2018年07月

留萌本線a62
さて、北海道の留萌本線の続きです。


その1(深川駅━留萌駅間)はこちら



留萌本線a63
留萌駅から先の留萌本線については
2016年(平成28年)12月を以て廃止されています。
ですので列車は走っていません。

この記事で紹介している留萌駅━増毛駅間については
廃線1ヶ月半前の2016年(平成28年)10月に写真を撮ったものです。
現在は駅や線路の撤去作業も進められており
ホームや駅舎などはなくなっている駅が多い点、
列車という交通手段では攻略できない点をご注意下さい。


留萌本線25
留萌駅からは2kmほど離れたこちらの
国道231号(日本海オロロンライン)から、
横道を下って日本海へと向かって行く道が駅への道となります。
留萌本線26
カーブの先に踏み切りが。
留萌本線27
この踏切の横にあるのがご覧の瀬越駅のホームです。
留萌本線28
ホームは1面1線の棒線無人駅です。
元々この駅は1926年(大正15年)に鉄道省留萠線の仮乗降場として
海水浴客への利便を目的にした季節営業で設置された臨時駅でした。
その後住民の利用が増えたことから正式な駅へと昇格をしています。
留萌本線29
ご覧の通りホームからは日本海が目前です。
…ちょっとこの日は列車が運休した強風で波が逆巻いてますが。
留萌本線a64
駅舎は無く、ホーム上にはご覧のコンクリート製の待合室が作られています。
元々は貨車駅舎が置かれていたそうですが、
海に近い為、塩で劣化が激しくコンクリートの待合室に作りかえらえたそうです。
留萌本線30
待合室の中には小さな椅子がポツリ。



留萌本線31
瀬越駅から国道231号線(オロロンライン)に沿って4kmほど南下すると
礼受駅前バス停(鉄道廃止後は礼受第1バス停)から北に150mほどの場所に
ご覧の駅への横道となる砂利の坂道があります。
留萌本線32
坂を上がると広場があり、ご覧の礼受駅の貨車駅舎があります。
留萌本線33
こちらがホーム。1面1線の棒線無人駅です。
1921年(大正10年)の留萌本線全通時に駅が設置されました。
駅名の由来は地名からで、アイヌ語で「レウケ・プ」(曲がっている所)が由来だそうです。
留萌本線34
ホームから日本海は見ての通り目前です。



留萌本線42
こちらは国道231号線(オロロンライン)沿いにある阿分漁港。
雷雨と強風でレンズが曇ってしまいましたが
礼受駅からは1.3kmほどの距離の場所です。
留萌本線35
漁港のすぐ北のあたりで再びオロロンラインから横道に。
留萌本線36
道を進むと右手に学校が見えてきます。
これは増毛町立阿分小学校ですが、2015年(平成27年)3月で廃校となっています。
留萌本線37
道を進み廃校の裏手に回りこんで進みます。
留萌本線38
するとその名も「学校踏切」の横に阿分駅がありました。
1963年(昭和38年)に国鉄留萠本線の駅として新設された駅だそうです。
駅名はアイヌ語の「アフン」(入り込んでいる)に由来するとの事です。
留萌本線39
こちらが駅のホーム。1両編成の列車長よりもホームが短く、
上りの留萌方面の列車が停車すると踏切いっぱいにはみ出てしまって
道を塞いでしまう状況となります。
また踏切の遮断機の内側にホームがあるので
列車停車中は駅から出られません。
留萌本線40
見ての通り小学校の真裏にホームと待合室があります。
留萌本線41
待合室の中を見ると、地元の自治会が
駅舎の内外の環境を保っている事が分かります。



阿分駅を過ぎると列車は短かいトンネルを抜けて
300mほど内陸部を走ります。
留萌本線43
北海道道94号線がオロロンラインから分岐してすぐのあたりで
ご覧の留萌本線と交わる踏切があります。
留萌本線44
その踏切の脇に信砂駅があります。
この駅も隣の阿分駅と同じく1963年(昭和38年)に新設された駅のようです。
駅名の由来となる地名は、
アイヌ語の「ヌプサペッ」(野を流れる川)、「ヌプ・サ」(原野・浜)など
諸説がある様子です。
留萌本線45
こちらがホームの様子。
1面1線の無人駅であり、待合室は工事用のプレハブが用いられています。



留萌本線46
次の駅は信砂駅からは0.8kmという近距離にあります。
オロロンラインの舎熊郵便局付近で
横道に入ると奥の行き止まりに貨車駅舎が見えるのが駅となります。
留萌本線47
舎熊駅
1921年(大正10年)の留萌本線全通時に設置された駅です。
アイヌ語で「イ・サッケ・クマ」(魚を干す竿)の転訛した「サックマ」が駅名の由来だそうです。
留萌本線48
ホームの様子。
1面1線の棒線無人駅で貨車駅舎となっています。
留萌本線49
ホームからは日本海が間近です。



留萌本線50
舎熊駅から1km半ほど南下した
オロロンラインから朱文別沢へと通じる横道の分岐点です。
留萌本線51
その道を進むとまもなく留萌本線の踏切に当たります。
留萌本線52
この踏切の脇に、次の朱文別駅があります。
1963年(昭和38年)に国鉄留萠本線に新設追加された駅です。
駅名は地名からで、アイヌ語の「シュフンペッ」(ウグイ・川)に由来するそうです。
留萌本線53
こちらがホームの様子。
単式1面1線の無人駅です。
留萌本線54
ホーム横の待合室の様子。
留萌本線55
待合室の中はご覧の通りです。



留萌本線56
朱文別駅からは1.3kmほど西の位置付近で
オロロンラインと箸別川が交わる橋があります。
橋から南に、海岸から少し内陸に入ったところに駅前の広場があり
ご覧の築堤を登る階段が設けられています。
留萌本線57
こちらが箸別駅です。
1963年(昭和38年)に新設追加された駅のひとつです。
単式1面1線の棒線無人駅となっています。
駅名の由来の地名は、アイヌ語の「ハシ・ペッ」(柴木の川)がなまったものだそうです。
留萌本線58
ホームから見返してみると日本海は至近に見え、
駅前の広場の右すぐには箸別川が流れていて
広場前の道にも川に橋が架かっているのが分かります。
留萌本線60
ホームから川の方を見ると
駅のすぐそばにも架橋されていました。
留萌本線59
駅の待合室をなめこんだ駅の全景。
留萌本線61
改めてホームから駅前の風景を。
砂利の駅前広場の向こうには、駅へと通じる内陸部に入る市道、
建物の奥には日本海が見え、海岸線には国道が走っています。

