2018年06月

石勝線b34
石勝線の記事の続きです。


その1(南千歳駅━新夕張駅間)はこちら
その2(新夕張駅━新得駅間)はこちら



石勝線a54
再びこちらは新夕張駅です。
石勝線a55
その新夕張駅の島式の3、4番線ホーム。
石勝線88
4番線ホーム側の引き上げ線脇に
石勝線の夕張支線のゼロキロポストがあるのはその1でご紹介した通りです。

今回は新夕張駅から北へ、かつての国鉄夕張線だった
石勝線夕張支線について書きたいと思います。


元々は夕張線は1892年(明治25年)に北海道炭礦鉄道室蘭線の支線として
追分駅━夕張駅で開業したのが始まりです。

夕張線自体がそもそも夕張炭鉱の石炭を運ぶ為に作られたものであり、
元来はこちらが基幹の本線でした。
実際に石炭の貨物輸送によって鉄道も潤い、
追分駅には機関区が設けられて蒸気機関車のメッカとなるなど
最盛期にはかなりの賑わいを見せたそうです。

しかし世の中のエネルギー転換によって石炭は廃れ炭鉱は廃止。
入れ替わるように夕張線は石勝線となって
新たに札幌と道東を結ぶ特急バイパス路線へと生まれ変わりました。

その反面、新夕張駅から夕張駅までのかつての大動脈は
「夕張支線」という支線へと改称。
日本でもトップを争う閑散ローカル線へと転落をしました。
石勝線a56
(上の画像はクリックで拡大します)
平成28年度の夕張支線の営業係数は1760
単年で1.66億円の赤字を出したそうです。

その為2018年(平成30年)3月には、かねてより協議を行っていた
夕張市とJR北海道が「攻めの廃線」と称して夕張支線の鉄道事業廃止について合意
新夕張駅━夕張駅間は2019年(平成31年)3月31日を以て廃止が決定されました。

参考
JR北海道「石勝線(新夕張・夕張間)の鉄道事業廃止について」
https://www.jrhokkaido.co.jp/press/2018/180323-1.pdf



したがって駅メモでも2019年(平成31年)4月1日以降はこの区間は廃線扱いとなります
その夕張支線について、運行中である現在の様子を見ていきたいと思います。



石勝線a69
新夕張駅を出て左へ分岐するとすぐに差し掛かる夕張川を車窓から。


石勝線a57
こちらは国道452号線(夕張国道)の沼ノ沢付近です。
石勝線a58
新夕張駅の北西で分岐した国道を北上し2.5kmほど進むと次の駅が見えてきます。
石勝線a59
こちらが沼ノ沢駅の駅舎となります。
1905年(明治38年)に北海道炭礦鉄道の貨物駅として開業し、
旅客営業を1910年(明治43年)より開始したという駅となります。
石勝線a72
かつての駅務スペースにはテナントとして「レストランおーやま」が入居しています。
こうして北側から見ると、看板も出ていて駅には見えず
まるで国道沿いのドライブインの様です。
石勝線a60
駅舎の中はご覧の広い待合スペースに。
改札も扉があるのみです。
石勝線a62
改札脇にはかつて夕張線で走っていた蒸気機関車の写真が。
石勝線a71
旧駅舎の写真も壁に掛かっていました。
石勝線a63
待合室の時刻表です。
一日に上下5本のみとなっています。
石勝線a61
外と駅舎との入口の脇にはレストランへの入口も設けられていました。
石勝線a64
駅舎からホーム側へと出ると正面に
ホームと連絡する道があります。
石勝線a65
こうして見ると正面の道は埋められたかつて線路が走っていた場所であり、
駅舎の場所は元々単式ホームであったことが分かります。

線路は撤去されて埋められ花壇となっており、
現在使われているホームは元々は島式であった名残りが見て取れます。
石勝線a66
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
こうして見ると線路の線形なども
かつてこのホームが島式であった名残を感じさせます。
石勝線a67
外側の島式ホームの一番外側の線路を残した為、
列車内から駅を見るとご覧の距離感があります。
石勝線a68
そしてホームから駅舎と反対側の線路を見ると
大きく敷地が空いているのが分かります。
かつてここには1913年(大正2年)から1987年(昭和62年)までの間に
北海道炭礦汽船真谷地炭鉱専用鉄道という路線が走っていました。
空いている敷地はその廃線跡となります。

北炭真谷地炭鉱まで駅から北西に向かって分岐していた線路は、
写真右手に見える白い食品工場のあたりを走っていたそうです。



石勝線a70
線路は国道452号線の東側を並走し、
そのまま4kmほど北上すると車窓から夕張高校が見えてきます。
するとまもなく次の駅となります。
石勝線a73
高校を過ぎて国道を北上すると信号と踏切が。
石勝線a74
こちらが南清水沢駅の駅舎となります。
駅の開業は1962年(昭和37年)と比較的新しく追加された駅であり、
同時に夕張線では十三里駅も開業しています。
石勝線a81
駅の南側には隣接して踏切が。
石勝線a80
踏切から見た駅の様子です。
石勝線a82
駅舎南側にはこじんまりした駅のスペースが。
石勝線a79
国道を挟んだ駅の向かい側にはAコープ(生協)の店舗があります。
石勝線a75
駅舎の中の様子です。
簡易委託駅として窓口も使われている様子です。
石勝線a77
ホーム側から見た駅舎の改札付近。
石勝線a76
そしてホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
後から単線の線路脇に追加された駅らしく
駅の敷地はさほど広くは取られていませんでした。
石勝線a78
ホーム北側の駅名標はなぜか枠だけに。
廃線ではよく見かけますが、現役の駅では久々に見ました。
石勝線a83
駅前のバス停に停まる夕鉄バス。
廃線後はこのバスがメインの公共交通機関になります。



