宗谷本線02_b08
宗谷本線の記事の続きです。


その1(旭川駅━比布駅)はこちら
その2(比布駅━士別駅)はこちら
その3(士別駅━名寄駅)はこちら
その4(名寄駅━美深駅)はこちら



宗谷本線02_94
こちらは美深14線道路が宗谷本線と交わる14線踏切を東側から見た光景です。
この踏切の西南側の脇に次の駅があります。
宗谷本線02_95
美深駅から直線で3.6kmの場所にある宗谷本線の初野駅の全景です。
駅は1948年(昭和23年)に初野仮乗降場(旭川鉄道管理局設定)として開設され、
国鉄時代の1959年(昭和34年)に正式な駅へと昇格をしています。
宗谷本線02_99
踏切から西側へも14線道路が続いていますが
360mほど進むと国道40号線と交わる交差点があります。
宗谷本線02_98
西側から見た14線踏切付近。
宗谷本線02_96
そして踏切の西側のすぐ脇にご覧の駅への入口があります。
小さなプレハブの待合室が置かれた最低限の広さの敷地で
ホームへのスロープもこちらにあります。
宗谷本線02_97
こちらが駅の待合室の外観です。
プレハブの小さな建物は平成に入って建てられたものだそうですが
詳細な年月日は不明です。建物脇には自転車置き場が。
宗谷本線02_a01
待合室の中はご覧の通りです。
木製ベンチが作り置かれているのみの簡素なものでした。
なおこの待合室には電源がありませんので夜も明かりはありません。
宗谷本線02_a02
正面にはホームへと上る板張りのスロープがあります。
駅前の敷地は乗用車1台がやっと停められそうな広さしかありません。
宗谷本線02_a03
ホームの様子です。単式ホーム1面1線の棒線無人駅で、
鉄骨の土台に床は板張りとなっています。
外周の柵は単管パイプで組まれた比較的新しいものなので後付けでしょう。
宗谷本線02_a04
駅周辺はご覧の通り鉄道防雪林のほかは一面の田畑が広がります。
建物はほぼ見当たらない状態ですが、駅1km圏内にはおよそ100名の人口があり
駅利用者も平成27年~令和1年調査で3.2人/1日となっていて
JR北海道の駅廃止の基準をクリアしています。


宗谷本線02_a05
こちらは道道445号紋穂内停車場線という道道の停車場線です。
国道40号線から天塩川を渡って南へと曲がり、駅へと連絡をしている1kmほどの道路で
ご覧のカーブの先が終端の駅付近となります。
宗谷本線02_a06
カーブの南側目の前は天塩川の堤防があって河川敷が広がっています。
宗谷本線02_a07
曲がった道を北西の奥へと進むとすぐに駅前の広場があります。
宗谷本線02_a08
駅前広場はご覧の通り砂利敷きで
車の展開できる空き地という表現が正しいものです。
東の端にホームへと上る坂があって貨車駅舎へと通じています。
宗谷本線02_a09
こちらが紋穂内駅の駅舎の外観です。
駅は1911年(明治44年)11月に鉄道院天塩線の延伸開業で設置されたもので
国鉄時代には木造駅舎があったそうですが1984年(昭和59年)の駅無人化で解体され
ヨ3500車掌車を改造した貨車駅舎となっています。
宗谷本線02_a10
現在の駅舎の周囲を見ると木造駅舎時代の建物の基礎が残っています。
コンクリートの基礎ではなく煉瓦にモルタルの基礎であるのが時代を感じます。
宗谷本線02_a11
雨ざらしで車体は錆が浮いて塗装がひび割れ剥がれた状態となっています。
2015年(平成27年)国勢調査では駅のある紋穂内地区の世帯数は11世帯で
人口は22名なのだそうですので、駅舎を手入れする人手が無いのでしょう。
宗谷本線02_a12
駅舎内の様子です。いわゆるダルマ駅の貨車駅舎ですので中はご覧の広さです。
床はベニヤではなく縞鋼板(チェッカープレート)製で木製のベンチが置かれています。
宗谷本線02_a13
ホーム側から見た駅舎。
宗谷本線02_a14
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線でこの駅も棒線無人駅となっています。
ホームは舗装されておらず砂利敷きです。
宗谷本線02_a15
駅周辺はかつては林業で栄えた土地でしたので
千鳥式ホーム2面2線に木材出荷の貨物線まであったそうですが
1984年(昭和59年)には無人化に伴って交換設備が撤去されています。
宗谷本線02_a16
この駅は利用者数が1.6人/1日(平成27年~令和1年調査)という数であり、
2021年(令和3年)3月のダイヤ改正での廃止が決定しています。