ちなみに廃線後のこの駅前の広場は
現在は養殖業者の私有地となっており立ち入り禁止とされています。
ですので駅跡へはは入れない状態となっています。




留萌本線62
そしてこちらが留萌本線の終着駅である増毛駅です。
1921年(大正10年)に留萌本線が全通して以来の終着駅です。
駅名の由来である地名はアイヌ語の「マシ・ケ(カモメ・処)」からだそうです。
ホームは1面1線のみで、列車はスタフ(通行証)を持ってそのまま折り返して行きます。 留萌本線63
ホームから駅舎の方へ向かうと。
留萌本線64
こちらが駅舎となります。
「留萌本線 終着駅」の看板が掲示されています。
留萌本線65
駅舎の目の前のある留萌本線の終端の車止め。
留萌本線66
反対側からみた駅舎とホームの全景です。
留萌本線69
かつては貨物の側線が分岐して転車台もあったという駅構内は
現在ではホームの1線のみが棒線状に残されて
広大な空き地となっています。
留萌本線67
駅の外側から見た駅舎。
留萌本線68
待合室への駅舎の入口。
木製の駅名標が掲げられています。
留萌本線70
こちらが駅の目の前にある風待食堂。
食堂とありますが食堂ではなく観光案内所です。

高倉健主演の映画「駅 STATION」(降旗康男監督・1981年東宝)で
駅前の商店が食堂に改装されて撮影されたもので、
観光名所として映画の撮影セットがそのまま残されて
観光案内所としてグッズや増毛駅入場券の販売などがされているそうです。
開くのがご覧の通り9時半からなので、
7時代の始発で到着すると開いていませんのであしからず。



以上で留萌本線の全駅となります。
留萌本線71
こちらはau 4G LTEでの留萌本線沿線の電波エリアマップです。
留萌駅━増毛駅間の廃線区間についても
電波状況は全線にわたって良好ですので
実際に現地で駅へのアクセスに困る事は無いと思われます。



さて、ご承知の通り、
留萌本線の留萌駅━増毛駅間については
2016年(平成28年)12月4日を以て廃止
となっています。
現在も駅メモの留萌本線には駅が登録されていますが
全て廃駅扱いとなっており、実際の列車も当然ながら走っていません。
ですので列車に乗っての取得はできないという事となります。

鉄道が廃止された現在、実際にこの区間を現地に行って取るには
まずはバス利用が一番現実的な方法となるでしょう。
留萌駅━増毛駅間はほぼ国道231号線、通称オロロンラインが並行して走っており、
沿岸バスの留萌別苅線という路線がオロロンライン上を運行しています。
留萌駅と増毛駅にはそれぞれ駅前の停留場がありますし、
途中の全ての駅にも至近にバス停があります。
朝7時台から夕方18時台までおよそ2時間に1本ペースでバスが運行していますので
留萌駅━増毛駅間の攻略方法としては現実的でしょう。
留萌本線73
こちら沿岸バス・留萌別苅線の増毛駅停留場。
留萌本線74
信砂駅近くの彦部第二停留場。
留萌本線75
礼受駅前停留場(現・礼受第1停留場)。


上の写真を撮った日には夜明け前から雷鳴が轟き、
オロロンラインを歩くと強風で体が持っていかれそうでした。
実際朝の列車を最後に留萌本線は強風で運休していましたし。
留萌本線76
私は増毛駅から4時間かけて留萌駅まで歩いたので
駅到着後に運休を知りましたが、沿岸バスは普通に定期運行していて
何度も追い抜かれたりすれ違いました。
このバス路線は列車廃止後は貴重な住民の足ですので
おいそれとは無くならないかと思います。
廃止後の実質的な代行バスですので、
公共交通機関で攻略する方はこのバスが最初の選択枝となると思います。


そしてその1でも述べましたが、JR北海道は深川駅━留萌駅間の留萌本線も廃止する意向であり、
実際に沿線自治体に廃止したい旨を表明伝達するなど
廃線へ向けての調整が具体化しています。

2020年(平成32年)を目処に廃止したい意向の様子ですが、
これまでの北海道で廃止された路線の動向を見る限り
高い確率で廃止は現実のものになりそうです。


留萌本線72
こちらは留萌駅からレーダーを飛ばした場合の
ボロノイ図上での射程距離図です。
見れば分かりますが留萌駅から射程12で増毛駅までレーダーが届きます
お手軽に済ませたいのであれば、まだ列車が運行している留萌駅まで行き
レーダーを飛ばせば留萌本線は廃止区間も含めて攻略ができる
でしょう。
しかしこの手法が使えるのはおそらく2020年までだと思われます。

留萌本線が全廃となった場合、
おそらく代替バスも留萌を境に分割されそうな気がしますし、
実際に現地まで行くにはなかなかの労力と時間が掛かりそうです。
高速バスで取りに行く方法なども考えられますが、
既存路線からレーダーでは取れなくなりますので
レンタカーなどの選択肢が現実的なものとなりそうです。



私は列車が走っているうちに乗っておきたい、と
区間廃止前に行ってきましたが、「廃止直前」のローカル線を見たのは初めてで
ずぶ濡れになりながらも正直いろいろと楽しい体験でした。
以上の情報が参考になれば幸いです。


では。

リニモ01
つづいては愛知高速交通東部丘陵線についてです。


愛知県で2005年(平成17年)に開催された2005年日本国際博覧会、
通称愛知万博の開催にあたって周辺の鉄道と万博会場の接続が必要となり、
そのアクセスを目的として計画建設された路線となります。

運営に際して設立された愛知高速交通は愛知県が57.17%の株式を保有するなど
周辺自治体や地元企業が出資をしており第三セクターの鉄道会社となります。

2005年(平成17年)3月に東部丘陵線として路線が開通。
名古屋市営地下鉄東山線の藤が丘駅と、愛知環状鉄道の八草駅の間を
8.9kmにわたって走っていいます。
愛称は「リニモ (Linimo)」で、こちらのほうが一般的に定着していると思います。
リニモ02
こちらがリニモの軌道、いわゆる線路です。
普段我々が見慣れている鉄道の線路とは形状が違うのが分かると思います。
それもそのはずで、リニモは常電導吸引型 (HSST) という形式の
日本初の磁気浮上式鉄道(リニアモーターカー)の常設実用路線なのです。
リニモ93
リニアモーターカーですから車体は宙に浮いて走行しており、
車輪のような衝撃の無い独特のフワリとした乗り心地となっています。
リニモ94
車内の座席は中央部がクロスシート、両端がロングシートの
セミクロス配置となっています。



