鹿児島県

宮之城線a81
国鉄宮之城線の続きです。


その1(川内駅━宮之城駅間)はこちら



宮之城線88
宮之城駅までは1926年(大正15年)に開通をした宮之城線でしたが、
路線はさらに北西へと大口までを目指して延伸を続けます。



宮之城線89
宮之城駅から廃線跡の市道を3kmほど東に進むと
次の佐志駅の駅跡が見えてきます。
宮之城線91
こちらが駅跡です。
廃線部分は道路へと変貌をしていますが
ホームは当時のものが概ねご覧の様に残っていました。

駅は1934年(昭和9年)の路線延伸によって開設されたもので、
待合室のみの駅舎のある単式ホーム1面1線の棒線無人駅でした。
宮之城線90
ホームの北端部は若干削り取られている様子で、
営業時には赤線で示した場所に小さな駅舎がありました。
宮之城線92
駅舎のあった場所の裏手付近の敷地には
駅跡を示す石碑と車輪が置かれていました。



宮之城線93
こちらは佐志駅から廃線跡を転用した市道を2kmほど北上した付近であり、
ここに次の駅の駅跡があります。
宮之城線94
かつての薩摩湯田駅の駅跡がこちらとなります。
1934年(昭和9年)の路線延伸時に開設された駅で、
この駅も単式ホーム1面1線のみの棒線無人駅だったそうです。
宮之城線95
駅のホームはご覧の感じでありました。
ホーム上には待合の上屋があるのみで駅舎は無かったそうです。
宮之城線96
ホーム北側にあたる盛り土の上には
駅跡を示す石碑と車輪があります。
敗戦後もかつてここには駅前のイチョウの木があったのですが
現在は伐採撤去されてしまった様です。
宮之城線97
ホームから垂直に伸びるこの道は
かつての停車場線ともいうべき道であり、
駅付近を走る市道と駅を連絡していました。
廃線跡が道路に転用された際にホームの盛り土が削り取られた様です。
宮之城線98
駅跡の南側に隣接して建っている
湯田下営農研修館。周囲にあるのはこの建物くらいです。



宮之城線99
薩摩湯田駅を出た宮之城線は東にカーブを描き
そのまま東進するルートを取ります。
宮之城線a10
道路に転換された廃線跡を進んで2.5kmほど進むと次の駅跡となります。
この付近の廃線跡は農免道路として整備されていました。
宮之城線a09
かつての駅前には駅前商店であったであろう民家が見えます。
宮之城線a01
こちらが薩摩鶴田駅の駅跡となります。
現在はご覧の鶴田鉄道記念館と公民館を兼ねた建物が建っています。

この駅も1934年(昭和9年)の路線延伸時に開設された駅ですが、
翌年にさらに延伸されるまでの間は終着駅でした。
宮之城線a02
中を覗くとご覧の様に鉄道関連の展示物が並んでいました。
宮之城線a03
記念館前の敷地を見ると外にも鉄道関連の展示物が。
宮之城線a04
駅前の一角にはご覧の「つるた駅ニュータウン」の地図があるのですが、
この場所はかつての薩摩鶴田駅の跡地を宅地開発した一角となっています。
宮之城線a05
かつて線路のあったニュータウンの一角の様子です。
宮之城線a06
当時の写真などを参考に
ニュータウンの地図にかつての駅の配置を書き込むと
おおよそご覧のような感じとなっていました。
宮之城線a07
鉄道記念館の建物の東に残る短いホームは
営業当時の写真などからおそらく使用していたホームの一部と思われます。
元々のホームはもっと長く、記念館の建物付近まで延びていた様子です。
宮之城線a08
駅舎は記念館の位置ではなく、ご覧の道路よりのあたりにあった様です。
駅は相対式2面2線でしたが1985年(昭和60年)の無人駅化後は
駅舎側の1面のみを使用していたそうです。



