南部縦貫鉄道線00
さて。次は廃線である南部縦貫鉄道線です。


この路線は青森県上北郡野辺地町の野辺地駅から
上北郡七戸町の七戸駅を結んでいた路線で
旧型レールバスの運行が行われていました。

1997年に運行が休止され、2002年には正式に廃止となっています。
ですので現在は列車の運行は無く、鉄道で路線を辿る事のできない廃線です。




南部縦貫鉄道線18
南部縦貫鉄道線01
こちらは南部縦貫鉄道の七戸駅の跡です。
かつて南部縦貫鉄道が運行していた時の終点の駅です。
営業当時から南部縦貫鉄道の本社が駅舎に入っていました。
ご覧の通り、現在(2016年7月)でも駅舎は当時のまま残されています。
南部縦貫鉄道線04
駅舎の中にはかつての南部縦貫鉄道のアイテムが展示されていました。
南部縦貫鉄道線05
かつてのホーム側から見た駅舎。
南部縦貫鉄道線02
そしてこちらが現在残っている七戸駅のホーム跡です。
南部縦貫鉄道線06
駅舎に一番近いこちらがかつての1番線。
南部縦貫鉄道線07
そしてその隣のこちらが2番線ホーム。
後ろの建物は南部縦貫鉄道の機関庫です。
南部縦貫鉄道線03
機関庫の入口にはかつての駅の構内図がありました。
南部縦貫鉄道線08
機関庫の中にはかつての南部縦貫鉄道の車両が。
南部縦貫鉄道線09
機関庫内に保管されているレールバスは
内部に入って見学ができました。
南部縦貫鉄道線10
機関庫の片隅にはかつてのヘッドマークが。
すでに廃線になった南部縦貫鉄道の鉄道むすめのヘッドマークが
なんとも言えません。




南部縦貫鉄道線12
七戸駅を出たかつての南部縦貫鉄道は
牧場の脇を通り抜けて国道394号線と交差する場所にあった
盛田牧場前駅に停車しました。
南部縦貫鉄道線11
現在の盛田牧場前駅付近。
写真の道が国道394号線です。
駅があったのは写真中央に見える看板のうしろあたりで。
南部縦貫鉄道線13
営業当時の写真などを見ると、
赤線で描いたような感じで駅があった様です。
南部縦貫鉄道線14
駅跡前に残された南部縦貫鉄道を説明する看板。
南部縦貫鉄道線15
駅跡と国道を挟んだ向かい側には、野辺地方面へと向かって
かつて列車が走ったであろう線路跡が道の様に伸びていました。
南部縦貫鉄道線16
駅跡から東へ200mほど行くと、
国道と東北新幹線が交差する地点となります。



南部縦貫鉄道線17
レールバスの次の駅は営農大学校前駅となります。
南部縦貫鉄道線19
こちらが駅名の由来となった青森県営農大学校です。
南部縦貫鉄道線20
この営農大学校の正門の右手前の広い更地のあたりに
ご覧の様な感じでかつての駅があった様子です。
南部縦貫鉄道線21
ホームがあったであろう付近から七戸方面を望んだ光景。
営農大学校の敷地、かつての線路に沿って桜並木が続きます。
鉄道の営業当時の春はさぞ綺麗な光景だったのでしょう。
南部縦貫鉄道線22
営農大学校の正門前には国道4号線が通っており、
門前には「奥州街道」の石碑も建てられています。
南部縦貫鉄道線23
ここから50mほど南に進むと
国道には「七戸十和田駅」と「道の駅しちのへ」の案内標識があります。
実際に営農大学校駅の跡から七戸十和田駅までは直線でおよそ300mほどの距離で、
もし南部縦貫鉄道が営業していたならば乗り換え駅となっていたでしょう。



南部縦貫鉄道線24
そして次の駅は中野駅となります。
国道4号線(奥州街道)の中野三差路交差点のすぐ近くに
コンビニのサンクス七戸中野店があるのですが、
その真裏あたりの現在は砂利敷きの駐車場のあたりが中野駅の跡地となります。
南部縦貫鉄道線25
ご覧のように駅があったそうで、
路線のあった場所は現在は農道として舗装されていました。
現在では駅の痕跡は全く残っていない状態でした。



南部縦貫鉄道線26
そして次は天間林駅です。
南部縦貫鉄道線28
国道4号(奥州街道)から七戸町役場へT字路を曲がると、
なにやら道路を埋めたような跡があります。
南部縦貫鉄道線29
こちらは上の写真を切り返して撮った写真。
この跡はかつて南部縦貫鉄道の踏切があった場所で、
踏切の北側、この写真だと右側にかつて天間林駅がありました。
南部縦貫鉄道線27
踏切すぐの辺りに駅舎があったそうで、
その北側奥に島式1面2線のホームがありました。
南部縦貫鉄道線37
更地となった駅跡の傍らには
コンクリートの枕木が詰まれていて
かつてここが駅であった事を微かに教えてくれます。
南部縦貫鉄道線30
航空写真で見るとご覧の感じで駅があった様です。
南部縦貫鉄道線31
こちらが駅のすぐ東側にある七戸町役場。



