2019年03月

でんこの元ネタ
■No.22 巽レン(Tatsumi Ren)
 ■タイプ:アタッカー
 ■誕生日:4月16日

■出身駅: 大阪市交通局(現・Osaka Metro) 千日前線 南巽駅(大阪府)
レン01

南巽駅のある千日前線は、元々は大阪市交通局時代の
1969年(昭和44年)4月16日に
5号線として野田阪神駅━桜川駅間が開業
したのが始まりです。
その後計画に沿って徐々に延伸していき、
1970年(昭和45年)の桜川駅━谷町九丁目駅間の開通によって
野田阪神駅━新深江駅間の10.1kmが千日前線となりました。

駅メモのでんこ「巽レン」の誕生日が4月16日に設定されているのは
5号線(千日前線)開業日が元
と見て間違い無いと思われます。

そして11年後の1981年(昭和56年)12月に新深江駅━南巽駅間の3.0kmが延伸開業。
これによって南巽駅も千日前線の終着駅として開業しました。

レン02
こちらは国道479号線の大阪内環状線の生野区巽中付近です。
1993年(平成5年)に国道へと昇格するまではこの道路は府道1号大阪内環状線でした。
レン03
その国道の東側、デイリーヤマザキ南巽駅前店と路地を挟んだ向かい隣に
こちらの南巽駅の1番出入口があります。
レン05
一方、1番出入口から国道を挟んだ反対の西側を見ると
こちらにも地上出入口があるのが分かります。
レン06
こちらが地上2番出入口となります。
レン07
1番、2番の地上出入口から国道を南へ100mほど下ると
こちらの南巽駅前交差点があります。
レン08
その南巽駅前交差点の南西角にあるのが
こちらの地上3番出入口です。
南巽駅にある地上出入口は1~3番の3つで全てとなります。
レン15
こちらは地上出入口から地下へと下った改札前付近の光景です。
国道の真下を南北に通路が通っており、その途中に改札が設けられています。
レン16
駅構内側から見た改札。
レン17
改札内の通路です。
ホーム階へは更にここから階段で下ります。
レン20
階段の途上から見たホームです。
レン18
ホームの様子です。
島式ホーム1面2線となっています。
レン19
ホームドアは2014年(平成26年)に設置されています。

レン09
そして3番出口のある南巽駅前交差点からさらに南へ110mほど下ると
ご覧の横断歩道があり、東側には「巽神社参詣道」の看板が立っています。
レン10
参詣道の道路を東へと進むとすぐに鳥居が見えてきます。
レン11
こちらが巽神社です。
1907年(明治40年)に巽村の八幡神社を主体に村内5社を合祀し巽神社となっています。
主体の八幡神社は平安時代の和名類聚抄という辞書に「河内国渋川郡五邑の氏神」とあり
1000年以上の歴史がある社のようです。
レン12
境内の様子です。神社の名前の元となった
巽の地名は大阪城からみて辰巳(南東)の方角に位置するため
についたそうです。
レン13
境内に置かれた神社の由緒を記した由緒記です。
レン14
そしてこちらは巽神社の一の鳥居です。
国道から巽神社までは東に70mほどですが、
一の鳥居は国道の西側30mほどの場所にあります。
かつてはこの一の鳥居から神社の参道だったそうですが、
現在では参道が分断され国道が横切る形となっています。

レン21
こちらは府道159号平野守口線の巽小学校付近の光景です。
この道路は府道には指定されているものの、実質的には住宅地の生活道路です。
南巽駅からは北西に250mほどに位置します。
レン22
こちらは道路の脇にある「田村亦三顕彰之碑」です。
巽村発足に際して名前を決めて役場を立ち上げた人物だそうです。
レン23
その顕彰碑のある児童公園です。
レン24
公園には史跡の由緒を案内する看板が立っていました。
この場所にかつての巽村の役場があったそうです。
レン25
看板をアップで。


ところで2018年(平成30年)の11月1日から12月31日まで行われた
駅メモのイベント「でんこと全国各地の駅におでかけしよう」では
実質的にでんこの名前の由来駅がイベントチェックポイントとなっていました。

