉄道45
こちらが駅の待合所です。
JR時代にも簡素な小屋が建っていましたが、
嵯峨野観光鉄道として再オープンにあたって
現在の風情のあるデザインに造り替えられています。
嵯峨野観光鉄道46
待合所の中の様子です。
嵯峨野観光鉄道56
壁には「近畿の駅百選」の認定証が。
嵯峨野観光鉄道47
こちらがホームの様子です。
単式1面1線の棒線無人駅となっています。
嵯峨野観光鉄道53
ホームには「かねのなる木」と題するモニュメントがあります。
嵯峨野観光鉄道48
同じくご覧の通り信楽のタヌキが。
嵯峨野観光鉄道49
その横にはもみじの形の花壇がありました。
嵯峨野観光鉄道50
ホームの東端のトロッコ嵯峨駅側を見ると
ご覧の跨線橋があります。
この跨線橋はJR時代に使用されていたものですが、
嵯峨野観光鉄道になってからは使用されていません。
嵯峨野観光鉄道51
その跨線橋から見た駅の全景がこちらです。
現在使用されているホームの反対側にもホームがあって
かつては相対式2面2線の駅だった事が分かると思います。
嵯峨野観光鉄道52
ホームの端に近づいてみると分かりますが、
JR時代の狭いホームに追加でホームが継ぎ足されて拡張されているのが見て取れます。
これは駅施設のリニューアルにあたって
旧保津峡駅時代に2線あった線路の下り線側を撤去し、
その場所にホームを拡張設置して1面1線ホームとしたものです。
嵯峨野観光鉄道54
こちらはJR時代には使用していた旧上り線ホームです。



嵯峨野観光鉄道57
こちらはJR山陰本線沿いの側道です。
この先で山陰本線は鵜ノ川を渡りますが、
その手前にトロッコ亀岡駅があります。
嵯峨野観光鉄道58
こちらが駅舎です。
1991年(平成3年)の嵯峨野観光線の開業時に建てられたものです。
線路が築堤上にあるので駅舎もそれに合わせた構造となっています。
嵯峨野観光鉄道59
案内表示に従って駅舎の外の階段を上ると、
そば店の脇の通路を通り、みやげ物店の店内を抜けた先に
ホーム階へと上る階段があります。
案内表示が無ければ駅へと向かえているのかが非常に不安になる造りです。
嵯峨野観光鉄道60
階段を上がるとホーム階となります。
広めの駅舎内には券売窓口と改札口はもちろん、
みやげ物を売る売店もありました。
嵯峨野観光鉄道61
こちらがホームです。
単式ホーム1面1線となっています。
嵯峨野観光鉄道63
改札の正面にはご覧の信楽のタヌキが大勢鎮座しています。
嵯峨野観光鉄道64
ホームの西端には鵜ノ川に架かる橋梁が、
嵯峨野観光線と山陰本線のものが並んでいるのが見られます。
嵯峨野観光鉄道66
橋梁を渡るトロッコ列車。
嵯峨野観光鉄道65
トロッコ亀岡駅の眼前を通過するJR山陰本線の列車です。
嵯峨野観光鉄道62
反対側のホーム東端には車止めが設置されていました。


以上で嵯峨野観光鉄道の全駅となります。
全長7.3kmの純粋な観光鉄道であり、
日本の観光客のみならず海外の団体客も非常に多く目にすることができる路線です。

水曜日(休日・行楽期を除く)ならびに冬期(12月30日から2月末日)は
この路線の列車は運休していますので、事前に運行の確認には注意をして下さい。



嵯峨野観光鉄道67
こちらは嵯峨野観光鉄道の区間における
au 4G LTEでの電波エリアマップです。
山間の保津峡を通るトロッコ保津峡駅前後は電波圏外の区間が続いています。
またこの保津峡付近の区間はトンネルが続く区間でもあります。

しかし今回はトンネルの配置図はつけませんでした。
というのは嵯峨野観光鉄道の列車の平均時速はおよそ25km/hであり、
少し速い自転車程度の速度だからです。
ですのでトンネル外の駅前後でアクセスを狙っていれば
さほどストレス無く駅を取る事が可能
となっています。
トンネルも携帯電波のエリアも気にする必要はあまり無いでしょう。


