2020年01月

でんこの元ネタ
■EX No.08 阿下喜ケイ(Ageki Kei)
 ■タイプ:トリックスター
 ■誕生日:4月5日

■出身駅: 三岐鉄道 北勢線 阿下喜駅(三重)
ケイ01


駅メモのでんこである阿下喜ケイについては2019年(平成31年)2月25日に
エクストラシリーズの第3弾で追加されたキャラクターとなります。

ケイ02
こちらは三岐鉄道北勢線の終点である阿下喜駅の駅舎の外観です。
阿下喜ケイの苗字の元ネタについては阿下喜駅であると考えて間違い無いでしょう。

ケイ04
駅メモでは先に2019年(平成31年)1月1日に阿下喜ニナというでんこが
レギュラーナンバーの75番として登場しています。
これまでの例からすると駅メモで同じ苗字のでんこは姉妹設定であることがほとんどでしたが、
こちらのケイとニナについては師弟という設定となっています。

なんでも阿下喜ニナのキャラクターデザイン段階で
候補となるデザインラフ画が数点あったそうなのですが、
そのうちの一つが阿下喜ケイのキャラクターの元
なのだそうです。

ニナのデザインについては三岐鉄道のナローゲージトレインに合わせて
現在の絵柄に決まった様ですが、その時にボツとなったデザイン画が惜しまれて
エクストラシリーズの阿下喜ケイというキャラクターに転用された
、という経緯なのだそうです。
ケイ03
阿下喜駅のホームから南側を見ると、
茶色い電車と転車台、そしてその周りを走っている線路があるのが見えます。
この線路は「北勢軽便鉄道阿下喜線」の線路であり
軌間は15インチ(381mm)という線路です。
ナローゲージ(特殊狭軌)である北勢線の軌間が762mmですから
ちょうどその半分の幅であることが分かります。
ケイ05
こちらは転車台のさらに南側の光景です。
阿下喜駅のパーク&ライド用の駐車場があります。
ケイ06
駐車場を奥へと進むと突き当たりにこちらの建物があります。
ケイ07
こちら軽便鉄道博物館の建物の外観です。
車庫を兼ねたこちらの建物には北勢線の資料が展示されています。

北勢線は2000年(平成12年)に、当時運営をしていた近鉄が廃線を表明しており、
これを受けて沿線自治体などで「北勢線運営協議会」が設置され
2003年(平成15年)に三岐鉄道へと北勢線が譲渡されています。

そして地元沿線の市民運動として2002年(平成14年)に「阿下喜駅を残す会」が発足。
これを前身として2003年(平成15年)にASITA(北勢線とまち育みを考える会)となり、
軽便鉄道博物館の運営を行っています。

参考
北勢線 阿下喜駅前 軽便鉄道博物館へようこそ
http://asita04.com/
北勢線事業運営協議会
http://www.hokuseisen.com/

ケイ08
阿下喜ケイの名前の「ケイ」は「軽便鉄道」のケイではないか、とされており、
三岐鉄道の阿下喜駅よりもむしろ
こちらの軽便鉄道博物館の方が由来とも言えるかもしれません。
ケイ09
軽便鉄道博物館の中の様子です。
北勢線で過去に使われていた物が資料として展示されています。
ケイ10
阿下喜駅の南側を走る「ミニ電車ホクさん」についても
軽便鉄道博物館と同じくASITA(北勢線とまち育みを考える会)が運行を行っています。


阿下喜駅についての詳細は以下で紹介していますので
参照していただければ幸いです。

参考
でんこの元ネタ「■No.75 阿下喜ニナ(Ageki Nina)」
http://stationmemories.blog.jp/archives/35792357.html




■モデル車両: 軽便鉄道博物館 ミニ電ホクさん モニ226タイプ
ケイ11

「ミニ電車ホクさん」というのは三重県を走る三岐鉄道北勢線の
終点の阿下喜駅の南側にある、「軽便鉄道博物館」という
地元市民団体の運営する博物館で運行している遊具車両です。
ケイ12
15インチ(381mm)の線路が阿下喜駅ホーム南側に敷設されており、
周回コースとなっている軌道を遊具車両が運行をしています。
なんでも「人が乗車することのできる世界で一番小さな電車」なのだとか。


「ミニ電ホクさん」については機関車が3両と客車車両が2両あります。
ケイ13
こちらが1号機である三岐鉄道北勢線270形タイプです。
2005年(平成17年)の「北勢軽便鉄道阿下喜線」の開設以来の車両で、
スバル製の550Wガソリン発電機で発電した電気で24V電気モーターを回す
ガソリン電気機関車となっています。
ケイ16
モチーフとなっている三岐鉄道270系の実車です。
見比べると細部まで再現されているのが分かります。
参考
軽便 鉄道 博物館 Blog「6月2日作業日レポート ミニ電ホクさん分解修理」
http://blog.livedoor.jp/asita381/archives/1851466.html
軽便 鉄道 博物館 Blog「機関車の概要(車両の紹介)」
http://blog.livedoor.jp/asita381/archives/219929.html

ケイ14
こちらは3号機となる三重交通カラーの北勢線200形タイプです。
2013年(平成25年)に作られた車両となります。
ケイ17
モチーフの実車はこちらで、三重交通時代に新造された車両で
前面部が湘南型の2枚窓であるのが特徴です。
2013年(平成25年)10月に北勢線開業100周年記念事業で
三重交通時代のクリーム色とグリーンのツートンカラーに塗られており、
12月にこの車両をモチーフとしたミニ電ホクさん3号機が作られました。
参考
軽便 鉄道 博物館 Blog「12月15日作業日」
http://blog.livedoor.jp/asita381/archives/1870769.html


ケイ15
そしてこちらが2号機にあたる近鉄モニ226タイプです。
この車両は元々は三重県四日市市の竹炭村鉄道の車両で、
2007年(平成19年)に作られました。
電動ゴルフカートの動力装置を改造したもので後輪を駆動し、
草刈機用のホンダ4サイクルエンジンで前輪を駆動するという
切り替えられる二系統の動力を持つハイブリッド車両です。
参考
軽便 鉄道 博物館 Blog「2012年6月14日臨時作業 小学校見学会 2校来館」
http://blog.livedoor.jp/asita381/archives/1782226.html
軽便 鉄道 博物館 Blog「5月6日(日)作業日レポート」
http://blog.livedoor.jp/asita381/archives/1773778.html

ケイ18
この車両が駅メモのでんこである阿下喜ケイの元ネタ車両であると考えられています。
ケイ19
車両の中の様子です。
座席のモケットは元ネタ車両の本物を転用しているそうです。
ケイ20
頭のカチューシャのライトは前照灯が元となります。
ケイ21
スカートの赤い2つの丸は車両全部の標識灯で、
その下の白い菱形はサボと呼ばれる行き先表示がモチーフと思われます。

ケイ22
こちらはミニ電のモチーフとなった近鉄モニ220形のモニ226です。
北勢線が北勢鉄道だった時代の1931年(昭和6年)に
阿下喜駅までの延伸および全線電化に際して
モハニ50形として新造された6両のうちの1両です。

三重交通となった1944年(昭和19年)にモニ221形へと改番され、
その後三重交通━三重電鉄と会社が変わっても使われ続け、
1965年(昭和40年)に北勢線が近鉄となった際にマルーン(    )に塗り替えられています。
ケイ23
モニ226に関しては1977年(昭和52年)に内部・八王子線へ転籍となり
1983年(昭和58年)に廃車。四日市スポーツランドに寄贈され静態保存となります。
屋外に半鋼製半木製の車両が雨ざらしで腐食が進んだ状態でしたが、
2008年(平成20年)に阿下喜の軽便鉄道博物館に引き取られ、
車両の補修が行われて静態保存され現在に至っています。
ケイ24
軽便鉄道博物館では車体外装だけでなく内装の修理も行っており、
定期的なメンテナンスによって保存状態は非常に良好です。
ご覧の通り車両内部も公開されており開館日には中の見学も可能です。


ケイ25
これまでの駅メモのでんこについては
実際の鉄道車両がモチーフとされてきたことから、
阿下喜ケイについても元ネタはこの近鉄モニ226の実車なのではないか
という意見もあります。
ケイ26
しかしながら車両の前面窓がモチーフと見られる胸元のデザインが
中央窓にあたる部分が二枚窓の形状となっていることから
近鉄モニ226(中央は一枚窓)ではなくミニ電ホクさん(二枚窓)であろう、
と考えるのが合理的と思われます。
ケイ27
また電車がモチーフのでんこには欠かせないパンタグラフが
阿下喜ケイの背中には存在していない
という点も、
元ネタが実車ではなくミニ電車であるという説の有力な根拠となっています。

そして阿下喜ケイと同時にリリースされた他のエクストラでんこ2人については
遊具車両が元ネタであるのが間違い無いことから、
阿下喜ケイを含めた3名を遊具車両で揃えたという説も
得心の行く説明と言えるでしょう。

