埼玉県

秩父鉄道f66
さて、引き続き秩父鉄道の記事となります。


その1(三峰口駅━皆野駅)はこちら
その2(皆野駅━寄居駅)はこちら
その3(寄居駅━熊谷駅)はこちら



秩父鉄道e93
こちらは県道128号熊谷羽生線で、国道125号線の旧道として
国道から県道に格下げとなった道路の光景です。
秩父鉄道e94
熊谷駅から北東に3kmほどのこちらに
国道から次の駅へと通じる取り付け道路が設けられています。
秩父鉄道e945
駅前ロータリーまでは国道からおよそ60mほど。
秩父鉄道e38
こちらがソシオ流通センター駅の駅舎の外観です。
2017年(平成29年)に新設された駅で、熊谷市と行田市の共同請願駅として
地元の建設資金負担によって設置がされました。
秩父鉄道e96
駅の南側に設けられた駅前ロータリーの様子です。
秩父鉄道e97
広場から駅の東側の線路沿いへと抜けると
ご覧の通り駐輪場が設けられています。
秩父鉄道e98
また駅前広場の東側に隣接している駐車場は
秩父鉄道が経営している月極の駐車場でした。
秩父鉄道e39
駅舎へと戻り、中の改札前の光景です。
純粋に窓口と通路のみとなっており、ベンチは置かれていません。
秩父鉄道e40
ホーム側から見た改札前の様子。
秩父鉄道e41
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅で、上下線共に同じホームで発着をします。
秩父鉄道e42
ホーム上屋の屋根も鉄骨で作られており、
駅舎の壁にはサイディングが貼られるなど近年作られた建物である事を随所に感じさせます。
秩父鉄道e43
ホーム東端の羽生方を見るとご覧の通り、
すぐ脇に熊谷市と行田市の市境があります。
元々熊谷駅と持田駅の駅間は秩父鉄道最長の4.8kmあったことから
以前から地元の駅設置の要望が出ていた区間でした。
秩父鉄道e44
ホームの目の前を見ると、行田市側には住宅が並んでおり
熊谷市側に入ると一面の田んぼが広がっています。
秩父鉄道e99
駅の西側の道路まで来て見ると
道路の手の入れ方があからさまに違うので
表示が無くとも行政の境界が良く分かります。



秩父鉄道f01
引き続きこちらは県道128号熊谷羽生線の光景で、
ソシオ流通センター駅前からはおよそ900mほど東の地点です。
奥に見える県道を跨いでいる跨道橋は国道17号線の持田インターで、
隣接する秩父鉄道を一緒に跨いでいるインターチェンジです。
秩父鉄道f02
そして持田インターから県道をさらに東へ650mほど進んだ場所にある
ご覧の表示も無い道が次の駅への道路となります。
秩父鉄道f03
旧国道である県道128号線から北西へと道を入って
およそ120mほどで次の駅の駅舎が見えてきます。
秩父鉄道f04
こちらが持田駅の駅舎の外観です。
1922年(大正11年)に北武鉄道が行田駅━熊谷駅間を開業しており
持田駅付近の線路も開通しましたが、持田駅が設置されたのは
線路の開通から3年後の1925年(大正14年)のことでした。
秩父鉄道f05
生活道路の途中にある駅なのでいわゆる駅前広場のようなものはありません。
駅舎周辺の砂利敷きの駅敷地はありますが
基本的に駅には車は停められないと考えて良いでしょう。
秩父鉄道f06
駅舎の中の様子です。
改札前にベンチがあるスタイルは他の駅と同様です。
秩父鉄道f07
改札を入るとコの字形に連絡通路があり
構内踏切を渡ってホームに階段で上がります。
秩父鉄道f08
ホームから見た改札前から構内踏切付近の様子。
秩父鉄道f09
こちらがホームの様子となります。
島式ホーム1面2線となっています。
秩父鉄道f10
この駅は西側が下り三峰口方面行きの1番線、
駅舎のある東側が羽生方面行きの上り線ホームとなっています。
鉄道は本来左側通行ですが、この駅が右側通行であるのは
タブレット交換時代の名残りなのだそうです。



秩父鉄道f11
こちらは国道125号線の旧道である県道128号熊谷羽生線の交差点です。
この交差点から北西への道路は県道198号行田市停車場線という県道で
写真の交差点が県道の終端となっています。
秩父鉄道f12
反対の北側から見た交差点。
角には国の有形文化財に指定されている旧忍貯金銀行本店の建物があります。
秩父鉄道f13
かつての国道と駅とを連絡する停車場線の様子です。
国道から駅舎まではおよそ260mほどの距離となっています。
秩父鉄道f14
こちらが行田市駅の南口の外観です。
1921年(大正10年)に当時の北武鉄道の開業によって行田駅として設置されました。
しかし1966年(昭和41年)に国鉄高崎線の行田駅が開業したことによって
駅名を現在の行田市駅へと改称しています。
1980年(昭和55年)に改築されて現在の橋上駅舎となりました。
秩父鉄道f15
南口の駅前ロータリーの様子です。
秩父鉄道f16
広場の北東角にある交番も
和風に瓦屋根の建物となっています。
秩父鉄道f17
こちらは南口ロータリーの中央の島に設置されているからくり時計です。
豊臣氏の北条攻めの時に忍城城主だった成田氏長と、娘の甲斐姫が
定刻になると舞うという時計で1997年(平成9年)に設置されました。
秩父鉄道f29
そして駅の南側一体はかつての忍城の城跡でした。
忍城は室町時代に築城された関東七名城の一つに数えられる城で、
近年では映画で一躍その名を知らしめました。
現在建っているお城は再現された模擬天守閣となります。
秩父鉄道f30
さいたま銘菓として有名な「十万石饅頭」は忍領10万石が由来であり、
饅頭を作っているふくさやの行田本店は
駅から徒歩7分ほどの旧国道沿いにあります。
秩父鉄道f18
南口の入口の階段を上って跨線橋上の通路へ。
秩父鉄道f19
こちらが跨線橋の中央付近にある改札の光景です。
改札脇に待合用のベンチが設置されています。
秩父鉄道f20
こちらは北口側の駅舎の外観です。
改築されて橋上駅舎となった1980年(昭和55年)に
新たに開設された出口となります。
秩父鉄道f21
北口ロータリーの様子です。
秩父鉄道f22
駅前広場のすぐ目の前には忍川が流れており、
ロータリーからすぐにご覧の橋が架けられています。
秩父鉄道f23
北口側にはカラオケボックスや葬祭場などはあるものの
基本的には住宅地がひろがっています。
秩父鉄道f24
跨線橋へと戻り改札前へ。
秩父鉄道f25
こちらは改札内の様子です。
入ってすぐに踊り場の様になっており、
Uターンするように進むとホームへと降りる階段があります。
秩父鉄道f26
ホームの様子です。
島式ホーム1面2線となります。
秩父鉄道f28
中央付近に建てられている待合室の建屋の中の様子です。
壁にそって木製の長いすが設置されています。
秩父鉄道f27
南側が1番線で三峰口方面行きの下り線、
反対の北側が2番線羽生方面行きの上り線となり
この駅はでは鉄道のセオリー通り左側通行となっています。



秩父鉄道f31
こちらは行田市駅から北東に1kmほどに位置する、
国道125号線の旧道である県道128号熊谷羽生線の長野インター交差点です。
秩父鉄道f32
こちらの交差点は県道7号佐野行田線の終点でもあり、
駅に向かう北側の道が県道7号線となっています。
秩父鉄道f33
交差点の中にある島状の歩道脇にある埴輪のモニュメント。
秩父鉄道f34
長野ロータリー交差点から北に270mほど進むと
次の駅が見えてきます。
秩父鉄道f35
県道の駅前付近の様子です。
秩父鉄道f36
駅前のすぐ北には秩父鉄道の武州荒木No.16踏切があります。
この踏切は駅のすぐ東に隣接して設置されており
踏切がら駅のホームがよく見えます。
秩父鉄道f37
こちらが東行田駅の駅舎の外観です。
線路は北武鉄道が開通していましたが、秩父鉄道となった後の1932年(昭和7年)に
新たに新設された駅となります。
秩父鉄道f38
駅前広場の様子です。
県道から駅舎前への道路が太くなったような構造で
一面の舗装された広場が設けられています。
秩父鉄道f389
県道とは反対側の駅前広場の西側は駅の駐車スペースとなっていますが
その先はご覧の通り住宅街の生活道路となっています。
秩父鉄道f41
広場に設置されている行田の観光案内地図。
秩父鉄道f40
駅舎の改札付近の様子です。
屋根の下にオープンな造りとなっており、
窓口と待合室に挟まれた通路に白いラッチが設けられています。
秩父鉄道f44
ホーム側から見た改札前の様子。
秩父鉄道f42
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の駅となっています。
線路が敷かれた後から新設された駅なので交換設備の無い棒線駅となっています。
秩父鉄道f43
ホーム上屋の屋根は、
木製の多い秩父鉄道においてはめずらしく鉄製となっています。



秩父鉄道e45
こちらは県道7号佐野行田線です。
ご覧の変則的な交差点で県道197号武州荒木停車場線が東に向かって分岐しています。
秩父鉄道e46
反対の北西側から見た停車場線の入口付近。
秩父鉄道e47
220mほど進むと駅が正面に見えてきます。
秩父鉄道e48
こちらが武州荒木駅の駅舎の外観となります。
1921年(大正10年)に北武鉄道開業の際に設置された駅です。
秩父鉄道e49
駅前の様子です。
県道の停車場線は駅舎前で行き止まりとなっており、
駅舎の左右に砂利敷きの広場があります。
秩父鉄道e50
広場の北側には隣接して石造りの農業倉庫があり、
線路と倉庫の間に倉庫の舗装された敷地が広がっています。
秩父鉄道e51
駅舎へと戻って中の様子です。
改札には黄色いラッチがあり、
待合室は改札外に分けて別に作られていました。
秩父鉄道e52
改札内に入ると駅舎の前から南にコの字形に連絡通路が設けられており、
構内踏切を渡ってホームと連絡をしています。
秩父鉄道e53
こちらがホームの様子です。
島式ホーム1面2線となっています。
秩父鉄道e54
この駅も入線する列車は右側通行となっており、
西側が三峰口方面行きの下り1番線、
東側の2番線が羽生方面行きの上り線と右側通行となっています。
秩父鉄道e55
そして東側の外側にはもう一本の退避線が走っており
急行列車などが使用しています。
秩父鉄道e56
駅の眼前に広がる一面の田んぼ。
この駅は荒川と利根川にちょうど挟まれた地域で
水田が地平線まであるかのように続いています。



秩父鉄道e57
こちらは埼玉県道128号熊谷羽生線で、
武州荒木駅から北へ2kmほどに位置する三差路です。
この三差路から県道196号新郷停車場線が東へと分岐をしています。
秩父鉄道e58
停車場線を東に進むと180mほどで駅への道と神社、
そして秩父鉄道の踏切が見えてきます。
秩父鉄道e59
上新郷天神社の鳥居の前に駅への案内標識があり、
指し示す先にはご覧の駅への道が伸びています。
狭い路地ですがこの路地も駅の前まで県道に指定されています。
秩父鉄道e60
神社の東を見るとすぐに秩父鉄道の踏切が。
秩父鉄道e61
こちらは反対側から見た踏切の光景。
この踏切は新郷No.1踏切という名前で駅のすぐ南側にあります。
秩父鉄道e62
神社の前まで戻り、駅への道を50mほど進むと
道が広くなり駅舎の前に着きます。
秩父鉄道e63
こちらが新郷駅の駅舎となります。
1921年(大正10年)の北武鉄道開業でこの駅も設置されました。
秩父鉄道e65
駅舎の脇には駐輪場が設置されているのですが、
その前には新郷駅の開業を記念し、駅開設の翌年に建てられた
「停車場設置記念碑」がありました。
秩父鉄道e64
駅前の線路沿いの道はご覧の様にかなり広くなっています。
駅舎と反対側の東側にも細い道が抜けており
広場は袋小路にはなっていません。
秩父鉄道e66
駅舎はご覧の様に券売窓口のみが残っているような形で、
改札前にはベンチもありますが、建物内というよりは上屋の屋根の下といった状態です。
秩父鉄道e67
ホーム側から見た改札前です。
構内踏切があってホームと連絡をしています。
秩父鉄道e68
駅のホームの様子です。
島式ホーム1面2線となります。
ホーム上には待合の上屋が置かれています。
秩父鉄道e69
待合室の中の様子です。
秩父鉄道e71
この駅も列車の入線が右側通行となっています。
ですので駅舎のある西側が1番線で下り三峰口方面行き、
反対の東側が2番線で上りの羽生方面行きとなります。
秩父鉄道e72
1番線の下り列車が待つ中を上り2番線に入線してくる羽生行き列車。



秩父鉄道f45
こちらは埼玉県道128号熊谷羽生線の羽生市西にある交差点です。
この県道と交わる二車線の道路が次の駅への道となります。
秩父鉄道f46
県道ではない一般の市道を120mほど西進すると
ご覧の信号も無い交差点に差し掛かります。
秩父鉄道f49
交差点からさらに進むと中央分離帯が現れます。
180mほど進むと秩父鉄道の線路に当たって行き止まります。
秩父鉄道f50
線路沿いに南側を見ると遠くに駅の跨線橋が見えます。
住宅地の中にある駅は県道からまっすぐにはアクセスできません
秩父鉄道f51
一旦、県道128号線から120m西の交差点まで戻り、
左折して南へと進みます。
秩父鉄道f47
80mほど進むと住宅街の中のT字路があり、
北西への道路が駅正面の通りとなります。
住宅地の中の道にしては広い道路を200mほどで駅舎の前に。
秩父鉄道f48
こちらが西羽生駅の南口の駅舎外観です。
駅は1981年(昭和56年)の開業と比較的しい駅で、
羽生市の市街地が開発されて広がったことから請願駅として新設されました。
開業時からご覧の橋上駅舎として建てられています。
秩父鉄道f52
南口の駅前にはいわゆる駅前広場は無く、
広めに作られている駅舎前の道路が広場の役割を代用しています。
秩父鉄道f57
そして駅舎の南側の三峰口方へ線路沿いに進むと
線路脇の敷地がかなり余裕を持って取られているのが分かります。
秩父鉄道f58
この敷地は将来的な列車交換の為の複線化の用地の様で、
ご覧の通り跨線橋下にも線路が敷設できるスペースが取られているのが分かります。
秩父鉄道f59
交換用地のさらに南側を見るとご覧の踏切があります。
秩父鉄道f60
踏切のさらに南側には用水路が流れ田んぼがひろがっています。
その向こう側には秩父鉄道の上を跨ぐ国道122号線羽生バイパスの築堤が見えます。
秩父鉄道f54
そしてこちらは反対側の北口の駅舎外観です。
秩父鉄道f55
北口の駅前ロータリー。
小さいながらもこちら側には駅前広場が設けられています。
秩父鉄道f56
北口の駅周辺はご覧の通り住宅地であり、
生活道路があるのみで国道や県道へ直接連絡する道はありません。