またこの路線は旧山陰本線ですので
現在のJR山陰本線とさほど離れずに並走をしています。
保津峡駅の前後には大倉山トンネルや第二保津トンネルなどがあって
JRの列車も電波圏外となってしまいますが、
嵯峨嵐山駅━馬堀駅間あたりでチェックインやレーダー使用をすれば
嵯峨野観光鉄道は4駅しかありませんので取るのは容易
でしょう。
ですから乗らずにこの路線をコンプする方は正直多いと思います。

しかしながら京都嵐山では目玉の観光スポットに成長したこの鉄道は
沿線に見所も多く乗って楽しい列車であることは間違いありません。
是非とも一度は実際に乗ってのコンプをお勧めします。

では。

大糸線55
大糸線の記事の続きです。


その1(松本駅━海ノ口駅)はこちら
その2(海ノ口駅━南小谷駅)はこちら


大糸線56
南小谷駅の北方の信号所にはJR東日本とJR西日本の会社境界線があり、
旅客的にはこの南小谷駅以北の大糸線がJR西日本の路線となります。

そして2015年(平成27年)3月の北陸新幹線の長野駅━金沢駅間が開業した事によって
北陸本線の金沢駅━直江津駅間が並行在来線として第三セクターへ経営が分離。
大糸線の南小谷駅━糸魚川駅間は他のJR西日本の在来線から孤立する事となりました。
(JR西日本管轄の北陸新幹線ででは接続)

大糸線の電化区間はJR東日本の管轄である南小谷駅以南までとなっており、
ここから北は非電化区間となります。当然運行する会社が違いますので
列車のダイヤも南小谷駅で区切られており、電車から気動車へと乗り換えとなります。



大糸線57
南小谷駅を出て北に向かいJR西日本管内に入ると
線路はこんな感じの非電化単線となります。


大糸線a81
こちらは県道114号線の起点である中土駅付近です。
長野圏内をずっと姫川とともに大糸線と並走してきた国道148号線は
南小谷駅を過ぎると山間のトンネルやスノーシェッドが連続する区間となります。
中土駅付近の国道も中土トンネル(1228m)などトンネルが続いており、
国道から直接中土駅へは連絡されていません。

この中土駅へと国道から道路で来るには、
駅以南の県道330号線か、駅以北の県道148号線を進むしかありませんが
どちらも駅と国道の間は数キロ離れているというロケーションです。
大糸線a82
道を進むと鉄のゲートの先に駅舎が見えてきます。
大糸線a85
駅前の県道は幅が広くなっており
いわば駅前広場としての役割を果たしています。
大糸線a83
こちらが駅舎の外観です。
1935年(昭和10年)に大糸南線の延伸によって開業し、
大糸線が全通する1957年(昭和32年)まで20年にわたってこの駅は終着駅でした。
開業からの駅舎はかつての有人駅だった名残で
駅務を行うスペースもあるものでしたが
2017年(平成29年)に駅務スペースは消防団の倉庫へと改装された様子です。
大糸線a84
駅舎の向かいにはご覧のタクシー会社の看板のある建物が。
後ろにはタクシーの車両も見えますが、2014年度のこの駅の乗車人員は2人/日です。
大糸線a86
駅舎の中は待合スペースとなっています。
大糸線a87
待合室を抜けるとご覧の階段があり、
構内踏切を渡ってホームへと上がります。
大糸線a88
ホームの入口からみた全景です。
2005年(平成17年)頃まではこの駅にも列車交換設備があったそうで、
入口付近を見るとかつてこのホームが島式であったことが分かります。
大糸線a901
踏切から南小谷方面を見返すと
駅舎側の線路は枕木で塞がれており、
交換設備の名残を見ることができます。
大糸線a89
こちらがホームの様子です。
現在は単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
JR西日本の管轄区間なので駅名標もJR西仕様です。
大糸線a90
列車内から見た駅周辺の様子。



