鳥取県

智頭急行00
お次は智頭急行智頭線についてです。


智頭急行は元々は1922年(大正11年)の改正鉄道敷設法第85号で
「兵庫県上郡ヨリ佐用ヲ経テ鳥取県智頭ニ至ル鉄道」と定められた計画路線でした。
しかし度重なる周辺路線の計画変更などもあって
着工が繰り延べとなり、1966年(昭和41年)に日本鉄道建設公団(鉄道公団)によって
やっと着工される事となります。

そして建設の最中に国鉄の経営が悪化。
1980年(昭和55年)には国鉄再建法が定められ、
智頭線は「AB線(地方鉄道新線)」の対象となって工事が凍結される事となります。

しかし鳥取県が中心となって第三セクター会社設立へと舵を切り、
将来的なモータリゼーションによる高速道路との競合を見越して
高速運転のできる高規格で路線を建設して
1994年(平成6年)12月に全線が開通しました。


多くの第三セクター鉄道が赤字である中で
智頭急行は第三セクター鉄道で収益性トップに君臨しています。
智頭急行01
これは開業以来、JR線に乗り入れて鳥取と京阪神を結んでいる
特急列車スーパーはくとの存在が大きく、
智頭急行の収益のほとんどがこの特急列車の旅客収入によるものです。



智頭急行02
こちらは智頭急行の智頭駅の駅舎の外観です。
智頭駅自体は1923年(大正12年)に国鉄因美線の駅として開業しており、
また智頭急行開業後もJRと智頭急行は構内でつながっています。
智頭急行の駅としては路線の開業した1994年(平成6年)12月の開設となっています。
智頭急行03
駅舎の入口の右手には智頭急行運輸部への入口があります。
この智頭駅駅舎の2階が運輸部事務所、
3階が智頭線の運輸指令室となっているそうです。
智頭急行04
駅舎の中に入ると椅子が数脚ある待合スペースがあるものの
目の前すぐが改札となっています。
改札内に入ってすぐ左は智頭急行のホームで、
奥はJRのホームへの連絡口となっています。
智頭急行06
駅舎からホームへはご覧の連絡通路があります。
智頭急行05
こちらが智頭急行のホーム。
駅舎から頭端式1面2線のホームとなっています。
智頭急行07
角度を変えた智頭急行智頭駅ホームの様子。
智頭急行08
「スーパーはくと」などの特急列車など
因美線から智頭急行へと乗り入れる列車は智頭駅ではJRのホームに停車する為、
ご覧の通りに智頭急行のホームの横を通過して行きます。
智頭急行09
こちらは智頭急行の駅舎の北隣にあるJR智頭駅の駅舎です。
智頭急行10
JR智頭駅の1番線ホーム。
鳥取方面から智頭急行へと乗り入れる列車用のホームであり、
改札を入って左手(南方)へ向かうと智頭急行のホームへの連絡口があります。
智頭急行11
こちらがJRと智頭急行との連絡口です。
智頭急行の駅舎の裏側にあたります。
智頭急行13
こちらは智頭駅の駅前にある智頭町総合案内所で、
観光客への案内などを行っています。
智頭急行14
その総合案内所の向かいにあるJA鳥取いなば。
智頭急行15
このJA(農協)のビルに智頭急行の本社が入っています。
智頭急行16
JAの隣には智頭町の役場が。


智頭急行35
こちらは智頭駅━恋山形駅間のトンネルのマップです。
高規格で建設された為、線形が良い代わりにトンネルが多くあります。
特急列車の場合は高速で通過しますし、トンネル内では電波は入らないので
アクセスには注意が必要です。、
ただ次の恋山形駅では普通列車は停車時間を多く取っている為、
駅で停車中にアクセスをすれば問題は無い
でしょう。



