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JR札沼線の非電化区間についての続きです。
浦臼町、新十津川町を走る区間について書きたいと思います。


非電化区間その1(北海道医療大学━札比内)についてはこちら



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こちらは晩生内駅の駅舎の外観です。
1935年(昭和10年)の国鉄札沼線延伸の際に設置された駅となります。

隣の札比内駅からは国道275号線とほぼ併走して札沼線は北上しており、
札比内駅との距離はおよそ4.5km離れています。
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隣の札比内駅もそうでしたが、この駅の木造駅舎も
かつてはもう少し横に長かったものが減築されて小さくなっています。
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駅前には線路と並行してご覧の町道が通っています。
特に駅前広場というものはありませんが、
ご覧の通り駅前の道が十分すぎるほど広いので十二分に広場の役割を果たしています。
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駅舎の正面から西へと伸びる町道。
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こちらは駅舎の中の様子です。
木製のベンチの向かいに革張りのベンチが置かれていました。
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ホーム側の改札前の光景です。
この駅もかつてホームは島式だった為、駅舎とホームとの間に
線路が敷かれていた敷地が空いています。
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こちらがホームの様子となります。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
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特に南の札幌方の線路はポイント跡をうかがわせるカーブを描いており、
隣の晩生内駅と同様に、かつて島式ホームで交換可能だった跡が残っています。
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線路の反対の東側目の前を走る国道275号線。



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こちらはJR札沼線の札的通り踏切です。
国道275号線とほぼ併走状態ほ北上する札沼線の、
晩生内駅から2.9kmほどの位置にある踏切です。
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東におよそ90mほどに併走している国道275号線は
踏切からも十分に目視する事ができます。
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東の国道側から見た踏切。
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この札的通り踏切の北側の線路脇に次の駅の待合室とホームがあります。
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こちらが札的駅の駅の全景です。
駅は1960年(昭和35年)に路線上に新たに新設設置されました。
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踏切脇の広場に面してホーム南端の階段があり、
その脇にご覧の待合室が設けられています。
この待合室は駅の外側に入口は無く、ホーム上にのみ出入口があります。
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待合室の中の様子です。
木造モルタル作りの待合室の中には木製のベンチが置かれていました。
小型の除雪機も待合室の傍らに。奥のドアはトイレとなります。
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ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
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この駅は後から新設された駅なので開設当初から
駅の様子はほとんど変わっていない様子です。
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そしてホーム南端の階段前の広場に木材が敷かれた場所がありますが、
これはかつて広場を横切って用水路が流れていた名残りらしいです。
そう思って板の横を見ると確かに線路が用水路を跨ぐ箇所がありました。



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こちらは国道275号線の浦臼町役場の前の交差点の様子です。
札的駅からもJR札沼線は国道と併走しており、1.8kmほどでご覧の役場付近となります。
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信号の角にある浦臼町役場の建物。
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役場前の国道の信号からは道道603号浦臼停車場線という県道が延びており、
西へ200mほどの停車場線として国道と駅を連絡しています。
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こちらが浦臼駅の駅舎外観です。
駅は1934年(昭和9年)に国鉄札沼北線が延伸し南端の終点駅として開業。
南から延伸してきた国鉄札沼南線が当駅まで延伸したことによって
全通した国鉄札沼線の駅となります。

現在の駅舎は1997年(平成9年)に浦臼町が建て替えたもので
「ふれあいステーション」を併設する近代的な駅舎となっています。
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駅前の道路は広めに作られており、
またバスの車寄せもあるので広場の役割を十分に果たせる道幅があります。
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駅舎の中の様子です。
ご覧の通り暖房も備えた綺麗な待合室が設けられています。
この待合室は駅の待合室ですが、
「ふれあいステーション」に入居している歯科医院の入口もこの待合室にあります。
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待合室からホームへの出口。
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ホームへと上がる階段は待合室の出口前にありますが
駅舎の中に入らなくとも外から直接ホームへも入れる構造となっています。
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ホーム上から見た入口の階段付近。
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こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線となっています。
列車交換の設備は無く、すれ違うには石狩月形駅まで南に下るしかありません。
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かつては相対式ホームの駅で貨物側線もあるなどかなり大きな駅だった様ですが、
現在では敷地こそその名残りを感じるものの、綺麗な棒線駅となっています。
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この浦臼駅からは、石狩月形方面行きの上り列車は一日6本あります。
しかしそのうち5本は当駅での折り返し列車であり、残りの1本が新十津川からの列車です。

