2020年04月

別所線96
上田電鉄別所線の続きです。


その1(上田駅━大学前駅)はこちら。
※その1については加筆予定なので追ってアップします。



大学前駅を出た別所線は南へと進み900mほどで次の駅となります。

別所線01
こちらは県道65号上田丸子線の下之郷付近の光景です。
ご覧の横断歩道の交差点から西側の横道に入ると次の駅があります。
別所線02
反対の南側から見た県道の駅入り口付近です。
別所線03
駅への道を県道から40mほど入るとすぐに駅前の広場となります。
別所線04
こちらが下之郷駅の外観となります。
駅は1921年(大正10年)に上田温泉電軌(現・上田電鉄)川西線(現・別所線)の駅として
路線の開業に併せて設置されました。

1926年(大正15年)に上田温泉電軌の依田窪線(後の西丸子線)が開業すると
二つの路線の分岐駅となりましたが、
1961年(昭和36年)に西丸子線が災害で休止(後にそのまま廃止)となり
モータリゼーションの波の中、駅は単線1面の無人駅となります。

しかし列車交換が再び下之郷駅で行われる事となり駅は再び1面2線となり
駅員配置されて有人駅へと戻ります。
1986年(昭和61年)には車両基地がこの駅へと移転してきており、
前後してホーム上の駅舎も改装されています。
別所線05
駅の東側の駅前広場は舗装された広めのものとなっていますが
これはかつての路線分岐駅だった時代の名残りで、
ホーム脇の駐輪場あたりにはかつての旧駅舎があったそうです。
別所線06
そして駅前広場の南東角にはこちらの生島足島神社の社号標があります。
別所線07
社号標のある道は生島足島神社の北参道となっていて
南に伸びる道を進むと鳥居が見えてきます。
別所線08
250mほど先には諏訪二の宮でもある生島足島神社があります。
式内社という平安時代の延喜式神名帳にも載っている由緒正しい神社で、
下之郷駅のホーム駅舎のモチーフはこの神社の報恩殿なのだそうです。
別所線10
駅前広場からは構内踏切がありホーム南端の階段と連絡しています。
別所線09
ホームの様子です。
南端が入り口となっており、ホームの上ると目の前にご覧の待合室があります。
別所線は車内精算となっており、窓口ではフリー切符などのほか
グッズなどの購入ができます。
別所線11
ホームはご覧の通り島式で、
西側に車庫への引き上げ線が、東側に退避線があります。
駅名標の写真は駅舎のモチーフでもある生島足島神社です。
別所線12
駅舎には待合室のほかに駅務室があり、
北側にはベンチが置かれ屋根が張り出しています。
別所線13
構内踏切の奥、ホームの南西側にはご覧の車両基地の車庫の建物があります。
上田電鉄の本社の登記もこの場所なのだそうです。
別所線14
車庫の裏側には元東急5200系のステンレス車両が留置されています。
この車両は駅メモのでんこ総天ギンカの元ネタ車両のひとつでもあります。
別所線15
そして構内踏切の東側の広場側には小さな建物が二つ並んでいます。
手前は駅のトイレの建物ですが、奥の建物は廃止された西丸子線の下之郷駅ホームです。
別所線16
現在は留置線として使われている本線東側の線路は
かつての西丸子線の線路なので留置線に沿って旧ホームがあるのが分かります。 別所線17
旧ホームの入り口付近にはご覧の説明の看板が。
別所線21
裏手から見た旧西丸子線ホームの様子です。
駅名標も残されているのが分かります。


別所線18
こちらは県道171号塩田仁古田線が別所線と交わる付近の光景で、
踏切に近づくとセンターラインが消えて道幅が狭くなっています。
別所線19
北側から見た県道の踏切付近。踏切は五加踏切という名前で、
駅が近いので踏切付近は商店が並んでいます。
別所線20
南側へと戻ると踏切脇の商店と線路の間に砂利道があり、
その奥へと進むと駅があるのが見えてきます。
別所線22
こちらが中塩田駅の駅舎の外観です。
1921年(大正10年)に川西線(現・別所線)開業で設置された駅で、
開設当初は五加駅という名前でした。
現在の駅舎は老朽化が進んで2009年(平成21年)に修理改装されました。
別所線23
【上写真:別所温泉駅駅舎】
こちらは終点の別所温泉駅の駅舎ですが、
中塩田駅の駅舎と並べると外観がそっくりなのが分かります。
別所温泉駅駅舎は1950年(昭和25年)築のものなので
おそらく中塩田駅の駅舎も同時期のものだと思われます。
別所線24
駅前広場は道路と駅を連絡する砂利道の幅が広くなった程度のもので、
駐輪場が置かれて車が展開する程度の広さはありました。
別所線25
駅舎の前からはホームへと直接入る事ができます。
駅はかつては有人駅で駅員が常駐していましたが、1972年(昭和47年)に無人化されています。
柱にほぞ穴が残っていますので、かつてあった仕切りが撤去された様です。
別所線26
建物の中に入ると待合室となっていますが、
広さはあるものの土間に木製ベンチがあるだけのシンプルなものとなっています。

【上動画はクリックで再生します】
こちらは川嶋あいの『「さよなら」「ありがとう」~たった一つの場所~』のPVですが、
改装前の中塩田駅がロケで使われており当時の様子を見ることができます。
駅は他にもいくつかの映画ロケなどで使われているそうです。
別所線27
構内ホーム側から見た駅舎改札付近です。
木製のラッチが残っており、壁には古い駅名標も残されていました。
別所線28
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線となっており、上下線ともに同じホームで発着をします。
別所線29
元々は相対式2面の列車交換可能駅だったので
線路の形もかつての分岐の面影が残っていました。
別所線30
ホームから見た線路の反対側の旧上田方面行きホーム。
上屋などは撤去されていますがホームの土台は残っており、
現在は別所温泉方の線路が外されて保線車両の留置線となっています。
別所線31
反対の上田方を見ると本線の隣に別の引き上げ線があって
踏切の先まで伸びているのが見えます。


別所線32
こちらは中塩田駅から南に直線で600ほどの市道の光景です。
住宅地を進むと別所線の踏切が現れます。
別所線33
踏切の北側には塩田中学校の敷地がありますが、
線路を挟んだ中学校の南側に次の駅が設置されています。
別所線34
市道から駅への光景です。駅前広場は市道に隣接しており
一面が舗装された広場となっています。
別所線36
広場の奥には屋根つきの駐輪場が。
別所線37
市道側の踏切脇付近には駅前のバス停とベンチが置かれていました。
別所線35
こちらが塩田町駅の駅の外観です。
1934年(昭和9年)に川西線(現・別所線)に追加新設された駅となります。
かつてはホームに並行に隣接して木造駅舎がありましたが老朽化が進んでおり、
1993年(平成5年)の駅無人化に併せて解体されています。
現在の駅入り口にある屋根形のアーチはかつての駅舎の妻面付近にあります。
別所線38
こちらがホームへの入口となります。
別所線39
ホーム側から見た入口の階段。
別所線40
そしてこちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
別所線41
路線のできた後に追加された駅だけに線路もまっすぐで
余剰の駅敷地のような物は周囲には見当たりません。
別所線42
上屋の屋根はかなり広く作られています。
かつては駅舎とホーム上屋が一体化した建物があって
駅事務室なども設けられた駅舎でしたが、解体後は全てホーム上屋に作り直された為
待合スペースが旧駅舎部分にまで広がった為この広さとなりました。


別所線43
こちらは塩田町駅から南西に400mほどの住宅地の中の市道です。
農地から住宅地へと開発する途上のように間隔の空いた住宅地を進むと
ご覧の別所線の踏切があります。
別所線44
踏切の北側には線路に沿った砂利の空き地が。
こちらは駅の敷地の一部で駐車場の表示がありました。
別所線45
踏切の道を道なりに進むとまもなく交差点があり、
南側に駅への入口があります。
写真の車の止まっている付近にはかつては木造駅舎がありましたが
現在はご覧の通り空き地となっています。
別所線46
こちらが中野駅の駅の入口です。
1921年(大正10年)の路線開業時から設置されている駅となります。
ホームへは階段で上がり、脇にはスロープが設置されていました。
別所線47
ホーム側から見た入口付近と、市道までの連絡道路の様子です。
別所線48
駅入口の脇には駐輪場が。
駐輪場の先は踏切脇の駅駐車場へと通じています。
別所線49
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
別所線50
かつては列車交換の可能な駅だったそうでホームの反対側には
もう一本分の線路の敷地が今でも残っています。
別所線51
ホームもかつては板張りでしたが、現在はコンクリートのPC板造りに直されています。
別所線52
駅前の道を西へと進むと50mほどにある寺。
なかなか立派な山門のお寺です。