智頭急行19
こちらは千代川沿いの国道373号線。
恋山形駅の標識が設置されています。
智頭急行20
千代川の橋を渡り、正面の坂を右手へと登っていきます。
智頭急行21
坂を登り切ると智頭急行の高架線と跨道橋が見えてきます。
智頭急行22
高架下にある駅名標。
智頭急行23
跨道橋をくぐると左手の坂道に、
ピンク色に塗られた「恋ロード」の文字が。
智頭急行24
ここから先は全てがピンク色に塗られています。
智頭急行25
こちらが智頭急行の恋山形駅の外観です。
1994年(平成6年)の智頭急行開業時に開設された駅となります。
開業前は駅の仮称は「因幡山形駅」だったそうですが、
地元の要望によって「来い山形」をもじった「恋山形駅」となったそうです。
相対式ホーム2面2線の無人駅となっています。
智頭急行26
そして駅前の広場にはご覧の写真スタンドが。
智頭急行27
反対側には地面にハートが二つ。
智頭急行28
これはカップルがハートの上に並んで、
カメラスタンドにカメラと置いて自動で撮ると
後ろの待合室の壁の大きなハートがカップルの間に写り込むという仕掛けです。
智頭急行29
ホームへの入口脇にはピンクの「恋ポスト」も。
このポストに郵便物を投函するとハート型の風景印(消印)が押されるそうです。
智頭急行17
こちらは1番線ホーム。
この駅は一線スルー方式となっており、
1番線は副本線で交換時のみ列車が停車します。
智頭急行30
こちらのホームにはハートのモニュメントがあり
絵馬が奉納できます。
智頭急行31
ホームは智頭急行に3つしか無い踏切の一つによって連絡しています。
智頭急行18
こちらが2番線ホーム。
通常の列車は全てこの駅ではこちらの2番線に停まります。
智頭急行32
番線表示もハート型。
智頭急行33
恋駅プロジェクトの表示もありました。


智頭急行36
恋山形駅━山郷駅間のトンネルの図です。
区間の半分はトンネルなので、駅での停車中に確実にアクセスをして下さい。



智頭急行37
こちらは県道7号線。
国道373号線から分岐してすぐの場所です。
ここに山郷駅はあり、既に写真でも見えているのですが
いまいちどこにあるのかが分かりづらいと思います。
智頭急行38
角度を変えて、こちらが山郷駅の入口です。
この駅は切り通りに設置されている為、半ば地下駅の様に
入口は階段となっています。
智頭急行39
入口脇から見下ろした駅のホーム付近。
智頭急行40
こちらの階段を下りるとホームとなります。
智頭急行34
ホームの様子です。
1994年(平成6年)の智頭急行開業に併せて設置された駅で、
単式ホーム1面1線となっています。


智頭急行41
山郷駅━あわくら温泉駅間には
鳥取県と岡山県の県境となる
全長5592mの志戸坂トンネルがあり、区間のほぼ全部がトンネルとなります。
ここの駅間では電波が入らずアクセスできませんので
駅での停車中に確実に取って下さい。
ご覧の様に山郷駅は前後区間の8割がトンネルとなり
特急で取り逃すとアイテムしか方法が無くなります
のでご注意を。


智頭急行42
こちらは国道373号線に面するあわくら温泉駅
国道と智頭急行の線路が並走を始めるあたりに駅はあります。
智頭急行43
駅の前の国道角にはたぬきが温泉につかるモニュメントが。
智頭急行44
こちらが駅舎の外観です。
1994年(平成6年)の智頭急行開業時に開設された駅であり、
岡山県では一番東に位置する駅だそうです。
智頭急行45
駅舎の中は待合室になっていますが
ご覧の通りなかなか広々とした待合室です。
あわくら温泉は狸に由来する温泉だそうで
その説明も掲示されていました。
智頭急行46
ホームは高架駅となっていますので
駅舎の前に階段があります。
智頭急行47
こちらがホームの様子です。
一線スルー方式となっており1番線が本線、2番線が副本線となっています。
その為列車は、列車交換が無ければ上下線とも1番線に入線します。



