錦川鉄道01
さて、次は山口県の錦川鉄道錦川清流線についてです。


1960年(昭和35年)に国鉄岩日線として
川西駅━森ヶ原信号場━河山駅間が開業したのが始まりで、
1963年(昭和38年)には錦町駅まで延伸されました。

「岩日線」の「岩」は岩国駅ですが、「日」は山口線の日原駅を指しています。
元々は改正鉄道敷設法96項で「山口県岩国ヨリ島根県日原ニ至ル鉄道」と定められた予定線であり、
錦町駅まで開通の後は鉄建公団に工事が引き継がれて延伸工事が行われていました。

しかし1984年(昭和59年)に国鉄再建法によって第2次特定地方交通線に指定。
すでに錦町駅━六日市駅間の16.6kmについては路盤が完成していましたが
赤字廃止路線となった為に工事は凍結されました。

その後1987年(昭和62年)4月に国鉄民営化によってJR西日本が引き継いだ後に
第三セクター転換が行われ、同年7月に錦川鉄道に移管されて
線名も錦川清流線へと改められました。


錦川清流線は旧岩日線の名前通り岩国駅から運行をしていますが、
岩国駅━川西駅間の5.9kmはJRの岩徳線に乗り入れる形で運行しており、
錦川清流線の起点は川西駅となっています。

そしてさらに、川西駅と清流新岩国駅(旧・柱野駅)の間にある
森ヶ原信号場が実際の岩徳線と錦川清流線の分岐点
となります。
川西駅━森ヶ原信号場間は1.9kmですので、
実際は岩国駅━森ヶ原信号場間の7.8kmはJR岩徳線となります。

しかし全列車が岩国駅での折り返しとなっていますので、
こちらでも岩国駅を起点として始めたいと思います。


錦川鉄道02
こちらは岩国駅の西口の外観です。
1897年(明治30年)に当時の山陽鉄道の駅として開業した駅で、
国鉄山陽本線となった後に1929年(昭和4年)に岩徳線が開業。
岩国機関区も置かれたターミナルの役割を担う駅となります。

1960年(昭和35年)に岩日線が開業し乗り入れた後は3線の交わる結節点となり、
現在は広島シティネットワークの西端の駅として広島近郊路線の役割も持っています。
錦川鉄道03
西口側は岩国の中心市街地に面しており、
駅前広場に面して南北に鉄道と併走するように国道188号線が走っています。
錦川鉄道04
駅は2017年(平成29年)に現在の橋上駅舎へと改築されており、
ご覧の東西を繋ぐ橋上の自由通路の途中に改札が設けられています。
錦川鉄道05
改札内にも橋上の連絡通路があり、
入って左手に進むと0番線と1番線ホームへの階段があります。
錦川鉄道06
階段を降りると単式ホームの1番線へと出ます。
1番線はJRの岩徳線ホームでこのホームが終点となります。
錦川鉄道07
そしてホームにはご覧の通り0番線へと誘導する案内表示がいくつもあります。
案内に従って1番線ホームを南側へと進むとまもなく0番線が見えてきます。
錦川鉄道08
こちらはその途中にある駅名標です。
実はこれから向かう0番線の錦川清流線ホームには駅名標がありません
岩国駅から川西駅までは錦川清流線はJR岩徳線の線路を走りますので
当然ながら列車は同じルートを進む事になります。
なので駅名標も省略されているのでしょうか。
錦川鉄道09
1番線ホームの南端まで進むとご覧の通り
切り欠きホームとなっている0番線が。
錦川鉄道10
連絡通路のように細い部分の先に列車が停まる0番線ホームがあります。
錦川鉄道11
0番線ホーム北端の連絡通路側には
ご覧の様に待合いのベンチが置かれています。
錦川鉄道12
ホームの様子です。
広くなっている部分はさほど長さはありませんが、
通常は1両編成で運行する錦川鉄道なのでこれでも十分な長さです。
南側は壁があって半分ほどの幅に。
錦川鉄道13
ホーム南端から先を見ると、1番線(岩徳線)からの線路に
0番線(錦川清流線)の線路が合流しているのが見えます。
錦川鉄道14
切返して見た0番線ホーム。
JRのホームや跨線橋が見えます。
錦川鉄道15
0番線のホーム上には建屋があり屋根代わりとなっていますが、
JRのホームから見ると跨線橋から0番線の上の建屋へと
連絡通路があるのが分かります。
錦川鉄道16
その連絡通路へと上って0番線方向へと進むと
ホーム上の建屋が駐輪場であることが分かります。
錦川鉄道17
駐輪場に掲示されていた連絡通路供用のお知らせ。
錦川鉄道18
0番線の外側を併走する道路から見ると
細長い二階建ての市営駐輪場であることが分かります。
錦川鉄道20
0番線ホームから見た前の道路。
ちょうど駐輪場入口のすぐ脇付近となります。
錦川鉄道19
その駐輪場入口から北側の駅方向へと進むと
「一般車両進入禁止」の表示があり、タクシー専用ロータリーがあります。
ロータリーの先は岩国駅西口の駅前広場が隣接しています。