別所線53
こちらは中野駅から南西に1kmほどの市道です。
周囲は田んぼが広がっており農家が散在する散村の光景が広がっています。
別所線の踏切がありその脇に駅が設置されています。
別所線54
踏切の南側から見た光景です。
駅前の広場が踏切手前の道路に隣接しています。
別所線55
こちらが舞田駅の駅全景です。
1921年(大正10年)の川西線(現・別所線)開設当時からの駅ですが
現在に至るまでずっと無人駅であり、一時期は普通列車が一部通過していました。
別所線56
駅前の広場の様子です。砂利敷きの広場の入口には
「舞田駅パークアンドライド駐車場」の看板があります。
別所線57
広場はL形に曲がっており、奥が駐車場となっている様です。
別所線58
踏切脇の広場入口付近にある駅の駐輪場。
別所線59
その隣にホームへと上がる階段がありました。
別所線60
入口の階段上から見た駅前広場の光景です。
別所線61
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
別所線62
駅名標は2016年(平成28年)に現在の鉄道むすめが描かれたものとなっています。
描かれた上田電鉄の鉄道むすめ「八木沢まい」の「まい」は舞田駅が由来の為、
この駅にキャラクター駅名標が設置された様です。
別所線63
駅舎はありませんがホーム上にはこちらの木造の待合室が。
2001年(平成13年)に改築された建物はベニヤが無垢で使われていましたが
ベンチのある中は綺麗に掃除がされていました。
別所線64
ご覧の通り駅周囲は一面のたんぼが広がり遮るものはありません。
駅の北の別所街道まではおよそ500mほど離れています。

【上動画はクリックで再生します】
こちらは1980年代に放送されたマルシンハンバーグのCMで、
ロケ地として舞田駅が使われていますが40年経った今とさほど光景は変わっていません。
また1985年(昭和60年)公開の松竹映画「男はつらいよ 寅次郎恋愛塾」(第35作)では
冒頭で寅さんが目覚めるシーンで舞田駅が使われています。


別所線65
場所は変わって舞田駅から南西に700mほどの市道の光景です。
横に信濃川の支流の湯川が流れており、
別所線の踏切が見えてくるとその手前に駅が見えます。
別所線66
こちらが八木沢駅の駅舎の外観です。
1921年(大正10年)に川西線(現・別所線)の開業時に開設された駅で、
駅舎は開業当時からの木造駅舎が現在も使われています。
別所線67
西側から見た駅の光景です。
駅前に流れる湯川には八木沢橋という橋が架かっています。
別所線68
橋の目の前の線路沿いにはご覧のスペースがあり
車が1台ならば退避することができます。
別所線69
駅の南側にある踏切の光景。
別所線70
駅舎と線路の反対側にはご覧の通り併走して道路があります。
別所線71
南東側から見た駅の全景です。
別所線72
ホームの向かい側には地元有志が手入れをしている花壇がありました。
この花壇の土地は列車交換施設の増設の為の用地ですが、
実際の線路の敷設の予定は未だ未定なので現状では花が植えられています。
別所線73
駅舎前に戻って前のスペースです。
線路に沿って駅の敷地があり駐輪場が置かれています。
別所線74
駅舎の中の様子です。
外からは床が高くなっており入口に階段が数段あります。
中は土間の壁際にベンチが作られています。
別所線76
ホーム側から見た駅舎の出口。
別所線75
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
開設当初は駅員が居たそうですが、現在は無人駅となっています。
別所線77
2016年(平成28年)交換された駅名標には鉄道むすめが描かれています。
キャラクターの名前の「八木沢まい」の苗字はこの駅から取ったものです。
別所線78
ブルーグリーンに塗られた駅舎は別所線の他の駅にもありますが、
前面が塗られている上に周囲が田んぼで遮るものがなく、
非常に絵になる美しい情景の駅となっています。
その為この駅では頻繁に撮影のロケが行われている様です。

こちらはAKB48のメジャー6作目のシングル「夕陽を見ているか?」のPVです。
屋外ロケが八木沢駅周辺で行われており、映像の中でも駅が登場しています。

また、いきものがかりの13作目のシングル「ふたり」のPVでも
八木沢駅がロケに使われておりファンの間では聖地となっているそうです。


別所線79
こちらは県道177号鹿教湯別所上田線(別所街道)の別所温泉交差点です。
県道82号別所丸子線が分岐しており、
この交差点から西は県道177号と82号の重複区間となります。
別所線80
交差点から西に150mほど進むと左手にあるのがこちらの
「別所温泉あいそめの湯」です。別の場所にあった社会福祉センターが移転して
2008年(平成20年)にできた日帰り温泉施設です。
別所線81
さらに西へと進むと右手にブルーグリーン色の使われた建物が。
別所線82
建物の目の前にはごらんの交差点があり、
県道177号と82号が再び分岐しています。
別所線83
こちらが別所温泉駅の駅舎の外観となります。
駅は1921年(大正10年)に川西線(現・別所線)の終点の別所駅として開業しました。
信濃別所駅への変更を経て1930年(昭和5年)に現在の別所温泉駅となっています。
別所線85
駅舎は県道が坂になっているので南側の正面出口前は
県道よりも低くなっており階段で上る事となります。
別所線84
駅舎の中の待合室の様子です。
他の別所線の駅舎と同様の造りですが、有人駅となっているので
待合室のソファーや備品などが置かれていてにぎやかな印象があります。
別所線89
ホーム側の駅舎の出口付近です。
駅舎の扉が直接改札では無く、ホーム側の外に木製の柵があって
通路部分とホーム部分が区切られ、駅舎出口前の柵に改札があります。
別所線88
駅舎に沿った通路部分。
「駅長室」と「観光案内所」の看板があります。
別所線90
こちらが駅長室の扉。ガラスには「駅務室」と書かれています。
観光協会とは実は中は同じ部屋です。
別所線91
通路から駅舎の北側に。こちらは駅の駐車場となっており
バスの発着場も設けられています。
別所線92
駐車場の駅舎寄りにある屋根つきの駐輪場。
レンタサイクルもここに置かれていて観光協会で借りる事ができます。
別所線93
県道から見た駐車場の様子。
北の端には丸窓電車が保存留置されています。
別所線86
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線となっており、入線した列車はそのまま折り返し運行となっています。
別所線87
駅舎寄りのホーム南側には駅舎の軒が延びて屋根となっています。
別所線95
ホーム南端の駅舎前付近を見ると、現在は封鎖されている通路が見えます。
別所温泉駅はかつては頭端式2面2線のホームの駅で、
この通路は当時の2番線への通路が残っているものです。
別所線94
駅舎から線路の反対側に見える旧2番線ホーム。
現在は線路も撤去されて使われておらず、ホームは花壇となっています。
この駅で隣の駅も書かれた駅名標はこの旧2番線にのみあります。



以上で上田電鉄別所線は全てとなります。

レーダーを使用した場合、イベント期間で射程が延びている場合
JR篠ノ井線の上田駅のより北側でなんとか終点の別所温泉まで届くケースはある様子です。
ですが基本的に通常時はなつめスキルを使用しても終点までは届かないので
基本的に普通に乗車してコンプする事になると思います。

ローカル線としては運行本数はそこそこあり、
距離も全線で11.6kmと手ごろな距離なので片道で1時間ほど、
往復で乗車しても3時間はかかりません。
いおりやギンカの車両もありますので是非実際に乗車してみて下さい。

では。

でんこの元ネタ
■No.28 京橋リオナ(Kyobashi Riona)
 ■タイプ:アタッカー
 ■誕生日:4月11日

■出身駅: 東京メトロ 銀座線 京橋駅(東京)
リオナ01


京橋という地名はその元は江戸時代の慶長年間(1596~1615)に遡ります。
現在の皇居(旧江戸城)と東京駅との間は日比谷入江という東京湾の入江でしたが
幕府が諸大名に命じて行った天下普請によってこれを埋め立てて江戸城外堀を作り、
併せて外堀に通じる東西に開削された水路が京橋川です。
リオナ03
こちらは中央通り(国道15号)と首都高KK線の交わる銀座京橋の光景です。
上を走る首都高は1959年(昭和34年)に京橋川を埋め立てた上に作られたもので、
この高架下が旧京橋川の川筋となります。
リオナ04
銀座京橋の北側には隣接して警察博物館がありますが、
その目の前に京橋と刻まれた柱があります。
これはかつてこの場所の京橋川に架かっていた東海道の京橋の親柱です。

