2021年01月

でんこの元ネタ
■No.81 郡元ゆう(Korimoto You)
 ■タイプ:トリックスター
 ■誕生日:3月30日

■出身駅: 鹿児島市交通局 鹿児島市電1系統・2系統 郡元停留場(鹿児島)
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こちらは鹿児島市電の郡元停留場の全景です。
この停留場は1959年(昭和34年)12月20日に
鹿児島市電唐湊線の工学部前停留場━郡元停留場間の延伸によって
全通したことで唐湊線の終点として開業しました。
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1912年(大正元年)に当時の鹿児島電気軌道が谷山線としてこの場所に軽便鉄道を開業。
そして1917年(大正6年)には現在の涙橋停留場が郡元駅として開業しています。

しかし現在の郡元停留場は現在市電2系統が走る唐湊線の全線開業によって
すでに開業していた谷山線との合流点に新設されたものですので、
今ある郡元停留場の開業は唐湊線全通の1959年(昭和34年)とすべきでしょう。
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停留場はご覧の通り県道の中央に位置しています。
道路に敷設された併用軌道の停留場で、相対式ホーム2面2線となっています。
鹿児島市電1系統、2系統が共に停まる停留場ですが、
ホームは系統ではなく進行方向によって分けられています
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この郡元停留場は鹿児島市電の2つの路線が交わるジャンクションであり、
目の前の交差点の中にデルタ線があるという特徴的な停留場でもあります。
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こちらがそのデルタ線のある県道20号線の郡元電停交差点です。
南北にまっすぐ県道の中央を走る市電谷山線に、北側の鹿児島中央駅方面から
市道唐湊線の真ん中を走る市電唐湊線が直角に合流をしています。
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そのデルタ線の北側に郡元停留場が設置されており、
停留場の手前には県道を跨ぐ歩道橋があるのが見えます。
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この歩道橋は郡元停留場第一横断歩道橋
県道20号線を跨いで郡元停留場の各ホームを南側から連絡しています。
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交差点の北西角にある歩道橋階段です。
この歩道橋は1975年(昭和50年)に架けられたものとなります。
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歩道橋の西寄りにあるホームへの入口となる階段。
階段脇の市電乗り場の看板にある番号は系統を示しています。
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こちらが北へと向かう電車の停まるホームで、
1系統は鹿児島駅停留場方面行き、2系統は当停留場が終点となります。
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道路に設けられた停留場ですのでホームの幅はご覧の通りさほどの広さはありません。
ホーム上には待合の為のベンチと上屋の屋根が設けられています。
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路線図にも停留場名が書かれてはいますが、
駅名標としてはホーム南端にあるポール形の物のみとなります。

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歩道橋へと戻ってこちらは東寄りのホーム入口の階段です。
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停留場の東側のホームです。
こちらは南行きの電車が停まるホームであり、1系統は谷山線の谷山停留場方面、
2系統は始発となり唐湊線の鹿児島中央駅前停留場方面へと向います。
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郡元停留場のホーム北側は横断歩道と接続しているスロープがあります。
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歩道橋に近い南側のホームの様子です。
交差点に進入する為の信号待ちで電車が停まる光景がしばしば見られます。
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歩道橋の東側は歩道へと下る階段と共に
ショッピングセンターへの連絡通路がつながっています。


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郡元電停交差点へと戻って、こちらは交差点から西方向への光景です。
こちらの道路は市道唐湊線という道路で中央を鹿児島市電が走っています。
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市道は鹿児島大学の西縁を通ってJRの鹿児島中央駅前へと通じています。
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切り返し西の市道側から見た郡元電停交差点。
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左の北側へと曲がって郡元停留場の西側に。
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外側から見た郡元電停の鹿児島駅方面乗り場です。
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停留場の北側には県道を横断しているご覧の横断歩道があります。
歩道や道路から平面での移動が可能である為、車椅子などの場合は
こちらの横断歩道から停留場へと入る事になります。
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こちらは停留場の北側の光景です。
県道20号線は市電と共に高見馬場まで北への伸びています。
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横断歩道を渡り、北行きホームの南側付近。
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ご覧の通り横断歩道は停留場の連絡通路を兼ねた作りとなっています。
道路を走る軌道線なのであくまで横断歩道であり遮断機などはありません。
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横断歩道から見た停留場北側の鹿児島駅前方面。
二つの軌道の間に渡り線があるのが見えますが、
これは郡元終点の2系統の電車が折り返す為のものです。
ポイントはスプリング式となっており信号所による転換は必要ありません。

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郡元停留場の東側から見た北の高見馬場方面。
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こちら側には停留場の北東目の前に鹿児島市中央保健センターがあります。
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保健センター前から切り返して南の交差点方面。
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歩道からは郡元停留場の南行きホームの外観が見えます。
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さらに南へ進むと停留場のホームを連絡する歩道橋の階段がありますが、
歩道橋を見ると東側の建物へと直接つながっているのが見えます。
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この歩道橋と連絡している建物はイオン鹿児島鴨池店の店舗です。
停留場の東側のこの一帯はには鹿児島市電の前身の鹿児島電気軌道が
1916年(大正5年)に開園した鴨池動物園がありました。
鹿児島電気軌道が鹿児島市に買収されて市営となり、
1972年(昭和47年)2月に動物園は平川へと移転となって閉園となりました。

その動物園跡地に建設されたのがダイエー鹿児島店で、1975年(昭和50年)7月に
「鹿児島ショッパーズプラザ」の名称でショッピングセンターとして作られました。
郡元停留場のホームを連絡する歩道橋はこの店舗建設時に同時に作られたもの
その為歩道橋と店舗が直接連絡する構造となっています。

2015年(平成27年)9月に営業権がイオンへと移って
「イオン鹿児島鴨池店」へと名称が変更されていますが
建物自体はダイエー時代のものがそのまま使われ築50年近いものとなっています。
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歩道橋の階段を過ぎるとすぐに郡元電停交差点の北東角となります。
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角にあるこちらの建物は郡元停留場の信号扱い所です。
デルタ線となっている郡元電停交差点のポイントを有人操作する為の建物ですが
現在はポイント切り替えが自動化されている為使われていません。


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そして県道20号線の郡元電停交差点から南側を見た光景です。
交差点の北側に郡元停留場があるのはこれまで見た通りですが、
ここには交差点を挟んだ反対の南側にもう一つ、
郡元(南側)停留場というもう一つの電停があります。
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この郡元(南側)停留場は分類としては郡元停留場の別乗り場です。
しかし路線図を見ても郡元停留場と郡元(南側)停留場は別の停留場として書かれていおり、
実際の運用でも隣の別停留場として電車が走っています。
今回ここでは「郡元停留場の一部分」として扱いたいと思います。
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郡元電停交差点の南側に架かっている郡元停留場第二横断歩道橋。
歩道橋は南側の階段は歩道に降りていますが、
北側の螺旋階段はイオンの敷地内に設けられています。
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交差点の南東角から県道20号を渡る横断歩道です。
この歩道の途中が郡元(南側)停留場の入口となります。
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停留場の東側の県道20号線の谷山方面への光景です。
500mほどで市電は県道から右に逸れて専用軌道へと入ります。
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東側から見た郡元(南側)停留場。
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切り返して南側から見た県道東側の様子です。