リニモ03
こちらは藤が丘バスターミナル。
名古屋市営鉄道東山線の藤が丘駅の東側に隣接しており、
1階部分がそのままバス発着場となっています。
リニモ034
そしてこちらが名古屋市営鉄道東山線の藤が丘駅。
市営地下鉄の東端に位置する駅であり、
東側に名古屋市交通局藤が丘工場という地下鉄の車両基地があります。
その為この駅は地下鉄ながら地上高架駅となっています。
リニモ05
その地下鉄の駅舎の東側の、高架下をくぐる県道6号線に面してある
こちらの出口がリニモの藤が丘駅の1番出口となります。

この駅は地下鉄建設当時は用地買収が容易でしたが
リニモ建設の頃には市街地が発展してしまったという事情から、
地下鉄が地上高架駅でリニモが地下駅という逆転現象が起きています。
リニモ06
こちらは地下鉄の駅舎の西側にあるリニモの3番出口。
東側がバスロータリーとなっているのに対して
西側は人の通行する駅前広場になっているので
こちらの方が駅の正面の印象があります。
リニモ08
地上出口から階段を下ると地下1階はコンコース階になっています。
リニモ07
コンコースにある改札付近の光景。
リニモ10
改札内に入るとご覧の様子です。
リニモ09
構内には複数のPOPが立ち、フリー切符の案内ポスターもご覧の通りなので
アニメコミック系とは親和性の高い路線の様です。
リニモ11
ホームの様子です。
島式ホーム1面2線となっており、
起点駅ですので全ての列車が八草方面行きの下り線となります。
またリニモでは各駅にシンボルマークが設定されており
駅名標にもマークが描かれています。



リニモ12
こちらははなみずき通駅の駅舎の外観です。
藤が丘駅からは1kmほど東に位置する駅であり、
リニモの地下区間が終わって地上へと出てくる場所に設けられた駅です。
リニモ13
駅の北側にはリニモと終始並走している県道6号線が走っています。
この県道の別称は「はなみずき通り」といい、
駅の名前の由来ともなっています。
リニモ14
駅舎も県道に沿う形の地上駅として作られており、
駅前の広場は歩道を広くした程度のものとなっています。
リニモ15
県道をはさんだ駅舎の向かいにある常照寺。
リニモ16
リニモの走る長久手市は、戦国時代の1584年に
徳川氏と羽柴氏が戦った「小牧長久手の戦い」の舞台として有名です。
そしてこの寺には合戦で討ち死にをした羽柴方の
池田恒興、嫡男の池田元助(紀伊守)、森長可の三将の墓があるという寺となっています。
リニモ21
入口から階段を下りると地下コンコースがあり
改札口があります。
リニモ17
駅の北側の1番線ホームで、八草方面行きの下り線ホームとなります。
この駅はリニモの駅で唯一の相対式ホームの駅となっており
2面2線のホームがあります。
リニモ18
南側の2番線ホームで藤が丘方面行きの上りホームとなります。
リニモ19
ホーム西端の先には地下区間へと入るトンネルの入口が見えます。
リニモ20
八草方面行き列車から見た駅の東側の光景です。



リニモ22
こちらは杁ヶ池公園駅の駅舎の外観です。
県道6号線と県道60号線の共用区間の上を南下したリニモが、
再び東進する県道6号に合わせて曲がってすぐの場所に駅があります。
リニモ23
南下するリニモの車内から見た杁ヶ池公園駅付近。
すぐ北に隣接して大型総合スーパーのアピタ長久手店があるのが見えます。
名前の由来となった杁ヶ池公園は駅の南へ700mほどの場所にあります。
リニモ26
駅は県道の中央分離帯の上に作られた高架駅で、
コンコース階とホーム階が分かれているのが外からも分かります。
リニモ27
県道を跨ぐ跨道橋が作られており、
両側の歩道に作られた階段から駅へと上がる仕組みとなります。
リニモ25
跨道橋上の改札前の光景。
リニモ28
改札内の構内の様子です。
リニモ24
こちらがホームで、島式1面2線となっています。
ホームはフルスクリーンのホームドアでまるで温室のように。
リニモ29
列車内から見た駅の東側からの光景です。
駅からアピタへの直接つながっている連絡通路が見えます。



リニモ30
東へと進む県道の上を一緒に1kmほど進むと
ご覧の長久手古戦場駅となります。
リニモ31
駅の北側はご覧のように大型ショッピングセンターの
イオンモール長久手の敷地となっています。
リニモ32
そしてイオンの東側、駅からは北東の目の前には
こちらの駅名の由来となっている小牧長久手の戦いの古戦場跡があり、
古戦場公園となっています。
リニモ323
駅の西側の目の前にある古戦場南交差点の一角には
戦の幟(のぼり)を模したオブジェが。
リニモ34
オブジェから北へと進むと古戦場公園の入口があります。
リニモ35
駅へと戻り跨道橋を上がって改札前へ。
リニモ36
こちらがホームの様子です。
島式ホーム1面2線となっています。
リニモ37
イオンモールと反対側の南側を見下ろすとご覧の通り造成中でした。
リニモ38
ホームから東の八草方面を見た光景です。
リニモ39
車内から見た駅の光景です。
この駅も駅とイオンモールの間に連絡通路が延びているのが見えます。



リニモ40
こちらは芸大通駅の駅舎外観です。
駅の南東1kmほどに愛知県立芸術大学があるのが名前の由来ですが、
県の施設が由来になるのは県が過半数を出資する第三セクター故でしょうか。
リニモ42
こちらは駅の北側の出口。
隣接する県道6号線が駅付近では高架橋となっている為、
駅の2階コンコース階と県道の歩道が同じ高さで直結しています。
リニモ41
そして駅の北西の県道沿いに見えるトヨタ博物館。
この駅の副駅名にもなっている建物です。
リニモ72
列車内から見たトヨタ博物館の敷地と建物。
リニモ423
駅のコンコースに入りこちらが改札前の光景です。
リニモ44
構内側から見た改札。
リニモ45
この駅もホームは島式1面2線となっています。
リニモ46
ホームから駅の南側を見ると東名高速へと連絡をしている
自動車専用道の名古屋瀬戸道路の長久手インターチェンジが見えます。
リニモ47
列車内から見た駅の東側。



