北海道

日高本線00
さて、お次は日高本線についてです。


元々は王子製紙が明治末期に苫小牧へと進出し工場を建てたことから始まります。
豊富な木材資源や支笏湖水流の水力発電を目論んで建設された工場の為に
発電所建設と資材運搬を目的として鉄道が敷設され、
王子製紙専用鉄道として貨物輸送にあたっていましたが
一般客の扱い許可を受け1913年(大正2年)に苫小牧軽便鉄道として開業します。

そして苫小牧軽便鉄道の東端の佐瑠太駅(現在の富川駅)から
東へと向かって日高拓殖鉄道が1922年(大正11年)に開業。
静内駅まで延伸した後に1927年(昭和2年)に国有化され国鉄日高線となります。

1943年(昭和18年)に鵡川駅よりの富内線の開業によって日高本線へと改称。
JR北海道へと移管されて現在に至っています。



日高本線05
こちらは道道19号苫小牧停車場線です。
国道36号線と駅との間の800mを連絡している道道です。
日高本線06
駅前広場に面した道道の終端にある
こちらは「苫小牧エスタ」という駅ビルです。
1982年(昭和57年)に駅舎の改築に合わせて駅ビルとして作られ、
JR出資の民間企業が運営を開始したものの
モータリゼーションによる駅前地区の空洞化により経営が悪化
2000年(平成12年)にJR北海道が買い取って直営としたものの
客足の減少は止まらず2016年(平成28年)に閉鎖されました。
日高本線07
建物の周りは囲いで囲われていますが、
白く塗られた万能板と呼ばれる囲いには
苫小牧市公式キャラクターの「とまチョップ」の4コママンガが描かれています。
日高本線08
苫小牧エスタから駅前広場の上には
駅舎と直接つながる連絡通路が作られています。
駅ビルが閉鎖されてしまったので通行禁止なっていますが。
日高本線19
連絡通路の東側にもバスの停まる駅前ロータリーが続いており、
茶色のレンガ調の目を引く建物が建っています。
手前の低い建物はテナント棟で店舗が入っていますが、
高い方の本棟は高齢者複合施設で老人ホームやデイサービスが集約されている建物です。
もちろん重要な施設なのですが、駅前一等地にあえて建っているところが
苫小牧の現状を物語っている気がします。
日高本線01
こちらが苫小牧駅の南口の外観です。
現在の駅舎は1982年(昭和57年)に改築された4代目の橋上駅となります。

駅は1892年(明治25年)に北海道炭礦鉄道の駅として開業したもので
1906年(明治39年)に国有化。そして1909年(明治42年)に
後の日高本線となる王子製紙専用線が乗り入れます。

王子製紙の専用線は1913年(大正2年)に苫小牧軽便鉄道となり、
日高拓殖鉄道を経て1927年(昭和2年)に国有化。
国鉄日高線となります。
その後JR北海道へと転換し室蘭本線、日高本線、千歳線の駅として
現在に至っています。
日高本線02
橋上の自由通路と改札付近の光景です。
日高本線10
自由通路の北側には、跨線橋から延びる連絡通路が
ご覧の様に伸びています。
日高本線11
連絡通路の先にはご覧の「MEGAドン・キホーテ苫小牧店」があり、
苫小牧駅周辺で一番大きな施設となっています。
日高本線13
ドンキホーテの建物内から見た連絡通路への入口。 日高本線12
駅前広場へと通じている苫小牧駅の北口の外観です。
日高本線14
北口駅前広場の様子。

日高本線03
改札内に入った構内。
島式2面4線のホームを橋上の連絡通路で繋いでいます。
日高本線15
構内にあった謎のゆるキャラ。
日高本線04
島式の1、2番線ホームです。
室蘭本線では途中駅であるものの苫小牧駅を境に運転系統が分かれており、
沼ノ端駅から乗り入れる千歳線も運行上の起点、
そして日高本線では名実ともに起点駅であるという特性上
各ホームにそれぞれの路線が入り乱れて停車しています。

そんな中で日高本線は1番線のみが停車ホームとなっています。
日高本線09
その1番線の、跨線橋の階段脇のホームの縁を見ると
ご覧の通り日高本線の0キロが表記されています。
日高本線16
1番線ホームの東端です。
この先には旅客扱いの無い苫小牧貨物駅があり
千歳線と日高本線が分岐しています。
日高本線17
こちらは北側の島式ホームの3、4番線です。
日高本線18
3番線は千歳線の札幌方面の特急列車が停車します。
またこちらのホームには3、4番線ともに
室蘭本線の岩見沢方面の普通列車が入線します。


日高本線28
苫小牧駅から東に3.4kmほど進んだ付近にある苫小牧貨物駅
かつては苫小牧駅構内だったこちらは
2011年(平成23年)3月のダイヤ改正で実態に合わせて貨物駅として分離されました。
千歳線と日高本線は実際にはこの貨物駅構内で分岐しています。
旅客扱いしていない貨物駅ですので駅メモには収録されていません。



日高本線20
こちらは苫小牧駅からは13kmほど進んだ、苫小牧港の南東に位置する
工場地帯の中の市道の光景です。
元々製紙工場があって鉄道の貨物専用線が引き込まれていたこの地域は
1960年代の苫小牧港開削によって工場の立ち並ぶ工業地帯として発展しました。
日高本線21
こちらが勇払駅の駅舎です。
1913年(大正2年)に苫小牧軽便鉄道の駅として開業。
国鉄の駅となった後の1962年(昭和37年)に、苫小牧港の建設で
日高本線の付け替えによって駅が北へ移転し現在の場所となりました。
日高本線22
駅前の市道には信号と横断歩道がありますが
広場は砂利が敷かれただけの空き地の状態です。
日高本線31
南の広場の端にはご覧の線路を越える地下道があり、
駅周辺の案内地図がありました。
日高本線23
駅舎の入口です。
日高本線24
中はガランとしており、壁際にベンチの置かれた待合室となっています。
日高本線25
ホーム側の駅舎の先には、ホームまでの舗装された通路が。
かつては交換施設や引き上げ線があった名残りで
駅舎とホームの間が離れています。
ホームを見るといかにも島式であった名残りが。
日高本線26
こちらがホーム上の様子です。
島式のように見えますが線路のあるのは片側のみであり
単式1面1線の無人駅となっています。
日高本線27
ホーム北端の苫小牧方を見ると引き上げ線の車止めが。
その奥の線路の曲がり具合を見るとかつてのポイント分岐の名残りが見れます。
日高本線289
ホームから駅の西側を見ると
市道との間にかつて線路の敷かれていた空き地が見えます。
そして市道を隔てた向こう側には日本製紙北海道工場勇払事業所が見えます。
かつて勇払駅の南側から日本製紙の工場までは専用線が敷かれていました。
日高本線30
ホーム側から見た駅舎方面です。



日高本線32
勇払駅から海岸線に沿って9.6kmを進むと次の駅が見えてきます。
日高本線33
こちらが浜厚真駅の駅の外観です。
1913年(大正2年)の苫小牧軽便鉄道の開業によって厚真駅として設置されたこの駅は
浜厚真駅へと駅名を変更した後1927年(昭和2年)に国鉄へと転換。
かつては普通の駅舎があったそうですが、
1987年(昭和62年)に車掌車転用の駅舎となって現在に至ります。

駅前の片側1車線の道は、駅前を終点とする
道道287号厚真浜厚真停車場線となっています。
日高本線34
駅舎の中の様子です。
車掌車駅舎なのでご覧の通りです。
日高本線35
駅舎の一角にはフェリーの乗り場への案内マップが。
この駅は本州日本海沿岸から苫小牧東港を発着する
新日本海フェリーの乗り場の最寄り駅となっています。
日高本線36
しかし案内図に従って駅前の道を西へと向かうと
ご覧の通り港までは何も無い原野が広がっています。
乗り場までは2kmほどで徒歩30分となっていますが
クマ目撃情報がある
のであまりお勧めはできません。

また写真中央に見える煙の出ている煙突は
北海道電力苫東厚真火力発電所のものです。
日高本線37
駅の東に100mほどのT字路には「浜厚真海浜公園」の標識があります。
道の奥の眼前に広がる海岸は北海道でも有数のサーフィンスポットだそうです。
日高本線38
再び駅舎へ。
日高本線39
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線のみの棒線無人駅となっています。
かつては千鳥式2面のホームの駅で列車交換もできたそうですが
今では雑草に埋もれた原野が残るのみとなっています。
日高本線40
ホーム側から見た駅舎付近です。



