でんこの元ネタ
■No.56 橿原らら(Kashihara Rara)
 ■タイプ:ディフェンダー
 ■誕生日:12月13日

■出身駅: 近畿日本鉄道 橿原線 橿原神宮前駅(奈良)
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1923年(大正12年)に大阪電気軌道畝傍線が延伸したことによって
橿原神宮前駅が終点として設置されたのが駅の始まりです。
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こちらは橿原神宮の一の鳥居の目の前の表参道広場ですが、
開設当初の橿原神宮前駅は文字通り神宮の目の前のこの場所にあったそうです。

1923年(大正12年)には吉野鉄道が吉野口駅から延伸して橿原神宮前駅へと乗り入れ。
大阪鉄道が1929年(昭和4年)3月に延伸によって橿原神宮駅、久米寺駅を設置。
同年8月には吉野鉄道に大阪電気軌道に買収され、
同年10月には大阪鉄道が大阪電気軌道の傘下となって
橿原神宮一帯の鉄道が実質的に大阪電気軌道一社に統一されます。
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そして1940年(昭和15年)は皇紀2600年にあたることから
初代神武天皇を祀る橿原神宮の周辺整備と神域拡大が行われます。

まず1939年(昭和14年)には橿原神宮の神域拡大で
橿原神宮前駅の移動が余儀なくされて畝傍線が新線へと付け替え。
大阪電気軌道の久米寺駅を橿原神宮駅駅へと改称して西大寺━橿原神宮駅間が橿原線となります。
この旧久米寺駅の橿原神宮駅駅が現在の近鉄の橿原神宮前駅と同じ場所の駅となります。

翌年の1940年(昭和15年)には大阪鉄道の久米寺駅を橿原神宮駅駅に改称。
戦中戦後の鉄道再編によって関西急行鉄道、近畿日本鉄道へと所属会社が変わります。

長らく「『橿原神宮駅』駅」という名前が「駅駅」の珍しい駅名でしたが
1970年(昭和45年)に「橿原神宮前駅」へと改称され
現在のすっきりとした駅名となっています。
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こちらが駅の中央口の駅舎外観です。
駅が統合されて橿原神宮駅駅となった1940年(昭和15年)に建てられたものです。
設計は建築家の村野藤吾氏の手によるもので、コンクリート駅舎ながら
奈良近辺の関西地方で見られる高塀造(大和棟)と呼ばれる建築様式を模しており、
急な屋根の下に緩やかな錣屋根のある造りはまるで神社かお寺かと思わせる外観です。
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中央口の目の前にはご覧の駅前ロータリーがあり、
ロータリーの中央部は駅前公園となっています。
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公園の真ん中にある黄色いポスト。
神話では神武天皇が日向(宮崎県)の高千穂から橿原へと東遷されたことから
宮崎市と橿原市が姉妹都市となった縁で設置されているそうです。
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駅前広場から駅舎正面に伸びているこちらの道路は
県道125号橿原神宮公苑線で、300mほどで分岐して
橿原神宮の表参道の一の鳥居へと通じています。
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駅舎の中の様子です。
かなり広々とした改札前のホールで、天井はまるで吹き抜けのように高く
天窓や木製の建具が取り付けられています。
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内側の屋根の妻には奈良絵のような大きなレリーフが。
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出札窓口の上には大和三山と橿原神宮が描かれています。
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中央口の改札を駅構内側から。
標準軌の大阪電気軌道(橿原線)と
狭軌の大阪鉄道(南大阪線・吉野線)の駅を統合したという性格上
二つの駅をコンコースで繋いだような構造となっています。
中央口は橿原神宮への正面入口ではありますが、
駅から見ると中間点に作られた出口なので
内側から見ると比較的目立たずこじんまりと設置されています。
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中央口から東側のコンコースの光景です。
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コンコースの東端と、二つの島式ホームの南端が接する形となっており、
目の前には橿原線を跨ぐ構内踏切があります。
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こちらは駅の一番東側にある島式ホームです。
構内踏切からはスロープで連絡しています。
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西側の1番線は標準軌の橿原線のホームとなっており、
同じく標準軌の京都線への乗り入れを中心に名古屋や伊勢志摩、
大阪難波方面へも発着があります。

一方東側は番線が振られていませんがかつての0番線乗り場で狭軌となっています。
通常は使用しませんが、お召し列車や団体列車、臨時列車が停車することがあります。
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そして旧0番線側のスロープ脇付近にはご覧のゼロキロポストが。
これは近鉄吉野線のゼロキロポストとなります。
この場所にあるのは1番線は吉野線と繋がっ通じておらず、
繋がっているのが旧0番線だけだからでしょうか。

