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さて次は嵯峨野観光鉄道についてです。


1989年(平成元年)にJR山陰本線(嵯峨野線)が
複線電化の為に路線の付け替えが行われ、
嵯峨駅(現在の嵯峨嵐山駅)━馬堀駅間が保津峡に沿った旧線から
トンネルを抜ける新線へと切り替えが行われました。

この様に旧線から新線へと切り替えが行われた例は
日本全国のいたる所にありますが、そのほとんどのケースで
旧線は廃線となって鉄道施設は跡形も無くなっています


しかしこの山陰本線の旧線には、当時の京都府より
「京都の新しい観光資源として山陰線の廃線を活用できないか」という打診がありました。
これを受けてJR西日本の車内で検討が加えられた結果、
旧線を観光路線としてトロッコ列車を走らせるという案が採られて
1990年(平成2年)に嵯峨野観光鉄道がJR西日本の完全子会社として設立されました。
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一旦廃線となった線路は錆だらけで雑草も人の背丈まで覆い茂っていたそうですが、
嵯峨野観光鉄道の社長以下社員が一丸となって保線を行い、
1991年(平成3年)4月に嵯峨野観光線として
トロッコ嵯峨駅━トロッコ亀岡駅間の7.3kmが開業しました。

開業から現在まで、嵯峨野観光線の全線の線路施設はJR西日本が所有しており、
旧線にあたる区間の線籍は現在でも全区間が山陰本線のままだそうです。
嵯峨野観光鉄道は線路を借りて旅客営業と列車の運行を行う
第二種鉄道事業者
となっています。


設立当時の需要予測が年間乗車予測16万人、収支の黒字転換は6年後と見積もられ、
廃線後3年間放置された路線は当初は「3年で潰れる」と噂されたそうです。
しかしJR西日本から出向してきた初代社長自ら保線や雑務を行うなどした結果、
営業初年度から計画の3倍の69万人もの乗客数で単年度黒字を達成。
現在では京都嵐山の観光の目玉にまで成長しています。



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こちらはJR嵯峨嵐山駅の南口ロータリーです。
2008年(平成20年)に駅舎がご覧の橋上駅舎に改築され、
翌年にこちらの南口ロータリーも整備されました。
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その嵯峨嵐山駅の南西に隣接しているこちらが
嵯峨野観光鉄道のトロッコ嵯峨駅です。
路線の開業した1991年(平成3年)には木造駅舎でしたが、
1997年(平成9年)にご覧の洋風レンガ造りの新駅舎に建て替えられています。
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JR嵯峨嵐山駅の跨線橋から見るトロッコ嵯峨駅。
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駅舎入口脇の駅名標です。
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入口前の庭には君が代で歌われている「さざれ石」のモデルとなった石が。
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駅舎の中はご覧の様に、まるで体育館のように
天井が高い造りで中も広くなっています。
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駅舎入口には観光鉄道らしいタペストリーが。
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乗車券売り場です。
観光鉄道として団体客も捌く必要からか
ご覧の通り複数名の窓口係員が対応をしていました。
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窓口のすぐ隣にあるこちらがホームへと出る改札口です。
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改札口の真上には、
比叡山延暦寺を開いた伝教大師最澄の有名な言葉である
「一燈照隅 萬燈照国」の額が。
嵯峨野観光鉄道の初代社長の座右の銘だそうですが、
この路線の設立経緯を聞いてから見ると深すぎます・・・
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そして駅舎の改札前を通り過ぎて奥へと進むと、
隣接するジオラマ京都JAPANの入口があります。
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こちらは嵯峨野観光鉄道が開業20周年を記念して
2011年(平成23年)駅に隣接して建てた鉄道模型ジオラマのテーマパークです。
建物の奥の巨大なジオラマの他、売店があり食事や休憩もできる場所となっています。
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そして駅舎の外に戻り、
入口前を左手に進むとD51が静態保存されており、
その目の前に19世紀ホールの入口があります。
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2003年(平成15年)に開設されたこちらのホールは
「19世紀の科学技術や芸術を展示」するホールで
中にはSLなどが展示されていますが、
洋風のバースペースといった趣きでした。
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再び駅舎内に戻って改札口へ。
嵯峨野観光鉄道では列車別改札が行われており、
列車到着の直前までホームに入る事はできません。
また、こちらの改札口はホームへの入場専用となっています。
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ホームの様子です。
単式ホーム1面1線となっています。
このホームは嵯峨野観光鉄道の嵯峨野観光線ホームですが、
線路の線籍がJR山陰本線ですので
運転取り扱い上はJR嵯峨嵐山駅と同一扱いだそうで、
ホームもJR嵯峨嵐山駅の5番線として扱われるそうです。
駅名標のすぐ横には嵯峨野観光線のゼロキロポストが。
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入場の改札口はホームの東端にありますが、
そこからさらに東を見るとご覧の嵯峨野観光線の車止めがあります。
その奥に見えるのは、隣の嵯峨嵐山駅に停車するJR山陰本線の列車です。
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ホームの中ほどにある降車口。
到着した列車の乗客はこちらに誘導されてホームから出ます。
出た先は駅舎に隣接するジオラマ京都JAPANの中となります。
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ジオラマ京都JAPAN側から見た降車口。
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そしてこちらはホームの西端です。
こちらが亀山方面となります。
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右側の線路はJR山陰本線ですが、
嵯峨野観光線はこの山陰本線の下り線にのみ合流をしています。
これはどういう事かといいますと、
トロッコ嵯峨駅へと到着する列車は
隣のトロッコ嵐山駅からトロッコ嵯峨駅までの区間で
JR山陰本線の下り線を逆走して運行しているという事
です。

