島根県

木次線00
さて次は木次線です。

1916年(大正5年)に木次駅と宍道駅を結ぶ簸上鉄道によって開業し、
当時の鉄道省のよって木次駅以南が延伸されて
1937年(昭和12年)に宍道駅━備後落合駅までが全通したことで
現在の木次線の原型となりました。

山陰と山陽を繋ぐ中国地方きっての山岳路線であり
豪雪などによって長期の運休が毎年のように発生するローカル線です。
全長は81.9kmで、全線所要時間はおよそ3時間前後となります。

運行本数も木次駅以南の閑散区間では1日3往復という状態で
JR西日本管内では三江線、大糸線についで利用者数はワースト3に入ります。
そしてこの状況から「いつ廃止になってもおかしくない路線」と言われています

一方「奥出雲おろち号」という山陰きっての人気観光列車が
この木次線にはもう18年も走っており、
観光路線としての活路を見出してもいます。



木次線01
宍道駅
1909年(明治42年)に国鉄山陰本線の開通と同時に開業した駅です。

1916年(大正5年)に宍道駅を起点とする簸上鉄道線が
木次駅まで開業して接続駅となりましたが、
その後1934年(昭和9年)に簸上鉄道線が国有化されて木次線となりました。

駅は単式1面1線、島式1面2線の計2面3線のホームを持っていて、
駅員常駐の直営駅となっています。
木次線02
こちらは駅舎の中の様子です。
木次線03
待合室の壁には木次線の観光案内が。
木次線04
宍道駅の1番線ホームです。
このホームは山陰本線がメインで使用するホームとなっています。
木次線05
駅舎の東のホームの壁には「しんじ」「SHINJI」の文字が。
木次線06
西側には「宍道駅開通八十周年記念」の石碑があります。
木次線07
改札横には宍道町特産の来持石のベンチが。
木次線08
ホームは跨線橋で連絡しています。
木次線09
こちらは島式の2、3番線ホームです。
木次線10
2番線は主に山陰本線の列車交換時に下り列車が使用するホームです。
ですので駅名標も山陰本線のラインカラーの朱色となっています。
木次線11
そしてその2番線の駅名標の裏側を見ると、
3番線の駅名標となっていますが
こちらは基本的に木次線の列車が使用するホームなので、
駅名標にも木次線のラインカラーの山吹色が使われています。
木次線12
3番線から西側を見ると線路が分岐しています。
右の線路は山陰本線で、左の一本が木次線の線路となります。
木次線13
3番線の中ほどにはご覧のゼロキロポストがあります。
木次線の起点駅はこの宍道駅となりますので
こちらが木次線のゼロキロポストとなります。
木次線14
3番線の反対側には現在は使用されていない島式ホームがあります。
こちらはかつての4、5番線ホームであり、
木次線が使用していたホームです。
木次線15
既に4、5番線の線路は撤去されており、
5番線の跡地は駅の月極め駐車場となっていて
かつての跨線橋がそのまま使用されています。
木次線16
ホームに停車する木次線の気動車。



木次線17
南宍道駅
1962年(昭和37年)に開業した駅で、
単式1面1線の棒線無人駅です。

この駅はホームが短い為朝の列車は通過してしまいます。
その為ただでさえ本数の少ない木次線でさらに列車の本数の少ない駅となっています。

…光の乱反射で写真が汚く申し訳ないのですが。
後日撮り直しに行こうと思います。



木次線18
加茂中駅
1916年(大正5年)開業の駅で
島式ホーム1面2線を持つ列車交換可能駅です。
業務委託駅として駅務を行う駅務員が居ます。
木次線19
ホームにある案内板です。
この地がかつて京都上加茂神社の荘園であったことが記されています。



木次線20
幡屋駅
1918年(大正7年)に停留場として新設され、
その後1921年(大正10年)に駅に格上げとなった駅です。
かつては木造の駅舎があったそうですが解体ており、
現在は跡地に待合室が設置されているのみの駅となっています。
ご覧の通り単式1面1線の棒線無人駅です。
木次線21
ホームにある「大原郡家」の案内版。



木次線22
出雲大東駅
1916年(大正5年)開業の駅で、
単式ホーム1面1線の棒線駅です。
簡易委託駅として駅務員が詰めています。
現在の駅舎は木造駅舎を2007年(平成19年)9月に改築したものだそうです。
木次線23
ホームには「神阿多津姫命」の案内板があります。



木次線24
南大東駅
1963年(昭和38年)開業の駅で、単式ホーム1面1線の無人駅です。
ホームのみで駅舎は無くご覧の待合室があるのみです。
待合室の右に見える坂が駅への入口となっています。
木次線25
ホームにある「佐世の髪飾り」の案内板。



木次線26
木次駅
1916年(大正5年)に簸上鉄道(宍道━木次)の終着駅として開業した駅で、
この駅より南に国鉄木次線が1932年(昭和7年)に開業したことで接続駅となりました。
そしてすぐに1934年(昭和9年)には簸上鉄道が国有化されて
宍道駅━出雲三成駅間が全て国鉄木次線となり、
1937年(昭和12年)には備後落合駅までの延伸が完成し
現在の木次線が全通しています。
上は上り宍道方面の1番線。
木次線40
こちらはホームにある「八岐大蛇」の案内板です。
駅は相対式ホーム2面2線を持っており、
木次線では唯一の社員配置の直営駅となっています。
木次線29
1番ホームの駅舎へと入る改札口です。
木次線27
ホームは南端の構内踏切で連絡をしています。
木次線37
構内踏切への途中にある「大蛇の鐘」。
木次線28
こちらが下り備後落合方面の2番線ホーム。
片側をフェンスで区切られて単式ホームとして使用されています。
木次線30
木次線を運行する木次鉄道部が置かれているこの駅には
駅構内に車両基地もあり、
2番線のフェンスの向こう側には何本もの引き上げ線があります。
木次線31
駅構内の待合室の様子。
木次線32
駅舎側からみた改札口です。
木次線33
窓口の横には雲南市観光協会が置かれていました。
木次線34
こちらが駅舎の外観です。
木次線35
駅前のロータリーの一角には
木次線開業80周年記念の記念碑がありました。
木次線36
閑散ローカル線の駅前にしては
駅前は想像を超えて整備されていました。



木次線38
日登駅
1932年(昭和7年)に国鉄木次線が木次駅━出雲三成駅間で
開業した際に設置をされた駅です。
単式ホーム1面1線の棒線駅で、駅務員の居る簡易委託駅となっています。
木次線41
ホーム側の改札付近です。
木次線39
こちらはホームにある「素戔鳴命」の案内板。
木次線42
県道45号線から駅へと至る横道。
衣料品店の前を抜けると駅があります。
木次線43
駅舎の外観です。
木次線44
駅舎の中の様子。



木次線45
下久野駅
1932年(昭和7年)の国鉄木次線開業時に設置された駅です。
木次線46
写真撮影時があいにくの夜間と降雪ですが、
ご覧の通り単式1面1線の棒線駅となっています。
かつては島式1面2線だったそうですが
駅舎に近い方の線路が撤去されているそうです。
木次線47
ホームにある「動動」の案内板。
木次線48
駅舎の外観です。
木次線49
駅舎の中の様子はご覧の通りです。



木次線50
出雲八代駅
こちらの駅も1932年(昭和7年)の国鉄木次線開業時に開設されました。
単式ホーム1面1線の駅です。
かつては相対式2面だったそうで、
使用されていないホームが反対側に残っています。
木次線51
こちらは駅舎のホーム側。
木次線52
ホームにある「手摩乳」の案内板です。
木次線53
駅舎の外観。
木次線54
駅舎の中の様子です。



木次線55
出雲三成駅
1932年(昭和7年)に国鉄木次線が開業した際の当初の終着駅として開業した駅です。
相対式ホーム2面2線を持ち列車交換の可能な駅です。
上は上り宍道方面行きホーム。
木次線59
こちらは下り備後落合方面行きホーム。
木次線60
この駅の神話の「大国主命」の案内板は
こちらの下りホームに設置されています。
木次線61
このホームには「素戔鳴命と奇稲田姫の出会い」の説明の案内板もあります。
木次線56
こちらは駅舎の外観。
国道314号線と国道432号線との交点付近にある駅で、
駅舎は国道314号線沿いにあります。
地元の名産品や農産加工品を販売する
奥出雲町の産直市「仁多特産市」が併設されており、
ドライブインとしての役割も持っています。
木次線57
こちらが駅舎のホームへの入口。
入口の左にはかつてコンビニが入居していましたが
現在は閉店
していますのでご注意下さい。
コンビニの必要な方は国道314号線を宍道方面へ200mほど行くと
ファミリーマートがあります。
木次線58
駅前を走る国道314号線。



