長野県

大糸線00
さて。次は大糸線です。

長野県の松本市から新潟県の糸魚川市までおよそ100kmを走る路線です。
一本の路線ですが、1987年の分割民営化によって
松本駅━南小谷駅までがJR東日本、
南小谷駅━糸魚川駅がJR西日本の管轄となりました。
全線が単線の路線で、
電化がされているのはJR東日本管轄の南小谷駅以南だけで
JR西日本管轄区域は非電化区間となっています。
管轄会社が違うという事ももちろんあり、
南小谷駅を境に列車の運行も分かれています。




大糸線01
こちらは長野の松本駅
8時ちょうどのあずさに乗ると来れるあそこです。
大糸線07
こちらは松本駅に停まるスーパーあずさですが…
この駅が大糸線の起点駅となっています。
大糸線02
ご覧の通り、大糸線のホームは
アルピコ交通(松本電鉄)と同じ島式ホームの向かいにあります。
左手前の7番線がアルピコ交通の列車、
右手の奥に停まっているのが大糸線の車両となります。
大糸線03
こちらが大糸線の松本駅の終端。
東京方面から特急あずさが直通で乗り入れたりもしていますので
ご覧の通り完全な行き止まりではありません。
大糸線04
こちらが大糸線ホーム。
大糸線05
大糸線ホームには旨そうな本場信州そばの駅そば店がありましたよ…
大糸線06
という訳でご覧の通り、大糸線の列車が入線してきましたので
先に進みたいと思います。



大糸線08
北松本駅
松本駅からわずか700mの距離にある大糸線最初の駅であり、
橋上駅舎の駅となっています。松本城までは直線でおよそ500mで、
松本駅からよりも松本城にはこの北松本駅のほうが近いです。

写真の左側が篠ノ井線、右側が大糸線の線路ですが
この北松本駅でホームがあるのは大糸線のみとなっています。



大糸線09
島内駅



大糸線10
島高松駅



大糸線11
梓橋駅
この駅から松本市を出て安曇野市へと入ります。



大糸線12
一日市場駅



大糸線13
中萱駅



大糸線14
南豊科駅



大糸線15
豊科駅
松本駅を出てから最初の直営駅となり、
市役所をはじめとする安曇野市の中心地区にある中心駅となります。



大糸線16
柏矢町駅



大糸線17
そして穂高駅です。
駅員配置の直営駅であり、
9両編成である特急「あずさ」の停車駅である為
ホームが長めに作られています。
大糸線18
こちらが駅舎。
駅名の由来でもある近くの穂高神社を模した形となっています。
大糸線19
駅前の通りの様子はご覧の通り。
大糸線の近隣の駅が田舎の無人駅ばかりの中、
この穂高駅は観光地としても著名なだけあって
人通りもあり賑わっていました。
大糸線20
駅から徒歩2分の穂高神社。
信濃国三宮で日本アルプスの総鎮守とも呼ばれています。



大糸線21
有明駅



大糸線22
安曇追分駅
開業時は「アルプス追分駅」という名前だったそうです。
大糸線23



大糸線24
細野駅
大糸線25
こちらが駅前から見た光景です。
大糸線26
ホームの階段前には駅前ガーデンなるものまで。
どう見ても単なるたんぼと畑ですが。
周囲に民家はほぼ見当たりません。



大糸線27
北細野駅



大糸線28
信濃松川駅
大糸線29
こちらが駅舎の外観。
大糸線30
駅の入口にはご覧の駅名の看板がありました。
大糸線31
駅前やホームにはご覧の掲示で村のアピールが。



大糸線32
安曇沓掛駅



大糸線33
信濃常盤駅



大糸線34
南大町駅



大糸線35
信濃大町駅
この駅も駅員を配置している直営駅となります。
大糸線の列車運行はこの駅を境に区切られています。

また、「大糸線」の「糸」は糸魚川駅の糸ですが、
「大」はこの信濃大町駅の「大」となります。

また観光ルートとして有名な立山黒部アルペンルートの
東端であるトロリーバスの扇沢駅へは
この信濃大町駅からバスで接続がされており、
場合によっては信濃大町駅自体も
立山黒部アルペンルートに含むこともあります。