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郡元(南側)停留場の南行きホームです。
谷山線の1系統谷山停留場方面行き電車が使用します。
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停留場自体は相対式ホーム2面2線となっています。
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市電の停留場なので細いホームに屋根と簡易ベンチがあるだけの
シンプルな造りとなっています。
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ホーム同士を連絡する横断歩道の県道中央部付近です。
歩道のゼブラマークも軌道の中には描かれていません。
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西側にある郡元(南側)停留場の北方面行きホーム。
1系統の電車が郡元停留場から鹿児島駅前停留場方面へと向かうホームで、
直通で2系統の鹿児島中央駅前停留場方面への電車もこちらのホームとなります。
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こちらもホーム自体はシンプルな造りです。
停留場の南側には渡り線が設けられており、
南行の電車が当停留場で北行へと折り返す事が可能です。
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停留場の南端にはポイントがあります。
こちらのホームの南端にはポイントを切り替えるボタンがあり、
唐湊線方面へと入る際には乗務員がボタンを押して切り替えています。
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ポイント切り替えのボタン。

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こちらは停留場の西側の県道から見た光景です。
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西側歩道から郡元(南側)停留場への横断歩道。
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デルタ線のある郡元電停交差点は朝夕の交通量も多く、
停留場の西側はご覧の通り多くの車が信号待ちをしているポイントでもあります。


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おまけとして夜の郡元停留場の様子を。



■モデル車両: 鹿児島市交通局 7500形電車「ユートラムIII」
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鹿児島市交通局7500形は鹿児島市が2005年(平成17年)に策定した
「鹿児島市LRT整備計画」に基づいて導入がされた車両です。
鹿児島市電としては9年ぶりの新型車導入となります。

LRTとはLight Rail Transit(ライト・レール・トランジット)の略で、
日本では低床式車両(LRV)を導入した「次世代型路面電車システム」などとも呼ばれます。
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【上写真:鹿児島市電500形】
鹿児島市電では1955年(昭和30年)に導入された500形が
長らく主力電車として活躍をしていましたが、
さすがに21世紀に入って50年以上が経過すると車両老朽化での置き換えが始まります。

こうした状況とLRT計画によって2017年(平成29年)3月30日に
まず2両が導入されて営業運転を開始
しています。
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駅メモのでんこである郡元ゆうの誕生日が3月30日に設定されていますが、
これは7500形の鹿児島市電での営業運転開始日が元ネタであると考えて間違い無いでしょう。
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7500形の車体は路面電車車両の国内トップメーカーであるアルナ車両の製作で、
同社の看板製品である超低床型路面電車シリーズ「リトルダンサー」の車両となります。
リトルダンサーシリーズには現在8つのバージョンがありますが、
鹿児島市電7500形はこの中の「タイプX」という2連接車両となります。
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製品の愛称である「リトルダンサー」の名称は
「躍動的で可愛らしい小さな踊り子『Little Dancer』のイメージ」からつけられています。
郡元ゆうの衣装がストリートダンサーをイメージするデザインであるのは
この「リトルダンサー」から連想されたもの
だと言われています。

ちなみに余談ですが、リトルダンサーの意味には超低床車両であることからの
「リトル(少ない)段差」という意味もあるのだとか。
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車体のカラーリングには鹿児島市交通局カラーの
南国鹿児島の明るい太陽を表したイエロー(    をベース色とし
軌道敷の芝生のグリーン(    が配置されています。
車両前面部はブラック(    を使って印象を引き締めています。
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郡元ゆうの衣装のデザインを実際の車両と並べてみると
ベースのイエロー、腕や裏地のグリーン、そしてアンダートップスのブラックなど
車体の配色が元となっている事がよく分かります。
パーカーの胸の飾りの青と赤はおそらく鹿児島市電の
1系統(青)と2系統(赤)のラインカラーからでしょうか。
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鹿児島市電では2002年(平成14年)に導入された日本初の国産超低床路面電車である
1000形「ユートラム」(アルナ車両・リトルダンサー A3タイプ)、
2007年(平成19年)導入の7000形「ユートラムII」(リトルダンサー A5タイプ)と
2種類の「ユートラム」の名を冠した低床車両が走っています。

7500形は3種類目のユートラムであることから「ユートラムIII」の愛称がつけられています。
リトルダンサーでは「タイプX」というバージョンとなります。
鹿児島市電で使われる「ユートラム」には
「悠」「遊」「YOU」の意味を持つ「ユー」と路面電車を表す「トラム」の意味があるそうで
郡元ゆうの名前の英語表記が「YOU」であるのはこのあたりが元ネタでしょうか。


【上動画はクリックで再生します】
こちらは7500系「ユートラムIII」が郡元停留場へと入線する動画です。
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7500形「ユートラムIII」は2車体連接車であり中央部に連接部分があります。
前面の行先表示器には鹿児島市電としては初となるフルカラーLEDを採用。
スタイリッシュな車体は2018年(平成30年)に鉄道友の会のローレル賞を受賞しています。
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乗降扉は片側2ヵ所で、連接部近くの中央部にある入口は幅1000mmの片開き扉、
運転席脇の出口は幅900mmの折り戸となっています。
また集電装置には市電によく使われるビューゲルではなく、
シングルアームのパンタグラフが採用されています。
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こちらはA運転台側の車内の様子です。
7500系は2台の車両が連接されていますが、基本的に両車両の内部の配置は同じで
連接部を中心に点対称に配置されています。
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反対側のB運転台側の光景です。
入口の乗降扉は基本的に進行方向と反対側の後部車両のものが使用されます。
デッキには両側にICカードリーダーが設置されており、
かごしま共通乗車カード「RapiCa(ラピカ)」を使用する事ができます。
なお全国共通交通系ICカード(Suica・SUGOCA等)は鹿児島市電では使用できません
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乗降デッキの上部にある鹿児島市電の路線図。
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入口の乗降扉の正面となる連接部脇の座席は優先座席となっています。
座席モケットは青色、つり革の色は黄色となっており一般座席との区別がされています。
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市電の車両ながら座席は全席がロングシートとなっており、
一般座席は黒色のモケットが使用されています。
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車端部の運転台後部の様子です。
鹿児島市電は1967年(昭和42年)にワンマン化されており
運転台後部にはご覧の料金箱が設置されています。
料金箱の上には液晶モニターの料金表が。
運転台右側後方には車椅子対応スペースが設けられています。
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こちらはカバーが無い状態の料金箱。
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車両最前部の降車用扉と運転台の様子です。
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最後に端から車内全体を見渡した光景を。


