2018年05月

でんこの元ネタ
■No.32 神居コタン(Kamui Kotan)
 ■タイプ:トリックスター
 ■誕生日:3月29日

■出身駅: 日本国有鉄道(国鉄)函館本線 神居古潭駅(北海道)
コタン01

北海道の鉄道は、元々は明治政府の官庁であった北海道開拓使が
独自に路線を建設し官営幌内鉄道を運営するという状態でした。

1889年(明治22年)に北海道開拓使が廃止され北海道庁が発足すると
北海道炭礦鉄道が設立され鉄道は払い下げ民営化されました。
しかし北海道の開拓推進の為に必要不可欠である鉄道の建設推進は
北海道炭礦鉄道には遂行能力が無く、
道庁自らが鉄道建設・運営を行う方針が打ち出されていました。

1892年(明治25年)に鉄道敷設法が公布施行され
日本国内の鉄道の建設計画が定められました。
これによって国による鉄道の敷設及び整備が進められたものの
北海道の鉄道の計画は鉄道敷設法からはすっぽり除外されていました。

その為北海道における鉄道建設運営は道庁自ら行なうことを追認する形となり、
1896年(明治29年)に北海道鉄道敷設法の制定によって
ようやく正式に道庁による鉄道の建設が定められました。


そうした状況の中で1898年(明治31年)7月に
北海道官設鉄道上川線の空知太駅━旭川駅間が開業。
その後1901年(明治34年)12月5日に納内駅━伊納駅間に
新たに神居古潭簡易乗降場が新設され開業
となりました。


神居古潭駅は1909年(明治42年)に函館本線の所属となり
1949年(昭和24年)には国鉄発足よって国鉄函館本線の駅となります。

そして函館本線の複線化と電化が進められた際に
線形が悪く、何度も崩落を経験しているという防災上の観点から
納内駅━近文駅間がルート変更による付け替えとなります。
これにより1969年(昭和44年)10月1日にこの区間にあった神居古潭駅が廃止
以後この駅に鉄道が走る事はありませんでした。

コタン02
こちらは国道12号線(神居国道)の神居古潭交差点です。
1.2kmほど西に本来の神居古潭交差点はあるのですが、
トンネルの東側にあるこちらも信号機には「神居古潭」とありました。
コタン03
信号から右手に反れた道は国道12号線の旧道となります。
1983年(昭和58年)に神居古潭トンネルが出来て道が付け替えられるまでは
石狩川の南岸を走るこちらの道が国道12号線でした。
コタン05
神居古潭トンネルは車のみの通行となっており、
自転車と歩行者はご覧の通り旧道を迂回する案内板が設置されています。
コタン04
石狩川に沿って旧道を進みます。
コタン06
川と旧道が最も接近したご覧の付近に、
旭川の景勝地である神居古潭の入口があります。
コタン07
こちらがその入口です。
コタン08
入口の隣にある南山商店。
かつてはここの国道沿いに数軒の店舗があったそうですが
現在ではこの店のみが残っています。
コタン09
商店の前には「100m先遮断機あり」の標識が。
コタン10
こちらがその遮断機で、
旧道西側からの国道への車両の侵入を制限していました。
コタン11
遮断機の付近からは国道12号線の神居古潭大橋が見えます。
コタン13
旧道と国道合流点の、神居古潭大橋の西詰めの目の前には
ご覧の神居古潭トンネルの西側の入口があります。
コタン14
そして神居古潭大橋の東詰めの先には神居古潭バス停があり、
振り返ると大橋の上から石狩川の神居古潭の名勝が見えます。

コタン15
再び旧道へと戻って神居古潭の入口へ。
コタン16
入口の旧道沿いにある案内板です。
コタン17
こちらは同じく旧道沿いにある、
神居古潭の地名の由来を案内する表示板です。
これによるとカムイ(kamuy・神)コタン(kotan・村、集落)という意味だそうです。
コタン18
別の案内板によるとここのカムイはニッネカムイ(nitne-kamuy・魔神)だそうで、
舟を交通手段としていたアイヌにとって難所であったこの地に
悪い神様の伝承があった事が由来となっている様です。
コタン19
入口から階段を下る先に、石狩川に架かる吊り橋が見えます。
コタン20
橋のたもとにある看板。
一度に100人以上渡れないそうです。
コタン21
吊り橋は「神居大橋」という名前であり、
現在の橋は1972年(昭和47年)に架け替えられたものとなります。
全長78.88mのカラマツ製の木橋となります。
コタン22
欄干の橋名板です。
コタン23
橋からは神居古潭の景勝が間近で見る事ができます。
コタン24
橋を進み石狩川の対岸へ。
コタン25
階段となっている道を登ると駅跡が見えてきます。
コタン26
こちらが神居古潭駅の駅舎となります。
コタン27
この駅舎は実際にこの場所で廃止となる1969年(昭和44年)までは
実際に使用されていたそうであり、1989年(平成元年)に復元されて
現在は廃線跡を利用したサイクリングロードの休憩所としても使われています。
コタン28
明治期の貴重な西洋建築の駅舎は当時の典型的な小規模駅舎建築であり、
また明治期における西洋建築の特徴を残す数少ない現存例であることから
1991年(平成3年)に旭川市の指定文化財に指定されています。
コタン29
駅舎の中の様子です。
コタン30
壁には昭和30年代の駅周辺の写真が。
コタン31
こちらは営業時にホームのあった側の外観です。
改札口には「サイクリングロード休憩所」の看板がかかっています。
コタン32
こちらが駅舎付近のホームの様子です。
国鉄函館本線の旧線は単線でしたが
神居古潭駅は相対式2面2線だったそうですので当時は列車交換が可能でした。
コタン33
ちなみに2018年(平成30年)5月に訪れた際には
落石によってご覧の通りバリケードで立ち入り禁止の区画がされていました。
安全上の理由も旧線の付け替えの理由のひとつだっただけに
廃線跡に崩落している石がその理由を彷彿とさせます。
コタン34
石狩川の川べりに、廃線跡の両側に伸びる相対式のホーム。
コタン35
南側のホームには名所案内の案内板も残っていました。
コタン36
神居古潭駅のホーム東端です。
ホームの先にはかつての線路が旭川方面へと伸びていました。
コタン37
若干千鳥式のようにホームが配置されており、
少し西へと戻ると北側ホームの端があります。
コタン38
東側から見た駅舎付近。
コタン51
駅舎の西側には、この駅に来ると最初に目に入るご覧の動輪が置かれています。
九州で活躍し最後は旭川へと転属したC57-130のものだそうです。
コタン39
駅舎から西側すぐには沢があり、
廃線跡のサイクリングロードの橋があります。
コタン40
その橋のすぐ脇にはご覧の橋台の跡が。
これは函館本線の旧線の橋梁の遺構だそうです。
コタン41
そして沢を渡った西側には
旧線跡に蒸気機関車が静態保存されているエリアがあります。
コタン50
こうして引いて見てみると、
まるで機関車が重連しているかのように並べて展示がされています。
コタン42
まずは先頭の国鉄9600形蒸気機関車29638号機。
「キューロク」の愛称で呼ばれた
日本初の本格的な国産貨物列車牽引用のテンダー式蒸気機関車で
日本全国各地に静態保存されている形式の機関車です。
コタン43
その後ろには国鉄C57形蒸気機関車201号機。
「貴婦人」の愛称を持つ国鉄の旅客用蒸気機関車の代名詞となった形式です。
特にこちらの201号機は現存する唯一の4次車で、
C57全体でもラストナンバーであるという車両です。
廃線となった神居古潭駅のラストランを走ったのもこの機関車だそうです。
コタン44
そして最後尾にあるのがこちらの国鉄D51形蒸気機関車6号機。
「デゴイチ」の愛称で知られる日本で一番有名な形式の機関車です。
日本で一番多く生産された機関車でもありますが、
駅メモ的にはでんこの神居コタンのモデル車両となります。
コタン45
機関車の静態保存エリアを過ぎてさらに西へと向かうと
こちらのトンネルが見えてきます。
国鉄函館本線の神居古潭第1トンネルです。
コタン46
トンネル脇の擁壁には土木学会選奨土木遺産のレリーフが。
「旧函館本線神居古潭トンネル群」として2015年(平成27年)に
土木遺産に選定されているそうです。
コタン49
出口で振り返ると速度30の標識があり、
ここが鉄道の線路であったことを思い出させてくれます。
コタン47
トンネル内はもちろん函館本線の旧線の遺構なのですが、
現在はサイクリングロードとして整備されているので
トンネル内の壁もコンクリートで補強がされています。
コタン48
西側のトンネル出口の光景です。