大糸線36
北大町駅



大糸線37
信濃木崎駅



大糸線38
稲尾駅



大糸線39
海ノ口駅
大糸線40
無人駅ですがホームからはご覧の通り木崎湖が一望できます。
JR東日本でもっとも西にある駅との事です。




大糸線48
松本駅からこの海ノ口駅までは営業キロで42.9kmですが、
ここまでの大糸線は全線がau 4G LTEでは電波サービスエリア内となっています。
GPSで駅が取れない場所はこの海ノ口駅まででは有りませんでした。


列車の運行としては松本駅~信濃大町駅までの区間と、
信濃大町駅~南小谷駅の区間で分けられている形
となっています。
海ノ口駅は信濃大町駅と南小谷駅の中間点ですので
運行的には途中駅となります。
松本駅から海ノ口駅までの所要はおおよそ1時間30分程度です。



まだまだ大糸線は半分にも達していない地点ではありますが
長くなりますのでこの海ノ口駅で一旦切って、
海ノ口駅以北はその2としたいと思います。


では。

アルピコ交通上高地線00
お次は松本電鉄上高地線です。


松本駅を起点に新島々駅まで全線を長野県松本市を走る路線で
終点の新島々駅前にアルピコ交通のバスターミナルがあって
上高地への連絡の起点となっています。

松本電鉄は元からアルピコ交通のグループ会社でしたが
2011年には松本電鉄の社名もアルピコ交通に変更。
現在は正式には「アルピコ交通上高地線」ですが
駅名標や車内アナウンスなどでは現在も乗客の馴染んだ
「松本電鉄」の名称を使用しています。




アルピコ交通上高地線01
こちらはJR松本駅のアルプス口。
アルピコ交通上高地線02
ご覧の通り、この松本駅の7番線が
アルピコ交通(松本電鉄)上高地線のホームとなっています。
アルピコ交通上高地線03
こちらがホーム。
島式ホームの向かいの6番線はJR大糸線のホームとなっており、
アルピコ交通(松本電鉄)の停車位置とは
ずらした位置に列車が停まるようになっています。
アルピコ交通上高地線04
こちらが松本電鉄上高地線の終端と0キロポスト。




アルピコ交通上高地線05
こちらが二駅目の西松本駅
松本駅からはわずか400mの距離にある駅です。
アルピコ交通上高地線06
駅はご覧の通り、単線に単式ホームが片側1面のみの棒線駅となっていて
ベンチに屋根がついた待合があるだけの駅となっています。
特筆すべきは駅ホーム上に駐輪場がある点でしょうか。



アルピコ交通上高地線07
渚駅
アルピコ交通上高地線08
ご覧の通りの棒線無人駅であり、
市道から駅ホームへのスロープは駐輪場になっています。
アルピコ交通上高地線09
路線のイメージキャラクター「渕東なぎさ」の名前由来駅でもあり、
駅名標や駅名表示がご覧の通りになっています。
なんでもキャラクターをデザインしたのは社員だそうで。



アルピコ交通上高地線10
信濃荒井駅



アルピコ交通上高地線11
大庭駅
長野自動車道松本インターの最寄り駅で徒歩10分ほどの位置にあります。
駅自体は住宅地の中にあります。



アルピコ交通上高地線12
下新駅



アルピコ交通上高地線13
北新・松本大学前駅
元々北新駅だったのが、2002年の松本大学開校で現在の駅名となった様です。
アルピコ交通上高地線14
駅から新島々方面すぐの車窓から見える松本大学。



アルピコ交通上高地線15
新村駅
アルピコ交通上高地線16
この駅には上高地線の車両基地(新村車両所)があり
列車からもご覧の通り見ることができます。



アルピコ交通上高地線17
三溝駅



アルピコ交通上高地線18
森口駅



アルピコ交通上高地線19
下島駅



アルピコ交通上高地線20
波田駅



アルピコ交通上高地線21
渕東駅
上高地線のイメージキャラクターの「渕東なぎさ」の
苗字の由来となっている駅ですが。
アルピコ交通上高地線22
駅周辺はご覧のとおりほぼ水田です。




