2018年01月

宮之城線86
さて、お次は宮之城線についてです。

元々は大正期に川宮鉄道が設立されて工事が中断された路線を
国が計画線の一部として国有化し、
1924年(大正13年)に川内町駅(現・川内駅)━樋脇駅が開業したのが始まりとなります。

その後延伸されて1937年(昭和12年)に薩摩大口駅まで延伸開業し、
宮之城線としての全線が開通しました。

しかし沿線の人の流れは西側が川内、
東側が粟野・隼人の生活圏として分断された状態であり、
また両端からの他線への乗り継ぎも接続が悪いなど使い勝手が良く無い為
1984年(昭和59年)には第2次特定地方交通線として廃止が承認されてしまい、
その後1987年(昭和62年)に国鉄のJR転換を目前にして廃線となったのです。

宮之城線01
こちらはJR九州の鹿児島本線と九州新幹線の駅である川内駅です。
駅の開業は1914年(大正3年)に川内町駅としてで、
宮之城線が開通して乗り入れたのは1924年(大正13年)となります。

かつては鹿児島本線のローカル駅だったこの駅も
2004年(平成16年)の九州新幹線の延伸開業によって新幹線停車駅となりました。
その為新幹線開業に併せて、ローカル駅舎は近代的なご覧の新幹線駅へと改築されています。
宮之城線02
そしてこちらが川内駅の新幹線ホームの光景です。
なぜ在来線では無く新幹線のホームを載せたかというと、
今回ご紹介する国鉄宮之城線の川内駅ホーム(旧3・4番線ホーム)は
現在の新幹線ホームの真下にあった
という事からです。
宮之城線03
こちらは川内駅の東口と、駅から北へと伸びる新幹線ですが
かつての宮之城線も新幹線の走るあたりを鹿児島本線と並走して北上していた様子です。

川内駅は現役のJRの駅ですので新幹線やJRで取れば
自動的に廃線の駅も取った事となります。



宮之城線06
こちらは県道394号線の薩摩川内市白浜町付近です。
宮之城線05
この県道はかつての宮之城線の廃線跡に拡張整備された道路であり、
ご覧の付近に薩摩白浜駅がありました。
駅は1936年(昭和11年)の開業ですので
宮之城線が開通してから20年あまりして新設された駅だった様です。
宮之城線04
当時の写真を参考にすると
赤線で描いたあたりに単式ホームが設置されていました。
宮之城線10
ご覧の通り駅跡のすぐ西で県道が広くなっているので勘違いされる方が多い様子ですが
実際にホームがあったのはそのすぐ東側の、
上写真の赤線で描いた位置となります。
単式ホーム1面1線のみの棒線無人駅だった様です。
宮之城線07
駅跡の東側すぐ隣にあるバイク屋です。
付近で目印になるのはこの店くらいしかありません。
宮之城線08
駅の西側すぐには「八幡神社」と書かれた表示のある小路が。
宮之城線09
奥には小さなお社がありました。



宮之城線11
廃線跡は県道394号線と並走しつつ東へと進みます。
左手に川内川に架かる赤い東郷橋が見えるこのあたりが
かつての楠元駅の駅跡となります。
宮之城線12
こちらが駅跡です。
営業当時の駅舎や駅名標が「楠元駅鉄道記念館」と銘して
現地にご覧の通り残されていました。

ただ、駅舎は当時のものですが、
北側の市道を整備する際に90度回転して移築されていますので
当時そのままの場所に建っている訳ではありません。
宮之城線13
営業当時の写真などからおおよそご覧の位置に
駅舎とホームが、ちょうど東郷橋に対して垂直にあった様です。
相対式ホーム2面2線の駅だったそうですので
駅構内はかなり広かったはずで、駅員の常駐する駅だったそうです。

状況から判断すると、恐らく宮之城線の廃線跡を市道として整備した際に
東郷橋と市道を連絡する為に駅舎とホームのど真ん中に道を作る必要が生じ、
保存の決まっていた旧駅舎を90度回転させて移築
したのだと思われます。
宮之城線14
鉄道記念館となっている旧駅舎。
営業当時の写真と比べると明らかに形が違っていますので、
恐らく「旧駅舎の建材を使った」のだと思います。
宮之城線15
当時のものと思われる改札のラッチです。
宮之城線16
窓から覗いた記念館の中の様子。
宮之城線17
敷地内にはポイントの分岐器や車輪などがありました。
宮之城線18
駅跡の目の前に架かる東郷橋。
かつて駅のあった頃には
この橋を渡った対岸の東郷町の利用客がメインだったそうです。



宮之城線19
市道に沿って道なりに4キロほど南下すると
ご覧の光景となります。
宮之城線20
市道沿いに吉野山郵便局が見えてきますが
この付近が次の駅である吉野山駅の跡地となります。
宮之城線22
こちらは吉野山郵便局の建物です。
この郵便局は宮之城線の営業当時からここにありましたので
駅の場所を知る上で非常に参考になる建物です。
宮之城線21
吉野山駅はおおよそご覧の感じであった様です。
1924年(大正13年)の路線開業時にできた2面2線の駅だそうですが、
廃線時の写真を見ると単式ホームの棒線駅になっていました。
宮之城線23
郵便局の前にある吉野山駅跡の石碑。
まさしくこの場所に木造の旧駅舎が建っていました。
宮之城線24
石碑に並んでレールと車輪も置かれています。
宮之城線25
ホーム跡の北端付近にある、平佐東地区コミュニティーセンター。
郵便局と道を挟んだ向かい側となります。
宮之城線26
コミュニティセンターと郵便局との間の道は、
写真奥側の東に向かって200mほどある
「鹿児島県道334号吉野山停車場線」という県道でした。
駅と県道335号を連絡する道でしたが2005年(平成17年)に
県道としては廃止されています。



