岩手県

大船渡線a42
さて、大船渡線のBRT区間の続きです。
陸前高田駅から盛駅までの区間について書きたいと思います。


JR大船渡線〔BRT区間〕(気仙沼~陸前高田)はこちら



陸前高田駅を出た大船渡線BRTは、
かつての陸前高田市内を抜けて走る事となります。


大船渡線43
まちなか陸前高田駅
こちらは大船渡線の鉄道運用時には存在しなかった駅であり、
陸前高田市の請願駅として2017年(平成29年)4月に開業した新駅です。
正式な扱いではJRの臨時駅となります。
上り線下り線ともに同一の乗降場を使用しています。
大船渡線44
駅の作られた場所は陸前高田市の津波で壊滅した旧市街の中心地付近にあたります。
乗降場の目の前には「アバッセたかた」という大型商業施設が開業しています。
大船渡線42
地図を見ると分かる通り
付近にはかつての市役所や陸前高田駅があった場所ですが、
現在は津波でほぼ更地となっており、
やっと再開発が始まった地域となっています。
大船渡線66
BRT乗降場からショッピングモールの反対側を見ると
ご覧の通り一面の平地を造成中でした。



大船渡線67
高田高校前駅
この駅は2013年(平成25年)の大船渡線BRTの仮復旧時には無かった駅ですが、
2015年(平成27年)3月にこの地に県立高田高校の新校舎が移転したことに併せて
新駅として開業した駅です。
当然ながらBRTでの新駅であり、鉄道時代に大船渡線には存在しない駅でした。
こちらの駅も正式にはJRの臨時駅となります。
大船渡線68
こちらは県道141号線(高田街道)から県立高田高校へと向かう道です。
この分岐の前後にBRTの乗降場が設置されています。
岩手県交通バスが「高田高校前」バス停として使用している場所に
BRTの駅も併設される形となっています。
大船渡線69
上り気仙沼方面行きの乗降場。
大船渡線70
駅の南側すぐには、高校の新校舎へとつながる通路が設けられており
通学の学生の姿を見ることができます。
大船渡線71
こちらが駅の座標の位置です。
Googleで示されている高田高校前駅の位置に
駅メモの駅座標も設定されています。
このあたりは道が付け替えられており、
実際の乗降場所とはご覧の通りずれてはいますが
駅へのアクセスには大きな影響は無いでしょう。



大船渡線72
高田病院駅
鉄道時代の大船渡線には無かった駅ですが、
2013年(平成25年)の大船渡線BRTの仮復旧時に新設された駅です。
BRTでの仮復旧時に地元自治体の陸前高田市が
JR東日本へと出した運行ルート案を元に新設されました。
こちらは下り盛方面行き乗降場で、待合スペースが設けられています。
大船渡線73
反対側の上り気仙沼方面行き乗降場。
大船渡線74
こちらが駅乗降場の南にある、
駅名の由来である岩手県立高田病院です。
元々は陸前高田市の中心街にありましたが
現在こちらにあるのは仮説の診療所と病棟であり、
2017年(平成29年)度開院を目指して
2.5kmほど西の高台に新しい病院が新築中
です。
大船渡線75
駅メモでの駅の座標はご覧の通り乗降場の場所に設定されていますので
アクセスに関しては問題が無いでしょう。



大船渡線76
脇ノ沢駅
1933年(昭和8年)に大船渡線の駅として開業した駅です。
東日本大震災で駅施設が壊滅的な打撃を受け、
2013年(平成25年)の大船渡線BRT仮復旧の際には
1.7kmほど北東の県道38号線(アップルロード)上に移設
されています。
こちらは下り盛方面行き乗降場。
大船渡線77
上り気仙沼行き方面乗り場。
こちらは駅名のポールのみが立っています。
大船渡線78
駅メモでの駅座標はBRT乗降場に設定されていますので
アクセスには特段の問題は無いでしょう。
大船渡線79
そしてこちらが鉄道時代の大船渡線の脇ノ沢駅の旧駅跡です。
大船渡線80
先ほども書きましたが、
BRT脇ノ沢駅からは1.7kmほど南西の沿岸部に旧駅跡はあります。
大船渡線83
敷地の一角の境界杭が、ここが鉄道用地であることを知らせています。
大船渡線81
旧駅の駅前付近の様子。
コンクリートの基礎部分のみが残っています。
大船渡線82
ホームの様子。
単式1面のホームの遺構が残っていますが
雑草が覆い茂ってしまっています。
大船渡線84
駅から海岸方向を見るとご覧の通り、目の前が港になっています。
この駅は2011年(平成23年)の東日本大震災で壊滅していますが
1960年(昭和36年)のチリ地震でも6m級の津波を浴びて冠水しているそうです。
大船渡線85
駅跡のすぐ東には踏切の遺構が残っており
確かにここに鉄道が走っていたことを示しています。



大船渡線86
小友駅
大船渡線の鉄道時代の1933年(昭和8年)に開業をした駅です。
こちらは上り気仙沼方面行き乗降場。

この駅も東日本大震災では津波で駅が流出しており、
2013年(平成25年)3月の大船渡線BRT仮復旧によって
駅跡付近の市道に乗降場が設置され営業が再開されました。

そして一ヵ月後の4月には小友駅付近の線路や駅舎跡の鉄道用地が
BRT専用道として整備され、旧駅舎のあった場所に乗降場が移設されています。
大船渡線87
こちらは下り盛方面行き乗降場。
上りと下りの乗降場は相対式に設置されています。
大船渡線88
こちらが現在のBRT乗降場の南側からの光景。
かつての旧駅の駅前広場でもある場所です。
写真で見える建物はBRTの上り線の乗降場ですが、
鉄道時代の小友駅の駅舎もほぼ同じ場所に建っていました。
大船渡線89
鉄道運行時の小友駅は相対式2面2線の駅だったそうですが、
BRT専用道の南側を見ると乗降場の左右には
ご覧の通りかつての上りホームと思しき遺構が残っていました。
大船渡線90
そしてBRT専用道の北側にも土の盛りが確認できます。
こうして見るとBRTの下り乗降場も
かつてのホームの場所に設置された事が分かります。
大船渡線91
BRTの乗降場は旧駅舎の場所に設置されているので、
駅の座標も乗降場と同じ場所に置かれています。



大船渡線92
碁石海岸口駅
この駅は鉄道時代の大船渡線には存在しなかった駅です。
2013年(平成25年)3月の大船渡線BRT仮復旧時にもこの駅はありませんでしたが、
地元の要望による大船渡市からの請願によって
2013年9月の小友駅━大船渡駅間BRT専用道開通に併せて
駅が専用道上に設置されました。
こちらは下り盛方面行き乗降場。
大船渡線93
駅は上下線の乗り場が専用道の両脇に
相対式2面1線の形で設置されています。
大船渡線94
上り気仙沼方面行き乗降場です。
大船渡線95
駅は踏切の脇に設置されています。
BRT専用道なので遮断機はバスの側に。
大船渡線96
駅前のスペースには駐車禁止の文字がペイントされていました。
大船渡線97
こちらが駅メモによる駅座標の位置です。
旧鉄路を再利用したBRT専用道にある駅乗降場からは、
座標の位置は150mほど北西にずれています
これはなぜかGoogleの駅マークがずれており、
そのまま同じ場所に座標を設定した為だと思われます。
駅へのアクセスには大きな影響は無いでしょう。



大船渡線98
細浦駅
1933年(昭和8年)に大船渡線の延伸によって開業した駅です。
東日本大震災によって港に近い駅は流出の被害を受け、
2013年(平成25年)3月の大船渡線BRT仮復旧時に近くの県道上に仮復旧。
そして9月にBRT専用道が開通すると旧駅付近に移設されて現在に至ります。
こちらは上り気仙沼方面行き乗降場。
大船渡線99
下り盛方面の乗降場です。
大船渡線a01
相対式に設置された乗降場は
専用道上に設けられた緑の通行帯で連絡しています。
大船渡線a02
駅の外観。
大船渡線a03
東側から駅を見てみると、手前になにやら
コンクリートの構造物か見えると思います。
大船渡線a04
BRT乗降場の北側を見てみると
なにやら「細浦」と書かれた構造物が。
大船渡線a05
こちらが鉄道時代の細浦駅の旧駅の遺構です。
大船渡線a06
近くの市道にある岩手県交通バスの細浦駅前停留場。
大船渡線a07
バス停の先に、駅へと至る道があります。
大船渡線a08
かつての駅前広場。
大船渡線a09
駅舎のあった付近の様子です。
大船渡線a10
築堤上に残るホームの遺構。
すぐ横にはBRT専用道が走ります。
大船渡線a11
ホームから駅前広場を見下ろすと
港がすぐ目の前にあることが良く分かります。



