路線攻略

大井川鐵道井川線c14
大井川鐵道井川線の記事の続きです。


その1(千頭駅━奥泉駅)はこちら



大井川鐵道井川線c11
こちらは奥泉駅から北西に700mほどの大井川に掛かる泉大橋です。
千頭駅から井川線と併走してきた県道77号線は寸又峡方面へと伸びており、
この代わりに泉大橋の手前で県道388号接岨峡線が分岐をして井川方面へと向かっています。
大井川鐵道井川線20
奥泉駅から次の駅までの間にはいくつかのトンネルはありますが、
この区間のトンネルはどれもさほど長いものでは無いので
駅へのアクセスにはさほど困らないと思います。


大井川鐵道井川線a78
トンネルを抜けると眼前には大井川ダムのダム湖が見えます。
湖にかかる橋梁の脇を過ぎるとすぐに列車は駅へと到着をします。
大井川鐵道井川線a79
この橋梁は「市代吊橋」というかつての大井川鐵道の鉄道橋であり、
1954年(昭和29年)の鉄道ルート変更によって道路橋に転用されたものです。
大井川鐵道井川線c12
この市代踏切のすぐ北側目の前には井川線の市代踏切があり、
駅へと通じる道路が北西へと伸びています。
大井川鐵道井川線c13
踏切から駅への道はご覧の通り広くなっており、
実質的な駅前広場となっています。左の線路沿いが駅ですが、
右側に伸びている坂の道は900mほどで県道388号接岨峡線に連絡しています。
車で駅まで来るにはこの県道からの道が唯一のルートとなります。
大井川鐵道井川線c15
左手へとゆるい坂を下って駅へ。
大井川鐵道井川線a75
こちらがアプトいちしろ駅の駅舎の外観です。
もともとは井川線が大井川鐵道となって旅客営業を開始した
1959年(昭和34年)に川根市代駅として開業した駅ですが、
長島ダム建設による線路の水没によって井川線のルートが変更となり
1990年(平成2年)に180mほど北西の現在の場所に駅が移設されました。
その際に駅名も現在のアプトいちしろ駅へと変更となっています。
大井川鐵道井川線c17
旧駅があったのは先ほどの市代踏切から南側の付近で、
踏切前にある変電圧設備の裏側がかつての廃線跡と駅跡となります。
旧駅の現役当時には、駅に停車した列車の先は
トンネル内に一部がかかっていたそうです。
大井川鐵道井川線c16
こちらは駅舎の中の様子です。
駅の大半は乗務員の詰め所となっており、
待合室はほぼ通路といって良い状態の広さです。
大井川鐵道井川線c19
ホーム側から見た駅舎の様子。
大井川鐵道井川線c18
駅構内に入るとすぐ目の前に構内踏切があります。
大井川鐵道井川線c20
構内踏切とホームとは若干の距離があり、
連絡通路によってホームへ連絡をしています。
大井川鐵道井川線c21
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線となっています。
大井川鐵道井川線c22
ホームの部分はご覧のように土盛りで若干高くなっています。
大井川鐵道井川線c23
また駅の目の前には大井川ダムのダム湖が広がっており
天気の良い日にはなかなかの景色を見ることができます。

大井川鐵道井川線a77
そしてこのアプトいちしろ駅━長島ダム駅間は
現在日本で唯一の現役路線でのアプト式採用区間となっています。
上は大井川鐵道のアプト式ラックレール。
大井川鐵道井川線26
ですので大井川鐵道井川線は基本的に非電化の路線なのですが、
このアプトいちしろ駅━長島ダム駅のアプト式区間のみが電化されており、
ご覧の通りにED90形アプト式電気機関車を増結して運行をしています。
ですのでアプトいちしろ駅と長島ダム駅では
電気機関車の連結や切り離し作業の為
停車時間が10分程度取られて長くなっています。
大井川鐵道井川線a70
アプトいちしろ駅━長島ダム駅間は90‰(パーミル)の急勾配となっています。
かつて国鉄信越本線で存在した横川駅~軽井沢駅間のアプト式区間が
66.7‰(パーミル)
でしたので、この区間の急勾配ぶりがよく分かると思います。
大井川鐵道井川線27
その為、この駅には車庫や車両検修区があり、
アプト式の電気機関車も留置されています。
大井川鐵道井川線c24
また駅の南側の千頭方のトンネル前には、アプト式電気機関車の待避線があります。
本線で客車を牽引する機関車は引き上げ線から一旦こちらに入り、
ホームに停まる列車に増結されてアプトの勾配を押し上げます。


大井川鐵道井川線28
アプト式区間を走行する大井川鐵道。
やはりスピードはかなりゆっくりです。
井川線はアプトいちしろ駅から次の駅までの区間のみ電化されています。
大井川鐵道井川線29
アプトいちしろ駅から次の駅までの区間には
ご覧の通りトンネル部分が3箇所あります。
ですが列車の速度が遅いため、GPSを受信する時間が意外とあったりします。
そもそもこの区間は駅での停車時間が10分程度あるので
落ち着けば取り逃すことはまずありません。
大井川鐵道井川線c25
蛇行する大井川に沿って東へと進路を取る井川線。
トンネルを抜けてから長島ダムまでの区間は
1990年(平成2年)に移設された新線の区間です。
川の対岸にはかつての井川線の旧線の遺構が残っています。


大井川鐵道井川線c26
こちらは県道388号接岨峡線の長島ダム付近の光景です。
ダムの下流側を巻くように進んできた県道が
ちょうどダムの前で次の駅に差し掛かった所です。
大井川鐵道井川線c27
長島ダム駅の駅舎の外観です。
この駅は1990年(平成2年)に長島ダム建設による新線付け替えで
新たにダムの北側に設置されました。
大井川鐵道井川線a67
駅舎の中はご覧の通りベンチの設置された待合室となっています。
大井川鐵道井川線a68
ホーム側の出口には改札ラッチが設けられており、
改札前にある階段を登ってホームへと上がります。
大井川鐵道井川線a69
階段上にも屋根があり待合スペースが。
大井川鐵道井川線c28
こちらがホームの様子です。
相対式2面2線のホームとなっており列車交換が可能となっています。
南側の駅舎側のこちらが上り線千頭方面行きとなります。
大井川鐵道井川線c29
大井川鐵道井川線c30
千頭駅方のホーム西端には構内踏切があり、
二つのホームを連絡しています。
大井川鐵道井川線c31
こちらは井川方面の下り井川方面行きのホームです。
駅の東側の井川方はすぐにトンネルとなっているのが見えます。
大井川鐵道井川線c32
他の駅のホームは幅が非常に狭かったですが、
この駅はご覧の様に十分な広さのホームとなっています。
大井川鐵道井川線a64
下りホームの途中にある出口。
階段の先は斜面で、恐らくは保守用の出入口なのでしょう。

大井川鐵道井川線c33
そしてこの駅には西の千頭方のホームから150mほどの場所に
ご覧の留置線が一本設けられています。
これはアプト式の電気機関車が退避をする留置線です。
大井川鐵道井川線c34
留置線の終端の先には運転士が待機する待機所の建物があります。
大井川鐵道井川線c36
そしてこの長島ダム駅とアプトいちしろ駅の間にあるのが
「ミステリートンネル」という井川線の旧線廃線跡を利用した遊歩道です。
大井川鐵道井川線c35
駅からはご覧の駅前の県道を跨ぐ跨道橋があり、
県道の南側のダム湖側へと下りることができます。
大井川鐵道井川線c37
駅の前の斜面を下ってダムの下流側に架かる、
ダム放流時には水しぶきがかかるという「しぶき橋」を渡ります。
大井川鐵道井川線c38
橋の対岸の道を進むとすぐに右手にご覧の階段のある横道が。
その先には井川線の旧線の西井戸トンネルがあります。
右手に見える大井川の橋は県道388号接岨峡線の市代橋で
西井戸トンネルは橋のたもと下付近にあります。
大井川鐵道井川線c39
トンネルの中を通過。
大井川鐵道井川線c40
抜けた先にはアプトいちしろキャンプ場があります。
このキャンプ場もかつての廃線跡となります。
大井川鐵道井川線c41
キャンプ場の西端には大加島トンネルの入口が。
大井川鐵道井川線c42
トンネルの中にはご覧のイルミネーションが。
抜けた先はかつての川根市代駅跡であり、
現在のアプトいちしろ駅の目の前へと出る事となります。


大井川鐵道井川線38
長島ダム駅━ひらんだ駅間のトンネルはご覧の通り。
すぐにトンネルがある長島ダム駅側は取りづらい状況となっています。
長島ダム駅を確実に取るためには停車時間の長い駅ホームでを推奨します。
大井川鐵道井川線a59
そして路線目の前に見える長島ダム湖(接阻湖)の対岸には
かつてダム湖ができる前の大井川鐵道の旧線跡が見えます。
これは湖の水量が少ない時には水面上に現れるもので、
水量が多い時期は水面下に沈んでいるそうです。


大井川鐵道井川線a57
こちらは長島ダム駅からは1kmほど東に位置する
県道388号接岨峡線の唐沢トンネルの東側出口付近の光景です。
大井川鐵道井川線c43
トンネル前にあるカヌー場の看板のある脇道を下ると
300mほどで次の駅の入口があります。
大井川鐵道井川線a55
こちらが坂を下る途中にある駅への入口付近の光景です。
表示も何もありませんので、知らないと駅を見落とすと思われます。
大井川鐵道井川線a56
道路脇のガードレールの切れ目をのぞくと階段があり
降りた下に駅があります。
大井川鐵道井川線a54
下から見た階段の様子です。
コンクリートの階段では無く、斜面に丸太を組んで作られた
ハイキングコースのような階段で上の道路とホームを連絡しています。
大井川鐵道井川線c48
こちらがひらんだ駅の俯瞰で見た全景です。
1990年(平成2年)に長島ダム建設による井川線の付け替えによって
新線に新しく作られた駅となります。
大井川鐵道井川線c44
そしてこちらがホームの様子です。
単式1面1線の棒線無人駅となっています。
駅のある地名は「平田」と書いて「ひらんだ」と読み、
難読の駅名となる為、駅名は最初からひらがな表記となっています。
大井川鐵道井川線c45
接阻湖のほとりにある駅はホームの中央部が橋梁となっており
北側は斜面で狭い平地を切り開いた駅となっています。
大井川鐵道井川線c46
駅に駅舎は無く、ご覧の通り待合室が置かれています。
大井川鐵道井川線c47
ホーム東端には平田トンネルの入口があります。
大井川鐵道井川線c49
駅の目の前には湖のほとりの舗装された敷地が見えます。
こちらは奥大井接阻湖カヌー競技場で、2003年(平成15年)には
静岡国体のカヌー競技会場となった施設です。
今でも時折練習をしている競技者をみる事ができます。
大井川鐵道井川線42
このひらんだ駅での注意点としては、
駅ホームは携帯の電波圏外だということです。
上はau 4G LTEでの電波サービスエリアのマップですが、
ご覧の通り長島ダム駅からひらんだ駅へと向かうと
到着直前に電波が圏外となるのが分かります。
大井川鐵道井川線a89
私がひらんだ駅に降りたときには、
一応ご覧の様にGPS位置情報の取得は駅でできました。
状況によっては駅でも電波は届くようですが
天候など条件が悪い場合は入らない可能性を覚悟すべきでしょう。