宮之城線a11
こちらは国道267号線から県道402号線が分岐している
求名橋付近の様子です。
橋の欄干には車輪を模した飾りがあります。
宮之城線a12
橋の袂のこの付近がかつての薩摩求名駅の駅跡となります。
宮之城線a15
駅の西側の廃線跡から見た駅の遠景です。
宮之城線a14
駅跡にはご覧の「下中福良自治公民館」と看板の出ている建物があります。
この建物こそが営業当時の薩摩求名駅の駅舎が現存しているものです。
鉄道が走っていた当時から駅舎には公民館が同居していました。
宮之城線a13
営業時のホームはご覧の様に駅舎の北側にありました。
駅舎自体は改札と待合室のスペースが塞がれており、
営業当時とは若干形が変わっています。
宮之城線a35
こちらは二つ隣の薩摩永野駅に保存されている
薩摩求名駅の駅名標。



宮之城線a16
こちらは国道504号線の広橋バス停です。
この近くにかつての宮之城線の広橋駅がありました。
宮之城線a17
ご覧のバス停脇の坂の上がかつての駅跡です。
宮之城線a18
かつての駅跡には薩摩町の町立の薩摩学校給食センターが建っています。
宮之城線a19
給食センターから西へ伸びるご覧の道は
かつての宮之城駅方面への廃線跡です。
宮之城線a20
国道504号からさつまクリニックの裏手を見ると
築堤の上を走る廃線跡の道路を望むことができます。
宮之城線a21
駅跡には営業時の写真を参考にすると
おおよそご覧の感じでホームと木造の駅舎があった様子です。
宮之城線a22
こちらはホームと線路があった付近の光景です。
駅は1935年(昭和10年)の宮之城線延伸に際して設置されました。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅だった様子です。
宮之城線a23
そして給食センターの敷地の廃ホーム跡付近から
国道504号と穴川の方角を見ると、川の向こう側に橋台跡があるのが見えます。
宮之城線a24
国道から見た対岸の橋台。
宮之城線a25
当時の写真と橋台の遺構から、
ご覧のように国道と穴川をガーター橋が架かっていた様です。
宮之城線a26
隣の薩摩永野駅に保存されている広橋駅の駅名標。



宮之城線a27
広橋駅から国道504号線に沿って西に4kmほど進んだ廃線跡の道路です。
道の脇には桜は植えられていて桜並木となっています。
宮之城線a28
その先へと東に進むと腕木式信号があり、
シーサスクロッシングの線路が現れます。
宮之城線a29
線路が終わる先がかつての駅跡となります。
宮之城線a36
終端に留置されている国鉄ヨ8000形車掌車のヨ8958。
宮之城線a30
こちらが駅跡に建つ永野鉄道記念館です。
宮之城線の廃線の資料などを保存展示する為に
駅の廃止後にさつま町によって建てられました。
宮之城線a31
駅舎の中はご覧の通り、駅の待合室風に作られています。
営業当時の建物では無く廃線後に建てられたものですが
駅名標などは当時の物が使われている様子です。
宮之城線a32
こちらは記念館の中の展示スペースです。
普段は近くに鍵を預かる委託管理者の店があるそうで扉は閉まっていますが
希望者が申し出れば見学ができるそうです。
宮之城線a33
営業当時の駅舎は木造で、
写真を参考にするとご覧のあたりに建っていた様子です。
駅は1935年(昭和10年)の延伸によって終着駅として開業し、
1937年(昭和12年)の宮之城線全線開通によって中間駅となりました。

シーサスクロッシングが残る事からも分かる通り
この駅は営業当時はスイッチバック駅となっており、
島式ホーム1面2線でした。
宮之城線a34
駅舎跡の南側にあるホームの遺構です。
現在でも鉄道記念館の一部として当時のホームが保存されています。
ホーム上には薩摩永野駅だけでなく、広橋駅と薩摩求名駅の駅名標も。
宮之城線a37
脇の線路には保線用のモーターカーが留置されています。
宮之城線a41
そしてスイッチバック駅ですのでホームの東側で
ご覧の様に線路が一本にまとまって行き止まりとなっていました。
宮之城線a38
こちらは鉄道記念館側から見た正面の道路。
かつてはこの道が「停車場線」であり、
突き当たりに走る県道50号線と連絡をしている道路でした。
宮之城線a39
県道側から見た駅前の道。
宮之城線a40
県道50号線には鉄道記念館への案内板があります。
宮之城線a42
駅から再び西側に来た廃線後を戻ると
すぐにご覧の道路の分岐点があります。
宮之城線a43
こちらがスイッチバックの分岐点で、
写真右側の桜並木のある方が川内・宮之城方面、
左が薩摩大口方面となります。



