2020年12月

宗谷本線c86

さて、引き続き宗谷本線の記事となります。


その1(旭川駅━比布駅)はこちら
その2(比布駅━士別駅)はこちら


宗谷本線b75
こちらは道道850号瑞生下士別線が国道40号線と交わる士別市下士別の交差点で
道道850号は東に向かったこの交差点が終点となります。
宗谷本線b76
国道40号線上から見た交差点付近の光景。
宗谷本線b77
そして交差点から東への道路は道道925号武徳下士別線と名前を変え、
130mほどで宗谷本線の踏切となります。
宗谷本線b78
宗谷本線の42線踏切の南側に隣接して駅があり、
砂利敷きの駅敷地が道道に隣接しています。
宗谷本線b79
こちらが宗谷本線の下士別駅のホームの全景となります。
駅は1955年(昭和30年)に旭川鉄道管理局設定の下士別仮乗降場として設置されたもので
1959年(昭和34年)に駅へと昇格し下士別駅となりました。
隣の士別駅からは北に4.3kmほどの距離にあります。
(註:下士別駅は2021年3月のダイヤ改正で廃止が発表された駅のひとつです。)
宗谷本線b80
東側から見た42線踏切付近。
宗谷本線b81
そして東側から見た下士別駅の全景です。
宗谷本線b82
踏み切り脇の道道に面した駅の広場。
砂利敷きの広場に待合室とトタンの駐輪場があります。
宗谷本線b83
こちらが下士別駅の待合室です。
元は外壁も板張りで作られた待合室だった様ですが
よく見ると鉄板のサイディング材が上貼りされています。
宗谷本線b85
待合室の中の様子です。
壁はペンキが塗られているものの床は板張りで
ベンチや壁も木製ですので恐らく開業以来のものなのでしょう。
宗谷本線b84
待合室の正面を見るとホームに上るスロープがあるのが見えます。
見るとスロープもホームのデッキもPC(プレキャスト・コンクリート)板製であるのが分かります。
宗谷本線b86
ホームの様子です。単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
ホームの有効長はおよそ2両分で、PC板の堅固な造りではありますが
柵や手すりなどはホーム上にはありません。
宗谷本線b87
駅の周辺は田んぼが広がる光景となっており
周辺に障害物の無い景色が広がっています。


宗谷本線b88
こちらは宗谷本線の多寄駅の駅舎の外観です。
駅は1903年(明治36年)に北海道官設鉄道天塩線が士別駅から名寄駅まで
延伸された際に設置されました。
現在の駅舎は1988年(昭和63年)に建て直された簡易駅舎となります。
駅前広場は通路のみ舗装されており、駅前の36線道路に接しています。
宗谷本線b89
こちらは36線道路を西側から駅方面を見た光景です。
かつてはこの通りが駅前通りだったそうで、
線路の手前に大きな木造駅舎があって道路は駅前ロータリーで行き止まりでした。
宗谷本線b90
1999年(平成11年)に駅前通りが線路の反対側へと延長され、
駅舎は南へと移設されてご覧の36線踏切が設けられました。
宗谷本線b91
かつての駅裏だった線路東側はご覧の通り一面の農地が広がっています。
宗谷本線b92
切り返して駅東側から見た光景です。
この踏切の向こう側にかつて立派な木造駅舎がありました。
宗谷本線b93
東側からは駅のホームの全貌を望むことができます。
宗谷本線b95
隣の下士別駅と同様に多寄駅も駅前の踏切から130mの位置に
国道40号線が併走していて交差点があります。
ただ多寄駅はかつての多寄村の中心駅でしたので
駅近くの国道沿いはかつての村の中心街の面影が残っています。
宗谷本線b96
踏切脇の駅前広場はご覧の通り砂利敷きとなっており
駅舎への通路部分のみ舗装がされています。
宗谷本線b98
入口から駅舎の中の様子です。
4人掛けベンチが置かれただけのこじんまりとした待合室となっています。
部屋の中の扉は保線要員の休憩所が設けられているのでその入口です。
宗谷本線b99
ホーム側の出入口の様子です。
トイレは駅舎のホーム側に入口が作られています。
宗谷本線c01
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
ホームは1999年(平成11年)の駅舎移設の際に一緒に作られたものとなります。
宗谷本線c02
ご覧の通りホームからは一面の畑や田んぼがひろがる光景となっています。
宗谷本線c03
かつては駅は2面2線の相対式ホームだったそうで、
現在の踏切を中心とした千鳥配置だったのだそうです。
駅の北西側には農業倉庫がいくつかあって
かつてこの駅が貨物取り扱いをしていた名残と言えます。


宗谷本線c04
こちらは多寄駅から北に2.8kmほど進んだ国道40号線の光景で、
ちょうど31線道路と交わる交差点付近の様子です。
宗谷本線c05
交差点の北側にあるバスの31線停留場。
宗谷本線c06
切り返して北から見た国道の交差点付近です。
宗谷本線c07
この31線道路を国道から東へと進むと130mほどで宗谷本線の踏切となり
その脇に次の駅が設けられています。
宗谷本線c08
宗谷本線の31線踏切。
宗谷本線c09
その踏切の北西側のすぐ脇が駅の広場となります。
宗谷本線c10
こちらが瑞穂駅の駅の全景です。
1956年(昭和31年)に旭川鉄道管理局が設定した瑞穂仮乗降場として開設された駅で
JR北海道となった1987年(昭和62年)に駅へと昇格をしました。
宗谷本線c11
こちらは駅の敷地にある待合室です。
駅の開設当初はホームのみしか無かったそうですが、
1978年(昭和53年)に地元の有志によって待合室と
隣の駐輪場が作られたのだそうです。
宗谷本線c12
待合室の中はご覧の通りベンチが作り置かれた簡素なものです。
宗谷本線c13
ホームは広場東側の線路脇にあり、
南の旭川方にご覧のスロープがあって入口となっています。
宗谷本線c14
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
宗谷本線c15
仮乗降場が出自の駅だけにホームは有効長1両分で木製の
いわゆる朝礼台と呼ばれるタイプのものとなります。
宗谷本線c17
駅から宗谷本線の東側の一帯はパイロットファームの農場となっています。
パイロットファームとは「機械を導入し近代経営の形態をとる先駆的な実験農場」なのだそうで
私が行った時にはドローンで農薬を散布していました。
宗谷本線c18
こちらは31線道路から見た駅東側からの光景です。


