2020年05月

でんこの元ネタ
■EX No.14 汐留いちご(Shiodome Ichigo)
 ■タイプ:サポーター
 ■誕生日:4月1日

■出身駅: 東京都営地下鉄 大江戸線 汐留駅(東京)
いちご01

汐留駅は都営大江戸線とゆりかもめの駅ですが、
駅が開業したのは両方共に2002年(平成14年)11月2日でした。



かつて汐留の地には汐留貨物駅がありました。
現在の新橋駅から浜松町駅付近までの一帯約30.7haには
東海道・山陽方面への貨物を扱う広大な貨物ターミナルが置かれていました。

そしてモータリゼーションによって貨物輸送は鉄道からトラックへとシフト。
鉄道による荷物輸送が廃止された1986年(昭和61年)に汐留貨物駅も同時に廃止となりました。

廃止の翌年の1987年(昭和62年)には国鉄分割民営化によってJR各社が発足。
旧国鉄汐留駅跡地は国鉄清算事業団へと移管されます。
折りしもバブル景気(1986年~1991年頃)が起こり都心の地価は軒並み高騰。
「地価高騰が更に過熱する」という理由から空き地のまま塩漬けとなり放置される事となりました。


そしてバブル崩壊(1991年~1993年頃)によってようやく再開発計画が始動。
1990年(平成2年)には東京新都市交通(ゆりかもめ)及び道路の都市計画が、
続いて1991年(平成3年)に地下鉄12号線(都営大江戸線)の都市計画が決定されます。

1995年(平成7年)にはゆりかもめの新橋駅(仮駅)━有明駅間が開業。
この時に汐留駅の駅構造物も建設されていますが、旧汐留駅跡地の再開発は手付かずの状態の為
駅へのアクセス道路もできていなかった為開業は保留となります。

ゆりかもめ開業の2年後の1997年(平成9年)にようやく国鉄清算事業団が
旧跡地の公開入札を実施。複数のデベロッパーに跡地は分割されて売却される事となりました。


2000年(平成12年)に地下鉄12号線の環状部の残りである国立競技場駅━都庁前間が延伸開業。
全線開通となり名称も都営大江戸線と改められます。
この時に大江戸線の汐留駅の駅構造物も建築されたものの、
依然として旧跡地は再開発途上の為に汐留信号場として開業し、
旅客駅としての開業は見送られました。

ゆりかもめの汐留駅については都営大江戸線の汐留駅開業に合わせる予定でした。
しかし大江戸線が開通した後も汐留地区の再開発は進んでおらず、
2002年(平成14年)11月にようやく汐留駅が都営大江戸線、ゆりかもめ共に開業となりました。


いちご53
こちらはJR新橋駅の汐留口の外観です。
地上の汐留口は正面目の前にご覧の地下へと下る階段があります。
いちご54
階段を下るとこちらの地下道へ。
京急グループ直営の地下ショッピング街のウィング新橋を通りぬけます。
いちご55
地下街を進むとすぐに都営浅草線の新橋駅の駅名標がある階段に。
下に降りると通路はT字に分岐しています。
いちご56
こちらは地下道の構内図です。
いちご57
右手を見ると都営浅草線の新橋駅の改札が見えます。
JR新橋駅の汐留口階段からここまででおよそ90mほどです。
いちご58
都営地下鉄の管轄の「汐留連絡通路」を通り抜け
床のタイルの色が変わると汐留シオサイトのエリアへと入ります。

いちご59
シオサイトの地下コンコース部分へと入ってすぐに右手には
日本テレビタワーとその前の広場があります。
いちご60
こちらが日テレタワー前のゼロスタ広場です。一般的には毎日、
朝夕の天気予報などで中継を行う場所としてお馴染みの場所となります。
いちご61
このゼロスタ広場の一角の柱には、ここがかつて新橋停車場であったことを示す
掲示板がベンチの上に取り付けられています。
いちご62
新橋停車場のホームはご覧の位置にありました。
ゼロスタ広場の地面にはホームと線路の場所を示すLED灯が埋め込まれています
いちご63
こちらが新橋停車場の位置を地図に書き込んだものです。
初代新橋駅のホームは全長およそ150mほどだったそうです。
いちご64
こちらは昭和通り(都道316号線)に面する旧新橋停車場駅舎です。
開業当時と同じ場所に2003年(平成15年)に再現された建物で、
国指定史跡となっており、現在は駅舎は鉄道歴史展示室となっています。
いちご65
裏手へと回り込むと駅舎建物の一部はビヤホールに。
いちご66
そして建物の南側には開業当時と同じ場所に
ホームが25mほど復元されています。
いちご67
開業時と同じ場所に復元されたゼロキロポスト。
線路も開業時に使われたものを使用して復元されています。
いちご68
そしてホーム北端にあたる復元駅舎から南を見ると
目の前には超高層ビルの汐留シティータワーが建っています。
いちご69
旧新橋停車場駅舎と一緒に2003年(平成15年)に立てられたビルは
ちょうど旧ホームの真上に建っています。
いちご70
おおよその旧ホーム跡を南に進むと
ご覧の通り汐留シオサイトの地下コンコースに出て、
ホーム南端跡であるゼロスタ広場へと抜けることができます。

いちご71
ゼロスタ広場から東側を見ると
隣接する汐留タワーの地上部が見えます。
いちご72
広場の前付近のシオサイト地下コンコース。
タワーレコードの店舗があります。
いちご73
広場前からコンコースを東側へと進むとまもなく通路はT字の交差点となり
都営大江戸線の汐留駅への階段が現れます。
ゼロスタ広場前からは100m、JR新橋駅汐留口からは300mほどの距離となります。
いちご04
コンコースの交差している付近の見取図です。
いちごa06
大江戸線汐留駅への階段前を過ぎて更に東側へと進むと
すぐ目の前が中庭となって天井が吹き抜けています。
いちごa07
こちらはカレッタ広場という名前の広場で
電通本社ビル前の地下階の中庭となっています。
いちごa08
広場にある亀の甲羅は噴水となっており、
掲示板によると中国人アーティストの作だそうです。
いちごa09
広場の北側には電通四季劇場が。
いちごa10
北側から見た広場の様子です。

いちごa11
こちらはゆりかもめが新橋駅を出てすぐにカーブを描く
都道481号新橋日の出ふ頭線の汐留北交差点です。
ゆりかもめの軌道と同じルートで都道も交差点を曲がっていますが、
この交差点の東側にC号エレベーターがあり地下コンコースと連絡をしています。
いちごa12
エレベーターはご覧の通り電通本社ビル入口の目の前にあります。
いちごa13
そして汐留北交差点から更に北側を見ると
こちらの4番出口があるのが見えます。
いちごa14
4番出口の北側には3番出口が。
いちごa15
3番出口の目の前にはパナソニック東京汐留ビル(東京本社)の入口があります。
大江戸線汐留駅の地上出口は基本的にはシオサイトの地上出口の為、
駅表記はあるものの距離は新橋駅の方が近かったりします。

いちご05
再びシオサイトの地下コンコースへと戻り、
大江戸線汐留駅の改札階への連絡階段まで戻ります。

シオサイトの地下コンコースに設けられたこちらの階段入口は
大江戸線汐留駅の入口としては一番大きく目立っているので
ここを汐留駅と認識する人は多いと思われます。
いちご06
階段前の光景です。
コンコースが交わる付近は周辺のビルの広場と併せて
大きな地下広場となっています。

いちご07
地下コンコースの階段へ戻り、下って改札階へと向かいます。
いちご08
こちらが汐留駅の新橋駅方面改札口の改札前の光景です。
いちご10
改札脇にある自動券売機。
いちご18
券売機の奥の東側には、南側改札へと通じるご覧の連絡通路があります。
これは北側改札前までエレベーターで降りてきた車椅子等の乗客が
南側にのみあるホーム階へ下りるエレベーターへと向かう動線通路として機能しています。
いちご09
自動改札の並ぶ改札口には有人窓口も設置されています。

