森松線51
さて、次は四国は愛媛県の廃線である伊予鉄道森松線についてです。


1988年(明治21年)に松山駅━三津駅間6.8㎞を開業した伊予鉄道は
その旅客輸送成績の好調から、松山市近郊へ路線の延長へと乗り出します。
こうした路線の一つが1896年(明治29年)に開業した森松線で、
立花駅(現・いよ立花駅)から森松駅までの4.4kmの路線でした。

開業当初は軌間762mmの軽便鉄道規格でしたが
1931年(昭和6年)に1067mmに改軌。
沿線の椿神社の例大祭には臨時列車が出るなどしました。

しかし戦後になり併走する国道33号線が拡張整備されると
バス路線に乗客を奪われ旅客輸送成績が低下

一時間に4~5本走るバスに対し、一時間1本の鉄道は勝負にならず乗客は半減します。
結局乗客を挽回する方策は見つからず、森松線は1965年(昭和40年)に廃止となりました。

しかし皮肉な事に廃止後は森松線の沿線の宅地化が急速に進んで住民が増大。
森松より南の砥部も大きく発展した結果、あまりのモータリゼーションの進み具合に
国道33号線の渋滞が慢性化する事態となります。

ここで定時輸送のできる森松線が走っていれば乗客の受け皿になったと思われ、
「早計だった廃線」の一つに数えられるケースとなっています。



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こちらは伊予鉄道横河原線のいよ立花駅の駅外観となります。
1893年(明治26年)に伊予鉄道が横河原線を開業した際に設置された駅で、
開設当初は伊予立花駅という駅名でした。

現在の駅舎とホームは1967年(昭和42年)に改修された時に作られたものです。
元々伊予立花駅は単式ホームの1番線が一番北にあり、
その南に島式の2、3番線ホームがありました。
対面している1、2番線が横河原線ホーム、一番南の3番線が森松線ホームだったそうです。
そして1番線の北側には、道後鉄道の道後駅だった建物を移築した駅舎が建っていました。
森松線03
森松線が1965年(昭和40年)末に廃止となり、
ちょうど横河原線の電化も進められていたことから
1967年(昭和42年)に伊予立花駅の大規模改修が行われました。

駅構内で横河原線の本線を南側へと寄せて旧森松線跡地が空き地にならない様にし、
その北側に有効長60mの島式ホームを設置。これが現在のいよ立花駅のホームとなります。
ホームの北側には下り本線の線路を敷いて駅構内の線路は二本とし、
北側に残っていた旧駅舎は解体されて駅前広場となりました。
ですので現在のいよ立花駅付近の線路の線形を地図でみると
不自然に南に湾曲している
改修の名残りが見て取れます。
森松線04
駅北側の広場の様子です。
かつては駅構内に4本の線路が走っていましたので
こちらの広場まで線路が走り旧駅舎が建っていました。

駅前には1970年(昭和45年)に鉄道が所有する伊予鉄立花ビルが建てられていましたが、
老朽化によって2016年(平成28年)にビルは建て替えられました。
広場前の1階にコンビニの入るビルが伊予鉄立花ビルです。
森松線02
現在のいよ立花駅の改札付近です。
有人窓口と簡易ICカード改札機がある通路状となっています。
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ホームの様子です。
先に述べた通り1967年(昭和42年)の改修で島式ホーム1面2線となっています。
森松線06
ホーム東端に駅舎が設けられ、島式ホームには上屋の屋根が設けられています。

森松線08
ここでひとつ、重要な点があるのですが、
駅メモでは伊予鉄道横河原線の「いよ立花駅」と
森松線の「伊予立花駅」は別駅扱い
となります。

これは伊予鉄道森松線が廃止されたのが1965年(昭和40年)、
伊予立花駅がいよ立花駅へと改名されたのがその後の1980年代であるという事情によります。
「森松線のいよ立花駅」というのは存在しない為、
廃線を登録するにあたって同一駅ながら別駅扱いとしたのだと思われます。