嵯峨野観光鉄道の機関車はトロッコ嵯峨駅方に連結していますが、
その理由はこの山陰本線逆走区間で万が一、JRの列車と正面衝突した際に
機関車をクッションとして客車の被害を和らげる為なのだそうです。



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こちらはトロッコ嵐山駅の駅前の光景です。
起点のトロッコ嵯峨駅からは1.0kmの地点にある駅で、
京都の観光名所である嵯峨野の竹林や名所旧跡に囲まれた場所にあります。
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駅から5分ほどにある、和歌で有名な小倉山の山腹にある
日蓮宗の常寂光寺。
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松尾芭蕉の弟子の向井去来の草庵である落柿舎。
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こちらは野宮神社、
とこれらは駅メモで行われたイベントの対象スポットですが、
こういった名跡が駅周辺に数多く存在しています。
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駅の敷地に入るとご覧のこじんまりした駅前スペースが。
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進むとこちらが駅舎となります。
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駅舎の中の様子です。
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改札を抜けるとご覧の通路があり、
Uターンする様に設けられた階段を降りてホームへと連絡しています。
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こちらがホーム上の階段のふもとです。
隣に見えるのはJR山陰本線の小倉山トンネルで、
トロッコ嵐山駅がこのトンネルの真上にあることが分かります。
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駅のホームの様子です。
単式ホーム1面1線となっています。
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ホームの東端からトロッコ嵯峨駅方面を見ると
線路が分岐しているのが分かります。
左の複線が現行のJR山陰本線(嵯峨野線)であり、
この駅の東すぐで嵯峨野観光線(山陰本線旧線)が分岐しているのです。
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そして反対側の、ホームの西端は亀山トンネルとなっています。
元々旧山陰本線のトンネルだったこのトンネルは
フランス積み(煉瓦の長手と小口を交互に積む方式)で築かれています。
通常はイギリス積みが一般的だそうで、フランス積みのトンネルは珍しいそうです。
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この駅のホームは2.5両分の有効長しかありません。
トロッコ列車は客車5両と機関車1両の6両編成ですので
ホームには停まりきらないこととなります。
ですのでご覧の通り、1両目と2両目、そして3両目の半分は
トンネルの中で停車する事となり、駅停車時はドアカットで扉が開きません。
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駅に停車中のトロッコ列車の1両目の車内です。
この駅で下車する1両目と2両目の乗客は、3両目まで移動する事となります。