リニモ48
県道6号線の上を東に1.5kmほど進むと
ご覧の公園西駅の駅舎があります。
県道の南側に沿って駅舎があります。
リニモ489
南側から見た駅舎の外観です。
リニモ50
駅の南側一帯はご覧の様に造成中でした。
名前の通り、広大な愛知万博の敷地跡の公園の西側にあるだけに
駅周辺には道路以外の建物はまばらです。
万博期間中は長久手会場西ゲートの最寄りだったそうです。
(註:2017年10月より駅の北の目の前にIKEA長久手店がオープン)
リニモ51
駅舎の中へと入って改札前の光景。
リニモ52
改札内の様子です。
リニモ53
ホームの様子。
島式1面2戦ホームなのは他の駅と同様です。
リニモ54
列車内から見た駅の東側からの光景。



リニモ56
リニモの車両は引き続き県道6号の上を東進。
南側には愛知万博の跡地の公園が広がっています。

リニモ55
1kmほどすすんだ次の駅である愛・地球博記念公園駅です。
2005年(平成17年)の開業当初は万博会場駅という駅名でしたが
万博が閉幕した後2006年(平成18年)に現在の駅名へと改称されています。
リニモ60
駅舎南側の正面にあるこちらが2番出口です。
公園へはこちらから出ると正面となります。
リニモ57
駅の南側の駅前広場の様子を俯瞰にて。
ここがかつての愛知万博の会場メインゲートでした。
リニモ58
地上から見た駅前。
ロータリーの真ん中には「愛・地球博記念公園」の石標があります。
リニモ59
駅前の案内版と、背後に広がる公園の駐車場。
リニモ61
こちらは駅の北側です。
県道6号線は北側を並走しており、駅前で県道209号線が分岐しています。
階段は1番出口となっており、
目の前の愛知県立大のキャンパスへの連絡出口となりますが
どちらかといえばこちらが駅の裏側でしょう。
リニモ62
ホームから見た駅北側の俯瞰です。
手前の道路が県道6号線で、奥へと直角に延びるのが県道209号線です。
リニモ65
交差点の右の角側には愛知県立大のキャンパスが広がっており、
「県大」と文字状になった植え込みが見えます。
リニモ63
交差点の南側は愛・地球博記念公園への入口となっており、
リニモの高架をくぐって進むと公園の正門があります。
リニモ64
駅舎の中へ入り改札前のコンコースの様子です。
リニモの中間駅としては唯一の駅員配置の有人駅となっています。
リニモ66
改札内の光景です。
リニモ67
階段下には犬の立て看板が。
これは介助犬の訓練センターの最寄であることを縁に
2013年(平成25年)11月から2017年(平成29年)5月まで
愛・地球博記念公園駅の駅長を務めていた介助犬オーシャンの写真です。
リニモ69
こちらが島式の1、2番線ホームです。
下り八草方面行きのホームとなっています。
リニモ68
駅の北側にある島式3、4番線ホーム。
こちらは上り藤が丘方面行きとなります。
リニモ70
フルスクリーンのホームドアには
かつて万博が開催中だったときのパビリオン配置図が貼られており、
現在の光景と見比べることができました。
リニモ71
列車内から見た駅東側からの光景です。



リニモ73
列車が進むと愛・地球博記念公園の敷地が途切れ、
リニモの車両基地が見えてきます。


リニモ74
陶磁資料館南駅の駅舎外観です。
リニモ75
駅の北側の目の前には駅名の由来である
愛知県陶磁美術館があります。
リニモ76
駅から見た陶磁美術館の全景。元々の施設名は陶磁資料館で、
2013年(平成25年)に陶磁美術館に改称されていますが
駅名は陶磁資料館のままで現在も変更されていません。

ちなみに資料館は瀬戸市にありますが目の前に境界線があり、
駅は豊田市、そして駅舎の西の線路は長久手市というロケーションにあります。
リニモ77
こちらは駅舎へと上がる入口の階段です。
階段脇にエスカレーターの設置スペースがありますが
エスカレーター自体は未設置となっています。
リニモ78
コンコース階の改札前の光景です。
リニモ79
ホームはこの駅も島式1面2線となっています。
リニモ80
列車からみた駅の東側の光景です。



リニモ81
こちらは八草駅の駅前の光景です。
リニモの八草駅と愛知環状鉄道の八草駅がご覧の様に隣接しています。
リニモ82
東側のこちらが愛知環状鉄道の八草駅の駅舎です。
こちらは1988年(昭和63年)に開業しています。
橋上駅舎となっています。
リニモ83
そして西側のこちらがリニモの八草駅の駅舎となります。
2005年(平成17年)の路線開業時に新設されました。
こちらは高架駅となります。
リニモ90
駅舎の南正面の階段下にある1番出口。
駅前ロータリーから駅舎へと登れる入口となります。
リニモ89
駅前広場を上から俯瞰にて。
リニモ91
愛知環状鉄道の八草駅に沿って
駅前ロータリーの東側へと降りるこちらの階段が2番出口となります。
リニモ84
二つの駅舎はご覧の連絡橋でつながっています。
愛知環状鉄道の改札から連絡橋を西へと進むと
リニモの駅舎内の改札口へと辿りつきます。
リニモ85
連絡橋の西端まで進むとあるリニモの改札付近の光景。
リニモ86
改札内の様子です。
中に入るとすぐにご覧の階段があります。
リニモ88
こちらは階段下におかれたリニモの鉄道むすめ、八草みずきの立て看板です。
リニモ87
こちらがホームの様子です。
島式1面2線の駅となっているのは他の駅同様です。
1番線は降車専用ホームとなっており、
乗車は2番線からのみとなります。
リニモ92
リニモは八草駅が終点となっており列車はこの駅で折り返します。
愛環の八草駅の北側にリニモの引き上げ線の高架があり、
ご覧のように1番線を出た列車が折り返して2番線に入線してきます。

以上でリニモの東部丘陵線8.9kmは全てとなります。
リニモ95
こちらはリニモの区間のau 4G LTEでの電波エリアマップです。
さすが名古屋近郊だけあって、丘陵地帯にもかかわらず
全線が電波エリア圏内となっています。
藤が丘駅━はなみずき通駅間が地下区間となっていますが
それ以外の区間は全て高架線となっていますので
基本的に電波アクセスに困る事はほぼありません