【写真撮影:2021年1月】

でんこの元ネタ
■No.63 根雨つむぎ(Neu Tsumugi)
 ■タイプ:サポーター
 ■誕生日:3月18日

■出身駅: JR西日本 伯備線 根雨駅(鳥取)
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つむぎ48
こちらはJR西日本の伯備線の根雨駅の駅舎の外観です。
駅は1922年(大正11年)7月30日に当時の国鉄伯備北線が
江尾駅━根雨駅間で延伸開業した事で開設されました。
木造の駅舎は開業当時からのものとされており築100年の建物です。
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駅舎の前は敷地が舗装された広場となっており駐車スペースが区画されています。
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建物の目の前に置かれた町営バスの停留場。
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駅前広場の南側の奥も駅敷地となっており、
JR西日本の月極め駐車場となっていました。
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駅舎の向かいの広場東側にある駅駐輪場。
こちらも木造でなかなかの年季の入った建屋が建っています。
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そして駅舎目の前の広場北側にあるこちらの真新しい建物は
日野町が2017年(平成29年)に設置した駅前公衆トイレです。
道路側にはベンチも設置されており地名のモニュメントも立っています。
つむぎ53
ベンチ前に置かれた根雨出身の洋画家・木山義喬と
文学者の生田長江の功績の書かれた碑。
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トイレの建物の裏手には根雨の観光名所が描かれた絵看板が立っていました。
元々トイレの建屋の場所は広場になっていて円形の池があり
それを囲む様に名所案内の看板があったのですが、
トイレが新設されたことで影に隠れてしまったという訳です。

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駅舎から広場に接する駅前の道路へと向かうと
反対側の目の前にあるこちらが日野町役場の建物です。
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根雨駅周辺の案内地図。
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駅前に接する町道を道なりに南へと進んだ光景です。
こちら側は出雲街道の宿場町として栄えた根雨宿のあった集落があります。
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都内であれば住宅地の生活道路のような幅の道ですが、
駅や役場から集落の中心地へとつながる道路であるだけに
沿道には文化会館や郵便局、銀行などの公共施設が立ち並んでいます。

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切り返して駅前の町道を今度は北側へと進みます。
駅前から進んだ道は300mほどで伯備線の踏切を渡って国道181号線へと連絡しています。
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駅舎へと戻って中へと入ります。
つむぎ61
こちらが駅舎の中の様子です。
有人駅であり、こじんまりとした中に券売窓口があり
奥にはベンチの置かれた待合所があります。
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ベンチの奥はご覧の通りかつてはKioskがあった場所ですが
2016年(平成28年)9月で閉店しており、現在は自販機で塞がれています。
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窓口横の自動券売機の上にある運賃表。
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改札にはICカードの簡易改札機が置かれています。
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ホーム側から見た改札付近の様子です。
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こちらが駅舎のある1番線ホームの様子となります。
駅は単式1面1線、島式1面2線の計2面3線といういわゆる国鉄式のホームを持っています。
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1番線は上り本線で新見・岡山方面行きのホームとなります。
こちらはホーム南端付近の光景で、ホームの先に見える跨線橋は国道181号線のものです。
つむぎ68
JR西日本米子支社管内では2016年(平成28年)より路線にラインカラーを設定しており、
伯備線は周辺の山並みの色である緑(    となっていて
駅名標の色などで用いられています。
つむぎ69
根雨駅は特急停車駅ではありますが、3つ隣の生山駅と根雨駅とで特急が交互に止まるという
「千鳥停車(選択停車)」が採用されているという珍しい駅です。
その為当該区間を走る特急やくもで根雨駅に停車するのはその半数となっています。
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こちらはホームの北側の光景となります。
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ホーム同士を連絡している跨線橋の中の様子です。
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島式ホームの2、3番線の様子です。
駅舎に近い2番線は下り本線で米子方面行きホームとなり、
反対の3番線は上下副本線として特急退避時の普通列車が上下線ともに入線をします。
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島式ホームの南端からは、単線である伯備線から根雨駅構内へと
線路が分岐する様子がご覧の様によく見えます。
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南側から見た島式ホームの様子です。
駅構内が広く見渡せます。
つむぎ78
3番ホームのさらに西側には引込み線がありますがこれは保線用のものです。
根雨駅には米子保線区の根雨保線管理室があり近隣の保線の拠点となっています。
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引込み線の南側にはホッパー車にバラストを積み込む為の土台も。
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またJR米子支社米子電気区の根雨派出も置かれており
構内には根雨変電所も設置されていました。
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2、3番線ホームの中央付近には待合室が設けられています。
つむぎ76
駅の北側寄りにある跨線橋のさらに北側にもホームは続きます。
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伯備線に特急が走り始めたのは1972年(昭和47年)のことですが、
根雨駅のホームにも材質が違う部分が見られますので
恐らくは有効長の関係でホームを延伸改修したのだと思われます。

【写真撮影:2018年10月】



■モデル車両: JR西日本 381形電車「やくも」
つむぎ01

381系電車は国鉄が1973年(昭和48年)から1982年(昭和52年)の間に
設計製造をした振子式の直流特急形車両です。

1973年(昭和48年)に中央線の特急「しなの」として投入された381系ですが、
特急「やくも」として伯備線に投入されたのは1982年(昭和52年)のことでした。


1972年(昭和47年)の山陽新幹線の岡山駅開業で
陰陽連絡線としての存在感を増した伯備線は整備が進み
1982年(昭和52年)7月に全線が直流電化される事となります。

伯備線は山間を流れる高梁川と日野川に沿って敷設された
カーブの多い狭隘な土地を走る路線であった為、速度向上の為に
振り子式の381系電車を新製し投入がされました。
つむぎ03
【上写真:国鉄特急色の特急やくも】
こちらが1982年(昭和52年)7月1日のダイヤ改正で投入された381系の特急「やくも」の姿です。
運用開始当時はクリーム4号(    の地色に赤2号(    の帯色という
いわゆる国鉄特急色での登場でした。

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1994年(平成6年)12月に速達列車である「スーパーやくも」が登場すると
薄紫色(    を車体ベース色に帯色として青紫(    
白(    赤紫(    )のカラーリング「スーパーやくも色」が登場します。
このスーパーやくもは座席の改造も行われており、パノラマグリーン車の連結も開始しています。
つむぎ04
そしてスーパーやくもの登場に併せて一般の特急やくもの車両は
灰色9号(    をベース色に緑(    黄色(    の帯の
「やくも色」のカラーリングへと塗色が変更されています。