石勝線a84
南清水沢駅前からさらに1.5kmほど北上すると
国道452号線(夕張国道)は東へと直角に曲がり鉄道を踏切で越えます。
踏切すぐの清水沢三丁目交差点の信号を北にすすむと
まもなくご覧の駅前商店街が見えてきます。
石勝線a85
駅前の通りの商店街の様子。
石勝線a86
こちらが清水沢駅の駅舎の外観です。
1897年(明治30年)に北海道炭礦鉄道の開通から5年後に設置されました。
石勝線a87
駅舎の中の様子です。
外から見ても大きな駅舎ですが、中もご覧の通り広々としています。
2015年(平成27年)に無人化された為、窓口はベニヤで塞がれていました。
石勝線a88
旧窓口脇の壁にはご覧の掲示板が。
石勝線a89
かつての清水沢駅周辺の写真が掲示されていました。
石勝線a91
構内側から見た駅舎です。
石勝線a92
駅舎の前がホーム状になっているのが分かります。
1947年(昭和22年)に三菱鉱業大夕張鉄道線がこの駅に乗入れ、
廃止となる1987年(昭和62年)までここが大夕張線のホームだったそうです。
石勝線a93
構内にはかつては大夕張線の他に石炭を運ぶ貨物の引き上げ線も複数存在し、
またかつては路線自体も複線でした。
これらが全て取り払われて単線の駅となった結果、
構内にはご覧の広大は空き地が残る事となりました。
石勝線a90
かつては構内に跨線橋があったそうですが
跨ぐものがなくなって撤去され、現在はご覧の連絡通路となっています。
石勝線a94
ホームの様子です。
単式1面1線の棒線駅となっています。
この駅のホームもかつては島式だった痕跡が見て取れます。
石勝線a95
駅舎とホームがあまりにも遠いので作られたと思われる
風雪を避ける屋根壁のみの待合スペース。
石勝線a96
ホーム上の名所案内です。
石勝線a97
南側には積雪計もありました。



石勝線b10
清水沢駅付近で国道452号線(夕張国道)から分岐した
道道37号線は夕張川に沿って北上をします。
こちらは駅間のちょうど中間地点あたりで
南側に見える市営の平和運動公園。
石勝線b11
公園からさらに1kmほど北上すると
道道沿いに夕張鉄道の本社と夕鉄バスのバスターミナルが見えます。
廃線後はこちらが公共交通機関の拠点となります。


石勝線a98
そしてさらに北上をしていくと
道道の鹿ノ谷駅前交差点の信号へとたどり着きます。
清水沢駅からはおよそ6キロ強といったところでしょうか。
石勝線a99
交差点の角にある鹿ノ谷郵便局の前を通り
東へと向かうと駅への道となります。
石勝線b01
進むと見えてくる駅舎。
石勝線b02
こちらが鹿ノ谷駅の駅舎です。
1901年(明治34年)の開業だそうですから
北海道炭礦鉄道の路線開業から9年を経って新設された駅の様です。
石勝線b03
駅舎内の様子です。
他の駅同様この駅の待合スペースも広めとなっています。
ホームへの改札出口はなぜか全面目張りの引き戸に。
石勝線b04
ホーム側から見た駅舎改札付近です。
石勝線b05
構内のホームの様子です。
単式1面1線の棒線駅となっています。
石勝線b06
かつては列車交換可能な2面3線の駅だったそうで、
写真の中央付近から北へと向かって島式ホームがあったそうです。
石勝線b08
駅舎正面あたりから見るとごらんの様に
微かに残骸は残っているのが分かりますが
引き上げ線の線路と共にほぼ撤去されてしまっており、
現在では広大な空き地となっています。
石勝線b07
ホーム北端へと移動すると
先には貨物ホームの跡が残っているのが見えます。
石勝線b09
そしてホーム北東側の広大な空き地は
貨物の引き上げ線の跡地であり、
また1926年(大正15年)から1975年(昭和50年)まで走っていた
夕張鉄道の廃線跡でもあります。
かつては夕張鉄道の工場や転車台まであったそうです。



石勝線b12
鹿ノ谷駅付近からさらに道道を1kmほど北上すると
大きな建物のホテルとガソリンスタンドが見えてきます。
石勝線b13
この横断歩道の信号が「ゆうばり駅前」信号です。
石勝線b14
信号の目の前にはご覧の観光案内所と駐車場の広場が。
石勝線b15
夕張駅の駅舎の外観です。
現在のこちらの駅は夕張駅としては三代目となります。

元は1892年(明治25年)に北海道炭礦鉄道の開業で終着駅として開設。
現在の夕張駅からはおよそ2.1kmほど北に設置されていました。
元々は石炭の搬出輸送を目的とした夕張線でしたが、
夕張地区の炭鉱の閉山に伴い1985年(昭和60年)に1.3km南方に移設。
1990年(平成2年)に現在の場所へと再移転されました。
石勝線b23
現在の駅舎は2009年(平成21年)7月に小樽市のログハウスメーカーが
建物の維持管理を含め無償で受注し立て直したものです。