大糸線60
中土駅を出た大糸線は姫川に沿って北上します。
大糸線a93
こちらは中土駅━北小谷駅間のトンネルの配置図です。
並走する国道148号線もトンネルが断続的に続く区間ですが、
大糸線もこの区間の大多数がトンネルである事が分かります。
トンネル内では電波は入りませんので
駅の停車時にアクセスを忘れない様にする事が肝要でしょう。


大糸線a92
こちらは外沢トンネルを抜けた国道148号線と大糸線が
交差をしている地点で、北小谷駅はこの付近に設置されています。
奥に見える橋は国道148号線の橋梁であり、
橋の脇から駅への道が分かれています。
大糸線a94
こちらは橋の袂にある駅前広場の様子です。
大糸線a95
駅前広場の奥にある小谷村の社会就労センター。
大糸線a96
こちらが駅舎の外観となります。
1957年(昭和32年)に大糸線の延伸開業によって開業した駅となります。
大糸線a97
駅舎の中の様子です。
大糸線a98
駅舎内の待合室を抜けるとホームへの階段が。
大糸線a99
ホームの様子です。
単式1面1線の棒線無人駅となっています。
大糸線b01
ホームの南端の上には国道148号線の橋梁があり、
姫川と大糸線を跨いでいます。
かつては臨時急行列車「シュプール号」が停車するために
ホームと反対側にもう一本線路が敷かれて列車交換が可能でした。
線路は撤去されていますが、バラスト(砂利)がその面影を残しています。



大糸線b02
こちらは北小谷駅━平岩駅間のトンネルの配置図です。
並走する国道148号線もトンネルとスノーシェッドの連続ですが
大糸線も区間の半分がトンネルとなっています。


大糸線b03
こちらは平岩駅の駅のすぐ北にある
姫川の支流に架かる橋です。
橋からは国道148号線の橋梁が見えます。
大糸線b04
橋を渡るとすぐ交差点があり、右手には駅前駐車場があります。
大糸線b05
そしてその駐車場から道を挟んだ向かい側に平岩駅が。
大糸線b13
駅の向こう側には営業をしていない雑貨店や
明らかに使われていない廃墟が立ち並んでいました。
大糸線b06
駅舎の外観です。
この駅から大糸線は長野県を出て新潟県へと入ります。
大糸線b14
入口の前には、かつて大糸線の開通の為に尽力をした
当時の北小谷村長を称える頌徳碑があります。
大糸線b15
同じく駅舎前にある観光案内版。
大糸線b07
駅舎の中はご覧の通り待合室となっています。
大糸線b09
待合室を抜けるとホームへと連絡をしている通路があります。
大糸線b10
通路を抜け階段を上がると
構内踏切がありホームへと連絡をしています。
大糸線b11
踏切から見たホームの入口。
大糸線b08
こちらがホームです。単式1面1線となっています。
ホームの形状を見れば容易に分かりますが、
元々は島式ホームで2線でした。
現在は駅舎側の線路が撤去されているので
使われているのは1線のみとなっています。
大糸線b12
駅には他に引き上げ線があり、ご覧のラッセル車が留置されていました。



大糸線62
県境の渓谷地帯を抜ける路線。
大糸線b17
こちらは平岩駅━小滝駅間のトンネル配置図ですが、
トンネル区間の他にスノーシェッドの区間もありますので
駅間の電波状態は良好とは言えません。
大糸線b21
またこちらはau 4G LTEでの電波エリアマップですが、
平岩駅━小滝駅間は特に小滝駅寄りのほとんどが電波圏外となっています。
結論から言うとこの区間で特に小滝駅にはアクセスできないと思った方が良いでしょう。
駅での停車時でのアクセスをお勧めします。


