長野

大糸線55
大糸線の記事の続きです。


その1(松本駅━海ノ口駅)はこちら
その2(海ノ口駅━南小谷駅)はこちら


大糸線56
南小谷駅の北方の信号所にはJR東日本とJR西日本の会社境界線があり、
旅客的にはこの南小谷駅以北の大糸線がJR西日本の路線となります。

そして2015年(平成27年)3月の北陸新幹線の長野駅━金沢駅間が開業した事によって
北陸本線の金沢駅━直江津駅間が並行在来線として第三セクターへ経営が分離。
大糸線の南小谷駅━糸魚川駅間は他のJR西日本の在来線から孤立する事となりました。
(JR西日本管轄の北陸新幹線ででは接続)

大糸線の電化区間はJR東日本の管轄である南小谷駅以南までとなっており、
ここから北は非電化区間となります。当然運行する会社が違いますので
列車のダイヤも南小谷駅で区切られており、電車から気動車へと乗り換えとなります。



大糸線57
南小谷駅を出て北に向かいJR西日本管内に入ると
線路はこんな感じの非電化単線となります。


大糸線a81
こちらは県道114号線の起点である中土駅付近です。
長野圏内をずっと姫川とともに大糸線と並走してきた国道148号線は
南小谷駅を過ぎると山間のトンネルやスノーシェッドが連続する区間となります。
中土駅付近の国道も中土トンネル(1228m)などトンネルが続いており、
国道から直接中土駅へは連絡されていません。

この中土駅へと国道から道路で来るには、
駅以南の県道330号線か、駅以北の県道148号線を進むしかありませんが
どちらも駅と国道の間は数キロ離れているというロケーションです。
大糸線a82
道を進むと鉄のゲートの先に駅舎が見えてきます。
大糸線a85
駅前の県道は幅が広くなっており
いわば駅前広場としての役割を果たしています。
大糸線a83
こちらが駅舎の外観です。
1935年(昭和10年)に大糸南線の延伸によって開業し、
大糸線が全通する1957年(昭和32年)まで20年にわたってこの駅は終着駅でした。
開業からの駅舎はかつての有人駅だった名残で
駅務を行うスペースもあるものでしたが
2017年(平成29年)に駅務スペースは消防団の倉庫へと改装された様子です。
大糸線a84
駅舎の向かいにはご覧のタクシー会社の看板のある建物が。
後ろにはタクシーの車両も見えますが、2014年度のこの駅の乗車人員は2人/日です。
大糸線a86
駅舎の中は待合スペースとなっています。
大糸線a87
待合室を抜けるとご覧の階段があり、
構内踏切を渡ってホームへと上がります。
大糸線a88
ホームの入口からみた全景です。
2005年(平成17年)頃まではこの駅にも列車交換設備があったそうで、
入口付近を見るとかつてこのホームが島式であったことが分かります。
大糸線a901
踏切から南小谷方面を見返すと
駅舎側の線路は枕木で塞がれており、
交換設備の名残を見ることができます。
大糸線a89
こちらがホームの様子です。
現在は単式ホーム1面1線の棒線無人駅となっています。
JR西日本の管轄区間なので駅名標もJR西仕様です。
大糸線a90
列車内から見た駅周辺の様子。



大糸線60
中土駅を出た大糸線は姫川に沿って北上します。
大糸線a93
こちらは中土駅━北小谷駅間のトンネルの配置図です。
並走する国道148号線もトンネルが断続的に続く区間ですが、
大糸線もこの区間の大多数がトンネルである事が分かります。
トンネル内では電波は入りませんので
駅の停車時にアクセスを忘れない様にする事が肝要でしょう。


大糸線a92
こちらは外沢トンネルを抜けた国道148号線と大糸線が
交差をしている地点で、北小谷駅はこの付近に設置されています。
奥に見える橋は国道148号線の橋梁であり、
橋の脇から駅への道が分かれています。
大糸線a94
こちらは橋の袂にある駅前広場の様子です。
大糸線a95
駅前広場の奥にある小谷村の社会就労センター。
大糸線a96
こちらが駅舎の外観となります。
1957年(昭和32年)に大糸線の延伸開業によって開業した駅となります。
大糸線a97
駅舎の中の様子です。
大糸線a98
駅舎内の待合室を抜けるとホームへの階段が。
大糸線a99
ホームの様子です。
単式1面1線の棒線無人駅となっています。
大糸線b01
ホームの南端の上には国道148号線の橋梁があり、
姫川と大糸線を跨いでいます。
かつては臨時急行列車「シュプール号」が停車するために
ホームと反対側にもう一本線路が敷かれて列車交換が可能でした。
線路は撤去されていますが、バラスト(砂利)がその面影を残しています。



大糸線b02
こちらは北小谷駅━平岩駅間のトンネルの配置図です。
並走する国道148号線もトンネルとスノーシェッドの連続ですが
大糸線も区間の半分がトンネルとなっています。


大糸線b03
こちらは平岩駅の駅のすぐ北にある
姫川の支流に架かる橋です。
橋からは国道148号線の橋梁が見えます。
大糸線b04
橋を渡るとすぐ交差点があり、右手には駅前駐車場があります。
大糸線b05
そしてその駐車場から道を挟んだ向かい側に平岩駅が。
大糸線b13
駅の向こう側には営業をしていない雑貨店や
明らかに使われていない廃墟が立ち並んでいました。
大糸線b06
駅舎の外観です。
この駅から大糸線は長野県を出て新潟県へと入ります。
大糸線b14
入口の前には、かつて大糸線の開通の為に尽力をした
当時の北小谷村長を称える頌徳碑があります。
大糸線b15
同じく駅舎前にある観光案内版。
大糸線b07
駅舎の中はご覧の通り待合室となっています。
大糸線b09
待合室を抜けるとホームへと連絡をしている通路があります。
大糸線b10
通路を抜け階段を上がると
構内踏切がありホームへと連絡をしています。
大糸線b11
踏切から見たホームの入口。
大糸線b08
こちらがホームです。単式1面1線となっています。
ホームの形状を見れば容易に分かりますが、
元々は島式ホームで2線でした。
現在は駅舎側の線路が撤去されているので
使われているのは1線のみとなっています。
大糸線b12
駅には他に引き上げ線があり、ご覧のラッセル車が留置されていました。



大糸線62
県境の渓谷地帯を抜ける路線。
大糸線b17
こちらは平岩駅━小滝駅間のトンネル配置図ですが、
トンネル区間の他にスノーシェッドの区間もありますので
駅間の電波状態は良好とは言えません。
大糸線b21
またこちらはau 4G LTEでの電波エリアマップですが、
平岩駅━小滝駅間は特に小滝駅寄りのほとんどが電波圏外となっています。
結論から言うとこの区間で特に小滝駅にはアクセスできないと思った方が良いでしょう。
駅での停車時でのアクセスをお勧めします。


