2021年02月

でんこの元ネタ
■No.44 木古内さいか(Kikonai Saika)
 ■タイプ:アタッカー
 ■誕生日:3月26日

■出身駅: JR北海道 北海道新幹線 木古内駅(北海道)
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こちらはJR北海道の木古内駅の北口の駅舎外観です。
木古内駅は1930年(昭和5年)10月に官設鉄道上磯線の延伸によって開業した駅であり、
1936年(昭和11年)に上磯線が江差線に改称され、
1937年(昭和12年)に国鉄福山線(後の松前線)ができると
北海道南端のターミナル駅となった駅でした。
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木古内駅の北側の新幹線駅舎は2016年(平成28年)3月の北海道新幹線開業に併せて作られたもので
「波と森のプロムナード ~北の交流発信地~」というデザインコンセプトで
前年の2015年(平成27年)7月に完成をしています。
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こちらは北口駅前ロータリーと接続をしている駅前の町道です。
元々新幹線が通るまでは駅の裏手だった為、周辺には民家があるのみで何もありません。
駅舎と町道の反対側には木古内中学校の敷地が広がっています。
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反対の北側から見た駅前の町道。
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こちらが町道からロータリーへの入口となります。
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設置された看板を見ると分かりますが、ロータリーへは
この入口からのみ駅前の市道へとアクセスをしています。
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こちらが北口ロータリーの様子です。
広場の新函館北斗方となる北側駅舎前に時計回り一方通行の
こじんまりとしたロータリーが設けられています。
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そのロータリーの駅舎と反対側の西側には
駅北口駐車場への入口があります。
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木古内駅の駅の北側駐車場です。
北海道新幹線の開業に併せて整備されたもので209台の駐車が可能です。

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駅舎へと戻ってこちらが北口の駅の入口です。
北口の駅前広場と木古内駅の高架駅舎とを連絡する為に
新幹線高架の下にご覧の広い通路が設けられています。
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その通路の左側のガラスの自動扉を入ると風除室があり、
奥は木古内駅の新幹線口となっています。
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入って左手の広場側には待合室が。
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右手にはトイレが設けられています。
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こちらは新幹線口の改札です。脇にはみどりの窓口が設置されています。
木古内駅にはJRは北海道新幹線のみですのでいわばこちらがJR口となります。
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改札内の様子です。中は高架下のコンコースとなっており
2面ある新幹線ホームをそれぞれ連絡しています。
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こちらは東側にある11番線ホームへの階段です。
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同じくこちらは11番線ホームへのエスカレーター。
階段とエスカレーターの間にはホーム階へのエレベーターもあります。
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木古内駅の新幹線11番線ホームの様子です。
この駅の新幹線ホームは相対式2面2線となっており、
また2つのホームの間には旅客ホームの無い上り線の通過線が設けられています。
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こちらの単式の11番線ホームは上り線の東京方面行きホームとなります。
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ホームの幅は狭いものの柵とホームドアが設けられています。
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新函館北斗方のホーム北端の様子です。
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ホーム中央付近の階段とエレベーターの間にある喫煙室。

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改札内コンコース階へと下り12番線への階段を上がります。
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単式ホームの12番線の様子です。
下り線の新函館北斗方面行きのホームとなります。
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駅の西側にある12番線から先は終点の新函館北斗駅しか無いので
終点のひとつ手前の木古内駅に停車する新幹線は全体のおよそ半分となります。
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待合室からホームを北へと向かうとエレベーター、
北側階段があって新函館北斗方へとホームが延びています。
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新函館北斗方の12番線ホームの様子。新幹線10両分の有効長のあるホームは
およそ270mほどあり見た目もかなり長く感じます。
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こちらのホームもホーム幅はご覧の通りであまり広くは無く、
ホームドアはあるものの若干の狭さを感じます。
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12番線ホーム北側の階段。
天井と壁には道南スギ材がふんだんにあしらわれています。
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北側階段のすぐ南側のホーム上にあるエレベーターの出入口。
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エレベーターと南側階段の間の壁際には排気を完備した喫煙室が設置されています。
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喫煙室と接した南側にあるホーム待合室。
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待合室のガラスには、木古内駅の新幹線の停車時間が45秒のみである旨の
見送り出迎え客への注意書きが貼られていました。
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12番ホームの北側階段のホーム付近。

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そしてこちらが上り11番線ホームと下り12番線ホームの間にある上り通過線です。
現在北海道新幹線は4駅しか無く、途中駅は奥津軽いまべつ駅と木古内駅の2つのみです。
奥津軽いまべつ駅には下り通過線のみ設置されており、木古内駅の上り通過線と併せて
上下の通過線を分散させており通過列車の退避の効率を上げています。
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階段を降りてコンコースへと下り、改札前の北口通路へと戻ります。
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改札を出て北口通路へと戻ると広場と反対側の奥が南口側への通路であり、
奥の自動ドアを通ると左手に階段があります。
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階段は新幹線高架を抜けた北口広場とは反対側にあり、
地上を走る旧在来線である道南いさりび鉄道の線路を跨ぐ跨線橋です。
この跨線橋は南北自由通路となっていて、木古内町の町道南北線という町道でもあります。
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跨線橋の上から見た地上の線路。
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橋上にある道南いさりび鉄道への入口前を通過し
南口側への階段を下ります。
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木古内駅の跨線橋の南口側の階段下の通路の様子です。
町道の一部でもあるので町によって多目的スペースとして整備されています。
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こちらが木古内駅の南口の駅舎外観です。
この場所はかつての江差線と海峡線時代の駅舎のあった場所ですが
北海道新幹線開業と並行在来線の第三セクター移管によって
2015年(平成27年)に現在の駅舎へと改装(改築では無い)がされています。
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こちらが新幹線開業前の旧駅舎です。かつてはこの駅舎に改札や窓口などがあり
木古内駅の表玄関でした。改築後の駅舎外観と比べると
旧駅舎の三角屋根の頂点が残されているなど旧駅舎を意識しているのが分かります。
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南口の駅舎建物への入口は南北二つありますが、
改築後の南口は自由通路の南側出入口でしかありませんので
階段前に近い南側の入口脇に「入口」の表示が取り付けられています。
こちらの入口は旧駅舎時代には建物が無かった部分で改装時に増築されています。
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旧駅舎時代には駅正面から駅前通りが延びているだけで
駅前のロータリーも小さなものでしたが、新幹線開業に合わせて
2015年(平成27年)に整備が行われて大きな駅前ロータリーが設置されました。
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南口駅前ロータリーの様子です。
広場の南北で計5台分のバス乗り場が設けられています。
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また駅舎前の北西角にはタクシー乗り場も設置されており、
ロータリー中央部にはタクシー専用の待機場を兼ねた進入路も作られています。
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駅舎と反対のロータリー南側にある「道の駅みそぎの郷きこない」
こちらも新幹線開業の駅前整備に合わせて2015年(平成27年)11月に設置されました。
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ロータリー東側には道の駅の駐車場を兼ねた木古内駅の東側駐車場があります。
乗用車51台の他に大型車7台を停めるスペースが設けられています。
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駅前ロータリー西側に面して建っている木古内郵便局。
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ロータリーの南側の入口付近。道道383号木古内停車場線の起点でもあり、
南側へ向かって駅前通りが延びています。

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こちらは駅前にあった駅周辺の地図です。
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「駅前通」の標識が立てられた木古内停車場線。
180mほどで道道5号江差木古内線と交わっています。
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交差点で交わる道道5号江差木古内線は
北へと向かうと250mほどで木古内町役場があり、
その先は国道228号線と合流しては函館方面へと向かっています。
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反対の交差点から南方向の道道5号江差木古内線は
南に700mほど向かった後に西へと進路を変え、
旧江差線と併走をしながら江刺町へと向かっています。
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交差点の南側は引き続き駅前通となっており、
250mほどで国道228号線とぶつかり
その先は「みそぎ浜」と呼ばれる津軽海峡の海岸です。
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切返して交差点から駅方向へ。
交差点の北西角には小さな広場がありモニュメントが置かれています。
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モニュメント前には木古内で二百年つづくみそぎ祭りの案内が。
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駅前ロータリーから道道5号交差点までの250mは
新幹線開業時の駅前整備の一環として歩道がインターロッキング化されており
電柱も埋設されて地中化され景観が整備されています。
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駅前通りの途中にある、北海道といえば、のセイコーマート。
もはや北海道を代表するインフラです。
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セイコーマートのある交差点は道道605号中野木古内停車場線が分岐しており、
2つの停車場線が交わるめずらしい交差点を抜けて駅へと戻ります。
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こちらは西へと分岐した道道605号中野木古内停車場線。
木古内駅の駅前の西側駐車場へはこちらから入ることとなります。

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南口から駅舎へと入り、階段を上って跨線橋へと戻ります。
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跨線橋の南の階段から曲がってすぐの場所にあるのが
こちらの道南いさりび鉄道木古内駅の入口です。
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橋上駅となっていてこちらはその待合室の様子です。
江差線時代の部屋がそのまま使われています。
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待合室の奥にある江差線時代の資料展示コーナー。
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ホームへと向かう改札付近の様子です。
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改札内側の連絡通路。江刺線時代には3つのホームがあって
この跨線橋の通路で連絡をしていました。現在は旧4、5番線ホームのみが残されており、
通路での表記もそのままの状態で残されています。
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外から跨線橋を見てみると旧1番線と旧2、3番線ホームへの階段があった場所が
壁の色が明らかに変わっており、階段が撤去された跡として残っています。
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道南いさりび鉄道ホームへと降りる階段。
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こちらが道南いさりび鉄道のホームです。
旧江差線4、5番線ホームを転用した島式1面2線となっています。
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第三セクター転換されたのは北海道新幹線が開業した2016年(平成28年)3月26日で、
駅ホーム付近は非電化となっています。
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北の五稜郭方のホームの様子。
道南いさりび鉄道は1両編成での運行ですが
ホームは江差線当時のままなので有効長はかなり長めとなっています。
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階段に近いホーム南側にのみ上屋の屋根があります。
ここから南側は木古内分岐部を経て海峡線の青函トンネルとなります。
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跨線橋上から見た木古内駅の在来線部分の俯瞰。


【写真撮影:2018年7月】



■モデル車両: JR北海道 北海道新幹線 H5系
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新幹線H5系電車は2016年(平成28年)3月26日に開業した
北海道新幹線へと投入する為にJR北海道が開発投入をした新幹線車両です。
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H5系のベースとなっているのはJR東日本が開発し
2011年(平成23年)3月から東北新幹線へと投入したE5系であり、
最高速度320km/h運転を行うために開発された車両です。
15mのノーズを持つ「アローライン」と呼ばれる形状が特徴的な車体となります。
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JR東日本のE5系とJR北海道のH5系は基本的な仕様がほぼ同一であり
基本的には同じ列車だと考えて良いでしょう。
車体の基本色も上部が常盤グリーン(    、下部が飛雲ホワイト(    であり、
これはE5系、H5系共に共通の配色となっています。
さいか64
そして車体中央部の帯色ですが、こちらはJR東日本車のE5系がつつじピンク(    
JR北海道車のH5系が彩香(さいか)パープル(    となっています。

彩香(さいか)パープルは北海道をイメージするライラックやルピナス、ラベンダーなどが由来です。
H5系をモチーフとしている駅メモのでんこの木古内さいかの名前の「さいか」は
この彩香パープルから取られている
と言われています。
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車体横にはご覧のロゴマークが描かれています。
JR東日本車のE5系ではハヤブサをモチーフとしたロゴが描かれていますが、
H5系では北海道に飛来するシロハヤブサをモチーフとして
北海道の形を取り入れたデザインのロゴとなっています。
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木古内さいかの誕生日は3月26日に設定されていますが、
これは北海道新幹線の新青森駅━新函館北斗駅間の開業日であり
モチーフのH5系が営業運転を開始した日と同じです。


またH5系とE5系では車内の内装でも相違点が数多くあります。
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普通車両の客用扉の内側は、H5系では
JR北海道のコーポレートカラーである萌黄色(    に塗られています。
これに対してE5系のい普通車乗降扉は内側がベージュ(    となっています。
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客室内の通路の床はE5系ではボーダーのパターンであるのに対して
H5系では北海道をイメージした雪の結晶と夜景の灯りが描かれています。

H5系ではそのデザインコンセプトを「北海道への旅の序章として、
その先の旅への想いを奏でる~Prologue of the North Experience~ 」
としています。
ですのでベースとなったE5系とは特に内装で多くの違いがあり
JR北海道の独自のカラーを出しています。