改築と同時に駅舎にはテナントとしてイタリアンカフェが入居したものの
駅舎を改築したの維持管理者の管理不備で係争になり
2013年(平成25年)末にカフェは退去。
およそ1年のあいだ空きテナントとなったものの
市内の別のカフェが2014年(平成26年)末に移転入居し現在も営業しています。
石勝線b24
そして駅舎の前の広場の南側にあるこちらの「ゆうばり屋台村」ですが、
こちらも駅舎を改築したのと同じメーカーが2009年(平成21年)9月に建て
テナントを入れて営業
しているものです。
石勝線b16
駅舎の中の様子です。 入って左手にはカフェの入口があり、
ホーム方向の右手にはシャッターの閉まった観光案内所がありました。
ベンチは設置されているものの駅舎感はほとんどありません。
石勝線b17
窓の間に壁に掛けられた時刻表。
ここが駅舎であることを証明する物がありました。
石勝線b18
ホーム側の駅舎の出口。
石勝線b19
出口からはご覧の様に屋根つきの連絡通路が延びています。
石勝線b20
通路はご覧の様に駅舎を通らずとも
駐車場から直接入る事もできる様になっています。
石勝線b21
通路を進むとクランク状になってホームへと入ります。
石勝線b22
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
石勝線b26
ホーム北端から見た夕張支線の車止め。
石勝線b25
南の駅名標はこの駅も枠だけになっていました。
石勝線b27
そして駅の背後にある、駅とは比べ物にならない
存在感のあるこちらの建物がホテルマウントレースイです。
夕張市の第三セクターによるスキー場に民間がリゾート開発したホテルですが
一時期は夕張市が買い取って市の施設となっていました。
石勝線b278
夕張市の破綻のよって再度民間へと売却されたものの
この施設の前に夕張駅を移転し、
ホテルの窓口が簡易委託で乗車券を発売するなど
夕張支線とは関係のある施設であると言えます。
石勝線b29
ホテル前のロータリーバス停が設けられるなど
実質的には駅前ロータリーの役割も果たしています。
石勝線b30
そしてこちらがホテルの北にある
マウントレースイスキー場の入口です。
石勝線b31
そしてその北にある、北海道と言えば、のセイコーマート。
二代目までの夕張駅への廃線跡付近に建っています。



以上で夕張支線の駅は全てです。
繰り返しますが今回ご紹介した夕張支線の区間は
2018年(平成30年)3月いっぱいを以て廃止が決定
しています。
廃止以降は当然ながら鉄道での駅の取得はできなくなります。

しかし実際に夕張市内の駅を巡ってみて思ったのは、
車を使ってしまえばかなりイージーに巡れる路線だということです。
支線の横には常に広い国道か県道が並走しており、
初心者ドライバーでも苦も無く運転ができることでしょう。
そりゃあ地元の人も車で移動するよな、と思った次第で。

しかし世の中は車を使える方ばかりでは無いと思います。
石勝線b32
こちらは支線が分岐する新夕張駅からのレーダー射程です。
夕張支線は新夕張駅から射程7で全ての駅がレーダー取得が可能です。
ですから支線が廃止されてもレーダーでコンプは容易だと思われます。


石勝線b323
こちらは夕張支線の区間のau 4G LTEでの電波エリアマップです。
基本的に支線の全線で電波圏内となっています。
トンネル内では電波が届かないとしても、
地上であればどこからでも列車内から駅へのアクセスに問題が無いでしょう。



以上で石勝線は支線を含めて全駅のご紹介が終わります。
はっきりと言えば石勝線は鈍行列車の走る路線では無くなってきています
夕張支線廃止後は南千歳駅━夕張駅間で走っていた鈍行列車は
どのような運用になるのかが非常に興味深いと思います。

来年には夕張支線に併せて滝ノ上駅なども同時に廃止になってもおかしくないですから
まだ列車の走っている今のうちの乗車をお勧めします。


では。

石勝線a53
さて、石勝線の続きです。


その1(南千歳駅━新夕張駅間)はこちら



石勝線95
新夕張駅から東の石勝線の区間は日本鉄道建設公団(鉄建公団)によって建設され
1981年(昭和56年)に開通しました。
石勝線96
高速運行の可能な直線区間を多く作る事によって
線形の良好な路線を建設するのが得意であった鉄建公団の手によるこの区間は
北海道内の在来線で最長の新登川トンネル(5825m)をはじめ
ご覧のようにその大多数がトンネル区間となっています。
無人の地域を走るトンネル区間なので当然ながら電波状況は非常に悪く、
基本トンネル内は圏外となります。

新夕張駅━占冠駅間の距離は34.3km。
2014年(平成26年)3月まで日本最長の駅間であった区間
現在でも在来線日本2位の駅間距離)でもあり、
山手線の一周が34.5kmと言えばその長さが分かるでしょう。

単線であるこの区間には楓信号場、オサワ信号場、東オサワ信号場、清風山信号場と
列車交換の為に4つの信号場が設けられています。
石勝線a18
こちらは新夕張━占冠間のau 4G LTEでの電波エリアマップです。
トンネル外で電波の届く場所もありますが、
この区間はトンネル内が大多数なので
電波エリアを気にするよりはトンネルを出たかどうかを気にする方が現実的でしょう。



石勝線97
こちらは国道237号線の占冠駅付近の光景です。
占冠村の中心駅ですが、役場など村の中心部からは1kmほど北に外れています。
石勝線98
国道から見た駅前広場の様子です。
石勝線a04
広場の片隅には占冠村の案内板が。
石勝線a05
駅の周辺の地図が載っていましたので拡大します。
石勝線99
駅前広場の入口の目の前にはご覧の占冠村物産館の建物があり、
物産館の駐車場と駅前ロータリーが一体化した広場となっていました。
石勝線a01
こちらが占冠駅の駅の外観です。
1981年(昭和56年)に国鉄夕張線が延伸して石勝線となった際に
新設区間に開業をした駅となります。
石勝線a02
駅の建物の左半分の白い部分は
追分工務所占冠管理室が入っている建物となります。
石勝線a03
そして右半分のこちらが旅客営業用の駅舎部分となります。
石勝線a06
駅舎の入口は北海道なので防雪の風除室が設けられています。
石勝線a07
中の待合室の様子です。
1986年(昭和61年)までは社員配置駅で駅員が常駐していましたので
駅務の窓口も広めに作られています。
現在は占冠村が委託を受けた業務委託駅となっています。
石勝線a08
こちらは待合室にある時刻表です。
占冠駅には普通列車は運行されておらず、
それぞれ上下6本停まる列車は全て特急
となっています。
その為、駅のある新夕張駅━新得駅間は
普通乗車券で特急自由席に乗れる特例区間
となっています。
石勝線a09
駅舎のある単式の1番線ホームの様子です。
この駅は単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線の計2面3線を持つ駅となります。
1番線は上り線の新夕張・南千歳方面行きとなります。
石勝線a10
こちらは南側新夕張方面側の1番線の光景。
ポイントを保護するスノーシェッドが見えます。
石勝線a11
二つのホームを連絡する跨線橋です。
石勝線a12
跨線橋の中の様子。
石勝線a13
上から見た駅の俯瞰です。
こちらは北側の新得、釧路方面。
石勝線a14
南側の新夕張、札幌方面の光景です。
石勝線a15
島式の2、3番線ホームです。
2番線が下りの新得、釧路方面行き列車のホームであり、
反対側の3番線は臨時列車や貨物列車用となっています。



