でんこの元ネタ

でんこの元ネタ
■No.101 田原町つばさ(Tawaramachi Tsubasa)
 ■タイプ:アタッカー
 ■誕生日:3月27日

■出身駅: えちぜん鉄道 三国芦原線 田原町駅(福井)
つばさ01



田原町駅は1937年(昭和12年)4月1日に三国芦原電鉄の駅として新設されました。
三国芦原線は1928年(昭和3年)に開業していた路線のため、
駅はすでに営業している路線に新たに作られたものです。

1942年(昭和17年)に三国芦原電鉄が京福電気鉄道に合併されて
三国芦原線も京福電気鉄道の路線となったものの
戦時の1944年(昭和19年)に鉄道は一旦休止。

1950年(昭和25年)11月に駅の場所が東寄りの現在の位置へと移転のうえ
営業再開され、併せて福井鉄道も田原町駅まで延伸されて
京福電気鉄道と福井鉄道の乗り換え駅となります。
つばさ02
駅メモラーにとっては京福電気鉄道といえば
京都を走る軌道線の「嵐電」こと嵐山線が思い浮かぶ
ことでしょう。
社名に京都の「京」と福井の「福」を冠する通り
京福電気鉄道は京都市内のる嵐山本線・北野線と
福井を走る越前電気鉄道線(越前本線と三国芦原線)を併せて運営する会社でした。

しかし福井の京福電気鉄道は2000年(平成12年)末と2001年(平成13年)夏に
半年で2回もの列車同士の衝突事故を起こしてしまい、
国土交通省と中部運輸局福井運輸支局より全線の運行停止と
事業改善命令が命ぜられました。

これによって京福電気鉄道は収支の見通しが立たず
福井県内の鉄道事業を運営する福井鉄道部の営業継続を断念。
2001年(平成13年)10月に越前本線と三国芦原線の廃止届を提出します。


こうして豪雪地帯である福井市内は京福電気鉄道の運行を失って
バス代行に頼る冬を迎えた訳ですが、それまで鉄道を利用していた
通勤通学客の多くが自家用車へシフト。結果として市内幹線道路は大渋滞となります。
当然ながら代行を含めたバスのダイヤも遅延で無ダイヤ状態となり、
はからずも積雪地で鉄道を廃止したらどうなるかという
一種の公共交通の比較社会実験を行う事となった
のです。
つばさ03
当時の報道で「壮大な負の実験」と称されたこの状況を受けて
福井県と沿線市町村は第三セクター方式による鉄道存続を選択。
2002年(平成14年)9月にえちぜん鉄道が設立され、
京福電気鉄道から2003年(平成15年)に事業譲渡がされました。


地元自治体が出資をした第三セクター会社の運営となった事で
えちぜん鉄道では既存の駅施設の改修や新規駅の設置などが進みます。
つばさ04
そしてえちぜん鉄道と福井鉄道との間での相互直通乗り入れ運転の計画も具体化され、
LRV(ライトレール)車両の運行の為に低床ホームの整備が進みます。
つばさ05
その為、えちぜん鉄道と福井鉄道が連絡接続をする田原町駅では
既存の駅施設改修や駅周辺整備、そして両路線の線路の接続が行われました。
つばさ06
こうして2016年(平成28年)3月27日より
えちぜん鉄道の鷲塚針原駅から福井鉄道の越前武生駅までの間を
「フェニックス田原町ライン」と名づけて直通運転が開始。
愛称の「フェニックス」は戦災、震災、水害、雪害など多くの苦難を乗り越えた福井市の象徴で
えちぜん鉄道の三国芦原線と勝山永平寺線、福井鉄道の福武線をあわせた路線図が
まるでフェニックスが翼を広げたような形となることから命名
されています。


つばさ07
こちらは県道30号福井丸岡線の福井市田原付近の光景です。
古くは五畿七道の1つである北陸道であり、旧国道8号線である道路で
1985年(昭和60年)に市民公募で「フェニックス通り」の名称となっています。
つばさ08
フェニックス通りの南側は福井市の中心市街地を通り抜けており、
古くは福井藩の1万石以上の上級家臣の武家屋敷が並んでいたことから
「大名町通り」と呼ばれ市民に慣れ親しまれていました。
つばさ09
こちらはフェニックス通りに面した西側にあるフェニックス・プラザです。
福井中央卸売市場の移転跡地に1985年(昭和60年)に建てられた多目的ホールであり、
現在は福井市の所有となっている建物です。
つばさ10
フェニックス通りの中央部分には福井鉄道福武線の軌道線が走っていますが
ご覧の通りフェニックス・プラザの北側で西へと反れて専用線へと入ります。
線路に併走して道路も分岐しており、車に注意を促す看板が設けられています。
つばさ11
分岐の北側にはこちらの歩道橋が。
つばさ12
歩道橋から見たフェニックス通りの南側の福井市街方の光景です。
つばさ13
反対のフェニックス通りの北側のあわら市方面の俯瞰。
えちぜん鉄道の踏切があるのが見えます。
つばさ14
歩道橋北側のえちぜん鉄道新田原町踏切。
つばさ15
踏切から見る南側の福井口駅方の光景です。
つばさ16
そして反対の北側の三国港駅方を見ると駅があるのが見えます。
つばさ17
踏切の北側へと渡ると周囲には福井大学をはじめとして
いくつもの学校が集まっており通学時間には学生の姿が多く見られます。
県道は九頭竜川を渡って北へ向かい国道8号線の現道へと合流をしています。
つばさ18
切返して北側から見た踏切方面の様子です。
つばさ19
北側から見た歩道橋には福井鉄道の軌道による幅員減少の標識がありました。
つばさ20
その歩道橋の西側には線路と県道に囲まれた
三角形の形の駅前広場があるのが見えます。
つばさ21
広場にある周辺の地図です。
県道に面する三角の広場は北広場と書かれています。
つばさ35
田原町駅の駅周辺や広場の整備は駅舎改修の後に進められており、
2018年(平成30年)に完成し供用されています。設計は公共空間設計で実績を持ち
数多くの駅周辺デザインを手がけている東京のGK設計が行っており、
「公園の中に電車が滑り込んでくるような景色を持つ駅」としてデザインされています。
つばさ22
北広場の南東端付近です。
田原町駅前のバス停留場の待合室が置かれています。
駅前広場の整備前にはここにはコンビニが建っていたそうです。
つばさ23
県道の歩道に接する付近はインターロッキングで舗装されていますが
広場の内側は芝生が貼られています。
中央部にはステージのような大きなベンチが。
つばさ26
広場南側の福井鉄道の線路沿いは小高く土が盛られていました。
つばさ25
ベンチ近くにある広場の案内図です。
裏側には広場使用の注意書きが。
つばさ24
広場北側の様子です。
県道から線路に沿った部分は駅前広場の整備前から
駅舎と県道を連絡する通路であった部分でした。
現在も駅入口までインターロッキング舗装がされています。
つばさ27
切返して駅側から見た光景。
線路沿いには屋根つきの駐輪場が設けられています。
つばさ28
こちらがえちぜん鉄道田原町駅の駅舎外観です。
以前の木造駅舎は1950年(昭和25年)の福井鉄道乗り入れ時に作られたもでした。
現在のえちぜん鉄道側の駅舎は2016年(平成28年)1月に供用開始されたものとなります。
つばさ30
ホームへの通路の横には駅務を行う建屋が建てられており、
壁の駅入口付近には駅周辺の案内地図がありました。
つばさ31
奥の券売窓口の手前の壁には駅舎の駅名標があり、
その下には吹き出し形に形取られた駅構内図がありました。
つばさ29
えちぜん鉄道の券売窓口付近。
島式ホームへの入口と構内踏切が目の前にあります。
つばさ32
券売窓口前から西側のホームへと入るスロープです。
低床ホームの2番線につながっているので勾配はゆるやかです。
つばさ33
こちらが2番線ホームの様子です。2番線と3番線は島式ホーム1面ではありますが、
南側の2番線がLRV(ライトレール)車両に対応する為低床ホームとなっており
北の3番線とは段差があります。また東側が扇形に広がっている形状もあって
実質的には別々の単式ホームの様相と言える形となっています。
つばさ34
2番線ホーム側にある待合室。
木製ベンチの置かれた部屋は空調が効いています。
つばさ36
ホーム西端の鷲塚針原方の光景です。
2番線は福井鉄道とえちぜん鉄道の相互直通列車専用の乗り場となります。
なのでホームから東は福井鉄道福武線、西はえちぜん鉄道三国芦原線となっています。
つばさ37
駅の出入口に近いホーム東側の越前武生方の様子です。
つばさ38
2番線ホームと3番線ホームを連絡する階段。
同じ島式ホームのプラットホームですが嵩上げされたホームと
低床ホームではこれだけの段差があります。
つばさ39
階段の脇にはバリアフリーの為設けられた2番線と3番線をつなぐスロープが。
つばさ40
島式ホームの北側の3番線ホームです。
こちらのホームは嵩上げされた高床式ホームであり、
えちぜん鉄道三国芦原線の専用ホームとなっています。
つばさ41
低床式ホームの2番線とは段差がある為柵で仕切られており、
3番線側には木材で目隠しの壁が設けられています。
つばさ42
3番線ホームにあるこちらの壁はホーム待合室の壁ですが、
出入りは2番線側からしかできず3番線側は壁のみとなっています。
つばさ43
ホーム東側の福井方の様子です。先にはフェニックス通りの新田原町踏切が見えます。
田原町駅の線路は駅改修で付け替えが行われていますが
えちぜん鉄道側の線路は旧来のものがそのまま使われています。
つばさ44


つばさ46
こちらはフェニックス通りへと戻り、福井鉄道の軌道が田原町駅へと向かって
道路から専用線へと入る付近の光景です。
つばさ45
フェニックス・プラザと線路の間には
ご覧の西へと入る道路が分岐しています。
つばさ47
道を進むと屋根のついた横断歩道があり、
右手に駅、左手にはフェニックス・プラザへの入口があります。
つばさ48
福井鉄道田原町駅の駅舎外観です。
えちぜん鉄道と福井鉄道直通運転開始に際して改築されたもので、
福井鉄道側の駅舎は2015年(平成27年)3月に完成し供用されています。
つばさ49
駅舎前は歩道の幅が広く作られ駅前広場の役割となっており、
入口前には車寄せが作られています。
つばさ50
駅前付近の見取り図です。
つばさ51
駅舎前の東側はご覧の様に小さな公園の様になっており
木の植えられた四角いベンチが置かれています。
つばさ53
入口の目の前に設置されている案内図の看板。
駅舎側には駅周辺の地図が描かれ、道路側には広場の見取図が載っています。
つばさ52
この広場の東側を見るとご覧の線路沿いの広場へと出る事ができます。
こちらは南広場と名づけられており駅周辺整備事業で整備されたものです。
つばさ55
ご覧の通り福井鉄道の線路の目の前に設けられた広場で
通過する電車を間近で見ることができます。
つばさ54
そして南広場の東側奥へは屋根のついた通路が広場沿いに延びており、
つきあたりには「田原町ミューズ」という多目的待合所があります。
つばさ57
田原町の駅周辺整備で駅前広場などと一緒に2018年(平成30年)1月に作られたもので
「音楽が溢れる街」を目指して作られたホールスペースとなっています。
つばさ56
中はご覧の通りの多目的スペースとなっており、
通常時は田原町駅の待合室として利用ができ、
イベントの開催などもできるスペースとなっています。