大船渡線a12
下船渡駅
1934年(昭和9年)9月の細浦駅━大船渡駅間延伸によって開業した駅です。
こちらは気仙沼方面行きの上り乗降場。

東日本大震災で高台にあったこの駅は流出は免れたものの、
大船渡線自体が全線で不通となって休止しました。
2013年(平成25年)3月の大船渡線BRT仮復旧によって
国道側の西側駅前に駅を仮復旧。
9月に小友駅━大船渡駅間のBRT専用道が供用開始されたことによって
この駅も旧駅のあった場所に移設されました。
大船渡線a13
こちらは下り盛方面行き乗降場。
大船渡線a14
駅はご覧の通り相対式に設置されています。
手前の出入口はBRT専用道の延伸の際に
一時期この駅の横からBRTが一般道に出入りしていた時のものです。
現在の駅舎ができるまではここに停留場が設置されていました。
大船渡線a15
こちらは駅を東の県道側から見た光景。
駅舎は東側にあったのでこちら側が駅の出入口となっていました。
ご覧のスロープ状の坂と階段は鉄道時代から使用されているものです。
大船渡線a16
高台の上に上がると駅前の広場が。
大船渡線a17
駅舎の外観です。
震災前から使っていた駅舎ですが、震災で浸水こそしたものの
津波による流出は逃れたことからリニューアルされて
そのままBRTの待合室として使用されています。
大船渡線a18
そして駅の南側には駅の敷地であった鉄道用地が広がっています。
大船渡線a19
こちらが駅メモでの駅の座標の位置です。
現在の駅舎を利用した乗降場が出来る前の、
仮復旧時に乗り場が設置されたかつての裏口に座標が置かれています。
Googleの駅マークがこの位置ですので単純に合わせたものと思われますが、
現用の駅の位置とは数mのズレですので問題は全くありません。



大船渡線a20
大船渡魚市場前駅
鉄道時代の大船渡線には無かった駅であり、
気仙沼市の新駅設置の申し入れに基づいて
(仮称)唐桑大沢駅として整備が進められて
2015年(平成27年)12月に開業したBRTの新駅です。
本設置の常設駅ですが、正式には臨時駅の扱いとなります。
こちらは下り盛方面行き乗降場。
大船渡線a21
気仙沼方面行き上り乗降場です。
大船渡線a24
上り乗降場から海側を見ると、
駅名の由来となっている大船渡魚市場が見えます。
大船渡線a25
こちらが大船渡魚市場。
セリなどを行う市場の他に、展望デッキや飲食施設を併設した
観光施設としての一面も持っています。
大船渡線a22
市場側から見た駅の外観。
大船渡線a23
駅へと向かうには、横の跨道橋をくぐって
専用道沿いに坂を上がる必要があります。
大船渡線a26
駅の入口。
大船渡線a27
駅メモでの駅の座標はほぼ新駅の場所に設定されています。



大船渡線a28
大船渡駅
1934年(昭和9年)開業の駅で、
鉄道時代には単式ホーム1面1線のホームを持つ駅だったそうです。
東日本大震災では津波で駅施設のほぼ全てが流出。
2013年(平成25年)3月の大船渡線BRT仮復旧では
当初から盛駅━大船渡駅間は旧鉄路の敷地を使ったBRT専用道での開業でした。

その後大船渡駅周辺の土地区画整理事業により
2014年(平成26年)8月に一旦駅を県道上に移設。
そして2016年(平成28年)3月には再度BRT専用道上に駅が移設されています。
大船渡線a29
こちらは下り盛方面行き乗降場。
待合施設が設置されています。
大船渡線a30
こちらは駅東側に新設された駅前ロータリー。
これを見るとBRTはもはや仮復旧では無く恒常施設とする意向が分かります。
大船渡線a31
駅前ロータリーから見た駅の外観。
大船渡線a33
こちらはBRT大船渡駅の北すぐにある踏切。
市道の茶屋前線という道路で、震災前は大船渡駅前線という名前でした。
大船渡線a32
その踏切の南東角のご覧の場所が、
かつて鉄道時代の大船渡線・大船渡駅のあった場所となります。
このあたりは津波でほぼ全てが流出した上に
復興事業で土地区画整理が行われているため、
遺構は全く残っておらず、
道路やBRT専用道でその場所を推測するしかありません。
大船渡線a34
こちらが駅メモでの駅座標の位置です。
座標は旧大船渡駅跡に設定されており、
これはGoogleでの駅マークと同じ場所です。
実際の大船渡駅とは80mほどずれていますが、
駅へのアクセスには影響はほぼ無いでしょう。



大船渡線a35
盛駅
1935年(昭和10年)に大船渡駅━盛駅間が延伸されて設けられた駅です。
大船渡線の終点駅であり、三陸鉄道や貨物の岩手開発鉄道などが乗り入れています。
島式1面2線と単式1面1線の計3線のホームがあります。
上の写真は1番線ホーム。現在では大船渡線BRTの降車専用ホームとなっています。
大船渡線a36
かつては大船渡線の鉄道が発着していた1番線と2番線ですが、
東日本大震災によって大船渡線がBRT転換したことにより
2013年(平成25年)4月には線路が撤去されて嵩上げされ
BRT専用道となり、BRTが駅構内から発着するようになりました。
大船渡線a37
跨線橋は鉄道時代のものがそのまま残って利用されていますが、
BRT専用道上に新たに緑の通行帯が設けられており
駅舎からバリアフリーで直接専用道を横断できる様になっています。
大船渡線a38
こちらは島式ホームの駅舎側の2番線ホーム。
跨線橋の奥で転回してきたBRTが始発として発車するホームです。
大船渡線a39
ちなみにこちらは島式ホームの反対側の3番線。
三陸鉄道の南リアス線のホームとなっています。
大船渡線a40
JR盛駅の駅舎の外観。
元からの駅舎に震災後の2012年(平成24年)12月に
リニューアル工事が行われて改装されています。
大船渡線a41
駅舎の中の様子。
建物内もリニューアル工事によって新しい内装となっています。



大船渡線a43
こちらは大船渡線BRTの陸前高田駅━盛駅間の
au 4G LTEによる電波エリアマップです。
ご覧の通りBRTの走行する区間はほぼ全てが電波圏内となっています。
BRT専用道区間などで一部トンネルを走行する場所はありますが
基本的には屋外を走行しているのでアクセスに困る事はほぼ無いと思います。


JR大船渡線のBRT区間である気仙沼駅━盛駅間は
営業キロ数で43.7kmであり、片道の所要時間はおよそ1時間30分前後となっています。
他路線と接続しているのは起点の気仙沼駅と終点の盛駅のみですが、
接続路線のいずれも地方ローカル線やBRTなので本数もさほど多くはなく、
また長大で途中駅はほぼ無人駅が続くという路線ばかり
です。
ですから大船渡線BRTのみ単独ではなく、前後のアクセスまで考慮する必要があるので
攻略には事前の計画がかなり肝要となるでしょう。



また、JR東日本がBRT(バス・ラピッド・トランジット)を導入するにあたっては
震災で寸断された大船渡線や気仙沼線に対して
「早期に安全で利便性の高い輸送サービスを提供し地域の復興に貢献」を目指し
「BRTによる仮復旧」を沿線自治体に対して提案しました。
実際にBRTの運行ルートや駅の設置に関しては
地元自治体にその窓口を一元化して要望に柔軟に対応をしています。

結果として既存の鉄道駅の他に、
これまで鉄道が走っていなかった地域にもBRTが通ることで
幾つもの新駅が誕生しています。

これは復興や地域の事を考えれば誠に結構な事なのですが、
視点を「駅メモ」にだけ絞った場合には別の問題が出てきます。
それは「新駅や廃駅、駅の移設が頻繁に行われる」という事です。


例えば高田病院駅を例に挙げると、
この駅は仮設で再開した県立高田病院への被災者の利便を考えて設置された駅です。
当然大船渡線の鉄道時代には駅はありませんでした。
そして県立高田病院は現在も仮設の建物なのですが、
平成29年度(2017年度)中に陸前高田市の高台への移転が決まっています。
参考
岩手県「県立高田病院の新築整備について」
http://www.pref.iwate.jp/iryoukyoku/oshirase/052319.html


新病院は陸前高田市「氷上山麓地区」に建設との事で、
これは現在の大船渡線BRTの「高田高校前」駅の北方で、
現在の仮設病院からは2.5kmほど離れています。

高田病院駅の開設の経緯を考えると、
新病院の最寄にBRT新駅が作られる可能性、
現行の「高田病院駅」が廃止される可能性などは十分に考えられるでしょう。

もちろん現実の地域の生活が最優先なのですが、
こうした事例を元に、単にゲームのみの視点で考えた場合、
頻繁に駅の座標が移動したり駅が出現消滅するという事になり、
これはなかなかに大きな問題と言えるでしょう。