宗谷本線c19
瑞穂駅から北に直線でおよそ3.5kmの位置にある
次の駅の風連駅の駅舎の外観です。
1903年(明治36年)に北海道官設鉄道天塩線が名寄駅まで延伸の際に開設された駅で
ご覧の駅舎は1989年(平成元年)に改築されたものです。
宗谷本線c20
駅の西側正面にはご覧の舗装された駅前広場があります。
特に区画などはされていませんがかなりの広さのある広場となっています。
宗谷本線c21
駅前広場から西へと駅正面に伸びる道路は70mほど先で
国道40号線と交わる風連町本町交差点の信号があります。
この国道までの短い区間が道道328号風連停車場線に指定されています。
宗谷本線c22
短い停車場線ですが両脇には風連駐在所と風連国民健康保険診療所といった
町の公共施設が置かれています。
宗谷本線c23
国道側から見た風連停車場線の光景。
宗谷本線c24
入口から駅舎の中へと入るとコンクリート土間の待合室が。
中にはプラスチックのベンチが設置されていました。
宗谷本線c25
そして駅舎の中はガラスで仕切られており、
もうひとつの部屋にもベンチが置かれていました。
こちらの部屋は元々は風連町(当時)が駅舎と合築した展示室だったのだそうです。
とはいっても展示品などは見当たらず、待合室が二つあるに等しい状態ですが。
今は撤去されていますが近年までは青いベンチの部屋には
小上がりのようなベンチも置かれていました。
恐らくは駅寝防止の為防犯上の理由から撤去されたのでしょう。
宗谷本線c27
ホームの様子です。
駅は千鳥式に配置された2面2線のホームとなっています。
宗谷本線c28
一線スルー方式の駅となっており、駅舎のあるこちらの1番線ホームは
特急から退避する普通列車などが使う副本線となっています。
その際風連駅には特急は止まりませんので反対側の番線を通過する事となります。
宗谷本線c29
普通列車は列車交換などが無ければ上下線ともに1番線の副本線に停車します。
ホームの北側の端部には跨線橋の階段があり
反対側のホームへと連絡をしています。
宗谷本線c30
こちらは跨線橋の1番ホーム側の階段入口と中の様子です。
橋はかつて橋梁として使われていたプレートガーターの桁が転用されているもので
屋根が取り付けられています。
宗谷本線c31
跨線橋から見た駅構内の俯瞰です。
一線スルーの線形となっているのが良く分かります。
宗谷本線c33
駅の東側の2番線ホームです。
一線スルーの主本線となっており特急がこちらのホームを通過します。
宗谷本線c34
普通列車の交換の際には列車が入線しますが
通常時はこちらのホームには列車は停車しません。
ですのでホーム上に待合室などは無くホームのみとなっています。
宗谷本線c35
ホーム南端には跨線橋の階段が。
出入口はこちら側のみとなっています。
宗谷本線c36
駅舎の前へと戻り、建物の東隣を見ると階段があるのが見えます。
こちらは宗谷本線の東側と、駅舎や国道のある西側とを連絡する人道跨線橋の入口です。
宗谷本線c37
人道橋はご覧の通り鉄の手すりのみで屋根の無いもので
1番線ホームの上を跨いでいます。
宗谷本線c38
東の出口側の様子です。1965年(昭和40年)に作られた人道橋は
すぐ近くにあった風連高校の生徒が利用するなどされていましたが
高校は2010年(平成22年)に廃校となっています。
宗谷本線c39
人道橋から伸びた通路と接している
風連駅東側の駅裏の市道の様子です。


宗谷本線c40
こちらは道道538号旭名寄線の光景で、
宗谷本線と交わる踏切付近を南側から見た様子となります。
風連駅から北に4.5kmほど進んだこの踏切の脇に宗谷本線の次の駅があります。
宗谷本線c41
第1風連旭名寄線踏切から見た駅方向の光景と
切り返して北側から見た踏み切り付近。
踏切脇に見える民家は一般民家ですが、
1986年(昭和61年)まではこの家が簡易委託で乗車券を販売しており
ホームへの出入り口もこの家の脇を抜けた線路脇の先にありました。
宗谷本線c42
踏切の西側の目の前は三差路となっており、
南の線路沿いの市道を40mほど下ると駅への入口の小さな広場があります。
宗谷本線c43
こちらが東風連駅の入口と待合のプレハブ小屋の光景です。
1956年(昭和31年)に新規の駅として設置されたもので
開設当初からの無人駅でした。
宗谷本線c44
現在のホームは線路の西側にありますが、駅設置当初は反対の東側にホームがありました。
ホームが移設されたのは1999年(平成11年)と比較的新しいため
鉄骨の基礎にPC(プレキャストコンクリート)板のデッキというホームとなっています。
宗谷本線c46
待合室の中はご覧の通りで、木張りの床に木製ベンチが設置された
簡素なものとなっていますがよく手入れがされており中は綺麗でした。
宗谷本線c45
駅の広場は市道とホーム入口との間に砂利を敷いたもので
見ての通りさほどの広さはありません。
宗谷本線c47
広場からホームへと上がる階段。
宗谷本線c48
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となります。
宗谷本線c49
駅の周辺はご覧の通り畑が広がる光景で
民家が点在するのみの景色が広がっています。
1999年(平成11年)にホームが移設される前には
線路のちょうど反対側の東側に木製のホームが置かれていました。
宗谷本線c50
ホーム北端の名寄・稚内方の光景です。
宗谷本線c51
駅を出て駅前の市道へと戻ります。
宗谷本線c52
駅側から見た踏切前の三差路付近。
左手は道道538号旭名寄線の名寄市街方面ですが、
1.2kmほど先に名寄高校が道路沿いにあります。
宗谷本線c53
東風連駅のある名寄市では、駅の利用者のほとんどが名寄高校生徒であるという実態から
高校の目の真に駅を移設する計画が具体化しています。
実際に2020年度(令和2年度)に名寄市では予算を計上しており、
早ければ2022年(令和4年)3月には移転が完了する見込みとなっています。