大糸線b16
こちらは国道148号線の小滝トンネルの北側の出口付近です。
トンネルの間を洞門(スノーシェッド)が埋めている区間が続く中で
やっと完全な屋外に出る地点ですが、こちらに大糸線の小滝駅もあります。
大糸線b18
小滝トンネル前にある、小滝駅を示す標識です。
大糸線b19
標識に従って進むと駅が見えてきます。
大糸線b20
こちらが駅舎の外観です。
1935年(昭和10年)に当時の国鉄大糸北線が延伸して開業した駅で、
駅舎も開業当時のものです。
大糸線b22
駅舎を抜けると、かつての構内踏切だった通路で
ホームと連絡をしています。
大糸線b23
こちらが駅のホームです。
単式1面1線のホームとなっています。
大糸線b24
ホームの形状や、駅舎とホームの間に残る路床、
構内踏切に残るレールなどからも分かる通り、
かつてはこの駅のホームは島式1面2線の列車交換のできるものでした。
交換設備は2007年(平成19年)に撤去されています。
大糸線b25
そしてこの駅で見逃せないのが
ホームから見えるこちらの構造物であり、
これはかつての給水塔の跡です。
大糸線b28
1957年(昭和32年)に大糸線が全通するまで、開業から20年あまり
この駅は大糸北線の終着駅でしたので、
蒸気機関車の走る当時には給水塔が必要だったのでしょう。
聞くところによると昔はこの駅付近では鉄鉱石の採掘が盛んで
それを貨車に積むための設備だったとの事でした。
大糸線64
駅の北側の近くに見える姫川第六発電所。



大糸線b26
こちらは小滝駅━根知駅間のトンネル配置図です。
いくつかトンネルはあるものの、トンネル区間はさほどでもありません。
大糸線b27
ですがこちらのau 4G LTEでの電波エリアマップを見ると分かる通り、
この区間の半分以上が電波圏外となっているのです。
根知駅の範囲はほぼ全てが電波圏外であると言ってよい状態です。
ですがこの区間を走る列車は単線の軌道車で速度はさほどではありませんので
落ち着けば駅付近での駅の取得は可能です。
慌てずにアクセスをして下さい。


大糸線b29
こちらは国道148号線から一本入った市道の
根知駅付近の様子です。
大糸線b30
駅舎の外観。
大糸線b31
中はご覧の通りです。
大糸線b32
駅舎からホームはご覧の通り一段高くなっており、
改札前の階段で上がる事となります。
大糸線b33
ホーム南端の階段。
駅舎の改札前の階段を上がると、ご覧の構内踏切とホームへ上がる階段があります。
大糸線b36
ホームは相対式2面2線となっており、
大糸線のJR西日本管轄区間では唯一の列車交換ができる駅となっています。
大糸線b34
こちらが駅舎側ホーム。
下り線の糸魚川方面の列車が停車するホームです。
大糸線b35
反対側の上り線南小谷方面ホーム。
こちらはホーム上に待合室があります。
大糸線b37
そして駅舎の北側には車両庫があり、引き上げ線が1線設けられていました。



大糸線b46
こちらが根知駅━頸城大野駅間のトンネルの配置図です。
区間の南半分はトンネルが続いている状態です。
大糸線b47
そしてこちらがau 4G LTEでの電波エリアマップです。
糸魚川市の市街地へと徐々に近づいているだけあって
沿線のほとんどが電波圏内となっています。
トンネル配置と併せて考えると、
区間の南半分の根知駅の範囲がとりづらい事が分かります。
根知駅は前後の区間がどちらも取りづらい状況にありますので、
駅付近で取れる時に確実にアクセスをして下さい。



大糸線b39
こちらは頸城大野駅へと連絡をしている道路です。
大糸線b40
駅前から見返したこちらの道路ですが、
県道156号頸城大野停車場線というれっきとした県道となっています。
このあたりは大糸線と西に200mほど離れたところを並行に国道148号線が走っています。
この駅前の県道は全長400mほどですが、
国道から駅まで2回交差点を曲がってクランク状に駅と国道を連絡しています。
大糸線b42
駅前の広場の様子。
大糸線b41
こちらが駅舎の外観です。
1934年(昭和9年)の国鉄大糸北線の開業でできた駅であり、
駅舎も開業当時のものが現在も使用されています。
大糸線b43
駅舎の中の様子です。
大糸線b44
ホーム側の駅舎の出口付近。
大糸線b38
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線無人駅です。
大糸線b45
ホームの北端に行くとその先に、かつての貨物積み込みヤードの跡が見えます。
ヤードの上は駅前広場とつながっており、
ピカピカの新しい超音波積雪深計が設置されていました。



大糸線b50
こちらは頸城大野駅━姫川駅間のau 4G LTEでの電波エリアマップです。
北陸自動車道の糸魚川インターチェンジのすぐ南付近でもあり、
ご覧の通り電波状況は良好です。
またこの区間の大糸線は姫川の川べりを走っていますので
トンネルもありません。
駅のアクセスに困る事は無いでしょう。


大糸線b48
こちらは大糸線と国道148号線が北に向かって
隣り合わせに並走している区間です。
この並走区間の一角に姫川駅が設置されています。
大糸線b49
駅の外観です。
1986年(昭和61年)に大糸線の国鉄時代最後の開設駅として設置されました。
大糸線b51
こちらがホームの様子です。
単式ホーム1面1線の棒線駅であり、ホーム上に待合があるのみとなっています。
大糸線b52
こちらがその待合の様子。
大糸線b53
そしてホーム上から国道を挟んだ反対側には
現在は閉院している姫川病院の建物が見えます。
大糸線b54
姫川駅のホームの入口は北端にあるのですが、
その入口前の国道には交差点でも無いのに信号機と横断歩道が設置されています。
大糸線b55
信号機の目の前からはご覧の通り、
病院の敷地へと伸びる道路がありました。
現在は使われていない病院なのでご覧の通りバリケードで封鎖されています。
大糸線b56
こちらが廃病院である姫川病院の建物です。
糸魚川医療生活協同組合姫川病院として
姫川駅開業の翌年である1987年(昭和62年)に開業した病院で、
糸魚川市関連の資料をあたるとどうやら
姫川駅はこの病院開業に伴って開設された駅である様です。
しかし経営が悪化した病院は2007年(平成19年)に倒産し廃院。
駅前には病院の廃墟が現在に至るまで残っている状態です。
なんでも今では廃病院にありがちな心霊スポットにされているんだとか。