以下ではH5系新幹線の各車両について見ていきたいと思います。
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まず東京方の先頭車両となる1号車のH523形0番台です。
編成略記号T1cT(付随車)c(制御車)ですので運転台があり動力を持たない車両となります。
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東京方の運転台のすぐ後ろにある乗降デッキ。
乗客が入れる場所では一番前となります。
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1号車の車内客室の様子です。15mのロングノーズを持つ為座席数が少なく、
3席+2席×6列のシートが並んでいて新函館北斗方は車椅子対応のため
1席が外されているので合計で29席となっています。
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1号車の新函館北斗方の乗降デッキ。
通路の日本海側には洗面台、男女共用トイレ、男性用トイレが並び、
反対の太平洋側には女性用洗面台と女性専用トイレが置かれています。
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こちらが男女共用トイレ脇の洗面台。
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反対側の女性専用トイレ側にも洗面台が一緒に区画されています。
化粧直しなど様々な用途で使用する女性の為に文字通り化粧室として分けられています。
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新函館北斗方を見ると、1号車デッキは連結部を挟んで
2号車のデッキと接続されています。


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東京方の二両目の2号車のH526形100番台です。
編成略記号はM2M(動力車)となりモーターを搭載している車両です。
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2号車東京方車端の乗降デッキ。
乗り降りのためのスペースのみとなっています。
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こちらは客室入口の扉。
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東京方を見ると連結部があり、トイレや洗面台のある1号車デッキとつながっています。
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客室内の様子です。2017年(平成29年)から2018年(平成30年)にかけて
外国人旅行者の増加から普通車偶数車両の東京方にご覧の荷物棚が設けられています。
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座席は3席+2席×20列が設けられており、
東京方の2席が荷物棚となり撤去されているので合計で98席となります。
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切り返して新函館北斗方から見た車内。
天井の照明はLEDが採用されており、カバーの幅が細くなっています。
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2号車の新函館北斗方の乗降デッキです。
普通車車両は基本的に両車端に客用扉と乗降デッキが設けられています。
ですので連結部を挟んで3号車東京方のデッキとつながっています。


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東京方三両目の3号車H525形0番台です。
編成略記号M1M(動力車)となります。
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車両の新函館北斗方の車端部屋根には
シングルアームのパンタグラフが搭載されています。
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3号車東京方の乗降デッキの様子です。
ご覧の通り緑の公衆電話が設置されています。
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こちらのデッキも2号車新函館北斗方のデッキと
連結部を挟みつながっています。
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3号車客室内の様子です。普通車車両で3席+2席×17列で計85席となります。
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切り返して新函館北斗方から。
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新函館北斗方の車端の乗降デッキの様子です。
H5系では奇数号車の新函館北斗方にトイレが設置されているので、
3号車のこちらにもトイレが置かれています。
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通路の日本海側には洗面所、男女共用の洋式トイレ、男子用トイレがあります。
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反対の太平洋側には女性用の化粧室が洗面台つきで設けられています。


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こちらは4号車である東京方四両目のH526形200番台です。
編成略記号はM2で2号車と同じであり、動力のある中間電動車となります。
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東京方車端の乗降デッキ。3号車のトイレのあるデッキと
連結部を挟んで連絡しています。
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東京方から見た客室内の様子です。
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こちらは反対の新函館北斗方から見た4号車車内。
偶数車両なので東京方車端に荷物置き場のラックがあります。
ですので車内は3席+2席×20列ですが荷物ラック分の2席が無いので
合計で98席となっています。
さいか38
新函館北斗方の乗降デッキの様子です。
乗り降りのみのスペースですが、連結部から先の5号車デッキと連絡しています。


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東京方の五両目となる5号車のH525形400番台です。
編成略記号ではM1kM(動力車)k(売店を設置した車両)となります。
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5号車の東京方の乗降デッキの様子です。
さいか40
デッキから東京方の4号車との連結部側通路の両脇には
ご覧の通り業務用室が設けられています。
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こちらは客室内の様子で、3席+2席×12列で計60席となりますが、
新函館北斗方の最前列のみ2席+2席となっているので
合計で59席の車両となっています。
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新函館北斗方から見た5号車客室内。
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5号車新函館北斗方のデッキの様子です。
客室に近い場所には片側に洗面台と公衆電話、
通路の反対側には円筒形の多目的室が設けられています。
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新函館北斗方デッキの中央部の両側にある乗降扉。
車椅子対応の為他の車両よりも乗降扉の幅が広くなっています。
さいか45
そしてデッキの車端側には片側に男女共用洋式トイレと男子小用トイレが、
反対側には円筒形の車椅子対応トイレが設置されています。


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東京方の六両目、新函館北斗方の五両目の6号車のH526形300番台です。
編成略記号M2の動力を搭載した中間電動車です。
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6号車東京方の乗降デッキの様子です。
連結部を挟んでトイレや洗面台のある5号車デッキと連絡していますが
6号車デッキ自体は乗降用のスペースのみです。
さいか47
車内の様子です。偶数車両なので東京方に荷物ラックがあり、
3席+2席×20列から2席分を引いた合計98席となっています。
さいか49
切り返して反対側から見た車内客室内。
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新函館北斗方の乗降デッキです。
こちらも乗降スペースのみとなります。


さいか10
新函館北斗方の四両目の7号車のH525形100番台です。
編成略記号M1の中間電動車です。
さいか68
この7号車の新函館北斗方の車端屋根上にもパンタグラフが装備されています。
H5系新幹線は1編成でパンタグラフは2つのみであり、走行の際には
進行方向から見て後ろの1基のみを使用して給電をしています。
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東京方の乗降デッキの様子です。
さいか51
こちらが7号車客室内の様子です。
3席+2席×17列で計85席となります。
さいか52
切り返した新函館北斗から見た車内。
さいか53
7号車新函館北斗方のデッキの様子です。
奇数車両の新函館北斗方にはトイレや洗面台が置かれていますので
このデッキにもそれぞれ設置されています。
さいか54
連結部方向へと伸びる通路と、その両側にあるトイレや洗面台。


さいか11
新函館北斗方の三両目となる8号車のH526形400番台です。
この車両も編成略記号はM2の中間電動車です。
さいか55
東京方の車端の乗降デッキです。
トイレのある7号車デッキと通路で連絡しています。
さいか56
客室内の様子です。3席+2席×20列で
東京方の2席が荷物ラックなので合計98席です。
さいか58
切り返して見た客席内。
さいか57
新函館北斗方の車端乗降デッキです。
乗り降りのみのデッキとなっています。


さいか12
9号車の新函館北斗方二両目のH515形です。
編成略記号ではM1sM(動力車)s(グリーン車)となるので
動力を搭載したグリーン席客車車両となります。
さいか59
普通車車両は両側の車端に乗降デッキがありましたが、
この9号車は東京方には乗降扉がありません。
8号車新函館北斗方デッキとつながっている通路から
連結部を越えて客室へと入る事になります。
さいか60
その通路の両側には車掌の乗務する車掌室があります。
さいか61
客室内の様子です。この9号車はグリーン車両であり、
座席も1列が2席+2席でシートピッチも1160mmと広くなっています。
(註:普通席のシートピッチは1040mm)

(写真は後日追加の予定です。)


さいか13
最後は新函館北斗方の先頭車両となるE514形です。
編成略記号でTscT(付随車)s(グリーン車)c(制御車)なので
運転台があるグリーン車(実際にはグランクラス車)となります。


(写真は後日追加の予定です。)


【写真撮影:2020年8月】

宗谷本線02_b08
宗谷本線の記事の続きです。


その1(旭川駅━比布駅)はこちら
その2(比布駅━士別駅)はこちら
その3(士別駅━名寄駅)はこちら
その4(名寄駅━美深駅)はこちら



宗谷本線02_94
こちらは美深14線道路が宗谷本線と交わる14線踏切を東側から見た光景です。
この踏切の西南側の脇に次の駅があります。
宗谷本線02_95
美深駅から直線で3.6kmの場所にある宗谷本線の初野駅の全景です。
駅は1948年(昭和23年)に初野仮乗降場(旭川鉄道管理局設定)として開設され、
国鉄時代の1959年(昭和34年)に正式な駅へと昇格をしています。
宗谷本線02_99
踏切から西側へも14線道路が続いていますが
360mほど進むと国道40号線と交わる交差点があります。
宗谷本線02_98
西側から見た14線踏切付近。
宗谷本線02_96
そして踏切の西側のすぐ脇にご覧の駅への入口があります。
小さなプレハブの待合室が置かれた最低限の広さの敷地で
ホームへのスロープもこちらにあります。
宗谷本線02_97
こちらが駅の待合室の外観です。
プレハブの小さな建物は平成に入って建てられたものだそうですが
詳細な年月日は不明です。建物脇には自転車置き場が。
宗谷本線02_a01
待合室の中はご覧の通りです。
木製ベンチが作り置かれているのみの簡素なものでした。
なおこの待合室には電源がありませんので夜も明かりはありません。
宗谷本線02_a02
正面にはホームへと上る板張りのスロープがあります。
駅前の敷地は乗用車1台がやっと停められそうな広さしかありません。
宗谷本線02_a03
ホームの様子です。単式ホーム1面1線の棒線無人駅で、
鉄骨の土台に床は板張りとなっています。
外周の柵は単管パイプで組まれた比較的新しいものなので後付けでしょう。
宗谷本線02_a04
駅周辺はご覧の通り鉄道防雪林のほかは一面の田畑が広がります。
建物はほぼ見当たらない状態ですが、駅1km圏内にはおよそ100名の人口があり
駅利用者も平成27年~令和1年調査で3.2人/1日となっていて
JR北海道の駅廃止の基準をクリアしています。


宗谷本線02_a05
こちらは道道445号紋穂内停車場線という道道の停車場線です。
国道40号線から天塩川を渡って南へと曲がり、駅へと連絡をしている1kmほどの道路で
ご覧のカーブの先が終端の駅付近となります。
宗谷本線02_a06
カーブの南側目の前は天塩川の堤防があって河川敷が広がっています。
宗谷本線02_a07
曲がった道を北西の奥へと進むとすぐに駅前の広場があります。
宗谷本線02_a08
駅前広場はご覧の通り砂利敷きで
車の展開できる空き地という表現が正しいものです。
東の端にホームへと上る坂があって貨車駅舎へと通じています。
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こちらが紋穂内駅の駅舎の外観です。
駅は1911年(明治44年)11月に鉄道院天塩線の延伸開業で設置されたもので
国鉄時代には木造駅舎があったそうですが1984年(昭和59年)の駅無人化で解体され
ヨ3500車掌車を改造した貨車駅舎となっています。
宗谷本線02_a10
現在の駅舎の周囲を見ると木造駅舎時代の建物の基礎が残っています。
コンクリートの基礎ではなく煉瓦にモルタルの基礎であるのが時代を感じます。
宗谷本線02_a11
雨ざらしで車体は錆が浮いて塗装がひび割れ剥がれた状態となっています。
2015年(平成27年)国勢調査では駅のある紋穂内地区の世帯数は11世帯で
人口は22名なのだそうですので、駅舎を手入れする人手が無いのでしょう。
宗谷本線02_a12
駅舎内の様子です。いわゆるダルマ駅の貨車駅舎ですので中はご覧の広さです。
床はベニヤではなく縞鋼板(チェッカープレート)製で木製のベンチが置かれています。
宗谷本線02_a13
ホーム側から見た駅舎。
宗谷本線02_a14
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線でこの駅も棒線無人駅となっています。
ホームは舗装されておらず砂利敷きです。
宗谷本線02_a15
駅周辺はかつては林業で栄えた土地でしたので
千鳥式ホーム2面2線に木材出荷の貨物線まであったそうですが
1984年(昭和59年)には無人化に伴って交換設備が撤去されています。
宗谷本線02_a16
この駅は利用者数が1.6人/1日(平成27年~令和1年調査)という数であり、
2021年(令和3年)3月のダイヤ改正での廃止が決定しています。


宗谷本線02_a17
こちらは道道118号美深中川線の様子です。
国道40号線から分岐した道道はアンダーパスで国道をくぐって北東に進み、
600mほどでご覧の交差点に差し掛かって南西へと進路を変えます。
付近は恩根内の集落で、この交差点の北東側に宗谷本線の次の駅が設けられています。
宗谷本線02_a18
交差点から南西方向の光景。進路を変えた道道118号線が延びており、
小車峠を越えて中川町方面へと向かっています。
宗谷本線02_a19
切り返して南西側の道道118号線上から見た交差点付近。
奥に駅舎の建物があるのが見えます。
宗谷本線02_a20
交差点を北西の町道側から。左が駅となります。
宗谷本線02_a21
そして交差点から北東の駅の方向へ。
左手の角地には駅前のバス停がありバスの展開場となっています。
宗谷本線02_a22
交差点から50mほどで駅前の広場があります。
砂利敷きの行き止まりの空き地で、車が展開できるほどには広さがあります。
宗谷本線02_a29
駅舎側から見た駅前の交差点方向の光景。
宗谷本線02_a23
こちらが恩根内駅の駅舎の外観です。
1911年(明治44年)11月に鉄道院天塩線が当駅まで延伸して開業しました。
国鉄時代は開業当時からの木造駅舎のある有人駅でしたが
1986年(昭和61年)に無人化されて駅舎も解体。一旦は貨車駅舎となりました。
その後1993年(平成5年)に現在の駅舎が建てられ供用されています。
宗谷本線02_a24
駅舎の中の様子です。
比較的新しい建物の中はコンクリート土間に木製ベンチが置かれ
トイレや物品庫も中にいありました。
宗谷本線02_a25
ホーム側の駅舎前の様子です。
宗谷本線02_a26
ホームの様子です。単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
土盛り砂利敷きのホームで駅舎側の地面とは続きとなっています。
宗谷本線02_a27
この駅もかつては千鳥式2面2線で、他に貨物の積み下ろし線のある駅でした。
その為駅の線路周辺には草に埋もれたかつてのホームや線路跡が空いています。
宗谷本線02_a28
JR北海道からは当駅に関して2020年度を目処に廃止の意向を示しました。
しかし恩根内自治体が存続を希望、美深町への駅維持管理を移行する事での存続となりました。