そして巽レンのチェックポイントは北巽駅か南巽駅のどちらかとなっていました
つまりこのでんこの名前由来駅は「北巽駅と南巽駅の両方」であると
事実上公式にアナウンスされたに等しい
ということになります。
レン29
こちらの地図は南巽駅のコンコースにある、駅周辺の史跡の案内図ですが、
北巽駅と南巽駅のそもそもの名前の由来である巽村の中心部は南巽駅周辺であり、
実際に巽神社や巽村役場跡なども南巽駅周辺にあります。

ですので個人的には「巽レンの実家駅は南巽駅」だと思うのですが、
オフィシャルが北巽駅と南巽駅を並列に扱っている以上は
両方の駅を由来駅として扱うべき
でしょう。


というわけで、以下では北巽駅についても紹介したいと思います。
この駅も1981年(昭和56年)12月の南深江駅━南巽駅間の延伸で設置された駅ですので
南巽駅と開業日時は同一となります。
レン26
こちらは国道479号線(内環状線)と府道173号大阪八尾線の交差する
北巽駅前交差点の信号です。
南巽駅からは北へ1.1kmほどの距離の場所にあたります。
この交差点が北巽駅の北端の真上にあたる場所であり、
それぞれの角には駅の地上出入口が設けられています。
レン27
東側の角にある2番出入口です。
レン28
南の角の3番出入口。
レン30
そして西の角にある4番出入口となります。
レン31
こちらは北巽駅前交差点の北側の角にある銀行の、
その隣にある大阪シティバス(旧・大阪市営バス)の北巽バスターミナルです。
バスと地下鉄は元々ともに大阪市交通局の事業でしたので、
バスターミナルの建物に地下鉄の北巽駅の1番出入口が併設されています。
レン32
こちらがそのバスターミナル内の1番出入口です。
1~4番までの出入口は、同じ地下コンコースの北側へと通じています。

レン34
一方でこちらは北巽駅前交差点から内環状線を南へ100mほど下った付近の光景です。
ちょうど駅のホームの南端の真上に位置するこちらに
駅の5番地上出入口が設置されています。
北巽駅の地上出入口は5箇所で、南側はこの5番出入口のみとなります。
レン33
改札や券売機のある地下コンコースの様子です。
ちょうどホームの真上に概ね同じ長さで通路が設置されています。
レン35
改札内の通路の様子です。
レン36
ホームの様子です。
島式ホーム1面2線となっており、1番線が下りの南巽方面行き、
2番線が上りの野田阪神方面行きとなっています。
レン37
ホームは8両分の有効長があるものの
千日前線が4両編成で運行している為、
列車の停車しない部分には柵が設置されています。



■モデル車両: 大阪市交通局(現・Osaka Metro) 25系
レン04

大阪市営地下鉄では1984年(昭和59年)より通勤形電車として
アルミ合金製の20系を導入しました。

この20系をベースとして、車体をアルミ合金からステンレスへと変えて
1990年(平成2年)より開発導入されたのが新20系と呼ばれる車両群で、
21系(御堂筋線)、22系(谷町線)、23系(四つ橋線)、24系(中央線)、
そして25系(千日前線)の5種類の列車が運行しており、
Osaka Metroとなった現在の標準型車両となっています。


レン38
南巽方の先頭車両である1号車の2600形です。
千日前線では25600番台の列車番号が振り分けられています。
レン45
列車細別記号はTec1となり、空気圧縮機や補助電源装置などの補機を搭載している
制御車(運転台を持つ車両)です。
レン46
千日前線は第三軌条方式となっており、
電気はレール横の専用軌条から集電靴で取っていますので
屋根の上にパンタグラフは載っていません。
レン43
車両前面の左上と端部側面には新20系になって採用された、
ご覧のVVVFインバーター装置搭載を示すロゴがあります。
レン44
車内はご覧の様にロングシートとなっています。