宗谷本線02_a17
こちらは道道118号美深中川線の様子です。
国道40号線から分岐した道道はアンダーパスで国道をくぐって北東に進み、
600mほどでご覧の交差点に差し掛かって南西へと進路を変えます。
付近は恩根内の集落で、この交差点の北東側に宗谷本線の次の駅が設けられています。
宗谷本線02_a18
交差点から南西方向の光景。進路を変えた道道118号線が延びており、
小車峠を越えて中川町方面へと向かっています。
宗谷本線02_a19
切り返して南西側の道道118号線上から見た交差点付近。
奥に駅舎の建物があるのが見えます。
宗谷本線02_a20
交差点を北西の町道側から。左が駅となります。
宗谷本線02_a21
そして交差点から北東の駅の方向へ。
左手の角地には駅前のバス停がありバスの展開場となっています。
宗谷本線02_a22
交差点から50mほどで駅前の広場があります。
砂利敷きの行き止まりの空き地で、車が展開できるほどには広さがあります。
宗谷本線02_a29
駅舎側から見た駅前の交差点方向の光景。
宗谷本線02_a23
こちらが恩根内駅の駅舎の外観です。
1911年(明治44年)11月に鉄道院天塩線が当駅まで延伸して開業しました。
国鉄時代は開業当時からの木造駅舎のある有人駅でしたが
1986年(昭和61年)に無人化されて駅舎も解体。一旦は貨車駅舎となりました。
その後1993年(平成5年)に現在の駅舎が建てられ供用されています。
宗谷本線02_a24
駅舎の中の様子です。
比較的新しい建物の中はコンクリート土間に木製ベンチが置かれ
トイレや物品庫も中にいありました。
宗谷本線02_a25
ホーム側の駅舎前の様子です。
宗谷本線02_a26
ホームの様子です。単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
土盛り砂利敷きのホームで駅舎側の地面とは続きとなっています。
宗谷本線02_a27
この駅もかつては千鳥式2面2線で、他に貨物の積み下ろし線のある駅でした。
その為駅の線路周辺には草に埋もれたかつてのホームや線路跡が空いています。
宗谷本線02_a28
JR北海道からは当駅に関して2020年度を目処に廃止の意向を示しました。
しかし恩根内自治体が存続を希望、美深町への駅維持管理を移行する事での存続となりました。


宗谷本線02_a30
こちらは国道40号線から美深町と音威子府村の境界の
美深側手前の交差点を南へと入った道路の光景です。
2車線道路が国道から延びていますが、700mほど進んだ宗谷本線の踏切で
舗装は途切れて砂利道となります。
宗谷本線02_a31
この宗谷本線の清水線踏切の脇には通行止標識が立てられています。
車両だけでなく歩行者も通行止めという意味の標識なので、
12月1日から3月25日までの期間はこの踏切から先は通れないという事になります。
宗谷本線02_a32
踏切を渡った南側で砂利道は東へカーブを描いています。
駅まではカーブからご覧の道をおよそ800mほど進む事になります。
宗谷本線02_a33
砂利道から駅が近づくと道路の舗装が復活しています。
木々と草むらしか見えないこの道に街灯が一本立っていますが
その向かい側が駅への入口となります。
宗谷本線02_a44
反対の東側から見た駅入口付近。
宗谷本線02_a34
草むらの横道を北へと入った、正面の築堤上にあるこちらが豊清水駅の駅舎の外観となります。
1946年(昭和21年)10月に豊清水仮乗降場として設置された駅で
設置当初は単式1面1線の棒線駅でした。