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さて、こちらは保津峡付近の保津川の北岸に沿って走る
府道50号京都日吉美山線です。
ご覧の通り名ばかりの府道で車1台分の幅しかありません。
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この府道から、保津川を挟んだ対岸にあるのが
ご覧のトロッコ保津峡駅となります。
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こちらが府道50号線から駅へと連絡する道の分岐点です。
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道の入口には駅を示す案内板があります。
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坂道のふもとにはかつて茶店だった小屋の跡が。
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その小屋から保津川に架かるつり橋が鵜飼橋で、
乗客が駅へと向かう唯一のルートとなります。
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鵜飼橋の下を下る保津川下りの船。
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こちらがトロッコ保津峡駅の外観です。
元々はこの駅は、1936年(昭和11年)に信号場が昇格してできた
国鉄山陰本線の保津峡駅
でした。
1989年(平成元年)の山陰本線複線化による路線付け替えで
保津峡駅は現在の場所に移転。
こちらの駅施設は一旦廃駅となりました。
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そして1991年(平成3年)に旧山陰本線の線路を使って
嵯峨野観光鉄道が開業すると、旧保津峡駅の施設を使って
トロッコ保津峡駅が開業。これが現在まで使われています。
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こちらが駅の待合所です。
JR時代にも簡素な小屋が建っていましたが、
嵯峨野観光鉄道として再オープンにあたって
現在の風情のあるデザインに造り替えられています。
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待合所の中の様子です。
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壁には「近畿の駅百選」の認定証が。
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こちらがホームの様子です。
単式1面1線の棒線無人駅となっています。
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ホームには「かねのなる木」と題するモニュメントがあります。
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同じくご覧の通り信楽のタヌキが。
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その横にはもみじの形の花壇がありました。
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ホームの東端のトロッコ嵯峨駅側を見ると
ご覧の跨線橋があります。
この跨線橋はJR時代に使用されていたものですが、
嵯峨野観光鉄道になってからは使用されていません。
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その跨線橋から見た駅の全景がこちらです。
現在使用されているホームの反対側にもホームがあって
かつては相対式2面2線の駅だった事が分かると思います。
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ホームの端に近づいてみると分かりますが、
JR時代の狭いホームに追加でホームが継ぎ足されて拡張されているのが見て取れます。
これは駅施設のリニューアルにあたって
旧保津峡駅時代に2線あった線路の下り線側を撤去し、
その場所にホームを拡張設置して1面1線ホームとしたものです。
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こちらはJR時代には使用していた旧上り線ホームです。



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こちらはJR山陰本線沿いの側道です。
この先で山陰本線は鵜ノ川を渡りますが、
その手前にトロッコ亀岡駅があります。
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こちらが駅舎です。
1991年(平成3年)の嵯峨野観光線の開業時に建てられたものです。
線路が築堤上にあるので駅舎もそれに合わせた構造となっています。
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案内表示に従って駅舎の外の階段を上ると、
そば店の脇の通路を通り、みやげ物店の店内を抜けた先に
ホーム階へと上る階段があります。
案内表示が無ければ駅へと向かえているのかが非常に不安になる造りです。
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階段を上がるとホーム階となります。
広めの駅舎内には券売窓口と改札口はもちろん、
みやげ物を売る売店もありました。
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こちらがホームです。
単式ホーム1面1線となっています。
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改札の正面にはご覧の信楽のタヌキが大勢鎮座しています。
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ホームの西端には鵜ノ川に架かる橋梁が、
嵯峨野観光線と山陰本線のものが並んでいるのが見られます。
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橋梁を渡るトロッコ列車。
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トロッコ亀岡駅の眼前を通過するJR山陰本線の列車です。
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反対側のホーム東端には車止めが設置されていました。


以上で嵯峨野観光鉄道の全駅となります。
全長7.3kmの純粋な観光鉄道であり、
日本の観光客のみならず海外の団体客も非常に多く目にすることができる路線です。

水曜日(休日・行楽期を除く)ならびに冬期(12月30日から2月末日)は
この路線の列車は運休していますので、事前に運行の確認には注意をして下さい。



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こちらは嵯峨野観光鉄道の区間における
au 4G LTEでの電波エリアマップです。
山間の保津峡を通るトロッコ保津峡駅前後は電波圏外の区間が続いています。
またこの保津峡付近の区間はトンネルが続く区間でもあります。

しかし今回はトンネルの配置図はつけませんでした。
というのは嵯峨野観光鉄道の列車の平均時速はおよそ25km/hであり、
少し速い自転車程度の速度だからです。
ですのでトンネル外の駅前後でアクセスを狙っていれば
さほどストレス無く駅を取る事が可能
となっています。
トンネルも携帯電波のエリアも気にする必要はあまり無いでしょう。


またこの路線は旧山陰本線ですので
現在のJR山陰本線とさほど離れずに並走をしています。
保津峡駅の前後には大倉山トンネルや第二保津トンネルなどがあって
JRの列車も電波圏外となってしまいますが、
嵯峨嵐山駅━馬堀駅間あたりでチェックインやレーダー使用をすれば
嵯峨野観光鉄道は4駅しかありませんので取るのは容易
でしょう。
ですから乗らずにこの路線をコンプする方は正直多いと思います。

しかしながら京都嵐山では目玉の観光スポットに成長したこの鉄道は
沿線に見所も多く乗って楽しい列車であることは間違いありません。
是非とも一度は実際に乗ってのコンプをお勧めします。

では。