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そしてこちらは1番線の西側に並んであるもう一つの島式ホームの入口です。
中央コンコースの東端とこちらの島式ホームの南端は続きとなっています。
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この島式ホームは2、3番線ホームとなっており
両方ともに橿原線の標準軌となっています。
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西側の3番線ホームはご覧の通り
コンコースの手前で車止めとなっています。
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一方の2番線は構内踏み切りを越えて南側の引き上げ線へと繋がっています。
南には吉野線や南大阪線の線路がありますが
橿原線とは軌間が違うため繋がってはいません。

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一方、0番線のさらに東側には「51号線」と呼ばれる引き上げ線があって
ご覧の台車振替場(標準軌・狭軌台車取り替え施設)があります。
これは狭軌の南大阪線の車両の検査を
標準軌の大阪線にある五位堂検修車庫で行う為の施設であり、
南大阪線の車両は台車をここで取り替えて検査へと向かいます。
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この台車振替場の建物がある付近は
かつては小房線(おうさせん)という路線のホームがありました。
南大阪線の前身であった大阪鉄道が国鉄桜井線と畝傍駅で連絡していた時の路線で
1945年(昭和20年)に休止され、正式な廃止となった後にホームが撤去されて
後に台車振替場が建てられた、という訳です。

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橿原線の二つの島式ホームの南側の構内踏切ですが、
その先にはご覧の東口改札が設けられています。
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こちらが東口の駅舎の外観となります。
中央口より後に立てられた東口駅舎も中央口に倣って
高塀造風になっています。
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改札前の光景です。
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パーテションのように改札前に立つ壁には
万葉集でも有名な持統天皇の
「春過ぎて 夏来たるらし 白妙の 衣ほしたり 天の香具山」
の和歌がレリーフで飾られています。
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こちらが駅前のロータリーの様子です。
ここから東へ向かって県道124号橿原神宮東口停車場飛鳥線という道路が延びており
数々の史跡の残る飛鳥・斑鳩方面へと通じています。

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再び駅構内へと戻り、東口改札前の構内踏切を渡ります。
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踏切と中央コンコース、そして2、3番線ホームの交わる場所には
ファミリーマートとマツモトキヨシが駅構内店としてあります。
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以前はこちらのコンコース中央に
ご覧の様に柿の葉寿司の売店があったのですが、
現在は撤去されて中央改札の正面の店舗のみとなっている様です。
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中央改札口の前を通過して中央コンコースを西へと進むと
ごらんの様に地下へと潜る階段があります。
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こちらが地下通路となります。
南大阪線の下を通っており、各ホームと西口改札を連絡しています。
かつては南大阪線のホームが構内踏切でつながっていましたが
1995年(平成7年)にこちらの地下通路が作られました。
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島式ホームの4、5番線ホームです。
橿原神宮前駅が狭軌の路線である南大阪線の終点かつ吉野線の起点となっており、
下り線であるこちらの4、5番線は吉野方面行きの吉野線ホームとなっています。
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この駅が南大阪線の折り返しの拠点駅であり、
区間準急はこの駅が終点となっています。
また吉野線の各駅の有効長が4両分なので
南大阪線を走ってきた列車はここで切り離し作業をすることとなります。
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こちらがこの駅で一番西側にある、島式ホームの6、7番線ホームです。
南大阪線ホームとして大阪阿部野橋方面行きの上り線となります。
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かつては上下線ともに乗車ホームと降車ホームに分けられていた時代もあったそうですが
列車数が増えた結果、現在はどちらのホームも乗降ができる状態となっています。
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西口駅舎の外観です。
中央口の駅舎のデザインに近づけらた印象の建物となっています。
かつてこの駅が「久米寺駅」だった時の由来でもある久米寺へは
こちらの出口が最寄りとなっています。
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正面ロータリー側だけではなく、
線路沿いの北側にも駅舎に駅名標がついています。
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駅前にはご覧のロータリーが設けられています。
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ロータリーから駅の正面に伸びる県道133号戸毛久米線。
駅前のロータリーがこの県道の終点となっています。
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駅舎へと戻ると改札へは地下へと降りる階段で向かいます。
これは南大阪線をくぐる地下通路の先に、同じ高さで地下改札口があるためです。
地下でありながら駅舎屋根の天窓から外光が差し込んでおり
改札前は明るくなっています。



