石勝線93
さて、次は北海道の石勝線となります。


元々は夕張炭田の石炭を運ぶ目的で
北海道炭礦鉄道によって夕張線として1892年(明治25年)に
追分駅━夕張駅で開業した路線です。

国営化され国鉄夕張線となった後も貨物で賑わう路線でしたが
夕張炭鉱の衰退と共に地方の閑散ローカル線となっていきます。

しかし炭鉱の閉山と入れ替わるように
1981年(昭和56年)には千歳空港駅(現・南千歳駅)━追分駅間と
新夕張駅━上落合信号場━新得駅間が開業し、路線が石勝線に改称されます。
これによって北海道の道央と道東を結ぶ広域幹線としての役割を担い、
旧夕張線の追分駅━新夕張駅間の線路も路盤改良や複線化が行われて
札幌と帯広・釧路方面を結ぶ特急バイパス路線へと生まれ変わりました。



石勝線01
こちらはJR北海道の千歳線の千歳駅です。
正確にはこの駅は千歳線所属の駅であり、石勝線の駅ではありません。
ですから駅メモでも千歳線の駅として収録がされています。
石勝線02
島式ホーム2面4線の駅ですが、
このうち内側の2番線と3番線に石勝線の列車が発着を行っています。
石勝線03
石勝線の「夕張行き」を示す2番線の電光掲示板。
石勝線04
列車のサボも「夕張━千歳」となっています。
石勝線はその路線の特性上から、
南千歳駅が起点ではありますが全ての列車が千歳駅まで乗り入れ
をしています。

しかし新夕張駅━新得駅間には普通列車は運行しておらず
特急列車しか走っていません。
ですので石勝線の普通列車は千歳駅━追分駅間と、
千歳駅━夕張駅のみの運行
となっています。

実質的には石勝線は札幌と釧路を結ぶための特急用バイパス路線であり、
普通列車は特急の隙間を申し訳程度に走っているのみの状態です。
まるで新在直通の新幹線路線のようなダイヤになっているのが実状となっています。



石勝線05
こちらは南千歳駅の北口の外観となります。

1980年(昭和55年)に千歳線の千歳空港駅として開業したのが始まりで、
元々は信号場の予定だったものを、日本初の空港連絡駅として開設された駅です。
翌年の1981年(昭和56年)には石勝線の開業によって起点駅となり
路線の連絡駅として全ての特急が停車する様になりました。

1992年(平成4年)には新千歳空港の開設によって
新千歳空港駅までの空港支線が開業。
これによって南千歳駅へと改称され現在へと至っています。
石勝線06
正確にはこの建物は「南千歳駅連絡歩道」であり、
千歳市の公道の跨道橋となります。
ですので入口には「アルカディア自由通路」とは書かれていますが
JR南千歳駅のロゴ表記は見当たりません。
石勝線07
連絡歩道の中はオフィスビルのように整備されており、
跨道橋部分はタイルカーペット敷きとなっています。
石勝線08
通路から見た駅前の様子。
元々「千歳空港駅」として開業した1990年代には
こちらの駅東側は雑木林が広がるのみの光景だったそうです。
しかし空港アクセスの良さなどが着眼されて
2001年(平成13年)には千歳アルカディアプラザ開設、
そして2005年(平成17年)の千歳アウトレットパーク・レラの開業などがあり、
現在ではレンタカー会社が集結するなど開発が進んでいます。
石勝線09
連絡通路と駅のコンコースの境界の自動扉です。
石勝線10
中に入って駅の改札前付近の光景です。
元々「千歳空港駅」だったこの駅は現在でも空港の窓口駅としての面影を
改札脇のカウンターなどに残しています。
石勝線11
そして改札から西側の空港方面にも千歳市の連絡歩道が延びていますが、
こちら側はご覧の通りかなりうらぶらた状態となっています。
この歩道はかつての千歳空港への空港連絡通路でした。
石勝線12
通路はご覧のように千歳線と並走する国道36号線を跨いでいますが、
反対側の歩道より先で歩道は途切れています。
石勝線13
こちらは新千歳空港のエアポートヒストリーミュージアムにあった
南千歳駅(当時の千歳空港駅)の航空写真です。
駅から西側の通路が当時のターミナルまで伸びているのが分かります。
石勝線14
こちらは戻って改札内の光景です。
石勝線15
島式の1、2番線ホームです。
1番線は千歳線上り苫小牧・室蘭方面と石勝線下り釧路方面行きとなります。
そして2番線は基本的に千歳線の下り札幌方面行きのホームとなっています。
石勝線16
この駅では新千歳空港への空港アクセス列車である快速エアポートが
基本的に駅の中央の2、3番線に停車する為、
1、4番線を使用する千歳線や石勝線との対面乗り換えが可能です。
その為乗り換え客の為にホームにはご覧の大きな待合室が作られています。
石勝線17
こちらは西側にあ島式の3、4番線ホームです。
3番線が千歳線の空港支線へと向かう上り線で、
4番線が札幌方面行きの千歳線下りホームとなります。
石勝線19
そしてこちらのホームで特筆すべきは
この石勝線の0キロを示すモニュメントです。
北海道の形の石版に石勝線の路線が書き込まれています。
石勝線18
石版の位置の3番線ホーム下にはご覧のゼロキロポストも設置されています。
これによってこの南千歳駅が石勝線の起点であることが分かります。