大井川鐵道井川線c50
そしてひらんだ駅を出ると列車はすぐに平田トンネルに入ってしまいます。
大井川鐵道井川線41
ご覧の通り駅間の大部分をこのトンネルが占めていますので
ひらんだ駅━奥大井湖上駅間でひらんだ駅を取るのはほぼ不可能でしょう。
そしてその上もう一つ重要なのは。
大井川鐵道井川線44
au 4G LTEでの電波サービスエリアマップを見ると分かりますが
ひらんだ駅━奥大井湖上駅間は路線と駅の全てが電波圏外ということです。
トンネル+電波圏外。このあたりはなかなか苦戦をしそうな状況です。



大井川鐵道井川線45
(上写真はクリックで拡大します)
こちらは奥大井湖上駅の全景です。
駅は1990年(平成2年)に長島ダム建設による
新線付け替えによって新しく開業をした駅です。
ご覧の通り、長島ダムによって渓谷の大井川がせき止められできた接阻湖ですが、
その湖のど真ん中に橋梁でつながれたほぼ島の様な半島に駅があるのが
この奥大井湖上駅なのです。まさに名前の通り湖の上にある駅となっています。
大井川鐵道井川線c51
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の駅となっています。
大井川鐵道井川線c52
駅の前後を真っ赤な奥大井レインボーブリッジに挟まれており、
ホーム南側は橋の上に張り出して作られています。
大井川鐵道井川線c53
また川根本町ではこの駅を「恋の駅」としてアピールしており、
駅にはカップルベンチの他に「恋の鍵箱」と題したフレームがあります。
そしてその脇には「Happy Happy Bell 風の忘れもの」と題された
幸せを呼ぶ鐘が設置されています。
大井川鐵道井川線67
そして待合室脇にある、ホーム中央の階段を上がると
上には「レイクコテージ奥大井」というログハウス風の展望施設があります。
大井川鐵道井川線68
コテージ前の様子。
駅のホームや接阻湖を見下ろせます。
大井川鐵道井川線c57
駅からコテージ周辺はハイキングコースになっており、
案内板も設置されていますが設置者が2005年(平成17年)に合併された
本川根町の観光協会となっていました。
大井川鐵道井川線69
こちらがコテージ内の様子です。
奥大井湖上駅でトイレはここにしかありません。
大井川鐵道井川線44
そして再度、奥大井湖上駅周辺のau 4G LTEでの電波状況マップを載せます。
見ての通り奥大井湖上駅周辺は完全に電波サービスエリア圏外ですので
GPSで駅へのアクセスをすることはできません。
ですのでアイテムの使用が不可欠の駅となります。
大井川鐵道井川線c54
ただ、こちらが私が実際に奥大井湖上駅でGoogle Mapで見た
駅でのGPS受信による地図表示です。
この通り電波が届いてアクセスできる場合もありますので
チェックインを試す価値はあると思います。
ただこればかりは運任せの要素が強いのでアテにするのはお勧めできません


さてこの奥大井湖上駅についてですが、
井川線自体の列車本数が上下線ともに一日5本です。
また、2016年4月現在不通区間となっている接阻峡温泉駅━井川駅ですが、
終点の井川駅の一つ手前の閑蔵駅までは
大井川鐵道のバス「閑蔵線」で行く事ができます


この「閑蔵線」は千頭駅から閑蔵駅までを県道を使って運行しており、
千頭駅、奥泉駅、長島ダム駅、奥大井湖上駅、接阻峡温泉駅、そして閑蔵駅と
それぞれ大井川鐵道井川線の駅付近をバス停として
上下それぞれ一日3本を運行をしています。
一日の本数が5本の鉄道にバスが3本加わると
井川線の攻略がかなり楽になる
のですが、
この「大井川鐵道バス閑蔵線」のバス停で
私がネットなどで事前に調べても場所が分かり辛かったのが
この奥大井湖上駅の駅前のバス停
でした。
ですので今回はバス停から駅までの道を解説したいと思います。

大井川鐵道井川線66
まずはバス停から駅までの周辺の地図を。
大井川鐵道井川線46
こちらが県道388号接岨峡線を走る「大井川鐵道バス閑蔵線」の
奥大井湖上駅の最寄りバス停である「湖上入口」バス停となります。
バスポールの上の丸いところは一体どこに行ってしまったのでしょうか…
(地図①の場所

大井川鐵道井川線47
バス停を走り去って行く大井川鐵道バス閑蔵線のバス。
表示されたバス停の看板には
「50m先右側 奥大井湖上駅降り口」とあります。
大井川鐵道井川線48
矢印の方向へ振り返ると、およそ50m先にはトンネルが見えます。
静岡県道388号接岨峡線の不動トンネルなのですが、
トンネル手前に確かに右へと道がありました。
(地図②の場所)

大井川鐵道井川線49
下りの道には「レインボーブリッジ」の看板が。
大井川鐵道井川線50
看板のところで県道を振り返ってみると、
「路線バス停」と書かれた矢印の表示がありました。
大井川鐵道井川線51
道を進むとご覧の光景なのですが、
このあたりで右手の木々の切れ目から接阻湖を見下ろしてみると。
大井川鐵道井川線52
ごらんの通り奥大井湖上駅を見下ろす絶好のビュースポットがあります。
鉄道写真などでこの駅の俯瞰写真は大抵同じ構図ですので
間違いなくこの場所から撮られている様です。
(地図③の場所)
大井川鐵道井川線53
撮影スポットの先のカーブの山側には
ご覧の案内表示が。
大井川鐵道井川線54
谷側を見るとご覧の遊歩道の入口がありました。
遊歩道と呼ぶにはなかなかの山道です。
(地図④の場所)
大井川鐵道井川線55
そして遊歩道を進んだ光景を
そのまま撮りましたのでご覧下さい。
Googleの地図では載っていない道ですので、
今回用意をした地図には、この山道を
国土地理院の地図を元に赤線で描き足しました。
大井川鐵道井川線56
しばらく進むとご覧の分岐点に差し掛かります。
戻る道の方角には「レインボーブリッジ撮影スポット」、
そして左に降りる道には「駐車場」と書かれています。
(地図⑤の場所)
大井川鐵道井川線57
反対側には登る道が分かれていて
「奥大井湖上駅」との文字が。
駅へと向かっていますのでこちらへと進みます。
大井川鐵道井川線58
一段登ってみるとご覧の案内板がありました。
一応駅前の十字路となりますので道迷いに注意をして下さい。
大井川鐵道井川線59
登って柵の向こうを見ると接阻湖と、
先ほどから「レインボーブリッジ」と書かれていた大井川鐵道の橋梁、
そしてその先に奥大井湖上駅が見えました。
(地図⑥の場所)
大井川鐵道井川線60
左にはご覧の通りかなり急な下り階段の道があります。
大井川鐵道井川線61
そして下りた先にはご覧の光景の見える階段の踊り場があり、
左手にさらに階段が続いています。
大井川鐵道井川線62
階段を引き続き下りるとご覧の通りトンネルの前に出ました。
こちらは奥大井湖上駅の北側の、
接阻湖(大井川)対岸にある22号トンネルです。
さきほどの踊り場はこのトンネルの真上のスペースだった訳です。
(地図⑦の場所)
大井川鐵道井川線63
トンネルの反対側を見るとご覧の橋梁が。
これが「レインボーブリッジ」です。
道には大井川鐵道の通る線路が見えると思いますが、
線路の左側のこの道の部分を渡らないと奥大井湖上駅へは行けません
大井川鐵道井川線64
全長195mの赤い橋梁は、この日の吹流しを見るとおよそ風速10mはありました。
一般的には「強風」と定義され屋外作業が規制される風速です。
大井川鐵道井川線65
線路の脇を進むとやっと駅に到着しました。(地図⑧の場所)

奥大井湖上駅と「湖上入口」バス停の距離は
様々な案内を見ると、だいたい徒歩20分~30分程度と書かれている様子です。
私はバス停から駅へ下る道を実際に計測しておよそ12、3分で到着をしましたが、
個人差はあると思いますし駅からバス停に登るのであれば
時間のプラスアルファも必要かもしれません。



この先の井川線の最深部についてはその3に続けたいと思います。

では。

大井川鐵道井川線00
さて。次は大井川鐵道井川線です。


「南アルプスあぷとライン」という愛称をもっており、
静岡県の榛原郡川根本町の千頭駅と、静岡市葵区の井川駅とを結ぶ路線です。
全長25.5km、全線所要時間は50分ほど(千頭━接阻峡温泉間)で全線が単線。

現在の日本で、鉄道事業法および軌道法に準拠する鉄道としては
唯一のラック式鉄道(アプト式)区間のある路線
となっています。
その為、井川線自体は非電化の路線ですが
アプトいちしろ駅━長島ダム駅間のアプト式区間だけ電化されています。

また井川線の機関車および制御客車は水撒き装置を持っていますが
これはカーブが多いため線路と車輪の摩擦からの保護を目的としており、
箱根登山鉄道が同様の水撒き装置を持っているのと同じ理由からです。



大井川鐵道井川線a90
というわけでこちらが千頭駅の駅舎です。
大井川鐵道の大井川本線の終点であり、
ここから井川線の起点となっている駅でもあります。
1931年(昭和6年)に大井川鐵道の本線が延伸されて
終着駅として開設されました。