宮之城線27
こちらは県道333号線と335号線の重複区間となる樋脇町付近で、
ご覧の通り「樋脇鉄道記念館前」というバス停があります。
宮之城線28
その東側にあるT字路が、かつての県道343号線樋脇停車場線となります。
この道は2005年(平成17年)に県道廃止となり現在は市道です。
宮之城線29
T字路の角には廃ガソリンスタンドが。
宮之城線30
150mほどの旧停車場線を進むと駅舎が見えてきます。
宮之城線31
こちらが樋脇駅の駅跡となります。
廃止後の現在も旧駅舎は当時ものをそのまま残してあり
樋脇鉄道記念館となっています。

駅は1924年(大正13年)の路線開業時の開設で、
1926年(大正15年)に宮之城駅に延伸されるまでは終着駅でした。
宮之城線32
駅舎の中の様子です。
入り口には「鉄道記念館」の木看板が下がっており、
中は営業当時の待合室です。
宮之城線33
券売窓口から中を覗き込むと
駅務のスペースはご覧の通りでした。
宮之城線34
こちらがかつての駅構内のホーム側の様子です。
レールが複線で残され、車軸のついた車輪が置かれています。
構内踏切と警報機も。
宮之城線35
駅構内の敷地はご覧の通り鉄道公園となっていました。
銘板で宮之城線の開業と廃止の年月日が。
宮之城線36
駅前広場の一角の物置には「駅前自治会」や「駅前公民館」の文字があります。
宮之城線37
駅跡の東側は駐車スペースとなっており、
その隣には市の運営する「鷹の巣冷泉」という日帰り入浴施設があります。



宮之城線38
樋脇駅から2kmほど東に廃線跡を転用した市道を進むと
次の駅の駅跡が見えてきます。
県道は川の対岸で周囲は市街地からは外れています。
宮之城線39
この交差点の向こうの左側がかつての上樋脇駅となります。
宮之城線40
かつての駅入口だった交差点の角にある
「上樋脇駅開設記念碑」と刻まれた石碑です。
駅の営業当時の写真にはありませんので、
おそらく廃線後に建てられたものと思われます。
宮之城線41
こちらが現在も残っている駅のホームの跡です。
駅は1959年(昭和34年)に新駅として追加されたもので、
単式ホーム1面1線の無人駅だったそうです。
宮之城線42
5、6年前には駅の待合室が残っていたそうなのですが、
2018年(平成30年)1月現在では上屋は無くなっていました。
かつての待合室の上屋はホーム中央あたりにご覧の様にあったそうです。
宮之城線43
廃線跡は舗装されて生活道路となっており、
ホームの一部は削り取られて隣接する家の出入口となっています。
宮之城線44
廃線跡であるホーム前の道は
東側の奥がご覧の通り行き止まりとなっています。
ガードレールの向こう側は樋脇川であり、
かつてはこの先に宮之城線の橋梁が架かっていました。



宮之城線45
こちらは国道328号線の入来郵便局付近です。
上樋脇駅から3kmほど進んできた廃線跡の市道が
この付近で国道と合流しています。
宮之城線46
合流点にある入来鉄道記念館前のバス停。
宮之城線47
その先がかつての入来駅の駅跡であり、
跡地は薩摩川内市鉄道記念公園として整備がされています。

駅は1926年(大正15年)に宮之城線の延伸開通によって設けられました。
宮之城線48
こちらは駅の跡地に建てられたSLを模した記念館です。
当時の写真の展示などもある様子ですが、
中は公民館として使われているようです。
宮之城線49
公園整備の経緯を記した銘板。
宮之城線51
記念館前から西のほうを見ると、
線路を模したであろう歩道が敷地外の入来郵便局の裏まで続いています。
宮之城線52
郵便局の裏手のこの市道がかつての宮之城線の廃線跡であり、
ちょうど郵便局建物の裏手付近から鉄道公園の中に向かって
線路が敷かれていた様子です。
宮之城線50
当時の写真を参考にしたので若干のずれはあると思いますが、
概ねご覧のような感じで入来駅のホームと駅舎が置かれていた様です。
ホームは千鳥式の2面2線だったそうで、
列車交換が出来るため駅員の常駐していた駅だそうです。
宮之城線54
参考に入来郵便局の周辺の様子を。
宮之城線53
記念館の脇に置かれたポイント切替器。
当時使われていたものなのでしょうか。



宮之城線55
廃線跡は国道を越えて北上しています。
4kmほど進んだ付近にある、
道の脇に残る腕木式信号。
宮之城線56
その先に廃線跡を進むとすぐにある消防団の倉庫。
廃線跡である敷地の先には久富木川に残る宮之城線の橋梁の土台が見えます。
宮之城線57
橋梁の橋台の跡に近づいてみると、
その後ろに伸びる宮之城線の築堤の上に一面のソーラーパネルが設置されていました。


宮之城線58
こちらは廃線跡に沿って走る県道393号線で、
駅跡の付近はご覧のように広場になっています。
宮之城線60
広場の向かいには、いかにも駅があったころには
駅前商店だったという風情の店が一軒あります。
宮之城線59
こちらが薩摩山崎駅の廃駅跡となります。
宮之城線66
駅跡の北隣にある久富木簡易郵便局。
宮之城線65
かつての駅には本数は少ないものの
現在はコミュニティバスのバス停が併設されています。
宮之城線62
どうやらこのあたりの廃駅跡ではセットになっているらしい
車輪と駅跡を示す石碑です。
宮之城線61
1926年(大正15年)の路線延伸時に開業をした駅で、
ご覧の場所にに木造駅舎がありました。
駅舎の向こう側に単式ホーム1面1線を持つ棒線駅でしたが、
かつては相対式2面だったそうです。
宮之城線63
ホームと線路のあったはずの場所を見ると
ご覧の通りに一面のソーラーパネルが。
駅跡から久富木川まで500m弱は廃線跡にソーラーが続いています。
宮之城線64
駅跡の立て看板を見て・・・なるほど。
ここがソーラープラントになったのは2014年(平成26年)だそうです。