いちご11
改札内の光景です。
入ると正面向かい側にホームへ下る階段があります。
いちご12
ホーム北端と北側の改札を連絡する階段。
いちご13
こちら側のホームは端の線路際がルーバー状の仕切りで仕切られており
電車の停車場所まで数十メートルが通路状となっています。
いちご14
ホームの様子です。島式ホーム1面2線となっており
1番線がA線(内回り)、2番線がB線(外回り)となっています。
いちご15
こちらはホームの南側階段付近の光景です。
位置的には環二通りの真下付近でゆりかもめの汐留駅へ連絡する階段となります。
いちご74
階段の間にはホーム上のエレベーター乗降口があります
改札階とホームとを連絡するエレベーターはこの一基のみです。
いちご75
ホーム南端。
このあたりはゆりかもめの駅舎のちょうど真下付近となります。
いちご16
汐留駅のホームはホームドアが設置されていますが、
これは2011年(平成23年)10月に置かれたものです。
いちご52
ご覧の通りホームドアには電車接近のLED表示板がついています。
大江戸線では2013年(平成25年)に全ての駅でホームドア設置が完了しています。
いちご17
最近はホーム上ではあまり見かけなくなった飲み水用の給水栓が
消火栓の裏側に設置されていました。

いちご49
そしてホーム北端の1番線側(西側)を見ると
ご覧の様に留置線があるのが見えます。
いちご76
階段の裏側にも引き上げ線が。
いちご50
本線から分岐した線路は1番線の壁の向こう側へと延びているのが見えます。
分岐した線路には大江戸線リニア用のリアクションプレートはありません。
いちご51
この分岐した線路は全長450mの汐留連絡線という線路で、
大江戸線と浅草線を連絡している単線の線路です。
浅草線の馬込車両基地で大江戸線の車両は検査を受ける為、
こうして連絡の線路が設けられています。


いちご77
シオサイトの地下コンコースに面する階段まで戻り、
階段脇のコンコース通路を南側へと向かいます。
いちご78
階段の裏手(南側)にあるコンビニ。
いちご79
コンビニの反対側(西側)もコンコースの一部で通り抜けができ
電通本社ビルへの出入口が通じています。
いちご23
南側には改札階へと下る階段があり
下ると改札階のB2Fフロアとなります。
いちご20
こちらは階段付近の構内図です。
「地下部B2F」と書かれているのが降りた先の改札階です。
いちご21
この改札階フロアはご覧の通り広場の様になっています。
ちょうど汐留駅ホームの中央部付近の真上にあたるこの広場からは
北側南側の両方の改札口へと連絡しています。

いちご24
広場の南側の階段の両脇には階段裏手へと抜ける通路があります。
いちご25
通路入口には汐留駅の案内表示があり、進むと改札前へと通じています。
こちらは階段の左(東側)の通路の様子です。
いちご81
同じく右側(西)の通路。
こちらの改札前とB2F連絡通路とは時計回りの一方通行となっており
出札の降車客と入場の乗車客との動線が分けられています。
いちご80
汐留駅方面改札口の改札前の様子です。
改札階の階段裏手にご覧の改札前スペースがあります。
いちご27
こちらが汐留駅方面改札口。自動改札と有人カウンターが置かれており、
精算機の横には駅事務室の入口があります。
いちご28
改札内の様子です。
正面奥へと通路が延びておりホームへの階段と連絡しています。
いちご29
通路の途中にあるパブリックアート。
大江戸線では各駅にこうしてパブリックアートが展示されています。
汐留駅には漆芸家の高橋節郎氏による陶壁レリーフ「日月星花」が。
いちご30
アートの先に進むとトイレに突き当たり、
横にホームへの階段とエスカレーターがあります。
いちご31
階段はホーム南端へと連絡。


いちご82
汐留駅方面改札口からB2Fの連絡広場へと戻り、
広場の南側の階段を上がります。
いちご83
ちょうど汐留駅方面改札口の真上付近となるこちらは
ゆりかもめの汐留駅へと連絡する南側の地下広場となります。
いちご84
広場は環二通りの汐留交差点の南側付近にあり、
真上にゆりかもめの汐留駅駅舎がある場所となります。
いちご85
広場の南東角にある9番10番出口への地上連絡階段。
いちご86
こちらは南西角にある7番8番出口への連絡階段です。
いちご87
広場東側の階段前にある汐留メディアタワーへの連絡出入口。
「こもれび広場」と題された中庭からビルへと入る事ができます。
いちご88
中庭にはコンビニが設置されており、
広場の反対側からも駅の地下広場へと入る事ができます。

いちご32
こちらは地上の汐留交差点の光景です。
いちご89
ゆりかもめの軌道が中央に走る道路が都道481号新橋日の出ふ頭線、
東西に交わっている道路が環二通りとなります。
いちご33
その汐留交差点のすぐ南にあるのがこちらのゆりかもめの汐留駅です。
ご覧の通り道路を跨いだ橋上駅舎となっています。
いちご90
駅舎の西側の都道の歩道にはこちらの大江戸線汐留駅8番出口があります。
いちご91
そして8番出口の北側にはもう一つの出入口があります。
いちご92
こちらは大江戸線汐留駅7番出口
ゆりかもめ汐留駅への階段の西側出入り口となります。
いちご93
こちらが7番出口。
下ると7番出口の階段と合流して地下の連絡広場へと通じています。
いちご94
その7番出口の正面に屋根続きであるのが
ゆりかもめ汐留駅へと連絡している西側の2A階段です。
いちご95
階段の裏手の北側にはベデストリアンデッキへと上がるエレベーターが。
いちご96
2A階段を上がった上は汐留駅の西側とペデストリアンデッキとが
ご覧のように接続しています。

いちご97
反対側である駅舎の東側です。
こちらも都道の歩道に地下連絡広場への階段があります。
まずこちらは南の大江戸線汐留駅10番出口
いちご98
そのすぐ北側には地下への入り口と上へ上る階段が見えます。
いちご99
こちらが大江戸線汐留駅9番出口です。
10番出口と9番出口の階段は途中で合流しています。
いちごa01
9番出口と向かい合わせのゆりかもめ汐留駅1A階段です。
こちらも9番出口と屋根続きとなっています。
いちごa02
更にその北側の、汐留交差点に面する角にエレベーターが。
いちごa03
エレベーターを上がるとこちらのペデストリアンデッキへと出る事ができます。
向かい側に見える階段は先ほどの1A階段です。
いちごa05
1A階段上はちょうど駅東側の駅舎コンコースと
ペデストリアンデッキの連絡口となります。
デッキ側から見るとご覧の通り駅舎の東側の入口に。
いちご35
中に進むとコンコースの中央南側に改札口があり
その脇には自動券売機が設置されています。
いちご36
反対の西側から見たコンコースの光景。
いちご37
改札はこのコンコースに面した1箇所のみで、
自動改札が並び有人窓口が設けられています。
いちご38
こちらは改札内の様子です。
橋上駅舎の2階部分が改札内の通路となっており、
3階のホーム階への階段に連絡しています。
いちご39
俯瞰で見た改札前。
いちご40
改札前の階段の脇には、奥への通路が延びており
エスカレーターへと通じています。
いちご41
こちらが駅のホームの様子です。島式ホーム1面2線となっています。
1番線が下り線豊洲方面行き、2番線が上り新橋方面行きホームとなります。
いちご42
ホーム南端から見た南側の光景。正面に見えるのがウインズ汐留で、
その奥の高層ビル群は浜松町駅から大門駅付近ものです。
いちご43
両側のホームともにフルスクリーンのホームドアとなっています。
ホームの真ん中にベンチが置かれていますが駅名標は無く、
駅名が書かれているのはホームドアにのみとなっています。
いちご44
中央部付近は階段もあり乗降客もあつまる場所なのでベンチはありません。
エレベーターはホームの北端に設置されています。
いちご46
ホーム上のエレベーター乗降口。
ちょうど改札の正面へと通じています。
いちご45
北端から見た駅の北側の光景です。
軌道の右手に見えるのが電通本社の入るカレッタ汐留、
左には資生堂の入る汐留タワーが見えます。
汐留タワーのすぐ後ろの日テレタワーにはジブリの大時計が。
いちご47
階段は2つありますが一つは上り専用のエスカレーターであり、
改札前へと下る階段とで乗車客と降車客の動線が分けられています。


