路線攻略

宗谷本線02_c26
引き続きで宗谷本線の記事です。


その1(旭川駅━比布駅)はこちら
その2(比布駅━士別駅)はこちら
その3(士別駅━名寄駅)はこちら
その4(名寄駅━美深駅)はこちら
その5(美深駅━音威子府深駅)はこちら



音威子府駅から先の宗谷本線は天塩川の右岸を併走して西進しています。
川を挟んだ反対側の左岸には国道40号線が同じく川と併走をしていおり、
およそ70kmに渡って鉄道、国道、河川が併走する事となります。
宗谷本線02_b09
音威子府駅から西へ5kmほどの距離の国道40号線から
筬島大橋という橋が天塩川を渡って北へと分岐しています。
この橋が国道から駅への入口となっており、およそ700mほど道を進むと
ご覧の交差点へと差し掛かります。
宗谷本線02_b10
交差点を反対の西側から。
宗谷本線02_b11
この交差点の南東角にはご覧の建物があり、入口には
「筬島農地改良センター」と書かれた跡がありました。
宗谷本線02_b12
この農地改良センターの脇を抜けて交差点南側の道の先には
旧筬島小学校の木造校舎があります。現在はアイヌ出身の木彫彫刻家の
砂澤ビッキ氏の記念館となっています。
宗谷本線02_b13
そして交差点の北側が駅への連絡道路となっており、
砂利道の突き当たりに駅舎があるのが見えます。
宗谷本線02_b14
こちらが筬島駅の駅舎の外観です。
1922年(大正11年)11月に鉄道省天塩線の延伸開業によって設置された駅で、
かつては木造駅舎が建てられていました。
1986年(昭和61年)に駅が無人化された後に木造駅舎は解体された様で
代わりに貨車駅舎が旧来駅舎の基礎跡の上に置かれました。
2012年(平成24年)に貨車駅舎に金属サイディングが貼られてリニューアルされています。
宗谷本線02_b15
駅舎の中の様子です。貨車駅舎ですので中はご覧の広さですが
中は綺麗に手入れがされています。
宗谷本線02_b16
駅舎の置かれている場所の地面の基礎跡。
宗谷本線02_b17
こちらが駅のホームとなります。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となります。
宗谷本線02_b18
ホームはご覧の通り土盛り砂利敷きのものです。
かつては線路の反対側にはもう1面島式ホームがあったそうで
一番外側は貨物用副本線として木材の積み出しが行われていたのだそうです。
宗谷本線02_b19
筬島駅は音威子府村大字物満内小字筬島に所在していますが、
大字物満内の2015年(平成27年)の国勢調査では世帯数7、人口10名となっていて
いわば廃村寸前の状態となっています。
その為2016年(平成28年)にはJR北海道より廃止駅の候補に挙げられており、
2021年(令和3年)4月からは駅は自治体管理へと移行となっています。
宗谷本線02_b20
ホーム西側に作られた花壇には「花駅長」の文字が。


宗谷本線02_b21
こちらは国道40号線から分岐して佐久橋で天塩川を渡る
道道218号板谷佐久停車場線です。国道からおよそ500mほどで
南側からご覧の交差点となり東側の駅へと通じています。
宗谷本線02_b22
反対の北側から見た交差点。この交差点の北側は
道道541号問寒別佐久停車場線という別の道道です。
宗谷本線02_b23
駅側の東から見た交差点。二つの道道がこちらの交差点で合流しており
駅までは重複区間となっています。
宗谷本線02_b24
交差点から駅への光景。
宗谷本線02_b25
こちらが佐久駅の駅舎外観となります。
1922年(大正11年)11月の鉄道省天塩線延伸によって開設された駅で、
ご覧の駅舎は1990年(平成2年)に改築されたものです。
宗谷本線02_b26
駅舎の中の様子です。「佐久ふるさと伝承館」と入口に書かれている様に
地元の中川町が建てた駅舎は地区の公共施設としての役割もあり、
待合のベンチの周りには町の様々な資料品が展示されています。
宗谷本線02_b28
生活品の展示された棚の上の壁には
切り出された材木を運ぶ馬橇(そり)の絵が。
宗谷本線02_b27
待合室左手にはハッカの蒸留装置や馬そりの実物が展示されていました。
宗谷本線02_b29
ホームへと出る改札付近の光景。
宗谷本線02_b30
こちらがホームの様子です。相対式ホーム2面2線の駅となっており、
無人駅ですが列車交換の可能な駅となっています。
宗谷本線02_b31
西側の駅舎のあるこちらが1番線で、下り線の稚内方面行きホームとなっています。
宗谷本線02_b32
ホーム南側の旭川方寄りに駅舎はあり、
その先の南端に構内踏切が設置されています。
宗谷本線02_b33
二つのホームを連絡する構内踏切。
線路部分にだけ板が張られている簡素なものですが、
この踏切は特急列車も通過する踏切です。
宗谷本線02_b34
駅の東側にある2番線ホームです。
上り線旭川方面行きホームとなっています。
宗谷本線02_b35
こちらの2番線ホームは構造物がホーム上には無く
ご覧の通り土盛りのホームがあるのみとなっています。
宗谷本線02_b36
2番線ホームの東側には行き止まりの車庫のある側線があります。
これはかつては副本線だったのだそうで、外側にさらに側線があったのだそうです。


宗谷本線02_b37
こちらは道道438号天塩中川停車場線と道道541号問寒別佐久停車場線が
駅前のおよそ170mほどを東西に走る重用区間の光景です。
宗谷本線02_b38
駅から東側の交差点で二つの道道は合流しており、
北側の道道438号天塩中川停車場線は天塩川を渡って国道40号線へと連絡、
南の道道541号問寒別佐久停車場線は宗谷本線と併走し隣の佐久駅前までつながっています。
宗谷本線02_b44
二つの停車場線の起点となる駅前広場の入口ゲート。
宗谷本線02_b39
ゲート前では駅前広場に接して南北に町道が走っています。
宗谷本線02_b40
駅前広場の様子です。二つの道道の重用区間の東の終端に位置しており、
入口から駅舎の正面への部分は舗装がされていますが
左右の敷地は砂利敷きとなっています。
宗谷本線02_b42
町道へと出る広場の入口脇にある中川町のガイドマップ。
宗谷本線02_b41
駅前広場のゲートを駅舎側から見た光景です。
宗谷本線02_b43
こちらが広場の東側にある天塩中川駅の駅舎の外観となります。
駅は1922年(大正11年)11月に鉄道省天塩線が
音威子府駅から当駅まで延伸された際に誉平(ぽんぴら)駅として設置されました。
現在の駅名となったのは国鉄となった後の1951年(昭和26年)のこととなります。
宗谷本線02_b45
今の駅舎は1953年(昭和28年)に建てられた木造駅舎で、
以前は改修によってサイディングの貼られた味気無い外観の建物でした。
この駅舎が地元の中川町によって2014年(平成26年)に駅舎改修が行われており、
町有林のトドマツの間伐材を燻煙防腐処理して下見張りという
建築当時の姿へとレトロ回帰されて今の姿となっています。
宗谷本線02_b46
そして駅舎の左の前、広場の南側にはこちらの建物があります。
この建物はかつての保線事務所で駅の出札業務もこちらで行っていました。
しかし2016年(平成28年)に天塩中川駅での工務社員の配置が廃止されたことで
保線員もこちらには詰めておらず現在は使われていません。
宗谷本線02_b47
駅舎の中の様子です。2014年(平成26年)の駅舎改修では
建物の所有がJR北海道から中川町へと移管しており、
待合室のベンチや扉、窓枠などにも町有林のトドマツが使われています。
宗谷本線02_b48
広場側の出入口には雪国らしく風除室が。
宗谷本線02_b49
かつて駅務の事務所のあったスペースは交流プラザとして
町の施設となっています。かつての券売窓口の場所には
窓口を模したカウンターも作られています。
宗谷本線02_b50
ホーム側の出入口付近。
宗谷本線02_b51
こちらが駅のホームの様子です。
相対式ホーム2面2線の駅で列車交換が可能となっています。
駅舎のある東側のこちらが1番線ホームで上下主本線となっており、
列車交換が無い場合は基本的に上り列車も下り列車もこちらの1番線で発着を行っています。
宗谷本線02_b52
ホーム側から見た駅舎の外観。
作られてからまだ10年経っていません(註:2021年現在)が
70年前の駅舎を再現しているのでレトロな佇まいです。
宗谷本線02_b53
北側の稚内方のホームの様子です。
駅舎北側に貨物ヤードがあったのは近辺の他駅と一緒で
現在でもその跡を見ることができます。
宗谷本線02_b54
駅舎のホーム側の屋根には雪止めが設けられていますが、
良くみる金具が点在しているのでは無く、棒でバリケードのように作られており
ホーム側への雪の落下を防いでいます。
宗谷本線02_b55
南側の旭川方のホームの光景。
反対側のホームと連絡をしている構内踏切は南端の先に設けられています。
宗谷本線02_b56
こちらがホーム同士を連絡している構内踏切です。
宗谷本線02_b57
西側のホームは1番線ホームに比べて有効長が短い為、
踏切からはご覧の通りホーム入口のスロープが離れているので
通路の石畳が敷かれています。
宗谷本線02_b58
こちらが西側にある副本線の2番線ホームです。
列車の出発信号機がこちらは上り列車側にしか無いので
構造的に上り列車しか停車することができません
宗谷本線02_b59
ですので列車交換時のすれ違いの時に上り列車が使用する、と考えるところですが
近年はこの天塩中川駅での列車交換は設定されておらずその必要がありません。
なので一部の上り列車が使用するのみのホームとなっています。
宗谷本線02_b60
ホームの外側にはかつては引き上げ線があった為、土地に空間があります。
待合室やベンチなどはホームに作られておらずシンプルなホームとなっています。
宗谷本線02_b61
2番線から見た駅舎。
この駅は特急停車駅で1番線には特急が止まりますが、
有効長の関係から特急が増結された場合には一部ドアカットがあります。


宗谷本線02_b62
こちらは道道541号問寒別佐久停車場線の中川町字歌内付近の光景です。
佐久駅の駅前から北にほぼ宗谷本線と併走している道路ですが
8.4kmほど進んだところで次の駅の駅前へと辿り着きます。
宗谷本線02_b63
反対の北側から見た、駅前の交差点付近。
宗谷本線02_b65
駅から正面には町道が伸びており、天塩川を渡って
およそ1.4kmほどで国道40号線へと連絡をしています。
宗谷本線02_b64
切り返して町道から駅方向へ。
道道の先に砂利敷きの駅への道が伸びています。
宗谷本線02_b66
駅へと連絡する道を東へ。
宗谷本線02_b67
砂利道が分岐する右手に駅が見えます。
ちなみに分岐の左手も駅の敷地の様でバラスト(砂利)が集積されていました。
宗谷本線02_b68
こちらが歌内駅の駅の外観です。1923年(大正12年)11月の
国鉄天塩線の延伸によって宇戸内(うとない)駅として開業をしました。
1951年(昭和26年)7月に現在の歌内駅へと改名されています。
宗谷本線02_b69
駅前はご覧の砂利道のつきあたりが広場の代わりとなっているもので
車の転回程度は可能となっています。
宗谷本線02_b70
駅は1984年(昭和59年)に宗谷本線のCTC導入によって無人駅となっており、
その後昭和から平成へと変わったあたりで木造駅舎が解体されています。
現在のヨ3500車掌車を改造した貨車駅舎は解体された木造駅舎の
基礎の上に置かれたもので、現在でもコンクリート基礎が残っています。
宗谷本線02_b71
駅舎の中の様子です。いわゆるダルマ駅と呼ばれる貨車駅舎なので
中はご覧のこじんまりとした部屋にベンチが置かれているものとなります。
宗谷本線02_b72
壁には増設された窓があり、奥にはトイレも増設されています。
時刻表を見ると一日上下3本づつとなっていました。
宗谷本線02_b73
ホーム側から見た駅舎の様子です。
貨車駅舎の置かれた場所を見ると、残った基礎から
元の木造駅舎がそれなりの大きさの建物であったことが分かります。
宗谷本線02_b74
駅のホームの様子です。単式ホーム1面1線の棒線無人駅で
土盛り砂利敷きのホームとなっています。
宗谷本線02_b75
かつては相対式2面2線の駅だったのだそうで、
現在のホームの線路反対側の東にもう1面の単式ホームがあったそうです。
また旧駅舎の基礎の北側には貨物ヤードの引込み線のあったのだそうです。
宗谷本線02_b76
駅のある中川町字歌内の2015年(平成27年)の国勢調査データーでは
世帯数8、人口18名となっています。そのためJRの調査で
1日平均の乗降客数が1名以下となっており、何度か駅廃止の俎上へと上がっていました。
そのため2020年(令和3年)4月からは中川町へと駅の維持管理が移管されています。