リニモ96
こちらは藤が丘駅からレーダーを飛ばした射程です。
射程12で芸大通駅まで届くのが分かります。

ちなみに愛知環状鉄道の八草駅からレーダーを飛ばした場合、
やはりリニモの駅で届くのは芸大通駅で射程8となっています。

つまり名古屋市営地下鉄東山線と愛知環状鉄道からレーダーを飛ばせば
理論上はリニモに乗車しなくてもコンプは可能
となります。
しかしながら全線で所要時間17分、運賃340円のリニモで
わざわざ両端まで行って乗らずにレーダーを飛ばすのであれば
普通に乗ってしまったほうが楽
だと思います。



まあ、日本初の営業運転中のリニアモーターカー、
一度は話のタネにも乗ってみてはいかがでしょうか。

では。

でんこの元ネタ
■No.19 美唄イムラ(Bibai Imura)
 ■タイプ:アタッカー
 ■誕生日:10月1日

■出身駅: JR北海道 函館本線 美唄駅(北海道)
イムラ01

美唄駅の開業は1891年(明治24年)7月5日であり、
北海道炭礦鉄道の駅として開設されました。


元々は北海道の鉄道は、北海道を治めていた明治政府の官庁である
北海道開拓使によって運営された官営幌内鉄道によるものでした。

開拓使自体が北海道の資源を開発する目的で作られたが故、
当然鉄道も道内の炭鉱から積み出しの港までの貨物輸送を想定したものでした。

1880年(明治13年)に開業した官営幌内鉄道の鉄道は
私鉄の北海道炭礦鉄道へと1889年(明治22年)に移管。
建設途中であった岩見沢駅━歌志内駅間の建設も引き継がれます。

そして1891年(明治24年)に岩見沢駅━歌志内駅間が延伸開業。
この時に美唄駅も開設されています。


イムラ012
こちらは国道12号線の大通東1南1交差点です。
この交差点から西へは道道33号線(中央通り)が伸びています。
イムラ03
そして交差点を起点に東への70mほどは
道道1131号美唄停車場線となっています。
イムラ034
美唄停車場線の先には駅前の広場と駅舎が。
イムラ05
こちらが美唄駅の西口の外観となります。
駅舎は2002年(平成14年)に改築されたものとなります。
イムラ07
駅前にはご覧のロータリーが。
北海道らしく広めに作られています。
イムラ078
ロータリー中央の歓迎のモニュメント。
イムラ06
こちらは美唄駅の西口広場に美唄ロータリークラブ35周年記念として
2008年(平成20年)に設置された「宮島の唄」というモニュメントです。
美唄にはラムサール条約にも登録されている宮島沼があり、
国指定の天然記念物であるマガンの飛来地である事をモチーフとしている様です。
イムラ079
そしてモニュメントから北側の駅前は駐車場となっており、
線路沿いには自転車の立体駐輪場も設けられています。
イムラ10
北側から見た駅舎の外観です。
橋上駅舎であることがよく分かります。
イムラ101
駅舎の中に入るとご覧の様に階段があり
上の連絡通路へと登ります。
イムラ12
西口側の階段を登ったところの自由通路の光景です。
イムラ13
ご覧の様にガラス窓にはガラスエッチングで描かれたマガンが羽ばたいています。
これは美唄市の「市の鳥」がマガンであることからモチーフになったと思われます。
イムラ14
橋上の自由通路です。
正確にはこの橋上通路は美唄市の施設であり公道となります。
イムラ15
自由通路の中央付近にあるこちらのガラスの入口が
正式な美唄駅の入口であり、市とJRの管理施設の境界線でもあります。
イムラ16
入口前の通路にはベンチを兼ねたオブジェが。
美唄市出身での彫刻家である安田侃氏の作品だそうです。
イムラ17
こちらは東口側の駅舎の外観です。
イムラ19
イムラ18
東口の駅前にもロータリーが設けられています。
イムラ20
ロータリーの中央には石川啄木の詩を刻んだ石碑が。
「一握の砂」の341番目の詩であり「美国」は「美唄」の誤りだとされていることから
2003年(平成15年)に美唄ロータリークラブによって建てられました。
イムラ21
ロータリーの後ろの駅前一面にはご覧の旭公園が広がります。
イムラ22
公園の北側を通る駅前ロータリーへの道。
イムラ23
道の終端のロータリー北側の目の前には
ドラッグストアがありその駐車場入口とつながっています。
イムラ24
同じくロータリー北側の線路沿いには
歩行者通路と駐輪場のスペースが。
イムラ25
そして駐輪場の北側の空き地には
鉄道に見えるようにご覧の看板が立っています。
新幹線延伸のアピールなのでしょうが、
何故ここに、というなかなか趣き深い看板で。
イムラ26
駅舎に戻って自由通路の階段を上へ。
イムラ27
東側の階段上にもエッチングのガラスアートが施されています。
美唄市の「市の花」がツツジ、「市の木」がポプラであることから
それぞれ花のほうはツツジが、木のほうはポプラ並木であると思われます。
イムラ28
東側から見た自由通路。
イムラ29
こちらは自由通路から駅入口のガラス扉を入って
改札前の待合スペースの様子です。
自由通路にもベンチが置かれていることからか
窓口前はこじんまりとした広さとなっています。
イムラ30
片隅には美唄駅の旧駅舎をモチーフにした絵と写真が。
写真のほうは「昭和60年1月1日」とありました。
イムラ32
券売機の上の運賃表。
イムラ33
その横には駅の時刻表があります。
普通列車はおおよそ1時間に1本で、特急のほうが本数が多い時刻表でした。
イムラ31
そして券売窓口から見える駅務室の壁には
「美唄駅 駅是 真心」の額が。
イムラ34
駅構内側から見た改札の様子です。
イムラ345
改札内の跨線橋上の連絡通路です。
イムラ36
通路には「美唄」と題された詩が揮毫された額がありました。
イムラ37
こちらが1番線ホームです。
美唄駅は相対式2面2線の駅となっており、
1番線は上り線として岩見沢、札幌方面行きとなっています。
イムラ38
そして1番線ホームの外側にはご覧のスペースが。
引き上げ線の撤去された跡だと思われます。
イムラ39
こちらは3番線ホーム。
こちらも単式ホームとなっており、下り線の滝川、旭川方面行きとなります。
イムラ42
ホームにはご覧の勾配標が置かれています。
どうやらホームは北へ登り1‰(パーミル)の様です。
イムラ40
その3番線ホームの北端の旭川方には跨線橋の階段がありますが、
階段の裏手へと回って行くと壁にも
石川啄木の「一握の砂」の中の美唄の出る一節が飾られています。
イムラ41
美唄の出てくる一節を納めた額のアップ。
イムラ43
そしてこちらは跨線橋から見下ろした美唄駅構内の様子です。
1番線と3番線の線路の間にもう1本線路が走っているのが見えます。
これは中線で、上下線で共用する副本線であり、待避線や留置線として使用される線です。
美唄駅に2番線の表示が無いのはこの中線が2番線扱いだからだと思われます。