宗谷本線c54
こちらは国道40号線と駅を連絡している道道540号名寄停車場線の
大通南7丁目交差点付近の光景です。
この交差点が駅前ロータリーの入口となっており東側に駅が設けられています。
宗谷本線c55
切り返して北側から見た交差点付近。
道路と接する駅前広場が一望できます。
宗谷本線c56
交差点の東側の駅前ロータリー入口。
ロータリーは右回りの一方通行となっており
交差点に入口と出口が集約されています。
宗谷本線c57
そして交差点側のロータリー入口脇には
歩行者用の広場があり石標が置かれていました。
宗谷本線c59
広場の北側に接して建っている食堂。
宗谷本線c58
ロータリーを進むと奥に駅舎が見えてきます。
宗谷本線c60
こちらが名寄駅の駅舎の外観です。
1903年(明治36年)北海道官設鉄道天塩線の延伸開業によって設置された駅であり、
名寄市の中心駅であり宗谷本線の主要駅でもあることから
機関庫も設置されている駅でした。
宗谷本線c61
現在の駅舎は1927年(昭和2年)に改築された2代目駅舎となります。
屋根は深緑色の駅舎でしたが、2018年(平成30年)にリニューアルされて
現在の小豆色の屋根へと塗り替えられています。
宗谷本線c62
ロータリーの駅舎側の奥にはご覧の広めの車寄せが設けられています。
宗谷本線c63
広場のロータリー中央部には駅の駐車場が設置されています。
宗谷本線c64
そして出口に近いロータリーの南側には
バス停が並んで設置されています。
宗谷本線c65
これはロータリー出口の角に道道に接して「駅前交流プラザ よろ~な」という
公共複合施設が建てられていて、1階が道北バスの案内所が入居して
バスの待合所も設置されている為です。
宗谷本線c66
駅舎に入口へと戻り、風除室を抜けて駅舎の中へと入ります。
駅員の配置されている有人駅であり、自動券売機の他に
有人窓口が設置された改札前のコンコースとなっています。
宗谷本線c67
コンコースの北側にはガラスで仕切られた
ご覧の広めの待合室があります。
奥の自販機の置かれたスペースはかつてKIOSKがありましたが
2016年(平成28年)の末に閉店廃止されています。
宗谷本線c68
そして待合室の片隅には小さな別室があり、
中には名寄駅関連の写真や資料が展示されていました。
宗谷本線c69
こちらは改札付近の光景です。
列車別改札となっており、通常時はチェーンが掛けられています。
宗谷本線c70
ホームの様子です。
駅は単式1面1線と島式1面2線の計2面3線となっており
こちらは駅舎のある単式の1番線ホームの様子です。
宗谷本線c71
ホーム北端の西側にはかつての貨物ヤードの跡が見えます。
コンテナが集積されているのが見えますがこれは名寄オフレールステーション
貨物列車の発着しないトラック輸送でのコンテナ貨物駅となっています。
宗谷本線c72
名寄駅のホームは特に方面別とはなっていませんが
特急列車は基本的にこちらの1番線に上下線とも停車をしています。
宗谷本線c76
階段前にある駅周辺の観光案内。
宗谷本線c73
跨線橋の裏手となるホーム南端側の光景です。
宗谷本線c74
この1番線の南端西側には、かつて名寄駅を終点としていた
深名線が発着していた切り欠きの0番線ホームがありました。
1995年(平成7年)に深名線は廃止されており、線路もご覧の通り現在は撤去されています。
宗谷本線c75
かつては宗谷本線の他に名寄本線と深名線の3線が乗り入れるターミナル駅で
機関区もあり扇形の車庫まである大きな駅でした。
ホーム周辺の広大な空地はかつての引込み線や転車台の跡地です。
宗谷本線c77
こちらは島式ホームと連絡をしている跨線橋の様子です。
宗谷本線c78
跨線橋から見た駅構内の俯瞰。
宗谷本線c79
島式ホーム側の階段出口付近はガラス張りの風除室が設けられており
列車を待つ間に風雪をしのぐ事ができます。
宗谷本線c80
駅の東側の島式ホームの2、3番線ホームです。
特急列車から退避する普通列車や、当駅折り返し始発の上り旭川方面行き列車は
こちらのホームを使用しています。
宗谷本線c81
2、3番線ホームのホーム北端付近の光景。
中央部にはフェンスが立てられています。
宗谷本線c82
3番線の線路から東側にはかなりの空地の向こう側に名寄運転所の建物が見えます。
空地はかつての名寄機関区の引き込み線や転車台などがあった跡地となります。
宗谷本線c83
ホームへの出入り口となる跨線橋の階段はホーム南端側にあります。
その為か普通列車も南よりに停車をしています。
宗谷本線c84
島式ホームの南端付近の光景。



宗谷本線では名寄駅を境目として南北で運転系統が分離されています。
中には旭川から稚内まで直通する普通列車もありますが、
その直通列車も名寄駅で列車番号が変わって運行をしています。
宗谷本線c85
名寄駅から北の宗谷本線についてはJR北海道が
「当社単独では維持する事が困難な線区」としている区間となります。

この名寄駅以北についてはその4以降にて記したいと思います。


では。

でんこの元ネタ
■No.98 新鶴まふゆ(Niitsuru Mafuyu)
 ■タイプ:サポーター
 ■誕生日:11月1日

■出身駅: JR東日本 只見線 新鶴駅(福島)
まふゆ01



まふゆ02
こちらは県道221号新鶴停車場線の光景です。
「駅前」の標識がありますがこれはこの付近がかつて
「新鶴村大字新屋敷字駅前という地名だったからです。
まふゆ03
2005年(平成17年)に新鶴村が合併で会津美里町となった事で
「駅前」の地名は無くなっていますが標識はそのまま残っているものです。
まふゆ04
道の北側を見ると大きなエノキがあり雷神社という小さなお社が。
まふゆ05
お社の先を西へと進むと新鶴郵便局が見えてきます。
まふゆ06
さらに西へと進むと、郵便局からおよそ100m程で
道はつきあたり正面奥に駅前広場と駅舎が見えます。
まふゆ07
駅前の交差点付近の光景です。
この交差点が県道221号新鶴停車場線の起点となっています。
まふゆ08
そしてこちらが新鶴駅の駅舎の外観となります。
駅は1926年(大正15年)10月15日 に国鉄会津線の会津若松駅━会津坂下駅間の
開業によって設置されたもので、1942年(昭和17年)に只見線となり現在に至ります。
まふゆ09
【上写真:(上)会津高田駅(下)会津本郷駅】
駅舎は2000年(平成12年)に改築されたもので、
同じ只見線の会津高田駅や会津本郷駅の駅舎と同じデザインとなっています。
まふゆ10
駅前広場の様子です。建物の正面は全面が舗装されていますが、
舗装の状態から南側の駐車スペースはおそらく後から追加で舗装された様子です。
まふゆ11
広場の北側の半分は植え込みが作られており、
駐輪場と観光案内の地図、そしてトイレが設置されています。
まふゆ12
観光案内の大看板。地図はペンキで手書きで描かれています。
まふゆ13
その隣にある赤い壁のトイレの建物。
駅舎にはトイレはありませんのでこちらが駅のトイレとなります。
まふゆ14
そして広場を囲むように作られた駐輪場の屋根。