国鉄となった後の1950年(昭和25年)に正式な駅へと昇格。
その際に交換設備が作られて島式1面2線の駅となります。
駅舎も駅昇格時に建てられたものです。
宗谷本線02_a38
階段の上から見た駅前方向。
宗谷本線02_a35
こちらが駅舎の中の様子です。建物の東の半分は保線の詰め所となっていて
西側の一部が旅客用の待合室となっています。
宗谷本線02_a36
有人駅だった時の窓口の跡も残っており、
板で塞がれた場所には運賃表が貼られていました。
宗谷本線02_a37
ホーム側から見た駅舎の様子です。改札を出ると目の前が線路であり、
左手に向かって構内踏切を渡ってホームへと入る事になります。
宗谷本線02_a39
駅舎の西側に鉄筋コンクリート造りの小さな建物がありますが
こちらは信号扱所で電気設備などが収められている様です。
宗谷本線02_a40
信号扱所の目の前にある構内踏切を渡ってホームへ。
西側のスロープのみがホームへの入口となります。
宗谷本線02_a41
ホームの様子です。島式ホーム1面2線となります。
1線スルー方式の線形となっており北側が本線、南の駅舎側が副本線の様です。
南側にはさらに1線、旧貨物用だった引込み線が残っています。
宗谷本線02_a42
土盛り砂利敷きのホームであり、ベンチなどの構造物は置かれていません。
宗谷本線02_a43
駅前の道へと戻ると正面左手には酪農倉庫などでよく見る
D型ハウスの残骸が打ち捨てられています。
かつては駅周辺にも集落があったそうなのですが相次ぐ離農で
現在は駅周辺はほぼ無人の状態となっています。
2015年(平成27年)の統計では駅半径500mの人口は0人
半径1kmまで広げても1世帯4名だったのだそうです。
宗谷本線02_a45
駅の北側にはおよそ150mの距離で国道40号線が線路と併走しています。
しかし駅から直接国道へとアクセスする方法は無いので
冬季通行止めの道を迂回しなければ辿りつけません。
駅から国道40号線までは車1台分の砂利道を西だと1.5km、
東まわりだと3kmほど進まないと到達できません。
宗谷本線02_a46
駅の南側は200mほどの距離で天塩川が流れています。
東側は美深町の楠という地名で道路周辺は一面の牧草地となっています。

ちなみに駅前道路を東に2.5km進んだ場所で宗谷本線の踏切となりますが
その踏切は「旧国道40号線踏切」という名前です。
すると豊清水駅前の道は国道40号の旧道という事になりますが
資料が見当たらないので詳細は不明です。

ただ、駅前の道が旧国道だとすれば豊清水駅から現在の国道40号線への
アクセスルートが無い理由も得心が行きます。
かつて栄えた楠集落の中心を抜けて豊清水駅前を国道が通っていて、
過疎化で人が居なくなった後に国道が付け替えられ駅はとり残されたのだ、と。

この豊清水駅も2021年(令和3年)3月のダイヤ改正で廃止が決まっています。
恐らく保線の為に駅舎などは廃止後も残ると思われますが
住民が居ない駅では廃止も已むを得ないのでしょう。


宗谷本線02_a47
こちらは国道40号線が音威子府村へと入って2.5kmほどで西へと入った道路の光景です。
国道から天塩川の止若内橋を渡るにはこの道を通る事になります。
その道路が宗谷本線と交わる踏切の脇に次の駅があります。
宗谷本線02_a48
こちらが踏切脇にある天塩川温泉駅の全景です。
1956年(昭和31年)に国鉄の南咲来仮乗降場として開設されたもので、
天塩川温泉仮乗降場へと1981年(昭和56年)に駅名が変更されています。
正式な駅へと昇格をしたのは1987年(昭和62年)の事で、
国鉄分割民営化でJR北海道へと移管されたことによります。
宗谷本線02_a49
駅前の踏切は「15線踏切」という名前で、
ホームへと入るスロープは踏切内に設けられています。
宗谷本線02_a50
踏切の西側はすぐに天塩川の河川敷につき当たってT字路となっています。
切り返して西側から見た駅前の光景です。
宗谷本線02_a51
こちらはT字路の目の前の河川敷の様子。
宗谷本線02_a52
天塩川温泉駅には駅前広場といったものはありませんが、
駅舎の前の踏切脇にご覧のスペースがあり車1、2台程度ならば停まることは可能です。
宗谷本線02_a53
ホームの様子です。単式ホーム1面1線の棒線無人駅で、
木製の有効長1両分のいわゆる朝礼台タイプのホームとなります。
他の朝礼台タイプ駅と違うのはホーム途中に待合室が設けられている点でしょう。
宗谷本線02_a55
待合室の入口。
宗谷本線02_a56
建物の中の様子です。
プラスチック製ベンチが置かれており、
反対側には小上がりのようなスペースが設けられています。
宗谷本線02_a54
以前は木造の待合室だったそうですが、
1990年代に現在のものに立て替えられたのだそうです。

天塩川温泉駅の平成27年~令和1年調査の駅利用者数は
0.4人/1日だったそうでほとんど利用者がいない駅となります。
その為JR北海道から廃止の打診がありましがた、
2021年(令和3年)4月以降は地元自治体による維持管理へと移行するそうです。
宗谷本線02_a57
こちらは駅から天塩川を渡った対岸にある天塩川温泉の住民保養センターです。
駅名の由来となった天塩川温泉は「常磐鉱泉」としておよそ90年前から
天塩川のほとりで湧出しており、薬用の飲用泉として利用されてきました。
その温泉を利用して音威子府村が1989年(平成元年)に作ったのが
こちらの保養センターとなります。