つばさ58
駅舎へと戻ってこちらは福井鉄道側の駅入口です。
つばさ59
券売窓口の向かい側にはガラス張りの待合室があります。
木製ベンチが両側にあり空調も効いており
電車の到着が部屋から良く見える待合室となっています。
つばさ60
駅前の道路側から見た待合室と、券売窓口とは反対側の待合室出入口。
つばさ61
窓口前の通路を通り抜けると目の前はすぐに構内踏切があり、
左の目の前が1番線ホームへと入るスロープとなっています。
福井鉄道の田原町駅は2016年(平成28年)3月より駅員のいる有人駅となっており
列車到着時には駅員が1番線ホーム入口で改札を行っています。
つばさ62
駅は列車別改札となっており、電車の発車時刻の5分前までは
ご覧の通りバーが下ろされていてホームへの立ち入りができなくなっています。
つばさ63
こちらが田原町駅の1番線ホームです。
福井鉄道の専用ホームとなっており、低床式ホームとなっています。
軌道線である福武線の終点であり、奥のホーム西側に車止めが設けられています。
つばさ64
西側奥の様子です。車止めまではご覧の長さがあり、
1編成を留置する事が可能で夜間滞泊も設定されています。
つばさ65
ホームは単式ホームであり、終点駅なので列車は折り返し運転で
越前武生方面行きのみとなっています。
つばさ66
1番線ホームには駅名標は置かれていません
番線表示に越前武生方面行きであることが書かれているのみとなっています。
つばさ67
駅舎を出て駅前の市道へと戻って東の鷲塚針原方へ。
つばさ68
少し進むと左手にあるのがこちらの福井田原町郵便局です。
つばさ69
郵便局の先はつきあたりとなっており、
線路側には踏切があるのが見えます。
つばさ70
こちらが田原町駅の西側に位置する
えちぜん鉄道三国芦原線の田原町踏切です。
つばさ71
踏切を渡った北側は田原町商店街で、福井大学や藤島高校(旧制福井中学)など
周辺には福井を代表する学校が集まっている地域でもあります。
つばさ72
田原町踏切から駅舎までの線路沿いは駅前整備で整備されており、
インターロッキングで舗装され駐輪場なども設けられています。


つばさ74
この田原町駅の改修された駅舎についてはえちぜん鉄道駅舎、福井鉄道駅舎ともに
福井市の設計事務所であるヒャッカが設計を手がけています。
つばさ75
また田原町駅の改修後の駅のサイン(案内図や表示)のデザインについては
福井市のデザイン事務所のGOOD MORNINGが行っており、
吹き出し形の「おしゃべりなサイン」としてにぎわいや楽しさをイメージしています。
この事務所はえちぜん鉄道の相互乗り入れ車両「ki-bo」についても
名称やロゴデザインなどを行っている会社です。



■モデル車両: えちぜん鉄道 L形電車「ki-bo」
つばさ73


えちぜん鉄道L形電車はえちぜん鉄道と福井鉄道の
相互直通運転の為にえちぜん鉄道に導入された
低床2車体連接の路面電車車両です。
車両には「ki-bo」(キーボ)という愛称がつけられています。

「フェニックス田原町ライン」としてえちぜん鉄道三国芦原線の鷲塚針原駅と
福井鉄道福武線の越前武生駅間を走る直通運転は
2016年(平成28年)3月27日より開始
されていますが、
「ki-bo」の営業運転もおなじ3月27日より開始されています。
つばさ76
「ki-bo」をモチーフとしている駅メモのでんこの
田原町つばさの誕生日が3月27日に設定されていますが
これは「ki-bo」の営業運転開始日が元ネタと考えて良いでしょう。

車両はドイツのアドトランツ社が製造した通称「ブレーメン形」と呼ばれる車両
後継車種の「インチェントロ」が元となっています。
このドイツの路面電車車両を日本の新潟トラシスがライセンス生産。
日本向けにカスタマイズして供給しているもので、
現在の日本で新型路面電車といえばこの形式とも言える車両です。
つばさ77
こちらが日本各地で導入されている「ブレーメン形」の低床車両です。
「ki-bo」と並べてみると非常に良く似た外観で同系列の車両であることが分かります。

実際に「ki-bo」と同じフェニックス田原町ラインを走る福井鉄道の「FUKURAM」は
3年先の2013年(平成25年)に導入されていますが、
運行や保守の観点からえちぜん鉄道も導入にあたって
先行の福井鉄道と車両を共通化
しているという経緯もあります。
つばさ80
車両は正式には「L形」と名づけられていますが、
「L」は「LRV(Light rail vehicle・ライトレール車両)」のLだと思われます。
予算の半分は環境省の二酸化炭素排出抑制対策事業費等補助金を利用しており、
残りを福井県が負担して6億円の予算で2編成が導入されています。

福井鉄道の「FUKURAM」が3連接車両であるのに対して
「ki-bo」はご覧の通り2連接車両であり、乗車定員もFUKURAMより少なくなっています。
つばさ78
「ki-bo」モチーフの田原町つばさの登場に際しては、
まとめ髪の元であろう車体の「角」と称される突起が話題となりました。
この突起はバックミラーの代用として取り付けられたCCDカメラであり、
運転士が左右後方の死角を確認する為のものです。

そして「ブレーメン形」の日本各地の車両を見ると
どの車両にも同じ角が装備されているのが分かります。
つまり実はこの「角」は「ki-bo」独自のものでは無いということです。
つばさ79
「ki-bo」のネーミングやロゴデザインなどは田原町駅のサインのデザインも行った
福井市のデザイン事務所GOOD MORNINGが手がけています。

「黄色」+「坊、相棒、ロボ」→「ki-bo」(キーボ)というネーミングで
希望の意味も込められています。
相互乗り入れ運転で福井鉄道側のFUKURAM(フクラム)と合わせると
「希望、ふくらむ。」となる
仕掛けなのだそうです。


こちらは「Ki-bo」が田原町駅2番線ホームへと入線する様子です。
以下で車両の細部について見てみたいと思います。
つばさ81
越前武生方に連接されているこちらが「ki-bo」のA車です。
こちらの車両には屋根の上にシングルアームのパンタグラフが搭載されています。
つばさ82
「ki-bo」モチーフの田原町つばさの背中のパンタグラフと
実車のパンタグラフを並べてみると同じものであることが分かります。
つばさ89
A車の越前武生方の車端部の運転台。
ワンマン運転なので運転台の後ろが降車デッキとなっています。
つばさ93
車内の様子です。中央部は2席+2席のボックスシートとなっており、
東側に2組、西側に1組半の計14席が設けられています。
つばさ90
連接部に近い鷲塚針原方には西側に乗車扉があり、
扉の正面の東側には優先座席となる2人掛けロングシートがあります。
つばさ91
ボックスシートの様子。通路と座席部には小さいながら段差があり、
段鼻に黄色いステップが取り付けられて注意を喚起していました。
つばさ94
座席モケットは福井が拠点の繊維会社セーレンのものが使用されており、
製品名の「viscotecs」のタグがつけられています。
つばさ92
切り返して鷲塚針原方から見た車内客室の光景。
つばさ95
A車とB車の連接部の様子です。
連接部の床はA車側かフラット、B車側が円形の形でつながっています。

つばさ83
鷲塚針原方に連接されるこちらがB車です。
台車はA車、B車ともに各車1台づつとなっており、
左右の車輪が車軸の無い独立した台車を使用しています。
つばさ84
こちらは鷲塚針原方の先頭部の運転台です。
つばさ86
運転台後方の料金箱。料金箱の前付近は車椅子やベビーカーの優先スペースで
床にご覧の優先を示すサインが表示されています。
つばさ87
車端部運転台後方の乗降デッキ付近。低床車両として乗降口が低くなっている為、
座席のある通路部とデッキには6cmの段差があってスロープ状となっているので
床にはスロープ注意を示すサインが描かれていました。
つばさ85
B車の車内の様子です。基本的に千鳥配置で反転しているだけで
座席や設備などの配置はA車と同様となっています。
つばさ88
反転して越前武生方から見た車内。
つばさ96
乗車扉の床も入口と通路に段差があってスロープになっているので
足元に注意喚起のサイン表示が描かれています。


【写真撮影:2021年3月】

でんこの元ネタ
■No.100 恋山形ちづ(Koiyamagata Chizu)
 ■タイプ:サポーター
 ■誕生日:12月3日

■出身駅: 智頭急行 智頭線 恋山形駅(鳥取)
ちづ03



ちづ21
こちらは国道373号線(智頭街道)の大内集落付近の光景です。
江戸時代にはこの道は鳥取藩が参勤交代の為に
姫路へと抜ける智頭往来として利用をしていました。
ちづ22
国道脇に設置された智頭町営コミュニティバスの大内停留場。
ちづ23
そのバス停の先には横断歩道があり、
駅のあることを示す道路標識が設置されています。
ちづ24
この国道の西側を併走して流れているのは千代(せんだい)川という河川ですが、
駅への標識はこの川に架かる大内橋の方向を示しています。
ちづ25
反対の北側から大内橋方向を望んだ国道373号線の光景。
ちづ26
北側からも駅を示す標識が橋方向を示しているのが見えます。
ちづ27
大内橋から見た国道373号線(智頭街道)。
ちづ28
橋を渡って千代川の西岸へと進むとすぐに、
駅への入口となる交差点があります。
ちづ29
交差点の角にはご覧のハート形の駅案内板があり
ここが駅への入口であることを示しています。
ちづ31
交差点の南西角にある大内コミュニティセンター。
ちづ30
その先の南側の川沿いには大内の集落があり民家が並んでいます。
ちづ32
反対の交差点北側は川沿いの田んぼが広がっています。

ちづ33
そしてこちらが駅への道となる交差点から西の坂道ですが、
坂の入口脇には「林道小又線起点」と書かれた木杭があります。
ちづ34
駅への坂の左手斜面には大内集落の墓地がありますが、
道に設置された街頭は駅のイメージカラーのピンクに塗られています。
ちづ35
坂の途中から見下ろした国道や川のの方面の光景。
ちづ36
駅への坂を進むと左手へとカーブを描き
智頭急行の高架線が見えてきます。
ちづ06
ふもとの交差点からはおよそ120mほどで
智頭急行の小股高架橋を道がくぐっています。
この高架橋は駅構内扱いとなっているのですが、
ガード下にはご覧の恋山形駅の駅名標が掲げられています。
ちづ37
駅前側となるガードの南側の光景です。
十字路となっており東側が駅への入口となっています。
ちづ38
こちらが恋山形駅への入口となる道です。
切り通しとなっている道の中央部はピンク色に塗られて
「恋ロード」とペイントされています。
ちづ39
この恋ロードは2017年(平成29年)4月にペイントされたのもで、
塗られた当時はご覧の通り綺麗にピンク色でした。
ちづ40
駅へと通じる取付道路。60mほどで駅前の広場となります。
ちづ41
こちらが駅前の広場の様子です。
行き止まりの袋小路ですが駅のホーム前は若干広くなっており
車が展開する程度であれば可能な広さです。
ちづ42
広場に面した恋山形駅の駅の外観です。
1994年(平成6年)12月3日に智頭急行の開業と同時に開設されました。
智頭町に1935年(昭和10年)に編入合併された旧山形村の村域にあることから
計画段階では「因幡山形駅」の仮称でした。
ちづ43
しかし駅開業にあたっては地元の要望があり、
「来い山形」という願いを込めて恋山形という駅名となりました。
開業当初は普通の無人駅でしたが、2013年(平成25年)6月に
「恋駅プロジェクト」の一環として駅がピンク色に塗られました

その為、恋をモチーフとした駅の各所には様々な仕掛けが施されています。
ちづ49
駅広場の入口付近には地面のペイントが十字になっている箇所があります。
こちらは駅の待合室の壁を利用したカップルの撮影スポットが作られています。
ビッグハートの前の小さなハートの上に二人で立ち、
反対側のカメラ台にタイマーをセットしたカメラを置くと
二人の間に大きなハートの浮かぶ絵が撮れるという仕掛けです。
ちづ50
駅前広場の南側は擁壁となっていますが、
その擁壁にご覧の大きなハートマークが描かれています。
このハートは電飾となっており夜間にはイルミネーションとして光ります。
ちづ52
そして広場の東の奥にはご覧の待合室が設置されています。
「恋の待合室」と題されたこの建物は2018年(平成30年)6月に
恋山形駅がピンク色の駅となって5周年を記念して設けられました。
ちづ53
中はご覧の通りでハート形のテーブルが置かれ
智頭急行の鉄道むすめが描かれた自販機も置かれています。
ちづ54
待合室の自販機は飲料の他に恋山形駅の絵馬やキーホルダーなども売られいます。
ちづ51
こちらは駅ホームへの入口の脇に設置されている「恋のポスト」です。
2016年(平成28年)に設置されたものですが、
このポストは郵便局のものでは無く智頭急行の私設ポストとなります。
ちづ55
「恋のポスト」に投函された郵便は智頭急行で回収され、
駅最寄の山形郵便局でハート形の風景員が押されて配達されます。