そして新十津川方面行きの下り列車は1日1本のみとなっています。
つまり浦臼駅より北は始発が最終列車となっています。



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引き続き国道275号線とJR札沼線は併走しながら北上を続け、
3.4kmほど進むとご覧の砂利道が西へと伸びています。
開けた場所で周囲に目印はありませんが、
Docomoの携帯基地局のアンテナが砂利道の脇に立っており、
その奥に次の駅が設けられています。
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田んぼの中のあぜ道のような道を
国道から西へと160mほど進むと駅が見えてきます。
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こちらが鶴沼駅の駅の外観です。
1956年(昭和31年)に路線上に旅客駅として新設追加された駅となります。
駅舎は無く待合室の小さな建物が設けられています。
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ホームへと上がる階段です。
手すりやホームの基礎、そして階段は鉄骨で作られています。
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ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となります。
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元々は一両分の有効長のホームだった様で、
北側に木製のホームが増設され延長されています。
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こちらは駅の待合室です。
木造にトタンの壁と屋根の小さな建物です。
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待合室の中の様子です。
中の壁もトタン張りで、木製のベンチが置かれていました。
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駅の時刻表はご覧の通り、上下共に1本づつというダイヤとなっています。
浦臼駅以北の駅では上り方面の列車に乗ると日帰りはできません
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そしてホーム脇に見えるこちらのコンクリートの構造物ですが、
これは用水路が線路の下を立体交差する為の水門です。



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引き続き北上を続けるJR札沼線ですが、
併走してきた国道275号線とは若干距離が開いてきます。
こちらは次の駅に近い12号線踏切ですが、国道からは800mほど離れています。
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踏切からさらに西へと80mほど進むと、
田んぼの中の砂利の道が北へと伸びています。
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砂利道を北へと80mほど進むと
用水路に架かるガードレールの欄干の橋が。
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欄干には「於札内駅通線」と書かれており、
この砂利道が駅への道であることを示しています。
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橋を渡ってさらに進むと、踏切の先に駅が見えてきます。
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こちらがJR札沼線の水野作場踏切です。
「作場」とは耕作地の事で田畑を指します。
つまり水野さんの田んぼの踏切という意味ということに。
おそらくこの周辺は水野さんの田んぼなのでしょう。
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この踏切にはご覧の道路標識があります。
これは「車両通行止め」の標識ですので、
12月31日から3月31日の間はこの踏切を車両は通れないという事になります。
歩行者は通行止めでは無いので駅へは行ける様です。
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そしてこの踏切にはもう一つ、
「鉄製のキャタピラーで横断すると故障します」の看板が。
これは冬季の除雪車に対する注意の様で、
故に除雪ができないので冬季は車両通行止めとなるという。
一つの踏切でなかなか密度が濃いです。
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そして踏切の北側の線路脇にあるこちらが
於札内駅の外観です。
駅は1959年(昭和34年)に鉄道管理局設定の仮乗降場として設置されました。
国鉄分割民営化の1987年(昭和62年)に駅に昇格して現在に至ります。
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踏切側のホーム南端に階段があり上る事ができます。
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ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
駅舎は無く待合室が設置されています。
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昭和に作られたホームなので鉄骨造りで
床はPCコンクリート板敷きでした。
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トタン張りの待合室の入口の上には
錆びた国鉄仕様の駅名標が。
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待合室の中は物置のようですが
窓があり木製のベンチも設置されていました。
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中に掲示されている時刻表。
上下線とも1本づつです。
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ホーム上から見た駅前の踏切と駅までの道の様子。
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こちらは駅前の道を、北側を見た光景です。