北口から北へ300mほどの場所に現在、県道羽生外野栗橋線のバイパス道路を整備中ですが
駅と新バイパスの連絡道は計画されておらず、将来的に再開発がされる可能性があるのみです。
秩父鉄道f53
こちらは跨線橋の上の自由通路内の様子です。
中ほどに改札口が設置されています。
秩父鉄道f61
構内側から見た改札付近。
秩父鉄道f62
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線となっています。
秩父鉄道f623
棒線駅となっていますので上り列車、下り列車共に同じホームで発着を行います。
ホームへは跨線橋のある南端の三峰口方の階段から入る事ができます。
秩父鉄道f64
外から見たホームの全景です。
秩父鉄道f65
ホームの東側にはフェンスが立てられており、
その外側にはご覧の線路が敷設できる敷地が確保されています。
将来的にこちら側にも線路が敷かれた場合、島式ホームにできるように
プラットホームが作られていました。



秩父鉄道e73
こちらは県道413号羽生停車場線の光景です。
駅の西口と県道60号線を繋ぐ220mほどの県道ですが、
駅の開業以来の正面の駅前通りです。
秩父鉄道e74
羽生駅の東口の外観です。
駅は1903年(明治36年)に東武鉄道の延伸開業によって設置されました。
秩父鉄道の前身である北武鉄道が1921年(大正10年)に開業し、
羽生駅を起点としたことで乗り換え駅となっています。

現在の駅舎は2004年(平成16年)に改築されて橋上駅舎となり、
東口駅前も併せて整備がされました。
秩父鉄道e75
駅前ロータリーの様子です。
秩父鉄道e76
駅舎の入口から階段を上り、
階上の自由通路へと上がります。
秩父鉄道e77
自由通路の中ほどにある東武鉄道の改札口です。
秩父鉄道e78
さらに自由通路を進むと西寄りに秩父鉄道の改札口が設けられています。
秩父鉄道e79
こちらは駅の西口の駅前の光景です。
秩父鉄道e80
西口の駅前ロータリーは東口のものに比べて
広く大きなものが整備されています。
秩父鉄道e81
ロータリーの西側には大型電気店が。
正面の道は700mほどで国道122号線(羽生バイパス)と連絡しています。
秩父鉄道e82
こちらは西口広場の駅舎の脇に建てられている「りくはし」のブロンズ像です。
かつて羽生駅の傍らには「りくはし」という跨線橋が架かっていました。
これは羽生市の農機具メーカー金子農機の創業者、金子専一氏が
私財を投じて1963年(昭和38年)架けたもので、
踏切事故に心を痛めていた亡き妻の名前をとって名づけた橋でした。
秩父鉄道e83
橋には亡き妻へ捧げた詩が掲げられていましたが
2004年(平成16年)の羽生駅橋上駅舎化によってりくはしは撤去されました。
しかしりくはしの跡を継いで東西を繋ぐ自由通路には
りくはしの詩が現在でも掲示されています。
秩父鉄道e84
羽生駅の西口の駅舎外観です。
橋上駅舎独特の形をしているのが分かります。
秩父鉄道e85
西口の階段を上って自由通路へ。
すぐに秩父鉄道の改札口があります。
秩父鉄道e86
秩父鉄道の改札内の様子です。
入るとすぐにホームへ降りる階段があります。
秩父鉄道e87
ホーム側から見た改札への階段です。
秩父鉄道e88
そしてこちらが秩父鉄道のホームの様子です。
島式ホーム1面2線の駅となっています。
ホーム番号は4番線と5番線となっており、
始発駅なのでどちらも三峰口方面行きとなります。
秩父鉄道e89
ホーム中ほどの5番線の跨線橋下にある0キロポスト。
秩父鉄道にはゼロキロポストが二つあるのですが、
こちらは羽生駅━行田駅で開業した北武鉄道をルーツとするゼロキロです。
秩父鉄道e90
そして実は東武鉄道ホームが1~4番線までとなっており、
羽生駅では秩父鉄道と東武の「2つの4番線」が存在しています。

元々秩父鉄道のホームは5、6番線だったのですが、
橋上駅舎化の時に東武の下り線が2、3番線に、秩父鉄道が4、5番線に改番されました。
しかし東武が2年後にホームを2面4線化した際に1~4番を付番。
東武に合わせて改番をしたにもかかわらず4番線をダブらせられた秩父鉄道は
再度の改番は行わなかった
結果、4番線がダブる事となったのです。
秩父鉄道e91
ホームのベンチは跨線橋下に設置されています。



秩父鉄道e92
こちらは秩父鉄道の熊谷駅━羽生駅間の
au 4G LTEでの電波エリアマップです。
近郊都市区間であるだけに全ての区間が電波エリア圏内となっています。
駅へのアクセス困る事はまず無いでしょう。



熊谷駅━羽生駅間については東武伊勢崎線とJR高崎線からそれぞれレーダーを飛ばせば
この区間の全駅がレーダー射程県内
となります。
例えば行田市駅は羽生駅から、熊谷駅から射程9、羽生駅から射程11で届きます。

またJR高崎線の北鴻巣駅付近からですと羽生駅の二つ隣の新郷駅まで射程11で届きますし、
レーダー射程を14まで伸ばせば西羽生駅と羽生駅も取れますので
熊谷駅━羽生駅間の全駅をJR高崎線から取る事も可能となっています。



以上で秩父鉄道については全駅となります。
三峰口駅から羽生駅までの全線を乗ると71.7kmで所要時間が2時間から2時間半必要となります。
実際には秩父鉄道に乗るには羽生駅(東武伊勢崎線)、熊谷駅(JR高崎線)、
寄居駅(東武東上線)、御花畑駅(西武秩父駅・西武秩父線)などから乗り継ぐと思いますので
4時間前後は最低限必要となるでしょう。

長い路線ですので、一日で全線乗るのもアリですが
区間で分けて攻略するのも一つの手だと思います。
古い木造の駅舎も多く残っておりSLも走っていますので
是非一度は全線を乗り通してほしいと思います。

では。

秩父鉄道e36
さて、秩父鉄道の続きです。


その1(三峰口駅━皆野駅)はこちら
その2(皆野駅━寄居駅)はこちら



寄居駅を出た秩父鉄道はしばらくJR八高線と併走して北上をします。
国道140号線の跨線橋をくぐって抜けると八高線と別れて進路を東へと取り、
まもなく次の駅となります。
秩父鉄道d20
こちらは県道62号深谷寄居線の起点から280mほど東に進んだ
桜沢駅入口交差点付近の光景です。
秩父鉄道d21
この交差点から南に80mほど下ると秩父鉄道の踏切があり、
その脇に次の駅が設けられています。
秩父鉄道d22
こちらが駅の西側に隣接する小前田No.5踏切。
踏切脇には大きな歩道橋が架けられています。
秩父鉄道d23
南側から見た歩道橋の外観です。
秩父鉄道の線路を跨いだこの歩道橋は島式ホームの駅と改札外とを連絡しており、
駅の入口を兼ねた造りとなっています。
秩父鉄道d24
こちらは歩道橋の北側の階段からの光景で
いわば駅の北口にあたります。
階段を登ると橋上に屋根が設けられており、
桜沢駅の駅名標が取り付けられています。
駅は1989年(平成元年)に設置されたもので、
寄居中学校が統合により当地へ移転開校したことに合わせて作られました。
秩父鉄道d26
歩道橋の南側にも階段があり、
こちらがいわゆる南口にあたります。
秩父鉄道d267
階段を下った地上から見た南口の光景です。
秩父鉄道d29
下った階段の目の前は歩道が広がって広場状となっており
駅のトイレの建屋が置かれています。
秩父鉄道d28
南口側の駅前にはご覧のロータリーが設けられています。
秩父鉄道c81
ロータリーの前には寄居中学校の校門が。
秩父鉄道d30
南口側の歩道橋の階段は二手に分かれており、
こちらは表通り側と連絡している階段となります。
秩父鉄道d31
再び歩道橋の上へ戻り改札へと向かいます。
秩父鉄道c73
ホームへと降りる階段の駅名標を裏側から。
駅は地上駅なのですが、入口が駅前の歩道橋にのみあるので
乗降客は一旦階段を上った後に歩道橋から改札へと再度下ります。
秩父鉄道d32
階段を降り切ると改札までの通路が。
秩父鉄道c76
改札前の通路にはベンチが置かれており、
その奥にご覧の改札と券売窓口があります。
秩父鉄道c77
ホーム側から見た改札付近。
秩父鉄道c78
こちらがホームの様子となります。
島式ホーム1面2線となっており、南側の中学校側が1番線で下り三峰口方面行き、
反対の北側が2番線で上り羽生方面行きとなっています。
秩父鉄道c79
ホームの西端側が改札で、改札前に上屋の屋根があります。
秩父鉄道c80
こちらは屋根から下がっている駅名標。



桜沢駅を出た秩父鉄道はまっすぐに北東に向かって進路を取ります。
秩父鉄道36
列車に乗っていると車掌が「次はオマエダ」のアナウンスを。


秩父鉄道c82
こちらは県道175号小前田児玉線という県道で、
起点に近いこちらの三差路の前が次の駅の駅前となります。
秩父鉄道c84
駅舎側から見た駅前の三差路。
正面の道路は西側からここで南へと直角に曲がった県道175号線で、
国道140号線の旧道と連絡しています。
秩父鉄道d33
南へ県道175号線を下ると国道120号線まではおよそ260mほどです。
秩父鉄道d34
こちらが国道120号線と県道の合流している交差点の様子です。
秩父鉄道d35
国道120号線の旧道はかつて甲斐と武蔵を繋ぐ秩父往還という街道でした。
この交差点から東に500mほどには小前田宿があり宿場町だったそうです。
秩父鉄道d36
駅前へと戻って、こちらは三差路を東側から見た光景です。
この三差路で東側だけが県道ではありません。
秩父鉄道c83
小前田駅の駅舎の外観です。
1901年(明治34年)の上武鉄道の開業によって設置されました。
秩父鉄道d37
駅舎の中は待合用にベンチが置かれ
自動券売機が設置されています。
秩父鉄道d38
そして待合室と続きの鉄骨屋根の下に改札口があり、
駅前の道からは一段小高くなっているインターロッキングの
タイル貼りの広場が設けられていました。
秩父鉄道d39
広場に置かれた駅周辺の案内地図。
秩父鉄道c86
ホーム側から見た改札付近の様子です。
秩父鉄道c87
そしてこちらがホームの様子です。
この駅は単式ホーム1面1線に島式ホーム1面2線の計2面3線となっています。
駅舎のあるこちらが1番線で下り線三峰口方面行きホームです。
秩父鉄道c88
駅舎改札前付近に設けられた構内踏切。
島式ホームとの連絡をしてます。
秩父鉄道c89
反対側の島式ホームです。
駅舎に近いホームが2番線で上り羽生方面行きです。
反対側ホームには番線表記がされておらず通過待避線として使われている様です。
秩父鉄道c90
単式ホームの駅舎左手、三峰口片は
柵で区切られて立ち入りができなくなっています。
ですので現在の小前田駅はホームが擬似的な千鳥配置となっています。



秩父鉄道c91
こちらは国道140号線の旧道で、関越自動車道のすぐ東側付近です。
写真の場所に駅への案内標識があり、駅へと至る道の入口となっています。
秩父鉄道c92
反対の東側から見た入口付近。
秩父鉄道c93
国道から西へ170mほど進むと秩父鉄道の踏切があります。
秩父鉄道c94
踏切の西側すぐ脇が駅前広場への入口となっており、
ご覧の通りロータリーへと道が伸びています。
秩父鉄道c95
駅前ロータリーの様子です。
秩父鉄道c96
歩道部分はインターロッキングで舗装されています。
秩父鉄道c97
こちらがふかや花園駅の駅舎外観です。
2018年(平成30年)に開業した秩父鉄道で一番新しい新駅となります。
秩父鉄道c98
こちらは駅の遠景ですが、駅周辺はご覧の通り農地が広がっており
周囲にはほぼ何も無い状態となっています。

この駅は深谷市が「花園IC拠点整備プロジェクト」として
アウトレットモールを含めた再開発を行う為に開設されました。
駅周辺は農地であり、現状では法的に商業開発ができない土地となっています。
(農地法では農地転用の申請をして許可が下りないと開発ができない)
しかし駅から300m以内の土地であれば農地転用申請はほぼ無条件で降りる為、
この地を開発する為に駅を先に作り、その後駅周辺の農地を転用する計画なのです。
秩父鉄道c99
関越自動車道の花園インターチェンジからほど近いこの地を開発する為に
深谷市は請願駅として駅設置費用の4億円を全面負担。
開発の為の戦略的な駅として設置されたのがこの駅なのです。
秩父鉄道d01
ですので駅前広場の西隣には現在(註:2018年11月現在)目の前に牛舎があり
駅周辺はメチャメチャ牛糞の臭いが漂っています
まあ再開発が進めば無くなるのでしょうが。
秩父鉄道d06
駅舎の目の前のロータリーには車寄せの屋根があります。
秩父鉄道d02
こちらが駅舎の中の様子です。
将来的にアウトレットモールの最寄り駅を想定している為、
券売窓口も複数設けられており改札も複数のレーンが作られています。
しかし現状では周辺が農地の棒線駅の為、窓口も改札も1つづつしか使われていません。
秩父鉄道d08
入口の壁にある駅舎の中の案内図です。
秩父鉄道d03
ホーム側から見た改札付近。
秩父鉄道d04
そしてこちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となります。
秩父鉄道d05
後から路線上に新設された単式ホームの駅ですが、
将来的にパレオエクスプレスなども停車できるように有効長は長めに取られていました。
秩父鉄道d07
ホーム目の前の道路側から見た駅の様子。