大糸線b16
こちらは国道148号線の小滝トンネルの北側の出口付近です。
トンネルの間を洞門(スノーシェッド)が埋めている区間が続く中で
やっと完全な屋外に出る地点ですが、こちらに大糸線の小滝駅もあります。
大糸線b18
小滝トンネル前にある、小滝駅を示す標識です。
大糸線b19
標識に従って進むと駅が見えてきます。
大糸線b20
こちらが駅舎の外観です。
1935年(昭和10年)に当時の国鉄大糸北線が延伸して開業した駅で、
駅舎も開業当時のものです。
大糸線b22
駅舎を抜けると、かつての構内踏切だった通路で
ホームと連絡をしています。
大糸線b23
こちらが駅のホームです。
単式1面1線のホームとなっています。
大糸線b24
ホームの形状や、駅舎とホームの間に残る路床、
構内踏切に残るレールなどからも分かる通り、
かつてはこの駅のホームは島式1面2線の列車交換のできるものでした。
交換設備は2007年(平成19年)に撤去されています。
大糸線b25
そしてこの駅で見逃せないのが
ホームから見えるこちらの構造物であり、
これはかつての給水塔の跡です。
大糸線b28
1957年(昭和32年)に大糸線が全通するまで、開業から20年あまり
この駅は大糸北線の終着駅でしたので、
蒸気機関車の走る当時には給水塔が必要だったのでしょう。
聞くところによると昔はこの駅付近では鉄鉱石の採掘が盛んで
それを貨車に積むための設備だったとの事でした。
大糸線64
駅の北側の近くに見える姫川第六発電所。



大糸線b26
こちらは小滝駅━根知駅間のトンネル配置図です。
いくつかトンネルはあるものの、トンネル区間はさほどでもありません。
大糸線b27
ですがこちらのau 4G LTEでの電波エリアマップを見ると分かる通り、
この区間の半分以上が電波圏外となっているのです。
根知駅の範囲はほぼ全てが電波圏外であると言ってよい状態です。
ですがこの区間を走る列車は単線の軌道車で速度はさほどではありませんので
落ち着けば駅付近での駅の取得は可能です。
慌てずにアクセスをして下さい。


大糸線b29
こちらは国道148号線から一本入った市道の
根知駅付近の様子です。
大糸線b30
駅舎の外観。
大糸線b31
中はご覧の通りです。
大糸線b32
駅舎からホームはご覧の通り一段高くなっており、
改札前の階段で上がる事となります。
大糸線b33
ホーム南端の階段。
駅舎の改札前の階段を上がると、ご覧の構内踏切とホームへ上がる階段があります。
大糸線b36
ホームは相対式2面2線となっており、
大糸線のJR西日本管轄区間では唯一の列車交換ができる駅となっています。
大糸線b34
こちらが駅舎側ホーム。
下り線の糸魚川方面の列車が停車するホームです。
大糸線b35
反対側の上り線南小谷方面ホーム。
こちらはホーム上に待合室があります。
大糸線b37
そして駅舎の北側には車両庫があり、引き上げ線が1線設けられていました。



大糸線b46
こちらが根知駅━頸城大野駅間のトンネルの配置図です。
区間の南半分はトンネルが続いている状態です。
大糸線b47
そしてこちらがau 4G LTEでの電波エリアマップです。
糸魚川市の市街地へと徐々に近づいているだけあって
沿線のほとんどが電波圏内となっています。
トンネル配置と併せて考えると、
区間の南半分の根知駅の範囲がとりづらい事が分かります。
根知駅は前後の区間がどちらも取りづらい状況にありますので、
駅付近で取れる時に確実にアクセスをして下さい。



大糸線b39
こちらは頸城大野駅へと連絡をしている道路です。
大糸線b40
駅前から見返したこちらの道路ですが、
県道156号頸城大野停車場線というれっきとした県道となっています。
このあたりは大糸線と西に200mほど離れたところを並行に国道148号線が走っています。
この駅前の県道は全長400mほどですが、
国道から駅まで2回交差点を曲がってクランク状に駅と国道を連絡しています。
大糸線b42
駅前の広場の様子。
大糸線b41
こちらが駅舎の外観です。
1934年(昭和9年)の国鉄大糸北線の開業でできた駅であり、
駅舎も開業当時のものが現在も使用されています。
大糸線b43
駅舎の中の様子です。
大糸線b44
ホーム側の駅舎の出口付近。
大糸線b38
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
大糸線b45
ホームの北端に行くとその先に、かつての貨物積み込みヤードの跡が見えます。
ヤードの上は駅前広場とつながっており、
ピカピカの新しい超音波積雪深計が設置されていました。