錦川鉄道21
こちらは岩国駅から南西へ2.8kmほどの場所を走る県道15号岩国玖珂線の様子です。
国道2号線のバイパスである欽明路道路の岩国側の入口である写真の付近に
錦川清流線の次の駅があります。
錦川鉄道22
こちらが西岩国駅の駅舎の外観となります。
駅は1929年(昭和4年)に岩徳線が開業した際に設置されたもので、
開設時の駅名は岩国駅でした。
先に現在の岩国駅のあった場所に初代の岩国駅はあったのですが、
この駅が出来た際に一旦は麻里布駅と改称されました。
錦川鉄道24
二代目の岩国駅であるこの駅は1942年(昭和17年)に現在の西岩国駅に改称。
所属路線も岩徳線が一旦は山陽本線の新線となり当駅も山陽本線の駅となりますが、
再び山陽本線が旧線の経路に戻った為、以後は岩徳線の所属となっています。
錦川鉄道25
駅舎の前の敷地はロータリーにはなっていないものの
広めの駅前広場が設けられています。
錦川鉄道23
洋風の駅舎は開業以来のものですが、
2006年 (平成18年) に駅舎が国の登録有形文化財に指定された為
入口脇の柱にプレートが設置されています。
参考
文化庁 国指定文化財等データベース「JR西岩国駅舎」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00005668


入口に「ふれあい交流館西岩国」と看板が掛かっているのは
2004年 (平成16年)に駅舎がJRから岩国市へと譲渡された為で、
現在はNPO法人が駅舎の管理を受託し地域交流が行われている為です。
錦川鉄道26
大正末期から昭和初期に数多く見られた洋風建築の駅舎には
車寄せのアーチなど随所に錦帯橋がモチーフとして取り入れられています。
錦川鉄道27
駅舎前に展示されている木炭自動車。
錦川鉄道38
広場の北側は旧貨物ヤードが広がっており、
駐車場となっている広い敷地の奥には1番線の先に延びた
旧貨物用ホームが残っています。
錦川鉄道28
建物の中の様子です。
昭和初期の洋風駅舎の中は待合室が広く、
コンクリートの土間に木製のベンチと内装はなかなかの雰囲気です。
錦川鉄道29
自動券売機や液晶の案内表示モニターはあるものの、
改札のラッチも木製で開業以来の姿が残されています。
錦川鉄道30
ホーム側から見た改札前の様子。
NPO法人への簡易委託の駅ですが改札業務は委託していないので
この改札口で改札されることはありません。
錦川鉄道31
単式ホームの1番線です。
JR岩徳線の岩国方面行き上りホームとなります。
錦側清流線の岩国行きもこちらのホームですが、
岩徳線への片乗り入れという形なので扱いとしては岩徳線ホームとなります。
錦川鉄道32
開業当時は山陽本線の駅だった為、
幹線の長大な列車に対応する有効長がありますが
現在では短編成の列車しか停車しない為、
ホームの前後が柵で仕切られてカットされています。
錦川鉄道33
こちらがホームを連絡している跨線橋です。
錦川鉄道34
鉄骨の枠に木製の屋根や壁で作られた跨線橋は
かなり年季が入っていました。
錦川鉄道35
こちらが3番線ホームです。
JR岩徳線の下り徳山方面と錦川清流線の下り錦町方面の列車が停まります。
錦川鉄道36
見れば分かる通り元々島式2線のホームでしたが、
2番線が廃止されて線路も撤去されており、
柵が設けられて単式ホームとして使われています。
錦川鉄道37
旧島式の下り線ホームですが、
ベンチは3番線方向にのみ向けて設けられています。
錦川鉄道39
駅前へと戻り、駅舎の正面から真西へと伸びる市道の様子です。
この道を進んで国道2号と合流した先に岩国城があります。
元々岩国という街は岩国城の城下町でしたので、
駅から城下の錦帯橋にかけてがかつての中心街でした。
なので開業時にはこの駅が岩国駅として表玄関駅となった訳です。
錦川鉄道40
こちらが錦川に架かる錦帯橋です。
日本三名橋の一つに数えられ、文化財保護法によって国の名勝に指定されています。
西岩国駅はかつて観光客が徒歩で訪れた際の最寄り駅でした。
錦川鉄道41
錦帯橋を渡った駅と反対側の西側には吉香公園が広がっています。
この公園は横山の山頂に築かれた天守閣の麓の御土居の跡で、
御土居とは普段の政務が行われる陣屋のあった場所です。
錦川鉄道42
そしてこちらは、この公園に置かれた佐々木小次郎の像です。
吉川英治の小説「宮本武蔵」で「祖先以来、岩国の住、姓は佐々木といい」と書かれたことから
岩国の地が佐々木小次郎ゆかりの地とされていますが、
実際の歴史家の研究では福岡県田川出身など諸説があるようです。
いわば小説「宮本武蔵」の聖地巡礼の地といったところでしょうか。
錦川鉄道43
西岩国駅へと戻ってこちらは駅の駐輪場にあった、
よくある町内図の地図です。
県道を挟んだ駅の向かいに岩国刑務所と記されています。
錦川鉄道44
地図に記されたあたりへと行くと、
確かに刑務所の施設である事を示す表示がありました。