これまで駅メモではBRTでの新駅はポータルとしては対応していませんでした。
しかし2017年3月末の駅情報の更新で
BRT新駅をポータルとして対応する事が発表され
実際にゲーム上での反映が行われました。

ということは、今後BRT新駅が出来れば反映されるという事であり、
また実際のBRT駅は今後いくつも新設が検討されている事、
新設や移設のコストが安く容易であることなどから
大船渡線と気仙沼線に関してはゲーム上でも頻繁に駅の増減があるという事です。

ですのでこれらのBRT路線では今後、
「一旦コンプした路線が未コンプ状態に戻る」という事が頻繁に起こるという事です。
攻略に関してはこの事を十分に考慮する必要があるでしょう。



私は肉親の実家が福島なので
震災の復興を心より願う人間ではありますが、
駅メモ視点ではなかなかに面倒な状況になった、と考えている次第です。

では。

大船渡線00
さて、大船渡線のBRT区間に入りたいと思います。


大船渡線は1925年(大正14年)から1934年(昭和9年)にかけて
一ノ関駅から大船渡駅までが全通しました。
大船渡駅━盛駅間が翌年の1935年(昭和10年)に開通したのが
現在の大船渡線の原型となります。

そして2011年(平成23年)の東日本大震災で大船渡線は全線が不通となります。
一ノ関駅━気仙沼駅間が震災の翌月には運転が再開されたものの、
気仙沼駅━盛駅間の沿岸部は壊滅的な被害を受けて
至る所で鉄道施設が流出し寸断されました。

そして2013年(平成25年)3月に気仙沼駅━盛駅間が
BRT(バス・ラピッド・トランジット)の形式で仮復旧され
運行が再開されました。
この気仙沼駅━盛駅間では当初は鉄路での復旧を模索していたものの
2015年(平成27年)末にJR東日本と沿線自治体がBRTを本復旧とすることで合意
正式にこの区間の大船渡線の鉄路は廃線となりました。

鉄道時代にあった大船渡線の駅は全てBRTでも設置されており、
またBRTでの新駅もいくつも誕生しています。
震災がもたらした新しい形での運行を今回はたどってみたいと思います。



大船渡線01
こちらはJR気仙沼駅の駅舎外観です。
大船渡線02
駅舎の入口。
大船渡線では「POKEMON with YOUトレイン」が走っていることもあり
入口前にはピカチューがお出迎えをしています。
大船渡線03
駅構内の駅舎前にはご覧の通り道路が走っています。
こちらは1番線と2番線であり、かつては線路がここに敷かれていましたが、
2014年(平成26年)に1番線と2番線の線路を撤去してかさ上げし、
BRT専用道路としてBRTが駅構内での発着を行うようになりました。
大船渡線04
こちらは跨線橋のたもとにある2番線の大船渡線BRT乗り場です。
大船渡線05
ご覧の通りBRTバスが入線し発着を行います。



大船渡線06
鹿折唐桑駅
1932年(昭和7年)に大船渡線の鹿折駅として開業したこの駅は
鉄路のあった時代には単式ホーム1面1線の駅でした。

現在は大船渡線の線路のあった場所がBRT専用道として整備されており、
相対式の形でバス乗り場が設置されています。
上の写真は上り気仙沼方面の乗り場ですが、
かつて線路のあった時代の単式ホームと全く同じ場所に
こちらの上り線乗り場が設置
されています。
大船渡線07
道路の向かい側の下り盛方面乗り場。
大船渡線08
鉄道で言うと構内踏切にあたる、緑色の横断通行帯が設置されており
上り線と下り線とを連絡しています。
大船渡線09
この駅は海から1kmは離れているにも関わらず
震災時には津波で大型漁船が打ち上げられた場所でもあります。
2015年(平成27年)には駅舎のあった場所に
現在使用しているBRT乗り場が新設されました。
大船渡線11
駅前のロータリーも現在(2017年5月)造成中となっています。
気仙沼駅からこの駅まで専用道を走ってきたBRTは
ここで一般道路へと出ることとなります。
そのためBRT駅から県道34号線まではご覧の連絡道路が延びています。
大船渡線10
旧駅と同じ場所に現在のBRTの乗り場がありますが、
駅メモでの駅座標は2013年(平成25年)~2015年(平成27年)までの
県道上の仮設停留場の場所となっています。
アクセスをする上での影響はほぼありませんが、
旧駅の座標には戻っていませんのでご注意ください。



大船渡線12
上鹿折駅
1932年(昭和7年)に大船渡線の駅として開業したこの駅は
鉄道では鹿折唐桑駅の隣の駅でした。
しかし2011年(平成23年)の東日本大震災によって大船渡線が休止した結果、
現在に至るまで鉄道は復旧していません。

大船渡線はBRTとして2013年(平成25年)3月に仮復旧したものの、
上鹿折駅━陸前矢作駅間を走る県道34号線は
途中バスのすれ違いの困難な区間があるなどした結果、
BRTの本線経路からは外れる事となりました。

その為、鹿折唐桑駅━上鹿折駅間はBRTを運行する
ミヤコーバスの鹿折金山線をBRTとする事で代行され現在に至っています。
つまりこの駅までの区間はBRTでは完全な支線となりました。
大船渡線14
バス停付近の県道34号線。
大船渡線13
駅メモでの駅の座標はBRTバス停の場所となっています。
大船渡線15
県道から駅までには、県道211号上鹿折停車場線という
かつての駅へと連絡をする県道が設けられています。
大船渡線16
こちらがかつての鉄道が走っていた時の
大船渡線・上鹿折駅の現在(2017年5月)の様子です。
現在は鉄道が運行されていない為、待合の駅舎の入口には
ベニヤのコンパネで蓋がされていました。
大船渡線17
こちらがホームの様子。
相対式ホーム2面2線のホームが、雑草こそ生えているものの
比較的悪くない状態で残っていました。
大船渡線18
ホーム南端にある構内踏切跡から反対側のホームへ。
大船渡線19
反対側の、かつては気仙沼方面行きだったホームです。



大船渡線21
八幡大橋(東陵高校)駅
BRTの新駅として気仙沼市の請願により
2017年(平成29年)4月に新設された駅です。
鉄道時代の大船渡線には存在しない駅で
まったくのBRTでの新駅となります。
公式の扱いとしては臨時駅となります。
大船渡線22
こちらは駅の目の前を流れる鹿折川に架かる八幡大橋。
駅名の由来となっている橋であり、
川の西岸にはホームセンターがあり付近には
副駅名となっている東陵高校もある場所です。
大船渡線20
駅メモでの駅座標はご覧の
下り盛方面バス停の場所にあります。
なぜかGoogleの「八幡大橋」の駅のマークは
北にずれた場所にありますが、実際の場所とは違うので注意が必要です。
大船渡線23
上り気仙沼方面の乗り場。



大船渡線24
長部駅
こちらも鉄道時代の大船渡線には存在しなかった駅です。
2013年(平成25年)3月に大船渡線の気仙沼━盛間がBRTでの仮復旧した際に、
上鹿折━陸前矢作駅間が直通できず、
国道45号線を迂回するルートとなりました。
すると鹿折唐桑━陸前高田間がかなりの距離が空いてしまう為、
国道45号線上にBRT駅として新設されました。
この駅も扱いは臨時駅となります。
大船渡線25
このBRT長部駅は、岩手県交通バスの「上双六」バス停に
併設されて設置がされています。
大船渡線26
こちらは上り気仙沼方面行きの乗り場。
大船渡線27
駅メモでの駅の座標もこの乗り場の場所に設定されています。



大船渡線28
奇跡の一本松駅
この駅も鉄道時代の大船渡線には存在しない駅となります。
こちらは下り盛方面行き乗降場。
大船渡線29
こちらは陸前高田市にある、
東日本大震災での復興のアイコンとなった奇跡の一本松です。
2013年(平成25年)3月に気仙沼━盛間がBRTでの仮復旧した際には
BRTの奇跡の一本松駅は存在しませんでしたが、
当時のBRT最寄り駅である陸前高田駅から奇跡の一本松までは
徒歩で30分ほどかかる為、地元自治体の陸前高田市から
駅設置の要望が出ていました。

これを受けてJR東日本は2013年(平成25年)7月13日に乗降場を設置、
8月末までの土休日の日中のみBRTが停車をする駅となりました。
当時はこの駅は時刻表にも掲載されていないという
旧国鉄時代の仮乗降場のような扱いとなっていました。
大船渡線30
しかし復興のシンボルともいうべき奇跡の一本松の最寄駅は集客が好調で、
JR東日本では9月から11月まではBRT全便が停車に運行を拡大。
12月から冬季期間は休止したものの、
2014年(平成26年)3月より再び全便停車の運行を再開します。
そして2014年10月には仮設の駅から常設駅へと昇格し、現在に至っています。
常設駅ではありますが、今でも正式な扱いは臨時駅となります。
大船渡線32
こちらは上り気仙沼方面行き乗り場。
大船渡線31
駅の目の前には陸前高田市が設置した駐車場と、
「一本松茶屋」という物産施設があります。
ここから奇跡の一本松のふもとまでは
復興の造成地を迂回する為およそ徒歩10分かかります。
大船渡線33
駅の座標は一本松茶屋の目の前のT字交差点に設定されており、
実際の乗降場とはほぼ同じ場所にあると言って良いでしょう。