宗谷本線02_a30
こちらは国道40号線から美深町と音威子府村の境界の
美深側手前の交差点を南へと入った道路の光景です。
2車線道路が国道から延びていますが、700mほど進んだ宗谷本線の踏切で
舗装は途切れて砂利道となります。
宗谷本線02_a31
この宗谷本線の清水線踏切の脇には通行止標識が立てられています。
車両だけでなく歩行者も通行止めという意味の標識なので、
12月1日から3月25日までの期間はこの踏切から先は通れないという事になります。
宗谷本線02_a32
踏切を渡った南側で砂利道は東へカーブを描いています。
駅まではカーブからご覧の道をおよそ800mほど進む事になります。
宗谷本線02_a33
砂利道から駅が近づくと道路の舗装が復活しています。
木々と草むらしか見えないこの道に街灯が一本立っていますが
その向かい側が駅への入口となります。
宗谷本線02_a44
反対の東側から見た駅入口付近。
宗谷本線02_a34
草むらの横道を北へと入った、正面の築堤上にあるこちらが豊清水駅の駅舎の外観となります。
1946年(昭和21年)10月に豊清水仮乗降場として設置された駅で
設置当初は単式1面1線の棒線駅でした。

国鉄となった後の1950年(昭和25年)に正式な駅へと昇格。
その際に交換設備が作られて島式1面2線の駅となります。
駅舎も駅昇格時に建てられたものです。
宗谷本線02_a38
階段の上から見た駅前方向。
宗谷本線02_a35
こちらが駅舎の中の様子です。建物の東の半分は保線の詰め所となっていて
西側の一部が旅客用の待合室となっています。
宗谷本線02_a36
有人駅だった時の窓口の跡も残っており、
板で塞がれた場所には運賃表が貼られていました。
宗谷本線02_a37
ホーム側から見た駅舎の様子です。改札を出ると目の前が線路であり、
左手に向かって構内踏切を渡ってホームへと入る事になります。
宗谷本線02_a39
駅舎の西側に鉄筋コンクリート造りの小さな建物がありますが
こちらは信号扱所で電気設備などが収められている様です。
宗谷本線02_a40
信号扱所の目の前にある構内踏切を渡ってホームへ。
西側のスロープのみがホームへの入口となります。
宗谷本線02_a41
ホームの様子です。島式ホーム1面2線となります。
1線スルー方式の線形となっており北側が本線、南の駅舎側が副本線の様です。
南側にはさらに1線、旧貨物用だった引込み線が残っています。
宗谷本線02_a42
土盛り砂利敷きのホームであり、ベンチなどの構造物は置かれていません。
宗谷本線02_a43
駅前の道へと戻ると正面左手には酪農倉庫などでよく見る
D型ハウスの残骸が打ち捨てられています。
かつては駅周辺にも集落があったそうなのですが相次ぐ離農で
現在は駅周辺はほぼ無人の状態となっています。
2015年(平成27年)の統計では駅半径500mの人口は0人
半径1kmまで広げても1世帯4名だったのだそうです。
宗谷本線02_a45
駅の北側にはおよそ150mの距離で国道40号線が線路と併走しています。
しかし駅から直接国道へとアクセスする方法は無いので
冬季通行止めの道を迂回しなければ辿りつけません。
駅から国道40号線までは車1台分の砂利道を西だと1.5km、
東まわりだと3kmほど進まないと到達できません。
宗谷本線02_a46
駅の南側は200mほどの距離で天塩川が流れています。
東側は美深町の楠という地名で道路周辺は一面の牧草地となっています。

ちなみに駅前道路を東に2.5km進んだ場所で宗谷本線の踏切となりますが
その踏切は「旧国道40号線踏切」という名前です。
すると豊清水駅前の道は国道40号の旧道という事になりますが
資料が見当たらないので詳細は不明です。

ただ、駅前の道が旧国道だとすれば豊清水駅から現在の国道40号線への
アクセスルートが無い理由も得心が行きます。
かつて栄えた楠集落の中心を抜けて豊清水駅前を国道が通っていて、
過疎化で人が居なくなった後に国道が付け替えられ駅はとり残されたのだ、と。

この豊清水駅も2021年(令和3年)3月のダイヤ改正で廃止が決まっています。
恐らく保線の為に駅舎などは廃止後も残ると思われますが
住民が居ない駅では廃止も已むを得ないのでしょう。


宗谷本線02_a47
こちらは国道40号線が音威子府村へと入って2.5kmほどで西へと入った道路の光景です。
国道から天塩川の止若内橋を渡るにはこの道を通る事になります。
その道路が宗谷本線と交わる踏切の脇に次の駅があります。
宗谷本線02_a48
こちらが踏切脇にある天塩川温泉駅の全景です。
1956年(昭和31年)に国鉄の南咲来仮乗降場として開設されたもので、
天塩川温泉仮乗降場へと1981年(昭和56年)に駅名が変更されています。
正式な駅へと昇格をしたのは1987年(昭和62年)の事で、
国鉄分割民営化でJR北海道へと移管されたことによります。
宗谷本線02_a49
駅前の踏切は「15線踏切」という名前で、
ホームへと入るスロープは踏切内に設けられています。
宗谷本線02_a50
踏切の西側はすぐに天塩川の河川敷につき当たってT字路となっています。
切り返して西側から見た駅前の光景です。
宗谷本線02_a51
こちらはT字路の目の前の河川敷の様子。
宗谷本線02_a52
天塩川温泉駅には駅前広場といったものはありませんが、
駅舎の前の踏切脇にご覧のスペースがあり車1、2台程度ならば停まることは可能です。
宗谷本線02_a53
ホームの様子です。単式ホーム1面1線の棒線無人駅で、
木製の有効長1両分のいわゆる朝礼台タイプのホームとなります。
他の朝礼台タイプ駅と違うのはホーム途中に待合室が設けられている点でしょう。
宗谷本線02_a55
待合室の入口。
宗谷本線02_a56
建物の中の様子です。
プラスチック製ベンチが置かれており、
反対側には小上がりのようなスペースが設けられています。
宗谷本線02_a54
以前は木造の待合室だったそうですが、
1990年代に現在のものに立て替えられたのだそうです。

天塩川温泉駅の平成27年~令和1年調査の駅利用者数は
0.4人/1日だったそうでほとんど利用者がいない駅となります。
その為JR北海道から廃止の打診がありましがた、
2021年(令和3年)4月以降は地元自治体による維持管理へと移行するそうです。
宗谷本線02_a57
こちらは駅から天塩川を渡った対岸にある天塩川温泉の住民保養センターです。
駅名の由来となった天塩川温泉は「常磐鉱泉」としておよそ90年前から
天塩川のほとりで湧出しており、薬用の飲用泉として利用されてきました。
その温泉を利用して音威子府村が1989年(平成元年)に作ったのが
こちらの保養センターとなります。

駅名が天塩川温泉となったのは1981年(昭和56年)で
こちらの保養センターより前ですが、天塩川温泉自体は
センターができる前から湧出しており、これが駅名の由来となっています。


宗谷本線02_a58
こちらは道道220号歌登咲来停車場線の終点付近の光景です。
「咲来停車場線」の名前が示す通り駅への連絡道路となります。
宗谷本線02_a60
終点からおよそ150mほどで交差点を南へと曲がる道道は
咲来の集落の中心部を400mほど抜けた後に
国道40号を越えて枝幸方面へと向かっています。
宗谷本線02_a59
停車場線の終端にはご覧の砂利の広場があります。
現在はほぼ何も無い空き地の様になっていますが、
かつてはこの広場の正面には木造駅舎、左手には貨物ヤードがあるなど
広い駅施設を持つ駅でした。
宗谷本線02_a61
広場の入口脇に建つこちらの建物は旧日通咲来営業所です。
林業で栄えた駅の貨物営業フロンでしたが貨物扱いの廃止に伴って
営業所も廃止されて建物は廃墟と化していました。
1997年(平成9年)に建物はライダーハウスとなり
旅行者の宿泊所として現在に至っています。
宗谷本線02_a72
広場北の旧貨物引込線跡地にはロープが張られていますが、
貨車が1両留置されているのが見えます。
こちらは「咲来貨物駅」と名づけられた個人所有の博物館なのだそうですが
一般公開はされておらず敷地も立ち入り禁止となっています。
宗谷本線02_a62
広場の南側には駅ホームへと通じるご覧の砂利道があります。
宗谷本線02_a63
こちらが咲来駅の待合室です。
1912年(大正元年)11月に鉄道院宗谷線の延伸で開設された駅でしたが
その後1986年(昭和61年)に無人化されて一旦は貨物駅舎となりました。
平成に入って現在の待合室がホーム脇に建てられています。
宗谷本線02_a66
待合室の中の様子です。
コンクリートの土間に木製ベンチが置かれています。
音威子府村に入ってからの宗谷本線の駅待合室には石油ヒーターが設置されています。
宗谷本線02_a64
ホームの入口は待合室前の北側のスロープのみとなります。
宗谷本線02_a65
こちらがホームの様子です。単式ホーム1面1線の棒線無人駅となります。
かつては千鳥式2面2線に貨物引込み線と積み下ろし用の副本線のある駅でしたが
無人化に伴って交換設備が撤去され、旧下り線ホームのみが残されました。
宗谷本線02_a67
ホーム南端の旭川方を見ると線路が微妙にS字を描いていて
かつての交換設備があった名残りが見られます。
宗谷本線02_a68
有効長は長いものの土盛り砂利敷きのホームは
待合室以外の構造物は見られず柱とミラーが建つのみです。
宗谷本線02_a69
駅名標の脇にある花壇には「咲来花駅長」との文字が。
宗谷本線02_a70
ホーム北端の稚内方の光景です。
宗谷本線02_a71
ホーム出口から駅前広場へと戻りながら右手を見ると、
線路脇にかつての木造駅舎の基礎跡が残っています。


宗谷本線02_a73
こちらはJR宗谷本線の音威子府駅の駅舎の外観です。
1912年(大正元年)11月に鉄道院宗谷線が当駅まで延伸して開設されました。
宗谷本線02_a74
音威子府駅からは1914年(大正3年)に西回りの天北線が小頓別駅まで延伸。
1922年(大正11年)には東回りの天塩線(現在の宗谷本線)が誉平駅まで開業し、
同時に天北線が稚内駅まで延伸開業して二つの路線が分岐をするターミナル駅となりました。

1926年(大正15年)には天塩線も全通して稚内駅までは西回りと東回りの2ルートとなり
音威子府駅は北の交通の要衝の役割となります。
宗谷本線02_a75
現在の駅舎は1990年(平成2年)に改築されたものです。
天北線が廃止された翌年に音威子府村によって「交通ターミナル」として建てられたもので
旧天北線の代替バスを運行する宗谷バスの窓口が併設されています。
宗谷本線02_a82
駅舎の前に設置された宗谷バスの音威子府停留場のバスポール。
宗谷本線02_a76
駅舎の南東側には駅前広場があります。
舗装された広場は駅駐車場となっていますが、
駅前を通る道路と一体化していてかなりの広さに感じます。
宗谷本線02_a77
広場の東側はJR北海道が駅前に設けたパークアンドライド駐車場で
黄色で区画されたスペースには30台のキャパがあります。
宗谷本線02_a78
駅駐車場の東側奥には音威子府村の複合福祉施設があり
高齢者の入居施設やデイサービス、地域コミュニティスペースが設けられています。
宗谷本線02_a79
そして駅舎の正面は舗装が続いていて駅前広場の一部の様に見えますが、
こちらは二つの道道の終点が交わる直角のカーブとなっています。
宗谷本線02_a80
宗谷本線に沿って西へと伸びるこちらは道道12号枝幸音威子府線です。
駅前からは350mほどで国道275号へと合流し、
14kmにわたって国道との重用区間となっています。
宗谷本線02_a81
一方の駅舎正面から南へと伸びるこちらは道道391号音威子府停車場線で
国道40号線と駅との120mを連絡する停車場線です。
宗谷本線02_b06
停車場線から見た音威子府駅の駅舎。