木次線62
亀嵩駅
1934年(昭和9年)に木次線の延伸により開業した駅です。
現在は単式1面1線のみの棒線駅となっています。
かつては相対式2面の駅だったそうですが
駅舎と反対側の線路は現在は撤去されています。
木次線63
ホーム側から見た改札付近。
木次線64
駅舎の外観です。
木次線65
駅は国道432号線沿いにあり、
駅前の広場はご覧の通りです。
木次線66
駅舎の中の様子。
木次線67
この駅の駅舎内で特筆すべきなのは、
駅にそば屋が入居していて券売窓口の前に店の入口がある事です。
この亀嵩駅は業務委託駅ですが委託先はこのそば屋であり
切符の販売もそば屋の主人が行っています。
木次線68
ホームの「少彦名命」の案内板。



木次線69
出雲横田駅
こちらも1934年(昭和9年)の木次線延伸の際に設置された駅です。
相対式ホーム2面2線を持つ列車交換可能駅です。
上は下り2番線の備後落合方面行きホーム。
木次線70
2番線の駅舎改札付近の様子です。
木次線71
ホームは駅舎より高い位置にあり、
ご覧の通り改札を出た目の前の階段を上がってホームへと昇ります。
木次線75
ホームにある「奇稲田姫」の案内板。
木次線76
神話の内容を記した「素戔鳴命と奇稲田姫の結婚」の案内板も置かれています。
木次線72
こちらは1番線ホーム。
宍道方面行き上り列車の使用するホームです。
木次線73
こちらが駅舎の外観。
昭和9年の開業当初から使われている神社を模したものです。
木次線77
駅舎側からみた駅前広場の光景。
木次線74
駅舎の中の様子です。



木次線78
八川駅
1934年(昭和9年)に木次線が延伸した際に終着駅として開業した駅です。
その後1937年(昭和12年)に備後落合駅まで木次線が延伸して途中駅となりました。
駅は単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
かつては相対式2面の駅でしたが、駅舎と反対側の線路は撤去されています。
木次線81
ホーム上にある「足摩乳」の案内板。
木次線79
駅舎のホーム側です。
木次線82
ホームより駅舎は一段低くなっています。
木次線80
こちらが駅舎の外観。
国道314号線が目の前を走っており、国道と駅前広場を
全長30mほどの県道218号八川停車場線が結んでいます。
木次線83
駅舎の中の様子です。



木次線84
出雲坂根駅
1937年(昭和12年)に木次線の延伸に伴って開業した駅です。
相対式ホーム2面2線を持つ交換可能駅です。
上は駅舎のある1番線下りホーム。
木次線85
こちらは上り木次方面行き2番線ホームです。
木次線86
1番線ホームの駅舎改札付近。
木次線87
駅舎の外観です。
開業以来の木造駅舎は2009年(平成21年)に解体されており、
現在の駅舎は2010年(平成22年)に新しく建ったものです。
木次線88
駅前にはご覧の国道314号線が走っています。
木次線89
国道に設置されている駅の標識。
木次線90
こちらの駅には駅舎の横には
「延命水」と呼ばれる湧き水の泉があります。
木次線91
出雲坂根の延命水の源泉がこちらです。
…あいにく豪雪で雪に埋もれていますが。
木次線93
ホーム側から見た源泉の場所です。
木次線92
この延命水は人気があって多くの人が汲みにくるので
国道を挟んだ駅の向かい側にも源泉の水を引いて
水汲み場が作られています。
…あいにく雪で埋もれていますが。


木次線94
さて、出雲坂根駅の南東方向、
木次方面とは反対側を見ると線路が行き止まりとなっています。
…雪で埋もれてよく分からないかもしれませんが。
木次線95
北西の木次方面から来た下り列車の場合、
次の三井野原駅へと向かう為に列車は元来た北西方向へと戻って発車します。
これは出雲坂根駅━三井野原駅間が三段スイッチバックとなっている為であり、
出雲坂根駅はその一段目のスイッチバックでもあるのです。

上の写真は出雲坂根駅のすぐ北の踏切付近。
このあたりで線路がダイヤモンドクロッシングで交差しています。
左が木次駅方面、右の上りの線路は三井野原駅へと向かう線路です。
木次線96
坂を登り下り線を進む列車。
木次線97
坂を登りきるあたりに屋根のある建物が見えてきます。
木次線98
屋根の正体は雪からポイントを保護するための
スノーシェッドでした。
木次線99
スノーシェッドの先は車止めとなっていて
列車も一旦ここで停車をします。
ここが二つ目のスイッチバックです。
木次線a01
停車した列車の運転席の入口を閉める運転士。
この後ロングシートの車両の中央の通路を通って
反対側の運転席へと移動をしていました。
木次線a02
信号が青になると
スノーシェッドを後にしてさらに坂を登って進みます。
木次線a03
スイッチバックを後に進むと右手に国道314号線の
通称「おろちループ」が見えてきます。
木次線a04
おろちループ最大の三井野大橋。
木次線a05
木次線から見たおろちループです。



木次線a06
三井野原駅
1949年(昭和24年)に三井野原仮乗降場として設置され、
その後1958年(昭和33年)に駅に昇格したという駅です。
木次線a07
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
JR西日本で一番標高が高い駅だそうで、
ホームにその旨を記した横断幕もあるそうですが
雪に埋もれて見えません…
木次線a09
駅や線路の周辺には旅館やスキーロッジが何軒も並んでいます。
木次線a08
駅南方すぐの線路脇には、
この駅の開設された理由である三井野原スキー場があります。



木次線a10
油木駅
1937年(昭和12年)に木次線の延伸によって開設された駅です。
元は島式ホームでしたが、かつての下り線を撤去しており
現在は単式1面1線の駅となっています。
駅舎は現在は撤去されていて無く無人駅であり、
ホーム上の待合室があるのみとなっています。



木次線a11
そして終点の備後落合駅です。
1935年(昭和10年)に当時の国鉄庄原線の駅として開業し、
木次線が1937年(昭和12年)にこの駅まで延伸したことで
接続駅となりました。
木次線a12
単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線の計3線を持つ駅で、
木次線は駅舎のある単式ホームの1番線を使用しています。

この駅は芸備線と木次線の接続駅であるほか、
JR西日本の広島支社(芸備線の当駅以西)、岡山支社(芸備線の当駅以東)、
そして米子支社(木次線)と三支社の境界駅となっています。
その為全ての列車がこの駅が終着駅であり、
到着した列車は折り返して戻る運行となっています。



木次線a13
こちらはau 4G LTEでの電波エリアマップです。
スイッチバックが必要なほどの山岳地帯を走る路線ですが、
電波エリアはほぼ全線をカバーしているので
列車内からの電波アクセス状況は比較的良好な路線です。
木次線a14
こちらは路線上で電波エリアが途切れる
下久野駅周辺の状況ですが、
見ての通り駅周辺はどの駅も電波が入っていますので
特に問題はありません。
木次線a15
同じくもう一箇所、電波の途切れる区間である三井野原周辺も
駅の場所付近は電波状態が良好なので駅へのアクセスに問題はありません。

これらの状況から、木次線については
列車からのアクセスでは全駅特に問題が無いと言えます。
普通に乗車すれば全駅普通に取る事が可能でしょう。


81.9kmの路線であるだけに、
北で接続する山陰本線や南で接続する芸備線から
レーダーで全線取得をすることは無理です。
木次線をコンプするには列車にせよ車にせよ
現地に出向いてある程度チェックインをするしかありません。

そして木次線の南方の出雲横田駅━備後落合駅間の列車本数は
9時台、14時台、そして17時前後の一日3往復です。
備後落合駅に関しては時刻表を確認すれば分かりますが
木次線と芸備線の接続のある場合は乗り換え時間が5~10分程度、
接続が無い場合は何時間も山中の無人駅で待つ事になります。

こうした状況を考えると木次線への乗車は
前後の接続を含めると一日仕事
になると思います。


観光地としての見所もいくつもある路線ですので
私は雪の無い季節にまた木次線に乗りに行こうと思っています。
今回の乗車時の情報が攻略の手助けになれば幸いです。

では。
【記事写真撮影:2017年1月】

一畑電車大社線41
さて、お次は一畑電車大社線です。


大社線は島根県出雲市の川跡駅から出雲大社前駅に至る
一畑電車の鉄道路線であり、全長8.3kmで全線が単線の路線です。
JR大社線が廃止された現在では
出雲大社への鉄道による観光輸送を担う唯一の路線となります。



一畑電車_北松江線28
こちらは川跡駅

この駅の場所には1914年(大正3年)4月には北松江線の線路が開通していました。
元々は一畑軽便鉄道(当時)の開設時には
出雲今市(電鉄出雲駅)から出雲大社への路線を計画していたそうですが、
国鉄も同じ区間に路線を計画していた事から目的地を変更したそうです。

