でんこの元ネタ
■No.42 青砥そら(Aoto Sora)
 ■タイプ:アタッカー
 ■誕生日:5月21日

■出身駅: 京成電鉄 京成本線 青砥駅(東京)
そら01

京成電鉄は1912年(大正元年)11月に現在の押上線と、
本線にあたる曲金駅(現在の京成高砂駅)━伊予田駅(現在の江戸川駅)が開業したのが
実質的な最初の開業ですが、この時には路線上に青砥駅は設置されていませんでした。

青砥駅が開設されたのは1928年(昭和3年)のことで、
これは日暮里への延伸を目論んで分岐点の駅として作られたものです。

実際に他社を買収して鉄道敷設免許を獲得し、青砥駅━日暮里駅間が開通したのは
1931年(昭和6年)の事で、これによって京成電鉄は悲願であった都心延伸を果たしました。


1959年(昭和34年)に橋上駅舎化されてホームの幅も拡張。
その後は青砥駅━高砂駅間の立体化および複々線化の工事が
1972年(昭和47年)より開始されて青砥駅も一旦高砂駅寄りに仮駅を設置して高架化。
実際に高架駅舎が完成したのは1985年(昭和60年)のことでした。
そら02
こちらは駅から西に80mほどにある青砥駅北口交差点の光景です。
交差点を中心に鉄道に沿った南北300mほどの商店街は
青戸サンロード商店街と名づけられています。
そら03
この交差点から西へと400mほどには環状7号線が走っており、
1985年(昭和60年)に完成した中川に架かる青砥橋があります。
そら05
交差点から北に100mほどには、1956年(昭和31年)に戦後葛飾区内に初めてできた
公団住宅の青戸第一団地があり、人口の増加によって駅周辺の田畑が開発されて
次第に市街地を形成してきました。
そら04
青砥駅北口交差点から駅までの80mほどの間は
北ウイング青戸商店街という駅前商店街となっています。
そら06
北ウィング商店街を南に抜けると京成の高架に突き当たります。
戦後に急速に住宅地が発展した駅周辺には駅前広場を作る様な土地は無く、
高架下に歩行者用の広場が設けられています。
そら08
この駅前広場の一角には、ご覧の高架の柱を利用した
「ワルツの塔」というモニュメントがあります。
これは1992年(平成4年)にかつしかシンフォニーヒルズ(葛飾区文化会館)が出来た際に
事業の一環として最寄の青砥駅前に「ワルツ王」と呼ばれた
ヨハン・シュトラウスの像が置かれたものです。
そら10
駅前広場の、高架下道路沿いにある駅周辺の案内地図。
そら09
広場の東側にはご覧の駅舎内への入口があります。
そら11
入口付近の様子です。ご覧の様に階段となっています。
この階段はA階段と名前がついています。
そら69
A階段の左には駅ビルのショッピングセンターの入口がありますが、
その前にB階段の入口があり、上るとA階段の踊り場へと通じています。
そら12
A階段とB階段の合流した階段を上るとご覧のコンコースがあります。
ここは駅舎の中二階にあたり、線路の下を南北に走る通路の途中に改札口があります。
そら13
中二階コンコース中ほどの改札前の様子です。
そら64
改札前を通過して売店の前を過ぎると
コンコースの反対側の階段があります。
階段上にはC階段の表記があるのが分かります。
そら65
こちらがコンコースの北側の先にあるC階段側の入口の光景です。
駅ビルのジョッピングセンターの入口前にコンコースへの階段があります。
そら66
入口前の道路から見た光景です。
そら67
こちらがコンコースへの入口となります。
階段を上り進むと改札前へと至ります。
そら68
駅にあった構内の見取り図です。

そら14
こちらは改札を入った中の様子です。
コンコースから改札を通ると、左右にホーム階に上る階段があります。
そら70
改札階から階段を上がったこちらが駅の二階ホームです。
二階は島式ホーム1面2線となっておりどちらも上り線の列車が使用します。
そら72
1番線が押上方面行きの京成押上線ホーム、
反対の2番線が京成上野方面行きの京成本線ホームとなります。
そら71
元々は平面交差で二つの路線が交わっていた駅でしたが
現在の駅ができてからは階によって列車の方向を分け
二重高架の方向別配線となりました。
そら72
立体構造とする事によって、押上方面(京成押上線)と上野方面(京成本線)の乗り換えは
同じホームでの並行移動で行うことができます。
また上野方面から下り線で来た乗客が押上方面へと乗り換えるには
階段を降りれば乗り換えられるなど、楽な乗り換えができる様に動線が工夫されています。
そら73
ホームの成田方面方寄りにはご覧の青砥そばという立ち食い蕎麦店があります。
そら74
またホームの売店は京成グループの子会社が運営するコンビニとなっており
ファミリーマートがホーム上へと展開しています。
そら75
二階の上りホームのコンビニはご覧の様に自販機店舗となっています。
そら76
こちらは二階と三階のホームを連絡している階段。

