北海道

札沼線b38
JR札沼線の非電化区間についての続きです。
浦臼町、新十津川町を走る区間について書きたいと思います。


非電化区間その1(北海道医療大学━札比内)についてはこちら



札沼線a31
こちらは晩生内駅の駅舎の外観です。
1935年(昭和10年)の国鉄札沼線延伸の際に設置された駅となります。

隣の札比内駅からは国道275号線とほぼ併走して札沼線は北上しており、
札比内駅との距離はおよそ4.5km離れています。
札沼線a33
隣の札比内駅もそうでしたが、この駅の木造駅舎も
かつてはもう少し横に長かったものが減築されて小さくなっています。
札沼線a32
駅前には線路と並行してご覧の町道が通っています。
特に駅前広場というものはありませんが、
ご覧の通り駅前の道が十分すぎるほど広いので十二分に広場の役割を果たしています。
札沼線a34
駅舎の正面から西へと伸びる町道。
札沼線a35
こちらは駅舎の中の様子です。
木製のベンチの向かいに革張りのベンチが置かれていました。
札沼線a36
ホーム側の改札前の光景です。
この駅もかつてホームは島式だった為、駅舎とホームとの間に
線路が敷かれていた敷地が空いています。
札沼線a37
こちらがホームの様子となります。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
札沼線a38
特に南の札幌方の線路はポイント跡をうかがわせるカーブを描いており、
隣の晩生内駅と同様に、かつて島式ホームで交換可能だった跡が残っています。
札沼線a39
線路の反対の東側目の前を走る国道275号線。



札沼線a40
こちらはJR札沼線の札的通り踏切です。
国道275号線とほぼ併走状態ほ北上する札沼線の、
晩生内駅から2.9kmほどの位置にある踏切です。
札沼線a41
東におよそ90mほどに併走している国道275号線は
踏切からも十分に目視する事ができます。
札沼線a42
東の国道側から見た踏切。
札沼線a43
この札的通り踏切の北側の線路脇に次の駅の待合室とホームがあります。
札沼線a45
こちらが札的駅の駅の全景です。
駅は1960年(昭和35年)に路線上に新たに新設設置されました。
札沼線a44
踏切脇の広場に面してホーム南端の階段があり、
その脇にご覧の待合室が設けられています。
この待合室は駅の外側に入口は無く、ホーム上にのみ出入口があります。
札沼線a46
待合室の中の様子です。
木造モルタル作りの待合室の中には木製のベンチが置かれていました。
小型の除雪機も待合室の傍らに。奥のドアはトイレとなります。
札沼線a47
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
札沼線a48
この駅は後から新設された駅なので開設当初から
駅の様子はほとんど変わっていない様子です。
札沼線a49
そしてホーム南端の階段前の広場に木材が敷かれた場所がありますが、
これはかつて広場を横切って用水路が流れていた名残りらしいです。
そう思って板の横を見ると確かに線路が用水路を跨ぐ箇所がありました。



札沼線a50
こちらは国道275号線の浦臼町役場の前の交差点の様子です。
札的駅からもJR札沼線は国道と併走しており、1.8kmほどでご覧の役場付近となります。
札沼線a51
信号の角にある浦臼町役場の建物。
札沼線a52
役場前の国道の信号からは道道603号浦臼停車場線という県道が延びており、
西へ200mほどの停車場線として国道と駅を連絡しています。
札沼線a53
こちらが浦臼駅の駅舎外観です。
駅は1934年(昭和9年)に国鉄札沼北線が延伸し南端の終点駅として開業。
南から延伸してきた国鉄札沼南線が当駅まで延伸したことによって
全通した国鉄札沼線の駅となります。

現在の駅舎は1997年(平成9年)に浦臼町が建て替えたもので
「ふれあいステーション」を併設する近代的な駅舎となっています。
札沼線a60
駅前の道路は広めに作られており、
またバスの車寄せもあるので広場の役割を十分に果たせる道幅があります。
札沼線a54
駅舎の中の様子です。
ご覧の通り暖房も備えた綺麗な待合室が設けられています。
この待合室は駅の待合室ですが、
「ふれあいステーション」に入居している歯科医院の入口もこの待合室にあります。
札沼線a55
待合室からホームへの出口。
札沼線a56
ホームへと上がる階段は待合室の出口前にありますが
駅舎の中に入らなくとも外から直接ホームへも入れる構造となっています。
札沼線a57
ホーム上から見た入口の階段付近。
札沼線a58
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線となっています。
列車交換の設備は無く、すれ違うには石狩月形駅まで南に下るしかありません。
札沼線a59
かつては相対式ホームの駅で貨物側線もあるなどかなり大きな駅だった様ですが、
現在では敷地こそその名残りを感じるものの、綺麗な棒線駅となっています。
札沼線a61
この浦臼駅からは、石狩月形方面行きの上り列車は一日6本あります。
しかしそのうち5本は当駅での折り返し列車であり、残りの1本が新十津川からの列車です。

そして新十津川方面行きの下り列車は1日1本のみとなっています。
つまり浦臼駅より北は始発が最終列車となっています。



札沼線a62
引き続き国道275号線とJR札沼線は併走しながら北上を続け、
3.4kmほど進むとご覧の砂利道が西へと伸びています。
開けた場所で周囲に目印はありませんが、
Docomoの携帯基地局のアンテナが砂利道の脇に立っており、
その奥に次の駅が設けられています。
札沼線a63
田んぼの中のあぜ道のような道を
国道から西へと160mほど進むと駅が見えてきます。
札沼線a64
こちらが鶴沼駅の駅の外観です。
1956年(昭和31年)に路線上に旅客駅として新設追加された駅となります。
駅舎は無く待合室の小さな建物が設けられています。
札沼線a65
ホームへと上がる階段です。
手すりやホームの基礎、そして階段は鉄骨で作られています。
札沼線a66
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となります。
札沼線a67
元々は一両分の有効長のホームだった様で、
北側に木製のホームが増設され延長されています。
札沼線a68
こちらは駅の待合室です。
木造にトタンの壁と屋根の小さな建物です。
札沼線a69
待合室の中の様子です。
中の壁もトタン張りで、木製のベンチが置かれていました。
札沼線a70
駅の時刻表はご覧の通り、上下共に1本づつというダイヤとなっています。
浦臼駅以北の駅では上り方面の列車に乗ると日帰りはできません
札沼線a71
そしてホーム脇に見えるこちらのコンクリートの構造物ですが、
これは用水路が線路の下を立体交差する為の水門です。



札沼線a72
引き続き北上を続けるJR札沼線ですが、
併走してきた国道275号線とは若干距離が開いてきます。
こちらは次の駅に近い12号線踏切ですが、国道からは800mほど離れています。
札沼線a73
踏切からさらに西へと80mほど進むと、
田んぼの中の砂利の道が北へと伸びています。
札沼線a74
砂利道を北へと80mほど進むと
用水路に架かるガードレールの欄干の橋が。
札沼線a75
欄干には「於札内駅通線」と書かれており、
この砂利道が駅への道であることを示しています。
札沼線a76
橋を渡ってさらに進むと、踏切の先に駅が見えてきます。
札沼線a77
こちらがJR札沼線の水野作場踏切です。
「作場」とは耕作地の事で田畑を指します。
つまり水野さんの田んぼの踏切という意味ということに。
おそらくこの周辺は水野さんの田んぼなのでしょう。
札沼線a78
この踏切にはご覧の道路標識があります。
これは「車両通行止め」の標識ですので、
12月31日から3月31日の間はこの踏切を車両は通れないという事になります。
歩行者は通行止めでは無いので駅へは行ける様です。
札沼線a79
そしてこの踏切にはもう一つ、
「鉄製のキャタピラーで横断すると故障します」の看板が。
これは冬季の除雪車に対する注意の様で、
故に除雪ができないので冬季は車両通行止めとなるという。
一つの踏切でなかなか密度が濃いです。
札沼線a80
そして踏切の北側の線路脇にあるこちらが
於札内駅の外観です。
駅は1959年(昭和34年)に鉄道管理局設定の仮乗降場として設置されました。
国鉄分割民営化の1987年(昭和62年)に駅に昇格して現在に至ります。
札沼線a81
踏切側のホーム南端に階段があり上る事ができます。
札沼線a82
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
駅舎は無く待合室が設置されています。
札沼線a83
昭和に作られたホームなので鉄骨造りで
床はPCコンクリート板敷きでした。
札沼線a84
トタン張りの待合室の入口の上には
錆びた国鉄仕様の駅名標が。
札沼線a85
待合室の中は物置のようですが
窓があり木製のベンチも設置されていました。
札沼線a86
中に掲示されている時刻表。
上下線とも1本づつです。
札沼線a87
ホーム上から見た駅前の踏切と駅までの道の様子。
札沼線a88
こちらは駅前の道を、北側を見た光景です。



札沼線a89
こちらは新十津川町を走る南16号線という町道です。
この付近の開拓地では入植にあたって
300間(およそ550m)の等間隔で縦横に道路を作って碁盤目のように区画をしました。
その区画の目にあたる道路が号線道路と呼ばれています。
札沼線a90
この南16号線とJR札沼線が交わるこちらの踏切が
下徳富下9号線踏切となります。
札沼線と併走してきた国道275号線からは西へ850mほどに位置しており、
於札内駅からは北に1.5kmほどとなります。
札沼線a91
この踏切の北側の線路脇に南下徳富駅のホームが置かれています。
駅は1956年(昭和31年)に新設されたもので、
2012年(平成24年)までは道路に面したホーム脇に小さな木造の待合室がありました。
老朽化の為に木造待合室は撤去されており、現在ではホームのみの駅となっています。
札沼線a92
ホームは踏切脇からバラストを踏みスロープで上がりますが、
かつて待合室があった場所の前にガラス掲示板が新設されており
時刻表もこの掲示板に納められていました。
札沼線a93
駅のホームの様子です。
単式1面1線ホームの棒線無人駅となります。
札沼線a94
北側はPCコンクリート板の床であるのに対し
南のスロープ側は木製の床となっています。
札沼線a95
駅周辺を見回してみるとご覧の通り、
どちらを見ても一面に田んぼが広がる光景で近くに建物は見当たりません。



札沼線a96
こちらは国道275号線の西側550mほどを南北に併走している町道です。
この道のさらに80mほど西にはJR札沼線の線路も併走しています。
南下徳富駅からは2kmほど北に位置するこの付近に次の駅があります。
札沼線a97
切り替えして北側から付近を見ると、
ちょうど南12号線と南13号線の中間付近のこの付近には
JAの資材倉庫が並んでいます。
札沼線a98
この倉庫街の町道の途中に駅への取付道路が西へと延びていました。
札沼線a99
下徳富駅の駅舎の外観となります。
1934年(昭和9年)の国鉄札沼線延伸に際して設置された駅で、
ご覧の駅舎は1979年(昭和54年)まで有人駅舎だったものです。
札沼線b07
駅舎側から見た駅前の様子です。
舗装された広場に木が生えており、国道と連絡する道路の両脇は
JAの倉庫へと通じています。
札沼線b01
駅舎の中の様子です。
有人駅だった時代の出札窓口はベニ板で封じられていますが
広めの待合室は往時のままの様子で
プラスチックのベンチが並べられていました。
札沼線b02
ベニヤの上に貼られていた下徳富駅のポスター。
札沼線b03
ホーム側へと出ると土盛りのホームが若干離れてあり、
上る階段が正面にありました。
札沼線b04
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
札沼線b05
この駅のホームもかつては島式ホームで列車交換が可能でした。
しかし交換設備は撤去されており、
駅舎とホームの間にはかつての線路のあったスペースが残っています。
札沼線b06
またホームの南端の札幌方の先には貨物用ホームの跡が残っています。



