でんこの元ネタ
■No.02 為栗メロ(Shiteguri Mero)
 ■タイプ:アタッカー
 ■誕生日:7月15日

■出身駅: JR東海 飯田線 為栗駅(長野)
メロ01

メロ02
さて、こちらが天竜川のほとりに設けられた
JR飯田線の為栗駅の全景となります。
昨今有名となっている「秘境駅」のひとつに数えられる駅としても知られています。
メロ04
駅への入口の手前には沢に架けられたその名も「してぐりはし」があります。
メロ05
為栗橋と並行して架かっている飯田線の為栗橋梁。
メロ14
上から見ると橋梁の架かる沢の様子が分かります。
メロ06
橋を渡ると駅前のスペースとなり、
ホームへと上がるスロープの入口があります。

駅は1936年(昭和11年)に三信鉄道の停留場として開業しており、
1943年(昭和18年)に国有化して駅となっています。
メロ03
こちらが駅のホームです。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
メロ08
駅舎は無く、ホーム上にご覧の待合スペースがあるのみとなっています。

メロ09
ホーム北端を見ると、線路の反対側に民家があるのが見えます。
外見は手入れがされていますがどうやらこの家は空き家で無人だそうで、
持ち主が定期的に管理をしているそうです。
メロ10
この民家にはどのように入るのかと思いきや、
駅ホームと天竜川の間に何やら人の痕跡のあるけもの道がありました。
メロ11
けもの道の先、ホーム北端には「通行しないで下さい」の看板があり、
線路の反対側には民家へ通じる道がありました。
どうやらこちらは無人駅でたまに見かける勝手踏切
(生活道路として黙認されている非正規の踏み切り)となっている様です。
メロ12
ホームの正面の線路反対側に見える納屋。
メロ13
納屋の南側の線路際にはお墓があるのが見えます。
メロ07
駅のすぐ西側にはご覧の通り天竜川が間近まで迫ってきています。
駅が出来た当時には駅西の河畔近くに為栗の集落があったそうです。
しかしここから南に4kmほど川下に1951年(昭和26年)に
中部電力の平岡ダムが竣工。ダム上流側の水位が上がったことによって
為栗の集落も川底に沈む事となりました。

かくして為栗の集落の為に作られた駅は集落の消滅によって
生活利用者のほとんどいない無人駅となった訳です。
メロ21
こちらは駅前から南方へと伸びる道を望む光景です。
標識も無いのでまったくそんな気はしませんが、
駅前からの道は長野県の県道430号線為栗和合線という立派な県道です。
メロ15
駅を背に南へと駅前の道を進むとすぐに見える
JR飯田線の為栗第5トンネル。
メロ16
トンネルの脇を抜ける道の先には
天竜川に架かっている「天竜橋」という吊り橋が見えます。
実質的に駅と外界を結んでいる唯一の橋となります。
メロ17
トンネル脇から吊り橋までの光景。
メロ18
こちらが吊り橋の様子です。
歩くと若干揺れますが、鋼のしっかりした吊り橋ですので
高所恐怖症でなければ恐怖感を感じるほどでは無いと思います。
ちなみにこの吊り橋も県道の一部です。
メロ19
吊り橋から北方を見た光景です。
こちらは為栗駅の眼下の天竜川で、
為栗の集落が沈むのもこのあたりの岸寄りとなります。
奥に見える鉄橋はJR飯田線の万古川橋梁です。
メロ20
吊り橋の駅との反対側の岸の様子です。
橋の袂には車止めの杭があり、杭は「天竜橋」の標柱にもなっていました。
メロ22
駅の対岸の橋の袂からは広くなった県道が延びています。
メロ23
橋のすぐ近くにはご覧の通り車の停められるスペースが。
為栗駅への車はここまでとなります。
メロ24
天竜橋から伸びる県道430号線の様子です。
センターラインは無いものの車のすれ違える幅はある道路です。
メロ25
吊り橋からおよそ700mほど進み、県道1号線との合流点も間近なこちらに
天竜川の名勝「信濃恋し」の看板があります。
その脇には信濃恋し遊歩道の表示が。
信濃恋し かつてのこの付近の天竜川は通船が盛んだった頃に、
舟が蛇行部分に差し掛かるとあたかも「信濃が恋しい」と訴えるがごとく
舟の先が逆方向を向いてしまうことからいつしか「信濃恋し」と呼ばれるようになりました。

この地では恋人同士が「信濃恋し」に小石を投げこめばその恋が実り、
夫婦が小石を投げ込めば円満に生涯仲良く暮らすことが出来、
一つの小石に自分の名を、もう一つの小石に想う相手の名前を記して
「信濃恋し」に投げ込めば想いが叶うと言われる縁結びの地としても知られています。
メロ26
遊歩道の表示の横にはご覧の道脇へと反れる歩道があります。
メロ27
すっかり手入れが放棄された状態で
雑草は覆い茂り欄干は朽ちた道を下ります。
メロ28
河畔まで降りると目の前には「信濃恋し」の天竜川が。
現在はダムで水量が増していますがこれはこれで
なかなかの美しい光景ではあります。
メロ29
再び県道に戻ると、信濃恋しの看板のすぐ先にはご覧の建物が見えます。
メロ30
為栗駅前から伸びる県道430号線と県道1号線の交差点にあるこの建物は
「ふるさと味覚小屋」というログハウスのレストランです。
おそらく為栗駅から一番近い有人の建物だと思います。
メロ31
レストランにある信濃恋しと為栗駅への案内表示。