レン39
南巽方の二両目である2号車の2100形です。
千日前線では25100番台となっています。
列車細分記号はMb1で、片方の台車に集電装置を装備する電動車となります。


レン40
こちらは野田阪神方の二両目である3号車の2300形です。
細分記号はMb2で、二両目と同じく片方の台車にのみ集電装置がある電動車です。
25系の2300形なので25300番台の数字が割り振られています。


レン41
そして野田阪神方の先頭車両である2900形です。
列車細分記号はTec2で、補機を搭載する制御車(運転台のある車両)です。
25900番台が各列車へと割り振られています。
レン42
他の車両でもそうですが元々新20系の車両の車体には
大阪市営地下鉄のマークである「マルコ」マークが描かれていました。
マルコマークは大阪市のO(オー)と高速鉄道のコを組み合わせて作られました。

しかし2018年(平成30年)に地下鉄が民営化されOsaka Metroとなり、
社章も立体的な螺旋状のM(メトロの頭文字)のマークとなったことから
マルコマークの上にOsaka Metroのマークのステッカーが貼られています

島原鉄道c51
島原鉄道の続きについてです。


その1(諫早駅━愛野駅)はこちら
その2(愛野駅━多比良町駅)はこちら



多比良町駅を出た島原鉄道は引き続き有明海の海岸線と
島原街道(国道251号線)とを並走して南下します。
雲仙市を抜けて列車が島原市に入り、湯江川を渡るとまもなく次の駅となります。
島原鉄道b17
こちらは島原鉄道の踏切で、多比良町駅から島原街道(国道251号線)を
2.4kmほど進んだ地点から、南に150mほど入った場所に設けられています。
島原鉄道b18
踏切から島原街道の方向を望んだ光景。
島原鉄道b19
その踏切の北側に、線路に沿って西へと伸びる道があります。
島原鉄道b20
踏切沿いの道を80mほど進むと駅が見えてきます。
島原鉄道b21
こちらが島鉄湯江駅の駅舎の外観です。
1919年(大正8年)に、当時既に開通していた路線に新たに設置された駅です。
開業当初は湯江駅という名前でしたが、諫早湾の反対側に鉄道省(当時)が湯江駅を開業した為、
1934年(昭和9年)に現在の島鉄湯江駅へと改名されています。
島原鉄道b22
生活道路に面した駅前広場はご覧の通りで
こじんまりとした駐車場といった雰囲気で駐輪場が併設されています。
島原鉄道b23
駅舎の入口を入ると、かつては有人駅だったため
シャッターの閉められた出札窓口があります。
中には開放された待合スペースが設けられています。
島原鉄道b26
待合所に掲示された駅周辺の案内地図です。
島原鉄道b24
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となります。
島原鉄道b25
ホームの正面には畑が一面に広がり、その周辺には住宅が並んでいます。
島原鉄道b27
駅前の広場から、道路を挟んだ向かい側にあるこちらの建物は
有玉温泉マルマサという天然温泉の施設です。
用水の掘削の為ボーリングをしたら出た温泉を
近隣へと開放したという温泉なのですが、
入口前の駐車場にはロープが張られており営業をしている様子はありませんでした。

この島鉄湯江駅の北側一帯には、
「海のものならマルマサ」のCMで長崎の方にはおなじみの
マルマサという水産加工の会社の施設があります。

【上動画:マルマサCMソング】
有玉温泉はこのマルマサの直営の温泉施設でした。
しかし2007年(平成19年)に起きた渋谷の温泉施設の爆発事故によって
一定量以上のメタンガスを含む温泉については法規制が規制が強化された結果、
新温泉法の煽りを受けて2009年(平成21年)には営業を終了し閉鎖されました。