札沼線b08
こちらの写真の、ガソリンスタンドの奥に見える建物は
新十津川町役場の庁舎です。
札沼線b09
この交差点は中央18交差点で、
国道275号線と道道625号学園新十津川停車場線が
それぞれこの交差点で直角に曲がって交わっています。
札沼線b10
交差点の角にあるコンビニエンスストア。
札沼線b11
この交差点から南へと道道625号学園新十津川停車場線が下っており、
その名前の通り道の先には駅があります。
札沼線b12
通りの脇に建っている地元のJAのたまねぎ出荷の貯蔵庫。
札沼線b13
コンビニ前の交差点から250mほど南に進んだところで
道路は行き止まりとなります。
脇には道道625号線の終点の標識が。
札沼線b14
行き止まりの右手、西側には駅前広場の敷地が隣接しています。
札沼線b15
広場の奥には新十津川駅の駅舎が。
この駅は元々1931年(昭和6年)に留萌本線の石狩沼田駅から当駅までを
国鉄札沼北線として開業した際に終着駅としてできたものです。
開業当初は中徳富駅という名前でした。

3年後には浦臼駅まで延伸し途中駅となり、
その翌年の1935年(昭和10年)に札沼線が全通。
1953年(昭和28年)には駅名を現在の新十津川駅へと改称しています。
札沼線b16
駅前の広場の様子です。
札沼線b17
そして新十津川駅の駅前広場に隣接する形であるのがこちらの空知中央病院です。
駅前でひときわ目立つ大きな建物ですが、
実はこの病院は新十津川駅とも密接な関係があります。
札沼線b18
駅前広場の病院側の目の前にある、
新十津川町の案内マップです。
札沼線b19
広場の一角にはこちらの顔出し看板が。
「日本一早い最終列車が出発する終着駅」と書かれています。
札沼線b20
駅舎の中の様子です。
1986年(昭和61年)に無人駅となり券売窓口も使われなくなりましたが、
新十津川町観光協会が窓口を2018年(平成30年)より観光案内所として活用しています。
札沼線b21
ホーム側から見た駅舎前の様子です。
札沼線b22
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線のみとなっており、
終着駅ですので列車はそのまま折り返す事となります。
札沼線b23
ホーム脇にある76キロ1/2の距離標。
起点の桑園駅からの距離となります。
札沼線b24
かつては途中駅だった時代もあるこの駅は
駅舎とホームとの間にスペースがあり、
かつては交換設備の線路があったであろうことをうかがわせます。
札沼線b25
ホーム上にある名所案内の案内板。
札沼線b26
そしてこの駅を全国的に有名にしているのが
「日本一終電の早い駅」であるという点です。
札沼線b27
浦臼駅━新十津川駅間は2016年(平成28年)以降は一日に一往復しか運行されておらず、
朝九時台に到着した列車は当駅到着の最終列車となり、
十時ちょうどの当駅発石狩当別行きの列車が始発で最終列車となっています。
札沼線b29
朝に到着する「最終列車」がホームに停まると
駅の目の前にある空知中央病院に併設された保育所の園児達が
列車の乗客をお出迎えを行っています。
この空知中央病院では新十津川駅の駅ノートの管理も行っており、
病院のWebには駅ノートのページが設けられています。
札沼線b28
そしてこちらは新十津川駅の駅長犬のララ。
札沼線b30
新十津川駅のホームからは200mほど北に線路が延びています。
空き地の真ん中に線路があり、両脇にはJAの倉庫が並んでいます。
札沼線b31
こちらが札沼線の北端の車止めです。
札沼線b32
かつて1972年(昭和47年)まではここから北へと線路が延びていました。
新十津川駅━石狩沼田駅間が廃止となって線路は撤去され、
現在ではご覧の様に車止めの先の、かつての廃線跡には住宅が建っています。
札沼線b33
そして駅舎を後にして、駅前の停車場線を再び北上し、
国道275号線との交点の交差点まで戻ります。
札沼線b34
こちらの交差点のコンビニの駐車場には
ご覧の中央バスの新十津川役場停留場が置かれていました。
札沼線b35
時刻表を見ると、札沼線の列車と接続できるバスが
滝川駅方面に出ている事が分かります。
札沼線b36
こちらからバスに乗ると、石狩川を渡って4kmほどにある
JR函館本線の滝川駅まで行く事ができます。
札沼線を乗車する愛好家には良く知られているバスワープのルートのようです。



札沼線b37
こちらは札比内駅━新十津川駅間のau 4G LTEでの電波エリアマップです。
この区間も全線が電波エリア圏内となっていますので
駅へのアクセスに困る事はありません



こちらの札比内駅━新十津川駅間に関しては、
東側4kmほどを並行して北上しているJR函館本線からレーダーを飛ばせば
通常射程県内で全ての駅がレーダー取得が可能
です。
札沼線が廃線となった後でもアイテムを使えば
路線コンプはさほど手間では無いでしょう。


しかしJR北海道の廃駅は撤去が非常に早く、
早ければ廃止の翌日から早速撤去が始まったりします。
私は昨年廃止された駅がもう跡形も無くなっているのも見ましたし、
施設の撤去だけはJR北海道は非常に迅速です。

という訳で札沼線の姿が見れる時間もあとわずかです。
今のうちに見に行く事をお勧めします。

では。
【写真撮影:2018年5月】

札沼線00
次はJR札沼線についてですが、
こちらでは札沼線の非電化区間についてを分けて書きたいと思います。


札沼線は1931年(昭和6年)に石狩沼田駅━中徳富駅(現・新十津川駅)間を
国鉄札沼北線として開業したのが始まりで、
1934年(昭和9年)には札沼北線が浦臼駅まで延伸し、
南側の桑園駅━石狩当別駅間が札沼南線として開通しています。

1935年(昭和10年)に石狩当別駅━浦臼駅間が開通したことによって
札幌駅と石狩沼田駅を結ぶ国鉄札沼線となりました。

しかし「赤字83線」に挙げられた事からも分かる通り採算が取れておらず、
留萌本線の石狩沼田駅から新十津川駅までの区間は1972年(昭和47年)に廃止されました。

札沼線a30
北海道医療大学駅より南については大学の開校と
それに伴う近隣の開発によって需要が高まり、電化されて札幌近郊路線へと変貌しました。
しかし北海道医療大学駅より北の区間については非電化のままであり、
JR北海道で一番営業係数の高い路線として2020年(令和2年)の廃止が決定しています。


札沼線02
こちらは石狩当別駅の1番線ホームです。
南北で運行の様子が全く異なる札沼線ですが、この石狩当別駅が運行上の境目となります。
1番線は「学園都市線」の愛称を持つ札幌駅からの電車が入線するホームで、
札幌方面の上り電車が折り返すホームとなります。
札沼線03
そしてこちらは石狩当別駅の島式の2、3番線ホームですが、
当駅から北へと向かうにはこちらのホームで乗り換える事となります。
札沼線01
その3番線ホームに停まっているこちらの気動車が、
朝7時代に出発する新十津川行きの始発にして最終列車です。
札沼線04
途中の浦臼駅や石狩月形駅までは他にも列車は出ているのですが、
終点の新十津川駅が一日に上下各1本の列車しか発着しない為、
ご覧の列車が「朝7時の最終列車」として全国的に有名となっています。
札沼線05
石狩当別駅で並ぶ通勤型の735系電車と、札沼線専用のキハ40形400番台の気動車。

札沼線の電車と気動車の運行の境界はこの石狩当別駅なのですが、
電化区間は隣の北海道医療大学駅まであり、電車も走っています。
そして気動車が当駅始発で運行していますが、
非電化区間である北海道医療大学駅より以北については
2020年(令和2年)5月6日を最後日として廃止
が決まっています。

ですので札沼線の記事については北海道医療大学駅を境に
存続区間と廃止予定区間で区切りたいと思います。



札沼線06
こちらは北海道医療大学当別キャンパスです。
1974年(昭和49年)に東日本学園大学として設立された大学で、
医学部こそ無いものの5学部8学科からなる医療系総合大学となります。
札沼線07
大学の前の道路は学園通りという名前の町道で、
ご覧の通りから田んぼを挟んで駅のホームが見えます。
札沼線08
駅と学園通りの間には大学関係者用の駐車場が。
かなりの台数の停められる広さがあり、まるで商業施設の駐車場の様です。
札沼線09
駐車場入口からさらに北へと進むと
すぐに大学と駅とを結ぶ跨道橋が見えます。
札沼線10
跨道橋をくぐった北側すぐには
大学の敷地への入口ゲートがあり、ゲート脇には守衛の詰め所が。
札沼線11
ゲートのすぐ北側には横断歩道があり、
その先が駅への取付道路となっています。
札沼線12
学園通りから駅前広場までの様子です。
札沼線123
駅前広場に隣接してあるログハウス造りのカフェ。
地元の農家が副業で開いていた店の様ですが、現在も営業しているのかは不明です。
札沼線14
こちらが駅前広場から見た北海道医療大学駅の駅入口付近の外観です。
駅は1981年(昭和56年)に目の前にある東日本学園大学の請願により
大学前仮乗降場として設置され、翌年の1982年(昭和57年)に正式に駅となっています。
1995年(平成7年)に大学の名称が変わった事を契機に現在の駅名となりました。
札沼線15
左手のホームへの階段の前にはかつて駅舎がありました。
しかし駅の性格上駅舎を利用する人がほとんどいない為、
2015年(平成27年)に解体されており階段も封鎖されています。
札沼線16
そしてこちらが現在の駅への入口です。
連絡通路の入口ですが、現在ではこちらだけが駅の入口として使われています。
札沼線167
連絡通路へと入って右手の北西側を見ると目の前に自動扉があります。
札沼線18
自動扉の先は北海道医療大学の校舎内であり、
駅前広場に隣接して20周年記念会館という建物が建っています。
こちらには食堂の他にコンビニのセイコーマートが入っており、
列車を待つ学生はこちらの建物内で過ごすことが可能となっています。
札沼線19
連絡通路の、駅前広場と反対側にもご覧の入口があり
北海道医療大学の大学駐車場が広がっています。
駅前広場、連絡通路、20周年記念会館、そして駐車場は全て大学の敷地内にあり、
大学が駅設置を請願した際に、線路と隣接する敷地の一角を
駅施設として提供したであろうことが想像できる造りと言えるでしょう。
札沼線20
連絡通路の南東側に設けられた改札付近の様子です。
簡易Kitaca改札機が設置されています。
札沼線21
改札を入って右手にはホームへの連絡通路があり、
その先には2番線ホームがあります。
札沼線22
2番線ホームの様子です。
上り線の札幌方面行き列車のホームとなります。
札沼線23
2番線の北側の改札前付近にはご覧の車止めがあります。
ですので2番線は当駅始発となる折り返し列車が停まるホームとなり、
駅名標にも終着駅のごとく札幌方の駅名しか表記されていません。
札沼線24
元々この駅は開設時には単式の1番線しかありませんでした。
しかし発着列車数が増加したことによって1995年(平成7年)の駅名改称時に
こちらの2番線が新たに増設されました。
札沼線29
2番線に停まる札幌近郊を走る電車。
JR北海道が札沼線の電化に合わせて2012年(平成24年)に導入した通勤形車両です。
札沼線25
そして2番線ホームの北端、改札の左斜め前には
ご覧の1番線ホームへと連絡する通路があります。
こちらの通路までが1995年(平成7年)に増設された部分となります。
札沼線26
1番線ホームの様子です。
元々線路のあった場所に1981年(昭和56年)に
仮乗降場として設置されたのがこちらのホームとなります。
札沼線27
現在は上下線共に停まりますが、
主に十津川方面に行き来する気動車が使用するホームとなっています。
線路の反対側を走っている道路は国道275号線という国道です。
札沼線28
1番線ホームに停まる札沼線の気動車。
札沼線30
こちらは北海道医療大学駅のホームから北に150mほどの位置にある
北5号道路踏切という踏切です。
別段変わったところの無い様に見えるこの踏切は
札沼線そしてJR北海道にとって非常に意味のある踏切でもあります。
札沼線31
というのはこちらの踏切の先に札沼線の電化架線の終端があるからです。
札沼線は北海道医療大学駅を境に電化区間と非電化区間とに分かれますが、
この踏切が電化区間の終端部となります。
札沼線32
踏切から見た南の駅方向の様子です。