ケイ28
阿下喜ケイの誕生日については4月5日に設定されていますが、
北勢線の開業が1914年(大正3年)4月5日であることが元ネタと思われます。

【写真撮影:2019年12月】

大井川鐵道井川線c14
大井川鐵道井川線の記事の続きです。


その1(千頭駅━奥泉駅)はこちら



大井川鐵道井川線c11
こちらは奥泉駅から北西に700mほどの大井川に掛かる泉大橋です。
千頭駅から井川線と併走してきた県道77号線は寸又峡方面へと伸びており、
この代わりに泉大橋の手前で県道388号接岨峡線が分岐をして井川方面へと向かっています。
大井川鐵道井川線20
奥泉駅から次の駅までの間にはいくつかのトンネルはありますが、
この区間のトンネルはどれもさほど長いものでは無いので
駅へのアクセスにはさほど困らないと思います。


大井川鐵道井川線a78
トンネルを抜けると眼前には大井川ダムのダム湖が見えます。
湖にかかる橋梁の脇を過ぎるとすぐに列車は駅へと到着をします。
大井川鐵道井川線a79
この橋梁は「市代吊橋」というかつての大井川鐵道の鉄道橋であり、
1954年(昭和29年)の鉄道ルート変更によって道路橋に転用されたものです。
大井川鐵道井川線c12
この市代踏切のすぐ北側目の前には井川線の市代踏切があり、
駅へと通じる道路が北西へと伸びています。
大井川鐵道井川線c13
踏切から駅への道はご覧の通り広くなっており、
実質的な駅前広場となっています。左の線路沿いが駅ですが、
右側に伸びている坂の道は900mほどで県道388号接岨峡線に連絡しています。
車で駅まで来るにはこの県道からの道が唯一のルートとなります。
大井川鐵道井川線c15
左手へとゆるい坂を下って駅へ。
大井川鐵道井川線a75
こちらがアプトいちしろ駅の駅舎の外観です。
もともとは井川線が大井川鐵道となって旅客営業を開始した
1959年(昭和34年)に川根市代駅として開業した駅ですが、
長島ダム建設による線路の水没によって井川線のルートが変更となり
1990年(平成2年)に180mほど北西の現在の場所に駅が移設されました。
その際に駅名も現在のアプトいちしろ駅へと変更となっています。
大井川鐵道井川線c17
旧駅があったのは先ほどの市代踏切から南側の付近で、
踏切前にある変電圧設備の裏側がかつての廃線跡と駅跡となります。
旧駅の現役当時には、駅に停車した列車の先は
トンネル内に一部がかかっていたそうです。
大井川鐵道井川線c16
こちらは駅舎の中の様子です。
駅の大半は乗務員の詰め所となっており、
待合室はほぼ通路といって良い状態の広さです。
大井川鐵道井川線c19
ホーム側から見た駅舎の様子。
大井川鐵道井川線c18
駅構内に入るとすぐ目の前に構内踏切があります。
大井川鐵道井川線c20
構内踏切とホームとは若干の距離があり、
連絡通路によってホームへ連絡をしています。
大井川鐵道井川線c21
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線となっています。
大井川鐵道井川線c22
ホームの部分はご覧のように土盛りで若干高くなっています。
大井川鐵道井川線c23
また駅の目の前には大井川ダムのダム湖が広がっており
天気の良い日にはなかなかの景色を見ることができます。

大井川鐵道井川線a77
そしてこのアプトいちしろ駅━長島ダム駅間は
現在日本で唯一の現役路線でのアプト式採用区間となっています。
上は大井川鐵道のアプト式ラックレール。
大井川鐵道井川線26
ですので大井川鐵道井川線は基本的に非電化の路線なのですが、
このアプトいちしろ駅━長島ダム駅のアプト式区間のみが電化されており、
ご覧の通りにED90形アプト式電気機関車を増結して運行をしています。
ですのでアプトいちしろ駅と長島ダム駅では
電気機関車の連結や切り離し作業の為
停車時間が10分程度取られて長くなっています。
大井川鐵道井川線a70
アプトいちしろ駅━長島ダム駅間は90‰(パーミル)の急勾配となっています。
かつて国鉄信越本線で存在した横川駅~軽井沢駅間のアプト式区間が
66.7‰(パーミル)
でしたので、この区間の急勾配ぶりがよく分かると思います。
大井川鐵道井川線27
その為、この駅には車庫や車両検修区があり、
アプト式の電気機関車も留置されています。
大井川鐵道井川線c24
また駅の南側の千頭方のトンネル前には、アプト式電気機関車の待避線があります。
本線で客車を牽引する機関車は引き上げ線から一旦こちらに入り、
ホームに停まる列車に増結されてアプトの勾配を押し上げます。


大井川鐵道井川線28
アプト式区間を走行する大井川鐵道。
やはりスピードはかなりゆっくりです。
井川線はアプトいちしろ駅から次の駅までの区間のみ電化されています。
大井川鐵道井川線29
アプトいちしろ駅から次の駅までの区間には
ご覧の通りトンネル部分が3箇所あります。
ですが列車の速度が遅いため、GPSを受信する時間が意外とあったりします。
そもそもこの区間は駅での停車時間が10分程度あるので
落ち着けば取り逃すことはまずありません。
大井川鐵道井川線c25
蛇行する大井川に沿って東へと進路を取る井川線。
トンネルを抜けてから長島ダムまでの区間は
1990年(平成2年)に移設された新線の区間です。
川の対岸にはかつての井川線の旧線の遺構が残っています。


大井川鐵道井川線c26
こちらは県道388号接岨峡線の長島ダム付近の光景です。
ダムの下流側を巻くように進んできた県道が
ちょうどダムの前で次の駅に差し掛かった所です。
大井川鐵道井川線c27
長島ダム駅の駅舎の外観です。
この駅は1990年(平成2年)に長島ダム建設による新線付け替えで
新たにダムの北側に設置されました。
大井川鐵道井川線a67
駅舎の中はご覧の通りベンチの設置された待合室となっています。
大井川鐵道井川線a68
ホーム側の出口には改札ラッチが設けられており、
改札前にある階段を登ってホームへと上がります。
大井川鐵道井川線a69
階段上にも屋根があり待合スペースが。
大井川鐵道井川線c28
こちらがホームの様子です。
相対式2面2線のホームとなっており列車交換が可能となっています。
南側の駅舎側のこちらが上り線千頭方面行きとなります。
大井川鐵道井川線c29
大井川鐵道井川線c30
千頭駅方のホーム西端には構内踏切があり、
二つのホームを連絡しています。
大井川鐵道井川線c31
こちらは井川方面の下り井川方面行きのホームです。
駅の東側の井川方はすぐにトンネルとなっているのが見えます。
大井川鐵道井川線c32
他の駅のホームは幅が非常に狭かったですが、
この駅はご覧の様に十分な広さのホームとなっています。
大井川鐵道井川線a64
下りホームの途中にある出口。
階段の先は斜面で、恐らくは保守用の出入口なのでしょう。

大井川鐵道井川線c33
そしてこの駅には西の千頭方のホームから150mほどの場所に
ご覧の留置線が一本設けられています。
これはアプト式の電気機関車が退避をする留置線です。
大井川鐵道井川線c34
留置線の終端の先には運転士が待機する待機所の建物があります。
大井川鐵道井川線c36
そしてこの長島ダム駅とアプトいちしろ駅の間にあるのが
「ミステリートンネル」という井川線の旧線廃線跡を利用した遊歩道です。
大井川鐵道井川線c35
駅からはご覧の駅前の県道を跨ぐ跨道橋があり、
県道の南側のダム湖側へと下りることができます。
大井川鐵道井川線c37
駅の前の斜面を下ってダムの下流側に架かる、
ダム放流時には水しぶきがかかるという「しぶき橋」を渡ります。
大井川鐵道井川線c38
橋の対岸の道を進むとすぐに右手にご覧の階段のある横道が。
その先には井川線の旧線の西井戸トンネルがあります。
右手に見える大井川の橋は県道388号接岨峡線の市代橋で
西井戸トンネルは橋のたもと下付近にあります。
大井川鐵道井川線c39
トンネルの中を通過。
大井川鐵道井川線c40
抜けた先にはアプトいちしろキャンプ場があります。
このキャンプ場もかつての廃線跡となります。
大井川鐵道井川線c41
キャンプ場の西端には大加島トンネルの入口が。
大井川鐵道井川線c42
トンネルの中にはご覧のイルミネーションが。
抜けた先はかつての川根市代駅跡であり、
現在のアプトいちしろ駅の目の前へと出る事となります。


大井川鐵道井川線38
長島ダム駅━ひらんだ駅間のトンネルはご覧の通り。
すぐにトンネルがある長島ダム駅側は取りづらい状況となっています。
長島ダム駅を確実に取るためには停車時間の長い駅ホームでを推奨します。
大井川鐵道井川線a59
そして路線目の前に見える長島ダム湖(接阻湖)の対岸には
かつてダム湖ができる前の大井川鐵道の旧線跡が見えます。
これは湖の水量が少ない時には水面上に現れるもので、
水量が多い時期は水面下に沈んでいるそうです。