島原鉄道b28
やや内陸側へと入った島鉄湯江駅から、
海岸線と島原街道(国道251線)に沿って東へと2.3km進むと次の駅があります。
こちらは駅付近の島原街道の様子です。
島原鉄道b29
駅前の信号の前にある酒屋さんです。
簡易郵便局の業務も受託しているらしく、
酒屋と郵便局が同じ建物に併設されていました。
島原鉄道b30
そしてその酒屋の、国道を挟んだ正面の向かいに
ご覧の駅へと通じる道があります。
島原鉄道b31
こちらが大三東駅の駅舎の外観です。
1913年(大正2年)の路線延伸によって出来た駅で、
さらに延伸されるまでの4ヶ月間のみですが終着駅だった駅です。
島原鉄道b32
駅舎の内側の様子です。
元々は有人駅でしたが、無人化された後の1983年(昭和58年)に
現在の駅舎へと改築されたものです。
他の駅の駅舎の様に駅務のスペースなどは無く、
待合スペースのみとなっており実質的には上屋と言える
こじんまりとしたものとなっています。
島原鉄道b33
こちらが駅舎のある諫早方面行きの上り線ホームとなります。
駅は相対式ホーム2面2線となっています。
島原鉄道b34
ご覧の通り列車交換が可能となっています。
島原鉄道b35
駅舎正面に設けられた構内踏切です。
相対式のホーム同士を連絡しています。
島原鉄道b36
こちらが下り線の島原方面行きホームです。
ホームのすぐ後ろに有明海の海岸があるのが分かると思います。
待合の上屋がホーム上に設置されています。
島原鉄道b37
「日本で一番海に近い駅」と自称するだけあって
海の見える写真栄えする駅としてその道のファンには有名な駅となっています。
島原鉄道b38
有明海に昇る朝日を下り線ホームから。
島原鉄道b39
そしてこちらは駅舎の壁に掲示された「幸せの黄色いハンカチ」の掲示です。
島原鉄道b40
実際に下り線ホームに掲げられている黄色いハンカチです。
2015年(平成26年)から町おこしプロジェクトとして行われているもので、
願い事の書かれたハンカチは一定期間掲げられた後に神社に奉納されるのだそうです。
島原鉄道b41
この駅は「海の見える駅」としてもかなりの絶景の駅ですが、
黄色い島原鉄道の列車が来ると、青と黄色の補色のコントラスト
より一層景色が映える駅でもあります。



島原鉄道b42
こちらは国道251号線から東に150mほどを並走している住宅地内の道路です。
センターラインも無い住宅地の道ですが、実はこの道は島原街道の旧道です。
大三東駅からは1kmほど南の写真の付近に次の駅があります。
島原鉄道b43
切り返して南側からみた旧街道の駅前付近。
街道沿いは民家も大きめで、かつては商店や旅館も並んでいたそうです。
駅前の前後の180mほどは県道208号礫石原松尾停車場線という県道に指定されています。
島原鉄道b44
旧街道に面した駅前広場です。
付近の住宅の一区画分ほどの土地が舗装されて駅前広場となっています。
島原鉄道b45
こちらが松尾町駅の外観です。
駅舎は無くホーム上に屋根つきの上屋がある駅です。

既にこの付近の路線は1913年(大正2年)に開業していましたが、
小原川の河口に作られた松尾漁港が北に100mほどにあるなど
この付近は物流の盛んな地域でした。
そこで近隣住民の請願により1931年(昭和6年)に新しく駅が開設されました。
島原鉄道b46
駅前の旧街道から100mほど東はご覧の通り有明海の海岸となっており、
中央に見える防波堤の向こう側が河口の松尾漁港となります。
島原鉄道b47
駅の中のホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
島原鉄道b49
ホームの上屋はご覧の通りで、
ベンチの置かれた待合スペースの他に
屋根続きで駐輪場もホーム上に設置されていました。
島原鉄道b54
上屋の壁にある駅周辺の案内地図です。
島原鉄道b50
そして上屋には待合室と駐輪場の間に
ホームと駅前広場を連絡する通路が設けられており、
乗客と自転車はこちらから出入りをします。
島原鉄道b51
駅前の旧街道に戻り、50mほど南下すると
踏切方面へと通じるT字路があります。
ご覧の通りどう見ても住宅地の生活道路ですが、
駅前から曲がって国道に至るまでの道は県道指定がされています。
島原鉄道b52
島原鉄道の県道208号線の踏切です。
島原鉄道b53
踏切から北を見ると松尾町駅のホームが見えます。
線路脇の民家の敷地の境界がけもの道のようになっており
ホームまで直接向かうことが可能となっています。
島原鉄道b48
そしてホームから線路の反対側を見ると、
ホーム状の空き地が広がっています。
これはかつての貨物ヤードの跡で、
1964年(昭和39年)に撤去されるまでは雑草の生えている線路脇に
もう一線の線路があり列車交換も可能でした。