秩父鉄道d40
引き続き国道140号線と併走し東へと進む秩父鉄道は
ふかや花園駅から1kmほど進むと次の駅となります。
秩父鉄道d41
こちらは国道140号線の旧道の永田駅入口交差点で、
名前の通り国道から駅へと連絡する道路の入口となる交差点です。
秩父鉄道d42
国道から駅まではおよそ140mほどで
住宅地の中を通る取付道路のようになっています。
秩父鉄道d434
永田駅の駅舎の外観です。
1913年(大正2年)に上武鉄道が駅を新設して開業しました。
かつては駅舎は西側にもう少し長く、官舎部分がありましたが
現在は撤去されて建物が短くなっており、跡地には倉庫が建てられています。
秩父鉄道d43
駅舎の前の敷地は舗装されて広場となっていて、
本来は行き止まりである駅へと至る道に半ば同化しており
道路の一部の様になっています。
秩父鉄道d45
駅舎の中の様子です。
改札前に長椅子が設置されており待合室を兼ねた造りとなっています。
秩父鉄道d46
ホーム側から見た改札付近。
秩父鉄道d47
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線のある駅で、
駅舎のある南側が1番腺の下り線三峰口方面行きとなります。
秩父鉄道d48
改札のある駅舎はホームの西側にあり、
ホーム中ほどまで上屋の屋根が設置されています。
秩父鉄道d49
1番腺の改札から左手、ホームの西端には構内踏切が設置されています。
秩父鉄道d50
こちらが駅の構内踏切です。
島式ホームと単式ホームとを連絡しています。
秩父鉄道d51
踏切からホームへは若干の距離があるので
ごらんの通路が延び、その先のスロープでホームに上がります。
秩父鉄道d512
そしてこちらが島式ホームとなります。
駅舎に近い南側が2番腺として上り羽生方面行きの旅客ホームとして使われています。
反対の北側にもホームはあるものの、通過線として使用されており
旅客番線表示はされていません。
秩父鉄道d53
ホームには待合の上屋がありますが、
旅客使用をしている2番腺のほうにのみ向いて建てられています。
秩父鉄道d54
線路は単式ホームの方が本線の形に作られており、
こちらの島式ホーム側は線路が分岐した副本線の形となっています。
秩父鉄道d55
待避線の3番腺の外側にも若干敷地には余裕があり、
比較的駅構内が広めに作られている印象がる駅です。



秩父鉄道d56
こちらは国道140号線の旧道でかつての秩父往還にあたる道路です。
永田駅から引き続き秩父鉄道と併走して東進しており、
2.3kmほど進んだ写真の付近が次の駅への入口となります。
秩父鉄道d57
武川駅入口交差点という名前のこの信号は
文字通り駅へと連絡する道路の国道からの入口であり、
交差点の角には交番も設けられています。
秩父鉄道d58
この交差点の角には旧武川村の道路原標が置かれていました。
秩父鉄道d59
国道から駅までは北におよそ140mほどとなります。
秩父鉄道d60
秩父鉄道d601
秩父鉄道d62

秩父鉄道96
こちらが武川駅の駅舎の外観です。
1901年(明治34年)に上武鉄道が開業した際、田中駅として設置されました。
駅は島式ホーム1面2線の駅となっています。
秩父鉄道d63
この駅は駅前に住宅が建っていてスペースが無い為、
駅前のロータリーは駅舎から線路沿いに東へ80mほどの場所に離れて設けられています。
秩父鉄道d64
こちらがロータリーの様子です。
秩父鉄道d66
南側にロータリーの入口があり、
180mほどで国道120号線と連絡をしています。
秩父鉄道d65
ロータリーの前には跨腺橋が架かっており、
その脇には歩道を広げた駅前広場が。
広場からは武川駅構内を眺めることができます。
秩父鉄道d67
西へと戻り再び駅舎の前へ。
秩父鉄道d68
駅舎の中に入ると改札前にベンチが置かれており、
直営駅なので改札には駅員がほぼ常駐しています。
秩父鉄道89
ホームと駅舎とを繋ぐ構内踏切です。
秩父鉄道d09
踏切を渡るとホーム西端の階段に連絡しています。
秩父鉄道d69
ホームの様子です。
島式ホーム1面2線の駅となっています。
秩父鉄道d75
屋根から下げられている吊り下げ形の駅名標。
秩父鉄道d70
この駅は南側が1番腺で下り線三峰口方面行き、
反対の北側が2番腺で上り羽生方面行きホームとなっています。
線路脇には10キロポストが置かれ、
ホームの有効長は結構な長さが取られています。
秩父鉄道d71
駅舎に近い東側には屋根のほかに待合室があり、
またホーム上にベンチも置かれていました。
秩父鉄道d72
ホーム上の待合室の中の様子です。
秩父鉄道d73
この武川駅は深谷市内では秩父鉄道の代表駅である為か、
ホーム内外にはご覧のように駅周辺の観光案内の看板がいくつもあります。

畠山重忠は源平の時代の源氏方の武将であり、
一ノ谷合戦での「鵯越の逆落」では愛馬三日月を背負って崖を降りるくだりが有名です。
しかし重忠の記念公園は実は隣の永田駅のほうが近く、
また看板の表記にある農林公園や古墳群も4km以上離れているので徒歩ではちょっと遠いでしょう。
秩父鉄道d74
またこの武川駅には、2番腺ホームのさらに北側にご覧の島式ホームがあります。
駅名標置かれているこのホームは現在旅客では使われておらず、
この駅から分岐している貨物用の三ヶ尻線の貨物列車が使用している様子でした。

秩父鉄道91
東側の跨線橋から見た
武川駅構内付近の線路の配置です。
秩父鉄道92
駅の東方の様子。
一番右の合流している線路がが秩父本線です。

秩父鉄道93
こちらは武川駅の西方600mほどにある踏切脇の7キロポスト。
この踏切の先に車止めがあります。

三ヶ尻線は武川駅起点のはずなのですが、
この位置は熊谷貨物ターミナル駅からちょうど7kmの地点であり、
どうやらこのキロポストは三ヶ尻線の物の様です。
ここから武川駅までは0.6kmで、三ヶ尻線も全長7.6kmなのでまず間違い無いでしょう。
秩父鉄道94
7キロポストから200mほど西へ進むと
今度は9キロポストがあり、その先で三ヶ尻線が左へと逸れていきます。
この場所は熊谷駅からちょうど9kmの位置ですので
9キロの距離標は秩父本線の距離標だと思われます。
(※秩父本線は羽生起点ですが、別の路線が合併してできたので
ゼロキロポストは羽生駅と熊谷駅の二つあります)




秩父鉄道d76
引き続き国道140号線と秩父鉄道は併走を続け、
1.9kmほど東進すると次の駅となります。
秩父鉄道d77
駅への案内標識の出ているこの付近は国道と秩父鉄道が隣接して走っており、
踏切を渡るとすぐ脇に駅があります。
秩父鉄道d78
この踏切は大麻生No.15踏切という名前で、
ご覧のとおり踏切から駅の全景がよく見えます。
秩父鉄道d79
南側から見た踏切付近。
秩父鉄道98
こちらが明戸駅の駅舎の外観となります。
駅は1985年(昭和60年)に新設開業したもので秩父本線では比較的新しい駅です。
秩父鉄道d80
線路脇に後から作られた駅なので駅前は一般の市道となっており
いわゆる駅前広場は無く、線路沿いの敷地が駐輪場として使われています。
秩父鉄道d81
駅前の踏切から南側へは狭い道が伸びていますが
南側は500mほどで荒川が流れており、田んぼに家が散在しています。
秩父鉄道99
駅舎の中の様子です。
小さな駅舎なので改札前の待合スペースもこじんまりとしています。
秩父鉄道a01
駅舎を出ると左へコの字状に連絡通路が延びており
構内踏切を渡ってホームへと上がります。
秩父鉄道a02
ホーム側から見た駅舎付近。
駅舎の前には熊谷起点の8キロポストがあります。
秩父鉄道d82
こちらがホームの様子です。
島式ホーム1面2線となっています。
ホーム上には屋根などの上屋は無く、中央にベンチが置かれているのみです。
秩父鉄道d83
駅舎と反対側の北側が1番線で上り線羽生方面行き、
南側の駅舎側が2番線の下り三峰口方面行きホームとなっています。



秩父鉄道d10
こちらは国道140号線の旧道で、
明戸駅前からはおよそ2.6kmほどの大麻生駅入口交差点です。
引き続き国道と鉄道は併走を続けて東へと進んでいます。
秩父鉄道d11
反対の東側から見た交差点付近。
秩父鉄道d12
その交差点のある国道から
南へ250mほど進むと駅があります。
秩父鉄道d13
大麻生駅の駅舎の外観です。
この駅も1901年(明治34年)の上武鉄道開業によって設置された駅の一つです。
秩父鉄道d14
駅前には東西に線路に沿って道路が走っています。
秩父鉄道d15
駅舎の前には砂利敷きの敷地があり、
線路沿いの東側が駐車場となっています。
秩父鉄道d16
駅舎の中の様子です。
開業時にできた駅なので中は広めです。
秩父鉄道d18
ホーム側から見た改札前付近。
秩父鉄道d17
改札からホームまではご覧の構内踏切を渡って
ホーム東端へと連絡をしています。
秩父鉄道d19
こちらがホームの様子です。
島式ホーム1面2線となります。
秩父鉄道d84
ホーム東側には風格のある木造の上屋があり
待合のベンチが置かれています。
駅舎のある北側が1番線で上り羽生方面行き、
南側が下り線の2番線三峰口方面行きホームです。
秩父鉄道d85
そして南側にはホームの無い側線が2本と行き止まりの引き上げ線が1本あります。
この駅の東側にはかつての貨物駅である
広瀬川原車両基地があるので設けられたのでしょうか。



秩父鉄道d86
こちらは秩父鉄道の石原No.10踏切で、
すぐ脇にひろせ野鳥の森駅の入口があります。
秩父鉄道d87
駅前から北へ伸びるご覧の道路を500mほど進むと
国道120号線のひろせ野鳥の森駅入口交差点があり国道と連絡しています。
秩父鉄道d88
駅の入口の外観です。
線路沿いに連絡通路が延びており片側に駐輪場が設置されています。
道路に面した入口にはご覧の駅名標のついたゲートが設けられています。

駅は2003年(平成15年)に新設された請願駅で、
駅名は市内の公募によって選ばれたそうです。
秩父鉄道d96
駅前から踏切を渡って南へと進むと
60ほどで荒川の堤防があり、反対側の河川敷には
駅名の由来となった野鳥の森があります。
秩父鉄道d89
道路から駅舎への連絡通路の様子です。
秩父鉄道d90
こちらが駅舎の外観です。
ログハウス風に作られた駅舎はホームの西端に建てられており、
入口はゆるやかなスロープとなっています。
秩父鉄道d91
駅舎の中はご覧の通りで、窓口の前が扉の無い通路となっており
改札のラッチが設けられています。
秩父鉄道d92
ホームへ入ると駅舎にはトイレと待合室が設けられています。
築15年ほどと駅としては新しい部類なので中は比較的綺麗です。
秩父鉄道d93
駅のホームの様子です。
単式ホーム1面1線となっています。
木造の歴史ある施設の多い秩父鉄道ですが
この駅は近年作られただけに鉄骨の上屋など近代的な設備となっています。
秩父鉄道d94
駅の設置によって開発が進んだという駅周辺は
近くに熊谷商業高校もあり比較的新しい建物が並んだ町並みとなっています。
秩父鉄道d95
また駅に列車が停車すると目に付くこちらの建物は
グリーンフォレストビレッジという老人ホームの施設です。
建物と駅ホームの間の畑もホームの運営する菜園となっています。



秩父鉄道d86
こちらは秩父鉄道の石原No.10踏切で、
すぐ脇にひろせ野鳥の森駅の入口があります。
秩父鉄道d87
駅前から北へ伸びるご覧の道路を500mほど進むと
国道120号線のひろせ野鳥の森駅入口交差点があり国道と連絡しています。
秩父鉄道d88
駅の入口の外観です。
線路沿いに連絡通路が延びており片側に駐輪場が設置されています。
道路に面した入口にはご覧の駅名標のついたゲートが設けられています。

駅は2003年(平成15年)に新設された請願駅で、
駅名は市内の公募によって選ばれたそうです。
秩父鉄道d96
駅前から踏切を渡って南へと進むと
60ほどで荒川の堤防があり、反対側の河川敷には
駅名の由来となった野鳥の森があります。
秩父鉄道d89
道路から駅舎への連絡通路の様子です。
秩父鉄道d90
こちらが駅舎の外観です。
ログハウス風に作られた駅舎はホームの西端に建てられており、
入口はゆるやかなスロープとなっています。
秩父鉄道d91
駅舎の中はご覧の通りで、窓口の前が扉の無い通路となっており
改札のラッチが設けられています。
秩父鉄道d92
ホームへ入ると駅舎にはトイレと待合室が設けられています。
築15年ほどと駅としては新しい部類なので中は比較的綺麗です。
秩父鉄道d93
駅のホームの様子です。
単式ホーム1面1線となっています。
木造の歴史ある施設の多い秩父鉄道ですが
この駅は近年作られただけに鉄骨の上屋など近代的な設備となっています。
秩父鉄道d94
駅の設置によって開発が進んだという駅周辺は
近くに熊谷商業高校もあり比較的新しい建物が並んだ町並みとなっています。
秩父鉄道d95
また駅に列車が停車すると目に付くこちらの建物は
グリーンフォレストビレッジという老人ホームの施設です。
建物と駅ホームの間の畑もホームの運営する菜園となっています。



