広島県

スカイレール00
さて、お次はスカイレールサービスについてです。

スカイレールサービスは広島県広島市安芸区のJR瀬野駅の北を走る、
みどり口駅━みどり中央駅間の全長1.3kmの懸垂式モノレールの路線で
路線名としては広島短距離交通瀬野線となります。

スカイレール01
こちらはJR山陽本線の瀬野駅の北口の光景です。
スカイレール09
かつては瀬野機関区があってここで補助機関車が増結され
急勾配の線路を登っていたそうですが、
現在はその面影ほほとんど残っていない橋上駅舎となっています。

スカイレール02
そのJR瀬野駅に隣接しているこちらが
今回ご紹介のスカイレールサービスのみどり口駅となります。
路線の開業は1998年(平成10年)で、駅も同時に開業をしています。
スカイレール03
そもそもこのJR瀬野駅の北側はご覧の通り斜面となっており、
その斜面へと向かってJR山陰本線に垂直にスカイレールの軌道が延びています。
スカイレール04
この斜面一帯をデベロッパーとしてニュータウン開発を行ったのが積水ハウスであり、
斜面を切り開いて南向きのひな壇状に住宅団地を造成。
「スカイレールタウンみどり坂」として分譲をした街となります。
スカイレール05
そのニュータウンを手がけた積水ハウスが住民の足として建設をしたのが
こちらのスカイレールであり、全長1.3kmの路線に総工費62億円を掛けて建設がされました。

ご覧の通り懸垂式モノレールとロープウェイを組み合わせたような
「ロープ駆動式短距離交通システム」という乗り物であり、
軌道の多くはニュータウン内の道路の上を走っています。
その為、軌道法が適用される鉄道となっており、
積水ハウスが中心に出資をしたスカイレールサービス株式会社が運営を行っています。

東の関東には山万がニュータウン開発をしたユーカリが丘があり、
デベロッパーの作った山万ユーカリが丘線が走っています。
スカイレール06
(上写真・山万ユーカリが丘線)
住民の足としてデベロッパーが新交通システムを作ったという点で
このスカイレールはユーカリが丘線と同様のコンセプトの乗り物だと言えます。
スカイレール07
こちらがみどり口駅の改札付近の様子です。
JRの駅とはペデストリアンデッキで連絡しており、
橋上駅舎であるJRの駅とは昇り降り無く行き来ができます。
スカイレール08
階段を上がるとホーム階で、
ご覧の通りこじんまりとした乗降ホームがあります。
スカイレール10
ホーム側から見た車両の乗降口です。
スカイレール11
車内側から見た乗降口。
ホームドアと車両の扉で二重になっているのが分かります。
スカイレール12
窓から外を見ると反対側にもホームがあるのが見えます。
あちらは降車用ホームで、乗車用ホームと相対式に作られていました。
スカイレール130
そして車内から軌道の終端をのぞくと
まるでスキー場のゴンドラの終点の様になっています。
スカイレール14
折り返しを回ってくるスカイレールの車両。
スカイレール15
進行方向はご覧の通りでした。


スカイレール16
みどり口駅を出たスカイレールは斜面の上へと上がって行き、
住宅地の家の間を抜けて進みます。
スカイレール20
外からこの区間を見るとご覧の通りです。
なんでも最大で270‰(パーミル)の坂を上るそうで、見た目も含めて完全にリフト状態です。
アプト式で有名だった碓井峠が最大66.7‰(パーミル)ですから
このスカイレールの坂がどれだけの物かお分かりいただけるかと思います。
なんでもケーブルカー以外の交通機関では日本一の勾配だとか。
スカイレール17
軌道は左に大きくカーブを描いて進み、
その先に次の駅が見えてきます。



スカイレール18
こちらがみどり中街駅です。
三駅しか無いスカイレール唯一の中間駅です。
駅の北側を走る、ニュータウン内を縦貫する道路に沿って駅が設けられています。
スカイレール19
駅舎の全景です。
斜面に設けられた駅は道路側が高くなっています。
スカイレール23
こちらは上り方面行きホーム。
相対式ホームとなっている駅の上り側は
ホーム上に改札があり、改札を出るとすぐに北出口となっています。
エレベーター脇には連絡通路に降りる階段が。
スカイレール24
車内から見たホームです。
スカイレール21
連絡通路の様子です。
ホーム階へと上る階段と南側の住宅地へと降りる階段があります。
スカイレール22
住宅地側の南出口。
スカイレール25
出口前はご覧の様にすぐに住宅が広がっています。


スカイレール26
駅を出ると軌道は斜面の上を進み、
右にカーブをして道路を越えます。
カーブが終わると終点が見えてきます。
スカイレール27
駅の建物と敷地が見えます。



スカイレール28
スカイレールの終着駅であるみどり中央駅です。
スカイレール29
駅前を横切る道路は住宅地の外周を走る道路で、
ご覧の様に坂になっています。
スカイレール30
そして駅正面の道は歩道が階段になっており
住宅の中を貫いています。
スカイレール31
駅舎の中の様子です。
スカイレール32
切符は鉄道でよく見る磁気式のものでは無く、
ご覧の二次元バーコードを読み取る方式のものでした。
母体が積水ハウスだからなのかもしれませんが、
鉄道の改札というよりは駐輪場の入口といった趣きです。
スカイレール33
改札内の階段を上がるとホーム階となります。
スカイレール34
ホームはご覧の通りで、
この駅も相対式ホームで降車用ホームと乗車用ホームが分かれています。



全長で1.3kmの路線なので、乗る前には正直、
歩けばあっという間に全線制覇できてしまうだろうと思っていました。
起点のみどり口駅から次のみどり中街駅までは700m、
そしてその次の終点までは600mでしたので。
スカイレール35
しかし最初の600mの光景がこちらとなります。
実際に現地を見て「この斜面を毎日歩いて昇り降りするのは無理だな」と思いました。
ナビでみどり口駅からみどり中街駅までのの徒歩ルートを調べたら20分くらいで出ましたし。

ですので実際にこの路線を現地に行って制覇したいのであれば
素直にスカイレールに乗るのが一番早くて楽だと分かりました。


瀬野駅は山陽本線の駅であり、広島駅からは6駅の位置にあります。
また広島空港の最寄り駅である白市駅からも5駅であり、
山陽本線や山陽自動車道からは容易にスカイレール全線をレーダー取得することが可能です。
少し離れた芸備線からですら、狩留家駅付近からだと
レーダー射程がMAXであれば射程圏内です。
スカイレール36
ですからわざわざ駅メモの為に瀬野で降りて
スカイレールに実乗する人は基本的に稀だと思います。

ただ、こんな路線は日本でここだけですので
一度は乗ってみるのも一興だと思いますよ。


では。

木次線00
さて次は木次線です。

1916年(大正5年)に木次駅と宍道駅を結ぶ簸上鉄道によって開業し、
当時の鉄道省のよって木次駅以南が延伸されて
1937年(昭和12年)に宍道駅━備後落合駅までが全通したことで
現在の木次線の原型となりました。

山陰と山陽を繋ぐ中国地方きっての山岳路線であり
豪雪などによって長期の運休が毎年のように発生するローカル線です。
全長は81.9kmで、全線所要時間はおよそ3時間前後となります。

運行本数も木次駅以南の閑散区間では1日3往復という状態で
JR西日本管内では三江線、大糸線についで利用者数はワースト3に入ります。
そしてこの状況から「いつ廃止になってもおかしくない路線」と言われています

一方「奥出雲おろち号」という山陰きっての人気観光列車が
この木次線にはもう18年も走っており、
観光路線としての活路を見出してもいます。



木次線01
宍道駅
1909年(明治42年)に国鉄山陰本線の開通と同時に開業した駅です。

1916年(大正5年)に宍道駅を起点とする簸上鉄道線が
木次駅まで開業して接続駅となりましたが、
その後1934年(昭和9年)に簸上鉄道線が国有化されて木次線となりました。