智頭急行48
こちらはあわくら温泉駅━西粟倉駅間のトンネルの位置図です。
この区間もトンネルが多く、アクセスは駅停車時を狙うのが無難でしょう。


智頭急行49
国道373号線から西に100mほど入った所にある
西粟倉駅の駅舎。
1994年(平成6年)の智頭急行の開業に合わせて設置された駅です。
智頭急行50
駅舎の前には駐車のできる駅前広場が。
智頭急行51
裏手のホーム側から見た駅舎と中の様子です。
手入れがされて非常に綺麗に使われています。
智頭急行52
駅舎の裏にあるホームへの階段です。
築堤上にホームがある駅で出入口はこの階段のみです。
智頭急行53
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。



智頭急行54
西粟倉駅━大原駅間のトンネルの位置図です。
この区間の北半分はトンネルとなっています。


智頭急行55
こちらは国道373号線。
ご覧の通り大原駅の標識があります。
智頭急行56
国道のコンビニの向かいの道を入って80mほどで駅舎があります。
智頭急行57
大原駅の駅舎です。
この駅も1994年(平成6年)の智頭急行開業で開設されました。
智頭急行58
駅舎の中の様子です。
智頭急行59
券売窓口の前から出ると、ご覧の築堤に駅名標が。
智頭急行60
駅舎の方を振り返ると、駅舎を通らなくても
横からホームへは入れる事が分かります。
智頭急行61
築堤のトンネルは各ホームを繋ぐ地下道でした。
智頭急行62
こちらが島式の1、2番線ホーム。
この駅は単式1面と島式1面2線の計3線のホームを持っています。
1線スルー方式の駅であり、2番線が本線となっています。
ホーム南方の上郡方にある連絡地下道の階段ですが、
1番線はご覧の通り階段のところでホームが終わっています。
その為ホームの有効長が短く、特急停車には足りない為
普通列車しか停まることができません。
智頭急行64
対して2番線は見ての通り階段の先までホームがあり、
特急列車に対応が可能です。
智頭急行63
ですので特急列車は基本的には本線である2番線で発着します。
智頭急行65
こちらは単式の3番線ホーム。
智頭急行66
3番ホームの裏手は智頭急行の大原車両基地となっており
全ての普通列車が所属をしています。
智頭急行67
引き上げ線に留置されているラッセル車。



智頭急行68
大原駅━宮本武蔵駅間のトンネルの位置図です。
この区間は比較的平坦でほとんどトンネルはありません。


智頭急行69
こちらは宮本武蔵駅
1994年(平成6年)の智頭急行開業と共にできた駅です。
近くの国道429号線からは吉野川の対岸にあり、
周囲は山中の市道しか無い場所に駅があります。

当初国鉄智頭線の計画にはこの駅の設置は入っていませんでしたが
地元の強い要望によって
第三セクターでの工事再開時に新たに計画に加えられました。
宮本武蔵生誕伝承の地に作られた為、
人名がそのまま駅名となっている全国でも珍しい駅です。
智頭急行70
駅前の広場には幼少の頃の武蔵、お通、又八の銅像が。
智頭急行71
そしてその横には待合所が。
窓がさりげなくハート型になっているのが分かりますでしょうか。
智頭急行72
待合所の中はご覧の通り。
智頭急行73
ホームは築堤上の高架駅となっており、
階段で上がった先の駅舎の待合室を抜けるとホームがあります。
智頭急行74
こちらがホーム。
単式1面1線の棒線駅となっています。
智頭急行75
ホームの駅舎壁にはご覧の宮本武蔵の陶板画があります。
智頭急行76
裏手から見た駅の様子。
智頭急行77
ホームから地上へと戻ると
階段前にはご覧の「宮本武蔵 生誕の地 800m」の看板があります。
智頭急行78
駅から徒歩15分ほどの地へと行くと、
宮本武蔵が幼少を過ごし二天一流の剣術のヒントを得たという
讃甘神社があります。
智頭急行79
神社の向かいには「武蔵の里」という宮本武蔵ゆかりの地を一大整備した
観光スポットが設けられていました。
智頭急行80
このあたりの駅への案内表示は
「宮本武蔵駅」とフルネームではなく「武蔵駅」となっていました。
駅名を標識などではしょる例はあまり見かけないのでおもしろいというか。