石勝線a16
占冠駅━トマム駅間は21.3km(在来線駅間距離日本6位)となかなかの距離があり、
単線である駅間には東占冠信号場、滝ノ沢信号場、
ホロカ信号場と3つの信号場があります。
石勝線a19
こちらが駅間のau 4G LTeでの電波エリアマップです。
中間の山岳部ではさすがに電波が入らない区間があり、
トンネルの連続する区間の前後付近は電波が入らないと考えて良いでしょう。
しかしながら電波の入らない区間は全体の1/3程度であり、
無人部と山間部を走る事を考えれば逆に意外に電波が届いていると思います。


石勝線a17
こちらは道道136号線のトマム駅付近の光景です。
占冠駅の北から石勝線と並走するように20kmほどを進んだ地点となります。
石勝線a20
こちらがトマム駅の駅舎の外観となります。
石勝線の開業となった1981年(昭和56年)に新設された駅となります。
開業当時は石勝高原駅という名前だったそうですが
1987年(昭和62年)に駅のある地名の苫鵡からトマム駅となりました。
石勝線a21
駅舎の中の様子です。
待合室として椅子が置かれている程度ですが
券売窓口は大きめに作られています。
石勝線a22
窓口は有人化を見越して作られた様子ですが、
開業以来この駅は無人駅のままであり、
ホームへの出口の上にはご覧の通り改札が無い旨の表示がされていました。
石勝線a23
駅の時刻表を見ると、隣の占冠駅の倍近くの列車が停車するのが分かりますが
普通列車の運行は無く、この駅も特急のみが停車する駅となっています。
石勝線a25
ホーム側の駅舎の出口の様子。
石勝線a24
こちらは駅舎のあるホームですが、番線としては2番線となります。
下り本線の新得、釧路方面行きとなります。
石勝線a26
相対式2面2線ホームを持つこの駅でも
ホーム間の連絡は跨線橋で行っています。
石勝線a27
そして2番ホームの跨線橋の階段のたもとには
駅の構外と連絡している階段の出入口が設けられています。
石勝線a28
こちらの出入口は星野リゾートトマムの送迎バス発着場の連絡口であり、
トマム駅に到着したリゾート客がすぐにバスに乗り込める構造となっています。
石勝線a29
跨線橋の中の様子です。
リゾート地の駅らしく跨線橋の屋根は透明となっています。
石勝線a30
そして2番線の階段上から北へと連絡通路が延びており、
中はタイルカーペット敷きとなっていました。
ベルトパーティションで通行止めとなっているその脇には
星野リゾートトマムの案内表示がありました。
石勝線a32
かつては隣接するリゾート施設へ直結の連絡通路として使われていたこの通路ですが
現在はリゾート施設へのアクセスは駅への送迎バスに一本化されている様子でした。
石勝線a31
駅の北側にはかつて、占冠村とホテルアルファの出資した
第三セクターのアルファリゾートトマムが1983年(昭和58年)に開業していました。

しかし村の振興の為に一大リゾート施設を開発したものの
冬季のスキー場のみに頼った経営が破綻。
2004年(平成16年)に星野リゾートへと売却され、
その後2011年(平成23年)に星野リゾートトマムへと改称されました。
石勝線a33
跨線橋から見た駅の俯瞰です。
石勝線a36
こちらは駅舎と反対側の1番線ホームです。
上り線の新夕張、南千歳方面行きとなります。
石勝線a37
こちらのホームの西端には待合室の建物が設けられています。
石勝線a38
また、この駅のホーム西端は両方のホーム共にスロープ状となっています。
これは駅開業時から跨線橋ができるまでのしばらくの間、
ここに構内踏切があった名残です。



石勝線a34
トマム駅を出ると、根室本線と合流する上落合信号場までは
トンネル内か電波圏外なのでほぼGPSでのアクセスはできません
そして上落合信号場は新狩勝トンネル(全長5810m)の西端にあるので
トンネルを抜けてしばらく進むまで引き続き電波は入りません。
ですのでトマム駅━新得駅間のトマム寄りの2/3は基本的には電波が入らない
考えて差し支えないと思います。(一部電波の入る箇所はあり)
石勝線a35
参考としてこの区間でのau 4G LTEでの電波エリアマップです。
トンネルの配置図と併せてご参照ください。