その後2006年(平成18年)3月18日のダイヤ改正では
「スーパーやくも」と「やくも」が統合されて特急「やくも」へと統一
されています。
つむぎ06
統合後の2007年(平成19年)4月より伯備線特急の大規模更新工事が行われ、
およそ20億円弱をかけた内装や外観の改修は2010年(平成22年)8月に全列車が完了。
リニューアルされたご覧の「ゆったりやくも」での運行となっています。
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「ゆったりやくも」の車体塗装は大山の冠雪を表現した白(    をベースカラーとして
出雲大社の巫女の赤(    と山陰の豊かな自然の緑(    の帯色が入っています。
つむぎ08
駅メモのでんこである根雨つむぎの衣装を見ると
白をベース色に赤い帯と緑のラインと「ゆったりやくも」の配色と同じであるのが分かります。
ですので根雨つむぎの元ネタは「ゆったりやくも」であるという事で良いでしょう。

また根雨つむぎの誕生日は3月18日に設定されていますが、
これも「やくも」と「スーパーやくも」が統合された日付と同じです。
この点も根雨つむぎの元ネタは「ゆったりやくも」である事を補強しています。


つむぎ40
特急「やくも」では両側に先頭車両の付随車を置き
中間に2両1ユニットを2ユニットつないだ6両編成がノーマル編成となります。
以下ではこのノーマル編成で特急「やくも」の各車両について見てみたいと思います。

つむぎ09
まずは出雲方の先頭車両となる1号車のクロ381形100番台です。
ク(制御車)ロ(グリーン車)となり運転台のある先頭グリーン車両となります。
伯備線で走る100番台は2007年(平成19年)からのリニューアルで登場した車体で
編成略記号はTscT(付随車)s(グリーン車)c(制御車)となり
運転台はあるもののモーターは搭載していない車両であることが分かります。
つむぎ17
連結部に近い岡山方の車端にある乗降デッキの様子です。
男女兼用の洋式トイレと洗面台があります。
つむぎ20
デッキと客室との間の自動扉。
つむぎ18
客室内の様子です。グリーン席車両なので座席は1+2人掛けシートが10列と、
岡山方最前列が左右1席づつで計32席となります。
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切り返して出雲方から見た客室内。
最前列は客室扉の正面なので衝立が設けられています。


つむぎ10
出雲市方二両目の2号車モハ380形です。
モ(動力車)ハ(普通車)で中間電動車となります。
モハ381形とユニットを組んで使用される車両であり、
編成略記号はM'M(動力車)となります。
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この車両は屋根の上の両端に計2基のパンタグラフを搭載しています。
つむぎ22
2号車客室内の様子です。2+2席の座席が15列と
岡山方最前列は片側が車椅子対応スペースで2席のみとなり
合計で62席となります。
つむぎ23
こちらが車椅子対応スペースの様子です。
完全に座席を撤去して車椅子固定用のベルトのみが床に設置されています。
つむぎ21
岡山方の車端部にある乗降デッキ。2号車の乗降扉は片側岡山方の1ヶ所のみです。
デッキにはトイレと洗面所が設けられています。


つむぎ12
3号車のモハ381形です。
モハ380形とユニットを組む車両でモ(動力車)ハ(普通車)の中間電動車です。
編成略記号ではM(動力車)になります。
つむぎ24
車内客室の様子です。2+2席のシートが17列設置されていて
全体では合計68席となっています。
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他の車両もそうですが特急やくもの車両は座席部が通路部より若干高くなっており
段差部分にはご覧の通り注意を喚起する黄色いラインが引かれています。
つむぎ26
この車両も乗降デッキは岡山方のみ1ヶ所となります。
デッキは乗降のみのスペースとなっています。


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4号車であるモハ380形200番台です。
2007年(平成19年)のリニューアル工事で改装された車両で、
男性小用トイレや喫煙室(2009年に廃止)などが増設されています。
モ(動力車)ハ(普通車)の中間電動車で編成略記号はM'(動力車)となります。
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この車両も屋根両端に合計2基のパンタグラフが載っています。
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客室内の様子です。2+2席の座席が15列並んでいますが
出雲市方の6列目のみ左右ともに1席づつとなっている為
合計では58席の車両となります。
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他のやくもの車両でもそうですが、中央部に1席の部分があるのは
冷房装置が床下に設置されている関係で壁に空調ダクトが通っている為です。
そのでっぱりの為に窓側座席が設置されていない場所がある、という訳です。
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岡山方車端部にある乗降デッキです。
デッキの客室側(出雲市方)には業務用室とフリースペースが設けられています。
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フリースペースは元々は2007年(平成19年)の
ゆったりやくも化リニューアルで喫煙室として作られたスペースです。
しかし2009年(平成21年)6月から全車禁煙となった為喫煙室は廃止。
パンフレットの置かれたフリースペースへと転用されたという訳です。
つむぎ31
そしてデッキの岡山方には女性用洋式トイレと、
反対側には男子小用トイレと洗面台が設置されています。


つむぎ15
5号車のモハ381形です。
モハ380形200番台とユニットを組む為に編成されており、3号車と同じ形式の中間電動車です。
モ(動力車)ハ(普通車)M(動力車)になります。
つむぎ32
座席のある客室内の様子です。
3号車と同じ形式の車両である為、座席数(17列計68席)や
配置も同様となっています。
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切り返して見た車内の様子。
つむぎ34
岡山方車端の乗降デッキの様子です。
5号車のデッキは乗降するためのみのものですが、
連結部を挟んで6号車のデッキ部分と隣接をしています。


つむぎ16
岡山方の先頭車両となるクハ381形100番台です。
ク(制御車)ハ(普通車)で運転台がありモーターの無い制御付随車です。
「くろしお」「やくも」用として製造された車両で非貫通形となっています。
編成略記号ではTcとなりT(付随車)c(制御車)になります。
つむぎ35
出雲方車端の乗降デッキです。
この車両は岡山方の先頭車両で運転台がある為、デッキは出雲方となります。
つむぎ36
連結部のあるデッキの出雲方には洗面台と
男女供用洋式トイレがあります。
つむぎ37
車内客室の光景です。2+2席のシートが13列並んでおり、
岡山方3列目が左右1席づつとなっている為合計では50席となります。
つむぎ38
運転台のすぐ後ろの最前列は空間が開いた為
ご覧のボックステーブルがあります。
つむぎ39
この車両は岡山方の3列目が左右ともに1席づつとなります。

以上がノーマル編成の各車両についてです。


つむぎ41
また特急「やくも」ではパノラマ編成という編成が2つあり、
この場合は出雲方の先頭車両としてご覧のクロ380形のパノラマグリーン車が連結されます。
つむぎ42
大きな特徴として最前列の運転台前面のガラスが斜めの大きなものである点で、
これによって外観も他の車両とは大きく違うものとなっています。
座席の配置自体は通常の非前面展望車のクロ381形100番台と同じであり、
1+2人掛け11列で最後列のみ中央1席が無い合計32席です。
つむぎ43
運転台付近の様子です。
運転士の後ろの壁が腰壁となっていて前面展望が確保されています。