秩父鉄道f67
こちらは国道17号線の石原駅入口交差点付近の光景です。
この交差点から南に向かって埼玉県道200号石原停車場線という県道が走っています。xxx
秩父鉄道f68
コンビニの脇を南に走る停車場線を
220mほど進むとJR高崎線の踏切が見えてきます。
秩父鉄道f69
高崎線の車両が走るJRの、その名も石原停車場踏切。
秩父鉄道f70
JRの踏切からさらに130mほど進むと、石原公園を左手に
左右に走る緑道に差し掛かります。
秩父鉄道f71
この緑道はかつての東武熊谷線の廃線跡であり、
現在も東武鉄道が所有する敷地跡を熊谷市が借り受け緑道に整備したものです。
ですのでここはかつての踏切跡ということになります。
秩父鉄道f712
そして緑道からさらに200mほど進むと新幹線の高架が見えて
秩父鉄道の線路へと突き当たります。
秩父鉄道f73
停車場線が右へと曲がる付近が駅前の広場となっています。
秩父鉄道f74
広場は一面舗装されており、市道との境界が分かりにくいですが
境界杭に沿ってみると赤線が駅敷地と市道との境界線の様です。
秩父鉄道f75
駅前広場の様子。
秩父鉄道f76
広場の西側には門があって奥に空き地が広がっていますが
こちらも秩父鉄道の敷地であり、月極駐車場として使っている様です。
秩父鉄道d97
石原駅の駅舎の外観です。
1901年(明治34年)の上武鉄道開業によって設置された駅の一つです。
秩父鉄道f77
駅舎の中の様子です。
この駅も改札前にベンチが置かれています。
秩父鉄道f78
駅構内側から見た改札付近。
入ると左手へ連絡通路が延びています。
秩父鉄道e01
改札から右手の窓口裏にはトイレや駅長室の入口が。
秩父鉄道f79
連絡通路を進むと、ホームへと連絡している地下道があります。
秩父鉄道f80
地下道をくぐって階段を上るとホームです。
秩父鉄道e02
こちらはホームの様子。
島式ホーム1面2線となっています。
秩父鉄道e03
駅舎のある北側が上り羽生方面行きの1番線ホーム、
反対の南側にある2番線が上り線三峰口方面行きとなります。
秩父鉄道e04
そして南側の線路の向こう側を見ると高架線が走っているのが見えます。
これは1982年(昭和57年)に開通した上越新幹線の高架線で
熊谷駅からこの石原駅までの区間を秩父鉄道と隣接して併走しています。



秩父鉄道e05
こちらは国道17号線の鎌倉町交差点から南へと入った
鎌倉町商店街の光景です。
国道の鎌倉町交差点には埼玉県初のデパートである八木橋百貨店がありますが、
その八木橋の反対側へと商店街を進むと、
300mほどでJRと秩父鉄道が併走する第四熊谷堤踏切があります。
秩父鉄道e06
踏切を渡るとすぐに上越新幹線の高架がありますが、
その高架下に秩父鉄道の次の駅の駅舎が設けられています。
秩父鉄道e07
南側から見た駅前の光景。
秩父鉄道e08
駅舎の前には舗装されたスペースがありますが、
これは上越新幹線の高架下が駅前広場として利用されているものです。
新幹線は1982年(昭和57年)の開業ですが、駅はそれ以前からありますので
後から上を新幹線が通ったという事になります。
秩父鉄道e09
こちらが上熊谷駅の駅舎の外観です。
駅は1933年(昭和8年)に鎌倉町駅として開業。3ヶ月ほどで上熊谷駅へと改名されています。
新幹線の建設にあたり駅舎が現在の位置へと1980年(昭和55年)頃に移設されているそうですので、
現在の鉄筋造りの駅舎もその頃に建てられた様です。
秩父鉄道e10
駅舎の中の様子です。
この駅のベンチはプラスチック製で、4人分のみが設置されています。
秩父鉄道e11
改札を出るとホームへと向かう連絡通路と構内踏切があります。
単式ホーム駅なのに構内踏切があるのは珍しいですが、
これは元々は島式ホームの駅だった故に踏切が残りました。
秩父鉄道e12
ホーム側から見た駅舎改札付近。
秩父鉄道e13
この駅のホームは単式1面1線となっています。
ですので上り列車も下り列車も同じ1番線に停車します。
秩父鉄道e16
こちらが上屋から下がっている1番線の番線表示です。
秩父鉄道e14
駅舎は鉄筋コンクリート作りですが、
ホームの上屋は開業以来のものの様子で木造となっています。
秩父鉄道e15
そして秩父鉄道のホームの反対側にはグリーンのフェンスが張られていますが、
ホームのベンチはなぜかほとんど隙間の無いフェンス側にも座席があります。

これはこのホームがかつて島式ホームだった名残りであり、
旧2番線ホームには廃線となった東武熊谷線が走っていました
秩父鉄道e17
東武熊谷線は戦時中に軍の命令によって
ゼロ戦を作ったことで有名な中島飛行機(現・スバル)の群馬県太田市の工場への
物資と人員輸送の為に作られた軍需路線でした。

熊谷駅から石原駅付近までは秩父鉄道の用地を東武熊谷線へ借りて開業しており、
上越新幹線開業にあたっての熊谷駅の再開発に際して秩父鉄道が熊谷市へ変換を要求。
東武熊谷線廃止か再開発かの二択を迫られた熊谷市が苦渋の決断で廃線を選んだ為、
1983年(昭和58年)に東武熊谷線は廃止となっています。

これによって秩父鉄道と東武鉄道の併用駅だった上熊谷駅は
秩父鉄道の単独駅へと戻っています。
秩父鉄道e18
第四熊谷堤踏切から見た東武熊谷線の廃線跡。
レールが踏切の舗装に埋もれています。



秩父鉄道e19
こちらはJR熊谷駅の北口の駅舎外観です。
1883年(明治16年)に日本鉄道第1期線の駅として開業した
埼玉県内でも最も古い駅のひとつですが、
1982年(昭和57年)に上越新幹線の開業に伴って改築されており
駅舎の手前側には新幹線のホームが入っています。
秩父鉄道e20
駅前に設けられたロータリー状の広場です。
古くから駅はありましたが北口のロータリーは1987年(昭和62年)に整備されました。
北埼玉の代表駅らしく駅前広場は広く作られています。
秩父鉄道e21
元々は熊谷駅の出口はこちらだけでしたので
北口の他に正面口の呼称もあります。
秩父鉄道e22
階段を登って橋上の自由通路へ。
大きな駅なので自由通路の左右には店舗が並んでいます。
秩父鉄道e23
JRの改札前を通過して更に南へと進むと
まもなく秩父鉄道の入口が見えてきます。
秩父鉄道e24
こちらが秩父鉄道の熊谷駅の改札口となります。
秩父鉄道の前身の上武鉄道が開業して熊谷駅へと乗り入れたのは
1901年(明治34年)となります。
元々は改札は国鉄と秩父鉄道は共用でしたが、
1982年(昭和57年)に上越新幹線の開業に伴って分離されました。
秩父鉄道e25
改札内の様子です。
入るとすぐに階段があってホームへと降りる事となります。
秩父鉄道e26
こちらがそのホームへの階段です。
秩父鉄道e27
ホームの様子です。
秩父鉄道のホームは島式1面2線となっています。
JR高崎線が熊谷駅で1~4番線の番号を使用している為、
秩父鉄道のホームは5番線と6番線となります。
秩父鉄道e28
5番線が上り線の羽生方面行き、
南側の6番線が下り線の三峰口方面行きとなっています。
かつては5番線には東武熊谷線が乗り入れていましたが、
廃線となった後の現在は秩父鉄道が単独で使用しています。
秩父鉄道e29
駅の外へと出てこちらは熊谷駅の南口の出口付近の光景です。
こちらの出口は上越新幹線開業に伴って熊谷市が整備をし
1983年(昭和58年)から供用されています。
秩父鉄道e30
南口の駅前ロータリーの様子です。
秩父鉄道e31
こちらは南口開設記念の石碑となります。
東武熊谷線の廃止と引き換えにこの南口は整備されましたので
なんとも感慨深いものがあります。
秩父鉄道e32
南口のい出口の脇に立つこちらは秩父鉄道熊谷ビルで、
文字通り秩父鉄道が所有する駅ビルとなります。
秩父鉄道e33
またビルの反対側には同じく秩父鉄道が所有する土地に作られた
コインパーキングが設けられています。
秩父鉄道e34
駐車場からは南口への跨線橋や
秩父鉄道の熊谷駅ホームの様子がよく見えます。



秩父鉄道e35
こちらは秩父鉄道の寄居駅━熊谷駅間の
au 4G LTEでの電波エリアマップです。
主に熊谷市内を走っている区間だけに、全ての区間が電波エリア圏内となっています。
列車から駅へのアクセスに困る事はありません。


都市近郊路線となるこの区間は近隣にJR高崎線や上越新幹線、
JR八高線や東武東上線などが走っておりレーダーなどで秩父鉄道のを取る事は可能です。

アイテムを使って秩父鉄道を細切れに取ってコンプリートする事は可能ですが、
正直かなり冗長に手間を食うと思います。
恐らく素直に一度乗ってしまった方が秩父鉄道のコンプは楽だと思います。
後は個々のやり方と趣味によりますが。


熊谷以東についてはその4にて。

では。

秩父鉄道c70
さて、秩父鉄道の続きです。


その1(三峰口駅━皆野駅)についてはこちら


秩父鉄道b46
こちらは県道37号皆野両神荒川線という県道で、皆野町の中心街を走っている県道です。
皆野駅から北に1.5kmほど進むとご覧の3つの県道が交わる三差路があります。
秩父鉄道b47
その県道のうちの一本が県道205号親鼻停車場線で、
三差路から100mほどで駅まで通じている取付道路となります。
秩父鉄道b48
こちらが親鼻駅の駅舎の外観です。
秩父鉄道が延伸した1914年(大正3年)に開業した駅です。
駅舎はご覧の通り、欧州でよく見掛ける柱や梁が外側にむき出しの
ハーフティンバーと呼ばれる様式となっています。
1992年(平成4年)に現在の新駅舎が供用開始しており、
柱の色は秩父ワインを連想したワインレッドなのだそうです。
秩父鉄道b49
駅舎の中の様子です。
この駅も改札前がそのまま待合室となっています。
秩父鉄道b50
ホーム側から見た改札付近。
秩父鉄道b51
駅舎のある1番線ホームです。
上り線の羽生方面行きホームとなります。
秩父鉄道b52
こちらのホームの屋根も駅舎リニューアルの際に一緒に手が入ったので、
柱はレールの転用ではなく普通の鉄骨が使用されています。
溶接を使わず全てボルト締めでレトロ感を出しているそうです。
秩父鉄道b53
千鳥式に配置された二つのホームは
駅の中央部に位置するこちらの構内踏切で連絡しています。
秩父鉄道b54
この構内踏切は線路を跨いだ駅構外の西と東にも出入口があり
通常の踏切の様に通り抜けも可能となっています。
秩父鉄道b55
島式の2、3番線ホームへの入口のスロープです。
秩父鉄道b56
駅舎側の2番線が羽生方面行きの上り線ホーム、
3番線は主に貨物列車の交換時の待避線となっています。
秩父鉄道b57
ホームが千鳥式の配置になっているのはタブレット交換をし易くする為で、
全国の古い単線の駅で見られる形式です。



秩父鉄道b58
こちらは国道140号線が皆野町から長瀞町へと入る付近で、
皆野駅から北に1.5kmほどにある上長瀞交差点の信号が五差路となっています。
秩父鉄道b59
交差点から東への太い2車線の道へと入るとすぐにカーブを描いており
目の前に駅のホームを見下ろしつつ駅南の踏切へと通じています。
踏切からホーム東側の駅舎へと至る道は県道204号上長瀞停車場線という
長さ140mほどの県道となっています。
秩父鉄道b60
踏切から北に50mほどで駅前の広場が。
県道となる停車場線はここまでです。
秩父鉄道b88
こちらが上長瀞駅の駅舎です。
1916年(大正5年)に国神駅として設置されました。
この駅の誕生でそれまで国神駅だった駅が荒川駅と改称されています。

この付近の鉄道は1914年(大正3年)に旧線から新線への付け替えが行われていますが、
開通した新線上に後から新たに設置されたのがこちらの駅となります。
秩父鉄道b89
駅舎の中の様子です。
この駅も改札前に待合のベンチが置かれているスタイルとなります。
秩父鉄道b63
ホーム側から見た改札付近。
秩父鉄道b64
駅は単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線の合計2面3線となります。
駅舎のあるこちらが1番線で三峰口方面行きの下り線となります。
秩父鉄道b65
ホームは広めに作られており、
トイレの建屋が別にホーム上に設けられていました。
秩父鉄道b90
改札から三峰口方の、上屋の屋根が終わる付近に構内踏切があって
島式ホームとの連絡をしてます。

秩父鉄道b66
こちらが島式ホームの2、3番線です。
どちらも羽生方面行きの上り線となります。
秩父鉄道b67
またこの駅はカーブ上に設けられており、
外側の3番線が一番曲線がきつくホームと車両との隙間が大きくなります。
その為、停車する秩父鉄道の3ドアの普通列車は車両の前後のドアがドアカットされて
車両中央部の扉のみが開閉することとなります。
そして2ドア車の西武線車両は曲線のゆるい2番線に発着をする処置が取られています。
秩父鉄道b91
3番線の更に外側にある側線。
上長瀞駅の近くには初代秩父駅跡がありますが、
そもそもルートが全く違うのでこの側線は別に廃線跡ではありません。