駅は単式1面1線、島式1面2線の計2面3線のホームを持っていて、
駅員常駐の直営駅となっています。
木次線02
こちらは駅舎の中の様子です。
木次線03
待合室の壁には木次線の観光案内が。
木次線04
宍道駅の1番線ホームです。
このホームは山陰本線がメインで使用するホームとなっています。
木次線05
駅舎の東のホームの壁には「しんじ」「SHINJI」の文字が。
木次線06
西側には「宍道駅開通八十周年記念」の石碑があります。
木次線07
改札横には宍道町特産の来持石のベンチが。
木次線08
ホームは跨線橋で連絡しています。
木次線09
こちらは島式の2、3番線ホームです。
木次線10
2番線は主に山陰本線の列車交換時に下り列車が使用するホームです。
ですので駅名標も山陰本線のラインカラーの朱色となっています。
木次線11
そしてその2番線の駅名標の裏側を見ると、
3番線の駅名標となっていますが
こちらは基本的に木次線の列車が使用するホームなので、
駅名標にも木次線のラインカラーの山吹色が使われています。
木次線12
3番線から西側を見ると線路が分岐しています。
右の線路は山陰本線で、左の一本が木次線の線路となります。
木次線13
3番線の中ほどにはご覧のゼロキロポストがあります。
木次線の起点駅はこの宍道駅となりますので
こちらが木次線のゼロキロポストとなります。
木次線14
3番線の反対側には現在は使用されていない島式ホームがあります。
こちらはかつての4、5番線ホームであり、
木次線が使用していたホームです。
木次線15
既に4、5番線の線路は撤去されており、
5番線の跡地は駅の月極め駐車場となっていて
かつての跨線橋がそのまま使用されています。
木次線16
ホームに停車する木次線の気動車。



木次線17
南宍道駅
1962年(昭和37年)に開業した駅で、
単式1面1線の棒線無人駅です。

この駅はホームが短い為朝の列車は通過してしまいます。
その為ただでさえ本数の少ない木次線でさらに列車の本数の少ない駅となっています。

…光の乱反射で写真が汚く申し訳ないのですが。
後日撮り直しに行こうと思います。



木次線18
加茂中駅
1916年(大正5年)開業の駅で
島式ホーム1面2線を持つ列車交換可能駅です。
業務委託駅として駅務を行う駅務員が居ます。
木次線19
ホームにある案内板です。
この地がかつて京都上加茂神社の荘園であったことが記されています。



木次線20
幡屋駅
1918年(大正7年)に停留場として新設され、
その後1921年(大正10年)に駅に格上げとなった駅です。
かつては木造の駅舎があったそうですが解体ており、
現在は跡地に待合室が設置されているのみの駅となっています。
ご覧の通り単式1面1線の棒線無人駅です。
木次線21
ホームにある「大原郡家」の案内版。



木次線22
出雲大東駅
1916年(大正5年)開業の駅で、
単式ホーム1面1線の棒線駅です。
簡易委託駅として駅務員が詰めています。
現在の駅舎は木造駅舎を2007年(平成19年)9月に改築したものだそうです。
木次線23
ホームには「神阿多津姫命」の案内板があります。



木次線24
南大東駅
1963年(昭和38年)開業の駅で、単式ホーム1面1線の無人駅です。
ホームのみで駅舎は無くご覧の待合室があるのみです。
待合室の右に見える坂が駅への入口となっています。
木次線25
ホームにある「佐世の髪飾り」の案内板。



木次線26
木次駅
1916年(大正5年)に簸上鉄道(宍道━木次)の終着駅として開業した駅で、
この駅より南に国鉄木次線が1932年(昭和7年)に開業したことで接続駅となりました。
そしてすぐに1934年(昭和9年)には簸上鉄道が国有化されて
宍道駅━出雲三成駅間が全て国鉄木次線となり、
1937年(昭和12年)には備後落合駅までの延伸が完成し
現在の木次線が全通しています。
上は上り宍道方面の1番線。
木次線40
こちらはホームにある「八岐大蛇」の案内板です。
駅は相対式ホーム2面2線を持っており、
木次線では唯一の社員配置の直営駅となっています。
木次線29
1番ホームの駅舎へと入る改札口です。
木次線27
ホームは南端の構内踏切で連絡をしています。
木次線37
構内踏切への途中にある「大蛇の鐘」。
木次線28
こちらが下り備後落合方面の2番線ホーム。
片側をフェンスで区切られて単式ホームとして使用されています。
木次線30
木次線を運行する木次鉄道部が置かれているこの駅には
駅構内に車両基地もあり、
2番線のフェンスの向こう側には何本もの引き上げ線があります。
木次線31
駅構内の待合室の様子。
木次線32
駅舎側からみた改札口です。
木次線33
窓口の横には雲南市観光協会が置かれていました。
木次線34
こちらが駅舎の外観です。
木次線35
駅前のロータリーの一角には
木次線開業80周年記念の記念碑がありました。
木次線36
閑散ローカル線の駅前にしては
駅前は想像を超えて整備されていました。



木次線38
日登駅
1932年(昭和7年)に国鉄木次線が木次駅━出雲三成駅間で
開業した際に設置をされた駅です。
単式ホーム1面1線の棒線駅で、駅務員の居る簡易委託駅となっています。
木次線41
ホーム側の改札付近です。
木次線39
こちらはホームにある「素戔鳴命」の案内板。
木次線42
県道45号線から駅へと至る横道。
衣料品店の前を抜けると駅があります。
木次線43
駅舎の外観です。
木次線44
駅舎の中の様子。



木次線45
下久野駅
1932年(昭和7年)の国鉄木次線開業時に設置された駅です。
木次線46
写真撮影時があいにくの夜間と降雪ですが、
ご覧の通り単式1面1線の棒線駅となっています。
かつては島式1面2線だったそうですが
駅舎に近い方の線路が撤去されているそうです。
木次線47
ホームにある「動動」の案内板。
木次線48
駅舎の外観です。
木次線49
駅舎の中の様子はご覧の通りです。



木次線50
出雲八代駅
こちらの駅も1932年(昭和7年)の国鉄木次線開業時に開設されました。
単式ホーム1面1線の駅です。
かつては相対式2面だったそうで、
使用されていないホームが反対側に残っています。
木次線51
こちらは駅舎のホーム側。
木次線52
ホームにある「手摩乳」の案内板です。
木次線53
駅舎の外観。
木次線54
駅舎の中の様子です。



木次線55
出雲三成駅
1932年(昭和7年)に国鉄木次線が開業した際の当初の終着駅として開業した駅です。
相対式ホーム2面2線を持ち列車交換の可能な駅です。
上は上り宍道方面行きホーム。
木次線59
こちらは下り備後落合方面行きホーム。
木次線60
この駅の神話の「大国主命」の案内板は
こちらの下りホームに設置されています。
木次線61
このホームには「素戔鳴命と奇稲田姫の出会い」の説明の案内板もあります。
木次線56
こちらは駅舎の外観。
国道314号線と国道432号線との交点付近にある駅で、
駅舎は国道314号線沿いにあります。
地元の名産品や農産加工品を販売する
奥出雲町の産直市「仁多特産市」が併設されており、
ドライブインとしての役割も持っています。
木次線57
こちらが駅舎のホームへの入口。
入口の左にはかつてコンビニが入居していましたが
現在は閉店
していますのでご注意下さい。
コンビニの必要な方は国道314号線を宍道方面へ200mほど行くと
ファミリーマートがあります。
木次線58
駅前を走る国道314号線。