札沼線323
こちらは北海道医療大学駅前を通っていた学園通りを
北へと2km少々北上した付近の光景です。
こちらに次の駅へと連絡する取付道路の入口があります。
札沼線34
石狩金沢駅の駅舎外観です。
1935年(昭和10年)に国鉄札沼線の延伸によって開業した駅で、
かつては木造駅舎があり、現在でも駅舎の基礎跡が駅前に残っています。
札沼線39
ホーム側から見たかつての駅舎跡。
札沼線35
車掌車のヨ3500を転用した貨車駅舎の中の様子です。
貨物の荷室にベンチが置かれて待合室となっているいわゆるダルマ駅です。
札沼線36
駅舎はホーム南端の前にあり、
スロープでホームへと上がる構造となっています。
札沼線37
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
線路の向こう側60mほどには国道275号線が併走しています。
札沼線38
かつてはホームは島式として使用されていたもので、
駅舎と反対側にもう一つ単式ホームのある2面3線の駅だったそうです。
1979年(昭和54年)に無人化された後にレールが撤去されて
ホームの駅となった様です。



札沼線40
こちらは石狩金沢駅から北に4.2kmほどの距離にある
国道275号線の光景です。
周囲にほとんど何も無くひらけた視界のこの付近に
次の駅へと連絡する道が国道から分かれています。
札沼線45
国道から駅までおよそ100mほどの取付道路の先に駅が見えます。
札沼線46
こちらが本中小屋駅の駅舎の外観です。
1935年(昭和10年)の国鉄札沼線延伸で設置されたのは石狩金沢駅と同様であり、
車掌車のヨ3500を転用した貨車駅舎であるのも同じです。
札沼線48
この駅もかつては木造駅舎があった駅で、
現在の駅舎の目の前に基礎の跡が残っています。
札沼線52
そして駅前には空き地が広がっており、
国道の向こう側まで一面が平らで地平線の見える光景となっています。
札沼線47
駅舎の中はご覧の通り、貨車駅舎の荷室にベンチが置かれています。
札沼線49
ホーム側から見た駅舎。
札沼線50
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
札沼線51
ホームの反対側には山と畑が見えるものの
民家は散在している状態です。



札沼線53
本中小屋駅から引き続き国道275号線と併走しながら北上する札沼線。
3.2kmほど進んだ中小屋郵便局のある付近が次の駅の駅前となります。
札沼線58
郵便局の並びの北側にある、営業している様子の無い食堂。
札沼線54
食堂の前に横断歩道があり、
中小屋の名前のついた信号が設置されてます。
札沼線55
信号から切り返して西側を見ると、国道に隣接して駅前の広場が。
札沼線56
こちらが中小屋駅の駅舎です。
1935年(昭和10年)開設でヨ3500を転用した貨車駅舎であるのは
石狩金沢駅、本中小屋駅と同じです。
この駅もかつては木造駅舎があって基礎の跡が残っています。
札沼線57
駅舎の中の様子です。
ベンチが置かれた待合室となっているのも他のダルマ駅と同様です。
札沼線59
ホーム側から見た駅舎付近。
札沼線60
こちらがホームの様子です。
単式1面1線の棒線無人駅となります。
札沼線61
ホーム南端の東側にはかつての貨物側線の線路がまだ残っていました。
札沼線62
駅の向かい側には水田がひろがっており、
その奥には丘が見えます。



札沼線623
引き続き札沼線は国道275号線と併走して北上し、
2.8kmほど進んだ月ヶ岡の信号付近の国道沿いに次の駅があります。
札沼線65
反対の北側から見た月ヶ岡の信号付近。
札沼線64
信号には横断歩道が設けられており、
目の前が駅の敷地の入口となっています。
札沼線66
国道に隣接した敷地は舗装された駐車場となっており、
さながら国道脇に作られた公園の休憩スペースの様になっています。
札沼線68
駐車場の北東角にあるオブジェ。
札沼線67
こちらが月ヶ岡駅の駅舎となります。
駅は1958年(昭和33年)にすでにある線路脇に新設されたものであり、
現在の駅舎は前の駅舎が焼失したために
1993年(平成5年)に公園休憩所として立て直されたものです。
札沼線69
ログハウス風の駅舎の入口付近。
札沼線70
こちらが駅舎の中の様子です。
前の駅舎が無くなって代わりの待合所として作られた建物ですが、
地域の集会所や国道のドライバーの休憩所としても使われています。
札沼線71
ホームへの入口は、駅舎の北側の駐車場前にあります。
札沼線72
入口前に立てられた月形町のガイドマップ。
札沼線73
こちらがホームへと上がる階段となります。
札沼線74
ホームは単式ホーム1面1線で、
土盛りでは無く鉄骨にアスファルト敷きで作られています。
札沼線75
手すりはあるもののホーム上に白線などは無く
無骨にホームがあるのみの状態となっています。
札沼線76
ホーム北端の先にある月ヶ岡道路踏切。



札沼線77
こちらは道道11号月形厚田線という道道で、
札沼線と併走してきた国道275号線から東へと伸びている道路です。
国道から西に700mほど進んだ場所にご覧の厚田岩見沢線踏切があります。
札沼線78
この踏切の北側の線路脇に次の駅が設けられています。
札沼線79
こちらが知来乙駅の駅舎の外観です。
隣の月ヶ岡駅と同様に1958年(昭和33年)にすでに敷かれた線路脇に新設された駅となります。
札沼線80
建物の中の様子です。
無人駅の木造の待合室で長椅子タイプのベンチが置かれています。
奥の扉はトイレとなります。
札沼線82
ホーム側から見た駅舎前の様子です。
線路脇の砂利敷きの広場が駅前の敷地となります。
札沼線81
そして駅舎の前にはホームの南端があり、スロープで上がることができます。
札沼線83
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
札沼線84
駅周辺はご覧の通り畑の広がる地域で
あたり一面に視界を遮る建物がありません。
札沼線85
西側の道道から見た駅周辺の光景。



札沼線86
こちらは道道376号石狩月形停車場線の光景です。
道道はいわゆる停車場線で、月形町役場の前を南北に走って
ご覧の交差点で西へと曲がり駅へと連絡しています。
札沼線87
交差点から南の役場方面の様子。
札沼線88
こちらが交差点から西の駅への光景で、
駅から交差点まではおよそ100mほどです。
札沼線89
石狩月形駅の駅舎の外観です。
1935年(昭和10年)の国鉄札沼線の延伸によって開設されたのは周辺駅と同様ですが、
この駅は月形町の中心駅であり、札沼線の非電化区間唯一の社員配置駅となります。
札沼線91
道道の停車場線は駅前が起点となっており、
T字路の突き当たりに駅舎が設けられていました。
札沼線94
駅前の駅舎とトイレの間に立っていた
月形町の案内地図の看板です。
札沼線90
駅舎を背にして見た道道376号石狩月形停車場線。
札沼線92
こちらが駅舎の中の様子です。
待合室にはダルマストーブが置かれていました。
有人駅ですので窓口が営業していますが、
非電化区間はワンマン運転なので駅で改札業務は行っていません。
札沼線95
改札は行いませんが列車到着時にはご覧の案内札は下げられており、
駅員さんも構内に立って業務にあたっていました。
札沼線93
待合室の時刻表。当駅終着の列車が2本ある為、
この駅から北の新十津川方面へは一日6本となっていました。
札沼線96
改札を出ると構内踏切を渡って島式のホームへ。
札沼線97
こちらがホームの様子となります。
島式ホーム1面2線となっており、駅舎のある東側が札幌方面行きの上り線、
反対の西側が新十津川方面行きの下り線ホームとなります。
札沼線98
上り線と駅舎との間には貨物の積み下ろし用の線路が残っており
保線用の待避線として使われています。

この石狩月形駅より北の札沼線に交換設備は無く1閉塞区間となっています。
その為か当駅より北側はスタフ閉塞となっています。



札沼線99
こちらは石狩月形駅から国道275号線を4.8kmほど北上した付近の光景です。
右手の東側には石狩川が併走しているこちらから、
西に向かって道路が分岐していて駅への案内標識が設置されています。
札沼線a01
案内に従って国道から西へと一本道を1kmほど西進すると
坂を上った先に橋が見えてきます。
札沼線a02
豊ヶ丘陸橋と橋名の銘板があるこの橋は、
次の駅の北側170mほどで札沼線を跨いでいる跨線橋となります。
札沼線a03
跨線橋から南を望むとご覧の通り、
直線の線路と駅を俯瞰できる絶好の撮影スポットであるのが分かります。