宮之城線a45
スイッチバックで分かれた宮之城線は北方に進路を取り、
山間のトンネルを幾つも抜けながら7kmほど進みます。
写真のご覧の道が、かつての駅と県道を連絡する道路となります。
宮之城線a46
鉄道記念公園として整備されているこちらが針持駅の駅舎跡です。
宮之城線a49
市による公園の使用心得の看板がありました。
宮之城線a47
こちらは公園に置かれた駅名標。
宮之城線a48
同じく公園に置かれた「針持駅跡之碑」と刻まれた石碑です。
宮之城線a44
1937年(昭和12年)の宮之城線延伸による全線開業時に設置された駅であり、
島式ホーム1面2線を持つ列車交換可能駅でした。
しかし無人化で線路も片面が撤去され、
廃止時には駅舎と反対側の1面のみが残され使用されていたそうです。
写真の黄色線は撤去された方の線路の位置を示したものです。
宮之城線a50
駅跡の公園北隣にある針持駐在所。
宮之城線a51
駅敷地の南西隣にある消防団の倉庫です。
宮之城線の営業時には木造の倉庫だった様で廃止後も使われていた様ですが
現在ではご覧のコンクリート造りに建て替えられていました。
宮之城線a52
駅跡南側から宮之城方面を見た光景です。
廃線跡の道路が、営業時の線路の形そのままに残っているのが分かります。



宮之城線a54
針持川の西側を川に沿うようにS字を描きながら北上し
3.6kmほど進むと次の駅が見えてきます。
宮之城線a55
こちらが西太良駅の駅跡となります。
宮之城線a56
駅の敷地はこちらも鉄道記念公園して市の公園になっていました。
宮之城線a57
公園に置かれた駅名標です。
宮之城線a58
こちらにも「西太良駅跡之碑」と刻まれた石碑がありました。
宮之城線a53
公園の場所が駅舎のあった場所となり、
前の道がホームと線路の跡となります。
当時の写真を参考にするとおおよそ配置はご覧の通りです。

1937年(昭和12年)の路線延伸時に開業した駅で
島式ホーム1面2線の駅でした。
1971年(昭和46年)に交換設備が撤去されて以降は
駅舎と反対側の1面のみが使用されていました。
宮之城線a59
公園の北隣にある消防団の倉庫。
宮之城線a60
駅の北すぐの廃線跡は切り通しとなっており、
営業当時から使われている跨線橋が今も使われています。



宮之城線a61
国道267号線を沿うように北上し2.8kmほど進むと
ご覧の「羽月駅前」交差点があります。
宮之城線a62
名前の通りこの交差点の目の前が羽月駅の跡地となります。
宮之城線a64
駅跡の敷地はこちらも市の公園となっています。
宮之城線a65
公園に置かれた駅名標。
宮之城線a66
こちらにも「羽月駅跡之碑」と刻まれた石碑が置かれていました。
宮之城線a67
公園の裏手の国道と反対側のこちらが
かつての宮之城線の廃線跡となります。
宮之城線a63
駅舎とホームは当時の写真を参考にすると
おおよそご覧のあたりにありました。
公園の石碑などのあるあたりが駅舎の場所と思いがちですが、
実際には交差点から廃線跡への道路付近が駅舎だった様です。

駅は1937年(昭和12年)の開業で、
単式ホーム1面1線の棒線駅だった様です。
宮之城線a68
公園の南側には廃線後に道路になった駅舎跡がありますが、
その南側にも駅の敷地だった公園駐車場があります。
宮之城線a69
国道を挟んだ駅跡の向かい側にあるJA北さつまの駅前配送センター。
宮之城線a70
その斜向かいにある羽月駅前簡易郵便局。
駅は廃線でなくなってもうだいぶ経ちますが、
付近には駅前の名前がいたるところに残っていました。