江戸時代の東海道は日本橋が起点でしたが、
この京橋は日本橋から南に1kmの地点にありました。
「京橋」の名前は「日本橋から京に向かう時に最初に渡る橋」という意味
1601年(慶長6年)に五街道が整備されたのとほぼ同時期に京橋も架けられています。
リオナ05
幕府が作った公儀橋であり、その印として
欄干の上に擬宝珠(たまねぎの様な飾り)があります。
他に擬宝珠があった橋は日本橋と新橋のみだったそうですから
この京橋の重要度が分かります。
リオナ06
京橋は1875年(明治8年)石造りのアーチ橋に架け替えられ、
その後交通量の増大により1901年(明治34年)に鉄橋に架け替えられています。
戦後の1959年(昭和34年)に首都高の建設で京橋川が埋め立てられた際に
京橋も撤去
されて無くなっています。
リオナ07
その並びの、銀座京橋の高架の南側にはこちらのもう一つの親柱が。
京橋が鉄橋となった後の1922年(大正11年)に作られたもので
内部から明かりが灯るものでした。
リオナ08
その横には「煉瓦銀座之碑」が。
1872年(明治5年)に大火で銀座が消失した後に、
耐火構造である煉瓦作りで銀座煉瓦街が作られたのを記念したものです。
碑の後ろのガス灯と地面の煉瓦は1874年(明治7年)に
銀座の街に日本初のガス街灯が設置されたことを記念して再現されたもので、
煉瓦は発掘された当時のもので再現したものだそうです。
リオナ09
京橋跡の銀座通り口交差点から南の中央通りは銀座の街で、
写真手前側が一丁目で、1kmにわたって一~八丁目までが通り沿いに並んでいます。
リオナ10
ガス灯から中央通りを挟んだ反対側を見ると
京橋の親柱の形を模した銀座一丁目交番があります。
リオナ11
交番の脇にもう一本の京橋の親柱があります。
こちらも1875年(明治8年)の石橋となった時のものです。
リオナ12
そしてこちらは「東海道五十三次」で有名な江戸時代の浮世絵師の
歌川広重が1858年(安政4年)に描いた「名所江戸百景」の「京橋竹がし」の浮世絵です。
描かれている橋がこの場所にあった江戸時代の京橋です。

リオナ13
南の銀座側から見た銀座京橋の高架橋です。
リオナ14
高架をくぐって北側へと抜けて、
西側に高速道路に沿って伸びる道路を見ると
すぐ目の前に石碑があるのが見えます。
リオナ15
こちらは「江戸歌舞伎発祥の地」の石碑です。
江戸歌舞伎の始祖の猿若勘三郎(初代中村勘三郎)が1624年(寛永元年)に
猿若座(後の中村座)を開設した記念碑ですが、
実際に歌舞伎座のあった中橋南地はここから中央通りを北に500mほどの
日本橋三丁目交差点の南側付近でした。
リオナ16
その後ろにあるこちらは「京橋大根河岸青物市場跡」の碑です。
1664年(寛文4年)に京橋川の水運を利用してこの地に野菜の市場が置かれ、
明治時代には「京橋青物食物河岸」となり、様々の市場が並ぶ地帯に発展しました。
1935年(昭和10年)に築地の東京卸売市場と合併し移転しており、
こちらの碑はかつて市場があったことを記念するものです。

リオナ17
旧東海道である中央通り(国道15号線)を、京橋跡から北側を見た光景です。
この道路の地下を銀座線が走っており、この付近から北側に京橋駅があります。
リオナ18
京橋跡の目の前の中央通り西側に立つこちらのビルは
東京スクエアガーデンで、旧片倉工業本社ビル跡地に
2013年(平成25年)3月に建てられた超高層の複合テナントビルです。
リオナ19
このビルの敷地は江戸時代の畳町付近でした。
建物の一階中央部にご覧の東西に通じる貫通通路が設けられていますが、
これはかつての「畳町通り」を再生したのだそうです。
リオナ20
その貫通通路の中央通り寄りにこちらの京橋駅3番出口の地上入口があります。
リオナ21
階段下には吹き抜けの地下駅前広場があります。
リオナ22
地下駅前広場と京橋駅改札前への連絡通路の様子です。

リオナ23
東京スクエアガーデン前の中央通りへと戻り北へ。
ビルの北東角には中央通りと鍛冶橋通りの交わる京橋交差点があります。
リオナ87
鍛冶橋通りの地下には1990年(平成2年)にJR京葉線が建設されており、
京橋交差点で銀座線のさらに地下深くを交わっています。
リオナ24
この京橋交差点の南東角には「相互館110タワー」というビルが建っています。
第一生命が所有するビルは2012年(平成24年)に建て替えられたもので、
そのビルの一階角に京橋駅の2番出口が設けられています。
リオナ25
ビルの中へと入ると改札階へのエレベーターと
らせん状にエレベーターの周囲を下る階段があります。
リオナ26
階段の様子です。
リオナ27
ビルの地下と改札階の通路は直結しており
連絡通路が通じています。

リオナ28
そして相互間110タワーの北側歩道にはこちらの出口が。
リオナ29
こちらが京橋駅1番出口の地上部分です。
階段を下ると2番出口の連絡通路へと合流し改札前へと通じています。

リオナ30
京橋交差点の北東角にはこちらの「京橋創生館」というビルがあります。
2008年(平成20年)に建てられた地上13階建てのビルで、
エレベーター部分の外壁にはLEDが420個埋め込まれていて
夜には様々な色に発光する仕掛けが施されています。
リオナ31
ビルの鍛冶橋通り側の一階のガラスには銀座線の旧1000系と1000系が。
ガラス窓から外を覗く顔出し看板のようになっていました。
リオナ32
その京橋相互館の目の前の歩道にあるのがこちらの4番出口となります。

リオナ33
こちらは京橋交差点の北西角で、1965年(昭和40年)に建てられた京橋第一生命ビルがあり
一階のコンビニ前の鍛冶場橋通り側の歩道に5番出口が設けられています。


リオナ34
京橋交差点から中央通りを北へと進みます。
この道路の真下に京橋駅のホームがあります。
リオナ35
120mほど北に進むとあるこちらが「明治屋京橋ビル」です。
駅開業の翌年の1933年(昭和8年)にできたビルで、
名前の通り明治屋の本社が入っているビルです。
ルネサンス様式の外観の建物は区の有形文化財に指定されています。

京橋駅開業の建設費の一部を明治屋が負担したとされており、
その為京橋駅の副駅名は「明治屋前」となっています。
リオナ36
明治屋の建物の向かい側の、中央通りの歩道にあるのが
こちらの京橋駅6番出口となります。

リオナ37
6番出口の向かい側の明治屋京橋ビルを含む一帯が「京橋エドグラン」で、
再開発事業によって2016年(平成28年)にできたオフィスビルを含む複合施設です。
リオナ38
この京橋エドグランでは、明治屋のビルを「歴史的建造物棟」として改築にて保存。
コンコースを挟んだ向かい側に同じ高さの再開発棟の低層部が作られています。
低層部はガラスサファード造りで明治屋ビルとの景観の対比が配慮されています。
リオナ39
そして二つの低層部の奥、西側には32階建ての高層オフィス棟(再開発棟)があります。
高層部の一階部分には東西に抜ける貫通通路が設けられています。
リオナ40
貫通通路前の中央通り側広場の様子です。
植樹や椅子が置かれており低層階棟に挟まれた広場となっています。
リオナ41
そして広場の北東角、明治屋ビルの南東角には
こちらの京橋駅7番出口があります。
リオナ42
中央通り側から見た入口付近。この明治屋京橋ビルは
民間建物では日本で初めて建物地階部分と地下鉄駅とを連結したビルで、
地下鉄駅と一体化して建設された現存最古のビルとなっています。
リオナ43
地上の出口から改札階までの階段の様子です。

リオナ44
京橋エドグランの貫通通路へと戻り、中央通り側から西側の奥へと入ります。
奥にはご覧のエスカレーターがあり上層階と地下階へと通じていて
案内板には銀座線の案内表記があります。
リオナ45
エスカレーター付近は吹き抜けとなっていて
地上階から下の階を見ると地下広場が見えます。
リオナ46
ビルの南側からも貫通通路へと入る事が可能で
南側から地下広場へと降りる大階段が通じています。
案内表示板には8番出口の表記が。
リオナ47
こちらが大階段の様子です。
リオナ48
地下広場からは貫通通路と同じ東西にコンコース通路があります。
リオナ49
コンコース中央部にはおもちゃコレクターとしてTV出演で知られる
京橋出身の北原照久氏の手による北原コレクションが常設展示されています。
リオナ51
コレクションの先の西側には、ビルの地下と駅の改札前との連絡通路が。
リオナ50
改札側から見たビルコンコースの様子です。