大船渡線34
陸前高田駅
1933年(昭和8年)に大船渡線の駅として開業した駅です。
東日本大震災によって2011年(平成23年)に津波で駅が流出。
2013年(平成25年)3月に大船渡線のBRT仮復旧によって
場所を移動し仮設駅舎にて営業を再開しました。
大船渡線35
こちらが駅舎の外観です。
震災後の復旧ではプレハブ駅舎での再開でしたが、
2015年(平成27年)3月に隣地にご覧の駅舎を新設し現在に至っています。
大船渡線36
駅は陸前高田市のコミュニティホールなどがある敷地の一角にあり、
BRTは展開場を兼ねて駅舎を周回するように発着を行っています。
ですので上り線も下り線も同一の乗降場から発着します。
大船渡線37
駅の目の前にはプレハブで建てられた陸前高田市役所があります。
大船渡線38
駅周辺の光景。
大船渡線39
駅メモでの駅の座標も駅舎の場所に設定されています。
大船渡線40
ちなみに鉄道時代の大船渡線の陸前高田駅は
現在のBRTの駅舎からは南に2kmほど離れた場所にありました。
大船渡線41
旧駅のあったあたりは津波の被害が甚大で
街はほぼ更地の壊滅状態となりました。
現在(2017年5月)は旧駅周辺はご覧の通り土地の造成作業が行われており
復興工事の関係者以外は立ち入りができない状態となっています。



そしてかつて大船渡線では、
鹿折唐桑駅と陸前高田駅の間に、上鹿折駅、陸前矢作駅、竹駒駅の3駅がありました。
しかし上鹿折駅━陸前矢作駅間に県道は道幅が狭くて大型バスの運行が困難な為、
BRTでの運行となって以降は鹿折唐桑駅━陸前高田駅は支線扱いとなりました。
ここでは陸前高田駅を起点とする支線へと
一旦逸れて訪れる事とします。

大船渡線45
竹駒駅
1933年(昭和8年)に大船渡線で開業した駅です。
かつては陸前矢作駅と陸前高田駅の間に位置する駅で
単式1面1線の棒線駅でした。
BRTの乗降場としては相対式に乗り場が設置されています。
こちらは下り盛方面行き乗り場。
大船渡線46
上り線陸前矢作方面行きの乗り場です。
大船渡線49
上下線の乗り場は、構内踏切ともいうべき緑の通行帯で連絡しています。
大船渡線47
駅の外観。
かつて鉄道時代の竹駒駅があった場所と同じ場所に
現在のBRT乗降場も設置されています。
大船渡線48
駅前の国道340号線の様子です。
大船渡線50
駅メモでは駅の座標は国道上に設定されています。
Googleの駅マークの場所も同様ですが、
これはBRTで仮復旧した際に国道上に設置された乗降場の場所で、
現在でも修正されないまま残っているという事です。
10mほどのズレなのでアクセスへの影響はほぼ無いでしょう。
大船渡線51
この竹駒駅は、乗降場の前後の区間のみご覧の通り
大船渡線の線路用地を改修したBRT専用道路が作られています。
これは旧駅敷地の目の前にガソリンスタンドがあるなど
乗降場を国道上に設置した際にあった影響を考慮したものと思われます。



大船渡線52
陸前矢作駅
1933年(昭和8年)に大船渡線の駅として開業した駅であり、
東日本大震災の2011年(平成23年)に大船渡線自体が休止状態となった事で
駅施設自体は無事だったものの営業休止となりました。
大船渡線55
そして2013年(平成25年)に大船渡線がBRT仮復旧となった際に
この陸前矢作駅は1kmほど西の国道343号線沿いへと移設され、
陸前高田駅との間のBRT支線の終着点となりました。
大船渡線53
場所を移動し新設された陸前矢作駅は
ご覧の通りBRTの展開場として作られています。
ですのでこの駅から出発するBRTは下り盛方面行きのみです。
大船渡線54
こちらがBRTの発着する現・陸前矢作駅と
駅メモでの陸前矢作駅の駅座標がある旧・陸前矢作駅跡の位置関係です。
現在運行しているBRTの陸前矢作駅は
鉄道時代の陸前矢作駅からは北東に1kmほどの場所にあります。
はっきり言えば現用の駅と駅座標がずれている訳ですが、
このあたりは駅間も広いのでアクセス自体には大きな影響は無いでしょう。
大船渡線56
ちなみにこちらが旧・陸前矢作駅跡へと続く道です。
大船渡線57
旧・陸前矢作駅の駅舎。
大船渡線58
見た目のさほど古くない建物ですが、
財産表が「平成10年1月」を示す通り
1998年(平成10年)に建て替えられたものです。
大船渡線59
駅舎は地域住民へと開放されているそうで、
中を見るとご覧の通り綺麗に使われていました。
大船渡線60
こちらが駅のホーム。
千鳥式にホームが配置されている2面2線の駅でした。
現在は列車が入線することは無い廃ホームですが、
比較的綺麗な状態で残っています。
大船渡線61
ホーム上に残る大船渡線の79と1/2のキロポスト。
大船渡線62
ホームの西端、かつての気仙沼方面側には
2つのホームを連絡する構内踏切の跡が残っていました。
大船渡線63
構内踏切からホームへと連絡する通路。
大船渡線64
反対側のホームの様子です。
ご覧の通り廃駅となった今でも比較的良好な状態で駅が残っていました。



大船渡線65
こちらは大船渡線BRT区間の
気仙沼駅━陸前高田駅間のau 4G LTEでのサービスエリアマップです。
山間部で電波の届かない場所もありますが、
基本的にBRTの乗降場はどの駅も電波エリア圏内となっています。
各駅付近でBRT車内からアクセスする場合に不都合は無いでしょう。


ちなみに気仙沼駅からレーダーを飛ばした場合、
12駅で長部駅、14駅で陸前矢作駅までしか届かず
竹駒駅や陸前高田駅などには届きません。
これら陸前高田市付近の駅は反対側に盛駅からもレーダーで届きません。
このあたりの道路状況などを考慮しても
コンプするには素直にBRTに乗るのが一番楽な方法だと思います。


それでは陸前高田駅━盛駅間はその2で。

釜石線00
さて次はJR釜石線です。


釜石線で普通列車で見かけるのは
冒頭の写真のキハ100形となります。
東北の非電化のローカル線では頻繁に目にする形の車両ですね。




釜石線09
こちらは花巻駅
東北本線と釜石線が繋がる乗り換え駅で
新幹線の開業で比重は下がったもののこの地区のターミナル駅です。
そして釜石線に関してはこの駅が起点となっています。
釜石線10
入口には「東北の駅百選」の表示が。
釜石線11
釜石線は1番線ホームの発着ですので
改札口の目の前の片側ホームとなります。
釜石線13
この釜石線には「銀河ドリームライン釜石線」という愛称がつけられており、
SL銀河の運行がされています。
※銀河鉄道の写真のみ釜石駅にて。
釜石線12
その為、各駅に銀河鉄道をイメージした様々な装飾がされています。
宮沢賢治が作品でエスペラントの単語をしばしば使った事を由来に
各駅にはエスペラントの愛称がつけられており、
釜石駅は「Cielarko(チェールアルコ:虹)」となっています。




釜石線14
似内駅。島式1面2線の無人駅です。
エスペランントの愛称は「La Marbordo(ラ・マールボルド:海岸)」となっています。



釜石線15
新花巻駅
単式ホーム1面1線の駅で、
東北新幹線の駅の設置に伴って新しく整備された駅です。
エスペラントの愛称は「Stelaro(ステラーロ:星座)」です。



釜石線16
小山田駅
単式1面1線の駅でエスペラント愛称は
「Luna Nokto(ルーナ・ノクト:月夜)」となっています。



釜石線17
土沢駅
相対式2面2線のホームを持つ駅で、構内踏切でホームがつながれています。
エスペラントの愛称は「Brila Rivero(ブリーラ・リヴェーロ:光る川)」です。
釜石線18
またこの駅は、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の
始発駅のモデルとなった駅とされています。



釜石線19
晴山駅
単式ホーム1面1線の無人駅です。
エスペラントの愛称は「Ceriz-arboj(チェリーズ・アルボイ:桜並木)」


釜石線08
さて、これまで平坦な田園地帯を走ってきた釜石線ですが、
この区間からトンネルが出現し始めます。
このあたりではまだまだトンネルも短く
あまり電波受信の邪魔にはならないかと思われます。