大井川鐵道井川線a57
こちらは長島ダム駅からは1kmほど東に位置する
県道388号接岨峡線の唐沢トンネルの東側出口付近の光景です。
大井川鐵道井川線c43
トンネル前にあるカヌー場の看板のある脇道を下ると
300mほどで次の駅の入口があります。
大井川鐵道井川線a55
こちらが坂を下る途中にある駅への入口付近の光景です。
表示も何もありませんので、知らないと駅を見落とすと思われます。
大井川鐵道井川線a56
道路脇のガードレールの切れ目をのぞくと階段があり
降りた下に駅があります。
大井川鐵道井川線a54
下から見た階段の様子です。
コンクリートの階段では無く、斜面に丸太を組んで作られた
ハイキングコースのような階段で上の道路とホームを連絡しています。
大井川鐵道井川線c48
こちらがひらんだ駅の俯瞰で見た全景です。
1990年(平成2年)に長島ダム建設による井川線の付け替えによって
新線に新しく作られた駅となります。
大井川鐵道井川線c44
そしてこちらがホームの様子です。
単式1面1線の棒線無人駅となっています。
駅のある地名は「平田」と書いて「ひらんだ」と読み、
難読の駅名となる為、駅名は最初からひらがな表記となっています。
大井川鐵道井川線c45
接阻湖のほとりにある駅はホームの中央部が橋梁となっており
北側は斜面で狭い平地を切り開いた駅となっています。
大井川鐵道井川線c46
駅に駅舎は無く、ご覧の通り待合室が置かれています。
大井川鐵道井川線c47
ホーム東端には平田トンネルの入口があります。
大井川鐵道井川線c49
駅の目の前には湖のほとりの舗装された敷地が見えます。
こちらは奥大井接阻湖カヌー競技場で、2003年(平成15年)には
静岡国体のカヌー競技会場となった施設です。
今でも時折練習をしている競技者をみる事ができます。
大井川鐵道井川線42
このひらんだ駅での注意点としては、
駅ホームは携帯の電波圏外だということです。
上はau 4G LTEでの電波サービスエリアのマップですが、
ご覧の通り長島ダム駅からひらんだ駅へと向かうと
到着直前に電波が圏外となるのが分かります。
大井川鐵道井川線a89
私がひらんだ駅に降りたときには、
一応ご覧の様にGPS位置情報の取得は駅でできました。
状況によっては駅でも電波は届くようですが
天候など条件が悪い場合は入らない可能性を覚悟すべきでしょう。


大井川鐵道井川線c50
そしてひらんだ駅を出ると列車はすぐに平田トンネルに入ってしまいます。
大井川鐵道井川線41
ご覧の通り駅間の大部分をこのトンネルが占めていますので
ひらんだ駅━奥大井湖上駅間でひらんだ駅を取るのはほぼ不可能でしょう。
そしてその上もう一つ重要なのは。
大井川鐵道井川線44
au 4G LTEでの電波サービスエリアマップを見ると分かりますが
ひらんだ駅━奥大井湖上駅間は路線と駅の全てが電波圏外ということです。
トンネル+電波圏外。このあたりはなかなか苦戦をしそうな状況です。



大井川鐵道井川線45
(上写真はクリックで拡大します)
こちらは奥大井湖上駅の全景です。
駅は1990年(平成2年)に長島ダム建設による
新線付け替えによって新しく開業をした駅です。
ご覧の通り、長島ダムによって渓谷の大井川がせき止められできた接阻湖ですが、
その湖のど真ん中に橋梁でつながれたほぼ島の様な半島に駅があるのが
この奥大井湖上駅なのです。まさに名前の通り湖の上にある駅となっています。
大井川鐵道井川線c51
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の駅となっています。
大井川鐵道井川線c52
駅の前後を真っ赤な奥大井レインボーブリッジに挟まれており、
ホーム南側は橋の上に張り出して作られています。
大井川鐵道井川線c53
また川根本町ではこの駅を「恋の駅」としてアピールしており、
駅にはカップルベンチの他に「恋の鍵箱」と題したフレームがあります。
そしてその脇には「Happy Happy Bell 風の忘れもの」と題された
幸せを呼ぶ鐘が設置されています。
大井川鐵道井川線67
そして待合室脇にある、ホーム中央の階段を上がると
上には「レイクコテージ奥大井」というログハウス風の展望施設があります。
大井川鐵道井川線68
コテージ前の様子。
駅のホームや接阻湖を見下ろせます。
大井川鐵道井川線c57
駅からコテージ周辺はハイキングコースになっており、
案内板も設置されていますが設置者が2005年(平成17年)に合併された
本川根町の観光協会となっていました。
大井川鐵道井川線69
こちらがコテージ内の様子です。
奥大井湖上駅でトイレはここにしかありません。
大井川鐵道井川線44
そして再度、奥大井湖上駅周辺のau 4G LTEでの電波状況マップを載せます。
見ての通り奥大井湖上駅周辺は完全に電波サービスエリア圏外ですので
GPSで駅へのアクセスをすることはできません。
ですのでアイテムの使用が不可欠の駅となります。
大井川鐵道井川線c54
ただ、こちらが私が実際に奥大井湖上駅でGoogle Mapで見た
駅でのGPS受信による地図表示です。
この通り電波が届いてアクセスできる場合もありますので
チェックインを試す価値はあると思います。
ただこればかりは運任せの要素が強いのでアテにするのはお勧めできません


さてこの奥大井湖上駅についてですが、
井川線自体の列車本数が上下線ともに一日5本です。
また、2016年4月現在不通区間となっている接阻峡温泉駅━井川駅ですが、
終点の井川駅の一つ手前の閑蔵駅までは
大井川鐵道のバス「閑蔵線」で行く事ができます


この「閑蔵線」は千頭駅から閑蔵駅までを県道を使って運行しており、
千頭駅、奥泉駅、長島ダム駅、奥大井湖上駅、接阻峡温泉駅、そして閑蔵駅と
それぞれ大井川鐵道井川線の駅付近をバス停として
上下それぞれ一日3本を運行をしています。
一日の本数が5本の鉄道にバスが3本加わると
井川線の攻略がかなり楽になる
のですが、
この「大井川鐵道バス閑蔵線」のバス停で
私がネットなどで事前に調べても場所が分かり辛かったのが
この奥大井湖上駅の駅前のバス停
でした。
ですので今回はバス停から駅までの道を解説したいと思います。

大井川鐵道井川線66
まずはバス停から駅までの周辺の地図を。
大井川鐵道井川線46
こちらが県道388号接岨峡線を走る「大井川鐵道バス閑蔵線」の
奥大井湖上駅の最寄りバス停である「湖上入口」バス停となります。
バスポールの上の丸いところは一体どこに行ってしまったのでしょうか…
(地図①の場所

大井川鐵道井川線47
バス停を走り去って行く大井川鐵道バス閑蔵線のバス。
表示されたバス停の看板には
「50m先右側 奥大井湖上駅降り口」とあります。
大井川鐵道井川線48
矢印の方向へ振り返ると、およそ50m先にはトンネルが見えます。
静岡県道388号接岨峡線の不動トンネルなのですが、
トンネル手前に確かに右へと道がありました。
(地図②の場所)

大井川鐵道井川線49
下りの道には「レインボーブリッジ」の看板が。
大井川鐵道井川線50
看板のところで県道を振り返ってみると、
「路線バス停」と書かれた矢印の表示がありました。
大井川鐵道井川線51
道を進むとご覧の光景なのですが、
このあたりで右手の木々の切れ目から接阻湖を見下ろしてみると。
大井川鐵道井川線52
ごらんの通り奥大井湖上駅を見下ろす絶好のビュースポットがあります。
鉄道写真などでこの駅の俯瞰写真は大抵同じ構図ですので
間違いなくこの場所から撮られている様です。
(地図③の場所)
大井川鐵道井川線53
撮影スポットの先のカーブの山側には
ご覧の案内表示が。
大井川鐵道井川線54
谷側を見るとご覧の遊歩道の入口がありました。
遊歩道と呼ぶにはなかなかの山道です。
(地図④の場所)
大井川鐵道井川線55
そして遊歩道を進んだ光景を
そのまま撮りましたのでご覧下さい。
Googleの地図では載っていない道ですので、
今回用意をした地図には、この山道を
国土地理院の地図を元に赤線で描き足しました。
大井川鐵道井川線56
しばらく進むとご覧の分岐点に差し掛かります。
戻る道の方角には「レインボーブリッジ撮影スポット」、
そして左に降りる道には「駐車場」と書かれています。
(地図⑤の場所)
大井川鐵道井川線57
反対側には登る道が分かれていて
「奥大井湖上駅」との文字が。
駅へと向かっていますのでこちらへと進みます。
大井川鐵道井川線58
一段登ってみるとご覧の案内板がありました。
一応駅前の十字路となりますので道迷いに注意をして下さい。
大井川鐵道井川線59
登って柵の向こうを見ると接阻湖と、
先ほどから「レインボーブリッジ」と書かれていた大井川鐵道の橋梁、
そしてその先に奥大井湖上駅が見えました。
(地図⑥の場所)
大井川鐵道井川線60
左にはご覧の通りかなり急な下り階段の道があります。
大井川鐵道井川線61
そして下りた先にはご覧の光景の見える階段の踊り場があり、
左手にさらに階段が続いています。
大井川鐵道井川線62
階段を引き続き下りるとご覧の通りトンネルの前に出ました。
こちらは奥大井湖上駅の北側の、
接阻湖(大井川)対岸にある22号トンネルです。
さきほどの踊り場はこのトンネルの真上のスペースだった訳です。
(地図⑦の場所)
大井川鐵道井川線63
トンネルの反対側を見るとご覧の橋梁が。
これが「レインボーブリッジ」です。
道には大井川鐵道の通る線路が見えると思いますが、
線路の左側のこの道の部分を渡らないと奥大井湖上駅へは行けません
大井川鐵道井川線64
全長195mの赤い橋梁は、この日の吹流しを見るとおよそ風速10mはありました。
一般的には「強風」と定義され屋外作業が規制される風速です。
大井川鐵道井川線65
線路の脇を進むとやっと駅に到着しました。(地図⑧の場所)