宗谷本線02_b77
こちらは道道583号上問寒問寒別停車場線の終点近くの光景です。
隣の歌内駅の前を通る道道541号問寒別佐久停車場線は山側に迂回するルートを取り
南北に走るこの道道の、ご覧の交差点から700mほど北に合流をしています。
宗谷本線02_b78
交差点の西側は道道395号問寒別停車場下国府線という別の道道で、
宗谷本線と天塩川を跨いで国道40号線へと連絡をしています。
宗谷本線02_b79
交差点東側は町道となっており、
二つの道道がこの交差点で合流をして南側の駅へと向かっています。
町道から交差点の向こう側の道道395号線沿いは問寒別の集落で
この近辺では比較的大きな集落となっています。
宗谷本線02_b80
交差点から駅までは二つの道道の重用区間で
舗装が途切れると砂利敷きの駅前広場となります。
宗谷本線02_b81
駅前広場の様子です。広場の一角には北海道ではよく見るD型倉庫が。
宗谷本線02_b82
砂利道と草地で境界が分かりづらいですが、駅前広場の敷地は
どうやらこの広めの空間の一角のみの様です。
宗谷本線02_b83
そして広場の南側にあるのがこちらの問寒別駅の駅舎です。
1923年(大正12年)11月に鉄道省天塩線の延伸開業で設置された駅で、
木造駅舎の置かれた有人駅でしたが1986年(昭和61年)に無人化されると
すぐに駅舎も解体されてヨ3500形車掌車を元とした貨車駅舎が設置されました。
宗谷本線02_b89
旧駅舎の基礎跡の上に現在の貨車駅舎が置かれているのは他の駅と同様で
ご覧の通り今でもコンクリートの基礎跡を確認する事ができます。
宗谷本線02_b84
駅舎の中の様子です。貨車駅舎のダルマ駅ですので
中は他の貨車駅舎と同様にベンチが置かれるのみとなっています。
壁には問寒別駅の歴史が掲示されるなどしており手入れと管理の行き届いた状態です。
宗谷本線02_b85
ホーム側から見た駅舎。2015年(平成27年)に幌延町によって
貨車駅舎の外壁に鋼製サイディングが張られてリニューアルされており
ダルマ駅ながら綺麗な外観となっています。
宗谷本線02_b86
こちらがホームの様子です。単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
この駅もかつては相対式2面2線ホームと、
駅舎北側に貨物引込み線のある駅だったそうです。
宗谷本線02_b87
土盛り砂利敷きのホームの線路の反対側には鉄道防雪林が広がっています。
2015年(平成27年)国勢調査では問寒別駅のある幌延町字問寒別の世帯数は113、
人口は224名となっています。駅前に有る程度の市街地が形成されていることからも
近辺では比較的大きな集落であることが分かります。
宗谷本線02_b88
しかしながら駅前に家があるこの駅でも一日平均乗降客数は3名以下であり
JR北海道より2020年度での廃止候補の駅の一つに挙げられました。
これに対して地元の幌延町は「市街地がある」事を理由として
2021年4月以降当駅施設を自治体管理へと移行する事を了承しています。


宗谷本線02_b90
こちらは問寒別駅から西へ2.1kmほどに位置する町道です。
この付近は河川に阻まれるなどして行き止まりの道が多く、
ご覧の道も問寒別駅と集落側からのみたどり着ける町道となります。
宗谷本線02_b92
切り返して踏切と反対側の北側を見るとご覧の光景で
周辺に建物は見あたりません。
宗谷本線02_b91
町道と宗谷本線の交わる踏切は「中問寒別糠南線踏切」という名前で
踏切の東側を見るとご覧の通りホームがあるのが見えます。
宗谷本線02_b93
踏切の南側に伸びている道は天塩川支流の問寒別川に突き当たり
砂利道となって行き止まりとなっています。
旧川の三日月湖が残るこの付近は問寒別川が天塩川に合流する付近で
釣り師にとってはイトウの名釣り場なのだそうです。
宗谷本線02_b94
切り返して踏切方面へと戻ります。
踏切南側には線路脇には伸びる砂利道が。
宗谷本線02_b95
砂利道を進むとすぐ左手に駅のホームがあります。
宗谷本線02_b96
こちらが糠南駅の駅の全景です。駅は1955年(昭和30年)に
旭川鉄道管理局設定の糠南仮乗降場として設置されたもので
国鉄分割民営化となった1987年(昭和62年)に正式駅へと昇格しています。
宗谷本線02_b97
駅前の砂利道からホームまでは鉄道用地内の草地であり、
ホームのスロープまでけもの道状に道があります。
この線路脇の草地にはかつては木造の待合室があったそうですが
1987年(昭和62年)の台風12号(通過時は温帯低気圧)で崩壊したそうです。
宗谷本線02_b98
こちらが駅のホームの様子です。単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
木造ホームで有効長が1両分といういわゆる朝礼台と呼ばれるタイプのホームとなります。
宗谷本線02_b99
東側から見た駅ホームの光景。奥が稚内方となります。
宗谷本線02_c02
駅の周辺を見渡すとご覧の通りの光景で周囲は牧草地となっていて、
近辺では牧草を丸めてラッピングした牧草ロールを見ることができます。
宗谷本線02_c01
そしてホームの稚内方の西端の入口近くに設けられているのが
この駅を全国的に有名にしているこちらのヨド物置の待合室です。
前述の台風で駅の木造待合室が崩壊した後に、地元の有志が設置したもので
普通の物置の側面に窓が設けられています。
宗谷本線02_c03
ホームから張り出して増設された木製デッキの上に待合室が置かれていますが、
明らかにホームと待合室前のデッキの色が違うのは、JR北海道管理のホームと
町管理の待合室ではメンテナンスの頻度が違うからでしょうか。
宗谷本線02_c04
待合室のデッキの構造と物置の置かれ方から、
元々は大引き(ホームから土台へと架けられた横梁)の上に
一枚張りで床板が張られていた様子です。
宗谷本線02_c05
しかし恐らくは老朽化の為床板が脆くなって踏み抜く危険が出た為、
後から上張りで床板が増し貼りされて補強された様です。
予算の都合なのでしょうが、物置の前だけ渡し板のように補強した通路が
この駅を管理する予算や人員の不足を物語っています
(転落の危険を残す補修は意味が無いので普通はやらないのです。)
宗谷本線02_c07
待合室に物置を転用したのも安価に設置できるからなのだそうですが、
それが逆にこの駅を有名にした上に毎年イベントが開かれて
愛好家の訪問が絶えない観光資源にまでなったのですから分からないものです。
宗谷本線02_c06
待合室の中はご覧の通りで普通の物置の壁に時刻表などが掲示されています。
ベンチの代わりに置かれたビールケースが2つと
除雪の為のスコップやスノーダンプがありました。
宗谷本線02_c08
ホームから踏切への光景です。
糠南駅は問寒別駅と同じ幌延町字問寒別にある為、
駅周辺だけの国勢調査資料はありませんが
新聞記事などによると糠南駅周辺には酪農を廃業した民家が1件あるのみで
JRの調査でもここ10年以上地元の駅利用者は確認されていません。
宗谷本線02_c09
ですのでこれまでも何度も駅は廃止の候補として挙げられてきました。
しかし地元の幌延町が「秘境駅等鉄道系資産によるまちおこしの象徴的存在であり
民間有志による大規模イベントも開催されている」として存続の意向を示し、
2021年4月以降は町の駅施設管理による駅存続へと移行されています。
ただ、待合室のあるデッキの現状を見ると決して前途は安楽では無いでしょう。


宗谷本線02_c10
こちらは道道302号雄信内停車場線の光景です。
道の傍らには数軒の廃屋が点在しています。
宗谷本線02_c11
この道は停車場線のの曲がり角から南西に300mほどで
道道256号豊富遠別線と合流しており、重用区間となって
南1.2kmほど先の国道40号線へと連絡をしている道路です。
宗谷本線02_c12
その停車場線がカーブで北へと曲がり、80mほど進むと駅舎につきあたります。
宗谷本線02_c13
こちらが雄信内駅の駅舎の外観です。
1925年(大正14年)7月に鉄道省天塩南線の延伸で開業した駅で、
現在の駅舎は1953年(昭和28年)に建てられたものとなります。
宗谷本線02_c14
駅舎前の南側には駅前広場となる砂利敷きの敷地が広がっています。
停車場線の終端の広場は広さは十分にあるので車の転回や駐車も可能です。
宗谷本線02_c15
駅舎の中の様子です。1984年(昭和59年)までは
旅客窓口が営業していたので当時の窓口がそのまま残っています。
コンクリート土間の待合室の東側には木製ベンチが設けられています。
宗谷本線02_c16
ホーム側の駅舎出入口付近の様子です。
扉の脇には木製の駅名標が掛けられています。
宗谷本線02_c17
駅のホームの様子です。相対式2面2線の駅となっており列車交換が可能です。
駅舎のある南側のこちらのホームが下り稚内方面行きホームの1番線です。
宗谷本線02_c18
ホーム西端の稚内方の光景。
かつての貨物引き上げ線の線路も残っているのが見えます。
宗谷本線02_c19
駅舎はホームの東端側の旭川方に建てられています。
東の先端部には隣のホームとの連絡をする構内踏切が設置されています。
宗谷本線02_c20
構内踏切の様子です。線路部分にだけ板の張られた簡素なものとなっています。
宗谷本線02_c21
北側にある上り線旭川方面行きの2番線ホームです。
土盛り砂利敷きのホームのみで上屋などはありません。
宗谷本線02_c22
ホームの更に北側にはかつては副本線の線路があったそうですが
平成に入ってまもなむ撤去されています。
宗谷本線02_c23
旅客扱いの駅員が廃止された後も閉塞を扱う運転要員は詰めていましたが
1986年(昭和61年)には宗谷本線のCTC化によって
それも廃されて完全に無人駅となります。
駅舎の駅事務室だったスペースは冬季の保線要員の詰所として使われているそうです。
宗谷本線02_c24
住民基本台帳によると雄信内駅のある幌延町字雄興の
2017年(平成29年)の世帯数は2、人口は5名となっています。
駅周辺も廃屋ばかりで人の姿は無く駅周辺は「廃村」と呼ばれる状態となっています。
宗谷本線02_c25
なので駅についてもJR北海道から廃止の提案があったものの、
地元の幌延町が「宗谷本線の歴史を伝える国鉄型木造駅舎の
希少性について考究が必要」として存続を希望。
2021年(令和3年)4月より駅施設を自治体維持管理へと移行しています。



旭川から宗谷本線の駅を順に追って、やっと上川管内から宗谷管内へと入りました。
まだまだ線路は100km近く続いていますので続きはその7にて書きます。

では。

宗谷本線02_b08
宗谷本線の記事の続きです。


その1(旭川駅━比布駅)はこちら
その2(比布駅━士別駅)はこちら
その3(士別駅━名寄駅)はこちら
その4(名寄駅━美深駅)はこちら



宗谷本線02_94
こちらは美深14線道路が宗谷本線と交わる14線踏切を東側から見た光景です。
この踏切の西南側の脇に次の駅があります。
宗谷本線02_95
美深駅から直線で3.6kmの場所にある宗谷本線の初野駅の全景です。
駅は1948年(昭和23年)に初野仮乗降場(旭川鉄道管理局設定)として開設され、
国鉄時代の1959年(昭和34年)に正式な駅へと昇格をしています。
宗谷本線02_99
踏切から西側へも14線道路が続いていますが
360mほど進むと国道40号線と交わる交差点があります。
宗谷本線02_98
西側から見た14線踏切付近。
宗谷本線02_96
そして踏切の西側のすぐ脇にご覧の駅への入口があります。
小さなプレハブの待合室が置かれた最低限の広さの敷地で
ホームへのスロープもこちらにあります。
宗谷本線02_97
こちらが駅の待合室の外観です。
プレハブの小さな建物は平成に入って建てられたものだそうですが
詳細な年月日は不明です。建物脇には自転車置き場が。
宗谷本線02_a01
待合室の中はご覧の通りです。
木製ベンチが作り置かれているのみの簡素なものでした。
なおこの待合室には電源がありませんので夜も明かりはありません。
宗谷本線02_a02
正面にはホームへと上る板張りのスロープがあります。
駅前の敷地は乗用車1台がやっと停められそうな広さしかありません。
宗谷本線02_a03
ホームの様子です。単式ホーム1面1線の棒線無人駅で、
鉄骨の土台に床は板張りとなっています。
外周の柵は単管パイプで組まれた比較的新しいものなので後付けでしょう。
宗谷本線02_a04
駅周辺はご覧の通り鉄道防雪林のほかは一面の田畑が広がります。
建物はほぼ見当たらない状態ですが、駅1km圏内にはおよそ100名の人口があり
駅利用者も平成27年~令和1年調査で3.2人/1日となっていて
JR北海道の駅廃止の基準をクリアしています。