井川線ができたのは1935年(昭和10年)のことで、
大井川電力の専用鉄道として大井川専用軌道として
千頭駅━大井川発電所間で開通しました。

1954年(昭和29年)に現在の井川駅の先の堂平駅まで運行が開始され
中部電力専用鉄道へと名称を変更。
そして1959年(昭和34年)に大井川鉄道が中部電力専用鉄道を引き継ぎ
大井川鐵道井川線として旅客営業を開始し現在に至っています
大井川鐵道井川線a91
観光地の駅らしく駅前には歩行者用の広場が広く取られています。
大井川鐵道井川線a92
駅前広場の東側には車の展開できるロータリーが。
大井川鐵道井川線a93
駅に面する道路には土産物店が並んでいます。
大井川鐵道井川線a94
駅舎の正面の道路は県道77号川根寸又峡線で、
60m程駅から北に進むと井川線の踏切があります。
大井川鐵道井川線a95
戻って駅舎の中へと入り改札へ。
大井川鐵道井川線a96
ホーム側から見た改札付近の様子です。
大井川鐵道井川線b08
改札を入ると奥が大井川本線のホームで
右手に井川線のホームがあります。
千頭駅では大井川本線が頭端式の1番線から4番線で、
井川線は6番線ホームを使用しています。
大井川鐵道井川線a97
そして井川線ホームへは中間改札が設けられており、
中間改札の内側は待合スペースとなっています。
大井川鐵道井川線a98
井川線ホーム側から見た駅舎です。
左側付近が中間改札の出口となります。
大井川鐵道井川線a99
駅舎から見た井川線ホーム。
ご覧の通りかなりの広さがホームにはあり、
その奥には車両が留置された引き上げ線が何本も並んでいます。
大井川鐵道井川線b01
ホームの様子です。
島式のホームは広いのですが、
井川線で使われている6番線ホームはご覧のように3段ほど低くなっています。
反対側には大井川本線の線路が敷かれてはいますが旅客使用はされておらず、
形としては井川線の単式ホームと言える形状です。
大井川鐵道井川線b02
鉄骨作りの屋根、シート葺きの屋根があって井川線のゼロキロポストも置かれていますが、
南方に進むと井川線の低くなったホームが終わって一面が平らになっています。
そしてホーム南端の先には転車台があります。
大井川鐵道井川線b03
こちらがその転車台です。
国の有形登録文化財に指定されているものですが
今でも現役でSLの転回に使われています。
大井川鐵道井川線b04
切返して南からみた井川線のホーム。


大井川鐵道井川線b21
こちらは千頭駅前の県道77号川根寸又峡線を
駅から200mほど来たに進むとある川根大橋西交差点付近の様子です。
大井川鐵道井川線b22
川根大橋からさらに300mほど進むと、
JAの先にご覧のT字路の交差点があります。
大井川鐵道井川線b23
T字路を曲がって100mほどで井川線を跨ぐ
神光寺跨線橋という道路橋があります。
大井川鐵道井川線b24
この橋の下を見ると線路が複線となっており、
井川線の本線では無い方の線路には貨車や客車が留置されています。
大井川鐵道井川線b25
貨車が留置されている線路はかつての井川線の貨物線の跡です。
1970年(昭和45年)に大井川鐵道が初めてSLを走らせたのがこの貨物線で、
以後全国の鉄道会社がSLを観光列車として運行するルーツとも言える場所です。

貨物線は千頭駅から次の駅までつながっていましたが、
県道77号線の拡張工事によって貨物線は廃止。
現在は北側の半分が留置線として利用されているという訳です。
大井川鐵道井川線b26
跨線橋の西側から線路脇を通っている道を北上すると、
山中で道は入り組んでいますが400mほどで次の駅へと辿り着きます。


大井川鐵道井川線b05
こちらは駅へと通じる山中の道で、
駅へと通じる道が分岐している付近の光景です。
大井川鐵道井川線b06
脇に分かれて下っているこちらの道が駅への道です。
大井川鐵道井川線b07
坂を下ると、どう見ても民家の間の裏路地のように見えますが
この道が乗客がホームへと至る唯一の道となります。
大井川鐵道井川線b09
ホーム側から見た駅ホームへの入口です。
ご覧の通り改札などは無く、直接ホームへと入る事ができます。
大井川鐵道井川線b10
そしてこちらが川根両国駅のホームの様子です。
相対式ホーム2面2線の駅で、下り線ホームの北端に駅入口があり
駅は1935年(昭和10年)に大井川専用軌道の駅として開設されたもので、
大井川鐵道となった1959年(昭和34年)より旅客営業を開始しています。
大井川鐵道井川線b11
駅の入口があるこちらが下り井川方面行きホームとなります。
ホーム自体は狭いものの、外側の鉄道用地を含めて実質的にホームとしているので
ある程度の広さが確保されています。
大井川鐵道井川線b12
こちらは二つのホームを連絡している構内踏切です。
大井川鐵道井川線b13
上り線の千頭方面行きホームです。
こちらはご覧の通り狭いホームがあるのみとなります。
大井川鐵道井川線b14
ホーム上では人がすれ違うのにもギリギリの幅ですが、
井川線のホームはこのくらいの幅のホームが幾つもあるのですが、
やはり元々がダム建設用の工事資材運搬路線だったからでしょうか。
大井川鐵道井川線b15
そして駅の北側を見ると右手のご覧の建物が見えます。
大井川鐵道井川線a87
入口の脇には「川根両国駅」と木製の看板が掛かっていますが、
この建物は井川線の両国乗務区の建物となり旅客の駅舎ではありません。
ですので旅客駅としては駅舎の無いホームのみの駅となります。
大井川鐵道井川線b16
乗務区の建物のさらに北側には、ご覧のように複数の引き上げ線や車庫があります。
これは井川線の保線区と車両区で、車両整備や線路メンテナンスの拠点となっています。
大井川鐵道井川線b17
駅の出入口から駅前の道路へと一旦戻ります。
大井川鐵道井川線b18
前の道路を北へと進むと120mほどで橋が見えてきます。
大井川鐵道井川線b19
こちらが両国吊橋です。
1988年(昭和63年)に架けられた人道橋となります。
大井川鐵道井川線b20
大井川に架かる吊橋からは井川線の線路が良く見えます。


大井川鐵道井川線b27
こちらは両国吊橋のすぐ北側にある井川線のトンネル入口付近の光景です。
大井川鐵道井川線09
ご覧の通り川根両国駅━沢間駅間にはトンネルが三箇所ありますが
長さも短く、また列車速度も遅いですので
駅間で列車から駅にアクセスするのにさほどの支障にはならないでしょう。
当然トンネル内では電波は入りませんが




大井川鐵道井川線b28
こちらは川根両国駅から北西に1kmほどの大井川右岸にある
沢間集落の中の光景です。
お茶畑の中にあるこちらの道が駅へと通じている道となります。
大井川鐵道井川線b32
T字路から40mほど南に進むと駅の敷地につき当たります。
大井川鐵道井川線b33
こちらが沢間駅の待合室付近の外観です。
1931年(昭和6年)に寸又川専用軌道(後の千頭森林鉄道)の
沢間停車場として開業した駅で、
現在の井川線にあたる大井川専用軌道が1935年(昭和10年)に開業して
沢間駅にも停車する様になって二つの路線が交わる駅となります。

1969年(昭和44年)に千頭森林鉄道が廃止された後は
大井川鐵道の井川線単独の駅となり現在に至っています。
大井川鐵道井川線b42
この駅にはかつてはご覧の木造駅舎が建っていました。
しかし建物の老朽化の為、2018年(平成30年)に駅舎は解体されており
代わりに現在の待合室が建てられました。
大井川鐵道井川線b34
ホームは単式1面1線となっています。
待合室とホームの間には広めのスペースが開いており、
コンクリートの幅の狭いホームが設けられています。
大井川鐵道井川線b35
駅はカーブを描いて設けられており、
集落の南端である駅周辺はご覧の通り山林の中となっています。
大井川鐵道井川線b36
ホームの南端から左手を見ると小屋が。
保線の資材を置く物置小屋でしょうか。
よく見ると小屋の目の前にはホームらしきものがありますが、
これはかつて沢間駅が千鳥式に列車交換可能駅だった時の廃ホームです。
大井川鐵道井川線b37
そして小屋からさらに南側を見ると何やらロックシェードのようなものが。
大井川鐵道井川線b38
こちらは貨車へと積荷を積むためのホッパーの跡です。
かつて沢間駅からは千頭森林鉄道(寸又川専用軌道)が
分かれていたことは先に書きましたが、
このホッパーは現在も残るその廃線遺構です。
大井川鐵道井川線b39
ホッパーの南側を見ると右手に石垣が見えます。
ここで大井川鉄道と千頭森林鉄道が分岐していて
かつては貨物列車が直通で乗り入れていたそうです。
大井川鐵道井川線b40
千頭森林鉄道の廃線跡を書き込むとおおよそご覧の通りとなります。
762mmのナローゲージ(狭軌)だった千頭森林鉄道は、
1936年(昭和11年)に1067mmへ改軌された井川線とは
ここから千頭駅まで三線軌条だったそうです。
大井川鐵道井川線b41
そして千頭森林鉄道はご覧のように北へと伸びていました。
ご覧になってお分かりだと思いますが、
沢間駅へ通じる道路は実は千頭森林鉄道の廃線跡だったという訳です。
大井川鐵道井川線b43
駅を背に道を北へと戻ると左手には石垣があります。
井川線との分岐点跡の石垣と同じ作りの石垣が
ここが廃線跡であることを示しています。
大井川鐵道井川線b45
駅から50mほど進むと、恐らくはかつては
踏切だったであろう交差点があります。
その先の道も廃線跡ですが、
今度は下となる石垣も先ほどと同じ仕様のものです。
大井川鐵道井川線b45
廃線跡の道路から外れて大井川の方へと坂を下ると
100mほどで橋のたもとへと辿り着きます。
大井川鐵道井川線b46
大井川に架かるこの橋は寸又口橋という橋で
1969年(昭和44年)に架けられた橋です。
沢間集落と対岸の集落や県道を連絡する橋となっています。
大井川鐵道井川線b47
橋から見た沢間駅周辺の様子です。



大井川鐵道井川線b48
こちらの道は寸又右岸林道という林道(森林保全の為に作られた道)です。
沢間駅からの道が千頭森林鉄道の廃線跡であることは述べましたが、
この林道も廃線跡を利用して作られた道路となります。
大井川鐵道井川線b49
林道が左に大きくカーブするあたりが沢間駅から北に1kmほどの付近ですが、
このカーブの下では支流の寸又川が大井川へと合流しています。
藪であまり見えませんが、合流点の寸又川には
井川線の寸又川橋梁という鉄橋が架かっています。
大井川鐵道井川線b50
鉄橋の見えるカーブから200mほど進むと林道にも橋が。
大井川鐵道井川線b51
こちらは横澤橋という橋で、その向こうに見えるトンネルが横沢隧道です。
どちらも道路用に作り直されているものではありますが、
かつては同じ場所に千頭森林鉄道の橋とトンネルがあった廃線跡でもあります。
大井川鐵道井川線b52
その橋とトンネルの間から、東へと一本の道が分岐しています。
この道が陸の孤島ともいうべき土本集落と外界を繋ぐ道として
1991年(平成3年)に作られました。
大井川鐵道井川線b53
林道土本線を起点から400mほど進むと大井川に架かる橋梁が見えてきます。
大井川鐵道井川線b54
こちらが土本橋です。
平成に入ってこのトラス橋ができるまで、
土本集落から外界へと通じる道路はありませんでした