かくして現在は駅だけが残るこの地ですが、
駅周辺には病院以外にも廃墟が散見されました。



大糸線b57
こちらは姫川駅━糸魚川駅間のトンネル配置図です。
糸魚川市の市街地のはずれにある姫川駅を出ると
すぐにトンネルがありますが、その後は平坦な市街地を走っています。
大糸線b58
au 4G KTEでの電波エリアマップを見ても
この区間まで来るとどこの場所でも電波状況は良好でした。
ですので駅へのアクセスは基本心配しなくて大丈夫でしょう。


大糸線68
そして大糸線の終点である糸魚川駅です。
105kmを越える路線で、他の路線と接続しているのは
起点の松本駅と終点の糸魚川駅だけという路線

やっとほかの鉄道へと乗り換えのできる駅まで辿りつきました。
大糸線69
こちらが糸魚川駅での大糸線の終端。
この駅はえちごトキめき鉄道の直営駅であり、
1~3番線が日本海ひすいライン、
そして写真の4番線がJR西日本の大糸線ホームとなっています。
大糸線70
糸魚川駅の外観です。
1912年(大正元年)に国鉄信越線の駅として開業しており、
翌年に北陸本線へと編入。
1934年(昭和9年)に大糸北線が開通して乗換駅となりました。
北陸新幹線の開業によって並行在来線の北陸本線が2015年(平成27年)に
えちごトキめき鉄道の日本海ひすいラインとして第三セクター化しており、
JR西日本としては大糸線のみがこの駅を使用しています。
大糸線74
糸魚川駅の日本海口正面の通りを進むと。
大糸線71
北に500mほどで突き当たる
国道8号線から見た駅方向です。
大糸線72
ここは駅前の通りからちょうどT字路となっており
眼前には日本海が広がっています。
中央に見えるのは海の展望台で。
大糸線73
展望台の上から見た日本海の夕日はこんな感じでした。



以上で大糸線については全てとなります。
大糸線b59
こちらは改めて南小谷駅━糸魚川駅間の
大糸線JR西日本管轄区間についてのau 4G LTEでの電波エリアマップです。
南小谷駅以南のJR東日本区間とはうってかわって
JR西日本区間ではトンネルが連続して続いています。
ですので電波状態については留意が必要となっています。

ですが基本的にこの区間は非電化の単線ローカル線なので
気動車の速度はさほどではありません。
優等列車が走る訳でも無いので、
駅停車時をメインに落ち着いてアクセスを重ねていけば
基本的には列車内から全ての駅が取れると考えて結構
だと思います。

以上の情報は実際に乗車をして調べたものですので、
駅メモでの攻略の際の参考となれば幸いです。

では。

篠ノ井線00
さて、次は篠ノ井線です。

長野県の塩尻駅から篠ノ井駅までを繋いでいる路線で
塩尻駅━松本駅間は東京近郊区間に含まれるという路線です。



篠ノ井線01
こちらは塩尻駅
篠ノ井線の起点駅であり、中央本線の駅でもあります。
篠ノ井線02
こちらは橋上駅舎となっている塩尻駅の
改札階へと登る階段です。
篠ノ井線03
こちらがその橋上より見た塩尻駅の南側の光景です。
左手に曲がっている線路はいわゆる中央東線(JR東日本管轄)、
右側へとカーブしている路線が中央西線(JR東海管轄)で、
中央本線はこの塩尻駅で会社境界となっています。

また塩尻駅からは辰野駅方面への旧中央本線である支線へも連絡しており、
篠ノ井線と併せると実質的に4路線が交わるターミナル駅の役割を果たしています。
篠ノ井線04
こちらが篠ノ井線ホームにある、
その4路線が表記された塩尻駅の駅名標です。
篠ノ井線05
こちらがホーム。
篠ノ井線には中央東線からも中央西線からも松本駅方面への
直通列車が運行していますので
塩尻駅の多くのホームが篠ノ井線の発着ホームとなっています。




篠ノ井線06
広丘駅
篠ノ井線の駅ですが、運行している列車のほとんどは
塩尻経由で松本まで直通運転をしている中央本線の列車という駅です。
篠ノ井線07



篠ノ井線08
村井駅



篠ノ井線09
平田駅
2007年に新駅として開業した新しい駅です。



篠ノ井線10
南松本駅
貨物ターミナルがある駅で、
駅周辺には広大な敷地に引込み線が広がっています。
篠ノ井線11
松本市近辺の貨物を取り扱う貨物駅も
この駅の東側にあります。



篠ノ井線12
松本駅
長野県第二の都市の玄関口の駅でこの地域の一大ターミナル駅です。
大糸線01
篠ノ井線の駅ですがJR東日本では実質的に中央本線の末端として扱われており
中央本線の列車もほとんどが塩尻から直接乗り入れています。
また東京近郊区間の一番端の駅でもあります。


塩尻駅から松本駅にかけての篠ノ井線は
運行上実質的には中央本線の一部と言っても過言ではないでしょう。
実際に列車に乗っていても、篠ノ井線独自のカラーを体感できるのは
この松本駅より北の篠ノ井線の部分だと思います。



篠ノ井線13
田沢駅



篠ノ井線14
明科駅



篠ノ井線15
西条駅
篠ノ井線16
こちらは西条駅構内の名所案内版「曼荼羅の里」。
この曼荼羅の里という案内板は
篠ノ井線のこのあたりの駅にいくつか設置されています。
神社や仏蹟がこのあたりの地域には散在してるので
沿線自治体が力を入れている様子です。



篠ノ井線17
坂北駅
特急が日中には列車行き違いの為に運転停車をする駅です。
篠ノ井線18
こちらは坂北駅の曼荼羅の里の案内板。



篠ノ井線19
聖高原駅
篠ノ井線20
この駅のホームには大きな仏像のある観音堂があります。
これは「一駅一名物運動」の一環で長野鉄道管理局の寄付によって
1987年に建立されたものだそうで、
「聖観世音菩薩像」という仏像だそうです。



篠ノ井線21
冠着駅
旧坂井村唯一の駅でしたが、元々信号場を駅にしたそうで
村の中心地からは外れた森の中に駅があります。
篠ノ井線22
この駅にも「曼荼羅の里」の案内板が。



そしてこの駅を出ると、次はスイッチバック駅として全国的に有名な
姨捨駅へと向かう事になります。
篠ノ井線23
山間を抜けて車窓には善光寺平を見下ろす風景が見えてくると。

篠ノ井線24
スイッチバックのポイントを通過して姨捨駅へと入線していきます。
一番右の線路が篠ノ井方面への本線ですが、
各駅停車の列車ですので左の駅構内への線路へと入っていきます。
篠ノ井線25
姨捨駅です。
篠ノ井線26
塩尻方面行きの2番線ホームの向こう側には
かつて上杉・武田両軍の戦った川中島のある善光寺平が眼前に広がっており
「日本三大車窓」の一つとされています。
篠ノ井線27
こちらが駅舎の外観。
1934年(昭和9年)に改築されたものだそうです。
篠ノ井線28
駅前はご覧のような感じになっています。