日高本線41
浜厚真駅を出てすぐに路線は国道235号線(浦河国道)と並走状態となります。
海岸沿いに国道と並んで4kmほど進むと次の駅近くへと差し掛かります。
写真は苫小牧から20km地点の国道の路側駐車帯。
日高本線42
その駐車帯から西の苫小牧側すぐに、次の駅があります。
日高本線43
国道から駅への道の入口です。
日高本線44
ホームへと通じる砂利道の脇に
コンクリートブロック造りの待合室があります。
日高本線45
中はご覧の通りで、床はコンクリートの土間では無く
地面がそのままむき出しとなっています。
日高本線46
こちらはホームへの入口です。
日高本線47
ホームの様子。単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
1959年(昭和34年)に住民の陳情により
国鉄日高本線の駅として新設されました。
日高本線48
ホーム正面にある27キロの距離標。
日高本線50
眼前には牧草地と原野が広がるのみです。
日高本線49
国道む向こう側の浜辺にも施設や建物は見当たりません。
日高本線51
駅前から西のすぐにある道南バスの田浦第一停留場。
浜田浦駅の最寄りのバス停ですが、運行本数はご覧の通りです。



日高本線512
こちらは鵡川駅の駅舎の外観です。
1913年(大正2年)に苫小牧軽便鉄道の開通によって開業した駅は、
国鉄への移管の後、1943年(昭和18年)に国鉄富内線の開通によって乗り換え駅となります。
しかしJR移管の前年の1986年(昭和61年)に富内線は廃止。
日高本線の単独の駅としてJR北海道へと移管されます。
日高本線53
駅舎は1987年(昭和62年)に改築されたもので
「むかわ交通ターミナル」の表示がありバスの待合室を兼ねています。
日高本線54
入口脇のショーケースの中には
シシャモに関するアイヌ神話についての展示がされています。
ししゃもも北海道の太平洋岸にのみ生息する魚であり、
胆振管内の鵡川町のししゃもは「鵡川ししゃも」として全国的に有名となっています。
日高本線64
駅前広場の東の一角にある苫米地商店の建物です。
かつては鵡川駅の駅弁としてシシャモの甘露煮のはいった幕の内弁当を作っていた店で、
1985年(昭和60年)にTBSで放送されたテレビドラマ「おふくろの青春」の
舞台となった駅弁屋のモデルとなった店です。
ですが現在は駅弁製造からは撤退しており、
店も店名の文字が欠けてしまっている状態でした。
日高本線55
駅舎の中の様子です。現在は無人駅となっていますので、
券売窓口もキオスクも閉じられています。
日高本線56
ホーム側の改札出口です。
現在(註:2018年5月)は列車の運行は鵡川駅までとなっていますので
「全ての列車が向かい側ホームから発車します」という
掲示がドアに張られていました。
日高本線57
ホーム側から見た駅舎出口付近です。
日高本線58
こちらは1番線ホームです。
苫小牧方面行きの上り線ホームでしたが
2015年(平成27年)1月の日高本線の高波被害以降
列車が運休している為列車の発着が無く使用を休止している状態です。
日高本線59
そしてこの駅は千鳥式ホーム2面2線となっていますので、
1番ホームの西側の苫小牧方に構内踏切があります。
日高本線60
こちらが2番線ホームです。
元々は下り線の静内・様似方面行き列車の発着するホームでした。
また当駅始発の折り返し列車もこのホームを使っていました。
待合室などは無くベンチがあるのみとなっています。
日高本線61
日高本線の運休以降、全列車は鵡川駅折り返しとなっていますので
ホームにもご覧の通り「苫小牧行のりば」の看板が新設されていました。
日高本線65
列車停車時の乗客の乗降の様子です。
日高本線68
そして2番線ホームの裏側には引き上げ線が見えます。
このホームは実はかつては島式ホームであり、
1943年(昭和18年)から1986年(昭和61年)まで富内線の線路が走っていました。
かつての鵡川駅は2路線の交わる連絡駅だったのです。
日高本線62
そしてホーム東端の構内踏切の方を見てみると。
日高本線63
踏切前にはご覧の列車代行バスの案内表示がありました。


度重なる台風や豪雨、高波などによって
日高本線は2015年(平成27年)以降長期に渡って列車が運休状態にあります。
その中で唯一列車運行がされていたのがこちらの苫小牧駅━鵡川駅間となります。
日高本線66
写真を撮った2018年(平成30年)5月の時点では
ご覧の通り列車は運行していました。
しかしながら同年9月に起こった北海道胆振東部地震によって
日高本線は直撃を受けてしまい苫小牧駅━鵡川駅間も運休状態
となりました。
結果、日高本線は全線がバス代行輸送となってしまい
列車の運行は完全にストップ状態
(註:2018年10月現在)となっています。
勇払駅━浜厚真駅間の厚真川橋梁が桁ずれを起こしているなどの被害があるそうですから
残ると思われていた苫小牧駅━鵡川駅間を含めた日高本線の全線廃止も
可能性としては低くない
と思われます。

 ※【2018年11月追記】苫小牧駅━鵡川駅間についてはJR北海道より
  「2018年12月上旬に復旧見込み」であることが発表されています。
  これにより当面の間は苫小牧駅━鵡川駅間の日高本線は存続する見込みとなりました。


日高本線67
こちらは日高本線の苫小牧駅━鵡川駅間の
au 4G LTEでの電波エリアマップです。
実際には原野の広がる地域が多いものの電波状態は良好で
全ての区間で駅へのアクセスが可能
となっています。


苫小牧駅から鵡川駅まで、駅数にすればわずか5駅です。
ですが営業キロで言えが30.5kmであり
これは東北本線の東京駅━大宮駅と同じ距離
となります。

日高本線69
恐らくこれから日高本線を攻略する方は
鉄道に乗ってのコンプリートはできないと思われます。
JRが運行している代行バスを使って苫小牧駅━様似駅間を往復すれば
丸一日がかりではありますが戻ってこれますので、
一番オーソドックスな攻略はこちらになるかと思います。

また道東バスの高速ペガサス号を使えば
札幌━浦河まで乗車することでアイテム使用にはなるものの
日高本線のコンプリートは可能です。
ただ札幌駅前━浦河ターミナル間で片道2930円の運賃ですので
鉄道とは関係無い道路を走った挙句に往復6000円ほどの出費となります。

私はレンタカーを借りて各駅を回りましたが、
時間制約と自由度から言えばこれが一番快適ではあるでしょう。


鵡川以降のつづきはその2にて。

では。

江差線96
【上写真:江差線キハ40 photolibrary

さて、続いてはJR江差線の廃線区間である
木古内駅━江差駅間についてです。


現在残っているJR江差線の区間は
第三セクターの道南いさりび鉄道へと転換
していますので
いさりび鉄道について書いた以下の記事をご参照下さい。
 【攻略】道南いさりび鉄道線 その1。(木古内━上磯)
 【攻略】道南いさりび鉄道線 その2。(上磯━五稜郭)




江差線01
こちらは道南いさりび鉄道の木古内駅の駅舎です。
かつての旧江差線の木古内駅駅舎を改修して使用しています。

この木古内駅から現在のJR海峡線と同じルートを南下し、
道道5号線の踏切を越えた付近で西へと江差線の線路は延びていました。
以後線路はしばらく道道5号線と並走するように走ります。


江差線02
こちらは道道5号線江差木古内線で木古内駅から2km少々進んだ付近です。
横断歩道と信号機があります。
江差線03
信号の目の前には木古内町郷土資料館があります。
この建物は2011年(平成23年)に廃校となった鶴岡小学校の廃校舎を転用したものです。
門には「鶴岡小学校」の表札がそのまま残っています。
江差線04
その郷土資料館の西側に面した道に
ご覧の通り「道南トロッコ鉄道 鶴岡公園駅」の表示があります。
こちらがかつての駅への道となります。
江差線05
道を進むと待合室と踏切が見えてきます。
江差線07
こちらがかつての渡島鶴岡駅の駅舎です。
駅舎と言っても待合室のみの建物ですが、
江差線が営業していた当時の建物が今でもそのまま使用されています。
私が訪問したときには改装中でちょうど駅舎の中に新たなカウンターなどを
大工さんが作っている最中でしたが。
江差線09
駅舎の前にある「天ノ川駅」の駅名標。
かつて江差線の線路脇にあった、駅を模した観光モニュメントにあったものですが
現在はここに置かれていました。
江差線10
反対側の駅舎脇には観光案内板が。
江差線06
駅舎のすぐ脇にあるこちらが駅のホームです。
江差線営業当時のホームがそのまま残っています
駅は1964年(昭和39年)に国鉄江差線の駅として新設されたもので
2014年(平成26年)の木古内駅━江差駅間廃止まで使われていました。