■モデル車両: 国鉄D51形蒸気機関車6号機
コタン52

D51形蒸気機関車は国鉄の前身である鉄道省が設計製造した車両で、
主に貨物輸送を目的としたテンダー式蒸気機関車です。
一般的には「デゴイチ」の愛称で知られるいわば一番有名な機関車です。
コタン53
テンダーとは機関車の後ろに連結された炭水車のことで、
ボイラーに投入する石炭と水を積載した燃料運搬車のことです。
燃料を別途で積むことで当然積載量が増える為、
補給が無くても長距離を走る事が可能となります。
コタン54
神居古潭駅に静態保存されているのはC51形の6号機となります。
こちらの機関車は1936年(昭和11年)3月29日に川崎車輌兵庫で新規製造され
北海道の小樽築港機関庫へと配置されました。
コタン56
駅メモのでんこ「神居コタン」の誕生日が3月29日に設定されていますが
これはモデルの機関車D51-6の製造日が由来と見て間違い無い
でしょう。
コタン55
D51形は製造時期によって初期系、標準形、戦時形の三種に分かれるそうで、
こちらの6号機は最初の形である初期系にあたります。

円筒形のボイラーの上には煙突がありますが、
煙突の後方にある砂箱までが覆いで囲われて一体化しているのが特徴です。
「半流線形形」略して「半流形」と呼ぶのだそうですが、
通称としては「ナメクジ」型と呼ばれるそうです。

また前面両脇についている仕切り板、除煙板(デフレクター)というのですが、
本来は五角形のデフが北海道仕様として切詰められて長方形になっています
コタン57
こちらが標準形のD51形(写真はD51-222)ですが、
初期系のナメクジやデフと形を比べると違いが良く分かります。
コタン58
横を見るとコタンのイヤリングのモチーフとなっている飾りが。
コタン59
前面の連結器付近です。
スノープラウ(除雪板)はつけられていません。
コタン60
側面の外観です。
コタン61
運転席付近の様子。
コタン62
機関車の横に掲示されている看板には
説明文とスペック表がありました。

【写真撮影:2018年5月(一部2016年10月)】

ゆいレールa33
さて、ゆいレールの続きです。


その1(首里駅━美栄橋駅)はこちら



ゆいレールa34
美栄橋駅を出るとモノレールの軌道は
ひきづつき久茂地川に沿って進路を西から南西へと変えて進みます。
700mほどで次の駅が。


ゆいレールa35
こちらが県庁前駅の駅舎です。
名前の通り沖縄県庁への最寄り駅となります。
ゆいレールa36
駅の東側は県道42号線が南北に走る交差点となっており、
琉球銀行と沖縄銀行の本店と、パレットくもじという複合商業施設がある
まさしく那覇市街の中心地点となっています。
ゆいレールa37
こちらは県道を駅前から南に100mほどの県庁前交差点です。
ゆいレールa38
眼前にそびえ立つ沖縄県庁の庁舎。
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県庁前から駅までの県道にはペデストリアンデッキも作られており、
半ば駅前広場の役割を果たしています。
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デッキから直結で改札の前へ。
ゆいレールa41
改札内の様子です。
ゆいレールa42
この駅のアートガラスのテーマは「大交易時代の琉球王府」
万国津梁の鐘、進貢船、冊封使によって、行政を担う沖縄県庁を表現したとのことです。
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駅のホームです。
こちらの駅も単式1面2線ホームとなっています。
ゆいレールa44
ホームから見た南側の県庁方向。
ゆいレールa45
そしてこちらが北側の光景です。
ゆいレールa46
ホームの端から見た那覇空港方面。



ゆいレールa47
駅を出るとモノレールの軌道は
久茂地川の河岸をS字を描いて曲がり南下します。
ゆいレールa48
川の反対側には国道58号線が並走する状態となり、
交差点を越えてまっすぐ南下すると次の駅が見えてきます。