木次線62
亀嵩駅
1934年(昭和9年)に木次線の延伸により開業した駅です。
現在は単式1面1線のみの棒線駅となっています。
かつては相対式2面の駅だったそうですが
駅舎と反対側の線路は現在は撤去されています。
木次線63
ホーム側から見た改札付近。
木次線64
駅舎の外観です。
木次線65
駅は国道432号線沿いにあり、
駅前の広場はご覧の通りです。
木次線66
駅舎の中の様子。
木次線67
この駅の駅舎内で特筆すべきなのは、
駅にそば屋が入居していて券売窓口の前に店の入口がある事です。
この亀嵩駅は業務委託駅ですが委託先はこのそば屋であり
切符の販売もそば屋の主人が行っています。
木次線68
ホームの「少彦名命」の案内板。



木次線69
出雲横田駅
こちらも1934年(昭和9年)の木次線延伸の際に設置された駅です。
相対式ホーム2面2線を持つ列車交換可能駅です。
上は下り2番線の備後落合方面行きホーム。
木次線70
2番線の駅舎改札付近の様子です。
木次線71
ホームは駅舎より高い位置にあり、
ご覧の通り改札を出た目の前の階段を上がってホームへと昇ります。
木次線75
ホームにある「奇稲田姫」の案内板。
木次線76
神話の内容を記した「素戔鳴命と奇稲田姫の結婚」の案内板も置かれています。
木次線72
こちらは1番線ホーム。
宍道方面行き上り列車の使用するホームです。
木次線73
こちらが駅舎の外観。
昭和9年の開業当初から使われている神社を模したものです。
木次線77
駅舎側からみた駅前広場の光景。
木次線74
駅舎の中の様子です。



木次線78
八川駅
1934年(昭和9年)に木次線が延伸した際に終着駅として開業した駅です。
その後1937年(昭和12年)に備後落合駅まで木次線が延伸して途中駅となりました。
駅は単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
かつては相対式2面の駅でしたが、駅舎と反対側の線路は撤去されています。
木次線81
ホーム上にある「足摩乳」の案内板。
木次線79
駅舎のホーム側です。
木次線82
ホームより駅舎は一段低くなっています。
木次線80
こちらが駅舎の外観。
国道314号線が目の前を走っており、国道と駅前広場を
全長30mほどの県道218号八川停車場線が結んでいます。
木次線83
駅舎の中の様子です。



木次線84
出雲坂根駅
1937年(昭和12年)に木次線の延伸に伴って開業した駅です。
相対式ホーム2面2線を持つ交換可能駅です。
上は駅舎のある1番線下りホーム。
木次線85
こちらは上り木次方面行き2番線ホームです。
木次線86
1番線ホームの駅舎改札付近。
木次線87
駅舎の外観です。
開業以来の木造駅舎は2009年(平成21年)に解体されており、
現在の駅舎は2010年(平成22年)に新しく建ったものです。
木次線88
駅前にはご覧の国道314号線が走っています。
木次線89
国道に設置されている駅の標識。
木次線90
こちらの駅には駅舎の横には
「延命水」と呼ばれる湧き水の泉があります。
木次線91
出雲坂根の延命水の源泉がこちらです。
…あいにく豪雪で雪に埋もれていますが。
木次線93
ホーム側から見た源泉の場所です。
木次線92
この延命水は人気があって多くの人が汲みにくるので
国道を挟んだ駅の向かい側にも源泉の水を引いて
水汲み場が作られています。
…あいにく雪で埋もれていますが。


木次線94
さて、出雲坂根駅の南東方向、
木次方面とは反対側を見ると線路が行き止まりとなっています。
…雪で埋もれてよく分からないかもしれませんが。
木次線95
北西の木次方面から来た下り列車の場合、
次の三井野原駅へと向かう為に列車は元来た北西方向へと戻って発車します。
これは出雲坂根駅━三井野原駅間が三段スイッチバックとなっている為であり、
出雲坂根駅はその一段目のスイッチバックでもあるのです。

上の写真は出雲坂根駅のすぐ北の踏切付近。
このあたりで線路がダイヤモンドクロッシングで交差しています。
左が木次駅方面、右の上りの線路は三井野原駅へと向かう線路です。
木次線96
坂を登り下り線を進む列車。
木次線97
坂を登りきるあたりに屋根のある建物が見えてきます。
木次線98
屋根の正体は雪からポイントを保護するための
スノーシェッドでした。
木次線99
スノーシェッドの先は車止めとなっていて
列車も一旦ここで停車をします。
ここが二つ目のスイッチバックです。
木次線a01
停車した列車の運転席の入口を閉める運転士。
この後ロングシートの車両の中央の通路を通って
反対側の運転席へと移動をしていました。
木次線a02
信号が青になると
スノーシェッドを後にしてさらに坂を登って進みます。
木次線a03
スイッチバックを後に進むと右手に国道314号線の
通称「おろちループ」が見えてきます。
木次線a04
おろちループ最大の三井野大橋。
木次線a05
木次線から見たおろちループです。



木次線a06
三井野原駅
1949年(昭和24年)に三井野原仮乗降場として設置され、
その後1958年(昭和33年)に駅に昇格したという駅です。
木次線a07
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
JR西日本で一番標高が高い駅だそうで、
ホームにその旨を記した横断幕もあるそうですが
雪に埋もれて見えません…
木次線a09
駅や線路の周辺には旅館やスキーロッジが何軒も並んでいます。
木次線a08
駅南方すぐの線路脇には、
この駅の開設された理由である三井野原スキー場があります。



木次線a10
油木駅
1937年(昭和12年)に木次線の延伸によって開設された駅です。
元は島式ホームでしたが、かつての下り線を撤去しており
現在は単式1面1線の駅となっています。
駅舎は現在は撤去されていて無く無人駅であり、
ホーム上の待合室があるのみとなっています。



木次線a11
そして終点の備後落合駅です。
1935年(昭和10年)に当時の国鉄庄原線の駅として開業し、
木次線が1937年(昭和12年)にこの駅まで延伸したことで
接続駅となりました。
木次線a12
単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線の計3線を持つ駅で、
木次線は駅舎のある単式ホームの1番線を使用しています。

この駅は芸備線と木次線の接続駅であるほか、
JR西日本の広島支社(芸備線の当駅以西)、岡山支社(芸備線の当駅以東)、
そして米子支社(木次線)と三支社の境界駅となっています。
その為全ての列車がこの駅が終着駅であり、
到着した列車は折り返して戻る運行となっています。



木次線a13
こちらはau 4G LTEでの電波エリアマップです。
スイッチバックが必要なほどの山岳地帯を走る路線ですが、
電波エリアはほぼ全線をカバーしているので
列車内からの電波アクセス状況は比較的良好な路線です。
木次線a14
こちらは路線上で電波エリアが途切れる
下久野駅周辺の状況ですが、
見ての通り駅周辺はどの駅も電波が入っていますので
特に問題はありません。
木次線a15
同じくもう一箇所、電波の途切れる区間である三井野原周辺も
駅の場所付近は電波状態が良好なので駅へのアクセスに問題はありません。

これらの状況から、木次線については
列車からのアクセスでは全駅特に問題が無いと言えます。
普通に乗車すれば全駅普通に取る事が可能でしょう。


81.9kmの路線であるだけに、
北で接続する山陰本線や南で接続する芸備線から
レーダーで全線取得をすることは無理です。
木次線をコンプするには列車にせよ車にせよ
現地に出向いてある程度チェックインをするしかありません。

そして木次線の南方の出雲横田駅━備後落合駅間の列車本数は
9時台、14時台、そして17時前後の一日3往復です。
備後落合駅に関しては時刻表を確認すれば分かりますが
木次線と芸備線の接続のある場合は乗り換え時間が5~10分程度、
接続が無い場合は何時間も山中の無人駅で待つ事になります。

