南阿蘇鉄道92
次は南阿蘇鉄道高森線についてです。



1916年(大正5年)に国鉄宮地軽便線の駅として鉄道院によって開設された駅で、
宮地線と改称された後の1928年(昭和3年)2月に現在の南阿蘇鉄道にあたる
立野駅━高森駅が宮地線の支線として開業しています。

そして豊肥本線の全通によって開業から10ヶ月で
立野駅━高森駅間は高森線として分離され、以後は国鉄高森線として運行されます。


計画では宮崎県側を走る高千穂線と繋がって九州を横断する路線となる予定でしたが
建設中の高森トンネルが異常出水によって工事中断に追い込まれるなど難航。
1980年(昭和55年)の国鉄再建法で工事凍結となり、
高森線と高千穂線が繋がることはありませんでした。


その後高森線は第1次特定地方交通線として廃止が承認されたものの
1986年(昭和61年)に第三セクター転換。
南阿蘇村が56.5%の株を保有するというローカル鉄道となり
現在に至るまで南阿蘇鉄道として運行をしています。



南阿蘇鉄道01
こちらは国道57号線の南阿蘇村大字立野付近の光景で、
ご覧の信号から南側へと県道174号立野停車場線が分岐しています。
南阿蘇鉄道02
立野停車場線はS字を描くように国道から南へ進み、
旧立野小学校の廃校跡地の外周を回るように西へと進路を変えて進みます。
南阿蘇鉄道03
西へと曲がってから260mほど進むと、
左手に線路を見下ろしつつ駅前へと辿り着きます。
南阿蘇鉄道04
駅前の広場の様子です。
線路は一段低い場所を走っており、駅も高台の広場から見下ろす位置にあります。
南阿蘇鉄道05
こちらが立野駅へと下る駅前広場からの入口です。
南阿蘇鉄道06
ホームのある駅舎前まで下る階段。
南阿蘇鉄道07
階段を下りきると目の前に、駅舎への案内板と
トロッコ列車の運行情報を掲示する案内板があります。
南阿蘇鉄道08
こちらがJR豊肥本線の立野駅の駅舎となります。
1916年(大正5年)に開設された駅で、当駅から西への路線はスイッチバックとなっています。

2016年(平成28年)4月の熊本地震で肥後大津駅━阿蘇駅間が運休しており、
現在(註:2019年9月)駅も休止状態となっています。
南阿蘇鉄道09
駅舎の中の様子です。
板張りの内装にベンチのある待合室があり、
券売窓口の前には改札のラッチがあります。
南阿蘇鉄道10
改札を抜けるとご覧の様に
ホームへと上るスロープが右手に延びています。
南阿蘇鉄道11
こちらがホームの様子となります。
JRのホームは島式ホーム1面2線となっており、
北側の駅舎のある側が1番線で上り線熊本方面行き、
南が2番線で下り線大分方面行きとなります。
南阿蘇鉄道14
豊肥本線の各駅に設置されている、駅名の由来の入った駅名標。
南阿蘇鉄道15
熊本地震でホームの一部が崩れるなど被害があった為、
ホームと構内のレールは2018年(平成30年)に新しく作り直されています。
列車が運行している当時には
全列車がスイッチバックの為一旦この駅で停車をしていました。
南阿蘇鉄道13

南阿蘇鉄道16
JRの駅舎を出て、階段前の案内看板の前を通過すると
反対側に南阿蘇鉄道のホーム入口となるスロープがあります。
南阿蘇鉄道17
こちらが上から見た南阿蘇鉄道の立野駅の駅の外観です。
ホーム上に駅舎が置かれており、ホーム西端のスロープと駅舎の間には
上屋の屋根が設置されているのが分かります。

1928年(昭和3年)に宮地線の支線として
立野駅━高森駅間の開通によって設置されたもので単式ホーム1面となっています。
国鉄時代には高森線の0番線ホームだったそうです。
南阿蘇鉄道18
ホーム西端の入口スロープを上がると
ご覧の通りベンチが置かれて待合スペースとなっています。
南阿蘇鉄道19
ホーム上にある駅舎の東端は待合室となっており、
中にはトロッコ列車の当日券を発売する窓口があります。
ただ、駅自体が休止中だった為中には入れず、外からの写真となります。
南阿蘇鉄道25
建屋がホーム上のある為ホーム上は狭くなっている箇所が。
南阿蘇鉄道20
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線となっています。
南阿蘇鉄道21
上屋の屋根とベンチが置かれているホームですが、
運行休止中の為所々に雑草が生えている状態です。
南阿蘇鉄道22
そしてホーム西端のスロープ前にある
南阿蘇鉄道のゼロコロポスト。
南阿蘇鉄道23
このゼロキロの距離標の目の前は構内踏切となっており、
後ろには駅前広場へと上がれるスロープがあります。
これはかつて駅前広場のスロープ前に大きな木造駅舎があった時の
ホームへの連絡通路だったものです。
南阿蘇鉄道24
南阿蘇鉄道の線路はホームから西のJR側へと伸びており、
JRホームの先で合流をしています。
南阿蘇鉄道26
駅前広場へと戻り、こちらは駅の向かい正面にある
ニコニコ饅頭の店舗です。
1907年(明治40年)創業で、1916年(大正5年)の駅開業に合わせて
こちらの駅前へと移転し営業をしているという老舗です。
南阿蘇鉄道27
ニコニコ饅頭と駅入口の間にはかつて八角形の建物があって
土産物屋が入っていました。
駅への階段と建物二階が直結していましたが、
恐らく熊本地震の影響で現在は解体撤去されていました。