大井川鐵道井川線b55
橋梁からさらに道なりに200mほど進むと
土本集落の中にガードレールの切れ目があります。
大井川鐵道井川線b56
切れ目からは細い石の階段があり、
こちらが井川線の次の駅の入口となります。
大井川鐵道井川線b57
入口を下から。
大井川鐵道井川線b58
土本駅のホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっています。
駅は1959年(昭和34年)に中部電力専用鉄道が大井川鐵道となった際に設置されました。
大井川鐵道井川線b60
ホーム北端の先に駅の物置小屋がありますが駅舎はありません。
待合の屋根つきベンチがあるのみの駅となっています。
大井川鐵道井川線b64
壁には「土本のタコ杉」の案内図が。
大井川鐵道井川線b61
列車が停車できる最低限の設備の駅であることが
ご覧になると分かると思います。
大井川鐵道井川線b59
駅の南側は階段の入口でしたが、
物置の先の北側からも駅の前の道へと出る事ができます。
大井川鐵道井川線b62
こちらは上り列車から見た土本集落の様子です。
大井川と寸又川の三角地帯に体積した土が土本という名の由来だそうですが、
駅前付近の土本集落はわずか4世帯しかなく、
うち3件が土本姓である事を井川線の車掌がアナウンスが教えます。
大井川鐵道井川線b63
その3件の土本さんはいずれの世帯も80代以上の老人一人の世帯であり、
限界集落の段階すら超えてしまった近い将来に消滅するであろう集落となっています。
大井川鐵道井川線b65
駅前の道を北に進むと、200mほどで
道路の舗装が途切れるあたりで土本集落の墓地があります。
奥都城と書かれているので神道の家なのでしょう。
大井川鐵道井川線b67
井川線の車窓からも見えるので乗った方は見覚えがあるかと思います。



大井川鐵道井川線b68
こちらは県道77号川根寸又峡線の小山トンネルの南側の光景です。
土本駅から真北に1kmほどのこのあたりでは山中を大井川が蛇のように蛇行しており、
「牛の頸(ぎゃーのくび)」と呼ばれる穿入蛇行(深い渓谷を蛇行する河)となっています。
その為トンネル前付近ではわずか70mの距離で大井川の上流と下流に挟まれています。
大井川鐵道井川線b69
そのトンネル脇には町道小山線という道路の起点が。
こちらが小山の集落と駅への道となります。
大井川鐵道井川線b70
町道を進み大井川を見ると小山の吊り橋という人道橋が架かっています。
大井川鐵道井川線b71
県道から300mほど町道を進むとあたりが開けて小山集落に。
大井川鐵道井川線b72
町道がヘアピンカーブを描く場所に看板が立っていて
「日英水電㈱小山発電所跡」と書かれています。
大井川鐵道井川線b73
看板の後ろには遺跡のようなものが。
大井川鐵道井川線b74
こちらがかつての水力発電所の遺構です。
1910年(明治43年)に作られた発電所は付近の大井川の落差を利用して
水路を落ちる水力で発電を行っていました。
その後1936年(昭和11年)に大井川発電所が運用された為
役割を終えて廃止されています。
大井川鐵道井川線b75
発電所跡から集落の道を西へ。
大井川鐵道井川線b76
道からは小山集落と茶畑が一望できます。
大井川鐵道井川線b77
坂を上ってNTT DoCoMoの無線基地の鉄塔前を通過すると
井川線の踏切が見えてきます。
発電所跡から踏切までおよそ400mほどでしょうか。
大井川鐵道井川線b78
そして踏切を渡って道なりに左に進むと駅が見えてきます。
大井川鐵道井川線b79
こちらが川根小山駅の待合室の外観です。
1959年(昭和34年)に大井川鐵道が井川線を引き継いだ時に設置された駅で、
駅舎は無くご覧のログハウス風の待合室に木製の駅名標が掛かっています。
大井川鐵道井川線b81
待合室の裏には駐輪場が。
大井川鐵道井川線b80
山中の開けた場所を駅敷地として利用しており、駅前もご覧の通りの光景です。
踏切前の広場のような場所にはダム放流サイレンの警告看板がありました。
大井川鐵道井川線b82
ホームの様子です。
相対式2面2線のホームの駅となっており列車交換が可能な駅です。
待合室側のこちらの北側のホームが下り井川方面行きとなります。
大井川鐵道井川線b83
ホーム西端から千頭方を見るとポイントの先にトンネルが見えます。
大井川鐵道井川線b84
この駅のホームもご覧の通り人がすれ違うのがやっとの幅で
他の井川線のホームと同様となっています。
大井川鐵道井川線b85
ホーム東側の待合室前付近にある構内踏切です。
大井川鐵道井川線b86
こちらは駅の南側にある上り千頭方面行きホームです。
上りホームには駅名標は設置されていません。
大井川鐵道井川線b87
下りホームの柵にある看板。
この駅の由緒についての説明が書かれています。
大井川水系初の発電所ののあった地はかつては栄えたそうですが、
路線と駅が設置されたのは小山発電所廃止の前年でした。
大井川鐵道井川線b88
ホームの幅は狭く外側は斜面となっていますので
列車到着時にはかなり迫ってくるので注意が必要です。
大井川鐵道井川線b89
そして待合室側には一本、引き上げ線が設けられています。


大井川鐵道井川線b90
川根小山駅の東側の井川方の踏切のすぐ先にあるトンネルです。
大井川鐵道井川線17
川根小山駅━奥泉駅間にはご覧の通り3箇所のトンネルがあります。
駅からすぐのトンネルは短いのですがその先のトンネルは
ご覧の通りかなり長く駅間の半分以上がトンネルとなっています。
列車速度が遅いので地上部分で駅が取れないことは無いのですが
できれば確実に駅停車中にGPSアクセスをしておく事をお勧めします。


大井川鐵道井川線b91
駅から牛の頸まで戻り、小山トンネルを抜けて県道77号川根寸又峡線を北上します。
赤いトラス橋の渡谷橋、道路橋の川根路橋と
大井川を二度渡るとまもなく次の駅の入口となります。
牛の頸から駅への入口の交差点まではおよそ800mほどとなります。
大井川鐵道井川線b92
川根路橋では大井川を渡った後に井川線の線路も跨いでいます。
大井川鐵道井川線b93
橋を渡るとすぐにY字の交差点があり、
案内に従って右手へと進むと50mほどで駅前広場へと到着します。
大井川鐵道井川線b94
こちらが駅のロータリーです。
バス停も設けられており一般車両の乗降もこちらでできます。
大井川鐵道井川線b95
こちらは駅前のトイレの建物です。
近くで下開土遺跡という縄文時代の遺跡が発掘されたことから
竪穴式住居を模した形で作られています。
大井川鐵道井川線b96
そしてロータリー中央の島にあるこちらも
縄文時代の人々の生活の様子を表わした像となっています。
大井川鐵道井川線b97
広場の北側には下へと降りる階段が。
大井川鐵道井川線b98
山間の傾斜地に駅があるので
駅前ロータリーは場所の取れる高台に作られており、
広場と駅は階段で連絡されています。
大井川鐵道井川線c01
階段を下るとご覧の白い建物の商店があり、
その脇に駅を示す看板があります。
駅舎はこの奥に建物があり、駅へは線路沿いの通路を抜けることとなります。
大井川鐵道井川線c02
こちらが奥泉駅の駅舎の外観です。
1959年(昭和34年)の大井川鐵道での旅客営業開始時に開設された駅で、
寸又峡温泉へのバスと井川線との接続駅となっています。
井川線の途中駅では唯一の駅員常駐駅となります(簡易委託駅を除く)。
大井川鐵道井川線c03
駅舎の北側はご覧の様に土間のガレージのような作りとなっており、
壁には写真が数多く貼られて展示されています。
大井川鐵道井川線c04
その奥へと通路を抜けると、駅舎の北側には茶畑が広がっており、
傍らにお地蔵様がありました。
大井川鐵道井川線c05
駅舎の南側には券売窓口のある事務室、室内の待合室があります。
大井川鐵道井川線c06
この駅の改札ラッチは通路からホームへと
降りる階段に設置されています。
大井川鐵道井川線c07
ホームの様子です。
島式ホーム1面2線となっており列車交換ができます。
大井川鐵道井川線c08
ホーム北端にある江戸時代の旅姿の人形。
大井川鐵道井川線c09
バスの乗り換え駅となっていることから
この駅の乗降客は他の井川線の駅と比べると段違いとなっています。
大井川鐵道井川線c10
また他の駅では単式の棒線駅が多く
1番線、2番線の表記があるのは逆に井川線ではめずらしいと言えます。



奥泉駅より北についてはその2にて続きを書きたいと思います。

では。

錦川鉄道b75
さて、錦川鉄道錦川清流線の記事を続けたいと思います。


その1(岩国駅━守内かさ神駅)についてはこちら
その2(守内かさ神━南桑)についてはこちら



錦川鉄道a92
蛇行する錦川にそって引き続き河岸を併走するに錦川鉄道と国道187号線。
こちらは南桑駅から直線で南西に1.4kmほどの場所の光景となります。
錦川鉄道a93
左手の錦川の対岸をみると線路に駅があるのが見えますが、
こちらが2019年(平成31年)3月に新設された新駅となります。
錦川鉄道a94
清流みはらし駅の外観です。
錦川鉄道では25年ぶりに新設された新駅で、
単式ホーム1面1線の棒線駅となります。

この駅の一番の特徴は列車以外では駅へ到達できないという点です。
錦川鉄道が観光イベント列車のみが停車するというコンセプトで設置した駅ですので
通常の普通列車は全て通過となります。
つまり鉄道会社が意図的に作った観光秘境駅ということになります。
錦川鉄道a95
ご覧の通り駅付近の対岸の国道は、川の反対側は切り通しの岸壁となっており
交通量のそこそこある国道には路肩のスペースもあまりありません。
錦川鉄道a96
こちらは駅の建設中の2021年(平成31年)1月に車内から撮ったホームの様子です。
確かに駅ホームには階段など外へ出る施設は見当たりません。

錦川鉄道のイベント列車でしか下車ができない駅ですので
駅に行くには事前にイベント列車の予約が必要です。
ですがそのイベント列車も最小催行人員が設定されており、
閑散期に申し込むとイベント列車自体が運休することもありますので
なかなか到達難易度の高い駅となっています。