リオナ52
こちらは駅の北側の京橋エドグラン側にある明治屋方面改札の光景です。
リオナ54
案内図による明治屋方面改札付近の見取り図。
リオナ55
改札の左手には、改札内通路を取り囲む様に
ガラスパーテションで仕切られた通路があり、
7番出口(明治屋出口)、6番出口(中央通り東側)へと通じています。
リオナ60
こちらは改札内の様子で、中に入ると左右に通路が伸びていて
それぞれホーム階への階段に連絡しています。

リオナ53
改札の南側には南側改札へと通じる連絡通路が延びており、
自動券売機が設置されています。
リオナ56
改札間の連絡通路を進むと途中に駅の事務室があります。
リオナ57
事務室の先へと進むと京橋駅の中央改札が。
こちらはエレベーター専用改札となっています。
リオナ59
連絡通路付近の駅見取り図。
リオナ58
更に通路を進むとクランク状に通路が曲がっており、
5番出口への階段前に出ます。
リオナ62
通り抜けてトイレの前を過ぎると
左手に銀座方面改札が見えてきます。
リオナ63
こちらの銀座方面口の自動券売機は南側の突き当たりに置かれています。
リオナ64
銀座方面口付近の構内図です。

リオナ65
こちらは銀座方面口改札の改札内の様子です。
中に入るとすぐにホームへと下る階段があります。
リオナ67
階段脇の東側には通路が延びており、
改札外通路の脇を抜けて奥の階段へと通じています。
リオナ68
階段はホームの2号車停車位置付近へと通じています。
リオナ66
改札階へと戻り改札機脇の自動精算機。
リオナ69
こちらがホーム南端にある銀座方面口への階段です。

リオナ70
京橋駅のホームの様子です。
駅は島式ホーム1面2線となっています。
リオナ71
ホームの幅がさほど広く無いため、
ベンチも幅の狭いものが置かれていました。
リオナ79
銀座線は東京都内を通過する路線の為、1番線が渋谷方面行きA線(起点から終点行き)、
反対の2番線が浅草方面行きのB線(終点から起点行き)となります。
リオナ80
ホーム北端の明治屋方面改札への階段です。
リオナ74
階段前の柱には明治屋のロゴと「入口」の表記があります。
リオナ75
中ほどのホームに戻ると柱の一つが昔の鉄骨リベットで残されており
ペンキ描きの旧式の駅名標が描かれていました。
リオナ76
中央部にある改札階の中央改札行きのエレベーターです。
南北両端の階段にも車椅子用リフトはありますが準備が必要であり、
こちらのエレベーターからは直接バリアフリーでの行き来が可能です。
リオナ77
銀座方面口への連絡階段を通り過ぎるとホーム南側へ。
通り過ぎた銀座方面口の連絡階段は2020年(令和2年)の改修によって
新設された階段です。
リオナ78
再び銀座方面口のホーム南端階段へと戻ってきました。

リオナ82
北側へとホームを少し戻り、明治屋方面口への連絡階段のホーム入り口へと戻ります。
リオナ81
こちらがその階段の様子です。
上りきったところに明治屋の看板が設置されています。
リオナ83
改札階からみた階段。
リオナ84
クランク状の通路を進むと自動精算機があり、
その先に明治屋方面口の自動改札機があります。
リオナ85
改札の北側にはU字に通路が延びており
ホームの北端の階段へと通じています。
リオナ86
ホーム端の明治屋方面改札への階段です。



■モデル車両: 東京メトロ1000系
リオナ02


銀座線ではながらく01系電車が走っていましたが、
25年にわたる運用による老朽化から車両の交換の必要がありました。

しかし日本初の地下鉄である銀座線はトンネル断面が小さく、
車両のサイズも小さい為に改修では新形機器が搭載できないという問題もあって
新型車両を開発投入する必要がありました。

これを受けて開発されたのがアルミボディの1000系で、
2012年(平成24年)4月11日より第01編成が銀座線で運用を開始しています。
リオナ88
駅メモのでんこである京橋リオナの誕生日が4月11日に設定されていますが、
これはモチーフの1000系が銀座線で営業運転を開始した日と考えて間違い無いでしょう。

リオナ95
外装のデザインについては「初代1000形を彷彿とさせるレトロ調イメージの外装デザイン」
コンセプトとしており、「東洋初の地下鉄」であった銀座線旧1000系をモチーフとしています。

車体色のベースはレモンイエロー(    で、銀座線旧1000系の色を継承しています。
旧1000系の色は開業当時の1927年(昭和2年)にベルリン地下鉄の色を模したものです。
また屋根の色は鉛丹色(    でこちらも旧1000系のものを踏襲しており、
車体の中ほどには銀座線のラインカラーのオレンジ(    白(    の帯が入っています。

なお東京メトロの車両を検査する中野工場には塗装設備が無い為、
車体の色は塗装ではなくラッピングでとなっています。
リオナ96
また銀座線の車両にはパンタグラフが無く、
第三軌条方式と呼ばれる方法で給電しています。
そのため電車は架線からではなく給電用レール(第三軌条)から
集電靴(コレクターシュー)によって給電
しています。

第三軌条方式は架線が無い為トンネルの断面を小さくすることができ
コストの削減につながる事から銀座線開通当時は世界の地下鉄では主流の方式でした。
その為日本でも初期に開通した丸ノ内線と銀座線は第三軌条方式で標準軌道となっています。


それでは以下で銀座線1000系の編成の各車両を見ていきたいと思います。

リオナ89
まずは渋谷方の先頭車両である1号車の1100形です。
編成略記号はCM1となりC(制御車)M(動力車)となりますので
運転台があってモーターを搭載している制御電動車となります。
リオナa12
ヘッドライトは戦後の昭和の時期に銀座線を走った2000系をモチーフとした
前面上部設置形で、国内の鉄道車両の主灯としては初めであるてLEDを採用しています。
リオナ97
妻側の運転席のすぐ後ろは乗降扉があり座席は設けられていません。
片側3扉の車両の中央部は6人掛けロングシートとなっています。
リオナa10
浅草方の車端には5人掛けの赤いモケットの優先座席があり、
その反対側は座席の無い車椅子対応のフリースペースとなっています。
銀座線では基本的に優先座席は渋谷方車端にありますが、
この1号車のみは運転席のある関係で浅草方に設けられています。


リオナ90
渋谷方2両目の2号車の1200形です。
編成略記号ではM1となりM(動力車)ですので
モーターを搭載した動力車となります。
リオナ98
車内は渋谷方の妻側に5人掛けロングシートの優先座席が設けられており、
客室中央部には6人掛けロングシートが配置されています。
リオナ99
浅草方の社端にもご覧の5人掛けロングシートが置かれていますが
こちら側は優先座席ではなく一般座席となっています。


リオナ91
こちらは渋谷方の3両目の3号車、1300形です。
編成略記号はM1'ですのでM(動力車)であるのは同様です。
リオナa01
渋谷方車端に優先座席があるのは2号車と同様で、
車内に6席のロングシートが配置されているのも同様です。
リオナa02
浅草方車端に5人掛け一般座席があるのも同様です。

リオナa03
そして銀座線では車内のバリアフリー化を進めており、
中間車両の浅草方の5人掛けロングシートを片側撤去して
車椅子用のフリースペースを設置しています。
リオナa04
こちらは改修が終わってフリースペースが設けられた編成の
3号車浅草方車端の様子です。2022年(令和4年)には全車改修予定だそうです。


リオナ92
渋谷方4両目、浅草方の3両目である4号車の1400形です。
編成略記号はM2ですのでM(動力車)でモーター搭載車であるのは
こちらも同様となります。
リオナa05
客室内の構成は他の車両と同様で、
渋谷方に優先座席のあるロングシート車両となっています。
リオナa06
浅草方の一般座席の5人掛けシート。
リオナa11
連結部の扉はガラス張りとなっていますが、
衝突防止用のマーキングには銀座線ゆかりのモチーフが用いられています。


リオナ93
つづいて浅草方2両目の5号車の1500形です。
編成略記号はM1となり2号車1200形と同じ表記となっています。
M(動力車)であるのは同様です。
リオナa07
渋谷方に優先座席、中央部にロングシート、
そして浅草方の車端には一般座席の5人掛けロングシートの構成なのは
他の車両と基本的に同様となっています。


リオナ94
最後は浅草方の先頭車両である6号車の1000形です。
編成略記号でCM2となりC(制御車)M(動力車)
運転台があってモーター搭載の制御電動車となります。
リオナa08
渋谷方の車端に優先座席のシートがあるのは他の車両と同様ですが、
この6号車は優先座席の片方を削って車椅子対応のフリースペースが作られています。
リオナa09
車内中央部がロングシートなのは同様で、
浅草方の車端は運転台となっています。