宮之城線a72
こちらは旧・大口市(現・伊佐市)の中心街にある大口ふれあいセンターです。
1988年(昭和63年)に鉄道が廃止された駅の跡地に、
「大口歴史民族鉄道資料館」などを設けた市の建物として
1992年(平成4年)に建てられました。
宮之城線a71
このふれあいセンターの目の前の道が
かつての薩摩大口駅の駅舎への道路であり、
写真を参考にするとおおよそご覧の感じで木造駅舎が建っていたようです。
宮之城線a74
そしてこちらはふれあいセンターの南方にある
南国交通バスの降車場です。
宮之城線a73
大口終着のバスの降車場であるここが
かつて宮之城線が走ってきた時に使っていた
薩摩大口駅0番線ホームのあった場所
だそうです。

駅廃止の1年前に宮之城線は廃止されていますが
0番線のホームは路線廃止後は閉鎖されていたそうです。
宮之城線a75
宮之城線0番ホーム跡のバス停の南側には
「大口ポケットパーク」が設けられており、
腕木式信号機や国鉄ヨ8000形車掌車のヨ8952が留置されています。
宮之城線a76
公園に設置されている案内板。
宮之城線a77
ポケットパークの様子です。



以上で宮之城線の廃線跡の全駅となります。

宮之城線a80
こちらはau 4G LTEでの電波エリアマップです。
宮之城線の走っていた区域については基本的に全線が電波エリア内と考えて良いでしょう。

宮之城線a79
こちらも参考までに薩摩大口駅からのレーダーの射程範囲です。
薩摩大口駅からは薩摩求名~薩摩大口間の宮之城線の駅が全て取れる事が分かります。


宮之城線の宮之城駅から薩摩大口駅までの間を公共交通機関で攻略するには
南国交通バスの「宮之城~湯田~求名駅~曽木~大口」線の利用が一番適しているでしょう。
宮之城停留場━大口バスセンター間で所要時間は1時間10分前後、
運賃は820円
となっています。
以下はこの路線バスの運行ルートです。
宮之城線a78
(上画像をクリックすると拡大します)

こちらの路線バスも基本的には国道267号線をそのまま辿るルートとなっています。
ですので宮之城線の当該区間の駅が国道267号線上にエリアがあるかどうか、
がそのままチェックインの可否になると思って良いでしょう。
以下はバスの停留場と宮之城線の駅の対比表です。

 ■佐志駅  :チェックイン不可(要レーダー)
 □薩摩湯田駅:柏原橋停留場(大願寺~山越 間で取得可能)
 □薩摩鶴田駅:鶴田駅入口停留場(鶴田中学校前~羽有 間で取得可能)
 □薩摩求名駅::求名駅前(求名下手~橋掛口 間で取得可能)
 □広橋駅 :搦停留場(駅のエリアが狭く搦停留場付近のみチェックイン可能)
 ■薩摩永野駅:チェックイン不可(要レーダー)
 □針持駅  :針持停留場(境田~関白陣 間でチェックイン可能)
 □西太良駅 :西太良駅停留場(門前~下殿 間でチェックイン可能)
 □羽月駅  :羽月駅前停留場(南中学校前~山之口(羽月) 間でチェックイン可能)
 □薩摩大口駅:大口バスセンター停留場(ニシムタ(大口店)~終点でチェックイン可能)

このバス路線では佐志駅と薩摩永野駅が直接のチェックインができません
別の方法で直接に佐志駅と薩摩永野駅のエリアまで行くか、
レーダーなどのアイテム使用が必要となるでしょう。


その1でも書きましたが、直接チェックインを狙うにしても
アイテム使用をするにしても車で移動するのが宮之城線では一番楽でしょう。
車の使用が可能な方には一番にお勧めします。


公共交通機関では、鹿児島空港発のバスなどでも宮之城線の攻略が可能ですが、
空港連絡バスだけでのコンプリートができないだけに、路線バスなどとの併用が必要でしょう。

一つだけ確実に言えるのは、
「宮之城線は既存鉄道路線からはレーダーを使ってもコンプはできない」
ということです。
こちらを含めた様々な情報を吟味して攻略をして下さい。


では。

宮之城線86
さて、お次は宮之城線についてです。

元々は大正期に川宮鉄道が設立されて工事が中断された路線を
国が計画線の一部として国有化し、
1924年(大正13年)に川内町駅(現・川内駅)━樋脇駅が開業したのが始まりとなります。