島原鉄道b55
引き続き海岸沿いに島原街道(国道251号線)を南下し2.3kmほど進むと
ご覧のローソン島原大手原町店が国道の東側にあります。
島原鉄道b56
このコンビニの駐車場から東の裏手を見ると
駅のホームがあり線路が走っているのを見ることができます。
島原鉄道b57
コンビニ前の国道沿いにある島鉄バスの三会駅前停留場。
島原鉄道b58
国道をコンビニ前から南へと50mほど進むと
陸橋のある島原新港交差点の信号となります。
島原鉄道b59
交差点の角のガソリンスタンドに沿って
ヘアピンカーブを描いて脇道を北へと入るとすぐに島原鉄道の踏切があります。
島原鉄道b60
踏切のすぐ南側にはポイントがあり、
北側を見ると列車交換のできる島式ホームが見えます。
脇には37と1/2の距離標が。
島原鉄道b61
踏切を渡るとすぐ目の前に駅の駐車場と待合所が見えます。
島原鉄道b70
駅前の道には「三会往還」の標識が。
島原鉄道b62
三会駅の駅入口の待合室です。
駅舎は無く、他の駅のホーム上の上屋と同じ形の待合所が
入口に設置されて駅舎代わりとなっています。
1913年(大正2年)の路線延伸時に設置された駅で
かつては有人駅で駅舎もあった様ですが、
1986年(昭和61年)に現在の待合室のみの駅となっています。
島原鉄道b69
待合の壁にある駅周辺の案内図。
島原鉄道b63
待合室の前には駅ホームへと連絡する通路の入口となるフェンスの切れ目があり、
構内踏切を渡ったのちに線路の間をホームまで通路が連絡しています。
島原鉄道b64
ホームまでの連絡通路の様子です。
島原鉄道b65
通路からホームへと上がるスロープ。
島原鉄道b66
ホームの様子です。
島式ホーム1面2線となっており、列車交換が可能な駅です。
ご覧の通りホームの幅は広くはありません。
島原鉄道b67
ホーム北端から駅全体を見渡すと、
コンビニの裏手に駅がある事が良く分かります。
島原鉄道b68
構造物が無いホームには上り用と下り用にベンチが2脚置かれているのみです。



島原鉄道b71
三会駅から島原街道を3km南下すると
次の駅の駅前となります。
島原鉄道b72
国道に面して駅前のロータリーがあり、
その目の前に駅舎が建っています。
島原鉄道b73
こちらが島原駅の駅舎の外観となります。
1913年(大正2年)の路線延伸によって設置された駅で、
終着駅でこそありませんが、島原市の中心駅であり、
島原鉄道自体の中心駅でもある駅です。