いちごa29
こちらはゆりかもめ汐留駅から南に150mほどの距離にある、
JRの線路の反対側にあるウィンズ汐留の建物です。
いちごa30
このウインズの西側に汐留西公園というご覧の広場があるのですが
こちらに新橋停車場の転車台跡の敷石が移設されています。
いちごa31
ビル街の狭間の広場はご覧の通りタイルで舗装されています。
いちごa32
その広場の中央付近に円形に敷石が埋め込まれており、
円の中央には説明板がはめ込まれていました。
いちごa33
説明版の記述によると転車台があったのは、
ゆりかもめが90度のカーブを描く新橋駅━汐留駅間の
電通本社ビル前の汐留北交差点付近だった様です。



■モデル車両: 東京都交通局E5000形電気機関車
いちご02



いちごa16
こちらは都営大江戸線を走る12-000形電車です。
大江戸線が都営12号線として開業した1991年(平成3年)から走る電車で
鉄輪式リニアモーター駆動方式で走る車両です。
いちごa17
大江戸線の車両は車体の下にご覧の誘導機があり、
線路側のリアクションプレートとの磁力によって推進力を生み出しています。
いちごa18
こちらの線路中央にあるのがリアクションプレートです。
リニアモーター駆動方式は前年の1990年(平成2年)に
大阪市営地下鉄(現:Osaka Metro)の長堀鶴見緑地線で採用されていますが
関東では大江戸線が初となります。

いちごa20
大江戸線の列車が所属する車両基地は木場車両検修場でであり、
当初は車両検査も木場で行う予定でした。
しかしコストの問題などから大江戸線車両の検査に関しては
都営浅草線の馬込車両検修場で行うこととなっています。
いちごa19
しかしながら都営浅草線は通常のモーター駆動方式の路線ですので
軌道にリニアのリアクションプレートは設置されておらず、
リニア推進の大江戸線の車両が浅草線の線路を自走する事はできません
いちごa23
またこちらは左が浅草線5300系、右が大江戸線12-000系の車両ですが
並べて見ると浅草線の車両が大きく大江戸線の車両が小さいのが分かります。
リニアで小型化した為大江戸線の列車は小さいので
浅草線の大きな車両は建築限界が理由で大江戸線を走れません

こうした理由から、大江戸線の車両が馬込車両検修場に検査行くには
他の車両に牽引していもらう必要があります
いちごa21
その為に作られたのがこちらのE5000形電気機関車となります。
車両は大江戸線と浅草線の両線を直通できる牽引用の電気機関車として
2005年(平成17年)3月に2編成4両が川崎重工で作られました。

東京都交通局へと搬入された電車は大江戸線や浅草線で試運転や訓練を繰り返した後に
2006年(平成18年)4月1日に車籍を取得。都営浅草線馬込車両検修場所属となり、
日本の地下鉄では唯一の車籍を持つ機関車となっています。
いちごa24
駅メモのエクストラでんこの汐留いちごの誕生日が4月1日に設定されていますが
これはE5000系の車籍の入籍日が元ネタ
であると思われます。
いちごa25
また大江戸線と浅草線を連絡する
汐留連絡線が完成し使用を開始したのも2006年(平成18年)4月1日
なのですが、
こちらも汐留いちごの誕生日設定由来と関係があると思われます。
E5000系機関車の特性を考えると苗字の「汐留」の由来は汐留連絡線かもしれません

いちごa22
こちらが東京都交通局E5000系電気機関車の外観です。
車体の塗色にはストロベリーレッド(    が使用されていますが、
これはE5000系が走る浅草線ののローズ(    と大江戸線のルビー(    
二つの路線のラインカラー中間の色を採用したのだそうです。
汐留いちごの名前の「いちご」の由来は車体塗色のストロベリーからと考えられています。

E5000系は2両編成でお互いの車両は永久連結で連結されています。
いちごa26
こちらは西馬込方のE50-MC1です。
E5001とE5003の二両がこちらに該当します。
一番の特徴は屋根にパンタグラフが2基搭載されている点で、
どちらも浅草線用のシングルアーム形となっています。
いちごa27
汐留方のE50-MC2です。
こちらの車両はパンタグラフは大江戸線用の1基のみの搭載となります。

いちごa28
連結器は高さが可変式となっており、
大江戸線用(550mm)から浅草線用(880mm)へと調整する事ができます。
他にも保安装置(浅草線用:C-ATS、大江戸線用:新CS-ATC)、
列車無線(浅草線用:誘導無線 (IR) 、大江戸線用:空間波無線 (SR) )など
様々な機器や装置が異なる二つの路線に対応できるよう両方の機器が搭載されています。
E5000系モチーフの汐留いちごの設定が中二病の二重人格となっているのは
こうした二面性が反映されたもの
と言えるでしょう。

【写真撮影:2019年11月】

でんこの元ネタ
■EX No.26 ジン・ティエン(金 天:Jin Tian)
 ■タイプ:トリックスター
 ■誕生日:5月10日

■出身駅: なし(路線としては浜海快速 天津開発区導軌電車1号線 )
ティエン01


天津経済技術開発区は1984年(昭和59年)に
国務院(行政の最高府で日本の内閣に相当)の認可を経て設立された
中国最初の国家級開発区の一つです。
ティエン02
【上写真:鄧小平揮毫の「開発区には大きな希望がある」と書かれた石板】
当時の中国の最高指導者である鄧小平は「四つの近代化」を掲げた
市場経済体制への移行を進める政策を採りました。
こうしたいわゆる「改革開放」路線の中で、
先進国や華僑の資本を取り入れる為に沿岸部都市に設けられたのが
外資に経済特区並みの優遇措置が取られた経済技術開発区です。

国を挙げてインフラを整え外資を招いた結果、天津の開発区には3000以上の外国企業が入り
主に電気電子、化学、食品、医薬などの産業が立地する区域へと発展しました。
現在でも中国有数の工業地帯となっています。


「天津経済技術開発区」を英語で書くと
「Tianjin Economic-Technological Development Area」となり
頭文字で略すと「TEDA」となります。これに漢字を充てたのが「泰達」です。
この「TEDA」と「泰達」は天津経済技術開発区を示す地名としても使われています


天津経済技術開発区の建設が開始されたのは1984年(昭和59年)12月6日のことで、
中国共産党天津市委員会の決議と中央政治局の計画批准に拠ります。


そして開発区が発展すると、居住者の生活の質と利便性の改善の必要が生じ
公共交通システムの設置の必要性が高まりました。
その為2004年(平成16年)には設置に関するヒアリングが行われます。

候補にはバス、トロリーバス、トラム(路面電車)などが挙がったものの
ほとんどの住民や識者は路面電車案を支持。
これを受けてフランスロールインダストリー(Lohr Industrie)
2001年(平成13年)に開発したトランスロール(translohr)という
ゴムタイヤ式LRTが選定されました。

ティエン03
2005年(平成17年)9月より建設工事が始められ、
開発区の設立22周年記念日にあたる
2006年(平成18年)12月6日に天津開発区導軌電車1号線が開通
浜海新区での鉄道建設のパイロットプロジェクトとして
総投資額1億9000万元をかけて建設された路線の開通式典が行われ、
トランスロール車両が実際に街での走行を開始しています。