金網の穴は不心得者の撮り鉄が撮影の為に工具で破壊した跡だと言われています。
個人的には現場を見たら許さない行為なのですが。
札沼線a04
反対の北側の金網にも同様の穴が開けられていました。
この穴は鉄道漫画にも描かれている穴で一部には有名な様です。
札沼線a05
こちらは跨線橋を国道とは反対側の西側から見た光景です。
道路が橋の手前でカーブを描いているのが分かります。
札沼線a06
跨線橋から60mほどのそのカーブから一本の砂利道が分かれているのですが、
畑の中のあぜ道に見えるこちらこそが駅への道となります。
駅がある事を示す標識などは無く、駅があると知らなければ
ここが駅への入口とは分からない
と思います。
札沼線a07
鉄道保安林の中を通る砂利道をおよそ200mほど進むと
小さな建物の屋根が見えてきますが、こちらが駅の待合室となります。
札沼線a08
こちらが札沼線で随一の秘境駅として名高い
豊ヶ岡駅の駅の外観となります。
駅は1960年(昭和35年)に豊ヶ丘地区の住民の請願によって新設開業しました。
尚、この地の地名は豊ヶ「丘」ですが駅名は豊ヶ「岡」となっており理由は不明なのだそうです。
札沼線a09
こちらが駅舎となります。小さな木造の待合室で、
入口の上に木製の駅名標がまるで山小屋のようにあります。
札沼線a10
駅舎の中はご覧の通りで、壁沿いに木製のベンチが設けられていますが
待合室の真ん中には誰かが持ち込んだテーブルが置かれていました。
札沼線a11
駅前広場といったものはこの駅にはありませんが、
駅への連絡道である砂利道がゆるやかな坂となっており、
待合室周辺が若干広くなっています。
札沼線a12
そして駅舎の目の前にあるこちらが札沼線の豊ヶ岡踏切です。
遮断機の無いこちらの踏切の脇に駅のホームがあります。
札沼線a13
こちらが駅ホームへの入口となる階段です。
札沼線a14
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
札沼線の他の駅のホームが土盛りやアスファルトなのに対して
この駅のホームは板張りとなっています。
札沼線a15
数年前まではコンクリートのホームだった様なのですが、
老朽化で崩れかけており板張りに直された様です。
ホーム柵も単管パイプとネットが張られて直されていますが
クランプカバーの新しさが改修まもない事を示しています。
札沼線a16
そして踏切から駅舎と反対の東側にも
ご覧の砂利道が伸びているのが見えます。
ゆるやかな坂を上ると道が左手へと曲がり周囲が開けた光景となります。
札沼線a17
曲がり角から切り返して見た駅方面の光景。
札沼線a18
130mほど進むと砂利道は舗装された道路へとぶつかります。
札沼線a19
合流した場所は、豊ヶ丘陸橋の東側すぐ手前の地点でした。
つまり豊ヶ岡駅へと向かうには、
陸橋の西と東のどちら側からも砂利道が通じているということです。



札沼線a20
こちらは国道275号線の札比内信号付近の光景です。
豊ヶ岡駅を出た札沼線は再び国道と近づき、
鉄道の営業キロで2.5km、国道の豊ヶ岡駅入口からは2kmほどで次の駅の駅前となります。
札沼線a21
国道から駅舎へは60mほどの取付道路が延びているのですが、
間が何も無い空き地となっているのであたかも広大な駅前広場がある様に見えます。
札沼線a22
こちらが札比内駅の駅舎の外観です。
1935年(昭和10年)の国鉄札沼線の延伸で設置された駅で、
かつては写真左側にも駅舎が伸びていましたが、減築されて現在の大きさとなった様です。
札沼線a23
駅舎の中の様子です。
1979年(昭和54年)に無人駅となっていますが、かつて使われた窓口は残っていました。
この窓口も2010年(平成22年)頃までは使われていたそうです。
札沼線a24
窓口に掲示されている「切符を委託販売している薬局」というのは
国道の反対側正面にあるこちらの建物の様です。
札沼線a25
ホーム側から見た駅舎前の様子です。
改札を出ると数m離れてホームへ上る階段があります。
これはかつて島式1面2線だった頃の線路のあった跡です。
札沼線a26
こちらがホームの様子です。
現在の駅は単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
札沼線a27
駅周辺にはご覧のように畑と空き地が広がっていますが
周辺にはちらほらと民家が見えます。



札沼線a28
こちらはJR札沼線の北海道医療大学駅━札比内駅間の
au 4G LTEでの電波エリアマップです。
ご覧の通り線路上では全ての区間が電波エリア圏内となっています。
北海道の平原でトンネルもありませんので駅へのアクセスに困る事は無いでしょう。


石狩川の対岸およそ4kmほどの距離をJR函館本線が併走しており、
函館本線からのレーダーで基本的に札沼線の駅は取得が可能です。

また北海道医療大学駅までは都市近郊路線で電車本数も多く、
月ヶ岡駅まではレーダー射程圏内となっています。
札沼線a29
北海道医療大学駅より北に関しては先にも述べた通り
2020年(令和2年)5月6日を最後に廃止
が決まっています。
しかしながら区間が丸ごと廃駅となってしまっても、函館本線からアイテムで取れるという特性上
さほど駅メモでのプレイに影響は与えないでしょう。

ですが、せっかくまだ乗れるチャンスがあるのですから
廃止前に一度は「始発で最終」の列車に乗ってみるのも一興かと思います。
乗って札沼線を攻略できるのはあとわずかしかありません。


札比内駅より北についてはその2にて。

では。
【写真撮影:2018年5月】

日高本線c98
引き続き日高本線についてとなります。

その1(苫小牧━鵡川)はこちら
その2(鵡川━静内)はこちら
その3(静内━浦河)はこちら



日高本線c28
こちらは浦河駅から直線で2kmほどに位置する
次の駅の駅前付近の光景です。
日高本線c29
駅前の道路はご覧の通り完全に住宅地の生活道路で、
途中の砂利敷きの敷地の奥に駅があります。
この生活道路から北に50mほどには国道236号線(浦河街道)が併走しています。
日高本線c30
駅前は大きな広場に見えますが、
良く見ると砂利式の土地に駅への舗装道路が設けられています。
どうやらこの道が駅への取り付け道路の様です。
日高本線c31
こちらが東町駅の駅舎外観です。
1977年(昭和52年)に北海道鉄道管理局の局設定の仮乗降場として開設されたこの駅は
国鉄分割民営化によって1987年(昭和62年)にJR北海道の正式な駅へと昇格しました。
日高本線c32
駅舎の入口の扉に貼られた代行バスの停留場の場所案内。
日高本線c37
一段低い場所に駅舎が置かれている為、
入口前にはご覧の階段が設けられています。
日高本線c33
中の様子です。純粋な待合室としての建物で、
木製のベンチが置かれており壁はベニヤ貼りとなっていました。
日高本線c34
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
日高本線c35
目の前が海岸というロケーションの為
ホームは駅前よりも低い位置に作られていました。
日高本線c36
現在は列車運休中のこの駅ですが、
駅舎の目の前のホーム西端は崩れかけています。
ロープが張られて立ち入りが制限されていました。
日高本線c38
また海岸の砂が線路まで風で吹き上げられて積もっており
線路が半ば埋まってしまっている状態でした。
日高本線c39
こちらは浦河町を南北に走る市道で、
東町駅から北西に250mほどの付近の光景となります。
浦河赤十字病院と道立浦河高校に挟まれたこの付近に
日高本線の東町駅の代行バス停留場があります。
日高本線c40
こちらが東町駅の代行バス停留場です。
道南バスの日赤前停留場と同じ場所に併設されており、
待合室も道南バスのものを使う事ができます。
日高本線c41
バス停の反対側に建っている浦河赤十字病院。
この病院の北の隣にはコープ東町店があり、
そちらが高速バスの浦河バスターミナルとなっています。

高速ペガサス号という高速バスを使って駅メモでは日高本線を攻略する方法がありますが、
その場合はここまで来て日高幌別、鵜苫、西様似、様似の4駅をレーダーを打つことになります。



日高本線c42
こちらは日高幌別駅の駅舎の外観です。
1937年(昭和12年)に国鉄日高線の延伸によって開業しました。

開業からの駅舎は無人化された後に改築されて
現在では「レストビレッヂシンザン」という建物となっています。
中には駅の待合室の他に居酒屋と郵便局が入居しています。
日高本線c51
入口の上には馬の胸像が。
これは幌別という街には名馬シンザンが種牡馬として生活を送った谷川牧場があり
「優駿の町」として有名な所だからでしょう。
日高本線c43
ご覧の通り駅の敷地に隣接して目の前を国道336号線が通っています。
これまで日高本線と併走してきた国道236号線は駅の西側で北へと進路を取り、
代わりに分岐した国道336号線が引き続き鉄道と併走を続けます。
東町駅からは東におよそ4.5kmほどの地点となります。
日高本線c44
駅舎の北東の国道沿いには道南バスのバス停の待合室がありますが
こちらに代行バスの停留場も併設されていました。
駅舎側のこちらは上り苫小牧方面行きのバス停です。
日高本線c45
そして国道を挟んだ向かい側には
下り様似方面行きの代行バスのバス停が。
日高本線c46
駅舎と国道の間は舗装された広場となっており
主に駐車場として使われていました。
日高本線c47
駅舎の中の様子です。
国道側の入口から入るとまず簡易郵便局がありますが、
その前を抜けるとまるで食堂のようなテーブルの置かれた待合室があります。
日高本線c50
駅舎を抜けて構内へと入ると目の前にホーム東端のスロープがあります。
かつてはこの駅は島式ホーム1面2線だった為、
ホームの駅舎側にはかつての線路跡のスペースが現在も空いています。
日高本線c48
こちらが現在のホームの様子です。
駅舎側にはフェンスが立てられており、単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
日高本線c49
ホームの東側の様似方に駅舎があり、ホームへも東側からのみ入れます。
海岸までは200mほどの駅ですが、ホームからは海岸は見えず荒野が広がる光景となっています。
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日高本線c52
引き続き海岸線と国道336号線と併走をする日高本線は
4.2kmほど東進すると次の駅となります。
こちらは国道336号線の駅前の光景です。
日高本線c53
国道と駅は砂利の30mほどの道で連絡しています。
日高本線c54
鵜苫駅の駅舎外観です。
1937年(昭和12年)の国鉄日高線の浦河以東の延伸によって設置されました。
元々は普通の駅舎があった様ですが1987年(昭和62年)に
現在の貨車駅舎へと変えられました。
日高本線c56
貨車はワフ29500形有蓋緩急車を元にしており、
建っている場所の下には木造駅舎の基礎の跡が残っています。
駅前は広場というよりは、国道沿いの空き地に駅があるといった風情となっています。
日高本線c55
駅舎の中の様子です。
貨車を元にしている中には木製ベンチとゴミ箱が置かれています。
日高本線c58
駅舎の壁に貼られた代行バスのバス停の位置の案内。
日高本線c57
ホーム側に出るとホームは3段分ほどだけ高くなっており、
駅舎の基礎跡から階段までコンクリートの通路が残っていました。
日高本線c59
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
日高本線c60
かつては駅舎とホームの間にも線路があって島式1面2線だった様ですが
現在では空いた土地のスペースがわずかにその痕跡をうかがわせるのみです。
日高本線c61
こちらは鵜苫駅前の国道の横断歩道の東側にある
日高本線の代行バスの停留場です。
東側のこちらは下り線様似方面行きとなります。
日高本線c62
そして下りのバス停から、横断歩道の反対側の斜向かい、
駅からは西側となるこちらが上り線の静内方面行き停留場です。