篠ノ井線29
こちらは姨捨駅ホームの南東端すぐ前にある道徳踏切です。
駅構内の作業踏切ではなく一般人が通行可能な踏み切りとなっています。
篠ノ井線30
ホーム側の踏切を渡ったところがこの光景。
右が姨捨駅構内の線路、左が篠ノ井方面へと向かう本線の線路です。
この付近の高低差が良く分かるポイントとなっています。
篠ノ井線31
進んでこちらが本線側の踏切。
篠ノ井線32
線路手前を見ると足元にご覧のペイントが。
篠ノ井線35
踏み切りを渡った反対側から本線と駅を見ると
ご覧のような感じとなっています。
篠ノ井線33
本線踏切を渡って民家の左の道を進むと姨捨公園があります。
篠ノ井線34
公園からはご覧の眺望が。

篠ノ井線36
ホームから道徳踏切を越えてさらに進むと
スイッチバック引込み線の末端が。
このあたりでも25 ‰の上り勾配だそうです。
末端の先には変電所が設けられていますが
かつては変電所の先まで引込み線が続いており、
66.7 ‰の急勾配となっていてオーバーランの列車を捕まえる
キャッチサイディングとなっていたそうです


篠ノ井線37
姨捨駅でスイッチバックによる列車交換の為並ぶ列車。
では篠ノ井方面への下り列車の進む様子を見てみましょう。
篠ノ井線38
1番線ホームを出た列車は塩尻方向(北西)へとバック。
一番右の、さっき走ってきた塩尻方面の本線ではなく、
左側の引込み線へと進んで行きます。
篠ノ井線39
こちらが駅北西側のスイッチバック引込み線の末端付近。
このあたりまで来た列車は一旦停車し、
進行方向を反対側へと変えて篠ノ井方面の本線へと進みます。
篠ノ井線40
篠ノ井方面の本線。



姨捨駅から篠ノ井方面へ4.2kmほど進むと
桑ノ原信号場があります。
ここは駅ではありませんが、
篠ノ井線でもう一箇所のスイッチバックのある場所です。
篠ノ井線41
この写真は篠ノ井側から塩尻側へ向かってのものですが、
中央の線路が篠ノ井線の本線で、右と左がスイッチバックの引込み線です。
引込み線同士がシーサスクロッシングで繋がっているのが分かります。
篠ノ井線42
この信号場で普通列車が退避して停車していると、
ご覧の様に本線を優等列車が通過して列車交換が為される訳です。



篠ノ井線43
稲荷山駅



篠ノ井線44
そして篠ノ井線の終点である篠ノ井駅です。
この駅は篠ノ井線の他にしなの鉄道線、信越本線と3路線の起点終点駅となっています。
ただ実際の列車運行上はほとんどの列車が直接乗り入れなどをしている関係上
篠ノ井駅は実質的には中間駅の様相となっています。
篠ノ井線45
こちらは信越本線に乗り入れて長野駅まで運行する篠ノ井線。
篠ノ井線46
こちらも信越本線へと乗り入れているしなの鉄道線の車両です。
篠ノ井線47
篠ノ井駅の駅舎です。
篠ノ井線48
ご覧の通り橋上駅舎となっていて
線路の東西を跨線橋の自由通路で繋いでいます。




篠ノ井線49
こちらはau 4G LTEによる電波サービスエリアのマップです。
見て分かる通り篠ノ井線に関してはほぼ全線が電波サービス圏内です。
明科駅━西条駅間で一部電波の入らない区間がありますが
篠ノ井線の駅で電波の入らない駅は無く
普通にアクセスすれば問題なく駅を取る事が可能でしょう。


篠ノ井駅━塩尻駅間で66.7kmというこの路線は
全線を乗車するとおよそ1時間20分前後の所要時間となります。
運行系統としては塩尻━松本間と松本━篠ノ井━長野間で分かれており、
「準中央本線」区間である塩尻━松本間の列車は
本数も多く乗り継ぎには困らないでしょう。
また松本━篠ノ井間についてはおよそ1時間に1本という運行間隔であり
篠ノ井線の前後の路線の本数と比べると少ないので
乗り継ぎに際しては若干の注意は必要です。



篠ノ井線50
長野県は北長野も南長野もそれぞれ特徴的な路線がたくさんあるので
篠ノ井線の印象は私の中では若干低かったのは事実です。
ですが実際に乗車すると姨捨駅を筆頭になかなか見所のある路線でしたので
できれば駅だけ取って通過してしまうのではなく
現地に降り立ってみていただきたいと思った次第です。


では。

長野電鉄長野線00
さて次は長野電鉄長野線です。

かつてはこの路線はは長野線は長野駅━須坂駅までを「長野線」としていて
須坂駅━信州中野駅間は「河東線」の一部、
信州中野駅━湯田中駅間は山の内線(開業当初は平穏線)としていましたが
2002年の河東線廃止、2012年の屋代線廃止に伴って
長野駅━湯田中駅までを長野線として運行がされています。


長野電鉄長野線38
長野電鉄では普通列車のほかに特急列車が運行されており、
起点の長野駅と終点の湯田中駅の間を特急料金全線100円で運行しています。
(上写真は小田急10000形ロマンスカーの「1000系ゆけむり」)



長野電鉄長野線01
こちらはJR長野駅の善光寺口。
長野電鉄長野線02
この善光寺口の前に長野電鉄長野線の長野駅への入口があります。
長野電鉄長野線03
地上入口から階段を降りて地下街へと降りると
見ての通り長野電鉄の改札口が現れます。
長野電鉄長野線04
改札を入って階段をさらに降りると
長野電鉄長野駅のホームに。
長野電鉄長野線05
こちらが起点駅の長野駅ホームとなります。
この長野駅、長野電鉄のホームにはGPS電波は届きません
ホームで携帯から位置情報を取るのは難しいでしょう。
ただ、この長野駅は起点駅である上、
駅メモではJR長野駅と同一駅扱いですので
恐らく長野電鉄の長野駅ホームに到着する頃には
もう長野駅は奪取済みになっていると思います。



長野電鉄長野線06
市役所前駅
起点の長野駅からは400mの距離にある駅です。
長野電鉄長野線07
長野駅前から伸びる「長野大通り」の地下にあるこの駅は
1981年の連続立体交差事業で路線ごと地下化されています。
ですので地下ホームではGPSの電波が全く入らず、
駅の位置情報を取得する事はできません

この駅を取るには地上まで出てGPSで取るか、レーダーの使用が必要となります。



長野電鉄長野線09
権藤駅
長野電鉄長野線08
この駅も連続立体交差事業による長野大通りの地下区間ですので
ホームからGPSの位置情報受信は一切届きません
地上に出るかレーダーを使わなければこの駅は取れません。



