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さて、島原鉄道の続きです。
諫早市を抜けて雲仙市へと入った島原鉄道は
島原半島の海岸線を時計回りに辿るコースを走っていきます。


その1(諫早駅━愛野駅)はこちら



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愛野駅の教会を模した駅舎を後にして次の駅へと進みます。
島原鉄道の線路は国道251号線へと変わった島原街道に沿って北西へと進みます。


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愛野駅からは直線で1.8kmほど北西に進んだ島原街道の光景です。
国道が東へとカーブを描き、小さな丘を越えた先に次の駅があります。
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反対側の東から国道を丘の方向へと進むと
踏切の先に島鉄バスの中阿母停留場があります。
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バス停と丘のちょうど中間あたりに
駅への入口があって案内の標識が置かれていました。
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こちらが阿母崎駅のホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
駅は1955年(昭和30年)開業ですので戦後に新設された駅ということになります。
開設時には吾妻崎駅という駅名だったそうですが、
5年後の1960年(昭和35年)に現在の阿母崎駅に改名されています。
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ご覧の様に駅は国道と隣接して設置されており、
ホーム東端から歩道へと直接出入りをする構造となっています。
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駅のホーム側から見た東端の出入口付近です。
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東側出入口寄りのホーム後方に駅の駐輪場があります。
自転車を停める乗客は自転車ごと一旦ホームへと入って停める必要があります。
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そして反対側のホーム西端にもご覧の国道へと上がる階段があります。
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国道側から見た西側の階段上の様子です。
駅がここにあると知らないと出入口があると気がつかないかもしれません。
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駅の眼前には一面に水田が広がっています。
元々この付近は諫早湾の海岸線であり、
大正初頭に開通した島原鉄道は開業当時は海岸線を走る鉄道でした。
駅付近の干拓が行われたのは昭和に入ってからのことですので
阿母崎駅の開業時には海は埋め立てられて田んぼになっていたはずです。



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阿母崎駅から北東へと2.2kmほど進むと次の駅となります。
干拓前の海岸線を走っていた鉄道は
山田川付近から旧吾妻町の市街地へと入ります。
こちらは国道251線(島原街道)から北に150mほどを並走している市道で
写真の付近に次の駅があります。
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反対側から見た駅前の市道です。
まわりは住宅街ながら、駅近くには旅館などもあります。
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市道に面した、一面が舗装された駅前広場。
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吾妻駅の駅舎の外観です。
1912年(大正元年)の島原鉄道延伸の際に設置された駅で
開業時には山田村駅の駅名でした。
1960年(昭和35年)に現在の吾妻駅となっています。
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駅前の顔出し看板です。
島原鉄道の愛野駅から吾妻駅までの切符は「愛しの吾が妻」として
縁起物の切符として人気
となっています。
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駅舎の中に入ると改札窓口があり、
窓口の目の前には開放形の待合室があります。
この駅は7時から18時までは窓口が営業している有人駅となっています。
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駅は相対式ホーム2面2線となっており、列車交換が可能となっています。
こちらが駅舎のある南側のホームです。
上り線の諫早方面行きとなります。
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ホームを連絡している構内踏み切りです。
島原鉄道の構内踏切は他の駅もそうですが警報機や遮断機はありません。
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北側の下り線ホームです。島原方面行きとなります。
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下り線ホームの待合室の様子です。
屋根とベンチの上屋が設けられています。
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そして上屋の西側脇には駅構外へと出られる階段があります。
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こちらがいわば北口というべき駅前の光景です。
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駅の北側はご覧の通り水田と家が混在しており、
完全な住宅地になっている南側に比べると裏手の風情です。