宗谷本線02_a83
こちらは駅舎の中の様子です。
村が交通ターミナルとして整備した建物であるだけに
タイル張りの床で綺麗に整備されたロビーが設けられています。
宗谷本線02_a84
駅舎に入ってすぐ左手にある宗谷バスのきっぷ売り場。
宗谷本線02_a85
反対の入って右手にはご覧の小上がりがあります。
宗谷本線02_a86
そして待合室ロビーの右奥にあるのがこちらの音威子府そばの常盤軒です。
「日本一美味いそば」として鉄道ファンには駅の代名詞と言えるほど有名な店ですが
残念ながら2021年(令和3年)2月8日で閉店してしまいました。
宗谷本線02_a87
またロビーの一角にはこちらの天北線資料室の入口があります。
宗谷本線02_a88
現在の宗谷本線よりも先に、浜頓別経由の東まわりルートで稚内まで開通をし、
1930年(昭和5年)まで宗谷本線を名乗っていた天北線の資料が展示されています。 宗谷本線02_a89
そしてこちらが音威子府駅の改札付近の様子となります。
駅員配置の有人駅でみどりの窓口が設置されています。
宗谷本線02_a90
ホーム側から見た改札付近。
宗谷本線02_a91
駅舎から構内に入って左手を見ると単式ホームが見えます。
改築前には現在の駅舎前付近までホームがあったようですが、
削り取られて現在は駅舎からホームが離れています。
宗谷本線02_a92
1番線ホームの様子です。
単式ホームとなっており有効長が短いことから
上下線の普通列車用ホームとなっています。
宗谷本線02_a93
切り替えして稚内方から見た1番線ホーム。
宗谷本線02_a94
この駅は単式1面1線と島式1面2線の計2面3線ホームとなっていて
島式ホームへは跨線橋で渡る事となります。
宗谷本線02_a95
こちらは跨線橋の中の様子です。
1921年(大正10年)に設置されたもので既に100年が経過しています。
宗谷本線02_a96
橋から見た駅構内の俯瞰。
宗谷本線02_a97
島式ホームへと下る階段です。
宗谷本線02_a98
こちらが島式の2、3番線ホームです。
2番線が下り線の稚内方面、3番線が上り線の旭川方面行きとなります。
宗谷本線02_a99
ホームの屋根下中央にある木彫りの蒸気機関車形のベンチ。
宗谷本線02_b01
西側の稚内方のホームの様子です。
一番駅舎から遠い3番線はかつては天北線が使用していたホームです。
宗谷本線02_b02
旧天北線は駅から稚内方へ500mほど、現在の宗谷本線と併走の後
北へ向かって右手にカーブを描いていました。
宗谷本線02_b03
こちらの島式ホームには普通列車同士の交換時には普通列車停まりますが、
主に特急列車が発着する為のホームとなっています。
宗谷本線02_b05
跨線橋の裏手となる東側の旭川方の光景。

宗谷本線02_b07
音威子府駅の駅舎から南西およそ100mほどの国道沿いには
「道の駅おといねっぷ」があります。こちらの施設内には
「天北龍」という蕎麦屋さんが入っており音威子府そばを食べる事ができます。
駅の中の「常盤軒」はもう食べられませんが音威子府のそばはまだ食べる事が可能です。


では宗谷本線の続きはその6にて。

【写真撮影:2020年8月】

でんこの元ネタ
■No.79 唐津シズ(Karatsu Shizu)
 ■タイプ:サポーター
 ■誕生日:2月5日

■出身駅: JR九州 筑肥線 唐津駅(佐賀)
シズ01


シズ02
こちらは唐津駅の北口の駅舎外観です。
唐津駅は1898年(明治31年)に唐津興業鉄道の駅として開業し、
九州鉄道を経て1907年(明治40年)に国有化され国鉄唐津線の駅となります。

1983年(昭和58年)に国鉄筑肥線の虹ノ松原駅━山本駅間が廃止され
代わりに虹ノ松原駅━唐津駅間に新線が敷設。
唐津駅は付け替えられ電化された筑肥線の東区間の終点駅となります。
この時に筑肥線は高架化されており、唐津駅も高架駅として改築されています。

シズ62
こちらは北口の駅舎前正面を北へと伸びる県道236号唐津停車場線です。
駅前から唐津市役所までのおよそ300mほどの停車場線で
旧唐津城三の丸の肥後堀跡につき当たり、県道347号虹の松原線に合流しています。
シズ52
切り返して駅方面の光景です。駅前が県道の停車場線の起点となっており、
つき当たった道は市道となり駅前広場に接して東へとカーブを描いています。
シズ49
県道の停車場線に接して唐津駅の北口のロータリーの入口があります。
シズ50
北口駅前広場の西側に位置するロータリー「自動車整理場」と書かれており、
外周部が時計回りの車寄せとなってタクシーが待機していて
中央部に駅前の有料駐車場が設けられています。

シズ53
そして北口広場の中央部は歩行者用のタイル張りの広場となります。
シズ54
広場は北口の駅舎正面の通路の役割と左右の駅前ロータリーへの動線となっており、
緑地帯が設けられ案内板やオブジェがいくつか設置されています。
唐津駅北口のロータリーや広場一帯は市と国鉄(当時)の整備事業によって
1984年(昭和59年)に整備されたものです。
シズ55
広場で一番目を惹くのがこちらの「唐津曳山像 赤獅子」です。
唐津曳山とは、唐津神社の秋季例大祭である唐津くんちで使われる山車であり、
その巡航はユネスコ世界遺産にも登録されている唐津くんちのメインイベントとも言えます。
シズ05
像の前にある唐津の観光マップには
唐津くんちでの曳山の巡行コースが書き込まれていました。
シズ07
そして曳山の像の横にはこちらの鶴の像があります。
この像は唐津の鉄道敷設の顕彰碑で
1983年(昭和58年)の電化と高架化の際に作られました。
台座には唐津の鉄道敷設に尽力をした4人の顔のレリーフが埋め込まれています。
シズ57
広場北側の道路沿いの植え込みにはこちらの「五足の靴文学碑」があります。
1907年(明治40年)に与謝野寛(鉄幹)が北原白秋ら若き詩人をつれて唐津に来訪した
「五足の靴」と呼ばれる近代文学史に残る旅を記念して建てられた石碑です。
シズ56
駅舎と反対側の広場北側は駅前道路へ接しており、
唐津の中心市街地へと向かう入口となっています。
シズ58
東側はロータリーに接しておりバス乗り場が設けられています。
バス停の屋根は駅舎の軒と続きとなっており雨天時も濡れずに移動ができます。
シズ59
北口広場の東側のロータリーの様子です。
シズ60
駅前の市道から時計回りの一方通行のロータリーとなっていて
中央部の島部分は緑地帯となっています。
シズ61
北口広場が面している駅前の道路の市道部分。
西側のカーブからは県道236号唐津停車場線となります。

シズ63
北口広場の前の市道を東へと進むと
最初の信号の交差点の南東側にあるのがこちらの「ふるさと会館アルピノ」です。
1階に唐津名産品の土産物店、2階に窯元直売の唐津焼総合展示販売場がある物産館で
唐津観光の観光客の拠点となっています。

シズ64
こちらは唐津駅北口の入口付近の様子です。
駅舎の広場側はご覧の通りタイル張りの軒下となっています。
シズ65
軒下を東のロータリー側へと進むと
すぐ隣には唐津市観光協会が入居しています。
シズ66
ロータリー前を東に進むと駅舎の軒が終わって
駅ナカのショッピングモールの入口があります。
ロータリー東側は駅の有料駐車場があり、
その先には「ふるさと会館アルピノ」があります。

シズ67
北口の入口から西側へと軒下を進むと
まもなく駅舎の壁に壁画アートがあります。
筑肥線の新線が開業した1983年(昭和58年)3月の銘が入っていますので
高架化事業の完成記念に作られたものだと思われます。
シズ68
切り返して西側の端から見た北口駅舎の軒下の光景。
シズ69
壁画アートと塾テナントの間には
駅のお忘れ物預り所が設けられていました。


シズ70
駅舎の中へと入ってこちらは北口付近の様子です。
シズ71
北口から入って右手(西側)には自動券売機があり、
みどりの窓口、駅改札が並んでいます。
唐津駅のみどりの窓口は1983年(昭和58年)の筑肥線新線付け替えによって
東唐津駅から移転して開設されたものです。
シズ72
一方で左手(東側)には唐津観光案内所の窓口があります。
シズ73
唐津の街はいくつものアニメ作品の舞台となっており
聖地巡りの観光客も多いことから観光案内所にもいくつもの立て看板が並んでいます。
シズ74
観光案内所の隣にはショッピングモールの入口が。
「えきマチ一丁目」はJR九州グループの運営する駅ナカ施設の名称で
九州の主要駅ではよく見かける店舗街です。
シズ75
広めの改札前コンコースは駅の南北の連絡通路の役割もあり、
南口側の中央部にはファミリーマートJR唐津駅店があります。
シズ76
駅の南口はコンビニを挟んで左右に出入口があります。
東側の出口前の改札横にはご覧の「ラーメンきあげ」が入居しています。
シズ77
コンビニの左側の南口出口前にはみやげ物のテナントが入っています。


シズ78
南口側の駅舎の外観です。
シズ81
唐津駅は1983年(昭和58年)3月に高架駅舎が完成開業をしていますが、
南口広場は市の唐津駅南土地区画整理事業として同年12月に完成しています。
シズ79
広場の中央部には駅前駐車場が設けられています。
また駅舎寄りのロータリーの路面は黄色く塗り分けられており
タクシー専用の車寄せとなっています。
シズ80
南口側もロータリーに面する駅舎が軒になっており
歩道を歩いても雨に濡れない様になっています。
広場中央の島の右手(西側)には歩道部を挟んでタクシープールがあります。
シズ82
ロータリー西側の歩道には屋根が設けられ
一般車両の乗降用の車寄せとなっています。
シズ84
この車寄せのある歩道に接して2015年(平成27年)12月には
14階建てのマンションが建てられています。
シズ85
南口の正面にはロータリーに横断歩道が設けられており、
その先の広場中央の島には歩行者用の通路スペースが作られています。
通路の駅舎側には駅前駐車場の料金精算機が。
シズ86
両側に樹の植えられた通路部分はベンチも置かれており
駅前の公園としての役割も果たしています。
シズ83
ロータリー南側に面する市道。
時計回り一方通行の南口ロータリーの一部としてのほか、
駅前から西側の県道23号唐津呼子線へのアクセス道路としての役割もあります。

シズ87
市道を挟んだ駅前広場の反対側にはご覧のゲートのオブジェがあり、
その先にはご覧のタイル敷きの広場があります。
シズ18
広場の前に建っているこちらは唐津市近代図書館の建物です。
1992年(平成4年)にこの場所に移転新築された建物で、
「日本近代建築の父」と呼ばれる唐津市出身の建築家の
辰野金吾氏(東京駅駅舎などを設計)にちなんで近代建築の様式で作られています。
シズ88
図書館の前の広場の様子。
シズ89
駅前広場から図書館の前を南へと伸びる道路は市道唐津駅旭が丘線です。
この幅の広い駅前道路は「シンボルロード」として
1980年(昭和55年)の区画整理事業の際に幅30mの都市計画道路として整備されました。
シズ90
町田川に架かる町田大橋の前後、駅から300mほどの区間がシンボルロードとなっており、
車道の他にインターロッキング舗装がされた歩道などが設けられています。

シズ91
南口へと戻ってこちらは駅舎の西側入口付近です。
駅前広場の歩道が真向かいに作られているこちらが南口の正面と言って良いでしょう。
シズ92
その入口の左手(西側)には「ラーメンきあげ」の店舗が。
店は歩道からも入る事が可能です。
シズ93
こちらは右手(東側)のコンビニ入口です。
コンビにも歩道側からの入店が可能となっています。
シズ94
駅舎の軒下の歩道を東側へ。
ショッピングモールの店舗と出入口があります。
シズ95
切り返して東側から見た南口駅舎前の歩道です。

シズ96
駅舎の中へと戻ってこちらは改札付近の様子です。
高架駅舎で改札は高架下のこちら一ヶ所のみとなります。
シズ97
改札前から階段を上がって中二階のコンコース階へ。
島式ホームが2つある駅なので両方のホームをこのコンコースで連絡しています。
シズ98
コンコースの真ん中に設置されている待合室。
シズ99
その脇には唐津のライオンズクラブが設置した「いい日旅立ちの碑」が。
刻まれた日付を見ると1993年(平成5年)に建てられた様です。