長野電鉄長野線10
善光寺下駅



長野電鉄長野線11
本郷駅
この駅から先は長野電鉄長野線は地上区間となります。



長野電鉄長野線12
桐原駅



長野電鉄長野線13
信濃吉田駅



長野電鉄長野線14
朝陽駅



長野電鉄長野線15
付属中学前駅
信州大学教育学部附属長野中の敷地の目の前にあることが駅名の由来です。
同じく信州大学の付属小学校と支援学校もあり、これらの学校への
通学通勤客が乗客のほとんどを占めているという駅です。



長野電鉄長野線16
柳原駅



長野電鉄長野線17
村山駅



長野電鉄長野線18
日野駅
長野電鉄長野線19




長野電鉄長野線20
須坂駅
長野電鉄屋代線20
こちらが駅の外観です。
長野電鉄屋代線28
かつて2012年まではこの駅から長野電鉄屋代線が走っており、
今でもかつての屋代線のホームはこの駅に残っています。



長野電鉄長野線21
北須坂駅



長野電鉄長野線22
小布施駅



長野電鉄長野線23
都住駅



長野電鉄長野線24
桜沢駅
この駅は駅名標がホームに存在しませんでした。
以前はこの待合の壁に紙の駅名標が画鋲で貼ってあったそうですが…。



長野電鉄長野線25
延徳駅
駅の待合室が改修されていて比較的新しく、なぜか謎の二階構造です。



長野電鉄長野線26
信州中野駅
長野駅を出発した長野電鉄の普通列車の多くが
この信州中野駅を終着として、この駅で折り返し運転をしています。
長野電鉄長野線27
こちらが駅舎。
この駅から湯田中駅までは
元々は長野電鉄山の内線でしたが
2002年に河東線の一部廃止に伴って長野電鉄長野線となっています。
長野電鉄長野線28
現在でもこの信州中野駅から湯田中駅までは
普通列車が別系統で運行をしており、
ご覧の列車が湯田中駅と信州中野駅間を往復しています。
これは信州中野駅━湯田中駅間が30~40‰の勾配が連続する急勾配区間であるため
ブレーキ設備のある車両でないとこの区間を走ることができない為です。



長野電鉄長野線29
中野松川駅



長野電鉄長野線30
信濃竹原駅



長野電鉄長野線31
夜間瀬駅



長野電鉄長野線32
上条駅
駅周辺は長野のりんご畑が広がります。




長野電鉄長野線33
そしてこちらが終点の湯田中駅です。
この駅の直前まではかつては40‰(パーミル)の急坂だったため
駅に列車が停車するためにかつてはスイッチバック施設がありましたが
2006年の駅の大改修でスイッチバックは解消されています。
長野電鉄長野線37
長野電鉄長野線の終端。
長野電鉄長野線36
改札付近の光景。
長野電鉄長野線34
こちらが駅の外観です。
長野電鉄長野線35
目の前の湯田中温泉郷、そして志賀高原への入口駅として
かつては国鉄の特急も乗り入れていた駅です。




長野電鉄長野線39
こちらがau 4G LTEでの電波サービスエリアマップです。
長野電鉄長野線の区間は全線が電波エリア圏内となっているのが分かります。
地上区間に関してはGPS位置情報取得に困る事は無いでしょう。


ただ、問題点は「連続立体交差事業」によって地下駅となった
長野駅、市役所前駅、権堂駅、善光寺下駅の4駅で
これらの駅は全てホームおよび路線からは取れません
ただ、長野駅は起点駅という事で必然的に地上から乗るので
GPSでの取得はできるはず
ですし、
また善光寺下駅は通過後すぐに地上に出ますので
善光寺下駅━本郷駅間でGPSでの取得が可能です。
ですから実質的に地下で電波が届かず取れないのは
市役所前駅と権堂駅の二駅
となります。

長野電鉄から市役所前駅と権堂駅を取るにはレーダーを使うか
それぞれの駅で地上まで出るしかありません。
長野駅から権堂駅までは長野大通りで直線1kmですので
徒歩でも十分に取得は可能
でしょう。

ですが実は、長野電鉄の市役所前駅と権堂駅は
しなの鉄道北しなの線の長野駅━北長野駅間で普通に列車内から取れます

長野電鉄長野線40
こちらが長野駅の北周辺のボロノイ図ですが、
ご覧の通り市役所前駅と権堂駅のエリアが
北しなの線に掛かっている
のが分かります。
恐らく長野電鉄に乗る方のほとんどは
この北しなの鉄道の区間も通過すると思いますから
忘れずに取れば実は長野電鉄ではレーダーは不要なのです。



駅メモでは廃線の長野電鉄屋代線も含まれていますので、
長野線と屋代線はセットで取ってしまうのが後々面倒で無いと思います。
どちらにしても長野駅周辺にはいくつか私鉄が走っていますので
長野県コンプを目指すのであれば少し工夫は必要でしょう。



では。

アルピコ交通上高地線00
お次は松本電鉄上高地線です。


松本駅を起点に新島々駅まで全線を長野県松本市を走る路線で
終点の新島々駅前にアルピコ交通のバスターミナルがあって
上高地への連絡の起点となっています。

松本電鉄は元からアルピコ交通のグループ会社でしたが
2011年には松本電鉄の社名もアルピコ交通に変更。
現在は正式には「アルピコ交通上高地線」ですが
駅名標や車内アナウンスなどでは現在も乗客の馴染んだ
「松本電鉄」の名称を使用しています。




アルピコ交通上高地線01
こちらはJR松本駅のアルプス口。
アルピコ交通上高地線02
ご覧の通り、この松本駅の7番線が
アルピコ交通(松本電鉄)上高地線のホームとなっています。
アルピコ交通上高地線03
こちらがホーム。
島式ホームの向かいの6番線はJR大糸線のホームとなっており、
アルピコ交通(松本電鉄)の停車位置とは
ずらした位置に列車が停まるようになっています。
アルピコ交通上高地線04
こちらが松本電鉄上高地線の終端と0キロポスト。




アルピコ交通上高地線05
こちらが二駅目の西松本駅
松本駅からはわずか400mの距離にある駅です。
アルピコ交通上高地線06
駅はご覧の通り、単線に単式ホームが片側1面のみの棒線駅となっていて
ベンチに屋根がついた待合があるだけの駅となっています。
特筆すべきは駅ホーム上に駐輪場がある点でしょうか。



アルピコ交通上高地線07
渚駅
アルピコ交通上高地線08
ご覧の通りの棒線無人駅であり、
市道から駅ホームへのスロープは駐輪場になっています。
アルピコ交通上高地線09
路線のイメージキャラクター「渕東なぎさ」の名前由来駅でもあり、
駅名標や駅名表示がご覧の通りになっています。
なんでもキャラクターをデザインしたのは社員だそうで。