錦川鉄道a97
こちらは国道187号線から錦川に架かる渡里橋付近の光景です。
この橋からは県道5号周東美川線が国道から分岐しています。
錦川鉄道b15
橋の目の前の国道沿いに建つ旅館。
錦川鉄道a98
そしてその渡里橋を渡った反対側のたもとの目の前に次の駅があります。
錦川鉄道a99
根笠駅の外観です。
この駅も1960年(昭和35年)の国鉄岩日線開業で設置された駅のひとつです。
錦川鉄道b18
駅に来て真っ先に一番印象残るのがこちらの「美川ムーバレー」の看板です。
なんでも地底王国がテーマのテーマパークがあってこの駅が最寄なのだそうです。
ちなみにムーバレーまでは駅前の県道を3.3kmほど進むとあります。
錦川鉄道b01
橋のたもと付近は特に広場などにはなっておらず、
駅前の広場は県道から高い場所に作られています。
錦川鉄道b02
川に沿って県道を南下すると、
ホームの南端の先に駅前へと通じる道の入口がありました。
錦川鉄道b03
駅の入口らしく設置されている美川町の観光案内地図。
錦川鉄道b04
看板の向かい側にはバス停のポールと公衆トイレがあります。
錦川鉄道b08
坂の入口付近を上から俯瞰にて。
錦川鉄道b05
坂を上って駅前へと上がります。
錦川鉄道b06
こちらが駅の南側の線路脇に設けられている駅前広場です。
錦川鉄道b07
屋根つきの駐輪場も広場にはありましたが、
この「レンタサイクル」はちょっと営業しているようには見えませんでした。
錦川鉄道b09
広場の奥を北へと進むとホームへの入口があります。
錦川鉄道b10
ホームへの入口です。
数段の階段を登るとホームへ上がる事ができます。
錦川鉄道b11
こちらがホームの様子ですが、この駅も単式ホーム1面1線の
棒線無人駅となっており駅舎はありません。
錦川鉄道b12
線路周辺には多少の平地があり線路脇に民家もちらほら見えます。
錦川鉄道b14
木製の駅名標。
錦川鉄道b13
この駅も土盛りのホームでホームの中ほどだけ
アスファルトが敷かれていました。
錦川鉄道b16
ホームから外に出ると、県道沿いのフェンスには
公衆電話の場所を案内する表示が。
しかしその表示の目の前に電話ボックスがあるのに
何故わざわざ対岸の電話を案内しているのかは謎です。
錦川鉄道b17
そのすぐ脇には、橋の目の前へと降りられる北側の階段があります。



錦川鉄道b19
こちらは県道69号徳山本郷線という県道での光景です。
写真の付近に錦川鉄道の次の駅があります。
ここから500mほど北へと進むと錦川に架かる錦雲橋という橋があり、
県道は国道187号線へと合流をしています。
錦川鉄道b20
駅前の広場です。県道に面した広場は舗装されて
駐車場となっておりバス停も設けられています。
錦川鉄道b21
広場に面した商店。営業している様子はありませんでしたが、
自販機は普通に稼動をしていました。
錦川鉄道b22
そして広場の南側の、階段を登った高台の上にあるこちらが
河山駅の駅舎となります。
駅は1960年(昭和35年)に国鉄岩日線が開業した際に最初の終着駅として設置されました。
1963年(昭和38年)に錦町駅まで延伸した事によって途中駅となっています。
錦川鉄道b23
駅舎の中の様子です。
中はご覧の通り広めですがベンチが壁際にあるのみとなっています。
錦川鉄道b24
改札のラッチはあるものの窓口などはありません。
錦川鉄道b25
ホーム側から見た駅舎付近の様子です。
かつて構内踏切だった通路がホームと連絡しています。
錦川鉄道b26
踏切だった、というのはご覧の通り
駅舎側の線路が廃止されて使われていない為で、
通路の部分はアスファルトで線路が埋められています。
錦川鉄道b27
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の駅となっています。
構内を見れば分かる通り元々は島式ホームの駅で列車交換も可能でした。
錦川鉄道b32
駅舎側のホームには今でも一部は線路が残っていますが、
中央から根笠駅方は線路が撤去されておりつながっていません。
錦川鉄道b31
駅舎の北隣には転轍器も残っていますが
当然ポイントが撤去された今は使われておらず錆び付いています。
錦川鉄道b28
ホームも線路が撤去された以外は島式の当時のままの面影を残しています。
錦川鉄道b29
駅舎に近い北寄りにはご覧の屋根が。
錦川鉄道b30
この駅の木製駅名標です。



錦川鉄道b33
錦川に沿って引き続き併走して北上をする錦川鉄道と国道187号線。
河山駅から2.5kmほど北西に位置する写真の付近には
錦柳橋という橋が架かっており、目の前に次の駅があります。
錦川鉄道b34
切返して国道の北側から見た錦柳橋です。
錦川鉄道b35
橋の対岸には集落が見えます。
錦川鉄道b36
上から見た錦川の様子。
錦川鉄道b37
対岸の端のたもとの目の前が錦川清流線の柳瀬踏切となっていて、
そのすぐ脇に駅が設置されています。
錦川鉄道b38
駅前は橋のたもとに少々のスペースが、
広場と言うには少さな広さですが設置されています。
錦川が目の前の河岸の斜面にあるので
これ以上のスペースは取れなかったのでしょう。
錦川鉄道b39
広場の北側のこちらがホームの入口です。
錦川鉄道b44
柳瀬駅の駅の全景です。
この駅は1963年(昭和38年)の開設で、
国鉄岩日線の河山駅━錦町駅間の延伸によって設置されました。
錦川鉄道b40
そしてこちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
錦川鉄道b41
南側の入口付近は川とホームが迫っていましたが、
錦町方の北側へと進むとやや周辺が広がって開けています。
錦川鉄道b43
駅の木製駅名標。
錦川鉄道b42
ホーム南端付近の光景です。
錦川鉄道b45
踏切を渡り川と反対側の線路西側には
集落内へと連絡している生活道路が延びています。



錦川鉄道b46
こちらは国道434号線の新広瀬橋の北側付近の光景です。
国道は大きく左にカーブを描いて新広瀬橋を渡りますが、
正面まっすぐへは錦町の集落の中心地を抜ける国道の旧道です。
錦川鉄道b47
Y字の交差点から切返した光景です。
100mほど奥に見えるのは錦川鉄道の跨道橋です。
錦川鉄道b48
旧道へと入って西へ。
錦町広瀬の集落はこれまでの集落に比べて規模が大きく、
両側に明治から昭和にかけての旧家が立ち並んでいます。
なんでも江戸時代には和紙の産地だったそうで、
最盛期には120軒ほどの業者が並ぶ街だったのだそうです。
錦川鉄道b49
国道から100mほどで旧道に面する駅への入口に。
錦川鉄道b50
こちらが錦町駅の駅舎の外観となります。
1963年(昭和38年)の国鉄岩日線の延伸開業によって終着駅として誕生した駅は
第三セクター転換後に錦川鉄道となった後も
現在に至るまで終点の駅として営業をしています。
錦川鉄道b58
こちらが駅舎の入口です。
錦川鉄道b59
入口のすぐ左手には「清流線トラベルサービス」と書かれた、
JRで言うみどりの窓口のような券売窓口がありました。
錦川鉄道b57
駅舎の中へと入るとすぐに改札と窓口があります。
錦川鉄道b60
改札前にある駅の待合室。
窓口の向かい側にあって広く綺麗で過ごし易そうな待合室で、
中には売店も設けられています。
錦川鉄道b61
改札を入ると目の前にすぐに階段が。
錦川鉄道b51
ホームの様子です。
旅客のホームとしては単式ホーム1面1線の駅となっており、
列車は折り返し運転を行っています。
錦川鉄道b52
駅には車両基地が併設されており、
ホーム前に側線があって車庫やメンテナンス用のホームがあります。
錦川鉄道b54
南側を見ると入口のすぐ脇にはご覧の腕木式信号機が。
錦川鉄道b55
その横には腕木式信号機の説明の看板がありました。
なんでも1987年(昭和62年)まで河山駅で実際に使われていたものなのだそうです。
錦川鉄道b53
さらに西側のホーム端先には車止めが。
駅から日原駅方面への延伸の際には右にカーブするように
線路が直される予定だったそうです。
錦川鉄道b68
錦町駅の木製駅名標。
錦川鉄道管理の駅には全てこの毛筆の駅名標がありました。
錦川鉄道b56
ホームから階段を下って改札へ。
錦川鉄道b62
駅舎を出た目の前には木製の車寄せの庇があります。
錦川鉄道b63
すぐ左手を見ると
タイル製の観光案内の壁がありました。
錦川鉄道b64
そのタイルの先を見ると、駅舎の隣の黒い建物の入口が。
この建物は観光鉄道資料館でした。
錦川鉄道b65
資料館を背に広場へ。
駅前の大きな観光案内地図の後ろは駐輪場になっていました。
錦川鉄道b66
駅舎脇の西側へとはいると町営の駅駐車場が。
錦川鉄道b67
駐車場の向かいから駅舎を見ると二階が錦川鉄道の本社となっており
本社入口の階段が裏手にあります。
錦川鉄道b69
前の道をさらに西へ。
錦川鉄道b70
こちらが錦川清流線の錦町側の線路終端です。
錦川鉄道b71
終端の車止めの前から奥を見ると
トロッコ遊覧車の乗り場が見えます。
錦川鉄道b72
こちらがとことこトレインの錦町の乗り場です。

国鉄岩日線は錦町以北へも延伸の工事が続いていて
六日市駅までの線路路盤はほぼ完成をしていました。
しかし国鉄再建法の成立によって1980年(昭和55年)に延伸工事は凍結。
そのまま鉄道が敷かれること無く未成線となりました。
錦川鉄道b73
この未成線を利用して、当時の錦町の町長が遊覧車両の運行を計画。
未成線跡を岩日北線記念公園として舗装整備し、
2002年(平成14年)にタイヤで走る遊覧車両が
錦町━雙津峡温泉間で運行開始をしました。



以上で錦川鉄道については全てとなります。
錦川清流線については駅メモ開始当初から「レーダーで取れない路線」として知られており、
またその運行本数の少なさや立地などから難易度の高い路線でした。

鉄道に乗ってレーダーを使う場合、
まず錦川鉄道からは椋野駅まで来ないと射程10では錦町駅まで届きません。
ブースターなどで射程を14まで延ばしても北河内駅━椋野駅間が境界なのは変わりません。

しかし錦川清流線はひとつ手前の北河内駅が最後の列車交換可能駅なので、
椋野駅から引き返しても終点の錦町駅まで行っても帰りの列車は同じになります。
つまりわざわざレーダーを使う意味が無いという事になります。

そして近隣路線のJR岩徳線やJR山口線からもレーダーでは
錦川清流線の奥の駅には届きません。
つまり鉄道を利用する以上は終点の錦町駅まで乗るしか無いのです。
錦川鉄道b74
しかし鉄道以外を使うならば方法はあって、
中国自動車道の六日市IC━鹿野IC付近からレーダーを飛ばすと
錦町駅が射程1で入り錦川清流線の末端区間にレーダーが届きます