奥大井湖上駅と「湖上入口」バス停の距離は
様々な案内を見ると、だいたい徒歩20分~30分程度と書かれている様子です。
私はバス停から駅へ下る道を実際に計測しておよそ12、3分で到着をしましたが、
個人差はあると思いますし駅からバス停に登るのであれば
時間のプラスアルファも必要かもしれません。



この先の井川線の最深部についてはその3に続けたいと思います。

では。

大井川鐵道井川線00
さて。次は大井川鐵道井川線です。


「南アルプスあぷとライン」という愛称をもっており、
静岡県の榛原郡川根本町の千頭駅と、静岡市葵区の井川駅とを結ぶ路線です。
全長25.5km、全線所要時間は50分ほど(千頭━接阻峡温泉間)で全線が単線。

現在の日本で、鉄道事業法および軌道法に準拠する鉄道としては
唯一のラック式鉄道(アプト式)区間のある路線
となっています。
その為、井川線自体は非電化の路線ですが
アプトいちしろ駅━長島ダム駅間のアプト式区間だけ電化されています。

また井川線の機関車および制御客車は水撒き装置を持っていますが
これはカーブが多いため線路と車輪の摩擦からの保護を目的としており、
箱根登山鉄道が同様の水撒き装置を持っているのと同じ理由からです。



大井川鐵道井川線a90
というわけでこちらが千頭駅の駅舎です。
大井川鐵道の大井川本線の終点であり、
ここから井川線の起点となっている駅でもあります。
1931年(昭和6年)に大井川鐵道の本線が延伸されて
終着駅として開設されました。

井川線ができたのは1935年(昭和10年)のことで、
大井川電力の専用鉄道として大井川専用軌道として
千頭駅━大井川発電所間で開通しました。

1954年(昭和29年)に現在の井川駅の先の堂平駅まで運行が開始され
中部電力専用鉄道へと名称を変更。
そして1959年(昭和34年)に大井川鉄道が中部電力専用鉄道を引き継ぎ
大井川鐵道井川線として旅客営業を開始し現在に至っています
大井川鐵道井川線a91
観光地の駅らしく駅前には歩行者用の広場が広く取られています。
大井川鐵道井川線a92
駅前広場の東側には車の展開できるロータリーが。
大井川鐵道井川線a93
駅に面する道路には土産物店が並んでいます。
大井川鐵道井川線a94
駅舎の正面の道路は県道77号川根寸又峡線で、
60m程駅から北に進むと井川線の踏切があります。
大井川鐵道井川線a95
戻って駅舎の中へと入り改札へ。
大井川鐵道井川線a96
ホーム側から見た改札付近の様子です。
大井川鐵道井川線b08
改札を入ると奥が大井川本線のホームで
右手に井川線のホームがあります。
千頭駅では大井川本線が頭端式の1番線から4番線で、
井川線は6番線ホームを使用しています。
大井川鐵道井川線a97
そして井川線ホームへは中間改札が設けられており、
中間改札の内側は待合スペースとなっています。
大井川鐵道井川線a98
井川線ホーム側から見た駅舎です。
左側付近が中間改札の出口となります。
大井川鐵道井川線a99
駅舎から見た井川線ホーム。
ご覧の通りかなりの広さがホームにはあり、
その奥には車両が留置された引き上げ線が何本も並んでいます。
大井川鐵道井川線b01
ホームの様子です。
島式のホームは広いのですが、
井川線で使われている6番線ホームはご覧のように3段ほど低くなっています。
反対側には大井川本線の線路が敷かれてはいますが旅客使用はされておらず、
形としては井川線の単式ホームと言える形状です。
大井川鐵道井川線b02
鉄骨作りの屋根、シート葺きの屋根があって井川線のゼロキロポストも置かれていますが、
南方に進むと井川線の低くなったホームが終わって一面が平らになっています。
そしてホーム南端の先には転車台があります。
大井川鐵道井川線b03
こちらがその転車台です。
国の有形登録文化財に指定されているものですが
今でも現役でSLの転回に使われています。
大井川鐵道井川線b04
切返して南からみた井川線のホーム。


大井川鐵道井川線b21
こちらは千頭駅前の県道77号川根寸又峡線を
駅から200mほど来たに進むとある川根大橋西交差点付近の様子です。
大井川鐵道井川線b22
川根大橋からさらに300mほど進むと、
JAの先にご覧のT字路の交差点があります。
大井川鐵道井川線b23
T字路を曲がって100mほどで井川線を跨ぐ
神光寺跨線橋という道路橋があります。
大井川鐵道井川線b24
この橋の下を見ると線路が複線となっており、
井川線の本線では無い方の線路には貨車や客車が留置されています。
大井川鐵道井川線b25
貨車が留置されている線路はかつての井川線の貨物線の跡です。
1970年(昭和45年)に大井川鐵道が初めてSLを走らせたのがこの貨物線で、
以後全国の鉄道会社がSLを観光列車として運行するルーツとも言える場所です。

貨物線は千頭駅から次の駅までつながっていましたが、
県道77号線の拡張工事によって貨物線は廃止。
現在は北側の半分が留置線として利用されているという訳です。
大井川鐵道井川線b26
跨線橋の西側から線路脇を通っている道を北上すると、
山中で道は入り組んでいますが400mほどで次の駅へと辿り着きます。


大井川鐵道井川線b05
こちらは駅へと通じる山中の道で、
駅へと通じる道が分岐している付近の光景です。
大井川鐵道井川線b06
脇に分かれて下っているこちらの道が駅への道です。
大井川鐵道井川線b07
坂を下ると、どう見ても民家の間の裏路地のように見えますが
この道が乗客がホームへと至る唯一の道となります。
大井川鐵道井川線b09
ホーム側から見た駅ホームへの入口です。
ご覧の通り改札などは無く、直接ホームへと入る事ができます。
大井川鐵道井川線b10
そしてこちらが川根両国駅のホームの様子です。
相対式ホーム2面2線の駅で、下り線ホームの北端に駅入口があり
駅は1935年(昭和10年)に大井川専用軌道の駅として開設されたもので、
大井川鐵道となった1959年(昭和34年)より旅客営業を開始しています。
大井川鐵道井川線b11
駅の入口があるこちらが下り井川方面行きホームとなります。
ホーム自体は狭いものの、外側の鉄道用地を含めて実質的にホームとしているので
ある程度の広さが確保されています。
大井川鐵道井川線b12
こちらは二つのホームを連絡している構内踏切です。
大井川鐵道井川線b13
上り線の千頭方面行きホームです。
こちらはご覧の通り狭いホームがあるのみとなります。
大井川鐵道井川線b14
ホーム上では人がすれ違うのにもギリギリの幅ですが、
井川線のホームはこのくらいの幅のホームが幾つもあるのですが、
やはり元々がダム建設用の工事資材運搬路線だったからでしょうか。
大井川鐵道井川線b15
そして駅の北側を見ると右手のご覧の建物が見えます。
大井川鐵道井川線a87
入口の脇には「川根両国駅」と木製の看板が掛かっていますが、
この建物は井川線の両国乗務区の建物となり旅客の駅舎ではありません。
ですので旅客駅としては駅舎の無いホームのみの駅となります。
大井川鐵道井川線b16
乗務区の建物のさらに北側には、ご覧のように複数の引き上げ線や車庫があります。
これは井川線の保線区と車両区で、車両整備や線路メンテナンスの拠点となっています。
大井川鐵道井川線b17
駅の出入口から駅前の道路へと一旦戻ります。
大井川鐵道井川線b18
前の道路を北へと進むと120mほどで橋が見えてきます。
大井川鐵道井川線b19
こちらが両国吊橋です。
1988年(昭和63年)に架けられた人道橋となります。
大井川鐵道井川線b20
大井川に架かる吊橋からは井川線の線路が良く見えます。


大井川鐵道井川線b27
こちらは両国吊橋のすぐ北側にある井川線のトンネル入口付近の光景です。
大井川鐵道井川線09
ご覧の通り川根両国駅━沢間駅間にはトンネルが三箇所ありますが
長さも短く、また列車速度も遅いですので
駅間で列車から駅にアクセスするのにさほどの支障にはならないでしょう。
当然トンネル内では電波は入りませんが




大井川鐵道井川線b28
こちらは川根両国駅から北西に1kmほどの大井川右岸にある
沢間集落の中の光景です。
お茶畑の中にあるこちらの道が駅へと通じている道となります。
大井川鐵道井川線b32
T字路から40mほど南に進むと駅の敷地につき当たります。
大井川鐵道井川線b33
こちらが沢間駅の待合室付近の外観です。
1931年(昭和6年)に寸又川専用軌道(後の千頭森林鉄道)の
沢間停車場として開業した駅で、
現在の井川線にあたる大井川専用軌道が1935年(昭和10年)に開業して
沢間駅にも停車する様になって二つの路線が交わる駅となります。