宮之城線69
薩摩山崎駅を後にして廃線跡を進むと
国道267号線と並走をする区間があります。
そしてその国道と再び分かれるあたりに次の船木駅の駅跡があります。
宮之城線70
廃線跡の市道から見下ろすと見える国道267号線。
見えるあたりにバスの停留場もあります。
宮之城線68
写真のこのあたりがかつての船木駅の駅跡の様です。
宮之城線67
営業当時の写真などをみると
どうやらご覧のあたりに単式ホーム1面と駅舎があった様です。
駅は1936年(昭和11年)に新設されたもので、
開設当初は有人駅で鉄道員の宿舎もあったのだとか。



宮之城線71
こちらは国道267号線の宮之城駅前交差点です。
名前の通りこちらの目の前が宮之城駅の駅跡となります。
宮之城線72
この建物は宮之城鉄道記念館で、
廃駅となった宮之城駅跡に1987年(昭和62年)に建設されました。
中は観光案内所やJRの券売所、バス待合室を兼ねています。
宮之城線73
鉄道記念館の前はご覧のロータリーに。
宮之城線74
宮之城は竹細工などが名産の竹の街であり、
全国に数多ある「竹取物語」のかぐや姫伝説の地のひとつです。
ですのでかぐや姫の像が記念館の横に。
宮之城線75
そのかぐや姫に並んであるのが
宮之城駅の駅跡を示す石碑です。
宮之城線76
記念館の中の様子です。
待合スペースには竹細工が置かれています。
宮之城線77
こちらが宮之城線関連の展示スペースです。
宮之城線78
当時の写真や運賃表など。
宮之城線79
鉄道記念館の東側にはご覧のバス停があります。
バスでの宮之城線攻略の時にはルートにもよりますが
中継地点の一つとなるバス停です。
宮之城線80
そのバス停の東側にはご覧のレールや信号機、ポイント切替器などの
鉄道関連の展示がされています。
機関車はC57-124で鹿児島を中心に走っていたSLです。
宮之城線81
宮之城駅自体は1926年(大正15年)の開業で、
樋脇駅からの延伸開業によって終着駅となりました。
その後1934年(昭和9年)に宮之城線がさらに延伸した為中間駅となっています。
宮之城町の中心駅で相対式2面2線のホームを持ち、
さらに数本の引き上げ線があったそうです。



宮之城線87
こちらは川内駅━宮之城駅間のau 4G LTEでの電波エリアマップです。
廃線となって線路はありませんが、
廃線跡はほぼ全ての区間が電波エリア圏内となっています。


宮之城線82
こちらは参考までに宮之城駅からのレーダーの範囲です。
宮之城線83
路線図で示すと赤線を引いたご覧の範囲でレーダーが届きます。
川内駅からはレーダーで入来駅までは取れますので、
バスで川内駅→宮之城駅までの移動ができれば
レーダーで宮之城線の西側2/3は取れる
のが分かると思います。


川内駅━宮之城駅間のバス路線としては、
鹿児島交通の「宮之城車庫━川内駅━川内営業所」線が一番使い易いでしょう。
川内駅停留場━宮之城駅停留場までの所要時間はおよそ1時間弱、
運賃は690円(2018年1月現在)
となります。
この路線バスの運行ルートは以下の通りです。
宮之城線85
基本的に川内駅から宮之城駅までほぼ全線を国道267号線を走る路線です。
その為宮之城線の廃線跡とは川内川の対岸を走る区間がほとんどですが、
概ね並走しているので多くの廃駅にチェックインが可能です。
以下は宮之城線の各駅と路線バスの停留場の対比表です。

 □川内駅 :川内駅停留場
 □薩摩白浜駅:今村停留場(中郷~今村中 間で取得可能)
 □楠元駅  :斧渕停留場(小路三叉路~司野上 間で取得可能)
 □吉野山駅 :野瀬下停留場(司野峠~南瀬局 間で取得可能)
 ■樋脇駅  :チェックイン不可(要レーダー)
 □上樋脇駅 :須杭下停留場(大塚~須杭 間で取得可能)
 ■入来駅  :チェックイン不可(要レーダー)
 □薩摩山崎駅:山崎停留場(須杭入口~山崎小学校前 間で取得可能)
 □船木駅  :五反田停留場(クオラ病院前~文化センター前 間で取得可能)
 □宮之城駅 :宮之城駅停留場
宮之城線84
国道267号線上には樋脇駅と入来駅のエリアはありません。
ですのでこの2駅は上のバス路線からのチェックインはできません
レーダーを使うか別の方法でこの二つの駅のエリアへ行くしかないでしょう。


しかしこの廃線を攻略するのに一番楽なのは
なんといっても車での移動でしょう。
駅付近の道路の写真を見ても分かる通り、
この宮之城線の沿線道路は基本的に2車線の道路が多く
車の運転が非常に楽な廃線なのです。
川内駅から宮之城駅まででおよそ30km、
薩摩大口駅まででも70kmありませんので、
車で往復するだけなら3時間でおつりがくるでしょう。
私は宮之城線の全駅を巡りましたが、それでも8時間で川内━薩摩大口間が往復できました。



宮之城駅━薩摩大口駅間についてはその2で書きたいと思います。
では。

スカイレール00
さて、お次はスカイレールサービスについてです。

スカイレールサービスは広島県広島市安芸区のJR瀬野駅の北を走る、
みどり口駅━みどり中央駅間の全長1.3kmの懸垂式モノレールの路線で
路線名としては広島短距離交通瀬野線となります。

スカイレール01
こちらはJR山陽本線の瀬野駅の北口の光景です。
スカイレール09
かつては瀬野機関区があってここで補助機関車が増結され
急勾配の線路を登っていたそうですが、
現在はその面影ほほとんど残っていない橋上駅舎となっています。