またこの区間の駅間距離は33.8kmで在来線日本4位の駅間となります。


石勝線a39
こちらは駅前の本通1交差点です。
石勝線a40
この交差点から東へは国道までの400mほどは
道道1075号新得停車場線が東西に走っています。
石勝線a41
交差点の西側にある、こちらが新得駅の駅舎となります。
1907年(明治40年)に北海道官設鉄道釧路線の開業に伴って開設された駅であり、
ながらく新得機関庫が置かれるなど十勝西端の交通の要衝でした。
石勝線a44
現在の駅舎は1986年(昭和61年)に改築されたものとなります。
そして南側の二階建て部分は新得町商工会の建物ですが
棟続きとなっており外観も統一されて建てられています。
石勝線a43
駅前広場の様子です。
石勝線a45
駅前にある「ヤジロベエの塔」です。
これは北海道の重心が新得町内にあることから作られた塔だそうですが、
実際の重心地であるトラウムシ温泉から新得駅までは55kmあり、
同じ町内ながら車でも1時間かかる距離にあります。
石勝線a42
こちらは広場にある「火夫の像」。
新得商工会の二十周年記念に建立された像だそうで、
SLの難所として知られた狩勝峠を越える機関士がモチーフとなっています。
作者は元新得中校長の横田裕美氏だそうです。
石勝線a46
駅舎に戻り駅構内の様子です。
待合室は広めで売店もあり、蕎麦の名産地である新得らしく
「駅そばせきぐち」という立ち食いそば屋もあります。
石勝線a47
駅舎側の単式の1番線ホームです。
石勝線のこの駅での発着は全て特急列車となりますが、
上り南千歳方面と下り帯広、釧路方面が両方ともこの1番線での発着となります。
石勝線a48
ホーム上にある観光協会の案内看板。
石勝線a49
もうひとつのホームとは跨線橋で連絡をしています。
石勝線a50
跨線橋内の様子。
石勝線a51
島式の2、3番線ホームです。
2番線が根室本線の下り帯広、釧路方面、
反対側の3番線が上り富良野方面行きの普通列車発着となります。



以上で石勝線の本線区間は全てとなります。
旧夕張線から根室本線へと日高山脈を貫いてバイパスする為に建設をした為、
途中区間には完全に人家の無い地域が存在しています。

その為駅数8駅に対して信号場14箇所(~上落合信号場まで)と数が逆転しており、
また駅間距離も日本のベスト10に入る区間が複数あるという状況になっています。
石勝線a52
こちらは新夕張駅━新得駅間のau 4G LTEでの電波エリアマップです。
各駅間については個別に載せましたが
改めて全体のマップをこちらに掲載します。



現在は石勝線の夕張支線となっている旧夕張線の新夕張駅以北については
引き続きその3にてご紹介したいと思います。

では。

石勝線93
さて、次は北海道の石勝線となります。


元々は夕張炭田の石炭を運ぶ目的で
北海道炭礦鉄道によって夕張線として1892年(明治25年)に
追分駅━夕張駅で開業した路線です。

国営化され国鉄夕張線となった後も貨物で賑わう路線でしたが
夕張炭鉱の衰退と共に地方の閑散ローカル線となっていきます。

しかし炭鉱の閉山と入れ替わるように
1981年(昭和56年)には千歳空港駅(現・南千歳駅)━追分駅間と
新夕張駅━上落合信号場━新得駅間が開業し、路線が石勝線に改称されます。
これによって北海道の道央と道東を結ぶ広域幹線としての役割を担い、
旧夕張線の追分駅━新夕張駅間の線路も路盤改良や複線化が行われて
札幌と帯広・釧路方面を結ぶ特急バイパス路線へと生まれ変わりました。



石勝線01
こちらはJR北海道の千歳線の千歳駅です。
正確にはこの駅は千歳線所属の駅であり、石勝線の駅ではありません。
ですから駅メモでも千歳線の駅として収録がされています。
石勝線02
島式ホーム2面4線の駅ですが、
このうち内側の2番線と3番線に石勝線の列車が発着を行っています。
石勝線03
石勝線の「夕張行き」を示す2番線の電光掲示板。
石勝線04
列車のサボも「夕張━千歳」となっています。
石勝線はその路線の特性上から、
南千歳駅が起点ではありますが全ての列車が千歳駅まで乗り入れ
をしています。

しかし新夕張駅━新得駅間には普通列車は運行しておらず
特急列車しか走っていません。
ですので石勝線の普通列車は千歳駅━追分駅間と、
千歳駅━夕張駅のみの運行
となっています。

実質的には石勝線は札幌と釧路を結ぶための特急用バイパス路線であり、
普通列車は特急の隙間を申し訳程度に走っているのみの状態です。
まるで新在直通の新幹線路線のようなダイヤになっているのが実状となっています。



石勝線05
こちらは南千歳駅の北口の外観となります。

1980年(昭和55年)に千歳線の千歳空港駅として開業したのが始まりで、
元々は信号場の予定だったものを、日本初の空港連絡駅として開設された駅です。
翌年の1981年(昭和56年)には石勝線の開業によって起点駅となり
路線の連絡駅として全ての特急が停車する様になりました。