現在では廃線跡の線路を利用して「道南トロッコ鉄道」という
軌道自転車が営業しており「鶴岡公園駅」となっています。
江差線08
踏切跡のホームと反対側、木古内方面の様子です。
江差線11
道道5号線へと戻って郷土資料館の隣を見ると
鶴岡農村公園の駐車場があります。
江差線12
駐車場の西の端にある農村ふれあいセンター。
江差線13
そして駐車場の一角にはこちらの表示板がありました。
内容を読むと「鶴岡」というこの地の地名が山形の鶴岡が由来である事、
1885年(明治18年)に庄内藩士105戸が開拓の為入植したこと、
木古内町と鶴岡市が姉妹都市であることが分かります。
江差線14
同じく駐車場の一角にある記念の石碑です。
江差線15
公園はご覧の様に草地の広場となっていますが、
広場の片隅には「江差線追想」という石碑のある枝垂桜が植樹されています。
江差線16
そして農村公園にはご覧の水路が作られていますが。
江差線17
水路は江差線の線路沿いに作られており、
ご覧の様に水路の横にはホーム跡があります。

江差線18
そして再び道道5号線に戻り
鶴岡農業公園の先を見ると禅燈寺というお寺の参道があり、
中を進むと山門があります。
江差線19
山門の先を見ると本道との間の参道に
踏切が設けられているのが見えます。
この踏切は江差線の営業当時には実際に使われていたものであり
「お寺の山門の前を列車が横切る」というシュールな光景で有名なスポットでした。
江差線21
踏切から見た江差方面。
観光用の軌道自転車が今でも走っていますので廃線はそのまま残されています。
江差線20
旧渡島鶴岡駅跡の最寄りのバス停はこちらの「鶴岡禅燈寺前停留場」で
公園の入口前の道道沿いに置かれています。



江差線22
木古内川に沿って道道5号線を西へ3kmほど進むと
次の駅のあった付近へと到着します。
江差線23
かつての駅前商店であった戸辺商店。
江差線24
その戸辺商店の西隣にある砂利の空き地がかつての駅前広場となります。
現在では周辺の工事の現場事務所があり仮設のプレハブが置かれています。
広場の奥がかつての駅のホームのあった場所となります。
江差線27
反対の東側からみた駅前広場付近。
江差線25
こちらが吉堀駅の駅舎です。
駅は1935年(昭和10年)の国鉄上磯線の延伸で開設され、
2014年(平成26年)の木古内━江差間廃止によって廃駅となりました。

今も残っている黄色い駅舎はヨ3500形車掌車を改造した現役当時のものです。
駅舎に沿ってホームがあったのですが、現在ではご覧のように
廃線跡ごろ草に埋もれてしまっています。
江差線39
こちらは営業当時の駅の様子です。
江差線26
かつての駅前広場にある函館バスの吉堀停留場。
江差線28
こちらが函館バスの路線バスとなります。



吉堀駅から次の神明駅までは13.2kmの距離があります。
分水嶺でもある吉堀峠をかつての鉄道は越えていましたが、
道道5号線からは離れて北のウグイ川に沿って迂回するルートを走っていました。
江差線29
こちらは鉄道跡が再び道道5号線と並走に戻る付近。
峠を越えたので並走する川が天野川に変わり、
神明ノ沢川が天野川に合流する付近となります。
道道5号線からご覧の道を300mほど入ると写真の踏切跡があります。
江差線30
踏切脇のこちらがかつての神明駅のあった跡地となります。
1957年(昭和32年)に国鉄江差線の時代に新設開業した駅でした。
江差線31
撤去される前の神明駅の駅舎とホームです。
見比べると確かにここが駅だったことが分かります。
江差線32
駅舎のあった場所を見ると、地中まであった基礎を除いて埋め戻した跡が
綺麗に建物の形に残っていました。
地元自治体が江差線施設の撤去作業を10年がかりで進めていますので
恐らく神明駅の施設は最近(註:2018年)解体されたのだと思います。
江差線33
まだレールの残る廃線跡から江差方面を見ると
50km1/2の距離標が線路脇に残っていました。
江差線34
振り返って駅の跡地の光景です。
江差線35
道路まで戻ると駅舎の反対側の踏切脇が舗装された広場のようになっており、
函館バスの神明停留場が設置されていました。
江差線36
広場は道路と一体の様に舗装されていましたが、
鉄道用地の境界杭が埋もれていましたので道路では無い様子でした。
江差線40
踏切から木古内方面の廃線跡。
民家への砂利道の脇に線路が残っていました。
江差線38
広場の東隣の町道沿いにあった看板。
この地でかつて農水省の整備事業があったことを示す看板ですが
完了昭和64年とありますので、事業は江差線廃止の25年前ということになります。
江差線37
東側から駅跡を見ると、町道にはまだ踏切の標識が残っていました。



江差線41
神明駅から道道5号線を下って3km弱を進むと
湯ノ岱温泉への案内表示、湯ノ岱郵便局の前を通り
かつての駅前へと差し掛かります。
江差線42
横断歩道のあるこちらの交差点が駅跡への入口で、
道道には駅への案内表示も残っていました。
江差線49
反対側から見た駅前の交差点。
江差線50
駅と反対側の交差点前にはご覧の酒屋がありました。
江差線43
道道と駅を連絡する駅前の道路です。
江差線47
湯ノ岱駅の駅舎は駅前の道の突き当たりの
ご覧の場所に建っていました。
江差線44
こちらが駅の跡地となります。
1935年(昭和10年)の国鉄上磯線の延伸によって作られた駅ですが、
列車交換のできる島式1面2線のホームの他に留置線もあったそうで
跡地はなかなかの広さとなっています。
江差線45
この駅も江差線の施設撤去事業が進められて駅舎やホームは既に無く、
建設の許可表を見ると跡地には町立の複合施設が作られている様です。
江差線46
かつてのホームと、同じ場所の撤去後の様子です。
江差線51
駅舎跡から駅前の道付近を見ると
建物や商店が空き地の向かって建っており、
かつて駅がここにあったことが分かります。
江差線48
駅跡の建築現場の現場事務所の脇には
プレハブのバス待合室が置かれて湯ノ岱停留場が置かれていました。



江差線52
こちらは湯ノ岱駅から西へ4kmほど道道5号線を進んだ付近です。
道道と天野川に沿って走っていた江差線の天野川第一橋梁がこちらにあります。
鉄道の営業当時には絵になる人気撮影スポットだったそうです。
江差線53
橋梁の先で道道は右へとカーブをしていますが、
その傍らの草むらにに唐突に踏切の標識が立っている場所があります。
江差線54
その踏切跡へと入って左側に、かつて「天ノ川駅」と呼ばれた
鉄道駅を模した観光モニュメントがありました。
跡地の廃線脇には64キロの距離標もまだ残っています。

正式な鉄道駅ではありませんので駅メモにも収録はもちろんされていませんが、
江差線の歴史の中では忘れられないモニュメントでした。


江差線55
湯ノ岱駅からは7kmほど、天ノ川駅モニュメントからは3kmほどの
道道5号線の光景です。「宮越」の地名標識があり、
その先に青看板のある分岐があります。
江差線62
反対方向からみた分岐付近。
江差線56
分岐の真ん中の歩道にある函館バスの宮越停留場です。
江差線57
分岐した道を進むとすぐに左にカーブしており、
その先すぐに江差線の踏切跡があります。
江差線59
踏切の目の前に砂利の広場がありますが
こちらがかつての宮越駅の駅跡となります。
1964年(昭和39年)の国鉄江差線時代に新設された駅でした。
江差線58
駅舎とホームはご覧の場所にありました。
江差線60
駅前広場のすぐ南には天野川が流れており、
道には宮越橋という橋が架かっています。
江差線61
橋から見た駅跡方向の光景です。



江差線63
宮越駅跡から2km少々、道道5号線を北西へと進むと
次の駅への入口が見えてきます。
江差線64
こちらが道道から駅へと連絡する道です。
江差線69
反対方向から見た道道の駅入口付近。
江差線65
道の先のこちらがかつての江差線の桂岡駅の駅跡です。
1936年(昭和11年)に国鉄江差線が湯ノ岱駅から江差駅まで延伸した際に
設置された駅となります。
江差線67
営業当時の駅の様子です。
道道からの道路の正面に車掌車駅舎があり
その奥に単式のホームがありました。
江差線66
撤去後の駅跡地の様子です。
江差線68
道道5号線へと戻り、駅入口付近にある函館バスの桂岡停留場。



江差線70
桂岡駅からも道道5号線と並走していた線路は
河北小学校付近で右手へと反れて道道から離れます。
反れてしばらく進んだご覧の交差点付近が次の駅の駅跡となります。
江差線71
中須田駅の駅の跡地です。
江差線の江差延伸当時はこの駅はありませんでしたが、
付近の住民の要望で1948年(昭和23年)に仮乗降場として新設されました。
江差線72
営業当時の駅の様子です。
車掌車駅舎とプラットホームのみの駅でした。
江差線74
駅舎跡から南の木古内方面を見ると
道の反対側の廃線跡にまだレールが残っていました。
江差線75
踏切だったであろう場所には痕跡は全くありませんでしたので
道路の舗装は比較的新しい様です。
江差線73
その踏切跡から右手を見ると目の前に函館バスの豊田停留場が。
江差線76
西側から見た駅跡とバス停付近の様子です。