駅名が天塩川温泉となったのは1981年(昭和56年)で
こちらの保養センターより前ですが、天塩川温泉自体は
センターができる前から湧出しており、これが駅名の由来となっています。


宗谷本線02_a58
こちらは道道220号歌登咲来停車場線の終点付近の光景です。
「咲来停車場線」の名前が示す通り駅への連絡道路となります。
宗谷本線02_a60
終点からおよそ150mほどで交差点を南へと曲がる道道は
咲来の集落の中心部を400mほど抜けた後に
国道40号を越えて枝幸方面へと向かっています。
宗谷本線02_a59
停車場線の終端にはご覧の砂利の広場があります。
現在はほぼ何も無い空き地の様になっていますが、
かつてはこの広場の正面には木造駅舎、左手には貨物ヤードがあるなど
広い駅施設を持つ駅でした。
宗谷本線02_a61
広場の入口脇に建つこちらの建物は旧日通咲来営業所です。
林業で栄えた駅の貨物営業フロンでしたが貨物扱いの廃止に伴って
営業所も廃止されて建物は廃墟と化していました。
1997年(平成9年)に建物はライダーハウスとなり
旅行者の宿泊所として現在に至っています。
宗谷本線02_a72
広場北の旧貨物引込線跡地にはロープが張られていますが、
貨車が1両留置されているのが見えます。
こちらは「咲来貨物駅」と名づけられた個人所有の博物館なのだそうですが
一般公開はされておらず敷地も立ち入り禁止となっています。
宗谷本線02_a62
広場の南側には駅ホームへと通じるご覧の砂利道があります。
宗谷本線02_a63
こちらが咲来駅の待合室です。
1912年(大正元年)11月に鉄道院宗谷線の延伸で開設された駅でしたが
その後1986年(昭和61年)に無人化されて一旦は貨物駅舎となりました。
平成に入って現在の待合室がホーム脇に建てられています。
宗谷本線02_a66
待合室の中の様子です。
コンクリートの土間に木製ベンチが置かれています。
音威子府村に入ってからの宗谷本線の駅待合室には石油ヒーターが設置されています。
宗谷本線02_a64
ホームの入口は待合室前の北側のスロープのみとなります。
宗谷本線02_a65
こちらがホームの様子です。単式ホーム1面1線の棒線無人駅となります。
かつては千鳥式2面2線に貨物引込み線と積み下ろし用の副本線のある駅でしたが
無人化に伴って交換設備が撤去され、旧下り線ホームのみが残されました。
宗谷本線02_a67
ホーム南端の旭川方を見ると線路が微妙にS字を描いていて
かつての交換設備があった名残りが見られます。
宗谷本線02_a68
有効長は長いものの土盛り砂利敷きのホームは
待合室以外の構造物は見られず柱とミラーが建つのみです。
宗谷本線02_a69
駅名標の脇にある花壇には「咲来花駅長」との文字が。
宗谷本線02_a70
ホーム北端の稚内方の光景です。
宗谷本線02_a71
ホーム出口から駅前広場へと戻りながら右手を見ると、
線路脇にかつての木造駅舎の基礎跡が残っています。


宗谷本線02_a73
こちらはJR宗谷本線の音威子府駅の駅舎の外観です。
1912年(大正元年)11月に鉄道院宗谷線が当駅まで延伸して開設されました。
宗谷本線02_a74
音威子府駅からは1914年(大正3年)に西回りの天北線が小頓別駅まで延伸。
1922年(大正11年)には東回りの天塩線(現在の宗谷本線)が誉平駅まで開業し、
同時に天北線が稚内駅まで延伸開業して二つの路線が分岐をするターミナル駅となりました。