今後のトランスロール導入の試験を兼ねる意味合いもあったことから
開通後もしばらくは試験線として乗客を乗せない無負荷試験運転を重ね、
実際に旅客運転を開始したのは2007年(平成19年)5月10日のことでした。

駅メモのエクストラでんこのジン・ティエンの誕生日が5月10日に設定されていますが
これは導軌電車1号線の旅客営業開始日が元であると考えて良いでしょう。


ティエン04
トランスロールは同時期に欧州でも先行して導入が進められており、
クレルモン=フェラン(仏・2006年10月開業)、パドバ(伊・2007年3月開業)などで
同時期に営業運転が開始されています。
その後も上海(中国)、ヴェネツィア(伊)、サンドニ-ガルジェレゴネス(仏)など
欧州を中心に複数の都市で導入されています。
ティエン05
また日本でも大阪の堺市でトランスロールの導入計画がかつてはありました。
堺市では沿岸部の工業地帯である堺浜と中心市街地を東西に結ぶ通称「東西鉄軌道」を計画し、
三井物産の主導によって新日鐵堺製鉄所の敷地内に「堺浜試験線」を作り
一般非公開でトランスロールの実車を使った技術試験を行っていました。

ご覧の通り、天津と同じ金色の車両が大阪で実際に走行をしていましたが、
2009年(平成21年)の堺市市長選でLRT導入反対派の市長が当選。
計画は白紙となり堺浜試験線の設備も撤去されました。


ティエン08
こちらは天津開発区導軌電車1号線(トランスロール)の路線図です。
泰達站からほぼ一直線に7.86kmの距離を走り14駅が設けられています。
ティエン15
起点となる津浜軽軌洞庭路站(泰達站)です。
名前の通り天津地鉄9号線と呼ばれる津浜軽軌の泰達站の駅舎があり、
その横にトランスロールの電停が設けられています。
相対式・島式ホーム2面2線の電停となっており、駅舎側が乗車ホーム、
反対の島式ホームが降車ホームとなります。
ティエン16
泰達站の駅名標。

ティエン17
導軌電車1号線はそのほとんどを、天津経済技術開発区を南北に走る
洞庭路という道路の中央を走っています。

ティエン18
そして導軌電車1号線の北端にあたる終点の学院区北站です。
こちらは島式1面2線のホームとなっています。
ティエン19
導軌電車1号線の走る洞庭路は天津科技大学泰達キャンパスの敷地中央部を通っており、
終点の学院区北站もご覧の通り大学の敷地に囲まれた中にあります。



■モデル車両: 浜海快速 天津開発区導軌電車(トランスロール)STE3形
ティエン06


トランスロール(Translohr)はフランスのロールインダストリー(Lohr Industrie)が
2001年(平成13年)に開発したゴムタイヤ式の超低床式路面交通システムです。
中国語では「有軌電車」と訳されています。
ティエン07
車両は軌道の中央に敷設される1本のレールを案内軌条としており、
床下にあるガイド輪が案内軌条を挟み込むことで車両を導いています。
ティエン09
車両の外観です。
LOHR Translohr STE3の車体は欧州で走るトランスロールと同じ形であり、
車体は金色(    に塗られています。

トランスロールをモチーフとしているでんこのジン・ティエンの
苗字のジンが漢字では「金」ですが、これは車体色が由来
ではないかと考えられています。
ティエン(天)の方は恐らくは「天津」の天でしょうか。
ティエン10
車内の様子です。1人掛けと2人掛けのシートが配置されており、
3両編成ヴァージョンでは167名の定員となっています。
ゆったり幅広に作られたシートは壁で固定されており座席下の床には何もありません。
ティエン11
編成の両端と中央部に乗降扉が設けられており、
天津では中央部が乗り口、両端が降り口となります。
中央の乗り口には料金箱があって乗車時に2元を支払います。
ティエン12
乗降扉のボタンです。
扉は半自動となっており、降りる乗客がボタンを押すと扉が開きます。
ティエン14
乗降口の上にある路線図。
ティエン13
こちらは運転席の様子です。
車両のコントロールは目の前にあるキーボード形の制御版で行い、
盤の前にあるのが中央モニターで速度などが表示されます。
基本的に案内軌条に導かれて走行するのでハンドルはありません。

でんこの元ネタ
■EX No.27 ツー・スイラン(紫 翠蘭:Zi Suiran)
 ■タイプ:サポーター
 ■誕生日:9月9日

■出身駅: なし(路線としては秦皇島山海観光鉄道)
スイラン27

秦皇島の名前は秦の始皇帝が紀元前215年にこの地を巡察し駐屯した事が由来であり、
地名に皇帝の名を頂いた中国唯一の都市となります。
戦国時代には燕国、漢の時代には幽州に属していた地域であり、
現在は河北省の東端の秦皇島市となっています。


京奉鉄道(京奉鉄路)は北京から山海関を経て奉天 (瀋陽) に至る
全長847kmの鉄道で、1911年(明治44年)に全線が開通した
中国で実質的に最古の鉄道です。

1898年(明治31年)に秦皇島港が開港すると石炭輸送の需要が高まり、
これを受けて1915年(大正4年)に京奉鉄道から南に鉄路が延伸されました。
これが柳江鉄道という軌間762mmのナローゲージ路線で
以後延長や改修が行われ、秦皇島港から秦皇島市街地までの
およそ23kmあまりの鉄道路線となります。

また1923年(大正12年)には同じくナローゲージの長城鉄道
長城炭鉱の石炭輸送鉄道として建設され、
この二つの地方鉄道路線が山海観光鉄道の前身となります。


1943年(昭和18年)には太平洋戦争によって柳江鉄道の線路はゲリラに破壊され停止。
その後1948年(昭和23年)に秦皇島が解放されると
残った長城鉄道は河北省で運営されている唯一の地方鉄道となります。

しかし頼みの長城炭鉱の資源が枯渇したことから1950年(昭和25年)に炭鉱は移転。
貨物や人員の輸送需要が無くなった長城鉄道は発展する港湾の需要を見込んで
1952年(昭和27年)に路線の南側を海沿いの旧柳江鉄道の路盤へと移転。
併せて中国国鉄に合わせた軌間1435mmの標準軌へ改軌を行っています。
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道路の発達していなかった時代には秦皇島地方鉄道となったローカル鉄道は
都市部と農村部の間を移動する人や物資の主要な選択枝となりました。
しかしモータリゼーションが進んだ上に、秦皇島市の急速な経済発展で市街地が拡大し
街のメインストリートを鉄道が横切るという状況が発生。
街の発展に貢献した鉄道は次第に開発や交通の障害へと成り下がったのです。


断続的に小型鉄道の撤去の要求が上がる中で秦皇島市の委員会と市政府は
2016年(平成28年)に地方鉄道移転プロジェクトを発足。
既存の鉄道を利用して秦皇島の観光産業の発展を目指すという
山海観光鉄道プロジェクトが行われる事となったのです。
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こうして生まれたのが中国初の観光鉄道である山海観光鉄道です。
観光鉄道の建設にあたっては、既存の鉄道施設の改修リニューアルや新設の他に
3万7千本の樹木、60万本の灌木(低木の植え込み)、
556,000平方メートルにわたる花壇の整備などを行い
沿線の違法建築物やごみの撤去など非常に中国らしい大規模な工事が行われました。
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【上写真:9月9日に試運転を行う秦旅山海号】
山海観光鉄道が開業したのは2017年(平成29年)9月9日となります。
初日には機関車に引かれた秦旅山海号の客車が路線を走って試運転を行っています。
秦皇島市民対象の無料の試乗会を行って「秦旅山海号」は本線上で試運転を重ね、
実際に旅客営業を開始したのは9月23日からでした。