スカイレール02
そのJR瀬野駅に隣接しているこちらが
今回ご紹介のスカイレールサービスのみどり口駅となります。
路線の開業は1998年(平成10年)で、駅も同時に開業をしています。
スカイレール03
そもそもこのJR瀬野駅の北側はご覧の通り斜面となっており、
その斜面へと向かってJR山陰本線に垂直にスカイレールの軌道が延びています。
スカイレール04
この斜面一帯をデベロッパーとしてニュータウン開発を行ったのが積水ハウスであり、
斜面を切り開いて南向きのひな壇状に住宅団地を造成。
「スカイレールタウンみどり坂」として分譲をした街となります。
スカイレール05
そのニュータウンを手がけた積水ハウスが住民の足として建設をしたのが
こちらのスカイレールであり、全長1.3kmの路線に総工費62億円を掛けて建設がされました。

ご覧の通り懸垂式モノレールとロープウェイを組み合わせたような
「ロープ駆動式短距離交通システム」という乗り物であり、
軌道の多くはニュータウン内の道路の上を走っています。
その為、軌道法が適用される鉄道となっており、
積水ハウスが中心に出資をしたスカイレールサービス株式会社が運営を行っています。

東の関東には山万がニュータウン開発をしたユーカリが丘があり、
デベロッパーの作った山万ユーカリが丘線が走っています。
スカイレール06
(上写真・山万ユーカリが丘線)
住民の足としてデベロッパーが新交通システムを作ったという点で
このスカイレールはユーカリが丘線と同様のコンセプトの乗り物だと言えます。
スカイレール07
こちらがみどり口駅の改札付近の様子です。
JRの駅とはペデストリアンデッキで連絡しており、
橋上駅舎であるJRの駅とは昇り降り無く行き来ができます。
スカイレール08
階段を上がるとホーム階で、
ご覧の通りこじんまりとした乗降ホームがあります。
スカイレール10
ホーム側から見た車両の乗降口です。
スカイレール11
車内側から見た乗降口。
ホームドアと車両の扉で二重になっているのが分かります。
スカイレール12
窓から外を見ると反対側にもホームがあるのが見えます。
あちらは降車用ホームで、乗車用ホームと相対式に作られていました。
スカイレール130
そして車内から軌道の終端をのぞくと
まるでスキー場のゴンドラの終点の様になっています。
スカイレール14
折り返しを回ってくるスカイレールの車両。
スカイレール15
進行方向はご覧の通りでした。


スカイレール16
みどり口駅を出たスカイレールは斜面の上へと上がって行き、
住宅地の家の間を抜けて進みます。
スカイレール20
外からこの区間を見るとご覧の通りです。
なんでも最大で270‰(パーミル)の坂を上るそうで、見た目も含めて完全にリフト状態です。
アプト式で有名だった碓井峠が最大66.7‰(パーミル)ですから
このスカイレールの坂がどれだけの物かお分かりいただけるかと思います。
なんでもケーブルカー以外の交通機関では日本一の勾配だとか。
スカイレール17
軌道は左に大きくカーブを描いて進み、
その先に次の駅が見えてきます。



スカイレール18
こちらがみどり中街駅です。
三駅しか無いスカイレール唯一の中間駅です。
駅の北側を走る、ニュータウン内を縦貫する道路に沿って駅が設けられています。
スカイレール19
駅舎の全景です。
斜面に設けられた駅は道路側が高くなっています。
スカイレール23
こちらは上り方面行きホーム。
相対式ホームとなっている駅の上り側は
ホーム上に改札があり、改札を出るとすぐに北出口となっています。
エレベーター脇には連絡通路に降りる階段が。
スカイレール24
車内から見たホームです。
スカイレール21
連絡通路の様子です。
ホーム階へと上る階段と南側の住宅地へと降りる階段があります。
スカイレール22
住宅地側の南出口。
スカイレール25
出口前はご覧の様にすぐに住宅が広がっています。


スカイレール26
駅を出ると軌道は斜面の上を進み、
右にカーブをして道路を越えます。
カーブが終わると終点が見えてきます。
スカイレール27
駅の建物と敷地が見えます。



スカイレール28
スカイレールの終着駅であるみどり中央駅です。
スカイレール29
駅前を横切る道路は住宅地の外周を走る道路で、
ご覧の様に坂になっています。
スカイレール30
そして駅正面の道は歩道が階段になっており
住宅の中を貫いています。
スカイレール31
駅舎の中の様子です。
スカイレール32
切符は鉄道でよく見る磁気式のものでは無く、
ご覧の二次元バーコードを読み取る方式のものでした。
母体が積水ハウスだからなのかもしれませんが、
鉄道の改札というよりは駐輪場の入口といった趣きです。
スカイレール33
改札内の階段を上がるとホーム階となります。
スカイレール34
ホームはご覧の通りで、
この駅も相対式ホームで降車用ホームと乗車用ホームが分かれています。



全長で1.3kmの路線なので、乗る前には正直、
歩けばあっという間に全線制覇できてしまうだろうと思っていました。
起点のみどり口駅から次のみどり中街駅までは700m、
そしてその次の終点までは600mでしたので。
スカイレール35
しかし最初の600mの光景がこちらとなります。
実際に現地を見て「この斜面を毎日歩いて昇り降りするのは無理だな」と思いました。
ナビでみどり口駅からみどり中街駅までのの徒歩ルートを調べたら20分くらいで出ましたし。

ですので実際にこの路線を現地に行って制覇したいのであれば
素直にスカイレールに乗るのが一番早くて楽だと分かりました。


瀬野駅は山陽本線の駅であり、広島駅からは6駅の位置にあります。
また広島空港の最寄り駅である白市駅からも5駅であり、
山陽本線や山陽自動車道からは容易にスカイレール全線をレーダー取得することが可能です。
少し離れた芸備線からですら、狩留家駅付近からだと
レーダー射程がMAXであれば射程圏内です。
スカイレール36
ですからわざわざ駅メモの為に瀬野で降りて
スカイレールに実乗する人は基本的に稀だと思います。