ゆいレールa49
こちらが旭橋駅の駅舎です。
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反対の南側からみた駅舎の外観。
ゆいレールa52
この位置からみると駅のロケーションが分かり易いかと思います。
ゆいレールa51
駅の南側は国道58号線と国道330号線が交差する
旭橋交差点があります。
この交差点から西へと伸びる国道390号線は日本最南端の国道であり、
那覇市内は600mほどですが海上をワープして宮古島や石垣島へと通じています。
ゆいレールa53
そして駅の真東にあるこちらの青いシートに覆われた建物が
建設中の沖縄バスターミナルとなります。
旭橋駅周辺は現在再開発が進められており、
バスターミナルも2018年(平成30年)8月完成予定となっています。
ゆいレールa60
駅の真下にあるバスターミナルの仮設の発券所。
ゆいレールa54
このバスターミナルの前にある案内板を見ると
ここがかつての沖縄県営鉄道の那覇駅跡であることが分かります。
ゆいレールa55
駅舎の跨道橋から改札までの光景です。
ゆいレールa56
改札内の様子。
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この駅のアートガラスは「世界最大の那覇大綱挽」がテーマです。
毎年10月に旭橋駅近くの国際通りで大綱挽が行われることが所以です。
ゆいレールa58
こちらは1番線の下り首里方面行きホーム。
この駅は相対式ホーム2面2線となっています。
ゆいレールa59
上り那覇空港方面行きの2番線ホームです。



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旭橋駅を出ると軌道は国場川の河口の那覇港を望みながら
左へとカーブを描きます。
ゆいレールa62
カーブの南側にはご覧の沖縄バスの整備場が広がっています。
私は沖縄に到着して最初に見たここが沖縄県営鉄道の那覇駅跡だと思ってしまいましたが
こちらは沖縄バスターミナルとは別の施設ですので駅跡ではありません
ゆいレールa63
久茂地川が国場川に注いだところから
今度は国場川の河畔を遡るように南下するモノレールの軌道。
まもなく次の駅が見えてきます。



ゆいレールa64
壺川駅の駅舎の外観です。
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反対の南側から見た駅舎。
ゆいレールa66
駅の東側は隣接するビルの公開空地もあって歩道からのスペースが広くなっており、
北東の駅の隣には小さなロータリーがあります。
ゆいレールa68
そして駅の西側には国場川が並走して流れており、
対岸には奥武山公園があり、沖縄セルラースタジアム那覇(野球場)、
沖縄県立武道館などがある那覇市の一大イベント会場となっています。
ゆいレールa67
その奥武山公園と壺川駅の間には、
国場川に架かる歩行者と自転車専用の「北明治橋」があります。
その為イベント時には最寄り駅として混雑をするそうです。
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駅舎の跨道橋部分。
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上った跨道橋の通路から改札への光景です。
ゆいレールa72
改札内の様子。
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この駅のアートガラスのテーマは「国場川に競う爬竜船」となっています。
爬竜船(はりゅうせん)というのは航海の安全や豊漁を祈願するために
毎年旧暦5月に沖縄で行われているハーリーという競漕に用いられる船です。
舳先に竜頭、艫に竜美尾の装飾があります。
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] 相対式2面2線の駅となっており、こちらは首里方面行きの
下り1番線ホームとなります。
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那覇空港方面行きの上り2番線ホームです。



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駅を出ると引き続き軌道は国場川を並走し、
まもなく西へとカーブして川を渡り始めます。
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モノレールと並走して川に架かる県道221号線の那覇大橋。
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ご覧の様に那覇大橋のほかにも立体交差で幾重にも橋が架かっています。
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そして那覇大橋の東詰のたもとにあるこちらの案内標識。
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橋の南側の国場川一帯は大きな湿地があり
水鳥が生息し公園となっています。
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湿地はなんでもラムサール条約に登録されているそうで、
琉球王朝時代に中国の使者が名づけ、
黒船のペリー提督も絶賛
したという名勝でもあります。
・・・名前は自分で読んで下さい。
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那覇大橋に戻り、橋を渡るとすぐに次の駅が見えてきます。



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こちらが奥武山公園駅となります。
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駅の北側には名前の由来である県営奥武山公園があります。
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そして駅の南側には住宅地が広がっています。
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跨道橋から改札の光景。
ゆいレールa88
こちらの駅のアートガラスは「沖縄の伝統的な古武道」がテーマとなっています。
沖縄で発展した空手と古武道を描きスポーツの中心を表現したそうです。
ゆいレールa89
ホームは島式1面2線となっています。
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西端から見た那覇空港方面の光景です。
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駅舎の西側目の前には山下(南)交差点があり、
歩道橋が架かっています。
この歩道橋は駅舎のデッキと繋がっています。



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引き続き県道221号線の上を走るモノレールの軌道。
ゆいレールa93
西進すると次の駅が見えてきます。


ゆいレールa94
小禄駅の駅舎です。
ゆいレールa99
反対の西側から見た駅舎外観。
ゆいレールa95
駅舎の北側にはご覧のイオン那覇ショッピングセンターがあります。
かつては米軍基地の住宅が広がっていた駅北側の小禄金城地区は
1987年(昭和62年)に返還され再開発が進められた地域です。
ゆいレールa96
そして駅の南側には小禄市営団地が立ち並んでいます。
ゆいレールa97
跨道橋となる駅のデッキから改札の光景。
ゆいレールa98
改札前から北へと伸びるデッキは
そのままイオンの2階に直結となっています。
ゆいレールb01
改札内の様子です。
ゆいレールb02
アートガラスのテーマは「歓喜の踊りカチャーシー」で、
沖縄の代表的な歓喜の踊りをモチーフとしています。
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ホームは島式1面2線となっています。



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引き続きモノレールの軌道は県道の上を西進します。
ゆいレールb06
赤嶺(東)交差点を過ぎると次の駅が。


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赤嶺駅の駅舎外観です。
ゆいレールb08
駅の南側には駅前ロータリーが設けられています。
ゆいレールb04
そのロータリーの南東の一角にある「日本最南端の駅」の記念碑
北緯26度11分36秒にあるこの駅は2003年(平成15年)の開業によって
日本最南端の駅となっています。
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駅舎の北側にもバスロータリーがあり、
その北側には赤嶺県営住宅が建ち並んでいます。
ゆいレールb10
こちらの駅も高架駅ですので跨道橋で入口と改札が連絡しています。
ゆいレールb11
跨道橋の上の様子から改札まで。
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この駅のシーサーは改札脇の券売機の上に居ました。
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改札内の様子です。
ゆいレールb14
中に設置されている「最南端の駅」の顔出し看板。
ゆいレールb36
駅のアートガラスは「平和の礎と平和祈念堂」がテーマで、
沖縄戦の最大の激戦地となった摩文仁がモチーフとなっています。
ゆいレールb15
ホームはこの駅も島式1面2線となっています。
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西の端から見た那覇空港方面の光景です。