その後延伸されて1937年(昭和12年)に薩摩大口駅まで延伸開業し、
宮之城線としての全線が開通しました。

しかし沿線の人の流れは西側が川内、
東側が粟野・隼人の生活圏として分断された状態であり、
また両端からの他線への乗り継ぎも接続が悪いなど使い勝手が良く無い為
1984年(昭和59年)には第2次特定地方交通線として廃止が承認されてしまい、
その後1987年(昭和62年)に国鉄のJR転換を目前にして廃線となったのです。

宮之城線01
こちらはJR九州の鹿児島本線と九州新幹線の駅である川内駅です。
駅の開業は1914年(大正3年)に川内町駅としてで、
宮之城線が開通して乗り入れたのは1924年(大正13年)となります。

かつては鹿児島本線のローカル駅だったこの駅も
2004年(平成16年)の九州新幹線の延伸開業によって新幹線停車駅となりました。
その為新幹線開業に併せて、ローカル駅舎は近代的なご覧の新幹線駅へと改築されています。
宮之城線02
そしてこちらが川内駅の新幹線ホームの光景です。
なぜ在来線では無く新幹線のホームを載せたかというと、
今回ご紹介する国鉄宮之城線の川内駅ホーム(旧3・4番線ホーム)は
現在の新幹線ホームの真下にあった
という事からです。
宮之城線03
こちらは川内駅の東口と、駅から北へと伸びる新幹線ですが
かつての宮之城線も新幹線の走るあたりを鹿児島本線と並走して北上していた様子です。

川内駅は現役のJRの駅ですので新幹線やJRで取れば
自動的に廃線の駅も取った事となります。



宮之城線06
こちらは県道394号線の薩摩川内市白浜町付近です。
宮之城線05
この県道はかつての宮之城線の廃線跡に拡張整備された道路であり、
ご覧の付近に薩摩白浜駅がありました。
駅は1936年(昭和11年)の開業ですので
宮之城線が開通してから20年あまりして新設された駅だった様です。
宮之城線04
当時の写真を参考にすると
赤線で描いたあたりに単式ホームが設置されていました。
宮之城線10
ご覧の通り駅跡のすぐ西で県道が広くなっているので勘違いされる方が多い様子ですが
実際にホームがあったのはそのすぐ東側の、
上写真の赤線で描いた位置となります。
単式ホーム1面1線のみの棒線無人駅だった様です。
宮之城線07
駅跡の東側すぐ隣にあるバイク屋です。
付近で目印になるのはこの店くらいしかありません。
宮之城線08
駅の西側すぐには「八幡神社」と書かれた表示のある小路が。
宮之城線09
奥には小さなお社がありました。



宮之城線11
廃線跡は県道394号線と並走しつつ東へと進みます。
左手に川内川に架かる赤い東郷橋が見えるこのあたりが
かつての楠元駅の駅跡となります。
宮之城線12
こちらが駅跡です。
営業当時の駅舎や駅名標が「楠元駅鉄道記念館」と銘して
現地にご覧の通り残されていました。

ただ、駅舎は当時のものですが、
北側の市道を整備する際に90度回転して移築されていますので
当時そのままの場所に建っている訳ではありません。
宮之城線13
営業当時の写真などからおおよそご覧の位置に
駅舎とホームが、ちょうど東郷橋に対して垂直にあった様です。
相対式ホーム2面2線の駅だったそうですので
駅構内はかなり広かったはずで、駅員の常駐する駅だったそうです。

状況から判断すると、恐らく宮之城線の廃線跡を市道として整備した際に
東郷橋と市道を連絡する為に駅舎とホームのど真ん中に道を作る必要が生じ、
保存の決まっていた旧駅舎を90度回転させて移築
したのだと思われます。
宮之城線14
鉄道記念館となっている旧駅舎。
営業当時の写真と比べると明らかに形が違っていますので、
恐らく「旧駅舎の建材を使った」のだと思います。
宮之城線15
当時のものと思われる改札のラッチです。
宮之城線16
窓から覗いた記念館の中の様子。
宮之城線17
敷地内にはポイントの分岐器や車輪などがありました。
宮之城線18
駅跡の目の前に架かる東郷橋。
かつて駅のあった頃には
この橋を渡った対岸の東郷町の利用客がメインだったそうです。



