でんこの元ネタ
■No.32 神居コタン(Kamui Kotan)
 ■タイプ:トリックスター
 ■誕生日:3月29日

■出身駅: 日本国有鉄道(国鉄)函館本線 神居古潭駅(北海道)
コタン01

北海道の鉄道は、元々は明治政府の官庁であった北海道開拓使が
独自に路線を建設し官営幌内鉄道を運営するという状態でした。

1889年(明治22年)に北海道開拓使が廃止され北海道庁が発足すると
北海道炭礦鉄道が設立され鉄道は払い下げ民営化されました。
しかし北海道の開拓推進の為に必要不可欠である鉄道の建設推進は
北海道炭礦鉄道には遂行能力が無く、
道庁自らが鉄道建設・運営を行う方針が打ち出されていました。

1892年(明治25年)に鉄道敷設法が公布施行され
日本国内の鉄道の建設計画が定められました。
これによって国による鉄道の敷設及び整備が進められたものの
北海道の鉄道の計画は鉄道敷設法からはすっぽり除外されていました。

その為北海道における鉄道建設運営は道庁自ら行なうことを追認する形となり、
1896年(明治29年)に北海道鉄道敷設法の制定によって
ようやく正式に道庁による鉄道の建設が定められました。


そうした状況の中で1898年(明治31年)7月に
北海道官設鉄道上川線の空知太駅━旭川駅間が開業。
その後1901年(明治34年)12月5日に納内駅━伊納駅間に
新たに神居古潭簡易乗降場が新設され開業
となりました。


神居古潭駅は1909年(明治42年)に函館本線の所属となり
1949年(昭和24年)には国鉄発足よって国鉄函館本線の駅となります。

そして函館本線の複線化と電化が進められた際に
線形が悪く、何度も崩落を経験しているという防災上の観点から
納内駅━近文駅間がルート変更による付け替えとなります。
これにより1969年(昭和44年)10月1日にこの区間にあった神居古潭駅が廃止
以後この駅に鉄道が走る事はありませんでした。

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こちらは国道12号線(神居国道)の神居古潭交差点です。
1.2kmほど西に本来の神居古潭交差点はあるのですが、
トンネルの東側にあるこちらも信号機には「神居古潭」とありました。
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信号から右手に反れた道は国道12号線の旧道となります。
1983年(昭和58年)に神居古潭トンネルが出来て道が付け替えられるまでは
石狩川の南岸を走るこちらの道が国道12号線でした。
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神居古潭トンネルは車のみの通行となっており、
自転車と歩行者はご覧の通り旧道を迂回する案内板が設置されています。
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石狩川に沿って旧道を進みます。
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川と旧道が最も接近したご覧の付近に、
旭川の景勝地である神居古潭の入口があります。
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こちらがその入口です。
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入口の隣にある南山商店。
かつてはここの国道沿いに数軒の店舗があったそうですが
現在ではこの店のみが残っています。
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商店の前には「100m先遮断機あり」の標識が。
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こちらがその遮断機で、
旧道西側からの国道への車両の侵入を制限していました。
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遮断機の付近からは国道12号線の神居古潭大橋が見えます。
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旧道と国道合流点の、神居古潭大橋の西詰めの目の前には
ご覧の神居古潭トンネルの西側の入口があります。
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そして神居古潭大橋の東詰めの先には神居古潭バス停があり、
振り返ると大橋の上から石狩川の神居古潭の名勝が見えます。