1992年(平成4年)には新千歳空港の開設によって
新千歳空港駅までの空港支線が開業。
これによって南千歳駅へと改称され現在へと至っています。
石勝線06
正確にはこの建物は「南千歳駅連絡歩道」であり、
千歳市の公道の跨道橋となります。
ですので入口には「アルカディア自由通路」とは書かれていますが
JR南千歳駅のロゴ表記は見当たりません。
石勝線07
連絡歩道の中はオフィスビルのように整備されており、
跨道橋部分はタイルカーペット敷きとなっています。
石勝線08
通路から見た駅前の様子。
元々「千歳空港駅」として開業した1990年代には
こちらの駅東側は雑木林が広がるのみの光景だったそうです。
しかし空港アクセスの良さなどが着眼されて
2001年(平成13年)には千歳アルカディアプラザ開設、
そして2005年(平成17年)の千歳アウトレットパーク・レラの開業などがあり、
現在ではレンタカー会社が集結するなど開発が進んでいます。
石勝線09
連絡通路と駅のコンコースの境界の自動扉です。
石勝線10
中に入って駅の改札前付近の光景です。
元々「千歳空港駅」だったこの駅は現在でも空港の窓口駅としての面影を
改札脇のカウンターなどに残しています。
石勝線11
そして改札から西側の空港方面にも千歳市の連絡歩道が延びていますが、
こちら側はご覧の通りかなりうらぶらた状態となっています。
この歩道はかつての千歳空港への空港連絡通路でした。
石勝線12
通路はご覧のように千歳線と並走する国道36号線を跨いでいますが、
反対側の歩道より先で歩道は途切れています。
石勝線13
こちらは新千歳空港のエアポートヒストリーミュージアムにあった
南千歳駅(当時の千歳空港駅)の航空写真です。
駅から西側の通路が当時のターミナルまで伸びているのが分かります。
石勝線14
こちらは戻って改札内の光景です。
石勝線15
島式の1、2番線ホームです。
1番線は千歳線上り苫小牧・室蘭方面と石勝線下り釧路方面行きとなります。
そして2番線は基本的に千歳線の下り札幌方面行きのホームとなっています。
石勝線16
この駅では新千歳空港への空港アクセス列車である快速エアポートが
基本的に駅の中央の2、3番線に停車する為、
1、4番線を使用する千歳線や石勝線との対面乗り換えが可能です。
その為乗り換え客の為にホームにはご覧の大きな待合室が作られています。
石勝線17
こちらは西側にあ島式の3、4番線ホームです。
3番線が千歳線の空港支線へと向かう上り線で、
4番線が札幌方面行きの千歳線下りホームとなります。
石勝線19
そしてこちらのホームで特筆すべきは
この石勝線の0キロを示すモニュメントです。
北海道の形の石版に石勝線の路線が書き込まれています。
石勝線18
石版の位置の3番線ホーム下にはご覧のゼロキロポストも設置されています。
これによってこの南千歳駅が石勝線の起点であることが分かります。



石勝線20
こちらは追分駅の駅舎の外観です。
1892年(明治25年)に北海道炭礦鉄道室蘭線の駅として開業しました。
現在の駅舎は1980年(昭和55年)に改築されて以来のものであり、
南千歳駅からは17.6kmの距離があります。
石勝線22
駅の出口は東側のみで、駅舎の前にはご覧の広い駅前ロータリーがあります。
石勝線21
駅の正面にあるこちらは追分橋で、欄干には動輪が。
石勝線23
反対側の欄干には何やらメロディが流れるボタンがついていました。
石勝線24
駅前広場の一角にはこちらの動輪が置かれています。
こちらの追分駅は開業当時から追分機関庫が置かれており、
室蘭本線と夕張線(現・石勝線)の結節点にある石炭輸送の大動脈でした。

国有化され追分機関区となった後も数多くのD51形蒸気機関車が集結しているなど
「国鉄最後の蒸気機関車の車庫」として鉄道ファンの聖地ともいうべき場所だったそうです。

蒸気機関車が引退した後も機関庫には何台ものSLが保存されていましたが
1976年(昭和51年)の機関庫の火災によって消失。
ここに動輪があるD51-465もその時に消失した一台のものです。
石勝線25
その後機関区には機関車の配置が無くなって「追分運転区」となり
1992年(平成4年)には運転士が追分駅に編入。
そして2005年(平成17年)には岩見沢運転所へ再編入されて
この駅はかつての拠点としての役割を終えています。
石勝線26
駅舎に戻り改札前の様子です。
この駅は社員配置の有人駅となっています。
石勝線27
駅舎側の単式の1番線ホームです。
主に特急列車が使用するホームで石勝線の上下線共に停車します。
石勝線28
ホーム上の駅舎の改札付近の様子です。
石勝線29
島式の2、3番線ホームとは跨線橋で連絡しています。
石勝線30
跨線橋の中の様子です。
石勝線33
こちらが2、3番線ホームです。
2番線は主に室蘭本線の下り苫小牧方面行き、
反対の3番線は室蘭本線の上り岩見沢方面行き列車が使用しています。
石勝線34
ホームから西側を見るとご覧の用に広大な駅の敷地が広がっており、
かつて機関庫のあった駅である面影が残っています。
石勝線32
そして島式ホームの北側には、
2番線ホーム側に切り欠きの4番線ホームが設置されています。
石勝線31
4番ホームの様子です。
石勝線の当駅止まりや回送の列車が使用することのあるホームとなります。



石勝線35
こちらは県道462号線の追分向陽十字路です。
追分駅の東の県道をそのまま4kmほど進んだ地点となります。
石勝線36
この交差点から北にはご覧の砂利道が伸びていますが、
こちらがかつての東追分駅へと伸びる道となります。
石勝線37
交差点の西の目の前には、
恐らく駅に一番近かったであろう農家があります。
石勝線38
県道から、その農家の北を見ると
石勝線のライトブルーのスノーシェッド(防雪の囲い)が二つ見えます。
こちらがかつての東追分駅の跡であり、現在は東追分信号場の設備となります。

2016年(平成28年)3月26日に旅客営業廃止となった為、
廃駅になったのは駅メモのリリース後となります。
その為駅メモでは石勝線の東追分駅として廃駅で登録されていますので
取り逃しの無い様に注意が必要な駅となります。
石勝線39
信号場への砂利道を進むとご覧の踏切が。
かつての駅跡の東200mほどにある東丘通り踏切です。

