でんこの元ネタ
■No.12 有栖川もぼ(Arisugawa Mobo)
 ■タイプ:ディフェンダー
 ■誕生日:7月25日

■出身駅: 京福電気鉄道 嵐山本線 有栖川駅(京都)
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有栖川駅は1910年(明治43年)に嵐山電車軌道の駅として開業したもので、
当初の駅名は駅所在地の「京都府葛野郡太秦村大字嵯峨野」(註:開業当時の地名)から取った
「嵯峨野駅」という名前でした。

しかし京都で嵯峨野と言えば嵐山を含む一帯を指すことから
観光客が誤って下車をしてしまう事例が多発しており、
京福電気鉄道となった後の1975年(昭和50年)に現在の有栖川駅へと改名しています。

駅名の有栖川という名の元は駅の西200mほどを流れる川の名前で、
川は嵯峨大覚寺北方の観空寺谷から流れ出て嵯峨野を南に下り桂川に注いでいます。
「有栖」とは、荒樔(あらす)荒瀬(あらせ)の意で祓(はらい)を行う場所の意があり
身体に付いた汚れを洗い清める川なのだそうです。


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こちらは三条通の右京区嵯峨野付近です。
西大路通から葛野大路通までの区間は嵐電が併用軌道、
つまり路面電車として走っている区間ですが、
太秦天神川駅を過ぎて以西も嵐電と三条通は並走しています。
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三条通沿いにある京都嵯峨野郵便局。
この郵便局の前に信号機と横断歩道が設置されています。
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西側から見た嵯峨野郵便局前の信号付近の三条通の光景です。
信号のすぐ西側はT字路となっており北へと道が伸びています。
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T字路の角の、郵便局の斜向かいにあるコンビニ。
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そのコンビニの脇の道を北へと100mほど進むと
途中で道幅が半減した後に嵐電の踏切へと差し掛かります。
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この踏み切りは「有栖川1号踏切」という名前で、
こちらを基点に点対称に有栖川駅のホームが千鳥式に2面2線配置をされています。
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踏切の南側のすぐ脇に入口のあるこちらが
駅の下り線嵐山方面行きのホームとなります。

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ホームの様子です。
駅舎はありませんがホーム上に屋根の上屋が設けられています。
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上屋の壁に掲示されている「嵐電 界隈館」のパネルです。
嵐電の各駅には駅最寄りの名所の写真が掲げられています。
有栖川駅には南西100mほどにある斎宮神社の写真が。
斎宮とは天皇に代わって伊勢神宮に仕える皇族の御所のことで、
有栖川の辺に野宮を建てて精進潔斎したと伝わる神社だそうです。
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屋根とベンチの上屋はホームの西寄りにあります。
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そしてホーム入口の踏切脇にある「千代の古道」の石標です。
千代の古道とは平安時代の貴族や天皇が
北嵯峨の大覚寺への遊行の折に通った道の事で、
新古今和歌集での藤原定家や後撰和歌集の在原業平など
平安時代の多くの和歌に詠まれた道でもあります。
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下り線ホームから見た踏切です。
ホーム同士を連絡する構内通路は無く、
こちらの踏切を渡ってお互いのホームの行き来をする事になります。
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こちらは踏切の北側にある四条大宮方面行きの上り線ホーム。
ホーム上に屋根とベンチの上屋はありますが、下りホームに比べて
こちらの上りホームは敷地の都合幅が狭くなっています。
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駅の踏切から北へと伸びる道の光景です。
数件の店舗が駅近くにありますが基本的に北側は住宅地となっています。
道路を境界に右側が嵯峨野神ノ木町、左が嵯峨野有栖川町となります。
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角に掲示されていた有栖川町の町内の案内板です。
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踏切の方向へと南へ戻り、
駅の北東の線路沿いへと入ります。
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線路沿いの道路脇には神ノ木町の町内会の花壇が。
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そしてこの道路の、駅の東側すぐにこちらの踏切があります。
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住宅の狭間の路地へと通じるこの踏切は
車は当然通れない広さで歩行者か自転車でないと渡れません。



■モデル車両: 京福電気鉄道 モボ621形 621号車
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京福電気鉄道では長らく運用されていたモボ111形などの旧型車が
置き換えの必要な時期となりました。
その為サービス向上を目指して武庫川車両工業(現・阪神車両メンテナンス)で車両が製造され
1984年(昭和59年)よりモボ501形が投入されることとなります。

しかし将来的なワンマン運転を目論んだ設計は
乗客の動線を妨げるなどの問題点が表面化することとなりました。

こうした経緯をふまえ、同じ武庫川車両工業の製造による
「新・嵐電スタイル」の車両として登場したのがモボ611形・621形・631形となります。
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こちらの写真は上からモボ611形、621形、631形です。
パンタグラフの形がシングルアームだったりZ形パンタだったりの違いがありますが、
2分割の前面窓や前照灯の位置、前後配置の幅の広い乗降扉など
基本的な形は三つの形式の車両はどれも同じであることが分かります。

この中でモボ611形は1992年(平成4年)に、
モボ631形は1995年(平成7年)に製造されていますが、
「新・嵐電スタイル」の車両の中で最初に作られたのは
1990年(平成2年)製造のモボ621形でした。
モボ621形の車両で最初に製造されたのが621号車であり、
1990年(平成2年)7月25日が621号車の車両製造日
となっています。
駅メモのでんこ「有栖川もぼ」の誕生日が7月25日に設定されているのは
この「新・嵐電スタイル」で最初に作られたモボ621形621号車の製造日が由来
と見て間違い無いでしょう。
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【写真引用:裏辺研究所 http://www.uraken.net/
こちらがデビュー時のモボ621形621号車の写真です。
京福電鉄の標準色であるダークアイボリー(    )と
ダークグリーン(    )のツートンカラーとなっています。

モボ621形をモチーフとしたでんこ「有栖川もぼ」の衣装も
ダークアイボリーをベースとした着物風ワンピースに、
帯や裏地、そしてギターの色がダークグリーンとなっています。
これはモボ621形の登場時の京福電鉄標準色を元にしていると思われます。
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その後2010年(平成22年)3月には京福電鉄が嵐電開業100周年を記念して
シンボルカラーを京紫色(    )に制定します。
これによって嵐電の電車が順次京紫色へと塗り替えられていき、
モボ621形621号車も4両目の塗色変更車として2010年(平成22年)10月より
京紫色となって運用を開始しています。
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現在も運行している京紫色のモボ621形621号車の外観です。
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車内の様子です。乗降扉が前後配置となっており、
その間を間断無くロングシートが置かれています。
運転席後部には料金精算機が置かれており、
ワンマン運転の場合は運転士が対応をします。

【写真撮影:2018年12月】