アルピコ交通上高地線10
信濃荒井駅



アルピコ交通上高地線11
大庭駅
長野自動車道松本インターの最寄り駅で徒歩10分ほどの位置にあります。
駅自体は住宅地の中にあります。



アルピコ交通上高地線12
下新駅



アルピコ交通上高地線13
北新・松本大学前駅
元々北新駅だったのが、2002年の松本大学開校で現在の駅名となった様です。
アルピコ交通上高地線14
駅から新島々方面すぐの車窓から見える松本大学。



アルピコ交通上高地線15
新村駅
アルピコ交通上高地線16
この駅には上高地線の車両基地(新村車両所)があり
列車からもご覧の通り見ることができます。



アルピコ交通上高地線17
三溝駅



アルピコ交通上高地線18
森口駅



アルピコ交通上高地線19
下島駅



アルピコ交通上高地線20
波田駅



アルピコ交通上高地線21
渕東駅
上高地線のイメージキャラクターの「渕東なぎさ」の
苗字の由来となっている駅ですが。
アルピコ交通上高地線22
駅周辺はご覧のとおりほぼ水田です。




アルピコ交通上高地線23
そしてこちらが終点の新島々駅です。
アルピコ交通上高地線24
ご覧の通り島式2線のホームの駅となっています。
写真は松本方面に向かってのものですが、
右側(山側)が本線ホーム、左側(駅舎側)が副本線ホームとなっています。
日中常に発着があるのは本線ホームで、
副本線ホームは予備として日中は列車が待機しています。
アルピコ交通上高地線25
ホームの東端には構内踏切があり駅舎と連絡。
アルピコ交通上高地線26
駅舎内の改札へと通路が続きます。
アルピコ交通上高地線27
こちらが改札。
新島々駅では降車の乗客と乗車の乗客がホームに入る時間を区切っており、
アルピコ交通上高地線28
ご覧の様に乗車の客は発車の10分程度前までは改札前に並ぶ事になります。
アルピコ交通上高地線29
こちらが駅舎の外観。
アルピコ交通上高地線30
駅の前はアルピコ交通の新島々バスターミナルとなっており、
上高地などへのバス発着の起点となっています。

この新島々駅の先にはかつては島々駅があったそうですが
1983年の台風の被害で1985年には新島々駅━島々駅間が廃止となったそうです。
新島々駅の先の線路は現在では車両点検や列車の入れ違い、
そして夜間留置などに利用されています。




アルピコ交通上高地線32
こちらはau 4G LTEでのサービスエリアマップですが
松本市内を走る路線だけに全線が電波のエリア内にあります。
GPS位置情報の取得に関しての問題は全くありません


アルピコ交通(松本電鉄)上高地線の全線の所要時間はほぼ30分であり、
往復でも待ち時間をいれても1時間強程度で松本駅まで戻ってくる事ができます。
JRからではレーダーでも路線の半分程度までしか届きませんので
路線の制覇にはやはり乗車が必要でしょう。



この路線自体は制覇は非常にやさしい路線ですので
心配はほぼ必要無いと思います。


では。

さて。
お次は長野電鉄屋代線です。


元々は長野電鉄の路線でしたが
2012年(平成24年)4月に廃止され、バス路線へと変更がされました。

ですので現在は鉄道が走っていない廃線ですので乗車できません。
代替の交通手段に拠らないとGPSでの奪取は難しいでしょう。



現在は長電バスの「屋代須坂線」が、旧屋代線の路線を沿うように
ほぼ同じルートで営業をしています。
長野電鉄屋代線05
しなの鉄道線屋代駅、長野電鉄線須坂駅どちらからも一時間に一本、
バスが発車していますので比較的乗車に困ることは無いでしょう。

参考
長電バス「屋代須坂線」

http://www.nagadenbus.co.jp/local_suzaka/yashirosuzaka.html
長野電鉄屋代線01
こちらのサイトでは屋代須坂線の路線図もpdfファイルで公開しており、
バスの停留所の位置や路線ルートと共に「長野電鉄屋代線」の位置まで詳細に載っています
非常に参考になりますのでリンク先で是非ご覧下さい。
長野電鉄屋代線02




長野電鉄屋代線03
こちらが屋代線の起点だった屋代駅です。
現在はしなの鉄道線の駅として営業中です。
長野電鉄屋代線04
屋代駅の中の、かつて屋代線が営業していた時の
ホームへ向かう連絡通路ですが、ご覧の通りバリケードで封鎖されていました。
長野電鉄屋代線06
その奥の通路はご覧の通り。
長野電鉄屋代線07
外から見るとこんな感じで、
長野電鉄屋代線08
今は使われていない、旧屋代線のホームへと現在も繋がっています。

それでは長電バス「屋代須坂線」に乗車して
長野電鉄屋代線の跡を追いたいと思います。
長野電鉄屋代線11
屋代駅のバス停は、駅を背にロータリー左側にあります。


以下は現在の各駅近辺の様子です。
長電バスの最寄バス停を参考で記載しておきましたので
GPSで駅奪取の際の参考にして下さい。



東屋代駅
 バス停「屋代高見町」~「屋代高校前」間

1922年(大正11年)に河東鉄道の駅として開業したこの駅は
長野電鉄河東線の駅として長らく営業をしていました。
2002年(平成14年)に長野電鉄屋代線と路線名が改称されるも
屋代線の廃止によって2012年(平成24年)4月に廃駅となりました。
長野電鉄屋代線41
こちらは国道403号線の屋代中学校前交差点付近です。
交差点の奥に見えるのは上越新幹線の高架線であり、
その下を元信越本線のしなの鉄道が走っています。
長野電鉄屋代線42
交差点の西すぐのこちらが、かつて駅舎へと通じていた横道となります。
長電バスも国道403号を通っているのでこの横道の前を通過します。
長野電鉄屋代線43
かつてはここに、ご覧の駅舎が建っていたそうです。
長野電鉄屋代線44
ですが廃駅からまもなく駅舎は解体されており、
ほぼ同じアングルで撮った現在(2017年3月)ではご覧の通り更地となっています。
長野電鉄屋代線45
かつて駅舎やホーム、そして線路のあったあたりは
ご覧の通り跡形も無く更地となっていました。
長野電鉄屋代線10
Googleのマップでは、有り難い事に
屋代線の線路の無くなった今でも、その駅の場所だけは
未だに地図上に、現役の駅と同様に表示されています
活用をすると非常に位置の把握がし易いです。