南阿蘇鉄道28
こちらは立野駅から東に350mほどの、
県道174号立野停車場線が小学校跡の前で直角に曲がる場所のすぐ東の地点です。
この場所に2018年(平成30年)に「立野ダム展望所」という広場が設けられました。
南阿蘇鉄道29
立野ダムは立野渓谷を流れる白川に洪水調節を目的として建設されているダムで、
駅前のニコニコ屋でダムカードの配布も行われています。
南阿蘇鉄道30
そして南阿蘇鉄道を見に来た観点から言えば、
この展望所の一番のポイントはなんといっても立野橋梁に尽きると思います。
南阿蘇鉄道31
こちらが展望所から見た立野橋梁です。
1924年(大正13年)に完成した国鉄高森線の橋梁です。
橋脚に鉄骨を組んで作ったトレッスルを用いたトレッスル橋で、
九州ではここだけにしか無いという珍しい橋です。
土木学会の選奨土木遺産にも指定されています。

立野駅から500mほどの場所に架けられたこの橋も
熊本地震の影響で被災しており、復旧に向けて修復工事の準備が進められています。


南阿蘇鉄道32
こちらは国道325号線の阿蘇大橋の架け替え工事の現場です。
熊本地震による阿蘇山の外輪山の崩落によって、
JR豊肥本線と共に阿蘇大橋も土砂に流されてしまいました。
その為新たな阿蘇大橋を旧橋から800mほど南の位置で架け直しているのが
ご覧の写真の現場となります。
南阿蘇鉄道33
その新・阿蘇大橋から500mほど南に見えるのが
南阿蘇鉄道で名高い第一白川橋梁です。
1927年(昭和2年)に竣工した橋はバランストアーチ橋という形式の橋で、
60mを超える高さは建設当時の日本で一番高い鉄道橋でした。

熊本地震の被災によって架け替えが決定しており、
総工費約40億円で2022年(令和4年)の復旧の見込みです。


南阿蘇鉄道34
こちらは南阿蘇村の村道ですが、国道325号線の旧道にあたる道路です。
立野駅から東へ4.5kmほどに位置するこちらの信号が次の駅への入口となります。
南阿蘇鉄道35
この交差点には駅方面から見るとご覧の大きな行先案内標識があります。
駅への道には駅がある事を示す標識も。
南阿蘇鉄道36
旧国道の交差点から南へ90mほど下ると駅前の広場が見えてきます。
南阿蘇鉄道46
道路の曲がり角に面した駅前広場は舗装されかなりの広さがあり、
駐車場としてもかなりの広さがあります。
南阿蘇鉄道47
広場の東側に面して立つ阿蘇森林組合南部支所の建物。
南阿蘇鉄道49
南側の駅ホーム脇近辺には周辺の案内地図が掲示されていました。
南阿蘇鉄道48
また広場西側の駅舎前を過ぎると集合住宅が見えますが、
ホーム脇に駐輪場と何台分かの駐車場がありました。
南阿蘇鉄道37
そしてこちらが南阿蘇鉄道の長陽駅の駅舎の外観です。
1928年(昭和3年)の国鉄宮地線の支線の開業によって開設された駅で、
後の国鉄高森線の駅として長らく営業をしてきました。
1971年(昭和46年)までは有人駅だったそうで、
現在は無人駅ながら1927年(昭和2年)築の開業以来の木造駅舎が残っています。
南阿蘇鉄道38
駅舎の中の様子です。
待合室には木製のベンチや机などが置かれ、
本棚などもあってさながら町の集会場のような状態です。
かつての駅務室は現在では駅舎カフェ久永屋というカフェが入居しており
土日のみの営業を行っています。
南阿蘇鉄道39
こちらは駅舎の入口脇に置かれた古いかき氷機。
駅舎に入居するカフェの小洒落たレトロコンセプトによるものなのか、
建物の周辺にはこういったレトロアイテムが散在していました。
南阿蘇鉄道40
改札を抜けてホーム側から見た駅舎の様子です。
南阿蘇鉄道41
駅舎前に置かれた、明らかに恋人同士を座らせる為に作られたであろうベンチ。
中央へ傾斜がつけられており、強制的に二人が寄り添う設計です。
南阿蘇鉄道42
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
南阿蘇鉄道43
阿蘇山の外輪山と中央火口丘の間のカルデラ盆地の南側を鉄道は走っており、
白川が近くを流れることもあって駅周辺は比較的平らな光景が広がります。
南阿蘇鉄道44
ホームの東側の縁石が崩落していますが
熊本地震の影響でしょうか。
南阿蘇鉄道45
駅前の広場とホームの間にフェンスなどは無く、
中には駅舎を通らなくとも自由に入れる状態です。