つむぎ44
また特急「やくも」では4両編成のノーマル編成というバージョンもあり、
この場合は岡山方の先頭車両にクモハ381形が連結されています。
多客時の増結を想定している車両の為、前面が貫通扉となっていて
ご覧の通りモハ380形と連結をして中間車両としても運用されています。
つむぎ45
前面貫通路を連結時に中からみた光景です。
ご覧の通り通路にヘッドマーク部分が扉として開いている為
間近で見ることができます。


つむぎ46
特急「やくも」の車両である381系電車を保有しているJR西日本のサイトでは
法人向けに資材の調達情報も公開されており、
そのなかの調達情報のページには参考情報として
「JR西日本の保有車両一覧」というPDFファイルが置かれています。

その資料を見ると381系電車について「経年33年以上」の車体を62両保有
している事が分かります。そして資料の左下の補足情報を見ると
「・381系、約60両を新製車両に置換計画あり(投入予定時期 2022~2023年)」
と書かれています。

つまり現在運用されている特急「やくも」の車両については
来年から再来年(註:2021年現在)には置換えられる計画
だという事になります。
振り子式の特急車両ですので伯備線の特急「やくも」以外での使用は現状考え難く、
廃車の可能性も低くは無いでしょう。
つむぎ47
現在の社会情勢などを考えると計画の延期の可能性も無くはありませんが、
根雨つむぎの元ネタ車両である381系の特急「やくも」を
実際に見られるのはあと1~2年という事
です。
状況を鑑みてにはなりますが、できれば今年のうちに一度は乗る事をお勧めします。


では。

【写真撮影:2020年11月】

でんこの元ネタ
■No.99 指宿おとめ(Ibusuki Otome)
 ■タイプ:トリックスター
 ■誕生日:3月13日

■出身駅: JR九州 指宿枕崎線 指宿駅(鹿児島)
おとめ48


おとめ49
こちらはJR九州の指宿枕崎線の主要駅である指宿駅の駅舎の外観です。
1934年(昭和9年)12月に当時の鉄道省の指宿線が
喜入駅から当駅まで延伸した事に伴って開業した駅で、
駅舎は1980年(昭和55年)に改築された二代目となります。
おとめ50
建替えられた二代目の駅舎はオレンジ色に黄色というトロピカルな色使いでしたが
2003年(平成15年)3月の九州新幹線開業に合わせて「開聞岳の松林」をイメージした
木目調の落ち着いた色使いへとリニューアルされています。
おとめ62
駅舎の正面北寄りには観光案内所への入口がありますが、
その横には薩摩半島を象徴する薩摩富士こと開門岳の壁画があります。
さらに隣にはトイレの入口がありますが、暖簾が下がっていて
観光地らしく綺麗な造りとなっています。

おとめ51
駅舎の出入口は東側の一ヶ所のみであり、
建物の目の前にある駅前広場の南半分には
時計回り一方通行の駅前ロータリーがあって駅前の道路と接しています。
おとめ52
ロータリーの南側の入口付近にある指宿警察署の指宿駅前交番。
おとめ53
そして駅利用者の駐車場とタクシープールが
ロータリー中央部の島部分に設けられています。
おとめ63
タクシープールの正面の駅舎寄りにはタクシーの乗降場が。
観光地らしく多くのタクシーが客待ちをする光景が見られます。

おとめ54
ロータリー島部分の北側にはモニュメント類の置かれた広場があります。
おとめ55
広場の駅舎入口目の前付近にある竜宮城を模したゲートです。
指宿は全国諸説ある浦島太郎伝説の有力な地であり
街のいたるところに竜宮城や浦島太郎関連のものがあります。
おとめ56
広場の中央には指宿の観光案内の地図が。
おとめ57
その脇には歌人・与謝野晶子の短歌が刻まれた歌碑があります。
与謝野鉄幹・晶子夫妻は1929年(昭和4年)に指宿の地をおと訪れており、
その美しさから「一生の中で得た数なき幸の一つ」と述べています。
おとめ58
広場の東側は駅前の道路に面しており歩道とつながっています。

おとめ59
そして駅前広場の西側は歩行者用の広場となっていて
インターロッキングで舗装がされています。
おとめ60
広場西側にはご覧の建物がありますがこちらは駅前の足湯があります。
指宿温泉郷の玄関口である駅前に2006年(平成18年)に地元有志が設置したもので
中央部に「湯浴みの像」が立ち夜にはライトアップがされています。
おとめ61
北側は駅前道路に面していてご覧の駅前のバス停が置かれています。


おとめ64
駅舎の入口へと戻って中へと入ります。
おとめ65
こちらが駅舎の中の様子です。
タイル敷きの中はご覧の通りかなり広く天井も高い造りとなっています。
おとめ66
駅舎出入口から改札へのいわゆるコンコース部だけでも
かなりの広さがあり、多くの看板が壁に掛かっていて
観光地の玄関駅の雰囲気が感じられます。
おとめ67
そのコンコース部に置かれた「指宿のたまて箱」の顔出し看板。
観光列車の乗車数累計100万人突破を記念して2019年(令和元年)5月に作られたもの
デザインを一般公募して作られた凝ったものとなっています。
おとめ68
看板の脇にはご覧のポケモンのぬいぐるみの入った展示物が。
指宿市では「イーブイ好き→いーぶいすき→いぶすき」と名前の語呂が似ている事から
2018年(平成30年)にイーヴイを指宿市スポーツ・文化交流大使に任命
市内にポケモンのマンホールを複数設置しています。
おとめ69
こちらは駅前の交番前にあるイーヴイのマンホール。
おとめ70
そして待合室の奥半分にはご覧のベンチが並ぶスペースがあります。
有名観光地駅の待合室だけにこれだけの数のベンチが並ぶ光景は圧巻です。
おとめ71
そして一番奥には売店と指宿市の観光案内所が。
おとめ72
ベンチの横にはご覧の階段があって駅舎二階へと上れますが、
現在はテナントとして会社が入居している様です。

おとめ73
改札付近の様子です。
有人改札となっていますが自動改札やIC対応の簡易改札機などは無い為、
SuicaやSUGOCAなどのICカード乗車券は使用できません。
おとめ74
改札内へと入るとすぐに左手へと通路が曲がっており、
ホームへと上がる階段があります。
おとめ75
階段の左手には1番線ホームへと上がるスロープ通路の入口がありますが、
通路の中は「竜宮写真館」と題した指宿市や列車のギャラリーとなっています。
おとめ76
スロープ通路の中の様子です。
おとめ77
ホーム側から見たスロープ通路。
指宿駅に到着した観光客に見てもらう目的の様で
こちらのホーム側がギャラリーの入口となっている様です。
おとめ78
右手の階段を上るとすぐに跨線橋の階段があります。
その階段の右側を抜けると1番線ホームとなります。

