でんこの元ネタ
■No.27: 苔縄やちよ(Kokenawa Yachiyo)
 ■タイプ:トリックスター
 ■誕生日:12月3日

■出身駅: 智頭急行智頭線 苔縄駅(兵庫)
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この駅は1994年(平成6年)12月3日の智頭急行の開業で開設された駅です。
智頭線自体が日本鉄道建設公団(鉄建公団)による建設で作られた為、
線路も高規格で作られており苔縄駅付近も高架線となっています。

またこの駅を名前由来としている駅メモのキャラクター、
苔縄やちよは誕生日を12月3日と設定
されていますが、
これは智頭急行の智頭線の開業日と同じですので
元ネタと考えて間違い無い
でしょう。
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ご覧の通りホームは単式1面1線の棒線駅となっています。
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ホームにある駅周辺の観光案内。
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高架上から見た駅の西側には苔縄の集落が広がります。
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東側には田んぼが広がり、
千種川の向こう側にはすぐには国道373号線が走ります。
そして国道のすぐ脇には白旗山からの山ろくが絶壁となって迫っています。
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苔縄駅の外観です。
高架駅である事が良く分かります。
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駅の東側には整備された駅前ロータリーが。
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ロータリーには駅名の彫られた石が置かれていました。
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こちらが駅の駅舎です。
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駅舎の中は待合室とトイレなどがあり、
駅外側にはショーウィンドーが設けられており
ギャラリーとなっています。
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ホームへと上がる階段。
駅舎には発券や改札の設備は無く、直接ホームへと上がる事が可能です。
またエレベーターなどのバリアフリー施設も無いので
ホームへはこの階段を上がるしかありません。

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駅前広場の左手の北方を見ると
苔縄医院があり、その脇には苔縄大師堂というお堂があります。
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ご本尊は薬師如来の様です。

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そして駅から西側を見ると、眼前に山が見えます。
この山は苔縄にある411mの愛宕山が見えます。

上郡付近を歩くと鎌倉の太平記の時代の武将、赤松円心の名前を数多く見かけます。
太平記の巻第六「赤松入道円心に大塔宮の令旨を賜はる事」には
「先づ播磨の佐用荘苔縄の山に城を作り」とありますが、
この山は護良親王の令旨に応えて円心が挙兵した赤松城(苔縄城)の城跡でもあります。
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駅から西に200mほど進んだ所にある、
苔縄駅への入口となる市道の交差点。
この交差点の目の前には廃校となっている赤松小学校があり、
小学校の裏手が城跡へと登る道だそうです。
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交差点から北に50mほどにはご覧の「苔縄筆塚」なるものが。
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筆塚の後ろの道が参道にあたる様で、
法雲寺の寺標もありました。
この法雲寺は赤松円心が開基の臨済宗の寺だそうで、
赤松家の菩提寺であり、かつては寺領も持つ名刹だったそうです。



■モデル車両: 智頭急行HOT7000系気動車
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智頭急行HOT7000系気動車は智頭急行の特急形気動車です。

元々智頭線自体は1922年(大正11年)の改正鉄道敷設法第85号で
「兵庫県上郡ヨリ佐用ヲ経テ鳥取県智頭ニ至ル鉄道」と定められた計画路線でした。
戦前、戦後とこの地域を走る鉄道が地元より要望されるも、
日本鉄道建設公団(鉄道公団)によって実際に智頭線が着工されたのは
実に1966年(昭和41年)のことでした。

しかし度重なる周辺路線の計画変更などに影響され、
また国鉄の経営悪化による1980年(昭和55年)の国鉄再建法によって
智頭線の建設が中断凍結される事となりました。

国鉄再建法では「建設中のAB線(地方鉄道新線)のうち、
輸送密度の見込みが4000人/日を下回るものについて予算執行の凍結」

とされました。
この時の智頭線の予想輸送密度は3900人/日でわずかに基準に届かず、
その為、ほぼ用地の収用が終わって建設途上だった智頭線の工事が止まりました。

そして1983年(昭和58年)に鳥取県知事に就任した西尾邑次氏が
鳥取県内の特定地方交通線の処理を進め、
智頭線についても専門機関に委託して経営の調査を行った結果
「地域輸送のみならば赤字であるが、
国鉄との特急列車の直通を行えば黒字になる」
との調査結果を得ました。
この結果を受けて「智頭線建設促進期成同盟会」が作られ、
第三セクター会社設立準備組織となって智頭線の建設が再開されます。