宮之城線19
市道に沿って道なりに4キロほど南下すると
ご覧の光景となります。
宮之城線20
市道沿いに吉野山郵便局が見えてきますが
この付近が次の駅である吉野山駅の跡地となります。
宮之城線22
こちらは吉野山郵便局の建物です。
この郵便局は宮之城線の営業当時からここにありましたので
駅の場所を知る上で非常に参考になる建物です。
宮之城線21
吉野山駅はおおよそご覧の感じであった様です。
1924年(大正13年)の路線開業時にできた2面2線の駅だそうですが、
廃線時の写真を見ると単式ホームの棒線駅になっていました。
宮之城線23
郵便局の前にある吉野山駅跡の石碑。
まさしくこの場所に木造の旧駅舎が建っていました。
宮之城線24
石碑に並んでレールと車輪も置かれています。
宮之城線25
ホーム跡の北端付近にある、平佐東地区コミュニティーセンター。
郵便局と道を挟んだ向かい側となります。
宮之城線26
コミュニティセンターと郵便局との間の道は、
写真奥側の東に向かって200mほどある
「鹿児島県道334号吉野山停車場線」という県道でした。
駅と県道335号を連絡する道でしたが2005年(平成17年)に
県道としては廃止されています。



宮之城線27
こちらは県道333号線と335号線の重複区間となる樋脇町付近で、
ご覧の通り「樋脇鉄道記念館前」というバス停があります。
宮之城線28
その東側にあるT字路が、かつての県道343号線樋脇停車場線となります。
この道は2005年(平成17年)に県道廃止となり現在は市道です。
宮之城線29
T字路の角には廃ガソリンスタンドが。
宮之城線30
150mほどの旧停車場線を進むと駅舎が見えてきます。
宮之城線31
こちらが樋脇駅の駅跡となります。
廃止後の現在も旧駅舎は当時ものをそのまま残してあり
樋脇鉄道記念館となっています。

駅は1924年(大正13年)の路線開業時の開設で、
1926年(大正15年)に宮之城駅に延伸されるまでは終着駅でした。
宮之城線32
駅舎の中の様子です。
入り口には「鉄道記念館」の木看板が下がっており、
中は営業当時の待合室です。
宮之城線33
券売窓口から中を覗き込むと
駅務のスペースはご覧の通りでした。
宮之城線34
こちらがかつての駅構内のホーム側の様子です。
レールが複線で残され、車軸のついた車輪が置かれています。
構内踏切と警報機も。
宮之城線35
駅構内の敷地はご覧の通り鉄道公園となっていました。
銘板で宮之城線の開業と廃止の年月日が。
宮之城線36
駅前広場の一角の物置には「駅前自治会」や「駅前公民館」の文字があります。
宮之城線37
駅跡の東側は駐車スペースとなっており、
その隣には市の運営する「鷹の巣冷泉」という日帰り入浴施設があります。



宮之城線38
樋脇駅から2kmほど東に廃線跡を転用した市道を進むと
次の駅の駅跡が見えてきます。
県道は川の対岸で周囲は市街地からは外れています。
宮之城線39
この交差点の向こうの左側がかつての上樋脇駅となります。
宮之城線40
かつての駅入口だった交差点の角にある
「上樋脇駅開設記念碑」と刻まれた石碑です。
駅の営業当時の写真にはありませんので、
おそらく廃線後に建てられたものと思われます。
宮之城線41
こちらが現在も残っている駅のホームの跡です。
駅は1959年(昭和34年)に新駅として追加されたもので、
単式ホーム1面1線の無人駅だったそうです。
宮之城線42
5、6年前には駅の待合室が残っていたそうなのですが、
2018年(平成30年)1月現在では上屋は無くなっていました。
かつての待合室の上屋はホーム中央あたりにご覧の様にあったそうです。
宮之城線43
廃線跡は舗装されて生活道路となっており、
ホームの一部は削り取られて隣接する家の出入口となっています。
宮之城線44
廃線跡であるホーム前の道は
東側の奥がご覧の通り行き止まりとなっています。
ガードレールの向こう側は樋脇川であり、
かつてはこの先に宮之城線の橋梁が架かっていました。