石勝線20
こちらは追分駅の駅舎の外観です。
1892年(明治25年)に北海道炭礦鉄道室蘭線の駅として開業しました。
現在の駅舎は1980年(昭和55年)に改築されて以来のものであり、
南千歳駅からは17.6kmの距離があります。
石勝線22
駅の出口は東側のみで、駅舎の前にはご覧の広い駅前ロータリーがあります。
石勝線21
駅の正面にあるこちらは追分橋で、欄干には動輪が。
石勝線23
反対側の欄干には何やらメロディが流れるボタンがついていました。
石勝線24
駅前広場の一角にはこちらの動輪が置かれています。
こちらの追分駅は開業当時から追分機関庫が置かれており、
室蘭本線と夕張線(現・石勝線)の結節点にある石炭輸送の大動脈でした。

国有化され追分機関区となった後も数多くのD51形蒸気機関車が集結しているなど
「国鉄最後の蒸気機関車の車庫」として鉄道ファンの聖地ともいうべき場所だったそうです。

蒸気機関車が引退した後も機関庫には何台ものSLが保存されていましたが
1976年(昭和51年)の機関庫の火災によって消失。
ここに動輪があるD51-465もその時に消失した一台のものです。
石勝線25
その後機関区には機関車の配置が無くなって「追分運転区」となり
1992年(平成4年)には運転士が追分駅に編入。
そして2005年(平成17年)には岩見沢運転所へ再編入されて
この駅はかつての拠点としての役割を終えています。
石勝線26
駅舎に戻り改札前の様子です。
この駅は社員配置の有人駅となっています。
石勝線27
駅舎側の単式の1番線ホームです。
主に特急列車が使用するホームで石勝線の上下線共に停車します。
石勝線28
ホーム上の駅舎の改札付近の様子です。
石勝線29
島式の2、3番線ホームとは跨線橋で連絡しています。
石勝線30
跨線橋の中の様子です。
石勝線33
こちらが2、3番線ホームです。
2番線は主に室蘭本線の下り苫小牧方面行き、
反対の3番線は室蘭本線の上り岩見沢方面行き列車が使用しています。
石勝線34
ホームから西側を見るとご覧の用に広大な駅の敷地が広がっており、
かつて機関庫のあった駅である面影が残っています。
石勝線32
そして島式ホームの北側には、
2番線ホーム側に切り欠きの4番線ホームが設置されています。
石勝線31
4番ホームの様子です。
石勝線の当駅止まりや回送の列車が使用することのあるホームとなります。



石勝線35
こちらは県道462号線の追分向陽十字路です。
追分駅の東の県道をそのまま4kmほど進んだ地点となります。
石勝線36
この交差点から北にはご覧の砂利道が伸びていますが、
こちらがかつての東追分駅へと伸びる道となります。
石勝線37
交差点の西の目の前には、
恐らく駅に一番近かったであろう農家があります。
石勝線38
県道から、その農家の北を見ると
石勝線のライトブルーのスノーシェッド(防雪の囲い)が二つ見えます。
こちらがかつての東追分駅の跡であり、現在は東追分信号場の設備となります。

2016年(平成28年)3月26日に旅客営業廃止となった為、
廃駅になったのは駅メモのリリース後となります。
その為駅メモでは石勝線の東追分駅として廃駅で登録されていますので
取り逃しの無い様に注意が必要な駅となります。
石勝線39
信号場への砂利道を進むとご覧の踏切が。
かつての駅跡の東200mほどにある東丘通り踏切です。

こちらはサントリー「金麦」のスポットCM「帰り道編」の動画です。
2010年(平成22年)9月よりオンエアーされたこのCMは、
当時の東追分駅横のこの踏切付近で撮影されました。
石勝線40
北側から見た踏切への道の様子です。
石勝線41
踏切から西の南千歳方面を見ると信号上のスノーシェッドが
ご覧の通り見えます。
石勝線42
踏切から石勝線の線路に沿って西への伸びる砂利道。
この道がかつて旅客営業をしていた東追分駅への道でした。
現在は東追分信号場として鉄道用地内となっていますので
入り口にはトラロープが張られて部外者は進入出来ません。
石勝線43
列車内から見た東追分信号場の中の様子です。
こちらは西側のスノーシェッド付近となります。
石勝線44
かつての駅のあった付近を信号停止中の車窓から。
石勝線45
こちらは旅客営業をしていた時の東追分駅の外観です。
写真奥側の跨線橋の向こう側が東丘通り踏切のある方角となります。
東側のスノーシェッドのすぐ目の前に相対式2面のホームと
跨線橋があったのが分かります。
(現在は取り壊されて駅施設は存在しません)
石勝線46
車中から見た東側スノーシェッドの中の様子。