ちづ56
恋山形駅の駅入口です。
駅舎が無くホームのみの駅なのでこちらの階段が駅構内への入口となります。
入口を入ると目の前には1番ホームの端があり、その先には
反対側のホームへの構内踏切があります。
ちづ57
こちらは駅入口のすぐ脇にある1番線ホームへの入口の階段。
ちづ17
ホームへと上がると目の前にはご覧の「恋」と書かれた
ハート形のモニュメントの置かれた建屋があります。
モニュメントのまわりには奉納されたハート形の絵馬が。
ちづ58
そしてモニュメントの上を見ると「恋がかなう鐘」が下がっていました。
ちづ59
こちらが1番線ホームの様子です。駅は相対式ホーム2面2線となっており、
南側のこちらは上下副本線で、列車交換時の普通列車退避に使われます。
普通列車同士の交換の際には1番線には智頭方面行き下り列車が入線します。
ちづ60
ホーム上の構造物は建屋からベンチやくずカゴ、番線表示や駅名標まで
ことごとくがピンク色に塗られてハートの形をしています。
ちづ61
駅の西側の智頭方は線路が高架線となっています。
ローカル無人駅ながら施設は鉄建公団が作っただけに
ホームなどの設備も鉄骨とコンクリートで作られています。
ちづ62
ちづ63
こちらが駅構内のホームを連絡している構内踏切です。
鉄建公団による高規格線として作られた智頭急行には踏切は2つしかなく、
この踏切はそのうちの一つです。
ちづ64
踏切を渡って駅の北側の2番線ホームへの入口。
ちづ65
こちらが2番線ホームの様子です。
上下主本線となり基本的に恋山形駅へ停車する列車はこちらに停まります。
また駅を通過する特急列車はこちらの2番線を通り抜けていきます。
ちづ66
ホーム西側の智頭方の光景。一線スルー方式となっているのが見えます。
普通列車同士の交換の場合は2番線には上郡方面行きの上り列車が入線します。
ちづ67
西側から東の上郡方を望んだ光景です。
駅が切り通しの中にあるのがよく分かります。
ちづ68
ピンクの建屋にはハートマークと智頭急行の鉄道むすめが描かれています。

ちづ69
駅前の広場へと戻り、坂を下って駅入口の町道まで戻ります。
ちづ70
入口の向かい側にはご覧のピンク色の立て看板が。
自販機が100m先にある事が示されています。
ちづ71
看板に従い駅入口の正面の道を智頭急行の高架に沿って西へと進みます。
ちづ72
坂を下って100mほどで道はカーブを描き北へと曲がって
高架線の下をくぐって国道方向へと向かいます。
ちづ73
カーブの角の高架下は木材業者のヤードとなっており
道路に面してご覧の自販機が置かれています。
ここは2018年(平成30年)に駅前の待合室に自販機が置かれるまでは
恋山形駅周辺で唯一の飲み物が買える場所でした。
ちづ74
自販機のある高架下から国道373号線まではおよそ150mほどです。
ちづ75
高架の柱には恋山形駅があることを示すピンクの案内板が掲げられていますが
その下にご覧の通り自販機が設置されています。
ちづ76
恋山形駅の入口となる大内橋から、自販機の高架下へと通じる
ピンク色の小又橋までは国道373号線を西へおよそ230mほどの距離にあります。
ちづ77
小又橋から国道373号線(智頭街道)をさらに西へと進むと
民家の並ぶ集落が見えてきます。
ちづ78
恋山形駅入口の大内橋からおよそ900m、自販機の小又橋からは700mほど西に
こちらの郷原交差点のY字路があります。
ちづ79
郷原集落のある国道373号線の郷原交差点付近の光景です。
恋山形駅から一番近い店舗のある集落となります。
ちづ80
その郷原交差点の北西角近くにあるのがこちらの山形郵便局です。
智頭杉で作られたこちらの郵便局が
恋山形駅のピンクのポストの風景印を押す郵便局です。

ちづ81
駅前の自販機の立看板まで戻ると、看板の脇には
「後醍醐天皇の事跡を伝える 古刹西行寺」と書かれた木標があるのが見えます。
ちづ82
その木標のある駅前の十字路を南へと進み坂を上ります。
ちづ83
国道から駅への入口の大内橋の南詰には「林道小又線」と
書かれた木標がありましたがこの坂がその林道となります。
ちづ84
本格的に林道に入る直前の脇には西光寺へと入る脇道があって
ご覧の通り寺の境内や庫裏があります。
ちづ85
寺は高台にあり、南側からは駅を見下ろすことができます。



■モデル車両: 智頭急行 HOT3500形気動車
ちづ01


ちづ86
智頭急行HOT3500気動車は第三セクター線の智頭急行が開業した
1994年(平成6年)12月3日に線内の普通列車用に投入された車両
です。

このHOT3500をモチーフとしている駅メモのでんこの
恋山形ちづの誕生日が12月3日に設定されていますが、
これは智頭急行の開業日およびHOT3500の営業運転開始日が元ネタと考えられます。
ちづ87
車両の形式称号のHOTは智頭急行の沿線である
兵庫県(H)、岡山県(O)、鳥取県(T)が由来であり、
形式の3500は機関出力が約350馬力(実際は355馬力)であることに因んでいます。
ちづ88
HOT3500形の車体のカラーリングは白を基調としており、
海をイメージした青(    と紅葉をイメージした赤(    が使われています。
これはご覧の通り「スーパーはくと」ことHOT7000系と同じカラーリングであり
いわば「智頭急行色」とも呼べる配色となっています。



こちらはHOT3500形が大原駅へと入線する動画です。
以下では車両について詳細を見てみたいと思います。
ちづ89
HOT3500形の外観です。智頭急行の開業時に10両が作られた列車で、
特急列車の130 km/h運転に支障をきたさない様にスーパーはくとの車両と同じ
コマツ製SA6D125H-1という高出力エンジンを1基搭載しています。
ちづ90
車両の前面部のガラスは角が柱ではなくカーブガラスとなっている
いわゆる「パノラミックウィンドウ」と呼ばれる形状をしており
運転士の視界を確保したデザインとなっています。
ちづ91
こちらは車内へと入って上郡方の車端部の様子です。
ワンマン運転を行っているので運転台脇に料金箱が設置されています。
ちづ92
上郡方には乗降扉前にトイレが設置されており、
車椅子設置スペースと優先座席のロングシートがあります。
智頭駅から北はJR西日本の因美線へと乗り入れて鳥取駅まで運行している為、
優先座席のモケットもJR西日本仕様のものが設置されています。
ちづ93
車両の中央部はボックスシートとなっています。
転換式では無く固定式で、2席+2席が片側4組づつの合計32席分となります。
ちづ94
智頭方の車端部は片側のみロングシートとなっています。
反対側にはディーゼルの排気塔がある為カウンター状となっており
短いロングシートが置かれています。
ちづ96
こちらが排気塔のあるカウンターと隣の短いロングシートです。
ちづ95
智頭方から見た車内客室の様子。


ちづ97
余談ですが、HOT3500形が走る智頭急行はカナで「ちずきゅうこう」と表記し、
智頭駅も「ちず」と駅名標に表記がされています。
ちづ98
しかし智頭急行の走る智頭町は「ちづ」と表記をしており
駅名と地名で読み仮名が異なる形となっています。

駅メモのでんこの恋山形ちづの名前が「ちづ」となっているのは
上記を鑑みるに地名の智頭町の「ちづ」が元ネタとなっていると考えるのが妥当でしょう。


【写真撮影:2021年2月】

でんこの元ネタ
■No.44 木古内さいか(Kikonai Saika)
 ■タイプ:アタッカー
 ■誕生日:3月26日

■出身駅: JR北海道 北海道新幹線 木古内駅(北海道)
さいか01


さいか69
こちらはJR北海道の木古内駅の北口の駅舎外観です。
木古内駅は1930年(昭和5年)10月に官設鉄道上磯線の延伸によって開業した駅であり、
1936年(昭和11年)に上磯線が江差線に改称され、
1937年(昭和12年)に国鉄福山線(後の松前線)ができると
北海道南端のターミナル駅となった駅でした。
さいか98
木古内駅の北側の新幹線駅舎は2016年(平成28年)3月の北海道新幹線開業に併せて作られたもので
「波と森のプロムナード ~北の交流発信地~」というデザインコンセプトで
前年の2015年(平成27年)7月に完成をしています。
さいか70
こちらは北口駅前ロータリーと接続をしている駅前の町道です。
元々新幹線が通るまでは駅の裏手だった為、周辺には民家があるのみで何もありません。
駅舎と町道の反対側には木古内中学校の敷地が広がっています。
さいか71
反対の北側から見た駅前の町道。
さいか72
こちらが町道からロータリーへの入口となります。
さいか73
設置された看板を見ると分かりますが、ロータリーへは
この入口からのみ駅前の市道へとアクセスをしています。
さいか74
こちらが北口ロータリーの様子です。
広場の新函館北斗方となる北側駅舎前に時計回り一方通行の
こじんまりとしたロータリーが設けられています。
さいか75
そのロータリーの駅舎と反対側の西側には
駅北口駐車場への入口があります。
さいか76
木古内駅の駅の北側駐車場です。
北海道新幹線の開業に併せて整備されたもので209台の駐車が可能です。

さいか77
駅舎へと戻ってこちらが北口の駅の入口です。
北口の駅前広場と木古内駅の高架駅舎とを連絡する為に
新幹線高架の下にご覧の広い通路が設けられています。
さいか84
その通路の左側のガラスの自動扉を入ると風除室があり、
奥は木古内駅の新幹線口となっています。
さいか85
入って左手の広場側には待合室が。
さいか86
右手にはトイレが設けられています。
さいか87
こちらは新幹線口の改札です。脇にはみどりの窓口が設置されています。
木古内駅にはJRは北海道新幹線のみですのでいわばこちらがJR口となります。
さいか88
改札内の様子です。中は高架下のコンコースとなっており
2面ある新幹線ホームをそれぞれ連絡しています。
さいか89
こちらは東側にある11番線ホームへの階段です。
さいか90
同じくこちらは11番線ホームへのエスカレーター。
階段とエスカレーターの間にはホーム階へのエレベーターもあります。
さいか91
木古内駅の新幹線11番線ホームの様子です。
この駅の新幹線ホームは相対式2面2線となっており、
また2つのホームの間には旅客ホームの無い上り線の通過線が設けられています。
さいか92
こちらの単式の11番線ホームは上り線の東京方面行きホームとなります。
さいか93
ホームの幅は狭いものの柵とホームドアが設けられています。
さいか94
新函館北斗方のホーム北端の様子です。
さいか95
ホーム中央付近の階段とエレベーターの間にある喫煙室。

さいか96
改札内コンコース階へと下り12番線への階段を上がります。
さいか99
単式ホームの12番線の様子です。
下り線の新函館北斗方面行きのホームとなります。
さいかa01
駅の西側にある12番線から先は終点の新函館北斗駅しか無いので
終点のひとつ手前の木古内駅に停車する新幹線は全体のおよそ半分となります。
さいかa03
待合室からホームを北へと向かうとエレベーター、
北側階段があって新函館北斗方へとホームが延びています。
さいかa04
新函館北斗方の12番線ホームの様子。新幹線10両分の有効長のあるホームは
およそ270mほどあり見た目もかなり長く感じます。
さいかa05
こちらのホームもホーム幅はご覧の通りであまり広くは無く、
ホームドアはあるものの若干の狭さを感じます。
さいかa06
12番線ホーム北側の階段。
天井と壁には道南スギ材がふんだんにあしらわれています。
さいかa07
北側階段のすぐ南側のホーム上にあるエレベーターの出入口。
さいかa08
エレベーターと南側階段の間の壁際には排気を完備した喫煙室が設置されています。
さいかa02
喫煙室と接した南側にあるホーム待合室。
さいかa09
待合室のガラスには、木古内駅の新幹線の停車時間が45秒のみである旨の
見送り出迎え客への注意書きが貼られていました。
さいか97
12番ホームの北側階段のホーム付近。