宮之城線45
こちらは国道328号線の入来郵便局付近です。
上樋脇駅から3kmほど進んできた廃線跡の市道が
この付近で国道と合流しています。
宮之城線46
合流点にある入来鉄道記念館前のバス停。
宮之城線47
その先がかつての入来駅の駅跡であり、
跡地は薩摩川内市鉄道記念公園として整備がされています。

駅は1926年(大正15年)に宮之城線の延伸開通によって設けられました。
宮之城線48
こちらは駅の跡地に建てられたSLを模した記念館です。
当時の写真の展示などもある様子ですが、
中は公民館として使われているようです。
宮之城線49
公園整備の経緯を記した銘板。
宮之城線51
記念館前から西のほうを見ると、
線路を模したであろう歩道が敷地外の入来郵便局の裏まで続いています。
宮之城線52
郵便局の裏手のこの市道がかつての宮之城線の廃線跡であり、
ちょうど郵便局建物の裏手付近から鉄道公園の中に向かって
線路が敷かれていた様子です。
宮之城線50
当時の写真を参考にしたので若干のずれはあると思いますが、
概ねご覧のような感じで入来駅のホームと駅舎が置かれていた様です。
ホームは千鳥式の2面2線だったそうで、
列車交換が出来るため駅員の常駐していた駅だそうです。
宮之城線54
参考に入来郵便局の周辺の様子を。
宮之城線53
記念館の脇に置かれたポイント切替器。
当時使われていたものなのでしょうか。



宮之城線55
廃線跡は国道を越えて北上しています。
4kmほど進んだ付近にある、
道の脇に残る腕木式信号。
宮之城線56
その先に廃線跡を進むとすぐにある消防団の倉庫。
廃線跡である敷地の先には久富木川に残る宮之城線の橋梁の土台が見えます。
宮之城線57
橋梁の橋台の跡に近づいてみると、
その後ろに伸びる宮之城線の築堤の上に一面のソーラーパネルが設置されていました。


宮之城線58
こちらは廃線跡に沿って走る県道393号線で、
駅跡の付近はご覧のように広場になっています。
宮之城線60
広場の向かいには、いかにも駅があったころには
駅前商店だったという風情の店が一軒あります。
宮之城線59
こちらが薩摩山崎駅の廃駅跡となります。
宮之城線66
駅跡の北隣にある久富木簡易郵便局。
宮之城線65
かつての駅には本数は少ないものの
現在はコミュニティバスのバス停が併設されています。
宮之城線62
どうやらこのあたりの廃駅跡ではセットになっているらしい
車輪と駅跡を示す石碑です。
宮之城線61
1926年(大正15年)の路線延伸時に開業をした駅で、
ご覧の場所にに木造駅舎がありました。
駅舎の向こう側に単式ホーム1面1線を持つ棒線駅でしたが、
かつては相対式2面だったそうです。
宮之城線63
ホームと線路のあったはずの場所を見ると
ご覧の通りに一面のソーラーパネルが。
駅跡から久富木川まで500m弱は廃線跡にソーラーが続いています。
宮之城線64
駅跡の立て看板を見て・・・なるほど。
ここがソーラープラントになったのは2014年(平成26年)だそうです。



宮之城線69
薩摩山崎駅を後にして廃線跡を進むと
国道267号線と並走をする区間があります。
そしてその国道と再び分かれるあたりに次の船木駅の駅跡があります。
宮之城線70
廃線跡の市道から見下ろすと見える国道267号線。
見えるあたりにバスの停留場もあります。
宮之城線68
写真のこのあたりがかつての船木駅の駅跡の様です。
宮之城線67
営業当時の写真などをみると
どうやらご覧のあたりに単式ホーム1面と駅舎があった様です。
駅は1936年(昭和11年)に新設されたもので、
開設当初は有人駅で鉄道員の宿舎もあったのだとか。