ゆいレールb17
駅のすぐ西の目の前は赤嶺交差点のT字路となっており、
これまでモノレールが走ってきた県道221号線が国道331号線へと繋がっています。
国道の反対側は海上自衛隊の那覇航空基地となっています。
ゆいレールb18
北上して国道の上を走る軌道。
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航空自衛隊の那覇基地の入口が見えてきます。
ゆいレールb20
さらに国道を北上し安次嶺交差点で県道231号那覇空港線へと
北西にモノレール軌道はカーブを描きます。
ゆいレールb21
交差点からは航空自衛隊の飛行機のディスプレイが見えます。
ゆいレールb22
那覇空港へと向かう為に作られた県道の上を走るモノレール。
ゆいレールb23
県道の南側の航空自衛隊のフェンスには
「歩哨犬注意」の文字が。
ゆいレールb24
さらに県道を進むとモノレールの車両基地が見えてきます。
ゆいレールb25
モノレールから俯瞰で見た車両基地の様子です。
ゆいレールb26
基地は自衛隊の敷地と県道の間にあり、
モノレールの本社などもここにあります。
ゆいレールb27
車両基地前の県道を進む軌道。
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まもなく沖縄都市モノレール本社の正門が現れます。
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ゆいレール展示館があるのもこの敷地の中となります。
ゆいレールb30
その先へと進むと那覇空港の旅客ターミナルが近づいてきて
ご覧の通りターミナルビルへと連絡する高架道をくぐります。
県道231号線はここまでで、この先の空港側は国道332号線となります。
ゆいレールb31
左手に見えてくる那覇空港の国内線ターミナルビル。
ゆいレールb37
モノレールから見たターミナル前の光景です。
ゆいレールb33
駅舎は高架駅となっているので真下には県道から続く国道332号線が走ります。
ゆいレールb34
駅舎を抜けた北側にも高架軌道が続きますが。
ゆいレールb35
こちらがゆいレールの那覇空港側の終端となります。
首里駅からここまでの距離は12.9km。
ゆいレールb38
上から見ると終端はご覧の通りです。



ゆいレールb32
那覇空港駅の駅舎です。
ゆいレールb39
そしてこちらが那覇空港国内線ターミナルです。
2階出発ロビーの中央付近にご覧のモノレールへの案内があります。
ゆいレールb40
案内に従って外に出て、跨道橋の連絡通路と進むと
モノレールの駅舎が見えてきます。
ゆいレールb41
こちらの動く歩道のある連絡通路の先が駅となります。
ゆいレールb42
駅の入口です。
ゆいレールb43
改札左手には券売機のスペースが。
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中央には自動改札機が並びます。
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そして改札の右手にあるこちらが
「日本最西端の駅」のモニュメントです。
東経127度39分8秒にあるこの駅は2003年(平成15年)の開業以来
日本で一番西にある駅となっています。
ゆいレールb46
改札内の様子。
ゆいレールb47
液晶の案内板が改札機の正面に置かれています。
ゆいレールb48
ゆいレールではあちこちの駅構内に置かれている
泡盛の亀がこの駅にも。
ゆいレールb51
この駅のアートガラスのテーマは「県花と琉球古典舞踊」
沖縄を象徴する県花「デイゴ」と紅型と花笠を着装した華やかな古典女踊り「四つ竹」で
玄関口の駅として歓迎の意を表わしたそうです。
ゆいレールb49
こちらがホームの様子です。
島式1面2線ホームとなっています。
ゆいレールの起点駅なので1番線も2番線も両方とも首里方面行きとなります。
ゆいレールb50
空港ビルとは反対側の、駅の東側は陸上自衛隊の那覇駐屯地となっており、
タイミングが良ければ射撃訓練の銃声を駅で聞くことができます。


以上でゆいレール、沖縄都市モノレールの駅は全てとなります。

ゆいレールa31
こちらはその1でも載せましたが、
ゆいレールの走る那覇市付近のau 4G LTEでの電波エリアマップです。
路線の全ての場所が電波エリア圏内ですので
駅へのアクセスはどこからでも可能
となっています。

那覇市内に限って言えば、玄関口である那覇空港、那覇市の中心市街、
そして首里城と那覇市周辺の観光地は沿線に網羅されています。
もちろんマリンリゾートや離島、本島北部などを訪づれるには
別途の交通手段が必要となりますが、
こと那覇市内では十分な交通手段だと思います。


ゆいレール自体の攻略の難易度は非常に低く、
とりたてて参考は必要とは思いませんが
沖縄県コンプの一助にでもなれば幸いです。


では。

路線別目次(九州沖縄)
※クリックで各路線の記事へ飛びます。


■福岡県
●JR香椎線〔香椎~宇美〕
●JR香椎線〔海の中道線〕〔西戸崎~香椎〕
●JR鹿児島本線〔下関・門司港~博多〕
●JR鹿児島本線〔博多~八代〕
●JR後藤寺線
●JR山陽本線〔岩国~門司〕
●JR篠栗線〔福北ゆたか線〕
●JR筑肥線〔姪浜~西唐津〕
●JR筑豊本線〔原田線〕〔桂川~原田〕
●JR筑豊本線〔福北ゆたか線〕〔折尾~桂川〕
●JR筑豊本線〔若松線〕〔若松~折尾〕
●JR日豊本線〔門司港~佐伯〕
●JR博多南線
●JR日田彦山線
◆九州新幹線
◆山陽新幹線
○甘木鉄道
○北九州高速鉄道
○筑豊電気鉄道
○西鉄甘木線
○西鉄貝塚線
○西鉄大宰府線
○西鉄天神大牟田線
○福岡市営地下鉄空港線
○福岡市営地下鉄七隈線
○福岡市営地下鉄箱崎線
○平成筑豊鉄道伊田線
○平成筑豊鉄道糸田線
○平成筑豊鉄道田川線
○平成筑豊鉄道門司港レトロ観光線
【廃線】国鉄勝田線