さいかa13
そしてこちらが上り11番線ホームと下り12番線ホームの間にある上り通過線です。
現在北海道新幹線は4駅しか無く、途中駅は奥津軽いまべつ駅と木古内駅の2つのみです。
奥津軽いまべつ駅には下り通過線のみ設置されており、木古内駅の上り通過線と併せて
上下の通過線を分散させており通過列車の退避の効率を上げています。
さいかa10
階段を降りてコンコースへと下り、改札前の北口通路へと戻ります。
さいか78
改札を出て北口通路へと戻ると広場と反対側の奥が南口側への通路であり、
奥の自動ドアを通ると左手に階段があります。
さいか79
階段は新幹線高架を抜けた北口広場とは反対側にあり、
地上を走る旧在来線である道南いさりび鉄道の線路を跨ぐ跨線橋です。
この跨線橋は南北自由通路となっていて、木古内町の町道南北線という町道でもあります。
さいか80
跨線橋の上から見た地上の線路。
さいか81
橋上にある道南いさりび鉄道への入口前を通過し
南口側への階段を下ります。
さいか82
木古内駅の跨線橋の南口側の階段下の通路の様子です。
町道の一部でもあるので町によって多目的スペースとして整備されています。
さいかa11
こちらが木古内駅の南口の駅舎外観です。
この場所はかつての江差線と海峡線時代の駅舎のあった場所ですが
北海道新幹線開業と並行在来線の第三セクター移管によって
2015年(平成27年)に現在の駅舎へと改装(改築では無い)がされています。
さいかa12
こちらが新幹線開業前の旧駅舎です。かつてはこの駅舎に改札や窓口などがあり
木古内駅の表玄関でした。改築後の駅舎外観と比べると
旧駅舎の三角屋根の頂点が残されているなど旧駅舎を意識しているのが分かります。
さいか83
南口の駅舎建物への入口は南北二つありますが、
改築後の南口は自由通路の南側出入口でしかありませんので
階段前に近い南側の入口脇に「入口」の表示が取り付けられています。
こちらの入口は旧駅舎時代には建物が無かった部分で改装時に増築されています。
さいかa14
旧駅舎時代には駅正面から駅前通りが延びているだけで
駅前のロータリーも小さなものでしたが、新幹線開業に合わせて
2015年(平成27年)に整備が行われて大きな駅前ロータリーが設置されました。
さいかa16
南口駅前ロータリーの様子です。
広場の南北で計5台分のバス乗り場が設けられています。
さいかa18
また駅舎前の北西角にはタクシー乗り場も設置されており、
ロータリー中央部にはタクシー専用の待機場を兼ねた進入路も作られています。
さいかa17
駅舎と反対のロータリー南側にある「道の駅みそぎの郷きこない」
こちらも新幹線開業の駅前整備に合わせて2015年(平成27年)11月に設置されました。
さいかa21
ロータリー東側には道の駅の駐車場を兼ねた木古内駅の東側駐車場があります。
乗用車51台の他に大型車7台を停めるスペースが設けられています。
さいかa20
駅前ロータリー西側に面して建っている木古内郵便局。
さいかa19
ロータリーの南側の入口付近。道道383号木古内停車場線の起点でもあり、
南側へ向かって駅前通りが延びています。

さいかa33
こちらは駅前にあった駅周辺の地図です。
さいかa22
「駅前通」の標識が立てられた木古内停車場線。
180mほどで道道5号江差木古内線と交わっています。
さいかa23
交差点で交わる道道5号江差木古内線は
北へと向かうと250mほどで木古内町役場があり、
その先は国道228号線と合流しては函館方面へと向かっています。
さいかa24
反対の交差点から南方向の道道5号江差木古内線は
南に700mほど向かった後に西へと進路を変え、
旧江差線と併走をしながら江刺町へと向かっています。
さいかa25
交差点の南側は引き続き駅前通となっており、
250mほどで国道228号線とぶつかり
その先は「みそぎ浜」と呼ばれる津軽海峡の海岸です。
さいかa26
切返して交差点から駅方向へ。
交差点の北西角には小さな広場がありモニュメントが置かれています。
さいかa27
モニュメント前には木古内で二百年つづくみそぎ祭りの案内が。
さいかa28
駅前ロータリーから道道5号交差点までの250mは
新幹線開業時の駅前整備の一環として歩道がインターロッキング化されており
電柱も埋設されて地中化され景観が整備されています。
さいかa29
駅前通りの途中にある、北海道といえば、のセイコーマート。
もはや北海道を代表するインフラです。
さいかa30
セイコーマートのある交差点は道道605号中野木古内停車場線が分岐しており、
2つの停車場線が交わるめずらしい交差点を抜けて駅へと戻ります。
さいかa35
こちらは西へと分岐した道道605号中野木古内停車場線。
木古内駅の駅前の西側駐車場へはこちらから入ることとなります。

さいかa31
南口から駅舎へと入り、階段を上って跨線橋へと戻ります。
さいかa32
跨線橋の南の階段から曲がってすぐの場所にあるのが
こちらの道南いさりび鉄道木古内駅の入口です。
さいかa34
橋上駅となっていてこちらはその待合室の様子です。
江差線時代の部屋がそのまま使われています。
さいかa36
待合室の奥にある江差線時代の資料展示コーナー。
さいかa37
ホームへと向かう改札付近の様子です。
さいかa38
改札内側の連絡通路。江刺線時代には3つのホームがあって
この跨線橋の通路で連絡をしていました。現在は旧4、5番線ホームのみが残されており、
通路での表記もそのままの状態で残されています。
さいかa39
外から跨線橋を見てみると旧1番線と旧2、3番線ホームへの階段があった場所が
壁の色が明らかに変わっており、階段が撤去された跡として残っています。
さいかa40
道南いさりび鉄道ホームへと降りる階段。
さいかa41
こちらが道南いさりび鉄道のホームです。
旧江差線4、5番線ホームを転用した島式1面2線となっています。
さいかa42
第三セクター転換されたのは北海道新幹線が開業した2016年(平成28年)3月26日で、
駅ホーム付近は非電化となっています。
さいかa43
北の五稜郭方のホームの様子。
道南いさりび鉄道は1両編成での運行ですが
ホームは江差線当時のままなので有効長はかなり長めとなっています。
さいかa44
階段に近いホーム南側にのみ上屋の屋根があります。
ここから南側は木古内分岐部を経て海峡線の青函トンネルとなります。
さいかa45
跨線橋上から見た木古内駅の在来線部分の俯瞰。


【写真撮影:2018年7月】



■モデル車両: JR北海道 北海道新幹線 H5系
さいか02


新幹線H5系電車は2016年(平成28年)3月26日に開業した
北海道新幹線へと投入する為にJR北海道が開発投入をした新幹線車両です。
さいか62
H5系のベースとなっているのはJR東日本が開発し
2011年(平成23年)3月から東北新幹線へと投入したE5系であり、
最高速度320km/h運転を行うために開発された車両です。
15mのノーズを持つ「アローライン」と呼ばれる形状が特徴的な車体となります。
さいか63
JR東日本のE5系とJR北海道のH5系は基本的な仕様がほぼ同一であり
基本的には同じ列車だと考えて良いでしょう。
車体の基本色も上部が常盤グリーン(    、下部が飛雲ホワイト(    であり、
これはE5系、H5系共に共通の配色となっています。
さいか64
そして車体中央部の帯色ですが、こちらはJR東日本車のE5系がつつじピンク(    
JR北海道車のH5系が彩香(さいか)パープル(    となっています。

彩香(さいか)パープルは北海道をイメージするライラックやルピナス、ラベンダーなどが由来です。
H5系をモチーフとしている駅メモのでんこの木古内さいかの名前の「さいか」は
この彩香パープルから取られている
と言われています。
さいか65
車体横にはご覧のロゴマークが描かれています。
JR東日本車のE5系ではハヤブサをモチーフとしたロゴが描かれていますが、
H5系では北海道に飛来するシロハヤブサをモチーフとして
北海道の形を取り入れたデザインのロゴとなっています。
さいか66
木古内さいかの誕生日は3月26日に設定されていますが、
これは北海道新幹線の新青森駅━新函館北斗駅間の開業日であり
モチーフのH5系が営業運転を開始した日と同じです。


またH5系とE5系では車内の内装でも相違点が数多くあります。
さいか27
普通車両の客用扉の内側は、H5系では
JR北海道のコーポレートカラーである萌黄色(    に塗られています。
これに対してE5系のい普通車乗降扉は内側がベージュ(    となっています。
さいか67
客室内の通路の床はE5系ではボーダーのパターンであるのに対して
H5系では北海道をイメージした雪の結晶と夜景の灯りが描かれています。

H5系ではそのデザインコンセプトを「北海道への旅の序章として、
その先の旅への想いを奏でる~Prologue of the North Experience~ 」
としています。
ですのでベースとなったE5系とは特に内装で多くの違いがあり
JR北海道の独自のカラーを出しています。


以下ではH5系新幹線の各車両について見ていきたいと思います。
さいか03
まず東京方の先頭車両となる1号車のH523形0番台です。
編成略記号T1cT(付随車)c(制御車)ですので運転台があり動力を持たない車両となります。
さいか14
東京方の運転台のすぐ後ろにある乗降デッキ。
乗客が入れる場所では一番前となります。
さいか15
1号車の車内客室の様子です。15mのロングノーズを持つ為座席数が少なく、
3席+2席×6列のシートが並んでいて新函館北斗方は車椅子対応のため
1席が外されているので合計で29席となっています。
さいか16
1号車の新函館北斗方の乗降デッキ。
通路の日本海側には洗面台、男女共用トイレ、男性用トイレが並び、
反対の太平洋側には女性用洗面台と女性専用トイレが置かれています。
さいか17
こちらが男女共用トイレ脇の洗面台。
さいか18
反対側の女性専用トイレ側にも洗面台が一緒に区画されています。
化粧直しなど様々な用途で使用する女性の為に文字通り化粧室として分けられています。
さいか19
新函館北斗方を見ると、1号車デッキは連結部を挟んで
2号車のデッキと接続されています。


さいか04
東京方の二両目の2号車のH526形100番台です。
編成略記号はM2M(動力車)となりモーターを搭載している車両です。
さいか20
2号車東京方車端の乗降デッキ。
乗り降りのためのスペースのみとなっています。
さいか21
こちらは客室入口の扉。
さいか22
東京方を見ると連結部があり、トイレや洗面台のある1号車デッキとつながっています。
さいか23
客室内の様子です。2017年(平成29年)から2018年(平成30年)にかけて
外国人旅行者の増加から普通車偶数車両の東京方にご覧の荷物棚が設けられています。
さいか24
座席は3席+2席×20列が設けられており、
東京方の2席が荷物棚となり撤去されているので合計で98席となります。
さいか25
切り返して新函館北斗方から見た車内。
天井の照明はLEDが採用されており、カバーの幅が細くなっています。
さいか26
2号車の新函館北斗方の乗降デッキです。
普通車車両は基本的に両車端に客用扉と乗降デッキが設けられています。
ですので連結部を挟んで3号車東京方のデッキとつながっています。