こうして1923年(大正12年)には川跡から出雲大社への路線が
一畑軽便鉄道の株主総会で決議され、
1926年(大正15年)に同区間の鉄道免許状が下付。
1930年(昭和5年)に川跡駅から大社神門駅(現・出雲大社前駅)間を開業しました。

大社線の開業に合わせて、それまで0.1kmほど松江寄りにあった
鳶巣駅を廃止し、新たに大社線との分岐点に駅を新設しました。
これが現在の川跡駅となります。
一畑電車_北松江線29
こちらは川跡駅の駅舎のホーム側から見た外観です。
一畑電車_北松江線26
この川跡駅は島式ホーム2面4線を持つ駅で、
ホームは駅舎前の構内踏切にて連絡をしています。
一畑電車大社線01
その構内踏切の、1、2番線ホームの目の前付近にあるのが
ご覧のゼロキロポストとなります。
このゼロキロポストは川跡駅から分岐している大社線のものです。
一畑電車大社線02
こちらが川跡駅の1、4番線ホームの島式ホームです。
大社線の列車は1番線を使用するのですが、
4番線は現在使われていないホームなので
この島式ホームは事実上は大社線の専用ホームです。
一畑電車大社線03
ただ、電鉄出雲市駅から出雲大社前駅へと直通の電車は
こちらの3番線ホームに停車しますので、
駅名標には北松江線と大社線の両方の駅名が表記されています。


一畑電車大社線04
こちらは川跡駅のすぐ西の踏切を
大社線へと走る一畑電車の列車です。
一畑電車大社線05
そしてこちらは踏切から更に西の、
北松江線と大社線の分岐点です。
左が北松江線で、右が大社線となります。



一畑電車大社線06
高浜駅
1930年(昭和5年)の大社線開通時に開業した駅です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
一畑電車大社線07
こちらは県道278号線。
一畑電車との交点の踏切脇に駅があります。
一畑電車大社線08
踏切脇の駐輪スペースを抜けてスロープを進むと
ホームと待合室があります。
一畑電車大社線09
こちらが駅ホームの入口。
駅に駅舎は無くホーム上にご覧の待合室があるのみです。
一畑電車大社線10
待合室の中の様子。
一畑電車大社線11
こちらは高浜駅入口脇の踏切から東の川跡駅方向を見た写真ですが、
150mほど先にオレンジ色の物が見えるのが分かりますでしょうか。
一畑電車大社線12
高浜駅から徒歩4分ほどの「さとがた保育園」の敷地内の
一畑電車の路線沿いに場所にご覧の車両が静態保存されています。

この車両はかつて一畑電車の大社線で1998年(平成10年)まで稼動していた
デハ1型のうちの3号車(オレンジ)と6号車(黄色)です。
大社線の列車内からご覧の通り見ることができ、
車内アテンダントもこの場所に差し掛かると案内をしてくれます。


一畑電車大社線19
そして高浜駅から西の出雲大社前駅方面へおよそ700mほどの場所に
ご覧の鳥居の参道があります。
写真は一畑電車の南側ですが、
線路の北側には粟津稲生神社があり、
20基あるこの鳥居は粟津稲生神社の参道です。



一畑電車大社線13
遥堪駅
こちらも1930年(昭和5年)開業の駅で
単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
一畑電車大社線14
こちらは県道276号線と一畑電車の踏切です。
踏切の脇に駅があります。
一畑電車大社線15
駅の入口。
一畑電車大社線16
駅の待合室の外観です。
一畑電車大社線17
待合室の中の様子。
一畑電車大社線18
外を見ると田んぼが広がっています。



一畑電車大社線20
浜山公園北口駅
こちらも大社線開業の1930年(昭和5年)に出来た駅ですが、
開設当初は「鑓ヶ崎駅」という名前でした。
1977年(昭和52年)に現在の駅名に改名されています。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
一畑電車大社線21
こちらは駅の西にある踏切。
あたりは農道というか生活道路というか、
車のすれ違いがやっとの幅の道路です。
一畑電車大社線22
踏切脇のこの分岐の、左が市道、
そして右が駅への連絡通路となります。
一畑電車大社線23
スロープになっている通路を進むとホームへとたどり着きます。
こちらがこの駅の正面入口となります。
一畑電車大社線24
こちらは駅の西側の駅前の道路。
県道28号線から200mほど入った住宅地の中となります。
一畑電車大社線25
手前の路地を左に入ると
駅の東端の入口があります。
一畑電車大社線26
道の左側には「鑓ヶ崎弘法大師縁起」という
弘法大師の像の祀られた祠があります。
一畑電車大社線27
祠の先に進むと駅裏の駐輪場があります。
駐輪場にはホームへと入れる階段が設けられています。
一畑電車大社線28
駐輪場を過ぎると駅西の踏み切りに。
駅名の由来の浜山公園は踏み切りを渡った徒歩5分ほどの先にあります。



一畑電車大社線29
出雲大社前駅
1930年(昭和5年)2月に大社神門駅として開業した
一畑電車大社線の終着駅です。
名前の通り出雲大社への最寄り駅となります。
一畑電車大社線30
駅は頭端式1面2線となっており、駅員常駐の有人駅です。
一畑電車大社線31
ホームの東端、川跡駅方面です。
一畑電車大社線32
ホームの木製ベンチ。
一畑電車大社線33
こちらは駅前を南北に走る県道161号線を南に向かって見た光景です。
遠くに見える鳥居は出雲大社の一の鳥居である「宇迦橋の大鳥居」。
この鳥居から出雲大社までの間の県道は「神門通り」と呼ばれています。
一畑電車大社線34
神門通りを北に向かった光景。
駅前から北の方角に見える鳥居が出雲大社の二の鳥居である
「勢溜の木の鳥居」でいわゆる出雲大社の正門です。
一畑電車大社線35
こちらが駅舎の外観です。
1930年(昭和5年)2月の開業以来の西洋建築の建物となっています。
一畑電車大社線36
1996年(平成8年)には国の登録有形文化財に指定され、
また2009年(平成21年)には経済産業省より近代化産業遺産に認定されています。
参考
文化庁「文化遺産オンライン:一畑電鉄出雲大社前駅舎」
http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/112964

一畑電車大社線37
駅の南側は広場になっており、
駅併設のカフェのオープンテラスの奥には
一畑電気鉄道デハニ50形電車の展示スペースが
1番線と並行して設けられています。
一畑電車大社線38
こちらが静態保存されている
一畑電気鉄道デハニ50形電車デハニ52。
2009年(平成21年)3月にさよなら運転を行って運用からは外れていますが
現在でも車籍は残っているそうです。
一畑電車大社線39
こちらは出雲大社前駅の駅舎内の様子です。
2012年(平成24年)9月には外壁塗装や
ステンドグラス、窓、照明などの入れ替え改装が行われています。
また2014年(平成26年)には島根県の補助によって
島根県産木材による改札や売店の内装木質化が行われました。
一畑電車大社線40
こちらがその改札付近の様子です。




一畑電車大社線42
こちらは一畑電車大社線の
au 4G LTEによる電波エリアマップです。
ご覧の通り全線が電波圏内となっています。
この路線にはトンネルもありませんので
列車内であれば基本的にどこでもアクセスが可能です。


一畑電車大社線43
こちらはJR山陰本線の出雲市駅━西出雲駅間から
レーダーを飛ばした際の到達範囲のマップです。
出雲市駅━西出雲駅間のやや出雲市寄り付近からですと
一畑電車大社線の川跡駅━出雲大社前駅間の5駅全てが
射程12でのレーダー範囲内
となります。

また、川跡駅を北松江線で取ると考え除外すれば、
JR山陰本線の西出雲駅から江南駅━小田駅の中間付近くらいまでは
高浜駅から出雲大社前駅までの4駅が射程12でレーダー範囲内です。
ですのでJR山陰本線からなら一畑電車大社線は乗らずにレーダーで取れるという事です。

ちなみにJR出雲市駅からだと出雲大社前駅が射程14でも届きません。
同じ一畑電車ということで、北松江線からレーダーを飛ばせば
大社線は簡単に取れると考えがちですが、
北松江線の路線上からはレーダー射程14でも出雲大社前駅が届かないので
注意が必要でしょう。
どうしてもレーダーで済ませたい場合はJR山陰本線を使って下さい。


一畑電車大社線44
まあ、出雲大社や旧大社駅などを見るには
車でなければ一畑電車の大社線を使う必要がありますし、
乗った方が面白いと思うんですが。


では。

一畑電車_北松江線85
さて、一畑電車北松江線の続きです。


その1(電鉄出雲市━一畑口)はこちら



一畑電車_北松江線86
さて、こちらは再び、一畑口駅の1番線ホームの駅名標です。
一畑口駅は北松江線の中間駅ですので、
出雲方向には園駅、松江方向には伊野灘駅が隣駅としてあります。
ですが1番線ホームの駅名標には伊野灘駅しか書いてありません。