アルピコ交通上高地線23
そしてこちらが終点の新島々駅です。
アルピコ交通上高地線24
ご覧の通り島式2線のホームの駅となっています。
写真は松本方面に向かってのものですが、
右側(山側)が本線ホーム、左側(駅舎側)が副本線ホームとなっています。
日中常に発着があるのは本線ホームで、
副本線ホームは予備として日中は列車が待機しています。
アルピコ交通上高地線25
ホームの東端には構内踏切があり駅舎と連絡。
アルピコ交通上高地線26
駅舎内の改札へと通路が続きます。
アルピコ交通上高地線27
こちらが改札。
新島々駅では降車の乗客と乗車の乗客がホームに入る時間を区切っており、
アルピコ交通上高地線28
ご覧の様に乗車の客は発車の10分程度前までは改札前に並ぶ事になります。
アルピコ交通上高地線29
こちらが駅舎の外観。
アルピコ交通上高地線30
駅の前はアルピコ交通の新島々バスターミナルとなっており、
上高地などへのバス発着の起点となっています。

この新島々駅の先にはかつては島々駅があったそうですが
1983年の台風の被害で1985年には新島々駅━島々駅間が廃止となったそうです。
新島々駅の先の線路は現在では車両点検や列車の入れ違い、
そして夜間留置などに利用されています。




アルピコ交通上高地線32
こちらはau 4G LTEでのサービスエリアマップですが
松本市内を走る路線だけに全線が電波のエリア内にあります。
GPS位置情報の取得に関しての問題は全くありません


アルピコ交通(松本電鉄)上高地線の全線の所要時間はほぼ30分であり、
往復でも待ち時間をいれても1時間強程度で松本駅まで戻ってくる事ができます。
JRからではレーダーでも路線の半分程度までしか届きませんので
路線の制覇にはやはり乗車が必要でしょう。



この路線自体は制覇は非常にやさしい路線ですので
心配はほぼ必要無いと思います。


では。

さて。
お次は長野電鉄屋代線です。


元々は長野電鉄の路線でしたが
2012年(平成24年)4月に廃止され、バス路線へと変更がされました。

ですので現在は鉄道が走っていない廃線ですので乗車できません。
代替の交通手段に拠らないとGPSでの奪取は難しいでしょう。



現在は長電バスの「屋代須坂線」が、旧屋代線の路線を沿うように
ほぼ同じルートで営業をしています。
長野電鉄屋代線05
しなの鉄道線屋代駅、長野電鉄線須坂駅どちらからも一時間に一本、
バスが発車していますので比較的乗車に困ることは無いでしょう。

参考
長電バス「屋代須坂線」

http://www.nagadenbus.co.jp/local_suzaka/yashirosuzaka.html
長野電鉄屋代線01
こちらのサイトでは屋代須坂線の路線図もpdfファイルで公開しており、
バスの停留所の位置や路線ルートと共に「長野電鉄屋代線」の位置まで詳細に載っています
非常に参考になりますのでリンク先で是非ご覧下さい。
長野電鉄屋代線02




長野電鉄屋代線03
こちらが屋代線の起点だった屋代駅です。
現在はしなの鉄道線の駅として営業中です。
長野電鉄屋代線04
屋代駅の中の、かつて屋代線が営業していた時の
ホームへ向かう連絡通路ですが、ご覧の通りバリケードで封鎖されていました。
長野電鉄屋代線06
その奥の通路はご覧の通り。
長野電鉄屋代線07
外から見るとこんな感じで、
長野電鉄屋代線08
今は使われていない、旧屋代線のホームへと現在も繋がっています。