こうした状況を考えると木次線への乗車は
前後の接続を含めると一日仕事
になると思います。


観光地としての見所もいくつもある路線ですので
私は雪の無い季節にまた木次線に乗りに行こうと思っています。
今回の乗車時の情報が攻略の手助けになれば幸いです。

では。
【記事写真撮影:2017年1月】

三江線c55
JR三江線の続きです。

その1(三次駅━口羽駅)はこちら
その2(口羽駅━浜原駅)はこちら
その3(浜原駅━因原駅)はこちら



三江線b74
鹿賀駅
1949年(昭和24年)11月に開業した駅で
単式1面1線の棒線無人駅です。
三江線b75
こちらは江の川沿いの県道295号線の鹿賀駅付近。
向こう側に鹿賀大橋が見える場所です。
三江線b76
こちらが鹿賀駅の外観。
ホームに待合室があるのみとなっています。
三江線b77
県道と駅をつなぐ小路の脇にはご覧の看板が。
三江線b78
ホームから小路を見るとご覧の感じです。
三江線b79
ホームから反対側の江の川方向を見るとご覧の光景が。
三江線b80
待合室はご覧の感じで。
入口の軒に鳥避けのCDがぶら下げられまくっていました。
三江線b81
この駅の神楽愛称は「道返し」でした。

三江線b85
余談ですが、この鹿賀駅の最寄りには一部の好事家には有名な
「コインレストランかわもと」があります。
三江線b84
鹿賀駅からは目の前の鹿賀大橋を渡った江の川の対岸の国道沿いにあります。
距離にしておよそ400mほどですので歩いて6、7分といったところでしょうか。
三江線b86
こちらが店内で、要するに全てが自動販売機のドライブインです。
三江線b87
そしてこの店のメインがこのうどんとラーメンの自動販売機です。
三江線b88
何がメインかというとこの自動販売機、
代金を投入するとご覧の調理されたかしわうどんが全自動で調理されて出てくるんです。
かつて昭和の時代にはあちこちのドライブインで見かけたこの機械、
平成の現代では現役で稼動している機械を見つけるのは至難なのです。
…だからどうした、とか言わない方は是非。
三江線b99
そしてこのあたりはドライブインのある対岸は国道が走って道が広いのですが、
三江線に沿って走る方の道路は県道なのにご覧の通り車一台分しか幅がありません
運転に自信の無い方は覚悟のほどを。




三江線b82
石見川越駅
1931年(昭和6年)5月に開業した駅であり、
現在は単式1面1線の棒線無人駅となっています。
三江線b83
こちらは駅前の県道295号線。
ご覧の通り県道としてはかなり狭くなってきています。
三江線b89
こちらが駅舎の外観。
三江線b90
入口の軒下を見ると、駅名の看板にツバメの巣が。
三江線b91
駅舎の中です。昭和の香りが残っています。
三江線b92
駅舎の表側もまるで映画のセットのような雰囲気です。
三江線b93
駅の隣にある郵便局。
駅周辺には他には、駅正面の平屋の床屋さんしか無いので
この郵便局はひときわ目立ちます。
三江線b94
駅の神楽愛称は「頼政」



三江線b95
田津駅
1949年(昭和24年)11月開業の駅で単式1面1線の棒線無人駅です。
三江線b96
こちらが駅近辺の道路。
このあたりでは県道が三江線から逸れてしまっており、
駅の前を走るのは一般の市道です。
三江線b97
反対方向からみた駅の外観です。
見ての通り市道の脇で小高くなった場所を線路が走っており
駅も石垣の上に設けられています。
三江線b98
駅ホームへと登る階段。
三江線c01
ホーム上には待合室しか無く、中はご覧の通りベンチがあるのみです。
三江線c02
そして駅入口の階段と、隣の民家との間なのですが、
こちらに実は犬が飼われていまして。
この犬が超吠える犬らしく、私が見た時にはご覧の通り板で覆われていました。
駅に人が来るたび吠えるんでしょうね。
こうしてカメラを向けた瞬間「ヴヴゥゥゥゥ」と低いうなり声をあげてましたし。
三江線c04
ちなみにここまでの写真を見ると、この駅がすごい山の中の駅の様に見えますが
前の道の反対側は江の川の河原なのでご覧の通り広々としています。
三江線c03
駅の神楽愛称は「羯鼓・切目」となっていました。



三江線c05
川戸駅
こちらの駅は1930年(昭和5年)4月に開業した駅です。
この年は三江線の最初の区間である江津駅━川戸駅間 の13.9kmが開業した年で、
つまりこの駅は開業当初からの駅であり、最初の終着駅だった訳です。
現在はご覧の単式1面1線のホームのみの駅となっています。
現在は駅員はおらず無人駅となっています。
三江線c06
しかし開業当初の終着駅だけあって当初は相対式2面2線の駅でしたが、
1999年(平成11年)3月にJRの合理化の影響で三江線の他の駅同様に
こちらの駅も交換設備が撤去されました。
その為線路こそ撤去されていますが、
かつてのホームは今でも線路の反対側に残っています。
三江線c07
こちらが駅舎の外観です。
開業当時の駅舎が今でも現役で使われている様です。
三江線c08
駅舎の中の待合室の様子です。
駅務室は現在は地域のサロンとして使用されている様です。
三江線c16
駅舎の中から見た駅前の様子。
三江線c09
ホーム側の駅舎の軒先です。
三江線c10
駅舎の端の部屋の前にはかつて貨物を扱っていた名残りなのか
「第一種計量管理事業場」の札が掲示されていました。
現在はNPOが入居している様です。
三江線c11
この駅の神楽愛称は「鈴鹿山」でした。
神楽の駅名標が廃ホームの上にあったので、スマホではこれが限界でした…
私有地や鉄道用地に無断で立ち入る馬鹿な真似はしない方針ですので。



三江線c12
川平駅
こちらも1930年(昭和5年)4月の三江線開業と同時に開かれた駅です。
現在は単式ホーム1面1線のみの無人駅となっています。
三江線c13
かつてはこの駅も交換設備を持つ駅で、
今は使用されていない相対式ホームが線路の反対側に今も残っています。
駅名標もまだ綺麗に残っていました。
三江線c14
ホーム前には線路が撤去された後の枕木がまだ残っており、
また駅の先では線路が不自然に湾曲しているなど
かつての交換設備の跡を見ることができます。
三江線c15
こちらが駅舎の外観。
昭和5年の開業当時からの駅舎がまだ残っています。
三江線c18
駅前広場には立派な池が作られていました。
三江線c19
駅舎の中の様子。
有人駅だった時の窓口は紙で目隠しがされていました。

この開業当時からの駅舎や周囲の風景の残る川平駅は
映画のロケなどでも何度も使われている様子です。
参考
JR西日本 Blue Signal「あの風景を探して『砂時計』」
https://www.westjr.co.jp/company/info/issue/bsignal/10_vol_132/landscape/index.html
石見フィルムコミッション~石見な風景「映画『砂時計』撮影風景」
http://iwamiko.blog88.fc2.com/blog-entry-137.html

三江線c17
こちらは駅の神楽愛称は「大江山」でした。



三江線c20
千金駅
この駅は三江線開業後しばらくしてからの1958年(昭和33年)7月に
後から追加新設をされた駅です。
駅はご覧の通りの単式1面1線の棒線無人駅です。