大糸線b50
こちらは頸城大野駅━姫川駅間のau 4G LTEでの電波エリアマップです。
北陸自動車道の糸魚川インターチェンジのすぐ南付近でもあり、
ご覧の通り電波状況は良好です。
またこの区間の大糸線は姫川の川べりを走っていますので
トンネルもありません。
駅のアクセスに困る事は無いでしょう。


大糸線b48
こちらは大糸線と国道148号線が北に向かって
隣り合わせに並走している区間です。
この並走区間の一角に姫川駅が設置されています。
大糸線b49
駅の外観です。
1986年(昭和61年)に大糸線の国鉄時代最後の開設駅として設置されました。
大糸線b51
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅であり、ホーム上に待合があるのみとなっています。
大糸線b52
こちらがその待合の様子。
大糸線b53
そしてホーム上から国道を挟んだ反対側には
現在は閉院している姫川病院の建物が見えます。
大糸線b54
姫川駅のホームの入口は北端にあるのですが、
その入口前の国道には交差点でも無いのに信号機と横断歩道が設置されています。
大糸線b55
信号機の目の前からはご覧の通り、
病院の敷地へと伸びる道路がありました。
現在は使われていない病院なのでご覧の通りバリケードで封鎖されています。
大糸線b56
こちらが廃病院である姫川病院の建物です。
糸魚川医療生活協同組合姫川病院として
姫川駅開業の翌年である1987年(昭和62年)に開業した病院で、
糸魚川市関連の資料をあたるとどうやら
姫川駅はこの病院開業に伴って開設された駅である様です。
しかし経営が悪化した病院は2007年(平成19年)に倒産し廃院。
駅前には病院の廃墟が現在に至るまで残っている状態です。
なんでも今では廃病院にありがちな心霊スポットにされているんだとか。

かくして現在は駅だけが残るこの地ですが、
駅周辺には病院以外にも廃墟が散見されました。



大糸線b57
こちらは姫川駅━糸魚川駅間のトンネル配置図です。
糸魚川市の市街地のはずれにある姫川駅を出ると
すぐにトンネルがありますが、その後は平坦な市街地を走っています。
大糸線b58
au 4G KTEでの電波エリアマップを見ても
この区間まで来るとどこの場所でも電波状況は良好でした。
ですので駅へのアクセスは基本心配しなくて大丈夫でしょう。


大糸線68
そして大糸線の終点である糸魚川駅です。
105kmを越える路線で、他の路線と接続しているのは
起点の松本駅と終点の糸魚川駅だけという路線

やっとほかの鉄道へと乗り換えのできる駅まで辿りつきました。
大糸線69
こちらが糸魚川駅での大糸線の終端。
この駅はえちごトキめき鉄道の直営駅であり、
1~3番線が日本海ひすいライン、
そして写真の4番線がJR西日本の大糸線ホームとなっています。
大糸線70
糸魚川駅の外観です。
1912年(大正元年)に国鉄信越線の駅として開業しており、
翌年に北陸本線へと編入。
1934年(昭和9年)に大糸北線が開通して乗換駅となりました。
北陸新幹線の開業によって並行在来線の北陸本線が2015年(平成27年)に
えちごトキめき鉄道の日本海ひすいラインとして第三セクター化しており、
JR西日本としては大糸線のみがこの駅を使用しています。
大糸線74
糸魚川駅の日本海口正面の通りを進むと。
大糸線71
北に500mほどで突き当たる
国道8号線から見た駅方向です。
大糸線72
ここは駅前の通りからちょうどT字路となっており
眼前には日本海が広がっています。
中央に見えるのは海の展望台で。
大糸線73
展望台の上から見た日本海の夕日はこんな感じでした。



以上で大糸線については全てとなります。
大糸線b59
こちらは改めて南小谷駅━糸魚川駅間の
大糸線JR西日本管轄区間についてのau 4G LTEでの電波エリアマップです。
南小谷駅以南のJR東日本区間とはうってかわって
JR西日本区間ではトンネルが連続して続いています。
ですので電波状態については留意が必要となっています。