【写真撮影:2020年3月】

でんこの元ネタ
■No.90 牧之郷あい(Makinoko Ai)
 ■タイプ:サポーター
 ■誕生日:3月1日

■出身駅: 伊豆箱根鉄道 駿豆線 牧之郷駅(静岡)
あい01



あい03
三島の街は源頼朝が源氏の再興を祈願したことでも知られる
伊豆一ノ宮の三嶋大社の門前町として栄えた街です。

江戸時代に東海道が整備されると、江戸から箱根の関を越えた最初の宿場で、
難所越えの「山祝い」と称して主人はお供に祝儀を出し
旅人は旅籠では散財をし栄えたという街
でした。


しかし1889年(明治22年)に官設鉄道の東海道線国府津駅━静岡駅間が
箱根の難所を避けて現在のJR御殿場線のルートで開業すると
鉄道で予想以上の人や物資が流通し三島の街はみるみる寂れていきました

それまで街道こそが交通の要衝と考えていた三島の有力者達はこの結果に慌てたそうで、
伊豆中部の温泉地と東海道線を連絡する鉄道を計画していた
豆相鉄道を土地を無償提供するなどして誘致、
始発駅を計画の沼津駅から三島駅(現・御殿場線下土狩駅)へと変更させたのです。

1898年(明治31年)5月に豆相鉄道が三島町(現・三島田町)━南條(現・伊豆長岡)間で開業
翌月には三島駅(現・下土狩駅)まで延伸し、東海道線にも連絡駅が新設されました。
この豆相鉄道が現在の伊豆箱根鉄道駿豆線の前身となります。
あい04
駅メモのでんこである牧之郷あいの誕生日が3月1日に設定されていますが、
伊豆箱根鉄道駿豆線の歴史を顧みても3月1日に起きた出来事は特に見当たりません
駿豆線の前身である豆相鉄道の開業年が明治31年であることから
この31という数字に因んで3月1日を誕生日設定
したのでは、
と考えられていますが定かではありません。


あい05
こちらは県道80号熱海大仁線の光景です。
熱海市と中伊豆を東西に直接結ぶ県道ですが、
大仁駅から修善寺駅にかけては狩野川と駿豆線に併走をしています。
あい06
こちらはその県道80号の牧之郷駅入口交差点の様子です。
信号と横断歩道のあるこの交差点は名前の通り県道から駅への入口となっています。
あい07
切り返して南側から見た県道の交差点付近。
あい08
県道の交差点から東に80mほど進むと駿豆線の踏切が見え、
その手前が駅への入口となっています。
あい09
こちらが牧之郷駅の駅への入口となります。
駅は1924年(大正13年)には駿豆鉄道となっていた駿豆線が
大仁駅━修善寺駅間を延伸開業した際に設置されたものです。
あい10
ご覧の様に線路沿いの通路と隣接して駅の敷地への入口があり、
奥は駅駐車場と駅前広場が兼ねたスペースとなっています。
あい11
敷地の道路側の駅駐車場スペースの様子です。
両側が駐車場となっており、中央部が駅への通路スペースとなっています。
あい12
敷地の奥も片側のみが駐車場となっていますが、
駅ホームの上屋の目の前であり駅構内への入口もあります。
あい13
ホーム入口の目の前にはご覧の見事な桜の木が一本立っています。
あい14
桜の木の根元付近は鉄ポールで柵が設けられており、
駅の駐輪場とトイレが置かれています。
あい15
駐車場からホームへと直接出入りができる入口。
あい16
入口脇の駐車スペースは車止めにレールと犬釘が転用されていました。
あい33
駅駐車場の西側には一面の田んぼが広がっています。

あい17
一旦駅前の道路へと戻り、市道とホームを連絡する通路の様子です。
駐車場との柵にもレールが転用されており、
「三島行きのりば」の看板が掛けられています。
あい18
信号機設備の建屋の脇を抜けるとホームへ上がる階段が。
駅前の道路とホームには嵩上げ分の高低差があり、
隣の駅駐車場を見るとゆるい勾配がついていました。

あい19
こちらは上り三島方面行きとなる2番線ホームです。
駅は相対式2面2線となっており列車交換可能駅となります。
2番線ホームは北端が入口となっており自動券売機が設置されています。
あい20
駅に駅舎は無く、ホームに上屋の屋根があるのみとなっています。
あい21
2番線のホーム南端付近。
1971年(昭和46年)までは有人駅だったこの駅には、
かつてはこのホーム南端脇に駅の建物があったそうです。
あい22
上り線ホームの上屋の屋根は1976年(昭和51年)に新築されたものだそうで
それまではホームのみだったそうです。

あい23
そしてこの牧之郷駅ですが、駅構内に2つのホームを繋ぐ
連絡通路や構内踏切、跨線橋といったものはありません。
上りホームと下りホームとの往来は、
駅北側にある市道の田沢踏切を渡る事となります。
あい24
踏切の東側はすぐにT字路の交差点となっていて
角には駅前の酒屋があります。
酒屋の前の交差点を南の線路沿いの道へと進むと
まもなく駅の入口があります。
あい25
酒屋の前から線路沿いに50mほど南下すると
フェンスの切れ目に「修善寺行きのりば」の看板があり、
こちらがホームへの入口となります。
あい26
入口からホームへはスロープとなっていて
すぐに北側のホーム端へと上がる事ができます。

あい27
こちらが下り修善寺方面行きとなる1番線ホームです。
ホーム北端が入口となり上屋の屋根があります。
こちらのホームの屋根は上り線の翌年(1977年・昭和52年)に作られたそうです。
あい28
1番線には自動券売機などは設置されておらず、
出口付近にご覧の乗車券回収箱があるのみとなっています。
あい29
基本的にホームと屋根があるのみのシンプルな作りです。
あい30
この駅は線路の形が一線スルーの形になっていますが、
駿豆線では現在は特急列車が平日2本、土休日4本という運用なので
一線スルー運用(優等列車が本線を通過し普通列車が副本線に退避)は
行っていない様子でした。
あい31
駅の名所観光案内の看板。
あい32
ベンチは置かれているものの、
他にはホーム上にはこれといった設備は置かれていませんでした。

あい35
駅の外へと出ると、1番線ホームの裏手、駅の東側には
併走して道路が延びています。
あい36
東側には山が広がっているロケーションではありますが、
駅に近い付近は平地があり伊豆市のベッドタウンとして分譲住宅が建てられています。
近々には駅周辺の道路を拡張整備する計画もある様です。
あい37
踏切前の酒屋の交差点まで戻り、
東の山側へと50mほど進むと「伊豆森林管理署」の標識があります。
あい38
標識の奥には林野庁の森林管理署(旧・営林署)の森林事務所があり、
伊豆の1万6千haの国有林を管理する森林官の詰める管理事務所が置かれていました。
あい39
森林管理所から更に東へ50mほどで住宅地の交差点があり、
右手の南を見ると丘を登る脇道の坂があるのが見えます。
こちらを登ると伊豆八十八ヶ所霊場巡りの5番札所である
曹洞宗玉洞院があります。

あい40
道を戻って駅前の田沢踏切まで戻ります。
あい41
踏切を通り抜けて再び県道80号線の牧之郷駅入口交差点まで。
あい42
そのまま信号の交差点を西へと抜けて住宅地の道を120mほど進むと
正面に流れる大きな川へと突き当たります。
あい43
こちらが狩野川で、伊豆半島の最高峰の天城山から発して
伊豆半島の付け根の田方平野から駿河湾へと注ぐ一級河川です。
牧之郷駅から狩野川までは直線距離でおよそ150mほどです。



■モデル車両: 伊豆箱根鉄道7000系 第1編成
あい02


伊豆箱根鉄道7000系電車は、それまで駿豆線で活躍していた1000系の老朽化により
車両の置き換えを目的として導入されました。
ステンレス製の銀色の車体にはライオンズブルー(    の帯が入っています。
この色は名前の通り伊豆箱根鉄道が西武グループであることが所以で
伊豆箱根鉄道の鉄道やバスの車体の基調色ともなっています。
あい62
7000系をモチーフとしているでんこの牧之郷あいのコスチュームを見ると
ブルーのラインが入っていますが、車体と並べて見ると
この7000系の青い帯が元ネタであることがよく分かります。
あい63
またベルトのデザインは車両前面の前照灯と標識灯と同じデザインであり
この車両がモチーフであることを裏付ける外観となっています。