秩父鉄道b68
こちらは長瀞駅の駅前の様子です。
秩父鉄道の観光駅の一つであり、長瀞観光の拠点となるため駅前広場は広くなっています。
秩父鉄道b86
駅舎の前にあるライン下りの舟の発券場や観光情報館。
情報館ではレンタサイクルなども借りられます。
秩父鉄道b69
こちらが長瀞駅の駅舎です。
1911年(明治44年)の上武鉄道(現・秩父鉄道)の延伸によって宝登山駅として開業しました。
その後1923年(大正12年)に現在の長瀞駅へと改名されています。
駅舎は開業当時のもので1997年(平成9年)に関東の駅百選に選定されています。
秩父鉄道b70
中に入って改札前の様子です。
ベンチが改札前に置かれるスタイルは近隣の駅と同様です。
ただ直営駅ですので駅員が常駐しており、券売窓口と改札は有人です。
秩父鉄道b75
ホーム側から見た駅舎の様子。
秩父鉄道b81
1番線ホームの様子です。
この駅は単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線からなっており、
駅舎のある1番線は上り線の羽生方面行きホームとなります。
秩父鉄道b82
この1番線ホームの西端、羽生方の上屋の端には
ご覧の通りチェーンが張られてホーム奥が立ち入り禁止となっています。
秩父鉄道b83
そして1番線の駅名標、この場合は地面から立っている第4種と呼ばれる駅名標ですが
長瀞駅1番線ホームでは立ち入り禁止の区域にしかありません

当然歩いては近寄れないのでこちらの写真は列車の中から撮りました。
秩父鉄道b84
このホームの屋根の下にはベンチが片側一面に設置されていて
かなりの人数が腰掛ける事が可能です。
秩父鉄道b85
そして1番線ホームの東側の三峰口方にはこちらの小さな祠が置かれています。
その名も「ブーメラン神社」という祠で、
祠の中にはご本尊の石の大きなカエルが祭られています。
脇の立て札を読むと「いちどといわずにまたきてくんな」と観光客の安全が祈願されていました。
秩父鉄道b87
ホーム東端の三峰口方にある構内踏切です。
島式ホームと単式ホームとを連絡しています。
秩父鉄道b73
2、3番線のある島式ホームです。
駅舎に近い2番線が下り線の三峰口方面行きホームです。
秩父鉄道c07
3番線は当駅まで乗り入れる西武線の直通電車の折り返しと
SLパレオエクスプレスが使用するホームとなっています。
秩父鉄道b74
観光地の駅らしく様々な看板がホーム上に。
秩父鉄道b76
駅の外に戻り、駅舎の正面を見ると駅前駐車場の向こう側に
まっすぐに道路がの伸びています。
この道路は県道203号長瀞停車場線という100mあまりの県道で、
駅前から国道140号線の長瀞駅前交差点までを連絡しています。
秩父鉄道b77
交差点の北側にはご覧の宝登山神社の一の鳥居が。
秩父鉄道b78
鳥居から500mほどが神社の参道となります。
秩父鉄道b79
こちらが秩父神社、三峰神社と併せて秩父三社の一つに数えられる
宝登山神社です。
秩父鉄道b80
また宝登山山頂には奥宮があり、またロウバイ園があるなど観光スポットでもあるので
こちらのロープウェイが敷設されています。



秩父鉄道b97
引き続き国道140号線と秩父鉄道は併走して北西へと進み、
1.8kmほどで次の駅付近となります。
秩父鉄道b98
野上駅前交差点から北東方向へと伸びる道路は
県道202号野上停車場線という90mほどの県道で
国道と駅までを連絡しています。
秩父鉄道b99
駅前の県道ですが完全に生活道路の様相です。
秩父鉄道c01
こちらが野上駅の駅舎の外観となります。
上武鉄道時代の1911年(明治44年)に本野上駅として開業し、
秩父鉄道となった後の1929年(昭和4年)に現在の野上駅となっています。
秩父鉄道c02
駅前の広場の様子です。
広場から南東へ細い道路が続いており、広場と道路の境界があいまいですが
駐車場を兼ねた舗装された広場となっています。
秩父鉄道c11
そして広場の北側には駅舎と少し離れてトイレの建屋がありますが、
その横には見事な桜の木があり、その下には観光案内の看板が置かれています。
秩父鉄道c12
桜の木の下にある宮沢賢治の句を刻んだ歌碑です。
かつて宮沢賢治が1916年(大正5年)に地質調査研究の為に秩父地方を巡った際に
この駅から盛岡へと帰ったそうですが、旅の名残を惜しんで詠んだ句なのだそうです。
郷土研究家らの手によって2003年(平成15年)にここに歌碑が建てられました。
秩父鉄道c03
駅舎の中の様子です。
改札前に券売窓口とベンチがあるのは他の駅と同様ですが、
「ようこそ花の長瀞野上駅へ」の木看板が掛かっていました。
秩父鉄道c04
駅構内側から見た改札付近です。
秩父鉄道c05
ホームの様子です。
駅舎側の1番線が羽生方面行きの上りホームとなります。
秩父鉄道c06
木造の駅舎は開業以来のもので、ホームの屋根も木造となっています。
秩父鉄道c08
ホーム北西の羽生方にある構内踏切です。
単式ホームと島式ホームとを繋いでいます。
秩父鉄道c09
島式ホームの2、3番線です。
2番線が三峰口方面行きの下り線、3番線は貨物列車などの退避線となっています。
秩父鉄道c10
こちらのホームの上屋はレール転用の鉄骨造りとなっています。



秩父鉄道c13
引き続き国道140号線と秩父鉄道は併走し北上。
2.6kmほど進むとご覧の通り国道沿いに次の駅が現れます。
秩父鉄道c14
駅の西側の国道の向かいにある小学校のフェンスには
ご覧の水位を示した看板があります。
これは小学校の裏手に、江戸時代の大洪水の水位を刻んだ
「寛保洪水位磨崖標」という県指定の史跡があります。
こちらの看板はその水位を同じ高さに示したものです。
秩父鉄道c15
小学校の正門前にある横断歩道。
こちらが駅入口へと渡れる場所となります。
秩父鉄道c16
北側から見た駅への横断歩道付近。
秩父鉄道c17
横断歩道の先は踏切となっており、
上り線と下り線の間に駅への入口があります。
秩父鉄道c23
入口脇に設置された駅営業時間の説明板。
秩父鉄道c18
こちらが樋口駅の入り口となります。
駅は1911年(明治44年)の上武鉄道延伸時に開業しました。
駅の入口がホーム北端にのみあり、
駅舎もホーム北端に設置されています。
秩父鉄道c19
国道側から見た駅の様子です。
秩父鉄道c20
駅舎はスペースの関係で駅務のスペースのみとなっており、
建屋の脇が改札通路となっています。
秩父鉄道c21
ホームの様子です。
この駅は島式ホーム1面2線となっており、
東側にホームの無い通過線が1本設けられています。
秩父鉄道c22
ホーム中ほどに設けられた待合室です。
秩父鉄道c24
西側の目の前は国道140号線が走っており、
また東側100mほどには荒川が流れているという駅です。
秩父鉄道c25
駅入口の踏切へと戻り、国道とは反対側の東側へと出ます。
東の踏切前にはゆるやかな坂に駐輪場がありました。
秩父鉄道c26
東側の駅入口付近を前の道路から。
こちら側は荒川の岸が目の前なのでゆるやかな丘陵となっています。
秩父鉄道c27
前の道を南に進むとすぐに川岸へと降りられる道があります。
秩父鉄道c28
こちらが樋口駅付近の荒川の様子です。
長瀞のライン下りからは下流となりますが、樋口駅も長瀞町内であり
荒川の様子も長瀞の景勝の雰囲気が見て取れます。
秩父鉄道c29
東側から見た駅の全景です。



秩父鉄道c30
渓谷を流れる荒川は右に左にと蛇行をしながら東へと流れ、
国道140号線と秩父鉄道は川に沿う様に併走をしています。
4kmほど進むと長瀞町と寄居町の境界となりますが、
この付近はかつて「破崩」という地名でその名の通りがけ崩れの多発した秩父往還の難所でした。
町の境界から400mほど南下すると次の駅が国道脇に見えてきます。
秩父鉄道c31
国道の東側に見える波久礼駅の様子です。
駅は1903年(明治36年)に上武鉄道が寄居駅からこの地まで鉄道を延伸して設置されました。 秩父鉄道c32
国道沿いの駅舎前にはご覧の砂利敷きの駅前広場があります。
秩父鉄道c38
駅舎の並びの北側にはトイレの建屋があり、
その前には駅付近の遊歩道の案内地図がありました。
秩父鉄道c39
トイレの先の広場奥にはご覧の民家の入口が。
こちらのお宅、どう見ても駅の敷地を通らないと外に出られません
秩父鉄道c33
こちらはトイレの向かい付近の、広場の北の端にある観光案内の地図です。
秩父鉄道c34
その観光地図の隣の駅舎正面付近には
彫刻家の北村西望が詠んだ句の歌碑がありました。
秩父鉄道c35
こちらは西望の代表作である長崎平和祈念像です。
戦争中の3年間秩父に疎開していた西望は上京の折には波久礼駅を使っていたそうで
句もその疎開生活で詠まれたそうです。
秩父鉄道c36
広場の南を見ると、敷地から駅の南側にある踏切が見えます。
秩父鉄道c37
踏切から更に南側にも砂利敷きの駐車場が広がっていました。
秩父鉄道c42
そして駅の南側見えるのが、荒川に架かる寄居橋で
別名を波久礼橋とも言うそうです。
秩父鉄道c43
駅から100mほど南の国道上にある波久礼駅前交差点は
県道82号長瀞玉淀自然公園線の起点となっていて
ご覧の通りすぐに寄居橋を渡る県道です。
秩父鉄道c40
駅へと戻って駅舎の中の様子です。
改札前が待合室となっているのは近隣の駅と同様ですが、
こちらの駅の待合スペースは他の駅に比べて気持ち広めに作られています。
秩父鉄道c41
ホーム側から見た駅舎です。
秩父鉄道c44
改札の目の前は構内踏切となっていてホーム南端と連絡しています。
秩父鉄道c45
ホームの様子です。
島式ホーム1面2線となっており、東の山側にはホームの無い待避線が設けられています。
秩父鉄道c46
駅舎側の西側が1番線で下り線の三峰口方面行き、
東側が2番線の羽生方面行きとなります。



秩父鉄道c47
こちらは寄居駅の南口の駅舎外観です。
1901年(明治34年)に上武鉄道が熊谷駅━寄居駅間を開業した際に
終着駅として開業をしました。
1925年(大正14年)に東武東上線が、1933年(昭和8年)に
当時の鉄道省の八高線が寄居駅まで乗り入れて乗換駅となっています。
秩父鉄道c48
南口の駅前の様子です。
開業時はこちら側に木造の地上駅舎が置かれており、
寄居町の中心街もこちら側にあります。
駅舎が橋上駅舎となったのは1985年(昭和60年)頃だそうです。
かつては町役場も南口から150mほどの場所にありましたが、
1994年(平成6年)に北口側へと移転しています。
秩父鉄道c49
駅前ロータリーの駅向かい側にある観光案内所。
秩父鉄道c50
ロータリーの西側にはコインパーキングが隣接していました。
秩父鉄道c51
コインパーキングとなっている駐車場と、
その目の前の建物は秩父鉄道寄居ショッピングセンターという秩父鉄道所有の建物です。
かつてはライフ寄居店という大規模スーパーがテナントとして入っていました。
20年あまりこの場所で営業していたスーパーは2013年(平成25年)に閉店となり、
現在に至るまで建物はそのまま空き家として残っているものです。
駐車場は2019年(平成31年)4月に、閉店から6年余りでコインパーキングに転用されました。
秩父鉄道c52
スーパーの目の前から南へと延びるこちらの道路は国道140号線へと連絡する
県道190号寄居停車場線という県道となっています。
しかしこの県道は停車場線でありながら、ご覧の通り駅付近は一方通行となっています。
かつての町役場はこの県道の左手すぐにありました。
秩父鉄道c53
駅前へと戻り南口の階段へ。
秩父鉄道c54
秩父鉄道c56
こちらは寄居駅の北口の駅舎外観です。
秩父鉄道c57
北口は橋上駅舎となって新設された出口であり、
目の前は歩道が広くなったスペースが設けられています。
秩父鉄道c58
歩道の広場のすぐ先には駅の北口ロータリーがあります。
ロータリーは寄居町役場の建物にも隣接していて
駅と役場の両方の車寄せの役割を果たしています。
秩父鉄道c59
こちらが寄居町役場の建物です。
元々農地が広がり住宅が点在する北口側にあった寄居中学校の移転跡地に
1994年(平成6年)に建設移転されたものです。
秩父鉄道c60
そしてこちらは役場の前の道路から駅方向を見た光景ですが、
案内標識にあるように役場に並んで体育館やスポーツ施設が併設されています。
秩父鉄道c55
駅舎の橋上の通路へと戻り、改札前の光景です。
3社の路線が乗り入れている駅ですので自動券売機も3社のものが並んで設置されています。
有人窓口は秩父鉄道の管轄となっています。
秩父鉄道c61
駅構内側から見た改札付近。
秩父鉄道にはSuicaの設備が無く使えませんが、
寄居駅はJR八高線と東武東上線が乗り入れている為
改札口には簡易Suica改札機が設置されています。
秩父鉄道c62
中に入ると改札の目の前で通路が
東武東上線、秩父鉄道、JR八高線の3方向に分かれています。
秩父鉄道c63
真ん中の秩父鉄道ホームへの通路を進むと
途中の踊り場に他社線からの乗り換え客用に簡易Suica改札機が置かれていました。
秩父鉄道c64
階段を下りきったホーム入口の光景です。
秩父鉄道から他社線への乗り換え客用の簡易Suica改札機がここにも置かれています。
秩父鉄道c65
こちらが秩父鉄道ホームとなります。
寄居駅は鉄道会社が3社乗り入れており、
それぞれに島式ホームが割り当てられた3面6線の駅となっています。
秩父鉄道c66
秩父鉄道には3、4番線ホームが割り当てられており、
3番線が上り羽生方面行き、4番線が下り三峰口方面行きホームとなっています。
秩父鉄道c67
ホーム上の待合室の中の様子です。
秩父鉄道c68
駅の跨線橋が東側にあり、
それぞれのホームと改札との連絡口もホーム東側に設けられています。