智頭急行81
こちらは智頭急行の智頭駅━宮本武蔵駅間の
au 4G LTEでの電波エリアマップです。
基本的にこの区間はほぼ全線で電波エリア圏内であることが分かります。

唯一、山郷駅━あわくら温泉駅間の志度坂峠付近が電波圏外となっていますが
この区間はほぼ全てが志度坂トンネルの区間ですので
仮に地上で電波が届いていても列車内からは取れません。


これまでご紹介した通り、智頭急行では多くの区間がトンネルとなっています。
トンネル内では携帯電波は届きませんし、当然GPSで位置情報の取得もできません
智頭駅を出ると次は大原駅、その次は佐用駅に停車の特急列車に乗った場合、
トンネルを出てからGPSの位置情報を更新している最中に
次のトンネルに入ってしまうケースが多く駅を取り逃がす危険性が高い
でしょう。
アイテムで取り逃した駅をフォローするにしても
トンネルの多い智頭急行では特急列車のスピードでは
ファンブルの可能性も多々あります


しかし普通列車に乗った場合には、
智頭急行の駅は全てが電波圏内となっている上、
特急列車の通過待ちや列車交換で駅停車時間を長く取るケースも多い路線です。
落ち着いて駅停車中を狙ってアクセスすればほぼ取り逃しは無いでしょう。



路線の利用客の多くが特急利用という路線であり、
その売り上げの9割が特急によるという智頭急行ですが、
こと駅メモに関する限りは普通列車の利用が無難と言えます。
特急や他の交通手段で攻略をされる方は
バックアップやフォローの計画を十分に立てて下さい。


では続きはその2にて。
では。

倉吉線64
倉吉線はかつて鳥取県倉吉市を走っていた国鉄の路線です。
1912年(明治45年)に倉吉軽便線として
上井駅(現在の倉吉駅)━倉吉駅(打吹駅)間が開業したのが始まりです。

1922年(大正11年)に改正された鉄道敷設法では
第89号で「岡山県勝山ヨリ鳥取県倉吉ニ至ル鉄道」と定められて
正式に国の計画路線となりました。
これによって倉吉駅から、現在の姫新線の中国勝山駅までが予定線となります。

1941年(昭和16年)には関金駅まで延伸、
そして1958年(昭和33年)には山守駅まで延伸して
「国鉄倉吉線」として営業していた区間の全線が開業しています。

そして国鉄の経営悪化によって1980年(昭和55年)に国鉄再建法が制定。
倉吉線は第1次廃止対象特定地方交通線に選定され真っ先に廃止整理対象となります。
その結果1985年(昭和60年)に倉吉線は廃止され、
中国勝山駅までの延伸は叶わず73年の歴史にピリオドが打たれたのです。



倉吉線01
こちらはJR倉吉駅の駅舎の外観です。
1903年(明治36年)開業という歴史のある駅で、
山陰本線の駅として全ての特急が停車する駅です。
智頭急行の特急スーパーはくとはこの駅を始発駅としています。
現在の駅舎は2011年(平成23年)に橋上駅舎化がされ改築されたものです。

1912年(明治45年)に駅名を上井駅と改名した後に倉吉軽便線が開業。
以後廃止に至るまで倉吉線の起点駅となっていました。
倉吉線02
こちらは現在の倉吉駅3番線ホーム。
単式ホームであることからも分かる通り、
橋上駅舎に改築される前は駅舎側の1番線として使われていたホームです。
倉吉線03
その旧1番線である現3番線の、鳥取方面側の東側には
ご覧のモニュメントが設置されています。
倉吉線04
ここにはかつて倉吉駅の跨線橋があり、
この場所がちょうど1番ホームの跨線橋の階段前でした。
倉吉線05
そしてモニュメントの東側の写真のあたりが
かつて1番線ホームを切り欠いて作られていた
倉吉線の5番線ホームがあった場所となります。
倉吉線06
倉吉駅の駅舎東側にある駅よこプラザの前にある
バスターミナルがかつての倉吉線の跡であり、
ここから東に向かった倉吉線が大きく南へカーブを描いて
南方へと伸びていました。