まふゆ15
こちらは駅舎の中の様子です。
ベンチの置かれたこじんまりとした待合室となっています。
まふゆ17
壁には新鶴駅の料金表や時刻表が。
まふゆ16
待合室脇のホーム寄りに置かれたきっぷの回収箱。
只見線は車内精算なので各駅に置かれています。
まふゆ23
ホーム側から見た駅舎と駅入口付近。
旧駅舎は木造の大きなものでしたのでかつての建物跡が舗装されています。
まふゆ18
ホームの様子です。
新鶴駅は単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
無人駅ですので駅員はいません。
まふゆ19
只見線は会津若松駅を出たあとは会津盆地の南縁を迂回してから
西の奥只見方面へと向かっています。
その為盆地西側の新鶴駅では北行が下り会津川口方面行き、
南行が上り会津若松方面行きとなります。
まふゆ20
こちらが南側の会津若松方の光景です。
まふゆ21
ホーム南端に設置されている旧式タイプの駅名標。
「福島県大沼郡新鶴村」の所在地表記がペンキで塗り消されていました。
まふゆ22
駅の西側は一面の田んぼが広がっているのですが、
線路に沿って防雪林があり風雪を防いでいます。
まふゆ26
こちらは西側から見た駅付近の様子です。

まふゆ24
そして現在のホームから線路の反対側を見ると
かつての線路の跡地と使われなくなったホームの遺構が残っています。
新鶴駅はかつては相対式2面2線の駅で列車交換が可能でした。
まふゆ25
また、ホーム南端から東側を見ると草に埋もれた敷地の反対側の
建物の際がプラットホーム状であるのが見えます。
草に埋もれているのはかつての新鶴駅の旧貨物引込み線跡で、
建物は現在のJA(農協)の倉庫です。

1971年(昭和46年)に貨物取り扱いが廃止される前には
新鶴米や木材などが貨物で出荷され肥料などを受け取っていたそうですから
農協の倉庫は旧貨物ヤードに建てられたのでしょう。

まふゆ27
駅を出て駅前へと戻ります。
まふゆ28
広場の案内板から駅付近の地図を。
まふゆ29
駅前のT字交差点を北へと進みます。
線路沿いのこちらの道は駅前商店街となっており
民家に混じって飲食店が数件並んでいます。
まふゆ30
駅前から80mほどの、桜肉の焼肉店の先には駐車場の入口があり
裏手はご覧の広い駐車場があります。この駐車場は駅前広場と接していて、
駅の駐輪場付近とつながっていて出入りができます。
まふゆ31
駐車場から50m、駅前からは120mほどでご覧の交差点がありますが、
ここから北は会津パールラインに合流する事となります。
まふゆ33
会津パールラインとは会津若松市の公設地方卸売市場へ農作物を運ぶ為に
会津柳津までの25kmにわたって整備された広域農道
です。
ちょうど新鶴駅の北側で只見線を越える為、ご覧の駅付近でクランク状に曲がっています。
まふゆ34
道幅が広げられたパールラインとなって北に進むと
100mほどでつきあたりとなります。
まふゆ35
パールラインは西へとつきあたりを曲がり
すぐに只見線の踏切を渡ることとなります。
まふゆ36
新鶴駅の会津川口方の北方にある柳津街道踏切。
まふゆ37
踏切から南の新鶴駅方面を見た光景です。
まふゆ38
脇には鉄道防雪林を示す杭があり、
線路の西側には一列に防雪林が並んでいました。

まふゆ39
駅前へと戻り、今度は南側へと進みます。
まふゆ40
新鶴駅の南側に隣接するJAのガソリンスタンド。
1986年(昭和61年)に新鶴駅が無人化された際には
このスタンドで切符販売の委託がされていたそうです。
まふゆ41
道を挟んでガソリンスタンドの反対側にある
JA会津よつば新鶴支店の建物。
まふゆ42
線路沿いに道を南へと下ると両脇にはJAの施設が並んでいます。
まふゆ43
合流するように線路の脇を併走する道路を南下すると
駅から200m強で只見線の踏切があります。
まふゆ44
JR只見線の立行事踏切。
まふゆ45
踏切から南へも道路は線路と併走しており、
400mほど南下をすると旧新鶴村役場の会津美里町新鶴庁舎があります。
まふゆ46
立行事踏切を渡った西側には田んぼが広がっており、
当地の新鶴温泉は直線距離で1.5kmほど南東に位置しています。

まふゆ47
余談ですが、新鶴駅では毎年12月初旬から1月初旬の約1ヶ月間
駅にイルミネーションが飾られています。
調べてみるともう10年近く行われている様子で、
毎年地元の商工会が飾りつけを行っているそうです。



■モデル車両: JR東日本 キハE120形気動車
まふゆ48



まふゆ49
E120形気動車は運用していたキハ58系およびキハ52形気動車の老朽化による
車両入れ替えを目的としてJR東日本新潟支社が新製導入をした車両で、
2008年(平成20年)11月1日に羽越本線、磐越西線、信越本線、米坂線で営業運転を開始しました。

車体には軽量ステンレスが用いられており、帯色のカラーリングには
福島・新潟・山形の3県境にまたがる飯豊連峰のブナ林をイメージしたオレンジ(    
米坂線の新潟・山形県境付近の荒川渓谷のナナカマドをイメージした赤(    が配色されていました。
まふゆ50
キハE120形をモチーフとした駅メモのでんこの新鶴まふゆの誕生日が11月1日に設定されていますが、
これはキハE120形が新潟支社で営業運転を開始した日が元と考えて良いでしょう。


新潟地区で運用されていたE120形ですが、2018年(平成30年)に新潟駅の高架化がされると
駅構内の列車自動停止装置(ATS)にATS-Pが採用設置された為、
ATS-Pの車載器を搭載していないE120形は新潟駅高架ホームに先頭車では入線できなくなりました
まふゆ51
【上写真:GV-E400系電気式気動車】
新潟支社管内の他の線区でもATS-Pの設置が進んだ結果
両端にキハ110系を連結した編成の中間車両として使われるなど
非常に使い勝手の悪い状況となり、また入れ替えの為に
GV-E400系電気式気動車が普及するなどしており
キハE120形の転属が噂される状況となっていました。
まふゆ52
そして2019年(令和元年)11月から2020年(令和2年)3月にかけて
新津運輸区所属のキハE120形の全8両が郡山総合車両センターへと回送。
只見線への転属となり、2020年3月14日のダイヤ改正で只見線での営業運転を開始しています。
まふゆ53
転属に際して車体のカラーリングに変更が成されており、
「只見川と残雪、冬の厳しさに負けじと萌える新緑の山々」というコンセプトで
上段が「冬の只見線」の白(    、中段には「新緑の森」をイメージした濃緑(    
下段には「只見川」のイメージの緑(    となっています。
新鶴まふゆの衣装のカラーリングを見ると只見線カラーが反映されているのがよく分かります。