おとめ79
こちらが駅の東側にある単式の1番線ホームの様子です。
指宿枕崎線は全線が単線の地方交通線の為、
指宿駅に到着する列車は上下線共に基本的にこちらの1番線ホームを使用します。
おとめ80
1番線ホームの駅名標です。
指宿駅の駅名標はホームごとにデザインが異なっており、
こちらには指宿市の西側の鹿児島湾(錦江湾)に浮かぶ知林ヶ島と
「指宿のたまて箱」の列車ロゴマークがモチーフとなっています。
おとめ81
ホーム南端の枕崎方の光景です。
建屋の屋根が黄色(    青(    で塗られていますが
黄色は指宿を象徴する花である菜の花の色が、
青は指宿のきれいな海の色をモチーフとしてカラーリングされています。
おとめ82
駅舎はホームの北端側にあり、出入口も北側のみとなっています。
おとめ83
ホーム北端の駅舎側の光景。
通路の先に構内踏切が見えますが一般旅客は使用する事はできません。

おとめ84
ホームを連絡している跨線橋の中の様子です。
おとめ85
跨線橋から俯瞰で見た駅構内の様子。

おとめ86
駅の西側に位置する島式ホームの2、3番線の様子です。
列車交換時などで1番線が塞がっている時に使用されるホームで
2番線が下り枕崎方面行き、3番線が上り鹿児島中央方面行き列車が使用します。
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海側の2番線側の駅名標です。
駅前にある足湯と、指宿を象徴する花の菜の花をモチーフとしたデザインです。
おとめ88
山側の3番線側の駅名標の外観です。
こちらは指宿市の特産品であるオクラとソラマメがモチーフです。
おとめ89
ホーム出入口に近い北側にはベンチなどがあるものの、
南側のホームにはご覧の通り建屋の屋根があるのみの光景となっています。
おとめ90
3番線のさらに西側には数本の留置線があり
駅構内はかなりの広さとなっています。
おとめ91
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おとめ93
一旦駅を出て駅前広場へと戻ります。
おとめ94
駅の正面から北東の海側へと向かって伸びるこちらは
指宿中央通商店街の通りです。
この通りを進むと沿岸部南側に指宿の温泉街が広がっています。
おとめ95
昭和30~40年代には温暖な気候を売り物に「日本のハワイ」として繁栄した街でしたが
海外旅行が安価に行ける時代となって指宿の観光産業は斜陽化。
今では閉店した店も多く「本土最南端のシャッター商店街」と揶揄される状態です。
おとめ96
歩道にはアーケードがありレトロな造りの商店の並ぶ通りは
今でも昭和の温泉街の佇まいが残っています。

おとめ97
こちらは駅前のロータリーに接する道路を北側から駅方面へと下った光景です。
1980年(昭和55年)に駅前広場が整備されており
駅前の部分の道路も車線が増やされ道幅が広くなっています。
おとめ98
駅の正面にある交差点。
指宿中央通商店街と接する交差点は駅前ロータリーの入口でもあります。
おとめ99
交差点の北東角にある広場。
小さな広場ですが指宿市の観光名所のポスターが並べられ
観光案内を兼ねたものとなっていますx。
おとめa01
切り返して南側から駅前の交差点に向かっての光景です。
おとめa02
この駅前交差点は県道240号指宿停車場線の起点となっており、
北へと向かってのご覧の道路が県道指定をされています。
おとめa03
駅前交差点からは200mほどのご覧の渡瀬通り交差点で
県道240号指宿停車場線西へ向かって左折しており、
指宿枕崎線の踏切を渡った900mほど先で国道226号線へと連絡をしています。


おとめa04
再び駅前広場へと戻り、足湯の西側、駅舎からは北側に行くと
ご覧の地下道への入口があります。
おとめa05
地上駅舎である指宿駅には東口のみで西口は無く、
線路の西側へと連絡をする為にこちらの地下道が設けられています。
おとめa06
こちらは西口側の地下道地上出口です。
階段とスロープの出口があり、こちらは東口から近い階段出口の地上付近の光景です。
おとめa07
出口の南側には目の前に西口ロータリーが広がっています。
おとめa08
こちらは西側から見た指宿駅西口広場の光景です。
おとめa09
駅の西側には直接の出口は無いものの、指宿枕崎線の線路と併走して
西に400mほどに国道226号線が走っており
国道から駅へとやってくる乗降客の受け皿としてロータリーが整備がされています。
おとめa11
西口ロータリー正面から西へと伸びる、中央分離帯のある2車線の道路。
こちらが駅西口と国道226号とを連絡している道路となります。
おとめa10
ロータリーの中央部に設けられた駅前広場。
おとめa12
中央部の北側は駅利用者の駐車場が設けられています。
おとめa13
駅に近い西口ロータリーの東側の光景です。
地下通路のスロープ出口の建屋があるのが見えます。
おとめa14
こちらがスロープ出入口で
自転車なども往来ができる様になっています。
おとめa15
そしてロータリーの南東角には駅の駐車場があるのですが
その入口付近にご覧のコンクリートのスロープがあるのが見えます。
これは貨物積み込み用のものでかつては全国各地の駅で見られたものです。

指宿駅も1971年(昭和46年)までは駅で貨物営業をしていましたので
こちら側はかつての駅の貨物ヤードだったのだと思われます。


おとめa16
こちらは指宿駅の駅構内の「竜宮写真館」に掲示されている
指宿と竜宮伝説との関係についての説明板の一文です。
観光列車「指宿のたまて箱」のそもそものモチーフは
「指宿の地が浦島太郎伝説の発祥の地である」という点から
始まっています。
おとめa17
浦島太郎の物語の地については諸説がありますが、
古くは日本書紀にその記述があり、また8世紀に成立した「丹後国風土記」には
浦島太郎の物語の原型である話が収録されています。
おとめa18
実際に「浦島太郎」の物語となったのは室町時代の「御伽草子」あたりと言われ、
現在知られる浦島太郎の物語は明治末に尋常小学校の国定教科書に収録された
「ウラシマノハナシ」であるとされています。

長い間に様々なバージョンの浦島伝説が流布されたこともあり、
京都の丹後半島を始めとして香川県の荘内半島、愛知県知多郡など
日本全国各地に「浦島太郎発祥の地」と称される場所があります
おとめa19
そして指宿市の南にある、薩摩半島の南端の岬である長崎鼻
竜宮伝説の発祥の地であるとされており「指宿のたまて箱」のモチーフとなっています。
おとめa20
指宿の浦島伝説は古事記に出てくる「山幸彦」がモデルであるとしています。