錦川鉄道45
こちらは県道15号岩国玖珂線(欽明路道路)に
県道112号藤生停車場錦帯橋線が合流している川西交差点付近の光景です。
錦川鉄道46
その川西交差点から南に130mほど進んだスーパーマーケットの向かいに
ご覧の駅への案内標識のある路地があるのですが、
こちらが駅と県道を結ぶ道となります。
錦川鉄道47
県道から60mほどで山の中腹を走る線路が見えてきます。
錦川鉄道48
こちらが川西駅の駅の外観となります。
駅は1960年(昭和35年)に錦川清流線の前身である国鉄岩日線の開業により
国鉄岩徳線の線路上に新設されたものです。
錦川鉄道49
県道かた見た駅の全景です。
小山の中腹に駅がありますが、その小山の裏側には
県立岩国高校の敷地が広がっています。
錦川鉄道50
坂を登るとすぐにホームへと上がる階段があります。
錦川鉄道51
ホームへは階段のみでバリアフリー施設はありません。
錦川鉄道52
駅のホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっており、駅舎は無く無人駅です。
錦川鉄道57
階段上の付近だけ屋根があって広くなっており、
自動券売機や案内のモニターが設置されていました。
錦川鉄道58
そして川西駅で目を引く「ようこそ川西へ」の看板。
駅から徒歩10分の場所に作家の宇野千代の生家があるので
こうして写真入の案内が掲げられていました。
錦川鉄道53
屋根の建屋のすぐ脇にある錦川清流線のゼロキロポスト。
JR岩徳線と錦川清流線の営業上の分岐駅となっており、
岩国駅━川西駅間は錦川鉄道に乗車していてもJRの運賃が適用されます。
錦川鉄道54
1977年(昭和52年)に住民請願によってホームが延伸されて
それまで停まれず通過していた10両編成の列車も停車できる様になりました。
錦川鉄道55
ご覧の様に駅はホーム中央の階段前に屋根があるのみです。
JRの管理駅となるので、駅清掃もJR関連会社の方がやっていました。
錦川鉄道56
階段脇にベンチが設けられていますが
屋根の下には無いので雨天時は使えません。
錦川鉄道59
ホームから見た駅の前の様子。
錦川鉄道60
階段脇に平らな部分が設けられており、
仮設の水洗トイレと駐輪場が設けられていました。
錦川鉄道63
下から見上げる駅はまるで桟道の様です。
錦川鉄道61
駅前にある観光案内の地図。
宇野千代関連の名所案内となっています。
錦川鉄道62
駅の階段前から線路に沿って北側へも道が伸びており、
進むと県道の川西交差点へと通じています。