7000系は1991年(平成3年)3月19日に第1編成が営業運転を開始。
翌年の1992年(平成4年)3月27日に第2編成が入線をしています。

この7000系という車両はJR路線への直通乗り入れ運転を目論んで開発されており、
先頭車両はJR東海311形、中間車両はJR東海213系に似せて作られました。

しかし相手先のJR東海にとっては相互乗り入れのメリットは薄く、
先頭が3扉、中間車両が2扉という変則的な編成は扱いづらいなど
さまざまな理由が重なったせいか現在に至るまで相互直通運転は実現していません

JR相互乗り入れ運転が実現しなくては、
伊豆箱根鉄道で初めて導入したバケットタイプの全席クロスシートも
むしろ通勤通学列車としては乗り降りがしづらく席数も少ないなどデメリットとなりました。

高性能の車両もJRを走らなければ意味は無く、
ただ車両コストの高い列車が田舎の単線を走るという結果となります。
その為この7000系は3両編成が2編成作られたのみで導入は打ち切りとなっています。



【上動画はクリックで再生します】
こちらは牧之郷駅を発車する伊豆箱根鉄道7000系の発車の動画です。
それでは以下でこの7000系の各車両について見ていきたいと思います。

あい44
こちらは修善寺方の先頭車両である1号車のクハ7500形7501です。
ク(制御車)ハ(普通車)ですので運転台のある車両となります。
編成略記号ではTcT(付随車)c(制御車)となりますので
動力(モーター)を搭載していない運転席のある客車となります。
あい61
【写真上:JR東海311系クモハ311・下:クハ7500形】
見ての通り伊豆箱根鉄道7000系の先頭車両はJR東海の311系を意識した作りとなっており、
前面部のデザインこそ違いますが車体側面を見比べるとそっくりであることが分かります。
運転台のマスコンも同じ縦横軸併用ツインレバー式、
客室内も伊豆箱根鉄道では初の全席クロスシートなど
三島駅からのJR乗り入れを強く意識した車両となっています。
あい45
車内の修善寺方の様子です。
運転席後部には座席は無く、乗降扉と乗降デッキとなっています。
つり革は2007年(平成19年)に乗降扉の前にのみ増設されたものです。
あい46
運転席の様子です。
前面窓は支柱のない大型一枚ガラスとなっています。
あい47
客室内の座席は全席クロスシートですが、
中央部は転換クロスシートに、車端部は固定のボックス席となっています。
先頭車両は片側3枚扉となっています。
あい49
こちらが転換クロスシートです。
扉前の席は背もたれが固定となっていますが、
中間部のシートは手動で前後に転換できて座席方向を変えられます。
あい48
三島方の車端部の連結部前のボックス席です。
こちらの車両では優先座席となっていました。


あい50
中間車両となる2号車のモハ7300形7301です。
モ(電動車)ハ(普通車)ですのでモーターを搭載した動力車となります。
編成略記号ではMとなりますのでモーター搭載の動力車という意味は同じです。
あい51
この車両では屋根の前後に2基のパンタグラフを搭載しています。
7000系をモチーフとしたでんこの牧之郷あいの背中のパンタグラフを並べると
下枠交差式の同じ形であることが分かります。
あい54
【写真上:JR東海213系サハ213形・下:モハ7300形】
快速運用の際の指定席車両としての運用を目論んだ車両は
同様の目的で作られたJRの213系中間車に似せて作られており、
並べてみると窓の配置が酷似している
のが分かります。
あい52
車内の様子です。
この中間車両は片側2枚扉となっています。
そのため車端部も2席×3の座席配列となっており、
転換クロスシートで座席方向を変える事が可能
となっています。
あい53
座席数を増やす目的で2扉となっただけに
車内はご覧の通りクロスシート座席が並んでいます。
あい55
三島方の車端部付近です。
こちらも固定ボックスシートではなく、中央の座席が転換する座席となっています。
元々は連結部には貫通扉があって「指定席車両」の文字が入っていたそうですが
ながらく普通車自由席車両として運用され2007年(平成19年)に扉は撤去されています。
連結部のへこんだ部分は扉のあった場所の名残りです。


あい56
三島方の先頭車両の3号車、クモハ7100形7101です。
ク(制御車)モ(動力車)ハ(普通車)となりますので
モーターを搭載し運転台のある制御動力車となります。
編成略記号ではMcとなっておりM(動力車)c(制御車)になりますので
制御動力車の意味は同じです。
あい57
連結部側の修善寺方車端の座席は固定のボックスシートで
優先座席となっています。
あい58
片側3扉となっていますので車両中央部にも乗降のデッキがあります。
あい59
運転台のある三島方の車端は扉と運転台が隣り合わせでなのは
1号車と同様の作りです。
あい60
運転台の様子です。


あい64
ちなみにこちらは伊豆箱根鉄道7000系の第2編成です。
第1編成の1年後の1992年(平成4年)に駿豆線に入線した編成ですが、
2017年(平成29年)11月に前面部が金色、側面の帯色が紺色へと変更されています。

駅メモのでんこの牧之郷あいが登場したのは2020年(令和2年)4月ですので
キャラの登場時には既に第1編成(前面銀、帯色青)と第2編成(前面金、帯色紺)とは
外観のデザインに差異があったということになります。
その為牧之郷あいのデザインと照らし合わせ、
モチーフは第1編成のみであろうと考えられています



【写真撮影:2020年4月】

でんこの元ネタ
■No.76 上ノ山ゆのか(Kaminoyama Yunoka)
 ■タイプ:アタッカー
 ■誕生日:7月19日

■出身駅: JR東日本 奥羽本線(山形線) かみのやま温泉駅(山形)
ゆのか01


ゆのか62
こちらはかみのやま温泉駅の駅舎の外観です。
駅は1901年(明治34年)に上ノ山駅として
官営鉄道(後の国鉄)の奥羽南線の延伸によって開業しました。

福島駅━青森駅間の奥羽線全通は1905年(明治38年)のことで、
官営鉄道が国鉄となった後の1909年(明治42年)に国鉄奥羽本線となっています。
ゆのか63
駅メモのでんこである上ノ山ゆのかの苗字が「上ノ山」となっているのは
かみのやま温泉駅の旧名である上ノ山から取った
と思われます。
ゆのか64
現在の駅舎は1994年(平成6年)に改築されたもので、
上山城をモチーフとした外観となっています。
ゆのかa16
駅舎の建物には「アビヤント・K」と名前がついています。
フランス語で「A Bientot(ア・ビヤント)」とは「ではまた、近いうちにね」という意味で、
Kはおそらくかみのやまの頭文字だと思われます。
ゆのか65
駅の西側にある駅前ロータリーの様子です。
この駅の駅舎からの出口は西側にしか無い為、正面の駅前広場となります。
ゆのか71
駅舎から俯瞰で見た駅前の様子です。
ゆのか66
ロータリーの中央に建てられたかかしの形の時計です。
複数の鐘が旋律を奏でるカリヨン時計となっています。
上山市では毎年秋に「全国かかし祭」が行われており
時計はかかし祭りに因んで作られたのだそうです。
ゆのか72
駅前広場の南側にある駅前交番。
ゆのか73
その交番の目の前の駅前広場入口付近に
かみのやま温泉の案内マップとモニュメントがあります。
ゆのか74
そしてそのモニュメントの後ろには
上山出身の歌人、斉藤茂吉の歌碑が置かれています。
歌は1931年(昭和6年)刊行の歌集「石泉」に収録されているものです。
ゆのか75
一方で駅前広場の反対側の北側には観光案内所の建物があります。
中には観光案内のカウンターの他に地場の産物の販売がされており
休憩もできる施設となっています。

ゆのか76
駅舎の中へと入ってこちらは改札前の様子です。
山形駅管理の業務委託駅ですが改札脇にはみどりの窓口が設置されており、
自動券売機と指定席券売機が設置されています。
ゆのか77
改札には自動改札機がありますが、これは「新幹線乗換改札機」というもので
山形新幹線利用者のみが利用できるSuica専用の改札機です。
在来線の山形線はSuicaが利用できない(※山形駅を除く)ので
通常の切符を購入する必要があります。
ゆのか78
改札付近は駅舎が塔の様になっており、
天井が高くご覧の様に吹き抜けの構造となっています。
ゆのか79
雪国の駅なので駅舎入口は風雪の吹き込みを防ぐ為に
風除室が設けられています。

ゆのか80
改札前の左手には自動扉で仕切られた待合室があります。
ゆのか83
待合室の右手にはかつての観光案内所の跡があります。
2018年(平成30年)に駅前に新たな観光案内所の建物が作られた為、
それまで待合室にあったこちらの案内所は閉鎖されました。
ゆのか82
向かいの待合室左手には上山の民芸品を展示した棚が。
ゆのか81
そして待合室の奥にはNewDays(駅コンビニ)があります。
上山のみやげ物も置かれており、駅前広場から直接入れる入口もあります。
ゆのか85
待合室にある階段は吹き抜けのホールへと出て
駅を跨ぐ自由通路の跨線橋へとつながっています。
ゆのか86
上から見た改札前付近です。