それでは長電バス「屋代須坂線」に乗車して
長野電鉄屋代線の跡を追いたいと思います。
長野電鉄屋代線11
屋代駅のバス停は、駅を背にロータリー左側にあります。


以下は現在の各駅近辺の様子です。
長電バスの最寄バス停を参考で記載しておきましたので
GPSで駅奪取の際の参考にして下さい。



東屋代駅
 バス停「屋代高見町」~「屋代高校前」間

1922年(大正11年)に河東鉄道の駅として開業したこの駅は
長野電鉄河東線の駅として長らく営業をしていました。
2002年(平成14年)に長野電鉄屋代線と路線名が改称されるも
屋代線の廃止によって2012年(平成24年)4月に廃駅となりました。
長野電鉄屋代線41
こちらは国道403号線の屋代中学校前交差点付近です。
交差点の奥に見えるのは上越新幹線の高架線であり、
その下を元信越本線のしなの鉄道が走っています。
長野電鉄屋代線42
交差点の西すぐのこちらが、かつて駅舎へと通じていた横道となります。
長電バスも国道403号を通っているのでこの横道の前を通過します。
長野電鉄屋代線43
かつてはここに、ご覧の駅舎が建っていたそうです。
長野電鉄屋代線44
ですが廃駅からまもなく駅舎は解体されており、
ほぼ同じアングルで撮った現在(2017年3月)ではご覧の通り更地となっています。
長野電鉄屋代線45
かつて駅舎やホーム、そして線路のあったあたりは
ご覧の通り跡形も無く更地となっていました。
長野電鉄屋代線10
Googleのマップでは、有り難い事に
屋代線の線路の無くなった今でも、その駅の場所だけは
未だに地図上に、現役の駅と同様に表示されています
活用をすると非常に位置の把握がし易いです。



雨宮駅
 「雨宮中学校」バス停付近(早朝夕刻は「雨宮北町」バス停付近)
長野電鉄屋代線46
こちらは県道335号線と、かつての屋代線が交わっていた
踏切の跡です。この踏切の西にかつての駅がありました。
長野電鉄屋代線47
こちらがかつての駅舎とホームです。
1922年(大正11年)に開業した単式1面の駅で、
屋代線廃止の2012年(平成24年)に廃駅となりました。
長野電鉄屋代線48
写真の中央あたりの広くなっている更地が
駅やホームのあった場所となります。

長電バスの「雨宮」バス停はかつての駅跡の北を走る
国道403号にありますので、バスからは駅跡は見えません。



岩野駅
 「岩野」バス停付近
長野電鉄屋代線49
こちらは国道403号線の松代町岩野付近。
長野電鉄屋代線50
交差点の案内標識の根元に長電バス「岩野」バス停があります。
長野電鉄屋代線55
バス停の裏側あたりには、かつて線路が敷かれていた場所が
うっすらと続いています。
何も無い野原に鉄道の敷地の境界杭が残っているので
ここが鉄道用地であることが分かります。
長野電鉄屋代線51
バス停のすぐ西の、国道に横断歩道があるあたりが
かつての駅のあった場所付近となります。
長野電鉄屋代線52
駅があった当時はこの場所にご覧の小さな待合室と、
ホームが単式1面であったそうです。
長野電鉄屋代線53
同じ付近を現在(2017年3月)見てみると
ご覧の通り駅舎や電話ボックスは撤去されています。
長野電鉄屋代線54
かつての駅や駅前広場であった更地。



象山口駅
 「象山口」バス停付近
長野電鉄屋代線56
上信越自動車道の松代PAの南東に程近い場所に
かつての象山口駅がありました。
道路にはかつての踏切をコンクリートで埋めた跡がありますが、
その踏切跡の向こう側がかつての駅のあった場所です。
「象山口」バス停からは西にすぐの位置にあります。
長野電鉄屋代線57
こちらがかつて駅ホームがあった時代の光景です。
路線廃止後ですがまだホームや待合室が残っていました。
長野電鉄屋代線58
そしてやや角度が違いますが、現在(2017年3月)の同じ場所の様子です。
ホームも綺麗に撤去されて更地となっています。
長野電鉄屋代線59
駅の真横にあった都市ガスの整圧所と
看板(ポールサイン)は変わっていないので
かつての駅がここにあったという事が分かり易いのが幸いです。
長野電鉄屋代線60
このようにかつては看板の場所がまさに
駅の出入口となっていました。
長野電鉄屋代線61
北側からかつての駅の場所を眺めた光景です。



松代駅
 「松代駅」バス停前
長野電鉄屋代線62
こちらが「松代駅」バス停です。
長野電鉄屋代線63
松代駅の駅舎です。
1922年(大正11年)の駅開業当時の駅舎が現在でも残っています。
廃駅となった今でもバスやタクシーの待合所として
駅舎は残されて活用されています。
長野電鉄屋代線64
駅舎前の道は駅前広場を兼ねて広くなっており、
両脇にバス停が設置されています。
長野電鉄屋代線71
駅前には童謡「汽車ポッポ」の歌碑がありました。
長野電鉄屋代線67
かつての駅構内の光景です。
長野電鉄屋代線66
駅舎とホームまでは残されているものの、
かつて線路の敷かれていた場所は更地となって砂利が敷かれ、
駐車場となっています。
長野電鉄屋代線65
駅舎のあるホームはかつての3番線であり、
ホームの目の前の駐車場となっている場所に
かつては島式の1面2線の1番線と2番線のホームがありました。
長野電鉄屋代線68
改札の脇の観光案内図には
松代駅の目の前に松代城(海津城)の跡が記されています。
長野電鉄屋代線69
駅の目の前には、戦国時代に武田氏が川中島支配の為に築城した
松代城(海津城)跡の南縁が見えます。
駅のかつての線路跡は城址公園の駐車場として利用されていました。
長野電鉄屋代線70
かつての屋代線の形にひろがる駐車場。