宗谷本線02_a05
こちらは道道445号紋穂内停車場線という道道の停車場線です。
国道40号線から天塩川を渡って南へと曲がり、駅へと連絡をしている1kmほどの道路で
ご覧のカーブの先が終端の駅付近となります。
宗谷本線02_a06
カーブの南側目の前は天塩川の堤防があって河川敷が広がっています。
宗谷本線02_a07
曲がった道を北西の奥へと進むとすぐに駅前の広場があります。
宗谷本線02_a08
駅前広場はご覧の通り砂利敷きで
車の展開できる空き地という表現が正しいものです。
東の端にホームへと上る坂があって貨車駅舎へと通じています。
宗谷本線02_a09
こちらが紋穂内駅の駅舎の外観です。
駅は1911年(明治44年)11月に鉄道院天塩線の延伸開業で設置されたもので
国鉄時代には木造駅舎があったそうですが1984年(昭和59年)の駅無人化で解体され
ヨ3500車掌車を改造した貨車駅舎となっています。
宗谷本線02_a10
現在の駅舎の周囲を見ると木造駅舎時代の建物の基礎が残っています。
コンクリートの基礎ではなく煉瓦にモルタルの基礎であるのが時代を感じます。
宗谷本線02_a11
雨ざらしで車体は錆が浮いて塗装がひび割れ剥がれた状態となっています。
2015年(平成27年)国勢調査では駅のある紋穂内地区の世帯数は11世帯で
人口は22名なのだそうですので、駅舎を手入れする人手が無いのでしょう。
宗谷本線02_a12
駅舎内の様子です。いわゆるダルマ駅の貨車駅舎ですので中はご覧の広さです。
床はベニヤではなく縞鋼板(チェッカープレート)製で木製のベンチが置かれています。
宗谷本線02_a13
ホーム側から見た駅舎。
宗谷本線02_a14
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線でこの駅も棒線無人駅となっています。
ホームは舗装されておらず砂利敷きです。
宗谷本線02_a15
駅周辺はかつては林業で栄えた土地でしたので
千鳥式ホーム2面2線に木材出荷の貨物線まであったそうですが
1984年(昭和59年)には無人化に伴って交換設備が撤去されています。
宗谷本線02_a16
この駅は利用者数が1.6人/1日(平成27年~令和1年調査)という数であり、
2021年(令和3年)3月のダイヤ改正での廃止が決定しています。


宗谷本線02_a17
こちらは道道118号美深中川線の様子です。
国道40号線から分岐した道道はアンダーパスで国道をくぐって北東に進み、
600mほどでご覧の交差点に差し掛かって南西へと進路を変えます。
付近は恩根内の集落で、この交差点の北東側に宗谷本線の次の駅が設けられています。
宗谷本線02_a18
交差点から南西方向の光景。進路を変えた道道118号線が延びており、
小車峠を越えて中川町方面へと向かっています。
宗谷本線02_a19
切り返して南西側の道道118号線上から見た交差点付近。
奥に駅舎の建物があるのが見えます。
宗谷本線02_a20
交差点を北西の町道側から。左が駅となります。
宗谷本線02_a21
そして交差点から北東の駅の方向へ。
左手の角地には駅前のバス停がありバスの展開場となっています。
宗谷本線02_a22
交差点から50mほどで駅前の広場があります。
砂利敷きの行き止まりの空き地で、車が展開できるほどには広さがあります。
宗谷本線02_a29
駅舎側から見た駅前の交差点方向の光景。
宗谷本線02_a23
こちらが恩根内駅の駅舎の外観です。
1911年(明治44年)11月に鉄道院天塩線が当駅まで延伸して開業しました。
国鉄時代は開業当時からの木造駅舎のある有人駅でしたが
1986年(昭和61年)に無人化されて駅舎も解体。一旦は貨車駅舎となりました。
その後1993年(平成5年)に現在の駅舎が建てられ供用されています。
宗谷本線02_a24
駅舎の中の様子です。
比較的新しい建物の中はコンクリート土間に木製ベンチが置かれ
トイレや物品庫も中にいありました。
宗谷本線02_a25
ホーム側の駅舎前の様子です。
宗谷本線02_a26
ホームの様子です。単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
土盛り砂利敷きのホームで駅舎側の地面とは続きとなっています。
宗谷本線02_a27
この駅もかつては千鳥式2面2線で、他に貨物の積み下ろし線のある駅でした。
その為駅の線路周辺には草に埋もれたかつてのホームや線路跡が空いています。
宗谷本線02_a28
JR北海道からは当駅に関して2020年度を目処に廃止の意向を示しました。
しかし恩根内自治体が存続を希望、美深町への駅維持管理を移行する事での存続となりました。


宗谷本線02_a30
こちらは国道40号線から美深町と音威子府村の境界の
美深側手前の交差点を南へと入った道路の光景です。
2車線道路が国道から延びていますが、700mほど進んだ宗谷本線の踏切で
舗装は途切れて砂利道となります。
宗谷本線02_a31
この宗谷本線の清水線踏切の脇には通行止標識が立てられています。
車両だけでなく歩行者も通行止めという意味の標識なので、
12月1日から3月25日までの期間はこの踏切から先は通れないという事になります。
宗谷本線02_a32
踏切を渡った南側で砂利道は東へカーブを描いています。
駅まではカーブからご覧の道をおよそ800mほど進む事になります。
宗谷本線02_a33
砂利道から駅が近づくと道路の舗装が復活しています。
木々と草むらしか見えないこの道に街灯が一本立っていますが
その向かい側が駅への入口となります。
宗谷本線02_a44
反対の東側から見た駅入口付近。
宗谷本線02_a34
草むらの横道を北へと入った、正面の築堤上にあるこちらが豊清水駅の駅舎の外観となります。
1946年(昭和21年)10月に豊清水仮乗降場として設置された駅で
設置当初は単式1面1線の棒線駅でした。

国鉄となった後の1950年(昭和25年)に正式な駅へと昇格。
その際に交換設備が作られて島式1面2線の駅となります。
駅舎も駅昇格時に建てられたものです。
宗谷本線02_a38
階段の上から見た駅前方向。
宗谷本線02_a35
こちらが駅舎の中の様子です。建物の東の半分は保線の詰め所となっていて
西側の一部が旅客用の待合室となっています。
宗谷本線02_a36
有人駅だった時の窓口の跡も残っており、
板で塞がれた場所には運賃表が貼られていました。
宗谷本線02_a37
ホーム側から見た駅舎の様子です。改札を出ると目の前が線路であり、
左手に向かって構内踏切を渡ってホームへと入る事になります。
宗谷本線02_a39
駅舎の西側に鉄筋コンクリート造りの小さな建物がありますが
こちらは信号扱所で電気設備などが収められている様です。
宗谷本線02_a40
信号扱所の目の前にある構内踏切を渡ってホームへ。
西側のスロープのみがホームへの入口となります。
宗谷本線02_a41
ホームの様子です。島式ホーム1面2線となります。
1線スルー方式の線形となっており北側が本線、南の駅舎側が副本線の様です。
南側にはさらに1線、旧貨物用だった引込み線が残っています。
宗谷本線02_a42
土盛り砂利敷きのホームであり、ベンチなどの構造物は置かれていません。
宗谷本線02_a43
駅前の道へと戻ると正面左手には酪農倉庫などでよく見る
D型ハウスの残骸が打ち捨てられています。
かつては駅周辺にも集落があったそうなのですが相次ぐ離農で
現在は駅周辺はほぼ無人の状態となっています。
2015年(平成27年)の統計では駅半径500mの人口は0人
半径1kmまで広げても1世帯4名だったのだそうです。
宗谷本線02_a45
駅の北側にはおよそ150mの距離で国道40号線が線路と併走しています。
しかし駅から直接国道へとアクセスする方法は無いので
冬季通行止めの道を迂回しなければ辿りつけません。
駅から国道40号線までは車1台分の砂利道を西だと1.5km、
東まわりだと3kmほど進まないと到達できません。
宗谷本線02_a46
駅の南側は200mほどの距離で天塩川が流れています。
東側は美深町の楠という地名で道路周辺は一面の牧草地となっています。

ちなみに駅前道路を東に2.5km進んだ場所で宗谷本線の踏切となりますが
その踏切は「旧国道40号線踏切」という名前です。
すると豊清水駅前の道は国道40号の旧道という事になりますが
資料が見当たらないので詳細は不明です。

ただ、駅前の道が旧国道だとすれば豊清水駅から現在の国道40号線への
アクセスルートが無い理由も得心が行きます。
かつて栄えた楠集落の中心を抜けて豊清水駅前を国道が通っていて、
過疎化で人が居なくなった後に国道が付け替えられ駅はとり残されたのだ、と。

この豊清水駅も2021年(令和3年)3月のダイヤ改正で廃止が決まっています。
恐らく保線の為に駅舎などは廃止後も残ると思われますが
住民が居ない駅では廃止も已むを得ないのでしょう。


宗谷本線02_a47
こちらは国道40号線が音威子府村へと入って2.5kmほどで西へと入った道路の光景です。
国道から天塩川の止若内橋を渡るにはこの道を通る事になります。
その道路が宗谷本線と交わる踏切の脇に次の駅があります。
宗谷本線02_a48
こちらが踏切脇にある天塩川温泉駅の全景です。
1956年(昭和31年)に国鉄の南咲来仮乗降場として開設されたもので、
天塩川温泉仮乗降場へと1981年(昭和56年)に駅名が変更されています。
正式な駅へと昇格をしたのは1987年(昭和62年)の事で、
国鉄分割民営化でJR北海道へと移管されたことによります。
宗谷本線02_a49
駅前の踏切は「15線踏切」という名前で、
ホームへと入るスロープは踏切内に設けられています。
宗谷本線02_a50
踏切の西側はすぐに天塩川の河川敷につき当たってT字路となっています。
切り返して西側から見た駅前の光景です。
宗谷本線02_a51
こちらはT字路の目の前の河川敷の様子。
宗谷本線02_a52
天塩川温泉駅には駅前広場といったものはありませんが、
駅舎の前の踏切脇にご覧のスペースがあり車1、2台程度ならば停まることは可能です。
宗谷本線02_a53
ホームの様子です。単式ホーム1面1線の棒線無人駅で、
木製の有効長1両分のいわゆる朝礼台タイプのホームとなります。
他の朝礼台タイプ駅と違うのはホーム途中に待合室が設けられている点でしょう。
宗谷本線02_a55
待合室の入口。
宗谷本線02_a56
建物の中の様子です。
プラスチック製ベンチが置かれており、
反対側には小上がりのようなスペースが設けられています。
宗谷本線02_a54
以前は木造の待合室だったそうですが、
1990年代に現在のものに立て替えられたのだそうです。

天塩川温泉駅の平成27年~令和1年調査の駅利用者数は
0.4人/1日だったそうでほとんど利用者がいない駅となります。
その為JR北海道から廃止の打診がありましがた、
2021年(令和3年)4月以降は地元自治体による維持管理へと移行するそうです。
宗谷本線02_a57
こちらは駅から天塩川を渡った対岸にある天塩川温泉の住民保養センターです。
駅名の由来となった天塩川温泉は「常磐鉱泉」としておよそ90年前から
天塩川のほとりで湧出しており、薬用の飲用泉として利用されてきました。
その温泉を利用して音威子府村が1989年(平成元年)に作ったのが
こちらの保養センターとなります。

駅名が天塩川温泉となったのは1981年(昭和56年)で
こちらの保養センターより前ですが、天塩川温泉自体は
センターができる前から湧出しており、これが駅名の由来となっています。