こちらはキハE120形が新鶴駅へと入線する様子です。
それでは以下で車両について見てみたいと思います。

まふゆ54
こちらがキハE120形の車両の外観となります。
JR東日本に現在8両しか無い車両であり、全車両が只見線に所属しています。

片側に乗降扉が2ヵ所であり両車端部近くに設けられています。
運転台が車両の両端にある両運転台車であり、一両で運行が可能名単行車両となっています。
只見線での運用では主に2両または3両編成で運行されています。
まふゆ66
運転台の上にはご覧のアンテナが装備されています。
これはNTTdocomoの衛星電話であるワイドスターのアンテナで
只見線では一部区間で列車無線が通じない事から装備されています。
ですのでキハE120系でも只見線転用に際してアンテナが設置がされたものです。
まふゆ67
また新鶴まふゆのジャケットのボタンを見ると
キハE120形の前照灯と同じ形である事が分かります。
まふゆ68
乗降扉はユニバーサルデザインということで
内側も外側も注意を喚起する黄色に塗られています。
まふゆ58
車内の様子です。
こちらは会津若松方の車端部の様子です。
まふゆ59
只見線では複数車両が連結して編成する場合でも
トイレのある側が会津川口方になるように編成されている様子です。
まふゆ56
ゴミ箱の横にあるでっぱりは排気管のパイプスペースでしょうか。
反対側には5人掛けのロングシートが設置されています。
まふゆ57
中央部には片側に2人組みボックスシート、反対側には4人組みのボックスシートが
それぞれ5組づつ配置されています。
まふゆ55
会津川口方の車端部の様子です。
まふゆ60
こちら側にはご覧の車椅子対応トイレが設置されており、
反対側には車椅子やベビーカーが置けるフリースペースがあります。
まふゆ61
そして会津川口方の2人掛けロングシートと2人組みボックスシート1組みは
優先座席となっており座席モケットも色が濃くなっています。
まふゆ62
会津川口方から見た車内の様子です。
まふゆ63
パイプスペースの下には業務用と書かれたコンセントがありました。
まふゆ64
客室座席部の窓には紫外線カットと熱線吸収の機能を備えた
IR(赤外線)カットガラスが採用されています。
まふゆ65
また天井には車内を写す防犯カメラも設置されていました。
まふゆ69
連結部側で見た運転台付近の様子です。
まふゆ70
こちらは運転台の車掌側のスペース。


まふゆ71
只見線では期間限定でおもてなし企画が行われており、
会津柳津駅━会津川口駅間において土日祝日の日中の列車で
普通列車でありながら車内インフォメーションの放送や
ビューポイントでの徐行運転などを行っています。

地域コーディネーターが同乗して観光ポイントの開設を行っており、
ご覧のワゴンで地元特産品の車内販売も行っていました。
2019年度につづき2020年度も2月末まで行われていますが、
来年度も継続されるかは分かりませんので
是非とも期間内に乗車されてみることをお勧めします。

【写真撮影:2020年12月】

でんこの元ネタ
■No.97 安来あまね(Yasugi Amane)
 ■タイプ:アタッカー
 ■誕生日:7月21日

■出身駅: JR西日本 山陰本線 安来駅(島根)
あまね47


あまね48
こちらはJR西日本の山陰本線の安来駅の駅舎の外観です。
1908年(明治41年)4月に当時の官設鉄道が
米子駅から当駅まで延伸した事により開設されました。
開業した駅は島根県でもっとも東に位置する駅であり、
同年11月に松江駅まで延伸開業するおよそ7ヶ月の間は終着駅でもありました。

現在の駅舎は2008年(平成20年)に改築されたもので、
安来市の観光交流プラザ「アラエッサ♪YASUGI」との合築となっています。
ちなみに駅舎の建物はどじょうをモチーフとした形なのだそうです。
あまね49
駅舎の北側にはご覧のほぼ円形の駅前ロータリーがあります。
あまね50
ロータリーの中央部にはご覧の船のオブジェが。
これは北前船の帆船と港を照らす灯明台で、
古くは室町時代の歴史物語書「増鏡」に「出雲国やすぎの津」と記された
物流の要衝であるこの地を記念して2008年(平成20年)に安来市が建てたものです。
あまね61
この北前船のオブジェの目の前の土俵のような中央部はタクシープールとなっており
日中にはご覧の通りタクシーが待機をしています。
あまね51
そして二車線となっているロータリーの中央線をよく見ると
ご覧の通り白線がどじょうの形となっているのが分かります。
これはどじょう掬いの安来節発祥の地である当地にちなんだもので
街にはいたるところにどじょうや安来節にちなんだものがあふれています。
あまね52
駅舎の東側には「観光交流プラザ」の看板が掛かっていますが
その前のロータリー東側には駅舎からの軒が伸びており
一般車両の車寄せとなっています。
あまね53
ロータリー南側の駅舎に沿った部分はバス停となっており、
東の2番乗り場は足立美術館へのシャトルバスが発着しています。
あまね54
そして駅入口の目の前となる1番乗り場はイエローバスと呼ばれる
安来市広域生活バスの発着バス停となっていて
市内の主要観光地へと向かうことができます。
あまね55
駅前ロータリーの西側にはご覧の駅舎と同じ色の壁の建物がありますが
こちらは駅前の駐輪場の管理棟となっておりレンタサイクルもこちらで借りることができます。
あまね60
駅舎と管理棟との間には車の入れる道が伸びており、
その奥の線路沿いには安来駅のパーク&ライド駐車場があります。
あまね56
管理棟の裏手西側には駐輪場が。
あまね57
そして管理棟の目の前にあるのがこちらの「すくい愛」と題された
安来節のどじょう掬いの石像です。
あまね58
その「すくい愛」の像から歩道沿いを見ると
縁石に沿って一列に並ぶ石像があります。
あまね59
こちらは安来市のマスコットキャラクターの「あらエッサくんと安来どじょっこ隊」で
2004年(平成16年)に市が商標登録をしている公式のキャラクターです。
石碑の下部には安来節の歌詞が刻まれていますが、
一説には安来節の歌詞は千首以上が存在しているそうです。

あまね62
安来駅の駅前ロータリーは目の前を東西に走る国道9号線に面しています。
この国道は古くは山陰街道と呼ばれた街道であり、
安来は京都の三条大橋から数えて24番目の宿場町でした。
あまね63
駅前にあった駅周辺の地図。
山陰本線と国道9号がほぼ併走しているのが分かります。
あまね64
駅の前から東の米子方面への光景です。
かつてはこの付近で国道を横切って日立金属安来専用線という
貨物線が走っていたそうですが現在は廃止されて跡形もありません。
あまね65
かつての廃線跡付近から切返して安来駅方面へと西に戻ります。
あまね66
駅ロータリーと国道との接点の信号は
安来駅前交差点という名前がついています。
あまね67
こちらは駅前から西側の国道9号線の光景です。
あまね68
安来駅前から150mほど国道9号を西へと進んだ南側に
こちらの銅像と説明版の建てられた一角があります。
あまね69
語臣猪麻呂(かたりのおみいまろ)という像であることが
横の説明板に書かれており、安来の地名の由来と
伝統の神事「月の輪神事」について記されています。