兄の海幸彦の釣り針を無くした山幸彦が老人の導きによって海の宮殿へと行き、
そこで海の神(豊玉彦)の娘である豊玉姫(乙姫のモデル)と出会い3年を過ごします。
そして釣り針を探す目的を思い出した山幸彦が海の神に相談。
釣り針を見つけてもらい元の世界へ戻る時に海の神から不思議な玉を授かる、
というのがおおまかな物語となります。
おとめa21
指宿の地にある開聞岳は「海門山」とも呼ばれ
海の神様「豊玉彦」が鎮座した神聖な山であるとされてきました。
豊玉彦の娘の豊玉姫が乙姫であるとすれば
まさに指宿は竜宮伝説の地であるという事になります。
おとめa23
そして長崎鼻から見下ろすご覧の砂浜は海亀の産卵地として知られており、
浦島太郎が亀と出会う格好の海岸ということになります。
おとめa22
この長崎鼻はこの地に村人には「竜宮鼻」と呼ばれていたそうで、
岬の入口にはご覧の竜宮神社が建ち乙姫のモデルとされる豊玉姫が祭られています。


■モデル車両: JR九州 キハ47形気動車8060・9079「指宿のたまて箱」
おとめ01


JR九州では2004年(平成16年)に九州新幹線(鹿児島ルート)の
新八代駅━鹿児島中央駅間が部分開業していましたが、
紆余曲折を経た後に2011年(平成23年)3月12日に博多駅━新八代駅間が開業。
これによって九州新幹線の鹿児島ルートが全線開業となります。

山陽新幹線との接続を果たし、東京から鹿児島までが新幹線で接続された事を踏まえて
JR九州では沿線の外側にも新幹線開通の効果を波及させるべく各地に観光列車を新設。
九州新幹線の終点である鹿児島中央駅から薩摩半島を走る指宿枕崎線に新たに作られたのが
「指宿のたまて箱」という観光列車となります。
おとめ02
九州新幹線の全線開業日は2011年(平成23年)3月12日であり、
本来はこの新幹線開業日に併せて同時に「指宿のたまて箱」も運行を開始する予定でした。

しかしながらご存知の通り、前日の3月11日には東日本大震災が勃発
新幹線の開業は予定通り行われたものの、九州でも太平洋沿岸には1mの津波が到達。
太平洋岸を走る指宿枕崎線は日豊本線と共に3月12日は全面運休となりました。

その為第1便の列車が実際に運行をしたのは翌日の3月13日となり、
この日が「指宿のたまて箱」の運行開始日
となります。
おとめ03
「指宿のたまて箱」を元ネタとしている駅メモのでんこの
指宿おとめの誕生日が3月13日に設定されていますが、
これは「指宿のたまて箱」の営業運転開始日が元と考えて良いでしょう。


おとめ04
こちらはキハ47形気動車の九州色と呼ばれるカラーリングの車両です。
国鉄時代に開発されたキハ40形の系列(キハ40形、キハ47形、キハ48形)の車両は
当時赤字が問題となっていた国鉄が、ローカル線での老朽化車両の置き換えの為に作った車両です。

その為、大量投入を目的として「安価で丈夫」であることをコンセプトとして作られており、
1977年(昭和52年)から1982年(昭和57年)にかけて開発された車両は
40年近く経った今でも半数以上が現役で各地を運行しています。

しかしながらその車体の性能は現代の車両に比べると見劣りする事は否めず、
現状では運行本数の少ない閑散線区が主な運行場所となっています。
おとめ05
JR九州は日本各地で発生した観光列車の草分け的な会社であり、
大量に保有しているこういった気動車をリニューアルして
観光列車へと変貌させる試みを全国に先駆けて行ってきた会社です。
「指宿のたまて箱」に用いられた車両も九州を走っていたキハ47形の車両が改造されたものであり、
JR九州だけでも100両近くあった古い気動車車両に見事に付加価値を与えた例と言えるでしょう。


おとめ07
「指宿のたまて箱」の「たまて箱」とは浦島太郎の御伽噺に出てくる玉手箱の事です。
観光列車が目的地とする指宿の地は薩摩半島の先端部に位置しており、
半島の最南端の長崎鼻という岬は「浦島太郎伝説発祥の地」とされています。
この浦島伝説が列車全体のモチーフとなっている為
列車のロゴもご覧の通り玉手箱をイメージしたものとなっています。
おとめ08
また、「指宿の玉手箱」の外観が海側が白色、山側が黒色に塗りわけられているのは
浦島太郎が玉手箱を開けたことで黒髪が白髪へと変わった事をモチーフとしています。

【上動画:乗降扉付近から湧き上がるミストの煙(動画はクリックで再生します。)】
そして列車は到着すると、ご覧の通り乗降扉付近に霧が沸き上がります。
これも玉手箱を開けた時の煙をイメージしたもので、扉の上部にある噴出口から
スモークミストを噴霧して玉手箱の演出
を行っています。
おとめ06
「指宿のたまて箱」をモチーフとするでんこの
指宿おとめの名前の「おとめ」とは「乙姫(おとひめ)」が由来であろうと思われます。
髪を束ねるリボンが二つ輪の形状をしていますが、
この形は乙姫様の髪形の代名詞とも言える形でもあります。


【上動画はクリックで再生します】
こちらは「指宿のたまて箱」は発車をするシーンの動画です。
それでは以下で列車の各車両について見ていきたいと思います。

おとめ10
指宿方の先頭車両のキハ47形8060です。元々はキハ47形60として
1979年(昭和54年)3月24日に新潟鐵工所(現・新潟トラシス)で新製された車両で
人吉機関区へと配属され、熊本運転所、豊肥久大運輸センターと転属しています。

1999年(平成11年)11月に機関(エンジン)を換装した事によってキハ47形8060へと改番
その後筑豊篠栗鉄道事業部直方運輸センター(日田彦山運用)へ移動した後に
2011年(平成23年)2月に鹿児島総合車両所へと転属され観光列車へと改造。
指宿枕崎線で運用されて現在に至っています。
おとめ09
海側の車体は白色がベースとなっており、
玉手箱の紐をイメージする金色のラインが引かれています。
デザインは今や鉄道では有名なドーンデザイン研究所の水戸岡鋭治氏で、
外観からも水戸岡氏のデザインした他の列車と共通するテイストが感じられます。
おとめ23
乗降扉の真上の屋根にあるこちらがミストを噴霧する噴霧口です。
この仕掛けは他の列車には見られない装備となります。
おとめ11
車内の様子です。元々キハ47形は片側に運転台がある車両であり、
指宿方の1号車にも運転台があります。
運転台のすぐ後ろはテーブルを挟んだ2×2のボックスシートが
左右両側にそれぞれ1組づつ置かれています。
おとめ12
乗降扉は一両に片側2箇所づつありますが、
デッキの中央にはつかまる為のハンドルが設けられています。
実際に「指宿のたまて箱」に乗ると良く分かりますが
他の観光列車と比べると格段に車両が揺れるのを実感する事でしょう。
おとめ13
中央部へと進むと海側には5席が並んだ窓向きのカウンター席があり、
山側には2席のボックス席が3列設けられています。
おとめ14
山側のちょうど車両中央部付近にはご覧の本棚に囲まれたソファ席があります。
この椅子はフリースペースとなっているので座席番号は振られていません。
おとめ15
指宿おとめの衣装の上着の裏地がカラフルなデザインとなっていますが
並べて見ると中央部のシートのモケットの柄が元ネタであることが分かります。
おとめ16
さらに鹿児島中央方へと進むと2席のボックス席が通路左右に3列づつあり
その先は乗降デッキとなっています。
こちらのデッキにはつかまる為のハンドルは設置されていません。
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デッキの先の連結部側は山側がカウンターとなっていて
車内アテンダントの準備スペースとなっています。
反対の海側には車椅子対応の多目的トイレが設置されています。
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カウンターに置かれた玉手箱。
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連結部の貫通扉にはロゴの入った暖簾が下げられています。
おとめ19
切り返して鹿児島中央方から見た1号車車内の様子です。
座席の背板やカウンター、内壁などにチーク材が用いられていますが、
木材を使うデザインはいわば水戸岡デザインの代名詞ともいえるものです。
おとめ21