宗谷本線02_a58
こちらは道道220号歌登咲来停車場線の終点付近の光景です。
「咲来停車場線」の名前が示す通り駅への連絡道路となります。
宗谷本線02_a60
終点からおよそ150mほどで交差点を南へと曲がる道道は
咲来の集落の中心部を400mほど抜けた後に
国道40号を越えて枝幸方面へと向かっています。
宗谷本線02_a59
停車場線の終端にはご覧の砂利の広場があります。
現在はほぼ何も無い空き地の様になっていますが、
かつてはこの広場の正面には木造駅舎、左手には貨物ヤードがあるなど
広い駅施設を持つ駅でした。
宗谷本線02_a61
広場の入口脇に建つこちらの建物は旧日通咲来営業所です。
林業で栄えた駅の貨物営業フロンでしたが貨物扱いの廃止に伴って
営業所も廃止されて建物は廃墟と化していました。
1997年(平成9年)に建物はライダーハウスとなり
旅行者の宿泊所として現在に至っています。
宗谷本線02_a72
広場北の旧貨物引込線跡地にはロープが張られていますが、
貨車が1両留置されているのが見えます。
こちらは「咲来貨物駅」と名づけられた個人所有の博物館なのだそうですが
一般公開はされておらず敷地も立ち入り禁止となっています。
宗谷本線02_a62
広場の南側には駅ホームへと通じるご覧の砂利道があります。
宗谷本線02_a63
こちらが咲来駅の待合室です。
1912年(大正元年)11月に鉄道院宗谷線の延伸で開設された駅でしたが
その後1986年(昭和61年)に無人化されて一旦は貨物駅舎となりました。
平成に入って現在の待合室がホーム脇に建てられています。
宗谷本線02_a66
待合室の中の様子です。
コンクリートの土間に木製ベンチが置かれています。
音威子府村に入ってからの宗谷本線の駅待合室には石油ヒーターが設置されています。
宗谷本線02_a64
ホームの入口は待合室前の北側のスロープのみとなります。
宗谷本線02_a65
こちらがホームの様子です。単式ホーム1面1線の棒線無人駅となります。
かつては千鳥式2面2線に貨物引込み線と積み下ろし用の副本線のある駅でしたが
無人化に伴って交換設備が撤去され、旧下り線ホームのみが残されました。
宗谷本線02_a67
ホーム南端の旭川方を見ると線路が微妙にS字を描いていて
かつての交換設備があった名残りが見られます。
宗谷本線02_a68
有効長は長いものの土盛り砂利敷きのホームは
待合室以外の構造物は見られず柱とミラーが建つのみです。
宗谷本線02_a69
駅名標の脇にある花壇には「咲来花駅長」との文字が。
宗谷本線02_a70
ホーム北端の稚内方の光景です。
宗谷本線02_a71
ホーム出口から駅前広場へと戻りながら右手を見ると、
線路脇にかつての木造駅舎の基礎跡が残っています。


宗谷本線02_a73
こちらはJR宗谷本線の音威子府駅の駅舎の外観です。
1912年(大正元年)11月に鉄道院宗谷線が当駅まで延伸して開設されました。
宗谷本線02_a74
音威子府駅からは1914年(大正3年)に西回りの天北線が小頓別駅まで延伸。
1922年(大正11年)には東回りの天塩線(現在の宗谷本線)が誉平駅まで開業し、
同時に天北線が稚内駅まで延伸開業して二つの路線が分岐をするターミナル駅となりました。

1926年(大正15年)には天塩線も全通して稚内駅までは西回りと東回りの2ルートとなり
音威子府駅は北の交通の要衝の役割となります。
宗谷本線02_a75
現在の駅舎は1990年(平成2年)に改築されたものです。
天北線が廃止された翌年に音威子府村によって「交通ターミナル」として建てられたもので
旧天北線の代替バスを運行する宗谷バスの窓口が併設されています。
宗谷本線02_a82
駅舎の前に設置された宗谷バスの音威子府停留場のバスポール。
宗谷本線02_a76
駅舎の南東側には駅前広場があります。
舗装された広場は駅駐車場となっていますが、
駅前を通る道路と一体化していてかなりの広さに感じます。
宗谷本線02_a77
広場の東側はJR北海道が駅前に設けたパークアンドライド駐車場で
黄色で区画されたスペースには30台のキャパがあります。
宗谷本線02_a78
駅駐車場の東側奥には音威子府村の複合福祉施設があり
高齢者の入居施設やデイサービス、地域コミュニティスペースが設けられています。
宗谷本線02_a79
そして駅舎の正面は舗装が続いていて駅前広場の一部の様に見えますが、
こちらは二つの道道の終点が交わる直角のカーブとなっています。
宗谷本線02_a80
宗谷本線に沿って西へと伸びるこちらは道道12号枝幸音威子府線です。
駅前からは350mほどで国道275号へと合流し、
14kmにわたって国道との重用区間となっています。
宗谷本線02_a81
一方の駅舎正面から南へと伸びるこちらは道道391号音威子府停車場線で
国道40号線と駅との120mを連絡する停車場線です。
宗谷本線02_b06
停車場線から見た音威子府駅の駅舎。

宗谷本線02_a83
こちらは駅舎の中の様子です。
村が交通ターミナルとして整備した建物であるだけに
タイル張りの床で綺麗に整備されたロビーが設けられています。
宗谷本線02_a84
駅舎に入ってすぐ左手にある宗谷バスのきっぷ売り場。
宗谷本線02_a85
反対の入って右手にはご覧の小上がりがあります。
宗谷本線02_a86
そして待合室ロビーの右奥にあるのがこちらの音威子府そばの常盤軒です。
「日本一美味いそば」として鉄道ファンには駅の代名詞と言えるほど有名な店ですが
残念ながら2021年(令和3年)2月8日で閉店してしまいました。
宗谷本線02_a87
またロビーの一角にはこちらの天北線資料室の入口があります。
宗谷本線02_a88
現在の宗谷本線よりも先に、浜頓別経由の東まわりルートで稚内まで開通をし、
1930年(昭和5年)まで宗谷本線を名乗っていた天北線の資料が展示されています。 宗谷本線02_a89
そしてこちらが音威子府駅の改札付近の様子となります。
駅員配置の有人駅でみどりの窓口が設置されています。
宗谷本線02_a90
ホーム側から見た改札付近。
宗谷本線02_a91
駅舎から構内に入って左手を見ると単式ホームが見えます。
改築前には現在の駅舎前付近までホームがあったようですが、
削り取られて現在は駅舎からホームが離れています。
宗谷本線02_a92
1番線ホームの様子です。
単式ホームとなっており有効長が短いことから
上下線の普通列車用ホームとなっています。
宗谷本線02_a93
切り替えして稚内方から見た1番線ホーム。
宗谷本線02_a94
この駅は単式1面1線と島式1面2線の計2面3線ホームとなっていて
島式ホームへは跨線橋で渡る事となります。
宗谷本線02_a95
こちらは跨線橋の中の様子です。
1921年(大正10年)に設置されたもので既に100年が経過しています。
宗谷本線02_a96
橋から見た駅構内の俯瞰。
宗谷本線02_a97
島式ホームへと下る階段です。
宗谷本線02_a98
こちらが島式の2、3番線ホームです。
2番線が下り線の稚内方面、3番線が上り線の旭川方面行きとなります。
宗谷本線02_a99
ホームの屋根下中央にある木彫りの蒸気機関車形のベンチ。
宗谷本線02_b01
西側の稚内方のホームの様子です。
一番駅舎から遠い3番線はかつては天北線が使用していたホームです。
宗谷本線02_b02
旧天北線は駅から稚内方へ500mほど、現在の宗谷本線と併走の後
北へ向かって右手にカーブを描いていました。
宗谷本線02_b03
こちらの島式ホームには普通列車同士の交換時には普通列車停まりますが、
主に特急列車が発着する為のホームとなっています。
宗谷本線02_b05
跨線橋の裏手となる東側の旭川方の光景。

宗谷本線02_b07
音威子府駅の駅舎から南西およそ100mほどの国道沿いには
「道の駅おといねっぷ」があります。こちらの施設内には
「天北龍」という蕎麦屋さんが入っており音威子府そばを食べる事ができます。
駅の中の「常盤軒」はもう食べられませんが音威子府のそばはまだ食べる事が可能です。


では宗谷本線の続きはその6にて。

【写真撮影:2020年8月】

宗谷本線02_93
引き続き宗谷本線の記事となります。


その1(旭川駅━比布駅)はこちら
その2(比布駅━士別駅)はこちら
その3(士別駅━名寄駅)はこちら



宗谷本線c87
こちらは道道939号日進名寄線がJR宗谷本線と交わる踏切付近を
東側から見た光景です。踏切手前の北側に次の駅の駅舎とホームがあります。
宗谷本線c88
道道939号線の8線踏切。
宗谷本線c89
踏切から西は260mほどの交差点で道道939号線は南へと左折しており
名寄市街の中心部へと通じています。
宗谷本線c90
切り返して西側から見た8線踏切方面。
宗谷本線c92
踏切から見た北側の駅のホームです。
宗谷本線c91
そしてこちらが日進駅の駅舎となります。
1955年(昭和30年)12月に日進乗降場として設置されたもので、
翌年の1956年(昭和31年)にご覧の待合室が作られています。
正式に駅として設置開業となったのは1959年(昭和34年)となります。
宗谷本線c93
駅舎の中はご覧の通りで床は無く直接地面に砂利が敷かれています。
木製のベンチが備え付けられたのみの簡素な造りとなっています。
宗谷本線c94
道道から駅舎、そしてホームまでは砂利が敷かれて通路となっています。
宗谷本線c95
砂利の通路からホームへと上がるスロープ。
宗谷本線c96
こちらが日進駅のホームの様子です。
単式ホーム1面1線で木製有効長1両分のいわゆる朝礼台タイプの駅です。
宗谷本線c97
無人駅であり、ホームの出入口は南の旭川方のスロープのみです。
宗谷本線c98
駅周辺はご覧の通り一面の農地が広がるのみとなっています。
この駅は「極端にご利用の少ない駅」としてJR北海道に挙げられた駅で
1日の利用者が1人未満であり廃止の候補でしたが
とりあえず2021年3月のダイヤ改正では名寄市の管理による存続が決まっています。


宗谷本線02_01
こちらは宗谷本線の「第2美深名寄線踏切」という踏切です。
宗谷本線02_02
踏切から南の旭川方を見ると駅のホームがあるのが見えます。
宗谷本線02_03
北へと踏切を渡って東へカーブする道を90mほど進むと
砂利の横道がありますがこちらが駅へと通じる道となります。
宗谷本線02_04
反対の東側から見た駅への入口付近。
宗谷本線02_07
砂利の道を進むとホームの入口が見えてきますが
その手前に木造の農機具小屋のような建物が見えます。
宗谷本線02_08
木造で下見張りに組まれた壁の、どう見ても農機具小屋のこの建物が北星駅の待合室です。
駅名標などはどこにも見当たらず、代わりに「毛織の北紡」という赤いホーロー看板が目立ちます。
北紡は旭川にあった毛糸を作る紡績会社でしたが1973年(昭和48年)に会社整理されています。
宗谷本線02_10
1959年(昭和34年)11月に宗谷本線の駅として新設開業した駅で、
仮乗降場からの昇格では無く、最初から駅として作られています。
宗谷本線02_09
待合室の中の様子です。外には駅名を示すの物はありませんが
中には運賃表や時刻表が掲示されている紛れも無い駅の施設です。
コンクリートの土間の上に木造の建屋が建っており、
木製の壁にベンチが作りつけられています。
窓も昔ながらの木枠のものとなっています。
宗谷本線02_11
待合室から砂利道を進むとすぐにホーム入口のスロープがあります。
宗谷本線02_13
スロープの足元の礎石には「昭和三十一年」の文字が。
駅は昭和三十四年に開設ですので詳細は謎です。
宗谷本線02_12
こちらがホームの様子です。単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
有効長1両分の木造ホームでいわゆる朝礼台と呼ばれるタイプの駅となっています。
宗谷本線02_14
この北星駅は2021年(令和3年)3月のダイヤ改正で廃止が決まっています。
2017年(平成29年)にもJR北海道が廃止を表明した駅で
当時は名寄町が承諾しませんでしたが、今回は廃止が承認されてしまいました。
宗谷本線02_15
駅の南側は線路に沿って天塩川が流れており、北側はご覧の通りの光景です。
駅周辺には集落はありません。
宗谷本線02_16
ちなみに名寄市の2016年(平成28年)度の住民基本台帳では
北星地区の住民数は1名となっています。
つまり駅周辺には住民が1名しかいないという事となります。
宗谷本線02_17
駅のホームから駅前の市道へと戻ります。
宗谷本線02_05
市道へと出て踏切と反対側の東の旭川方へと進むと
60mほどで片方が砂利道の三差路となります。
しかしこの先は車で進むとどちらへ行っても行き止まりとなっており
南の旭川方から駅へと通じる道路はありません
宗谷本線02_06
三差路の反対側は踏切を渡ると宗谷本線と併走をして北上しており、
そのまま1.8km先の智恵文駅の駅前まで一本道となっています。
周辺にほぼ民家が無い上、駅に至るには隣の駅前を通らないと行けない駅
これは正直廃止も已む無しなのかなと思わざるを得ません。