■長崎県
●JR大村線
●JR佐世保線
●JR長崎本線〔鳥栖~長崎〕
○島原鉄道(諫早~愛野)
○島原鉄道(愛野~多比良町)
○島原鉄道(多比良町~島原外港)
○長崎電軌1系統
○長崎電軌3系統
○長崎電軌4系統
○長崎電軌5系統
○松浦鉄道西九州線〔伊万里~佐世保〕

■熊本県
●JR鹿児島本線〔博多~八代〕
●JR豊肥本線〔阿蘇高原線〕
●JR三角線
●JR肥薩線〔えびの高原線〕〔八代~吉松〕
◆九州新幹線
○くまかわ鉄道湯前線
○熊本市電A系統
○熊本市電B系統
○熊本電鉄本線
○熊本電鉄上熊本線
○肥薩おれんじ鉄道
○南阿蘇鉄道高森線(立野━中松)
○南阿蘇鉄道高森線(中松━高森)

■鹿児島県
●JR指宿枕崎線
●JR鹿児島本線〔川内~鹿児島〕
●JR吉都線〔えびの高原線〕
●JR日南線
●JR日豊本線〔佐伯~鹿児島中央〕
●JR肥薩線〔吉松~隼人〕
●JR肥薩線〔えびの高原線〕〔八代~吉松〕
◆九州新幹線
○鹿児島市電1系統
○鹿児島市電2系統
○肥薩おれんじ鉄道
【廃線】国鉄宮之城線 その1(川内━宮之城)
【廃線】国鉄宮之城線 その2(宮之城━薩摩大口)

■沖縄県
○ゆいレール(首里━美栄橋)
○ゆいレール(美栄橋━那覇空港)
【廃線】嘉手納線 その1。(那覇━城間)
【廃線】嘉手納線 その2。(城間━嘉手納)

ゆいレール01
さてお次はゆいレールについてとなります。
「ゆいレール」は愛称であり、正式には「沖縄都市モノレール」となります。


元々沖縄にも戦前には軽便鉄道などいくつかの路線が存在していましたが
沖縄戦で破壊されるなどして戦後は長らく「鉄道不在県」でした

自然と沖縄での交通手段は車となる訳ですが、
当然の流れとして那覇市の都市圏では交通渋滞が悪化することとなります。

そこで沖縄県や那覇市が中心となって計画されたのが
このモノレール路線であり、第三セクター路線として2003年(平成15年)に開業をしています。


ゆいレール02
こちらはゆいレールの終点駅である首里駅です。
琉球王国の王都であった首里城の最寄駅であり、
城跡である首里城公園の東端に位置しています。
いちほ10
駅舎は県道28号線の上に作られた高架駅舎であり、
道路を跨ぐ跨線橋を兼ねています。
いちほ04
駅の東側の目の前にある「汀良交差点」。
駅メモのでんこ「汀良いちほ」の名前由来となっています。
ゆいレール03
県道上の高架駅ですので、駅前はそのまま県道の歩道となります。
こちらは駅北側の光景。
ゆいレール04
北側は高台になっている箇所があり、
見ての通り駅舎の跨道橋部分と直接連絡しています。
いちほ11
駅南側の駅前の光景。
いちほ15
駅の階段を上がると、高架駅の二階部分が
跨道橋を兼ねたコンコースとなっています。
いちほ14
コンコースから改札口にかけての光景です。
いちほ16
改札内はご覧の通り。
いちほ18
ゆいレールの駅では各駅ごとに、
駅にちなんだ題材のアートガラスが設置されています。
こちらの首里駅のガラスの題材は「王府首里城と王朝文化」
いちほ17
駅構内には泡盛の甕が。
この甕はゆいレールの各駅で見かけました。
いちほ19
そしてこちらが駅のホームとなります。
ご覧のホームは2番線ホームで、
終点駅ですので那覇空港方面行きホームとなります。
相対式2面2線ホームの駅ですが、終点駅として2番線のみが旅客使用されています。
いちほ20
反対側にはご覧の1番線ホームがありますが
旅客使用はされておらず立ち入りもできません。
ですので駅名標や広告などもホームには無し。
いちほ21
1番ホームへと上がる階段はご覧の通り閉鎖されています。
こちらのホームは将来のモノレール延伸の為に作られているもので、
平成31年より供用の予定となります。
いちほ22
2番ホーム東端からは延伸の為に建設されたレールと、
その上に設けられた車止めが見えます。
いちほ23
延伸された新しい軌道は汀良交差点から北へと曲がって
すでに伸びていました。
いちほ24
こちらは首里駅に到着する手前で車窓から見える首里城です。
かつては琉球王国の王都であった首里ですが
その中心であった首里城の跡は駅の南西500mほどの場所にあります。



ゆいレール05
首里駅をでて東に進むと、目の前に鳥越交差点があり
モノレールが北へとカーブを描いています。
ゆいレール06
交差点北東角の、モノレールの通る緑地です。
ゆいレール07
緑地にある椀胴井戸(ワンドゥーガー)の遺構と案内板。
ゆいレール08
井戸の遺構は交差点角にある首里中学校の敷地に一角にありました。
ゆいレール09
モノレールの軌道は県道82号線の上を北へと向かいます。
ゆいレール10
1kmほど進むと儀保交差点がありますが、
その手前に次の高架駅舎が見えてきます。


ゆいレール11
こちらが儀保駅の駅舎の外観です。
島式ホーム1面2線の駅なので駅舎のホーム部は小さめになっています。
ゆいレール12
南側の駅前の光景です。
歩道にはバスの乗降場となっている退避スペースがあります。
ゆいレール13
駅の北西側の目の前にある儀保交差点です。
県道28号線と241号線がこちらから分岐しています。
駅や交差点付近は文教地区らしく学習塾が集まっています。
ゆいレール14
駅北側の駅前付近。
こちら側には商店が数件立ち並んでいました。
ゆいレール24
階段の目の前には「与那原良矩生家跡」を示す史跡の看板が。
なんでも琉球王国の政治家で歌人の生家なんだそうです。
ゆいレール15
階段を上がり跨線橋部分の通路から改札前の光景です。
ゆいレール16
改札の上に置かれたシーサー。
駅ごとに異なるタイプのシーサーが置かれているそうです。
ゆいレール17
改札内の様子。
ゆいレール18
儀保駅の構内のアートガラスのテーマは
「王府首里城と王朝文化」となっています。
ゆいレール19
こちらがホーム階の様子です。
島式なので両側がホームとなっています。
ゆいレール20
そしてホームの階段のガラスには「ビュースポット」の表示が。
ゆいレール21
この儀保駅付近は軌道の支柱が最も高い区間であり、
ホームからは那覇の町並みや首里城を望むことができることから
ビュースポットが設定された様です。
ゆいレール22
ホーム西端から那覇空港方面の光景です。