ただ、こんな路線は日本でここだけですので
一度は乗ってみるのも一興だと思いますよ。


では。

でんこの元ネタ
■No.06 シャルロッテ=フォン=ハノーファー(Charlotte von Hannover)
 ■タイプ:トリックスター
 ■誕生日:8月6日

■出身駅: ドイツ鉄道(DB) ハノーファー中央駅(Hannover Hbf)
シャル01
ご存知の通りドイツはかつては西ドイツと東ドイツに分断されていて、
ベルリンの壁の崩壊によって1990年(平成2年)に統一ドイツとなりました。

当然ながら鉄道も東西それぞれのドイツが国鉄を持っており、
西ドイツ側の国鉄はドイツ連邦鉄道(Deutsche Bundesbahn)、
東ドイツ側はドイツ国有鉄道(Deutsche Reichsbahn)として官営鉄道が存在していました。

そしてドイツ統一後の1994年(平成6年)に東西国鉄が統合の上民営化。
ドイツ鉄道(Deutsche Bahn AG)となりました。
Deutsche(ドイチェ)は「ドイツ」、Bahn(バーン)は「鉄道」、AGは「株式会社」ですので
日本で言えばまさしくJR(Japan Railway)という事になります。
通常はDB(デーベー)と略されるところも同様でしょう。


ハノーファー(Hannover)はドイツ・ニーダーザクセン州の州都であり
北ドイツの主要都市のひとつにあたります。

ドイツの鉄道では都市の代表駅にはハウプトバーンホフ(Hauptbahnhof・Hbf)が付けられており、
ハノーファーの中心駅はすなわちハノーファー中央駅(Hannover Hauptbahnhof)となります。
シャル02
こちらがそのハノーファー中央駅の駅舎です。

駅の開業は日本では江戸時代末期の1843年(天保14年)で、
当時はハノーファーはハノーファー王国でしたので
「王立ハノーファー邦有鉄道」という国有鉄道の
「ハノーファー━ブラウンシュヴァイク線」という路線の駅として開業しました。

現在の駅舎は1876年から1879年にかけて建てられたそうで、
第二次世界大戦時に大きな被害を受けたものの
戦後に再興されて現在に至っているそうです。
シャル03
駅のホームは6面12線あるそうで、ご覧の通りかなり大きな駅となっています。
またこの駅ではDBの鉄道の他に「ハノーファーSバーン」と呼ばれる
いわゆるライトレールの鉄道が乗り入れています。

日本風に言えばこのハノーファー中央駅は
地上の鉄道、地下鉄、路面電車の駅であると言えば分かり易いでしょうか。

また日本の鉄道と異なる点として、
この駅には改札口がありませんので自由に出入りができます。
車掌も乗車しておらず、運転士がワンマン運転で切符を回収することもありません。
ですが不定期で車内検札が実施されており、
いわゆるキセル乗車が発覚すると1000ユーロ(13万円前後)の罰金を取られます



■モデル車両: 広島電鉄200形238号(ハノーバー電車)
シャル04
広島電鉄の走る広島市とハノーファー市は
1983年(昭和58年)に姉妹都市として調印をしています。

広島市がハノーファー市に姉妹都市締結5周年の記念として
1988年(昭和63年)に茶室を贈り、ハノーファーのシュタットパーク(市立公園)には
「洗心亭」という茶室が設けられています。
この茶室の返礼としてハノーファー市から広島市に贈られたのが
「ハノーバー電車」と呼ばれる古風なトラムカー(路面電車)で
広島電鉄200形238号となります。
シャル05
その為「ハノーバー電車」の車体には
ご覧の通りハノーファー市から広島市への礼文が書かれています。
シャル06
世界で初めて電車を実用化したドイツでは、
第二次大戦後に西ドイツが路面電車を各都市で導入して輸送力の強化を図っています。
その西ドイツの代表的な車両メーカーがデュッセルドルフ車両製造、
すなわちデュワグ(DUEWAG)です。

「ハノーバー電車」こと200形238号車は1950年(昭和25年)にデュワグで製造されました。
元々は1928年(昭和3年)製の車体で、第二次大戦で被害を受けた
車両の部品を利用して新しい車両を製造したものです。
ドイツではこのような車両をaufbauwagen(復興車)と呼ぶそうです。
シャル08
この車両は1976年(昭和51年)までハノーバー市電を走っていました。
その後ハノーファーのトラム博物館で保存され、
再びハノーバー市電で動態保存されていたものが広島市に寄贈、
1988年(昭和63年)に広島電鉄に入線となっています。
シャル07
車体でひときわ目立つのが、こちらのボディに対しても大きなパンタグラフです。
駅メモのシャルロッテの小さな体にひときわ大きなパンタグラフのモチーフとなっています。

そしてパンタグラフの下の屋根一面に設けられているのが抵抗器です。
これは速度制御に必要で昔の欧州の電車に設けられているものです。
自動車には「エンジンブレーキ」というものがありますが、
電車にも「発電ブレーキ」というものがあり、
減速の時にはモーターで発電をして負荷を掛けることでブレーキを掛けます。
この時に発電した電気を熱で消費するための機構がこちらの抵抗器です。
そしてこの抵抗器が屋根一面にある為
ハノーバー電車はエアコンをつけることができません