この区間には益田駅━広島バスセンター間の石見交通の高速路線バスなどが走っていますので
理論的にはレーダーで錦川鉄道のコンプを目指すのは可能でしょう。
ただ他府県に住む人にとっては高速バスやレンタカーなどを使う必要があるので
コスト的に見合うのかは疑問ですが。


以上駅メモ攻略の参考となれば幸いです。

では。

錦川鉄道a12
錦川鉄道錦川清流線の記事の続きです。


その1(岩国駅━守内かさ神駅)についてはこちら



錦川鉄道a13
こちらは国道2号線の岩国市保木付近の光景です。
西側を保木川が併走している国道の、岩国西中学校付近の橋の前に
信号と横断歩道が設けられています。
錦川鉄道a14
橋から中学校の脇を抜けて140mほど進むと
左手にある椎尾八幡宮の鳥居が見えてきます。
錦川鉄道a15
その鳥居の目の前の、民家の間のこちらの道が駅への取付道路となっており
駅のある表示はありませんが、100mほど進むと駅前の広場と駅があります。
錦川鉄道a16
こちらが南河内駅の外観となります。
1960年(昭和35年)の国鉄岩日線開業に際して設置された駅です。
ホームのみで駅舎は無く、待合の屋根が設けられています。
錦川鉄道a17
駅前の広場は舗装されており、駅舎の無い無人駅としては
かなり広めのスペースが取られています。
錦川鉄道a18
ホームへの入口の階段。
階段は建屋の壁の両側に設けられていました。
錦川鉄道a19
こちらがホームの様子です。
この駅も単式1面1線の棒線無人駅となっています。
錦川鉄道a20
錦川と支流の保木川に挟まれた中州に位置している為
山間部ながら開けた平地が駅周辺には広がっています。
錦川鉄道a21
ホームの目の前に広がる田んぼ。
また駅周辺には1haほどの菜の花畑がひろがっており
春には撮影スポットとなるそうです。
錦川鉄道a22
駅の木製の駅名標。
錦川鉄道a23
外に出て再び駅前広場から鳥居の前へと戻ります。
錦川鉄道a24
駅前にあるこちらの神社は椎尾八幡宮という神社です。
同名の神社が錦帯橋のそばにありますが、
こちらの神社もなかなか大きい神社でした。
錦川鉄道a25
階段の上にある楼門。
錦川鉄道a26
境内に入って本殿です。



錦川鉄道a27
こちらは南河内駅から南西に1.5kmほどの行波地区の光景です。
写真の中央を横に流れるのが錦川で、川に架かっている橋が
1956年(昭和31年)に開通した行波橋です。
橋は錦川の向こう側対岸で国道187号線と接続しており、
国道と行波の集落を連絡しています。
錦川鉄道a28
橋の南側はすぐに田んぼがあり、
川沿いに伸びた狭い平地に行波の集落があります。
橋の目の前の道には神社ののぼりが立ち、
その向かいの川沿いには大きな「岩国行波の神舞」の看板があります。
錦川鉄道a29
看板を背に田んぼの中を伸びる道を進むと
まもなく錦川鉄道の築堤と跨道橋が見えます。
錦川鉄道a30
道から見えるこちらが行波駅の全景です。
駅は1971年(昭和46年)に仮乗降場として開設されたもので、
国鉄時代にはずっと仮乗降場だった為時刻表には載っていない駅でした。
その後の1987年(昭和62年)の国鉄民営化で
JR西日本が継承した際に正式駅に昇格となっています。
錦川鉄道a31
跨線橋の手前にある駅の駐輪場の前を通過し
ガードをくぐって反対側へと抜け、交差点を左へと曲がります。
錦川鉄道a32
曲がるとすぐに、ご覧の通り駅への入口の階段があります。
錦川鉄道a33
ホームへの階段。
錦川鉄道a34
そしてホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅であるのは近隣の駅と同様です。
錦川鉄道a35
この駅も山間の斜面に作られた駅なのでホームが周辺の道路より高く
見晴台のように周囲が見渡せるロケーションとなっています。
錦川鉄道a36
この駅の木製毛筆の駅名標。
錦川鉄道a37
駅の前の道は坂となっていますが、
北側は民家があって行き止まりとなっており、
南側からしか出入りはできません。
錦川鉄道a38
そして跨道橋のガードの前の十字路を南へと進み
坂を上って畑の間を抜ける道が神社への道となります。
錦川鉄道a39
ガードから20mほど坂を上った右手にある神社への参道。
錦川鉄道a40
こちらが行波集落の鎮守である荒玉社です。
錦川鉄道a41
この神社への式年の奉納の神楽である「岩国行波の神舞」は
1979年(昭和54年)に国の重要無形民俗文化財に指定されています。
参考
岩国行波の神舞
http://yukabanokanmai.com/

錦川鉄道a42
境内から見下ろした東の駅方面の光景です。



錦川鉄道a43
こちらは県道130号本郷周東線の光景で、
国道187号線の共用区間から分離して天尾橋で錦川を渡った先の
およそ400mほど進んだ付近となります。
錦川鉄道a44
切返して反対の西側から見た県道です。
ご覧の付近の県道北側一体が駅の敷地となっており、
中ほどに駅舎への入口があります。
錦川鉄道a45
こちらが北河内駅の駅舎の外観です。
駅は1960年(昭和35年)の国鉄岩日線開業で設置されました。
この駅舎は開業以来のものをそのまま使っているそうです。
錦川鉄道a46
駅舎の東側敷地はご覧の様に舗装された駐車場となっており、
屋根つきの駐輪場も併設されています。
錦川鉄道a51
駐車場の一角に立てられた駅周辺の観光案内マップ。
錦川鉄道a47
敷地の西側にも道が伸びており、
先にはバス停とバスの展開場、そしてその先には保線の建物がありました。
錦川鉄道a48
そして駅舎の西側すぐの場所には隣接して石碑などが並ぶ区画が。
錦川鉄道a49
こちらは錦川鉄道設立25周年の記念碑です。
錦川鉄道a50
その隣には岩日線開業50周年記念の木碑が。
国鉄岩日線は27年で第三セクター転換していますので
錦川清流線の期間を含めての岩日線50周年ということの様です。
錦川鉄道a52
駅舎の前へと戻りホームへ。
構内踏切があって駅構外とホームとを連絡しています。
錦川鉄道a53
ホームの様子です。
島式ホーム1面2線となっています。
錦川清流線の途中駅で列車交換が可能な駅はこの駅だけです。
錦川鉄道a54
この駅の木製の駅名標。
毛筆に落款まで押されていました。
錦川鉄道a55
ホームの北側には田畑が広がっており、
南側は駅構内のヤードがひろがっています。
錦川鉄道a56
錆びすぎてまったく読めなくなっている駅名標。
錦川鉄道a57
トイレは駅舎では無く構内の
ホーム端スロープ前に設置されていました。



錦川鉄道a58
錦川の河岸を川と併走する様に錦川鉄道が走り、
川の対岸の北岸には国道187号線が同じく併走をしています。
北河内駅から3.5kmほど西の付近でご覧の椋野橋が架かっており、
国道と駅とを連絡する道となっています。
錦川鉄道a59
橋を渡ると対岸の目の前に錦川清流線の築堤が横切っており、
正面に駅のホームがあるのが見えます。
錦川鉄道a60
こちらが椋野駅の駅の外観です。
1960年(昭和35年)の岩日線開業によってこの駅も設置開業をしまています。
錦川鉄道a61
橋のたもと付近は道が広がって広場のようになっており、
バス停が設けられるなど実質的な駅前広場の役割を果たしています。
錦川鉄道a62
広場奥にあるガードをくぐると、すぐ右手に階段があり
この階段が駅への入口となります。
錦川鉄道a63
ガードの上を見ると駅のホームの南東端があるのが見えます。
錦川鉄道a64
駅への階段はご覧の通りで、
階段上はホーム前の小さな広場となっています。
錦川鉄道a65
ホーム入口前の広場です。
公園の様な広場が設けられています。
錦川鉄道a72
斜面に棚状に作られた広場は徒歩でしか登れず
車両が入ってくる事はありません。
錦川鉄道a66
こちらがホームへの入口です。
錦川鉄道a67
そしてホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
錦川鉄道a68
駅周辺は山が迫っていて、椋野の集落の小さな平地に
駅があることが分かります。
錦川鉄道a70
付近の名所を案内する看板。
錦川鉄道a69
高台となっているホームからは錦川もすぐ先に見えます。
錦川鉄道a71
駅の木製毛筆の駅名標。



錦川鉄道a73
引き続き錦川と併走する鉄道と国道187号線。
椋野駅から直線で2.1kmほど北西には橋が架かっており、
集落の対岸に次の駅があります。
錦川鉄道a75
こちらが集落と駅を連絡している南桑橋です。
1996年(平成8年)に架橋された鋼斜張橋で、
この橋ができる前は対岸へは渡船で渡っていたそうです。
錦川鉄道a74
切返して南側に向いた光景です。
橋から国道に沿った東側(岩国方面)に南桑の集落が広がっています。
錦川鉄道a76
人道橋である南桑橋を渡ると対岸に駅が見えます。
錦川鉄道a77
こちらが南桑駅の外観です。
1960年(昭和35年)の国鉄岩日線開業で設置された駅の一つとなります。
南桑の集落からは錦川を挟んだ対岸に駅があります。
錦川鉄道a78
対岸の橋のたもとに着くとご覧のスロープを登って
錦川鉄道の線路をくぐります。右手に「かじか」の看板がありますが、
これは駅から北へ進むとあるかじかの滝の事なのか、
駅周辺に生息する天然記念物のカジカガエルの事なのかは分かりません。
錦川鉄道a89
看板の上の手すりを見ると南桑集落の町内図が。
錦川鉄道a79
線路のガードをくぐった先ですぐ左を見ると駅へに階段があります。
階段の上が駅の平地で、目の前には駐輪場があります。
錦川鉄道a80
ガードの内側はご覧のようにT字路となっています。
奥の西側へはスロープがあり、駐輪場へ行く自転車が登る道となっています。

そしてスロープの先にも舗装されていない山道が続いていて
「石童山山頂」と書かれた木札があります。
この線路脇の道は駅の南側にある石童山(496m)の登山口の入口で
かつてはこの道の先に山中には集落もあったそうです。
錦川鉄道a81
階段上にあった「かじかの里」のかえるの看板。
錦川鉄道a82
その前の手すりにはハブの出没を注意する注意書きがありました。
錦川鉄道a83
階段の上は目の前がすぐにホームの入口です。
錦川鉄道a88
右手の駐輪場は屋根と土間のシンプルなタイプ。
錦川鉄道a84
ホームの様子です。
土盛りのホームがローカル線に来た感を増幅させます。
錦川鉄道a85
川と山が迫っている場所なので
斜面を削って線路とホームが作られています。
錦川鉄道a86
屋根の建屋の裏側を覗くと駐輪場が見えます。
錦川鉄道a87
ホーム西側の駅入口付近です。
錦川鉄道a90
橋へと戻って、橋上から見える南桑の集落。
錦川鉄道a91
欄干にもカジカガエルのレリーフがありました。