駅舎は1989年(平成元年)に改築されたもので、
島原城の大手門をモチーフとして作られています。
島原鉄道b74
実際に駅舎正面の駅前通りから300mほど先には
島原城の天守閣が建っており、さながら本物の大手門のようにも見えます。
島原鉄道b75
駅前ロータリーには、世界遺産に指定された「潜伏キリシタン」の
きっかけの地と書かれた看板が。
島原鉄道b79
駅舎前は車寄せとなっており、
島原駅前のバス停留場も置かれています。
島原鉄道b76
そしてロータリーの北側には駅の駐車場が。
島原鉄道b77
広めの駐車場には送迎用の一時駐車スペースと
月極のスペースとに分けられています。
島原鉄道b96
こちらは駅舎の南側の隣にある駐輪場です。
駅舎に合わせた門と壁が作られており、
駐輪場の上屋も瓦屋根の木造です。
島原鉄道b97
そして駐輪場の脇には島原鉄道の終点へと向かう単線が。
島原鉄道b78
駅舎の入口へと戻ります。
入口の上には味のある駅名標が。
島原鉄道b81
その目前には「島原の子守唄」の像が置かれています。
1958年(昭和33年)に島倉千代子の歌でヒットした島原の子守唄は
貧しさから南方へと売られた「からゆきさん」を歌ったこの地方の民謡が元ですが、
この歌を作曲家の古関裕而氏へと伝えて世に送り出した
宮崎耿平氏は島原鉄道の重役でした。
島原鉄道b82
島原鉄道の列車の車体に描かれているこちらのキャラクターも
「島原の子守唄」をモチーフとした子守娘が描かれています。
島原鉄道b80
駅舎の中の様子です。
島原鉄道の中心駅ということもあり、待合室も券売窓口も広く、
売店や旅行センターも別室で設けられています。
島原鉄道b83
待合室の傍らの改札前にある「駅長室」です。
2016年(平成28年)に島原鉄道では初めての動物駅長として、
「幸せの黄色い列車王国イメージキャラクター 兼 島原駅特別駅長」に
鯉のさっちゃんが任命されてこちらに水槽が置かれました。
島原鉄道b84
こちらが改札で、ラッチは木製となっています。
島原鉄道b87
ホーム側から見た改札付近です。
島原鉄道b88
改札脇のホーム上には鯉の泳ぐ池が。
島原鉄道b85
こちらが1番線ホームです。
相対式ホーム2面2線の駅となっており、
駅舎のある1番線は上りの諫早方面行きとなっています。
島原鉄道b86
造りはシンプルな相対式のホームですが
ホームの幅は非常に広く、ゆったりとした印象です。
島原鉄道b89
二つのホームを連絡している構内踏み切りです。
ホームの南端の改札前にあり、警報機と遮断機があります。
島原鉄道b90
下り線の島原外港方面行きの2番線ホームです。
島原鉄道b91
ホームの北側の端にはご覧の旧タイプの駅名標があります。
島原鉄道b92
北側ホーム先端の先には保線の倉庫やヤードが見え、
保線車両の引き上げ線もあります。
島原鉄道b93
下り線ホームも幅は広く、
上屋の屋根の間から城を模した駅舎が良く見えます。
島原鉄道b94
構内踏切の手前付近には島鉄の案内看板がいくつか掲示されています。
島原鉄道b95
その中の一つ、島鉄の1号機関車の案内です。



島原鉄道b98
島原駅から、並走している島原街道(国道251号線)を南へと1kmほど下ると
こちらの霊丘公園交差点の信号があります。
島原鉄道c05
交差点の目の前にあるコンビニ。
島原鉄道b99
国道を切り返して見ると、T字路の交差点となっているのが分かりますが、
この交差点の角に島原鉄道の本社があります。
島原鉄道c01
こちらが島原鉄道本社の建物となります。
島原鉄道c13
本社の建物には、棟続きで携帯ショップが同じ敷地にあり、
駐車場が共有となっています。
島原鉄道c02
本社前の交差点から東へと60mほど進むと
島原鉄道の踏切があり、その脇に次の駅があります。
島原鉄道c03
こちらが島鉄本社前駅の駅入口です。
線路脇に道路幅ほどの駅敷地があり、その奥に駅舎があります。
島原鉄道c04
踏切の反対側から見た駅の全景です。
単式ホーム1面1線の棒線駅であることが分かります。
駅舎はホーム上に上屋を兼ねた形となっています。
島原鉄道c06
敷地の中へと進むとすぐに駅舎とホームへの入口が。
売店を兼ねた券売窓口がありますが、
2008年(平成20年)に駅は無人化された為現在は閉まっています。
島原鉄道c07
駅敷地にある島鉄バスターミナルへの案内図。
駅からは100mほどの島鉄本社近くにターミナルはあります。
島原鉄道c08
こちらはホーム北端付近の光景です。
駅舎からの入口があり、ホームの端には
何も書かれていない白い看板が立っています。
島原鉄道c09
実はこの白い看板は駅名標なのですが、
駅の外側に向けて立っている為、ホーム側からは白い裏しか見えていないのです。
その為この駅には、ホーム上には柱の細長い駅名標しかありません。
島原鉄道c10
ホーム上の様子です。
島原鉄道c11
駅の目の前の踏切から、駅の反対側へと渡ると
ガソリンスタンドがあり、その向かいは宝酒造の島原工場となっています。
島原鉄道c12
工場正門前から切り返すと駅は目の前にあるのが分かります。