宗谷本線02_18
こちらは道道252号美深名寄線の名寄市智恵文付近の光景です。
前方の交差点で道道252号線は左の西側へと向かって曲がり
美深方面へと伸びています。
宗谷本線02_24
西の美深方面への道道252号線。
宗谷本線02_19
交差点の南西角にある八幡神社。
この神社があるからか、このあたりは智恵文八幡地区と呼ばれています。
宗谷本線02_20
神社の裏手には天塩川の三日月湖の智恵文沼が。
宗谷本線02_21
交差点の南側も道道252号線が延びており、2kmほど先の
天塩川を渡った対岸が智恵文の中心地区となっています。
宗谷本線02_22
神社の向かい、交差点の南東角には広場があって消防団の倉庫が。
この倉庫脇の東へ向かう道は宗谷本線と併走しており、
およそ2km先の北星駅までの一本道となっています。
宗谷本線02_23
そして交差点の北西角には智恵文郵便局があります。
この郵便局の前の道は道道292号智恵文停車場線という道道に指定されており、
八幡神社の交差点から駅までのおよそ100mの短い停車場線となります。
宗谷本線02_25
停車場線を進んだ北のつき当たりには砂利の広場があり
奥に駅があるのが見えます。
宗谷本線02_26
こちらが智恵文駅の駅舎の外観となります。
1911年(明治44年)11月に鉄道院天塩線が名寄駅━恩根内駅間を
延伸開業した際に途中駅として設置開業しました。
木造の駅舎がある駅でしたが国鉄時代の1986年(昭和61年)に無人化され
ほどなく駅舎も解体されて代わりに貨車駅舎が設置されました。

当初は素の貨車にペイントが成された駅舎でしたが
錆びた車体が補修され、鋼鈑サイディングが貼られて現在の外観となっています。
宗谷本線02_31
ホームと駅前広場との間に残る木造駅舎時代の基礎の跡。
宗谷本線02_32
駅前広場は広さこそあるものの特に構造物がある訳でもなく
ご覧の通りの空き地は広がっている状態です。
宗谷本線02_27
駅舎の中の様子です。
貨車駅舎なのでご覧の通りベンチが置かれたのみの簡素なものとなります。
宗谷本線02_33
ホーム側から見た駅舎の様子。
宗谷本線02_28
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となります。
かつては相対式2面2線の駅で貨物の引込み線まであったそうですが
1986年(昭和61年)の無人化に併せて交換設備も撤去されています。
宗谷本線02_29
ホームも砂利敷きとなっており、駅前広場と砂利が地続きとなっています。
宗谷本線02_30
線路の反対側にかつての交換設備のスペースを感じますが
ご覧の通り痕跡はほぼ残っていません。


宗谷本線02_34
智恵文駅前で西へと曲がった道道252号美深名寄線を
宗谷本線と智恵文沼に挟まれて2kmほど進むと
T字路で道道は再び右手へと進路を変えています。
宗谷本線02_35
反対の西側から見たT字路付近。
宗谷本線02_41
交差点の南側にはご覧の一面の農地が広がり視界を遮るものはありません。
宗谷本線02_36
T字路を北へと入るとすぐに宗谷本線の
第3美深名寄線踏切があります。
宗谷本線02_37
踏切から西の稚内方を見ると線路脇に駅のホームがあるのが見えます。
宗谷本線02_38
北へと踏切を渡って美深方面へと伸びる道道252号線。
この先に集落があり駅の利用者があるそうです。
宗谷本線02_39
切り返して踏切方面の光景。踏切脇に駅への入口があります。
宗谷本線02_40
道路から入るとすぐにホームへの階段があります。
この駅には駅前広場といったものは無く、
線路脇の敷地が僅かにあるのみとなっています。
宗谷本線02_43
ホームの入口の様子です。
階段は鉄骨階段でホームの土台や柵なども鉄骨造りとなっています。
ホームの土間はPC(プレキャストコンクリート)板が使われていました。
宗谷本線02_42
こちらが駅のホームの様子です。単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
1959年(昭和34年)11月に旭川鉄道管理局設定の智北仮乗降場として設置され、
JR北海道へと移管された1987年(昭和62年)に正式な駅へと昇格をしています。
宗谷本線02_44
現在ホーム東の目の前の踏切の道道252号美深名寄線は
1991年(平成3年)にルートが付け替えられて現在の位置となっています。
その際に旧道脇にあった智北駅も現在の場所へと東に100mほど移動しています。
駅が鉄骨造りで新しいのは移転で作られたものだからです。
宗谷本線02_45
智北駅には駅舎は無くホーム上にご覧のプレハブの待合室があります。
宗谷本線02_46
中はご覧の通りでプレハブの室内に木製のベンチが置かれています。
風雪に晒された外壁はベニヤで補修の跡が見られますが
室内は比較的綺麗な状態でした。


宗谷本線02_47
こちらは美深町の最南部の天塩川北岸に位置する美深3線道路の光景です。
周囲には見渡す限りの田畑が広がる光景となっています。
宗谷本線02_48
この美深3線道路が宗谷本線と交わる場所にご覧の3線踏切という踏切があります。
宗谷本線02_49
その踏切の東側の線路脇に南美深駅のホームが設けられています。
駅は1956年(昭和31年)7月に旭川鉄道管理局設定の南美深仮乗降場として設置されたもので
1959年(昭和34年)に正式な旅客駅へと昇格をしています。
宗谷本線02_53
ホーム入口のスロープは稚内方にのみありますが、
直接踏切に接している状態で駅入口は踏切内にあるという状況です。
宗谷本線02_50
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
木製ホームで有効長1両分という朝礼台タイプのホームとなっています。
宗谷本線02_51
この南美深駅は2021年(令和3年)3月のダイヤ改正で廃止が決定しています。
2016年(平成29年)にもJR北海道より廃止の意向が美深町に伝えられましたが、
この時は「世代交代が進み将来有望な地域」として廃止を拒みました。
しかしながら今回は廃止を受け入れざるを得なかった様です。
宗谷本線02_52
踏切から南西方面の光景です。目の前が三差路となっていますが
写真手前の踏切から奥へと伸びる美深3線道路は900mほど先で
国道40号線と交わっています。
宗谷本線02_54
西側の道道252号線上から見た駅方面。
宗谷本線02_55
踏切の西側の三差路からは、美深3線道路から分岐した道が
東に向かって宗谷本線に沿い旭川方へと道が伸びています。
この道を進むと隣の智北駅までたどり着くことができます。
宗谷本線02_56
そして切り返して三差路へと戻ると北東の角にある
こちらが南美深駅の駅待合室です。
木造の建屋の壁一面に緑のトタン板が貼り付けられた建物は
駅の表示は表には無く「南美深待合所」と書かれた看板が架かっています。
宗谷本線02_57
中の様子です。木造の羽目板張りとなっており、
床や壁の一部には合板が張られています。無垢の状態の為
羽目板には水染みが、合板は剥がれかけた箇所が見受けられます。
宗谷本線02_59
簡易テーブルに丸椅子とビールケースのみというのが
建物の造りと併せて農家の物置感を強く感じさせます。


宗谷本線02_60
こちらは国道40号線の大通南一丁目交差点付近の光景です。
美深町の中心市街地である国道沿いのこちらの交差点が
国道から駅への入口となっています。
宗谷本線02_61
交差点の北西の稚内方にも沿道に店舗が立ち並んでおり、
個人商店が多くシャッターの降りた店も多いとはいえ
周辺の畑と山しか無い光景と比べると、さすが名寄以北では稚内に次ぐ都市だと言えるでしょう。
宗谷本線02_62
切り返して北西側から見た大通南一丁目交差点付近。
宗谷本線02_63
この交差点は北東側が道道680号班渓美深停車場線という道道であり
国道40号線と駅とを300mほどで連絡している停車場線となります。
宗谷本線02_64
停車場線を駅の方向へ。突き当たりに駅前広場と駅舎があります。
宗谷本線02_65
こちらが美深駅の駅舎の外観です。
1911年(明治44年)11月に鉄道院天塩線の延伸開業によって設置された駅で
当初は「ぴうか駅」という読みでしたが
1951年(昭和26年)に現在の「びふか駅」と読みが改められています。
宗谷本線02_66
国鉄時代までは木造駅舎が建っていましたが、
民営化後の1987年(昭和62年)に美深町によって現在の
「美深町交通ターミナル」との合築駅舎へと改築されています。
宗谷本線02_67
駅前広場は広さはあるものの舗装されたのみのもので
駐車場としての区画によって駅前ロータリーの役割を果たしています。
宗谷本線02_68
広場に置かれた美深町の観光案内地図看板。
宗谷本線02_69
看板に描かれた美深駅周辺の地図です。
宗谷本線02_70
広場から国道方面の停車場線を見返すと、
T字路の南東角に美深駅前交番があります。
宗谷本線02_72
こちらは駅前広場に面している、宗谷本線と併走している町道。
南東側は住宅が並んでおり、線路側には公園があります。
宗谷本線02_71
北西側は赤レンガの農業倉庫が並んでいますが
現在は本来の用途では使用されていません。

宗谷本線02_73
駅舎へと戻って中の様子です。
美深町が窓口業務を委託されている簡易委託駅ですが
待合室はご覧の通りちょっとしたロビーの様になっています。
宗谷本線02_75
その待合室の一角には美深町の観光案内所があり
物販コーナーが併設されています。
宗谷本線02_74
そしてベンチの並ぶその奥には二階へと上がる階段があり、
階段の蹴込みには「旧国鉄美幸線資料館」と書かれています。
宗谷本線02_76
上へと上がると二階に資料室の入口が。
宗谷本線02_77
中には美深駅からかつて分岐していた国鉄美幸線の資料が
並べて展示されていました。

宗谷本線02_78
こちらは改札付近の様子です。
ホーム側には木製の「美深驛」と書かれた駅名標があります。
宗谷本線02_79
駅は千鳥式ホーム2面2線となっており、こちらは駅舎のある1番線ホームです。
下り線の稚内方面行き列車の使用するホームとなります。
宗谷本線02_80
旭川方のホーム南東端の光景。
かつて美幸線が分岐していた南側が望めます。
宗谷本線02_81
切り返して稚内方を見たホームの様子。
20m6両分の有効長があります。
宗谷本線02_82
ホーム北西端の跨線橋入口。
跨線橋は宗谷本線でいくつか見かけるガーター橋の転用されたものです。
宗谷本線02_83
こちらは跨線橋の中の様子です。
二つのホームを構内で連絡しています。
宗谷本線02_84
跨線橋からの駅構内の俯瞰です。
宗谷本線02_85
駅の北側に位置する2番線ホームの様子。
上り線の旭川方面行き列車が使用するホームとなります。
宗谷本線02_86
ホーム北西端の稚内方の光景。
元々美深駅は国鉄形のホーム配線の駅で、こちらのホームは島式ホームでした。
ですので現在の2番線の反対側にはかつての3番線がありましたが
今では草に埋もれて跡形もありません。
宗谷本線02_87
そして2番線ホームから北へと延びるこちらの舗装通路。
草むらの空き地を横切って離れた町道へと通じています。
宗谷本線02_88
連絡道路の先の町道の様子。
宗谷本線02_89
美深駅の北側に接する空き地はかつての製材所が立ち並んだエリアでした。
駅から貨物の引込み線もあって、林業が主要産業であった美深の材木を加工していましたが、
外国産の安い木材に次第に押され、今ではご覧の通り全ての製材所廃業しています。
宗谷本線02_90
旭川方のホーム端の様子です。
跨線橋の階段があり、くぐった先がホームの終端となります。

宗谷本線02_91
美深駅の駅舎の上にあるこちらの塔は「美幸の鐘」です。
駅舎改築の際に作られた鐘楼でフランス製の鐘が下がっています。
かつて美深町は美幸線の全通に力を注いでおり、その情熱と英知を忘れず
「未来に向かって『美しく幸多い』町でありたい」という想いから命名されたのだそうです。
宗谷本線02_92
そして駅前広場の脇から鐘を見上げる銅像があり「西尾六七氏之像」とあります。
西尾氏は戦後20年に渡って美深の町長を務めた人物で、
美幸線の全通に尽力をされた方なのだそうです。
これらを見ると「日本一の赤字線」と言われた美幸線に対する
美深の街の人々の想いを感じます