これは元々、一畑軽便鉄道として北松江線が
1915年(大正4年)に全線開業したときには
出雲今市(現・電鉄出雲市)━一畑駅間だったが故です。

一畑駅の一つ手前の小境灘駅(現・一畑口駅)から
北松江駅(現・松江しんじ湖温泉駅)までの、
現在の北松江線の東半分に 鉄道免許状が下付されたのは
一畑口駅開業から9年後の1924年(大正13年)の事でした。
そして実際にこの区間に鉄道が開業したのは
実に1928年(昭和3年)だったのです。
一畑電車_北松江線88
その事を現在でも示す物がこちらです。
島式ホームの南側の3番線の線路の脇には
中間駅であるのにゼロキロポストが設置されています。

後から付け足されたスイッチバックの先の
一畑口駅━松江しんじ湖温泉駅の間は
このゼロキロポストから新たに距離が出されているのです。
だから松江方面の列車の使用する1番線の駅名標には
松江方面の隣駅である伊野灘駅しか書いていない訳です。
一畑電車_北松江線89
目玉のおやじが正面に見つめるゼロキロポスト。



一畑電車_北松江線90
伊野灘駅
1928年(昭和3年)開業の駅で、単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
一畑電車_北松江線91
ホームから下に見える道路は国道431号線で、
その向こうに見えるのは宍道湖です。
写真を撮った日はあいにくの暴風雪という天気でしたが
好天であればなかなかの景色であろうことが分かるロケーションです。
一畑電車_北松江線92
こちらは駅ホーム前を走る国道431号線。
一畑電車_北松江線93
この場所の宍道湖と反対側にあるこの跨道橋が
国道から駅への道となります。
一畑電車_北松江線94
跨道橋をくぐると横に築堤を上がる坂があります。
一畑電車_北松江線95
駅の外観です。
こちらがいわば表口と言って良いでしょう。
一畑電車_北松江線96
では裏口があるのか、というと、こちらが国道とは反対側から見た駅です。
一畑電車_北松江線97
この人が一人通るのがやっとの幅の、
いわばあぜ道から階段を上がると
駅のホームへと上がることができます。
一畑電車_北松江線98
裏から駅へと上がるとご覧の駅名標の裏を通って
駅名標の脇からホームへと入る事ができます。
一畑電車_北松江線99
こちらは駅の待合室の中の様子です。
一畑電車_北松江線a01
待合室の壁には、この駅が映画「RAILWAMYS」でのロケ地であった事を示す
掲示が掲出されています。



一畑電車_北松江線a02
津ノ森駅
こちらも1928年(昭和3年)開業の駅です。
一畑電車_北松江線a03
島式1面2線のホームを持つ駅となっています。
一畑電車_北松江線a04
ホーム側から見た駅舎。
一畑電車_北松江線a06
ホームと駅舎は構内踏切で連絡しています。
一畑電車_北松江線a07
こちらは県道266号線から駅へと向かう道です。
一畑電車_北松江線a09
道を進むとこちらの駅前広場へと至ります。
一畑電車_北松江線a08
駅舎の外観です。
1995年(平成7年)に改築された駅舎で
酒蔵をイメージしているそうです。



一畑電車_北松江線a10
高ノ宮駅
こちらの駅も他の駅同様に1928年(昭和3年)開業です。
一畑電車_北松江線a11
ホームからは畑の向こうに国道432号線、
そしてその向こうに宍道湖が見えます。
一畑電車_北松江線a12
こちらは駅の、国道とは反対側の光景です。
駅前の道はほぼ生活道路というか農道です。
そして駅へと通じる踏切への道はほぼ畑のあぜ道といって良い状態です。
一畑電車_北松江線a13
踏切脇から駅へと通じる細い舗装の道。
一畑電車_北松江線a14
こちらが外から見た駅待合室の外観です。
一畑電車_北松江線a15
なぜか待合室の手前には田んぼへと降りる道が分岐していました。
一畑電車_北松江線a16
田んぼの側から見た駅待合の様子です。
一畑電車_北松江線a17
高ノ宮駅の北西すぐ目の前にはご覧の鳥居があります。
駅から3kmほどにある本宮山の中腹あたりに
「内神社」という旧県社の神社があります。
大国主の御子神「和加布都主命(わかふつぬしのみこと)」と
「下照姫命(したてるひめのみこと)」を祀るこの神社は
松江藩御所4大社の一つに数えられ、
通称を「高野宮」といいます。
高ノ宮駅の由来はこの高野宮から来ており、
駅前の写真の鳥居は高野宮の一の鳥居です。



一畑電車_北松江線a18
松江フォーゲルパーク駅
2001年(平成13年)7月に松江フォーゲルパークの開園に伴って
同時に新しく開設開業した駅です。

松江フォーゲルパークは松江市が費用を負担して誘致したテーマパークでしたが
業績悪化の為に最初の運営企業は3年半ほどで赤字を抱えて撤退。
現在は松江市が施設を買い取っており、
一畑電車のグループ企業が施設管理を行っています。

フォーゲル(Vogel )とはドイツ語で「鳥」の意味だそうで、
園内は鳥類と花を中心としたテーマパークとなっています。
一畑電車_北松江線a19
こちらは宍道湖畔の国道431号線。
宍道湖と反対側には松江フォーゲルパークがあります。
一畑電車_北松江線a20
交差点から北へ曲がるとすぐに一畑電車の踏切があります。
そして踏切を渡るとすぐに松江フォーゲルパークの駐車場への道があります。
一畑電車_北松江線a21
こちらが駐車場への入口。
横には歩道があって徒歩でも入る事ができます。
一畑電車_北松江線a22
こちらが駐車場の中の様子。
駅は駐車場の一角に設けられています。
一畑電車_北松江線a23
松江フォーゲルパーク駅の全景です。
一畑電車_北松江線a24
駅の外観をアップで。
駅舎は庄屋の長屋門をイメージしているそうです。
屋根の上には交差している千木(ちぎ)が見えます。
一畑電車_北松江線a25
駐車場の駅との反対側にも長屋門風の建物がありますが
こちらが松江フォーゲルパークの正面玄関であり、
20種約60羽のフクロウ展示室となっています。
一畑電車_北松江線a26
駅改札からみた松江フォーゲルパークの入口。



一畑電車_北松江線a27
秋鹿町駅
1928年(昭和3年)開業の駅で、島式ホーム1面2線を持つ列車交換可能駅です。
朝の通学時間のみ駅務員が配置されますが基本的には無人駅です。
一畑電車_北松江線a28
ホームから南を見ると、並走する国道431号線の向こう側に
宍道湖がまるで海の様に広がっています。
一畑電車_北松江線a29
ホームと駅舎はご覧の構内踏切が繋いでいます。
一畑電車_北松江線a30
構内踏切は駅舎と反対側にも出口が設けられており
国道431号線側から直接ホームへの出入りも可能となっています。 一畑電車_北松江線a31
ホーム側から見た駅舎です。
一畑電車_北松江線a32
こちらは駅の西側すぐの道路。
7と1/2の距離標があるあたりです。
一畑電車_北松江線a33
道路が分岐しているので進むと
駅前の広場が現れます。
一畑電車_北松江線a34
駅舎の外観です。
1995年(平成7年)に改築されたもので、津ノ森駅と同じ様に
酒蔵をイメージしたデザインとなっています。
一畑電車_北松江線a35
駅舎の中の様子です。



一畑電車_北松江線a36
長江駅
こちらも1928年(昭和3年)開業の駅で
単式1面1線の棒線無人駅です。
ホーム付近は線路が若干カーブを描いています。
一畑電車_北松江線a37
こちらも宍道湖畔にある駅なので
眺望はなかなかのものです。
一畑電車_北松江線a38
こちらは駅ホーム西端目の前にある長江踏切です。
駅の南側と北側を繋ぐ動線ですが
ご覧の通り車は通れません。
一畑電車_北松江線a42
踏切から駅へは、線路沿いのご覧の路地を入って行きます。
一畑電車_北松江線a39
反対方向へと切り替えすと見ての通りです。
一畑電車_北松江線a40
こちらが路地の奥にある駅の待合室。
一畑電車_北松江線a41
駅には東側からも向かう事ができますが
ご覧の細い路地を進む必要があります。
一畑電車_北松江線a43
進んだ先は駅の待合室の裏手で、
見ての通り裏は駐輪場となっています。
一畑電車_北松江線a44
待合室の中の様子です。