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吾妻駅を出た島原鉄道は海岸線に沿って東へと向かいます。
途中で諫早湾潮受堤防の横を通過しつつ3kmほど東進すると次の駅となります。
こちらは並走する国道251号線(島原街道)から北に50mほどを並走している市道で、
ご覧の付近から駅へと連絡する道があります。
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切り替えして東側から見た駅前の市道。
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T字路を北に入ると諫早湾に面した駅へと通じた道となります。
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海岸を目の前にして駅の駐輪場が2棟。
その間を抜けるとホームへの構内踏切があります。
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こちらが古部駅の駅外観です。
駅の目の前に諫早湾の有明海が広がっておりご覧の絶景となっています。
1912年(大正元年)の路線延伸時に設置された駅で無人駅となっています。
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ホームの様子です。
島式ホーム1面2線となっており、海側が2番線の島原行きホーム、
反対が1番線の諫早行きホームとなっています。
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ご覧の通り駅舎は無、ホーム上に待合の上屋があるのみとなっています。
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ホームの北側はすぐに諫早湾があり、
対岸には多良連峰が見えます。
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諫早湾の西側を望むと、干拓事業で有名になった潮受堤防を
肉眼ではっきりと見ることができます。
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そしてホームを降り再び駅前へ。
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駅前の東側を見ると平屋の建物がいくつかあります。
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東側の建物は保線の倉庫で、6棟ほど建物が建っています。
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そして西側には広めの砂利敷きの広場があり
車を停める事ができます。
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広場の西南角には砂利道が市道へと通じており
敷地から外へと出る事が可能です。



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古部駅から線路は諫早湾の海岸線に沿って走っており、
国道251号線(島原街道)も並走しています。
1.2kmほど東に進むと次の駅付近となります。
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西側から見た島原街道の駅前の交差点付近です。
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反対の東側から見た交差点付近。
島原バスの大正駅前バス停が見えます。
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国道の交差点を北へと進むと踏切があり、
その手前に駅の入口があります。
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こちらが大正駅の外観です。
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駅の目の前の踏切の反対側には
ご覧のいけす料理の割烹料理屋があります。
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料理屋の向かいにはまるで民家のような建物の
JA島原雲仙瑞穂経済営農センター。
裏手には農作物の選果場があります。
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料理店とJAの建物の間の道を北に抜けると
目の前には有明海の海が広がっています。
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駅付近の有明海の光景です。
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海岸の防波堤には「平成3年度 大正海岸高潮対策工事」の銘板が。
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海岸から切り返して見た駅方向の光景です。
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踏切の南側へと戻りこちらが駅の入口となります。
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入口からホームへと上がるとすぐに駐輪場があり、
乗客はホーム上に自転車を停めることとなります。
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ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
駅は1955年(昭和30年)に既に営業していた路線に新設されたものです。
昭和にできたのに大正駅なのは、駅のある場所がかつては大正村という
大正時代にできた村であったことからです。
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駅舎はありませんが、ホーム上には木造の待合の上屋があります。
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待合室の様子です。
中はベンチが置かれるのみとなっています。



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大正駅から先も島原鉄道は有明海の海岸と国道251号線(島原街道)を並走します。
国道を2kmほど東進するとご覧の、次の駅への入口となる信号があります。
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反対の東側からみた駅への交差点の様子です。
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呉服店の前の道を入って100mほど北進すると駅が見えてきます。
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西郷駅の駅舎の外観です。
1912年(大正元年)の路線延伸で設置された駅で
合併前の旧瑞穂町の中心駅でした。
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駅前の広場は舗装されており、
小さいながらも送迎の乗用車程度であれば転回できるスペースがあります。
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駅舎の中へと進むと、窓口の前を通り
ホーム側に待合スペースがあります。
駅務室も残っておりかつては有人駅でしたが、
2000年(平成12年)に無人化されています。
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駅のホームの様子です。駅は千鳥式ホーム2面2線となっており、
駅舎のある南側のこちらは上り線の諫早方面行きホームとなります。
ホームが千鳥式なのはかつてタブレット交換を行っていた時の名残りの様です。
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駅舎はホームの西の端にあり、目の前に構内踏切があります。
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二つのホームを連絡する構内踏み切り。
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北側の上り線ホームです。
下り線の島原方面行きホームとなっています。
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こちらのホームには上屋があり、
ベンチの置かれた待合所となっています。