ですのでこの付近には駅の座標が二つあり、駅のホームの中ほどに境界線があります。
現役路線の伊予鉄道横河原線でいよ立花駅に到着すると
廃駅しか取れない事態も起きますが、
駅到着前あたりで廃駅の伊予立花駅が普通に取れますので
地図を参照して両方ともチェックインして下さい。
森松線07
こちらは現・いよ立花駅の1番線の松山市方面行きホームの東端です。
森松線のあった時代とは若干線路の位置が変えられていますが、
おおよそこの1番線から写真右手へと向かって森松線が分岐していたと考えて良いでしょう。
森松線09
駅の東の踏切付近を俯瞰で見た光景です。
赤線で示したのが森松線のおおよその廃線跡となります。
森松線10
線路南側の廃線跡のうち、
市道に面した付近は伊予鉄バスの停留場となっています。
そしてその奥となる東側は駐車場となっていました。
森松線11
駐車場を奥に進んだ光景です。
廃線跡は写真を右手へとカーブを描いていましたが、
駐車場脇の建物が廃線後に沿って斜めに建っているので
かつてここに鉄道が走っていた痕跡を見ることができます。
森松線13
切り返して廃線跡から駅方向を。
森松線12
駐車場の奥のこちらの物置のある家の敷地がかつての廃線跡です。
森松線はこの奥を南へと進んでいました。

森松線14
駐車場南の廃線跡にある家を南側から。
森松線15
家から切り返して南側を見ると、
ご覧の廃線跡が転用された公園があります。
カーブの具合がかつて鉄道が走っていた痕跡をはっきりと示しています。
森松線16
廃線跡の公園を、南側に回ってみるとご覧の光景となります。
「立花三丁目遊園地」と看板があり、公園沿いには地元の公民館があります。

森松線17
廃線跡の公園から、市道を挟んだ南側には
こちらの愛媛銀行立花支店の裏門があります。
廃線跡は銀行の建物の東側の裏手を走っていましたので
この通用口ともいえる細長い道が廃線跡と思われます。

森松線18
こちらは銀行裏門から100mほど南の地点の駐車場で、
伊予銀行からは70m南にあたります。
写真は北へと向いて撮っていますが、
立っているあたりがかつての廃線跡と思われます。
森松線19
ご覧の様に廃線跡は南へと進み
駅前踏切から南下してきた二車線の市道へと合流していきます。
森松線20
こちらの自転車店の裏手あたりが廃線跡と思われます。
森松線21
その自転車店の南の目の前を見ると、
市道と駐車場の境界が切り欠きホームのようになっているのが分かります。
これは廃線跡を利用して市道が拡張された際に生まれた境界で、
この場所に森松線が通っていた事を示す遺構とも言えるものです。

森松線22
廃線跡の市道を南へ。
ここから南は廃線跡は完全に道路整備に飲み込まれており
その痕跡はほぼ残っていません。
森松線23
廃線跡へと出るイオンスタイル松山の駐車場出口。
森松線24
市道を進むと天山町交差点へと差し掛かります。
こちらは国道33号線が直角に曲がり、
松山南環状線へと通じている大きな交差点です。
森松線25
天山町交差点の北東角にあるイオンスタイル松山。

森松線26
森松線は国道33号線砥部道路となって南下します。
恐らく国道の東縁あたりが廃線跡と思われ、
記録によると国道拡張によって廃線跡が飲み込まれた様子です。
当然ながらこれだけの道路となった今では鉄道の痕跡は分かりません。
森松線27
引き続き国道を南下。
森松線28
森松線の代替となる路線バスが走っていました。
このバス路線は森松線廃止前から走っています。
森松線29
更に国道を南下。
いよ立花駅(伊予立花駅)からおよそ2km、天山交差点からは1.5kmほど進むと
次の駅の跡地が見えてきます。


森松線30
国道33号線で「椿神社」の案内標識が見えると
まもなく椿神社入口交差点となります。
伊予鉄道森松線の石井駅はこの椿神社入口交差点の北東付近にあったとされています。
森松線31
椿神社入口交差点は国道33号線と県道190号久米垣生線が交差しています。
森松線32
この交差点は名前の通り、椿神社と通称される伊豫豆比古命神社の参道入口でもあります。
ここから西の県道は神社までが参道とされています。
森松線33
駅は1901年(明治34年)に仮駅として設置されたのが最初で、
その後正式に駅へと昇格しています。

椿神社の例祭の参拝客を見込んで作られた駅である事、
国道33号線の東側付近が廃線跡とされることなどから
交差点北東角の焼肉店近辺が駅跡地ではないかと思われるのですが、
遺構が全く無い状態ですので、交差点付近が駅跡と思って十分でしょう。
森松線34
旧石井駅の最寄バス停の椿前停留場。