錦川鉄道64
こちらは川西駅から1.9kmほどにある森ヶ原信号場です。
JR岩徳線と錦川清流線が分岐している地点であり、
施設上のJRと錦川鉄道との境界線となっている場所です。
すぐ脇を県道1号岩国大竹線が走っていますが
信号上付近は県道の狭隘区間でもあり大型車が通行できない状態となっています。
錦川鉄道67
こちらは信号場の東側にある道祖峠トンネルの入口です。
トンネルの川西駅側入口前に信号機がありますが、
この信号が森ヶ原信号場の東端となります。
錦川鉄道68
トンネルを抜けるとすぐに岩徳線と錦川清流線の分岐が。
錦川鉄道70
信号場側から見た道祖峠トンネルの出口です。
錦川鉄道69
列車内から見た信号場の場内。
左の岩徳線の線路脇に小さな建屋が見えます。
分岐付近にある橋は県道を跨ぐ跨道橋です。
錦川鉄道66
分岐点から1.2kmほど北の錦川方にある信号。
この信号が森ヶ原信号場の西端の場内信号機となります。
上に見える橋は山陽自動車道の高架橋です。



錦川鉄道71
こちらは御庄小学校に南側にある道路で、
上を山陽新幹線の高架が跨いでいるのが見えます。
この新幹線高架橋の真下に錦川清流線の駅の入口があります。
錦川鉄道92
高架橋の柱には「岩日線路橋」との表記が。
錦川鉄道72
高架下にある階段の脇には、1973年(昭和48年)に
この階段を含む連絡地下道が作られた事が記されています。
新幹線の岡山━博多間の開業が1975年(昭和50年)ですから
建設中に地元の要望で設置された様です。
錦川鉄道73
階段を上るとご覧の連絡道に。
錦川鉄道74
通路のちょうど真ん中あたりで西側へとT字に通路が分岐しており
駅ホームへの入口となっていました。
錦川鉄道75
こちらが清流新岩国駅の入口となります。
1960年(昭和35年)の国鉄岩日線開業で御庄駅として設置されました。
錦川鉄道76
階段を登りきるとホームが見えます。
錦川鉄道77
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となります。
形を見れば分かりますが、開業時には島式ホームで交換可能駅であり
両側に線路がありました。現在は上り線の線路は撤去されています。
錦川鉄道79
階段前に設置されている新幹線乗り換えの案内看板。
看板の後ろに見えているのが新幹線の新岩国駅となります。

通常ならば交差地点にある御庄駅は、新幹線開業に合わせて
新岩国駅へと統合されるのが通例でしたがこの駅は御庄駅のままでした。
当時の国鉄の以降で統合されなかったそうですが、
正式に新幹線駅と統合してしまうと岩日線を廃止しづらくなるから
というのがその理由ではないかと言われています。
錦川鉄道81
ベンチ前に設置されている木製の駅名標。
錦川鉄道の区間内の駅にはこの木製に筆書きの駅名標が置かれており、
この駅にも掲示板を兼ねて設置されていました。
錦川鉄道78
こちらがホーム上にある待合室。
ご覧の通りコンテナ緩急車の車掌室部分を転用したものです。
「御庄駅」という旧駅名の表記がそのまま残っています。
錦川鉄道80
待合室の中はご覧の通りで、ベンチなどは置かれておらず
完全に貨車がそのまま置かれた状態でした。
錦川鉄道82
待合室からホームを奥へと進むと、ぽつんと屋根とベンチがありました。
かつてはこちら側に列車が停車していたのでしょうか。
錦川鉄道83
ホームは現用の側のみ延長されているそうですが、
切返して見ると廃止された側のホームが切り欠きのようになっていて
その痕跡をうかがう事ができます。
錦川鉄道84
南東端のホームの光景。
現在はこのホームの端が列車の乗下車や待合に使われていますが、
高架下の通路は新幹線建設時に作られたものですから
新幹線開業までの15年間はどこから駅への出入りをしていたのか、
ふと疑問に思いました。
錦川鉄道85
駅前の道路から、現在の入口である階段の脇を見ると
ご覧のようにスロープ状の道が築堤上へと伸びています。
坂の上にはご覧の様にスペースがあり、
古い写真ではここに建物があった様子ですから
どうやらこちらの坂がかつての駅への入口ではないかと推測されます。
錦川鉄道86
さて、こちらは1975年(昭和50年)開業の山陽新幹線、新岩国駅です。
岩国の市街地からは離れた御庄の盆地にあるこの駅は
東海道山陽新幹線で一番乗降客の少ない駅としても知られています。
錦川鉄道87
その新岩国駅を出ると、すぐ左手へと清流新岩国駅への案内表記があります。
従って進むと新幹線高架脇の通路へと誘導されます。
錦川鉄道89
長い通路ですが、この通路からは清流新岩国駅の全景がよく見えます。
錦川鉄道88
300mはある通路を進むと、清流新岩国駅の入口のある
高架下の連絡道のトンネルが見えてきます。
錦川鉄道90
駅入口を通り過ぎて、駅前の道路へ。
錦川鉄道91
左手へとガードをくぐって進むと
新岩国新幹線保守基地の敷地が目の前に広がっています。