ゆいレール23
駅から下り坂となっている県道82号線を西進。
ゆいレール25
モノレールの軌道が中央分離帯にそびえる道を
1.4kmほど進むと市立病院前交差点が見えてきます。
ゆいレール29
交差点の北側にはコンビニエンスストアがあり、
店の並びの駅北側一帯はごらんの様に低くなっています。
ゆいレール26
市立病院前駅の駅舎の外観です。
ゆいレール32
他の駅では駅舎と一体になっている跨道橋が
こちらの駅では分離して作られています。
ゆいレール27
駅舎の南側には隣接して、駅名の由来でもある那覇市立病院があります。
跨道橋と病院には連絡通路があり直接連絡をしています。 ゆいレール28
案内板にある駅付近の地図。
ゆいレール30
跨道橋に上がるとご覧の光景が見えます。
ゆいレール31
駅舎への跨道橋からの通路。
ゆいレール33
跨道橋の南端からは地上への階段の他に
病院への連絡通路が延びています。
ゆいレール34
連絡通路からの病院への入口です。
ゆいレール35
案内板で見る連絡通路の見取り図。
ゆいレール42
西側から駅舎を見ると、駅からのバリアフリーアクセスの為なのでしょうが
病院への連絡通路がなかなか圧巻ではあります。
ゆいレール36
こちらは駅の改札前の光景です。
ゆいレール37
改札内の様子。
ゆいレール38
この駅のアートガラスは「末吉町に残る獅子舞」
駅の最寄の伝統の町を表現しています。
ゆいレール39
ホームの様子です。
こちらの駅も島式ホーム1面2線となっています。
ゆいレール41
病院と反対側のホーム北側の光景です。
低くなっている街の向こう側には末吉公園が広がっています。
ゆいレール40
西端のホームから見た那覇空港方面の光景です。



ゆいレール43
市立病院の西隣、駅の西南の目の前には
那覇市立松島小学校があります。
ゆいレール44
県道を西へと進むと下り坂から徐々に平坦になり、
周辺の光景がだんだんと市街地となってきます。
ゆいレール45
まもなくモノレールは古島インターへと突き当たり、
県道82号線から国道330号線の上へと南にカーブをしていきます。
ゆいレール46
するとインターの南すぐに次の駅舎が現れます。


ゆいレール47
いかにも駅舎のように見えるこの跨道橋は
駅とは連絡しているものの、
正確には古島インターのバス停へと連絡をする橋です。
ゆいレール48
跨道橋をくぐるとその向こう側に駅舎が見えます。
ゆいレール49
こちらが古島駅の駅舎となります。
ゆいレール50
南側から見た駅舎。
ゆいレール52
駅舎の東側はご覧の様に歩道のみとなっています。
ゆいレール60
バス停は駅の南の古島インターの歩道にあり、
駅からはデッキを通って連絡しています。
ゆいレール53
駅舎西側の光景。
ゆいレール54
西側も古島インターの歩道が島のようになっていて
跨道橋と連絡しておりバス停が設けられています。
ゆいレール55
跨道橋の上から改札にかけての光景です。
この駅の改札前はデッキが広場のようになっており広くなっています。
ゆいレール56
この駅のシーサーは券売機の上に設置されていました。
ゆいレール57
そしてこちらが改札口です。
ゆいレール58
改札内の様子。
ゆいレール59
この駅のアートガラスは「沖縄伝統のたたずまい」と題されています。
ゆいレール61
こちらが首里方面行きの1番線ホーム。
この駅は相対式2面2線ホームとなっており、
上り線と下り線のホームが分かれています。
ゆいレール63
ホーム北端から見た首里方面の光景です。
古島インターの上で軌道がカーブしているのが見えます。
ゆいレール62
こちらは那覇空港方面行きの2番線ホーム。



ゆいレール64
古島駅を出て国道330号線の上を軌道が南下します。
ゆいレール65
南下してすぐに国道脇の左手に、
甲子園の常連として有名な興南高校が見えます。
ゆいレール67
軌道に沿って国道を南下しますが、
写真右手の一帯はかつては「牧港住宅地区」という米軍基地の敷地でした。
ゆいレール68
214ヘクタールの広大な敷地は1987年(昭和62年)に全面返還されて
「那覇新都心」として再開発。中心地区が「おもろまち」と名づけられました。
街の名前の由来は琉球最古の歌謡集「おもろさうし」からだそうです。
ゆいレール69
こちらがおもろまち駅の駅舎です。
ゆいレール70
再開発でできた街だけに、駅前には大きなロータリーがあり
大型商業施設が立ち並んでいます。
ゆいレール71
この駅も高架駅ですので改札前にはご覧のスペースがあります。
ゆいレール72
そして改札前から西にはご覧の通路が延びています。
ゆいレール73
通路を進むと西口ロータリーの上のペデストリアンデッキへと通じています。
ゆいレール74
一方東側はすぐにご覧の様に地上へと通じています。
ゆいレール75
東口側から見た駅舎です。
ゆいレール76
ご覧の様に東口の駅前は西側より一段小高くなっており
改札階と同じ高さに駅前ロータリーがあります。
ゆいレール77
再び改札と戻り、中に入って駅構内の様子です。
ゆいレール80
この駅のアートガラスのテーマは「町の名に因んだ組踊」で、
基地の返還跡地のおもろまちや銘苅といった地名から連想される
伝統組踊をモチーフとしたそうです。
ゆいレール78
ホーム階へと上がり、こちらは首里方面の下り1番線ホームです。
相対式2面2線の駅となっています。
ゆいレール79
上り線の那覇空港方面行き2番線ホーム。
ゆいレール81
ホーム南端から見た那覇空港方面の光景です。
ゆいレール82
駅の南側の目の前にはおもろまち駅前交差点があります。
ゆいレール83
交差点から見た西側の光景です。
写真のホテルの裏手あたりはかつては「安里五二高地」と呼ばれ、
米軍には「シュガーローフ」と呼ばれた沖縄戦の激戦地の跡となります。
ゆいレール84
交差点から見たおもろまち駅の南側の外観です。