ゆのか84
駅舎一階へと戻り再び改札前へ。
ゆのか87
ホーム側から見た改札付近の様子です。
ゆのかa07
改札脇には新幹線eチケットの座席表発行機が。
ゆのか88
こちらが駅の1番線ホームの様子です。
下り線の単式ホームで奥羽本線(山形線)の在来線および
山形新幹線の新庄方面行きホームとなります。
ゆのか89
駅構内の跨線橋です。
駅舎のある単式ホームと島式ホームとを連絡しています。
ゆのか90
跨線橋をくぐって新庄方のホーム北側の光景です。
ゆのか91
ホームの駅舎前付近はご覧のように幅が広く
空間に余裕のある作りとなっています。
ゆのか92
1番ホームの改札南側にあるこちらのガラスで区切られた部屋は
喫煙コーナーとなります。新幹線停車駅となった為、排煙設備のある部屋が設けられています。
ゆのか93
福島方のホーム南端付近の光景。
ゆのか94
駅自体は単式ホームと島式ホームでの2面3線という
いわゆる「国鉄型」と呼ばれる形の駅です。

ゆのかa05
そして1番線の裏手の西側、駅舎からは北側にあたる場所には
ご覧の通り行き止まりの留置線があります。
留置線には保線車両が停められていました。

ゆのか95
こちらは跨線橋の中の様子です。
エレベーターが増設されるなどバリアフリー化されていますが
橋自体は新幹線停車駅となる前の時代からのもので木造です。
ゆのか96
橋の上から見た駅構内の様子。

ゆのか97
こちらは島式の2、3番線ホームです。
駅舎に近い2番線が山形新幹線と奥羽本線(山形線)の上り福島方面行きで、
3番線は一部の在来線列車の、主に下り方面行きとなっています。
ゆのか98
ホーム中ほどにあるガラスで仕切られた待合室です。
中はエアコンも設置されています。
ゆのか99
そしてその隣にもう一つ置かれている待合室。
禁煙の表示がありますので喫煙室ではありません。
なぜ待合室が並んで2つあるのは分かりません。
ゆのかa01
ホームの南側の福島方の光景です。
1番線もそうでしたが、立ち入り禁止の柵の南側には
旧ホームがそのまま残っています。
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ホーム中ほどの様子です。
上屋の屋根の柱の根元を見ると、この屋根が後から作られた事が分かります。
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島式ホームの北側の新庄方。
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駅改築時に跨線橋へと増設されたエレベーターが見えます。

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駅前へと戻って広場の北側、改札を出て右手の観光案内所の目の前付近に
ご覧の階段があります。こちらは駅の東側へと通じる自由通路の入口となります。
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踊り場を回って階段を上へ。
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上りきると線路を渡る跨線橋部分の通路が延びています。
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その手前には駅舎の二階へと通じる横道の通路が。
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通路の中ほどには「ふれあいホール」と題した部屋があり、
公共施設として地域のイベントなどで利用されている様子でした。
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その先へと進むとガラス扉があり、
改札の真上んお吹き抜けへと出ます。
下りの階段の先は、改札脇の待合室にある階段へと通じています。
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駅舎二階の通路へと戻り自由通路へ。
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奥羽本線の東側へと通じる跨線橋の自由通路を進みます。
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通路の階段を下りると目の前には駅前広場が。
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こちらが駅の東口の外観です。
駅舎が改築された1994年(平成6年)に自由通路も作られ
東側にも駅の出口が作られたものです。
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出口の前にはインターロッキング舗装がされた駅前広場が整備されています。
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その南側には車が入れる東口駅前ロータリーが作られています。
この東口広場一帯はかつての貨物線の跡地であり、
山形新幹線開通による標準軌化で貨物が廃止された為、
土地が転用されて作られたようです。
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ロータリーから東へと160mほどの駅前道路が延びており
県道13号上山七ヶ宿線と県道169号十日町仙石線を
南北に連絡する市道へと通じています。
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こちらがその市道の駅入口付近の光景です。
奥羽本線と須川という河川が南北に走っていますが、
この市道はそのちょうど中間点を南北に併走しています。
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切り替えして南から見た駅入口付近。
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そしてこの駅入口のT字路から南東に1.5kmほどには
「スカイタワー41」という東北地方で最高層のマンションがあります。
1999年(平成11年)に建てられたこのマンションは
「たんぼの中の高層タワーマンション」として
そのシュールな光景から一部の好事家には有名な建物で、
開発販売を行ったのはユーカリが丘線の山万の系列会社です。

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一旦駅の正面の西口広場前へと戻ります。
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駅前の市道へと出るロータリーの出口付近の光景。
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駅の正面を真西へと伸びる県道104号狸森上山線で。
1kmほど西で国道485号線へと接続しており
かみのやま温泉駅の駅前通りとなっています。
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県道104号を切り返して、西側から駅へと向かっての光景です。

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一方でこちらは駅前広場から北西へと伸びている市道です。
200mほどで県道169号十日町仙石線へと交わるこの道は
上山城や城下の中心街と駅とを連絡する道路となっています。
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駅前からの市道と県道169号十日町仙石線との交差点付近の光景です。
上山郵便局の前のこの交差点を左の西側へと曲がると
川を渡った先が上山の中心市街地となります。
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市内を流れる前川に架かる眉川橋を渡ると
反対側の橋のたもとにあるのが前川足湯です。
「かみのやま温泉歓迎湯」と石碑が建っており、
駅から温泉街への入口に位置しています。
かみのやま温泉には他にも市街に数箇所の足湯が設置されています。
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足湯から西に100mほど進むと「めんごりあ前」という信号の交差点となります。
上山市の文化施設の目の前のこの交差点を南北に走る県道13号線は
かつての羽州街道であり上山城の城下町であった界隈となります。
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めんごりあ前から北の羽州街道がかつての上山宿のあった付近となります。
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街道脇にある島津酒店。
店の脇には旅館があり、こちらがかつての上山宿の本陣跡となります。
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その本陣跡の、街道を挟んだ斜向かい付近が
街道から城への入口です。
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城への坂を上るとほどなく天守閣が見えてきます。
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こちらが上山城です。
別名を月岡城というこの城は「羽州の名城」と呼ばれ、
江戸中期以降は藤井松平家の居城となり栄えました。
現在の天守閣は1982年(昭和57年)に再建された模擬天守となります。



■モデル車両: JR東日本E3系700番台R18編成「とれいゆつばさ」
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【上写真:新幹線E3系基本番台(0番台)】
E3系新幹線は1997年(平成9年)に開業した
秋田新幹線への投入の為に開発された新幹線車両です。

秋田新幹線は先行して1992年(平成4年)に開業した山形新幹線と同様に
フル企画の新幹線から在来線の線路へと新幹線車両が乗り入れる
新在直通のいわゆるミニ新幹線と呼ばれる路線です。
この秋田新幹線へと導入されたE3系は、在来線の建築限界の問題などから
フル規格の新幹線車両に比べてひとまわり小さいサイズとなっています。

E3系には秋田新幹線に投入された基本番台(0番台)以降も
1999年(平成11年)の山形新幹線の新庄延伸時に増備された1000系、
山形新幹線400系の置き換え用として2008年(平成20年)に投入された
2000系などがあります。

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そして2014年(平成26年)7月19日よりE3系700番台として
史上初である新幹線のリゾート列車「とれいゆつばさ」が山形新幹線に登場しています。

このとれいゆつばさは元はE3系0番台のR18編成であり、
川崎重工業車両カンパニー(兵庫工場)で改造工事を行って
E3系700番台へと改番されたものです。

JRグループでは2014年(平成26年)6月14日から9月13日まで
「山形デスティネーションキャンペーン」を開催していましたが、
このキャンペーンに合わせて登場した臨時のリゾート列車が
「足湯新幹線」と呼ばれるリゾート新幹線のとれいゆつばさとなります。
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駅メモのでんこ上ノ山ゆのかの誕生日が7月19日に設定されていますが
これはとれいゆつばさの営業運転開始日が元ネタと考えて良い
でしょう。

「とれいゆ」とは「トレイン(列車)」とフランス語の太陽を意味する
「ソレイユ」を合わせた造語
で、「食(太陽の恵みによる様々な食材)」
「温泉」「歴史・文化」「自然」を温泉街のように散策しながら
列車の旅を楽しむというテーマが凝縮された列車なのだそうです。