釜石線20
岩根橋駅
単式ホーム1面1線の無人駅です。
エスペラントの愛称は「Fervojponto(フェルヴォイポント:鉄道橋)」となっています。


釜石線07
駅間のちょうど中間点あたりにトンネルがあります。
釜石線は非電化の気動車で速度も速くなく、駅での停車時間も長いですから
駅を取るのに特にネックになるようなトンネルとはならないでしょう。



釜石線21
宮守駅
島式ホーム1面2線を持つ駅で列車交換が可能な駅です。
エスペラント愛称は「Galaksia Kajo(ガラクシーア・カーヨ:銀河のプラットホーム)」


釜石線06
この区間にも駅間の柏木平駅寄りにトンネルがあります。
トンネル自体は短かいのですが。
釜石線63
こちらは宮守駅━柏木平駅間のau 4G LTEでの電波状況。
柏木平駅寄りの笠通山のふもとの区間が一部電波圏外となっています。
トンネルと電波圏外を併せると、宮守駅━柏木平駅間では
柏木平駅のエリアではほぼ電波が入らない状況
ということになります。
ホームに到着してしまえば柏木平駅は電波が入りますが
駅間のこの状況は頭に入れておいた方が安全でしょう。



釜石線22
柏木平駅
単式1面1線の棒線駅です。
エスペラント愛称は「Glanoj(グラーノイ:どんぐり)」となっています。



釜石線23
鱒沢駅
島式ホーム1面2線の無人駅です。
ホーム上に待合室はあるものの駅舎はありません。
エスペラントの愛称は「Lakta Vojo(ラクタ・ヴォーヨ:天の川)」です。



釜石線24
荒谷前駅
単式ホーム1面1線の無人駅です。
エスペラントの愛称は「Akvorado(アクヴォラード:水車)」



釜石線25
岩手二日町駅
単式1面1線の無人駅ですが、かつては交換可能な駅長配置駅だったようです。
エスペラント愛称は「Farmista Domo(ファルミスタ・ドーモ:農家)」



釜石線26
綾織駅
単式ホーム1面1線の無人駅です。
エスペラント愛称は「Teksilo(テクシーロ:機織り機)」
この駅が最寄の寺に伝わる天女の羽衣が由来の様です。



釜石線27
遠野駅
遠野市の中心駅であり市街地の中心に位置する駅です。
エスペラントでの愛称は「Folkloro(フォルクローロ:民話)」
遠野は「遠野物語」をはじめとして民話で全国的に有名な土地ですから
愛称の由来についてはいわずもがなでしょう。
釜石線28
こちらが遠野駅の駅舎。
釜石線29
駅前はこんな感じの光景です。



釜石線30
青笹駅
単式1面1線の無人駅です。
エスペラント愛称は「Kapao(カパーオ:カッパ)」
河童伝説の残る遠野郷の最寄でカッパ淵があるなどカッパ伝承の地でもあります。

この駅が珍しいのは、ホームと駅の待合室の間に公道が走っている点です。
釜石線31
ですからご覧の通り、普通に車が間を抜けて行きます。
まるで駅構内を車が走っているかの様です。




釜石線32
岩手上郷駅
ご覧の通り島式ホーム1面2線の無人駅です。
エスペラントの愛称は「Cervodanco(ツェルヴォダンツォ:鹿踊り)」



釜石線33
平倉駅
1面1線のホームの棒線駅です。
エスペラントの愛称は「Monta Dio(モンタ・ディーオ:山の神)」


さて、この平倉駅を過ぎたあたりから
駅メモ的には釜石線の一番の難所に差し掛かる事となります。
かつて釜石線の開通でも一番のネックとなった仙人峠の周辺の駅についてです。
釜石線34
こちらはau 4G LTEでの電波サービスエリアのマップです。
平倉駅自体が電波エリアの境界にあり、
その先は陸中大橋駅━洞泉駅間まで電波が入らない状態となっています。


釜石線35
足ヶ瀬駅
この駅の標高は473mで釜石線では一番高い駅だそうです。
エスペラントの愛称は「Montopasejo(モントパセーヨ:峠)」
釜石線36
ホーム側から見た足ヶ瀬駅の駅舎。
釜石線37
電波エリアのマップでは完全に圏外となっているこの駅。
何とか直接GPSでアクセスできないか、と頑張ってみましたが
花巻方面からはご覧の通りの場所でGPSの電波をロスト。
釜石線38
釜石方面からの挑戦ではご覧の位置以上は足ヶ瀬駅に近づけませんでした。
この足ヶ瀬駅を取るには、なくともauではレーダー必須となる様です。



釜石線39
上有住駅
1面1線の棒線無人駅です。
エスペラントの愛称は「Kaverno(カヴェルノ:洞窟)」
これは駅の至近に滝観洞という観光名所の鍾乳洞があることからでしょう。

この上有住駅は、au 4G LTEのマップでは完全に圏外となっているのですが、
実際に駅で端末を見るとしっかりとアンテナが3本立っていて
GPSの応答も可能
でした。
釜石線40
こちらは足ヶ瀬駅側からの
釜石方面行きの下り列車からのGPS。
釜石線41
こちらは陸中大橋駅側からの
花巻方面行き上り列車から。
ご覧の通りどちら側からの列車からも
上有住駅ホーム停車中にしっかりと携帯電波が届いており
GPSでの駅の取得も普通に可能でした。
結論としては上有住駅は普通にGPSで取れます
釜石線42
こちらはau 4G LTEサービスエリアマップを
上有住駅付近を拡大したものです。
やはり上有住駅自体は圏外となっていますが、
近くを走る国道283号バイパスの仙人峠道路の部分だけ
携帯電波が圏内となっているのが分かるかと思います。

このあたりは新仙人トンネル(釜石側)と滝観洞トンネル(花巻側)の
ちょうど切れ目の部分がある場所で、滝観洞ICが作られて
県道へと降りることができます。

この滝観洞ICは上有住駅からおよそ800m。
トンネル開口部はもっと駅に近い場所にあります。
新仙人トンネルなどの車道の検証はしていないので推論となりますが
この新仙人道路の携帯電波を釜石線の列車内から拾えることで
上有住駅からのGPSアクセスが可能なのだと思われます




釜石線04
上有住駅を出ると、仙人峠道路の新仙人トンネルとほぼ並行して
釜石線の土倉トンネルがあります。
その後もご覧の通りトンネルが続いており、
次の駅までの駅間はほぼトンネル内となっています。
この区間は地上でも携帯電波圏外の場所ですが、
もし電波が届く地域だったとしても
ほぼトンネル内のこの区間には意味が無かったでしょう。
二重にこの区間では電波圏外でありGPS取得は無理です。

この区間、釜石線では有名なオメガ(Ω)ループと呼ばれる場所で
線路がまるでヘアピンのような特徴的な線形をしています。
ただ、列車内からだとトンネル内でのカーブなのであまり実感はありません。




釜石線43
陸中大橋駅
島式ホーム1面2線を持つ無人駅です。
エスペラント愛称は「Minajo(ミナージョ:鉱石)」です。

この駅はかつての釜石鉱山の最寄り駅であり、
この地には日鉄鉱業釜石鉱業所がって鉄鉱石などの採掘で栄えた場所でした。
なんでもこのあたりではかつては釜石に次ぐ大きな街だったのだそうです。
当時の写真をみると駅周辺には鉱山住宅などの建物が並び、
駅構内にも何本もの引込み線があり栄えていました。
釜石線48
そしてこの陸中大橋駅のホームの北側にはご覧の構造物があります。
釜石線44
これはかつての日鉄鉱業のホッパーの遺構
現在はコンクリートの骨組みだけが残っています。
かつてはこのホッパーから貨車へ鉄鉱石が注がれていた様です。
釜石線45
駅南側を見ると、一番目立つ建物は駅前にある釜石大橋郵便局です。
現在では他には民家が数件あるのみだそうです。

そしてこの陸中大橋駅もau 4G LTEでは携帯電波圏外となっています。
釜石線46
こちらは上有住駅側から釜石方面への下り列車のGPS。
陸中大橋駅を出てご覧の場所に来るまで電波は圏外のままでした。
釜石線47
洞泉駅側から花巻方面への上り列車からも
ほぼ同様の場所を最後に電波圏外となりました。
ですので結論から言うと
少なくともauではこの駅はレーダー必須の駅となります。



釜石線03
陸中大橋駅を出ると、次の駅までの間には
峠近くの山中にもかかわらずほとんどトンネルはありません。
ですが駅間の中間点より陸中大橋駅寄りは
auでは電波圏外となっている為この区間では取る事はできません。



釜石線49
洞泉駅
1面1線のホームの棒線無人駅です。
エスペラントの愛称は「Cervoj(ツェルヴォイ:鹿)」
仙人峠付近の電波圏外の区間は終わっており、
この洞泉駅は普通にGPSの受信が可能です。