錦川鉄道93
こちらは錦川の守内地区に架かっている守内橋という沈下橋です。
国道2号線の守内交差点から南東80mほどに橋はあります。
錦川鉄道94
橋の脇にある橋名標。
錦川鉄道95
橋を渡って対岸の道路へとたどり着き、
東へ300mほど川沿いに道を進むと駅が見えてきます。
錦川鉄道96
こちらが守内かさ神駅の外観となります。
駅は第三セクター転換後の1993年(平成5年)に新設設置されたもので、
国鉄時代には無かった錦川鉄道独自の駅となります。
錦川鉄道97
錦川の南岸にあたる駅周辺にはご覧の通り民家が散在しているのみで、
基本的に山と川に挟まれた何も無い狭隘な平地を鉄道が走っている状態です。
橋の対岸が守内の集落なので駅が設けられたといったところでしょうか。
錦川鉄道98
一応駅前には舗装された駅前広場があります。
錦川鉄道99
ホームへと上る階段。
この駅もバリアフリーの設備はありません。
錦川鉄道a01
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
錦川鉄道a02
山の斜面を進んでいるだけにホームの向かい側には山林があるのみです。
錦川鉄道a03
待合いの壁に掲げられた木製の駅名標。
錦川鉄道a04
階段を下りて駅前の広場へと戻ると、東の角にご覧の看板があります。
鳥居に「かさ神」とはこの駅の名前の由来であるかさ神神社を示しています。
いわばこの駅唯一とも言える観光案内の看板です。
錦川鉄道a05
案内に従って駅前の道を西へ。
錦川鉄道a06
守内橋の前を通過して線路沿いの道を西へと進みます。
山の稜線に沿って斜面に設けられた道なので、普通車のすれ違いが精一杯の道幅です。
路肩も斜面なので車を停めるのは厳しいと思います。
錦川鉄道a07
駅からちょうど1kmほど東に進んだ場所で
ご覧のように駅前で見たのと同じ看板があるのが見えます。
錦川鉄道の橋梁下への山道の入口に立っており、
ここがかさ神神社へ通じる山道となります。
錦川鉄道a08
線路をくぐって山の中へ。
かろうじて道っぽい場所を進むと、脇にはわなを仕掛けた表示板が。
ブービートラップも怖いですがイノシシも出るということに。
錦川鉄道a09
線路から150mほどでしょうか。
山の中を登りながら進むと小さな祠が見えてきました。
錦川鉄道a10
こちらがかさ神神社です。
皮膚(瘡・かさ)に御利益のある神社とのことですが、
もしかして瘡神さまを祭っておられるのでしょうか。瘡神さまについては各自調査で。

駅名の由来となった社は綺麗に手入れがされており、
注連縄も新しいものが掛かってましたので地元で丁寧に祭られているようです。
錦川鉄道a11
尚、徒歩ですと駅から神社入口までは道路を15分ほどかかります。
往復で30分ほどかかりますので、車で来ようとする人もいるでしょう。
ですが守内橋までの道はご覧の通り普通車の離合(すれ違い)がギリギリです。
路肩は斜面と藪になっているので駐車はおろか退避で進入も厳しいでしょう。

その上、守内橋のたもとの砕石場のダンプが、
大型車が幅ギリギリの沈下橋を渡るのを嫌って
こちらの道へと頻繁に迂回してくる抜け道となっています。
ダンプの通れる余地を残さないとなりませんので、
運転の得意では無い方は車で行くのはお勧めできません



南河内駅から先の続きはその2にて。

では。