この駅も三江線の中で有数の秘境駅の一つに数えられている駅です。
まあ、江津市内からは車で15分ほどで付近まで来れますし
単に列車本数が少なくて周囲のみ家が少ないというロケーションなだけですが。
三江線c21
こちらが駅の全景。
駅周辺は小山と田んぼが広がるのみで、
農家がポツンポツンと散在する、いわゆる「散村」となっています。
三江線c23
この駅は県道112号線からはおよそ400mを
田んぼの中の農道というかあぜ道を進まないとたどり着けません。
地図によってはご覧の通り途中で道が無くなっていますし。
三江線c22
こちらが県道から駅へと向かう道。
普通乗用車で入ると舗装部分いっぱいになる道幅で、
離合(すれ違い)もままなりませんし
運転に慣れていない方はターンして戻るのにも困ると思います。
三江線c24
400m進むと見える三江線の金田踏切。
この踏切の脇に千金駅のホームがあります。

代行バスや社会実験で三江線の各駅を繋ぐバスが運行された時も
この千金駅はバスが通過したそうですが、
確かにバスは駅まで行けないですね…
三江線c25
駅舎は当然無く、ホーム上の待合室のみとなっています。
三江線c26
待合室の外壁には「千金駅」の看板が。
駅の神楽愛称は「大和武尊」でした。



三江線c27
江津本町駅
こちらの駅も千金駅と一緒に1958年(昭和33年)7月に開設された駅です。
単式1面1線の棒線無人駅となっています。

隣の市街地にある江津駅からはわずか1.1kmの距離にある駅であり、
徒歩でも17、8分ほどで着いてしまいます。
にも関わらず、「本町」と名前についておきながら
駅周辺があまりに何も無いことから
この駅も秘境駅の一つに数えられていたりもしています
三江線c28
駅前の県道112号線はご覧の通り。
三江線c29
自動販売機が1台あるのみです。
三江線c32
駅舎はこの駅にも無く、ホーム上に待合室があるのみです。
こちらはその待合室を県道側から見た光景。
三江線c39
待合室の中はご覧の感じです。
三江線c30
ホーム南端の三次方面側まで来ると、
見ての通り眼前の江の川が広がっています。
もう河口が近いだけに川幅も広くなかなかの光景です。
三江線c33
反対側のホーム北端の江津側を見ると
目の前にすぐ江津トンネルが見えます。
三江線c31
こうして見てみると
駅のロケーションが分かりやすいかと。
三江線c34
そして駅前の県道112号線の、
トンネル脇を北へと少し進んでみますと。
三江線c35
県道が太い配水管の下を潜っていました。
三江線c36
配水管の先すぐにはなにやら民家が見えます。
三江線c37
曲がり角まで進むと眼下には市街地が広がっていました。
駅からすぐのこの市街地には江津の寺社が集まっており
古い町並みがひろがっている地区でもあります。
三江線c38
江津本町駅の神楽愛称は「恵比須」となっています。


三江線c54
江津本町駅を出ると三江線は引き続き江の川のほとりを走ります。
河口部の江の川はかなり広くなっていますが、
何よりも三江線に乗っていて街が工場が煙突が見えるのが新鮮すぎて。



三江線c40
そして江津駅です。
三次駅から108.1kmやってきたここが終着駅です。
単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線を持つ駅で、
三江線は島式ホームの3番線を使用しています。
三江線c41
かつてこの3番線の外側には数多くの側線があって貨物などが走り、
日本製紙江津工場への専用線まであったそうです。
ですが現在は線路は全て撤去されており、広大な敷地が残るのみとなっています。
三江線c42
その敷地の、3番線ホームとの反対側に
三江線のゼロキロポストがぽつんと取り残されていました。
山陰本線に所属する江津駅ですが、三江線の起点駅となっています。
三江線c43
島式ホームの西端にはなにやら石灯籠のようなものが。
三江線c44
反対のホーム東端には植え込みが作られていました。
三江線c45
この島式ホーム、3番線側から駅名標を見るとご覧の通り
三江線のラインカラーの水色となっていますが。
三江線c46
反対側の2番線は山陰本線の下り線(浜田・益田方面)なので
駅名標もオレンジ色になっています。
三江線c50
ホームにある三江線の時刻表。
まあ、ご覧の通りの本数です。
三江線c47
駅舎のある1番線とはこのブルーの跨線橋で連絡。
三江線c48
こちらが単式の1番線ホームです。
山陰本線の上り線(出雲市・松江方面)となっています。
三江線c49
1番線の西端に行くと、「鐵路平安」の石碑のあるお社がありました。
なんでも江津駅開業50周年を記念して建てられたのだとか。
三江線c51
こちらが江津駅の駅舎の外観です。
目の前を国道9号線(山陰道)が走っています。
三江線c52
駅舎の中の様子です。
三江線c53
改札の上のこの電光掲示板に三江線の列車が表示されるのも
廃止までの期間だけなのですね…
三江線c56
最後となるこの駅の神楽愛称は「八十神」でした。




三江線c57
こちらが三江線の因原駅━江津駅間の
au 4G LTEでの電波エリアマップです。
駅間で電波のエリア圏外の場所はあるものの
駅の場所ではどの駅もエリア圏内なので
端末でのGPSの取得には困りませんでした。
三江線c58
ただ一駅、田津駅だけは見ての通りエリア圏外となっています。
しかし私は都合4回、この田津駅を通過しましたが
一度もこの田津駅へのチェックインには困りませんでした

しかしながら一応、電波圏内の区域も田津駅のエリア境界ギリギリですし、
何よりもこの区間で唯一の電波圏外駅なので
チェックイン時には注意
をして下さい。

三江線c59
むしろ気をつけていただきたい、と感じたのは、
この電波エリア圏内的には何の問題も無い江津本町駅です。
三江線c60m
というのも江津本町駅付近で何度も、ご覧の場所にGPSが飛んでしまい
しばらくこの位置で固定されてしまうといった事が何度も起きているからです。
この位置は江津駅と江津本町駅のエリア境界ギリギリの場所で、
一応江津本町駅のエリアに入っていると思うのですが、
この位置でのチェックインの結果は何度やっても江津駅となりました。
三江線c61
とはいえ江津本町駅は電波圏内ですので
ご覧の通り駅の座標の取得は十分に可能なはずです。
ですから上の現象は私のandroid端末固有の問題なのかもしれませんが
一度ではなく何度も起きていましたのでご注意下さい。



さて、これで三江線の全区間を書き終えました。
2018年3月末での廃止が現時点で規定の決定事項となっていますので、
今のうちに巡っておかなければ列車では回れなくなってしまうので
今回(2016年12月)に全駅訪問をしてきました。

列車と車の両方で三江線をそれぞれ巡って見た感想としては、
さんざん言われていて皆さんご存知の話ではありますが、
やはり列車の本数が少ないので、
列車だけでは工夫をしても回れる数には限界があるという事
です。
三江線自体だけではなく、三江線周辺の路線も本数が少ないですので
それなりの対応なり準備計画が必要でしょう。

また車で巡るには、これも多方面で言われている事ですが
いわゆる「酷道」と言われる(県道や市道なので「酷道」ではないのかもしれませんが)
車のすれ違いのできない道があちこちにあるという点です。
三江線c62
一例を挙げるとこんな感じです。
普通乗用車ではだいたい道幅いっぱいな感じになります。
運転に慣れている方であれば三江線の列車より早く移動できますが、
途中で往生している地元民では無い車を数度見かけましたので
車移動の場合はそれなりの運転テクニックを持って行って下さい

列車廃止後は代替交通手段、多くはバスなどになると思いますが、
正直108.1kmの長さの三江線を全線通しで走るバスは現実的では無いと思います。
見ての通りの道も多いので、区間ごと(恐らく自治体単位)に細切れになったバス路線が
道の状態や利用客数から考えても少ない本数で運行される事になる
と考えるのが現実的ではないでしょうか。
そう考えると、現在でも難易度のレベルが高い三江線の攻略が
廃止後はさらに数段上がってしまうという結論にならざるを得ません