金井山駅
 「金井山」バス停付近
長野電鉄屋代線72
こちらは「金井山」バス停です。
国道403号線上に設置されています。
長野電鉄屋代線73
バス停から西にすぐのところにご覧の横道があります。
反対側には小学校やJAなどがあります。
長野電鉄屋代線74
横道はかつての駅前への道であり、
駅前広場であった場所へと通じています。
長野電鉄屋代線75
舗装部分が終わったあたりの左手が
かつて駅のホームがあった場所となります。
長野電鉄屋代線77
線路の跡地に降りてみると良く分かりますが、
車が並んでいる場所はホームであり、
現在でもホームの遺構がそのまま残っているのが分かります。
長野電鉄屋代線76
駅は単式1面1線の棒線駅であり、
ホームにはご覧の通り待合室が置かれていました。
長野電鉄屋代線78
駅前広場であった場所に残る、
武田信玄の軍師、山本勘助の墓への案内板。



大室駅
 「大室駅」バス停付近
長野電鉄屋代線79
こちらは「大室駅」バス停です。
長野電鉄屋代線80
バス停のあるこの場所が、かつての駅のあった場所となります。
長野電鉄屋代線81
かつての駅ホームがあった当時の様子です。
この駅は路線が長野電鉄河東線であった時代の
1951年(昭和26年)に新設された駅で、単式1面1線の棒線駅でした。
長野電鉄屋代線82
同じ場所は現在(2017年3月)は見ての通り更地となっています。
長野電鉄屋代線83
駅前広場から駅舎を背にしたであろう方向を見ると
線路があった跡が空き地として延びているのが分かります。
長野電鉄屋代線84
畑の向こう側には屋代線と並行して走っていた
国道403号線が見えます。



信濃川田駅
 「川田駅」バス停前
長野電鉄屋代線85
「川田駅」バス停です。
長野電鉄屋代線86
ご覧の旧・信濃川田駅駅舎が現在(2017年3月)は
バスの待合室として使われています。
長野電鉄屋代線87
待合室の中の様子です。
長野電鉄屋代線88
屋代線の営業当時の運賃表や時刻表がそのまま残されています。
長野電鉄屋代線89
こちらはホームの様子です。
駅名標が撤去されずに残されており、
ホームには列車が静態留置されたままの状態となっています。
長野電鉄屋代線90
ホームの列車は長野電鉄2000系A編成という列車だそうで、
半世紀にわたって長野電鉄の看板車両として
特急列車として運行し活躍をしていたそうです。
マルーン色と言われるカラーリングのこの車両は
2011年3月に屋代線の最終営業列車として走行後廃車。
須坂駅に留置されていましたが、
その後信濃川田駅まで回送されて留置され現在に至っています。
長野電鉄屋代線91
そしてホームから須坂駅方面をみると、もう一両列車が留置されています。
長野電鉄屋代線92
こちらは長野電鉄モハ1000形1003という車両だそうです。
1985年(昭和60年)に廃車となった後は
小布施駅の「ながでん電車の広場」で静態保存されていましたが
屋代線廃止の2011年にこの場所に移動されて現在に至るそうです。
長野電鉄屋代線93
駅周辺の様子。
長野電鉄屋代線94
駅前ロータリーは現在はバスの展回場として活用されています。