駅メモのエクストラでんこのツー・スイラン(紫翠蘭)の誕生日が9月9日であるのは
山海観光鉄道の開業日が元
であると考えて良いでしょう。


余談ですがツー・スイランは漢字で書くと紫翠蘭ですが
中国で使われる簡体字ではスイラン28となります。
読み方はピンインでは「Zi Cuilan」となり
カタカナ読みでは「ツー・ツゥイラン」といったところでしょう。
しかしゲーム内では「スイラン(Suiran)」と何故か日本語読みで表記が成されています。
確かに翠蘭を「スイラン」と日本語読みした方が馴染み易いと思いますが
一人だけ日本語読みと不統一であるのは気にかかる点ではあります。


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上の図は山海観光鉄道の路線図です。
秦皇島の沿岸部と山間部を繋ぐ路線で沿線の数多い名勝や観光地を連絡しています。
以下で主な駅について見てみたいと思います。

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こちらが山海観光鉄道の起点となる秦皇島港老碼頭站(開埠地站)で、
日本語で書くと「秦皇島旧ターミナル駅(開放港駅)」となります。
元々は秦皇島港の発祥の地であり石炭埠頭の鉄道管制室だった場所でしたが
2013年(平成25年)に埠頭は閉鎖されており、
跡地を歴史的文化的遺産として整備したものです。
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この観光鉄道駅は海から55mという距離にあり、
目の前の古い桟橋はファッショナブルなオープンポートアベニューとなり
海はエンジェルベイと名付けるなど古い桟橋全体が観光資源へと作り変えられています。

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中間駅となる東徐莊站です。
山海観光鉄道で新設された3つの駅のうちの一つとなります。
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この駅は観光鉄道敷設にあたって駅周辺に32ヘクタールの広大な花畑を造成しており、
ご覧の通りの大規模総合観光体験パークとなっています。

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そしてこちらが終点となる板廠峪站です。
南端の秦皇島港からはおよそ41kmの距離にあり、
万里の長城の東端のある山間に駅はあります。
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こちらは板廠峪站の横にあるチケットセンターで
駅の発券業務もこちらで行われています。



■モデル車両: 秦皇島山海観光鉄道 東風4D(DF4D)4000系-4406「秦旅山海号」
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秦皇島山海観光鉄道の機関車である東風4D形(DF4D)ディーゼル機関車
元々は中華人民共和国鉄道部(中国国鉄)の開発した気動車です。

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【上写真:東風4D(DF4D)ディーゼル機関車】
中国鉄道省は鉄道輸送の競争力を向上を目指して5ヵ年計画を実施。
大規模な高速化を実施する為に中国中車の大連機関車で
1996年(平成8年)に開発されたのが東風4D旅客機関車となります。
最高速度145km/hの車両は2003年(平成15年)に製造を終了するまでに
計575台が量産されており、現在も各地で見かける中国の代表的な機関車です。

そして大連機関車では東風4D旅客機関車をベースとして東風4D貨物機関車を開発。
1998年(平成10年)より量産を開始しています。
この貨物用機関車は4000系として付番されており、
いわば東風4D(DF4D)4000系となります。
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秦旅山海号の車両番号を見るとDF4D-4408と付番されており、
4000番台であることから元は貨物用の機関車であったことが分かります。

元々は中国国鉄の丹東で稼動していた機関車を山海観光鉄道で購入した様で、
外装を塗り直すなど観光用にリニューアルされて現在の姿となっています。

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5両ある客車は車体のベース色として
中国伝統文化の中でも高貴な色とされる紫(    を用いています。
そしてその紫色の車両側面には沿線に数多い観光名所の中から
12の風景が選ばれて描かれています。

また列車のメインテーマが「愛」となっており、
各車両ごとに個別にテーマが設けられて天井に油絵が描かれています。
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「一見鍾情」
一目惚れ。多くの野鳥を見ることができる北戴河区の国家湿地公園がモチーフです。
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「比翼雙飛」
二羽の翼(仲が良い夫婦)。青を基調に空を舞う双子のカモメが描かれています。
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「花好月圓」
花と月(夫婦円満)。万里の長城の山海関をモチーフに花と満月を描いています。
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「海誓山盟」
海の誓い(お互いに永久に変わらぬ愛)。渤海に突き出る万里の長城の東の端である
老龍頭をモチーフとしており、秦皇島の北部山岳地帯を望む海の光景を描いています。
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「百年好合」
何百年もの調和(生涯一緒)。渤海に面する高級リゾート地である
北戴河の変わらぬ夕景がモチーフとなっています。

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座席の背もたれには折りたたみのテーブルがあり、
テーブルの裏には秦皇島の観光地の写真が貼られています。
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また車両の妻面の壁や通路などには昔の秦皇島の写真が掲示されているなど
観光列車として秦皇島をアピールする姿勢がうかがえます。
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そして観光列車である秦旅山海号の車内では
四川の川劇やさまざまなアトラクションが行われ乗客を楽しませています。


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また2018年(平成30年)には秦旅山海号にご覧の緑色の車両が追加されており、
座席や内装に木を使ったアンティーク調の車両となっています。
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革張りのソファが置かれたVIPルームの車両も。


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【上写真:嵯峨野観光鉄道トロッコ列車、門司港レトロ線トロッコ列車】
廃線の鉄道路線を観光路線へと転用する事例といえば
日本では嵯峨野観光鉄道(1991年(平成3年)開業:JR山陰本線の付け替え廃止旧線を利用)や
門司港レトロ観光線(2009年(平成21年)開業:港湾の貨物線廃線を利用)などがあります。
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また2000年代初頭から日本では観光列車が次々と誕生して
「列車に乗ること自体が目的」というコンセプトを生み出します。

今回の山海観光鉄道の誕生からの経緯を調べてみると、
「時代の波に押されて衰退した鉄道に新たな付加価値を与えて観光資源化する」
という手法が日本の各地の観光列車と同じ発想であることが分かりました。
時期を考えても秦旅山海号が日本の事例を参考にした事は明らかだと思います。


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秦皇島山海観光鉄道の秦旅山海号については以上となります。
追加の情報などがあれば追って追記したいと思います。

では。

でんこの元ネタ
■No.85 品川めぐる(Shinagawa Meguru)
 ■タイプ:アタッカー
 ■誕生日:11月30日

■出身駅: JR東日本 山手線 品川駅(東京)
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品川駅が開業したのは1872年(明治5年)6月12日のことで、
横浜駅と品川駅の間で鉄道が仮開業を開始した事によるものです。

一般的には新橋駅━横浜駅間が日本の鉄道開業と思われていますが
これは正式な鉄道路線の開業ということで、実際には品川駅が4ヶ月ほど早く営業を開始しています。
ですので品川駅は横浜駅と並んで日本最古の駅ということとなります。
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こちらは幕末の江戸の地図「江戸切絵図」の品川付近のものです。
品川駅付近に印をつけましたが、見ての通り開業当時の鉄道は海の上を走っていました

伊藤博文と大隈重信が明治政府に鉄道建設建議書を上奏して
鉄道敷設の計画は始まりますが、予定地の高輪には薩摩藩邸がありました。
しかし当時の政府高官だった薩摩藩出身の西郷隆盛と大久保利通は
鉄道よりも軍備増強が先と考えており、鉄道の建設には否定的だったため
薩摩藩は用地の測量すら拒みます。

加えて職を奪われると考えた東海道の宿屋、籠屋、馬車屋などの
民衆の反対もあり用地買収は難航。そのため大隈重信が考え出したのが
「薩摩藩邸を避けて海に堤防を築き鉄道を通す」というものでした。
かくして日本初の鉄道はその半分に近い10kmほどを海上築堤の上を走る事となったのです。
品川駅の場所も海を埋め立てた造成地の上に作られたものです。


1912年(明治45年)に隅田川改良工事が始まると、
浚渫された土砂を使って芝浦一帯の埋め立てが開始されます。
この埋立地を使って作られたのが品川操車場で、
現在の品川駅から田町駅にかけての埋立地に1916年(大正5年)に設けられました。