こう考えると、列車がまだ廃止されていない今のうちに
極力都合をつけて、三江線だけでも先に攻略を済ませておくべきだと思います。



今回書いた情報も、あくまで基本は私の状況に拠るものです。
端末の違いや通信キャリアの違いなどで多少の差異は出ると思いますが、
三江線を攻略する、という点ではそれなりに参照できるように
集めた情報を書いたつもりです。

ですのでみなさんの攻略時に多少でも助けになれば幸いです。

では。

三江線a97
JR三江線の続きです。

その1(三次駅━口羽駅)はこちら
その2(口羽駅━浜原駅)はこちら



さて、浜原駅から先は三江線の中でも歴史の古い
三江北線の区間に入ります。
浜原駅以南の高規格近代路線とはうってかわって
歴史ある風情の駅舎が並ぶ区間でもあります。
三江線a99
それではご覧の浜原駅から、先の区間に進みます。



三江線a96
粕淵駅
1937年(昭和12年)に開業した駅で
駅自体は単式1面1線の棒線駅となっています。
三江線a98
元々は島式1面2線のホームだったそうですが、
現在は単式1面となっており、
潰された線路の土地は新しい駅舎や駅前の駐車場などに転用されています。
三江線b01
こちらが駅舎の外観。
建物の大部分は美郷町商工会館となっており、
右脇の一部分がJR粕淵駅として合築となっています。
三江線b02
駅待合部分の内部はこんな感じで。
美郷町商工会が受託をしている簡易委託駅となっています。
三江線b04
待合を出るとご覧の通りタイルの通路があり、
単式ホームの端へと通路が続いています。
三江線b05
待合室の壁には、粕淵駅のある美郷町のゆるキャラが。
この駅の丸い植え込みにもこのキャラがふんだんにあしらわれていました。
三江線b06
この駅の神楽愛称は「神武」です。



三江線b07
明塚駅
1967年(昭和42年)開業の駅で単式1面1線の棒線無人駅です。
鉄道マニアには「秘境駅」に数えられている駅の一つでもあります。
三江線b08
駅前の光景。
県道は江の川の対岸を走っており、駅へと至る道は生活道路のみです。
三江線b12
ホーム側から見るとこんな感じで。
三江線b09
駅前は民家も数少いもののあって道も広めですが、
ここに至るまでの道はご覧の感じで車の離合(すれ違い)もままならない感じです。
三江線b10
こちらが駅の外観。
三江線b11
列車内から駅を見るとご覧の様な光景です。
三江線b13
駅の神楽愛称は「黒塚」



三江線b14
石見簗瀬駅
1935年(昭和10年)に三江線が石見川本駅から延伸した際の
終着駅として開業した駅です。
現在は単式1面1線の駅ですが、
見れば分かる様に元々は島式1面2線のホームの駅で
現在でその施設をほぼそのまま転用して使っています。
三江線b15
こちらはホーム側から見た駅舎。
三江線b16
駅舎の目の前にはかつて線路のあった場所がバラスト(砂利)敷きで残っており、
その向こう正面にはホームがあります。
三江線b17
かつて線路があった名残として、バラストの中に所々枕木がご覧の通り残っています。
この部分の線路が撤去されたのは国鉄時代の1999年(平成11年)だそうです。
三江線b18
駅の東端にはかつての構内踏切であった
ホームと駅舎との連絡路があります。
駅舎からホームへと渡る道はここだけですので
大きく迂回をしないと駅舎からホームへは行けません。
三江線b20
構内踏切とは反対側のホーム西端の先を見ると
かつて交換設備としてあった線路が断片的に残っていました。
三江線b19
こちらが駅舎の外観。
開業当時の駅舎がそのまま残っています。
三江線b21
待合スペースの様子。
三江線b22
待合室の隣の駅舎内が窓から見えたので
つい覗いた一枚がこちら。
かつての駅務スペースでしょう。
三江線b23
こちらの駅の神楽愛称は「岩戸」でした。



三江線b24
乙原駅
1935年(昭和10年)開業の単式1面1線の棒線無人駅です。
三江線b25
こちらは駅に至る町道。
江の川沿いに走る三江線ですが、
この駅付近だけはやや内陸部へとルートを取っています。
三江線b26
駅の外観。
ホームは築堤上にあり階段を上ります。
三江線b27
ホーム上から見た駅前の光景。
三江線b28
広場には待合室と同じブロック造りの駐輪場がありました。
三江線b29
待合室の中です。
三江線b30
駅の神楽愛称は「帯舞」とありました。



三江線b31
竹駅
1958年(昭和33年)開業の単式1面1線の棒線無人駅です。
三江線b32
駅の前を走る県道40号線。
県道ながら竹駅近辺は道幅が狭い狭隘区間となっています。
三江線b33
駅の南の目の前には湊橋という青い橋梁が江の川に架かっています。
三江線b34
橋の袂には竹駅前のバス停が。
三江線b35
県道から見た駅の外観です。
駅の背後は斜面になっており民家が一軒あります。
三江線b36
背後の民家は道に出るには竹駅ホーム南端のご覧の道を通るしかないのですが、
通り道の線路にはJR西日本のご覧の立て看板が。
…いやあ、ここしか出入口無いですから。
ここを通って線路跨がなきゃ家に入るのは絶対無理ですって。
三江線b37
ホームから道を挟んだ反対側の目の前には江の川が。 三江線b38
駅に駅舎は無くホームにご覧の待合室があるのみです。
三江線b39
そしてここは竹駅なので、ホームの柵には竹人形や竹の箕(み)、竹箒、すだれなど
様々な竹製品がくくりつけてありました。
三江線b40
こちらの駅の神楽愛称は「鹿島(国譲り)」です。



三江線b41
木路原駅
1962年(昭和37年)に新設された駅で、
こちらも単式1面1線の棒線無人駅となっています。
三江線b42
駅前の道路の様子です。
県道40号線から集落の中に一本入った道で、
ご覧の通りの生活道路です。
三江線b43
こちらが集落の中で駅へと至る道で、
斜面の一段高い場所を通る三江線へは階段で上がる事となります。
三江線b44
こちらが駅の入口の外観です。
三江線b45
駅入口から見た集落方向。
三江線b46
そしてこちらが駅の南東100mほどのところにある
木路原天満宮です。
三江線b47
天満宮のムクノキ。高さ25m、周囲8.3mで、
平成元年度の第4回自然環境保全基礎調査において環境庁より
「全国巨木ベストテン」樹木のムクの木の部第9位(島根県では1位)に選ばれているそうです。
三江線b48
駅の神楽愛称は「天神」でした。




三江線b49
石見川本駅
1934年(昭和9年)開業の駅で相対式ホーム2面2線を持つ
列車交換の可能な駅です。
川本町の中心駅であり、三江線の駅としても運行上の中核となる駅です。
この駅を最後に上り方向は終点の江津駅まで列車交換の出来る駅はありません
また業務委託駅として駅務員が配置されているのも
起点終点ではない三江線の途中駅としてはこの駅だけです。
三江線b50
ホームを連絡している跨線橋。
三江線b51
こちらは駅舎から遠い方の下り線ホームです。
三江線b52
駅舎の外観。
三江線b55
待合室はご覧の感じで、
一角には硬貨が戻るコインロッカーもあります。
三江線b53
駅前広場から左手にはご覧の商店街が続き、
すぐ目の前には三江線目当ての乗客には有名な新栄寿司があります。
三江線b54
そして広場右手には普通の理容店がありますが、
建物の裏側に回って見るとご覧の通りメーテルが。
石見川本駅で知る人ぞ知るローカルスポットです。
三江線b56
この石見川本駅では、昼の上り列車が
下り列車の待ち合わせの為に正午近くにおよそ1時間半停車します。
正確には石見川本終点の車両が一時間半後に江津行きとして出発するのですが。
同じ車両なのですが、停車の間車両のドアは閉められてて施錠され、
乗客は一旦降りなければなりません。
三江線b57
その昼の一時間半を利用して、
マスコットキャラクター「石見みえ」の立て看板が写真撮影用に出されたりもします。
三江線b58
看板はお手製感満載ではありますが。
三江線b59
この昼停車の列車では、川本町の商工会が法被を着て
ランチの案内を配ったりするなど観光客を出迎えていて、
再度江津行きとして列車が出発する際にはご覧の通り見送りまでありました。
三江線b60
駅の神楽愛称は「八幡」です。



