東武小泉線00
さて。次は東武小泉線です。


群馬県の館林市から邑楽郡へと横に抜け、
途中で分岐した支線は太田駅まで伸びて
東武伊勢崎線、東武桐生線と連絡をしています。

全線が単線であり、基本的にワンマン運転で運行のされている路線です。




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東武伊勢崎線の館林駅
この駅が東武小泉線の起点駅となっています。
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改札脇には「関東の駅百選認定駅」の掲示が。
東武小泉線27
駅前ロータリーには「ぶんぶく茶釜」の狸の像が。
東武小泉線01
そしてこちらは館林駅のホームです。
東武小泉線02
5番線の伊勢崎線のホームを先に進むと
なにやら前方右手に「4番線 西小泉方面」という表示が見えます。
東武小泉線03
こちらが東武小泉線の館林駅ホームとなります。
小泉線専用の館林駅の駅名標は見当たりませんでした。




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成島駅



東武小泉線05
本中野駅



東武小泉線06
篠塚駅



東武小泉線07
東小泉駅
この駅で館林駅━西小泉駅間の本線と太田方面との支線が分岐しています。



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小泉町駅
東小泉駅からは900mの位置にある駅です。




東武小泉線09
そして小泉線の本線の終点である西小泉駅
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こちらが駅舎の外観。
東武小泉線12
駅前はこんな感じになっています。

1941年開業のこの駅ですが、
現在小泉線が分岐した先の大泉町駅からこの西小泉駅、
そしてその先にもまだ線路が利根川の岸まで延びていたそうです。
これはこの小泉町に
「中島飛行機」というゼロ戦を作った事で有名な
飛行機メーカー
の小泉製作所があり、
「仙石河岸線」という貨物線が延びていたからです。
この西小泉駅は中島飛行機の玄関口の駅だったとの事です。
東武小泉線13
ですので立派な島式ホーム2線の隣には
現在は使われていない相対式ホームの跡が残っており。
東武小泉線14
そのホーム跡から駅舎の裏を町道まで、
明らかに線路があったであろう敷地が延びています。
東武小泉線15
ホーム側から見ると当時の線路もまだ一部残っていますし。
かつての線路跡は今は「いずみ緑道」として転用されていて
貨物線の終点まで現在も残っているそうです。

中島飛行機は戦後に富士重工業、つまりスバルとなりました。
ほかにも味の素や三洋電機などの工場が立ち並び工業の盛んな町となっています。
1980年代~90年代には工場の人手不足を理由に
日系外国人を労働者として受け入れた結果、
大泉町の人口の14%が日系人となっているそうです。
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ですので現在も大泉町では至る所でポルトガル語の表示が溢れており
街中でもちらほら日系人の姿を見ることができます。
東武小泉線17
西小泉駅の駅の観光案内所もご覧の通り。




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さて、小泉線にはこの他に支線がありますので、
西小泉駅から二駅戻って東小泉駅へと戻る事にします。
東武小泉線19
東小泉駅到着直前の本線から見た小泉線の支線です。



東武小泉線18
こちらが竜舞駅です。
東小泉駅から分岐した最初の駅となります。



東武小泉線21
そして太田駅
東武小泉線としてはこの駅が終点となります。
実際は5番線が小泉線、6番線が桐生線なのですが
双方の路線の普通列車がほとんど直通運転を行っているため
実際には途中駅と大差ありません。
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こちらが駅舎と駅前の様子。
東武小泉線23
北口前には新田義貞公と弟の脇屋義助の像がありました。




なぜ群馬のこんなところに、
こんな中途半端な形の路線が走っているのかと思いましたが
戦争前の1941年(昭和16年)に中島飛行機との連絡輸送の為に作られたと聞いて
なるほどと思いました。
確かに太田市といえばスバルの町ですし
群馬県内にはスバルのディーラーだらけですが。



東武小泉線24
au 4G LTEでの電波エリアマップでは
東武小泉線の全線区域がサービスエリア圏内となっています。
駅の位置情報を奪取するのに困る事はまず無いでしょう。


館林駅から西小泉駅までの本線の所要時間は20分前後です。
途中の分岐のある東小泉駅で長時間の停車がある場合があるので
その場合は所要時間が延びますが、それでも全線で25分程度です。
また、支線の東小泉駅~太田駅までは二駅ですので所要時間は9分です。



はっきりと言ってしまえば、近隣の東武伊勢崎線で
館林駅━太田駅間を通過する際にレーダーを飛ばせば
乗らなくても全駅を取る事が可能な路線
です。


まあ、乗ってみて感じるメリットは…
ブラジル人がいっぱい見れる…では無いか。


で、では。