倉吉線07
こちらは天神川の西岸にある国道179号線の見日町東交差点です。
かつてここを倉吉線が走っていました。
倉吉線08
交差点のすぐ西には天神側の支流の玉川が流れており、
倉吉線の新玉川橋梁の橋台が残っているのが見られます。
倉吉線09
川を渡った先の倉吉線跡は整備されて
「緑の彫刻プロムナード」という市の遊歩道となっています。
倉吉線10
川から遊歩道を200mほど進むとモニュメントが。

倉吉線11
このモニュメントがある場所が、
かつて倉吉線の上灘駅のあった場所となります。
上灘駅は1912年(大正元年)に倉吉軽便線開通の4ヵ月後に設けられた駅で、
単式ホーム1面1線と小さな駅舎を持つ駅だったそうです。
倉吉線12
こちらは市道沿いにある上灘駅跡を示す石の標柱。です。
倉吉線13
標柱から市道を北に見ると、
写真中央付近を倉吉線が通っていたので踏切があったはずです。
その北の信号は県道の見日町交差点です。
倉吉線14
市道の踏切跡を旧線の遊歩道から。
倉吉線15
石碑の後ろ、市道の西側にはかつての駅前広場とおぼしきスペースがあります。
倉吉線16
こちらは駅跡に設けられた「上灘コンフォートステーション」という
公衆トイレの設けられた建物です。
倉吉線17
残された写真などから推測すると
おおよそご覧の様な感じで駅舎とホームがあった様です。



倉吉線18
こちらは県道161号線の明治町二丁目交差点。
倉吉線19
交差点角の交番の裏に蒸気機関車のC11-75が留置されているのが見えます。
倉吉線20
SLの前の市道から南方を見た光景です。
ここにかつての打吹駅がありました。
1912年(明治45年)の倉吉軽便線開業時に終点として開業した駅であり、
倉吉線開業後は倉吉駅を名乗った倉吉市の中心駅で
単式1面1線と島式1面2線のホームが線路南側にありました。

駅舎は単式ホームに面して
南方に伸びる駅前通りを正面に見据えてあったそうですので
おおよそご覧の感じで駅があったと推測されます。

駅舎より写真手前側の市道は、駅の廃止後に駅前通りを延伸したものだそうで
営業当時には無かった道となります。
倉吉線21
市道を横から。遊歩道が倉吉線の廃線跡ですから
このあたりに市道を跨ぐように駅構内の敷地がありました。
ホーム3線に引き上げ線があったそうですからかなり広かったはずで、
現在は公園となっているスペースを見てもその広さが推測できます。
倉吉線22
駅構内だった市道東側の場所の広場にはモニュメントが。
この付近も「緑の彫刻プロムナード」の一部として整理されています。
倉吉線23
広場の南東には倉吉線鉄道記念館が。
倉吉線24
中には倉吉線の歴史展示がされており、
入場料無料で見学ができます。