釜石線50
松倉駅
単式1面1線ホームの無人駅です。
エスペラント愛称は「La Suda Kruco(ラ・スーダ・クルーツォ:南十字星)」


釜石線02
松倉駅から次の駅までの駅間にはトンネルがありますが
長さも短GPS取得の妨げにはさほどならないと思われます。



釜石線51
小佐野駅
島式1面2線の駅で、日中は駅務員のいる業務委託駅となっています。
エスペラントの愛称は「Verda Vento(ヴェルダ・ヴェント:緑の風)」


釜石線01
小佐野駅から終点の釜石駅までの間には
短いトンネルがありますがGPS電波への影響はほぼ考えなくて良いでしょう。




釜石線52
そして終点の釜石駅です。
かつての新日鉄釜石のラグビーなどで全国的な知名度を持ち
「鉄の町」として日本中に知られる都市の駅です。
釜石線の他、JR山田線、三陸鉄道南リアス線が乗り入れています。
釜石線53
釜石駅はホームから駅舎へは地下通路で繋がっていますが
地下通路への階段を見ると。
釜石線54
ありました。銀河鉄道仕様の駅名標が。
エスペラント愛称は「La Oceano(ラ・オツェアーノ:大洋)」となっていました。
釜石線56
こちらがホームを繋ぐ地下通路。
釜石線55
通路にはSL銀河の掲示がありました。
釜石線57
こちらが釜石駅の駅舎の外観。
2012年に三陸復興を目的として駅舎リニューアルが行われて
現在の外観へとなったそうです。
なんでもデザインは製鉄所の溶鉱炉をイメージしているそうで。
釜石線58
駅前広場の並びには物産館であるシープラザ釜石や、
釜石線59
海産物を扱うサンフィッシュ釜石などがあります。
釜石線60
しかしこの釜石駅前で一番特筆すべきは、
なんと言っても駅の目の前に鎮座する新日鐵住金釜石製鐵所でしょう。
「鉄の町」釜石を象徴する日本最古の製鉄所を前身とする製鉄所です。




釜石線61
こちらは釜石線の路線周辺の
au 4G LTEでの電波サービスエリアのマップのうち
オメガループの仙人峠付近以西の区間についてです。
柏木平駅付近に一部電波圏外の箇所がありますが、
全線ほぼ全てでGPSの電波送受信が可能となっています。
釜石線62
こちらは仙人峠付近以東の区間での電波エリアマップです。
洞泉駅以東は全ての場所で電波が入ります。

以上をまとめると、
基本的には釜石線の駅は普通に列車に乗ってGPSで取れるという事です。
釜石線の路線上でauで携帯電波が入らないのは仙人峠のオメガループ付近一帯だけで、
実際にGPSアクセスができないのは足ヶ瀬駅、陸中大橋駅の二駅だけです。
この二駅もdocomoであればアクセスが可能だという情報もありますので併記しておきます。



全線が非電化単線のローカル線ですので
列車のスピードは遅く、駅での停車時間も長めの傾向にありますので
基本的には駅を取りやすい路線だと思います。
仙人峠の足ヶ瀬駅、陸中大橋駅と、片側だけ電波の入らない柏木平駅。
注意が必要なのはこのあたりの駅だけ
だと思います。

各駅停車に乗車して全線で所要時間はほぼ二時間というこの路線。
一日の列車本数が10本前後というローカル路線ですので
釜石線に乗車前と乗車後のアクセスの方がむしろ注意が必要なのではないでしょうか。



では。

三陸鉄道南リアス線00
さて。次は三陸鉄道南リアス線です。


元々は国鉄盛線として開業した路線で、
盛駅━吉浜駅間での運行でしたが
1984年の第三セクター移管時に吉浜駅━釜石駅間が繋がって
現在の区間での営業となっています。


2011年3月の東日本大震災では駅や線路が津波によって
大きな被害を受けましたが、
国などの復興支援を受けて2013年4月に盛駅━吉浜駅間が復旧し、
2014年4月に全線復旧となっています。
三陸鉄道南リアス線53
特にクゥエートからの支援では12億円が三陸鉄道の復興に充てられて
新しい車両も導入する事ができました。
その為駅や車両にはところどころに感謝のメッセージが書かれています。




三陸鉄道南リアス線10
こちらはJRの盛駅。
三陸鉄道南リアス線11
その並びに建っているのが、
三陸鉄道南リアス線の盛駅となります。
三陸鉄道南リアス線12
駅舎の中はご覧の通り。
待合室と書かれていながらグッズ他が所せましと並べられていて
券売の窓口が埋もれ気味です。
三陸鉄道南リアス線13
ホーム側から見た待合室の入口。
三陸鉄道南リアス線14
このホーム側出口を出ると、すぐ左には跨線橋の階段があります。
盛駅の駅舎に一番近い1番線は大船渡線BRTの降車ホームとなっているので
目の前すぐはご覧の通りBRTの専用道路となっています。
三陸鉄道南リアス線15
跨線橋を渡ると2、3番線のある島式ホームに。
駅舎に近い側の2番線は大船渡線BRTの乗車ホームで、
線路を走る三陸鉄道は、写真で跨線橋の向こう側となる
一番外側の3番線を使用しています。
三陸鉄道南リアス線16
跨線橋を降りてホームの奥へ。
三陸鉄道南リアス線17
三陸鉄道盛駅のホームです。



三陸鉄道南リアス線18
盛駅を出て左にカーブをするとまず盛川を渡る橋梁があります。
三陸鉄道南リアス線19
貨物のみを扱う岩手開発鉄道の赤崎線の線路を跨いて越える三陸鉄道。
この線路を越えるとすぐに列車はトンネルに入ります。
三陸鉄道南リアス線01
ご覧の通りトンネルは次の駅の手前まで続いています。
トンネル内では当然電波は入りませんので、
次の陸前赤崎駅を取るには駅到着まで無理という事になります。
三陸鉄道南リアス線20
トンネルを出ると次の駅が。



三陸鉄道南リアス線21
陸前赤崎駅
現在のホームは震災後に釜石寄りに移設されたものだそうです。

三陸鉄道南リアス線02
陸前赤崎駅を出るとすぐに列車は綾里トンネルに入ります。
ですから陸前赤崎駅はその前後をトンネルに挟まれており、
列車乗車の場合は駅間でGPSでアクセスして取る事はできません
ですので陸前赤崎駅はホーム停車時に確実に取って下さい。
三陸鉄道南リアス線23
トンネルを抜けると次の駅が。


三陸鉄道南リアス線22
綾里駅
この駅は三陸鉄道ではめずらしく相対式ホームの駅で
線路を跨ぐ跨線橋があります。


三陸鉄道南リアス線03
綾里駅からしばらくは地上の山中を走りますが、
次の駅までの中間地点付近から長いトンネルに入ります。
綾里駅は駅間で取れると思いますが、
次の恋し浜駅を駅間でGPSで取るのはなかなか厳しいと思います。


三陸鉄道南リアス線24
恋し浜駅
この駅は南リアス線では有名なスポットであり、
普通列車が観光シーズンには大抵
2、3分停車をして撮影タイムを作ってくれます
三陸鉄道南リアス線28
元々はこの地区の地名を取って駅名は小石浜駅でしたが、
2009年7月に地元のホタテのブランド名を元に恋し浜駅に改名。
恋愛祈願を行うカップルなどが来訪する場所となりました。
三陸鉄道南リアス線27
他の駅では観光案内が掲示されているスペースを利用して
ご覧の「愛の鐘」が設置。
三陸鉄道南リアス線25
また駅の待合室にはご覧の通りで。
三陸鉄道南リアス線26
祈願の書かれたホタテの貝殻の絵馬が奉納されて
待合室いっぱいに吊るされています。
三陸鉄道南リアス線29
また2014年に新設されたスロープにも
ご覧の通り奉納のホタテ絵馬が。
三陸鉄道南リアス線30
こちらが駅の外観です。
ご覧の通りに、ホームからは階段が一本のみ。
三陸鉄道南リアス線31
ホーム南側に新設の、先ほどのスロープは
裏手の公民館前へと通じています。
三陸鉄道南リアス線32
駅周辺の光景。
三陸鉄道南リアス線33
駅から徒歩5分ほどで小石浜漁港があります。

三陸鉄道南リアス線04
この恋し浜駅は写真でも分かる通り、
駅の前後をトンネルで囲まれている駅です。
下車するのでなければ、この駅を取るには駅停車中しか無いでしょう。
幸いに停車時間の比較的長い駅ですのでその時間を利用して下さい。
発車してからではアイテムが必要になる可能性が高いので注意が必要です。

また、この駅は駅メモでは主人公的なでんこである
「恋浜みろく」の名前由来駅となっており、
三陸鉄道南リアス線34
キャラクターはこちらの三陸鉄道36形がモチーフとなっています。
三陸鉄道南リアス線35
車両の36形を読み替えて「ミ(3)・ロク(6)」としたのが
名前の由来では、と言われています。