1969年(昭和44年)に千頭森林鉄道が廃止された後は
大井川鐵道の井川線単独の駅となり現在に至っています。
大井川鐵道井川線b42
この駅にはかつてはご覧の木造駅舎が建っていました。
しかし建物の老朽化の為、2018年(平成30年)に駅舎は解体されており
代わりに現在の待合室が建てられました。
大井川鐵道井川線b34
ホームは単式1面1線となっています。
待合室とホームの間には広めのスペースが開いており、
コンクリートの幅の狭いホームが設けられています。
大井川鐵道井川線b35
駅はカーブを描いて設けられており、
集落の南端である駅周辺はご覧の通り山林の中となっています。
大井川鐵道井川線b36
ホームの南端から左手を見ると小屋が。
保線の資材を置く物置小屋でしょうか。
よく見ると小屋の目の前にはホームらしきものがありますが、
これはかつて沢間駅が千鳥式に列車交換可能駅だった時の廃ホームです。
大井川鐵道井川線b37
そして小屋からさらに南側を見ると何やらロックシェードのようなものが。
大井川鐵道井川線b38
こちらは貨車へと積荷を積むためのホッパーの跡です。
かつて沢間駅からは千頭森林鉄道(寸又川専用軌道)が
分かれていたことは先に書きましたが、
このホッパーは現在も残るその廃線遺構です。
大井川鐵道井川線b39
ホッパーの南側を見ると右手に石垣が見えます。
ここで大井川鉄道と千頭森林鉄道が分岐していて
かつては貨物列車が直通で乗り入れていたそうです。
大井川鐵道井川線b40
千頭森林鉄道の廃線跡を書き込むとおおよそご覧の通りとなります。
762mmのナローゲージ(狭軌)だった千頭森林鉄道は、
1936年(昭和11年)に1067mmへ改軌された井川線とは
ここから千頭駅まで三線軌条だったそうです。
大井川鐵道井川線b41
そして千頭森林鉄道はご覧のように北へと伸びていました。
ご覧になってお分かりだと思いますが、
沢間駅へ通じる道路は実は千頭森林鉄道の廃線跡だったという訳です。
大井川鐵道井川線b43
駅を背に道を北へと戻ると左手には石垣があります。
井川線との分岐点跡の石垣と同じ作りの石垣が
ここが廃線跡であることを示しています。
大井川鐵道井川線b45
駅から50mほど進むと、恐らくはかつては
踏切だったであろう交差点があります。
その先の道も廃線跡ですが、
今度は下となる石垣も先ほどと同じ仕様のものです。
大井川鐵道井川線b45
廃線跡の道路から外れて大井川の方へと坂を下ると
100mほどで橋のたもとへと辿り着きます。
大井川鐵道井川線b46
大井川に架かるこの橋は寸又口橋という橋で
1969年(昭和44年)に架けられた橋です。
沢間集落と対岸の集落や県道を連絡する橋となっています。
大井川鐵道井川線b47
橋から見た沢間駅周辺の様子です。



大井川鐵道井川線b48
こちらの道は寸又右岸林道という林道(森林保全の為に作られた道)です。
沢間駅からの道が千頭森林鉄道の廃線跡であることは述べましたが、
この林道も廃線跡を利用して作られた道路となります。
大井川鐵道井川線b49
林道が左に大きくカーブするあたりが沢間駅から北に1kmほどの付近ですが、
このカーブの下では支流の寸又川が大井川へと合流しています。
藪であまり見えませんが、合流点の寸又川には
井川線の寸又川橋梁という鉄橋が架かっています。
大井川鐵道井川線b50
鉄橋の見えるカーブから200mほど進むと林道にも橋が。
大井川鐵道井川線b51
こちらは横澤橋という橋で、その向こうに見えるトンネルが横沢隧道です。
どちらも道路用に作り直されているものではありますが、
かつては同じ場所に千頭森林鉄道の橋とトンネルがあった廃線跡でもあります。
大井川鐵道井川線b52
その橋とトンネルの間から、東へと一本の道が分岐しています。
この道が陸の孤島ともいうべき土本集落と外界を繋ぐ道として
1991年(平成3年)に作られました。
大井川鐵道井川線b53
林道土本線を起点から400mほど進むと大井川に架かる橋梁が見えてきます。
大井川鐵道井川線b54
こちらが土本橋です。
平成に入ってこのトラス橋ができるまで、
土本集落から外界へと通じる道路はありませんでした

大井川鐵道井川線b55
橋梁からさらに道なりに200mほど進むと
土本集落の中にガードレールの切れ目があります。
大井川鐵道井川線b56
切れ目からは細い石の階段があり、
こちらが井川線の次の駅の入口となります。
大井川鐵道井川線b57
入口を下から。
大井川鐵道井川線b58
土本駅のホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
駅は1959年(昭和34年)に中部電力専用鉄道が大井川鐵道となった際に設置されました。
大井川鐵道井川線b60
ホーム北端の先に駅の物置小屋がありますが駅舎はありません。
待合の屋根つきベンチがあるのみの駅となっています。
大井川鐵道井川線b64
壁には「土本のタコ杉」の案内図が。
大井川鐵道井川線b61
列車が停車できる最低限の設備の駅であることが
ご覧になると分かると思います。
大井川鐵道井川線b59
駅の南側は階段の入口でしたが、
物置の先の北側からも駅の前の道へと出る事ができます。
大井川鐵道井川線b62
こちらは上り列車から見た土本集落の様子です。
大井川と寸又川の三角地帯に体積した土が土本という名の由来だそうですが、
駅前付近の土本集落はわずか4世帯しかなく、
うち3件が土本姓である事を井川線の車掌がアナウンスが教えます。
大井川鐵道井川線b63
その3件の土本さんはいずれの世帯も80代以上の老人一人の世帯であり、
限界集落の段階すら超えてしまった近い将来に消滅するであろう集落となっています。
大井川鐵道井川線b65
駅前の道を北に進むと、200mほどで
道路の舗装が途切れるあたりで土本集落の墓地があります。
奥都城と書かれているので神道の家なのでしょう。
大井川鐵道井川線b67
井川線の車窓からも見えるので乗った方は見覚えがあるかと思います。



大井川鐵道井川線b68
こちらは県道77号川根寸又峡線の小山トンネルの南側の光景です。
土本駅から真北に1kmほどのこのあたりでは山中を大井川が蛇のように蛇行しており、
「牛の頸(ぎゃーのくび)」と呼ばれる穿入蛇行(深い渓谷を蛇行する河)となっています。
その為トンネル前付近ではわずか70mの距離で大井川の上流と下流に挟まれています。
大井川鐵道井川線b69
そのトンネル脇には町道小山線という道路の起点が。
こちらが小山の集落と駅への道となります。
大井川鐵道井川線b70
町道を進み大井川を見ると小山の吊り橋という人道橋が架かっています。
大井川鐵道井川線b71
県道から300mほど町道を進むとあたりが開けて小山集落に。
大井川鐵道井川線b72
町道がヘアピンカーブを描く場所に看板が立っていて
「日英水電㈱小山発電所跡」と書かれています。
大井川鐵道井川線b73
看板の後ろには遺跡のようなものが。
大井川鐵道井川線b74
こちらがかつての水力発電所の遺構です。
1910年(明治43年)に作られた発電所は付近の大井川の落差を利用して
水路を落ちる水力で発電を行っていました。
その後1936年(昭和11年)に大井川発電所が運用された為
役割を終えて廃止されています。
大井川鐵道井川線b75
発電所跡から集落の道を西へ。
大井川鐵道井川線b76
道からは小山集落と茶畑が一望できます。
大井川鐵道井川線b77
坂を上ってNTT DoCoMoの無線基地の鉄塔前を通過すると
井川線の踏切が見えてきます。
発電所跡から踏切までおよそ400mほどでしょうか。
大井川鐵道井川線b78
そして踏切を渡って道なりに左に進むと駅が見えてきます。
大井川鐵道井川線b79
こちらが川根小山駅の待合室の外観です。
1959年(昭和34年)に大井川鐵道が井川線を引き継いだ時に設置された駅で、
駅舎は無くご覧のログハウス風の待合室に木製の駅名標が掛かっています。
大井川鐵道井川線b81
待合室の裏には駐輪場が。
大井川鐵道井川線b80
山中の開けた場所を駅敷地として利用しており、駅前もご覧の通りの光景です。
踏切前の広場のような場所にはダム放流サイレンの警告看板がありました。
大井川鐵道井川線b82
ホームの様子です。
相対式2面2線のホームの駅となっており列車交換が可能な駅です。
待合室側のこちらの北側のホームが下り井川方面行きとなります。
大井川鐵道井川線b83
ホーム西端から千頭方を見るとポイントの先にトンネルが見えます。
大井川鐵道井川線b84
この駅のホームもご覧の通り人がすれ違うのがやっとの幅で
他の井川線のホームと同様となっています。
大井川鐵道井川線b85
ホーム東側の待合室前付近にある構内踏切です。
大井川鐵道井川線b86
こちらは駅の南側にある上り千頭方面行きホームです。
上りホームには駅名標は設置されていません。
大井川鐵道井川線b87
下りホームの柵にある看板。
この駅の由緒についての説明が書かれています。
大井川水系初の発電所ののあった地はかつては栄えたそうですが、
路線と駅が設置されたのは小山発電所廃止の前年でした。
大井川鐵道井川線b88
ホームの幅は狭く外側は斜面となっていますので
列車到着時にはかなり迫ってくるので注意が必要です。
大井川鐵道井川線b89
そして待合室側には一本、引き上げ線が設けられています。