江差線77
こちらは函館バスの大留停留場。
道道5号線沿いで桂岡駅跡からは北西に3kmほど進んだ付近です。
江差線78
バス停の目の前はご覧のショッピングセンターがあります。
江差線79
ショッピングセンターの先の大留交差点で道道5号線は
直角にカーブする国道228号線に合流。
この交差点から江差までは国道と道道の重複区間となります。
江差線87
反対側から見た交差点付近の様子です。
この大留交差点の北に、かつての上ノ国駅がありました。
江差線80
こちらが駅の駅舎の入っている建物です。
駅は1936年(昭和11年)の国鉄江差線延伸時の設置ですが、
上ノ国町商工会館と駅の合築の建物として1992年(平成4年)に改築されています。
江差線81
その商工会の入口の東側を見ると
棟続きの平屋部分のガラス戸に「上ノ国駅」と書かれています。
こちらが駅の待合室部分への入口となります。
江差線82
東側に回りこんでの駅舎付近の光景です。
写真中央を線路が走っていて駅舎沿いにホームがありました。
江差線84
待合室のホーム側出口の外観です。
江差線85
出口からかつてホームのあった場所まで
細い舗装が伸びているのが分かります。
江差線83
かつての駅のホームはご覧の様にありました。
旅客で使うホームは駅舎側の単式1面1線のみでしたが、
貨物用ホームと引き上げ線がありましたので
相対式の様にホームが並んでいました。
江差線86
駅の江差方面側の廃線跡を塞ぐように建っている金物屋の店舗。
江差線の廃止が2014年(平成26年)の事ですから、
廃線跡に建つこの店はまだ出来て2年(註:2018年現在)程度と思われます。



江差線88
こちらは道道215号江差停車場線の南端の光景です。
JR江差線の江差駅と江差市中心街とを結び国道228号線まで至る
全長1.6kmほどのいわゆる停車場線となります。
この南端にかつての駅がありました。
江差線89
駅より南側は市道となりますが、
道道から市道に変わったところで道幅が狭くなっているのが分かります。
江差線91
停車場線に面した駅前広場です。
ロータリー状となっており中央部が駐車場スペースとなっています。
江差線92
江差駅の駅舎は広場の奥にご覧のように建っていました。
駅は1936年(昭和11年)に国鉄江差線の終着駅として開業。
1975年(昭和50年)に鉄筋コンクリートの駅舎に改築されていました。
江差線90
駅の跡地の様子です。
かつては貨物側線もある駅だったそうですが、晩年は単式1面1線の駅でした。
廃線から2年後の2016年(平成28年)の年末に解体作業が進み、
現在は駅跡地には市営住宅の建設が進んでいます。
江差線93
広場の北側にある旧江差駅資料展示館です。
駅の営業当時は「えさし おもてなしプラザ」として
観光案内と物産販売が行われていた建物です。
江差線94
展示館の中の様子です。
江差線95
掲示してあった営業当時の江差駅の駅舎の写真です。
江差線99
展示館の前にある函館バスの陣屋団地停留場。



以上でJR江差線の廃線区間については全駅となります。
江差線97
こちらはau 4G LTEでの電波エリアマップです。
基本的に道道5号線の区間は電波が届くので駅へのアクセスは問題がありません。

ただ一点、吉堀駅━神明駅間の吉堀峠を越える区間については
電波圏外の区間が続きます

道路に「携帯電話不感地帯」の標識が立っていたりするくらいですので
この区間についてはアクセスもできません。

特に神明駅がアクセスしづらいと思いますが、
駅跡の場所から湯ノ岱駅方面へ少し離れれば電波はつながりますので
落ち着いて道道5号線に戻り神明駅のエリアでアクセスして下さい。
最悪はレーダーなどを使えばリカバリーは容易です。



では既存の鉄道路線からレーダーを使って
江差線を取りに行く場合は一体どうなるのかというと、
結論から書くと営業中の鉄道上から江差線の全駅取得は不可能です。
江差線98
こちらは北海道新幹線の知内信号場、
駅メモではJR海峡線の廃駅である知内駅からのレーダー射程範囲です。
ご覧の通り射程12で中須田駅までは届くのが分かります。

なつめのスキルを使ってレーダー射程14にした場合でも
江差線で届くのは上ノ国駅まで
であり終点の江差駅だけ届きません。

しかし唯一レーダーで江差駅を取れる瞬間があるのですが、
それはイベント期間にレーダー射程が+2となっている場合です。
この時になつめを使うとレーダー射程が最大16まで延びます。
そして知内駅から射程16があるとギリギリ江差駅までレーダーが届くのです。


ちなみにですが道南いさりび鉄道の駅からの方が江差駅には距離的には近いのですが、
函館市電の路線にも近づいてしまう為レーダーでは市電の干渉で
江差線にはむしろ届かなくなる
という事情があります。
ですので江差駅へのレーダーについては
新幹線で青函トンネルを抜けたあたりが勝負となります。



そして実際に公共交通機関で江差駅跡まで行きたい、という場合は
函館バスの木古内江差線がJR江差線の代替バスとして運行しています。
江差線a01
こちらがそのバスの時刻表(註:2018年4月改正分)ですが
一日6往復となっており片道で所要時間一時間半、運賃1120円が必要となります。


ちなみにJR函館本線の八雲駅からも江差へとバスが出ているのですが、
こちらは片道二時間半が必要な上、一日2往復のみの運行で運賃片道1830円となります。
しかも江差駅以外はレーダー使用が必要となりますので
予算は5000円程度必要となるプランとなります。

せっかく江差まで行くのであれば
思い切って自由の利くレンタカーを利用する方が楽
だと思うのですが、
免許が無いなど車を使えない場合もありますので
事情に合せてプランを検討して下さい。


以上で江差線の廃線については全てです。

では。

いさりび鉄道96
道南いさりび鉄道線の続きです。


その1(木古内駅━上磯駅)はこちら



いさりび鉄道97
上磯駅から木古内方面は上り線となっていますが、
7時台の始発列車が出た次の次発は11時台となっており、
実に3時間の間が開いています(2018年3月改正ダイヤ)。
いさりび鉄道98
木古内駅から上磯駅への列車は午前中4本設定されていることから
朝のダイヤは函館へと向かう通勤通学客を想定していると思われます。
実際に上磯駅には折り返し専用のホームがありますし、
木古内━上磯間が「沿岸の漁村」といった光景だったのに対して
上磯駅以北は函館のベッドタウン的に住宅が増える印象があります。



いさりび鉄道99
こちらは北斗市総合文化センター「かなで~る」という施設で、
コンサートが行われるホールや図書館などが入った公共施設となります。
いさりび鉄道移管後に駅の副名称に含まれている施設です。
いさりび鉄道a01
そのかなでーるの前の道を南へと進むと
まもなくいさりび鉄道の踏切があり、その脇に駅があります。
いさりび鉄道a02
こちらが清川口駅の駅舎となります。
1956年(昭和31年)に国鉄江差線の駅として開業した駅であり、
現在の駅舎は1979年(昭和54年)に改築されたものだそうです。
外壁補修中で足場と幕があるのが残念ではありますが。
いさりび鉄道a03
駅舎入口付近の光景です。
いさりび鉄道a04
中の待合室の様子。
かつての券売窓口であろう場所はありますが、
現在は無人駅ですので待合スペースのみとなっています。
いさりび鉄道a05
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
いさりび鉄道a06
そしてこちらがホームの裏手に見える建物で、
副駅名にある北斗市役所の建物となります。
駅の南隣に1983年(昭和58年)に上磯町役場として完成したもので
現在は北斗市役所の本庁舎として使用されています。
いさりび鉄道a07
市役所前から駅方向を見ると、踏切の先にかなでーるが見えます。