一畑電車_北松江線a45
朝日ヶ丘駅
1988年(昭和63年)4月に駅北側に住宅団地が造成され開発されたことから
新しく設置された駅です。
単式ホーム1面1線の駅となります。
朝夕は駅務員がいますが基本的には無人駅です。
一畑電車_北松江線a46
駅北側から見た外観。
目の前の道から駅は一段高いところにあります。
近くを走る国道は宍道湖の湖畔を走っていますが
一畑電車はこの付近ではやや内陸部へと入っています。
一畑電車_北松江線a47
国道から一畑電車をくぐる跨道橋。
一畑電車_北松江線a48
跨道橋をくぐって築堤沿いの坂を上がると駅が見えてきます。
一畑電車_北松江線a49
こちらが駅の駅舎の外観です。
一畑電車_北松江線a50
駅舎の中の様子。



一畑電車_北松江線a51
松江イングリッシュガーデン前駅
開業以来あった浜佐陀駅と古曽志駅を統合の上場所を移転し、
1964年(昭和39年)に古江駅として開業した駅です。
2001年(平成13年)に「ルイス・C・ティファニー庭園美術館前駅」と改称し
当時日本一長い駅名(25文字)となりました。
しかし美術館が閉館した為2007年(平成19年)には
現在の松江イングリッシュガーデン前駅へと変更を余儀なくされています。
一畑電車_北松江線a52
ホームは島式1面1線があり、駅待合室とは構内踏切で連絡しています。
一畑電車_北松江線a53
踏切の北側にある、駅の待合室とトイレの建物。
一畑電車_北松江線a54
駅名の由来となっている、かつて美術館のあった
イングリッシュガーデンは駅の南東にありますが、
駅の北側はご覧の通り一面の田んぼのみが広がる光景となっています。



一畑電車_北松江線a56
松江しんじ湖温泉駅
1928年(昭和3年)4月に北松江線が全線開業した際に
終着駅として開業した駅です。
当初は駅名は「北松江駅」で、北松江線の路線名の由来でもあります。
こちらは1番線ホーム。
一畑電車_北松江線a58
駅は頭端式ホーム2面2線となっています。
一畑電車_北松江線a57
こちらが2番線ホームです。
一畑電車_北松江線a59
駅舎の外観です。
一畑電車_北松江線a60
この駅舎は2001年(平成13年)に改築されたもので、
それ以前は駅南側の1番乗り場の横に駅舎があったそうです。
一畑電車_北松江線a61
駅舎内の改札前の光景。
一畑電車_北松江線a62
改札脇は売店と待合スペースとなっています。
一畑電車_北松江線a63
そして駅舎を出た右の目の前すぐには
松江温泉から引かれた足湯が設置されています。




一畑電車_北松江線a64
こちらはau 4G LTEでの電波サービスエリアマップです。
一畑口駅━松江しんじ湖温泉駅間に関しては全線が電波エリア内となっています。
ですので列車内から駅へのアクセスについては基本的に問題はありません

一畑電車北松江線の全線の所要時間はほぼ1時間ちょうどとなっています。
電波の状態も良いので片道乗車だけでも十分に攻略は可能でしょう。
一畑電車_北松江線a65
また、松江しんじ湖温泉駅からJR松江駅までは
2.2kmほどなので徒歩でも30分弱で到達が可能です。
一畑バスや市営バスなどが数多く運行しており
20分弱の時間で運賃も210円なので
乗り換えは十分に可能な範囲だと思って良いでしょう。
ですから片道を一畑電車、帰りはJR山陰本線というルートは
十分に選択肢に入るのではないでしょうか。


一畑電車_北松江線a66
こちらはJR山陰本線の宍道駅から
レーダーを飛ばした際の到達範囲です。
この通りJR山陰本線からは一畑電車北松江線へ十分にレーダーが届きます。
レーダー使用数に惜しみが無いのであれば
直江駅━玉造温泉駅間くらいで北松江線は全駅レーダー取得も可能
です。



一畑電車は基本的には地方のローカル私鉄なので
路線の周囲は山や田んぼ、そして宍道湖ばかりです。
目的を設定しないで乗車すると「何も無い路線」の印象で終わると思います。

たださすが出雲だけに沿線には神話に因んだ神社や遺跡なども数多く、
また宍道湖の絶景もなかなかのものでした。
美談駅があるのもこの路線ですし、
単に全線を乗るだけなら1時間少々で終わりますので
実際に乗る事をお勧めしたいところです。


では。
【※以上写真撮影:2017年1月】

一畑電車_北松江線00
さて、次は島根県のローカル私鉄である
一畑電車北松江線です。



一畑電車は元々は宍道湖の北岸側にある一畑寺(一畑薬師)への
参拝を目的として計画された鉄道であり、
1914年(大正3年)4月に一畑軽便鉄道として
出雲今市駅(現・電鉄出雲市駅) ━雲州平田駅間が開業したのが始まりです。

1915年(大正4年)2月に雲州平田駅━一畑駅間、
そして1928年(昭和3年)4月には
小境灘駅(現・一畑口駅)━北松江駅(現・松江しんじ湖温泉駅)間が開業して
現在の一畑電車北松江線の原型が出来上がっています




一畑電車_北松江線01
こちらはJR出雲市駅の南口。
松江駅と並んで島根県の玄関口とも言える駅であり、
出雲大社へと参拝に訪れる観光客の集まる駅でもあります。
一畑電車_北松江線02
このJR出雲市駅の南口を出て右手に進み、
駅に沿ってとホテルの間を進むと駅が見えてきます。

一畑電車_北松江線03
こちらが一畑電車の電鉄出雲市駅の外観です。
この駅に初めて来る人はまずこの光景を目にする事だと思います。
一畑電車_北松江線04
南側から見た駅舎の外観。
現在の駅は2000年(平成12年)12月より高架駅となっており、
色ガラスの美しい駅舎となっています。
一畑電車_北松江線05
駅舎の建物の中を進み、駅待合室へ。
一畑電車_北松江線06
待合室には発券の窓口があり、
その脇には改札が設けられています。
この駅は改札は列車の発車10分前より行う様です。
一畑電車_北松江線07
改札内に入り、ホームへと上がる階段。
一畑電車_北松江線08
こちらが駅のホームです。
変形の島式ホーム1面2線となっています。
基本的には2番線が発着に使用されています。

元々は1914年(大正3年)4月に一畑軽便鉄道の出雲今市駅として開業し、
1910年(明治43年)に国鉄山陰本線の開業によって国鉄との共同駅となりました。
そして1957年(昭和32年)に国鉄の改称に併せて出雲市駅となった後、
1964年(昭和39年)に移転によって国鉄と駅が分離し、
電鉄出雲市駅となっています。
一畑電車_北松江線09
駅ホームの東端、2番線にある北松江線のゼロキロポスト。



一畑電車_北松江線10
出雲科学館パークタウン前駅
1928年(昭和3年)に今市上町駅として開業した駅で、
戦後まもなく大和紡前駅と改称。
2002年(平成14年)に現在の出雲科学館パークタウン前駅となりました。
単式1面1線の棒線駅で、無人駅ですが近くに県立出雲高校があるので
朝の通学時間のみ駅務員が配置されます。
一畑電車_北松江線11
前駅ですから、当然ながらホームの眼前には出雲科学館が。
一畑電車_北松江線12
駅前の道は県道へとつながる、いわば線路の側道で、
歩道が駅側だけスロープ状になっていて
半高架の駅へ直接出入りができる様になっています。
一畑電車_北松江線13
駅の外観。
一畑電車_北松江線14
駅ホーム目の前には、一畑電車と並走して走るJR山陰本線があり、
ご覧の様にJRの電車が通過していきます。



一畑電車_北松江線15
大津町駅
1914年(大正3年)4月開業の相対式ホーム2面2線の駅です。
無人駅ですが朝の通学時間のみ駅務員が配置されます。
こちらは駅舎側の1番線ホーム。
一畑電車_北松江線16
ホーム南端には構内踏切があり、
反対側のホームと連絡をしています。
一畑電車_北松江線17
2番線ホームです。
一畑電車_北松江線18
ホーム側から見た駅舎の様子。
かつてあった木造駅舎が2003年(平成15年)に改築されたものです。
一畑電車_北松江線19
駅舎の外観。



一畑電車_北松江線20
武志駅
1914年(大正3年)に開業した駅で、単式1面1線の棒線無人駅です。
開業当時は田んぼしかなかったそうですが、
宅地化の進んだ現在でも駅周辺は結構田んぼがひろがっています。
一畑電車_北松江線21
駅舎は無く、ホーム上に待合室があるのみです。
待合の壁には旧タイプの駅名標がそのまま残っています。
一畑電車_北松江線22
ホームの北端は駐輪スペースとなっていて、
その先に駅の出入口となるスロープがあります。
一畑電車_北松江線23
駅の入口に駅開業以来あるという商店。