シャル09
そして車両の窓はご覧の通り大きく、
ハメ殺しとなっていて開閉する事ができません。
こういった特性もあり、ハノーバー電車は夏期間は運行されておらず
冬期間(11月~3月)の土曜日曜祝日のみ広島の街を走っています。
シャル10
こちらが車両の全面の外観です。
車体はクリーム色(   )のボディに
小豆色(   )のラインが入っています。
駅メモのシャルロッテの衣装を見ると、この車体のカラーリングを基本として
車体前面のライトの配置がそのままデザインモチーフとなっているのが分かります。
シャル11
こちらが車内の様子です。
広電入線時に木製ベンチシートの難燃化やワンマン運転設備の新設など
日本の保安基準に則った改修は行われたものの、
基本的にはハノーファーを走っていた時の状態から変えられていません。
シャル12
座席は中央部が2+1列のボックスシートで、
両端がロングシートとなっています。
シャル13
車内の運転台とのついたてや窓枠、シートも木製となっており
ご覧の様にビス留めで取り付けられていました。
シャル14
壁や枠のところどころにはご覧の降車ブザー(メモリーチャイム)が。
日本のバスで昭和40年代から50年代頃に使われた
オージというメーカーのものの様ですので
こちらは恐らく広電入線時にワンマン運転用に追加されたものでしょう。
シャル15
運転台付近の様子です。
車両の両端にある運転台はマスコンが円形のハンドルだったり
運転士の頭上に無骨にスイッチ類がむき出しでついていたりと
非常に味のある外観となっています。

両替機と運賃回収箱はついているものの、
広島電鉄で現在使われているICカードの読み取り機はありません
ですので私の乗った時には車掌が乗務して乗客にその旨を案内していました。

シャル16
こちらは広島電鉄8号線(横川線)の終点の江波電停です。
シャル17
江波電停の奥の終端には広島電鉄の江波車庫があり、
路面電車と路線バスの車庫や営業所があります。
シャル18
普段はこの江波車庫にハノーバー電車は留置されており、
運行時にだけご覧の様に車庫から出てきます。
シャル19
車庫を出て江波電停に停まるハノーバー電車。
現在では土日祝日にだけ二往復、広電8号線(横川線)を往復運行している様です。
【写真撮影・2018年1月】

更新履歴(2018年1月以降)