「月の輪神事」は現在も「月の輪まつり」として行われており、
5000発の花火が打ち上げられ神事の山車が練り歩く4日間の盛大な祭りとなっています。
あまね70
そして像の後ろの南側の空き地は「御茶屋御殿」という
かつての安来宿の本陣跡であり、像の横に本陣の説明の看板も置かれていました。
あまね71
その像からさらに50mほど西に進むと日立坂下交差点の信号があります。
この交差点の先の西側がかつての安来の宿場町であり、
現在でも市役所があるなど安来の中心市街地となっています。
あまね73
日立坂下交差点から南を見るとご覧の通り坂となっています。
この道は日立坂下交差点を起点とする県道9号安来伯太日南線という県道で、
坂を上るとすぐに山陰本線を跨ぐ跨線橋を渡ります。
あまね74
跨線橋を渡った反対側には日立金属安来製作所の山手工場の正門があります。
工場は安来駅の南側一帯に広大な敷地を持っており
駅のホームからも工場を至近で見る事ができます。

元々江戸後期の山陰の鉄生産量は全国の8割を占めており
日本古来の製鉄法「たたら製鉄」で生産された鉄を積み出す安来港は大いに栄えたそうです。

明治時代になると大量生産のできる西洋の製鉄技術が普及。
量産のできないたたら製鉄は衰退することとなります。
そのような状況で山陰のたたら経営者たちが安来港の近くに作ったのが
「雲伯鉄鋼合資会社」であり現在の日立金属の前身にあたる会社となります。
あまね75
安来節と並んで安来のもう一つの顔である鉄鋼において
「YSSヤスキハガネ」のブランドを持つ日立金属は
まさしく安来のもう一つの顔と言え、安来の歴史とは切り離せません。

あまね76
日立坂下交差点から国道9号を東に戻って
再び安来駅前へと向かいます。
あまね77
安来駅前交差点から駅舎の正面を北へと向かう道路は
県道229号安来港線であり、安来駅前を起点として安来港へと連絡する県道です。
あまね78
港への県道を進むとすぐに左手にカーブを描いており、
信号の先の右手に公園のような植え込みがあります。
あまね79
公園の様に見えたのは港の岸壁の端で、
こちらが汽水湖の中海に設けられた安来港となります。
港の端から駅までは直線でおよそ200mという至近の距離にあります。


あまね80
駅舎へと戻り入口から中へと入ります。
あまね81
こちらが駅舎の中の様子です。
駅前から中へと入るとコンコースの反対側正面が改札となっており
脇には待合の椅子が並んでいます。
あまね82
改札脇に置かれた水槽の中にはどじょうが。
「安来市へまたどうじょ」と書かれています。
あまねa12
またロータリーから駅舎への入口のすぐ脇は自販機コーナーとなっていますが
ここにはかつて2015年(平成26年)までKioskが入っていました。
現在は売店は撤退した為ご覧の通り自販機が置かれています。
あまねa13
ですのでご覧の通り自販機コーナーの上にあるどじょうの絵の看板は
実はKioskの看板で、現在は張り紙でKioskの文字が隠されていました。
あまね83
こちらは駅舎の中の見取図です。
あまね84
駅コンコース脇のつづきのスペースは安来市の情報発信エリアとなっており
出雲周辺の観光情報が集積されています。
あまね85
57インチのモニターで安来市のインフォメーションを行うエリア。
あまね86
安来節演芸館の案内と「あらエッサくん」のフィギュア。
あまね87
いたる場所にも安来節があふれていて
テーブルも安来節のキャラクターになっています。
あまね88
そしてこの情報発信エリアの一角にあるのがこちらの窓口で、
安来市の観光案内所と市民行政サービスの窓口を兼ねています。
あまね89
観光案内所の前を抜けて東側の部屋へと進むと
特産品の物販コーナーとなっています。
奥には飲食の出来る地産地消の店もあります。
あまね90
この観光プラザと合築の駅舎は地元の木材を用いて建てられており、
「小屋組構造」という伝統的な建築方法で作られ中からその構造が見られる様になっています。

あまね91
改札を出てホーム側から見た駅舎の入口付近の様子です。
あまね92
こちらが駅舎のある1番線ホームの様子です。
駅のホームは単式1面と島式2面のいわゆる国鉄形の配置となっており、
単式の1番線は上り線の米子方面行きホームとなっています。
あまね93
ホームの東側の米子方の光景。
この安来駅を含む伯耆大山駅━西出雲駅間は1982年(昭和57年)に
山陰本線でも一番早く電化された区間となっています。
あまね94
2016年(平成28年)より山陰本線ではラインカラーが設定されており、
安来駅のある米子駅━益田駅間では朱色(    のラインカラーが設定されています。
これは「日本海と宍道湖の夕日」をイメージした色であり
駅名標も朱色となっています。
あまね95
また改札近くのベンチのある付近の駅舎の壁には
月山富田城や清水寺といった安来市の観光案内板が掛けられています。
あまね96
そしてさらに改札に近い場所には安来駅の観光名所の看板がありますが
こちらもあめつちの意匠がこらされた物となっていました。
あまね97
ホーム中央部付近には駅舎の本屋があり跨線橋の階段があります。
階段の裏手にも屋根がありベンチが置かれています。
あまね98
ホームの西側の出雲市方の光景です。
普通列車は1両から2両といった編成ですが、
近年は7両編成のサンライズ出雲なども停車するため
ホームの有効長はかなり長めとなっています。
あまね99
駅舎の壁は赤土色をしていますが、
これはたたら製鉄で栄えた安来の街が由来であり、
赤鉄鉱や褐鉄鉱で鉄を精錬したことが所以なのだそうです。
あまねa01
単式の1番線ホームと島式の2、3番線ホームとを連絡する
跨線橋の中の様子です。
あまねa02
島式ホーム側の階段の蹴込みにはあめつちのロゴマークが描かれています。
観光客を出迎える「ようこそ安来節とハガネの町へ」の看板が。
あまねa03
こちらが駅の南側のホームである島式の2、3番線ホームです。
一番南側の3番線が下り線の出雲市方面行きホームとなっています。
あまねa04
島式ホームの米子方の光景。
駅舎側の2番線は中線で上下線共通の待避線となっており
普通列車が特急列車の退避の際に使用されています。
あまねa14
ちなみに2番線に退避する普通列車は上りのみで
下り普通列車の2番線退避は現在設定されていないそうなのですが、
ご覧の通り「WEST EXPRESS 銀河」は下り列車でも2番線に停車していました。
あまねa15
また上りの「あめつち」も2番線に入線していましたので
停車時間の長い観光列車などは待避線へと入る運用の場合もある様子です。
あまねa05
島式ホームの中ほどには屋根の上屋が。
あまねa06
ホーム中央のベンチ付近にある「あめつち」の乗降場所を示す表示があります。
あまねa07
跨線橋階段の「あめつち」の意匠デザイン。
あまねa08
ホーム西端の出雲市方の跨線橋裏手の光景です。
あまねa09
階段前のホームにわざわざ架線柱があることから
上屋の屋根は電化以前からあったのであろうと推測ができます。
あまねa10
そして3番線の南側を見ると線路の向こう側一面が
日立金属安来工場(山手工場)の敷地となっているのが見えます。
あまねa11
3番線と工場との間の敷地が開いていることや
工場の駅側がプラットホームの形をしていることからも分かる通り
かつて1983年(昭和58年)まではここに引込み線があって
日立金属の工場で生産された鉄鉱を貨車に積み込んでいたのだそうです。