シズa01
コンコースの1、2番線ホーム側の階段。
エスカレーターは無く、2つの階段の間にエレベーターが設置されています。
シズa02
こちらが駅の南側にある島式の1、2番線ホームです。
唐津駅は島式ホーム2面4線の駅となっており、
1番線から3番線までは唐津線の上り(山本・佐賀方面)、下り(西唐津方面)と
筑肥線の西区間(山本・伊万里方面)行きの列車が使用しています。
シズa03
ですのでこちらの島式の1、2番線には唐津線の上下線と
筑肥線の西区間行き列車が停まります。
シズa04
現在筑肥線となっている虹ノ松原駅━唐津駅間は
そもそもは国鉄呼子線として鉄道建設公団によって建設が進められていたものでした。
唐津市内の一部を除いてほぼ全線での工事が終わっていましたが、
国鉄の経営が悪化したことにより国鉄再建法で工事が凍結。
需要の見込まれる虹ノ松原駅━西唐津駅間が筑肥線の電化に伴う付け替えの新線となりました。
その為、現在の唐津駅も当時全国で作られた鉄建公団の高架駅の趣きを感じる造りとなっています。
シズa05
ホーム中ほどの階段の間にはエレベーターの出入口と
駅務の為の建屋が置かれています。
シズ24
こちらはホームの西端側の光景です。
唐津駅の西側には唐津線の西唐津駅方面のみしかありません。
ですので西へと向かう列車は唐津線の下り列車のみとなります。

シズa06
コンコース階へと戻ってこちらは反対の3、4番線ホームへの階段付近です。
シズa07
駅の北側にある島式の3、4番線ホームの様子です。
3番線には、1、2番線と同じく唐津線の上下線列車が停まります。
シズa08
またこの島式ホームには筑肥線の東区間(姪浜・博多方面)行きも停車する為、
4番線は筑肥線の東区間の列車のみが停車しています。
シズa09
元々地上駅時代には唐津駅は唐津線の終点前の途中駅であり、
唐津の中心市街地にこそ近いものの鉄道運行上はローカル線の小さな駅でした。
筑肥線は広い松浦川を渡る事ができず右岸の東唐津駅でスイッチバックをし、
川沿いに南へと進んで山本駅で唐津線と合流をしていました。
シズa10x
1983年(昭和58年)の筑肥線新線付け替え及び高架化事業によって
筑肥線は松浦川を渡って唐津駅まで乗り入れる事となり、
唐津線と筑肥線の合流も山本駅から当駅へと代わる事となりました。
シズa11
その為、それまでは唐津市には唐津駅、東唐津駅、山本駅と
市の代表駅が3つに分散している状態だったものが
唐津駅一つへと統一
される事となったのです。
シズa12
二つのホームの中央部付近にはエレベーターの乗降口がありますが、
これは交通バリアフリー基本構想に基づいて2001年(平成13年)3月に設置されたものです。


【写真撮影:2018年10月、2020年10月】



■モデル車両: JR九州 305系電車
シズ28


シズ29
JR九州305系電車は2015年(平成27年)に導入された電車であり、
JR筑肥線の電化区間である姪浜駅━西唐津駅間と、福岡市交通局空港線の
相互直通運転に使用されている車両です。

JR筑肥線は1983年(昭和58年)の電化開業および地下鉄乗り入れから
103系1500番台という車両を使用してきました。
しかしながら車両の老朽化によって故障などが多発してきた為、
103系の置き換えを目的として開発導入されたのが305系となります。

車両のデザインはJR九州で数多くの観光列車のデザインを手がけている
ドーンデザイン研究所の水戸岡鋭治氏の手によるもの
で、
特に車内のデザインはひと目で水戸岡氏の手によるものと分かる部分が数多くあります。



では以下に編成の全6両の各車両について見ていきたいと思います。

シズa13
西唐津方の先頭車両である1号車のクハ305形です。
ク(制御車)ハ(普通車)であり、運転台があってモーターの無い車両となります。
編成略記号はTcT(付随車)c(制御車)ですから同様の意味を表わします。
シズa14
車内の様子です。305系ではこの1号車のみ、床が茶色いフローリングとなっています。
これは南米産クルパウ材のフローリングを使用しているもので、
「ダイヤモンドウッド」とも呼ばれ非常に硬い表面硬度をもつ材料です。
クルパウ材の床材はJR九州のななつ星でも使用されているものであり、
同じ水戸岡デザインの車両であることを感じさせる素材でもあります。
シズa15
福岡空港方の連結部側車端には車椅子対応の洋式トイレが設置されています。
トイレの対面側は木製カウンターの取り付けられた
車椅子やベビーカーの置けるフリースペースとなります。
シズa16
トイレの中はご覧の通りで壁にもアクセントの模様が入れられています。
シズa17
車端部の運転席側はほぼ壁となっていて前面展望が望めませんが、
これはこの305系が福岡市営地下鉄へ乗り入れている為で
運転席のガラスに客室内の照明が映りこんで視界を遮るのを防ぐ為だと思われます。
シズ32
乗降扉の前の部分は通勤車両では乗客がひしめく場所でもありますが、
上と見るとご覧の様につり革が円形のポールに配置されていました。
JR九州の通勤車両では近年見かける形で多くのつり革を配置できるという利点があります。
シズ33
通勤車両ですので座席はロングシートとなっています。
背もたれが合板木製なのは水戸岡デザインではもはや一般的とも言えるものです。
座席のモケットは色違いのボーダーが折り重なるデザインで
全体で11種類のパターン(柄)があるそうです。
シズ34
そして優先席のレインボーチックなモケットは、
305系をモチーフとした駅メモのでんこ唐津シズの
胸のあたりのデザインとして使われています。
シズ36
また乗降扉には各扉に様々なポーズをした「くろちゃん」が描かれています。
シズ37
「くろちゃん」は元々は、水戸岡氏がデザインした
観光特急「あそぼーい!」の為に作られたキャラクターでした。
その為、JR豊肥本線の阿蘇駅にはご覧のくろ駅長室も設けられています。
シズ38
しかし熊本県を走っていないJR筑肥線の305系の扉にもくろちゃんが描かれるなど
現在ではこのキャラクターはJR九州全体のマスコットキャラクターとなっています。
そして筑肥線の筑前前原駅の駅構内にもご覧のくろ駅長室が設置されています。
シズ39
その為か305系をモチーフとしている唐津シズの衣装の胸のあたりには
くろちゃんを元にしたと思われる犬のマークが描かれています。


シズa18
西唐津方2両目のモハ305形です。
モ(動力車)ハ(普通車)でモーターを搭載した普通車車両となります。
編成略記号はM(動力車)ですのでこちらも意味は同様です。
シズa31
車内客室の様子です。2号車から6号車までは内装は白を基調としたもので統一されています。
シート端部の仕切りはポリカーボネイト製の透明なもので、
連結部の扉はガラス製でこちらも透明となっているのは各車両共通です。
シズ41
305系では通勤車両ながら各車両でモケットが様々な別デザインとなっています。
ですがボーダーのレインボー調も花柄のモケットも
水戸岡デザインの他の観光列車でも使われているもので、
ある意味共通デザインと言えるでしょう。
シズ42
そして305系では2号車から6号車の床が
ご覧の様なQRコード調の柄を並べたデザインとなっています。
厳密にはQRコードでは無いのでスマホをかざしても読み取れません
シズ43
駅メモのでんこである唐津シズのハイソックスの柄がQRコード風になっていますが、
これはこの305系の床のデザインがモチーフと見て間違い無いでしょう。


シズa21
西唐津方3両目の3号車、モハ304形です。
モ(動力車)ハ(普通車)ですのでこちらもモーター搭載の車両となります。
編成略記号はMpM(動力車)p(パンタグラフ)となり
屋根にパンタグラフが搭載されている車両となります。
シズa32
車両の両端の屋根上にはシングルアームのパンタグラフが搭載されています。
シズa33
305系の編成では3号車と5号車の屋根上にパンタグラフがありますが、
駅メモのでんこの唐津シズの背中のパンタグラフと並べると
モチーフとなった同じ物である事が分かります。
シズa19
西唐津方の車端部の様子です。
貫通扉の連結部には黄色く塗られたステップがあります。
車端部両側に3人掛けロングシートがあり優先座席となっています。
シズa20
こちらは客室内の様子です。
通勤形車両で片側4扉のロングシート車両となっています。
シズa22
切り返して福岡空港方から見た車内。
大きな側窓が特徴的な車内内装は2号車から6号車まで
基本的に共通のものが使われています。


シズa23
西唐津方4両目、福岡空港方の3両目となる4号車のモハ305形100番台です。
モ(動力車)ハ(普通車)なのは他の車両と同様です。
編成略記号はM1で、動力車としてモーター搭載の意味なのは仮名の車両番号と同様です。
シズ45
基本的に中間車両の座席配置は同じなので
車両によって座席モケットにバリエーションがある程度の違いのみです。


シズa29
福岡空港方の2両目、5号車のモハ304形100番台です。
モ(動力車)ハ(普通車)なのでこの車両にも動力モーターが搭載されています。
編成略記号はM1pM(動力車)p(パンタグラフ搭載)となります。
シズa30
この車両もパンタグラフは両車端の屋根上に計2基の
シングルアームのものが搭載されています。
シズ46
シズ47
福岡空港方の車端部には、中間車両では共通となる
ご覧の車椅子・ベビーカー用のフリースペースが設けられています。
黄色で囲われたスペースの部分の床には滑り止めが施されています。


シズa28
そして福岡空港方の先頭車両である6号車のクハ304形です。
ク(制御車)ハ(普通車)ですので運転台のある車両となります。
編成略記号もT'cで制御車となり意味は同様です。
シズa24
西唐津方の連結部側の車端です。
片側に3人掛けロングシートの優先座席、反対側にフリースペースがあります。
中間車両ではこの組み合わせは福岡空港方に設けられていますが、
こちらは福岡空港方先頭車両で運転台があるので西唐津方に設けられています。
また連結面は貫通扉でステップが設けられています。
シズa25
座席の配置などは同じ先頭車両である1号車と同様なのですが、
異なる点は床がフローリングでは無くQR柄である事や
車端部にトイレが設置されていないという点です。
シズa26
福岡空港方の車端部です。先頭車両なので運転台があります。
7人掛けロングシートの片側の端3席が優先座席となっており、
その3席だけ座面と背ずりが優先座席仕様となっています。
シズa27
切り返して福岡空港方から見た客室内の様子。


(車両の外観などは後日に写真を撮り次第追加する予定です。)
【写真撮影:2019年8月、2020年10月】

宗谷本線02_93
引き続き宗谷本線の記事となります。


その1(旭川駅━比布駅)はこちら
その2(比布駅━士別駅)はこちら
その3(士別駅━名寄駅)はこちら



宗谷本線c87
こちらは道道939号日進名寄線がJR宗谷本線と交わる踏切付近を
東側から見た光景です。踏切手前の北側に次の駅の駅舎とホームがあります。
宗谷本線c88
道道939号線の8線踏切。
宗谷本線c89
踏切から西は260mほどの交差点で道道939号線は南へと左折しており
名寄市街の中心部へと通じています。
宗谷本線c90
切り返して西側から見た8線踏切方面。
宗谷本線c92
踏切から見た北側の駅のホームです。
宗谷本線c91
そしてこちらが日進駅の駅舎となります。
1955年(昭和30年)12月に日進乗降場として設置されたもので、
翌年の1956年(昭和31年)にご覧の待合室が作られています。
正式に駅として設置開業となったのは1959年(昭和34年)となります。
宗谷本線c93
駅舎の中はご覧の通りで床は無く直接地面に砂利が敷かれています。
木製のベンチが備え付けられたのみの簡素な造りとなっています。
宗谷本線c94
道道から駅舎、そしてホームまでは砂利が敷かれて通路となっています。
宗谷本線c95
砂利の通路からホームへと上がるスロープ。
宗谷本線c96
こちらが日進駅のホームの様子です。
単式ホーム1面1線で木製有効長1両分のいわゆる朝礼台タイプの駅です。
宗谷本線c97
無人駅であり、ホームの出入口は南の旭川方のスロープのみです。
宗谷本線c98
駅周辺はご覧の通り一面の農地が広がるのみとなっています。
この駅は「極端にご利用の少ない駅」としてJR北海道に挙げられた駅で
1日の利用者が1人未満であり廃止の候補でしたが
とりあえず2021年3月のダイヤ改正では名寄市の管理による存続が決まっています。