さいか05
東京方三両目の3号車H525形0番台です。
編成略記号M1M(動力車)となります。
さいか06
車両の新函館北斗方の車端部屋根には
シングルアームのパンタグラフが搭載されています。
さいか28
3号車東京方の乗降デッキの様子です。
ご覧の通り緑の公衆電話が設置されています。
さいか29
こちらのデッキも2号車新函館北斗方のデッキと
連結部を挟みつながっています。
さいか30
3号車客室内の様子です。普通車車両で3席+2席×17列で計85席となります。
さいか31
切り返して新函館北斗方から。
さいか32
新函館北斗方の車端の乗降デッキの様子です。
H5系では奇数号車の新函館北斗方にトイレが設置されているので、
3号車のこちらにもトイレが置かれています。
さいか33
通路の日本海側には洗面所、男女共用の洋式トイレ、男子用トイレがあります。
さいか34
反対の太平洋側には女性用の化粧室が洗面台つきで設けられています。


さいか07
こちらは4号車である東京方四両目のH526形200番台です。
編成略記号はM2で2号車と同じであり、動力のある中間電動車となります。
さいか35
東京方車端の乗降デッキ。3号車のトイレのあるデッキと
連結部を挟んで連絡しています。
さいか36
東京方から見た客室内の様子です。
さいか37
こちらは反対の新函館北斗方から見た4号車車内。
偶数車両なので東京方車端に荷物置き場のラックがあります。
ですので車内は3席+2席×20列ですが荷物ラック分の2席が無いので
合計で98席となっています。
さいか38
新函館北斗方の乗降デッキの様子です。
乗り降りのみのスペースですが、連結部から先の5号車デッキと連絡しています。


さいか08
東京方の五両目となる5号車のH525形400番台です。
編成略記号ではM1kM(動力車)k(売店を設置した車両)となります。
さいか39
5号車の東京方の乗降デッキの様子です。
さいか40
デッキから東京方の4号車との連結部側通路の両脇には
ご覧の通り業務用室が設けられています。
さいか41
こちらは客室内の様子で、3席+2席×12列で計60席となりますが、
新函館北斗方の最前列のみ2席+2席となっているので
合計で59席の車両となっています。
さいか42
新函館北斗方から見た5号車客室内。
さいか43
5号車新函館北斗方のデッキの様子です。
客室に近い場所には片側に洗面台と公衆電話、
通路の反対側には円筒形の多目的室が設けられています。
さいか44
新函館北斗方デッキの中央部の両側にある乗降扉。
車椅子対応の為他の車両よりも乗降扉の幅が広くなっています。
さいか45
そしてデッキの車端側には片側に男女共用洋式トイレと男子小用トイレが、
反対側には円筒形の車椅子対応トイレが設置されています。


さいか09
東京方の六両目、新函館北斗方の五両目の6号車のH526形300番台です。
編成略記号M2の動力を搭載した中間電動車です。
さいか46
6号車東京方の乗降デッキの様子です。
連結部を挟んでトイレや洗面台のある5号車デッキと連絡していますが
6号車デッキ自体は乗降用のスペースのみです。
さいか47
車内の様子です。偶数車両なので東京方に荷物ラックがあり、
3席+2席×20列から2席分を引いた合計98席となっています。
さいか49
切り返して反対側から見た車内客室内。
さいか48
新函館北斗方の乗降デッキです。
こちらも乗降スペースのみとなります。


さいか10
新函館北斗方の四両目の7号車のH525形100番台です。
編成略記号M1の中間電動車です。
さいか68
この7号車の新函館北斗方の車端屋根上にもパンタグラフが装備されています。
H5系新幹線は1編成でパンタグラフは2つのみであり、走行の際には
進行方向から見て後ろの1基のみを使用して給電をしています。
さいか50
東京方の乗降デッキの様子です。
さいか51
こちらが7号車客室内の様子です。
3席+2席×17列で計85席となります。
さいか52
切り返した新函館北斗から見た車内。
さいか53
7号車新函館北斗方のデッキの様子です。
奇数車両の新函館北斗方にはトイレや洗面台が置かれていますので
このデッキにもそれぞれ設置されています。
さいか54
連結部方向へと伸びる通路と、その両側にあるトイレや洗面台。


さいか11
新函館北斗方の三両目となる8号車のH526形400番台です。
この車両も編成略記号はM2の中間電動車です。
さいか55
東京方の車端の乗降デッキです。
トイレのある7号車デッキと通路で連絡しています。
さいか56
客室内の様子です。3席+2席×20列で
東京方の2席が荷物ラックなので合計98席です。
さいか58
切り返して見た客席内。
さいか57
新函館北斗方の車端乗降デッキです。
乗り降りのみのデッキとなっています。


さいか12
9号車の新函館北斗方二両目のH515形です。
編成略記号ではM1sM(動力車)s(グリーン車)となるので
動力を搭載したグリーン席客車車両となります。
さいか59
普通車車両は両側の車端に乗降デッキがありましたが、
この9号車は東京方には乗降扉がありません。
8号車新函館北斗方デッキとつながっている通路から
連結部を越えて客室へと入る事になります。
さいか60
その通路の両側には車掌の乗務する車掌室があります。
さいか61
客室内の様子です。この9号車はグリーン車両であり、
座席も1列が2席+2席でシートピッチも1160mmと広くなっています。
(註:普通席のシートピッチは1040mm)

(写真は後日追加の予定です。)


さいか13
最後は新函館北斗方の先頭車両となるE514形です。
編成略記号でTscT(付随車)s(グリーン車)c(制御車)なので
運転台があるグリーン車(実際にはグランクラス車)となります。


(写真は後日追加の予定です。)


【写真撮影:2020年8月】

でんこの元ネタ
■No.79 唐津シズ(Karatsu Shizu)
 ■タイプ:サポーター
 ■誕生日:2月5日

■出身駅: JR九州 筑肥線 唐津駅(佐賀)
シズ01


シズ02
こちらは唐津駅の北口の駅舎外観です。
唐津駅は1898年(明治31年)に唐津興業鉄道の駅として開業し、
九州鉄道を経て1907年(明治40年)に国有化され国鉄唐津線の駅となります。

1983年(昭和58年)に国鉄筑肥線の虹ノ松原駅━山本駅間が廃止され
代わりに虹ノ松原駅━唐津駅間に新線が敷設。
唐津駅は付け替えられ電化された筑肥線の東区間の終点駅となります。
この時に筑肥線は高架化されており、唐津駅も高架駅として改築されています。

シズ62
こちらは北口の駅舎前正面を北へと伸びる県道236号唐津停車場線です。
駅前から唐津市役所までのおよそ300mほどの停車場線で
旧唐津城三の丸の肥後堀跡につき当たり、県道347号虹の松原線に合流しています。
シズ52
切り返して駅方面の光景です。駅前が県道の停車場線の起点となっており、
つき当たった道は市道となり駅前広場に接して東へとカーブを描いています。
シズ49
県道の停車場線に接して唐津駅の北口のロータリーの入口があります。
シズ50
北口駅前広場の西側に位置するロータリー「自動車整理場」と書かれており、
外周部が時計回りの車寄せとなってタクシーが待機していて
中央部に駅前の有料駐車場が設けられています。

シズ53
そして北口広場の中央部は歩行者用のタイル張りの広場となります。
シズ54
広場は北口の駅舎正面の通路の役割と左右の駅前ロータリーへの動線となっており、
緑地帯が設けられ案内板やオブジェがいくつか設置されています。
唐津駅北口のロータリーや広場一帯は市と国鉄(当時)の整備事業によって
1984年(昭和59年)に整備されたものです。
シズ55
広場で一番目を惹くのがこちらの「唐津曳山像 赤獅子」です。
唐津曳山とは、唐津神社の秋季例大祭である唐津くんちで使われる山車であり、
その巡航はユネスコ世界遺産にも登録されている唐津くんちのメインイベントとも言えます。
シズ05
像の前にある唐津の観光マップには
唐津くんちでの曳山の巡行コースが書き込まれていました。
シズ07
そして曳山の像の横にはこちらの鶴の像があります。
この像は唐津の鉄道敷設の顕彰碑で
1983年(昭和58年)の電化と高架化の際に作られました。
台座には唐津の鉄道敷設に尽力をした4人の顔のレリーフが埋め込まれています。
シズ57
広場北側の道路沿いの植え込みにはこちらの「五足の靴文学碑」があります。
1907年(明治40年)に与謝野寛(鉄幹)が北原白秋ら若き詩人をつれて唐津に来訪した
「五足の靴」と呼ばれる近代文学史に残る旅を記念して建てられた石碑です。
シズ56
駅舎と反対側の広場北側は駅前道路へ接しており、
唐津の中心市街地へと向かう入口となっています。
シズ58
東側はロータリーに接しておりバス乗り場が設けられています。
バス停の屋根は駅舎の軒と続きとなっており雨天時も濡れずに移動ができます。
シズ59
北口広場の東側のロータリーの様子です。
シズ60
駅前の市道から時計回りの一方通行のロータリーとなっていて
中央部の島部分は緑地帯となっています。
シズ61
北口広場が面している駅前の道路の市道部分。
西側のカーブからは県道236号唐津停車場線となります。

シズ63
北口広場の前の市道を東へと進むと
最初の信号の交差点の南東側にあるのがこちらの「ふるさと会館アルピノ」です。
1階に唐津名産品の土産物店、2階に窯元直売の唐津焼総合展示販売場がある物産館で
唐津観光の観光客の拠点となっています。

シズ64
こちらは唐津駅北口の入口付近の様子です。
駅舎の広場側はご覧の通りタイル張りの軒下となっています。
シズ65
軒下を東のロータリー側へと進むと
すぐ隣には唐津市観光協会が入居しています。
シズ66
ロータリー前を東に進むと駅舎の軒が終わって
駅ナカのショッピングモールの入口があります。
ロータリー東側は駅の有料駐車場があり、
その先には「ふるさと会館アルピノ」があります。

シズ67
北口の入口から西側へと軒下を進むと
まもなく駅舎の壁に壁画アートがあります。
筑肥線の新線が開業した1983年(昭和58年)3月の銘が入っていますので
高架化事業の完成記念に作られたものだと思われます。
シズ68
切り返して西側の端から見た北口駅舎の軒下の光景。
シズ69
壁画アートと塾テナントの間には
駅のお忘れ物預り所が設けられていました。


シズ70
駅舎の中へと入ってこちらは北口付近の様子です。
シズ71
北口から入って右手(西側)には自動券売機があり、
みどりの窓口、駅改札が並んでいます。
唐津駅のみどりの窓口は1983年(昭和58年)の筑肥線新線付け替えによって
東唐津駅から移転して開設されたものです。
シズ72
一方で左手(東側)には唐津観光案内所の窓口があります。
シズ73
唐津の街はいくつものアニメ作品の舞台となっており
聖地巡りの観光客も多いことから観光案内所にもいくつもの立て看板が並んでいます。
シズ74
観光案内所の隣にはショッピングモールの入口が。
「えきマチ一丁目」はJR九州グループの運営する駅ナカ施設の名称で
九州の主要駅ではよく見かける店舗街です。
シズ75
広めの改札前コンコースは駅の南北の連絡通路の役割もあり、
南口側の中央部にはファミリーマートJR唐津駅店があります。
シズ76
駅の南口はコンビニを挟んで左右に出入口があります。
東側の出口前の改札横にはご覧の「ラーメンきあげ」が入居しています。
シズ77
コンビニの左側の南口出口前にはみやげ物のテナントが入っています。


シズ78
南口側の駅舎の外観です。
シズ81
唐津駅は1983年(昭和58年)3月に高架駅舎が完成開業をしていますが、
南口広場は市の唐津駅南土地区画整理事業として同年12月に完成しています。
シズ79
広場の中央部には駅前駐車場が設けられています。
また駅舎寄りのロータリーの路面は黄色く塗り分けられており
タクシー専用の車寄せとなっています。
シズ80
南口側もロータリーに面する駅舎が軒になっており
歩道を歩いても雨に濡れない様になっています。
広場中央の島の右手(西側)には歩道部を挟んでタクシープールがあります。
シズ82
ロータリー西側の歩道には屋根が設けられ
一般車両の乗降用の車寄せとなっています。
シズ84
この車寄せのある歩道に接して2015年(平成27年)12月には
14階建てのマンションが建てられています。
シズ85
南口の正面にはロータリーに横断歩道が設けられており、
その先の広場中央の島には歩行者用の通路スペースが作られています。
通路の駅舎側には駅前駐車場の料金精算機が。
シズ86
両側に樹の植えられた通路部分はベンチも置かれており
駅前の公園としての役割も果たしています。
シズ83
ロータリー南側に面する市道。
時計回り一方通行の南口ロータリーの一部としてのほか、
駅前から西側の県道23号唐津呼子線へのアクセス道路としての役割もあります。