先頭車両の前面部には山形の大動脈として流れる
最上川をモチーフとしたもがみブルー(    を配置しています。
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車体のベースカラーには山形の中央にそびえる
月山をテーマとした月山グリーン(    を配色。
車体の側面に弧を描く緑色は山形新幹線「つばさ」として走った
400系のものを使ったつばさグリーン(    で沿線の山々を表現し、
それらの色を蔵王の清々しい白である蔵王ブライト(    で包み込みました。

ゆのかのコスチュームを車体と並べてみると
緑の弧や月山グリーンがモチーフとなっている事が良く分かります。


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こちらはE3系700番台「現美新幹線」です。
観光列車のナンバーであるE3系700番台に属しているのは
「とれいゆつばさ」と「現美新幹線」のみ
となります。

またE3系0番台(基本番台)のR18編成が「とれいゆつばさ」に、
R19編成が「現美新幹線」へと改造された点なども共通しており、
駅メモでは上ノ山ゆのかが「ノアちゃん(現美新幹線)はうちの大親友」
と発言するなど設定にも生かされています。



【※上動画はクリックで再生します】
こちらは新庄駅へと入線するとれいゆつばさの動画です。
それでは以下でとれいゆつばさの各車両について見ていきたいと思います。

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福島方の先頭車両であるE321-701です。
E3(JR東日本E3系)2(普通車)1(制御電動車)となり
運転台とモーターのある普通車両であることが分かります。
701は700形のファーストナンバーであることを示します。
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旅客用の乗降扉は車両の新庄方にのみ設けられています。
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乗降デッキから福島方はすぐに客室への自動扉がありますが、
その手前の通路両脇には車掌室が置かれています。
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一方で乗降デッキから新庄方の車端連結部までは
ご覧のように距離があり、車椅子対応トイレ、洗面台、
多目的室、男性用トイレなどが設置されています。
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通路の東側には連結部から男性用トイレ、洗面所、多目的室が並んでいます。
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反対の通路西側には連結部側から車椅子対応トイレ、業務用室があります。
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こちらは車両の福島方の客室内の様子です。
2+2席のシートが6列並んでいますが、
最後列西側が車椅子対応座席となっている為合計で23席となっています。
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とれいゆつばさの11号車は元々はE3系0番台のE311-18というグリーン車車両でした。
観光列車へと改造されて普通車車両となりましたが、
座席はグリーン車当時のものをそのまま使用しています。
その為シートピッチは広めとなっています。
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こちらは最後列西側の車椅子対応座席です。
座席は乗り降りの為に回転が可能で、
横には車椅子固定ベルトが設けられています。


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福島方の2両目の12号車であるE326-701です。
形式番号はE3(JR東日本E3系)2(普通車)6(中間電動車)となり、
モーター搭載の電動車であることが分かります。
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この車両の福島方車端の屋根の上には
ご覧のシングルアームのパンタグラフが載っています。
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とれいゆつばさをモチーフとする上ノ山ゆのかの背中のパンタグラフを
実際の車両のものと並べて見ると同じ形をしているのが分かります。
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こちらが12号車の乗降デッキで福島方の車端にあり、
11号車のデッキと通路がつながっています。
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客室内の様子です。12号車から14号車は「語らいの間」と題されており、
通路の東側に4人掛けの開放式固定式ボックスシート、
西側に2人掛けボックスシートが配されています。
このボックスが7列並んでお定員は42名となっています。
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ボックス席にはご覧の樺の合板で作られた折り畳みテーブルがあります。
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座席の背もたれには赤いモケッとが張られており、
下の座面は畳となっていて天童将棋の駒や山形の作物をあしらった
座布団が各席に置かれています。
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福島方の客室端部に置かれた木製のカウンター。
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こちらは新庄方の客室端部のカウンターです。


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福島方の3両目である13号車のE329-701です。
E3(JR東日本E3系)2(普通車)9(中間付随車)ですので
動力を搭載していない客車車両となります。
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福島方の車端部側の乗降デッキです。
連結部に近く両側が客室に接しており乗降スペースのみとなっています。
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客室内の様子です。この13号車も「語らいの間」のひとつですので
基本的な車内の装備は12号車と同様の畳ボックスシートです。
ボックスは6列となっていて座席数は計36席となっています。
通路の天井は山形のフルーツをモチーフとしたレリーフとなっています。
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とれいゆつばさをモチーフとした上ノ山ゆのかの着物の帯を見ると
通路天井のレリーフと同じ柄であり、
この天井がデザインの元ネタである事がわかります。
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新庄方の客室端部付近。こちらも木製カウンターがあります。
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反対の福島方の客室端部のカウンターは短いものが置かれていますが
こちらも12号車と同様となっています。
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客室から出た新庄方の車端連結部付近です。
14号車の乗降デッキへと通路が延びており、
通路東側には男性用トイレと洗面所があります。
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反対の西側には共用の洋式トイレと、
公衆電話ボックスの名残と想われるスペースがあります。


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福島方の4両目、新庄方3両目となる14号車のE328-701です。
E3(JR東日本E3系)2(普通車)8(中間付随車)となります。
ですのでこの車両も動力の無い客車であることが分かります。
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14号車の福島方車端にある乗降デッキです。
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トイレや洗面所のある13号車のスペースとは
連結部を挟んで続きとなっています。
西側の連結部手前には荷物置き場が、
反対の東側の壁にはダストボックスが設置されています。
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客室内の様子です。
こちらは福島方の客室の端の木製カウンター付近の様子です。
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14号車までが「語らいの間」の車両ですので、
この車両の客席も畳のボックスシートとなっています。
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席数はボックスが7列並んでいるので合計42席となります。
新庄方の端のカウンター付近には車内販売の準備かされていました。


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新庄方の2両目である15号車のE325-701です。
E3(JR東日本E3系)2(普通車)5(中間電動車)となりますので
動力モーターを搭載している車両となります。
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この車両も福島方の屋根の上にパンタグラフが載っています。
E3系新幹線は新幹線区間ではパンタを2基とも使用しますが、
在来線区間では1基のみ使用の為、写真ではパンタグラフが下りています。
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こちらは福島方車端にある乗降デッキです。
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16号車との連結部側に通路があり、西側に荷物置き場、
東側の壁にダストボックスがあります。
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15号車の客室は湯上りラウンジとなっており、
「モノや人との出会いの間」と題されています。
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ラウンジには本桜のテーブルに畳の座敷が3つ置かれており、
通路は石貼りとなっています。
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窓側の壁は漆喰をイメージしており、
天井や間仕切りには山形の農産物をイメージした図案があしらわれています。
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客室の中央付近には有機ELパネルを用いているという棚には山形の民芸品が。
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福島方の乗降デッキとの自動扉付近には
木製のルーバー(間仕切り)が設けられていますが、ルーバーの裏には
小さな石庭は造られていて和のテイストを演出していました。
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そしてラウンジの奥の新庄方には紅花色のバーカウンターがあり、
飲食物の販売や車内物販を行っています。
とれいゆつばさの足湯へ入浴する当日券もこちらで販売しています。
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奥側から見たバーカウンター正面の壁。
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バーカウンターの奥は新庄方の車両端のデッキとなっています。
客室から自動扉を出ると16号車へと通じる通路となっており、
東側に男性用トイレと洗面台、西側に共用トイレと旧公衆電話スペースがあります。


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そしてこちらが新庄方の先頭車両となる16号車のE322-701です。
E3(JR東日本E3系)2(普通車)2(制御電動車)となります。
ゆのか51
車両の福島方にある乗降デッキの様子です。
この車両は乗降扉の内側に黄色いチェーンが掛けられており
ホームから直接乗る事ができません。
ゆのか52
その理由はデッキに置かれたこちらの看板で、
この車両が足湯車両である為に入場には「足湯利用券」が必要となる為です。
ゆのか54
デッキから中へと入ると通路がクランク状となっており、
角に更衣室が設けられていました。中には履き替え用に畳と椅子が。
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窓に沿って進むと「くつろぎの間」と題された足湯のスペースとなります。
ゆのか56
中は木製ルーバーで仕切られた足湯の湯船が2つあり、
湯船の周辺は石作りの小上がりとなっていました。
浴槽は紅花色の人造大理石造りの様です。
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湯船の背中側と客室の中央付近にはご覧の木製ベンチがありますが
これは山形の伝統工芸品である天童木工で作られたものだそうです。
ゆのか59
小上がりには「靴を脱いでお上がり下さい」の表示が。
ゆのか58
足湯の奥の新庄方には運転室への扉がありますが、
乗務員がここから出る際には靴を一旦脱いで小上がりを通過していました。
ゆのか60
浴槽の中はご覧の通り、ジェットバスが噴出して
湯を循環させている様子でした。

【※上動画はクリックで再生します】
こちらは足湯の様子の動画です。


【写真:2020年3月撮影】

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