倉吉線25
こちらは倉吉市西倉吉町にある「ロードステーションにしくら」です。
廃線跡地に公園とトイレが設けられています。
そしてこの場所が倉吉線の西倉吉駅の跡地となります。
西倉吉駅は1941年(昭和16年)に倉吉線が延伸された際に開設された駅で、
島式ホーム1面2線と貨物用ホームを持つ駅でした。
倉吉線26
そしてトイレの建物の裏手にはご覧の通り、
ホームと線路が一部残されています。
倉吉線27
残っているのは単式ホームで、駅舎がご覧のあたりにあった様です。
右側の道は県道501号倉吉東郷自転車道線という県道で、
倉吉線の廃線跡を利用している道路です。
かつてはこの県道の場所に島式ホームがあったそうですが
道路の拡張工事によって撤去されました。
倉吉線28
残された線路の先端の場所には
「花と緑のふれあいロード」の案内看板があります。
県道501号線としては書類上はこの駅跡の前後にも続いているのですが、
「廃線跡に作られた遊歩道」としてはこの西倉吉駅跡が起点となります。



倉吉線29
こちらは国道313号線から遊歩道へと通じる道ですが、
この道がかつての駅への道でした。
倉吉線31
ここに「ロードステーションおがも」が設けられており、
かつての小鴨駅の跡地となります。
小鴨駅も1941年(昭和16年)に倉吉線が関金駅まで延伸した際に設けられました。
倉吉線30
単式1面1線の棒線駅で、かつては駅舎があったらしいですが
廃止時にはご覧の様な感じでホームに簡単な待合があるのみでした。
倉吉線32
駅前のスペースにある案内板。
西倉吉駅から続く遊歩道「花と緑のふれあいロード」の
ほぼ中間地点にあたります。
倉吉線33
旧小鴨駅付近の、廃線跡である遊歩道の様子です。
倉吉線34
周辺は一面の田んぼが広がっています。



倉吉線37
こちらは国道313号線からかつての上小鴨駅へと通じていた道路。
駅跡を背に撮ったこの写真から200mほどで国道へと連絡しています。
倉吉線35
振り返って駅跡付近の様子。
ご覧の場所にかつては駅舎がありました。
この駅も1941年(昭和16年)の関金駅までの延伸で開設されたもので、
単式ホーム1面1線の棒線駅だったそうです。
倉吉線36
駅跡には「ロードステーションかみおがも」が設けられ、
公園とトイレが設置されています。
倉吉線38
倉吉線の廃線跡に作られた遊歩道「花と緑のふれあいロード」も
この駅跡の先で終点となっています。
倉吉線39
廃線跡である遊歩道の、ホームのあったあたりの様子。
倉吉線40
駅跡から西に100mほど進むと遊歩道は
国道313号線と合流して終点となっています。
倉吉線41
県道である遊歩道の入口にはご覧の表示が。



倉吉線42
こちらは倉吉市関金町付近の県道45号線。
倉吉線43
この場所から、いかにも駅前商店街といった趣きの道が
県道から分かれて伸びています。
ちなみにこの付近の地名は「倉吉市関金町大鳥居駅前です。
倉吉線45
一番駅に近かった場所の建物には
「駅前自治公民館」の看板が掛かっていました。
倉吉線44
この駅前通りの並木の一番奥がかつての関金駅の跡地です。
1941年(昭和16年)に打吹駅からこの関金駅まで倉吉線が延伸し、
山守駅まで延伸された後にも事実上の終着駅として機能していた駅です。
ホームは島式ホーム1面2線と貨物用1線があったそうで、
倉吉線で列車交換ができたのはこの駅が一番最後となります。

駅舎はご覧の様な感じで、関金温泉の玄関口の駅として
結構立派な駅舎があった様子です。
倉吉線46
駅舎の跡地の奥はかつての駅構内だった場所です。
駅のヤードらしく開けた場所となっており、
廃線跡は現在は県道50号線として綺麗に整備されています。