おとめ24
こちらは2両編成時の鹿児島中央方の先頭車両となるキハ47形9079です。
1980年(昭和55年)7月11日に新潟鐵工所で新製された車両で
製造時の車番はキハ47形1079という番号でした。
早岐機関区に配属され、唐津運輸区、直方気動車区と転籍をした後に、
こちらも2011年(平成23年)2月に鹿児島運輸区へと転籍され観光列車に改造されています。
観光列車化の際に機関(エンジン)も換装されてキハ47形9079へと改番されています。
おとめ22
2号車の海側の車体の外観です。
白色をベースに金色のラインが入ったデザインは1号車と同様です。
乗降扉が片側2ヵ所であるのは元々の種車であるキハ47のものを受け継いでいます。
おとめ25
2号車車内の指宿方車端付近の光景です。
海側にはカウンター席が3席設置されており、
反対の山側には2席掛けのボックス席が3列置かれています。
おとめ26
2号車指宿方の乗降デッキには中央にハンドルが設けられています。
おとめ27
車両の中央部の様子です。この2号車は海側が全て
窓に向かったカウンター席となっており、
前後の乗降扉の間に計8席のカウンター席が設けられています。

山側は2席×2列のボックス席に前後を挟まれて
ご覧の本棚に囲まれたソファ席が2人掛け、1人掛け、1人掛けの計4席あります。
2号車のソファ席は指定席となっており座席番号が振られています。
おとめ28
「指宿のたまて箱」の特徴として、テーブルやカウンターのドリンクホルダーが
ご覧の様に深い受け皿が設けられてカップをしっかりホールドする構造となっている点です。
実際に走行中はペットボトルをそのまま立てておくと倒れるほどの揺れがありますので
必要性があって設けられたのでしょう。
おとめ29
そして鹿児島中央方の乗降デッキの先の妻側はキッズスペースとなっています。
海側には床が嵩上げされた子供用の小さなカウンター席が3席と
赤ちゃんを入れるベビーサークルが置かれています。
おとめ31
キッズスペースの妻面の壁に掛けられた「指宿のたまて箱」のロゴ。
おとめ44
貫通路の上には行灯型の行き先表示板がありますが、
「指宿のたまて箱」は3駅しか停まらないので表示はご覧の通りです。
おとめ30
反対の山側はソファが置かれており、キッズスペースで遊ぶ子供を
親御さんが間近で見守りながら旅行を楽しめる空間となっています。
おとめ38
鹿児島中央方の先頭部の運転台の様子です。
3両連結時にはご覧の様に中央の貫通路を通り抜ける事ができます。
おとめ39
運転台の操作盤をよく見ると「ミスト操作盤」と書かれた
到着時に玉手箱の霧を噴霧する操作盤があるのが見えます。
おとめ32
こちらは鹿児島中央方から切り返して見た2号車車内の様子です。


「指宿のたまて箱」は通常は上の2両編成で運行されていますが、
土日祝日や多客繁忙期には予備車を増結した3両編成で運行がされます。
以下ではその予備車についても記したいと思います。

おとめ33
こちらが「指宿のたまて箱」の3両編成時の増結用予備車である
3号車のキハ140形2066です。

1980年(昭和55年)6月27日に新潟鐵工所でキハ40形2066として新造された車両で
長崎機関区に配属された後、直方気動車区、竹下気動車区と転籍をしています。

再び直方気動車区へと戻った後の1991年(平成5年)6月に機関換装がされて
車番がキハ140形2066へと改番。人吉鉄道事業部を経て
1995年(平成7年)に鹿児島運転所へと転籍をしています。

2004年(平成16年)に観光列車「はやとの風」へと改造がされて
ローカル線の普通列車から観光特急へと転進を果たしますが、
2年後には「はやとの風」に新たな車両が増備されて予備車扱いとなります。

2011年に「指宿のたまて箱」が誕生すると「はやとの風」と「指宿のたまて箱」の
共通の予備車両という扱いとなりますが、「指宿のたまて箱」が好調な為、
2012年(平成24年)3月に「指宿のたまて箱」の専用増備車としてリニューアル改造が行われます。
おとめ34
通常編成の2両が片運転台のキハ47形をベースとしているのに対して
こちらの3号車は両運転台であるキハ40形がベースとなっています。
また車両中央部付近に大きなガラス窓が設置されていて
他の2両とは若干外観のイメージが違う車両となっています。
おとめ35
車内の様子です。
元々「はやとの風」として作られた車内は1号車や2号車とは若干雰囲気の違いを感じます。
シートも「はやとの風」時代からの転用ですがモケットは「指宿の玉手箱」仕様へと変えられています。
指宿方には通路の左右に2席のボックス席が5列づつ置かれています。
おとめ36
車両中央部には山側にはソファ席が、海側にはカウンター席が設置されています。
カウンター席の椅子はベンチタイプの複数人掛けとなっており、
足元までの大きな窓の展望席となっています。
おとめ37
この中央部の展望席はフリースペースとなっており
座席番号は附番されていません。
おとめ40
展望席から鹿児島中央方には2席のボックス席が通路左右に3列づつ。
おとめ41
そして鹿児島中央方の車端部の山側にはカウンターのある
車椅子対応スペースが設置されています。
おとめ42
その向かいの海側にはトイレが。
キハ40形がベースなので入口は通路側では無く妻側に設けられています。
おとめ43
鹿児島中央方の運転台。
おとめ45
切り返して見た車内客室の様子です。

おとめ47
最後に山側の黒く塗られた「指宿のたまて箱」の車体外観を。

【写真撮影:2021年1月】

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