雨宮駅
 「雨宮中学校」バス停付近(早朝夕刻は「雨宮北町」バス停付近)
長野電鉄屋代線46
こちらは県道335号線と、かつての屋代線が交わっていた
踏切の跡です。この踏切の西にかつての駅がありました。
長野電鉄屋代線47
こちらがかつての駅舎とホームです。
1922年(大正11年)に開業した単式1面の駅で、
屋代線廃止の2012年(平成24年)に廃駅となりました。
長野電鉄屋代線48
写真の中央あたりの広くなっている更地が
駅やホームのあった場所となります。

長電バスの「雨宮」バス停はかつての駅跡の北を走る
国道403号にありますので、バスからは駅跡は見えません。



岩野駅
 「岩野」バス停付近
長野電鉄屋代線49
こちらは国道403号線の松代町岩野付近。
長野電鉄屋代線50
交差点の案内標識の根元に長電バス「岩野」バス停があります。
長野電鉄屋代線55
バス停の裏側あたりには、かつて線路が敷かれていた場所が
うっすらと続いています。
何も無い野原に鉄道の敷地の境界杭が残っているので
ここが鉄道用地であることが分かります。
長野電鉄屋代線51
バス停のすぐ西の、国道に横断歩道があるあたりが
かつての駅のあった場所付近となります。
長野電鉄屋代線52
駅があった当時はこの場所にご覧の小さな待合室と、
ホームが単式1面であったそうです。
長野電鉄屋代線53
同じ付近を現在(2017年3月)見てみると
ご覧の通り駅舎や電話ボックスは撤去されています。
長野電鉄屋代線54
かつての駅や駅前広場であった更地。



象山口駅
 「象山口」バス停付近
長野電鉄屋代線56
上信越自動車道の松代PAの南東に程近い場所に
かつての象山口駅がありました。
道路にはかつての踏切をコンクリートで埋めた跡がありますが、
その踏切跡の向こう側がかつての駅のあった場所です。
「象山口」バス停からは西にすぐの位置にあります。
長野電鉄屋代線57
こちらがかつて駅ホームがあった時代の光景です。
路線廃止後ですがまだホームや待合室が残っていました。
長野電鉄屋代線58
そしてやや角度が違いますが、現在(2017年3月)の同じ場所の様子です。
ホームも綺麗に撤去されて更地となっています。
長野電鉄屋代線59
駅の真横にあった都市ガスの整圧所と
看板(ポールサイン)は変わっていないので
かつての駅がここにあったという事が分かり易いのが幸いです。
長野電鉄屋代線60
このようにかつては看板の場所がまさに
駅の出入口となっていました。
長野電鉄屋代線61
北側からかつての駅の場所を眺めた光景です。



松代駅
 「松代駅」バス停前
長野電鉄屋代線62
こちらが「松代駅」バス停です。
長野電鉄屋代線63
松代駅の駅舎です。
1922年(大正11年)の駅開業当時の駅舎が現在でも残っています。
廃駅となった今でもバスやタクシーの待合所として
駅舎は残されて活用されています。
長野電鉄屋代線64
駅舎前の道は駅前広場を兼ねて広くなっており、
両脇にバス停が設置されています。
長野電鉄屋代線71
駅前には童謡「汽車ポッポ」の歌碑がありました。
長野電鉄屋代線67
かつての駅構内の光景です。
長野電鉄屋代線66
駅舎とホームまでは残されているものの、
かつて線路の敷かれていた場所は更地となって砂利が敷かれ、
駐車場となっています。
長野電鉄屋代線65
駅舎のあるホームはかつての3番線であり、
ホームの目の前の駐車場となっている場所に
かつては島式の1面2線の1番線と2番線のホームがありました。
長野電鉄屋代線68
改札の脇の観光案内図には
松代駅の目の前に松代城(海津城)の跡が記されています。
長野電鉄屋代線69
駅の目の前には、戦国時代に武田氏が川中島支配の為に築城した
松代城(海津城)跡の南縁が見えます。
駅のかつての線路跡は城址公園の駐車場として利用されていました。
長野電鉄屋代線70
かつての屋代線の形にひろがる駐車場。



金井山駅
 「金井山」バス停付近
長野電鉄屋代線72
こちらは「金井山」バス停です。
国道403号線上に設置されています。
長野電鉄屋代線73
バス停から西にすぐのところにご覧の横道があります。
反対側には小学校やJAなどがあります。
長野電鉄屋代線74
横道はかつての駅前への道であり、
駅前広場であった場所へと通じています。
長野電鉄屋代線75
舗装部分が終わったあたりの左手が
かつて駅のホームがあった場所となります。
長野電鉄屋代線77
線路の跡地に降りてみると良く分かりますが、
車が並んでいる場所はホームであり、
現在でもホームの遺構がそのまま残っているのが分かります。
長野電鉄屋代線76
駅は単式1面1線の棒線駅であり、
ホームにはご覧の通り待合室が置かれていました。
長野電鉄屋代線78
駅前広場であった場所に残る、
武田信玄の軍師、山本勘助の墓への案内板。



大室駅
 「大室駅」バス停付近
長野電鉄屋代線79
こちらは「大室駅」バス停です。
長野電鉄屋代線80
バス停のあるこの場所が、かつての駅のあった場所となります。
長野電鉄屋代線81
かつての駅ホームがあった当時の様子です。
この駅は路線が長野電鉄河東線であった時代の
1951年(昭和26年)に新設された駅で、単式1面1線の棒線駅でした。
長野電鉄屋代線82
同じ場所は現在(2017年3月)は見ての通り更地となっています。
長野電鉄屋代線83
駅前広場から駅舎を背にしたであろう方向を見ると
線路があった跡が空き地として延びているのが分かります。
長野電鉄屋代線84
畑の向こう側には屋代線と並行して走っていた
国道403号線が見えます。



信濃川田駅
 「川田駅」バス停前
長野電鉄屋代線85
「川田駅」バス停です。
長野電鉄屋代線86
ご覧の旧・信濃川田駅駅舎が現在(2017年3月)は
バスの待合室として使われています。
長野電鉄屋代線87
待合室の中の様子です。
長野電鉄屋代線88
屋代線の営業当時の運賃表や時刻表がそのまま残されています。
長野電鉄屋代線89
こちらはホームの様子です。
駅名標が撤去されずに残されており、
ホームには列車が静態留置されたままの状態となっています。
長野電鉄屋代線90
ホームの列車は長野電鉄2000系A編成という列車だそうで、
半世紀にわたって長野電鉄の看板車両として
特急列車として運行し活躍をしていたそうです。
マルーン色と言われるカラーリングのこの車両は
2011年3月に屋代線の最終営業列車として走行後廃車。
須坂駅に留置されていましたが、
その後信濃川田駅まで回送されて留置され現在に至っています。
長野電鉄屋代線91
そしてホームから須坂駅方面をみると、もう一両列車が留置されています。
長野電鉄屋代線92
こちらは長野電鉄モハ1000形1003という車両だそうです。
1985年(昭和60年)に廃車となった後は
小布施駅の「ながでん電車の広場」で静態保存されていましたが
屋代線廃止の2011年にこの場所に移動されて現在に至るそうです。
長野電鉄屋代線93
駅周辺の様子。
長野電鉄屋代線94
駅前ロータリーは現在はバスの展回場として活用されています。