南部縦貫鉄道線32
その次は道ノ上駅です。
南部縦貫鉄道線34
こちらは国道4号線(奥州街道)の森ヶ沢付近。
町立天間館中のあたりの信号です。
この交差点の、右手に見える美容室の真裏あたりに
かつて道ノ上駅がありました。
南部縦貫鉄道線35
交差点から20mほど南の国道の反対側には
「天間林土地改良区」の大きな木製の碑があります。
この碑の向かいあたりの道を入るとかつての駅のあった場所へ行けます。
南部縦貫鉄道線36
駅のあったあたりから望んだ七戸方面。
ここを写真奥に向かって線路が通っていました。
南部縦貫鉄道線33
振り返って北側方向。
ご覧の感じでここに道ノ上駅がありました。
現在では駅の痕跡はほぼ残っていません。



南部縦貫鉄道線38
坪川駅です。
天間館前川原付近で国道4号から右手に入ったあたりにかつてあった駅です。
国道からまっすぐではない道を進んで行くと、
民家の集まるT字路に差し掛かります。
ここから右手へ進むと坪川駅の跡地となります。
南部縦貫鉄道線40
右手に道を進んでいくとご覧の光景が。
川に沿って道を進むと何やら橋梁の跡らしきものが見えてきます。
南部縦貫鉄道線41
木の向こう側に見える築堤と、その先にある橋梁の橋脚。
ここが坪川駅のあった場所です。
南部縦貫鉄道線42
かつてホームはご覧の様にあったそうです。
築堤上に片側1面のホームのこじんまりした駅だったそうです。
南部縦貫鉄道線43
駅の七戸側には坪川が流れており、かつてはすぐに橋梁となっていました。
こちらは駅跡の真横に残っている橋脚の跡です。
南部縦貫鉄道線44
坪川の対岸側にも橋脚の跡が。
橋脚の先は七戸駅方面となります。
南部縦貫鉄道線46
こちらは駅舎のあった駅跡から野辺地方面を望んだ写真です。
線路のあった築堤が続いています。



南部縦貫鉄道線45
坪駅
国道4号線の坪交差点から横に入ってすぐの場所に駅がありました。
南部縦貫鉄道線47
坪交差点から60~70mほどでご覧の農協倉庫が見えてきます。
手前の道路に横に側溝が走っているあたりが
かつての南部縦貫鉄道の踏切の跡で
踏切の右手にかつての坪駅がありました。
南部縦貫鉄道線48
駅とホームはご覧のような感じであったそうです。
南部縦貫鉄道線49
あたりはは更地になっているものの、
ホームのあった場所の盛り土はまだ残っていました。
南部縦貫鉄道線50
踏切から野辺地方向はこんな感じです。



南部縦貫鉄道線51
後平駅
国道4号線のみちのく有料道路入口交差点より北に一つとなりのT字路を入って
田んぼの中の道を進むとかつての駅の後があります。
南部縦貫鉄道線52
こちらが駅跡…ではなく、この場所から40mほど右手が駅跡となります。
現地で細長く直線の道があったので廃線跡と勘違いをして撮影してしまいました。
南部縦貫鉄道線53
こちらが駅跡前付近から国道方向を見た写真です。
中央付近の白い建物が上の写真のガレージで、
手前右が後平駅のホーム跡、
道の左の電柱の間あたりには自主運行バスのバス停がありました。
南部縦貫鉄道線54
こちらが後平駅のホーム跡。
周囲は田んぼが一面に広がって遮るものがありません。
かつてのホームは道にほぼ隣接するようにあった様子です。



南部縦貫鉄道線55
西千曳駅

南部縦貫鉄道が1962年に国鉄東北本線の千曳駅を終点として開業しましたが
1968年に東北本線の電化に伴って千曳駅付近の線路が東に移設され、
千曳駅も南東の、現在の青い森鉄道の千曳駅の場所へと移りました。

移設によって廃止された旧東北本線区間のうち
南部縦貫鉄道では元々の東北本線との合流地点から
移設された新東北本線との合流部分までを借り受けて営業をする事とし、
旧国鉄千曳駅を西千曳駅として使用、
終点を国鉄野辺地駅まで延伸する事となりました。

そして18年後の1986年に駅を七戸寄りに移設。
廃線時まで使用していたのが今回訪れた西千曳駅跡となります。
南部縦貫鉄道線58
こちらが西千曳駅のあった場所となります。
南部縦貫鉄道線56
当時のホームはご覧の場所にありました。
片側1線の棒線ホームに大きな待合室が乗った駅だったそうです。
南部縦貫鉄道線59
駅のすぐ東には道があり踏切がありました。
現在はバスのバス停となっています。
南部縦貫鉄道線60
手前のコンクリートの部分をよく見てみると、
かつてレールを柱に転用して構造物があったであろう遺構がありました。
南部縦貫鉄道線57
東の方向を見ると細長く轍のような道のようなものが伸びています。
直線でまっすぐ、黄色で示したのが旧東北本線の廃線跡です。
赤で右にカーブして示したのがかつての南部縦貫鉄道の線路跡。
1986年に移設された西千曳駅が合流地点付近に作られた事が分かります。