■モデル車両: JR北海道789系1000番台 スーパーカムイ
イムラ44
789系1000番台の列車は2007年(平成19年)に北海道で投入された特急車両です。

国鉄が民営化された後のJR北海道では
エル特急「ライラック」などで781系電車が運用されていました。

しかし当然の事ながら老朽化が進んで車両の更新が必要となり、
置き換えで投入されたのが789系1000番台となります。
イムラ45
【上写真・JR北海道789系基本番台】
こちらは789系の基本番台(0番台)の列車です。
東北新幹線の八戸延伸を契機に津軽海峡線(青函トンネル)を通過する
北東北から道南、札幌間を繋ぐ特急車両として2002年(平成14年)から製造された列車です。
同じ789系を名乗ることからも分かる通り789系1000番台のベースとなった車両です。
イムラ46
789系基本番台をベースとして
札幌━旭川間をはじめとする道央の電化区間を走るために開発。
2007年(平成19年)10月1日のダイヤ改正より
「エル特急『スーパーカムイ』」として営業運転を開始
しています。

基本番台と見比べると分かりますが、前面の貫通扉が無くなり
変わりに側面に乗務員用扉が追加され、
またスカート(排障器)や灯火類がシャープなデザインに変更されています。

駅メモのでんこである美唄イムラの誕生日が10月1日に設定されていますが
これはスーパーカムイの運用開始日が元ネタと見て間違い無いでしょう。
イムラ47
2017年(平成29年)3月のダイヤ改正以降は
「特急カムイ」として札幌━旭川間を運行するほか
東室蘭━札幌間の「特急すずらん」として運行をしています。

ちなみにヘッドマークの白いラインは大雪山を、
青いラインは石狩川をイメージしているそうです。

イムラ58
こちらは「スーパーカムイ」時代の789系1000番台の写真です。
2017年(平成29年)3月のダイヤ改正で「スーパーカムイ」は廃止され、
「特急カムイ」と「ライラック」に再編されました。

ただ、駅メモリリース時には789系1000番台は「スーパーカムイ」でしたので
こちらの写真の車両こそが美唄イムラの元ネタであるとは言えるでしょう。
イムラ59
「スーパーカムイ」の時のヘッドマークです。
現在の「特急カムイ」のものの元であることが良く分かると思います。

イムラ48
また、「カムイ」は789系なので車体はステンレス製車体の銀色がベース色となっています。
そして車体の窓下側面にはラインが入っています。

まずラインの一番上は萌黄色(    )。
JR北海道のコーポレートカラーであると同時に
ベースとなった789系基本番台の車体の色でもありますので
恐らくこの789系1000番台の出自を示していると思われます。

その下には濃淡(ラベンダー)バイオレット(    )の帯が。
イムラ49
【上写真・JR北海道785系】
北海道を象徴するライラックやラベンダーを連想させるこの色のラインは、
2007年(平成19年)から2017年(平成29年)まで
「特急スーパーカムイ」として789系1000番台と共に共通運用されていた
785系と統一感を持たせたデザイン
となっています。
イムラ50
そしてラインの一番下と、正面の中央には黒が使われていますが、
この黒は完全な漆黒の黒では無く
若干明度が上げられている国鉄制定色の黒(    )の様です。
蒸気機関車などで使われてきた国鉄黒は
北海道の鉄道のイメージを雄大に表現している
のではないでしょうか。


イムラ56
それでは789系1000番台「カムイ」の編成について見ていきたいと思います。
こちらは旭川駅の案内板ですが、カムイの編成は5両編成であることが分かります。

イムラ51
こちらが旭川方の1両目である1号車のクハ789形1000番台です。
ク(制御車)ハ(普通車)であり、細別記号ではTc1(制御車)となります。
イムラ52
客室内の様子です。
普通車自由席の車両となっており、席数は52席です。
イムラ53
1号車後方(札幌方)のデッキには男女共用トイレ、男性用トイレ、
そして多機能化粧室(洗面所)を備えています。

イムラ545
旭川方2両目の2号車のモハ789形1000番台です。
モ(中間電動車)ハ(普通車)で、細別記号M(電動車)です。
イムラ63
2号車の後方の札幌方のデッキにはご覧の自販機があります。
ですがJR北海道が2017年(平成29年)3月のダイヤ改正で飲料の販売を終了した為、
ご覧の用に使用停止となっています。
イムラ54
客室内は1号車同様に普通車自由席であり、
座席は64席となっています。

イムラ57
そして5両編成のちょうど中央部に位置する3号車のサハ788形1000番台です。
サ(付随車)ハ(普通車)と示す通り自らは動力を持たない車両となっています。
イムラ60
細別記号見るとTA(電力供給設備を搭載する付随電源車)となっている通り
屋根の上にはこの編成で唯一のパンタグラフが搭載されています。
イムラ62
取り込まれた電気はこの車両の変圧器で電圧を下げられて、
モーターのある動力車へと送り込まれます。
3号車は前後の2号車と4号車へと電気を送っているので
車両の前後でご覧の様に隣の車両と電線が繋がっています。
イムラ61
こちらも普通車自由席で席数は68席。この編成で一番座席数の多い車両です。
イムラ634
3号車の前側(旭川方)の乗降デッキにはご覧のゴミ箱が設置されています。
ゴミ箱の上のスペースはかつての公衆電話の設置されていたスペースですが、
2009年(平成21年)10月のダイヤ改正時に廃止されて
緑色のカード式公衆電話が撤去されています。