島原鉄道c14
こちらは島鉄本社前から800mほど島原街道を南下した
広馬場町の交差点です。
島原鉄道c15
この広馬場町の交差点は県道134号島原湊停車場線という県道の起点であり
東へと伸びるご覧の道路が県道指定されています。
島原鉄道c16
県道を進むとすぐに右手に溜池のような水場が現れます。
島原鉄道c18
これはかつての島原湊の一角であり、
1864年に坂本竜馬が勝海舟と共に九州を横断した際に
長崎への途上で船から上陸した場所なのだそうです。
島原鉄道c17
さらに県道を進むと、島原街道からは200mほどで駅へと到着します。
島原鉄道c19
こちらが南島原駅の駅舎の外観です。
1913年(大正2年)に島原鉄道の延伸によって終点の湊新地駅として開業しました。
5年後の1918年(大正7年)には島原湊駅に改名。
1922年(大正11年)に口之津鉄道の開業によって連絡駅となりました。
その後1943年(昭和18年)に口之津鉄道が島原鉄道に合併したことで途中駅となり、
1960年(昭和35年)に現在の南島原駅へと改名されています。
島原鉄道c20
こちらが駅舎の中の様子です。
開業以来100年を経て老朽化した駅舎を2015年(平成27年)に改築。
こじんまりとした待合室には長椅子が置かれ、
駅員の常駐する券売窓口があります。
島原鉄道c21
改札は列車別改札が採られている様で、
通常時にはチェーンが掛けられていました。
島原鉄道c22
ホーム側から見た改札口付近です。
島原鉄道c23
駅舎のある1番線ホームの様子です。
この駅は単式1面1線と島式1面2線の計3線のホームがあります。
1番線は上りの諫早方面行きのホームとなります。
島原鉄道c24
そしてこの駅で列車交換を行わない場合には
下りの島原外港行きの列車も1番線へと入線しています。
ですのでこの1番線がこの駅のメインのホームとなります。
島原鉄道c25
駅の南側にある構内踏切です。
単式ホームと島式ホームとを連絡しています。
島原鉄道c26
こちらが島式の2、3番線ホームです。
駅舎に近い方が2番線、反対側が3番線となります。
ちなみにこの島式ホームには駅名標がありません
島原鉄道c27
2番線が下り線の島原外港方面行きホーム、
3番線はこの駅の始発列車が使用するホームですが
使用頻度は低く普段は列車の留置に使われています。
島原鉄道c28
そしてホームの東側には島原鉄道の車両基地があり、
検修庫や複数の引き上げ線があります。
島原鉄道c29
こちらは本線脇の引き上げ線に留置されている
島原鉄道の救援車を車窓から。
「救援車」と書かれているのがハワム80001、車掌車がヨ8001です。
両方の車両ともJRから譲渡されたもので、車籍は無く工事用車両として使われています。
ヨ8001は1993年(平成5年)に譲渡されたもので、
ハワム80001の方は譲渡時期が不明ですが同時期とされています。