さて、南桑駅まで来て沿線の光景はかなり山の中となってきました。
この先も錦川鉄道は基本的に錦川にそって進みます。
ここから奥の駅はその3にて。

では。

【写真撮影:2019年10月】

錦川鉄道01
さて、次は山口県の錦川鉄道錦川清流線についてです。


1960年(昭和35年)に国鉄岩日線として
川西駅━森ヶ原信号場━河山駅間が開業したのが始まりで、
1963年(昭和38年)には錦町駅まで延伸されました。

「岩日線」の「岩」は岩国駅ですが、「日」は山口線の日原駅を指しています。
元々は改正鉄道敷設法96項で「山口県岩国ヨリ島根県日原ニ至ル鉄道」と定められた予定線であり、
錦町駅まで開通の後は鉄建公団に工事が引き継がれて延伸工事が行われていました。

しかし1984年(昭和59年)に国鉄再建法によって第2次特定地方交通線に指定。
すでに錦町駅━六日市駅間の16.6kmについては路盤が完成していましたが
赤字廃止路線となった為に工事は凍結されました。

その後1987年(昭和62年)4月に国鉄民営化によってJR西日本が引き継いだ後に
第三セクター転換が行われ、同年7月に錦川鉄道に移管されて
線名も錦川清流線へと改められました。


錦川清流線は旧岩日線の名前通り岩国駅から運行をしていますが、
岩国駅━川西駅間の5.9kmはJRの岩徳線に乗り入れる形で運行しており、
錦川清流線の起点は川西駅となっています。

そしてさらに、川西駅と清流新岩国駅(旧・柱野駅)の間にある
森ヶ原信号場が実際の岩徳線と錦川清流線の分岐点
となります。
川西駅━森ヶ原信号場間は1.9kmですので、
実際は岩国駅━森ヶ原信号場間の7.8kmはJR岩徳線となります。

しかし全列車が岩国駅での折り返しとなっていますので、
こちらでも岩国駅を起点として始めたいと思います。


錦川鉄道02
こちらは岩国駅の西口の外観です。
1897年(明治30年)に当時の山陽鉄道の駅として開業した駅で、
国鉄山陽本線となった後に1929年(昭和4年)に岩徳線が開業。
岩国機関区も置かれたターミナルの役割を担う駅となります。

1960年(昭和35年)に岩日線が開業し乗り入れた後は3線の交わる結節点となり、
現在は広島シティネットワークの西端の駅として広島近郊路線の役割も持っています。
錦川鉄道03
西口側は岩国の中心市街地に面しており、
駅前広場に面して南北に鉄道と併走するように国道188号線が走っています。
錦川鉄道04
駅は2017年(平成29年)に現在の橋上駅舎へと改築されており、
ご覧の東西を繋ぐ橋上の自由通路の途中に改札が設けられています。
錦川鉄道05
改札内にも橋上の連絡通路があり、
入って左手に進むと0番線と1番線ホームへの階段があります。
錦川鉄道06
階段を降りると単式ホームの1番線へと出ます。
1番線はJRの岩徳線ホームでこのホームが終点となります。
錦川鉄道07
そしてホームにはご覧の通り0番線へと誘導する案内表示がいくつもあります。
案内に従って1番線ホームを南側へと進むとまもなく0番線が見えてきます。
錦川鉄道08
こちらはその途中にある駅名標です。
実はこれから向かう0番線の錦川清流線ホームには駅名標がありません
岩国駅から川西駅までは錦川清流線はJR岩徳線の線路を走りますので
当然ながら列車は同じルートを進む事になります。
なので駅名標も省略されているのでしょうか。
錦川鉄道09
1番線ホームの南端まで進むとご覧の通り
切り欠きホームとなっている0番線が。
錦川鉄道10
連絡通路のように細い部分の先に列車が停まる0番線ホームがあります。
錦川鉄道11
0番線ホーム北端の連絡通路側には
ご覧の様に待合いのベンチが置かれています。
錦川鉄道12
ホームの様子です。
広くなっている部分はさほど長さはありませんが、
通常は1両編成で運行する錦川鉄道なのでこれでも十分な長さです。
南側は壁があって半分ほどの幅に。
錦川鉄道13
ホーム南端から先を見ると、1番線(岩徳線)からの線路に
0番線(錦川清流線)の線路が合流しているのが見えます。
錦川鉄道14
切返して見た0番線ホーム。
JRのホームや跨線橋が見えます。
錦川鉄道15
0番線のホーム上には建屋があり屋根代わりとなっていますが、
JRのホームから見ると跨線橋から0番線の上の建屋へと
連絡通路があるのが分かります。
錦川鉄道16
その連絡通路へと上って0番線方向へと進むと
ホーム上の建屋が駐輪場であることが分かります。
錦川鉄道17
駐輪場に掲示されていた連絡通路供用のお知らせ。
錦川鉄道18
0番線の外側を併走する道路から見ると
細長い二階建ての市営駐輪場であることが分かります。
錦川鉄道20
0番線ホームから見た前の道路。
ちょうど駐輪場入口のすぐ脇付近となります。
錦川鉄道19
その駐輪場入口から北側の駅方向へと進むと
「一般車両進入禁止」の表示があり、タクシー専用ロータリーがあります。
ロータリーの先は岩国駅西口の駅前広場が隣接しています。


錦川鉄道21
こちらは岩国駅から南西へ2.8kmほどの場所を走る県道15号岩国玖珂線の様子です。
国道2号線のバイパスである欽明路道路の岩国側の入口である写真の付近に
錦川清流線の次の駅があります。
錦川鉄道22
こちらが西岩国駅の駅舎の外観となります。
駅は1929年(昭和4年)に岩徳線が開業した際に設置されたもので、
開設時の駅名は岩国駅でした。
先に現在の岩国駅のあった場所に初代の岩国駅はあったのですが、
この駅が出来た際に一旦は麻里布駅と改称されました。
錦川鉄道24
二代目の岩国駅であるこの駅は1942年(昭和17年)に現在の西岩国駅に改称。
所属路線も岩徳線が一旦は山陽本線の新線となり当駅も山陽本線の駅となりますが、
再び山陽本線が旧線の経路に戻った為、以後は岩徳線の所属となっています。
錦川鉄道25
駅舎の前の敷地はロータリーにはなっていないものの
広めの駅前広場が設けられています。
錦川鉄道23
洋風の駅舎は開業以来のものですが、
2006年 (平成18年) に駅舎が国の登録有形文化財に指定された為
入口脇の柱にプレートが設置されています。
参考
文化庁 国指定文化財等データベース「JR西岩国駅舎」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00005668


入口に「ふれあい交流館西岩国」と看板が掛かっているのは
2004年 (平成16年)に駅舎がJRから岩国市へと譲渡された為で、
現在はNPO法人が駅舎の管理を受託し地域交流が行われている為です。
錦川鉄道26
大正末期から昭和初期に数多く見られた洋風建築の駅舎には
車寄せのアーチなど随所に錦帯橋がモチーフとして取り入れられています。
錦川鉄道27
駅舎前に展示されている木炭自動車。
錦川鉄道38
広場の北側は旧貨物ヤードが広がっており、
駐車場となっている広い敷地の奥には1番線の先に延びた
旧貨物用ホームが残っています。
錦川鉄道28
建物の中の様子です。
昭和初期の洋風駅舎の中は待合室が広く、
コンクリートの土間に木製のベンチと内装はなかなかの雰囲気です。
錦川鉄道29
自動券売機や液晶の案内表示モニターはあるものの、
改札のラッチも木製で開業以来の姿が残されています。
錦川鉄道30
ホーム側から見た改札前の様子。
NPO法人への簡易委託の駅ですが改札業務は委託していないので
この改札口で改札されることはありません。
錦川鉄道31
単式ホームの1番線です。
JR岩徳線の岩国方面行き上りホームとなります。
錦側清流線の岩国行きもこちらのホームですが、
岩徳線への片乗り入れという形なので扱いとしては岩徳線ホームとなります。
錦川鉄道32
開業当時は山陽本線の駅だった為、
幹線の長大な列車に対応する有効長がありますが
現在では短編成の列車しか停車しない為、
ホームの前後が柵で仕切られてカットされています。
錦川鉄道33
こちらがホームを連絡している跨線橋です。
錦川鉄道34
鉄骨の枠に木製の屋根や壁で作られた跨線橋は
かなり年季が入っていました。
錦川鉄道35
こちらが3番線ホームです。
JR岩徳線の下り徳山方面と錦川清流線の下り錦町方面の列車が停まります。
錦川鉄道36
見れば分かる通り元々島式2線のホームでしたが、
2番線が廃止されて線路も撤去されており、
柵が設けられて単式ホームとして使われています。
錦川鉄道37
旧島式の下り線ホームですが、
ベンチは3番線方向にのみ向けて設けられています。
錦川鉄道39
駅前へと戻り、駅舎の正面から真西へと伸びる市道の様子です。
この道を進んで国道2号と合流した先に岩国城があります。
元々岩国という街は岩国城の城下町でしたので、
駅から城下の錦帯橋にかけてがかつての中心街でした。
なので開業時にはこの駅が岩国駅として表玄関駅となった訳です。
錦川鉄道40
こちらが錦川に架かる錦帯橋です。
日本三名橋の一つに数えられ、文化財保護法によって国の名勝に指定されています。
西岩国駅はかつて観光客が徒歩で訪れた際の最寄り駅でした。
錦川鉄道41
錦帯橋を渡った駅と反対側の西側には吉香公園が広がっています。
この公園は横山の山頂に築かれた天守閣の麓の御土居の跡で、
御土居とは普段の政務が行われる陣屋のあった場所です。
錦川鉄道42
そしてこちらは、この公園に置かれた佐々木小次郎の像です。
吉川英治の小説「宮本武蔵」で「祖先以来、岩国の住、姓は佐々木といい」と書かれたことから
岩国の地が佐々木小次郎ゆかりの地とされていますが、
実際の歴史家の研究では福岡県田川出身など諸説があるようです。
いわば小説「宮本武蔵」の聖地巡礼の地といったところでしょうか。
錦川鉄道43
西岩国駅へと戻ってこちらは駅の駐輪場にあった、
よくある町内図の地図です。
県道を挟んだ駅の向かいに岩国刑務所と記されています。
錦川鉄道44
地図に記されたあたりへと行くと、
確かに刑務所の施設である事を示す表示がありました。