南部縦貫鉄道線61
そして終点の野辺地駅です。
南部縦貫鉄道はJRの野辺地駅を終点としていましたから
現在の青い森鉄道の駅である野辺地駅が当然かつての駅の場所な訳です。
南部縦貫鉄道線62
こちらはJR大湊線の野辺地駅ホームから見た青い森鉄道のホームです。
ホームの向こう側には日本で最初の鉄道防雪林があります。
この鉄道防雪林と青い森鉄道のホームの間に
かつての南部縦貫鉄道の野辺地駅がありました。
南部縦貫鉄道線63
現存する野辺地駅の跨線橋がかつては防雪林の手前まで伸びており
南部縦貫鉄道のホームまで繋がっていたそうです。
そして跨線橋の向こう側には駅舎がありました。
南部縦貫鉄道線64
反対側から見るとこのような感じで駅があった様子です。
南部縦貫鉄道線65
かつて駅があったあたりの光景です。
青い森鉄道の野辺地駅ホームから防雪林を見た時には
まさか自分がこの場所に立つとは微塵も考えていませんでしたが…
南部縦貫鉄道線66
防雪林を野辺地駅と反対側から見た光景。
ご覧の道が林を抜けて南部縦貫鉄道の野辺地駅跡へと続いています。
防雪林の中の道の両脇には鉄道の境界杭が続いており
一応公道として通れる様子でした。
まあ、駅があったら道が無いとたどり着けませんし。




そして当然の事ながら、
南部縦貫鉄道はすでに廃線ですので列車が走っていません。
ですので別の手段で現地に向かわないとなりません。

南部縦貫鉄道の廃線跡については
十和田観光電鉄の路線バスの野辺地線「三本木~馬門温泉」が
おおよそ路線に沿って走っています

以下、南部縦貫鉄道の駅(左)とバス停留所(右)を
対比紐つけしますので参考にして下さい。

野辺地駅 ━ 野辺地駅前停留所
西千曳駅 ━ 千曳停留所
後平駅  ━ 後平停留所
坪駅   ━ 上坪停留所
坪川駅  ━ 坪停留所
道ノ上駅 ━ 道ノ上停留所
天間林駅 ━ 七戸町役場前停留所
中野駅  ━ 中野停留所
営農大学校前駅 ━ 営農大学前停留所
盛田牧場前駅 ━ 変電所前(七戸町)
七戸駅  ━ 笊田川久保停留所

この中で注意が必要なのは
盛田牧場前駅についてです。
南部縦貫鉄道線69
盛田牧場前駅については
十和田観光電鉄バスの変電所前停留所が最寄となります。
確かにこの停留所から盛田牧場前駅はGPSで取れますが、
実はかなりエリア的にタイトなので取り逃しの危険性が大きいのです。

バスは奥州街道を通っていますが、
上のボロノイ図を見ると分かる通り、
十和田観光電鉄バスが盛田牧場前駅のエリアを通る区間はほんの僅かだけです。
この駅についてはバスの場合でもレーダー使用を想定しておいて下さい。

そしてこちらが十和田観光電鉄バス野辺地線の時刻表です。
参考
十和田観光電鉄バス「野辺地線時刻表」
http://www.toutetsu.co.jp/jikoku/towada-noheji-makado.html

見ると分かりますがバスの本数は一日7本前後です。
本数が少ないので乗車と攻略には事前の計画が必要となるでしょう。
南部縦貫鉄道の区間の乗車であれば所要時間はおよそ40分弱です。




南部縦貫鉄道線67
また、こちらは青い森鉄道の野辺地駅からレーダーを飛ばした時の到達範囲です。
12駅射程ですと南部縦貫鉄道の駅に限って見てみると
天間林駅までは届く
事が分かります。
逆に言えば中野駅~七戸駅までの4駅は届かないという事です。
南部縦貫鉄道線68
こちらは東北新幹線の七戸十和田駅からのレーダー。
同じく南部縦貫鉄道に限って見ると
後平駅までレーダーが到達しています。
南部縦貫鉄道で取れないのは西千曳駅のみ(野辺地駅をのぞく)です。

ご覧の通り、現役の路線上からレーダーを飛ばす事で
南部縦貫鉄道は全駅を取る事が可能
です。
ゲームとして駅メモを楽しむ方はこれで十分でしょう。
ただ、私個人はそれでは満足感がありませんので
廃駅跡を巡ってきましたが、それは人それぞれですので
情報としてレーダーの到達範囲も記しておきます。




以上が南部縦貫鉄道の攻略についての情報です。
レーダーだけでもこの廃線は攻略可能ですが、
現役当時の列車の姿も見れるなどしますので
是非一度現地を訪れてみてはいかがでしょうか。


では。