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こちらは新十津川町を走る南16号線という町道です。
この付近の開拓地では入植にあたって
300間(およそ550m)の等間隔で縦横に道路を作って碁盤目のように区画をしました。
その区画の目にあたる道路が号線道路と呼ばれています。
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この南16号線とJR札沼線が交わるこちらの踏切が
下徳富下9号線踏切となります。
札沼線と併走してきた国道275号線からは西へ850mほどに位置しており、
於札内駅からは北に1.5kmほどとなります。
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この踏切の北側の線路脇に南下徳富駅のホームが置かれています。
駅は1956年(昭和31年)に新設されたもので、
2012年(平成24年)までは道路に面したホーム脇に小さな木造の待合室がありました。
老朽化の為に木造待合室は撤去されており、現在ではホームのみの駅となっています。
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ホームは踏切脇からバラストを踏みスロープで上がりますが、
かつて待合室があった場所の前にガラス掲示板が新設されており
時刻表もこの掲示板に納められていました。
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駅のホームの様子です。
単式1面1線ホームの棒線無人駅となります。
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北側はPCコンクリート板の床であるのに対し
南のスロープ側は木製の床となっています。
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駅周辺を見回してみるとご覧の通り、
どちらを見ても一面に田んぼが広がる光景で近くに建物は見当たりません。



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こちらは国道275号線の西側550mほどを南北に併走している町道です。
この道のさらに80mほど西にはJR札沼線の線路も併走しています。
南下徳富駅からは2kmほど北に位置するこの付近に次の駅があります。
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切り替えして北側から付近を見ると、
ちょうど南12号線と南13号線の中間付近のこの付近には
JAの資材倉庫が並んでいます。
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この倉庫街の町道の途中に駅への取付道路が西へと延びていました。
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下徳富駅の駅舎の外観となります。
1934年(昭和9年)の国鉄札沼線延伸に際して設置された駅で、
ご覧の駅舎は1979年(昭和54年)まで有人駅舎だったものです。
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駅舎側から見た駅前の様子です。
舗装された広場に木が生えており、国道と連絡する道路の両脇は
JAの倉庫へと通じています。
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駅舎の中の様子です。
有人駅だった時代の出札窓口はベニ板で封じられていますが
広めの待合室は往時のままの様子で
プラスチックのベンチが並べられていました。
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ベニヤの上に貼られていた下徳富駅のポスター。
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ホーム側へと出ると土盛りのホームが若干離れてあり、
上る階段が正面にありました。
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こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
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この駅のホームもかつては島式ホームで列車交換が可能でした。
しかし交換設備は撤去されており、
駅舎とホームの間にはかつての線路のあったスペースが残っています。
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またホームの南端の札幌方の先には貨物用ホームの跡が残っています。



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こちらの写真の、ガソリンスタンドの奥に見える建物は
新十津川町役場の庁舎です。
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この交差点は中央18交差点で、
国道275号線と道道625号学園新十津川停車場線が
それぞれこの交差点で直角に曲がって交わっています。
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交差点の角にあるコンビニエンスストア。
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この交差点から南へと道道625号学園新十津川停車場線が下っており、
その名前の通り道の先には駅があります。
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通りの脇に建っている地元のJAのたまねぎ出荷の貯蔵庫。
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コンビニ前の交差点から250mほど南に進んだところで
道路は行き止まりとなります。
脇には道道625号線の終点の標識が。
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行き止まりの右手、西側には駅前広場の敷地が隣接しています。
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広場の奥には新十津川駅の駅舎が。
この駅は元々1931年(昭和6年)に留萌本線の石狩沼田駅から当駅までを
国鉄札沼北線として開業した際に終着駅としてできたものです。
開業当初は中徳富駅という名前でした。