宗谷本線02_01
こちらは宗谷本線の「第2美深名寄線踏切」という踏切です。
宗谷本線02_02
踏切から南の旭川方を見ると駅のホームがあるのが見えます。
宗谷本線02_03
北へと踏切を渡って東へカーブする道を90mほど進むと
砂利の横道がありますがこちらが駅へと通じる道となります。
宗谷本線02_04
反対の東側から見た駅への入口付近。
宗谷本線02_07
砂利の道を進むとホームの入口が見えてきますが
その手前に木造の農機具小屋のような建物が見えます。
宗谷本線02_08
木造で下見張りに組まれた壁の、どう見ても農機具小屋のこの建物が北星駅の待合室です。
駅名標などはどこにも見当たらず、代わりに「毛織の北紡」という赤いホーロー看板が目立ちます。
北紡は旭川にあった毛糸を作る紡績会社でしたが1973年(昭和48年)に会社整理されています。
宗谷本線02_10
1959年(昭和34年)11月に宗谷本線の駅として新設開業した駅で、
仮乗降場からの昇格では無く、最初から駅として作られています。
宗谷本線02_09
待合室の中の様子です。外には駅名を示すの物はありませんが
中には運賃表や時刻表が掲示されている紛れも無い駅の施設です。
コンクリートの土間の上に木造の建屋が建っており、
木製の壁にベンチが作りつけられています。
窓も昔ながらの木枠のものとなっています。
宗谷本線02_11
待合室から砂利道を進むとすぐにホーム入口のスロープがあります。
宗谷本線02_13
スロープの足元の礎石には「昭和三十一年」の文字が。
駅は昭和三十四年に開設ですので詳細は謎です。
宗谷本線02_12
こちらがホームの様子です。単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
有効長1両分の木造ホームでいわゆる朝礼台と呼ばれるタイプの駅となっています。
宗谷本線02_14
この北星駅は2021年(令和3年)3月のダイヤ改正で廃止が決まっています。
2017年(平成29年)にもJR北海道が廃止を表明した駅で
当時は名寄町が承諾しませんでしたが、今回は廃止が承認されてしまいました。
宗谷本線02_15
駅の南側は線路に沿って天塩川が流れており、北側はご覧の通りの光景です。
駅周辺には集落はありません。
宗谷本線02_16
ちなみに名寄市の2016年(平成28年)度の住民基本台帳では
北星地区の住民数は1名となっています。
つまり駅周辺には住民が1名しかいないという事となります。
宗谷本線02_17
駅のホームから駅前の市道へと戻ります。
宗谷本線02_05
市道へと出て踏切と反対側の東の旭川方へと進むと
60mほどで片方が砂利道の三差路となります。
しかしこの先は車で進むとどちらへ行っても行き止まりとなっており
南の旭川方から駅へと通じる道路はありません
宗谷本線02_06
三差路の反対側は踏切を渡ると宗谷本線と併走をして北上しており、
そのまま1.8km先の智恵文駅の駅前まで一本道となっています。
周辺にほぼ民家が無い上、駅に至るには隣の駅前を通らないと行けない駅
これは正直廃止も已む無しなのかなと思わざるを得ません。


宗谷本線02_18
こちらは道道252号美深名寄線の名寄市智恵文付近の光景です。
前方の交差点で道道252号線は左の西側へと向かって曲がり
美深方面へと伸びています。
宗谷本線02_24
西の美深方面への道道252号線。
宗谷本線02_19
交差点の南西角にある八幡神社。
この神社があるからか、このあたりは智恵文八幡地区と呼ばれています。
宗谷本線02_20
神社の裏手には天塩川の三日月湖の智恵文沼が。
宗谷本線02_21
交差点の南側も道道252号線が延びており、2kmほど先の
天塩川を渡った対岸が智恵文の中心地区となっています。
宗谷本線02_22
神社の向かい、交差点の南東角には広場があって消防団の倉庫が。
この倉庫脇の東へ向かう道は宗谷本線と併走しており、
およそ2km先の北星駅までの一本道となっています。
宗谷本線02_23
そして交差点の北西角には智恵文郵便局があります。
この郵便局の前の道は道道292号智恵文停車場線という道道に指定されており、
八幡神社の交差点から駅までのおよそ100mの短い停車場線となります。
宗谷本線02_25
停車場線を進んだ北のつき当たりには砂利の広場があり
奥に駅があるのが見えます。
宗谷本線02_26
こちらが智恵文駅の駅舎の外観となります。
1911年(明治44年)11月に鉄道院天塩線が名寄駅━恩根内駅間を
延伸開業した際に途中駅として設置開業しました。
木造の駅舎がある駅でしたが国鉄時代の1986年(昭和61年)に無人化され
ほどなく駅舎も解体されて代わりに貨車駅舎が設置されました。

当初は素の貨車にペイントが成された駅舎でしたが
錆びた車体が補修され、鋼鈑サイディングが貼られて現在の外観となっています。
宗谷本線02_31
ホームと駅前広場との間に残る木造駅舎時代の基礎の跡。
宗谷本線02_32
駅前広場は広さこそあるものの特に構造物がある訳でもなく
ご覧の通りの空き地は広がっている状態です。
宗谷本線02_27
駅舎の中の様子です。
貨車駅舎なのでご覧の通りベンチが置かれたのみの簡素なものとなります。
宗谷本線02_33
ホーム側から見た駅舎の様子。
宗谷本線02_28
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となります。
かつては相対式2面2線の駅で貨物の引込み線まであったそうですが
1986年(昭和61年)の無人化に併せて交換設備も撤去されています。
宗谷本線02_29
ホームも砂利敷きとなっており、駅前広場と砂利が地続きとなっています。
宗谷本線02_30
線路の反対側にかつての交換設備のスペースを感じますが
ご覧の通り痕跡はほぼ残っていません。


宗谷本線02_34
智恵文駅前で西へと曲がった道道252号美深名寄線を
宗谷本線と智恵文沼に挟まれて2kmほど進むと
T字路で道道は再び右手へと進路を変えています。
宗谷本線02_35
反対の西側から見たT字路付近。
宗谷本線02_41
交差点の南側にはご覧の一面の農地が広がり視界を遮るものはありません。
宗谷本線02_36
T字路を北へと入るとすぐに宗谷本線の
第3美深名寄線踏切があります。
宗谷本線02_37
踏切から西の稚内方を見ると線路脇に駅のホームがあるのが見えます。
宗谷本線02_38
北へと踏切を渡って美深方面へと伸びる道道252号線。
この先に集落があり駅の利用者があるそうです。
宗谷本線02_39
切り返して踏切方面の光景。踏切脇に駅への入口があります。
宗谷本線02_40
道路から入るとすぐにホームへの階段があります。
この駅には駅前広場といったものは無く、
線路脇の敷地が僅かにあるのみとなっています。
宗谷本線02_43
ホームの入口の様子です。
階段は鉄骨階段でホームの土台や柵なども鉄骨造りとなっています。
ホームの土間はPC(プレキャストコンクリート)板が使われていました。
宗谷本線02_42
こちらが駅のホームの様子です。単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
1959年(昭和34年)11月に旭川鉄道管理局設定の智北仮乗降場として設置され、
JR北海道へと移管された1987年(昭和62年)に正式な駅へと昇格をしています。
宗谷本線02_44
現在ホーム東の目の前の踏切の道道252号美深名寄線は
1991年(平成3年)にルートが付け替えられて現在の位置となっています。
その際に旧道脇にあった智北駅も現在の場所へと東に100mほど移動しています。
駅が鉄骨造りで新しいのは移転で作られたものだからです。
宗谷本線02_45
智北駅には駅舎は無くホーム上にご覧のプレハブの待合室があります。
宗谷本線02_46
中はご覧の通りでプレハブの室内に木製のベンチが置かれています。
風雪に晒された外壁はベニヤで補修の跡が見られますが
室内は比較的綺麗な状態でした。


宗谷本線02_47
こちらは美深町の最南部の天塩川北岸に位置する美深3線道路の光景です。
周囲には見渡す限りの田畑が広がる光景となっています。
宗谷本線02_48
この美深3線道路が宗谷本線と交わる場所にご覧の3線踏切という踏切があります。
宗谷本線02_49
その踏切の東側の線路脇に南美深駅のホームが設けられています。
駅は1956年(昭和31年)7月に旭川鉄道管理局設定の南美深仮乗降場として設置されたもので
1959年(昭和34年)に正式な旅客駅へと昇格をしています。
宗谷本線02_53
ホーム入口のスロープは稚内方にのみありますが、
直接踏切に接している状態で駅入口は踏切内にあるという状況です。
宗谷本線02_50
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
木製ホームで有効長1両分という朝礼台タイプのホームとなっています。
宗谷本線02_51
この南美深駅は2021年(令和3年)3月のダイヤ改正で廃止が決定しています。
2016年(平成29年)にもJR北海道より廃止の意向が美深町に伝えられましたが、
この時は「世代交代が進み将来有望な地域」として廃止を拒みました。
しかしながら今回は廃止を受け入れざるを得なかった様です。
宗谷本線02_52
踏切から南西方面の光景です。目の前が三差路となっていますが
写真手前の踏切から奥へと伸びる美深3線道路は900mほど先で
国道40号線と交わっています。
宗谷本線02_54
西側の道道252号線上から見た駅方面。
宗谷本線02_55
踏切の西側の三差路からは、美深3線道路から分岐した道が
東に向かって宗谷本線に沿い旭川方へと道が伸びています。
この道を進むと隣の智北駅までたどり着くことができます。
宗谷本線02_56
そして切り返して三差路へと戻ると北東の角にある
こちらが南美深駅の駅待合室です。
木造の建屋の壁一面に緑のトタン板が貼り付けられた建物は
駅の表示は表には無く「南美深待合所」と書かれた看板が架かっています。
宗谷本線02_57
中の様子です。木造の羽目板張りとなっており、
床や壁の一部には合板が張られています。無垢の状態の為
羽目板には水染みが、合板は剥がれかけた箇所が見受けられます。
宗谷本線02_59
簡易テーブルに丸椅子とビールケースのみというのが
建物の造りと併せて農家の物置感を強く感じさせます。


宗谷本線02_60
こちらは国道40号線の大通南一丁目交差点付近の光景です。
美深町の中心市街地である国道沿いのこちらの交差点が
国道から駅への入口となっています。
宗谷本線02_61
交差点の北西の稚内方にも沿道に店舗が立ち並んでおり、
個人商店が多くシャッターの降りた店も多いとはいえ
周辺の畑と山しか無い光景と比べると、さすが名寄以北では稚内に次ぐ都市だと言えるでしょう。
宗谷本線02_62
切り返して北西側から見た大通南一丁目交差点付近。
宗谷本線02_63
この交差点は北東側が道道680号班渓美深停車場線という道道であり
国道40号線と駅とを300mほどで連絡している停車場線となります。
宗谷本線02_64
停車場線を駅の方向へ。突き当たりに駅前広場と駅舎があります。
宗谷本線02_65
こちらが美深駅の駅舎の外観です。
1911年(明治44年)11月に鉄道院天塩線の延伸開業によって設置された駅で
当初は「ぴうか駅」という読みでしたが
1951年(昭和26年)に現在の「びふか駅」と読みが改められています。
宗谷本線02_66
国鉄時代までは木造駅舎が建っていましたが、
民営化後の1987年(昭和62年)に美深町によって現在の
「美深町交通ターミナル」との合築駅舎へと改築されています。
宗谷本線02_67
駅前広場は広さはあるものの舗装されたのみのもので
駐車場としての区画によって駅前ロータリーの役割を果たしています。
宗谷本線02_68
広場に置かれた美深町の観光案内地図看板。
宗谷本線02_69
看板に描かれた美深駅周辺の地図です。
宗谷本線02_70
広場から国道方面の停車場線を見返すと、
T字路の南東角に美深駅前交番があります。
宗谷本線02_72
こちらは駅前広場に面している、宗谷本線と併走している町道。
南東側は住宅が並んでおり、線路側には公園があります。
宗谷本線02_71
北西側は赤レンガの農業倉庫が並んでいますが
現在は本来の用途では使用されていません。

宗谷本線02_73
駅舎へと戻って中の様子です。
美深町が窓口業務を委託されている簡易委託駅ですが
待合室はご覧の通りちょっとしたロビーの様になっています。
宗谷本線02_75
その待合室の一角には美深町の観光案内所があり
物販コーナーが併設されています。
宗谷本線02_74
そしてベンチの並ぶその奥には二階へと上がる階段があり、
階段の蹴込みには「旧国鉄美幸線資料館」と書かれています。
宗谷本線02_76
上へと上がると二階に資料室の入口が。
宗谷本線02_77
中には美深駅からかつて分岐していた国鉄美幸線の資料が
並べて展示されていました。