若穂駅
 「若穂病院」バス停付近
長野電鉄屋代線95
こちらが若穂病院のバス停です。
長野電鉄屋代線96
病院前のバス停から南に上信越道の方を見ると
かつての駅の付近となります。
長野電鉄屋代線97
ここがかつての駅のあった場所で、
現在は線路のあった場所が遊歩道として整備されていました。
長野電鉄屋代線98
駅周辺には現在は何も残っていないのですが、
かつての踏切から駅の反対側には
ご覧の通り線路跡の土地が伸びており、
道の近くは長野電鉄の駐輪場として利用されている立看板があって
ここが長野電鉄の土地である事が分かります。
長野電鉄屋代線99
こちらは駅があった当時の写真です。
1966年(昭和41年)に設置された屋代線では新しい駅で
単式1面1線の棒線駅でした。
長野電鉄屋代線a01
ほぼ同じアングルで撮った現在(2017年3月)の同じ場所です。



綿内駅
 「綿内駅」バス停付近
長野電鉄屋代線a02
こちらが長電バスの綿内駅バス停。
長野電鉄屋代線a03
旧駅の駅前のスペースが
そのままバスの展開場所として使用されています。
長野電鉄屋代線a04
こちらがかつての駅舎です。
現在はバスの待合所としてそのまま使われています。
長野電鉄屋代線a05
屋代線の営業時代には
ご覧の通り軒に駅名標が掲示してありました。
この駅名標は電気で夜は光ったそうです。
長野電鉄屋代線a06
駅舎の中の待合室の様子。
長野電鉄屋代線a07
壁にはご覧の、綿内駅仕様の時計が設置してありました。
この時計も夜は光るそうです。
長野電鉄屋代線a09
待合室からホームへと出て
かつての改札の様子です。
長野電鉄屋代線a08
そして待合室の隣の駅務室を窓からのぞいてみると
綿内駅の光る駅名標が置いてありました。
長野電鉄屋代線a10
こちらはホームの様子です。
かつては相対式2面2線のホームの駅で
列車交換が可能だった様ですが、
線路や駅舎の反対側のホームは綺麗に撤去されていました。
長野電鉄屋代線a11
須坂駅側のホーム東端の先にある、
かつてのホームを連絡していた構内踏切の跡です。
長野電鉄屋代線a12
踏切から見た駅の全景です。



井上駅
 「幸高」バス停付近
長野電鉄屋代線a13
国道403号線の、幸高停留場のある場所から北に150mほどの位置に
かつての井上駅がありました。
長野電鉄屋代線a14
こちらが現在(2017年3月)の井上駅跡の様子です。
かつての跡地にはご覧の駅のあった記念の看板が立てられていました。
長野電鉄屋代線a15
看板の説明書きのアップ。
長野電鉄屋代線a16
かつての線路やホームのあった場所の光景です。
単式1面1線のホームの棒線駅でした。
長野電鉄屋代線a17
駅舎や線路、ホームなどがあった時代の井上駅の写真です。
長野電鉄屋代線a18
上の写真とだいたい同じ場所で撮った現在(2017年3月)の様子。



長野電鉄屋代線30
こちらは須坂駅から北に200mほどの場所にある
大笹街道にあるかつての踏切です。
ご覧の通り線路の跡はまだ道に残っていますが、
列車はもう一切この踏切は通過しませんので現在は単なる道です。
写真の奥方向が須坂駅。
長野電鉄屋代線31
この踏切を須坂駅と反対方向に見ると、
ご覧の通り旧屋代線の跡は「河東線記念公園」として残されているのを
現在でも見ることができます。
長野電鉄屋代線32
看板などが整備されているので、いかにも線路のある場所が
旧屋代線の様な気がしてしまいますが
こちらは単に引込み線と車庫が残っているエリアであり、
屋代線が走っていたのは写真右の舗装されてしまっている部分となります。
長野電鉄屋代線33
証拠に舗装された道を辿って奥に行くと
ご覧の通り旧屋代線のバラスト(砂利)がそのまま残った
旧屋代線の敷地が続いているのを見ることができます。



そしてバス終点の須坂駅
現在も長野電鉄線の現役の駅です。
長野電鉄屋代線20
こちらが駅舎の様子。
長野電鉄屋代線21
長野電鉄屋代線22
須坂駅前のバスの発着場です。
長野電鉄屋代線26
須坂駅の中に入って改札の前を見ると、
屋代駅と同じように、
封鎖をされた階段がありました。
「5番線ホーム」と書いてあります。
長野電鉄屋代線23
バリケードの奥をのぞいて見ると。
長野電鉄屋代線24
カラーコーンや看板などで封鎖されて
屋代線ホームへは降りられないようにしてありました。
長野電鉄屋代線25
とりあえず営業をしている1番線から4番線のホームに降りてみることにします。
長野電鉄屋代線27
旧屋代線の5番線ホームには動いていないであろう車両が止まっており、
ホームにはブルーシートで覆いがされています。
長野電鉄屋代線28
こんな感じで、旧屋代線のホームは使われてはいないものの、
今も現存していました。
長野電鉄屋代線29
旧屋代線ホームの前には、これも恐らく旧屋代線の車両が停車中で、
列車の中は物置となっていました…