一畑電車_北松江線24
川跡駅
1930年(昭和5年)に大社線の開通と同時に設けられた駅です。
当時この駅から松江方に0.1kmほどの場所に鳶巣駅という駅があったそうですが、
北松江線と大社線の交点となる場所に川跡駅が新設され鳶巣駅は廃止となりました。

島式ホーム2面4線を持つ駅で、業務委託駅となっており
駅務員配置の有人駅となっています。
上は主に北松江線で使われる2、3番線ホーム。
主に2番線が電鉄出雲市方面、3番線が松江しんじ湖温泉方面となっています。
一畑電車_北松江線25
普通は駅舎に近い方から1番線、2番線と番号を振るものですが、
ご覧の通りこの川跡駅は駅舎に近い左側から4、1、2、3番線となっています
一畑電車_北松江線26
ホームと駅舎はご覧の構内踏切で連絡しています。
遮断機などは特に無く、駅員が直接ロープで開け閉めをしています。
一畑電車_北松江線29
ホーム側から見た駅舎です。
一畑電車_北松江線27
こちらが駅前の光景。
一畑電車_北松江線28
駅舎の外観です。
長らく開業以来の木造駅舎でしたが1995年(平成7年)に改築されています。



一畑電車_北松江線30
大寺駅
1931年(昭和6年)開業の駅で、単式1面1線の棒線無人駅です。
一畑電車_北松江線31
…まあぶっちゃけて言いますと、駅の目の前は全部田んぼです。
一畑電車_北松江線32
駅から徒歩5分ほどの、国道431号線がバイパスと分岐するあたりには
青木遺跡という遺跡があり、国指定文化財の史跡となっています。



みこと_くに01
美談駅
みこと_くに02
1952年(昭和27年)開業の駅で、単式1面1線の棒線無人駅です。
鉄道的には周囲が田んぼの無人駅であり、とりたてて記すべき事項はありません。

こちらの記事で美談駅については詳細の紹介をしていますので
興味のある方はご参照までに。
参考
「でんこの元ネタ ■No.37 美談みこと(Midami Mikoto)■No.38 美談くに(Midami Kuni)」


ですが駅メモ的には美談みこと・くに姉妹の由来駅であり、
日本神話などを元にしたなかなか興味深い地でもあります。
みこと_くに20
こちらは駅から徒歩10分ほどにある美談神社です。
駅メモの美談姉妹の設定の元となった伝承はここから始まっていますので
時間のある方は訪れてみてはいかがでしょうか。



一畑電車_北松江線33
旅伏駅
1914年(大正3年)4月開業の駅ですが単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
一畑電車_北松江線34
駅近くの国道431号線の交差点には
国指定史跡の国富中村古墳や、枯山水の日本庭園の康國寺などへの
案内標識があります。
一畑電車_北松江線35
国道の交差点から、名勝への案内とは逆の南に進むと
ほどなくして旅伏駅が見えてきます。
一畑電車_北松江線36
駅舎の外観です。
一畑電車_北松江線37
駅舎の中は待合スペースのみとなっています。



一畑電車_北松江線38
1914年(大正3年)4月に一畑軽便鉄道の終着駅として開業した駅です。
単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線の計3線の駅であり、
一畑電車では唯一の社員のいる直営駅となっています。
上は駅舎側の単式の1番線ホーム。
一畑電車_北松江線44
1番ホームにはこの駅が映画「RAILWAYS」のロケ場所であった事を示す
看板が掲出されています。
一畑電車_北松江線39
また駅構内には車両区があり、一畑電車の車両基地となっています。
一畑電車_北松江線40
こちらはホーム西端にある、ホームを繋ぐ連絡地下通路。
一畑電車_北松江線41
島式の2、3番線ホームです。
一畑電車_北松江線42
こちらが駅舎の外観。
二階には一畑電車の本社が入っています。
一畑電車_北松江線43
駅舎の中の改札前の様子。



一畑電車_北松江線45
布崎駅
1915年(大正4年)2月に開業した駅です。
駅の場所が1916年(大正5年)に300mほど東に移動して
現在の位置となりました。
駅は単式1面1線の棒線無人駅となっています。
一畑電車_北松江線46
こちらは駅の入口前にある一畑電車布崎変電所です。
1927年(昭和2年)に建設されたもので、一畑軽便鉄道が電化する際に
その電力を供給する目的で作られました。
産業遺産として国指定有形文化財に指定されています。

参考
文化庁「文化遺産オンライン:一畑電車布崎変電所」

http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/199282
一畑電車_北松江線47
変電所前のご覧の道を進むと駅があります。
一畑電車_北松江線48
駅舎は無くホーム上にご覧の待合室があるのみの駅となっています。
一畑電車_北松江線49
待合室の中の様子です。
一畑電車_北松江線50
ホームの裏手は袋小路の広場となっており、
駅の駐輪場となっています。



一畑電車_北松江線51
湖遊館新駅駅
1995年(平成7年)10月に新設された駅で、
山陰最大のアイススケートリンク「湖遊館」のオープンに合わせて開業しました。

この駅には他の駅にある駅名標が無く、
駅の名前を表示するのはご覧の待合室に掲出されているものだけです。
また駅名は「湖遊館新駅」駅が正式なものですので
駅まで付けると最後が「駅駅」となってしまいます
一畑電車_北松江線52
こちらが駅ホームの様子。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅で、駅舎は無く待合室のみがあります。
一畑電車_北松江線53
ご覧の通り駅周辺には田んぼしかありません。
一畑電車_北松江線54
こちらは待合室から見た光景ですが、
田んぼの向こうに小さく見えるドーム状の建物が
駅名の由来の湖遊館です。



一畑電車_北松江線55
園駅
1915年(大正4年)2月開業の駅で、単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
一畑電車_北松江線56
こちらが駅の外観です。
国道431号線に面して駅があります。



一畑電車_北松江線57
一畑口駅
1915年(大正4年)2月に小境灘駅として開業した駅です。
単式1面1線、島式1面2線の計3線のホームを持つ駅です。
こちらは駅舎のある1番線ホームで、松江方面行きの列車が使用します。
一畑電車_北松江線58
ホームには一畑口駅についての説明が書かれた看板が掲出されています。
(画像クリックで拡大します)
一畑電車_北松江線59
その脇には目玉のおやじのモニュメントが。
一畑電車_北松江線66
改札口脇の駅舎前にご覧の通り並んでいます。
一畑電車_北松江線67
ホーム側から見た改札口。
一畑電車_北松江線60
ホーム同士は駅北側の構内踏切で連絡しています。
この一畑口駅は当初はさらに北に3.3km線路が延びていて、
そこに後から松江方面の路線を接続した形でした。
一畑電車_北松江線61
一畑口駅から北の線路だけ廃止されたものの
使用部分の駅ホームや線路はそのまま残された為、
結果として平地なのにスイッチバックというめずらしい形の駅となりました。
一畑電車_北松江線63
ですので駅の北側はご覧の通り線路が集約して行き止まりとなっていますし。
一畑電車_北松江線62
南側は線路がダイヤモンドクロッシングで交差して
その先で分岐しています。
一畑電車_北松江線64
構内踏切から見た駅。
スイッチバックとなった結果、この踏み切りを通過する列車はありませんので
いつでも通る事ができる状態となっています。
一畑電車_北松江線65
こちらが島式の2、3番線ホーム。
2番線を出雲方面行きで使用しており、3番線は現在は使っていません。
一畑電車_北松江線68
駅前の様子です。
駅前広場はかなり広めのスペースがあります。
一畑電車_北松江線69
駅舎の外観です。



さて、ここからこの部分は駅メモとはちょっと関係の無い部分となります。
それは一畑口駅━旧一畑駅間にかつてあった3.3kmの廃線跡についてです。
駅メモには旧一畑駅は登録されていませんので。

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一畑電車_北松江線70
こちらは一畑口駅のホーム北側の引込み線部分です。
一畑電車_北松江線71
こちらがその引込み線の終端の車止めです。
この車止めの先にはかつて、1915年(大正4年)に一畑軽便鉄道の開通によって
鉄道が敷設されていました。
一畑電車_北松江線72
車止めの先の交差点ですが、その先には直線で伸びる道路があります。
この道路は県道23号斐川一畑大社線で、
かつての一畑軽便鉄道の線路の路盤跡に作られた道路です。
一畑電車_北松江線73
かつての鉄道跡である県道を進みます。
一畑電車_北松江線74
そして写真の車の停まっているあたりの横が
かつて一畑駅があったとされる場所となります。
一畑電車_北松江線75
地図で示すとご覧のあたりとなります。
一畑電車_北松江線77
道路の脇にはこの地区の地図がありました。
一畑電車_北松江線78
看板の現在地から、道を挟んだ向かい側に「北垣駅前」の文字が見えるでしょうか。
その左には「一畑坂下車庫」の記載もあります。
一畑電車_北松江線76
ご覧の道の左側付近が、かつて一畑駅のホームのあった場所です。
一畑電車_北松江線79
古い写真などの資料から判断すると、
この写真の付近が一畑駅の駅舎があったとおぼしき場所となります。
一畑電車_北松江線80
旧駅舎の跡と思われる場所の真後ろの用水路には
レールを使って作られた木の橋が架けられていました。
一畑電車_北松江線81
駅舎跡から用水路を挟んだ反対側。
地図に「北垣駅前」と書かれた付近です。
一畑電車_北松江線82
駅跡から80mほど県道を北に行った付近です。
用水の橋の先あたりに見える看板の左側に
一畑寺(一畑薬師)への参道となる階段があります。
一畑電車_北松江線83
駅舎の残った当時の写真と比べても、
このあたりの民家の形がほぼ同じですので
写真道の民家の向こう側あたりが駅だったのはほぼ間違い無いと思います。