そして1986年(昭和61年)には第三セクター会社が設立され、
1994年(平成6年)には12月3日智頭急行智頭線が開業となった訳です。
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この智頭急行開業時に新大阪駅━倉吉駅間に開設されたのが
特急スーパーはくと
であり、その特急に使用されたのが
こちらのHOT7000系気動車という訳です。

当時の国鉄は、鳥取県側の出した「通過旅客数1652人/日」という
特急導入時の智頭線の旅客見積もりに対して非常に懐疑的だったそうです。
しかし鳥取県側は高速道路の整備などを見越して
智頭線を高速で運転できる高規格で建設した結果、
スーパーはくとは大阪駅━鳥取駅間を2時間30分台で連絡しました。

すると1994年(平成6年)の開業からわずか4ヶ月で
阪神淡路大震災に見舞われるというアクシデントはあったものの、
運転再開後は順調に需要を伸ばしていきました。

そうした結果、スーパーはくとが鳥取と京阪神を繋ぐ山陰本線の代替路線として機能し、
通過旅客数は国鉄に疑われた数字の倍を叩き出し、
伊丹空港━鳥取空港の航空路線を廃止に追い込んで
競合の高速バスから乗客を奪うという結果
となりました。
現在でも智頭急行の収益の大多数をこのスーパーはくとが上げているそうです。
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と、まあ前振りの説明が長くなりましたが、
この智頭急行HOT7000系という列車が導入された経緯は必要と考えて
あえて書かせていただきました。

HOT7000系の形式称号の「HOT」とは
「Hyogo(兵庫県)、Okayama(岡山県)、Tottori(鳥取県)」という
沿線自治体の三県の頭文字から取られているそうです。
また7000系の7000という数字は
この車両の機関出力が700PS(700馬力)であることが由来となっています。

この車両の走る智頭急行智頭線やJR因美線といった路線は
中国山地を通過する山岳路線となっています。
こういった急勾配や急カーブなどがある路線を高速走行する為に、
HOT7000系には制御付き自然振り子機構が装備されています。
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こちらは学研の図鑑「機関車・電車」(1973年)より引用の振り子式車両の説明。


智頭急行HOT7000系「スーパーはくと」は通常5両編成で運行しています。
以下でスタンダードな編成を例に見てみたいと思います。
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こちらはHOT7010形。鳥取・倉吉方の1号車で
流線型非貫通先頭車です。
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運転台の様子。
先頭の走行映像を撮れるカメラが装備されているのが分かりますでしょうか。
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客室内にはモニターが設置されていて、
運転台で撮られた先頭映像が常時見られるというサービスが。
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1号車の車内の様子です。座席は自由席。

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2号車のHOT7030形。中間普通車です。
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こちらも自由席車なので座席のモケット(布地)は1号車と同じです。

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3号車のHOT7040形。中間普通車で指定席車となっています。
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背もたれや肘掛けが木質化されているなど
少々グレードアップされています。
また端部の座席が車椅子対応の為片側1席づつとなっていました。

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4両目のHOT7050形。
中間車両であり、グリーン席と普通席の合造車となっています。
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こちらは4号車の指定席部車内。
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そして4号車グリーン席部の車内です。
こちらは1+2シートとなっていました。
グリーン席のモケット(布地)の色は車両によって違うそうです。

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5号車のHOT7000形。
京都方に連結される流線型非貫通先頭車です。
内装がやや違う他は基本的に鳥取方先頭の7010形と同じです。

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そしてこちらはHOT7020形です。
HOT7000系では唯一方向転換の可能な車両であり、
先頭車両の7000形や7010形などが検査や修理などの時には
編成に立ったり、多客時には中間車両として増結される予備車です。
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座席は指定席車の仕様となっていました。

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またこのHOT7000系スーパーはくとでは洗面所にも意匠が凝らしてあり、
手を洗う洗面陶器は因州中井窯、カーテンは倉吉絣、
洗面の証明や車両の自動ドアには因州和紙が使われています。
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座席には折りたたみテーブルの他に
足元にはフットレストが設けられ、
また窓側の席には充電用のコンセントも設置されていました。
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車内販売はありませんが自動販売機なら車内にも。

「乗り物酔いをする」とされて近年は数が減り始めている振り子式車両ですが、
酔いに弱い方でなければ乗り心地は非常に快適だと感じました。
モータリゼーションの波に飲み込まれてジリ貧となる鉄道が多い中、
競合する飛行機や高速バスを蹴散らした智頭急行HOT7000系は
なかなか興味深い車両だと思います。
【写真撮影:2017年6月】