さて、廃線である長野電鉄屋代線については以上です。
長野電鉄屋代線a19
こちらはau 4G LTEでの電波エリアマップとなります。
平野部で住宅などもある地域を走る列車なだけに、
GPSの電波が途切れるような状況はありませんでしたので
バスで普通にやっていれば駅へのアクセスは問題ない
でしょう。

そして現在では廃線ですので列車ではなくバスでの移動となりますので
現在では駅舎やホームが無い駅がほとんどとなります。
車窓を眺めているだけだと駅に気がつかないケースも有り得るので
取り忘れには注意したい所です。


あと実は、雨宮駅から井上駅までについては、
上信越自動車道の更埴JCT~松代PA~長野IC~須坂長野東ICまでの区間で
全てGPSで奪取できます。
屋代駅と東屋代駅はしなの鉄道で、須坂駅は長野電鉄で取れますので、
ご参考までに。



私は鉄道マニアでは無いので、こうして廃線の廃駅を巡ったのは初めてでしたが、
やってみたら意外と楽しかったです。
みなさんにも一度やってみることをお勧めしたいです。

では。
【写真撮影:2017年3月、屋代駅・須坂駅は2016年6月撮影】

さて。お次はJR小海線です。
この路線は「八ヶ岳高原線」という別名がついている様子です。


小海線01

JR中央線を小淵沢駅で降りて乗り換え。
小海線のホームへ向かう途中、連絡通路でSuica使用の注意書きが。

小海線02

こちらが小海線の小淵沢駅ホームとなります。

小海線03

こちらがこれから乗る小海線の車両。
本来は終点の小諸駅までの直通列車に乗るつもりでしたが、
ちょうど「八ヶ岳高原列車」と題する、野辺山駅までの臨時普通列車に間に合ったので、
そちらに乗って野辺山駅で待機する事にしました。
小諸駅への到着時刻は変わりませんし。


小海線04
小海線05

小淵沢駅を出るとこんな感じの光景の中をディーゼル車で走ります。
この後清里駅周辺の小洒落た別荘地を抜けて野辺山駅へ。


小海線06

 野辺山駅に到着しました。
後続の小諸駅行きの列車をしばらく待ちます。

小海線07
 
ホームには「JR線最高駅」の表示が。
そういえば小学生の時にクイズの本で見た記憶がありました。
まさか本当に現地に来ることになるとは。

 小海線08
小海線11
小海線10
小海線09

しばし野辺山駅周辺を散策。


そして後続の列車の小諸行きに乗車をします。
小海線12

ご覧の通り、運転士と車掌の二名体制。
無人駅があるので運賃車内精算ですがワンマンではありません。


小海線13
小海線14
小海線15

紅葉目前の高原を走りぬけ、


小海線16

 長野新幹線の停車駅のある佐久平駅です。
この小海線で自然じゃない所は久々に見ましたw 


小海線17

しなの鉄道が間近の区間に差し掛かり、


小海線18

小諸駅へと到着をしました。


小淵沢駅━小諸駅間の所要時間はおよそ2時間20分程度です。
途中で買い物をするチャンスはありませんでしたので、
食料や飲料は事前の購入をお勧めします。

また、こちらが小諸駅での小海線の時刻表です。
小海線19

ご覧の通り、終点の小淵沢駅までの直通列車は2~3時間に一本しかありません。
これは小淵沢駅から小諸駅方面でも同様でした。
途中で他路線と交わるのは佐久平駅での長野新幹線しかありませんので、
基本的にはこの直通列車に乗って終点まで行くしかない、ということです。

GPSの電波状況は、渓谷や田園地帯ばかりの割には
ほとんどトンネルにもあたらず、良好でした
駅の奪取には支障はないと思います。
 

まあ、この小海線に乗る日は小海線をメインにしないと乗れないですね。
さすがローカル線。

では。 

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