南阿蘇鉄道50
こちらは国道325号線の旧道である村道から、
南阿蘇西小学校の北側の交差点を300mほど入った付近の光景です。
センターラインの無い村道と鉄道が交差し、
南阿蘇鉄道の加瀬1号踏切があります。
南阿蘇鉄道51
踏切を渡って線路沿いに進むと70mほどで次の駅が見えてきます。
南阿蘇鉄道52
南阿蘇鉄道の加勢駅の駅舎の外観です。
この駅は高森線が第三セクター転換した後の1986年(昭和61年)に設置されました。

駅前の村道が坂になっており、線路とホームは築堤上にあるため
駅舎も基礎が高く作られています。
南阿蘇鉄道53
正面の階段を上って駅舎の中の様子です。
ベンチの置かれたシンプルな待合室となっています。
南阿蘇鉄道59
駅舎のホーム側の光景です。
この駅の駅舎はホームの北端に位置しています。
南阿蘇鉄道54
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となります。
南阿蘇鉄道55
現在(註:2019年8月)現在で列車の運行の無い休止状態の駅ですが、
ホーム内や駅舎まわりの生垣は綺麗に刈り揃えられており手入れがされています。
南阿蘇鉄道56
この駅はホームの両端にも入口があります。
まずこちらは駅舎に近い北側のスロープです。
生垣の中の坂が駅前の道路まで通じています。
南阿蘇鉄道57
一方のこちらは南側のホーム端のスロープです。
こちらは踏切脇へと通じています。
南阿蘇鉄道58
南口ともいうべきこちらの出口前にある、
加瀬2号踏切です。



南阿蘇鉄道60
引き続き国道325号線の旧道を外輪山の内側に沿って東進すると
1.5kmほどでこちらの長陽村下田交差点へと差し掛かります。
鉄道と併走してきた旧道のこの交差点が、次の駅への入口となります。
南阿蘇鉄道61
旧道から50mほどで駅舎が。
南阿蘇鉄道62
こちらが阿蘇下田城ふれあい温泉駅の駅舎です。
1928年(昭和3年)の路線開業時に阿蘇下田駅として開設された駅で、
南阿蘇鉄道へと第三セクター転換された後の1993年(平成5年)に
現在の駅名へと改名され、併せて駅舎も改築されています。

駅名標も「阿蘇下田城」となっており、
かつてこの駅の近くにあった下田城を模している駅舎は
お城のような外観となっています。
南阿蘇鉄道63
駅舎の左手、東側には舗装されたスペースがあり
駐車場と駐輪場があります。
南阿蘇鉄道68
駐車場とホームの境目付近にある縁結びの石。
元々は阿蘇観光ホテルという天皇が熊本に行幸した際に宿泊したホテルにあったものですが、
ホテルが閉館となった為にこちらの駅へと移設されています。
南阿蘇鉄道64
駅舎の西側は行き止まりとなっており
村営の集合住宅の敷地となっています。
南阿蘇鉄道65
駅舎の中の様子です。
熊本地震で駅舎も河原が落ち柱がゆがむなどの被害を受けた為、
現在は駅のホームと併せて改修のため休館となっています。

中に入れないので窓から覗いた光景ですが、
かつての待合室の様子が見えます。
この駅の駅舎は営業時は温泉が建物内にあった為、
受付カウンターはさながら番台のようになっています。
南阿蘇鉄道66
こちらはホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
駅名標はご覧の標識のようなものしかありませんでしたが、
これは昔からのこの状態だったようで震災で無い訳ではない様子でした。
南阿蘇鉄道67
訪ずれた時(註:2019年8月)にはホームも改修中で、
転圧という砂利を付き固めた状態になっていました。
完成時にはおそらくアスファルトで綺麗に舗装されていることでしょう。
南阿蘇鉄道69
ホーム前には阿蘇のカルデラの平地が広がっており
なかなかの景観を見ることができます。