以上駅メモとは直接の関係は無いものの、
そもそも一畑電車が作られたのはこの一畑駅まで鉄道を通して
一畑薬師への参拝の足とする為でしたので
特に廃線跡についてご紹介させていただきました。
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一畑電車_北松江線84
こちらはau 4G LTEでの電波エリアマップです。
一畑電車の北松江線の電鉄出雲市駅━一畑口駅間は
路線やその周辺がほぼ完全に電波エリア圏内となっています。
この区間にはトンネルもありませんので
どの場所からでも駅へのアクセスは問題ありません

実際に一畑電車に乗車してチェックインをしてみても
ストレスを感じる事はまずありませんでしたので
普通にプレイをしていれば何ら問題は起きないと思います。

またこの路線は国道431号線をはじめとして
並行する道路も非常に整備されているので
車などでのアクセスも非常にし易い路線だと思います。


一畑口駅以東の区間は1928年(昭和3年)に後から開業した区間となります。
こちらの区間についてはその2にて続きとしたいと思います。

では。
【※以上写真撮影:2017年1月】

三江線c55
JR三江線の続きです。

その1(三次駅━口羽駅)はこちら
その2(口羽駅━浜原駅)はこちら
その3(浜原駅━因原駅)はこちら



三江線b74
鹿賀駅
1949年(昭和24年)11月に開業した駅で
単式1面1線の棒線無人駅です。
三江線b75
こちらは江の川沿いの県道295号線の鹿賀駅付近。
向こう側に鹿賀大橋が見える場所です。
三江線b76
こちらが鹿賀駅の外観。
ホームに待合室があるのみとなっています。
三江線b77
県道と駅をつなぐ小路の脇にはご覧の看板が。
三江線b78
ホームから小路を見るとご覧の感じです。
三江線b79
ホームから反対側の江の川方向を見るとご覧の光景が。
三江線b80
待合室はご覧の感じで。
入口の軒に鳥避けのCDがぶら下げられまくっていました。
三江線b81
この駅の神楽愛称は「道返し」でした。

三江線b85
余談ですが、この鹿賀駅の最寄りには一部の好事家には有名な
「コインレストランかわもと」があります。
三江線b84
鹿賀駅からは目の前の鹿賀大橋を渡った江の川の対岸の国道沿いにあります。
距離にしておよそ400mほどですので歩いて6、7分といったところでしょうか。
三江線b86
こちらが店内で、要するに全てが自動販売機のドライブインです。
三江線b87
そしてこの店のメインがこのうどんとラーメンの自動販売機です。
三江線b88
何がメインかというとこの自動販売機、
代金を投入するとご覧の調理されたかしわうどんが全自動で調理されて出てくるんです。
かつて昭和の時代にはあちこちのドライブインで見かけたこの機械、
平成の現代では現役で稼動している機械を見つけるのは至難なのです。
…だからどうした、とか言わない方は是非。
三江線b99
そしてこのあたりはドライブインのある対岸は国道が走って道が広いのですが、
三江線に沿って走る方の道路は県道なのにご覧の通り車一台分しか幅がありません
運転に自信の無い方は覚悟のほどを。




三江線b82
石見川越駅
1931年(昭和6年)5月に開業した駅であり、
現在は単式1面1線の棒線無人駅となっています。
三江線b83
こちらは駅前の県道295号線。
ご覧の通り県道としてはかなり狭くなってきています。
三江線b89
こちらが駅舎の外観。
三江線b90
入口の軒下を見ると、駅名の看板にツバメの巣が。
三江線b91
駅舎の中です。昭和の香りが残っています。
三江線b92
駅舎の表側もまるで映画のセットのような雰囲気です。
三江線b93
駅の隣にある郵便局。
駅周辺には他には、駅正面の平屋の床屋さんしか無いので
この郵便局はひときわ目立ちます。
三江線b94
駅の神楽愛称は「頼政」



三江線b95
田津駅
1949年(昭和24年)11月開業の駅で単式1面1線の棒線無人駅です。
三江線b96
こちらが駅近辺の道路。
このあたりでは県道が三江線から逸れてしまっており、
駅の前を走るのは一般の市道です。
三江線b97
反対方向からみた駅の外観です。
見ての通り市道の脇で小高くなった場所を線路が走っており
駅も石垣の上に設けられています。
三江線b98
駅ホームへと登る階段。
三江線c01
ホーム上には待合室しか無く、中はご覧の通りベンチがあるのみです。
三江線c02
そして駅入口の階段と、隣の民家との間なのですが、
こちらに実は犬が飼われていまして。
この犬が超吠える犬らしく、私が見た時にはご覧の通り板で覆われていました。
駅に人が来るたび吠えるんでしょうね。
こうしてカメラを向けた瞬間「ヴヴゥゥゥゥ」と低いうなり声をあげてましたし。
三江線c04
ちなみにここまでの写真を見ると、この駅がすごい山の中の駅の様に見えますが
前の道の反対側は江の川の河原なのでご覧の通り広々としています。
三江線c03
駅の神楽愛称は「羯鼓・切目」となっていました。



三江線c05
川戸駅
こちらの駅は1930年(昭和5年)4月に開業した駅です。
この年は三江線の最初の区間である江津駅━川戸駅間 の13.9kmが開業した年で、
つまりこの駅は開業当初からの駅であり、最初の終着駅だった訳です。
現在はご覧の単式1面1線のホームのみの駅となっています。
現在は駅員はおらず無人駅となっています。
三江線c06
しかし開業当初の終着駅だけあって当初は相対式2面2線の駅でしたが、
1999年(平成11年)3月にJRの合理化の影響で三江線の他の駅同様に
こちらの駅も交換設備が撤去されました。
その為線路こそ撤去されていますが、
かつてのホームは今でも線路の反対側に残っています。
三江線c07
こちらが駅舎の外観です。
開業当時の駅舎が今でも現役で使われている様です。
三江線c08
駅舎の中の待合室の様子です。
駅務室は現在は地域のサロンとして使用されている様です。
三江線c16
駅舎の中から見た駅前の様子。
三江線c09
ホーム側の駅舎の軒先です。
三江線c10
駅舎の端の部屋の前にはかつて貨物を扱っていた名残りなのか
「第一種計量管理事業場」の札が掲示されていました。
現在はNPOが入居している様です。
三江線c11
この駅の神楽愛称は「鈴鹿山」でした。
神楽の駅名標が廃ホームの上にあったので、スマホではこれが限界でした…
私有地や鉄道用地に無断で立ち入る馬鹿な真似はしない方針ですので。



三江線c12
川平駅
こちらも1930年(昭和5年)4月の三江線開業と同時に開かれた駅です。
現在は単式ホーム1面1線のみの無人駅となっています。
三江線c13
かつてはこの駅も交換設備を持つ駅で、
今は使用されていない相対式ホームが線路の反対側に今も残っています。
駅名標もまだ綺麗に残っていました。
三江線c14
ホーム前には線路が撤去された後の枕木がまだ残っており、
また駅の先では線路が不自然に湾曲しているなど
かつての交換設備の跡を見ることができます。
三江線c15
こちらが駅舎の外観。
昭和5年の開業当時からの駅舎がまだ残っています。
三江線c18
駅前広場には立派な池が作られていました。
三江線c19
駅舎の中の様子。
有人駅だった時の窓口は紙で目隠しがされていました。

この開業当時からの駅舎や周囲の風景の残る川平駅は
映画のロケなどでも何度も使われている様子です。
参考
JR西日本 Blue Signal「あの風景を探して『砂時計』」
https://www.westjr.co.jp/company/info/issue/bsignal/10_vol_132/landscape/index.html
石見フィルムコミッション~石見な風景「映画『砂時計』撮影風景」
http://iwamiko.blog88.fc2.com/blog-entry-137.html