日高本線c64
東へと進む日高本線は海岸線近くを走ってきましたが、
鵜苫駅を出るとまもなく内陸部へ進路を取ります。
これは様似近辺の海岸線がご覧のように山が迫っている為平坦では無いことが理由でしょう。
写真のトンネルは塩釜トンネルで、海に見える岩はローソク岩という岩です。


日高本線c63
こちらは鵜苫駅からは北東に2.2kmほどの位置にある次の駅付近です。
国道336号線からは内陸の北西へ450mほど入った場所となります。
日高本線c65
西様似駅の駅舎の外観となります。
1937年(昭和12年)の国鉄日高線の延伸によって設置されました。

元は木造駅舎のある有人駅だったそうですが、
現在は駅舎が解体されて貨車駅舎となっており無人駅です。
日高本線c66
貨車駅舎の南側の、駅前道路正面付近に残っている
かつての木造駅舎の基礎の跡です。
日高本線c67
そして駅の南側の敷地一帯は
ご覧の様に丸太が集積されており貯木場となっています。
日高本線c71
北側から駅舎周辺を見ると、貯木場は駅前の東側だけでなく
西側にまで広がっているのが分かります。
いわば貯木場の中に駅がある様な状態となっています。
日高本線c68
貨車駅舎の中の様子です。
待合室として木製のベンチが設置されているのみです。
日高本線c69
壁に掲示された代行バスの停留場の場所の案内です。
国道336号線上に設置されている様なので600mほどの距離となり、
駅から代行バス停留場までは徒歩12分ほどかかります。
日高本線c70
駅舎の北側にホームがあり、ご覧のように少し離れて駅舎が置かれています。
ホームの西側にスロープがあり、そちらからホーム上へと上がります。
日高本線c72
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線となっています。
日高本線c73
この駅もかつては島式ホームで2線のある駅でした。
ですので南側の貯木場側にもかつてのホームの名残りが残っています。
日高本線c74
一旦駅舎の前に戻り、正面の道路が南へとまっすぐ伸びているので
国道へ向かって南下をします。
日高本線c75
国道336号線に突き当たりT字路となるので左へと曲がると
すぐに西町という信号のある交差点に差し掛かります。
日高本線c76
その西町交差点から20mほど東に、JR北海道バスの西町停留場が
国道の南北両脇に設置されています。
この場所にJR日高本線の代行バスが、
同じ場所で西様似駅の停留場を設置しています。



日高本線c77
こちらは国道336号線の大通1交差点です。
代行バスの西様似停留場からは東に道なりで2.5kmほどの距離となります。
周囲は様似町の町役場も近い中心街となっています。
日高本線c97
反対の東側からみた大通1交差点付近。
駅への案内看板もあります。
日高本線c78
この大通1交差点から北へは道道233号新富様似停車場線という道道が分岐しており
国道から駅までの120mほどを連絡しています。
日高本線c94
北側から見た大通1交差点付近です。
案内標識が国道と県道の交差点である事を示しています。
日高本線c79
こちらが様似駅の駅舎の外観です。
1937年(昭和12年)に国鉄日高線が静内駅から延伸開業し、
終着駅として設置開業したのがこの駅となります。
日高本線c80
駅舎の前にはご覧の広い舗装された広場が設けられています。
日高本線c81
木造の駅舎は1977年(昭和52年)に改築されており、
建物の東半分が様似町の観光案内所となっています。
日高本線c82
そして駅舎の西側が日高本線の駅舎として使用されていました。
また日高本線の代行バスは様似駅では駅舎の目の前となっており
駅舎のガラス戸に代行バスの時刻表が貼られていました。
日高本線c83
中の様子です。
列車が休止している状態ではありますが業務委託駅として
窓口はジェイ・アール北海道バスに委託されて営業をしています。
日高本線c84
ホーム側の改札前の様子。
日高本線c85
こちらがホームの様子となります。
単式ホーム1面1線となっており、
並行して側線をもう一本持っています。
日高本線c86
駅の東側は日高本線の線路の終端があり、
かつては貨物用の側線や専用線、転車台などがあったそうです。
日高本線c87
ホームに設置されている駅周辺の名所案内。
日高本線c88
同じくホームに置かれたJR北海道バス(旧・国鉄バス)の
バス路線乗り換えへの案内看板です。
日高本線c89
駅舎の東側に伸びるホームの、南側に広がる広大な舗装された敷地。
この広場もかつては貨物の引込み線が置かれて貨物ヤードとなっていた場所です。
日高本線c90
ホームが途切れた東の先にあるJR日高本線の終端付近。
日高本線c93
様似駅の線路の北側には並行する細長い駐車場や
町の保健福祉施設、様似郵便局といった公共施設があります。
こちら側もかつては様似駅の構内の敷地であり、
貨物の引き上げ線が何本も並行に敷かれていた場所です。
日高本線c91
そしてこちらが、苫小牧から146.5 kmに渡って
北海道の南の太平洋岸を走ってきたJR日高本線の終端の車止めです。
日高本線c92
旧貨物ヤードの広場を駅舎方面へと戻ると
線路沿いの駅舎脇にあるJR北海道バスの様似駅前停留場。
日高本線c96
駅前から国道へと戻り、そのまま南に100mほどで海がありますので
様似駅付近の太平洋の海岸の光景です。



日高本線c95
以上で日高本線については終点まで来ましたので全てとなります。
こちらは浦河駅━様似駅間のJR日高本線の区間の
au 4G LTEでの電波エリアマップとなります。
線路の走る沿岸部では基本的に全ての区間が電波エリア圏内となっています。
駅へのアクセスに困る事はまず無いでしょう。


改めて書きますが、苫小牧から様似までの日高本線を攻略するには基本的に丸一日必要です。
苫小牧から列車と代行バスを乗り継ぐ方法、
札幌駅から浦河バスターミナルまで運行の高速バスペガサス号を使う方法、
レンタカーを借りて往復300kmをドライブする方法などがありますが、
どの方法を使うにしても日高本線の為に一日空ける必要があります

盲腸線では、終点までレーダーが届く駅で折り返して時間を短縮する方法もありますが、
日高本線の場合は列車やバスの本数も少なく距離も長い為、
結局乗り通した時と同じ列車やバスで帰ることになるので意味がありません

その上北海道という土地柄から、豪雪極寒の冬場は交通機関の運休などの危険もあり、
駅メモでは攻略の難易度が高い路線の一つに数えられています。


はっきり言えば私は普通に日高本線で一日使って
腰を据えて様似まで乗り通すのが一番安全で楽だと思います。
どちらにしてもアイテムだけでは攻略できませんので日高地方まで行くしまありません。
あとは各人の趣味と価値観によるかと。

では。

日高本線c25
日高本線の続きです。

その1(苫小牧━鵡川)はこちら
その2(鵡川━静内)はこちら


日高本線b08
再びこちらは静内駅前の光景です。
日高本線b09
駅の駐車場スペースに停まっているJR北海道バス。
日高本線b10
団体名ステッカーには「列車代行『様似~静内』」と書かれています。
日高本線の代行バスは静内を境に西側の鵡川駅━静内駅間と
東側の静内駅━様似駅間の二系統に分かれています。
こちらは東の静内から様似までの代行バスということになります。
日高本線b11
静内駅の駅舎前にある代行バスの停留場に停まるバス。
この様似方面行きの代行バスの運行する区間がこの後に巡る駅となります。



日高本線b12
静内駅からの日高本線は、国道235号線(浦河国道)と太平洋の海岸に沿って
ひたすら並走し東進しています。
およそ9kmほど進むとご覧の場所となり次の駅となります。
日高本線b13
横断歩道の目の前に舗装された駅前広場が。
日高本線b19
広場は広く見えますが、実は入口付近の半分は
静内町の農協の農業倉庫の敷地です。
日高本線b14
こちらが東静内駅の駅舎の外観となります。
駅は1933年(昭和8年)に国鉄日高線が延伸した際に設置されたもので、
JR移管後に一旦貨車駅舎となったものの
1994年(平成6年)に現在の駅舎が建てられています。
日高本線b15
駅は無人駅で、
駅舎の中央の三角屋根部分がホームへの通路となっています。
日高本線b16
通路の途中には待合室の入口があり、
中はご覧の通り外周にベンチの置かれたスペースとなっています。
日高本線b17
駅舎とホームは若干離れていますが、
これはかつてはこの駅が交換可能な駅だった為で、
駅舎とホームの間には線路と構内踏切があった為です。
日高本線b18
ホームの様子です。
島式ホームの片面のみを使用した1面1線の棒線駅となっています。
日高本線b20
待合室へと戻り、壁に張られた代行バスの停留場の案内です。
日高本線b23
代行バスの停留場は駅前からすぐ西の国道に設置されていました。
日高本線b21
こちらが下りの様似方面行きの乗り場です。
日高本線b22
そしてこちらが上りの静内方面行き停留場。



日高本線b24
東静内駅を出た日高本線は、海岸線を走る国道235号線(浦河国道)とは
分かれて内陸部の山中へと進路を取ります。
そして6kmほど進むと再び海岸線へと線路が出て、
ご覧の写真のあたりで国道と並走となり次の駅があります。
日高本線b25
国道から駅への道です。
駅舎の前には舗装された広場があります。
日高本線b30
駅舎前の広場は西へと広がっており、
線路沿いに舗装の途切れた砂利敷きのスペースがあります。
日高本線b26
こちらが春立駅の駅舎となります。
1933年(昭和8年)の国鉄日高線の延伸で設置された駅です。
この駅も民営化後に一旦貨車駅舎となりますが、
2000年(平成12年)に現在の駅舎が建てられています。
日高本線b27
駅舎の中の待合室の様子。
日高本線b28
ホームと駅舎はこの駅もご覧の通り若干離れています。
かつてはこの駅も列車交換が可能な駅でしたが、
駅は相対式ホームだった為、駅舎とホームの間の空間は線路跡では無い様です。
日高本線b29
そしてこちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
現在残っているホームは、かつて相対式ホームだった時代の南側ホームであり
撤去されたもう1線のホームは駅舎と反対側にあったそうです。
日高本線b31
駅舎の待合室に貼られた代行バスの停留場の案内です。
日高本線b32
案内に従って駅から国道へと戻り、東側の横断歩道の先を見ると
代行バスのバス停が見えます。
日高本線b33
こちらが下りの様似方面行きの停留場。
日高本線b34
そしてこちらが上りの静内方面行きの代行バス停留場です。



日高本線b35
春立駅を出た日高本線は、海岸沿いに天狗山という山があることから
再び国道235号線(浦河国道)からは離れ、
布辻川に沿って北上する道道796号西端春立線と並走する事となります。
こちらは春立駅から2.4kmほど進んだ道道の様子です。
日高本線b36
周辺は牧草地帯で人家もまばらなのにポツンと店があるのは
やはりここが駅前だからでしょうか。
日高本線b37
店舗の先にあぜ道のような砂利道があるますが、
こちらが駅への道となります。
日高本線b38
日高東別駅の外観です。
駅前の県道や駅の待合室などに案内標識や駅名標が見える位置に無く、
ここに駅があると知らない人には光景に馴染みすぎて見つけにくい駅だと思います。