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再び旧道へと戻って神居古潭の入口へ。
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入口の旧道沿いにある案内板です。
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こちらは同じく旧道沿いにある、
神居古潭の地名の由来を案内する表示板です。
これによるとカムイ(kamuy・神)コタン(kotan・村、集落)という意味だそうです。
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別の案内板によるとここのカムイはニッネカムイ(nitne-kamuy・魔神)だそうで、
舟を交通手段としていたアイヌにとって難所であったこの地に
悪い神様の伝承があった事が由来となっている様です。
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入口から階段を下る先に、石狩川に架かる吊り橋が見えます。
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橋のたもとにある看板。
一度に100人以上渡れないそうです。
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吊り橋は「神居大橋」という名前であり、
現在の橋は1972年(昭和47年)に架け替えられたものとなります。
全長78.88mのカラマツ製の木橋となります。
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欄干の橋名板です。
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橋からは神居古潭の景勝が間近で見る事ができます。
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橋を進み石狩川の対岸へ。
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階段となっている道を登ると駅跡が見えてきます。
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こちらが神居古潭駅の駅舎となります。
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この駅舎は実際にこの場所で廃止となる1969年(昭和44年)までは
実際に使用されていたそうであり、1989年(平成元年)に復元されて
現在は廃線跡を利用したサイクリングロードの休憩所としても使われています。
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明治期の貴重な西洋建築の駅舎は当時の典型的な小規模駅舎建築であり、
また明治期における西洋建築の特徴を残す数少ない現存例であることから
1991年(平成3年)に旭川市の指定文化財に指定されています。
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駅舎の中の様子です。
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壁には昭和30年代の駅周辺の写真が。
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こちらは営業時にホームのあった側の外観です。
改札口には「サイクリングロード休憩所」の看板がかかっています。
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こちらが駅舎付近のホームの様子です。
国鉄函館本線の旧線は単線でしたが
神居古潭駅は相対式2面2線だったそうですので当時は列車交換が可能でした。
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ちなみに2018年(平成30年)5月に訪れた際には
落石によってご覧の通りバリケードで立ち入り禁止の区画がされていました。
安全上の理由も旧線の付け替えの理由のひとつだっただけに
廃線跡に崩落している石がその理由を彷彿とさせます。
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石狩川の川べりに、廃線跡の両側に伸びる相対式のホーム。
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南側のホームには名所案内の案内板も残っていました。
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神居古潭駅のホーム東端です。
ホームの先にはかつての線路が旭川方面へと伸びていました。
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若干千鳥式のようにホームが配置されており、
少し西へと戻ると北側ホームの端があります。
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東側から見た駅舎付近。
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駅舎の西側には、この駅に来ると最初に目に入るご覧の動輪が置かれています。
九州で活躍し最後は旭川へと転属したC57-130のものだそうです。
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駅舎から西側すぐには沢があり、
廃線跡のサイクリングロードの橋があります。
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その橋のすぐ脇にはご覧の橋台の跡が。
これは函館本線の旧線の橋梁の遺構だそうです。
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そして沢を渡った西側には
旧線跡に蒸気機関車が静態保存されているエリアがあります。
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こうして引いて見てみると、
まるで機関車が重連しているかのように並べて展示がされています。
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まずは先頭の国鉄9600形蒸気機関車29638号機。
「キューロク」の愛称で呼ばれた
日本初の本格的な国産貨物列車牽引用のテンダー式蒸気機関車で
日本全国各地に静態保存されている形式の機関車です。
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その後ろには国鉄C57形蒸気機関車201号機。
「貴婦人」の愛称を持つ国鉄の旅客用蒸気機関車の代名詞となった形式です。
特にこちらの201号機は現存する唯一の4次車で、
C57全体でもラストナンバーであるという車両です。
廃線となった神居古潭駅のラストランを走ったのもこの機関車だそうです。
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そして最後尾にあるのがこちらの国鉄D51形蒸気機関車6号機。
「デゴイチ」の愛称で知られる日本で一番有名な形式の機関車です。
日本で一番多く生産された機関車でもありますが、
駅メモ的にはでんこの神居コタンのモデル車両となります。
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機関車の静態保存エリアを過ぎてさらに西へと向かうと
こちらのトンネルが見えてきます。
国鉄函館本線の神居古潭第1トンネルです。
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トンネル脇の擁壁には土木学会選奨土木遺産のレリーフが。
「旧函館本線神居古潭トンネル群」として2015年(平成27年)に
土木遺産に選定されているそうです。
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出口で振り返ると速度30の標識があり、
ここが鉄道の線路であったことを思い出させてくれます。
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トンネル内はもちろん函館本線の旧線の遺構なのですが、
現在はサイクリングロードとして整備されているので
トンネル内の壁もコンクリートで補強がされています。
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西側のトンネル出口の光景です。



■モデル車両: 国鉄D51形蒸気機関車6号機
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D51形蒸気機関車は国鉄の前身である鉄道省が設計製造した車両で、
主に貨物輸送を目的としたテンダー式蒸気機関車です。
一般的には「デゴイチ」の愛称で知られるいわば一番有名な機関車です。
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テンダーとは機関車の後ろに連結された炭水車のことで、
ボイラーに投入する石炭と水を積載した燃料運搬車のことです。
燃料を別途で積むことで当然積載量が増える為、
補給が無くても長距離を走る事が可能となります。
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神居古潭駅に静態保存されているのはC51形の6号機となります。
こちらの機関車は1936年(昭和11年)3月29日に川崎車輌兵庫で新規製造され
北海道の小樽築港機関庫へと配置されました。
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駅メモのでんこ「神居コタン」の誕生日が3月29日に設定されていますが
これはモデルの機関車D51-6の製造日が由来と見て間違い無い
でしょう。
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D51形は製造時期によって初期系、標準形、戦時形の三種に分かれるそうで、
こちらの6号機は最初の形である初期系にあたります。

円筒形のボイラーの上には煙突がありますが、
煙突の後方にある砂箱までが覆いで囲われて一体化しているのが特徴です。
「半流線形形」略して「半流形」と呼ぶのだそうですが、
通称としては「ナメクジ」型と呼ばれるそうです。

また前面両脇についている仕切り板、除煙板(デフレクター)というのですが、
本来は五角形のデフが北海道仕様として切詰められて長方形になっています
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こちらが標準形のD51形(写真はD51-222)ですが、
初期系のナメクジやデフと形を比べると違いが良く分かります。
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横を見るとコタンのイヤリングのモチーフとなっている飾りが。
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前面の連結器付近です。
スノープラウ(除雪板)はつけられていません。
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側面の外観です。
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運転席付近の様子。
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機関車の横に掲示されている看板には
説明文とスペック表がありました。

【写真撮影:2018年5月(一部2016年10月)】