秩父鉄道c69
こちらは皆野駅━寄居駅間のau 4G LTEでの電波エリアマップです。
ご覧の通りこの区間も全てが電波エリア圏内となっています。


寄居駅より西側は観光路線としての性格が強い秩父鉄道ですが、
ここから東の区間は近郊路線としての性格が強くなってきます。

続きはその3にて。

では。

秩父鉄道00
さて。次は秩父鉄道に行きたいと思います。


埼玉県の北辺をなぞるように走るこの路線は
1901年(明治34年)開業の上武鉄道が前身となっている路線で、
1914年には秩父まで開業したという、一世紀以上の歴史のある鉄道です。

元々は秩父の武甲山周辺の良質の石灰石を運搬する為の鉄道であり、
セメント運搬の為に貨物の引込み線が何本も存在していました。
現役で石灰石を運んでいる引込み線もまだあり、
太平洋セメントが株式の三分の一近くを保有している事からも
その事が窺い知れます。

日本の鉄道事業者では唯一、
JASDAQ上場企業として株式が店頭公開
がされています。



路線は埼玉県の羽生駅から秩父の三峰口駅まで
全長71.7 km、全線が単線の路線となっています。
全線直通列車の所要時間はほぼ2時間ちょうどとなっており、
西武秩父線、東武東上線とJR八高線、東武伊勢崎線と
埼玉県を縦に貫く路線を横に繋いています。




秩父鉄道01
こちらは三峰口駅
秩父市の旧荒川村にあり、秩父鉄道の秩父側の終着駅です。
秩父鉄道03
駅の入口には「関東の駅百選」の認定掲示が。
秩父鉄道04
秩父鉄道の鉄道むすめの「桜沢みなの」が立っています。
秩父鉄道05
駅舎の右手の光景。
SL運行時の臨時改札などがあり、駅の外は待合スペースになっています。
秩父鉄道02
こちらが駅のホーム。
2面3線のホームを持っています。
秩父鉄道06
ホーム西端の前にはSLの転車台があります。
これは鉄道遺構などではなく、秩父鉄道でSL運行を行う為に新設されたものです。
秩父鉄道07
転車台の隣には秩父鉄道車両公園があり、
秩父鉄道を走った車両が保存展示されています。
秩父鉄道08
駅からさらに秩父の奥地方向へと延びる線路。
かつては旧大滝村までの延伸計画もあったそうですが叶わず、
秩父鉱山の鉱石などを運ぶ為に活用された線路で
現在は一部を引き込み線としてつかっています。



秩父鉄道a35
国道140号線からは荒川を挟んで350mほどの南の集落の中に
隠れるかのように白久駅があります。

駅は1930年(昭和5年)の秩父鉄道の影森以西の延伸で設置されており、
かつては駅前に秩父スケートセンターがありましたが(1989年・昭和64年廃止)
現在では秩父鉄道で一番乗降客の少ない駅となっています。
秩父鉄道a36
駅前の様子です。
三差路が駅前にあり、南へ進むと徒歩20分ほどで秩父30番札所の法雲寺があります。
秩父鉄道a37
こちらが白久駅の駅舎の様子です。
秩父鉄道a38
改札付近の様子です。
簡易委託駅なのだそうですが毎日常駐している訳では無いようで
いわば半無人駅といったところでしょうか。
秩父鉄道a39
改札脇にある待合室。
有人時は列車別改札を行うようで改札外に待合室があります。
秩父鉄道a40
ホーム側から見た改札の様子です。
秩父鉄道a41
こちらはホームの様子です。
単式ホーム1面1線となっています。
秩父鉄道a42
単線の駅ながらホームは広く、
木製のベンチや駅舎の造りが昭和を感じさせます。
秩父鉄道a43
ホームから見える荒川の河岸の平地に広がる山村の集落。



秩父鉄道a44
国道140号線、そして荒川と併走するように東進する秩父鉄道は
白久駅から2.7kmほどで次の駅となります。
こちらは国道に隣接している駅前の様子です。
駅周辺は旧・荒川村の中心地近くとなります。
秩父鉄道a45
こちらの階段が駅への入口となります。
秩父鉄道a46
武州日野駅の駅舎の外観です。
この駅も1930年(昭和5年)の延伸時に設置されました。
秩父鉄道a47
駅舎の前にはご覧の砂利敷きの駅前広場があります。
広場の西側で国道とつながっており車を停めることも可能です。
秩父鉄道a48
この駅も改札前に待合室が設けられています。
秩父鉄道a49
改札の様子です。
業務委託駅ですが毎日駅員が詰めている訳では無く
半無人駅と言ってよい状況です。
秩父鉄道a50
ホーム側の改札前です。
構内踏切で駅舎とホームが連絡されています。
秩父鉄道a53
踏切を渡るとホーム西端がスロープとなり入口となっています。
秩父鉄道a51
駅のホームは島式1面2線となっています。
ホーム上の上屋は木造で中央にベンチが置かれています。
秩父鉄道a52
駅舎側のホームが1番線で秩父・羽生方面行き、
反対の2番線が三峰口方面行きホームとなります。
秩父鉄道a54
そして駅舎と反対側には車止めのある側線が1線ありました。
秩父鉄道a55
駅ホームの東端からはご覧の神社が見えます。
裏手の山は弟富士山(おとふじやま)と言い
秩父市の無形文化財の浅間神社神楽(日野神楽)が伝わる浅間神社のある山です。
駅から見えるのは浅間神社の分宮でしょうか。



秩父鉄道a56
武州日野駅から旧・荒川村の市街地を抜ける国道140号線を東へ1.5kmほど進むと
秩父鉄道の次の駅付近となります。
国道から駐車場を斜めに横切る道が独特の存在感ですが、
この道の突き当たりに次の駅があります。
秩父鉄道a57
斜めの道路から東に70mほどにある武州中川駅前交差点。
信号の角には上田野郵便局がありますが、名前の通りこの駅から南に進むと駅舎があります。
駅への道としてはこちらが正面と言うべき道でしょう。
秩父鉄道a58
国道から駅まではおよそ60mほど。
秩父鉄道a59
こちらが武州中川駅の駅舎となります。
やはりこの駅も1930年(昭和5年)の秩父鉄道の影森以西への延伸で設置されました。
開業時は木造駅舎だったそうですが、現在の駅舎は旧駅舎の隣に新しく建てられたものです。
秩父鉄道a60
改札前の様子。
この駅は待合室を単独では設けておらず、
改札前にベンチが置かれていました。
秩父鉄道a61
中に入ると右手へと通路が延びており
構内踏切を渡ってUの字を描いてホームへと連絡しています。
秩父鉄道a62
ホーム側から見た駅舎の様子です。
この写真の駅舎左がかつての旧駅舎のあった場所で、構内踏切も元は駅舎正面にありました。
しかし建て替えで今の駅舎が東隣に建った為、ホームと駅舎に距離が出来る事となりました。
秩父鉄道a63
こちらがホームの様子です。
島式ホーム1面2線となっています。
秩父鉄道a64
駅舎のある北側が1番線で羽生方面行き、
南側のホームが2番線の三峰口方面行きホームとなります。



秩父鉄道a65
こちらは武州中川駅付近から2.4kmほど国道140号線を東進した付近で、
次の駅への入口となるコインランドリーのあるカーブの付近です。
秩父鉄道a66
国道から140mほど南へ入るとご覧の秩父鉄道の跨道橋があります。
この橋のすぐ脇に次の駅があります。
秩父鉄道a77
国道から橋梁までを上から俯瞰にて。
秩父鉄道a67
橋梁脇の築堤に設けられた駅への坂を登ります。
秩父鉄道a68
こちらが浦山口駅の駅舎です。
三峰口駅までんの各駅と同じく1930年(昭和5年)の延伸時に開設されています。

駅への坂がいわば駅の正面となるので
駅名標も坂に向かって取り付けられています。
秩父鉄道a69
坂から駅舎脇の軒下を通って進むと改札前となります。
秩父鉄道a70
築堤の上に作られた駅なので
駅前広場もこじんまりとしたものとなっており
車で駅前に入ることはできません。
秩父鉄道a71
ちなみに駅前から西側へと抜ける道です。
秩父鉄道a72
ホーム側から見た改札付近の様子。
秩父鉄道a73
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線となっています。
秩父鉄道a74
この駅のホームはご覧の通りカーブに作られている為、
3ドアの車両などでは車両の前と後ろはドアカットされてこの駅では開きません。
秩父鉄道a75
秩父鉄道の車両のドアに貼られているドアカットの注意書き。
秩父鉄道a76
こちらはホーム西端の三峰口方の光景です。
築堤の上に作られた駅なのでホームの中央付近は膨らんで広くなっていますが
端はご覧の通り狭くなっています。
ホームの目の前にあるのは駅のすぐ西にある浦山川橋梁です。



秩父鉄道a78
こちらは県道209号小鹿野影森停車場線の終端付近で、
浦山口駅からは北に1.3kmほどの距離にあります。
この県道の東側に秩父鉄道の敷地があり、駅へ連絡する道への入口があります。
秩父鉄道a79
こちらが影森駅の駅入口の外観です。
ホームへと連絡する地下通路の階段入口に
ご覧の屋根のみの上屋が置かれていました。
秩父鉄道a80
上の写真は影森駅の旧駅舎です。
かつてはこの旧駅舎が木造で地下通路の前に建っていました。
1917年(大正6年)に秩父駅━影森駅の延伸によって開業した駅で、
武甲山のふもとにあるこの駅は石灰石を運ぶ貨物列車の拠点の役割を担っていました。
その為駅の敷地は広く、駅舎のは旅客の入口の他に職員の宿舎が併設されていました。

しかし貨物の取り扱いが減った為、広大な駅舎は不要となり
2016年(平成28年)に建物は解体されてしまいました。
秩父鉄道a81
駅舎の南側のトイレの建物は残されており、
旧駅舎だけが取り壊されて代りに上屋が設けられた様です。
秩父鉄道a82
こちらが地下通路への階段です。
上屋は旧駅舎とつながっていた部分だけが改築時に新しく足された様で
階段付近は廃レールを使った元からの建物が残されていました。
秩父鉄道a83
線路をくぐってホームへと至る連絡通路の様子。
秩父鉄道a84
階段の上のホーム上にご覧の券売窓口が置かれており
改札業務もこちらで行われていました。
秩父鉄道a85
駅のホームです。
島式1面2線のホームとなっています。
駅舎があった西側が2番線の羽生方面行き、
東の1番線が三峰口方面行きホームとなっています。
秩父鉄道a86
こちらは地面に設置されている方の駅名標。
秩父鉄道a87
ホームは2線ですが、駅構内には何本もの側線があり
貨物駅だった名残りは今でも十分に見る事が可能です。
秩父鉄道a88
こちらが駅の南側から見た駅構内の様子。
ご覧の通りかなり広い構内となっています。
秩父鉄道a89
ホーム北端の羽生方にある駅長事務室です。
おそらく駅構内の側線のポイントを制御しているであろう機械が中に見えました。



秩父鉄道a90
こちらは西武秩父駅の北側にある踏切で御花畑No.2踏切という名称の踏切です。
西武秩父駅から御花畑駅へと向かと途中に渡ることになる踏切となります。
秩父鉄道a91
「連絡通路」の看板のある線路脇の駐輪場スペースを抜けると
35mほどでもう一つの踏切となります。
秩父鉄道a92
通称「団子坂下の踏切」と呼ばれるこちらの踏切は
毎年秩父夜祭の際には屋台の通行の為に鉄道架線が外されることで有名で、
ご覧の通り駅のすぐ南側に位置しています。
秩父鉄道b96
団子坂の踏切と坂の様子です。
この坂が夜祭のクライマックスの舞台の一つです。
秩父鉄道a93
この踏切の西側の脇が駅への入口となっており、
ゆるいスロープを登ると駅舎が見えます。
途中には秩父の観光地を案内する看板が。
秩父鉄道60
こちらが御花畑駅の駅舎の入口です。
駅は1917年(大正6年)の秩父鉄道の影森延伸の際に設けられました。
ちなみに西武秩父駅は1969年(昭和44年)の開業ですので
この地の駅としては御花畑駅の方が断然に古い
駅となります。
秩父鉄道a26
駅の駅舎は2004年(平成16年)に国指定の登録有形文化財(建造物)となっています。

参考
文化遺産オンライン「秩父鉄道御花畑駅舎」
http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/169132

秩父鉄道a94
改札前の様子です。
券売窓口のある南側がメインで使われている改札で
待合のベンチなどもこちらに置かれています。
南側には多客時に使用するであろう改札が別にありますが、
こちらは上屋の屋根があり自販機などが置かれていました。
秩父鉄道a95
駅の北側に隣接する秩父No.8踏切という名称の踏切です。
秩父鉄道a96
この踏切脇に、駅北側から駅舎へと入れる通路があります。
ご覧の通り駅の敷地側に入口を向けた店舗が何軒か並んでいます。
広さとしてはこちら側の方が広いのですが、
西武秩父駅や市役所からは南側が近いロケーションとなります。
秩父鉄道a97
ホームの様子です。相対式2面2線の駅となっています。
駅舎側の1番線は秩父鉄道の通常時の使用ホームであり
上り線の羽生方面行きも下り線の三峰口方面行きも
どちらの列車もこちらに停車します。
秩父鉄道a98
2009年(平成21年)には副駅名として「芝桜駅」の名称がつけられ、
駅名標も桜のあしらわれたデザインに変えられています。
秩父鉄道a99
そして向かいに見えるホームは2番線ホームです。
「西武線直通ホーム」と書かれているのが見えます。
秩父鉄道b92
2番線ホームの様子です。
秩父鉄道の御花畑駅と西武秩父駅は連絡線でつながっており
西武線からの直通電車も乗り入れているのですが
構造上西武鉄道の列車は2番線にしか入線できません。
秩父鉄道b93
ですので2番線は直通列車のみが使うホームとなっています。
なお、乗降客は列車の発着時以外は2番線には入れません
秩父鉄道b94
御花畑駅の跨線橋の様子です。
秩父鉄道b95
西武線直通電車の乗客が跨線橋を渡り終えると
すぐに交代の車掌がチェーンを掛けてしまうので
2番線ホームを見られる時間は僅かです。
秩父鉄道58
ホームに置かれた秩父鉄道の鉄道むすめの立看板。