島原鉄道c30
広馬場町交差点から800mほど南に下るとこちらの島原外港交差点となります。
写真の左右方向の道が島原街道で、奥側が東となります。
島原鉄道c31
交差点の東側は島原外港ターミナルの敷地となっており、
敷地内には駐車場を囲んで大きなロータリー状に道路が作られています。
島原鉄道c32
ターミナル内へと進むと最初に見えるのがこちらの
フェリー乗船の車両の搭乗ゲートです。
島原鉄道c33
そのゲート前の左手にあるのがご覧の、島原温泉泉源公園の足湯です。
島原市は「温泉集中管理方式」を採っており、島原温泉の二つの泉源から
市内のホテルや施設などへ一括して温泉供給を行っています。
そしてこちらの足湯は港の一角に作られた公共の無料の足湯です。
島原鉄道c34
敷地の南に置かれた島原外港フェレーターミナルの建物です。
熊本港へ2社、福岡の三池港へ1社が運行するフェリーの乗客が利用しています。
島原鉄道c35
ターミナルの敷地から島原街道の交差点へと戻ると
港と反対側の西に、中央分離帯に椰子の木が植えられた道が伸びています。
こちらが駅への道となります。
島原鉄道c36
島原外港交差点から70mほど西へと進むと信号のある交差点があり、
その信号を越えて更に70mほど進むと島原鉄道の踏切となります。
島原鉄道c37
踏切脇に立てられた駅への案内看板。
島原鉄道c38
看板の指す方向には駅が見えます。
島原鉄道c42
踏切脇の駅の入口です。
道路から緩やかなスロープ状となった通路が駅舎へと続いています。
島原鉄道c43
通路の入口脇にある島原の観光案内の地図。
島原鉄道c39
こちらが島原外港駅の外観です。
1960年(昭和35年)に新設された駅となります。
南島原駅(旧・島原湊駅)以南は口之津鉄道によって1926年(大正15年)に開業しており、
当初はこの場所には駅はありませんでした。

しかし島原港の元々使われていた内港が旅客や貨物の増加によって手狭となった為、
1956年(昭和31年)より島原外港の整備を開始。
3年後の1959年(昭和34年)に旅客ターミナルビルが完成しました。
島原外港駅が設置されたのはターミナルビル完成の翌年ですので、
港の整備によって新設された駅であることが分かります。
島原鉄道c40
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線となっています。
駅舎はほぼホーム上の上屋と言っても良いもので、
待合スペースとホーム上の屋根、そして倉庫が置かれています。
島原鉄道c41
この駅には元々は改札のある2階建ての駅舎がホーム北側に建っていました。
しかし2010年(平成22年)の火災で駅舎が焼失。
現在の駅舎は2011年(平成23年)に新しく作られたものです。
島原鉄道c44
ホーム側から見た駅舎前の様子です。
島原鉄道c45
駅前の踏切を渡っている市道。
島鉄バスの停留場も駅の目の前に設置されています。
島原鉄道c46
そして単式ホームの向かい側にはもう一つのホームがあり、
線路もホーム前に敷かれています。
これは1997年(平成9年)に交換設備が撤去されるまで使われていたホームで、
運用時にはホーム上に上屋も設置されていました。
現在は使われておらず、線路も本線とは繋がっていません。
島原鉄道c48
駅の外から見た廃ホームの様子です。
島原鉄道c47
また、この駅は現在の島原鉄道の終点駅ですが、
ホームから南側を見ると線路が延びています。
島原鉄道c49
この線路はかつての旧・口之津鉄道で、
島原鉄道では南目線と呼ばれていた線路です。
2008年(平成20年)に廃止となり、現在では廃線跡となっています。



島原鉄道c50
こちらは多比良町駅から島原外港駅までの区間の
au 4G LTEでの電波エリアマップです。
この区間も全てが電波エリア圏内となっていますので
駅へのアクセスに困る事はありません。


島原市内の島原鉄道はほぼ全線が海岸沿いを走っており
沿線には大三東駅など全国でも有数の海の美しい駅がある区間です。
盲腸線ではありますが、終点からフェリーで抜けられますし、
世界遺産に指定された史跡や景勝地などもありますので
是非一度は乗って訪ずれることをお勧めします。


では。

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