美深駅はちょうど宗谷本線の真ん中くらいに位置している駅ですので
ようやく路線の半分まで来た、といった所です。

まだまだ宗谷本線は続きますのでその6にて。


では。

【写真撮影:2020年8月】

宗谷本線c86

さて、引き続き宗谷本線の記事となります。


その1(旭川駅━比布駅)はこちら
その2(比布駅━士別駅)はこちら


宗谷本線b75
こちらは道道850号瑞生下士別線が国道40号線と交わる士別市下士別の交差点で
道道850号は東に向かったこの交差点が終点となります。
宗谷本線b76
国道40号線上から見た交差点付近の光景。
宗谷本線b77
そして交差点から東への道路は道道925号武徳下士別線と名前を変え、
130mほどで宗谷本線の踏切となります。
宗谷本線b78
宗谷本線の42線踏切の南側に隣接して駅があり、
砂利敷きの駅敷地が道道に隣接しています。
宗谷本線b79
こちらが宗谷本線の下士別駅のホームの全景となります。
駅は1955年(昭和30年)に旭川鉄道管理局設定の下士別仮乗降場として設置されたもので
1959年(昭和34年)に駅へと昇格し下士別駅となりました。
隣の士別駅からは北に4.3kmほどの距離にあります。
(註:下士別駅は2021年3月のダイヤ改正で廃止が発表された駅のひとつです。)
宗谷本線b80
東側から見た42線踏切付近。
宗谷本線b81
そして東側から見た下士別駅の全景です。
宗谷本線b82
踏み切り脇の道道に面した駅の広場。
砂利敷きの広場に待合室とトタンの駐輪場があります。
宗谷本線b83
こちらが下士別駅の待合室です。
元は外壁も板張りで作られた待合室だった様ですが
よく見ると鉄板のサイディング材が上貼りされています。
宗谷本線b85
待合室の中の様子です。
壁はペンキが塗られているものの床は板張りで
ベンチや壁も木製ですので恐らく開業以来のものなのでしょう。
宗谷本線b84
待合室の正面を見るとホームに上るスロープがあるのが見えます。
見るとスロープもホームのデッキもPC(プレキャスト・コンクリート)板製であるのが分かります。
宗谷本線b86
ホームの様子です。単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
ホームの有効長はおよそ2両分で、PC板の堅固な造りではありますが
柵や手すりなどはホーム上にはありません。
宗谷本線b87
駅の周辺は田んぼが広がる光景となっており
周辺に障害物の無い景色が広がっています。


宗谷本線b88
こちらは宗谷本線の多寄駅の駅舎の外観です。
駅は1903年(明治36年)に北海道官設鉄道天塩線が士別駅から名寄駅まで
延伸された際に設置されました。
現在の駅舎は1988年(昭和63年)に建て直された簡易駅舎となります。
駅前広場は通路のみ舗装されており、駅前の36線道路に接しています。
宗谷本線b89
こちらは36線道路を西側から駅方面を見た光景です。
かつてはこの通りが駅前通りだったそうで、
線路の手前に大きな木造駅舎があって道路は駅前ロータリーで行き止まりでした。
宗谷本線b90
1999年(平成11年)に駅前通りが線路の反対側へと延長され、
駅舎は南へと移設されてご覧の36線踏切が設けられました。
宗谷本線b91
かつての駅裏だった線路東側はご覧の通り一面の農地が広がっています。
宗谷本線b92
切り返して駅東側から見た光景です。
この踏切の向こう側にかつて立派な木造駅舎がありました。
宗谷本線b93
東側からは駅のホームの全貌を望むことができます。
宗谷本線b95
隣の下士別駅と同様に多寄駅も駅前の踏切から130mの位置に
国道40号線が併走していて交差点があります。
ただ多寄駅はかつての多寄村の中心駅でしたので
駅近くの国道沿いはかつての村の中心街の面影が残っています。
宗谷本線b96
踏切脇の駅前広場はご覧の通り砂利敷きとなっており
駅舎への通路部分のみ舗装がされています。
宗谷本線b98
入口から駅舎の中の様子です。
4人掛けベンチが置かれただけのこじんまりとした待合室となっています。
部屋の中の扉は保線要員の休憩所が設けられているのでその入口です。
宗谷本線b99
ホーム側の出入口の様子です。
トイレは駅舎のホーム側に入口が作られています。
宗谷本線c01
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
ホームは1999年(平成11年)の駅舎移設の際に一緒に作られたものとなります。
宗谷本線c02
ご覧の通りホームからは一面の畑や田んぼがひろがる光景となっています。
宗谷本線c03
かつては駅は2面2線の相対式ホームだったそうで、
現在の踏切を中心とした千鳥配置だったのだそうです。
駅の北西側には農業倉庫がいくつかあって
かつてこの駅が貨物取り扱いをしていた名残と言えます。


宗谷本線c04
こちらは多寄駅から北に2.8kmほど進んだ国道40号線の光景で、
ちょうど31線道路と交わる交差点付近の様子です。
宗谷本線c05
交差点の北側にあるバスの31線停留場。
宗谷本線c06
切り返して北から見た国道の交差点付近です。
宗谷本線c07
この31線道路を国道から東へと進むと130mほどで宗谷本線の踏切となり
その脇に次の駅が設けられています。
宗谷本線c08
宗谷本線の31線踏切。
宗谷本線c09
その踏切の北西側のすぐ脇が駅の広場となります。
宗谷本線c10
こちらが瑞穂駅の駅の全景です。
1956年(昭和31年)に旭川鉄道管理局が設定した瑞穂仮乗降場として開設された駅で
JR北海道となった1987年(昭和62年)に駅へと昇格をしました。
宗谷本線c11
こちらは駅の敷地にある待合室です。
駅の開設当初はホームのみしか無かったそうですが、
1978年(昭和53年)に地元の有志によって待合室と
隣の駐輪場が作られたのだそうです。
宗谷本線c12
待合室の中はご覧の通りベンチが作り置かれた簡素なものです。
宗谷本線c13
ホームは広場東側の線路脇にあり、
南の旭川方にご覧のスロープがあって入口となっています。
宗谷本線c14
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
宗谷本線c15
仮乗降場が出自の駅だけにホームは有効長1両分で木製の
いわゆる朝礼台と呼ばれるタイプのものとなります。
宗谷本線c17
駅から宗谷本線の東側の一帯はパイロットファームの農場となっています。
パイロットファームとは「機械を導入し近代経営の形態をとる先駆的な実験農場」なのだそうで
私が行った時にはドローンで農薬を散布していました。
宗谷本線c18
こちらは31線道路から見た駅東側からの光景です。


宗谷本線c19
瑞穂駅から北に直線でおよそ3.5kmの位置にある
次の駅の風連駅の駅舎の外観です。
1903年(明治36年)に北海道官設鉄道天塩線が名寄駅まで延伸の際に開設された駅で
ご覧の駅舎は1989年(平成元年)に改築されたものです。
宗谷本線c20
駅の西側正面にはご覧の舗装された駅前広場があります。
特に区画などはされていませんがかなりの広さのある広場となっています。
宗谷本線c21
駅前広場から西へと駅正面に伸びる道路は70mほど先で
国道40号線と交わる風連町本町交差点の信号があります。
この国道までの短い区間が道道328号風連停車場線に指定されています。
宗谷本線c22
短い停車場線ですが両脇には風連駐在所と風連国民健康保険診療所といった
町の公共施設が置かれています。
宗谷本線c23
国道側から見た風連停車場線の光景。
宗谷本線c24
入口から駅舎の中へと入るとコンクリート土間の待合室が。
中にはプラスチックのベンチが設置されていました。
宗谷本線c25
そして駅舎の中はガラスで仕切られており、
もうひとつの部屋にもベンチが置かれていました。
こちらの部屋は元々は風連町(当時)が駅舎と合築した展示室だったのだそうです。
とはいっても展示品などは見当たらず、待合室が二つあるに等しい状態ですが。
今は撤去されていますが近年までは青いベンチの部屋には
小上がりのようなベンチも置かれていました。
恐らくは駅寝防止の為防犯上の理由から撤去されたのでしょう。
宗谷本線c27
ホームの様子です。
駅は千鳥式に配置された2面2線のホームとなっています。
宗谷本線c28
一線スルー方式の駅となっており、駅舎のあるこちらの1番線ホームは
特急から退避する普通列車などが使う副本線となっています。
その際風連駅には特急は止まりませんので反対側の番線を通過する事となります。
宗谷本線c29
普通列車は列車交換などが無ければ上下線ともに1番線の副本線に停車します。
ホームの北側の端部には跨線橋の階段があり
反対側のホームへと連絡をしています。
宗谷本線c30
こちらは跨線橋の1番ホーム側の階段入口と中の様子です。
橋はかつて橋梁として使われていたプレートガーターの桁が転用されているもので
屋根が取り付けられています。
宗谷本線c31
跨線橋から見た駅構内の俯瞰です。
一線スルーの線形となっているのが良く分かります。
宗谷本線c33
駅の東側の2番線ホームです。
一線スルーの主本線となっており特急がこちらのホームを通過します。
宗谷本線c34
普通列車の交換の際には列車が入線しますが
通常時はこちらのホームには列車は停車しません。
ですのでホーム上に待合室などは無くホームのみとなっています。
宗谷本線c35
ホーム南端には跨線橋の階段が。
出入口はこちら側のみとなっています。
宗谷本線c36
駅舎の前へと戻り、建物の東隣を見ると階段があるのが見えます。
こちらは宗谷本線の東側と、駅舎や国道のある西側とを連絡する人道跨線橋の入口です。
宗谷本線c37
人道橋はご覧の通り鉄の手すりのみで屋根の無いもので
1番線ホームの上を跨いでいます。
宗谷本線c38
東の出口側の様子です。1965年(昭和40年)に作られた人道橋は
すぐ近くにあった風連高校の生徒が利用するなどされていましたが
高校は2010年(平成22年)に廃校となっています。
宗谷本線c39
人道橋から伸びた通路と接している
風連駅東側の駅裏の市道の様子です。


宗谷本線c40
こちらは道道538号旭名寄線の光景で、
宗谷本線と交わる踏切付近を南側から見た様子となります。
風連駅から北に4.5kmほど進んだこの踏切の脇に宗谷本線の次の駅があります。
宗谷本線c41
第1風連旭名寄線踏切から見た駅方向の光景と
切り返して北側から見た踏み切り付近。
踏切脇に見える民家は一般民家ですが、
1986年(昭和61年)まではこの家が簡易委託で乗車券を販売しており
ホームへの出入り口もこの家の脇を抜けた線路脇の先にありました。
宗谷本線c42
踏切の西側の目の前は三差路となっており、
南の線路沿いの市道を40mほど下ると駅への入口の小さな広場があります。
宗谷本線c43
こちらが東風連駅の入口と待合のプレハブ小屋の光景です。
1956年(昭和31年)に新規の駅として設置されたもので
開設当初からの無人駅でした。
宗谷本線c44
現在のホームは線路の西側にありますが、駅設置当初は反対の東側にホームがありました。
ホームが移設されたのは1999年(平成11年)と比較的新しいため
鉄骨の基礎にPC(プレキャストコンクリート)板のデッキというホームとなっています。
宗谷本線c46
待合室の中はご覧の通りで、木張りの床に木製ベンチが設置された
簡素なものとなっていますがよく手入れがされており中は綺麗でした。
宗谷本線c45
駅の広場は市道とホーム入口との間に砂利を敷いたもので
見ての通りさほどの広さはありません。
宗谷本線c47
広場からホームへと上がる階段。
宗谷本線c48
ホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅となります。
宗谷本線c49
駅の周辺はご覧の通り畑が広がる光景で
民家が点在するのみの景色が広がっています。
1999年(平成11年)にホームが移設される前には
線路のちょうど反対側の東側に木製のホームが置かれていました。
宗谷本線c50
ホーム北端の名寄・稚内方の光景です。
宗谷本線c51
駅を出て駅前の市道へと戻ります。
宗谷本線c52
駅側から見た踏切前の三差路付近。
左手は道道538号旭名寄線の名寄市街方面ですが、
1.2kmほど先に名寄高校が道路沿いにあります。
宗谷本線c53
東風連駅のある名寄市では、駅の利用者のほとんどが名寄高校生徒であるという実態から
高校の目の真に駅を移設する計画が具体化しています。
実際に2020年度(令和2年度)に名寄市では予算を計上しており、
早ければ2022年(令和4年)3月には移転が完了する見込みとなっています。