秩父鉄道65
こちらが秩父駅の駅舎の外観となります。
1914年(大正3年)に宝登山駅(現・長瀞駅)からの延伸によって設置されました。
秩父鉄道b01
駅舎は1985年(昭和60年)に秩父地域地場産業振興センターとして改築されました。
秩父市や県が出資する財団法人が運営するセンターは実質的な公共施設であり、
秩父駅はそのセンターの1階部分に同居する形となっています。
秩父鉄道b02
駅前には広大なロータリーのある広場が。
秩父鉄道b03
この駅が最寄りである秩父神社は
秩父地方の観光や産業の根幹となる神社ですが、
秩父駅が最寄駅であり、駅からはおよそ300mほど南にあります。
秩父鉄道b04
駅舎の中に入って改札付近の様子です。
秩父鉄道b05
こちらが秩父駅のホームの様子となります。
島式ホーム1面2線となっています。
秩父鉄道b07
ホームの目の前にはご覧の通り側線が何本も走っています。
かつてはホーム正面に秩父セメント(現・太平洋セメント)秩父第一工場への
引込線がデルタ線となって引かれていました。
秩父鉄道b06
駅舎とホームとは地下通路で連絡しており
ホーム上からが通路へと降りる階段が設けられています。
秩父鉄道63
こちらが地下通路です。
階段の蹴込には秩父夜祭の絵が描かれていました。
秩父鉄道64
上がった階段の上には改札までの通路が。
有人駅ですので列車別改札となっています。



秩父鉄道b08
こちらは県道207号大野原停車場線の終端付近の光景です。
秩父駅から北へ国道140号線と秩父鉄道が併走をしていますが、
2.4kmほど進んだ愛宕神社の脇から停車場線が延びています。
全長410mの県道はご覧の通り国道裏手の住宅街へと進み駅へと連絡をしています。
秩父鉄道b09
県道から東に入るとすぐに駅が見えます。
秩父鉄道b10
こちらが大野原駅の駅舎の外観となります。
駅は1914年(大正3年)の秩父鉄道延伸によって設置されました。
秩父鉄道b18
裏手にあたる駅の北側から見た駅舎付近の様子です。
歩行者のみが通れる道が北側の踏み切りへと通じています。
秩父鉄道b11
改札前の様子です。
券売窓口の向かいの改札外に待合室が置かれています。
秩父鉄道b12
ホーム側から見た改札前。
秩父鉄道b13
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線の駅となっており、
駅舎のあるホームは単式の1番線で上り線の羽生方面行きとなります。
秩父鉄道b14
ホーム上屋の柱はレールを転用したもので
古い駅では良く見掛けるものです。
秩父鉄道b15
ホーム北端にはご覧の構内踏み切りがあり
反対側の島式ホームと連絡をしています。
秩父鉄道b16
島式の2、3番線ホームです。
駅舎側の2番線が三峰口方面行きの下り線となります。
秩父鉄道b17
こちらの島式ホームには、行き先の書かれた駅名標が無く
柱の縦長の駅名標があるのみとなっています。
また2番線には表示があるものの、3番線の表示はありません。
これは3番線の線路は現在ホームの前後が途切れており使用されていない為です。



秩父鉄道b19
次の駅も国道140号線沿いにありますが、
直線距離で北に3.2kmなのに対して国道は大きく東にカーブを描いているので
道路を進むと3.8kmほどで次の駅の入口付近となります。
秩父鉄道b20
国道の和銅黒谷駅交差点の信号からは西への取付道路が
60mほど伸びていて奥に駅舎が見えます。
秩父鉄道b21
和銅黒谷駅の駅舎です。
1914年(大正3年)の秩父鉄道延伸で設置された駅で、開設時は黒谷駅という名称でした。

この駅から東に500mほどの山中には和銅遺跡という銅の採掘跡の遺跡があります。
採掘された銅が朝廷に献上され(和銅奉献)日本発の通貨の元となりました。
この和銅奉献から1300年を記念して2008年(平成20年)駅名が和銅黒谷駅へと変更されました。
秩父鉄道b26
駅は袋小路の奥にあり、
ご覧の様に駅舎周辺の敷地が広場の役割となっています。
秩父鉄道b22
駅舎の中へと入り改札前の様子です。
この駅は待合室が別に分けられてはおらず、改札前に木製のベンチが設置されています。
改札のラッチも金属製ではなく昔から使用しているであろう木製のものでした。
秩父鉄道b27
駅舎からホーム側へと出ると右手へと連絡通路が延びています。
ホームへの入口は南端にあるのでU字に迂回して構内踏切を渡って連絡していました。
秩父鉄道b23
こちらがホームの様子です。
島式ホーム1面2線となっています。
秩父鉄道b24
西側の1番線が下りの三峰口方面行き、反対側が2番線で上り羽生方面行きです。
秩父鉄道b25
そして駅ホームの南側の駅舎前付近には
こちらの大きな和同開珎のモニュメントが置かれており、
和銅遺跡の最寄り駅であることを示しています。
秩父鉄道b28
国道へと戻り、北に250mほど進むと和銅遺跡への案内看板が見えます。
案内に従って東への道を入ると神社ののぼりが道端に並んでいます。
秩父鉄道b29
こちらが聖神社で、和同開珎の元となった自然銅を祭る神社です。
「銭神様」と呼ばれて金運のご利益を期待する参拝者が数多く訪れます。
秩父鉄道b30
その神社からさらに東へと進み、
脇道を入って遊歩道を進むと15分弱ほどで和銅遺跡となります。
秩父鉄道b31
こちらが和銅遺跡の露天掘り跡の前にある巨大な和同開珎のモニュメントです。
秩父鉄道b32
露天掘り跡自体はご覧の通りで、
素人が見ても遺跡とは分からない感じでした。



秩父鉄道b33
こちらは県道206号皆野停車場線の起点付近の光景です。
国道140号線と併走してきた秩父鉄道は和銅黒谷駅の北で国道を別れ
皆野町の中心市街地に向けて北西へと進みます。
この停車場線は国道と駅とを連絡する道路として県道指定されています。
秩父鉄道b34
皆野駅の駅舎外観です。
1914年(大正3年)の秩父鉄道延伸にて設置され開業した駅の一つです。
秩父鉄道b35
駅舎の中の改札前です。
この駅も待合室は別室では無く、改札前にベンチが設置されています。
秩父鉄道b36
ホーム側から見た駅舎の様子。
秩父鉄道b37
駅のホームの様子です。
駅舎側の単式ホーム1面1線と島式のホームが1面2線あり計2面3線となっています。
こちらは1番線の下り線三峰口方面行きホームです。
秩父鉄道b38
木造駅舎の軒がホームの屋根となっており、
またこちらのホーム上にはトイレの建屋が設けられています。
秩父鉄道b42
屋根から下げられている照明の内臓された形式の駅名標。
秩父鉄道b39
ホーム南端に構内踏切が設けられていて
二つのホームを連絡しています。
秩父鉄道b40
島式の2、3番線ホームです。
羽生方面行きの上り線ホームとなります。
秩父鉄道b41
ホーム中央ほどに木造の上屋がありベンチが置かれています。



秩父鉄道b43
こちらは秩父鉄道の三峰口駅━皆野駅間の
au 4G LTEでの電波エリアマップとなります。
首都圏近郊の観光地を走っているだけに全区間で電波圏内となっています。
列車に乗っていても基本的に駅へのアクセスはどこからでも可能です。


秩父鉄道b44
開通してから100年以上が経っている路線だけに
古い味わいのある駅舎や施設がまだまだ数多く残っている路線で、
特に西側の秩父方面にはその傾向が顕著です。
秩父鉄道b45
また寺社仏閣や秩父の山々など観光の見所も多い路線ですので
観光路線としての側面も持っています。


皆野駅から東についてはその2にて書きたいと思います。

では。

埼玉新都市交通伊奈線a00
さて、次は埼玉新都市交通伊奈線です。


大宮駅から新幹線の高架脇を走って伊奈町の内宿駅までを走る
全長12.7kmの路線です。
レールを鉄輪で走るいわゆる鉄道ではなく、
タイヤで軌道を走る案内軌条式鉄道(AGT)の路線となります。


埼玉県南部での新幹線建設では多くの反対運動が起きました。
そして新幹線建設の見返りとして、大宮駅以南では埼京線が作られた訳ですが
大宮駅から北の区間では見返り路線として
通常の鉄道では過多と判断され、いわゆる新都市交通の建設がされました。
これがこの通称ニューシャトルです。

新幹線建設に関する反対運動に始まり、
ニューシャトル建設にあたっても計画地での
多くの反対運動や土地収用の抵抗に遭うなど
その可愛い車体とは裏腹に多くの苦難に遭った路線でもあります。



埼玉新都市交通伊奈線07
こちらはJRの大宮駅の西口の外観です。
東北・上越新幹線をはじめとして、高崎線、京浜東北線などのJR各線や
東武野田線などの起点駅である一大ターミナル駅です。
埼玉新都市交通伊奈線08
この大宮駅の西口の、中央通路から外デッキへの出口手前の屋内右手には、
「てっぱく通り」と命名されたご覧の連絡通路が設けられています。
埼玉新都市交通伊奈線09
このてっぱく通りを進んだ先に
ニューシャトルの大宮駅の改札があります。
埼玉新都市交通伊奈線03
ちなみに去年(2016年)に見た時にはこんな感じでしたので、
いつのまにやら若干おしゃれにマイナーチェンジされてました。
埼玉新都市交通伊奈線10
改めて現在の改札。
埼玉新都市交通伊奈線11
ホーム側から改札を見るとご覧の通りで、
改札前にはコンビニも設置されています。
埼玉新都市交通伊奈線12
ホームは改札の目の前にありますが、
見ての通り一段高い位置にあります。
埼玉新都市交通伊奈線13
こちらが大宮駅のホーム。
単式ホーム1面1線となっています。
1983年(昭和58年)のニューシャトル開業時に出来た駅です。
埼玉新都市交通伊奈線14
ニューシャトルの大宮駅付近はループ線となっており、
終点の大宮駅に到着の列車は、東西に伸びるホームの東側から入線します。
埼玉新都市交通伊奈線15
そして大宮始発の列車となり、今度は西へと出発していきます。
こうすることで運転士が大宮駅で折り返しの為に
いちいち反対の運転席へと移動する手間が無くなります。


埼玉新都市交通伊奈線16
大宮駅を出発したニューシャトルは、
まずご覧の場所で外へと出ます。
埼玉新都市交通伊奈線17
大宮駅の北端の西側にはJACK大宮というご覧のビルがあります。
ニューシャトルの駅はこのビルに隣接するようにあるのです。
埼玉新都市交通伊奈線18
このJACK大宮ビルを迂回して回りこみ、
ニューシャトルは出発をして行きます。
埼玉新都市交通伊奈線19
JACK大宮ビルの北側は県道が走り、
大栄橋というJRの線路を大きく跨ぐ跨線橋が架かっています。
ニューシャトルはこの大栄橋の上を大きく曲がって
新幹線の高架脇を沿って北上していきます。
埼玉新都市交通伊奈線20
大栄橋の北の、新幹線高架の西側には
JR東日本大宮総合車両センターの広大な敷地が広がっています。
ニューシャトルはその敷地の東端をJRの線路とに挟まれて進みます。



埼玉新都市交通伊奈線21
鉄道博物館駅
1983年(昭和58年)の路線開通時に大成駅として開業した駅です。
鉄道博物館の開業した2007年(平成19年)に現在の鉄道博物館駅に改名されています。
相対式ホーム2面2線の駅で、ホームの間に新幹線の高架線路を挟んでいます。

駅名の改称は鉄道博物館を作ったJR東日本からの打診だそうですが、
地元住民などからは反対があり、「大成」の駅名を残す要望が強かったそうです。
その為現在も駅名標などには「(大成)」と副名称がついています。
埼玉新都市交通伊奈線22
こちらは内宿方面行きの下り線ホーム。
埼玉新都市交通伊奈線23
大宮方面行きの上りホームです。
埼玉新都市交通伊奈線24
ホームの間の新幹線高架の下に見える駅舎建物。
埼玉新都市交通伊奈線25
改札付近の様子。
埼玉新都市交通伊奈線26
改札内のすぐ脇には、ニューシャトルのタイヤや
お召し列車のヘッドマークが展示されていました。
埼玉新都市交通伊奈線27
改札前から新幹線の高架下は、
鉄道博物館へと向かうコンコースとなっています。
埼玉新都市交通伊奈線28
通路の床のタイルには時刻表になっている部分が。
埼玉新都市交通伊奈線29
博物館の外の通路ですら展示物が沢山置いてありました。
埼玉新都市交通伊奈線30
そして通路の置くを曲がると鉄道博物館の入口です。
埼玉新都市交通伊奈線31
こちらが駅名の由来なっている鉄道博物館の内部。



埼玉新都市交通伊奈線32
加茂宮駅
1983年(昭和58年)の路線開業時の駅です。
相対式ホーム2面2線の高架駅となっています。
こちらは上り線ホーム。
埼玉新都市交通伊奈線33
上りホームと下りホームの間には
ご覧の通り新幹線が走っています。
埼玉新都市交通伊奈線34
こちらは下り線ホーム。
埼玉新都市交通伊奈線35
駅舎の外観です。
西側は国道17号線に面しています。
埼玉新都市交通伊奈線36
東側から見た駅舎。
埼玉新都市交通伊奈線37
駅の改札付近です。