こちらはサントリー「金麦」のスポットCM「帰り道編」の動画です。
2010年(平成22年)9月よりオンエアーされたこのCMは、
当時の東追分駅横のこの踏切付近で撮影されました。
石勝線40
北側から見た踏切への道の様子です。
石勝線41
踏切から西の南千歳方面を見ると信号上のスノーシェッドが
ご覧の通り見えます。
石勝線42
踏切から石勝線の線路に沿って西への伸びる砂利道。
この道がかつて旅客営業をしていた東追分駅への道でした。
現在は東追分信号場として鉄道用地内となっていますので
入り口にはトラロープが張られて部外者は進入出来ません。
石勝線43
列車内から見た東追分信号場の中の様子です。
こちらは西側のスノーシェッド付近となります。
石勝線44
かつての駅のあった付近を信号停止中の車窓から。
石勝線45
こちらは旅客営業をしていた時の東追分駅の外観です。
写真奥側の跨線橋の向こう側が東丘通り踏切のある方角となります。
東側のスノーシェッドのすぐ目の前に相対式2面のホームと
跨線橋があったのが分かります。
(現在は取り壊されて駅施設は存在しません)
石勝線46
車中から見た東側スノーシェッドの中の様子。



石勝線48
追分駅から石勝線と並走するように走ってきた道道462号線も
こちらの由仁町川端で国道に合流し終端となります。
石勝線47
道道462号線の東端である川端交差点。
この交差点の南に次の駅があります。
石勝線49
ガソリンスタンドの前を過ぎた南に進むと駅舎が。
石勝線50
こちらが川端駅の駅舎外観です。
1894年(明治27年)に北海道炭礦鉄道の駅として開業しました。
開業時はここから400m東にあったそうで、
夕張川の川岸近くに駅があったのが駅名の由来だそうです。
隣の追分駅からは9.4km、東追分信号場からは5.4kmの距離にあります。
石勝線51
駅舎の中の様子です。
広い待合室がありますが中はガランとしています。
石勝線52
駅舎側の1番線です。
駅は相対式1面1線と島式1面2線の計2面3線の駅となっています。
石勝線53
二つのホームはご覧の跨線橋で連絡しています。
石勝線54
跨線橋から見た駅の全景です。
石勝線55
そして跨線橋の南側の端には外へと出る扉があり、
扉の外には階段があって客車の前に連絡していました。

この客車はスハフ44-11とスハフ44-27で、かつて函館本線で運行をしていた
「C62ニセコ号」という蒸気機関車の観光列車の客車です。
1996年(平成8年)に除籍された後、川端駅の横で開業した
「ユニトピア川端パークゴルフ場」のレストハウスとして
静態保存され現在に至っています。
石勝線56
しかしながらこのパークゴルフ場は2010年(平成22年)頃に営業を停止。
コースと共に客車も放置状態となっています。
石勝線57
島式の2、3番線ホームです。



石勝線58
こちらは川端駅前で東に進路を変えた国道274号線を8.8km東進し、
夕張市に入ってまもなくの付近にある滝ノ上の信号機です。
石勝線59
滝ノ上の信号には横断歩道があり、
その目の前には石勝線の次の駅があります。
石勝線60
滝ノ上駅の駅舎の外観です。
駅舎のルックスは隣の川端駅とほぼ同じ形となっています。

1897年(明治30年)に北海道炭礦鉄道の駅として開業した駅で、
石勝線の駅となっている現在では追分駅━夕張駅間の普通列車が日に6本停まるのみです。
位置的には石勝線の特急列車の通過線上にありますが、
運行的には廃止の決まった夕張支線の列車しか停まらず
夕張支線の一部と言っても過言では無い状態
です。
石勝線61
建物内の待合室の様子です。
石勝線65
ホーム側から見た駅舎付近。
石勝線62
駅舎側の単式の1番線ホームです。
下り線の夕張方面行きホームとなります。
石勝線63
そしてこちらがホーム同士を連絡している跨線橋。
石勝線66
この駅の跨線橋の特徴として、ホームからの階段以外に
駅の外への階段が両側についていて、
あたかも自由通路のような構造になっているという点です。
石勝線64
島式の2、3番線ホーム。
2番線が上りの本線で千歳方面行きとなっており、
反対側の3番線は上下の副本線として列車交換時の退避用となっています。
石勝線67
そして駅の東側のスノーシェッドの先は踏切となっていて、
中から駅への様子が窺えました。



石勝線68
滝ノ上駅から国道274号線を夕張川に沿って4kmほど東進すると
国道沿いの線路上にスノーシェッドが見えてきます。
このスノーシェッドは現在の石勝線の十三里信号場のものです。
石勝線69
その先には信号施設の建屋がありますが、
この付近がかつての十三里駅の駅跡となります。

駅が開設されたのは1962年(昭和37年)と国鉄時代のことであり
石勝線の駅としては新しい駅となります。
駅メモリリース後の2016年(平成28年)3月に駅が廃止された為、
ゲーム上では現在でも廃駅として収録されていますので
取り逃しには十分注意をして下さい。
石勝線70
ご覧の建屋の前の道が営業時の駅の入口でした。
写真のバリケードの向こう側がかつての駅前広場のスペースであり、
スノーシェッドの目の前にホームと跨線橋がありました。
石勝線71
まだ駅施設があった当時の写真がこちらです。
相対式2面2線の駅だったことが分かります。
跨線橋の階段下は密閉された待合スペースとなっていました。
そして信号建屋には「十三里駅」と大きく書かれていたのが分かります。
石勝線72
現在の建屋を見ると、かつて駅名の書かれていた場所は
壁と同じ色のペンキで塗りつぶされているのが分かります。
石勝線73
駅跡の国道反対側の正面には、この付近の唯一の人家ともいえる
メロン農家の小野農園があり、お土産の販売所も置かれています。
農園入口の「夕張わメロンの里:ダドー」の看板は
十三里駅前の名物でもありました。
石勝線75
こちらは十三里信号場の南西側のスノーシェッド。
石勝線74
夕張方面側である北西側のスノーシェッドは
国道274号線と道東自動車道の立体交差のすぐ手前にあります。
「周辺に人家の無い秘境駅」と言われた十三里駅ですが
国道沿いにあり近くには道東自動車道夕張インターもあるため
車での来訪は比較的容易な駅でした。
石勝線76
夕張側スノーシェッドの先すぐで道東自動車道と石勝線が立体交差していますが、
その真下には小野通り踏切があって信号場方面を見渡すことができます。