そら77
こちらが三階の下り線ホームとなります。
当駅止まりの列車以外は全ての列車が3、4番線共に京成高砂駅へと向かい、
その先で京成本線方面と、北総線・成田スカイアクセス線方面へと分岐します。
そら78
こちらが三階ホームの京成高砂方の光景です。
ガラスで仕切られた待合室が三階ホームには置かれています。
そら79
ホームの中ほどにはご覧のファミリーマートが。
三階のファミマは有人店舗となっています。
そら80
京成上野方にも階段があり、その先には待合のベンチが置かれています。
そしてホームの端には券売機のある建屋が建っているのが見えます。
そら81
ホーム端にあるこちらは青砥駅のイブニングライナーの待合室です。
京成ではスカイライナーの車両を使用した通勤ライナーを運行しており、
朝がモーニングライナー、夜がイブニングライナーとなっています。
そして青砥駅には夜のイブニングライナーが停車するのですが
この駅では8号車(最後尾車両)の乗降扉しか開きません。
駅ごとに乗車する車両を分けて乗客を分散する為なのですが、
その為8号車の目の前となる京成上野方のホーム端に待合室が置かれているのです。

そら82
こちらは青砥駅ホームから東方に見える青砥橋です。
駅からはおよそ350mほど北東に位置しており、
中川に架かる環状七号線の橋梁です。
そら84
駅から北に350mほどの写真の場所で
京成と環七が立体交差しているのですが、そのすぐ東側が青砥橋となります。
そら83
中川の川岸から見た青砥橋。
そら85
京成の高架と中川は青砥駅付近ではおよそ150mほどの距離であり
河口に近い川はさながら港のような光景です。

そら86
高架下の駅入口前の「ワルツの塔」から西側の道路へと出ると
ご覧の「かつしかシンフォニーヒルズ」への案内表示があります。
そら87
80mほど進むとご覧の交差点に。
ここは青砥駅の南端でもあり、頭上では京成本線と京成押上線が
分岐をしている場所でもあります。
そら88
シンフォニーヒルズの案内に従ってさらに100mほど進むと
歩道にモニュメントのこちらのある交差点があります。
そら89
高架をくぐったこちらのインターロッキング舗装の道路が
シンフォニー通りで、300mほどシンフォニー通りを南に進むとホールへと辿り着きます。
そら90
こちらが駅前でヨハン・シュトラウスの像が示していた
かつしかシンフォニーホールです。



■モデル車両: 京成電鉄 AE形(2代目) スカイライナー
そら16


京成電鉄では新東京国際空港(現・成田国際空港)と都内との空港アクセス輸送の為に
1972年(昭和47年)3月より京成AE形 (初代)を開発し落成しました。
AEとは「Airport Express」からつけた名前であり、
この車両が空港アクセスの為の特急車両として開発されたことが分かります。

1972年(昭和47年)10月の新東京国際空港の開港予定に合わせての開発でしたが
空港反対運動の活発化によって当初の開港予定が大きくずれこみ、
実際に空港が開港したのは1978年(昭和53年)5月のことでした。

初代AE形の車両はは空港反対運動の過激派に翻弄され続け
およそ1年半にわたって車両基地で雨ざらしの憂き目に遭います。
1973年(昭和48年)にはやっと特急としての運用を開始したものの、
当初は京成上野駅━京成成田駅間を一日に1往復するといった状態でした。
そら17
こちらは空港開業に合わせて京成で1978年(昭和53年)5月21日に設置された
旧・成田空港駅である現在の東成田駅
です。
前日の5月20日に紆余曲折を経てようやく空港が開港し、
京成のスカイライナーもこの成田空港駅の開業に合わせて運行が開始となりました。