イムラ65
札幌方の2両目の4号車であるモハ789形2000番台です。
2号車と同じくモ(中間電動車)ハ(普通車)ですが
細別記号ではMuとなっています。
Mは電動車の意味ですが、uは「uシート」のuであり、
グリーン車では無いもののグレードアップされた指定席となっています。
イムラ656
客室内の様子です。
指定席車両である車内の座席は丸みを帯びており
普通車の座席とはひと目で違いが分かります。
イムラ67
uシートと銘打つだけにシートピッチも広く
座席に可動式の枕を備えるなど普通車よりもアップグレードされています。
イムラ69
客室内後方(札幌方)に設置されている荷物棚。
スーツケースなどを置く事ができます。
イムラ68
4号車前方の旭川方乗降デッキには車椅子対応の多目的トイレがあります。
イムラ70
そして後方の札幌方の乗降デッキの後ろには車掌室が。
車掌室は車両の外側にも扉が設けられています。

イムラ71
そして札幌方の先頭車両である5号車のクハ789形2000番台です。
1号車と同じくク(制御車)ハ(普通車)であり、細別記号Tc2(制御車)となります。
イムラ72
車内も基本的には1号車と同様の普通車自由席ですが、
旭川方の最前列の座席のみ左右1席づつの車椅子対応席となっており、
その為席数も1号車より2つ少ない50席となっています。
イムラ73
前方の旭川方の乗降デッキにトイレと洗面所があるのも
1号車と同様の作りとなっています。
イムラ75
特急カムイの編成の車両は以上となります。
現在は札幌━旭川間を日に10往復しているそうです。


イムラ76
そしてこちらは苫小牧駅に停車する特急すずらんの車両です。
ご覧のとおりカムイと同じ789系1000番台の車両がそのまま使用されています。
イムラ77
2013年(平成25年)11月からエル特急すずらんとして札幌━東室蘭間を走っており、
特急すずらんとしては2016年(平成28年)3月のダイヤ改正以降となります。
イムラ78
すずらんのヘッドマーク。

【写真撮影・2018年5月(一部2016年10月)】

でんこの元ネタ
■No.69 羽貫ミユ(Hanuki Miyu)
 ■タイプ:トリックスター
 ■誕生日:11月4日

■出身駅: 埼玉新都市交通(ニューシャトル)伊奈線 羽貫駅(埼玉)
ミユ01

羽貫駅は埼玉新都市交通の駅です。

埼玉新都市交通とは愛称をニューシャトルといい、
沿線ではほぼニューシャトルの名前で浸透しています。


元々の事の起こりは1971年(昭和46年)に認可された
東北・上越新幹線の建設計画
となります。
当初荒川以北の埼玉圏内は大宮駅まで地下トンネルによる建設と説明されていました。

しかし調査の結果地盤の弱さなどから地下化が困難と判明。
埼玉県南部の区間の高架による建設計画が公表されます。

これに対して騒音などの懸念から沿線では新幹線建設反対の住民運動が起こり、
デモやピケなどが行われて工事を進める事が困難となります。

これに対して提示された条件が、後のJR埼京線となる「通勤新線の建設」ですが、
他にも「大宮駅全列車停車」「速度制限」などと併せて提示されたのが
「大宮━伊奈間の新交通システム導入」という条件でした。
これが現在のニューシャトルとなります。
会社としてはJR東日本と埼玉県が35%づつ出資しているのをはじめ
沿線市町村などが出資をしている第三セクターの路線となります。


1982年(昭和57年)に東北新幹線、上越新幹線が相次ぎ開業。
現在は記憶に薄いと思いますが開業当時は新幹線の起点は大宮駅でした。

そして1983年(昭和58年)に大宮駅━羽貫駅間に新都市交通が開業
これが現在のニューシャトルの開業となります。
ミユ02
こちらは県道87号上尾久喜線です。
写真の高架線は上越新幹線のものとなります。
ミユ20
高架をくぐるとご覧の駅への案内が。
ミユ03
上越新幹線の高架と県道87号線の交点の西側に
ニューシャトルの軌道が走っており、
南側に駅とロータリーが設けられています。
ミユ04
こちらが西側の駅前ロータリー。
ミユ05
羽貫駅の駅の西側の外観となります。
上越新幹線の高架の西側にニューシャトルの軌道が併設されており、
駅の施設は基本的に高架下にまとめられています。

開業日は1983年(昭和58年)12月22日 で、
これは埼玉新都市交通伊奈線の開業日でもあります。
土地収用の難航から、開業当初から7年間はこの羽貫駅が終点でした。
ミユ08
こちらは東側の駅の外観です。
丸山駅以北のニューシャトルは単線となっていて
上越新幹線の西側にのみ軌道が設けられています。
ですので東側は軌道とは反対側なので
どの駅も外観的に駅の裏側といった感があります。
ミユ09
東の高架下には自販機が並び、
その前にはテナントのラーメン屋が。
ミユ10
このラーメン屋は2016年(平成28年)より
こちらの羽貫駅へ移ってオープンしています。
新幹線の高架下で駐車場などを管理している埼玉新都市交通(ニューシャトル)ですが
駅にテナントが入っているのはこの羽貫駅くらいです。
ミユ11
東側にもこじんまりとしたロータリーと
歩道を広めにした駅前広場がありベンチも置かれています。
こちら側のロータリーが整備されたのは2009年(平成21年)頃のことです。
ミユ06
高架下を東西にくぐる通路。
ニューシャトルの駅は基本的に同じ構造で、
東西の駅前を高架下の連絡通路が繋ぎ途中に改札を設けています。
ミユ14
通路に置かれた駅のある伊奈町の案内図。
ミユ07
こちらが改札付近の様子です。
ニューシャトルの駅は有人窓口を兼ねた駅売店が改札に設けられており
嘱託駅員がパートの交代制で有人改札業務と駅売店業務を行っています。
Suica対応のために改札にはご覧の通り簡易改札機が設置されています。
ミユ12
改札内に入るとすぐにホームへと上がる階段が。
ミユ13
階段前で分岐した通路を見ると
バリアフリーの為に作られたエレベーターへの通路が延びています。
高架下で限られたスペースで作っている為、
ニューシャトルの駅のエレベーターの通路は各駅とも
連絡通路が長い傾向があります。
ミユ15
こちらがホームの様子です。
島式ホーム1面2線となっています。
ミユ16
地上の改札へと降りる階段はホームの北端にのみあります。
日本の鉄道は通常は左側通行となっていますが
このニューシャトルは右側通行となっています。
ミユ18
ですので新幹線の線路に近い東側のこちらが
内宿方面行きの下り1番線ホームに。
ミユ19
反対側の西側の番線が大宮方面行き上り2番線ホームとなっています。