■モデル車両: JR西日本 キロ47形気動車「あめつち」
あまね01

「あめつち」はJR西日本米子支社が2018年(平成30年)7月1日から運行開始した観光列車です。
2018年7月から9月にかけて開催された「山陰デスティネーションキャンペーン」にあわせて企画されたもので
前年に運行を開始し話題となった「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」を受けて
「『瑞風』よりさらに手頃に、身近に感じられつつ山陰を満喫できる列車」として計画されました。

「あめつち」をモチーフとする駅メモのでんこの安来あまねの誕生日が7月1日に設定されていますが
これはあめつちの運行開始日が元ネタであると考えて良いでしょう。


あまね04
「あめつち」は漢字では「天」と「地」と書くそうで、主に山陰地方を舞台とする神話が書かれた
「古事記」の書き出し「天地(あめつち)の初発(はじめ)のとき」が列車名の由来となっています。
その為、ヘッドマークのエンブレムにもご覧の通り天と地をデザインして「天地」と書かれています。
あまね05
上、中、下巻の三巻からなる古事記の上巻は日本列島の発祥と形成という
いわゆる日本神話が書かれた巻です。書き出しの「天地初発」を言い換えると
「天地開闢(てんちかいびゃく)」となり、いわばこの世界のあまねく全ての始まりが書かれています
古事記が大元のネタ元と考えると、駅メモのでんこの安来あまねの「あまね」という名前は
考えるに恐らくこの「普遍的、すべてにわたって」という意味の「あまねく」が由来
なのでしょう。



あまね02
こちらは今も走っているキハ47形気動車です。
国鉄時代の1977年(昭和52年)から1982年(昭和57年)にかけておよそ800両が作られた
キハ40系気動車のうちの都市近郊形の片運転台の形式であり、
開発当時に赤字だった国鉄が全国の非電化路線の列車を置き換える為に作られた車体は
安価で丈夫な一方でスピードはそこそこという車両でした。
あまね07
製造から30年~40年が経過したキハ47形ですが、
国鉄時代の車両は質実剛健で壊れにくく、多くの車両が今も元気に現役となっています。
しかし時代が進み民営化などで赤字路線も淘汰され、
JRもやみくもに新車を作らず計画的な車両入れ替えを行った結果
多くのキハ40系の車両がだぶつく事となりました。
あまね06
【上写真:キハ47形を転用した観光列車】
そのだぶついたキハ40系の車両を生かすため、
近年JR各社で行われているのが「観光列車への転用」です。
余剰のキハを改造し観光列車とする事で客単価を上げ売り上げを伸ばすという手法で、
現在日本全国のJR各社で走るおよそ60種類以上の観光列車の9割が中古の改造車両なのだそうです。
あまね08
そして「あめつち」も元の車両は米子地区を走っていたキハ47形であり
製造からはおよそ40年近くが経過している車両です。
キハ40系車両は旧国鉄からJR西日本へ計257両が受け継がれましたが
2020年現在でも254両が在籍しておりJR西日本での残存率は99パーセントとなっています。

とはいえ近年は赤字削減の為に普通気動車の運用削減や運用効率化が行われており、
車体が重い為に加速が鈍く上り勾配のスピードも遅いキハ40系の車両は
まっ先に入れ替えの対象となっても不思議ではありません
「あめつち」へと改造がされた2両は非常に幸運な車両と言えるでしょう。


【上の動画はクリックで再生します。】
こちらは「あめつち」が実際に出雲市駅を発車をする動画となります。
あまね39
「あめつち」のコンセプトは「ネイティブ・ジャパニース」であり、
神社、お酒、歌舞伎、相撲といった日本文化の様々なルーツが山陰地方にはある事から
島根出身の映画監督の錦織良成氏の総合ディレクションによって
山陰地方ならではの「古くて新しい日本」を発見する旅を演出しているそうです。
あまね03
「あめつち」の車体には前面部正面と上部、車体側面に計6個のエンブレムがあります。
これは出雲市の吉川製作所で作成されたもので、
列車のエンブレムとしては珍しいアルミニウムを素材に採用
着色では耐久性の高いアルマイト処理が行われ耐久性が上げられています。

エンブレムのデザインは先にも述べた様に
日本神話と出雲の自然を表現した立体のもので
「太陽」「神々」「白ウサギ」といったモチーフが用いられています。
あまね10
また車体の側面は上が山陰の美しい空と海をイメージした紺碧色(    
下が山陰地方で栄えた「たたら製鉄」で作られた日本刀の波紋をイメージして
銀色の地に黒と灰色のグラデーションとなっています。
あまね11
「あめつち」の車内の両端の運転席の壁にはご覧の通り
車体側面外装のグラデーションの原画が展示されています。
これはスタジオジブリの美術監督である松江出身の吉田昇氏の手によるもので
山陰地方の山並みを描いた原画であり、
連なることでまるで日本刀の波紋の様に見える
というものです。

アニメの背景美術ではカメラを横に振るPAN(パン)というカメラワークの為に
かなりの横長の絵を描く必要が多々あります。
部分を切り取っても一枚の絵となり、それが連続してつながっている絵を描く技術は
アニメーション美術ならではの技量
と言えるでしょう。