三陸鉄道南リアス線36
恋し浜駅を出た列車はすぐに小石浜トンネルに入ります。
トンネルを出るとご覧の鬼沢漁港が見え、すぐに次の駅へと到着します。



三陸鉄道南リアス線37
甫嶺駅


三陸鉄道南リアス線05
この甫嶺駅の北側の宮古寄りはすぐにトンネルとなっています。
北側の駅間で甫嶺駅をGPSで取る事はまず無理でしょう。
この駅を取るには、
小石浜トンネルを出た甫嶺駅側から甫嶺駅停車中まで、となります。
三陸鉄道南リアス線43
こちらは小石浜トンネルを出てすぐにある
改修中の泊漁港。



三陸鉄道南リアス線38
三陸駅
旧三陸町(現大船渡市)の代表駅でした。


三陸鉄道南リアス線06
三陸駅を出ると、リアス式海岸の半島付け根を通過するために
トンネルへと入ります。
三陸駅から次の吉浜駅までの間には長いトンネルがあり、
地上区間でも細かくトンネルがあることから
この駅間でGPSで位置情報を取るのはかなり至難と言えます。



三陸鉄道南リアス線39
吉浜駅
かつて国鉄線として開業していた時には
この駅が終点の駅でした。
三陸鉄道南リアス線40
駅の外観。
三陸鉄道南リアス線42
見ての通り、この駅の建物は公民館の一部を使用する形となっています。
三陸鉄道南リアス線41
駅舎右側には、夜間の建物閉鎖時用のホーム直通の通路。


三陸鉄道南リアス線07
吉浜駅の北側は次の駅までほぼ全てがトンネルとなっています。
当然この区間でGPSの電波など受信できません。
駅南側の釜石寄り区間も細いトンネルが散在していますので
電波の受信状況は決して良くはありません。
駅での停車時に取らないとリカバーが必要となります。



三陸鉄道南リアス線44
唐丹駅
列車乗車時には駅ホームでしかGPSのアクセスができない駅ですので
停車時に忘れずに駅と奪取して下さい。


三陸鉄道南リアス線08
唐丹駅の北側の区間も次の駅までほぼトンネルです。
つまり唐丹駅は隣の駅までのほぼ全てがトンネルという駅だという事です。



三陸鉄道南リアス線45
平田駅
三陸鉄道南リアス線46
駅から海側を見ると釜石大観音が見えるのがお分かりでしょうか。


三陸鉄道南リアス線09
平田駅を出るとやはりすぐにトンネルとなります。
釜石駅方向は甲子川の手前までずっとトンネルであり、
この駅も前後はほぼ全てトンネルの駅となります。
繰り返しですが駅ホーム停車時でないとGPSアクセスができませんので
駅を取るのを忘れない様に注意をして下さい。

ちなみに余談ですが、私が乗車した時には
トンネルを釜石側に抜ける時に、出口付近に鹿が侵入していました。
列車が警笛を鳴らすと山の斜面へと逃げて行きましたが
実際に線路に入る鹿を見たのは初めてでした。



三陸鉄道南リアス線47
釜石駅
三陸鉄道南リアス線の北の終点の駅です。
三陸鉄道南リアス線48
三陸鉄道の釜石駅の駅舎とホームは
JRの線路を挟んだちょうど反対側にありますので
ホームまではご覧の地下通路を通って行きます。
三陸鉄道南リアス線49
こちらが改札の待合のある駅舎部分。
三陸鉄道南リアス線50
駅舎の外観です。
並んだ隣にはJR釜石駅の駅舎があります。



三陸鉄道南リアス線51
三陸鉄道南リアス線52
こちらはau 4G LTEでの電波サービスエリアのマップです。
駅間で若干、リアス式海岸の山を抜ける部分で圏外の場所はありますが
基本的には全ての駅が電波の圏内となっています。
ですのでどの駅も駅ホームでの停車中であればGPSのアクセスは可能でしょう。

そもそもその路線の大多数がトンネルである南リアス線。
総延長36.6kmに対してトンネル総延長は実に22.3km。
路線のおよそ61%がトンネルという事になります。
はっきり言えば「駅が地上にある地下鉄」と思ってもらって良いと思います。
ですから駅の場所以外での電波状況についてはさほど気にする必要はありません。
どうせトンネル内ではどこでも電波が届かないのですから。

トンネルとトンネルの隙間にある駅も多いだけに
GPSの反応の遅い端末を使用している場合
停車時にGPSの応答をしきれず発車してしまうケースもある
と思われます。
いざという時の為にレーダーとオモイダース(飴)の準備は忘れない方が良いでしょう。



南リアス線はおちついて着実にやれば
GPSだけで攻略の可能な路線
です。
見た目の印象ほど攻略の難易度は高くはありません
岩手県の沿岸部の路線はどの路線も本数が少ないので
取り逃しの無い様に計画が必要でしょう。



では。

岩泉線59
さて。お次は岩手県をかつて走った廃線である
JR岩泉線についてです。



岩泉線01
こちらは岩手県のJR山田線の茂市駅です。
かつてこの茂市駅を起点として、JR岩泉線が運行をしていました。

2010年7月に起きた土砂崩れによって全線で運休をしていたこの路線は、
そのまま復旧が成される事無く2014年4月に正式に廃止となりました。

岩泉線02
駅舎の中に入り、こちらが待合室。
岩泉線03
切符の窓口の左手には、岩泉線に関する簡単な掲示がされていました。
岩泉線04
待合室を抜けると出る、こちらが茂市駅の一番線ホーム。
このホームこそがかつて岩泉線が使用をしていたホームです。
岩泉線05
そしてこれが1番線ホームの駅名標です。
左側が緑色のテープで隠されている為若干濃い色ですが、
ここの下に、岩泉線の次駅である「岩手刈谷」が表記されていたそうです。
岩泉線06
茂市駅の跨線橋から盛岡方向をみたのがこちらの写真です。
右端に見えるホームが1番線の旧岩泉線ホーム。
その前の線路こそが岩泉線で、奥に向かう方向が岩泉駅方面だそうです。




岩泉線07
続いてこちらが岩手刈谷駅です。
はい。2016年3月下旬現在で
ご覧の通り全てが綺麗に撤去されてしまっていました
駅のあった頃の資料を見ると、上の写真のあたりには
単式一面のホームや味のありすぎる駅舎があったそうなのですが
本当に何も無くなっていました
土地の感じから、ここが線路だったんだろう、という跡は分かったのですが。
岩泉線08
私が訪問した時に岩手刈谷駅の痕跡として残っていたのは、
駅跡の前の市道にあった「岩手刈屋駅」の朽ちかけたこの標識だけ
でした。
岩泉線09
こちらが最初に見て私が旧駅舎と勘違いをした、
駅に隣接していた建物です。
かつて駅があったのは、この写真を撮った私の背中側でした。




岩泉線10
次は中里駅です。
国道340号線に面して有るこの駅は
ご覧の通り待合室と単式ホームのみという見るからに無人駅だった跡でした。
岩泉線11
ただ、ご覧の通りホームには駅名標がまだ残っていましたし。
岩泉線12
ホームの前あたりには線路も撤去されずに残っていたのが
岩泉線のあった確かな痕跡として見れて非常に嬉しかったですね。
岩泉線13
ご覧の通り、廃墟化は着実に進んでいる様子なので
いつ撤去されてもおかしくないですが。

岩泉線53
起点の茂市駅から中里駅までの間は
ご覧の通り国道340号線沿いにau 4G LTEの電波サービスエリア内ですので
各駅ともGPSでの位置情報を取る事は可能です。



岩泉線14
次の駅へと車で移動。
この道は一応国道340号線です。


岩泉線15
そして次の岩手和井内駅
駅舎は小さいものの比較的新しく、十分に現役で使える状態でした。
でも、待合室の戸は立て付けが悪くなっていましたが。
岩泉線16
そしてホームの方も残ってはいるのですが、
こちらは着実に廃墟化が始まっていました。
岩泉線17
もう列車は来ません…
岩泉線52
この岩手和井内駅まではau 4G LTEでの電波サービスエリア内となっています。
ですので普通に現地で駅の取得が可能となっています。




岩泉線18
さて。次の駅へと向かう為に国道をひたすら走ると
どんどんと道が狭く酷い事になっていきます。
「酷道」とは良く言ったものです。
岩泉線19
道を間違えていない証拠にちゃんと国道の標識があります


岩泉線20
そしてこちらが、次の駅である押角駅の駅前です。
ちゃんと駅前の国道ですここは。
岩泉線21
…え?
いったい駅はどこにあるのでしょうか…?
岩泉線22
あ、ああ。標識の先に、国道から駅へと向かう道がありましたよ(棒読み)
岩泉線23
こちらが刈谷川に掛かっている橋。
この橋を渡って左手に行くと押角駅のホームへと行けるはずです。