宗谷本線02_78
こちらは改札付近の様子です。
ホーム側には木製の「美深驛」と書かれた駅名標があります。
宗谷本線02_79
駅は千鳥式ホーム2面2線となっており、こちらは駅舎のある1番線ホームです。
下り線の稚内方面行き列車の使用するホームとなります。
宗谷本線02_80
旭川方のホーム南東端の光景。
かつて美幸線が分岐していた南側が望めます。
宗谷本線02_81
切り返して稚内方を見たホームの様子。
20m6両分の有効長があります。
宗谷本線02_82
ホーム北西端の跨線橋入口。
跨線橋は宗谷本線でいくつか見かけるガーター橋の転用されたものです。
宗谷本線02_83
こちらは跨線橋の中の様子です。
二つのホームを構内で連絡しています。
宗谷本線02_84
跨線橋からの駅構内の俯瞰です。
宗谷本線02_85
駅の北側に位置する2番線ホームの様子。
上り線の旭川方面行き列車が使用するホームとなります。
宗谷本線02_86
ホーム北西端の稚内方の光景。
元々美深駅は国鉄形のホーム配線の駅で、こちらのホームは島式ホームでした。
ですので現在の2番線の反対側にはかつての3番線がありましたが
今では草に埋もれて跡形もありません。
宗谷本線02_87
そして2番線ホームから北へと延びるこちらの舗装通路。
草むらの空き地を横切って離れた町道へと通じています。
宗谷本線02_88
連絡道路の先の町道の様子。
宗谷本線02_89
美深駅の北側に接する空き地はかつての製材所が立ち並んだエリアでした。
駅から貨物の引込み線もあって、林業が主要産業であった美深の材木を加工していましたが、
外国産の安い木材に次第に押され、今ではご覧の通り全ての製材所廃業しています。
宗谷本線02_90
旭川方のホーム端の様子です。
跨線橋の階段があり、くぐった先がホームの終端となります。

宗谷本線02_91
美深駅の駅舎の上にあるこちらの塔は「美幸の鐘」です。
駅舎改築の際に作られた鐘楼でフランス製の鐘が下がっています。
かつて美深町は美幸線の全通に力を注いでおり、その情熱と英知を忘れず
「未来に向かって『美しく幸多い』町でありたい」という想いから命名されたのだそうです。
宗谷本線02_92
そして駅前広場の脇から鐘を見上げる銅像があり「西尾六七氏之像」とあります。
西尾氏は戦後20年に渡って美深の町長を務めた人物で、
美幸線の全通に尽力をされた方なのだそうです。
これらを見ると「日本一の赤字線」と言われた美幸線に対する
美深の街の人々の想いを感じます



美深駅はちょうど宗谷本線の真ん中くらいに位置している駅ですので
ようやく路線の半分まで来た、といった所です。

まだまだ宗谷本線は続きますのでその6にて。


では。

【写真撮影:2020年8月】

でんこの元ネタ
■No.74 中津コヨイ(Nakatsu Koyoi)
 ■タイプ:ディフェンダー
 ■誕生日:3月30日

■出身駅: JR九州 日豊本線 中津駅(大分)
コヨイ02


コヨイ56
こちらはJR日豊本線の中津駅の北口の駅舎外観です。
1897年(明治30年)9月25日に豊州鉄道によって鉄道が敷設され開業した駅で、
九州鉄道を経て1907年(明治40年)に国有化。
1909年(明治42年)に国鉄豊州本線となり、1932年(昭和7年)に
小倉駅━鹿児島駅間の全通によって日豊本線となっています。
コヨイ57
中津の街を南北に分断していた日豊本線の線路は
中津市の駅高架化事業によって1977年(昭和52年)に高架駅舎となり
前後の線路も高架化がされています。
コヨイ58
こちらは駅北口の駅前ロータリーの様子です。
中津城が駅北西1kmほどに位置し周防灘もほど近く
城下町として発展をしてきた中心市街地のある北口は元々の駅の表玄関でした。
コヨイ59
北口の出口を出ると目の前に横断歩道があり
ロータリー中央部へと渡る事ができます。
すると目の前にご覧の「蘭学の泉」と題された顕彰碑があります。
コヨイ60
その碑の奥で駅前ロータリーの島に鎮座し駅舎を見据えているのが
こちらの福澤諭吉翁の大きな銅像です。
像が3mに台座が2mあるというこの像は福沢諭吉生誕150年を記念して
1985年(昭和60年)にこの地に建立されました。
コヨイ61
銅像の横にはこちらの看板が。
一万円札の肖像である福沢諭吉を知らない日本人はいないでしょう。
コヨイ62
銅像の足元には5台停められる駅前駐車場があります。
コヨイ63
裏手から見た銅像付近。

コヨイ64
駅舎の北口出入口を出て右手を見るとご覧の像があります。
これは「中津の小便小僧」で中津青年会議所が2004年(平成16年)に寄贈したものです。

元々は1958年(昭和33年)に当時の中津青年会議所が
国鉄中津駅の下りホーム改札前に初代の小便小僧を設置したのが始まりで、
駅高架事業で移転をした後像の行方は分からなくなっていました。

現在の小便小僧は三代目にあたるそうで、かつての像のプレートが発見されたのを契機に
再び復刻されて駅に寄贈し現在も北口に立っているという訳です。
コヨイ65
そして小便小僧の横の駅舎の壁にはご覧の壁画があります。
「山国川の景観」と題された陶板の壁画は福岡県の東峰村で350年続く
筑前小石原焼の陶板タイルによって描かれています。
中津駅の高架駅舎が完成した1977年(昭和52年)6月1日の日付が入っていることから
駅舎完成の記念に作られたものだと思われます。
コヨイ66
壁画の前はロータリーの西の端で一般車両用の車寄せがあります。
歩道が広くちょっとした広場の様になっており、
関所の門を模した中津の街の観光案内板も置かれています。
コヨイ67
駅北口ロータリーの西側には中津市営の駐車場があり、
ロータリーに専用の出入口が通じています。
中津駅前は公営も民間も駅周辺に駐車場が幾つも有り充実しています。
コヨイ68
市営駐車場入口の北側付近のロータリー歩道。
コヨイ69
こちらは北口ロータリーの東側の光景です。
駅舎寄りの場所はJRの駅前駐車場となっており、
その横にはアーケード商店街の入口があります。
コヨイ70
中津駅前の日ノ出町商店街。
北口の東側に線路沿いにあるアーケード屋根のある商店街で
飲食店が多く立ち並んでいます。
コヨイa35
駅ホームから見たアーケードの様子。

コヨイ71
福澤諭吉翁の銅像の真後ろには
駅舎正面から北へと伸びる道路があります。
この道路は県道531号中津停車場線という県道です。
コヨイ72
北口ロータリーから県道23号中津高田線までを連絡する中津停車場線は
ご覧の通り全長およそ40mほどという短い県道となっています。
コヨイ75
駅入口の県道交差点から北側の光景です。
交差点の北側は市道で、旧城下町へとぶつかるまでの400mほどは
道幅が広くなっていてショッピングモールへのアクセス道路となっています。
コヨイ77
切り返し県道交差点の北側から見た駅方向。
コヨイ76
この交差点の北西角には「中津駅北高札場」と書かれたスペースがあります。
これは中津藩時代の史跡では無く、観光客の案内用に中津市役所が近年に作ったものです。
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県道23号中津高田線から見た交差点の西側からの様子です。
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反対の東側から見た県道23号線の交差点付近。
中津は古い街ですが中心市街地は駅から離れた北東の城の周囲なので
県道沿いもさほど建物が密集はしていません。


コヨイ78
駅舎へと戻ってこちらは北口の出入口付近の様子です。
コヨイ84
入った正面の壁には福澤諭吉翁の「学問のすすめ」の名言である
「天は人の上に人を造らず 人の下に人を造らず」の大額が飾られています。
コヨイ80
入口脇にある駅構内の案内図。
コヨイ79
北口のすぐ脇にはご覧の瓦屋根の観光案内所だった窓口があります。
現在は駅構内の別の場所に移動していますのでパンフレットなどが置かれています。
コヨイ81
北口を入った右手、駅舎の西側には「中津駅名店街」の入口があります。
高架駅舎となった1977年(昭和52年)に駅構内に併設されたものですが、
現在は中津市土産品販売組合による土産物販売のみとなっています。
コヨイ82
駅構内を奥へと入ると、北口の東側すぐに中津駅のみどりの窓口があります。
コヨイ83
JR九州直営のみどりの窓口の入口のガラスには
福澤諭吉翁の肖像のステンドグラスがはめ込まれていました。
コヨイ85
さらに北へと構内を進むとみどりの窓口の隣には中津駅の改札口があります。
改札脇にはコンビニ店舗が。
コヨイ86
改札の向かい側は中津城を模したと思われる作りの入口の
待合室があり、中にはベンチの他にコインロッカーも設置されています。
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改札と待合室の前すぐにはご覧の南口の駅舎出入口が。


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こちらは中津駅の南口の駅舎外観です。
コヨイ89
駅前にはこちらにも駅前ロータリーが設けられています。
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かつてこの中津駅の南側には大分交通耶馬渓線が走っており、
終点駅や車庫の敷地が広がっていました。
1975年(昭和50年)に耶馬渓線は廃止となり、
その跡地が中津駅南口広場として整備されました。
コヨイ91
軽便鉄道は廃止されたものの南口には大分交通のバス乗り場が
ご覧の様に設けられており、市内路線バスのほか
大分空港へのリムジンバスも発着しています。
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駅前ロータリーの西端はJR九州の中津駅南口駐車場に接しており、
JRの駅レンタカーもこちらの駐車場にあります。
コヨイ93
ロータリーの西南角に接して建つこちらは「サンリブ中津」という
北九州に展開するスーパーの店舗です。
ご覧の通り駅前で一番大きく印象的な建物であり
駅前ショッピングモールとなっています。
コヨイ94
その建物の前に立つ中津市の看板。
黒田官兵衛と福澤諭吉の名前が記されています。
コヨイ95
ロータリーの中央島の西側に設けられたタクシープール。
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そして島の中央付近には数台の停められる駅駐車場と
さきほどの大分交通のバスターミナルがあります。
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島の東側には数本のソテツが植えられた島があり、
「剣豪島田虎之助誕生乃地」と刻まれた石碑があります。
島田虎之助は「幕末の三剣士」と謳われた剣豪で
勝海舟の剣の師匠としても知られる人物です。
コヨイ98
ロータリーの東側にはホテルと結婚式場が建っています。
東側はかつての大分交通耶馬溪線の車庫のあった土地
廃止から2年後の1977年(昭和52年)に丸吉百貨店の建物が作られました。
2000年(平成12年)に百貨店は閉店し2004年(平成16年)に建物は解体。
駅前有料駐車場となっていましたが2012年(平成24年)に現在の結婚式場となりました。

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こちらはロータリーの南側の、駅前への入口となる市道の交差点です。
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入口の信号から南側へと進むと300mほどで
阿蘇方面へと通じる国道212号線と別府方面への国道213号線、
そして県道113号中津豊前線の交わる豊陽交差点があります。
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東側から見た駅前の交差点付近。
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駅前交差点を過ぎてさらに東へと進むと駅前スーパーの裏手に出ます。
この先にはかつて1972年(昭和47年)まで操業していた
カネボウ中津工場の敷地跡があります。

中津駅から鐘紡中津工場専用線という貨物線まであった工場も
現在は市役所や市のスポーツセンターなどに変容しています。
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切り返して西側から見た駅前交差点付近。
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交差点の北西角の駅前ロータリー脇には手入れされた植木があり
小さな公園のように整備されていました。
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植え込みに置かれた中津市の憲章の書かれた碑。


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駅舎の中へと戻ってこちらは改札の光景です。
2009年(平成21年)に大分県で二番目に自動改札機が導入されています。
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改札の内側からの光景。入るとすぐに階段があり
中二階コンコース階へと上がります。
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こちらがホームを連絡しているコンコース階の様子です。
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改札からの階段の正面にはガラスショーケースがあり
中にはここにも福澤諭吉翁の胸像が。
コヨイa34
北側の階段前にはトイレが置かれています。

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島式の1、2番線ホームです。
主に下り線の大分・宮崎方面行き列車のホームとなります。
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屋根から下がる国鉄式の行灯形の電照駅名標。
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外側の1番線は下り大分方面行きの普通列車が使用します。
中津駅は日豊本線の運転系統の境界駅で当駅折り返しの普通列車も設定されているので
折り返しの上り小倉方面の列車もこちらから発車します。
内側の2番線は下り大分・宮崎方面の特急列車のホームです。
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中津駅はご覧の通り島式ホーム2面4線となります。
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ホーム中央部付近にはベンチが置かれ、階段も南北計2つあります。
西側の階段にはエスカレーターが設置されています。
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そして中津駅で特徴的なのがこちらの斜行エレベーターです。
これは階段斜面を利用してエレベーターのかごがケーブルカーの様に
斜面を斜めに昇降するというもので2008年(平成20年)8月に設置されました。
中津駅では二つのホームのそれぞれ東側の階段に
この斜行エレベーターが設置されています。
コヨイa17
そしてエレベーターの目の前に置かれているのが
こちらの「日本一長い鱧(ハモ)の椅子」です。
中津名物のハモをアピールする為に1994年(平成6年)に置かれました。
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西側へとホームを進むと待合室の上屋があり、
その先は小倉方のホーム西端となります。
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ホームの屋根は中央部に設けられており
両端部までは屋根はかかっていません。
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西側から見たホーム中央部のベンチ付近。