いさりび鉄道a08
こちらは次の久根別駅の駅前の光景です。
駅の前で道道456号線が直角に曲がっており、
南に鉄道と並走している国道228号線(松前国道)へと合流しています。
いさりび鉄道a17
駅側から見た駅前交差点付近。
いさりび鉄道a09
そして交差点前にある駅舎です。
1913年(大正2年)に国鉄上磯軽便線の駅として開業した駅ですが
駅舎は1979年(昭和54年)に改築されて現在に至っています。
いさりび鉄道a10
駅舎の中の様子。
1986年(昭和61年)に無人化されるまでは駅員がいたので
券売窓口の跡が残っています。
いさりび鉄道a11
駅舎からホームへはご覧の階段で上がります。
ホームは単式1面1線と島式1面2線の計3線となっています。
いさりび鉄道a12
1番線ホームです。駅舎のあるホームとなります。
木古内方面行きの上り線ホームで単式ホームです。
いさりび鉄道a13
ホーム間を連絡している跨線橋です。
この跨線橋はホーム同士の他に駅の南北を繋ぐ自由通路をも兼ねています。
いさりび鉄道a14
島式の2、3番線ホームです。
函館方面行きの下り線ホームですが
列車交換時の退避や行き違いにも使用される為、
木古内方面の上り列車が入線することもあります。
いさりび鉄道a15
そして駅の北側へもご覧の跨線橋の階段があって出る事ができます。
いさりび鉄道a16
駅の北側には特に広場などはなく、
直接住宅地へと通じています。



いさりび鉄道a18
こちらは久根別駅から東へ1.2kmほど進んだ
北斗市の市営久根別団地の北側付近です。
いさりび鉄道a19
いさりび鉄道の線路が団地と隣接して走るこの場所に次の駅があります。
いさりび鉄道a20
こちらが東久根別駅の駅舎の外観です。
1986年(昭和61年)に国鉄江差線の臨時駅として開業した駅で、
「国鉄最後のダイヤ改正で誕生した道内15駅のうちの1つ」なのだそうです。
ご覧の通り駅舎はワフ29500形貨車を改造した貨車駅舎となっています。
いさりび鉄道a21
東側からみた駅と駅前の様子です。
いさりび鉄道a22
この付近の線路は築堤上を走っており、
駅舎の前へ構内に通じる踏切へと上がる階段があります。
いさりび鉄道a23
踏切を抜けて線路の北側の住宅地へも抜けることができ、
こちらは北側から見た踏切付近の様子です。
いさりび鉄道a24
そして駅舎の前の通路を抜けるとホームへと入れます。
いさりび鉄道a26
駅舎の中には自動券売機もありますが
扉が開いているのは7時から20時までとなります。
いさりび鉄道a25
ホームの様子です。
仮乗降場が出自だけあり単式ホーム1面線の棒線駅となっています。



いさりび鉄道a27
こちらは東久根別駅から東へと2.7kmほどの付近です。
国道228号線や海岸と並走してきたこちらに次の駅があります。
いさりび鉄道a28
七重浜駅の駅舎の外観です。
こちらの駅は見ての通り橋上駅舎となっています。
いさりび鉄道a29
駅前の広場の横には北斗市役所七重浜支所「れいんぼー」の建物が。
いさりび鉄道a30
正面から伸びるこちらの道は道道1067号七重浜停車場線で
400mほどで国道227号線と駅を連絡をしています。
また国道の先は噴火湾(内浦湾)があり、
駅は津軽海峡フェリーの函館側の最寄り駅となっています。
いさりび鉄道a31
跨線橋を上がると中ほどに待合室への入口があります。
いさりび鉄道a35
この駅の跨線橋も駅の南北を連絡する自由通路を兼ねており、
駅裏側の線路北側の出口へと出られます。
いさりび鉄道a36
北側の駅出口前はご覧の通り住宅地の真っ只中となっています。
いさりび鉄道a32
そして跨線橋へと戻り、橋上の待合室の様子です。
いさりび鉄道a33
階段を下りるとホーム側にも扉が設けられており
風雪をしのぐベンチが置かれていました。
いさりび鉄道a34
こちらがホームとなります。
島式ホーム1面2線となっています。
1番線が上り木古内方面、2番線が下り函館方面となります。



いさりび鉄道a37
こちらは国道5号線の五稜郭駅前交差点です。
いさりび鉄道a38
七重浜駅から南東に2.7kmほどのこの交差点の前には
名前の通り駅と駅前広場が隣接しています。
いさりび鉄道a39
こちらが五稜郭駅の駅舎の外観です。
1911年(明治44年)に国鉄函館本線の駅として開業しており、
いさりび鉄道の前身にあたる国鉄上磯軽便線が
1913年(大正2年)にできて乗り換え駅となっています。

駅舎は1977年(昭和52年)に改築されたものですが、
2011年(平成23年)にリニューアルが行われて
正面の駅名標が星型になるなどしています。
いさりび鉄道a40
駅前の広場はご覧の通り広く、
中央部をバスやタクシーの停留スペースとして
その周囲を一方通行のロータリーとしています。
いさりび鉄道a41
国道を挟んだ駅の正面にあるビックカメラ。
いさりび鉄道a42
その脇には交差点から「五稜郭駅前通り」という道が
正面へと伸びています。
いさりび鉄道a45
再び駅舎へと戻り入口へ。
いさりび鉄道a43
駅舎の入口は風除室が作られており、
脇には喫煙ルームがありました。
いさりび鉄道a44
中の待合室の様子です。
JR北海道と道南いさりび鉄道共同使用駅ですが、
駅の管理はJRが行っており券売機も改札脇にはJRのものが設置されています。
いさりび鉄道a46
そしてJRの券売機の横にはいさりび鉄道の券売機もあります。
いさりび鉄道a47
改札前の券売窓口に張られたホームの案内図。
いさりび鉄道a48
図の通り改札を入ると右手に通路が延び跨線橋への階段があります。
いさりび鉄道a49
跨線橋の中の様子です。
いさりび鉄道a50
五稜郭駅は島式ホーム2面4線となっており
跨線橋が駅舎とそれぞれのホームを連絡しています。
いさりび鉄道a51
まずはこちらが島式の3、4番線ホームです。
4番線が函館方面行きの上り線ホームとなります。
いさり火鉄道では函館方面が下りでしたが、
五稜郭駅より先はJR函館本線となりますので函館方が上りとなります。
いさりび鉄道a52
駅舎に近い方が3番線となりますが、
こちらは待避線となっているので駅名標も3番線側は空白になっています。
いさりび鉄道a53
跨線橋の北側にもホームが延びていますが、
旅客に使っている4番線ホーム側のみ継ぎ足されて延長されています。
いさりび鉄道a54
ホーム北端から見返した光景です。
いさりび鉄道a55
跨線橋へと戻って隣のホームへ。
いさりび鉄道a56
こちらが島式の5、6番線ホームです。
5番線が函館本線の下り札幌方面、
およびいさりび鉄道の上り木古内方面行きホームとなります。
6番線は臨時ホームとなり通常使用はしていない様です。
いさりび鉄道a57
そして6番線の跨線橋階段前付近には
ご覧の「0K000m」の表示がレールに書き込まれいます。
これはこの五稜郭駅を起点とするいさりび鉄道のゼロキロポストとなります。
かつては江差線の0kmの表示がホームに書かれていたそうですが、
最近新しく書き直されたらしくホームにペンキがこぼれていました


そして道南いさりび鉄道としてはこの五稜郭駅で終わりとなりますが、
いさりび鉄道の列車は全列車が函館駅まで乗り入れ運転をしています。
いさりび鉄道a58
こちらが函館駅の1、2番線ホームです。
いさりび鉄道a59
頭端式4面8線のホームを持つこの駅ですが、
1、2番線ホームのみは電化がされておらず気動車のみが入線できるホームとなります。
その為気動車で運行されているいさりび鉄道の列車がこのホームに入線しています。
いさりび鉄道a61
ホームを連絡している通路。
いさりび鉄道a60
こちらが改札の光景です。
改札の左脇にいさりび鉄道の券売機が置かれています。
いさりび鉄道a62
函館駅の駅舎の外観です。



以上で道南いさりび鉄道の全駅のご紹介となります。
駅メモでは「道南いさりび鉄道」として木古内駅━五稜郭駅間が収録されているほかに
「JR江差線」としても路線の一部として収録がされています。
これは江差駅━木古内駅間の廃線を扱う都合上、いさりび鉄道の区間が重複したものと思われます。


いさりび鉄道a63
こちらはau 4G LTEによる電波エリアマップです。
函館市街の区域だけに全域が電波圏内となっています。
トンネルなどもこの区間はありませんので駅へのアクセスには全く問題がありません


道南いさりび鉄道自体は全線で37.8kmであり、
全線でちょうど一時間程度の所要時間の路線です。
新幹線停車駅の木古内駅と、函館本線のターミナルである函館駅間を走っているだけに
路線までのアクセスは悪くない、というか良好だと思います。

ただ木古内駅━上磯駅間のいさりび鉄道は一日上下線ともに9本であり、
一時間から一時間半の列車間隔があります。
いさりび鉄道自体は一度乗れば難なくコンプできると思いますが、
廃線の江差線が近くにあることなどを勘案すると
それなりの計画が必要になる路線だと思います。