ですが基本的にこの区間は非電化の単線ローカル線なので
気動車の速度はさほどではありません。
優等列車が走る訳でも無いので、
駅停車時をメインに落ち着いてアクセスを重ねていけば
基本的には列車内から全ての駅が取れると考えて結構
だと思います。

以上の情報は実際に乗車をして調べたものですので、
駅メモでの攻略の際の参考となれば幸いです。

では。

でんこの元ネタ
■No.33 賢島エリア(Kashikojima Eria)
 ■タイプ:トリックスター
 ■誕生日:3月21日

■出身駅: 近畿日本鉄道線志摩線 賢島駅(三重)
エリア01


エリア44
こちらは賢島駅の駅舎の外観です。
1929年(昭和4年)に志摩電気鉄道が鳥羽駅━真珠港駅間が開通したことによって
この駅も途中駅として開業しました。
事業者が何回か変わった後に1965年(昭和40年)に近鉄となり、
1969年(昭和44年)に真珠港駅の廃止によって終着駅となりました。
ご覧の駅舎は1970年(昭和45年)の志摩線の標準軌への改軌に併せた
リニューアルによって作られたものです。
エリア45
駅前の北口ロータリーには
2016年(平成28年)に開催された伊勢志摩サミットを記念したマーメイド像が。
エリア63
ロータリーからの道を進むと分岐の先に
近鉄グループである志摩マリンランドがあります。
エリア64
志摩マリンランドの入口付近の光景です。

エリア46
駅舎の1階の半分はロータリーの車寄せとなっていますが、
残りの半分は改札前のコンコースとなっています。
エリア51
改札の前を過ぎると奥には券売窓口があります。
エリア52
券売窓口の右奥へと進むとご覧の階段が。
エリア53
階段を降り切ると出口があります。
エリア54
こちらの出口が賢島駅の南口となります。
エリア56
南口の隣に建っているこの建物は、
賢島駅が開業した志摩電気鉄道時代からの旧駅舎です。
エリア55
南口正面の駅前の通りの様子です。
駅を背に進むと道は賢島港へと続いています。
エリア57
駅から南へと歩くとすぐにご覧の港へと突き当たります。
英虞湾巡りの観光船である賢島エスパーニャクルーズの乗り場はこちらです。
エリア58
英虞湾を望む賢島港の様子です。
エリア60
さすがに日本一の真珠の名産地だけあって
港付近にも何軒もの真珠宝飾店が並んでいます。

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そして賢島駅の駅舎の中へと戻って
こちらが改札の様子です。
エリア49
改札を入って一番右手の1、2番線ホーム。
主に名古屋方面の列車が停まる特急用ホームです。
特急が停まる為、8両編成に対応する有効長があります。
エリア59
ホーム西側の終端の車止め脇には「賢島高架橋終点」の表示が。
エリア50
こちらは3、4番線ホーム。主に大阪・京都方面の特急が停まるホームです。
エリア61
そして2番線と3番線の間にもご覧のホームがあります。
こちらは降車専用ホームであり、2番線と3番線の列車から下車する際に使われます。
このホームには番線の数字は設定されていません。
エリア62
そしてこちらが5番線ホームです。
1~4番線ホームが8両の有効長があり特急が停まれるのに対して
この5番線ホームは2両分しか長さがありません。
ですので普通列車の専用発着ホームとなっています。

元々賢島駅の普通ホームは1番線の南側の一段低い場所にありましたが、
1993年(平成5年)にこの5番線が作られて以降は
普通列車はこちらのホームに停車しています。



■モデル車両: 近畿日本鉄道50000系電車「しまかぜ」
エリア00
駅メモのでんこである「賢島エリア」の元ネタとなった近鉄50000系電車は
「志摩に吹く風の爽やかさと、車内で過ごす時間の心地よさ」から名づけられた
観光特急として「しまかぜ」の愛称を持っています。