森松線35
旧石井駅跡を過ぎた廃線跡は、引き続き国道33号線を南下します。
森松線36
松山自動車道の高架橋をくぐる国道。
森松線の廃止より30年以上経った1997年(平成9年)開通の自動車道ですので
鉄道の営業当時には高架橋はありませんでした。

高架をくぐるとまもなく国道33号線は森松交差点でY字に分岐をします。
分岐の左手の一車線の道は県道194号久谷森松停車場線であり、
1982年(昭和57年)まで国道33号線であった旧道にあたります。
森松線の廃線跡も旧国道に沿って東へと逸れます。
森松線37
そして旧国道を300mほど南下すると森松線の終点の駅跡が見えてきます。
この300mは県道194号県道194号久谷森松停車場線と
県道193号森松重信線の重複区間でもあります。


森松線38
県道194号線と県道193号線が分岐するT字の交差点。
南東の角にあるのが伊予鉄バス森松営業所です。
そしてこちらが森松駅のあった駅跡となります。
森松線39
こちらが伊予鉄バス森松営業所の建物です。
廃線の翌年の1966年(昭和41年)に森松バスターミナルとして整備され、
駅舎のあった場所には森松出張所(当時)の建物が建てられました。

旧駅舎は1896年(明治29年)の路線開業時に作られた瓦葺屋根の和風の建物で
廃止後に取り壊されています。
森松線40
森松営業所の中の様子です。
バスターミナルながら出札窓口が作られており、
ベンチの置かれた待合室は鉄道駅を意識した作りとなっています。
森松線41
営業所の裏手のバスターミナルの敷地です。
現在は車庫としてバスが展開や滞留をしていますが、
森松線の営業当時にはこちら側に単式ホーム1面があり、
またその外側には列車が留置できる引き上げ線もありました。
森松線43
この裏手にも乗降の乗り場があり、乗客用のベンチが置かれています。
森松線42
敷地の奥には車庫の建物があり、
その奥は県道へと面して出入りができる様になっていました。
森松線44
県道193号線側から見た、ターミナル裏手の出入口の光景です。
森松線45
ターミナル裏手から県道を北に進むとすぐに森松営業所の表側に。



森松線46
こちらは森松線の区間のau 4G LTEでの電波エリアマップです。
ご覧の通り現在では全線が松山市内ですので全区間が電波県内となります。
ですのでどこからでも駅へのアクセスに困る事は無いでしょう。


そして廃線ですので現在列車が走っていないため、
アクセス及びチェックインの方法です。
森松線47
国道33号線(砥部道路)沿いに走っていた森松線には
営業当時から走っていたバスの並行路線があります。
森松線48
伊予鉄バスの森松・砥部線というのがそれで、
いよ立花駅から椿前(石井駅跡)を経て森松営業所(森松駅跡)まで走っています
いよ立花駅前から森松までで所要時間が13分、片道運賃310円で
ほぼ廃線跡をそのままバスが走ってくれています。
バスも15分間隔程度で運行していますので、いよ立花駅から実乗しても
往復で一時間弱で戻ってこれる
と思います。


どうしてもレーダーで取りたい、という場合は
伊予鉄道横河原線に乗る必要があります。
ここで注意をしたいのは、森松線の起点だったいよ立花駅でレーダーを飛ばしても
終点の森松駅はおろか石井駅にもレーダーは届かない
という点です。
4.4kmという短かい路線なのにレーダーが届かない理由は、
松山市の近郊という立地から、伊予鉄道の市内線の路面電車の電停が
石井駅よりも近くに大量にある為
です。

石井駅に関して言えば、いよ立花駅━福音寺駅間で
すぐにレーダー射程圏内(4~6駅程度)となります。
森松線49
そして森松駅までレーダーを届かせるには、
福音寺駅━北久米駅間でやっと射程圏内となります。
森松線50



近県の方でなければ、四国を攻略する場合には
JR四国の3日間有効のフリー切符を使うケースが多いと思います。
その場合、3日間で四国全県を制覇するにはかなりカツカツの行程となる為、
伊予鉄道を悠長に実乗している暇は無いと思います。

しかし、「また来る」とう選択肢を入れれば伊予電で松山市内を巡れますし、
周辺の観光や散策をする時間までできるでしょう。
ただの道路しか無い森松線をわざわざ森松駅まで行く方はそう多くは無いと思いますが、
せっかく駅メモに収録されいるのですから一度くらいは訪問してみるのも良いかと思います。


では。