シズ87
市道を挟んだ駅前広場の反対側にはご覧のゲートのオブジェがあり、
その先にはご覧のタイル敷きの広場があります。
シズ18
広場の前に建っているこちらは唐津市近代図書館の建物です。
1992年(平成4年)にこの場所に移転新築された建物で、
「日本近代建築の父」と呼ばれる唐津市出身の建築家の
辰野金吾氏(東京駅駅舎などを設計)にちなんで近代建築の様式で作られています。
シズ88
図書館の前の広場の様子。
シズ89
駅前広場から図書館の前を南へと伸びる道路は市道唐津駅旭が丘線です。
この幅の広い駅前道路は「シンボルロード」として
1980年(昭和55年)の区画整理事業の際に幅30mの都市計画道路として整備されました。
シズ90
町田川に架かる町田大橋の前後、駅から300mほどの区間がシンボルロードとなっており、
車道の他にインターロッキング舗装がされた歩道などが設けられています。

シズ91
南口へと戻ってこちらは駅舎の西側入口付近です。
駅前広場の歩道が真向かいに作られているこちらが南口の正面と言って良いでしょう。
シズ92
その入口の左手(西側)には「ラーメンきあげ」の店舗が。
店は歩道からも入る事が可能です。
シズ93
こちらは右手(東側)のコンビニ入口です。
コンビにも歩道側からの入店が可能となっています。
シズ94
駅舎の軒下の歩道を東側へ。
ショッピングモールの店舗と出入口があります。
シズ95
切り返して東側から見た南口駅舎前の歩道です。

シズ96
駅舎の中へと戻ってこちらは改札付近の様子です。
高架駅舎で改札は高架下のこちら一ヶ所のみとなります。
シズ97
改札前から階段を上がって中二階のコンコース階へ。
島式ホームが2つある駅なので両方のホームをこのコンコースで連絡しています。
シズ98
コンコースの真ん中に設置されている待合室。
シズ99
その脇には唐津のライオンズクラブが設置した「いい日旅立ちの碑」が。
刻まれた日付を見ると1993年(平成5年)に建てられた様です。

シズa01
コンコースの1、2番線ホーム側の階段。
エスカレーターは無く、2つの階段の間にエレベーターが設置されています。
シズa02
こちらが駅の南側にある島式の1、2番線ホームです。
唐津駅は島式ホーム2面4線の駅となっており、
1番線から3番線までは唐津線の上り(山本・佐賀方面)、下り(西唐津方面)と
筑肥線の西区間(山本・伊万里方面)行きの列車が使用しています。
シズa03
ですのでこちらの島式の1、2番線には唐津線の上下線と
筑肥線の西区間行き列車が停まります。
シズa04
現在筑肥線となっている虹ノ松原駅━唐津駅間は
そもそもは国鉄呼子線として鉄道建設公団によって建設が進められていたものでした。
唐津市内の一部を除いてほぼ全線での工事が終わっていましたが、
国鉄の経営が悪化したことにより国鉄再建法で工事が凍結。
需要の見込まれる虹ノ松原駅━西唐津駅間が筑肥線の電化に伴う付け替えの新線となりました。
その為、現在の唐津駅も当時全国で作られた鉄建公団の高架駅の趣きを感じる造りとなっています。
シズa05
ホーム中ほどの階段の間にはエレベーターの出入口と
駅務の為の建屋が置かれています。
シズ24
こちらはホームの西端側の光景です。
唐津駅の西側には唐津線の西唐津駅方面のみしかありません。
ですので西へと向かう列車は唐津線の下り列車のみとなります。

シズa06
コンコース階へと戻ってこちらは反対の3、4番線ホームへの階段付近です。
シズa07
駅の北側にある島式の3、4番線ホームの様子です。
3番線には、1、2番線と同じく唐津線の上下線列車が停まります。
シズa08
またこの島式ホームには筑肥線の東区間(姪浜・博多方面)行きも停車する為、
4番線は筑肥線の東区間の列車のみが停車しています。
シズa09
元々地上駅時代には唐津駅は唐津線の終点前の途中駅であり、
唐津の中心市街地にこそ近いものの鉄道運行上はローカル線の小さな駅でした。
筑肥線は広い松浦川を渡る事ができず右岸の東唐津駅でスイッチバックをし、
川沿いに南へと進んで山本駅で唐津線と合流をしていました。
シズa10x
1983年(昭和58年)の筑肥線新線付け替え及び高架化事業によって
筑肥線は松浦川を渡って唐津駅まで乗り入れる事となり、
唐津線と筑肥線の合流も山本駅から当駅へと代わる事となりました。
シズa11
その為、それまでは唐津市には唐津駅、東唐津駅、山本駅と
市の代表駅が3つに分散している状態だったものが
唐津駅一つへと統一
される事となったのです。
シズa12
二つのホームの中央部付近にはエレベーターの乗降口がありますが、
これは交通バリアフリー基本構想に基づいて2001年(平成13年)3月に設置されたものです。


【写真撮影:2018年10月、2020年10月】



■モデル車両: JR九州 305系電車
シズ28


シズ29
JR九州305系電車は2015年(平成27年)に導入された電車であり、
JR筑肥線の電化区間である姪浜駅━西唐津駅間と、福岡市交通局空港線の
相互直通運転に使用されている車両です。

JR筑肥線は1983年(昭和58年)の電化開業および地下鉄乗り入れから
103系1500番台という車両を使用してきました。
しかしながら車両の老朽化によって故障などが多発してきた為、
103系の置き換えを目的として開発導入されたのが305系となります。

車両のデザインはJR九州で数多くの観光列車のデザインを手がけている
ドーンデザイン研究所の水戸岡鋭治氏の手によるもの
で、
特に車内のデザインはひと目で水戸岡氏の手によるものと分かる部分が数多くあります。



では以下に編成の全6両の各車両について見ていきたいと思います。

シズa13
西唐津方の先頭車両である1号車のクハ305形です。
ク(制御車)ハ(普通車)であり、運転台があってモーターの無い車両となります。
編成略記号はTcT(付随車)c(制御車)ですから同様の意味を表わします。
シズa14
車内の様子です。305系ではこの1号車のみ、床が茶色いフローリングとなっています。
これは南米産クルパウ材のフローリングを使用しているもので、
「ダイヤモンドウッド」とも呼ばれ非常に硬い表面硬度をもつ材料です。
クルパウ材の床材はJR九州のななつ星でも使用されているものであり、
同じ水戸岡デザインの車両であることを感じさせる素材でもあります。
シズa15
福岡空港方の連結部側車端には車椅子対応の洋式トイレが設置されています。
トイレの対面側は木製カウンターの取り付けられた
車椅子やベビーカーの置けるフリースペースとなります。
シズa16
トイレの中はご覧の通りで壁にもアクセントの模様が入れられています。
シズa17
車端部の運転席側はほぼ壁となっていて前面展望が望めませんが、
これはこの305系が福岡市営地下鉄へ乗り入れている為で
運転席のガラスに客室内の照明が映りこんで視界を遮るのを防ぐ為だと思われます。
シズ32
乗降扉の前の部分は通勤車両では乗客がひしめく場所でもありますが、
上と見るとご覧の様につり革が円形のポールに配置されていました。
JR九州の通勤車両では近年見かける形で多くのつり革を配置できるという利点があります。
シズ33
通勤車両ですので座席はロングシートとなっています。
背もたれが合板木製なのは水戸岡デザインではもはや一般的とも言えるものです。
座席のモケットは色違いのボーダーが折り重なるデザインで
全体で11種類のパターン(柄)があるそうです。
シズ34
そして優先席のレインボーチックなモケットは、
305系をモチーフとした駅メモのでんこ唐津シズの
胸のあたりのデザインとして使われています。
シズ36
また乗降扉には各扉に様々なポーズをした「くろちゃん」が描かれています。
シズ37
「くろちゃん」は元々は、水戸岡氏がデザインした
観光特急「あそぼーい!」の為に作られたキャラクターでした。
その為、JR豊肥本線の阿蘇駅にはご覧のくろ駅長室も設けられています。
シズ38
しかし熊本県を走っていないJR筑肥線の305系の扉にもくろちゃんが描かれるなど
現在ではこのキャラクターはJR九州全体のマスコットキャラクターとなっています。
そして筑肥線の筑前前原駅の駅構内にもご覧のくろ駅長室が設置されています。
シズ39
その為か305系をモチーフとしている唐津シズの衣装の胸のあたりには
くろちゃんを元にしたと思われる犬のマークが描かれています。


シズa18
西唐津方2両目のモハ305形です。
モ(動力車)ハ(普通車)でモーターを搭載した普通車車両となります。
編成略記号はM(動力車)ですのでこちらも意味は同様です。
シズa31
車内客室の様子です。2号車から6号車までは内装は白を基調としたもので統一されています。
シート端部の仕切りはポリカーボネイト製の透明なもので、
連結部の扉はガラス製でこちらも透明となっているのは各車両共通です。
シズ41
305系では通勤車両ながら各車両でモケットが様々な別デザインとなっています。
ですがボーダーのレインボー調も花柄のモケットも
水戸岡デザインの他の観光列車でも使われているもので、
ある意味共通デザインと言えるでしょう。
シズ42
そして305系では2号車から6号車の床が
ご覧の様なQRコード調の柄を並べたデザインとなっています。
厳密にはQRコードでは無いのでスマホをかざしても読み取れません
シズ43
駅メモのでんこである唐津シズのハイソックスの柄がQRコード風になっていますが、
これはこの305系の床のデザインがモチーフと見て間違い無いでしょう。


シズa21
西唐津方3両目の3号車、モハ304形です。
モ(動力車)ハ(普通車)ですのでこちらもモーター搭載の車両となります。
編成略記号はMpM(動力車)p(パンタグラフ)となり
屋根にパンタグラフが搭載されている車両となります。
シズa32
車両の両端の屋根上にはシングルアームのパンタグラフが搭載されています。
シズa33
305系の編成では3号車と5号車の屋根上にパンタグラフがありますが、
駅メモのでんこの唐津シズの背中のパンタグラフと並べると
モチーフとなった同じ物である事が分かります。
シズa19
西唐津方の車端部の様子です。
貫通扉の連結部には黄色く塗られたステップがあります。
車端部両側に3人掛けロングシートがあり優先座席となっています。
シズa20
こちらは客室内の様子です。
通勤形車両で片側4扉のロングシート車両となっています。
シズa22
切り返して福岡空港方から見た車内。
大きな側窓が特徴的な車内内装は2号車から6号車まで
基本的に共通のものが使われています。


シズa23
西唐津方4両目、福岡空港方の3両目となる4号車のモハ305形100番台です。
モ(動力車)ハ(普通車)なのは他の車両と同様です。
編成略記号はM1で、動力車としてモーター搭載の意味なのは仮名の車両番号と同様です。
シズ45
基本的に中間車両の座席配置は同じなので
車両によって座席モケットにバリエーションがある程度の違いのみです。


シズa29
福岡空港方の2両目、5号車のモハ304形100番台です。
モ(動力車)ハ(普通車)なのでこの車両にも動力モーターが搭載されています。
編成略記号はM1pM(動力車)p(パンタグラフ搭載)となります。
シズa30
この車両もパンタグラフは両車端の屋根上に計2基の
シングルアームのものが搭載されています。
シズ46
シズ47
福岡空港方の車端部には、中間車両では共通となる
ご覧の車椅子・ベビーカー用のフリースペースが設けられています。
黄色で囲われたスペースの部分の床には滑り止めが施されています。