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こちらは駅の南側にある島式の3、4番線ホームとなります。
内側の3番線が上り小倉方面行きの特急ホーム、普通列車が使う4番線が外側となります。
4番ホームは上り小倉方面行き普通列車が使いますが、
折り返し当駅始発の下り大分方面行き普通列車もこちらのホームに入ります。
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ホーム南端側の大分方の様子です。
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1、2番線にもありましたがホーム東側に置かれた
福澤諭吉翁の描かれた観光客を出迎える看板です。
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かつて外側の4番線のさらに横の南傍を
大分交通耶馬渓線の線路が併走していました。
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ホーム中ほどの様子。
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こちらは駅の貨物用エレベーターの跡でかつては稼動していましたが
現在は使われなくなっており、入口は鉄板で塞がれています。
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こちらのホームも西側階段の前に待合室が置かれています。
中津駅の二つのホームは基本的な施設の配置は同じ様です。
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ホーム待合室の中の様子。
プラスチックのベンチが置かれているのみです。
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ホーム西側からは線路脇に東横インの建物が見えますが、
日豊本線が高架化される前の平面時代にはここに鐘紡中津工場専用線が走っていました。
中津の街を支えた産業も時代の波で今は無くなり、専用線も高架化前に廃止されました。
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ホームの駅名所案内板。
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切り返して西端側からみた駅構内。
コヨイa32
こちらのホームも西側の階段には斜行エレベーターがあります。
国内でも駅構内にある例はほとんど見かけないレアなエレベーターです。
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階段の間には駅務用の上屋が置かれています。


【写真撮影:2019年8月】



■モデル車両: JR九州 813系電車
コヨイ01


813系電車はJR九州が旧来の国鉄時代の老朽化した車両の置き換えを目的として
1994年(平成6年)3月1日のダイヤ改正から導入をしている交流近郊形電車です。
コヨイ36
車両のデザインを手がけているのはJR九州の観光列車や特急のデザインで名を馳せる
ドーンデザイン研究所の水戸岡鋭治氏ですが、都市近郊の通勤に使用される
近郊型電車のデザインを行ったのはこの813系が初めてとなります。

車体は大部分が軽量ステンレス製の無塗装で、前面部のみ普通鋼製となっています。
前面部の縁と側面の乗降扉はJR九州のコーポレートカラーである
赤(    が用いられており、前面妻面は黒(    が使われています。
その為これまでの無骨な通勤形には無いデザイン性の高い外観となっており
特に鮮烈な赤色は印象が深く話題となりました。

813系電車は1994年(平成6年)から2009年2009年(平成21年)にかけて作られた系列で
他系統との併結運転も多く幾つもの形式の番台が存在する車両でもあります。
コヨイ21
1994年の0番台の鹿児島本線での運用開始以降、
1995年(平成7年)~1996年(平成8年)製造の100番台
1997年(平成9年)~1998年(平成10年)の200番台
2003年(平成15年)製造の300番台と主に北九州地区での通勤形車両として
旧型車両の置き換えの為に生産され投入運用がされています。
コヨイ30
細かい違いはあるものの各番台はご覧の通りおおむね基本的な外観の違いはありません
いちばん差異がある点は車体ステンレス部のビード(強度を上げる為の突起)の数で、
0~100番台までは窓横までびっしりビードが入っていますが
200番台以降の車両は窓横の吹き寄せにはビードが入っていません

コヨイ31
そしてこれら0番台から300番台の編成車両のパンタグラフは
菱形の形状のもの
がご覧の通り屋根に搭載されています。
コヨイ32
813系をモチーフとしている駅メモのでんこの中津コヨイは
背中のパンタグラフがシングルアームの形状
となっています。この事から考えると
0番台から300番台は中津コヨイのデザインモチーフとは違う編成という事になります。

コヨイ33
一方こちらは2005年(平成17年)に輸送力増強のために作られた1000番台
2007年(平成19年)以降に作られている1100番台の車両です。
コヨイ34
【上写真:JR九州817系】
1000番台は車体外観こそこれまでの813系と同様ですが、
中身の電気系統はご覧の817系がベースとなっています。
1100番台は1000番台を元に作っているので基本構造は同じです。
コヨイ35
ですので813系1000番台、1100番台ともに817系に準じて
パンタグラフがシングルアームの形状となっています。
この点が300番台以前(ひし形パンタ)との大きな違いとなります。
コヨイ37
中津コヨイの背中のパンタグラフはご覧の通りシングルアームの形状です。
この点から考えるとデザインのモチーフは1000番台もしくは1100番台であると言えるでしょう。
コヨイ38
1000番台は3両編成3本しか作られなかった形式ですが、
この1000番台の後を受けて2007年(平成19年)以降に作られた813系が
こちらの1100番台となります。この1100番台は行先表示器を大型LED化したことで
前面の屋根の高さが高い
車両となっています。
コヨイ39
それまでの813系は行先表示器が見づらいという声を反映した改良なのですが
機器の大型化によって従来のスペースでは収まりきらなかった為、
他の813系と並べて見ると1100系の前面屋根は盛り上がっているのがよく分かります。
コヨイ40
縦長となった1100番台の前面外観は投入当時には話題となっており
一部では「食パン電車」などと呼ばれているそうです。
コヨイ41
813系をモチーフとしている駅メモのでんこの中津コヨイは
頭に飾りを載せていますがこれは列車前面のデザインがモチーフとなっています。
正直このデザインを見るだけでは盛り上った1100番台が元なのか、
それとも1000番台以前のフラットな屋根がデザインモチーフなのかは判別はつきません。

また中津コヨイの誕生日が3月1日に設定されていますが、
これは冒頭でも述べた813系最初の0番台が運用開始をした日付です。
コヨイ42
こうした要素をまとめて考えるに
中津コヨイのモチーフ車両は813系1100番台が有力だと思われます。
キャラの登場した2018年(平成30年)12月には1000番台は篠栗線へと転出していて
赤くシングルアームパンタの813系はほぼ1100番台しか残っていなかったという点も
元ネタである事を補強する材料のひとつではあるでしょう。

しかし誕生日の設定などの事も考えた場合、1100系が元であると断定はできませんので
現状では「813系全体が中津コヨイのモチーフである」とするのが妥当でしょうか。


それでは以下でまず、中津コヨイのデザインモチーフとして有力である
813系1100番台について各車両を見ていきたいと思います。
コヨイ03
門司港方の先頭車両であるクハ813形1100番台です。
ク(制御車)ハ(普通車)となり運転台があって動力を搭載していない制御車となります。
編成略記号ではTcT(付随車)c(制御車)で同様の意味です。
コヨイ06
客室内の様子です。
片側3扉の通勤形の車両で座席は転換クロスシートが採用されています。
コヨイ07
中央部の乗降扉脇には2席づつ優先座席が設けられており
ヘッドカバーで区分けがされています。
コヨイ08
門司港方の車両の連結部側、八代方の車端部には
車椅子対応の洋式トイレが設置されています。
トイレの向かい側は車椅子の置けるフリースペースに。
コヨイ09


コヨイ04
三両編成の中間車両となるモハ813形1100番台です。
モ(電動車)ハ(普通車)となりモーター搭載の普通車車両です。
編成略記号ではM動力車の意味であるのは同じです。
コヨイ10
連結部に近い車端部の座席は2席×2列のボックスシートが
左右に設置されています。
コヨイ11
乗降扉の間の中間部の座席は2席×5列の転換クロスシートが
左右に設置されており、これは先頭車両と同様となっています。
コヨイ12
八代方の車端部も2席×2列の固定ボックスシートですが、
こちらは背板部分の乗降デッキ側片側に大型のくずもの入れが設置されています。
コヨイ13
切り返して八代方からみた客室車内の様子。


コヨイ05_01
八代方の先頭車両となるクハ812形1100番台です。
ク(制御車)ハ(普通車)で運転台のある車両(動力は無し)となります。
編成略記号はTc'T(付随車)c(制御車)です。
コヨイ14
車内の門司港方の車端部です。
こちらの車両は八代方の先頭車両で運転台がありますので
ボックスシートのある八代方にくず物入れが設置されています。
コヨイ15
乗降デッキ部分の天井つり革を円形に配置してつかまる人数を増やすデザインは
つかまる乗客を分散させるアイディアですが九州以外では見られない独特な形状です。
コヨイ16
門司港方から先頭方向を見た客室内の光景です。
基本的な座席配置は他の車両と同様です。
コヨイ17
先頭部の運転台のすぐ後ろ付近。
コヨイ18
転換クロスシートで優先座席が中央部付近にあるのも他と同様です。


813系は製造の時期によって様々なマイナーテェンジがされている形式
同じ系列ながら異なる形状をしている箇所も数多くあります。
こちらでは車内について目立つ相違点をいくつか見てみたいと思います。
コヨイ27
1100番台の座席モケットは茶と黒の市松模様となっていますがこれは300番台以降のもので、
0番台から200番台までの座席は赤地に黒の豹柄模様となっています。
コヨイ43
モケットの模様の拡大したものです。
赤の豹柄はドーンデザインの車両では数多く見られる柄ですが
市松模様もJR九州の車両ではよく見られる柄です。
コヨイ54
ちなみに赤黒のモケットは豹柄が3種類あります。
200番台の車両では2人席のモケット柄は同シートで統一されているのですが、
これが100番台以前になると同じシートの左右で柄が違っていたりします
コヨイ55
シートの脚に着目してみると、0番台から100番台では脚がシート下の両側にあります。
これが200番台になると脚は通路側のみとなり、また脚の太さも薄くなっているのが分かります。
300番台以降も脚は通路側のみですが太さは100番台と同じ厚いものとなっています。
コヨイ44
車両のトイレは0番台から200番台までは従来の大きさの和式トイレで、
トイレの向かい側にはボックスシートが設置されていました。

そして2003年(平成15年)登場の300番台からはユニバーサルデザインの一環として
トイレが車椅子対応の大型化となり、対面のボックスシートは外されて
車椅子やベビーカーの置けるフリースペースとなっています。
コヨイ45
扉付近の乗降デッキの天井のつり革が円形に配置されていますが
この配置もトイレ同様300番台以降のもので、
200番台以前は普通の並行配置となっています。



以下では813系で一番数の多い200番台について
各車両についてを見てみたいと思います。
コヨイ22
門司港方の先頭車両のクハ813形200番台です。
ク(制御車)ハ(普通車)で動力を持たない運転台のある先頭車両となります。
編成略記号はTcT(付随車)c(制御車)であり
動力の無い運転台のある制御車という同様の意味となります。
コヨイ25
こちらが車内の様子です。
基本的な構造は1100番台と大きくは違っていませんが、
車端部乗降デッキ上のつり革は円形配置ではなく通常の並行配置となっています。
コヨイ26
乗降扉の間の中間部座席が2席×5列の転換クロスシートであるのも
1100系と同様であり変わっていない事が分かります。
コヨイ28
連結部側の車端部にはトイレが設置されています。
200番台までの車両はトイレが和式でスペースが小さく、
反対側には2席×2列のボックスシートが設けられています。
コヨイ29
切り返して八代方からみた車内。


コヨイ23
中間車両のサハ813形200番台です。
1100番台では中間車両は動力車でしたが、こちらはサ(付随車)ハ(普通車)であり
動力を持たない完全な客車車両となります。
編成略記号でもT付随車の意味であるのは同様です。
コヨイ46
車内の様子です。中間車両ですので車端に2席×2列のボックスシート、
中間部に2席×5列の転換クロスシートがあるのは1100番台と同じ配置です。
コヨイ47
乗降扉が赤く塗られているのも1100番台と同様ですが
赤黒豹柄の座席モケットである点は相違点となります。
コヨイ48
八代方の車端部。こちらのボックスシートの片側の背板部分は
くず物入れのあるカウンターとなっています。
コヨイ49
切り返して門司港方を見た車内。


コヨイ24
八代方の先頭車両のクモハ813形200番台です。
ク(制御車)モ(電動車)ハ(普通車)となり運転台がありモーターもある制御電動車になります。
1100番台の八代方は動力はありませんのでこの点が相違点です。
編成略記号ではMcM(動力車)c(制御車)の意味となります。
コヨイ50
客室内の様子です。門司港方の車端部にはボックスシートと
くずもの入れのカウンターが。
コヨイ51
赤黒豹柄のモケットは良く見ると座席によって豹柄のパターンが微妙に違います。
コヨイ52
八代方先頭部の運転台付近の様子です。
連結されて貫通扉が開いていましたので中の様子まで。
コヨイ53
切り返した車内の光景です。


【写真撮影:2019年8月~2021年1月】

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