工事用の単管パイプの手すりがついたどう見ても仮設橋ですが、
駅の営業当時から使っていた立派な本設橋だそうです。
廃駅となったので立ち入り禁止になっており、
これ以上進めないのが残念ですが。
法に抵触しない事を旨としているので已むを得ません。
岩泉線24
しょうがないので脇から近づけるだけ進んで
ホームの方向を撮ってみましたが。
藪しか見えませんよね。
岩泉線25
最大限拡大して撮影して、かろうじてぼんやりと
押角駅の駅名標の裏側が見えました。
肉眼では「押角駅」と書いてあるのが読めたんですが。
岩泉線27
この押角駅、auでは完全に電波圏外です。
4G LTEのサービスエリアの外なので、押角駅周辺でGPSの位置情報取得はできません。
この押角駅の目の前にDocomoの基地局アンテナが設置されていて
Docomoだけは位置情報が駅近辺で取得可能となっています。
岩泉線28
こちらはボロノイ図による押角駅の取得できるエリアの図です。
上のauの電波エリア図と見比べれば分かりますが
押角駅のエリア内でauの電波の入る場所はありません
つまりauのキャリアの方はレーダーでしか押角駅は取れないという事になります。
GPSでのチェックインで押角駅を取りたければ
Docomoの携帯で来るしか無いということになります。




岩泉線26
押角駅を後にして国道を進むと
岩泉線の線路がそのまま残っている光景が見れます。
たしかにこんな山奥の線路は撤去する労力もバカになりませんし
近隣に迷惑もかからないでしょうから放置することになるのは分かります。


国道340号線を押角駅からおよそ10km北上するも、
その間auの携帯の電波は一切入りません。
県道171号大川松草線とのT字路を左に曲がってしばらく進むと。
岩泉線29
ご覧の通り岩手大川駅への案内表示が現れます。
岩泉線30
表示にしたがって坂を上り、
かつて駅前広場だった場所から見た
岩手大川駅の全景です。
ご覧の通り、駅の構造物はほぼ撤去されており、
ホームの跡がかろうじて残るのみでした。
岩泉線31
ホームに近づいてみてもご覧の通り。
岩泉線32
しかしホームに上がってみると、
岩泉線の走っていたレールが残っていました。
岩泉線33
かつて岩手大川駅の駅名標のかかっていた枠です。
現在は外されてしまい、枠だけがさびしく残ります。
岩泉線34
ホームを背に県道の方向へと戻ると、
駅前広場にネコが歩いてこちらを伺っていました。
岩泉線35
こちらがau 4G LTEの電波サービスエリアの図です。
岩手大川駅はギリギリでサービス圏内に入っています。

この駅の前後の押角駅と浅内駅が両方共にauでは電波エリア圏外の廃駅ですので
auの方はこの岩手大川駅からレーダーで両駅を取る事になると思います。
Docomoの方は岩泉線に関しては必ず駅近辺に基地局アンテナが立っていますので
普通にGPSで取る事が可能でしょう。



県道171号線を戻って国道340号線へと戻り、
次の駅へと向かいます。
岩泉線36
岩泉線の線路と近づく地点では、
それぞれご覧の通りの素敵な光景が。
岩泉線37
岩泉線の橋梁などは、見ての通り
バリケードが作られて立ち入りができないようにされていました。



岩泉線38
そして次の浅内駅
前の岩手大川駅からはおよそ6kmほど西にあります。
こちらは浅内駅の駅舎の跡です。まだ残っていました。
岩泉線39
駅舎のホーム側。
直接駅舎からホームに上がる形ではなく、
ご覧の通り通路を経てホームと駅舎は離れていました。
岩泉線40
ホームはご覧の通り。
営業していた当時からホームは舗装されていなかったそうですから
当時の面影が残っているのだと思います。
岩泉線41
この駅も駅名標はご覧の通り枠のみが残っている状態です。
岩泉線42
この駅も岩泉線の線路が残っていましたが、
ご覧の通り線路の脇には、
かつてSLが走っていた時代の給水塔が残っていました。
岩泉線43
こちらがau 4G LTEのサービスエリアの図です。
浅内駅はエリアの圏外となっていますので、
駅近辺では位置情報が取れません。
岩泉線44
ボロノイ図で浅内駅のエリアをチェックしてみると、
押角駅同様にエリア内はほぼ圏外となっています。
つまりこの駅もauではレーダー以外では取れないという事になります。
Docomoはこの駅も普通にGPSで取る事が可能です。



浅内駅を出て国道340号線を進み、
途中で国道455号線へと入って進むとあるのが二升石駅です。
岩泉線45
こちらが二升石駅。
国道沿いの広場の前の斜面の上にホームがあるのが見えます。
かつてはホームには小さな待合室があって
広場には駅舎があったはずなのですが、
既に全て撤去されており、ホームのみが残っていました。
ロープが張られていた為ホームに上がることはできず。
岩泉線46
駅名標もすでに外されていました。
岩泉線47
ご覧の通りauでの電波サービスエリアには
二升石駅は入っていますのでGPSで普通に駅が取れます



岩泉線48
そして国道455号線を東に更に進んで行くと
岩泉線の終点であった岩泉駅へと辿り着きます。
岩泉線49
駅前には岩泉駅の碑が。
岩泉線50
駅の施設は閉鎖されて中には入れませんでしたので、
外から岩泉駅のホームを。
駅名標は外されてしまっていました。
岩泉線51
ご覧の通りau 4G LTEでは岩泉駅はエリア圏内ですので
問題なくGPS位置情報が取れます。





以上で岩泉線は全駅となります。
既に廃線となっていますので列車に乗って制覇をすることはもはやできません。
ですのでこの岩泉線を制覇するには車を使うしか無いという事になります。


岩泉線廃止の代替として、現在は岩泉線とほぼ同じ区間である
茂市駅━岩泉病院間を東日本交通の岩泉茂市線というバス路線が走っています。
岩泉線56
参考
東日本交通「岩泉茂市線のご利用案内について」
http://ej-bus.com/guide/
JR東日本「岩泉線に代わる路線バスの運行開始について」
http://www.jr-morioka.com/cgi-bin/pdf/press/pdf_1393477772_1.pdf


ただ、元々が一日3本しか走っていなかった岩泉線の代替路線なので。
岩泉線54
バスがご覧の通りの本数しか走っていません。
盛岡か宮古に宿を取ったとしても
岩泉線を往復するだけで恐らく一日が終わってしまうでしょう。


実際に岩泉線の現地を訪れるには、
現地近辺でレンタカーを借りて
国道340号線を車で走るのが一番現実的な方法かと思います。

私は自分の車で行きましたが、
盛岡駅から茂市駅まで県道106号線でおよそ1時間、
茂市駅から岩泉駅までもおよそ1時間で到達しました。
戻る時間を考えても岩泉線だけなら2、3時間あれば往復する事が可能かと思います。
実際にバスのこの区間を片道およそ1時間半で時刻表が設定されていますし。

ただ、この岩泉線に沿って走る国道340号線は
いわゆる「酷道」と呼ばれる悪路
です。
岩泉線55
実際に走った感想としては、言われるほど酷い道ではありませんでしたが、
すれ違いがギリギリの箇所は確かに数多くありました。
写真のあたりはダンプカーなども何台も往来をしていましたし。
実際にはマイクロバスが営業路線として走っている道ですので、
普通に運転ができる人ならば問題は無いと思いますが、
運転に自信が無い方にはお勧めはできない道ではあります。
また冬季は積雪や路面凍結が通常の区間ですから
スタッドレスタイヤは必須アイテムですし、
そもそも通行すらできない可能性も多々あるでしょう。



そこで駅メモでは「レーダー」というアイテムがあるので
近隣を通過する際にでもレーダーを飛ばして
岩泉線の駅を取るという方法
もあります。

ですが。
岩泉線57
こちらはJR山田線の平津戸駅━川内駅間からレーダーを飛ばした場合。
ご覧の通りレーダー射程が9あれば岩手大川駅まで届きます。
岩泉線58
こちらは三陸鉄道北リアス線の岩泉小本駅の少し来たからレーダーの場合。
二升石駅まで射程11というほぼMAXで届く事が分かります。

するとこの結果から岩泉線でただ一つ、
浅内駅だけは鉄道路線上からのレーダーでは届かないという事が分かります。
つまり何らかの方法で、鉄道(またはバス)を降りて
浅内駅へとある程度近づかなければレーダーすら届かないのです。



やはりもう列車の走っていない廃線、
しかも元々乗客数が少なく運行本数の無かったローカル線だけに
全線を制覇するには一工夫が必要でした。

この路線を決めてしまわないと岩手県の制覇はできませんので
なんらかの方策が必要でしょう。


では。

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