大井川鐵道井川線b90
川根小山駅の東側の井川方の踏切のすぐ先にあるトンネルです。
大井川鐵道井川線17
川根小山駅━奥泉駅間にはご覧の通り3箇所のトンネルがあります。
駅からすぐのトンネルは短いのですがその先のトンネルは
ご覧の通りかなり長く駅間の半分以上がトンネルとなっています。
列車速度が遅いので地上部分で駅が取れないことは無いのですが
できれば確実に駅停車中にGPSアクセスをしておく事をお勧めします。


大井川鐵道井川線b91
駅から牛の頸まで戻り、小山トンネルを抜けて県道77号川根寸又峡線を北上します。
赤いトラス橋の渡谷橋、道路橋の川根路橋と
大井川を二度渡るとまもなく次の駅の入口となります。
牛の頸から駅への入口の交差点まではおよそ800mほどとなります。
大井川鐵道井川線b92
川根路橋では大井川を渡った後に井川線の線路も跨いでいます。
大井川鐵道井川線b93
橋を渡るとすぐにY字の交差点があり、
案内に従って右手へと進むと50mほどで駅前広場へと到着します。
大井川鐵道井川線b94
こちらが駅のロータリーです。
バス停も設けられており一般車両の乗降もこちらでできます。
大井川鐵道井川線b95
こちらは駅前のトイレの建物です。
近くで下開土遺跡という縄文時代の遺跡が発掘されたことから
竪穴式住居を模した形で作られています。
大井川鐵道井川線b96
そしてロータリー中央の島にあるこちらも
縄文時代の人々の生活の様子を表わした像となっています。
大井川鐵道井川線b97
広場の北側には下へと降りる階段が。
大井川鐵道井川線b98
山間の傾斜地に駅があるので
駅前ロータリーは場所の取れる高台に作られており、
広場と駅は階段で連絡されています。
大井川鐵道井川線c01
階段を下るとご覧の白い建物の商店があり、
その脇に駅を示す看板があります。
駅舎はこの奥に建物があり、駅へは線路沿いの通路を抜けることとなります。
大井川鐵道井川線c02
こちらが奥泉駅の駅舎の外観です。
1959年(昭和34年)の大井川鐵道での旅客営業開始時に開設された駅で、
寸又峡温泉へのバスと井川線との接続駅となっています。
井川線の途中駅では唯一の駅員常駐駅となります(簡易委託駅を除く)。
大井川鐵道井川線c03
駅舎の北側はご覧の様に土間のガレージのような作りとなっており、
壁には写真が数多く貼られて展示されています。
大井川鐵道井川線c04
その奥へと通路を抜けると、駅舎の北側には茶畑が広がっており、
傍らにお地蔵様がありました。
大井川鐵道井川線c05
駅舎の南側には券売窓口のある事務室、室内の待合室があります。
大井川鐵道井川線c06
この駅の改札ラッチは通路からホームへと
降りる階段に設置されています。
大井川鐵道井川線c07
ホームの様子です。
島式ホーム1面2線となっており列車交換ができます。
大井川鐵道井川線c08
ホーム北端にある江戸時代の旅姿の人形。
大井川鐵道井川線c09
バスの乗り換え駅となっていることから
この駅の乗降客は他の井川線の駅と比べると段違いとなっています。
大井川鐵道井川線c10
また他の駅では単式の棒線駅が多く
1番線、2番線の表記があるのは逆に井川線ではめずらしいと言えます。



奥泉駅より北についてはその2にて続きを書きたいと思います。

では。

錦川鉄道b75
さて、錦川鉄道錦川清流線の記事を続けたいと思います。


その1(岩国駅━守内かさ神駅)についてはこちら
その2(守内かさ神━南桑)についてはこちら



錦川鉄道a92
蛇行する錦川にそって引き続き河岸を併走するに錦川鉄道と国道187号線。
こちらは南桑駅から直線で南西に1.4kmほどの場所の光景となります。
錦川鉄道a93
左手の錦川の対岸をみると線路に駅があるのが見えますが、
こちらが2019年(平成31年)3月に新設された新駅となります。
錦川鉄道a94
清流みはらし駅の外観です。
錦川鉄道では25年ぶりに新設された新駅で、
単式ホーム1面1線の棒線駅となります。

この駅の一番の特徴は列車以外では駅へ到達できないという点です。
錦川鉄道が観光イベント列車のみが停車するというコンセプトで設置した駅ですので
通常の普通列車は全て通過となります。
つまり鉄道会社が意図的に作った観光秘境駅ということになります。
錦川鉄道a95
ご覧の通り駅付近の対岸の国道は、川の反対側は切り通しの岸壁となっており
交通量のそこそこある国道には路肩のスペースもあまりありません。
錦川鉄道a96
こちらは駅の建設中の2021年(平成31年)1月に車内から撮ったホームの様子です。
確かに駅ホームには階段など外へ出る施設は見当たりません。

錦川鉄道のイベント列車でしか下車ができない駅ですので
駅に行くには事前にイベント列車の予約が必要です。
ですがそのイベント列車も最小催行人員が設定されており、
閑散期に申し込むとイベント列車自体が運休することもありますので
なかなか到達難易度の高い駅となっています。



錦川鉄道a97
こちらは国道187号線から錦川に架かる渡里橋付近の光景です。
この橋からは県道5号周東美川線が国道から分岐しています。
錦川鉄道b15
橋の目の前の国道沿いに建つ旅館。
錦川鉄道a98
そしてその渡里橋を渡った反対側のたもとの目の前に次の駅があります。
錦川鉄道a99
根笠駅の外観です。
この駅も1960年(昭和35年)の国鉄岩日線開業で設置された駅のひとつです。
錦川鉄道b18
駅に来て真っ先に一番印象残るのがこちらの「美川ムーバレー」の看板です。
なんでも地底王国がテーマのテーマパークがあってこの駅が最寄なのだそうです。
ちなみにムーバレーまでは駅前の県道を3.3kmほど進むとあります。
錦川鉄道b01
橋のたもと付近は特に広場などにはなっておらず、
駅前の広場は県道から高い場所に作られています。
錦川鉄道b02
川に沿って県道を南下すると、
ホームの南端の先に駅前へと通じる道の入口がありました。
錦川鉄道b03
駅の入口らしく設置されている美川町の観光案内地図。
錦川鉄道b04
看板の向かい側にはバス停のポールと公衆トイレがあります。
錦川鉄道b08
坂の入口付近を上から俯瞰にて。
錦川鉄道b05
坂を上って駅前へと上がります。
錦川鉄道b06
こちらが駅の南側の線路脇に設けられている駅前広場です。
錦川鉄道b07
屋根つきの駐輪場も広場にはありましたが、
この「レンタサイクル」はちょっと営業しているようには見えませんでした。
錦川鉄道b09
広場の奥を北へと進むとホームへの入口があります。
錦川鉄道b10
ホームへの入口です。
数段の階段を登るとホームへ上がる事ができます。
錦川鉄道b11
こちらがホームの様子ですが、この駅も単式ホーム1面1線の
棒線無人駅となっており駅舎はありません。
錦川鉄道b12
線路周辺には多少の平地があり線路脇に民家もちらほら見えます。
錦川鉄道b14
木製の駅名標。
錦川鉄道b13
この駅も土盛りのホームでホームの中ほどだけ
アスファルトが敷かれていました。
錦川鉄道b16
ホームから外に出ると、県道沿いのフェンスには
公衆電話の場所を案内する表示が。
しかしその表示の目の前に電話ボックスがあるのに
何故わざわざ対岸の電話を案内しているのかは謎です。
錦川鉄道b17
そのすぐ脇には、橋の目の前へと降りられる北側の階段があります。



錦川鉄道b19
こちらは県道69号徳山本郷線という県道での光景です。
写真の付近に錦川鉄道の次の駅があります。
ここから500mほど北へと進むと錦川に架かる錦雲橋という橋があり、
県道は国道187号線へと合流をしています。
錦川鉄道b20
駅前の広場です。県道に面した広場は舗装されて
駐車場となっておりバス停も設けられています。
錦川鉄道b21
広場に面した商店。営業している様子はありませんでしたが、
自販機は普通に稼動をしていました。
錦川鉄道b22
そして広場の南側の、階段を登った高台の上にあるこちらが
河山駅の駅舎となります。
駅は1960年(昭和35年)に国鉄岩日線が開業した際に最初の終着駅として設置されました。
1963年(昭和38年)に錦町駅まで延伸した事によって途中駅となっています。
錦川鉄道b23
駅舎の中の様子です。
中はご覧の通り広めですがベンチが壁際にあるのみとなっています。
錦川鉄道b24
改札のラッチはあるものの窓口などはありません。
錦川鉄道b25
ホーム側から見た駅舎付近の様子です。
かつて構内踏切だった通路がホームと連絡しています。
錦川鉄道b26
踏切だった、というのはご覧の通り
駅舎側の線路が廃止されて使われていない為で、
通路の部分はアスファルトで線路が埋められています。
錦川鉄道b27
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の駅となっています。
構内を見れば分かる通り元々は島式ホームの駅で列車交換も可能でした。
錦川鉄道b32
駅舎側のホームには今でも一部は線路が残っていますが、
中央から根笠駅方は線路が撤去されておりつながっていません。
錦川鉄道b31
駅舎の北隣には転轍器も残っていますが
当然ポイントが撤去された今は使われておらず錆び付いています。
錦川鉄道b28
ホームも線路が撤去された以外は島式の当時のままの面影を残しています。
錦川鉄道b29
駅舎に近い北寄りにはご覧の屋根が。
錦川鉄道b30
この駅の木製駅名標です。