駅メモでスカイライナーをモチーフとしたでんこである
青砥そらの誕生日が5月21日に設定されていますが
これは初代スカイライナーの営業運転開始日が元ネタ
であると思われます。
そら22
当時は空港アクセスの鉄道として成田新幹線の計画があった為、
空港公団は京成の旅客ターミナル直下への乗り入れに難色を示していました。
その為、京成の空港駅は旅客ターミナルとは離れた位置での開業を余儀なくされました。
そら18
現在の京成線ホームから見える、当時のスカイライナーのホームです。
「成田空港」の駅名標がまだ残っているのが見えます。
そら19
そしてこちらは現在でも使用している、東成田駅改札前から
空港第2ビルへと通じる歩行者用の地下道です。
ご覧の通り駅から空港第2ビルまでは500mの距離があります。
この様な状況だった為、当時のスカイライナーは
アクセスの良いリムジンバスに乗客を奪われてしまい閑散とした状態でした。

しかしその後の成田新幹線計画は空港反対派の抵抗などで工事が進まず断念。
1991年(平成3年)に現在の成田空港駅が開業して
JRと京成が旅客ターミナル直下への乗り入れを開始しました。
これによって初代の成田空港駅は東成田駅へと改称されています。
そら20
【上写真:京成AE100形、写真出典元:Railstation.net
ターミナルビルへの乗り入れに際して編成の都合などもあり
京成では新しくAE100形という特急車両を1990年(平成2年)に投入。
以降初代AE形の車両は順次AE100形へと置き換えられる事となりました。

そして2010年(平成22年)には北総鉄道の線路を通り、
印旛日本医大駅━空港第2ビル駅間を新設した「空港アクセス線」が開業。
北総鉄道部分は京成との重複区間とした京成成田空港線となりました。
そら21
このアクセス線では一部の区間で最高速度を160km/hとする事などから
京成では高速運転に対応した新型の特急車両を導入。
「空港アクセスと京成の原点回帰」の想いを込めてAE形の名前を継承した車両が
2010年(平成22年)7月17日に空港アクセス線の開業に合わせて営業運転を開始しました。

そら23
二代目のAE形の車両デザインはファッションデザイナーの山本寛斎氏の手によるものです。
エクステリアデザインのテーマは、速さの象徴である「風」がイメージされており
先頭車両は「疾風」をイメージした流線型となっています。
車体のベースカラーはストリームホワイト(    )で、
日本の伝統色である藍色をメタリックにアレンジしたウインドブルー(    )との
ツートンカラーの塗りわけとなっています。
そら61
先頭車両の全面の前照灯もご覧の様なスタイリッシュなデザインとなっています。
このライトにはLEDを使用しているそうです。
そら62
駅メモのでんこの青砥そらのネクタイのデザインを見ると
この先頭車両の前照灯がモチーフとなっているのが分かります。

そら523
一方で車内のインテリアデザインは「凛」がコンセプトで、
無駄をそぎ落とした、機能的で清涼な美しさが目指されています。
客室内はドーム形の天井に間接照明を施しており、
解放感と適度な落ち着き感を作り上げたそうです。
そら54
またスカイライナーは終点に到着すると乗客が下車した後に車内清掃が行われます。
そして座席が反対方向へと回転して転換されるのですが、
この座席転換がスカイライナーでは自動で行われています

こちらは青砥駅を通過する京成スカイライナーの動画です。
(上動画はクリックすると再生できます。)


それでは各車両について見ていきたいと思います。
そら24
まずは成田空港方の先頭車両である1号車です。
編成略記号ではM2cとなり、M(電動車)c(制御車)ですので
モーターと運転台のある制御電動車ということになります。

スカイライナーの車両番号は、例えば写真の1号車ですと「AE6-1」となっています。
これはAE(スカイライナーの形式番号)6(第6編成)-1(編成の1号車)という意味で、
他社の車両のように1両ごとに形式番号が分けられてはいない様子でした。
そら48
1号車の乗降扉は成田空港方にありますので
ご覧の通り運転席の後ろが乗降デッキとなっています。
そら26
1号車の客室内の様子です。
2+2席が10列設置されており、計40席となっています。
乗降デッキのある成田空港方の端にはご覧の荷物置き場が設けられています。