昭和の時代には社員旅行など団体客の観光地として名を馳せた伊勢志摩ですが、
平成に入ってその観光客はジリ貧の減少傾向にあったといいます。

そこで2013年(平成25年)に伊勢神宮で式年遷宮が挙行されるのをきっかけに、
近鉄ではこの減少傾向だった伊勢志摩への観光客を取り戻す活性化を狙って
「乗ること自体が旅の目的になる観光特急」の開発が手がけられました。

こうして開発された「しまかぜ」は2013年(平成25年)3月21日に
大阪難波駅 ━賢島駅間と近鉄名古屋駅━賢島駅間の営業運転を開始
しました。
駅メモでは賢島エリアの誕生日は3月21日と設定されており、
この日付が近鉄50000系しまかぜの運用開始日に因んでいるのは明らか
でしょう。


エリア02
こちらが賢島方の先頭車両1号車となるク50600形です。
京都・大阪発着では1号車ですが名古屋発着の編成のみ6号車となります。
先頭車両ですので運転台のある制御車となりますが、
モーターは搭載されておらず自走できない付随車となります。
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こちらは中から見た運転台の様子です。
運転席の後ろは客室からの展望性重視でガラス張りとなっています。
全面中央のガラスは非常扉となっていて上に跳ね上げて開くそうで、
その為中央が通路となっています。
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通路右のコンソール上には車内放映用のカメラが設置されており
全面展望が撮影できる仕掛けになっています。
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運転台の真後ろには乗降の扉は無く、
車両後端の扉から中に入ると荷物を置けるロッカースペースがあります。
鍵がかけられるロッカーとなっており、
また床には御影石が使われています。
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客室は展望性を重視してハイデッカー車両となっており、
ご覧の様にまるで二階席のように客室が高くなっています。
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車内の客室の様子です。
座席は全席指定のプレミアムシートとなっていて、
椅子は本革張りで、まるでマッサージチェアような造りになっています。
実際に座席には電動のフットレストがあり、
腰あたりに内臓された「エアーサポートクッション」が
位置や硬さの調整の他にマッサージ機能まで本当についていました
電動での座席の回転も可能となっています。
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車窓のカーテンはご覧の通り電動で開閉ができます。
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肘掛を開けると中には折りたたみのテーブルが内臓されていました。
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背もたれにもテーブルが装備されています。
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通路側の肘掛の下にはコンセントも常備。


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こちらは賢島方2両目となる2号車のモ50500形
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モーターを搭載している電動車であり、
制御装置と共に屋根にはパンタグラフが載っています。
駅メモのでんこの賢島エリアの背中のパンタグラフと比べると
モチーフがこの近鉄50000系であることが分かります

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この車両は平床となっていますので
床の高さはホームと同じとなっています。
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車両の入口はご覧のプラグ式ドアとなっており、
入ると多目的トイレや洗面所があります。
入口に車椅子のマークがあることで分かる様に
こちらの車両のトイレも車椅子対応となっています。
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化粧を直すパウダールームも設置。
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座席は1両目と同じくプレミアムシートが装備されていますが、
車椅子対応の多目的トイレのあるこの車両では
2列シートの賢島方が2列分、車椅子対応の単独シートとなっています。


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次は賢島方3両目となる3号車のサ50400形です。
運転関係の設備は搭載しておらず、完全な付随車の客車です。
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窓が上下二段についていることからも分かる通りダブルデッカー車となっています。
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車内通路です。
通路は通称「海側」と呼ばれる側に設けられており、
写真の場合後ろが賢島方、前方が京都大阪名古屋方となります。
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こちらがカフェの2階席の様子。
3編成あるしまかぜの編成ごとに座席の色やデザインコンセプトが違うそうです。
座席は全席フリーですが料理を注文する必要があります。
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カフェ1階席。1階はどの編成も共通デザインの様です。
座席の背中側は壁になっており2階席よりは閉鎖性が高いので、
景色は窓のみの反面落ち着けるという利点もあります。
端には先頭車両のカメラの映像が。
こちらも1階席同様に要注文のフリー席です。
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カフェ席の反対側、京都大阪名古屋方の階段付近です。
表示の車両番号が4となっているのは名古屋行きである為で、
京都大阪行きは3号車となります。
こちらの階段は通常時はロープで閉鎖されています。
階段脇にはご覧の洗面が。