錦川鉄道b33
錦川に沿って引き続き併走して北上をする錦川鉄道と国道187号線。
河山駅から2.5kmほど北西に位置する写真の付近には
錦柳橋という橋が架かっており、目の前に次の駅があります。
錦川鉄道b34
切返して国道の北側から見た錦柳橋です。
錦川鉄道b35
橋の対岸には集落が見えます。
錦川鉄道b36
上から見た錦川の様子。
錦川鉄道b37
対岸の端のたもとの目の前が錦川清流線の柳瀬踏切となっていて、
そのすぐ脇に駅が設置されています。
錦川鉄道b38
駅前は橋のたもとに少々のスペースが、
広場と言うには少さな広さですが設置されています。
錦川が目の前の河岸の斜面にあるので
これ以上のスペースは取れなかったのでしょう。
錦川鉄道b39
広場の北側のこちらがホームの入口です。
錦川鉄道b44
柳瀬駅の駅の全景です。
この駅は1963年(昭和38年)の開設で、
国鉄岩日線の河山駅━錦町駅間の延伸によって設置されました。
錦川鉄道b40
そしてこちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
錦川鉄道b41
南側の入口付近は川とホームが迫っていましたが、
錦町方の北側へと進むとやや周辺が広がって開けています。
錦川鉄道b43
駅の木製駅名標。
錦川鉄道b42
ホーム南端付近の光景です。
錦川鉄道b45
踏切を渡り川と反対側の線路西側には
集落内へと連絡している生活道路が延びています。



錦川鉄道b46
こちらは国道434号線の新広瀬橋の北側付近の光景です。
国道は大きく左にカーブを描いて新広瀬橋を渡りますが、
正面まっすぐへは錦町の集落の中心地を抜ける国道の旧道です。
錦川鉄道b47
Y字の交差点から切返した光景です。
100mほど奥に見えるのは錦川鉄道の跨道橋です。
錦川鉄道b48
旧道へと入って西へ。
錦町広瀬の集落はこれまでの集落に比べて規模が大きく、
両側に明治から昭和にかけての旧家が立ち並んでいます。
なんでも江戸時代には和紙の産地だったそうで、
最盛期には120軒ほどの業者が並ぶ街だったのだそうです。
錦川鉄道b49
国道から100mほどで旧道に面する駅への入口に。
錦川鉄道b50
こちらが錦町駅の駅舎の外観となります。
1963年(昭和38年)の国鉄岩日線の延伸開業によって終着駅として誕生した駅は
第三セクター転換後に錦川鉄道となった後も
現在に至るまで終点の駅として営業をしています。
錦川鉄道b58
こちらが駅舎の入口です。
錦川鉄道b59
入口のすぐ左手には「清流線トラベルサービス」と書かれた、
JRで言うみどりの窓口のような券売窓口がありました。
錦川鉄道b57
駅舎の中へと入るとすぐに改札と窓口があります。
錦川鉄道b60
改札前にある駅の待合室。
窓口の向かい側にあって広く綺麗で過ごし易そうな待合室で、
中には売店も設けられています。
錦川鉄道b61
改札を入ると目の前にすぐに階段が。
錦川鉄道b51
ホームの様子です。
旅客のホームとしては単式ホーム1面1線の駅となっており、
列車は折り返し運転を行っています。
錦川鉄道b52
駅には車両基地が併設されており、
ホーム前に側線があって車庫やメンテナンス用のホームがあります。
錦川鉄道b54
南側を見ると入口のすぐ脇にはご覧の腕木式信号機が。
錦川鉄道b55
その横には腕木式信号機の説明の看板がありました。
なんでも1987年(昭和62年)まで河山駅で実際に使われていたものなのだそうです。
錦川鉄道b53
さらに西側のホーム端先には車止めが。
駅から日原駅方面への延伸の際には右にカーブするように
線路が直される予定だったそうです。
錦川鉄道b68
錦町駅の木製駅名標。
錦川鉄道管理の駅には全てこの毛筆の駅名標がありました。
錦川鉄道b56
ホームから階段を下って改札へ。
錦川鉄道b62
駅舎を出た目の前には木製の車寄せの庇があります。
錦川鉄道b63
すぐ左手を見ると
タイル製の観光案内の壁がありました。
錦川鉄道b64
そのタイルの先を見ると、駅舎の隣の黒い建物の入口が。
この建物は観光鉄道資料館でした。
錦川鉄道b65
資料館を背に広場へ。
駅前の大きな観光案内地図の後ろは駐輪場になっていました。
錦川鉄道b66
駅舎脇の西側へとはいると町営の駅駐車場が。
錦川鉄道b67
駐車場の向かいから駅舎を見ると二階が錦川鉄道の本社となっており
本社入口の階段が裏手にあります。
錦川鉄道b69
前の道をさらに西へ。
錦川鉄道b70
こちらが錦川清流線の錦町側の線路終端です。
錦川鉄道b71
終端の車止めの前から奥を見ると
トロッコ遊覧車の乗り場が見えます。
錦川鉄道b72
こちらがとことこトレインの錦町の乗り場です。

国鉄岩日線は錦町以北へも延伸の工事が続いていて
六日市駅までの線路路盤はほぼ完成をしていました。
しかし国鉄再建法の成立によって1980年(昭和55年)に延伸工事は凍結。
そのまま鉄道が敷かれること無く未成線となりました。
錦川鉄道b73
この未成線を利用して、当時の錦町の町長が遊覧車両の運行を計画。
未成線跡を岩日北線記念公園として舗装整備し、
2002年(平成14年)にタイヤで走る遊覧車両が
錦町━雙津峡温泉間で運行開始をしました。



以上で錦川鉄道については全てとなります。
錦川清流線については駅メモ開始当初から「レーダーで取れない路線」として知られており、
またその運行本数の少なさや立地などから難易度の高い路線でした。

鉄道に乗ってレーダーを使う場合、
まず錦川鉄道からは椋野駅まで来ないと射程10では錦町駅まで届きません。
ブースターなどで射程を14まで延ばしても北河内駅━椋野駅間が境界なのは変わりません。

しかし錦川清流線はひとつ手前の北河内駅が最後の列車交換可能駅なので、
椋野駅から引き返しても終点の錦町駅まで行っても帰りの列車は同じになります。
つまりわざわざレーダーを使う意味が無いという事になります。

そして近隣路線のJR岩徳線やJR山口線からもレーダーでは
錦川清流線の奥の駅には届きません。
つまり鉄道を利用する以上は終点の錦町駅まで乗るしか無いのです。
錦川鉄道b74
しかし鉄道以外を使うならば方法はあって、
中国自動車道の六日市IC━鹿野IC付近からレーダーを飛ばすと
錦町駅が射程1で入り錦川清流線の末端区間にレーダーが届きます

この区間には益田駅━広島バスセンター間の石見交通の高速路線バスなどが走っていますので
理論的にはレーダーで錦川鉄道のコンプを目指すのは可能でしょう。
ただ他府県に住む人にとっては高速バスやレンタカーなどを使う必要があるので
コスト的に見合うのかは疑問ですが。


以上駅メモ攻略の参考となれば幸いです。

では。

錦川鉄道a12
錦川鉄道錦川清流線の記事の続きです。


その1(岩国駅━守内かさ神駅)についてはこちら



錦川鉄道a13
こちらは国道2号線の岩国市保木付近の光景です。
西側を保木川が併走している国道の、岩国西中学校付近の橋の前に
信号と横断歩道が設けられています。
錦川鉄道a14
橋から中学校の脇を抜けて140mほど進むと
左手にある椎尾八幡宮の鳥居が見えてきます。
錦川鉄道a15
その鳥居の目の前の、民家の間のこちらの道が駅への取付道路となっており
駅のある表示はありませんが、100mほど進むと駅前の広場と駅があります。
錦川鉄道a16
こちらが南河内駅の外観となります。
1960年(昭和35年)の国鉄岩日線開業に際して設置された駅です。
ホームのみで駅舎は無く、待合の屋根が設けられています。
錦川鉄道a17
駅前の広場は舗装されており、駅舎の無い無人駅としては
かなり広めのスペースが取られています。
錦川鉄道a18
ホームへの入口の階段。
階段は建屋の壁の両側に設けられていました。
錦川鉄道a19
こちらがホームの様子です。
この駅も単式1面1線の棒線無人駅となっています。
錦川鉄道a20
錦川と支流の保木川に挟まれた中州に位置している為
山間部ながら開けた平地が駅周辺には広がっています。
錦川鉄道a21
ホームの目の前に広がる田んぼ。
また駅周辺には1haほどの菜の花畑がひろがっており
春には撮影スポットとなるそうです。
錦川鉄道a22
駅の木製の駅名標。
錦川鉄道a23
外に出て再び駅前広場から鳥居の前へと戻ります。
錦川鉄道a24
駅前にあるこちらの神社は椎尾八幡宮という神社です。
同名の神社が錦帯橋のそばにありますが、
こちらの神社もなかなか大きい神社でした。
錦川鉄道a25
階段の上にある楼門。
錦川鉄道a26
境内に入って本殿です。