この駅は1958年(昭和33年)に日高線に新たに設置された駅で、
延伸開業時には無かった駅です。
日高本線b39
駅は単式1面1線の棒線無人駅であり、
ホームは砂利敷きとなっています。
日高本線b40
駅舎は無く、ホーム上にブロック作りの待合所があり
中はご覧の通りベンチが置かれています。
日高本線b41
待合室の壁の、代行バスの停留場の案内です。
日高本線b42
駅から県道へと戻ってすぐ東に停留場のバスポールが立っています。
片側にしかありませんが上下線共にこのポール付近に停車しているようです。



日高本線b43
日高東別駅を出ると日高本線は引き続き天狗山を迂回しつつ山中を進み、
6km少々進んだところで再び海岸線へと出ます。
ずっと海岸沿いを通ってきた国道235号線(浦河国道)と合流すると
三石川の河口付近の旧三石町(現・新ひだか町)の街があり、次の駅となります。
日高本線b46
駅は国道沿いにあり、駅前広場が直接国道に面しています。
日高本線b49
国道の駅向かいには旅館と、北海道名物のセイコーマートが。
日高本線b50
旅館前に上り静内方面行きの代行バスの停留場が置かれています。
日高本線b44
そして反対側の、駅舎側の国道脇に置かれたこちらは
下り様似方面行きの代行バスの停留場で、
その後ろにひろがるのが駅前広場です。
日高本線b45
そしてこちらが日高三石駅の駅舎となります。
1933年(昭和8年)に国鉄日高本線の延伸によって終着駅として開業。
二年後の1935年(昭和10年)には浦河駅まで路線が延伸されて中間駅となります。
この駅も民営化後に一旦貨車駅舎となるも、
1993年(平成5年)に現在の駅舎に改築。
駅舎は新ひだか町の公共施設「ふれあいサテライトみついし」との合築となっています
日高本線b51
駅前広場に置かれた三石の案内板。
かつては三石町の案内板でしたが、町が合併したので「町」の文字が消されています。
日高本線b47
中の様子です。
入口の正面のスペースが駅の待合室となっています。
待合室の中央に一部の欠けた円形のベンチがありますが、
これは日高が優駿の里であることから馬蹄をイメージしている様です。

またかつては建物には食堂や観光案内所などが置かれていましたが、
2017年(平成29年)に近隣に新ひだか町の町民総合センターができたことで
機能が集約され、建って20年以上が経過したこちらの駅舎からは撤退されています。
日高本線b48
ホーム側から見た駅舎の出口付近です。
日高本線b52
駅のホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
日高本線b53
かつては列車交換のできる相対式ホーム2面2線だったそうで、
現在は下り線は撤去されているものの下りホームはまだ跡が残っていました。
日高本線b54
待合室に貼られていた代行バスの停留場の案内です。



日高本線b55
日高三石駅を出た日高線は、海沿いに軍艦山という山があることから
迂回して三石川の南の河岸に沿って北東へと進みます。
4kmほど進むと町道沿いに次の駅がありました。
日高本線b56
こちらが蓬栄駅の駅の外観です。
1958年(昭和33年)に新設された駅であり、
町道脇に作られた事から駅舎や駅前の広場などはありません。
日高本線b57
反対の東側から見た駅前付近です。
町道の奥には、二つの山の間に小山が見えますが
こちらが「蓬莱岩」で、なんでも
「川から下って来た怪物と住民が戦い死んだ怪物が岩になった」
という伝承がある岩だそうです。
駅の地名でもある「蓬」の字はこの蓬莱岩が由来だそうで。
日高本線b58
ホームの東端にはコンクリート造りの小さな待合室があります。
中はご覧の通り窓とベンチが置かれています。
日高本線b59
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅で、いわゆる停留場タイプの駅となります。
日高本線c26
この駅の駅舎にも代行バスの停留場の案内が貼られていますが。
日高本線c27
待合室の目の前が停留場なので迷うことはまずありません。



日高本線b60
こちらは道道234号美河三石停車場線の新ひだか町三石本桐付近の光景です。
内陸に迂回した日高本線はそのまま内陸部を南西へと進みますが、
日高三石駅から3.4kmの、道道234号と日高本線が交わる付近に次の駅があります。
日高本線b61
道道から駅へと西に向かって連絡している150mほどの町道です。
日高本線b62
こちらが本桐駅の駅舎の外観です。
駅は1935年(昭和10年)の国鉄日高線の延伸によって設置されました。
無人化された後に駅舎の写真左側は改築され短く詰められています。
日高本線b63
駅舎の中の様子です。
出口脇の長椅子のような台はかつて貨物を取り扱った時代の
荷物の受け渡し口だそうです。
日高本線b64
ホーム側の出口の光景です。
駅舎を出ると右へと通路が延びており、
ホーム北端にある構内踏切まで連絡しています。
日高本線b65
こちらがホームへの構内踏切。
日高本線b66
ホームの様子です。
島式ホーム1面2線の駅で列車交換が可能となっています。
ポイントはスプリング式となっており、
特殊自動閉塞導入により運転要員が不要となって無人駅となっています。
日高本線b67
駅舎入口のガラス戸に貼られた列車代行バスの停留場の案内図。
この駅は駅舎から若干停留場が離れています。
日高本線b68
駅舎から県道まで戻って、黄色が目立つご覧の商店の前まで。
日高本線b69
商店の前の交差点の北隣すぐが代行バスの停留場です。
日高本線b70
こちらが下り線の様似方面行き。
日高本線b71
上り線の静内方面行きの代行バス停留場です。



日高本線b74
こちらは道道384号荻伏停車場線の光景です。
国道235号(浦河国道)から北へと伸びた道道は、
ご覧の交差点で道道348号線とぶつかり東へと進路を変えます。
日高本線b73
駅への標識に従い東へと進む道道。
日高本線b75
道は左へとカーブを描いて駅前へと連絡しています。
日高本線b76
こちらが萩伏駅の駅舎です。
1935年(昭和10年)の国鉄日高線の浦河延伸の際に設置された駅です。
元々は建物の駅舎があったようですが、駅の無人化に際して貨車駅舎へと改築された様です。

他の駅と違うのはこの駅に勤めていた職員がそのまま個人で簡易委託を請けて
窓口業務を続けていたという点で、貨車駅舎ながら駅には窓口も設置されています。
日高本線b77
こちらが駅舎の中の様子です。
日高本線b82
駅前はご覧の通り道幅がかなり広くなっており
そのまま駅前の広場として機能していた様です。
日高本線b83
駅の正面の向かいには旅館もありました。
日高本線b78
ホーム側から見た駅舎付近。
日高本線b80
駅舎とホームは若干離れて置かれており、
ご覧の通り簡易的に通路が作られていました。
かつてはこの空間に線路が敷かれて列車交換が可能な駅だった様です。
日高本線b79
こちらがホームです。
単式ホーム1面1線となっています。
日高本線b81
ホームの両端の光景を見てみると、
線路の線形やホームと敷地の形などが
かつてこの駅が島式ホームの駅だったことを物語っています。
日高本線b84
駅舎の入口のサッシに貼られた代行バスの停留場の案内です。
バス停は若干駅から離れた道道にあることが分かります。
日高本線b85
案内図に従って駅前の道から道道の交差点を南に曲がり
少し進むと左手にバス停の待合所が見えます。
日高本線b86
こちらが代行バスの停留場を示すバスポールです。
JR北海道バスの既存のバス停を共用で使用しています。
日高本線b87
道道を挟んだ代行バス停留場の向かいには
地元の荻伏神社の一の鳥居がありました。



日高本線b88
こちらは荻伏駅からは東に4kmほどに位置する
浦河町字絵笛の牧草地帯の町道です。
日高本線b89
周辺はご覧の通りに一面が馬の牧場が広がっています。
この写真の中央に次の駅があるのですが、
光景に埋もれて線路も駅もどこにあるやらさっぱり分かりません
知らないとここに駅があるとは気がつかないのではないでしょうか。
日高本線b90
こちらの牧場の間に見える柵が、駅への道となります。
日高本線b91
用水路の橋を渡って牧場の中を横切る道を進みます。
日高本線b92
牧場なので、人珍しさに放牧中の馬が寄ってきます。
なんでもこのあたりは有名な競走馬が引退後の余生を過ごす牧場らしく、
競馬をやらない私でも名前を知ってる馬も放牧されているそうで。
日高本線b93
牧場の中の民家の脇を抜けると日高本線の線路が現れて
道はT字路に突き当たります。
町道から線路まではおよそ200mといったところでしょうか。
日高本線b94
線路に沿って右手の南を見ると駅が見えます。
日高本線b95
こちらが絵笛駅の駅の入口となります。
日高本線b96
駅のホームの様子です。
ご覧の通り単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
砂利敷きのホームには転落防止に工事用の単管で柵が設けられていました。
日高本線b97
ホーム脇には一段低い場所に小さなブロック造りの待合所が。
日高本線b98
駅の周囲もどこまでも牧場が続いていて、
本当に牧場以外は何もありません。
日高本線b99
そしてこの絵笛駅の代行バスのバス停ですが、
これが日高本線の中では一番駅から離れているのです。
まずは駅から町道まで戻ります。
2016年(平成28年)3月まではこの町道に代行バスの停留場があったそうなのですが。
日高本線c01
駅から町道を南へと、国道235号線(浦河国道)まで下ります。
距離は駅前から国道までおよそ2.1kmあり、
車なら5分ですが徒歩では30~40分程度かかります。
日高本線c02
太平洋の見える、駅への町道と国道のT字の交差点です。
「絵笛入口」の標識が見えます。
日高本線c03
T字の交差点から東にすぐの場所に
ご覧のJR北海道バスの絵笛停留場があります。
2016年(平成28年)4月以降はこちらがJR日高本線の代行バス停留場となっています。
仮に徒歩でここから駅まで往復した場合、
移動だけで1時間半は必要ということになるでしょう。



日高本線c05
こちらは浦河駅の駅舎の外観です。
1935年(昭和10年)に国鉄日高線がこの駅まで延伸した際に終着駅として開業しました。
駅舎は線路の北側に開業当時のものが残っていて現在も使用されています。
日高本線c06
北側の駅舎の目の前には舗装された駅前広場があります。
中央には標識が立ってロータリー状になっており、
広場の横には砂利敷きの駅敷地が広がっていています。