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西郷駅から東も線路は有明海の沿岸を走りっており、
2.5kmほど進んだ、神代川を渡った先に次の駅が設置されています。
国道は鉄道の南側から北側へと並走する位置を変え、
ご覧の信号が次の駅への入口となります。
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この交差点を北へと進むとご覧の神代漁港が。
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漁港とは反対の南へと標識に従い交差点を入って進むと
200mほどで駅が見えてきます。
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駅前の東西に走る市道の奥が駅の敷地となっており
道の正面に駅舎が置かれていました。
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こちらが神代町駅の駅舎の外観となります。
路線が延伸した1912年(大正元年)に置かれた駅で、
1987年(昭和62年)に改築された駅舎は隣の西郷駅と同じ形となっています。
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市道に面した駅前広場は舗装されており
数台分の駐車スペースが設けられています。
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広場の西の駅舎前に置かれた保線区の建物です。
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入口から駅舎の中に入ると、券売窓口の前を通って
待合所がある構造も隣の西郷駅と同じ造りです。
一点だけ違うのは通路脇に警報機が設置されていることでしょう。
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警報機はこちらの構内踏切の為のものです。
ご覧の通り駅の西側はホームの先でカーブを描いており
列車の接近が肉眼では確認できません。
その為安全上の理由から警報機が設置されています。
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駅舎のある北側のホームです。
相対式ホーム2面2線となっており、
こちらは下り線の島原方面行きとなります。
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駅舎はホームの中央付近にあり、
構内踏切も駅舎の目の前にあります。
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警報機のある構内踏切を渡って反対側のホームへ。
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南側の上り線諫早方面行きホームです。
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待合所の上屋がホーム上にあり、
その脇に警報機が置かれています。



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神代町駅を出た島原鉄道は引き続き有明海沿岸を東進します。
眼前の海は諫早湾を抜け島原湾へと名前と変えます。
国道251号線(島原街道)と共に4kmほど進むと多比良町へと入り、
多比良港から伸びている国道389号線と交差して400mほどの共用区間となります。

島原街道から国道389号線へと入って踏切を渡り、
150mほど進むとご覧の信号の交差点となります。
ここで国道389号線は南へと直角に交差点を曲がっています。
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交差点を北へと曲がると駅への道となり、
50mほどで駅となります。
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駅側から見た国道389号線の交差点方向の光景です。
行き止まりの道が駅前広場の役割を果たしています。
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駅の正面向かいにある酒屋さんです。
入口前には「総合案内所」の立て看板が立っています。
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酒屋の奥の線路沿いには駅の駐輪場が設置されていました。
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多比良町駅の駅舎外観です。
1913年(大正2年)の路線延伸によって設置された駅で
業務委託化こそされたものの現在に至るまで有人駅となっています。
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駅舎の中の様子です。
中央にベンチが設置されており、
券売窓口には委託の係員が常駐していました。
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ホーム側から見た駅舎の改札前の光景です。
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駅舎のある南側の1番線上り線諫早方面行きホームです。
相対式ホーム2面2線の駅となっています。
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他の駅同様にこの駅もホーム同士は構内踏切で連絡していますが、
この駅に関しては踏切が2つ、構内に設置されています。
こちらは東側の構内踏切。
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駅舎はホームの西寄りにあり、駅舎前にも構内踏切があります。
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西側の構内踏切です。
駅舎の正面なので幅が広くなっています。
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北側にある2番線下り島原方面行きのホームです。
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下りホームには大きめの待合の上屋が設けられています。
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そして上屋の横にはサッカーボールの石碑が。
これは多比良町駅が高校サッカーの強豪校である国見高校の最寄駅であり、
2000年(平成12年)に全国大会三冠達成を記念して設置されたものです。



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こちらは島原鉄道の愛野駅から多比良町駅間の区間の
au 4G LTEでの電波エリアマップです。
この区間も全線が電波エリア圏内となっていますので
駅へのアクセスに困ることは無い
でしょう。


島原半島の外周を走る島原鉄道は
雲仙市を抜けて島原市へと入ります。
島原市内の区間についてはその3に続きたいと思います。

では。