錦川鉄道a27
こちらは南河内駅から南西に1.5kmほどの行波地区の光景です。
写真の中央を横に流れるのが錦川で、川に架かっている橋が
1956年(昭和31年)に開通した行波橋です。
橋は錦川の向こう側対岸で国道187号線と接続しており、
国道と行波の集落を連絡しています。
錦川鉄道a28
橋の南側はすぐに田んぼがあり、
川沿いに伸びた狭い平地に行波の集落があります。
橋の目の前の道には神社ののぼりが立ち、
その向かいの川沿いには大きな「岩国行波の神舞」の看板があります。
錦川鉄道a29
看板を背に田んぼの中を伸びる道を進むと
まもなく錦川鉄道の築堤と跨道橋が見えます。
錦川鉄道a30
道から見えるこちらが行波駅の全景です。
駅は1971年(昭和46年)に仮乗降場として開設されたもので、
国鉄時代にはずっと仮乗降場だった為時刻表には載っていない駅でした。
その後の1987年(昭和62年)の国鉄民営化で
JR西日本が継承した際に正式駅に昇格となっています。
錦川鉄道a31
跨線橋の手前にある駅の駐輪場の前を通過し
ガードをくぐって反対側へと抜け、交差点を左へと曲がります。
錦川鉄道a32
曲がるとすぐに、ご覧の通り駅への入口の階段があります。
錦川鉄道a33
ホームへの階段。
錦川鉄道a34
そしてホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅であるのは近隣の駅と同様です。
錦川鉄道a35
この駅も山間の斜面に作られた駅なのでホームが周辺の道路より高く
見晴台のように周囲が見渡せるロケーションとなっています。
錦川鉄道a36
この駅の木製毛筆の駅名標。
錦川鉄道a37
駅の前の道は坂となっていますが、
北側は民家があって行き止まりとなっており、
南側からしか出入りはできません。
錦川鉄道a38
そして跨道橋のガードの前の十字路を南へと進み
坂を上って畑の間を抜ける道が神社への道となります。
錦川鉄道a39
ガードから20mほど坂を上った右手にある神社への参道。
錦川鉄道a40
こちらが行波集落の鎮守である荒玉社です。
錦川鉄道a41
この神社への式年の奉納の神楽である「岩国行波の神舞」は
1979年(昭和54年)に国の重要無形民俗文化財に指定されています。
参考
岩国行波の神舞
http://yukabanokanmai.com/

錦川鉄道a42
境内から見下ろした東の駅方面の光景です。



錦川鉄道a43
こちらは県道130号本郷周東線の光景で、
国道187号線の共用区間から分離して天尾橋で錦川を渡った先の
およそ400mほど進んだ付近となります。
錦川鉄道a44
切返して反対の西側から見た県道です。
ご覧の付近の県道北側一体が駅の敷地となっており、
中ほどに駅舎への入口があります。
錦川鉄道a45
こちらが北河内駅の駅舎の外観です。
駅は1960年(昭和35年)の国鉄岩日線開業で設置されました。
この駅舎は開業以来のものをそのまま使っているそうです。
錦川鉄道a46
駅舎の東側敷地はご覧の様に舗装された駐車場となっており、
屋根つきの駐輪場も併設されています。
錦川鉄道a51
駐車場の一角に立てられた駅周辺の観光案内マップ。
錦川鉄道a47
敷地の西側にも道が伸びており、
先にはバス停とバスの展開場、そしてその先には保線の建物がありました。
錦川鉄道a48
そして駅舎の西側すぐの場所には隣接して石碑などが並ぶ区画が。
錦川鉄道a49
こちらは錦川鉄道設立25周年の記念碑です。
錦川鉄道a50
その隣には岩日線開業50周年記念の木碑が。
国鉄岩日線は27年で第三セクター転換していますので
錦川清流線の期間を含めての岩日線50周年ということの様です。
錦川鉄道a52
駅舎の前へと戻りホームへ。
構内踏切があって駅構外とホームとを連絡しています。
錦川鉄道a53
ホームの様子です。
島式ホーム1面2線となっています。
錦川清流線の途中駅で列車交換が可能な駅はこの駅だけです。
錦川鉄道a54
この駅の木製の駅名標。
毛筆に落款まで押されていました。
錦川鉄道a55
ホームの北側には田畑が広がっており、
南側は駅構内のヤードがひろがっています。
錦川鉄道a56
錆びすぎてまったく読めなくなっている駅名標。
錦川鉄道a57
トイレは駅舎では無く構内の
ホーム端スロープ前に設置されていました。



錦川鉄道a58
錦川の河岸を川と併走する様に錦川鉄道が走り、
川の対岸の北岸には国道187号線が同じく併走をしています。
北河内駅から3.5kmほど西の付近でご覧の椋野橋が架かっており、
国道と駅とを連絡する道となっています。
錦川鉄道a59
橋を渡ると対岸の目の前に錦川清流線の築堤が横切っており、
正面に駅のホームがあるのが見えます。
錦川鉄道a60
こちらが椋野駅の駅の外観です。
1960年(昭和35年)の岩日線開業によってこの駅も設置開業をしまています。
錦川鉄道a61
橋のたもと付近は道が広がって広場のようになっており、
バス停が設けられるなど実質的な駅前広場の役割を果たしています。
錦川鉄道a62
広場奥にあるガードをくぐると、すぐ右手に階段があり
この階段が駅への入口となります。
錦川鉄道a63
ガードの上を見ると駅のホームの南東端があるのが見えます。
錦川鉄道a64
駅への階段はご覧の通りで、
階段上はホーム前の小さな広場となっています。
錦川鉄道a65
ホーム入口前の広場です。
公園の様な広場が設けられています。
錦川鉄道a72
斜面に棚状に作られた広場は徒歩でしか登れず
車両が入ってくる事はありません。
錦川鉄道a66
こちらがホームへの入口です。
錦川鉄道a67
そしてホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
錦川鉄道a68
駅周辺は山が迫っていて、椋野の集落の小さな平地に
駅があることが分かります。
錦川鉄道a70
付近の名所を案内する看板。
錦川鉄道a69
高台となっているホームからは錦川もすぐ先に見えます。
錦川鉄道a71
駅の木製毛筆の駅名標。



錦川鉄道a73
引き続き錦川と併走する鉄道と国道187号線。
椋野駅から直線で2.1kmほど北西には橋が架かっており、
集落の対岸に次の駅があります。
錦川鉄道a75
こちらが集落と駅を連絡している南桑橋です。
1996年(平成8年)に架橋された鋼斜張橋で、
この橋ができる前は対岸へは渡船で渡っていたそうです。
錦川鉄道a74
切返して南側に向いた光景です。
橋から国道に沿った東側(岩国方面)に南桑の集落が広がっています。
錦川鉄道a76
人道橋である南桑橋を渡ると対岸に駅が見えます。
錦川鉄道a77
こちらが南桑駅の外観です。
1960年(昭和35年)の国鉄岩日線開業で設置された駅の一つとなります。
南桑の集落からは錦川を挟んだ対岸に駅があります。
錦川鉄道a78
対岸の橋のたもとに着くとご覧のスロープを登って
錦川鉄道の線路をくぐります。右手に「かじか」の看板がありますが、
これは駅から北へ進むとあるかじかの滝の事なのか、
駅周辺に生息する天然記念物のカジカガエルの事なのかは分かりません。
錦川鉄道a89
看板の上の手すりを見ると南桑集落の町内図が。
錦川鉄道a79
線路のガードをくぐった先ですぐ左を見ると駅へに階段があります。
階段の上が駅の平地で、目の前には駐輪場があります。
錦川鉄道a80
ガードの内側はご覧のようにT字路となっています。
奥の西側へはスロープがあり、駐輪場へ行く自転車が登る道となっています。

そしてスロープの先にも舗装されていない山道が続いていて
「石童山山頂」と書かれた木札があります。
この線路脇の道は駅の南側にある石童山(496m)の登山口の入口で
かつてはこの道の先に山中には集落もあったそうです。
錦川鉄道a81
階段上にあった「かじかの里」のかえるの看板。
錦川鉄道a82
その前の手すりにはハブの出没を注意する注意書きがありました。
錦川鉄道a83
階段の上は目の前がすぐにホームの入口です。
錦川鉄道a88
右手の駐輪場は屋根と土間のシンプルなタイプ。
錦川鉄道a84
ホームの様子です。
土盛りのホームがローカル線に来た感を増幅させます。
錦川鉄道a85
川と山が迫っている場所なので
斜面を削って線路とホームが作られています。
錦川鉄道a86
屋根の建屋の裏側を覗くと駐輪場が見えます。
錦川鉄道a87
ホーム西側の駅入口付近です。
錦川鉄道a90
橋へと戻って、橋上から見える南桑の集落。
錦川鉄道a91
欄干にもカジカガエルのレリーフがありました。



さて、南桑駅まで来て沿線の光景はかなり山の中となってきました。
この先も錦川鉄道は基本的に錦川にそって進みます。
ここから奥の駅はその3にて。

では。

【写真撮影:2019年10月】

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