錦川鉄道45
こちらは県道15号岩国玖珂線(欽明路道路)に
県道112号藤生停車場錦帯橋線が合流している川西交差点付近の光景です。
錦川鉄道46
その川西交差点から南に130mほど進んだスーパーマーケットの向かいに
ご覧の駅への案内標識のある路地があるのですが、
こちらが駅と県道を結ぶ道となります。
錦川鉄道47
県道から60mほどで山の中腹を走る線路が見えてきます。
錦川鉄道48
こちらが川西駅の駅の外観となります。
駅は1960年(昭和35年)に錦川清流線の前身である国鉄岩日線の開業により
国鉄岩徳線の線路上に新設されたものです。
錦川鉄道49
県道かた見た駅の全景です。
小山の中腹に駅がありますが、その小山の裏側には
県立岩国高校の敷地が広がっています。
錦川鉄道50
坂を登るとすぐにホームへと上がる階段があります。
錦川鉄道51
ホームへは階段のみでバリアフリー施設はありません。
錦川鉄道52
駅のホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅となっており、駅舎は無く無人駅です。
錦川鉄道57
階段上の付近だけ屋根があって広くなっており、
自動券売機や案内のモニターが設置されていました。
錦川鉄道58
そして川西駅で目を引く「ようこそ川西へ」の看板。
駅から徒歩10分の場所に作家の宇野千代の生家があるので
こうして写真入の案内が掲げられていました。
錦川鉄道53
屋根の建屋のすぐ脇にある錦川清流線のゼロキロポスト。
JR岩徳線と錦川清流線の営業上の分岐駅となっており、
岩国駅━川西駅間は錦川鉄道に乗車していてもJRの運賃が適用されます。
錦川鉄道54
1977年(昭和52年)に住民請願によってホームが延伸されて
それまで停まれず通過していた10両編成の列車も停車できる様になりました。
錦川鉄道55
ご覧の様に駅はホーム中央の階段前に屋根があるのみです。
JRの管理駅となるので、駅清掃もJR関連会社の方がやっていました。
錦川鉄道56
階段脇にベンチが設けられていますが
屋根の下には無いので雨天時は使えません。
錦川鉄道59
ホームから見た駅の前の様子。
錦川鉄道60
階段脇に平らな部分が設けられており、
仮設の水洗トイレと駐輪場が設けられていました。
錦川鉄道63
下から見上げる駅はまるで桟道の様です。
錦川鉄道61
駅前にある観光案内の地図。
宇野千代関連の名所案内となっています。
錦川鉄道62
駅の階段前から線路に沿って北側へも道が伸びており、
進むと県道の川西交差点へと通じています。



錦川鉄道64
こちらは川西駅から1.9kmほどにある森ヶ原信号場です。
JR岩徳線と錦川清流線が分岐している地点であり、
施設上のJRと錦川鉄道との境界線となっている場所です。
すぐ脇を県道1号岩国大竹線が走っていますが
信号上付近は県道の狭隘区間でもあり大型車が通行できない状態となっています。
錦川鉄道67
こちらは信号場の東側にある道祖峠トンネルの入口です。
トンネルの川西駅側入口前に信号機がありますが、
この信号が森ヶ原信号場の東端となります。
錦川鉄道68
トンネルを抜けるとすぐに岩徳線と錦川清流線の分岐が。
錦川鉄道70
信号場側から見た道祖峠トンネルの出口です。
錦川鉄道69
列車内から見た信号場の場内。
左の岩徳線の線路脇に小さな建屋が見えます。
分岐付近にある橋は県道を跨ぐ跨道橋です。
錦川鉄道66
分岐点から1.2kmほど北の錦川方にある信号。
この信号が森ヶ原信号場の西端の場内信号機となります。
上に見える橋は山陽自動車道の高架橋です。



錦川鉄道71
こちらは御庄小学校に南側にある道路で、
上を山陽新幹線の高架が跨いでいるのが見えます。
この新幹線高架橋の真下に錦川清流線の駅の入口があります。
錦川鉄道92
高架橋の柱には「岩日線路橋」との表記が。
錦川鉄道72
高架下にある階段の脇には、1973年(昭和48年)に
この階段を含む連絡地下道が作られた事が記されています。
新幹線の岡山━博多間の開業が1975年(昭和50年)ですから
建設中に地元の要望で設置された様です。
錦川鉄道73
階段を上るとご覧の連絡道に。
錦川鉄道74
通路のちょうど真ん中あたりで西側へとT字に通路が分岐しており
駅ホームへの入口となっていました。
錦川鉄道75
こちらが清流新岩国駅の入口となります。
1960年(昭和35年)の国鉄岩日線開業で御庄駅として設置されました。
錦川鉄道76
階段を登りきるとホームが見えます。
錦川鉄道77
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となります。
形を見れば分かりますが、開業時には島式ホームで交換可能駅であり
両側に線路がありました。現在は上り線の線路は撤去されています。
錦川鉄道79
階段前に設置されている新幹線乗り換えの案内看板。
看板の後ろに見えているのが新幹線の新岩国駅となります。

通常ならば交差地点にある御庄駅は、新幹線開業に合わせて
新岩国駅へと統合されるのが通例でしたがこの駅は御庄駅のままでした。
当時の国鉄の以降で統合されなかったそうですが、
正式に新幹線駅と統合してしまうと岩日線を廃止しづらくなるから
というのがその理由ではないかと言われています。
錦川鉄道81
ベンチ前に設置されている木製の駅名標。
錦川鉄道の区間内の駅にはこの木製に筆書きの駅名標が置かれており、
この駅にも掲示板を兼ねて設置されていました。
錦川鉄道78
こちらがホーム上にある待合室。
ご覧の通りコンテナ緩急車の車掌室部分を転用したものです。
「御庄駅」という旧駅名の表記がそのまま残っています。
錦川鉄道80
待合室の中はご覧の通りで、ベンチなどは置かれておらず
完全に貨車がそのまま置かれた状態でした。
錦川鉄道82
待合室からホームを奥へと進むと、ぽつんと屋根とベンチがありました。
かつてはこちら側に列車が停車していたのでしょうか。
錦川鉄道83
ホームは現用の側のみ延長されているそうですが、
切返して見ると廃止された側のホームが切り欠きのようになっていて
その痕跡をうかがう事ができます。
錦川鉄道84
南東端のホームの光景。
現在はこのホームの端が列車の乗下車や待合に使われていますが、
高架下の通路は新幹線建設時に作られたものですから
新幹線開業までの15年間はどこから駅への出入りをしていたのか、
ふと疑問に思いました。
錦川鉄道85
駅前の道路から、現在の入口である階段の脇を見ると
ご覧のようにスロープ状の道が築堤上へと伸びています。
坂の上にはご覧の様にスペースがあり、
古い写真ではここに建物があった様子ですから
どうやらこちらの坂がかつての駅への入口ではないかと推測されます。
錦川鉄道86
さて、こちらは1975年(昭和50年)開業の山陽新幹線、新岩国駅です。
岩国の市街地からは離れた御庄の盆地にあるこの駅は
東海道山陽新幹線で一番乗降客の少ない駅としても知られています。
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その新岩国駅を出ると、すぐ左手へと清流新岩国駅への案内表記があります。
従って進むと新幹線高架脇の通路へと誘導されます。
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長い通路ですが、この通路からは清流新岩国駅の全景がよく見えます。
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300mはある通路を進むと、清流新岩国駅の入口のある
高架下の連絡道のトンネルが見えてきます。
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駅入口を通り過ぎて、駅前の道路へ。
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左手へとガードをくぐって進むと
新岩国新幹線保守基地の敷地が目の前に広がっています。



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こちらは錦川の守内地区に架かっている守内橋という沈下橋です。
国道2号線の守内交差点から南東80mほどに橋はあります。
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橋の脇にある橋名標。
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橋を渡って対岸の道路へとたどり着き、
東へ300mほど川沿いに道を進むと駅が見えてきます。
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こちらが守内かさ神駅の外観となります。
駅は第三セクター転換後の1993年(平成5年)に新設設置されたもので、
国鉄時代には無かった錦川鉄道独自の駅となります。
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錦川の南岸にあたる駅周辺にはご覧の通り民家が散在しているのみで、
基本的に山と川に挟まれた何も無い狭隘な平地を鉄道が走っている状態です。
橋の対岸が守内の集落なので駅が設けられたといったところでしょうか。
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一応駅前には舗装された駅前広場があります。
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ホームへと上る階段。
この駅もバリアフリーの設備はありません。
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こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
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山の斜面を進んでいるだけにホームの向かい側には山林があるのみです。
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待合いの壁に掲げられた木製の駅名標。
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階段を下りて駅前の広場へと戻ると、東の角にご覧の看板があります。
鳥居に「かさ神」とはこの駅の名前の由来であるかさ神神社を示しています。
いわばこの駅唯一とも言える観光案内の看板です。
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案内に従って駅前の道を西へ。
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守内橋の前を通過して線路沿いの道を西へと進みます。
山の稜線に沿って斜面に設けられた道なので、普通車のすれ違いが精一杯の道幅です。
路肩も斜面なので車を停めるのは厳しいと思います。
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駅からちょうど1kmほど東に進んだ場所で
ご覧のように駅前で見たのと同じ看板があるのが見えます。
錦川鉄道の橋梁下への山道の入口に立っており、
ここがかさ神神社へ通じる山道となります。
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線路をくぐって山の中へ。
かろうじて道っぽい場所を進むと、脇にはわなを仕掛けた表示板が。
ブービートラップも怖いですがイノシシも出るということに。
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線路から150mほどでしょうか。
山の中を登りながら進むと小さな祠が見えてきました。
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こちらがかさ神神社です。
皮膚(瘡・かさ)に御利益のある神社とのことですが、
もしかして瘡神さまを祭っておられるのでしょうか。瘡神さまについては各自調査で。

駅名の由来となった社は綺麗に手入れがされており、
注連縄も新しいものが掛かってましたので地元で丁寧に祭られているようです。
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尚、徒歩ですと駅から神社入口までは道路を15分ほどかかります。
往復で30分ほどかかりますので、車で来ようとする人もいるでしょう。
ですが守内橋までの道はご覧の通り普通車の離合(すれ違い)がギリギリです。
路肩は斜面と藪になっているので駐車はおろか退避で進入も厳しいでしょう。

その上、守内橋のたもとの砕石場のダンプが、
大型車が幅ギリギリの沈下橋を渡るのを嫌って
こちらの道へと頻繁に迂回してくる抜け道となっています。
ダンプの通れる余地を残さないとなりませんので、
運転の得意では無い方は車で行くのはお勧めできません



南河内駅から先の続きはその2にて。

では。

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