シズa28
そして福岡空港方の先頭車両である6号車のクハ304形です。
ク(制御車)ハ(普通車)ですので運転台のある車両となります。
編成略記号もT'cで制御車となり意味は同様です。
シズa24
西唐津方の連結部側の車端です。
片側に3人掛けロングシートの優先座席、反対側にフリースペースがあります。
中間車両ではこの組み合わせは福岡空港方に設けられていますが、
こちらは福岡空港方先頭車両で運転台があるので西唐津方に設けられています。
また連結面は貫通扉でステップが設けられています。
シズa25
座席の配置などは同じ先頭車両である1号車と同様なのですが、
異なる点は床がフローリングでは無くQR柄である事や
車端部にトイレが設置されていないという点です。
シズa26
福岡空港方の車端部です。先頭車両なので運転台があります。
7人掛けロングシートの片側の端3席が優先座席となっており、
その3席だけ座面と背ずりが優先座席仕様となっています。
シズa27
切り返して福岡空港方から見た客室内の様子。


(車両の外観などは後日に写真を撮り次第追加する予定です。)
【写真撮影:2019年8月、2020年10月】

でんこの元ネタ
■No.74 中津コヨイ(Nakatsu Koyoi)
 ■タイプ:ディフェンダー
 ■誕生日:3月30日

■出身駅: JR九州 日豊本線 中津駅(大分)
コヨイ02


コヨイ56
こちらはJR日豊本線の中津駅の北口の駅舎外観です。
1897年(明治30年)9月25日に豊州鉄道によって鉄道が敷設され開業した駅で、
九州鉄道を経て1907年(明治40年)に国有化。
1909年(明治42年)に国鉄豊州本線となり、1932年(昭和7年)に
小倉駅━鹿児島駅間の全通によって日豊本線となっています。
コヨイ57
中津の街を南北に分断していた日豊本線の線路は
中津市の駅高架化事業によって1977年(昭和52年)に高架駅舎となり
前後の線路も高架化がされています。
コヨイ58
こちらは駅北口の駅前ロータリーの様子です。
中津城が駅北西1kmほどに位置し周防灘もほど近く
城下町として発展をしてきた中心市街地のある北口は元々の駅の表玄関でした。
コヨイ59
北口の出口を出ると目の前に横断歩道があり
ロータリー中央部へと渡る事ができます。
すると目の前にご覧の「蘭学の泉」と題された顕彰碑があります。
コヨイ60
その碑の奥で駅前ロータリーの島に鎮座し駅舎を見据えているのが
こちらの福澤諭吉翁の大きな銅像です。
像が3mに台座が2mあるというこの像は福沢諭吉生誕150年を記念して
1985年(昭和60年)にこの地に建立されました。
コヨイ61
銅像の横にはこちらの看板が。
一万円札の肖像である福沢諭吉を知らない日本人はいないでしょう。
コヨイ62
銅像の足元には5台停められる駅前駐車場があります。
コヨイ63
裏手から見た銅像付近。

コヨイ64
駅舎の北口出入口を出て右手を見るとご覧の像があります。
これは「中津の小便小僧」で中津青年会議所が2004年(平成16年)に寄贈したものです。

元々は1958年(昭和33年)に当時の中津青年会議所が
国鉄中津駅の下りホーム改札前に初代の小便小僧を設置したのが始まりで、
駅高架事業で移転をした後像の行方は分からなくなっていました。

現在の小便小僧は三代目にあたるそうで、かつての像のプレートが発見されたのを契機に
再び復刻されて駅に寄贈し現在も北口に立っているという訳です。
コヨイ65
そして小便小僧の横の駅舎の壁にはご覧の壁画があります。
「山国川の景観」と題された陶板の壁画は福岡県の東峰村で350年続く
筑前小石原焼の陶板タイルによって描かれています。
中津駅の高架駅舎が完成した1977年(昭和52年)6月1日の日付が入っていることから
駅舎完成の記念に作られたものだと思われます。
コヨイ66
壁画の前はロータリーの西の端で一般車両用の車寄せがあります。
歩道が広くちょっとした広場の様になっており、
関所の門を模した中津の街の観光案内板も置かれています。
コヨイ67
駅北口ロータリーの西側には中津市営の駐車場があり、
ロータリーに専用の出入口が通じています。
中津駅前は公営も民間も駅周辺に駐車場が幾つも有り充実しています。
コヨイ68
市営駐車場入口の北側付近のロータリー歩道。
コヨイ69
こちらは北口ロータリーの東側の光景です。
駅舎寄りの場所はJRの駅前駐車場となっており、
その横にはアーケード商店街の入口があります。
コヨイ70
中津駅前の日ノ出町商店街。
北口の東側に線路沿いにあるアーケード屋根のある商店街で
飲食店が多く立ち並んでいます。
コヨイa35
駅ホームから見たアーケードの様子。

コヨイ71
福澤諭吉翁の銅像の真後ろには
駅舎正面から北へと伸びる道路があります。
この道路は県道531号中津停車場線という県道です。
コヨイ72
北口ロータリーから県道23号中津高田線までを連絡する中津停車場線は
ご覧の通り全長およそ40mほどという短い県道となっています。
コヨイ75
駅入口の県道交差点から北側の光景です。
交差点の北側は市道で、旧城下町へとぶつかるまでの400mほどは
道幅が広くなっていてショッピングモールへのアクセス道路となっています。
コヨイ77
切り返し県道交差点の北側から見た駅方向。
コヨイ76
この交差点の北西角には「中津駅北高札場」と書かれたスペースがあります。
これは中津藩時代の史跡では無く、観光客の案内用に中津市役所が近年に作ったものです。
コヨイ73
県道23号中津高田線から見た交差点の西側からの様子です。
コヨイ74
反対の東側から見た県道23号線の交差点付近。
中津は古い街ですが中心市街地は駅から離れた北東の城の周囲なので
県道沿いもさほど建物が密集はしていません。


コヨイ78
駅舎へと戻ってこちらは北口の出入口付近の様子です。
コヨイ84
入った正面の壁には福澤諭吉翁の「学問のすすめ」の名言である
「天は人の上に人を造らず 人の下に人を造らず」の大額が飾られています。
コヨイ80
入口脇にある駅構内の案内図。
コヨイ79
北口のすぐ脇にはご覧の瓦屋根の観光案内所だった窓口があります。
現在は駅構内の別の場所に移動していますのでパンフレットなどが置かれています。
コヨイ81
北口を入った右手、駅舎の西側には「中津駅名店街」の入口があります。
高架駅舎となった1977年(昭和52年)に駅構内に併設されたものですが、
現在は中津市土産品販売組合による土産物販売のみとなっています。
コヨイ82
駅構内を奥へと入ると、北口の東側すぐに中津駅のみどりの窓口があります。
コヨイ83
JR九州直営のみどりの窓口の入口のガラスには
福澤諭吉翁の肖像のステンドグラスがはめ込まれていました。
コヨイ85
さらに北へと構内を進むとみどりの窓口の隣には中津駅の改札口があります。
改札脇にはコンビニ店舗が。
コヨイ86
改札の向かい側は中津城を模したと思われる作りの入口の
待合室があり、中にはベンチの他にコインロッカーも設置されています。
コヨイ87
改札と待合室の前すぐにはご覧の南口の駅舎出入口が。


コヨイ88
こちらは中津駅の南口の駅舎外観です。
コヨイ89
駅前にはこちらにも駅前ロータリーが設けられています。
コヨイ90
かつてこの中津駅の南側には大分交通耶馬渓線が走っており、
終点駅や車庫の敷地が広がっていました。
1975年(昭和50年)に耶馬渓線は廃止となり、
その跡地が中津駅南口広場として整備されました。
コヨイ91
軽便鉄道は廃止されたものの南口には大分交通のバス乗り場が
ご覧の様に設けられており、市内路線バスのほか
大分空港へのリムジンバスも発着しています。
コヨイ92
駅前ロータリーの西端はJR九州の中津駅南口駐車場に接しており、
JRの駅レンタカーもこちらの駐車場にあります。
コヨイ93
ロータリーの西南角に接して建つこちらは「サンリブ中津」という
北九州に展開するスーパーの店舗です。
ご覧の通り駅前で一番大きく印象的な建物であり
駅前ショッピングモールとなっています。
コヨイ94
その建物の前に立つ中津市の看板。
黒田官兵衛と福澤諭吉の名前が記されています。
コヨイ95
ロータリーの中央島の西側に設けられたタクシープール。
コヨイ96
そして島の中央付近には数台の停められる駅駐車場と
さきほどの大分交通のバスターミナルがあります。
コヨイ97
島の東側には数本のソテツが植えられた島があり、
「剣豪島田虎之助誕生乃地」と刻まれた石碑があります。
島田虎之助は「幕末の三剣士」と謳われた剣豪で
勝海舟の剣の師匠としても知られる人物です。
コヨイ98
ロータリーの東側にはホテルと結婚式場が建っています。
東側はかつての大分交通耶馬溪線の車庫のあった土地
廃止から2年後の1977年(昭和52年)に丸吉百貨店の建物が作られました。
2000年(平成12年)に百貨店は閉店し2004年(平成16年)に建物は解体。
駅前有料駐車場となっていましたが2012年(平成24年)に現在の結婚式場となりました。

コヨイ99
こちらはロータリーの南側の、駅前への入口となる市道の交差点です。
コヨイa01
入口の信号から南側へと進むと300mほどで
阿蘇方面へと通じる国道212号線と別府方面への国道213号線、
そして県道113号中津豊前線の交わる豊陽交差点があります。
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東側から見た駅前の交差点付近。
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駅前交差点を過ぎてさらに東へと進むと駅前スーパーの裏手に出ます。
この先にはかつて1972年(昭和47年)まで操業していた
カネボウ中津工場の敷地跡があります。

中津駅から鐘紡中津工場専用線という貨物線まであった工場も
現在は市役所や市のスポーツセンターなどに変容しています。
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切り返して西側から見た駅前交差点付近。
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交差点の北西角の駅前ロータリー脇には手入れされた植木があり
小さな公園のように整備されていました。
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植え込みに置かれた中津市の憲章の書かれた碑。


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駅舎の中へと戻ってこちらは改札の光景です。
2009年(平成21年)に大分県で二番目に自動改札機が導入されています。
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改札の内側からの光景。入るとすぐに階段があり
中二階コンコース階へと上がります。
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こちらがホームを連絡しているコンコース階の様子です。
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改札からの階段の正面にはガラスショーケースがあり
中にはここにも福澤諭吉翁の胸像が。
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北側の階段前にはトイレが置かれています。

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島式の1、2番線ホームです。
主に下り線の大分・宮崎方面行き列車のホームとなります。
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屋根から下がる国鉄式の行灯形の電照駅名標。
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外側の1番線は下り大分方面行きの普通列車が使用します。
中津駅は日豊本線の運転系統の境界駅で当駅折り返しの普通列車も設定されているので
折り返しの上り小倉方面の列車もこちらから発車します。
内側の2番線は下り大分・宮崎方面の特急列車のホームです。
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中津駅はご覧の通り島式ホーム2面4線となります。
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ホーム中央部付近にはベンチが置かれ、階段も南北計2つあります。
西側の階段にはエスカレーターが設置されています。
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そして中津駅で特徴的なのがこちらの斜行エレベーターです。
これは階段斜面を利用してエレベーターのかごがケーブルカーの様に
斜面を斜めに昇降するというもので2008年(平成20年)8月に設置されました。
中津駅では二つのホームのそれぞれ東側の階段に
この斜行エレベーターが設置されています。
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そしてエレベーターの目の前に置かれているのが
こちらの「日本一長い鱧(ハモ)の椅子」です。
中津名物のハモをアピールする為に1994年(平成6年)に置かれました。
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西側へとホームを進むと待合室の上屋があり、
その先は小倉方のホーム西端となります。
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ホームの屋根は中央部に設けられており
両端部までは屋根はかかっていません。
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西側から見たホーム中央部のベンチ付近。