埼玉新都市交通伊奈線38
東宮原駅
こちらも1983年(昭和58年)の路線開業時に開設された駅です。
相対式ホーム2面2線となっています。
上は上り線ホーム。
埼玉新都市交通伊奈線39
下り線ホームです。
埼玉新都市交通伊奈線40
駅舎の外観。
この写真の奥、駅の東にはかつて市民病院がありましたが
現在は移転して公園となっています。
埼玉新都市交通伊奈線42
駅の改札の光景です。
埼玉新都市交通伊奈線43
内側から見た改札。
埼玉新都市交通伊奈線44
ホームは新幹線の効果の東西脇にあるので
改札前で通路がT字に分かれています。
埼玉新都市交通伊奈線41
駅は県道に面しており、ちょうど改札前の高架下には
ラーメン店があります。
この県道は春になると桜並木で満開になります。



埼玉新都市交通伊奈線45
今羽駅
1983年(昭和58年)の路線開業時にこちらの駅もできています。
この駅も相対式ホーム2面2線です。
上は下り線ホーム。
埼玉新都市交通伊奈線46
こちらは上り大宮方面ホームです。
埼玉新都市交通伊奈線47
駅舎の外観。
こちらの駅も新幹線高架に併設の高架駅となっています。
埼玉新都市交通伊奈線48
駅自体は至近に産業道路が走っているものの、
駅周辺はご覧の通り住宅街となっています。
埼玉新都市交通伊奈線49
反対側の駅の東側はこんな光景です。
埼玉新都市交通伊奈線50
高架下の駅の入口への通路。
埼玉新都市交通伊奈線51
駅の改札です。
埼玉新都市交通伊奈線52
改札内の様子。



埼玉新都市交通伊奈線53
吉野原駅
1983年(昭和58年)の路線開業時の駅です。
相対式ホーム2面2線の駅です。
こちらは上り線ホーム。
埼玉新都市交通伊奈線54
下り線ホームです。
埼玉新都市交通伊奈線55
駅舎の外観です。
埼玉新都市交通伊奈線56
駅は新幹線と国道16号線の交点にあり、
真下を6車線の国道が走るという駅です。
周囲は大きな物流倉庫や工場が集まる工業地帯となっています。
埼玉新都市交通伊奈線57
他のニューシャトルの駅が改札が地上にあるのに対して、
この駅はその立地から改札は跨道橋の上に設置されています。
埼玉新都市交通伊奈線58
改札内の様子。



埼玉新都市交通伊奈線59
原市駅
この駅も1983年(昭和58年)の開業時にできました。
相対式ホーム2面2線の高架駅です。
こちらは下り線ホーム。
埼玉新都市交通伊奈線60
上り線ホームです。
埼玉新都市交通伊奈線61
駅舎の西側からの外観。
埼玉新都市交通伊奈線62
この駅から上尾市へと入りますが、
駅の改札前が駅らしくインターロッキングで舗装されています。
埼玉新都市交通伊奈線63
駅の改札の光景です。
埼玉新都市交通伊奈線64
改札を入ると左右にホームへの通路が伸び、
正面にはエレベーターへの通路が延びています。



埼玉新都市交通伊奈線65
沼南駅
1983年(昭和58年)の路線開業時に開設された駅です。
相対式ホーム2面2線の駅となっています。
こちらは下り線ホーム。
埼玉新都市交通伊奈線66
上り線ホームです。
埼玉新都市交通伊奈線67
駅の東側の外観。
埼玉新都市交通伊奈線68
東側にはご覧の通りロータリーが設けられています。
埼玉新都市交通伊奈線69
そしてこちらは駅の西側。
西側は道路に駅が直接面しています。
埼玉新都市交通伊奈線70
駅の改札付近です。
こちらの駅も改札前の高架下はインターロッキングで舗装されています。
埼玉新都市交通伊奈線71
改札を入ると階段があり、その上で左右に
ホームへの通路が延びています。
埼玉新都市交通伊奈線72
この駅の北西すぐ隣には、ご覧の変電所があります。
埼玉新都市交通伊奈線73
この変電所はJR東日本の新大宮変電所で、新幹線の変電施設です。
埼玉新都市交通伊奈線74
新幹線の高架を見ると、この区間だけ門形の鉄塔が密集していますので
遠くから見てもここに変電所があると分かります。
埼玉新都市交通伊奈線75
そしてこちらは下り線ホームにある原市沼の案内板。
駅名の「沼南」の由来となっている沼の案内です。
埼玉新都市交通伊奈線76
駅の北東隣の変電所の、すのすぐ北にこの原市沼があります。
沼は新幹線高架の東から高架下へと続いており、
新幹線やニューシャトルは原市沼を跨ぐ形となっています。
埼玉新都市交通伊奈線77
沼の端にある案内版。



埼玉新都市交通伊奈線78
丸山駅
1983年(昭和58年)の開業時に出来た駅です。
この駅は2面3線のホームを持つ駅となっています。
上は下り線1番ホーム。
埼玉新都市交通伊奈線79
1番線ホームも形状としては島式のホームなのですが、
2番線側は柵が設けられて乗車ができなくなっていますので
下り列車のみ乗降の可能な単式ホームとなっています。
埼玉新都市交通伊奈線80
こちらは島式の2、3番線ホームです。
ともに大宮方面行きの上りホームとなっていますが
通常は3番線ホームを使用し、2番線は丸山駅折り返しの始発列車が使用します。
埼玉新都市交通伊奈線81
駅の入口は県道323号線と新幹線高架の交点にあります。
埼玉新都市交通伊奈線82
こちらが駅の外観。
埼玉新都市交通伊奈線83
駅の改札の様子です。
埼玉新都市交通伊奈線84
改札を入ると左に螺旋状に通路が続いていて
ホームへと上がる仕組みとなっています。
埼玉新都市交通伊奈線85
そしてこの駅は駅名標に
「埼玉新都市交通本社前」と副駅名が書いてあります。
埼玉新都市交通伊奈線86
改札の左手にあるこちらがその埼玉新都市交通の本社となります。
埼玉新都市交通伊奈線87
その本社建物の裏手を見ると
ニューシャトルの丸山車両基地があります。
埼玉新都市交通伊奈線88
丸山車両基地は
東北新幹線と上越新幹線が分岐する谷間の部分に設けられており、
その一角に駅や本社が置かれています。
埼玉新都市交通伊奈線89
また丸山駅の駅前には「伊奈氏陣屋敷跡」の掲示があります。
埼玉新都市交通伊奈線90
そして車両基地の東側にはご覧の通り、
伊奈氏屋敷跡の遺構があって史跡に指定されています。
埼玉新都市交通伊奈線91
伊奈氏はこの伊奈町の地名の由来となった
徳川家の譜代大名であり、
関東代官頭の伊奈屋敷跡は埼玉県の史跡に指定されています。

新幹線のルート策定の際にはこの伊奈氏屋敷の史跡を避けたと言われています。
新幹線やニューシャトルの開業に合わせてこの伊奈氏屋敷一帯を都市森林として
整備する計画が県などであったのですが、
屋敷跡の土地の多くは地元の私有地であり開発は頓挫しています。
埼玉新都市交通伊奈線92
そしてこの丸山駅から大宮側は上下線の別れた複線区間ですが、
丸山駅以北の区間は単線区間となっています。
埼玉新都市交通伊奈線98
丸山駅━志久駅間のニューシャトルの軌道。
この区間はほぼ鉄道用地内を軌道の高架が通っています。



埼玉新都市交通伊奈線93
志久駅
1983年(昭和58年)の路線開業時に出来た駅です。
埼玉新都市交通伊奈線94
島式ホーム1面2線の駅となっており、
列車交換時には右側通行での交換となっています。
埼玉新都市交通伊奈線95
こちらが駅の外観です。
新幹線高架の西側を走るニューシャトルですが、
この志久駅付近から完全に上越新幹線の側道上に鉄道施設が作られています。
これは沿線住民の反対運動などに遭い土地収用に難航をした結果、
建設に遅れの出たニューシャトルを予定工期内に完成させる為に
新幹線高架脇の公道上に張り出して作られた為です。
埼玉新都市交通伊奈線96
こちらは東側から見た駅の外観。
新幹線の高架下に駅の入口が作られているのが分かります。
埼玉新都市交通伊奈線97
駅の改札の光景です。


埼玉新都市交通伊奈線99
志久駅━伊奈中央駅間の軌道。
ご覧の通り完全に公道の上に張り出して作られているのが分かります。



埼玉新都市交通伊奈線a01
伊奈中央駅
同じく1983年(昭和58年)の路線開業時に作られました。
島式1面2線の駅となります。
埼玉新都市交通伊奈線a02
こちらは駅の東側の外観。
駅前にロータリーが整備されています。
埼玉新都市交通伊奈線a03
駅の西側。
埼玉新都市交通伊奈線a04
こちら側に軌道が走っており、公道の真上にホームが作られています。
埼玉新都市交通伊奈線a05
少し離れた西側から見た駅の様子。
埼玉新都市交通伊奈線a06
改札付近の様子です。



埼玉新都市交通伊奈線a07
羽貫駅
1983年(昭和58年)の路線開業時に終着駅として開業した駅です。
その後1990年(平成2年)に当初の計画通り内宿駅まで延伸されて途中駅となりました。
島式ホーム1面2線の駅です。
埼玉新都市交通伊奈線a08
こちらが駅の西側からの外観です。
駅前にロータリーが作られています。
埼玉新都市交通伊奈線a09
東側の駅外観。
こちら側にも2009年(平成21年)にロータリーが作られました。
埼玉新都市交通伊奈線a10
改札前の光景です。
埼玉新都市交通伊奈線a11
駅の北を走る県道87号線沿道は「学園地区」と呼ばれ、
自治体主導で戦略的に土地区画整理事業が行われ
マンモス校である県立伊奈学園総合高校が開設されていますが、
ご覧の通り地区には未だに空き地が目立っています。


埼玉新都市交通伊奈線a12
羽貫駅から北もご覧の通りニューシャトルの軌道は
公道の上に張り出して作られています。
埼玉新都市交通伊奈線a13
そしてこの場所、羽貫駅から北におよそ300mほどのここが
ニューシャトル建設の歴史を語る上で外せない場所となっています。
埼玉新都市交通伊奈線a14
上の道路とは反対側に、北側から見た光景です。
ニューシャトルの軌道下になにやら木の囲いがあります。
埼玉新都市交通伊奈線a15
囲いの中には何やら二階建ての掘っ立て小屋があります。
これが羽貫の地元では通称「団結小屋」と呼ばれる小屋です。

ニューシャトルの大宮駅━羽貫駅間の開業は1983年(昭和58年)12月でした。
そして羽貫駅からわずか1.1kmの終点の内宿駅までの区間は
建設におよそ8年の月日を要し開業は1990年(平成2年)8月でした。

路線の計画前から新幹線建設の反対や、ニューシャトルの軌道予定地での
土地買収で数々の反対や抵抗に遭ったこの路線でしたが、
特に羽貫駅━内宿駅間では2件の地権者が頑強に土地買収を拒否。
そのうちの1件とは1988年(昭和63年)3月に交渉が成立したものの
最後まで同意をしなかった地権者の土地がこの場所でした。
埼玉新都市交通伊奈線a16
頑強に土地収容を拒否する地権者に
当時成田空港で闘争中だった極左勢力が加担したことから話は混迷。
1990年(平成2年)2月17日に埼玉県は
埼玉県は土地収用法に基づく行政代執行を実施しました。
その時に地権者と活動家が作って立て籠もったのがこの団結小屋です。

農地しかなかったこの場所に県警の機動隊が投入され、
地権者や活動家は小屋から糞便を落とすなどして抵抗。
最終的に地権者及び活動家は公務執行妨害罪で検挙され
この土地の空中権が強制収用されました。
こうして最後の工事が進められ、
1990年(平成2年)8月2日に羽貫駅━内宿駅間が開業に至ったのです。
埼玉新都市交通伊奈線a17
ご覧の通り小屋には
「空中権強制収用 断固反対」と書かれたアジ看板が
当時からそのままで残っています。
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この団結小屋の真上のニューシャトルの軌道には
金網で作られたシェルターが設置されています。
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これはこの場所の空中権を収用した事を示す為と言われており、
また開業後に列車や軌道への投石などの妨害行為があった為
それを防ぐ為ともされています。

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小屋から北はご覧の通り、新幹線の側道が作られて
ニューシャトルの軌道が上を走っています。
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側道の沿道には、明らかに土地収用によったと思われる
不自然に一角が切り取られた家屋が今でも残っていたりします。



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内宿駅
1990年(平成2年)に開業した終着駅です。
島式ホーム1面2線の駅となっています。
基本的に列車は2番線の入線して折り返す運行となっています。
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路線の終端の様子。
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ホームの大宮側に階段があり
改札へと通じています。
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駅舎の外観です。
こちらは西側から見た光景。
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東側の駅前の様子です。
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駅の改札付近。
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ニューシャトルの終端を地上から見た様子です。




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こちらはニューシャトルの路線の区域の
au 4G LTEによる電波エリアマップです。
首都圏の新幹線沿線であるだけに
全線がエリア圏内でアクセスに問題はありません

この路線は上越新幹線の高架横を走る路線ですので
当然上越新幹線が同じルートを通っています。
なので上越新幹線からも通常アクセスで取る事は可能です。
が、しかし、当然新幹線は高速で走っているので
駅間が1km弱のニューシャトルを
新幹線から通常アクセスで取ろうとしても
端末の反応が追いつきません

新幹線の場合はレーダー併用などになると思います。

またJRの高崎線と東北本線(宇都宮線)のちょうど間を走っているので
両方の路線からレーダー併用で取る事は十分に可能です。



このニューシャトル、建設時には「何も無いところを走る路線」というイメージしか
無かったのですが、時代が進んで徐々に沿線の開発が進み始めています。

新幹線も含めて建設時にはさんざん揉めた経緯を見た身としては
今の新幹線やニューシャトルを見ていると、
普通に地元民の利便に供している現在を見ると
「反対運動って何の意味があったの?」としか思えません。
そんなニューシャトル、一度乗ってみて下さい。

では。

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