石勝線48
追分駅から石勝線と並走するように走ってきた道道462号線も
こちらの由仁町川端で国道に合流し終端となります。
石勝線47
道道462号線の東端である川端交差点。
この交差点の南に次の駅があります。
石勝線49
ガソリンスタンドの前を過ぎた南に進むと駅舎が。
石勝線50
こちらが川端駅の駅舎外観です。
1894年(明治27年)に北海道炭礦鉄道の駅として開業しました。
開業時はここから400m東にあったそうで、
夕張川の川岸近くに駅があったのが駅名の由来だそうです。
隣の追分駅からは9.4km、東追分信号場からは5.4kmの距離にあります。
石勝線51
駅舎の中の様子です。
広い待合室がありますが中はガランとしています。
石勝線52
駅舎側の1番線です。
駅は相対式1面1線と島式1面2線の計2面3線の駅となっています。
石勝線53
二つのホームはご覧の跨線橋で連絡しています。
石勝線54
跨線橋から見た駅の全景です。
石勝線55
そして跨線橋の南側の端には外へと出る扉があり、
扉の外には階段があって客車の前に連絡していました。

この客車はスハフ44-11とスハフ44-27で、かつて函館本線で運行をしていた
「C62ニセコ号」という蒸気機関車の観光列車の客車です。
1996年(平成8年)に除籍された後、川端駅の横で開業した
「ユニトピア川端パークゴルフ場」のレストハウスとして
静態保存され現在に至っています。
石勝線56
しかしながらこのパークゴルフ場は2010年(平成22年)頃に営業を停止。
コースと共に客車も放置状態となっています。
石勝線57
島式の2、3番線ホームです。



石勝線58
こちらは川端駅前で東に進路を変えた国道274号線を8.8km東進し、
夕張市に入ってまもなくの付近にある滝ノ上の信号機です。
石勝線59
滝ノ上の信号には横断歩道があり、
その目の前には石勝線の次の駅があります。
石勝線60
滝ノ上駅の駅舎の外観です。
駅舎のルックスは隣の川端駅とほぼ同じ形となっています。

1897年(明治30年)に北海道炭礦鉄道の駅として開業した駅で、
石勝線の駅となっている現在では追分駅━夕張駅間の普通列車が日に6本停まるのみです。
位置的には石勝線の特急列車の通過線上にありますが、
運行的には廃止の決まった夕張支線の列車しか停まらず
夕張支線の一部と言っても過言では無い状態
です。
石勝線61
建物内の待合室の様子です。
石勝線65
ホーム側から見た駅舎付近。
石勝線62
駅舎側の単式の1番線ホームです。
下り線の夕張方面行きホームとなります。
石勝線63
そしてこちらがホーム同士を連絡している跨線橋。
石勝線66
この駅の跨線橋の特徴として、ホームからの階段以外に
駅の外への階段が両側についていて、
あたかも自由通路のような構造になっているという点です。
石勝線64
島式の2、3番線ホーム。
2番線が上りの本線で千歳方面行きとなっており、
反対側の3番線は上下の副本線として列車交換時の退避用となっています。
石勝線67
そして駅の東側のスノーシェッドの先は踏切となっていて、
中から駅への様子が窺えました。



石勝線68
滝ノ上駅から国道274号線を夕張川に沿って4kmほど東進すると
国道沿いの線路上にスノーシェッドが見えてきます。
このスノーシェッドは現在の石勝線の十三里信号場のものです。
石勝線69
その先には信号施設の建屋がありますが、
この付近がかつての十三里駅の駅跡となります。