また1939年(昭和14年)には現在の港南地区一帯の埋め立てが完了し、
下水処理場や畜産市場といった街中には作れない東京都の施設が設けられます。
操車場脇の埋立地には倉庫街が形成され、品川駅の真裏という立地ながら
人通りはほとんど見られないといった場所
となりました。

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こちらは品川駅の港南口(東口)の真上に立っているJR品川イーストビルです。
2004年(平成16年)に竣工したJR東日本の駅ビルで、
低層階にはアトレ品川があり東西自由通路の東側と一体化しています。
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港南口の目の前にあるこちらは「ふれあい広場」で
2001年(平成13年)に供用が開始された駅前広場となります。
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広場と東西自由通路はエスカレーターで連絡されており、
埋立地であった東側の玄関口として再開発で整備されました。
広場の北側には品川駅港南口交番が置かれています。
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駅舎と反対側の広場の正面にあるオブジェ。
2004年(平成16年)に東京藝術大学鋳金研究室がワークショップでデザインした
その名も「ハートの塔」と題されたもので
コンセプトは「人と人、人と街との共生の心」だそうです。

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ペデストリアンデッキを南側へと進むと跨道橋の先に見えるのが
品川インターシティと呼ばれる一帯となります。
元々は旧国鉄の品川操車場だった場所の跡地で、1998年(平成10年)に竣工されて
2000年代初頭に完成した再開発エリアとなります。
現在では数多くの大企業の本社や東京本社が入居しています。

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そしてその品川インターシティのすぐ南側に隣接しているのが
こちらの東京中央卸売市場食肉市場です。
1936年(昭和11年)に東京市営芝浦屠場として開設されたもので、
中央卸売市場の一部門となったのが1966年(昭和41年)、
東京都の直営となったのが1980年(昭和55年)という施設です。
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日本最大規模の食肉市場であり、獣畜をとさつ解体する芝浦と場と
食肉の取引を行う食肉市場が施設内にあります。
現在の品川港南は近代的なベイフロントエリアとなっていますが、
元々は埋立地で操車場と広大な空地、倉庫などが並ぶ場所で
この地に市場ができたのもそういった条件ゆえと言えるでしょう。
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また港南口の左手北側500mほどの場所には芝浦水再生センターがあります。
こちらは1931年(昭和6年)に作られた東京都下水道局の下水処理場で、
都内10区の下水を処理する東京で3番目に古い施設です。

と場や下水処理場といった施設が駅前にあるという状況は
オフィスやタワーマンションが並ぶ港南地区のかつての名残りと言えるでしょう。
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こちらは港南口から北東に500mほどの、
都道316号日本橋芝浦大森線の東を流れる高浜運河です。
河川では無く海水の運河両岸の埋立地には現在では数多くのマンションが立ち並びます。

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運河から西へと進み再び品川駅港南口へと戻ります。
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駅前広場のまわりにはペデストリアンデッキが設けられており、
駅ビル二階部分を貫通する自由通路と通じています。
めぐる62
JRビルの貫通通路を抜けると途中の広場のような場所に。
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左手を見ると自由通路に面してJR品川イーストビルの
上層階テナント部分への入り口があります。
めぐる63
そしてこの広場にはJR東海の管轄である東海道新幹線の品川駅の改札があります。
JRビルの真後ろに南北に細長い新幹線駅舎がありますが、
この自由通路の広場部分はJR東海駅舎の部分に作られたものです。
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こちらが新幹線改札口付近の見取り図です。
新幹線品川駅が作られ開業したのは2003年(平成15年)のことでした。
めぐる64
新幹線改札口から自由通路をさらに西へと進みます。
この東西自由通路は1998年(平成10年)に品川駅が橋上駅舎化されたときに
作られたものとなります。

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こちらは自由通路の西寄りのJR東日本改札前の広場部分です。
品川駅の中央改札と北改札、みどりの窓口やNewDaysなどがあります。
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広場の中央部の中央改札の前付近にはこちらの「トライアングルクロック」と題された
時計塔が置かれており、待ち合わせの目印となっています。
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北東角にある北改札。
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広場の反対の南西側にある中央改札の様子です。
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そして中央改札の前を過ぎての西側にはこちらの階段が。
下ると高輪口(西口)へと出る事ができます。

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こちらがJR品川駅の高輪口(西口)の外観です。
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高輪口の駅前広場の様子です。
こちら側は江戸時代から武家屋敷や寺社が立ち並んでいた東海道の街道筋で、
地上駅舎だった時代からこちらが品川駅のメイン出口でした。
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広場の西側に面して走っているのが国道15号(第一京浜)で
江戸時代の東海道にあたる道筋の道路です。
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その第一京浜に面する側の広場の植え込みにあるのがこちらの「品川駅創業記念碑」です。
1953年(昭和28年)に建てられた碑で揮毫は政治家の大野伴睦氏です。
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駅前広場の南側にはこちらの京急の品川駅の駅舎があります。
京急の品川駅は1933年(昭和8年)に開業した駅で京急本線の起点駅となります。
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こちらが京急の改札付近の光景です。

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高輪口から第一京浜を挟んだ向かい側正面には
ショッピングプラザのウィング高輪が見えます。
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そのウィング高輪の裏手に建っているのが品川プリンスホテルで、
映画館や水族館などを併設した品川を代表するレジャー施設です。
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江戸時代には有馬中務大輔の下屋敷だった場所で、
明治に入ってからは長州藩主の流れを汲む毛利公爵邸があった場所です。
品川プリンスホテルが建てたのは1978年(昭和53年)のことです。


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自由通路へと戻って再び中央改札前へ。
橋上駅舎なので改札は自由通路に集約されています。
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改札内から見た中央改札口付近の様子です。
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自動精算機の横にはAI接客・窓口システムが。
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改札前にはホームへの階段こそあるものの
広場状に開けたスペースとなっています。
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そして改札前にはニューデイズがありますが、
屋根の上にはなぜかふくろうの置物が載っています。
これは鳩避けに置かれたものでふくろうは鳩の天敵です。
鳩が近寄ると音が鳴って追い払うそうです。
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こちらは中央改札付近の構内見取り図です。

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中央改札から広場を左手(東側)へと入るとご覧のスペースがあります。
駅構内のショッピングモールであるエキュート品川の入口などに面するこちらは
頻繁に催事が行われている場所でもあります。
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北東角のエキュート入口。
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このエキュート前広場の一角にあるのが国鉄の郵便荷物電車クモユニ74を模したポストです。
横には山手線と品鶴線のゼロキロポストのオブジェも置かれています。
2005年(平成17年)にエキュート品川の開業を記念して設置されました。
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2017年(平成29年)3月に駅メモではでんこの友荷なよりが登場していますが、
車両が現存していないクモユニ74にゆかりのポストが置かれている事から
駅メモでは品川めぐるが登場するまでは品川駅は友荷なよりの由来駅とされていました。

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こちらが品川駅の南側の構内コンコースの様子です。
この駅には南北に2本の改札内コンコースがありホーム間を連絡しています。
また通路の両側には構内店舗や駅施設などが並んでいます。
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コンコース中央部付近にある特急・新幹線用の切符売り場。
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南コンコースの西端にある京急との連絡改札口です。
京急は高架駅となっているので改札から直接ホームへと入る事ができます。
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反対側のコンコース東端はJR東海駅舎へと連絡しており、
新幹線の乗り換え連絡改札口へと通じています。

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南改札内コンコースの北側には駅舎部分に通路が延びており
エキュート品川サウスとして構内にテナント店舗が入居しています。
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その南側にはJR在来線ホームのみを連絡している通路があります。
こちらの通路はコインロッカーが多くバックヤード的な雰囲気です。