■モデル車両: 近畿日本鉄道 22000系 ACE新塗装
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近鉄では1960年代から特急車両として11400系のエースカーと呼ばれる車両が走っていました。
このエースカーの老朽化に伴い入れ替え車両として1992年(平成4年)に登場したのが
ご覧の22000系、愛称「ACE」という車両です。
近鉄の車両は代々オレンジと紺のツートンカラーでしたが、
このACEは前面塗装がオレンジ(    )一色となっています。
これまでは側面にも帯状に連続して紺色(    )が塗られていましたが、
ACEでは窓部分のみのブロックパターンとなっています。
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そして22000系AECも導入から23年が経過したことから
車体のリニューアル工事が行われ、車体塗装も変更となりました。
一番最初にリニューアル工事が行われたのが上の22110F(Fは編成(Formation)の略)で、
2015年(平成27年)12月13日にリニューアルカラーでの運行を開始
しています。
塗装はクリスタルホワイト(    )を基調に、上下にブライトイエロー(    )を配色。
窓下にはゴールド(    )のラインを入れています。

駅メモのでんこ「橿原らら」の誕生日が12月13日となっていますが、これは
22000系22110編成のリニューアル後の営業運転開始日が元
と考えて間違い無いでしょう。


22000系AECには4両編成と2両編成の2種類の編成がありますが、
2両編成は4両編成から中間車両を抜いたものと考えて概ね間違い無いので
(正確には4両編成先頭車のパンタグラフは一つだが、2両編成の先頭車には2つ載っている)
こちらでは4両編成について各車両を見てみたいと思います。
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大阪方(大阪難波・大阪上本町・京都方面)の先頭車両であるモ22100形です。
編成略記号はMcとなりM(動力車)C(制御車)となるので
モーターを搭載し運転台のある車両となります。
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車両の後方の屋根には下枠交差式のパンタグラフが。
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乗降の扉は車両の前部と後部にあり、
こちらは運転台のすぐ後ろの前部乗降デッキとなります。
先頭車両も貫通式なので運転台の脇を通り抜ける通路があります。
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こちらが客室内の様子です。
2+2列の座席が14列あり計56席となっています。
前方の車端部にはスーツケースの置ける荷物スペースが。
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車両後部の名古屋方の乗降デッキは
乗降スペースのみとなっています。


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大阪方の二両目、モ22200形です。
編成略記号はMでモーター搭載の動力車となります。
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客室内は2+2列の座席が14列と、
車椅子対応座席が2席で合わせて58席となっています。
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こちらが大阪方最後列にある車椅子対応座席です。
目の前の客室の扉がこちらだけ両開きで広くなっており
車椅子で通り易くなっています。
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大阪方にある乗降デッキです。
こちらの車両は乗降デッキは一箇所のみとなります。
乗降扉は車椅子対応の為幅広となっており、
デッキには車椅子対応トイレ、男性用トイレ、そして洗面所があります。
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洗面台の様子です。


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大阪方三両目、名古屋方(近鉄奈良・賢島・近鉄名古屋方面)二両目となる
モ22300形です。編成略記号はMですので動力車となります。
この車両も大阪方の屋根にパンタグラフが載っています。
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車両の両端に乗降扉があるので乗降デッキも二つありますが、
大阪方の乗降デッキには自動販売機が置かれています。
販売機の向かいは車内販売準備室ですが、
現在は車内販売が行われてませんのでシャッターが閉められています。
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客室内のシートは2+2列シートがが15列あり
合計で60席となっています。大阪方の端には荷物置き場があり、
カーブでスーツケースが走らないようにロープが掛けられています。
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名古屋方の乗降デッキは乗り降りのスペースのみとなります。
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連結部から1号車の方を見るとトイレなどがある1号車のデッキと続いており、
まるで一つのデッキのように見えます。


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そして名古屋方の先頭車両となるモ22400形です。
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この車両は運転台の真後ろの名古屋方にのみ乗降扉があります。
デッキにはガラス張りの喫煙ルームが設けられています。
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喫煙ルームの中の様子です。
レストバーベンチが置かれています。
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喫煙室前の通路の様子です。
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こちらは客室内の様子。
2+2列の座席が14列あり計56席となっています。
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客室を出た大阪方には男女兼用トイレ、女性専用トイレ、
そして洗面所があります。洗面所にはおしぼりホルダーがあるのが近鉄流です。

【写真撮影:2018年6月】