しかしながら広場の舗装も年季が入ってでこぼこになっており、
また駅前には旅館が一軒建っているのみですので
駅の表側ながら、なぜか裏口感を感じる光景となっています。
日高本線c04
駅前広場に面する町道も二車線で広いのですが、
繁華街的なものも無くいかにも田舎の郊外といった風情です。
日高本線c07
町道の反対側には小山があり、妙龍寺というお寺があって
駅前から山に登る参道の階段があります。
日高本線c08
駅舎の中の様子です。
入口は雪国らしく風除室があって扉が二重となっています。
日高本線の途中駅では数少ない社員配置駅となっており、
改札前には時間限定の営業ながら券売窓口が置かれています。
日高本線c09
ホーム側の駅舎の改札付近の光景です。
日高本線c10
改札脇の駅舎の壁には2003年(平成15年)に浦河高校の美術部が制作した
「丘と海のまきば」と題する絵が展示されていました。
日高本線c11
こちらがホームの様子です。
現在は単式ホーム1面1線のみの駅となっています。
日高本線c12
かつては島式ホームが別に1面あって、計2面3線の駅でした。
跨線橋があるのはかつてのホーム同士の連絡の為のもので
島式ホームへと降りる階段もありました。
日高本線c13
現在のホームの向かいの、写真の付近がかつての島式ホームの跡です。
跨線橋の撤去された階段部分は壁の色が違っており、
かつてのホーム跡の名残りが残っています。
日高本線c14
またこちらはホームの様似方の光景ですが、
かつての切り欠きの貨物ホームが残っています。
ここにもかつては貨物用引き上げ線が分岐していました。
日高本線c15
こちらは駅の跨線橋の様子です。
ホームが1面しか無い現在では本来のホーム連絡の役割は不要であり、
現在は日高本線の北側と南側を連絡する自由通路として利用されています。
ですので駅の外からも自由に跨線橋の利用が可能となっています。
日高本線c16
跨線橋の南側の出口は国道235号線へと通じています。
日高本線c17
国道235号線(浦河国道)の浦河町役場交差点です。
駅の跨線橋はこの交差点前に出口があります。
日高本線c18
交差点の南西の斜向かいには名前の通り
浦河町役場の建物が建っています。
日高本線c19
実は浦河駅ができた当時は跨線橋の出口から南側の国道以南は海でした
このあたりは1970年代後半(昭和50年代)に埋め立てが進み、
現在では駅から海岸は300mほどの距離となっています。
跨線橋の脇にはかつての海岸の名残りとして
「波返し」と呼ばれる海側へ湾曲した防波堤が残っています。
日高本線c20
こちらは駅舎の中の掲示板に貼られた代行バスの停留場の案内です。
案内によると跨線橋を渡って国道へと出た町役場の前付近に停留場がある様です。
日高本線c21
こちらが上り線の静内方面行きの代行バス停留場です。
浦河町役場の正門脇にあるJR北海道バスの役場前バス停が
代行バスの浦河駅停留場としても利用されています。
日高本線c22
反対側にある下り線の様似方面行きの停留場。



日高本線c23
こちらは静内駅━様似駅間におけるau 4G LTEでの電波エリアマップです。
基本的にこの区間も日高本線の走る地域はほぼ全線が電波エリア圏内となります。
特に気にする事無く駅へのアクセスが可能だと思って構いません。
日高本線c24
ただ一箇所だけ、日高東別駅━日高三石駅間で天狗山の山ろくの区域に
ご覧の通り電波エリア圏外の場所がありますが、
駅へアクセスするにはさほど影響が無い事は見ればお分かりいただけると思います。


浦河駅以東の日高本線についてはその4にて。
では。

日高本線70
日高本線の続きです。


その1(苫小牧━鵡川)はこちら



日高本線71
こちらは鵡川駅の入口の扉に掲示されている
日高本線の列車代行バスの案内です。
日高本線712
そして掲示の通り駅前に停車する代行バス。
あくまで「路線運休の間の代替交通手段」としての代行バスですが、
日高本線の運休区間を廃止する意向であるJR北海道ですので
実質的にはこの代行バスが日高本線廃止までの恒久的運行であることは否めません。

日高本線73
そしてこちらは鵡川駅から東へ200mほどの、
道道10号線の日高本線の鵡川大踏切です。
日高本線74
踏切から駅寄りの線路にはご覧の様に枕木で車止めが設置されていました。



日高本線75
こちらは鵡川駅から海岸線に沿って走る日高本線を4kmほど東に進んだ付近です。
国道からも離れて周辺一帯が原野となっているこちらに次の駅があります。
日高本線76
北の駅方向を見ると原野しか見えませんが、
南へと切り替えして見るとご覧のように散発ではありますが民家も付近には建っています。
日高本線77
再び北へ駅方向へと向かい、踏切前の十字路の角にあるこちらが
汐見駅の駅の外観となります。
1959年(昭和34年)に国鉄日高本線に住民の陳情によって開設された駅であり、
ホーム脇にコンクリートブロック造りの待合室があります。
日高本線78
駅のホーム側から見た待合室です。
日高本線79
待合室の中に入ると、殺風景なブロックの外観とはうって変わり
破れかけながらソファーが置かれてベンチには座布団も置かれていました。
日高本線81
待合室に掲示されていた代行バスの停車場所の案内です。
日高本線82
こちらが代行バスの停車する待合室の前の光景です。
日高本線83
バスの停車場所でもある駅の脇の踏切は「汐見駅踏切」という名称ですが
長期の列車運休の為、遮断機の棒は取り外されています。
日高本線80
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線のみの棒線無人駅となります。
ホーム西端の入口付近には屋根が設けられています。



日高本線84
こちらは汐見駅から9kmほど東へと進んだ付近で、
道道289号富川停車場線の起点となるT字路付近です。
交差点の北のすぐの場所に駅があります。
日高本線89
T字路から東側へと伸びる道には
道道289号線である事を示すヘキサゴンの標識が。
日高本線96
切り替えした交差点付近の光景です。
日高本線86
駅と道道を連絡する駅前の道。
日高本線95
道を進んだ駅前広場の様子です。
日高本線97
広場に置かれた駅周辺の地図。
日高本線87
こちらが富川駅の駅舎の外観となります。
1913年(大正2年)に苫小牧軽便鉄道の終着駅である佐瑠太駅として開業。
その後佐瑠太駅から日高拓殖鉄道が延伸していき
1927年(昭和2年)苫小牧軽便鉄道と日高拓殖鉄道が国鉄日高線となります。
そして1944年(昭和19年)に現在の富川駅へと駅名が改称されています。
日高本線88
こちらが駅舎の中の様子です。
有人駅だった名残りで中は広いですががらんとしています。
日高本線90
待合室の壁に掲示されている代行バスの停車場の案内。
日高本線91
案内に従って道道289号線へと戻ると
ご覧のバス停が置かれていました。
日高本線92
駅構内へと戻り、こちらはホーム側から見た駅舎の入口です。
日高本線93
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線となっています。
線路のカーブがかつて列車交換可能なポイントがあったことを物語っていますが
かつては片面使用の島式ホームがもう1面あった2面2線の駅だったそうです。
日高本線94
ホーム向かいに見える、かつてのホーム跡や線路跡であろう敷地です。



日高本線98
こちらは道道351号正和門別停車場線の終点付近の光景です。
富川駅からは7.7ほど東に離れたこの道の北端に駅があります。
日高本線99
終端の駅前にあるJA門別町の建物。
日高本線a01
停車場線の突き当たりにご覧の駅前広場があります。
日高本線a02
広場の中央に立つ時計塔です。
てっぺんには風見鶏ならぬ風見馬が。
日高本線a03
日高門別駅の駅舎の外観となります。
駅は1924年(大正13年)に日高拓殖鉄道の開業によって門別駅として設置されました。
ご覧の駅舎は1990年(平成2年)に改築されたものです。
日高本線a04
駅舎の中の様子です。
旧・門別町の代表駅だけに中は広く、
ホームへと連絡する通路部分と待合室が分かれています。
日高本線a05
駅の入口脇にあった周辺の案内板です。
日高本線a06
ホーム側から見た駅舎の出口付近です。
日高本線a07
改札を出ると線路の前で右へと通路が延びています。
日高本線a08
駅舎とホームは構内踏切で連絡をしていますが、
ご覧の通り駅舎を通らずとも外から直接構内へと入れる状態です。
日高本線a09
こちらがホームの様子です。
島式ホーム1面2線となっており列車交換の可能な駅でした。
日高本線a14
ホーム東端の様似方の光景。
日高本線a15
西端の苫小牧方の光景です。
ご覧の通り分岐は一線スルー方式にはなっていないので
列車運行時は方向別にホームを使い分けていたと思われます。
そして南側には引き上げ線があるのが見えます。
日高本線a10
ちなみにこちらは待合室にあった列車代行バスについての掲示物ですが、
代行バスは駅舎の目の前を停留場としている様です。



日高本線a11
こちらは日高門別駅から5kmほど東に進んだ
国道235号線(浦河国道)の交差点です。
海岸線と国道、そして日高本線の並走しているこちらに次の駅があります。
日高本線a12
国道沿いの信号の南側には砂利の広場があり
小さな建物があるのが見えます。
日高本線a20
駅前の広場の様子です。
日高本線a13
そしてこちらが豊郷駅の駅舎の外観となります。
1924年(大正13年)の日高拓殖鉄道時に波恵駅として開業、
その後1944年(昭和19年)に豊郷駅となって現在に至ります。
1977年(昭和52年)に無人化されており、時期は不詳ですが
現在の待合室はその後に建て替えられたものの様です。
日高本線a16
待合室の中の様子です。
窓が広くサンルームのようになっています。
日高本線a17
ホーム側からみた待合室付近の光景です。
日高本線a18
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線のみの棒線無人駅となっています。
日高本線a19
ホームの向かい、駅の南側には太平洋が広がっていますが、
駅と海の間にはご覧の牧場があって馬が放牧されていました。
日高本線a21
待合室に掲示されている代行バスの停車場の案内です。
日高本線a22
国道の駅前東側にある静内方面行きの代行バス停留場です。
日高本線a23
そして西側の鵡川方面行きのバス停となります。



日高本線a24
豊郷駅から次の駅までは駅間が4.8kmあるのですが、
太平洋岸の浜を国道と日高本線が並走して走っています。
そしてほぼ次の駅の手前、豊郷駅からは4kmほどのこちらが
国道235号線の鹿能舞川(けのまいがわ)河口付近の光景となります。
日高本線a25
こちらがその鹿能舞川に架かっていた日高本線の橋梁です。
ご覧の通りガーター橋は流出してそのまま砂浜に放置されています。
日高本線a27
桁には橋梁名などがご覧の通り記載されています。
日高本線a26
砂浜に残る橋脚。
日高本線a28
付近を見てみると、鉄道の路盤は砂浜という脆弱な場所に
敷設がされていたことが分かります。
2015年(平成27年)1月の高潮を直接のきっかけとして被害を受けた路線は、
その後の2016年(平成28年)8月の台風10号など
度重なる豪雨や台風などで更に被害が拡大しています。
日高本線が運休しているその理由をここは目の当たりにできる場所です。