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こちらは自由通路の北側の北改札口付近の光景です。
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改札を入ると北側の改札内コンコースが東西に走っています。
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こちらはJRの在来線各ホームを連絡している他、
東側で新幹線への連絡改札口へと通じています。
この北側のコンコースは改修の計画があり、
2022年(令和4年)にはリニューアルされる予定です。
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北側コンコースの東側。東海道線や総武線ホームの上を過ぎると
新幹線改札へと通じています。
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こちらがJR東海管轄部分である
新幹線北乗り換え改札付近の様子です。

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現在品川駅ではJR東日本管轄の在来線ホームが
島式ホーム7面14線と単式ホーム1面1線の計8面15線あります。
今回中心となる山手線ホームをメインに以下で各ホームを見てみたいと思います。
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まずこちらが山手線ホームとなる島式の1、2番線ホームです。
駅の一番西側に位置しており、西側の端が1番線の山手線内回りホーム、
2番線が山手線外回りホームとなっています。
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現在は同じ島式ホームに内回りと外回りが同居する形となっていますが、
これについては改修の予定があり、2022年(令和4年)を目処に
こちらの島式ホームは1番線内回り専用ホームとなる予定です。
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ホーム中央部の様です。
東西のコンコースからは離れた位置となるので
中央部にベンチが設置されています。
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こちらはホーム南端の大崎方の様子。
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改札階への階段の下にある立ち食い蕎麦の常盤軒。
以前は品川22号そば店と呼ばれていた店舗です。
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6号車のホームドアにはこちらの車椅子マークが大きく表示されています。
これはJR東日本が山手線で進めている試みで
自力で下車する車椅子乗客の為にホームの隙間が狭められています。
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そして自販機の脇の1番線側には「鉄道発祥の地」と書かれた
こちらのタイルが埋め込まれています。怪獣の姿がタイルに描かれていますが、
これは1954年(昭和29年)公開の特撮映画「ゴジラ」において、
劇中でゴジラが日本初上陸をした地が品川であることに因んでいると思われます。
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そのタイルの目の前の1番線線路脇には山手線のゼロキロポストがあります。
環状線である山手線ですがその東側の部分は東海道本線と東北本線であり、
起点は品川駅、終点は田端駅の西回りルートが路線としての山手線となっています。
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再びホーム北端の東西自由通路の真下付近へ。


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島式ホームの4番線ホームです。
3番線ホームは改修の為に使用停止となっており、
京浜東北線の北行の上野・大宮方面行きの4番線のみが使われています。
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こちらが山手線ホームから見た3番線の様子です。
線路が撤去されていますが、この部分にホームが拡張されて
山手線外回りホームとなる予定です。
その際には2番線が欠番となり、山手線外回りは3番線となる予定だそうです。

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続いて島式ホームの5、6番線ホームです。
5番線は京浜東北線の南行の横浜・大船方面行き、
反対の6番線は上野東京ライン(宇都宮・高崎線)の上り線となります。
朝夕は上野東京ラインは6番線を使いませんので
ラッシュ時間は京浜東北線専用ホームと言って良い状態となります。

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島式ホームの9、10番線ホームです。
共に上野東京ライン(常磐線)のホームですが、
9番線は特急ホームとなっており「ひたち」と「ときわ」が発着しています。
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特急が停まるホームなので中ほどにはご覧のベンチの並んだ待合場が設けられています。
そして待合場に置かれたモニターの裏にはモニュメントが設置されています。
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こちらは「安全祈念碑」と題されたオブジェで、
品川駅開業130周年を記念して2002年(平成14年)にこの場所に設置されました。
下の車輪は旧東京機関区に設置されていた電気機関車の動輪で、
上の鐘は田町機関区にあったDD12の床下にあったものだそうです。

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島式の11、12番線ホームです。
このホームは東海道線の下り線ホームなのですが、
11番線は上野東京ライン(常磐線)直通の列車も停車します。
また下田方面の特急踊り子も11番線ホームに停車します。

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同じく島式の13、14番線ホームです。
総武線快速列車の停まるホームで成田エクスプレスもこのホームでの発着となります。
14番線は当駅始発の列車が使用します。

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そしてこちらが単式ホームの15番線ホームです。
横須賀線の下り線ホームです。JR東日本の在来線では一番東に位置するホームです。


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こちらは再び高輪口(西口)前にある京急の品川駅の改札です。
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改札を入った中の様子。
京急の品川駅は単式1面と島式1面2線の計2面3線ホームとなっており、
両側の階段でそれぞれのホームへと連絡しています。
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こちらが単式の1番線ホームです。
京急本線の下り線の横浜方面行きホームとなります。
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1番線はJRの改札階と同じ階で連絡している為、
ホーム中ほどに乗り換えの券売窓口と連絡改札口があります。

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こちらは島式の2、3番線ホームです。
2番線は泉岳寺方面行きの上り線ホームで、
反対の3番線は当駅始発の列車の下り線ホームとなります。
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ラッシュ時以外は3番線は使用されていないので
実質的には2番線の上りホームとしての運用と考えて良いでしょう。
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こちらは3番線ホームです。駅構内に車止めがあります。
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そしてこちらのホームの中央付近の売店前には
こちらの地図方位盤が床に描かれています。
方位盤の真横の線路脇には京急本線のゼロキロポストが置かれています。
「1988」とあるのは京急創立90周年の1988年(昭和63年)に
このゼロキロポストが作られた為です。


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駅の自由通路へと戻ってこちらは新幹線北口改札口です。
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改札を入ると通路が延びており
北側のコンコースへと連絡しています。
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こちらが新幹線北口コンコースの様子です。
南側にはJR在来線連絡改札口があります。
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品川駅の新幹線コンコース階の構内図。
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こちらは反対側の新幹線南口改札です。
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南口のコンコースは短めとなっており、
自由通路の改札と反対側にはJR連絡改札口が目の前にあります。

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島式の21、22番線ホームです。
品川駅の新幹線ホームは島式2面4線となっており、
こちらは上り線の東京方面行きホームとなります。
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反対側の23、24番線ホーム
新大阪方面行きの下り線ホームとなります。



■モデル車両: JR東日本E235系
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E235系はそれまで首都圏の主力近郊電車として山手線を走っていたE231系やE233系の
次世代車両として開発された車両となります。

2015年(平成27年)に作られた量産先行車の01編成は
3月より首都圏各所で試運転が行われた後、
11月30日に始発駅である大崎駅で出発セレモニーが行われて営業運転が開始されました。
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駅メモのでんこである品川めぐるの誕生日が11月30日に設定されていますが、
これはE235系が山手線で営業運転を開始した日付が元ネタと考えて良いでしょう。

ちなみにE235系の旅客運転開始は前日の11月29日で、
団体臨時列車として横須賀線の品川駅━横須賀駅間を往復したものだそうです。
ですので11月30日は山手線での営業開始日と考えて良いと思います。

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こちらは東京総合車両センターの光景です。
広大な敷地の東側エリアが旧・山手電車区にあたる車両基地となっており、
東西に建っている東急大井町線の大井町駅の駅舎の北側に
山手線車両が並んでいるのを見ることができます。
めぐる05
東京総合車両センターは大崎駅の南東およそ1kmほどの場所にあり、
センターと大崎駅構内は入出区線で連絡されています。
めぐる06
大崎駅の陸橋から南側を見ると大崎陸橋が見えますが、
その大崎陸橋の北側すぐの場所が大崎駅とセンターの境界で
脇の道路から見ると境界杭があるのが見えます。
この連絡線がある為、山手線では大崎駅始発の列車が朝夕に何本も設定されています。


めぐる49
車体はステンレス製で銀色の地色がベースとなっており、
前面部や側面ドア付近に国鉄黄緑6号(    が塗られています。
この黄緑色は国鉄制定色と呼ばれ、1963年(昭和38年)に
山手線103系電車で初採用されたことから山手線のラインカラーとして以後定着しました。
他に国鉄コンテナなどでもこの色が使われています。
めぐる50
また、品川めぐるの帽子やネクタイには
黄緑と黒のドットのグラデーションがあしらわれていますが、
これは先頭車両妻面のデザインが元であるのは明らかでしょう。
めぐる52
背中のパンタグラフの形状も、実際の車両のものと並べると
同じシングルアームのものが使われているのが分かります。
めぐる51
羽織っているジャケットがシースルー素材となっていますが、
これは車内ロングシートの袖仕切り板が半透明になっているのがモチーフだと思われます。