いさりび鉄道a64
新幹線も走る青函トンネルから貨物列車が乗り入れるという路線の性格上
木古内駅構内が新幹線同様に電圧が昇圧されている事などから、
全線電化されているにもかかわらずいさりび鉄道で運行している列車は気動車のみです。

通常の在来線交流列車入れないため、この路線を走る電車は
貨物を曳くEH800形電気機関車と四季島のみとなっています。


新幹線の並行在来線として切り離された路線ではありますが、
本州と北海道を繋ぐ青函連絡路線というその性格から
ローカル線ではありますがすぐに無くなってしまうことは無いでしょう。

ただ、北海道では現在唯一の第三セクター路線、
「北海道新幹線オプション券」を買えば18きっぷでも乗れますので
一度は乗ってみてはいかがでしょうか。


では。

いさりび鉄道93
さて。こちらは道南いさりび鉄道についてです。


元は1913年(大正2年)に上磯軽便線として五稜郭駅━上磯駅間で開業した路線で、
1936年(昭和11年)に江差駅まで延伸して国鉄江差線となっています。

青函連絡路線として特急列車が運用されるなど
北海道と本州を結ぶ重要な路線として機能していましたが、
2016年(平成28年)の北海道新幹線開業によって並行在来線と位置づけされ、
道南いさりび鉄道へ第三セクター移管がされました。



いさりび鉄道01
こちらは道道5号江差木古内線と道道383号木古内停車場線の交差点です。
いさりび鉄道02
交差点の角には木古内みそぎ祭りのオブジェと案内板があります。
いさりび鉄道03
「駅前通」の表示のある目の前の道を北西に進み、
セイコーマートの前を通り過ぎると駅が見えてきます。
いさりび鉄道04
こちらが道南いさりび鉄道の木古内駅の駅舎外観です。
JR江差線の旧駅舎が2016年(平成28年)の北海道新幹線開通に伴って
道南いさりび鉄道への移管と同時に改装されたものです。
改築では無く改装の証拠に、旧駅舎のとんがり屋根が
現在の駅舎からも少しだけ顔を出しています

いさりび鉄道06
いさりび鉄道の駅舎の後ろにはJR北海道の新幹線の木古内駅駅舎があります。
いさりび鉄道05
駅前のロータリーの様子です。
かなり広いロータリーとなっています。
いさりび鉄道18
ロータリーに面して駅の反対側に作られている
「道の駅みそぎの郷きこない」の建物。
いさりび鉄道07
横から見たいさりび鉄道の木古内駅の様子です。
跨線橋は江差線時代からのものがそのまま使われています。
いさりび鉄道08
ただ江差線時代はホームと階段は3つづつありましたが
今は撤去されて一番奥のひとつだけが残されています。
跨線橋には撤去された痕跡が見て取れます。
いさりび鉄道09
駅舎の西側の入口と中の様子。
こちらはエレベーター前へのバリアフリー用の入口のようです。
いさりび鉄道10
東側の入口。
こちらには「入口」の表示があり、階段とエスカレーターがあります。
いさりび鉄道11
階段とエスカレーターを上がると跨線橋の通路に出ます。
この跨線橋は元々江差線時代からあったものですが
ご覧の様に中の内装が綺麗にリニューアルされています。
いさりび鉄道12
そして跨線橋の中ほどにある
こちらが木古内駅の改札前への入口です。
木製の駅名標に「北海道最南端の駅」と書かれています。
いさりび鉄道13
改札前の待合室の様子です。
新幹線停車駅でもあるので有人駅のような気がしますが
輸送社員のみ配置で出改札業務は行われていません。
いさりび鉄道14
待合室の一角には鉄道資料の展示コーナーがありました。
いさりび鉄道15
改札の様子と、改札内のホームへの連絡通路です。
いさりび鉄道16
ホームへと降りる跨線橋の階段。
いさりび鉄道17
こちらがいさりび鉄道の木古内駅のホームの様子です。
島式1面2線の駅となっています。



いさりび鉄道19
木古内駅から北へと4km弱離れた、
こちらは国道228号線(松前国道)の光景です。
ご覧の信号に駅への案内表示が設けられています。
いさりび鉄道21
案内に従って道を進むと線路が見えてきます。
いさりび鉄道21
こちらが札苅駅の駅舎の外観です。
1930年(昭和5年)に国鉄上磯線の駅として開業しました。
いさりび鉄道22
駅舎の中の様子です。
無人駅ですが簡易委託の為の券売窓口は残っています。
いさりび鉄道23
駅の時刻表です。
いさりび鉄道29
ホーム側から見た駅舎の改札付近。
いさりび鉄道24
こちらは駅舎のある第1乗降場です。
木古内方面行き列車のホームとなります。
駅は千鳥式2面2線ホームとなっており構内踏切で連絡をしています。
いさりび鉄道25
こちらがその構内踏切です。
1988年(昭和63年)の海峡線開業までは単式1面の駅だったのですが、
海峡線の開通に伴って当時の江差線の木古内駅以北が電化されました。

これによって青函トンネルから貨物列車が直接乗り入れをする事となって
列車が退避をする必要ができた為、駅の長さの延長が必要となります。
その為新たなホームを新設することで駅の有効長が伸ばされたのです。
いさりび鉄道27
そのホーム新設によって作られたのが
二つのホームを連絡するこちらの構内踏切となります。
いさりび鉄道26
函館方面行きの第2乗降場です。



いさりび鉄道28
噴火湾の海岸線に沿って国道228号線(松前国道)と線路が並走しており、
西に3.4kmほど進むと次の駅があります。
ご覧のように国道には駅への案内板が。
いさりび鉄道30
案内板の指す道を進むと駅が見えてきます。
いさりび鉄道31
こちらが泉沢駅の駅舎です。
隣の札苅駅と同じく1930年(昭和5年)に国鉄上磯線の駅として設置されました。
駅舎も札苅駅とほぼ同じ形のものとなっています。
いさりび鉄道32
駅舎内の様子です。
折りたたみのテーブルと椅子が置かれていました。
いさりび鉄道33
ホーム側から見た駅舎の改札付近。
いさりび鉄道34
こちらは駅舎のある上り木古内方面行きの1番線ホームです。
いさりび鉄道35
ホームを連絡する跨線橋です。
この駅も海峡線開通による貨物乗り入れによって駅の有効長を伸ばした結果、
増設されたホームを連絡する為に1988年(昭和63年)にこの跨線橋が作られました。
いさりび鉄道36
こちらがその増設された島式ホームです。
現在は2、3番線として2番線が下り函館方面行き、
3番線が予備ホーム及び通過線となっています。



いさりび鉄道37
泉沢駅から引き続き国道228号線と海岸に沿って線路を北進し、
3kmほど進むと釜谷簡易郵便局の先に次の駅への入口があります。
いさりび鉄道38
駅があることを示す案内板。
いさりび鉄道39
案内板に従って道を入るとすぐに駅が見えてきます。
いさりび鉄道40
こちらが釜谷駅の駅舎となります。
他の駅同様に1930年(昭和5年)に国鉄上磯線の駅として設置されました。
1986年(昭和61年)に駅舎が撤去され、
現在は代わりにワム80000形貨車をベースとした貨車駅舎が置かれています。
いさりび鉄道46
駅舎側から見た駅前広場の様子です。
いさりび鉄道41
駅の入口はそのまま構内踏切とつながっており、
ホームへの階段を昇るとすぐに駅舎の入口があります。
いさりび鉄道42
駅舎の中の様子です。
ベンチに座布団が置かれるなどまるで誰かが住んでいる部屋のようです。
いさりび鉄道43
こちらが駅舎のある1番線ホームです。
上り線木古内方面行きとなります。
いさりび鉄道44
ホームを連絡する構内踏切です。
いさりび鉄道45
下り線函館方面行きの2番線です。
こちらのホームも1988年(昭和63年)の海峡線開通による貨物乗り入れで
増設をされたホームとなります。
他の駅が千鳥式なのに対して、この駅は交換設備の改修こそ行われたものの
ホームは向かい合った相対式で作られています。