ゆいレール85
国道330号線を南下すると
立体交差となっている安里十字路に差し掛かります。
この交差点から南は「ひめゆり通り」の名前がついています。
ゆいレール86
交差点を越えて立体交差の終端が見えると
次の駅が現れます。


ゆいレール87
安里駅の駅舎の外観です。
ひめゆり通りの真上に駅舎があります。
ゆいレール88
東側から見た駅の光景です。
ゆいレール89
安里駅の東側には住宅地や商店街が立ち並んでいる一角となっています。
ゆいレール96
その歓楽街の北側にある栄町市場
テレビで沖縄の市場の様子をレポートしていたら大抵はここ、というくらい
メジャーな市場街となっています。
ゆいレール92
上から駅の東側を見るとご覧の感じに。
沖縄戦の「ひめゆり学徒隊」の第一高等女学校があったのは
この写真の奥あたりとなります。
ゆいレール90
駅の南側には五差路となっている安里駅前交差点があります。
ゆいレール91
歩道から跨道橋となっている駅舎通路を進み改札へ。
ゆいレール93
改札内の様子です。
ゆいレール94
駅のアートガラスのテーマは「沖縄伝統やちむんの里」
この駅の南側の壺屋地区は沖縄伝統の焼き物の壺屋焼の里です。
ゆいレール95
こちらがホームの様子です。
島式ホーム1面2線となっています。



ゆいレール97
駅を背に国道330号線を南下するモノレール。
ゆいレール98
そして駅から200mほどのひめゆり橋の袂で
軌道は右にカーブを描きます。
ゆいレール99
ヘアピンのようにカーブした軌道は
安里川に沿うように北西へと進路を変えて
那覇市の中心街の方向へと向かいます。
ゆいレールa01
道を進むとすぐに次の駅が。


ゆいレールa02
こちらが牧志駅の駅舎となります。
ゆいレールa03
反対側の北側からみた駅舎の外観です。
ゆいレールa04
駅の北側の面の前は蔡温橋交差点があり、
東西に沖縄のメインストリートである国際通りが走っています。
ゆいレールa05
夜になるとご覧の通りに。
この付近は国際通りの北側の入口付近となります。
ゆいレールa06
駅の東側は国際通りに沿って交差点の角に
「さいおんスクエア」という複合商業施設があり、
駅前は広い広場になっています。
ゆいレールa07
広場から見た駅舎の東側。
ゆいレールa08
地上から広場を見るとご覧の通りで、
さうおんスクエアと駅を繋ぐデッキが上を伸びています。
ゆいレールa09
広場の一角の蔡温橋のたもとにある
その名も「さいおんうふシーサー」という巨大シーサー。
ゆいレールa10
上に登って広場の上のデッキの様子です。
ゆいレールa11
東側駅前の車寄せ付近。
広場と駅と国際通りの狭間に切り取ったような「駅前」があります。
ゆいレールa12
駅西側はご覧の小学校が。
ゆいレールa13
歩道から階段を上がり、
跨道橋となる駅のデッキから改札の光景です。
ゆいレールa14
改札内の光景。
ゆいレールa15
この駅のアートガラスのテーマは「躍動感溢れるエイサー」
国際通りの活気を祭の勇壮なエイサーで表現したそうです。
ゆいレールa16
ホームの様子です。
島式1面2線のホームとなっています。
ゆいレールa17
ホームから見た那覇空港方面。



ゆいレールa18
蔡温橋を後にして安里川から久茂地川へと
道路と軌道が沿うように走ります。
久茂地川では川が中央分離帯代わりに中央を流れており
モノレールも北から西へと進路を変えます。
ゆいレールa19
そしてさらに進むと次の駅が。


ゆいレールa20
こちらが美栄橋駅の駅舎です。
ゆいレールa21
反対の西側から見た駅舎。
ゆいレールa22
こうして見ると駅舎が川の上に作られているのがよく分かります。
ゆいレールa23
駅の西側目の前の交差点は変形の十字路となっており、
南東の駅前の三角地帯が駅前広場スペースになっていました。
ゆいレールa29
反対側の駅舎の北には、川を隔てて市道が走っています。
ゆいレールa24
跨道橋となる駅のデッキから改札への光景です。
ゆいレールa25
改札脇の窓口上におかれたシーサー。
ゆいレールa26
改札内の様子です。
ゆいレールa27
この駅のアートガラスはこちらで
テーマは「美ら海と海洋レジャー」となります。
とまりん(那覇港泊ふ頭ターミナル)に一番近い駅なので海のイメージとなりました。
ゆいレールa28
ホームの様子です。
この駅も島式ホーム1面2線となっています。
ゆいレールa30
ホーム西端から那覇空港方面の光景。



ゆいレールa31
こちらはゆいレールの走る那覇市付近の
au 4G LTEでの電波エリアマップです。
一大観光地の中心都市であるだけに全ての場所が電波圏内となっています。
GPSでのアクセスに障害はありませんので
どこからでもチェックインが可能
でしょう。


レーダーについては、沖縄県は当然ながら
本州や九州からは遠く離れたいわば独立したエリアですので、
基本的には実際に那覇まで来るしかありません
ゆいレールa32
こちらはゆいレールで一番北にある古島駅からの
レーダー射程となります。

沖縄県にはゆいレールの他に廃線の沖縄県営鉄道が3駅収録されており、
この古島駅はそのうちの2駅の廃駅がレーダー射程内となっています。
つまり全線所要時間27分(那覇空港駅━首里駅)のゆいレールに乗るだけで、
全18駅の沖縄県は1駅を残してコンプできる
ということです。



ここまでで15駅あるゆいレールのうち、東の8駅をご紹介したことになります。
残りの西半分についてはその2でご紹介します。


取り急ぎ、では。

でんこの元ネタ
■No.18 汀良いちほ(Tera Ichiho)
 ■タイプ:トリックスター
 ■誕生日:8月10日

■出身駅: 沖縄都市モノレール(ゆいレール) 首里駅(沖縄)
いちほ01

いちほ02
さてこちらが沖縄のモノレール「ゆいレール」の終点である首里駅となります。
この駅が駅メモのでんこ「汀良いちほ」の出身駅とされている駅となります。

ところで他の多くの駅メモのでんこは出身駅の駅名が苗字となっていますが、
「汀良いちほ」の苗字である「汀良駅」というのは存在しません
それでは何故、この首里駅がいちほの出身駅とされるのでしょうか。
いちほ03
こちらは首里駅の駅前にある案内看板の地図ですが、
駅の所在地は「沖縄県那覇市首里汀良町三丁目」となります。