18.01.12 「でんこの元ネタ」の「■No.15 鹿沼りんご(Kanuma Ringo)」を新規追加。
18.01.14 「でんこの元ネタ」の「■No.09 花畑もえ(Hanabatake Moe)」を新規追加。
18.01.16 更新履歴の2018年1月以降を新規追加。
18.01.17 「でんこの元ネタ」の
     「■No.06 シャルロッテ=フォン=ハノーファー(Charlotte von Hannover)」を新規追加。
18.01.18 広島県の「スカイレールサービス」の記事を新規アップ。
18.01.24 鹿児島県の廃線「国鉄宮之城線」の川内駅━宮之城駅間をその1として新規記事をアップ。
18.02.04 鹿児島県の廃線「国鉄宮之城線」の宮之城駅━薩摩大口駅間をその2として新規記事アップ。
18.02.08 福岡県の廃線「国鉄勝田線」の記事を新規アップ。
18.02.18 「でんこの元ネタ」の「■No.64 角館あけひ(Kakunodate Akehi)」を新規追加。
     「でんこの元ネタ」の「■No.46 黒崎あたる(Kurosaki Ataru)」を新規追加。
18.03.26 三重県の「伊賀鉄道伊賀線」の記事を新規アップ。
18.04.02 「でんこの元ネタ」の「■No.02 為栗メロ(Shiteguri Mero)」を新規追加。
18.04.15 滋賀県の「信楽高原鐵道」の記事を新規アップ。
18.04.17 「でんこの元ネタ」の「■No.08 天下さや(Tenga Saya)」を新規追加。
18.04.18 京都府の「京阪男山ケーブル」の記事を新規アップ。
18.04.26 愛知県の「ゆとりーとライン」の記事を新規アップ。
18.05.02 「でんこの元ネタ」の「■No.18 汀良いちほ(Tera Ichiho)」を新規追加。
18.05.16 沖縄県の「ゆいレール」の首里駅━美栄橋駅間をその1として新規記事をアップ。
18.05.26 沖縄県の「ゆいレール」の美栄橋駅━那覇空港駅間をその2として新規記事をアップ。
     路線別目次に九州沖縄を追加。
18.05.30 「でんこの元ネタ」の「■No.32 神居コタン(Kamui Kotan)」を新規追加。
18.06.11 北海道の「JR石勝線」の南千歳駅━新夕張駅間をその1として新規記事をアップ。
18.06.20 北海道の「JR石勝線」の新夕張駅━新得駅間をその2として新規記事をアップ。
18.06.28 北海道の「JR石勝線」の新夕張駅━夕張間をその3として新規記事をアップ。
18.06.29 三重県の「伊賀鉄道伊賀線」の記事に、新駅の四十九駅を書き足し追加。
18.07.03 「でんこの元ネタ」の「■No.69 羽貫ミユ(Hanuki Miyu)」を新規追加。
18.07.12 「でんこの元ネタ」の「■No.19 美唄イムラ(Bibai Imura)」を新規追加。
18.07.17 愛知県の「東部丘陵線(リニモ)」の記事を新規アップ。
18.07.28 北海道の「JR留萌本線」の記事を二つに分割し、それぞれ加筆。
     深川駅━留萌駅間をその1、留萌駅━増毛駅間の廃線区間をその2として再アップ。
18.08.07 北海道の「道南いさりび鉄道線」の木古内駅━上磯駅間をその1として新規記事をアップ。
18.08.23 北海道の「道南いさりび鉄道線」の上磯駅━五稜郭駅間をその2として新規記事をアップ。
18.08.27 「でんこの元ネタ」の
     「■No.13 新居浜いずな(Niihama Izuna)」「■No.31 新居浜ありす(Niihama Alice)」
     について新規の記事をアップ。
18.08.29 「でんこの元ネタ」の「■No.41 南郷にちな(Nango Nichina)」を新規追加。
18.08.31 「でんこの元ネタ」の「■No.70 桂みやび(Katsura Miyabi)」を新規追加。
18.09.04 北海道の廃線「JR江差線(木古内~江差)」について記事を新規アップ。
18.09.11 「でんこの元ネタ」の「■No.67 窪川まぜ(Kubokawa Maze)」を新規追加。
18.09.17 北海道の「JR日高本線」の苫小牧駅━鵡川駅間をその1として新規記事をアップ。
18.10.03 「でんこの元ネタ」の
     「■No.36 蓮台寺ミオ(Rendaiji Mio)」「■No.72 蓮台寺ナギサ(Rendaiji Nagisa)」
     について新規の記事をアップ。
18.10.11 静岡県の伊豆急行について、既存の記事を2分割、その1(伊東━伊豆高原)
     その2(伊豆高原━伊豆急下田)として再度アップ。
18.11.11 北海道の「JR日高本線」鵡川駅━静内駅間をその2として新規記事をアップ。
18.11.30 「でんこの元ネタ」の「■No.10 象潟いろは(Kisakata Iroha)」を新規追加。
18.12.08 「でんこの元ネタ」の「■No.52 浦佐ノア(Urasa Noa)」を新規追加。
18.12.13 北海道の「JR日高本線」静内駅━浦河駅間をその3として新規記事をアップ。
18.12.23 「でんこの元ネタ」の「■No.56 橿原らら(Kashihara Rara)」を新規追加。
19.01.05 「でんこの元ネタ」の「■No.30 八雲レーノ(Yakumo Reno)」を新規追加。
19.01.06 「でんこの元ネタ」の「■No.75 阿下喜ニナ(Ageki Nina)」を新規追加。
19.01.12 沖縄県の廃線「嘉手納線」の那覇駅━城間駅間をその1として新規記事をアップ。
19.01.14 沖縄県の廃線「嘉手納線」の城間駅━嘉手納駅間をその2として新規記事をアップ。 19.01.16 盲腸線ワープについて「富士急・河口湖駅━箱根登山鉄道・強羅駅」の記事を新規追加。
19.01.24 「でんこの元ネタ」の「■No.65 湯前ひびき(Yunomae Hibiki)」を新規追加。
19.02.07 長崎県の「島原鉄道」について諫早駅━愛野駅間をその1として新規記事をアップ。
19.02.11 「でんこの元ネタ」の「■No.75 阿下喜ニナ(Ageki Nina)」の記事を大幅に加筆修正。
19.02.17 長崎県の「島原鉄道」について愛野駅━多比良町駅間をその2として新規記事をアップ。
19.03.13 長崎県の「島原鉄道」について多比良町駅━島原外港駅間をその3として新規記事をアップ。
19.03.22 「でんこの元ネタ」の「■No.22 巽レン(Tatsumi Ren)」を新規追加。
19.04.04 「でんこの元ネタ」の「■No.78 海部なる(Kaifu Naru)」を新規追加。
19.04.11 三重県の「三岐鉄道北勢線」の西桑名駅━穴太駅間をその1として新規記事をアップ。
19.04.23 三重県の「三岐鉄道北勢線」の穴太駅━阿下喜駅間をその2として新規記事をアップ。
19.04.28 兵庫県の廃線「三木鉄道三木線」の記事を新規アップ。
19.04.29 愛媛県の廃線「伊予鉄道森松線」の記事を新規アップ。
19.04.30 京都府の廃線「北丹鉄道」の記事を新規アップ。
19.05.09 兵庫県の「神戸新交通六甲アイランド線」の記事を新規アップ。
19.05.21 福岡県の「平成筑豊鉄道門司港レトロ観光線」の記事を新規アップ。
19.06.03 福島県の「会津鉄道」について記事を書き直し、
     新たに会津高原尾瀬口駅━会津田島駅間をその1としてアップ。
19.06.07 福島県の「会津鉄道」の会津田島駅━湯野上温泉駅間をその2として新規記事をアップ。
19.06.10 福島県の「会津鉄道」の湯野上温泉駅━西若松駅間をその3として新規記事をアップ。
19.06.28 埼玉県の「秩父鉄道」の記事を再編集。三峰口━皆野間をその1として再アップ。
     また皆野━寄居間をその2として再編集アップ。
19.07.13 埼玉県の「秩父鉄道」の記事を再編集。寄居━熊谷間をその3として再度アップ。
19.07.24 埼玉県の「秩父鉄道」の記事を再編集。熊谷━羽生間をその4として再アップ。
19.07.29 北海道の「JR日高本線」の浦河駅━様似駅間をその4として新規記事をアップ。
19.08.04 「でんこの元ネタ」の「■No.64 角館あけひ(Kakunodate Akehi)」について記事を大幅改定の上加筆。
19.08.26 北海道の「JR札沼線」について非電化区間の北海道医療大学駅━札比内駅間を
     非電化区間その1として新規記事アップ。
19.09.03 北海道の「JR札沼線」について非電化区間の札比内駅━新十津川駅間を
     非電化区間その2として新規記事アップ。
19.09.15 熊本県の南阿蘇鉄道高森線の立野駅━中松駅間をその1として新規記事をアップ。




でんこの元ネタ
■No.09 花畑もえ(Hanabatake Moe)
 ■タイプ:サポーター
 ■誕生日:7月3日

■出身駅: 西日本鉄道(西鉄)天神大牟田線 花畑駅(福岡)
もえ01

もえ16
こちらは県道758号線の花畑駅付近です。
県道から駅前のロータリーまではおよそ50mほどとなっています。
もえ15
花畑駅の南口の外観です。
この駅は1932年(昭和7年)の開業で、
西鉄の前身となる九州鉄道の駅として開設されています。