駅が開設されたのは1962年(昭和37年)と国鉄時代のことであり
石勝線の駅としては新しい駅となります。
駅メモリリース後の2016年(平成28年)3月に駅が廃止された為、
ゲーム上では現在でも廃駅として収録されていますので
取り逃しには十分注意をして下さい。
石勝線70
ご覧の建屋の前の道が営業時の駅の入口でした。
写真のバリケードの向こう側がかつての駅前広場のスペースであり、
スノーシェッドの目の前にホームと跨線橋がありました。
石勝線71
まだ駅施設があった当時の写真がこちらです。
相対式2面2線の駅だったことが分かります。
跨線橋の階段下は密閉された待合スペースとなっていました。
そして信号建屋には「十三里駅」と大きく書かれていたのが分かります。
石勝線72
現在の建屋を見ると、かつて駅名の書かれていた場所は
壁と同じ色のペンキで塗りつぶされているのが分かります。
石勝線73
駅跡の国道反対側の正面には、この付近の唯一の人家ともいえる
メロン農家の小野農園があり、お土産の販売所も置かれています。
農園入口の「夕張わメロンの里:ダドー」の看板は
十三里駅前の名物でもありました。
石勝線75
こちらは十三里信号場の南西側のスノーシェッド。
石勝線74
夕張方面側である北西側のスノーシェッドは
国道274号線と道東自動車道の立体交差のすぐ手前にあります。
「周辺に人家の無い秘境駅」と言われた十三里駅ですが
国道沿いにあり近くには道東自動車道夕張インターもあるため
車での来訪は比較的容易な駅でした。
石勝線76
夕張側スノーシェッドの先すぐで道東自動車道と石勝線が立体交差していますが、
その真下には小野通り踏切があって信号場方面を見渡すことができます。



石勝線77
十三里信号場から3kmほど国道274号線を進むと
石勝線は夕張川を渡り紅葉山交差点へと差し掛かります。
紅葉山交差点を西へと曲がると石勝線が見えてきますが、
こちらが次の駅の駅前ロータリーへの入口となります。
石勝線78
看板に従って駅前へ。
石勝線79
新夕張駅の駅舎の外観です。
1892年(明治25年)に北海道炭礦鉄道の紅葉山駅として開業した駅で、
石勝線の開通した1981年(昭和56年)に新夕張駅へと改称がされています。
石勝線80
こちらは駅前ロータリーの片隅に移設されている
紅葉山駅時代の駅名標です。

石勝線開通までは追分駅━夕張駅間は夕張線でしたが、
新夕張駅へと改称と同時に石勝線へと所属が変更。
そして新夕張駅━夕張駅間は石勝線の夕張支線となり、
この新夕張駅が支線の起点となりました。
石勝線81
駅前ロータリーの様子です。
2017年(平成29年)に拡張工事がされて現在の広さになっています。
石勝線82
ロータリーの正面には階段があり、
一段低い夕張市の武道館前がかつては駅前のバス停となっていました。
現在は夕鉄バスのバス停は駅前ロータリーへと移動しています。
石勝線83
駅舎へと戻り入口を入ると正面が改札で、
左手には待合スペースがありました。
石勝線84
改札内に入るとご覧の連絡通路が。
ホームが築堤上の高台にあるので地下通路のようになっています。
石勝線90
連絡通路からホームへと階段で上がると
ホーム出口前はご覧の様に密閉式となっており
待合のベンチが設置されていました。
石勝線91
振り返って階段の降り口の軒を見ると
「ようこそ夕張へ」のメロンの看板が。
石勝線85
駅舎寄りの島式ホームの1、2番線です。
1番線は上下線の特急停車ホームとなっています。
そして2番線は副本線として普通列車の一部が使用する下り夕張方面ホームとなります。
石勝線86
こちらのホームにある夕張方面行きの乗り換え案内。
石勝線87
島式の3、4番線ホームです。
石勝線の上下の普通列車の停まるホームとなります。
ちなみに石勝線では新夕張駅以東への普通列車は運行していませんので
上り線は千歳方面行きですが、下り線は夕張方面行きとなります。
石勝線92
こちらのホームの階段も密閉され待合スペースになっています。
石勝線88
そして4番線ホームの線路の向こう側には車止めのある引き上げ線があります。
その線路の脇にご覧の石勝線の夕張支線のゼロキロポストがありました。
石勝線89
そしてこちらは3、4番線ホームの東端です。
かつては赤線で示した切り欠きの0番線ホームがありました。
これは石勝線の登川支線の発着ホームで、
1981年(昭和56年)に支線が廃止されるまで楓駅と新夕張駅を往復していました。
現在はご覧のように跡形もなく撤去されています。



石勝線94
こちらは石勝線の起点である南千歳駅から新夕張駅までの区間の
au 4G LTEにおける電波エリアマップです。
周囲に一面のトウモロコシ畑のある区間などを通るわりには
全ての区間で電波エリア圏内となっています。
この区間で駅へのアクセスに困ることは無いでしょう。

またこの区間には東追分駅と十三里駅という廃駅が含まれています
普通列車であればおおむね信号場で運転停車をするので
現在は信号場である二つの廃駅も取り易いでしょう。
しかし特急の場合は高速で信号場を通過するので
廃駅があると認識していないと取り逃す危険性は小さくありません。
この点は注意が必要でしょう。


石勝線の続きはその2にて。

では。