かつては汀志良次村(てぃしらじーそん)と呼ばれていた汀良は
1954年(昭和29年)に首里市が那覇市と合併したことによって
那覇市首里汀良町となりました。
その為モノレールの首里駅は、建設中の仮称が「汀良駅」だったそうです。
いちほ04
駅の東側の目の前にあるこちらの交差点は「汀良交差点」。
いちほ07
駅舎のある県道29号線には標識に「汀良三丁目」の住所が書かれています。
いちほ05
そしてモノレールが中央を走る県道82号線の駅付近の標識にも「汀良町」の表記が。
いちほ06
その県道上のバス停の名前も「汀良」停留場となっています。

日本に駅名として「汀良」はありませんが、
首里駅の新設時の候補名だったこと、駅の所在地の地名であることなどから
「汀良いちほ」の苗字の由来であると考えて間違い無いでしょう。
駅メモでは基本的にでんこの苗字は駅名から取られており、
駅名由来では無い苗字は珍しいケースとなります。
いちほ41
この「ゆいレール」は沖縄県や那覇市、そして地元企業の出資による第三セクター路線として
2003年(平成15年)8月10日に全線が開業しています。
駅メモのでんこである「汀良いちほ」の誕生日も8月10日に設定されていますが、
これはゆいレールの開業日が元ネタで間違いが無いでしょう。

いちほ08
汀良から再び首里駅の駅舎へ。
いちほ09
駅舎北側の光景です。
県道脇は土地が小高くなっており、
ビルの間には上へと上がる階段があります。
いちほ12
高架駅なので駅へと上がる階段がありますが、
登りきったところでご覧の様に丘の上の道と連絡をしていました。
いちほ13
丘の上の道から見るとご覧の感じです。

いちほ10
こちらは西側から見た駅舎の外観です。
いちほ11
駅南側の駅前の光景。

いちほ15
駅の階段を上がると、高架駅の二階部分が
跨道橋を兼ねたコンコースとなっています。
いちほ14
コンコースから改札口にかけての光景です。
いちほ16
改札内はご覧の通りです。
いちほ18
ゆいレールの駅では各駅ごとに、
駅にちなんだ題材のアートガラスが設置されています。
こちらの首里駅のガラスの題材は「王府首里城と王朝文化」
いちほ17
駅構内には泡盛の甕が。
この甕はゆいレールの各駅で見かけました。
いちほ19
そしてこちらが駅のホームとなります。
ご覧のホームは2番線ホームで、
終点駅ですので那覇空港方面行きホームとなります。
相対式2面2線ホームの駅ですが、終点駅として2番線のみが旅客使用されています。
いちほ20
反対側にはご覧の1番線ホームがありますが
旅客使用はされておらず立ち入りもできません。
ですので駅名標や広告などもホームには無し。
いちほ21
1番ホームへと上がる階段はご覧の通り閉鎖されています。
こちらのホームは将来のモノレール延伸の為に作られているもので、
平成31年より供用の予定となります。
いちほ22
2番ホーム東端からは延伸の為に建設されたレールと、
その上に設けられた車止めが見えます。
いちほ23
延伸された新しい軌道は汀良交差点から北へと曲がって
すでに伸びていました。
いちほ24
こちらは首里駅に到着する手前で車窓から見える首里城です。
かつては琉球王国の王都であった首里ですが
その中心であった首里城の跡は駅の南西500mほどの場所にあります。



■モデル車両: 沖縄都市モノレール1000形電車
いちほ25
沖縄都市モノレール1000形電車はゆいレールを
2003年(平成15年)の開業以来走っている跨座式モノレール車両です。

列車の車体はアルミニウム合金製であり全塗装となっています。
車体上部が淡いグレー(   )であり、
その下には首里城を示す本朱塗りの朱色(   )のラインが入っています。
朱のラインの下には黒(   )のラインがあり、
軌道にかかるスカート(裾)は濃いグレー(   )となっています。


駅メモのでんこの「汀良いちほ」のデザインを見てみると
服のスクエアネックが朱色となっていますが、
これは車体の朱のラインがモチーフであると思われます。

いちほ26
髪に飾られたハイビスカスは沖縄を象徴する花ですし、
その下の髪飾りの形はモノレールの裾の形状と同じ形です。
いちほ27
靴の形も跨座式モノレールの形がモチーフに見えますし、
デザインの各所にゆいレールの1000系が元である痕跡が見てとれます

いちほ28
こちらは車内の様子です。
座席はご覧の通りロングシートとなっています。
いちほ29
背もたれが座席の上に飛び出す形となっており、
定員での着席を促すと共に車窓の景色を邪魔しない様に配慮がされています。
また座席のモケット(生地)は沖縄伝統の染物である
紅型(びんがた)をモチーフとした模様となっています。
いちほ30
車内の端部、運転席の後ろは黄色に塗られています。
いちほ31
こちらの最前列だけは座席がご覧のようにクロスシートとなっていて
全面展望が楽しめる席となっています。
いちほ39
こちらは運転台の様子です。
いちほ37
ドアの上には液晶ディスプレイ(LCD)方式の車内案内表示装置が設置されています。
日本語と英語の表記に加え、中国語簡体字、中国語繁体字、ハングルの表示がされています。
いちほ38
液晶表示装置の反対側のドアの上には路線図が。
いちほ40
座席の上のつり棚の様子です。


いちほ32
沖縄都市モノレール1000形は2両固定編成であり、
首里駅側の車両は1200番台、
那覇空港駅側の車両には1100番台の番号となっています。
上の写真は那覇空港側の1000形1100番台の車両です。
いちほ33
この1100番台は連結側の車端部にご覧の様に車椅子スペースが設けられています。
車椅子スペースの側窓のみ他の窓よりも下端が高くなっています
いちほ34
こうして補助線を引いてみると
一箇所だけ窓枠下端が高いのが分かるかと思います。

いちほ35
こちらが首里駅側の1000形1200番台となります。
いちほ36
連結部側の車端部はこちらの車両は両側とも優先座席となっており、
ご覧の様に赤い座席が設置されています。

【写真撮影:2018年4月】

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