日高本線a29
こちらは鹿能舞川からは東に600mほど、
豊郷駅からは4.8km東に位置する国道235号線(浦河国道)の光景です。
日高本線a30
ほぼ太平洋の浜と言って良いここに次の駅があります。
日高本線a31
切り返して東側から見た駅前付近の国道の光景です。
日高本線a32
清畠駅の駅舎の外観です。
隣の豊郷駅とほぼ同じ作りの待合室となっています。
駅は1924年(大正13年)に日高拓殖鉄道の開業時に
慶能舞駅(けのまいえき)として開業しています。
日高本線a33
こちらの駅の駅前広場は舗装されており
中央に花壇もあるロータリーとなっています。
日高本線a34
駅舎の中は豊郷駅と同様にベンチがあるのみです。
日高本線a35
サンルームのような駅舎を出ると目の前にはホームが。
日高本線a36
ホーム側からみた駅舎方向の光景です。
日高本線a37
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅で、ホーム上は砂利敷きとなっています。
日高本線a38
西側の苫小牧方を見ると線路がカーブしておりポイントの名残りが見られますが、
これは交換設備では無く引き上げ線の分岐の跡です。
日高本線a389
ホームからは浜を挟んで、ご覧の通り海が見えるほど近くにあります。
日高本線a40
待合室の戸に貼られた代行バスのバス停移設の告知。
日高本線a41
駅前の国道にはご覧の様に代行バスのバス停と待合所が置かれていました。
日高本線a42
こちらが上りの鵡川方面行きのバス停。
日高本線a43
下りの静内方面行きのバス停です。



日高本線a44
こちらは国道235号線(浦河国道)から見た
清畠駅━厚賀駅間の日高本線の様子です。
日高本線a45
ご覧の通り路盤が流れ出て線路がぐにゃぐにゃに曲がっています。
2015年(平成27年)の高潮被害以降も相次ぐ台風や高波で被害が拡大しており
ご覧の通りの惨状となっています。


日高本線a46
こちらは厚賀駅の駅前の道路の様子です。
駅前広場の南側に面して道路が走っています。
日高本線a47
広場から西側の道路は日高町の町道ですが、
東側の駅前の道は道道208号比宇厚賀停車場線となっています。
日高本線a48
駅前広場の様子です。
舗装された広場中央に電灯が立っていてロータリー状となっています。
日高本線a49
広場に面してタクシー会社があるのがいかにも田舎の駅前といった風情です。
日高本線a50
こちらが厚賀駅の駅舎の外観です。
1924年(大正13年)日高拓殖鉄道が開業すると
およそ10年にわたって終着駅でしただった駅です。
現在の駅舎は1989年(平成元年)に改築されたもので
木造のなかなかおしゃれな外観の駅舎となっています。
日高本線a51
駅舎の中の待合室の様子です。
がらんとしていますが、かつては売店が置かれていたそうです。
日高本線a52
ホーム側から見た駅舎の改札付近。
表では漢字で書かれた駅名標がホーム側ではひらがなとなっています。
日高本線a53
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
日高本線a54
ホーム西端から鵡川・苫小牧方面を見ると
線路が湾曲しているのが見えますが、これはかつてのポイントの跡です。
日高本線a55
現在のホームの向かい側には片面使用の島式ホームがかつてはあり、
列車交換の出来る2面2線のホームの駅だったそうです。
ですが1993年(平成5年)ころには撤去されてしまっています。
日高本線a56
駅舎の入口へと戻りガラス戸を見ると、
代行バスの停留場の案内が貼られています。
日高本線a57
駅前の県道に置かれた代行バスのバス停。
こちらが上りの鵡川方面行きの停留場となります。
下りの静内方面行きはバス停のポールは無く、
バスは駅前広場の前に停車するようです。



日高本線a58
厚賀駅からはほぼ波打ち際と言っても過言では無い浜辺を走る日高本線。
こちらは5.5kmほど東に進んだ国道235号線(浦河国道)の様子です。
日高本線a59
浜辺の築堤の上を走る国道の、浜辺側に警戒色に塗られた
フェンスの切れ目が設けられており、砂利の坂が駅へと続いています。
しかしこのあたりの国道は交通量も多く、見晴らしが良く車のスピードも出ていますので
こちらから駅へ入るのはお勧めできません
日高本線a61
すぐ東を見ると、大節婦川の橋梁の手前で
日高本線の路盤が崩落している光景が見えますが、
この崩落現場の手前で左に入る道があります。
日高本線a60
道を進むと国道の築堤に何やらトンネルがあるのが見えてきます。
日高本線a62
こちらのトンネルが大狩部駅への入口となります。
ご覧の通り代行バスの停留場もこちらに設けられています。
日高本線a63
トンネルを進むと海が見えてきます。
日高本線a64
出口の目の前にあるこちらのブロック造りの建物がこの駅の待合室です。
駅は1958年(昭和33年)に、既に運行している国鉄日高本線に新設されたものです。
待合室も開業当時に作られたものだそうです。
日高本線a66
中はご覧の通りで、窓は無く木製のベンチがあるのみとなっています。
日高本線a67
壁には代行バスの停留場の案内が貼られており、
上下線共に先ほどのトンネルの出口が案内されています。
日高本線a65
待合室周辺の、駅前広場ともいうべきスペースの光景です。
ホームは広場より一段低くなっています。
日高本線a68
待合室からホームへと下る階段。
日高本線a69
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
ホームの有効長もおよそ30mほどと短いのが分かります。
日高本線a70
ご覧の通りホームの目の前はすぐに海となっており
景観としては最高なのですが、風が強いため木製の防風板が設けられています。
日高本線a71
広場へと戻り、ホーム西の鵡川・苫小牧方へと進むと 海岸へと下る道がありました。
途中には門が設けられて立ち入り禁止と書かれており、
その先の線路は砂利で埋もれて道となっていました。



日高本線a72
こちらは大狩部駅からは東へ2kmほど進んだ節婦の集落付近の光景です。
節婦川の河口に漁港があり民家が集まっている地区で、
国道が若干内陸へとカーブを描いているので
海岸寄りに集落を縦貫する町道が走っています。
日高本線a81
町道に沿ってある節婦郵便局。
日高本線a76
こちらは節婦駐在所の建物で、
この駐在所の脇に駅へと通じる道路が南北に走っています。
日高本線a73
こちらがその駅へと通じる道路です。
日高本線a74
駅舎の側から切り返した駅前の道の様子。
日高本線a75
節婦駅の駅舎の外観となります。
駅は1926年(大正15年)の日高拓殖鉄道の延伸によって開設された駅で、
現在の駅舎は2009年(平成21年)に建て替えられたものとなります。
日高本線a77
中はご覧の通りで板張りの化粧壁のこじんまりとした待合室があり
多目的トイレが併設されています。
日高本線a78
ホーム側から見た駅舎の出口です。
日高本線a79
そしてこちらがホームの様子です。
単式1面1線の棒線駅となっています。
現在のホームはかつては列車交換可能な島式ホームで、
駅舎のある場所にも線路が敷設されていました。
日高本線a80
ホーム上に置かれていた石には「せっぷ」と白ペンキでペイントが。
日高本線a83
待合室のガラス戸に戻ると代行バスの停留場の案内があります。
日高本線a84
案内に従って町道の駐在所まで戻ると、
隣に代行バスの待合所がありました。
バスは上下線ともにここに停まるようです。



日高本線a82
こちらは道道209号滑若新冠停車場線の終端付近の光景です。
国道235号線との重複区間から、新冠町内で再び道道として分岐。
日高本線の南へ迂回するようにコの時を描いて写真の区間へと至ります。
日高本線a85
道道が踏切に差し掛かる手前に
ご覧の駅前ロータリーがあります。
日高本線a88
こちらが新冠駅の駅舎の外観となります。
駅は1926年(大正15年)の日高拓殖鉄道の延伸によって開設されたもので、
当初は現在の駅舎よりももう少し東に駅がありました。
1999年(平成11年)に駅舎が改築され、
新冠町のコミュニティセンターが併設された駅舎となりました。
日高本線a86
駅前ロータリーに面した道道と日高本線の踏切です。
現役者から50mほど東のこの踏切付近がかつての旧駅舎のあった場所だそうです。
日高本線a87
開設時は「高江駅」という駅名だったこの駅の旧駅跡を示す石碑が
踏切の脇の芝生に立てられていました。
日高本線a89
駅舎の中の様子です。
町の施設との合築駅舎であるだけに中のスペースは綺麗で広くなっています。
日高本線a90
ホーム側から見た駅舎の改札付近です。
こちら側はひと目で駅だと分かる外観となっています。
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ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
1999年(平成11年)の駅舎改築時にホームも西へ移動されていますので
ホームは鉄骨にPC板を渡した近代的な造りとなっています。
日高本線a92
駅舎に戻って壁を見ると代行バスの停留場の掲示が。
この駅の駅前ロータリーは整備されていますので、
ロータリーがバスの発着場となっているようです。



日高本線a93
こちらは駅の北側を東西に走る町道です。
新冠駅からは東へおよそ5kmの距離があります。
日高本線a94
この町道と交わり南北に走るこちらの道が道道992号静内停車場線です。
静内は静内川の河口付近の河岸に開けた街で、
海岸線を走る国道235号線(浦河国道)も静内付近では内陸へと迂回をしています。
しかし日高本線は海岸に近い街中を走っており、
国道と駅を結ぶ道がこちらの停車場線となります。
日高本線a95
道道の停車場線は町道をまたぎ駅前のロータリーを終点としています。
日高本線a96
駅前ロータリーの真ん中には競走馬のオブジェがあります。
これは静内という町が日本有数の競争馬の産地として全国的に有名であるが故でしょう。
日高本線a8897
こちらが静内駅の駅舎の外観となります。
1926年(大正15年)の日高拓殖鉄道の延伸によって開業した駅で、
現在の駅舎は2001年(平成13年)に厩舎をイメージして改築されたものです。
日高本線a98
こちらが駅舎の中の様子です。
日高本線では起点の苫小牧駅の除くと唯一の有人駅となっており
駅員が常駐してみどりの窓口もあります。
日高本線a99
駅の券売窓口前のスペースからは
ご覧のように広々とした待合スペースがあり、
立ち食いそば屋や売店も設置されて営業しています。
日高本線b01
待合スペースからはご覧の通路が。
建物にはJR静内駅の他に新ひだか町の観光協会と
道南バスターミナルが併設されています。
現在この駅舎の利用者のほとんどか路線バスや高速バスの乗降客だそうで、
日高本線が事実上運行していない状況では
実質的にこの駅舎はバスターミナルとして機能していると言って良いと思います。
日高本線b02
ホーム側から見た駅舎の出口です。
日高本線b03
こちらがホームの様子です。
駅は相対式ホーム2面2線となっており、
こちらは駅舎のある側のホームです。
下り1番線の様似方面行きとなります。
日高本線b04
駅舎の出口前のホームには「苫小牧方面のりば」のペイントが。
日高本線b05
ホームの東端に構内踏切があってホーム同士の連絡をしていました。
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2番線の上り鵡川・苫小牧方面行きホームです。



日高本線b07
こちらは日高本線の鵡川駅━静内駅間のau 4G LTEでの
電波エリアマップとなります。
沿岸部を走る日高本線の線路上はほぼ全線が電波圏内であると分かります。


現在のところ、運休している日高本線の鵡川駅━様似駅間においては
代行バスが運行されているのはご承知の通りですが、
バスはこの静内駅を境として鵡川駅━静内駅間と
静内駅━様似駅間の2区間に分けられて運行
されています。
ですので記事についても代行バスに合わせて
静内駅で一旦区切りたいと思います。

静内駅以東についてはその3にて。
では。

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