いさりび鉄道47
引き続き国道228号線(松前国道)と海岸線に沿って
5kmほど北上すると、当別漁港の手前付近に渡島当別郵便局が見えてきます。
いさりび鉄道48
こちらの郵便局の建物こそが、合築となっている
渡島当別駅の駅舎となります。
いさりび鉄道501
駅前広場に置かれた石碑の駅名標です。
副称に「トラピスト修道院入口」とあることから分かる通り、
この駅舎はトラピスト修道院の最寄り駅であることから修道院を模して作られました
いさりび鉄道49
駅前広場の様子です。
確かに駅前広場の形をしているのですが、
ここに駅があると知らないと単なる郵便局の駐車場と間違えそうです。
いさりび鉄道55
広場にある渡島当別地区の観光案内板。
いさりび鉄道50
こちらは同じく駅前広場にある岡本商店です。
JR時代にはこちらの商店で切符を委託販売していました。
いさりび鉄道52
駅舎の中に入ると郵便局に入口の前を
ご覧の通路がホームへ向かって伸びており、
奥には待合スペースが設けられていました。
いさりび鉄道53
通路から見上げるとご覧の通り。
ステンドグラスの天窓まで作られています。
いさりび鉄道54
振り返って入口の上を見上げてみると、
付室の上のスペースに陶器製の聖像が置かれていました。
いさりび鉄道56
改札を出るとホームへはご覧の階段を上がります。
いさりび鉄道63
ホーム側から見た改札付近。
いさりび鉄道57
駅舎側の1番線ホームです。
木古内方面行きの上り線となっています。
いさりび鉄道58
ホームを連絡する跨線橋。
他の駅同様に1988年(昭和63年)の海峡線開通による貨物列車乗り入れで
もう一つのホームが増設された際にこの跨線橋も作られました。
いさりび鉄道59
こちらが増設された2番線ホームです。
相対式ホームの形で増設されています。
下り線の函館方面行きのホームとなります。
いさりび鉄道60
2番線の裏側には保線車両が留置されている引き上げ線が。
いさりび鉄道61
駅のすぐ北側にはご覧の当別トンネルがあり、
北側の駅の交換設備はトンネル内にあります。
いさりび鉄道62
そして上下線ホームの両方にあるのが
こちらのトラピスト修道院の写真入りの名所案内です。



いさりび鉄道64
こちらは茂辺地駅の西側の駅前付近の光景です。

ずっと国道228号線と並走してきた鉄道ですが、
茂辺地木古内道路(国道228号)と松前国道(国道228号)という
二つの国道228号線が茂辺地付近で並走状態となると
その中間点付近を走ります。
いさりび鉄道65
駅舎の外観です。
この駅も1930年(昭和5年)に国鉄上磯線の駅として設置されました。
1988年(昭和63年)の海峡線開通による駅設備改修のあと
駅舎も改築されて現在のものとなっています。
いさりび鉄道66
駅の南側にある跨線橋です。
ホーム同士を連絡する目的の他に、
駅構外である西側と東側からも直接上ることができ、
ホーム連絡通路と駅の自由通路を兼ねています。
いさりび鉄道74
西側駅構外からの跨線橋の階段です。
いさりび鉄道67
駅舎の中の様子です。
この駅も無人駅となっています。
いさりび鉄道68
ホーム側から見た駅舎の改札付近。
いさりび鉄道69
駅舎側の1番線ホームです。
このホームは単式ホームとなっており、
上り線の木古内方面行き乗り場となります。
いさりび鉄道70
跨線橋の中の様子です。
いさりび鉄道71
この駅のもう一つのホームである島式の2、3番線ホームです。
函館方面行きの下り線ホームとなっています。
いさりび鉄道73
跨線橋から見た駅構内の様子。
いさりび鉄道75
こちらは跨線橋の東側の出口付近の様子です。
いさりび鉄道76
跨線橋の階段のたもと付近はご覧の様に
草木に囲まれた空き地になっています。
いさりび鉄道77
空き地の先は集落の生活道路へとつながっており
いわば抜け道のような出口となっています。



いさりび鉄道78
こちらは上磯駅の駅前付近です。
いさりび鉄道79
東側の駅前からは海へと向かって道道530号上磯停車場線が通っており、
160mほどで国道228号(松前国道)へと連絡しています。
いさりび鉄道92
ロータリー前から南側にはご覧のように商店街があり、
商工会の建物が駅ロータリーの南端に接して建っています。
いさりび鉄道80
駅舎の外観です。
ご覧の通り橋上駅舎となっており跨線上に駅が設けられています。

1913年(大正2年)の国鉄上磯軽便線の開業で設けられた駅で、
海峡線開通の1988年(昭和63年)の駅設備改修に伴って
駅舎も改築されて現在の橋上駅となっています。
いさりび鉄道81
階段のたもとにはご覧の待合スペースが。
いさりび鉄道82
跨線橋上の通路の様子です。
橋上に待合室の入口があります。
いさりび鉄道89
反対側の西側から見た駅舎です。
いさりび鉄道90
西側の駅前はご覧の通り住宅地となっています。
いさりび鉄道91
階段前にある案内板を見ると、
西口の住宅地の向こう側には北斗市の運動公園が広がっている様子です。
いさりび鉄道84
再び跨線橋に戻り通こちらが待合室への入口。
いさりび鉄道83
中に入って待合室の様子です。
無人駅ですので待合スペースと券売機があります。
いさりび鉄道85
改札内の跨線橋のホーム連絡通路です。
いさりび鉄道86
こちらが1番線ホーム。
片側が柵で塞がれた単式ホームとなっています。
こちらのホームは当駅止まりで発着する函館方面の列車の専用ホームとなります。
ですので駅名標も隣駅は函館方面のみが記載されており、
木古内方面の南側線路はご覧の通り車止めとなっています。
またこの1番線のみ電化がされていません。
いさりび鉄道87
ホームを連絡する跨線橋の全景。
いさりび鉄道88
島式の2、3番線ホームです。
2番線が上り木古内方面行き、3番線が下り函館方面行きとなっています。


いさりび鉄道94
こちらはau 4G LTEによる木古内駅━上磯駅間の
道南いさりび鉄道線の電波状況を示したマップです。
路線の走る沿岸部はほぼ全てが電波圏内となっています。
ですので基本的にトンネル内など以外ではどこでもアクセスが可能な状況です。



いさりび鉄道95
道南いさりび鉄道はまだ北へと続きますが、
いったんこちらで記事は切りたいと思います。
上磯駅以北についてはその2にて。

では。

留萌本線a62
さて、北海道の留萌本線の続きです。


その1(深川駅━留萌駅間)はこちら



留萌本線a63
留萌駅から先の留萌本線については
2016年(平成28年)12月を以て廃止されています。
ですので列車は走っていません。

この記事で紹介している留萌駅━増毛駅間については
廃線1ヶ月半前の2016年(平成28年)10月に写真を撮ったものです。
現在は駅や線路の撤去作業も進められており
ホームや駅舎などはなくなっている駅が多い点、
列車という交通手段では攻略できない点をご注意下さい。


留萌本線25
留萌駅からは2kmほど離れたこちらの
国道231号(日本海オロロンライン)から、
横道を下って日本海へと向かって行く道が駅への道となります。
留萌本線26
カーブの先に踏み切りが。
留萌本線27
この踏切の横にあるのがご覧の瀬越駅のホームです。
留萌本線28
ホームは1面1線の棒線無人駅です。
元々この駅は1926年(大正15年)に鉄道省留萠線の仮乗降場として
海水浴客への利便を目的にした季節営業で設置された臨時駅でした。
その後住民の利用が増えたことから正式な駅へと昇格をしています。
留萌本線29
ご覧の通りホームからは日本海が目前です。
…ちょっとこの日は列車が運休した強風で波が逆巻いてますが。
留萌本線a64
駅舎は無く、ホーム上にはご覧のコンクリート製の待合室が作られています。
元々は貨車駅舎が置かれていたそうですが、
海に近い為、塩で劣化が激しくコンクリートの待合室に作りかえらえたそうです。
留萌本線30
待合室の中には小さな椅子がポツリ。



留萌本線31
瀬越駅から国道231号線(オロロンライン)に沿って4kmほど南下すると
礼受駅前バス停(鉄道廃止後は礼受第1バス停)から北に150mほどの場所に
ご覧の駅への横道となる砂利の坂道があります。
留萌本線32
坂を上がると広場があり、ご覧の礼受駅の貨車駅舎があります。
留萌本線33
こちらがホーム。1面1線の棒線無人駅です。
1921年(大正10年)の留萌本線全通時に駅が設置されました。
駅名の由来は地名からで、アイヌ語で「レウケ・プ」(曲がっている所)が由来だそうです。
留萌本線34
ホームから日本海は見ての通り目前です。



留萌本線42
こちらは国道231号線(オロロンライン)沿いにある阿分漁港。
雷雨と強風でレンズが曇ってしまいましたが
礼受駅からは1.3kmほどの距離の場所です。
留萌本線35
漁港のすぐ北のあたりで再びオロロンラインから横道に。
留萌本線36
道を進むと右手に学校が見えてきます。
これは増毛町立阿分小学校ですが、2015年(平成27年)3月で廃校となっています。
留萌本線37
道を進み廃校の裏手に回りこんで進みます。
留萌本線38
するとその名も「学校踏切」の横に阿分駅がありました。
1963年(昭和38年)に国鉄留萠本線の駅として新設された駅だそうです。
駅名はアイヌ語の「アフン」(入り込んでいる)に由来するとの事です。
留萌本線39
こちらが駅のホーム。1両編成の列車長よりもホームが短く、
上りの留萌方面の列車が停車すると踏切いっぱいにはみ出てしまって
道を塞いでしまう状況となります。
また踏切の遮断機の内側にホームがあるので
列車停車中は駅から出られません。
留萌本線40
見ての通り小学校の真裏にホームと待合室があります。
留萌本線41
待合室の中を見ると、地元の自治会が
駅舎の内外の環境を保っている事が分かります。