南阿蘇鉄道70
こちらは阿蘇下田城ふれあい温泉駅から西へ400mほどにある
下田橋梁という南阿蘇鉄道の橋梁です。
この橋梁の西側の小山がかつての下田城の跡でした。
南阿蘇鉄道71
橋梁をくぐって坂を進むとご覧の道の分岐点へと出ます。
南阿蘇鉄道72
こちらに下田城跡の木標が立っています。
ロケーション的に城があったであろう雰囲気はあるものの、
遺構などは見当たらない小山のみとなっています。
この城跡こそが駅名の由来となった下田城の跡となります。



南阿蘇鉄道73
南阿蘇鉄道は国道325号線の旧道と併走を続け、
2kmほど東に進んだ付近に次の駅が設けられています。
こちらは旧道から駅へと連絡する道路が分岐する交差点です。
南阿蘇鉄道74
反対の東側から見た駅への交差点付近です。
角に商店があり、その前にはバス停もあります。
南阿蘇鉄道75
駅への案内看板に従って南へ。
南阿蘇鉄道76
80mほどでご覧の三差路となります。
左の道の方が広いですが、
ミラーにある案内標識は右側が駅であることを示しています。
また駅への方向には「田舎ごはん きしゃぽっぽ」の案内看板も。
南阿蘇鉄道77
分岐から田んぼの脇の道を100mほど進むと駅舎が見えてきます。 南阿蘇鉄道78
こちらが南阿蘇水の生まれる里白水高原駅の駅舎となります。
第三セクター転換後の1992年(平成4年) に開設された駅で、
開設時には日本一長い駅名の駅でした。
南阿蘇鉄道79
駅舎の前には舗装された駅前広場がありますが駅で袋小路となっており、
駅前の道はいわゆる取付道路であることが分かります。
南阿蘇鉄道80
広場の西端には、駅舎と同じ八角形をしたトイレが。
南阿蘇鉄道83
駅舎の向かいあたりの広場に立てられた案内地図の看板には
この駅の日本一長い名前についての説明文が書かれています。
南阿蘇鉄道81
反対側の東側には広場に隣接してご覧の食堂があります。
こちらが駅への道の分岐に看板があった「きしゃぽっぽ」となります。
南阿蘇鉄道82
駅舎の中の様子です。
この駅も熊本地震による運休区間にある駅の為、
休止中で駅車内には入れませんので窓から見た光景となります。
南阿蘇鉄道84
ホーム側から見た駅舎の外観です。
無人駅ですので駅舎の中を通らずともホームへは入る事ができます。
南阿蘇鉄道85
そしてこちらがホームの様子。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
駅の西側はご覧の通り田んぼがカルデラに広がっています。
南阿蘇鉄道89
中ほどに置かれていたカップルチェアー。
長陽駅にあったものと色違いですが同じ形のベンチでした。
南阿蘇鉄道86
東側を見るとホームのすぐ先に跨線橋が。
南阿蘇鉄道87
こちら駅の東に架かる村道の跨線橋で、川地橋という名前の橋でした。
南阿蘇鉄道88
橋から見た駅の全景です。



南阿蘇鉄道90
そして南阿蘇鉄道は引き続き国道325号線の旧道と併走をしながら東へと進み、
3kmほどで次の中松駅となります。

2016年(平成28年)4月に起きた熊本地震によって
南阿蘇鉄道は全線運休を余儀なくされていますが、
3ヶ月後の7月にはこちらの中松駅から終点の高森駅までの間で部分復旧をしています。

運行本数は少なくなっているものの中松駅で折り返し運転で鉄道は走っていますので、
南阿蘇鉄道の記事についてもこの中松駅を区切りとして分けたいと思います。


南阿蘇鉄道91
こちらはau 4G LTEでの南阿蘇鉄道の立野駅━中松駅間の電波エリアマップです。
ご覧の通り全線が電波エリア圏内となっています。
地上を走っていれば駅へのアクセスに困る事は無いでしょう。


アイテムを使用しての駅の取得ですが、
JR豊肥本線で列車が運行している(註:2019年8月現在)肥後大津駅からは
レーダーでは立野駅(射程6)が取れるのみです。

一方、JR豊肥本線の東側で列車の走る阿蘇駅からですと
起点の立野駅には届かないものの、
長陽駅(射程6)から阿蘇白川駅(射程12)までレーダーが届きます。
阿蘇駅の2駅東にある宮地駅からは南阿蘇白川水源駅(射程8)から
高森駅(射程7)までも届きますので、東側からですと立野駅以外は全てレーダーで取れます

熊本を拠点としている九州産交の産交バスでは
快速たかもり号(熊本━高森)特急やまびこ号(熊本━大分)といったバス路線を運行しており、
JR豊肥本線にほぼ沿うように走っていますので
途中でレーダーを使えば南阿蘇鉄道のコンプは可能
となります。



熊本地震以降で鉄道の復旧している中松駅より南については
その2にて続きたいと思います。

では。

【写真撮影:2019年8月】