三江線b61
因原駅
1934年(昭和9年)開業の駅で
現在は単式1面1線の棒線無人駅となっています。
三江線b64
こちらは駅舎の外観。
かつては木炭や米などの貨物で賑わった駅だそうです。
ですので駅舎右手の倉庫が駅前広場と違和感無く一体化しているのですが。
三江線b65
駅入口の右を見ると、
かつての駅務室が運送会社の事務所に転用されて使われていました。
扉を見るとその名も「三江線運輸」と。
駅舎右手の倉庫もこの会社の倉庫の様です。
三江線b69
駅舎の待合スペース。
三江線の写真の展示スペースがあったり。
三江線b70
駅舎からホームはご覧の通り一段低くなっていて
階段が設けられています。
三江線b71
ホームから見た駅舎。
昭和9年の開業当時からの駅舎はいい味出しすぎです。

元々はこの因原駅は相対式2面2線の駅で列車交換が可能でしたが、
1999年(平成11年)に三江線の他の数駅と一緒に交換設備が撤去されて
単式の棒線駅となりました。
三江線b62
こちらが相対式だった時の下り線ホーム。
現在は使われず線路も撤去されているので
ご覧の通り草が覆い茂る状態となっています。
三江線b63
2面だった時にはホームの江津側に跨線橋もあったそうですが、
現在は撤去されたその残存の基礎部分が残るのみです。
三江線b66
こちらは廃ホームの裏手にある道の駅インフォメーションセンターかわもと。
駅裏手を走る国道261号線に面しています。
三江線b67
この道の駅の駐車場の一角には
因原駅の廃ホームへと通じる通路がありました。
三江線b68
無人駅ですので廃ホームもご覧の通り出入りが可能です。
三江線b72
駅の神楽愛称は「剣舞」です。
なぜか廃止の廃ホームに設置されていた神楽看板。
なんでそこに付けたの…




三江線b73
こちらは浜原駅━因原駅間の
au 4G LTEでの電波エリアマップです。
この区間はほぼ江の川の川べりに沿って線路が走っているので
トンネル区間もほぼありません。
地上では電波が入らない場所もありませんので
基本的に駅へのチェックインについては問題無いでしょう。



三江線も南の三次駅から北への登ってきましたが
残すは江津市内を走る区間のみとなりました。
続きはその4でまとめたいと思います。


では。

三江線a11
さて、JR三江線の続きです。

その1(三次駅━口羽駅)はこちら



口羽駅から北は浜原駅までの29.6kmの区間が
日本鉄道建設公団によって「AB線(地方開発線・地方幹線)」として建設されました。
1966年(昭和41年)に着工し1975年(昭和50年)8月に開業。
この延伸開業を以て三江線が一本の路線としてつながった訳です。

具体的に言うと鉄建公団によって建設されたこの区間は
極力直線的に、高速運行が可能な高規格な路床で作られています。




三江線a95
こちらは口羽駅━伊賀和志駅間のトンネル状況です。
江の川を挟んで口羽駅側と伊賀和志駅側にトンネルがあります。
地上の区間もそれなりの長さがあり列車の速度もまださほどではありませんので
ゆっくりと落ち着いてチェックインをすれば駅は取れると思います。
ですのでトンネル内で電波が入らなくても慌てなくて大丈夫です。


三江線a12
伊賀和志駅
まるで人名のような駅名ですが「いかわし」と読みます。
1975年(昭和50年)8月に開業した駅です。
単式1面1線の棒線無人駅であり、
駅の前後をトンネルに挟まれているのが分かるかと思います。
三江線a13
隣の口羽駅、宇都井駅が島根県内の駅であるのに対して
この伊賀和志駅は広島県にあるという、
路線で県を出戻るめずらしい形となっています。

これは鉄建公団が作った区間の駅であり、
高速走行を主眼に置いて直線的に線路を敷いた結果、
川筋や国道から離れた場所に駅が出来たと思われます。
三江線a20
駅舎は無く、ブロック造りの待合室がホームに。
三江線a14
こちらが駅の前の道の光景。
道が幹線などでは無い生活道路であることが分かると思います。 三江線a15
駅の外観はこんな感じです。
三江線a16
駅名の看板はどこにあるのかと思いきや、
ホームのフェンスにありました。
三江線a17
ホームから駅前を望むとこんなかんじで。
三江線a18
ホーム入口の階段の脇には
ブッポウソウの案内の看板がありました。
三江線a19
駅近くのトンネルから出て、駅へと入線していく列車。
三江線a21
この駅の神楽愛称は「鈴合せ」となっています。



三江線a92
伊賀和志駅から次の宇都井駅間には柳原トンネルをはじめとして
ご覧の通り路線の大部分がトンネル区間となっています。
三江線のトンネル内は電波は全く入りませんので
列車内からの駅間でのチェックインは基本的に難しいと思って下さい。


三江線a22
宇都井駅
見ての通りの単式1面1線の無人駅ですが、
ある意味この駅が三江線で最も有名な駅と言っても決して過言では無い駅です。
三江線a23
こちらが駅の外観。
ご覧の通り高さ20mの高架の上にホームを持つこの駅は
「天空の駅」と呼ばれて鉄道ファンには知らない者のいない駅となっています。
(写真はクリックで拡大します)
三江線a24
この駅はご覧の通り、山と山の谷間に作られています。
三江線a25
ですのでホームの両端からもトンネルの入口がご覧の通り至近にあります。
三江線a36
反対側の集落から見た宇都井駅。
三江線a26
駅前、というか駅の袂の光景です。
いわゆる高架下なのですが、高架が高いので上に屋根のある感じがしません。
三江線a27
とりあえず見上げてみました。
三江線a28
ホームへと上がる階段タワーを縦で。
三江線a33
この階段タワー、ご覧の通り高架線とは一体化している建物ではなく、
階段塔部分だけが独立して建てられていました。
三江線a30
駅入口の脇の地上にはトイレがあります。
ホームにはトイレは無いので用を足せるのはここだけです。
三江線a29
タワーの入り口にはなぜか電動カートが止めてありました。
話には聞いた事があったのですが、
この天空の駅を日常で利用している老人がいるんだとか。
日中の三江線で、私も降りたおばあちゃんを実際に見ましたが
(列車の乗客にニコニコ手を振って見送ってくれてました)
あのおばあちゃんがこの駅の階段を使うのかと…
三江線a31
こちらが階段の様子。
全部で上まで116段だそうです。
参考までに、団地5階で通常56段程度なので
宇都井駅は団地で考えるとおよそ8階半程度となります。
三江線a32
そして階段塔の最上階がご覧の通り待合室を兼ねています。
三江線a34
階段からホームへと出るとご覧の通り
眼下に宇都井の集落を見下ろす事ができます。
(画像クリックで拡大します。)
三江線a37
見下ろした集落を地上で見るとこんな感じで。
三江線a35
反対側はご覧の通り。
三江線a38
この駅の神楽愛称は「塵倫」でした。
三江線a93
こちらは宇都井駅を中心とした周囲の路線図で、
赤はトンネル区間を示しています。
ご覧の通り三江線の路線上では宇都井駅のエリアは
そのほとんどがトンネル内
となっています。
つまり列車の走行中に宇都井駅をチェックインするのは難しいという事です。
基本的に宇都井駅停車中に取るべき駅だと思って下さい。