倉吉線47
こちらは関金町泰久寺地区の南方を通る県道45号線。
ご覧の場所でスロープ状の横道があります。
倉吉線48
坂の脇には泰久寺と書かれた標識と共に
カヌーの形をした「ここは泰久寺です」の看板があります。
目印らしい目印はこれくらいでしょうか。
倉吉線49
分岐した坂道を進みます。
倉吉線50
すると県道からも見える場所で
ご覧の様に跨道橋の橋台が残っていました。
という事は橋台の右手の築堤は倉吉線のものとなります。
倉吉線51
築堤の上へ登ってみるとレールが残っていました。
倉吉線52
築堤を抜けて左カーブを進んで50mほどでしょうか。
墓地の目の前にご覧の横道があります。
ここが泰久寺駅の入口です。
倉吉線53
ご覧の通り山の林の中にホームがほぼ原状のまま残っていました。
単式1面1線の駅で、二両編成でもはみ出るほど有効長の短いホームだということですが
現物を見ると確かにはみ出るだろうなという長さでした。
倉吉線54
こちらの駅名標は当時のものが残っている訳ではなく、
廃線トレッキングが催されていてレプリカが設置されたそうです。
倉吉線55
営業時にはご覧の場所に小さな駅舎があったそうです。
倉吉線56
こちらが倉吉方で、先ほどの跨道橋はすぐです。
倉吉線57
そしてこちらが終点の山守方。



倉吉線58
さて、ここは住所で言うと倉吉市関金町堀となりますが、
ご覧の杭までが、かつて倉吉線の線路のあった場所となります。
中央の道が倉吉線の廃線跡であり、写真中央付近の木の生えているあたりが
倉吉線終点だった山守駅の跡地となります。
左に見える道は県道45号線。
倉吉線59
終端を切り返した写真がこちらで、
右の赤い屋根の建物は山守郵便局となります。
倉吉線60
県道45号線に戻り、ご覧の小路が分かれている箇所があります。
この道こそが山守駅への道であり、
写真右中央の大きな木は駅前にあった桜の木です。
倉吉線62
いうなればここが駅前な訳ですが。
倉吉線61
駅舎とホームはご覧の感じでありました。
単式ホーム1面1線の駅で機回し線などは無く、
列車は単純に折り返すのみでした。
線路とバラストが舗装に変わっている以外は
営業当時の光景とほぼ変化はありません



以上が倉吉線の全9駅となります。
現在も鉄道が走っているのは起点の倉吉駅のみです。


倉吉線の廃止代替バスとしては
日本交通バス(日交バス)の関金線(明高行き)が走っており、
倉吉線の全線を攻略可能となっています。

ただ、倉吉線終点の山守駅付近のバス停は「今西上」停留場なのですが、
倉吉駅前からこの今西上停留場まではほぼ1時間前後の間隔で
一日9本しかバスの本数がありません(H27.6月現在)。
倉吉駅前━今西上停留場までは片道720円(H27.6月現在)となっています。

そして山守駅(今西上停留場)から倉吉駅へ戻るにもバスに乗るしかありませんが、
今西上停留場の最終バスは18時20分発となっています。
終バス以降に山守駅に行っても帰れませんから、
最終に間に合うバスで山守駅まで行く、と考えると
下り線で使えるバスは一日6本となります。
バスの所要時間は50分程度なので、往復には3時間弱は見るべきでしょう。
倉吉線起点の倉吉駅は前後何十キロも山陰本線しか走っていませんから、
実際に山守駅まで倉吉線を制覇するなら相応の計画が必要です。


倉吉線63
そしてこちらは倉吉駅からレーダーを飛ばした場合の
射程についてです。
ご覧の通り射程12駅のフルでも泰久寺駅までしか届かず、
終点の山守駅を取る事はできません

そして残念な事に三条なつめのスキルを使って射程を14まで延ばしても
倉吉駅からは山守駅には届かない
のです。

しかし、ここで倉吉線は倉吉駅から南西へと走っている事を思い出して下さい。
山陰本線で倉吉駅から西に3つ隣の浦安駅からは射程12で山守駅までレーダーが届きます
西に5駅隣の赤碕駅でも山守駅には射程9で届きますので、
山陰本線で倉吉駅以西に乗って順次レーダーを飛ばせば
倉吉線は現地まで行かずにコンプできる
という事になるのです。



でも、個人的には山守駅まで行って倉吉線は取ってほしいな…とか思ったりして。

では。

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