あまね14
それでは以下で、「あめつち」を編成する車両を個々に見てみたいと思います。

あまね09
こちらが二両編成の出雲市方となる1号車のキロ47-7006です。

元の種車は国鉄時代の1982年(昭和57年)6月11日に富士重工で作られ
向日町運転所に配置されたキハ47形-192です。
1990年(平成2年)に米子運転所へ転属となった後に
JR西日本鷹取工場での座席ロングシート化改修によって改番となり
1994年(平成6年)にキハ47形-2010となっています。
あまね12
そして2018年(平成30年)に米子のJR西日本後藤総合車両所にて
観光列車への改造が行われ現在のキロ47形-7006へと再度改番がされています。
全席グリーン席の観光列車の気動車なので車番はキ(気動車)ロ(グリーン車)となっています。
あまね13
乗降扉は連結部に近い鳥取方に片側一ヶ所のみとなります。
改造前のキハ47形では片側二ヶ所の乗降扉がありましたが、
観光列車化によって出雲市方の扉は潰されています。
あまね21
1号車の乗降デッキ付近の様子です。
外装のエンブレムに関する説明板はこちらのドア横に設けられていました。
あまね35
乗降デッキと客室との衝立部分には出雲の地の織物が展示されています。
こちらは1号車山側の出雲織。
あまね36
同じく1号車の海側の衝立には安来織が展示されています。
あまね15
こちらが1号車の車内の様子です。
海側の両端の座席はカウンター席となっていて窓外が眺望できる様になっており、
山側と海側中央部はボックス席でそれぞれテーブルが設けられています。
あまね16
運転台側から見た客室内の様子。
1号車は合計29席となっています。
あまね17
乗降デッキと連結部との間は多目的トイレと女性専用トイレ、
洗面台と業務用の荷物棚が設置されています。
あまね18
連結部手前にある洗面台です。
手洗い鉢には鳥取県岩美町の岩井窯で焼かれた鉢が使われており
ここでも山陰の工芸品が用いられています。
あまね20
反対側のトイレの様子です。
室内の壁には客室内と同じ青の和風の壁紙(クロス)が貼られています。
あまね19
荷物棚は業務用のもので、車内アテンダントの使うカートや
車内で供される物品などを置くスペースとなっていました。
あまね22
客室のテーブルやカウンターには市松柄の陶器が埋め込まれています。
これは日本三大瓦の一つに数えられる山陰名産の石州瓦であり、
鉄分の少ない白陶土に出雲地方で採れる来待石を釉薬にすることで
水の浸透が少なく強い赤褐色の瓦となっています。
あまね23
天井の照明にはご覧の通り色鮮やかなシェード(覆い)がつけられています。
こちらは鳥取県東部にあたる因幡名産の手すき和紙である
因州和紙が使われています。
あまね24
そして1号車の窓の間の壁にはこちらの木のオブジェがあります。
こちらは隔絶された自然環境から独特の生態系を持つ島根県隠岐の島で
主に島の東部に自生している隠岐の黒松を使った木細工です。


あまね25
こちらの車両は「あめつち」の鳥取駅側に編成される2号車のキロ47-7005です。

こちらは大元は1981年(昭和56年)8月4日に新潟鐵工所で作られ
岡山運転所に配置されたキハ47形-1115となります。
1992年(平成4年)に米子運転所へ転属となった後に
後藤車両所にて1996年(平成8年)ロングシート化改造がされて
キハ47形-3016へ改番されました。
あまね26
そして「あめつち」の車両へと選定されて後藤総合車両所にて改造が行われ
2018年(平成30年)にキロ47形-7005へと再度改番となりました。
あまね27
ですので車両端に取り付けられた銘板には「日本国有鉄道」と一緒に
「新潟鐵工所 昭和56年」と書かれています。
あまね28
2号車の乗降扉です。
この車両も元は片側2扉だった車両が改造されて
連結部側の乗降扉のみが残された形となっています。
あまね29
乗降デッキから出雲市方の連結部側には物販カウンターがあり、
その反対側に窓辺のサブカウンターとなっています。
あまね30
そのサブカウンターの奥の車端部妻側の壁には
こちらの神楽衣裳が額装されて展示されています。
この衣裳は島根県西部(石見地方)で受け継がれる石見神楽のもので、
室町時代から続くといわれる石見神楽は2019年(令和元年)には日本遺産に指定されています。
あまね33
また物販カウンターの奥に掛かっているのれんは「西尾絞り」で、
鳥取県佐治市で工房を開く絞り染作家の西尾正道氏のオリジナル手法の絞りとなります。
あまね37
乗降デッキと客室との間の衝立には2号車にも織物が展示されています。
こちらは2号車海側の倉吉絣。
あまね38
2号車山側の衝立には鳥取県境港市の弓ヶ浜に伝わる
弓浜絣が展示されていました。
あまね31
2号車の客室内の様子です。
こちらの車両も海側両端にカウンター席が設けられており、
山側は1列×1席のテーブルつきボックス席、
海側中央は2列×2席のボックス席となっています。
あまね32
切返して運転台側から見た客室内の光景です。
こちらの2号車は計30席となっています。
あまね34
窓の間の壁に掛けられている智頭杉の木工オブジェ。
鳥取県智頭町は全国的にも名高い杉の名産地で
「杉のまち」として林業の盛んな土地となっています。


あまね40
近年の観光列車では停車駅にも観光列車用のデザインをあしらう例が多くあります。
「あめつち」の場合も同様で、こちらは出発駅となる鳥取駅の様子です。
改札にもあめつちの意匠があしらわれており、改札正面の階段にもあめつちが描かれています。
あまね41
鳥取駅改札前のコンコースに置かれた「あめつち」の顔出し看板。
柱の反対側にもあめつちの立て看板が置かれています。
あまね42
改札内の階段コンコースの柱にもあめつちの意匠が。
あまね43
ホーム上でも階段の袖壁にあめつちが描かれていました。

あまね44
こちらは折り返しの終点となる出雲市駅のホームです。
あめつちの乗降に使う階段にご覧の通り意匠があしらわれています。

あまね45
列車は鳥取駅━出雲市駅間の154.3kmを片道およそ4時間をかけて運行しています。
山陰本線の普通列車の時速は95km/hなのだそうですが、
あめつちはこれを下回る80km/hでの運行となります。

土日を中心とした運行で全席グリーン車指定席となっており
乗車券としての18きっぷの使用はできません。
あまね46
「あめつち」の車内ではいわゆるカートによる車内販売はありません。
物販カウンターでお菓子や飲料などを買うことはできますが、
弁当などは事前予約による販売のみとなっています。
これは恐らく料理の内容が注文販売でないと提供できないからだと思われ、
当日に車内で予約無しで買うことはできません。


【写真撮影:2020年11月】

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