宗谷本線c54
こちらは国道40号線と駅を連絡している道道540号名寄停車場線の
大通南7丁目交差点付近の光景です。
この交差点が駅前ロータリーの入口となっており東側に駅が設けられています。
宗谷本線c55
切り返して北側から見た交差点付近。
道路と接する駅前広場が一望できます。
宗谷本線c56
交差点の東側の駅前ロータリー入口。
ロータリーは右回りの一方通行となっており
交差点に入口と出口が集約されています。
宗谷本線c57
そして交差点側のロータリー入口脇には
歩行者用の広場があり石標が置かれていました。
宗谷本線c59
広場の北側に接して建っている食堂。
宗谷本線c58
ロータリーを進むと奥に駅舎が見えてきます。
宗谷本線c60
こちらが名寄駅の駅舎の外観です。
1903年(明治36年)北海道官設鉄道天塩線の延伸開業によって設置された駅であり、
名寄市の中心駅であり宗谷本線の主要駅でもあることから
機関庫も設置されている駅でした。
宗谷本線c61
現在の駅舎は1927年(昭和2年)に改築された2代目駅舎となります。
屋根は深緑色の駅舎でしたが、2018年(平成30年)にリニューアルされて
現在の小豆色の屋根へと塗り替えられています。
宗谷本線c62
ロータリーの駅舎側の奥にはご覧の広めの車寄せが設けられています。
宗谷本線c63
広場のロータリー中央部には駅の駐車場が設置されています。
宗谷本線c64
そして出口に近いロータリーの南側には
バス停が並んで設置されています。
宗谷本線c65
これはロータリー出口の角に道道に接して「駅前交流プラザ よろ~な」という
公共複合施設が建てられていて、1階が道北バスの案内所が入居して
バスの待合所も設置されている為です。
宗谷本線c66
駅舎に入口へと戻り、風除室を抜けて駅舎の中へと入ります。
駅員の配置されている有人駅であり、自動券売機の他に
有人窓口が設置された改札前のコンコースとなっています。
宗谷本線c67
コンコースの北側にはガラスで仕切られた
ご覧の広めの待合室があります。
奥の自販機の置かれたスペースはかつてKIOSKがありましたが
2016年(平成28年)の末に閉店廃止されています。
宗谷本線c68
そして待合室の片隅には小さな別室があり、
中には名寄駅関連の写真や資料が展示されていました。
宗谷本線c69
こちらは改札付近の光景です。
列車別改札となっており、通常時はチェーンが掛けられています。
宗谷本線c70
ホームの様子です。
駅は単式1面1線と島式1面2線の計2面3線となっており
こちらは駅舎のある単式の1番線ホームの様子です。
宗谷本線c71
ホーム北端の西側にはかつての貨物ヤードの跡が見えます。
コンテナが集積されているのが見えますがこれは名寄オフレールステーション
貨物列車の発着しないトラック輸送でのコンテナ貨物駅となっています。
宗谷本線c72
名寄駅のホームは特に方面別とはなっていませんが
特急列車は基本的にこちらの1番線に上下線とも停車をしています。
宗谷本線c76
階段前にある駅周辺の観光案内。
宗谷本線c73
跨線橋の裏手となるホーム南端側の光景です。
宗谷本線c74
この1番線の南端西側には、かつて名寄駅を終点としていた
深名線が発着していた切り欠きの0番線ホームがありました。
1995年(平成7年)に深名線は廃止されており、線路もご覧の通り現在は撤去されています。
宗谷本線c75
かつては宗谷本線の他に名寄本線と深名線の3線が乗り入れるターミナル駅で
機関区もあり扇形の車庫まである大きな駅でした。
ホーム周辺の広大な空地はかつての引込み線や転車台の跡地です。
宗谷本線c77
こちらは島式ホームと連絡をしている跨線橋の様子です。
宗谷本線c78
跨線橋から見た駅構内の俯瞰。
宗谷本線c79
島式ホーム側の階段出口付近はガラス張りの風除室が設けられており
列車を待つ間に風雪をしのぐ事ができます。
宗谷本線c80
駅の東側の島式ホームの2、3番線ホームです。
特急列車から退避する普通列車や、当駅折り返し始発の上り旭川方面行き列車は
こちらのホームを使用しています。
宗谷本線c81
2、3番線ホームのホーム北端付近の光景。
中央部にはフェンスが立てられています。
宗谷本線c82
3番線の線路から東側にはかなりの空地の向こう側に名寄運転所の建物が見えます。
空地はかつての名寄機関区の引き込み線や転車台などがあった跡地となります。
宗谷本線c83
ホームへの出入り口となる跨線橋の階段はホーム南端側にあります。
その為か普通列車も南よりに停車をしています。
宗谷本線c84
島式ホームの南端付近の光景。



宗谷本線では名寄駅を境目として南北で運転系統が分離されています。
中には旭川から稚内まで直通する普通列車もありますが、
その直通列車も名寄駅で列車番号が変わって運行をしています。
宗谷本線c85
名寄駅から北の宗谷本線についてはJR北海道が
「当社単独では維持する事が困難な線区」としている区間となります。

この名寄駅以北についてはその4以降にて記したいと思います。


では。

宗谷本線a37

さて、宗谷本線の続きです。


その1(旭川駅━比布駅)はこちら


宗谷本線a38
こちらは比布駅から北に3.1kmほど北上した
田んぼの中の町道の光景です。
この町道と宗谷本線が交わる比布町11号踏切の脇に次の駅があります。
宗谷本線a40
踏切から東に260mほどには道道520号鷹栖東鷹栖比布線が走っていますが
道道まではご覧の通り見渡す限りの田んぼが広がっています。
宗谷本線a39
切返して西へと向かって見た駅付近。
宗谷本線a47
駅の西側には細い歩行者と自転車のみ通行可の道が伸びています。
宗谷本線a48
南側にも線路に併走して歩行者自転車道が伸びていますが、
この道の標識にも地先車限定の表記がされています。
宗谷本線a41
こちらが北比布駅の待合室の外観です。
駅は1955年(昭和30年)に北比布仮乗降場(局設定)として開設されたもので
1959年(昭和34年)に駅へと昇格しました。
宗谷本線a43
ちなみにこちらは二つ南の南比布駅の待合室ですが、
並べて見ると北比布駅の待合室とうり二つであることが分かります。
北比布駅の待合室も2014年(平成26年)に建て直されたもので
南比布駅と北比布駅の待合室はほぼ同時に改築された様です。
宗谷本線a42
待合室の目の前の踏切東側脇にあるホーム入口。
宗谷本線a44
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅でとなります。
宗谷本線a45
この駅もホーム有効長が1両分で床が木製デッキという
いわゆる朝礼台と呼ばれる形式のホームとなっています。
宗谷本線a46
駅周辺を見渡してみても上川盆地の田んぼが広がるのみの光景となっています。


宗谷本線a49
こちらは北比布駅から北へと2.6km進んだ
次の駅の蘭留駅の駅前の道路の光景です。
宗谷本線a50
駅から東へと130mほどには国道40号線が併走しており
国道の比布町蘭留交差点が駅への入口となっています。
宗谷本線a51
こちらが蘭留駅の駅舎の外観です。
駅は1898年(明治31年)に北海道官設鉄道天塩線が
永山駅から当駅まで延伸開業した際に開設されました。
駅舎は1988年(昭和63年)に改築されたものとなります。
宗谷本線a52
駅前には駅舎前で行き止まりの広場があります。
舗装された広場は車を数台を停めることが可能な広さがあり
倉庫が広場に面して置かれています。
宗谷本線a53
駅と広場の東側すぐにあるバス停。
宗谷本線a54
駅舎の中はご覧の通りで、土間の床にベンチが設置されています。 宗谷本線a55
ホーム側から見た駅舎の入口です。
宗谷本線a56
駅舎のある東側の1番線ホームの様子です。
この駅も2番線が主本線の一線スルー方式となっており、
1番線ホームは上下副本線となり退避列車が停まるホームとなります。
宗谷本線a57
駅は千鳥式ホーム2面2線の構造となっています。
ホームの南端の旭川方に駅舎と構内踏切があります。
宗谷本線a58
こちらは1番線と2番線を連絡する構内踏切。
宗谷本線a59
西側の上下主本線となる2番線ホームです。
無人駅で特急通過駅なので駅舎の無い側が主本線となっています。
宗谷本線a60
ですので半分は通過線の役割である2番線には
ホーム上に待合室などの構造物はありません。
宗谷本線a61
また1番線の南側にはご覧の引き上げ線が設けられています。
1984年(昭和59年)までは駅での荷物取り扱いがあったそうですので
恐らくは貨物ヤードの名残りかと思われます。


宗谷本線a62
国道40号線の塩狩峠は石狩国と天塩国との境界にある事が名前の由来で、
石狩川水系と天塩川水系の分水嶺でもあります。
蘭留駅からは北西へおよそ5kmほどの国道40号線の塩狩峠付近には
東側へと入る分岐路があるのですが、この分岐路の先に
宗谷本線の次の駅が設けられています。
宗谷本線a63
線路につきあたって右にカーブを描いた道路は
左手に駅のホームを望みながら100mほどで駅舎へとたどり着きます。
宗谷本線a64
こちらが塩狩駅の駅舎の外観です。この付近は1899年(明治32年)に
蘭留駅━和寒駅間の延伸開業によって線路が敷かれていますが、
1916年(大正5年)にこの塩仮峠に塩狩信号所が設置されました。
駅へと昇格したのは1924年(大正13年)のこととなります。
現在の駅舎は1939年(昭和14年)に改築された切り妻屋根の駅舎です。
宗谷本線a65
駅舎は道路のつきあたりにあり、駅前付近の道は幅が倍となり
一応の車の展開程度はできるスペースがあります。
宗谷本線a66
道路から左手の改札ラッチを通り抜けて建物左手にまわり込むと
ご覧の二つの出入口があるのが分かります。
右の道路側が待合室、左が駅務室の入口となります。
宗谷本線a67
駅舎の中の待合室の様子です。
コンクリートの土間で木製ベンチがいくつか置かれています。
宗谷本線a68
駅舎の前はすぐにホームがあり、高台となっている駅舎から下る階段があります。
宗谷本線a69
こちらが駅舎の目の前にある1番線ホームです。
千鳥式ホーム2面2線の駅となっており、こちらの1番線が
一線スルー方式の上下主本線となっています。
宗谷本線a70
山中の峠の信号所だった駅だけにホームも土留めをした土のホームです。
宗谷本線a71
ホーム北端の名寄方には構内踏切が。
千鳥式に配置された駅の中央でお互いのホームを連絡していますが、
駅前の道路からは踏切に下る道が作られています。
宗谷本線a72
そしてこちらが2番線ホームです。上下副本線となり
列車交換時や退避列車が使用するホームとなります。
宗谷本線a73
二つの線路の間の間隔が開いていますが、これはかつて中央に待避線があった為で
現在は線路が撤去されているためです。
宗谷本線a74
駅舎の前の道路へと戻り国道方面へ戻ると
ちょうどカーブのところにユースホステルの建物が見えます。
宗谷本線a75
そのホステルの建物の目の前の、道路と線路の間にご覧の碑が建てられています。
これは「長野政雄氏殉職の地」顕彰碑で、当地で駅ができる前の1909年(明治42年)にあった
列車事故で殉職をした国鉄職員を記念したものです。

この事故は旭川在住の小説家・三浦綾子によって1966年(昭和41年)に
「塩狩峠」という小説として発表されてベストセラーとなり
1973年(昭和48年)には映画化され塩狩峠の名は日本中に知られる事となりました。
宗谷本線a76
顕彰碑の目の前の線路脇にある「塩狩峠」の木標です。
宗谷本線a77
そしてホステルや碑から道路の反対側は丘となっており
斜面を上へと登る階段があり、上には建物が建っているのが見えます。
宗谷本線a78
こちらは「塩狩峠記念館」で、「塩狩峠」を執筆した三浦綾子氏の
旭川の旧宅を移築した記念館となります。
宗谷本線a79
そして記念館の前の丘にはおよそ1600本の桜の木の並木の
「塩狩峠一目千本桜」があります。
1978年(昭和53年)から地元の和寒町や旭川鉄道管理局(当時)などで植樹したもので
北海道でも有数の桜の名所となっています。
宗谷本線a80
塩狩駅の名所案内にも千本桜の案内が。