宮之城線71
こちらは国道267号線の宮之城駅前交差点です。
名前の通りこちらの目の前が宮之城駅の駅跡となります。
宮之城線72
この建物は宮之城鉄道記念館で、
廃駅となった宮之城駅跡に1987年(昭和62年)に建設されました。
中は観光案内所やJRの券売所、バス待合室を兼ねています。
宮之城線73
鉄道記念館の前はご覧のロータリーに。
宮之城線74
宮之城は竹細工などが名産の竹の街であり、
全国に数多ある「竹取物語」のかぐや姫伝説の地のひとつです。
ですのでかぐや姫の像が記念館の横に。
宮之城線75
そのかぐや姫に並んであるのが
宮之城駅の駅跡を示す石碑です。
宮之城線76
記念館の中の様子です。
待合スペースには竹細工が置かれています。
宮之城線77
こちらが宮之城線関連の展示スペースです。
宮之城線78
当時の写真や運賃表など。
宮之城線79
鉄道記念館の東側にはご覧のバス停があります。
バスでの宮之城線攻略の時にはルートにもよりますが
中継地点の一つとなるバス停です。
宮之城線80
そのバス停の東側にはご覧のレールや信号機、ポイント切替器などの
鉄道関連の展示がされています。
機関車はC57-124で鹿児島を中心に走っていたSLです。
宮之城線81
宮之城駅自体は1926年(大正15年)の開業で、
樋脇駅からの延伸開業によって終着駅となりました。
その後1934年(昭和9年)に宮之城線がさらに延伸した為中間駅となっています。
宮之城町の中心駅で相対式2面2線のホームを持ち、
さらに数本の引き上げ線があったそうです。



宮之城線87
こちらは川内駅━宮之城駅間のau 4G LTEでの電波エリアマップです。
廃線となって線路はありませんが、
廃線跡はほぼ全ての区間が電波エリア圏内となっています。


宮之城線82
こちらは参考までに宮之城駅からのレーダーの範囲です。
宮之城線83
路線図で示すと赤線を引いたご覧の範囲でレーダーが届きます。
川内駅からはレーダーで入来駅までは取れますので、
バスで川内駅→宮之城駅までの移動ができれば
レーダーで宮之城線の西側2/3は取れる
のが分かると思います。


川内駅━宮之城駅間のバス路線としては、
鹿児島交通の「宮之城車庫━川内駅━川内営業所」線が一番使い易いでしょう。
川内駅停留場━宮之城駅停留場までの所要時間はおよそ1時間弱、
運賃は690円(2018年1月現在)
となります。
この路線バスの運行ルートは以下の通りです。
宮之城線85
基本的に川内駅から宮之城駅までほぼ全線を国道267号線を走る路線です。
その為宮之城線の廃線跡とは川内川の対岸を走る区間がほとんどですが、
概ね並走しているので多くの廃駅にチェックインが可能です。
以下は宮之城線の各駅と路線バスの停留場の対比表です。

 □川内駅 :川内駅停留場
 □薩摩白浜駅:今村停留場(中郷~今村中 間で取得可能)
 □楠元駅  :斧渕停留場(小路三叉路~司野上 間で取得可能)
 □吉野山駅 :野瀬下停留場(司野峠~南瀬局 間で取得可能)
 ■樋脇駅  :チェックイン不可(要レーダー)
 □上樋脇駅 :須杭下停留場(大塚~須杭 間で取得可能)
 ■入来駅  :チェックイン不可(要レーダー)
 □薩摩山崎駅:山崎停留場(須杭入口~山崎小学校前 間で取得可能)
 □船木駅  :五反田停留場(クオラ病院前~文化センター前 間で取得可能)
 □宮之城駅 :宮之城駅停留場
宮之城線84
国道267号線上には樋脇駅と入来駅のエリアはありません。
ですのでこの2駅は上のバス路線からのチェックインはできません
レーダーを使うか別の方法でこの二つの駅のエリアへ行くしかないでしょう。


しかしこの廃線を攻略するのに一番楽なのは
なんといっても車での移動でしょう。
駅付近の道路の写真を見ても分かる通り、
この宮之城線の沿線道路は基本的に2車線の道路が多く
車の運転が非常に楽な廃線なのです。
川内駅から宮之城駅まででおよそ30km、
薩摩大口駅まででも70kmありませんので、
車で往復するだけなら3時間でおつりがくるでしょう。
私は宮之城線の全駅を巡りましたが、それでも8時間で川内━薩摩大口間が往復できました。



宮之城駅━薩摩大口駅間についてはその2で書きたいと思います。
では。

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