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こちらは駅の南側にある島式の3、4番線ホームとなります。
内側の3番線が上り小倉方面行きの特急ホーム、普通列車が使う4番線が外側となります。
4番ホームは上り小倉方面行き普通列車が使いますが、
折り返し当駅始発の下り大分方面行き普通列車もこちらのホームに入ります。
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ホーム南端側の大分方の様子です。
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1、2番線にもありましたがホーム東側に置かれた
福澤諭吉翁の描かれた観光客を出迎える看板です。
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かつて外側の4番線のさらに横の南傍を
大分交通耶馬渓線の線路が併走していました。
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ホーム中ほどの様子。
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こちらは駅の貨物用エレベーターの跡でかつては稼動していましたが
現在は使われなくなっており、入口は鉄板で塞がれています。
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こちらのホームも西側階段の前に待合室が置かれています。
中津駅の二つのホームは基本的な施設の配置は同じ様です。
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ホーム待合室の中の様子。
プラスチックのベンチが置かれているのみです。
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ホーム西側からは線路脇に東横インの建物が見えますが、
日豊本線が高架化される前の平面時代にはここに鐘紡中津工場専用線が走っていました。
中津の街を支えた産業も時代の波で今は無くなり、専用線も高架化前に廃止されました。
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ホームの駅名所案内板。
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切り返して西端側からみた駅構内。
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こちらのホームも西側の階段には斜行エレベーターがあります。
国内でも駅構内にある例はほとんど見かけないレアなエレベーターです。
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階段の間には駅務用の上屋が置かれています。


【写真撮影:2019年8月】



■モデル車両: JR九州 813系電車
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813系電車はJR九州が旧来の国鉄時代の老朽化した車両の置き換えを目的として
1994年(平成6年)3月1日のダイヤ改正から導入をしている交流近郊形電車です。
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車両のデザインを手がけているのはJR九州の観光列車や特急のデザインで名を馳せる
ドーンデザイン研究所の水戸岡鋭治氏ですが、都市近郊の通勤に使用される
近郊型電車のデザインを行ったのはこの813系が初めてとなります。

車体は大部分が軽量ステンレス製の無塗装で、前面部のみ普通鋼製となっています。
前面部の縁と側面の乗降扉はJR九州のコーポレートカラーである
赤(    が用いられており、前面妻面は黒(    が使われています。
その為これまでの無骨な通勤形には無いデザイン性の高い外観となっており
特に鮮烈な赤色は印象が深く話題となりました。

813系電車は1994年(平成6年)から2009年2009年(平成21年)にかけて作られた系列で
他系統との併結運転も多く幾つもの形式の番台が存在する車両でもあります。
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1994年の0番台の鹿児島本線での運用開始以降、
1995年(平成7年)~1996年(平成8年)製造の100番台
1997年(平成9年)~1998年(平成10年)の200番台
2003年(平成15年)製造の300番台と主に北九州地区での通勤形車両として
旧型車両の置き換えの為に生産され投入運用がされています。
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細かい違いはあるものの各番台はご覧の通りおおむね基本的な外観の違いはありません
いちばん差異がある点は車体ステンレス部のビード(強度を上げる為の突起)の数で、
0~100番台までは窓横までびっしりビードが入っていますが
200番台以降の車両は窓横の吹き寄せにはビードが入っていません

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そしてこれら0番台から300番台の編成車両のパンタグラフは
菱形の形状のもの
がご覧の通り屋根に搭載されています。
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813系をモチーフとしている駅メモのでんこの中津コヨイは
背中のパンタグラフがシングルアームの形状
となっています。この事から考えると
0番台から300番台は中津コヨイのデザインモチーフとは違う編成という事になります。

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一方こちらは2005年(平成17年)に輸送力増強のために作られた1000番台
2007年(平成19年)以降に作られている1100番台の車両です。
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【上写真:JR九州817系】
1000番台は車体外観こそこれまでの813系と同様ですが、
中身の電気系統はご覧の817系がベースとなっています。
1100番台は1000番台を元に作っているので基本構造は同じです。
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ですので813系1000番台、1100番台ともに817系に準じて
パンタグラフがシングルアームの形状となっています。
この点が300番台以前(ひし形パンタ)との大きな違いとなります。
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中津コヨイの背中のパンタグラフはご覧の通りシングルアームの形状です。
この点から考えるとデザインのモチーフは1000番台もしくは1100番台であると言えるでしょう。
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1000番台は3両編成3本しか作られなかった形式ですが、
この1000番台の後を受けて2007年(平成19年)以降に作られた813系が
こちらの1100番台となります。この1100番台は行先表示器を大型LED化したことで
前面の屋根の高さが高い
車両となっています。
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それまでの813系は行先表示器が見づらいという声を反映した改良なのですが
機器の大型化によって従来のスペースでは収まりきらなかった為、
他の813系と並べて見ると1100系の前面屋根は盛り上がっているのがよく分かります。
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縦長となった1100番台の前面外観は投入当時には話題となっており
一部では「食パン電車」などと呼ばれているそうです。
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813系をモチーフとしている駅メモのでんこの中津コヨイは
頭に飾りを載せていますがこれは列車前面のデザインがモチーフとなっています。
正直このデザインを見るだけでは盛り上った1100番台が元なのか、
それとも1000番台以前のフラットな屋根がデザインモチーフなのかは判別はつきません。

また中津コヨイの誕生日が3月1日に設定されていますが、
これは冒頭でも述べた813系最初の0番台が運用開始をした日付です。
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こうした要素をまとめて考えるに
中津コヨイのモチーフ車両は813系1100番台が有力だと思われます。
キャラの登場した2018年(平成30年)12月には1000番台は篠栗線へと転出していて
赤くシングルアームパンタの813系はほぼ1100番台しか残っていなかったという点も
元ネタである事を補強する材料のひとつではあるでしょう。

しかし誕生日の設定などの事も考えた場合、1100系が元であると断定はできませんので
現状では「813系全体が中津コヨイのモチーフである」とするのが妥当でしょうか。


それでは以下でまず、中津コヨイのデザインモチーフとして有力である
813系1100番台について各車両を見ていきたいと思います。
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門司港方の先頭車両であるクハ813形1100番台です。
ク(制御車)ハ(普通車)となり運転台があって動力を搭載していない制御車となります。
編成略記号ではTcT(付随車)c(制御車)で同様の意味です。
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客室内の様子です。
片側3扉の通勤形の車両で座席は転換クロスシートが採用されています。
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中央部の乗降扉脇には2席づつ優先座席が設けられており
ヘッドカバーで区分けがされています。
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門司港方の車両の連結部側、八代方の車端部には
車椅子対応の洋式トイレが設置されています。
トイレの向かい側は車椅子の置けるフリースペースに。
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三両編成の中間車両となるモハ813形1100番台です。
モ(電動車)ハ(普通車)となりモーター搭載の普通車車両です。
編成略記号ではM動力車の意味であるのは同じです。
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連結部に近い車端部の座席は2席×2列のボックスシートが
左右に設置されています。
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乗降扉の間の中間部の座席は2席×5列の転換クロスシートが
左右に設置されており、これは先頭車両と同様となっています。
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八代方の車端部も2席×2列の固定ボックスシートですが、
こちらは背板部分の乗降デッキ側片側に大型のくずもの入れが設置されています。
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切り返して八代方からみた客室車内の様子。


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八代方の先頭車両となるクハ812形1100番台です。
ク(制御車)ハ(普通車)で運転台のある車両(動力は無し)となります。
編成略記号はTc'T(付随車)c(制御車)です。
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車内の門司港方の車端部です。
こちらの車両は八代方の先頭車両で運転台がありますので
ボックスシートのある八代方にくず物入れが設置されています。
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乗降デッキ部分の天井つり革を円形に配置してつかまる人数を増やすデザインは
つかまる乗客を分散させるアイディアですが九州以外では見られない独特な形状です。
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門司港方から先頭方向を見た客室内の光景です。
基本的な座席配置は他の車両と同様です。
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先頭部の運転台のすぐ後ろ付近。
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転換クロスシートで優先座席が中央部付近にあるのも他と同様です。


813系は製造の時期によって様々なマイナーテェンジがされている形式
同じ系列ながら異なる形状をしている箇所も数多くあります。
こちらでは車内について目立つ相違点をいくつか見てみたいと思います。
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1100番台の座席モケットは茶と黒の市松模様となっていますがこれは300番台以降のもので、
0番台から200番台までの座席は赤地に黒の豹柄模様となっています。
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モケットの模様の拡大したものです。
赤の豹柄はドーンデザインの車両では数多く見られる柄ですが
市松模様もJR九州の車両ではよく見られる柄です。
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ちなみに赤黒のモケットは豹柄が3種類あります。
200番台の車両では2人席のモケット柄は同シートで統一されているのですが、
これが100番台以前になると同じシートの左右で柄が違っていたりします
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シートの脚に着目してみると、0番台から100番台では脚がシート下の両側にあります。
これが200番台になると脚は通路側のみとなり、また脚の太さも薄くなっているのが分かります。
300番台以降も脚は通路側のみですが太さは100番台と同じ厚いものとなっています。
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車両のトイレは0番台から200番台までは従来の大きさの和式トイレで、
トイレの向かい側にはボックスシートが設置されていました。

そして2003年(平成15年)登場の300番台からはユニバーサルデザインの一環として
トイレが車椅子対応の大型化となり、対面のボックスシートは外されて
車椅子やベビーカーの置けるフリースペースとなっています。
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扉付近の乗降デッキの天井のつり革が円形に配置されていますが
この配置もトイレ同様300番台以降のもので、
200番台以前は普通の並行配置となっています。



以下では813系で一番数の多い200番台について
各車両についてを見てみたいと思います。
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門司港方の先頭車両のクハ813形200番台です。
ク(制御車)ハ(普通車)で動力を持たない運転台のある先頭車両となります。
編成略記号はTcT(付随車)c(制御車)であり
動力の無い運転台のある制御車という同様の意味となります。
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こちらが車内の様子です。
基本的な構造は1100番台と大きくは違っていませんが、
車端部乗降デッキ上のつり革は円形配置ではなく通常の並行配置となっています。
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乗降扉の間の中間部座席が2席×5列の転換クロスシートであるのも
1100系と同様であり変わっていない事が分かります。
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連結部側の車端部にはトイレが設置されています。
200番台までの車両はトイレが和式でスペースが小さく、
反対側には2席×2列のボックスシートが設けられています。
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切り返して八代方からみた車内。


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中間車両のサハ813形200番台です。
1100番台では中間車両は動力車でしたが、こちらはサ(付随車)ハ(普通車)であり
動力を持たない完全な客車車両となります。
編成略記号でもT付随車の意味であるのは同様です。
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車内の様子です。中間車両ですので車端に2席×2列のボックスシート、
中間部に2席×5列の転換クロスシートがあるのは1100番台と同じ配置です。
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乗降扉が赤く塗られているのも1100番台と同様ですが
赤黒豹柄の座席モケットである点は相違点となります。
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八代方の車端部。こちらのボックスシートの片側の背板部分は
くず物入れのあるカウンターとなっています。
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切り返して門司港方を見た車内。


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八代方の先頭車両のクモハ813形200番台です。
ク(制御車)モ(電動車)ハ(普通車)となり運転台がありモーターもある制御電動車になります。
1100番台の八代方は動力はありませんのでこの点が相違点です。
編成略記号ではMcM(動力車)c(制御車)の意味となります。
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客室内の様子です。門司港方の車端部にはボックスシートと
くずもの入れのカウンターが。
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赤黒豹柄のモケットは良く見ると座席によって豹柄のパターンが微妙に違います。
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八代方先頭部の運転台付近の様子です。
連結されて貫通扉が開いていましたので中の様子まで。
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切り返した車内の光景です。


【写真撮影:2019年8月~2021年1月】

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