現在の駅は高架駅となっており、
花畑駅付近の連続立体交差事業によって
2004年(平成16年)に現在の駅舎となっています。

この花畑駅は西鉄の全ての列車が停車する駅となっており、
通過する列車は基本的にはありません。
もえ17
南口の駅前ロータリーの光景です。
県道に直結しているので比較的交通量がありますが、
駅前は郊外の住宅地といった風情となっています。
もえ14
こちらは反対側の北口の様子です。
もえ18
距離にして300mほどの位置に国道209号が並走しているものの、
駅前付近には駐車場と住宅が並ぶ光景となっています。

隣の西鉄久留米駅付近には大型の商業施設が並ぶなど繁華街となっていますが、
0.9km南のこちら花畑駅付近は住宅街の様相です。
西鉄久留米駅も花畑駅も全ての列車が停車する駅ですが、
花畑駅の乗降人数は西鉄久留米駅の1/5ほどに留まっています。
もえ26
駅構内へと入ると、1階は南口と北口を連絡するコンコースとなっており
西鉄ストアをはじめとして商業施設が入居しています。
もえ19
コンコースの中央付近には改札階である2階へと上がる
階段とエスカレーターがあります。
もえ20
2階の改札階の様子です。
もえ22
改札内はご覧の通りで、ホーム階へと上がる階段が
上り方面と下り方面に分かれて設置されています。
もえ21
こちらは島式ホームの1、2番線です。
花畑駅は2面の島式ホームで4線となっており、
こちらの1、2番線が下り大牟田方面行きとなっています。
もえ23
下りホームから見た天神方面。
もえ24
同じく下りホームから見た大牟田方面です。
基本的に内側の番線が本線で、外側が待避線の副本線であることが分かります。
もえ25
こちらは上り線の天神方面行きの3、4番線ホームです。
【写真撮影・2018年1月】



■モデル車両: 西日本鉄道(西鉄)モエ901救援車
もえ02
まず最初に書いておきたいのは、
上の写真の車両は西鉄600形電車614編成です。

駅メモの「花畑もえ」のモデル車両は西鉄900形モエ901ですが、
このモエ901が2015年(平成27年)1月に再び旅客用車両として
西鉄貝塚線へと転属になったのが上の西鉄600形電車614編成の614号車(モ614)
となります。

ですので上の写真は駅メモのでんこ「花畑もえ」の現在の姿
間違いありません。
もえ03
モエ901の改造前の種車である西鉄600形電車614編成の
車両製造日は1966年(昭和41年)9月
となっていますので、
車両自体は実に50年以上を走っているという事になります。
元々西鉄では救援車としてモワ803・811が充てられていましたが、
老朽化によって車両の代替が必要となっていました。
そこで西鉄甘木線を走っていた西鉄600形614編成(614・664)が
2003年(平成15年)に新たな救援車として改造され運用に充当されました。
この時614号車(モ614)はモエ901に、664号(ク664)車はクエ902となっています。

救援車として西鉄天神大牟田線の筑紫車両基地へと
転籍となったモエ901とクエ902ですが、
モエ901(元614)は作業時の作業員詰所として使用するために
座席などの車内設備はそのまま用いられていたそうです。
そしてクエ902(元664)はクレーンや保線資材などを積載する為に
座席が撤去された状態となりました。

そして2009年(平成21年)にはモエ901に検測機器が搭載され、
パンタグラフが下枠交差式からシングルアーム式に変更
となっています。
モエ901をモチーフとする駅メモの「花畑もえ」の背中のパンタグラフは
シングルアームの形状となっていますが、
これはこの検測機器搭載時の改造によって換えられた時のものです。


そして西鉄貝塚線を走る313形の老朽化引退を補充する為に
モエ901は再び旅客用の改造を施され、
元の車番である西鉄600形-614へと戻されます。
貝塚線の他の列車は全て600形が走っていたため、
このモエ901を旅客用に戻す事で車両形式の統一を図った様子です。

こうしてモエ901は旅客用→事業用→旅客用と使用目的の変わった
全国的にも非常に珍しい車両
となった訳です。
もえ04
こちらが元モエ901である、西鉄600形614編成614号車です。
救援車時代には車体は黄色一色でしたが、
貝塚線への転属によって赤いラインが入っています。
もえ05
パンタグラフは架線検測用のシングルアームから
菱形の下枠交差式へと戻されています。
もえ06
乗降口脇にある車体番号の銘板です。
改番されているため一部が手書きとなっています。
形式のところには「モ 600」と書かれたはずなのですが
ご覧の様に消えかかっています。
もえ10
車番の表示も614→901→614と変わった為が
車体に板でツギハギの様に付けられています。
もえ07
車内の様子です。
運転台の後ろの片側はシートが撤去されており
車椅子スペースが設けられています。
614編成導入以前の貝塚線600形にはこのスペースはありませんでした。
(※現在は他の貝塚線600形にも順次車椅子スペースは導入されています)
もえ08
運転台の様子です。
もえ09
座席のモケットは一般席がエンジ色、優先席が薄紫となっています。
これは他の貝塚線600形と同じ色で統一したものと思われます。
ただ座席下のヒーターのある網目の部分は
他の車両とは導入時期が10年以上違う為、網目の形状が違っています。


もえ11
こちらはモエ901とずっと一緒の編成で運用されていた
元クエ902の西鉄600形614編成664号車です。
基本的は外見は元モエ901の614号車と変わりませんが、
屋根の上を見るとパンタグラフが無いのが分かります。
もえ12
こちらが車内の様子です。
貝塚線仕様のカラーのロングシートが設置されているのは
614号車(元モエ901)と同じですが、
こちらの車両は救援車時代には資材やクレーンを搭載する為に
座席は全て撤去されていました。
もえ13
614号車の運転台です。
車椅子乗降用のスロープがあるのが分かります。
もえ27
かくして50年以上現役のこの車両が
未だ旅客営業車両として運行しているのは何よりです。
車齢的にはいつ廃車になってもおかしくありませんので
見れるうちに見ておくことをお勧めします。
【写真撮影・2018年1月】

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