宗谷本線a81
こちらは塩狩峠から7.4kmほど国道40号線を北上した和寒町の中心街付近の光景です。
ご覧の交差点の北側に宗谷本線の次の駅があります。
宗谷本線a82
切り返して見た交差点付近。
この交差点付近では南東から北西方向へと国道40号が走っており、
宗谷本線もすぐ北側を併走しています。
宗谷本線a83
この駅前の交差点に名前はついていませんが、
駅と反対側の南側の道路は交差点を起点とする道道48号和寒幌加内線となっており、
130mほど進むとY字路となって道道99号和寒鷹栖線が分岐しています。
宗谷本線a84
国道40号の交差点から北側の駅方向へ。
40mほどで駅前の広場となります。
宗谷本線a85
駅前広場から見た国道40号線方向の光景。
宗谷本線a86
こちらが和寒駅の駅舎の外観です。
1899年(明治32年)に北海道官設鉄道天塩線が蘭留駅から当駅まで延伸して開設され、
現在の駅舎はJR移管後の1988年(昭和63年)に改築されました。
駅舎の外観は塩狩峠をイメージしているのだそうです。
宗谷本線a87
駅舎前の駅前広場はご覧の通りかなり広めの舗装されたスペースとなっています。
特に広場内に区画などはされていませんが、ご覧の通り車を停めてもかなりの余裕があります。
宗谷本線a88
駅舎の中の様子です。
土間の床の待合室にベンチが設置されています。
待合室の北側には駅務を行う事務室がありますが
1995年(平成7年)に出札業務が廃止され無人となったので
現在は保線員の詰め所として使われています。
宗谷本線a89
ホーム側から見た駅舎出入口付近の様子です。
宗谷本線a90
駅舎のある駅西側の1番線ホームです。
和寒駅は単式1面1線と島式1面2線の計2面3線の駅となります。
1番線は下り線の名寄・稚内方面行きホームとなります。
宗谷本線a91
千鳥式に配置された二つのホームは跨線橋で連絡されています。
宗谷本線a92
ホーム南側の旭川方の光景。
増設されたのか細いホームが延びています。
宗谷本線a93
南側から見た駅構内の様子です。
宗谷本線a94
こちらが駅の跨線橋の中の様子です。
宗谷本線a95
橋から見た駅構内の俯瞰。
宗谷本線a96
島式ホーム側の階段上にはパイプ椅子が置かれており
屋根の無い島式ホームの待合室の役割も果たしている様子です。
宗谷本線a97
こちらが島式の2、3番線ホームです。
駅舎に近い西の内側が2番線で上り線旭川方面の列車が使用します。
一番外の3番線は上下線双方の待避線となっています。
宗谷本線a98
ホームの端は柵が立てられて2番線側のみが舗装された
擬似の切り欠きホームのようになっています。
宗谷本線b01
そして3番線ホームのさらに外側にも2本の留置線があるのが見えます。
これはかつての貨物側線で往年の駅の反映の名残と言えるでしょう。
宗谷本線a99
ホーム南端の跨線橋の裏側。
こちらも2番線側のみが舗装されて柵が立っています。
宗谷本線b02
駅舎を抜けて再び駅の外へ。
宗谷本線b03
北側の駅舎の横にはご覧の青い跨線橋があります。
これは宗谷本線の西側と東側とを連絡する連絡橋で
1973年(昭和48年)に作られました。
宗谷本線b04
そして駅前から北側の駅敷地に隣接して
こちらの和寒町交流施設ひだまりの建物があります。
建物は2002年(平成14年)に建てられたもので
当初は地域の交流施設でしたが2018年(平成30年)に
物産販売所を兼ねた観光案内所が設置され和寒町をPRする場所となりました。


宗谷本線b05
和寒駅から北西に一直線に5kmほど進むとご覧の踏切があります。
宗谷本線b06
およそ500mほど東に国道40号線が宗谷本線と併走して北上しており、
ほぼ障害物の無い一直線の町道からはその交差点を彼方に見ることができます。
宗谷本線b07
こちらが町道の東6線踏切。
この踏切の脇に次の駅が設置されています。
宗谷本線b08
反対の西側から見た踏切付近の光景。
線路の周囲に木々が生えているのは鉄道防風林で風雪から列車を守っています。
宗谷本線b09
こちらが東六線駅の駅の外観です。
1956年(昭和31年)に旭川鉄道管理局設定の東六線仮乗降場として開設された駅で、
3年後の1959年(昭和34年)に正式な駅へと昇格しています。

駅名の東六線とは殖民開拓の区画に由来するもので、
原野を碁盤の目に区画する際に基線と呼ばれる基準の道から
並行する道路を「東~線」「北~線」とし、
直交する道路を「西~号」「南~号」とした事が元となっています。
ですので東六線とは基線から東に六本目の道路となります。
宗谷本線b10
こちらが東六線駅の待合室の建物です。
トタン板の張られた建物に「東六線乗降場」と駅名標が掲げられています。
宗谷本線b11
待合室の中はご覧の通りで土間は打たれておらず地面が剥き出しであり
壁際に木製のベンチが作られています。
宗谷本線b12
ホームへは待合室の前から石が敷かれており
南側のスロープが唯一の入口となります。
宗谷本線b13
こちらがホームの様子です。
単式1面1線の棒線無人駅となっておりいわゆる朝礼台の
有効長1両分の木製ホームが設置されています。
宗谷本線b14
鉄道防風林の外側は一面の田畑が広がっています。
宗谷本線b15
ホーム側から見た待合室。
宗谷本線b16
駅周辺に広がる田んぼや畑の光景です。


宗谷本線b17
こちらは東六線駅から北西に3.6kmほど進んだ
剣淵町の中心市街にある剣淵駅の駅舎の外観です。
駅は1900年(明治33年)に北海道官設鉄道天塩線が
和寒駅から士別駅まで延伸された際に設置されました。
現在の駅舎は1988年(昭和63年)に建替えられたものとなります。
宗谷本線b18
駅舎の前から西へと伸びる道路は道道293号温根別剣淵停車場線で
剣淵駅が終点の停車場線となっており、130mほど先の交差点で北へと曲がっています。
なお停車場線が曲がる交差点の南西側には剣淵町役場があります。
宗谷本線b19
駅前にある駅周辺の地図です。
宗谷本線b20
ご覧の通り駅舎の前には舗装された広場があります。
特に構造物や区画などは無い舗装された駅の敷地となっています。
宗谷本線b21
広場を挟んで駅舎の反対側正面の道道脇にある駅前商店(丸八おざわ商店)。
宗谷本線b22
この丸八おざわ商店は剣淵駅の簡易委託販売所となっており
乗車券の販売を行っていて駅舎の壁にご覧の通りその旨が掲示されています。
宗谷本線b23
丸八おざわ商店の道道の向かい側にある駅前旅館。
宗谷本線b24
駅前広場から道道の停車場線と直交して北へと向かう町道。
250mほどで道道984号温根別ビバカルウシ線に合流しています。
宗谷本線b25
駅舎の中の様子です。入口を入るとコンクリートの土間の待合室があり
片隅にプラスチックのベンチが置かれています。
宗谷本線b26
そして外の入口の左側を見るともう一対入口の扉があり
「剣淵町観光物産館」と「バスターミナル」と書かれています。
中は町のバスターミナルと物産の展示された棚があり、
駅待合室とはガラス戸で仕切られて別の部屋となっています。
宗谷本線b27
ホーム側から見た駅舎の様子です。
宗谷本線b28
現在は無人化された駅の為、ホームと外との間に柵などはなく
自由に出入りができる状態となっています。
宗谷本線b29
ホームの様子です。
駅は相対式ホーム2面2線となっていて駅舎のある西側が1番線となります。
宗谷本線b30
こちらは一線スルーの上下主本線となっており
基本的には列車はこちらに停まります。
宗谷本線b31
ホームの床は舗装はされておらず砂利敷きとなっています。
宗谷本線b32
こちらがホーム同士を連絡する跨線橋です。
ガーター橋の桁がこの駅でも跨線橋に転用されているのが分かります。
宗谷本線b33
上から見た駅構内の俯瞰。
宗谷本線b34
こちらが2番線ホームとなります。
上下副本線となり列車交換時や特急の退避などで使用されるホームです。
宗谷本線b35
かつては2面3線の国鉄形の駅だった為、
2番線ホームのさらに東側にも線路が敷かれ島式のホームでしたが
現在では線路が撤去されて単式ホームとなっています。


宗谷本線b36
剣淵駅から宗谷本線を直線で5km北上すると次の駅となります。
こちらは剣淵町北部の12線道路の宗谷本線踏切付近の光景です。
線路の脇には鉄道防風林の木々が見えます。
宗谷本線b37
宗谷本線の12線踏切。
この踏切の南側の脇に次の駅が設置されています。
宗谷本線b38
反対の西側から見た踏切付近。
宗谷本線b39
踏切から南側を見ると駅のホームが見えます。
宗谷本線b40
道路脇のこちらが北剣淵駅の待合室の外観です。
1959年(昭和34年)に鉄道管理局設定の北剣淵仮乗降場として新設された駅で
正式な駅へと昇格したのはJR北海道に移管した1987年(昭和62年)となります。
宗谷本線b41
待合室の中の様子です。
駅名標も特には掲げられておらず全て木造の建物は物置にしか見えませんが、
中はご覧の通り板張りの床にベンチが設けられています。
宗谷本線b42
待合室の前からけもの道のような通り道を南に進むと
すぐに線路脇へと出てホームの入口が見えます。
宗谷本線b43
ホーム北端の入口です。
スロープでは無く木製の階段となっています。
他の同様の駅はホーム土台は鉄骨などで作られているのですが
この駅のホームは土台まで木造となっていました。
宗谷本線b44
北剣淵駅のホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅で列車有効長1両分の朝礼台ホームとなります。
宗谷本線b45
鉄道防風林と地平線までの畑が広がっているのみで
農家を数軒見る以外には駅周辺には何もありません。
駅から西の道道536号剣淵原野士別線までは1.4km、
東の国道40号までは1.5kmの距離があり、
国道に接続する道央自動車道の士別剣淵ICが周囲の唯一といって良い施設となります。
宗谷本線b46
ホームから12線道路への光景。


宗谷本線b47
北剣淵駅を出た宗谷本線は引き続き一直線に北へと向かいます。
こちらは3.7kmほど北の士別市街にある道道297号士別停車場線の光景です。
駅から350mほどで国道40号線へと連絡をする停車場線となります。
この停車場線の西端に駅があり道道の起点となっています。
宗谷本線b48
こちらが宗谷本線の士別駅の駅舎の外観となります。
1900年(明治33年)に北海道官設鉄道天塩線が和寒駅から当駅まで延伸され設置されました。
駅舎は三代目となり1966年(昭和41年)にRC造りに改築されたものです。
宗谷本線b49
建物の前にある士別の観光案内地図。
宗谷本線b50
駅舎の前はかなり広めの駅前ロータリーとなっており
広場に四方の市道や道道が接続する形状となっていました。
宗谷本線b51
駅前広場の東側の、停車場線への入口の角にある士別軌道の士別駅前バス停。
士別軌道はかつてこの地を走っていた軽便鉄道で1959年(昭和34年)に軌道事業は廃止。
現在はバス事業のみとなっておりこちらはそのバス停です。
宗谷本線b52
広場の南側を見ると駅前交番が置かれており、
その奥の南側はJAがあって煉瓦造りの農業倉庫がいくつか見えます。
宗谷本線b53
交番前から見た道道297号士別停車場線。
宗谷本線b54
反対の広場北側には駅前の蕎麦屋さんがあります。
宗谷本線b55
蕎麦屋の向かいの広場北側に面した線路沿いの敷地は
ご覧の通り駅利用者の駐輪場となっています。
宗谷本線b56
その北側は士別市の駅駐車場に。
宗谷本線b57
駅舎の入口へ戻ります。
宗谷本線b68
入口脇にある黒板の伝言板。
都市部では今はほとんど見られません。

宗谷本線b58
外から駅舎へと入ると雪国なのでまず風除室があります。
宗谷本線b59
左へ風除室を抜けると改札前のコンコースへ。
有人駅なので券売窓口があり駅員が常駐しています。
宗谷本線b60
改札前から北側の半室はガラスで仕切られた待合室となっており、
狭いながらもベンチが置かれ、駅そば店と売店が営業をしています。
売店は2002年(平成14年)までキオスクだったそうで、撤退後に今の店となっています。
待合室は入口の風除室からも直接入る事が可能です。
宗谷本線b61
ホーム側から見た駅舎の改札口付近です。
宗谷本線b62
駅のホームの様子です。
士別駅は全ての特急が停車するので高速通過の為の一線スルーとはなっておらず、
駅舎のある東側の1番線は旭川方面行き列車の上り線ホームとなっています。
宗谷本線b67
1番線ホーム南側にある大きな額。
「サフォームランドしべつ」と書かれ羊の群れが描かれています。
サフォーク種とは羊の品種で、顔が黒く主に羊肉をとる食肉種の羊です。
絵をよく見ると全てが羊毛で描かれており、士別が羊の街であることをアピールしています。
宗谷本線b63
駅舎のある1番線はホームの大部分に屋根があり風雪がしのげます。
宗谷本線b64
跨線橋の裏側となるホーム北端付近。
宗谷本線b65
「YOUKOSOサフォークの街士別へ」
看板の横は待合室の窓です。
宗谷本線b66
駅の北寄りにある跨線橋。
宗谷本線b69
橋から見た駅構内の俯瞰です。
宗谷本線b70
島式ホーム側への階段。
宗谷本線b71
こちらが島式ホームの2、3番線となります。
2番線は下り名寄・稚内方面行きの下り線ホームとなり
特急も停まるのでホームが伸ばされています。
宗谷本線b72
有効長を伸ばす為に増設されたホーム南側の様子です。
宗谷本線b73
ホーム北側の跨線橋寄りには屋根があります。
「羊のまち 士別へようこそ」の観光看板も。
宗谷本線b74
一番西側の3番線ホームは臨時列車と下り列車1本のみ使用という
事実上使われていない状態となっています。
冬季は雪の為3番線は閉鎖されるそうですが、
ご覧の通り夏でもホームにロープが張られていました。



宗谷本線は旭川駅から士別駅までで53.9kmとなっていますが、
全長359.4kmなので路線はまだまだ北へと続きます。
士別駅以北のつづきについてはその3にて。

では。

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