石勝線77
十三里信号場から3kmほど国道274号線を進むと
石勝線は夕張川を渡り紅葉山交差点へと差し掛かります。
紅葉山交差点を西へと曲がると石勝線が見えてきますが、
こちらが次の駅の駅前ロータリーへの入口となります。
石勝線78
看板に従って駅前へ。
石勝線79
新夕張駅の駅舎の外観です。
1892年(明治25年)に北海道炭礦鉄道の紅葉山駅として開業した駅で、
石勝線の開通した1981年(昭和56年)に新夕張駅へと改称がされています。
石勝線80
こちらは駅前ロータリーの片隅に移設されている
紅葉山駅時代の駅名標です。

石勝線開通までは追分駅━夕張駅間は夕張線でしたが、
新夕張駅へと改称と同時に石勝線へと所属が変更。
そして新夕張駅━夕張駅間は石勝線の夕張支線となり、
この新夕張駅が支線の起点となりました。
石勝線81
駅前ロータリーの様子です。
2017年(平成29年)に拡張工事がされて現在の広さになっています。
石勝線82
ロータリーの正面には階段があり、
一段低い夕張市の武道館前がかつては駅前のバス停となっていました。
現在は夕鉄バスのバス停は駅前ロータリーへと移動しています。
石勝線83
駅舎へと戻り入口を入ると正面が改札で、
左手には待合スペースがありました。
石勝線84
改札内に入るとご覧の連絡通路が。
ホームが築堤上の高台にあるので地下通路のようになっています。
石勝線90
連絡通路からホームへと階段で上がると
ホーム出口前はご覧の様に密閉式となっており
待合のベンチが設置されていました。
石勝線91
振り返って階段の降り口の軒を見ると
「ようこそ夕張へ」のメロンの看板が。
石勝線85
駅舎寄りの島式ホームの1、2番線です。
1番線は上下線の特急停車ホームとなっています。
そして2番線は副本線として普通列車の一部が使用する下り夕張方面ホームとなります。
石勝線86
こちらのホームにある夕張方面行きの乗り換え案内。
石勝線87
島式の3、4番線ホームです。
石勝線の上下の普通列車の停まるホームとなります。
ちなみに石勝線では新夕張駅以東への普通列車は運行していませんので
上り線は千歳方面行きですが、下り線は夕張方面行きとなります。
石勝線92
こちらのホームの階段も密閉され待合スペースになっています。
石勝線88
そして4番線ホームの線路の向こう側には車止めのある引き上げ線があります。
その線路の脇にご覧の石勝線の夕張支線のゼロキロポストがありました。
石勝線89
そしてこちらは3、4番線ホームの東端です。
かつては赤線で示した切り欠きの0番線ホームがありました。
これは石勝線の登川支線の発着ホームで、
1981年(昭和56年)に支線が廃止されるまで楓駅と新夕張駅を往復していました。
現在はご覧のように跡形もなく撤去されています。



石勝線94
こちらは石勝線の起点である南千歳駅から新夕張駅までの区間の
au 4G LTEにおける電波エリアマップです。
周囲に一面のトウモロコシ畑のある区間などを通るわりには
全ての区間で電波エリア圏内となっています。
この区間で駅へのアクセスに困ることは無いでしょう。

またこの区間には東追分駅と十三里駅という廃駅が含まれています
普通列車であればおおむね信号場で運転停車をするので
現在は信号場である二つの廃駅も取り易いでしょう。
しかし特急の場合は高速で信号場を通過するので
廃駅があると認識していないと取り逃す危険性は小さくありません。
この点は注意が必要でしょう。


石勝線の続きはその2にて。

では。

路線別目次(北海道)
※クリックで各路線の記事へ飛びます。


■北海道
○JR海峡線
○JR札沼線(桑園~北海道医療大学)
○JR札沼線(北海道医療大学~札比内)
○JR札沼線(札比内~新十津川)
○JR石勝線(南千歳~新夕張)
○JR石勝線(新夕張~新得)
○JR石勝線(新夕張~夕張)
○JR石北本線
○JR釧網本線
○JR宗谷本線
○JR千歳線
○JR根室本線〔新得~釧路〕
○JR根室本線〔滝川~新得〕
○JR根室本線〔花咲線〕〔釧路~根室〕
○JR函館本線〔長万部~小樽〕
○JR函館本線〔小樽~旭川〕
○JR函館本線〔函館~長万部〕
○JR日高本線(苫小牧━鵡川)
○JR日高本線(鵡川━静内)
○JR日高本線(静内━浦河)
○JR日高本線(浦河━様似)
○JR富良野線
○JR室蘭本線〔長万部・室蘭~苫小牧〕
○JR室蘭本線〔苫小牧~岩見沢〕
○JR留萌本線(深川~留萌)
【廃線】JR留萌本線(留萌~増毛)
◆北海道新幹線
●札幌市営地下鉄東西線
●札幌市営地下鉄東豊線
●札幌市営地下鉄南北線
●札幌市電山鼻線
●道南いさりび鉄道線(木古内~上磯)
●道南いさりび鉄道線(上磯~五稜郭)
【廃線】JR江差線(木古内~江差)
●函館市電2系統
●函館市電5系統
【廃線】JR江差線

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