【写真撮影・2018年3月】



■モデル車両: 国鉄ED30形電気機関車(初代)
メロ32
こちらが駅メモの「為栗メロ」のモチーフとなった国鉄ED30形電気機関車となります。

元々は現在のJR飯田線の豊橋駅━大海駅間を開業した豊川鉄道が
新規の電気機関車「デキ54」として発注した車両
なのですが、
製造途中の1943年(昭和18年)に豊川鉄道が戦時買収されて国鉄となり、
車両の完成した1944年(昭和19年)8月から豊川鉄道の形式番号のままで
国鉄所属の車両として国鉄飯田線で運用
をされています。

ちなみに「為栗メロ」の誕生日は7月15日と設定されています。
JR飯田線の前身のひとつであり「デキ54」を発注した豊川鉄道が
最初に開通させた区間である豊橋駅━豊川駅間を開業したのが
1897年(明治30年)7月15日ですので、
メロの誕生日はこの豊川鉄道の開業日が元ネタと考えられています。


1952年(昭和27年)にED30形(初代)「ED30 1」と改称改番されると
国鉄宇部線へと転属されて運用。
1961年(昭和36年)には再度改番されてED25形(2代)「ED25 11」となります。

しかし翌年の1962年(昭和37年)には宇部線転籍からわずか7ヶ月で
廃車を前提とする第2種休車となって運用から外れ、
1963年(昭和38年)には車籍が抹消されて除籍され、
廃車となってしまいました。


しかし当時伊豆急行が貨物列車牽引用機関車を必要としていたことから
国鉄を除籍となった「ED25 11」は伊豆急行へ払い下げとなり、
国鉄時代の形式番号「ED25 11」のままで
貨物列車として運用をされることとなりました。

ながらく貨物を牽引した「ED25 11」ですが
1980年(昭和55年)に伊豆急行が貨物の運用を廃止。
仕事を失った「ED25 11」はスイッチャー(入換機)としての
頭端式ホームである伊豆急下田駅での客車の入れ替えや、
工事車両の牽引などにのみ仕様される状態となります。

1994年(平成6年)に伊豆急行での車籍が抹消されて廃車となるも、
伊豆急行の親会社である東急に引き取られ、
長津田車両工場でのスイッチャー業務に当たることとなります。
本線上での運用では無い為、無車籍の構内用移動機械扱いとしての存在ではありましたが
その強力な牽引力は重宝されることとなります。
メロ33
こちらの写真は東急の長津田工場入線した頃のものです。
機械扱いの為車籍に意味はありませんが、
長津田工場では再び「ED30 1」を車体に表示。
通称でも「ED30 1」と呼ばれる事となります。

伊豆急行時代までのこの車両の車体は小豆色(   )、
国鉄では「赤13号」と呼ばれる色をしていましたが、
東急の長津田車両工場に入るとエメラルドグリーン(    )に塗装が直されています。

この「ED30 1」をモチーフとしている駅メモの「為栗メロ」の名前である
「メロ」は車体色のエメラルドが由来であろうと言われています。
国鉄時代~伊豆急行時代までは小豆色でしたので、
エメラルドグリーンの服を着ている「為栗メロ」のデザインモチーフは
この東急時代の物である事は明らか
でしょう。
ですのでメロのモチーフの車両は本来は
「東急電鉄ED30形電気機関車」とするのが正しい気はします。


そしてエメラルドグリーン色となった「ED30 1」は長らく長津田車両工場で活躍をしますが、
2009年(平成21年)に長津田工場に新たなディーゼル牽引車2両が導入されたことから
その役割を終えることとなります。
車籍が無いので廃車ではありませんが、用途廃止となった「ED30 1」は
同年(2009年)6月に解体処分となりその役割を終えています。

1944年(昭和19年)製造のかなり旧式の車両でしたので、
本来であればとうの昔に廃車となって消えていてもおかしくない車両でした。
しかし廃車にされるたびにグッドタイミングで次の引き取り手が現れ、
新たな役割を与えられて活躍することで65年の長きにわたって
この「ED30 1」は使われてきました。
「為栗メロ」は超強力な幸運の持ち主という設定がされていますが、
「ED30 1」はまさにこの「幸運」の設定を体現している経歴を持っていると思います。



今回こちらで使った「ED30 1」の2枚の写真は
「みづほトラベル」様より転載させていただきました。
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とうの昔に廃車になっている「ED30 1」の写真を今から撮るのは当然不可能であり、
また写真素材サイトなどを探して「ED30 1」の素材提供は見当たりませんでした。

個人で「ED30 1」の写真を公開されている鉄道愛好家の方は何名かいましたが、
皆さん「写真素材の転用禁止」の方ばかりで正直途方に暮れていました

そんな中でこの「みずほトラベル」様のみが「写真の使用フリー」をうたってらっしゃいましたので
今回こうして転載させていただいた次第です。
こちらに感謝と共に明記させていただきます。