三江線c17
こちらは駅の神楽愛称は「大江山」でした。



三江線c20
千金駅
この駅は三江線開業後しばらくしてからの1958年(昭和33年)7月に
後から追加新設をされた駅です。
駅はご覧の通りの単式1面1線の棒線無人駅です。

この駅も三江線の中で有数の秘境駅の一つに数えられている駅です。
まあ、江津市内からは車で15分ほどで付近まで来れますし
単に列車本数が少なくて周囲のみ家が少ないというロケーションなだけですが。
三江線c21
こちらが駅の全景。
駅周辺は小山と田んぼが広がるのみで、
農家がポツンポツンと散在する、いわゆる「散村」となっています。
三江線c23
この駅は県道112号線からはおよそ400mを
田んぼの中の農道というかあぜ道を進まないとたどり着けません。
地図によってはご覧の通り途中で道が無くなっていますし。
三江線c22
こちらが県道から駅へと向かう道。
普通乗用車で入ると舗装部分いっぱいになる道幅で、
離合(すれ違い)もままなりませんし
運転に慣れていない方はターンして戻るのにも困ると思います。
三江線c24
400m進むと見える三江線の金田踏切。
この踏切の脇に千金駅のホームがあります。

代行バスや社会実験で三江線の各駅を繋ぐバスが運行された時も
この千金駅はバスが通過したそうですが、
確かにバスは駅まで行けないですね…
三江線c25
駅舎は当然無く、ホーム上の待合室のみとなっています。
三江線c26
待合室の外壁には「千金駅」の看板が。
駅の神楽愛称は「大和武尊」でした。



三江線c27
江津本町駅
こちらの駅も千金駅と一緒に1958年(昭和33年)7月に開設された駅です。
単式1面1線の棒線無人駅となっています。

隣の市街地にある江津駅からはわずか1.1kmの距離にある駅であり、
徒歩でも17、8分ほどで着いてしまいます。
にも関わらず、「本町」と名前についておきながら
駅周辺があまりに何も無いことから
この駅も秘境駅の一つに数えられていたりもしています
三江線c28
駅前の県道112号線はご覧の通り。
三江線c29
自動販売機が1台あるのみです。
三江線c32
駅舎はこの駅にも無く、ホーム上に待合室があるのみです。
こちらはその待合室を県道側から見た光景。
三江線c39
待合室の中はご覧の感じです。
三江線c30
ホーム南端の三次方面側まで来ると、
見ての通り眼前の江の川が広がっています。
もう河口が近いだけに川幅も広くなかなかの光景です。
三江線c33
反対側のホーム北端の江津側を見ると
目の前にすぐ江津トンネルが見えます。
三江線c31
こうして見てみると
駅のロケーションが分かりやすいかと。
三江線c34
そして駅前の県道112号線の、
トンネル脇を北へと少し進んでみますと。
三江線c35
県道が太い配水管の下を潜っていました。
三江線c36
配水管の先すぐにはなにやら民家が見えます。
三江線c37
曲がり角まで進むと眼下には市街地が広がっていました。
駅からすぐのこの市街地には江津の寺社が集まっており
古い町並みがひろがっている地区でもあります。
三江線c38
江津本町駅の神楽愛称は「恵比須」となっています。


三江線c54
江津本町駅を出ると三江線は引き続き江の川のほとりを走ります。
河口部の江の川はかなり広くなっていますが、
何よりも三江線に乗っていて街が工場が煙突が見えるのが新鮮すぎて。



三江線c40
そして江津駅です。
三次駅から108.1kmやってきたここが終着駅です。
単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線を持つ駅で、
三江線は島式ホームの3番線を使用しています。
三江線c41
かつてこの3番線の外側には数多くの側線があって貨物などが走り、
日本製紙江津工場への専用線まであったそうです。
ですが現在は線路は全て撤去されており、広大な敷地が残るのみとなっています。
三江線c42
その敷地の、3番線ホームとの反対側に
三江線のゼロキロポストがぽつんと取り残されていました。
山陰本線に所属する江津駅ですが、三江線の起点駅となっています。
三江線c43
島式ホームの西端にはなにやら石灯籠のようなものが。
三江線c44
反対のホーム東端には植え込みが作られていました。
三江線c45
この島式ホーム、3番線側から駅名標を見るとご覧の通り
三江線のラインカラーの水色となっていますが。
三江線c46
反対側の2番線は山陰本線の下り線(浜田・益田方面)なので
駅名標もオレンジ色になっています。
三江線c50
ホームにある三江線の時刻表。
まあ、ご覧の通りの本数です。
三江線c47
駅舎のある1番線とはこのブルーの跨線橋で連絡。
三江線c48
こちらが単式の1番線ホームです。
山陰本線の上り線(出雲市・松江方面)となっています。
三江線c49
1番線の西端に行くと、「鐵路平安」の石碑のあるお社がありました。
なんでも江津駅開業50周年を記念して建てられたのだとか。
三江線c51
こちらが江津駅の駅舎の外観です。
目の前を国道9号線(山陰道)が走っています。
三江線c52
駅舎の中の様子です。
三江線c53
改札の上のこの電光掲示板に三江線の列車が表示されるのも
廃止までの期間だけなのですね…
三江線c56
最後となるこの駅の神楽愛称は「八十神」でした。




三江線c57
こちらが三江線の因原駅━江津駅間の
au 4G LTEでの電波エリアマップです。
駅間で電波のエリア圏外の場所はあるものの
駅の場所ではどの駅もエリア圏内なので
端末でのGPSの取得には困りませんでした。
三江線c58
ただ一駅、田津駅だけは見ての通りエリア圏外となっています。
しかし私は都合4回、この田津駅を通過しましたが
一度もこの田津駅へのチェックインには困りませんでした

しかしながら一応、電波圏内の区域も田津駅のエリア境界ギリギリですし、
何よりもこの区間で唯一の電波圏外駅なので
チェックイン時には注意
をして下さい。

三江線c59
むしろ気をつけていただきたい、と感じたのは、
この電波エリア圏内的には何の問題も無い江津本町駅です。
三江線c60m
というのも江津本町駅付近で何度も、ご覧の場所にGPSが飛んでしまい
しばらくこの位置で固定されてしまうといった事が何度も起きているからです。
この位置は江津駅と江津本町駅のエリア境界ギリギリの場所で、
一応江津本町駅のエリアに入っていると思うのですが、
この位置でのチェックインの結果は何度やっても江津駅となりました。
三江線c61
とはいえ江津本町駅は電波圏内ですので
ご覧の通り駅の座標の取得は十分に可能なはずです。
ですから上の現象は私のandroid端末固有の問題なのかもしれませんが
一度ではなく何度も起きていましたのでご注意下さい。



さて、これで三江線の全区間を書き終えました。
2018年3月末での廃止が現時点で規定の決定事項となっていますので、
今のうちに巡っておかなければ列車では回れなくなってしまうので
今回(2016年12月)に全駅訪問をしてきました。

列車と車の両方で三江線をそれぞれ巡って見た感想としては、
さんざん言われていて皆さんご存知の話ではありますが、
やはり列車の本数が少ないので、
列車だけでは工夫をしても回れる数には限界があるという事
です。
三江線自体だけではなく、三江線周辺の路線も本数が少ないですので
それなりの対応なり準備計画が必要でしょう。

また車で巡るには、これも多方面で言われている事ですが
いわゆる「酷道」と言われる(県道や市道なので「酷道」ではないのかもしれませんが)
車のすれ違いのできない道があちこちにあるという点です。
三江線c62
一例を挙げるとこんな感じです。
普通乗用車ではだいたい道幅いっぱいな感じになります。
運転に慣れている方であれば三江線の列車より早く移動できますが、
途中で往生している地元民では無い車を数度見かけましたので
車移動の場合はそれなりの運転テクニックを持って行って下さい

列車廃止後は代替交通手段、多くはバスなどになると思いますが、
正直108.1kmの長さの三江線を全線通しで走るバスは現実的では無いと思います。
見ての通りの道も多いので、区間ごと(恐らく自治体単位)に細切れになったバス路線が
道の状態や利用客数から考えても少ない本数で運行される事になる
と考えるのが現実的ではないでしょうか。
そう考えると、現在でも難易度のレベルが高い三江線の攻略が
廃止後はさらに数段上がってしまうという結論にならざるを得ません


こう考えると、列車がまだ廃止されていない今のうちに
極力都合をつけて、三江線だけでも先に攻略を済ませておくべきだと思います。



今回書いた情報も、あくまで基本は私の状況に拠るものです。
端末の違いや通信キャリアの違いなどで多少の差異は出ると思いますが、
三江線を攻略する、という点ではそれなりに参照できるように
集めた情報を書いたつもりです。

ですのでみなさんの攻略時に多少でも助けになれば幸いです。

では。

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