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賢島方4両目の4号車のモ50300形です。
この車両は1階建ての平床車であり、サロン席、個室席を備する客車となります。
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近づいてみると、大窓一つに一個の個室やサロン席が割り当てられているのが分かります。
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そしてモーターと制御装置を搭載している電源車でもありますので
屋根にはご覧のパンタグラフが載っています。
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こちらは車両の青いペイント側(賢島方)の車端部で、
トイレや洗面所が設けられています。
(写真は名古屋行きの為車両番号が3となっていますが
京都大阪行きの場合は4号車となります。)
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通路を進むと「海側(賢島方を向いて右)」と呼ばれる側に通路があり、
反対の「山側」にご覧の個室席があります。
個室席は通路に自動扉があって完全個室となっています。
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こちらはサロン席の様子です。
サロン席は通路側がご覧の通りオープンとなっています。
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サロン席の自動扉を抜けると、
京都大阪名古屋方の車端部にはご覧の喫煙室があります。


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賢島方5両目の5号車であるモ50200形です。
モーターと制御装置のある電動車であり、
基本的には2両目のモ50500形とほぼ同じ形の車両となっています。
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2両目のモ50500形とモ50200形の違いとして、
こちらの車両のモ50200形はパンタグラフが京都大阪名古屋方に一つだけという点です。
(2号車モ50500形はパンタグラフを2基搭載)
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客室内の座席も2号車と同じプレミアムシートとなっていますが、
2号車にあった車椅子対応シートがこちらの車両には無く
2列側のシートは全て通常の2列の椅子が設置されています。
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また2両目には無い飲料の自販機が
こちらの5両目の賢島方車端部通路には設置されています。


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最後は6両目のク50100形
京都大阪名古屋方の先頭車両となります。
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この車両も機器類が左右対称の位置に設置されているという以外は
1両目と基本的には同じ形の先頭車両の制御車となります。

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以上で近鉄50000系「しまかぜ」の車両の説明となります。



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こちらは1992年(平成4年)に登場をした近鉄22000系電車
通称「ACE」と呼ばれる汎用特急車両です。
車体のカラーリングはオレンジと紺のツートンですが、
このうちオレンジ色が駅メモのでんこ「賢島エリア」の髪の毛の色のモチーフだと言われています。
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標準軌の車両である22000系を狭軌仕様とした
1996年(平成8年)登場の近鉄16400系電車
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1965年(昭和40年)から走っており、同系同色の列車が大井川鐵道でも走っている
近鉄16000系電車の旧塗装車。
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1978年(昭和53年)に旧ビスタカーの後継車両として登場した近鉄30000系電車
ビスタカーⅢ世」とも「ビスタカーEX」とも呼ばれます。

このように近鉄の特急車両をいくつか並べましたが、
長らく近鉄の特急ではこのオレンジ色が使われてきています。
「賢島エリア」の元ネタの「しまかぜ」にはこのオレンジ色は使われていませんが、
近鉄特急電車の色として髪の毛のモチーフとなったと考えられます。

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またこちらは近鉄23000系電車「伊勢志摩ライナー」です。
1993年(平成5年)から登場した
志摩スペイン村への観光客輸送を目的とした観光特急であり、
2012年(平成24年)に内外装がリニューアルされ現在の外観となっています。
車体にはサンシャインイエローと呼ばれる
伊勢志摩の太陽をモチーフとした黄色が塗られていますが、
「賢島エリア」のトップスやホットパンツの明るい黄色の元ネタは
このサンシャインイエローかもしれません


エリア42
このように「賢島エリア」はそのパンタグラフの形やマントの色調などから
近鉄50000系「しまかぜ」が元ネタなのは間違いありませんが、
キャラクターのデザインの各所に他の近鉄車両がモチーフとなってちりばめられています
まあ、日本の私鉄で最長の路線網を持つ近鉄には様々な車両があって
なかなかおもしろいのは確かでしょう。
【写真撮影:2017年8月】

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