そら25
成田空港方2両目の2号車です。
編成略記号はM1となりM(電動車)ですので
モーターのある中間電動車となります。
そら57
2号車の屋根上にはご覧の通りシングルアームのパンタグラフがあります。
スカイライナーではどうやら偶数車両にパンタグラフがあるようです。
そら63
駅メモのでんこの青砥そらの背中にも
このシングルアームのパンタグラフがありますので見比べてみて下さい。
そら51
成田空港方の車端にある乗降デッキ付近の様子です。
そら46
客室内はご覧の通りで、2+2席が14列並んで計56席が設置されています。
中間車両ということで中は完全な客車となっています。


そら27
こちらは成田空港方3両目の3号車
編成略記号M2NでM(電動車)の中間電動車です。
Nは本来は寝台車の略号なのですが、ちょっとこの車両では
何を指しているのか分かりませんでした。
そら44
成田空港方の車端の乗降デッキ付近の様子です。
乗降スペースのみなのは2号車と同様です。
そら45
客室内の座席が2+2席×14列の計56席であるのも2号車と同様となります。
スカイライナーでは基本的に荷物置き場が乗降デッキ側に設けられており、
空港からスーツケースを持った旅客へと対応をしています。


そら28
成田空港方4両目の4号車です。
編成略記号はM1'となり、この車両も中間電動車となります。
そら47
この車両で目を惹くのがこちらの扉横にある縦に三連の丸窓です。
デザイン的には風の軽快さをアクセントとして表現しているそうです。
そら58
乗降デッキの上あたりの屋根にあるパンタグラフ。
そら40
成田空港方に乗降扉があるのは他の車両と同様ですが、
4号車にはデッキ内にサービススペースが設けられています。
ご覧の通り自販機が置かれ、丸窓の内側には小さなカウンターテーブルがあります。
そら39
客室内の座席は2+2席が13列と1列分少なくなっており、
合計で52席となっています。


そら29
成田空港方から5両目、京成上野方からは4両目となる5号車です。
編成略記号はT2でT(付随車)ですから自走のできない中間車両の客車ということになります。
そら52
この5号車で特徴的なのは何と言っても車体に描かれたこちらのロゴでしょう。
車体と同じく山本寛斎氏のデザインのロゴは毛筆でスカイライナーの頭文字が表現されており
成田空港からの外国人観光客の注目を集めているそうです。
そら41
5号車の乗降扉も成田空港方にありますが、
デッキには車椅子対応の多機能トイレがあり、その向かい側には洗面台も置かれています。
そら42
こちらが洗面台で、カウンターと一体の形とすることで
車椅子での使用をし易くしています。
そら43
またデッキ奥の車両連結部近くには通常の洋式トイレと
男性用トイレが設置されています。
そら49
車内客室の様子です。
5号車は2+2席が10列に車椅子用2席を合わせての計42席となります。
そら50
成田空港方の1列目のこちらが車椅子用のスペースで、
ご覧の通りシートがありませんが左右で計2台の車椅子を停めることができます。


そら30
京成上野方の3両目の6号車です。
編成略記号はT1ですのでこちらも動力の無い付随車となります。
そら59
6号車の屋根の上のパンタグラフ。
そら55
成田空港方の乗降デッキ付近の様子です。
そら56
客室内の様子。
2+2席が14列で合計56席となっています。


そら31
こちらは京成上野方2両目となる7号車です。
編成略記号がM2SでM(電動車)となりますから、
モーターの搭載されている中間電動車という意味となります。
Sはグリーン車を意味する記号なのですが、スカイライナーにグリーン席はありませんので
なぜSがついているのかは私にはちょっと分かりませんでした。
そら38
成田空港方の車端にある乗降扉です。
中のデッキはこの車両も乗降スペースのみとなっています。
そら37
客室内の様子です。
この車両も2+2席が14列で合計56席の客車となります。


そら32
そしてこちらが京成上野方の先頭車両である8号車です。
編成略記号がM1cですのでM(電動車)c(制御車)となり、
モーターを搭載し運転台もある制御電動車という意味となります。
そら60
こちらの車両もパンタグラフが屋根の上に載っています。
そら323
この車両も乗降扉は成田空港方にあります。
そら34
客室内は2+2席のシートが10列あって計40席となっています。
そら35
またこの車両は1号車とは違って運転席への扉が客室内にあります。
そら36
各車両に設けられている荷物棚の様子です。
大型スーツケース用の滑り止めのバーが下段にはあり、
棚の上には防犯カメラも置かれていました。

【写真撮影:2019年10月】