3年後には浦臼駅まで延伸し途中駅となり、
その翌年の1935年(昭和10年)に札沼線が全通。
1953年(昭和28年)には駅名を現在の新十津川駅へと改称しています。
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駅前の広場の様子です。
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そして新十津川駅の駅前広場に隣接する形であるのがこちらの空知中央病院です。
駅前でひときわ目立つ大きな建物ですが、
実はこの病院は新十津川駅とも密接な関係があります。
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駅前広場の病院側の目の前にある、
新十津川町の案内マップです。
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広場の一角にはこちらの顔出し看板が。
「日本一早い最終列車が出発する終着駅」と書かれています。
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駅舎の中の様子です。
1986年(昭和61年)に無人駅となり券売窓口も使われなくなりましたが、
新十津川町観光協会が窓口を2018年(平成30年)より観光案内所として活用しています。
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ホーム側から見た駅舎前の様子です。
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こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線のみとなっており、
終着駅ですので列車はそのまま折り返す事となります。
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ホーム脇にある76キロ1/2の距離標。
起点の桑園駅からの距離となります。
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かつては途中駅だった時代もあるこの駅は
駅舎とホームとの間にスペースがあり、
かつては交換設備の線路があったであろうことをうかがわせます。
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ホーム上にある名所案内の案内板。
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そしてこの駅を全国的に有名にしているのが
「日本一終電の早い駅」であるという点です。
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浦臼駅━新十津川駅間は2016年(平成28年)以降は一日に一往復しか運行されておらず、
朝九時台に到着した列車は当駅到着の最終列車となり、
十時ちょうどの当駅発石狩当別行きの列車が始発で最終列車となっています。
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朝に到着する「最終列車」がホームに停まると
駅の目の前にある空知中央病院に併設された保育所の園児達が
列車の乗客をお出迎えを行っています。
この空知中央病院では新十津川駅の駅ノートの管理も行っており、
病院のWebには駅ノートのページが設けられています。
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そしてこちらは新十津川駅の駅長犬のララ。
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新十津川駅のホームからは200mほど北に線路が延びています。
空き地の真ん中に線路があり、両脇にはJAの倉庫が並んでいます。
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こちらが札沼線の北端の車止めです。
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かつて1972年(昭和47年)まではここから北へと線路が延びていました。
新十津川駅━石狩沼田駅間が廃止となって線路は撤去され、
現在ではご覧の様に車止めの先の、かつての廃線跡には住宅が建っています。
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そして駅舎を後にして、駅前の停車場線を再び北上し、
国道275号線との交点の交差点まで戻ります。
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こちらの交差点のコンビニの駐車場には
ご覧の中央バスの新十津川役場停留場が置かれていました。
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時刻表を見ると、札沼線の列車と接続できるバスが
滝川駅方面に出ている事が分かります。
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こちらからバスに乗ると、石狩川を渡って4kmほどにある
JR函館本線の滝川駅まで行く事ができます。
札沼線を乗車する愛好家には良く知られているバスワープのルートのようです。



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こちらは札比内駅━新十津川駅間のau 4G LTEでの電波エリアマップです。
この区間も全線が電波エリア圏内となっていますので
駅へのアクセスに困る事はありません



こちらの札比内駅━新十津川駅間に関しては、
東側4kmほどを並行して北上しているJR函館本線からレーダーを飛ばせば
通常射程県内で全ての駅がレーダー取得が可能
です。
札沼線が廃線となった後でもアイテムを使えば
路線コンプはさほど手間では無いでしょう。


しかしJR北海道の廃駅は撤去が非常に早く、
早ければ廃止の翌日から早速撤去が始まったりします。
私は昨年廃止された駅がもう跡形も無くなっているのも見ましたし、
施設の撤去だけはJR北海道は非常に迅速です。

という訳で札沼線の姿が見れる時間もあとわずかです。
今のうちに見に行く事をお勧めします。

では。
【写真撮影:2018年5月】