それでは山手線E235系の各車両について見ていきたいと思います。

めぐる07
まずこちらは外回りの先頭車両となる1号車のクハE234形です。
ク(制御車)ハ(普通車)ですので運転台のある車両となります。
編成略記号ではTc'となりT(付随車)c(制御車)となりので、
運転台はありますが動力は搭載していないということが分かります。
めぐる22
車内客室の様子です。
こちらは先頭車端の運転席後部の様子です。
運転席に近いシートは4席のロングシートとなっています。
めぐる23
日本でも有数の通勤客が乗る為、片側4扉となっています。
中間のロングシートは7席のものが設置されています。
めぐる24
そして連結部側の車端部の様子です。
外側には3席のロングシートが置かれ、赤いモケットの優先座席となっています。
床も赤く塗られて目立つ様になっていますが、関西では見かけるものの関東では斬新です。
反対の外側は座席が無く車椅子ほか対応のフリースペースとなっています。


めぐる08
外回り2両目となる2号車のモハE234形です。
モ(動力車)ハ(普通車)でモーターを搭載した車両となります。
編成略記号はM2M(動力車)となりますので
動力をもつ車両という意味は同様です。
めぐる25
こちらは外回り先頭側の光景です。
3席ロングシートの優先座席が両側に設置されています。
めぐる26
中央部には7席ロングシートが片側3つづつ並んでいます。
めぐる27
内回り先頭方の車端。
こちらは片側優先座席と反対側がフリースペースとなっています。


めぐる09
外回りの先頭3両目のモハE235形です。
モ(動力車)ハ(普通車)ですので動力を持つ車両となります。
編成略記号はM1M(動力車)となりモーター搭載の車両となります。
めぐる10
E235系では集電装置(パンタグラフ)付きの電動車は「M1」車、無しは「M2」車としており、
3号車は外回り進行方向の車端部屋根に1基が搭載されています。
めぐる28
外回り先頭方の車端の優先座席。両側に3席ロングシートがあるのは同様です。
めぐる29
車両中央部の7席ロングシート。
手すりや袖仕切り、座席の間のスタンションポールなどを曲線によって
ロールバー構造とすることで側面衝突などからの乗客の安全度向上を図っています。
めぐる30
内回り先頭方の車端の優先座席。
こちら側は片側がフリースペースとなっているのも他の車両と同様です。


めぐる11
こちらは外回り先頭4両目となるサハE235形です。
サ(付随車)ハ(普通車)となり自走できないい客車車両となります。
編成略記号ではTとなりT(付随車)の意味ですので同様となります。
めぐる31
通勤型車両なのでこの車両の客室も
3席ロングシート優先席、7席ロングシートの配置は変わりません。
めぐる34
内回り先頭方の片側3席ロングシートとフリースペースも同様です。
めぐる48
車内のつり革を見ると、品川めぐるのイヤリングの形と同じ形状をしており
デザインのモチーフとなっている事が分かります。


めぐる12
外回り先頭から5両目の5号車であるモハE234形です。
山手線E235系の編成では2、5、8号車はモハE234形が使われており、
モ(動力車)ハ(普通車)ですのでモーター搭載車となります。
編成略記号はM2ですのでパンタグラフの無い動力車となります。
めぐる35
車内の座席配置は他の車両と同様であり
両側3席ロングシート優先席、7席ロングシート、
そして片側3席ロングシート優先席とフリースペースというは配置は同様です。
めぐる32
床のドット柄や座席モケットの色などの内装も
特に他の車両と変わった点はありません。


めぐる13
こちらは11両編成のちょうど中央部に位置する6号車のモハE235形です。
編成の3、6、9号車がモハE235形となり、モ(動力車)ハ(普通車)で動力車となります。
めぐる14
E235系の編成の中でこの6号車のみパンタグラフが2基搭載されています。
まず、外回り先頭側の車端屋根上のパンタグラフは通常使用されています。
めぐる15
これに対して内回り先頭側屋根上のパンタグラフは予備パンタグラフで
通常運行時にはご覧の通り下げられています。
めぐる36
車内の様子は他の中間車両客車と同様です。


めぐる16
内回り側5両目の7号車のサハE234形です。
サ(付随車)ハ(普通車)ですから動力の無い客車車両ということになります。
編成略記号はT'T(付随車)となり意味は同様です。
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こちらも内装は同じですが、編成の中央部の車両なので
比較的に乗客が多い車両となります。
めぐる38
内回り先頭側の優先席とフリースペース。


めぐる17
内回り側の4両目となる8号車モハE234形です。
モ(動力車)ハ(普通車)で動力車であるのは2、5号車と同じです。
編成略記号もM2でパンタグラフの無い動力車となります。
めぐる42
E235系の中間車両の座席数は51席で、定員は160名となっています。
また優先座席部の上部の吊り革と荷物棚が一般席に比べ50cmほど低くなっています。


めぐる18
こちらが内回り側3両目の9号車であるモハE235形です。
モ(動力車)ハ(普通車)で動力車、編成略記号M1でパンタグラフ搭載の動力車です。
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外回り先頭方の屋根上のパンタグラフです。
めぐる43
9号車車内の様子です。


めぐる39
内回り側2両目になる10号車のサハE235形です。
基本的にはE235形4600番台が山手線10号車に入りますが、この番台の車両は
それまで山手線で主力であったE231形4600番台を改造して充てています。
めぐる40
ですので10号車の前後の連結部を見ると、隣の車両と形状が違うのが分かります。
なぜここだけ改造車なのかというと、山手線と併走する京浜東北線では
線路の保守などの理由でお互いの路線の線路を走行する場合がある為です。
ホームドアの設置された現在ではドアの位置を統一しないと停車時にずれる問題があり、
故に山手線と京浜東北線のドア位置を合わせる為
10号車にE231系の改造車が充て込まれました。

初期に車両を投入する際に10号車の改造期間を稼ぐ為、
第04編成と第05編成については新製車両が充てられ新製サハE235形500番台となっています。
めぐる44
外回り先頭方の車端の優先座席です。
3席ロングシートが両側に設置されているのは他の車両と同様ですが、
袖仕切りの形状が若干他の車両とは違っています。
めぐる45
ご覧の通り10号車はE231系の内装を受け継いで袖仕切りは全て不透明ですが、
E235系の他の車両は居住空間を広く感じさせる為に半透明となっています。
めぐる58
10号車車内の様子です。
外回り先頭方車端が両側3席ロングシートの優先座席、
7人掛けのロングシートが片側2つづつ設置されているところまでは
他の車両と同様の席数となっています。
しかし10号車は内回り先頭側の普通席ロングシートが5席となっており
この点が他の車両とは異なっています。
めぐる59
また座席の上の荷物棚の形状も10号車のみ違っていますが
こちらは元E231系であることが理由と思われます。
めぐる60
内回り先頭側の車端部です。
片側に優先座席、反対側が座席無しのフリースペースというのは
他の車両と同様ですが、こちら側の優先座席は席数が4席のロングシートとなっています。


めぐる41
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外回り先頭方の車端連結部付近の様子です。
片側に3席ロングシートの優先座席、反対側がフリースペースとなります。
基本的にE235系のフリースペースは内回り先頭側に設置されていますが、
この11号車は内回りの先頭車両なので唯一反対側にフリースペースがあります
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中央部に7席ロングシートが片側2つづつ、運転席後部側に4席ロングシートの配置は
同じ先頭車両である1号車と同様となっています。


【写真撮影:2020年4月】

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