阿分駅を過ぎると列車は短かいトンネルを抜けて
300mほど内陸部を走ります。
留萌本線43
北海道道94号線がオロロンラインから分岐してすぐのあたりで
ご覧の留萌本線と交わる踏切があります。
留萌本線44
その踏切の脇に信砂駅があります。
この駅も隣の阿分駅と同じく1963年(昭和38年)に新設された駅のようです。
駅名の由来となる地名は、
アイヌ語の「ヌプサペッ」(野を流れる川)、「ヌプ・サ」(原野・浜)など
諸説がある様子です。
留萌本線45
こちらがホームの様子。
1面1線の無人駅であり、待合室は工事用のプレハブが用いられています。



留萌本線46
次の駅は信砂駅からは0.8kmという近距離にあります。
オロロンラインの舎熊郵便局付近で
横道に入ると奥の行き止まりに貨車駅舎が見えるのが駅となります。
留萌本線47
舎熊駅
1921年(大正10年)の留萌本線全通時に設置された駅です。
アイヌ語で「イ・サッケ・クマ」(魚を干す竿)の転訛した「サックマ」が駅名の由来だそうです。
留萌本線48
ホームの様子。
1面1線の棒線無人駅で貨車駅舎となっています。
留萌本線49
ホームからは日本海が間近です。



留萌本線50
舎熊駅から1km半ほど南下した
オロロンラインから朱文別沢へと通じる横道の分岐点です。
留萌本線51
その道を進むとまもなく留萌本線の踏切に当たります。
留萌本線52
この踏切の脇に、次の朱文別駅があります。
1963年(昭和38年)に国鉄留萠本線に新設追加された駅です。
駅名は地名からで、アイヌ語の「シュフンペッ」(ウグイ・川)に由来するそうです。
留萌本線53
こちらがホームの様子。
単式1面1線の無人駅です。
留萌本線54
ホーム横の待合室の様子。
留萌本線55
待合室の中はご覧の通りです。



留萌本線56
朱文別駅からは1.3kmほど西の位置付近で
オロロンラインと箸別川が交わる橋があります。
橋から南に、海岸から少し内陸に入ったところに駅前の広場があり
ご覧の築堤を登る階段が設けられています。
留萌本線57
こちらが箸別駅です。
1963年(昭和38年)に新設追加された駅のひとつです。
単式1面1線の棒線無人駅となっています。
駅名の由来の地名は、アイヌ語の「ハシ・ペッ」(柴木の川)がなまったものだそうです。
留萌本線58
ホームから見返してみると日本海は至近に見え、
駅前の広場の右すぐには箸別川が流れていて
広場前の道にも川に橋が架かっているのが分かります。
留萌本線60
ホームから川の方を見ると
駅のすぐそばにも架橋されていました。
留萌本線59
駅の待合室をなめこんだ駅の全景。
留萌本線61
改めてホームから駅前の風景を。
砂利の駅前広場の向こうには、駅へと通じる内陸部に入る市道、
建物の奥には日本海が見え、海岸線には国道が走っています。

ちなみに廃線後のこの駅前の広場は
現在は養殖業者の私有地となっており立ち入り禁止とされています。
ですので駅跡へはは入れない状態となっています。




留萌本線62
そしてこちらが留萌本線の終着駅である増毛駅です。
1921年(大正10年)に留萌本線が全通して以来の終着駅です。
駅名の由来である地名はアイヌ語の「マシ・ケ(カモメ・処)」からだそうです。
ホームは1面1線のみで、列車はスタフ(通行証)を持ってそのまま折り返して行きます。 留萌本線63
ホームから駅舎の方へ向かうと。
留萌本線64
こちらが駅舎となります。
「留萌本線 終着駅」の看板が掲示されています。
留萌本線65
駅舎の目の前のある留萌本線の終端の車止め。
留萌本線66
反対側からみた駅舎とホームの全景です。
留萌本線69
かつては貨物の側線が分岐して転車台もあったという駅構内は
現在ではホームの1線のみが棒線状に残されて
広大な空き地となっています。
留萌本線67
駅の外側から見た駅舎。
留萌本線68
待合室への駅舎の入口。
木製の駅名標が掲げられています。
留萌本線70
こちらが駅の目の前にある風待食堂。
食堂とありますが食堂ではなく観光案内所です。

高倉健主演の映画「駅 STATION」(降旗康男監督・1981年東宝)で
駅前の商店が食堂に改装されて撮影されたもので、
観光名所として映画の撮影セットがそのまま残されて
観光案内所としてグッズや増毛駅入場券の販売などがされているそうです。
開くのがご覧の通り9時半からなので、
7時代の始発で到着すると開いていませんのであしからず。



以上で留萌本線の全駅となります。
留萌本線71
こちらはau 4G LTEでの留萌本線沿線の電波エリアマップです。
留萌駅━増毛駅間の廃線区間についても
電波状況は全線にわたって良好ですので
実際に現地で駅へのアクセスに困る事は無いと思われます。



さて、ご承知の通り、
留萌本線の留萌駅━増毛駅間については
2016年(平成28年)12月4日を以て廃止
となっています。
現在も駅メモの留萌本線には駅が登録されていますが
全て廃駅扱いとなっており、実際の列車も当然ながら走っていません。
ですので列車に乗っての取得はできないという事となります。

鉄道が廃止された現在、実際にこの区間を現地に行って取るには
まずはバス利用が一番現実的な方法となるでしょう。
留萌駅━増毛駅間はほぼ国道231号線、通称オロロンラインが並行して走っており、
沿岸バスの留萌別苅線という路線がオロロンライン上を運行しています。
留萌駅と増毛駅にはそれぞれ駅前の停留場がありますし、
途中の全ての駅にも至近にバス停があります。
朝7時台から夕方18時台までおよそ2時間に1本ペースでバスが運行していますので
留萌駅━増毛駅間の攻略方法としては現実的でしょう。
留萌本線73
こちら沿岸バス・留萌別苅線の増毛駅停留場。
留萌本線74
信砂駅近くの彦部第二停留場。
留萌本線75
礼受駅前停留場(現・礼受第1停留場)。


上の写真を撮った日には夜明け前から雷鳴が轟き、
オロロンラインを歩くと強風で体が持っていかれそうでした。
実際朝の列車を最後に留萌本線は強風で運休していましたし。
留萌本線76
私は増毛駅から4時間かけて留萌駅まで歩いたので
駅到着後に運休を知りましたが、沿岸バスは普通に定期運行していて
何度も追い抜かれたりすれ違いました。
このバス路線は列車廃止後は貴重な住民の足ですので
おいそれとは無くならないかと思います。
廃止後の実質的な代行バスですので、
公共交通機関で攻略する方はこのバスが最初の選択枝となると思います。


そしてその1でも述べましたが、JR北海道は深川駅━留萌駅間の留萌本線も廃止する意向であり、
実際に沿線自治体に廃止したい旨を表明伝達するなど
廃線へ向けての調整が具体化しています。

2020年(平成32年)を目処に廃止したい意向の様子ですが、
これまでの北海道で廃止された路線の動向を見る限り
高い確率で廃止は現実のものになりそうです。


留萌本線72
こちらは留萌駅からレーダーを飛ばした場合の
ボロノイ図上での射程距離図です。
見れば分かりますが留萌駅から射程12で増毛駅までレーダーが届きます
お手軽に済ませたいのであれば、まだ列車が運行している留萌駅まで行き
レーダーを飛ばせば留萌本線は廃止区間も含めて攻略ができる
でしょう。
しかしこの手法が使えるのはおそらく2020年までだと思われます。

留萌本線が全廃となった場合、
おそらく代替バスも留萌を境に分割されそうな気がしますし、
実際に現地まで行くにはなかなかの労力と時間が掛かりそうです。
高速バスで取りに行く方法なども考えられますが、
既存路線からレーダーでは取れなくなりますので
レンタカーなどの選択肢が現実的なものとなりそうです。



私は列車が走っているうちに乗っておきたい、と
区間廃止前に行ってきましたが、「廃止直前」のローカル線を見たのは初めてで
ずぶ濡れになりながらも正直いろいろと楽しい体験でした。
以上の情報が参考になれば幸いです。


では。

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