ミユ21
こちらは駅の外へと戻り
西側から見たホーム付近の駅の外観です。
ミユ22
高架沿いの南側を見ると
ニューシャトルの駅施設の南端が見えます。
ミユ23
軌道や駅の施設が新幹線の橋脚と一体となって
作られているのがよく分かります。

ミユ24
駅の北側の県道87号上尾久喜線へと戻って
東に進むと700mほどで伊奈学園前交差点へと差掛かります。
ミユ25
こちらが伊奈学園前の信号で、
一角には埼玉県立伊奈学園総合高校のキャンパスが広がっています。
ミユ26
こちらが伊奈学園総合高校の校舎です。
通常の高校のおよそ3倍の規模の学生数を持つ高校であり、
「新交通システム関連地域環境整序計画」に含まれ計画されるなど
伊奈地区の都市計画の一端としてできた学校
でもあります。
ミユ27
人の集まる巨大なキャンパスは
一面の畑しかなかったこの地域の街づくりの目玉の一つでもあり、
区画整備された畑だった一帯には「学園」の地名が与えられています。

1984年(昭和59年)に高校が開校すると
ダイヤ改正が行われるなどニューシャトルとは関連性が深い高校でもあります。
ミユ28
ニューシャトルとの関連性が深い証拠に
この地区の県道のマンホールはご覧の通りニューシャトルの図案です。


ミユ29
そしてこちらは羽貫駅前から北へ県道を跨いだ
ニューシャトルの軌道下の公道です。
ミユ30
道路脇の鉄道境界杭はフェンス際に置かれていますが、
ニューシャトルの軌道は明らかに境界を越えて公道の上を走っています。

1983年(昭和58年)に羽貫駅が開業してから、
1.1km先の終点である内宿駅まで開通したのが1990年(平成2年)と
実にこの区間の建設には7年の歳月を費やしています。
道路の上をニューシャトルが走っているのは
鉄道用地ではなく公道の空中に軌道を通すという方法で
工期を短縮した名残りでもあります。
ミユ31
駅から300mほど北上すると側道は町道に突き当たります。
ミユ32
この町道と高架の交点のすぐ北のこの場所こそが
羽貫駅━内宿駅間の開通を遅らせた原因の場所となります。
ミユ33
この場所のニューシャトルの軌道下にある小屋は
通称「団結小屋」と言って、この土地の地権者が土地や空中権の収用を拒否し
居住権を主張して立て籠もった跡となります。
ミユ34
成田空港で活動した活動家がここの地権者を支援と称して反対運動に参加。
空港闘争と同じ状況となった為に1990年(平成2年)2月に
土地収用法による強制代執行が行われました。
上に何も無いこの場所にシェルターが設置されているのは
空中権を強制収用した事を示す為です。

ニューシャトルの負の歴史の跡ですが、
開業以来の長い期間、羽貫駅が暫定的な終点であった原因の史跡でもあります。



■モデル車両: 埼玉新都市交通2020系電車21編成
ミユ35
埼玉新都市交通2020系電車は大宮駅と内宿駅の間を走る
案内軌条式鉄道(AGT)用の車両です。

ニューシャトルが開業した1983年(昭和58年)以来走っていた
1010系の電車3編成を置き換える為に導入された車両であり、
緑色の2020系21編成は2015年(平成27年)11月4日に営業運転を開始しています。

駅メモのでんこである羽貫ミユの誕生日が11月4日に設定されていますが
これはこの2020系21編成が走り始めた日付が元であるのは間違い無いでしょう。

車体はアルミ製の銀色で、2020系21編成では前面の塗装やサイドのラインなどに
ニューシャトルのコーポレートカラーでもあるグリーンクリスタル(    )が用いられています。

ミユ356
まずこちらが先頭車両の2121
ニューシャトルの車両は全てが電動車となっていますので
この車両もモーターを搭載しています。
ミユ37
先頭車両ですので車端部には運転台が。
終点のうち内宿駅はそのまま折り返し運転となりますが
大宮駅はループ状となっている為、
全線を往復して内宿駅を発車する度に先頭車両が入れ替わります
ミユ38
運転台のすぐ後ろはご覧の優先席が。
ミユ39
優先席の向かいには座席の無い車椅子スペースが設けられています。
2020系で優先座席があるのは両端の1号車と6号車のみとなります。
ミユ41
車両の中央部にある乗降のドアです。
ニューシャトルはその車両の大きさからドアは両側とも中央の1箇所だけであり、
2020系では外吊り式ワイドドアとなっています。
ミユ40
こちらは通常座席部分の光景です。
ミユ42
車両後部の連結部の様子です。


ミユ43
こちらは先頭から二両目の2221です。
いわゆる中間車となりますが2020系では中間車にもモーターが搭載されています。
ミユ44
車内の様子です。
中間車ではドアの両側全ての座席が一般席となっています。
ミユ45
6両編成の2020系では2号車から5号車までが中間車ですが
基本的に作りや内装は同じ
です。


ミユ46
また駅メモのでんこ、羽貫ミユの持っているカメラのデザイン
本体もストラップもピンク色が使われています。
これはこちらの2020系23編成がモチーフとなっていると思われます。

23編成では車体色としてピュアルビー(    )が使われています。

ミユ467
そしてこちらは2020系22編成。
羽貫ミユのコスチュームの胸元のリボンタイの色がオレンジ色をしています。
この編成の車体の塗装はブライトアンバー(    )ですので
ネクタイの色のモチーフはこの編成だと思われます。


ミユ48
そして羽貫ミユの腰から出ている車輪つきのアームのモチーフはこちらかと。
ニューシャトルの車両はAGT(Automated Guideway Transit)、
案内軌条式鉄道という車両となります。
ざっくりと言えば小型車両が専用軌道の案内軌条に従って
ゴムタイヤで走行する鉄道
ということです。
ミユ49
こちらがニューシャトルの走る軌道で、
矢印で示したのが案内軌条です。
このガイドレールに導かれてニューシャトルは走行しています。

ミユ50
また羽貫ミユの耳についているイヤーガードはゴムタイヤの形となっています。
上の写真は鉄道博物館駅の構内改札前に展示されている
ニューシャトルのタイヤですが、
比べれば分かる通りイヤーガードと同じ形をしています。

ミユ51
案内軌条やタイヤについては通常の営業走行時には見えないので分かりづらいですが、
車両基地でのこちらの写真を見ると分かりやすいと思います。

【写真撮影:2018年7月】

↑このページのトップヘ