1926年(大正15年)には天塩線も全通して稚内駅までは西回りと東回りの2ルートとなり
音威子府駅は北の交通の要衝の役割となります。
宗谷本線02_a75
現在の駅舎は1990年(平成2年)に改築されたものです。
天北線が廃止された翌年に音威子府村によって「交通ターミナル」として建てられたもので
旧天北線の代替バスを運行する宗谷バスの窓口が併設されています。
宗谷本線02_a82
駅舎の前に設置された宗谷バスの音威子府停留場のバスポール。
宗谷本線02_a76
駅舎の南東側には駅前広場があります。
舗装された広場は駅駐車場となっていますが、
駅前を通る道路と一体化していてかなりの広さに感じます。
宗谷本線02_a77
広場の東側はJR北海道が駅前に設けたパークアンドライド駐車場で
黄色で区画されたスペースには30台のキャパがあります。
宗谷本線02_a78
駅駐車場の東側奥には音威子府村の複合福祉施設があり
高齢者の入居施設やデイサービス、地域コミュニティスペースが設けられています。
宗谷本線02_a79
そして駅舎の正面は舗装が続いていて駅前広場の一部の様に見えますが、
こちらは二つの道道の終点が交わる直角のカーブとなっています。
宗谷本線02_a80
宗谷本線に沿って西へと伸びるこちらは道道12号枝幸音威子府線です。
駅前からは350mほどで国道275号へと合流し、
14kmにわたって国道との重用区間となっています。
宗谷本線02_a81
一方の駅舎正面から南へと伸びるこちらは道道391号音威子府停車場線で
国道40号線と駅との120mを連絡する停車場線です。
宗谷本線02_b06
停車場線から見た音威子府駅の駅舎。

宗谷本線02_a83
こちらは駅舎の中の様子です。
村が交通ターミナルとして整備した建物であるだけに
タイル張りの床で綺麗に整備されたロビーが設けられています。
宗谷本線02_a84
駅舎に入ってすぐ左手にある宗谷バスのきっぷ売り場。
宗谷本線02_a85
反対の入って右手にはご覧の小上がりがあります。
宗谷本線02_a86
そして待合室ロビーの右奥にあるのがこちらの音威子府そばの常盤軒です。
「日本一美味いそば」として鉄道ファンには駅の代名詞と言えるほど有名な店ですが
残念ながら2021年(令和3年)2月8日で閉店してしまいました。
宗谷本線02_a87
またロビーの一角にはこちらの天北線資料室の入口があります。
宗谷本線02_a88
現在の宗谷本線よりも先に、浜頓別経由の東まわりルートで稚内まで開通をし、
1930年(昭和5年)まで宗谷本線を名乗っていた天北線の資料が展示されています。 宗谷本線02_a89
そしてこちらが音威子府駅の改札付近の様子となります。
駅員配置の有人駅でみどりの窓口が設置されています。
宗谷本線02_a90
ホーム側から見た改札付近。
宗谷本線02_a91
駅舎から構内に入って左手を見ると単式ホームが見えます。
改築前には現在の駅舎前付近までホームがあったようですが、
削り取られて現在は駅舎からホームが離れています。
宗谷本線02_a92
1番線ホームの様子です。
単式ホームとなっており有効長が短いことから
上下線の普通列車用ホームとなっています。
宗谷本線02_a93
切り替えして稚内方から見た1番線ホーム。
宗谷本線02_a94
この駅は単式1面1線と島式1面2線の計2面3線ホームとなっていて
島式ホームへは跨線橋で渡る事となります。
宗谷本線02_a95
こちらは跨線橋の中の様子です。
1921年(大正10年)に設置されたもので既に100年が経過しています。
宗谷本線02_a96
橋から見た駅構内の俯瞰。
宗谷本線02_a97
島式ホームへと下る階段です。
宗谷本線02_a98
こちらが島式の2、3番線ホームです。
2番線が下り線の稚内方面、3番線が上り線の旭川方面行きとなります。
宗谷本線02_a99
ホームの屋根下中央にある木彫りの蒸気機関車形のベンチ。
宗谷本線02_b01
西側の稚内方のホームの様子です。
一番駅舎から遠い3番線はかつては天北線が使用していたホームです。
宗谷本線02_b02
旧天北線は駅から稚内方へ500mほど、現在の宗谷本線と併走の後
北へ向かって右手にカーブを描いていました。
宗谷本線02_b03
こちらの島式ホームには普通列車同士の交換時には普通列車停まりますが、
主に特急列車が発着する為のホームとなっています。
宗谷本線02_b05
跨線橋の裏手となる東側の旭川方の光景。

宗谷本線02_b07
音威子府駅の駅舎から南西およそ100mほどの国道沿いには
「道の駅おといねっぷ」があります。こちらの施設内には
「天北龍」という蕎麦屋さんが入っており音威子府そばを食べる事ができます。
駅の中の「常盤軒」はもう食べられませんが音威子府のそばはまだ食べる事が可能です。


では宗谷本線の続きはその6にて。

【写真撮影:2020年8月】