三江線a39
石見都賀駅
1975年(昭和50年)8月開業の駅であり、
無人駅ですが島式ホーム1面2線のホームを持っている駅です。
三江線a40
こちらは江の川沿いの国道375号線から一本下った道の交差点です。
写真奥の築堤上に三江線が走っています。
三江線a41
築堤に向かって道を進むと跨道橋をくぐっており、
上には駅のホームが見えます。
三江線a42
左手を見ると坂の上が駅前広場となっており、
この地区の集会場もありました。
三江線a47
ホームから見下ろした駅前の広場の光景です。
三江線a43
広場奥のこちらが駅の入口。
三江線a44
待合室前の幅広の階段の奥にあるこの通路がホームへの入口となっており
築堤上のホームにはここからしか上がれません。
三江線a45
通路の奥には時刻表などが掲示されており、
ホームへの階段が続いています。
三江線a46
階段を上がるとホーム北端の江津側の端へと出ることができます。
三江線a48
駅を列車が走る光景。
三江線a64
列車内から見た駅の全景です。
三江線a49
駅の神楽愛称は「髪掛けの松」です。



三江線a90
石見都賀駅から石見松原駅間もご覧の通りトンネルが大部分を占めます。
南方の石見都賀駅寄りしばらくは地上なので電波を受信できますが、
石見松原駅寄りはその大部分がトンネル内なので
地上区間で電波受信をするのはなかなか大変でしょう。
素直に石見松原駅停車中を狙ってチェックインをした方が簡単だと思います。


三江線a50
石見松原駅
こちらも1975年(昭和50年)8月開業の駅であり、
単式1面1線の棒線無人駅です。
三江線a51
こちらはご覧の通りの国道375線。
石見松原駅への案内板が見えます。
三江線a52
案内に従って道を入り進むとご覧の通り。
線路が見えなかったら道を間違えたと思ってしまうところです。
三江線a53
三江線の跨道橋をくぐって坂を上りきると何やら道が分岐しています。
ほぼ林道というか、山道そのものなのですが。
三江線a54
分岐を左に進むと駅が見えてきます。
三江線a55
こちらが駅を外からみた全景です。
見ての通り国道からは駅まで2、3分はかかります。
三江線a56
ホームから江の川方向を見た光景。
駅周辺には民家はまばらで、集落は江の川の対岸に見える状態です。
三江線a57
駅前の広場の、入ってきた道とは反対側に
なにやら下へと下る道があるのが見えます。
三江線a58
行ってみると、なにやら人一人分の幅の道に手すりが設けられて
下へと下っています。
せっかくですから降りてみますが、雨上がりで苔生している為
確実に滑りそうな気がします。
(※註 すべりました)
三江線a59
道の先にはホーム下を潜る通路が。
三江線a60
トンネル状の通路を進んでみます。
三江線a61
通路を抜けるとご覧の通り国道へと出ることが出来ます。
駅の駐輪場が設けられていました。
三江線a62
駅の神楽愛称は「戻り橋」



三江線a94
石見松原駅━潮駅間は三江線は江の川沿いを走っていますので
トンネル区間はありません。
ですので電波受信をトンネルに遮られることは無いでしょう。


三江線a63
潮駅
この駅も1975年(昭和50年)8月開業の駅で
単式1面1線の棒線無人駅となっています。
三江線a65
ホーム上にはブロック造りの待合室があるのみの駅です。
三江線a66
この駅の特徴はなんといってもホームの目の前に江の川を望む
そのリバービューのロケーションでしょう。
三江線でも有数の絶景駅として名高い駅です。
三江線a67
駅のあたりは国道375号線、築堤上の三江線、そして江の川が並走している区間であり
駅へは国道からゆるやかな坂が連絡をしています。
三江線a75
ゆるやかとは言っても国道から真横から見ると
ご覧の通り結構な高さはあります。
三江線a68
こちらが潮駅の外観。

三江線a70
こちらは国道375号線沿いに潮駅から徒歩3分にある
「潮温泉 大和荘」です。
宿泊の出来る旅館ですが日帰り入浴も受け付けています。
三江線a71
温泉の脱衣所には潮温泉の由来が掲示してありました。
(写真クリックで拡大します)
三江線a72
そしてこちらは駅の南すぐにある大利商店。
この駅で唯一の買い物ができる店です。

三江線a73
そして こちらが駅の前の国道沿いの風景です。
潮駅は確かにホームから望む江の川が絶景ですが、
実は国道沿いのこの並木も見逃せないポイントなのです。
それはこの沿道の木は全て桜の木で、
春のシーズンには桜並木が満開になりとんでもない光景となるのです。
三江線a74
こちらの駅の神楽愛称は「潮払い」となっています。



三江線a88
こちらは潮駅━沢谷駅間のトンネルの状況。
区間の中央を登矢ヶ丸山を抜ける登矢丸トンネルを通過します。
トンネルの前後は地上部であり、列車の速度も比較的早くないので
地上にいる内にチェックインを済ませるべきでしょう。


三江線a76
沢谷駅
1975年(昭和50年)8月開業の単式1面1線の無人駅です。
三江線の他の駅が江の川沿いにあるのに対して
この駅は川から離れた内陸部にあります。
三江線a79
駅舎は無く、ホーム上にブロック造りの待合が。
三江線a80
駅周辺はご覧の通り田畑が広がり民家も多少はあるという感じです。
三江線a77
こちらは県道166号線の沢谷駅付近の光景。
タイミング悪く、ちょうど駅前の県道が舗装工事の最中でしたが…
三江線a78
こちらが駅舎の外観。
三江線a81
駅の神楽愛称は「猿丸太夫」です。



三江線a89
こちらは沢谷駅━浜原駅間のトンネル状況。
浜原駅寄りに浜原トンネルがあるものの、
半分以上は列車は地上を走っています。
列車の速度を考えれば、落ち着いてチェックインをすれば
基本的に駅を取る事は可能だと思います。


三江線a82
浜原駅
1937年(昭和12年)10月開業のこの駅は国鉄三江線の終点として開業し、
三江線の全通までは三江北線の終着駅として営業をしてきました。
三江線a85
相対式ホーム2面2線の駅で構内は跨線橋で連絡しており、
千鳥式の様にホームが配置されています。
三江線a86
かつての終着駅らしく、構内は引込み線もあり広くなっています。
島根県側の列車の多くはこの駅で折り返して運行されており
三江線の列車運行の要衝となっています。
三江線a83
こちらが駅舎の外観。
駅舎は開業時のものがそのまま残っています。
三江線a84
入口脇に設置されている三江線全通記念の石碑。
三江線b03
この駅の神楽愛称は「大蛇」となっています。




さて、この口羽駅━浜原駅間が
1975年(昭和50年)8月開業の日本鉄道建設公団の建設区間です。
この区間は高規格の路線が作られている一方で
日中の列車本数が上下ともに4本程度という閑散区間でもあります。
三江線a87
こちらがau 4G LTEによる電波エリアのマップです。
基本的に全ての駅が電波エリア圏内となっているので
駅停車中のチェックインではさほど苦労はしないでしょう。

宇都井駅の前後と、潮駅━沢谷駅間で路線が電波エリア外の区間がありますが、
両区間共にほとんどがトンネル区間が圏外となっているので
基本的に地上では電波状態は心配しなくて良いと思って大丈夫です。



浜原駅以北の旧三江北線区間についてはその3に続きたいと思います。

では。

↑このページのトップヘ