若穂駅
 「若穂病院」バス停付近
長野電鉄屋代線95
こちらが若穂病院のバス停です。
長野電鉄屋代線96
病院前のバス停から南に上信越道の方を見ると
かつての駅の付近となります。
長野電鉄屋代線97
ここがかつての駅のあった場所で、
現在は線路のあった場所が遊歩道として整備されていました。
長野電鉄屋代線98
駅周辺には現在は何も残っていないのですが、
かつての踏切から駅の反対側には
ご覧の通り線路跡の土地が伸びており、
道の近くは長野電鉄の駐輪場として利用されている立看板があって
ここが長野電鉄の土地である事が分かります。
長野電鉄屋代線99
こちらは駅があった当時の写真です。
1966年(昭和41年)に設置された屋代線では新しい駅で
単式1面1線の棒線駅でした。
長野電鉄屋代線a01
ほぼ同じアングルで撮った現在(2017年3月)の同じ場所です。



綿内駅
 「綿内駅」バス停付近
長野電鉄屋代線a02
こちらが長電バスの綿内駅バス停。
長野電鉄屋代線a03
旧駅の駅前のスペースが
そのままバスの展開場所として使用されています。
長野電鉄屋代線a04
こちらがかつての駅舎です。
現在はバスの待合所としてそのまま使われています。
長野電鉄屋代線a05
屋代線の営業時代には
ご覧の通り軒に駅名標が掲示してありました。
この駅名標は電気で夜は光ったそうです。
長野電鉄屋代線a06
駅舎の中の待合室の様子。
長野電鉄屋代線a07
壁にはご覧の、綿内駅仕様の時計が設置してありました。
この時計も夜は光るそうです。
長野電鉄屋代線a09
待合室からホームへと出て
かつての改札の様子です。
長野電鉄屋代線a08
そして待合室の隣の駅務室を窓からのぞいてみると
綿内駅の光る駅名標が置いてありました。
長野電鉄屋代線a10
こちらはホームの様子です。
かつては相対式2面2線のホームの駅で
列車交換が可能だった様ですが、
線路や駅舎の反対側のホームは綺麗に撤去されていました。
長野電鉄屋代線a11
須坂駅側のホーム東端の先にある、
かつてのホームを連絡していた構内踏切の跡です。
長野電鉄屋代線a12
踏切から見た駅の全景です。



井上駅
 「幸高」バス停付近
長野電鉄屋代線a13
国道403号線の、幸高停留場のある場所から北に150mほどの位置に
かつての井上駅がありました。
長野電鉄屋代線a14
こちらが現在(2017年3月)の井上駅跡の様子です。
かつての跡地にはご覧の駅のあった記念の看板が立てられていました。
長野電鉄屋代線a15
看板の説明書きのアップ。
長野電鉄屋代線a16
かつての線路やホームのあった場所の光景です。
単式1面1線のホームの棒線駅でした。
長野電鉄屋代線a17
駅舎や線路、ホームなどがあった時代の井上駅の写真です。
長野電鉄屋代線a18
上の写真とだいたい同じ場所で撮った現在(2017年3月)の様子。



長野電鉄屋代線30
こちらは須坂駅から北に200mほどの場所にある
大笹街道にあるかつての踏切です。
ご覧の通り線路の跡はまだ道に残っていますが、
列車はもう一切この踏切は通過しませんので現在は単なる道です。
写真の奥方向が須坂駅。
長野電鉄屋代線31
この踏切を須坂駅と反対方向に見ると、
ご覧の通り旧屋代線の跡は「河東線記念公園」として残されているのを
現在でも見ることができます。
長野電鉄屋代線32
看板などが整備されているので、いかにも線路のある場所が
旧屋代線の様な気がしてしまいますが
こちらは単に引込み線と車庫が残っているエリアであり、
屋代線が走っていたのは写真右の舗装されてしまっている部分となります。
長野電鉄屋代線33
証拠に舗装された道を辿って奥に行くと
ご覧の通り旧屋代線のバラスト(砂利)がそのまま残った
旧屋代線の敷地が続いているのを見ることができます。



そしてバス終点の須坂駅
現在も長野電鉄線の現役の駅です。
長野電鉄屋代線20
こちらが駅舎の様子。
長野電鉄屋代線21
長野電鉄屋代線22
須坂駅前のバスの発着場です。
長野電鉄屋代線26
須坂駅の中に入って改札の前を見ると、
屋代駅と同じように、
封鎖をされた階段がありました。
「5番線ホーム」と書いてあります。
長野電鉄屋代線23
バリケードの奥をのぞいて見ると。
長野電鉄屋代線24
カラーコーンや看板などで封鎖されて
屋代線ホームへは降りられないようにしてありました。
長野電鉄屋代線25
とりあえず営業をしている1番線から4番線のホームに降りてみることにします。
長野電鉄屋代線27
旧屋代線の5番線ホームには動いていないであろう車両が止まっており、
ホームにはブルーシートで覆いがされています。
長野電鉄屋代線28
こんな感じで、旧屋代線のホームは使われてはいないものの、
今も現存していました。
長野電鉄屋代線29
旧屋代線ホームの前には、これも恐らく旧屋代線の車両が停車中で、
列車の中は物置となっていました…



さて、廃線である長野電鉄屋代線については以上です。
長野電鉄屋代線a19
こちらはau 4G LTEでの電波エリアマップとなります。
平野部で住宅などもある地域を走る列車なだけに、
GPSの電波が途切れるような状況はありませんでしたので
バスで普通にやっていれば駅へのアクセスは問題ない
でしょう。

そして現在では廃線ですので列車ではなくバスでの移動となりますので
現在では駅舎やホームが無い駅がほとんどとなります。
車窓を眺めているだけだと駅に気がつかないケースも有り得るので
取り忘れには注意したい所です。


あと実は、雨宮駅から井上駅までについては、
上信越自動車道の更埴JCT~松代PA~長野IC~須坂長野東ICまでの区間で
全てGPSで奪取できます。
屋代駅と東屋代駅はしなの鉄道で、須坂駅は長野電鉄で取れますので、
ご参考までに。



私は鉄道マニアでは無いので、こうして廃線の廃駅を巡ったのは初めてでしたが、
やってみたら意外と楽しかったです。
みなさんにも一度やってみることをお勧めしたいです。

では。
【写真撮影:2017年3月、屋代駅・須坂駅は2016年6月撮影】

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